天気雨
- 2012/02/27 07:33
- Category: ひとりごと
子供の頃から雨はあまり好きではない。これは大人になってからもずっと続いている。あんなに奇麗に晴れていた昨日には予想も出来なかった、重苦しい鼠色の雲が空を覆った日曜日。寒いわけでもなく暖かいわけでもなく、何となく冴えない。しかしこれも春が始まる時期特有の空模様と思えば悪い気はしない。日曜日恒例の姑の家での昼食会の後片付けはいつも随分時間が掛かる。参加者はたったの3名なのに食器といい鍋といいグラスといい、その数の多さには毎日曜日閉口する。その片付けを終える頃、雨が降り始めた。細かい、目を細めて凝視しなければわからないような雨だった。嫌な予感がしたので歩いても1分と掛からぬ自分の家に走って帰ったが、その間に大粒の雨が降り出して大層濡れてしまった。雨脚はどんどん強くなり、あっという間に風を伴う大雨になった。嵐のようでもあった。やれやれとコートを脱いで水滴をふき取る。同じように酷く濡れた鞄を乾いた布で丁寧に拭いた。濡れた靴を脱いで窓際へ行くと、先程とは違う光景が広がっていた。雨はまだ降っているが眩しいくらいの太陽の光が空から降り注いでいた。あっ、と私は息を止めた。その瞬間遠い記憶が戻ってきた。あれも2月だった。私はその半年前の夏の終わりにひとりで初めて訪れた外国、アメリカの海のある町を再び訪れていた。その3年後に私が移り住み、相棒と出会い結婚した町である。今度は知人と一緒だった。私と知人が何故一緒に旅とすることになったのかはもう覚えていない。何しろ随分昔のことなのだ。多分話のついでに私がまたその町を訪れようと思っていることを話したか何かで、彼女が関心を持ったか何かで旅を共にすることになったのだろう。それから互いに相手のことを悪く思っていなかったからだ。そうでもなければ僅か一週間とて一緒に旅をしようと思わなかったに違いない。飛行場に降りると今にも雨が降りそうだった。出国手続きをして外に出ると迎えの人が待っていて、何故違う飛行機に乗ってきたのかと少し怒った口調だった。どうやら随分待ったらしい。しかしそれは相手の勘違いだったらしく、しかし謝りもせず、まるで何事もなかったかのように。そんなことで此処が外国であることを私は実感したりした。もう昼の時間だった。私たちは街を突っ切って埠頭の小さなレストランに入った。私も知人も空腹でなかったが、そういう時間なのだからと言うことで簡単な料理を頼んだ。それに対して迎えに来た人の食欲ときたら驚きだった。多分私たちの3倍は食べたのではないだろうか。アメリカに生まれた日本人男性で、顔つきは日本人そのものだが考え方も体の構造も外国人だった。実は先程のことを気にしているらしく、詫びに何処でも好きなところに連れて行ってくれるという。それでお決まりコースの後に人々の生活の場を車で回って貰うことにした。その時から私はこの町にいつか暮らそうと考えていたのだ。まだ誰にも心の内を打ち明けていなかったけれど。そのうち雨が降り出した。まるでずっと我慢していたかのように溜めていた雨が一気に落ちてきたみたいな降り方だった。陰気な空。飛沫を建てて降る雨。私たちは車の中でため息をついていた。窓ガラスは雨に叩かれて、目を凝らしても何の景色も見えなかった。私たちが今何処に居るのかを確認することは出来なかった。もうホテルに行きましょうかと提案すると迎えの人も知人もそれがいいかもしれないと同意して、町を見て回るのを諦めることになった。が、暫くすると空が急に明るくなって太陽の光が降り注いだ。雨はまだ降り続いているが、まるで晴天のような明るさだった。そのとき車が走っていた界隈。Cole Valleyと呼ばれる界隈だと説明してくれた。まさかいつか私が相棒と其処で暮らすようになるとはあの時は夢にも思っていなかった。相棒が長く暮らしていた其処に私が加わった形であるが、暮らし始めてからもあの日のことを思い出さなかったのは何故だろうか、今日の今日まで。天気雨がとっくの昔に忘れたはずの小さな思い出が入った箱の蓋を開けたのか。子供の頃から雨はあまり好きではないが、私は雨の日の思い出が思いがけず沢山ある。案外雨との相性は悪くないのかもしれない。