美しいもの

何を見ても楽しく見える、何を見ても美しく見える。そんなこともあるけれど、その全く反対のことだって長い人生の途中に一度や二度はあるものだ。何を見てもつまらなく見える、何を見ても色褪せて見える。そんな思いに直面した時、人は初めて解るのだ。美しいものが美しく見えるのは何と素晴らしいことか。私に関して話せば割と得な性格で、小さなことに喜びを感じたり何でもないことに楽しみを見つけ、日常の中から美しいものを探し出そうとしている。何が得かは当の本人も良く解らないが、何を見てもつまらなく感じるよりは多少なりとも得な気分であることには違いない。一番いけないのは初めから "どうせ・・・" と先入観の気持ちで物事を見ることだ。そういう目で見ている限り美しいものも楽しいものもつまらない色褪せたものに見えてしまう。そんな気持ちで見ておきながら美しく輝いた物に見えたなら、それは奇跡というものだ。ところで感性とは人それぞれ違うもので、それだから面白いと私は思うところであるけれど、時々当惑することもある。例えば帽子屋を覘いた時などがそうである。モーダとはそういうものなのかもしれないけれど、見れば見るほど解らない、理解できない、良さが解らない、と悩むのだ。先日、ボローニャ旧市街にあるガッレリア・カブールを見て歩いた。私はここをよく歩くが、決してブランド物が好きだからではない。私が乗る96番のバスがこの前の広場から出発するので時間潰しに見て歩く、と言うと正しい。それでいて決して時間潰しの為にいやいや見て歩いている訳でないところが宜しい。その中に帽子屋がある。ボルサリーノ帽子店だ。ここはボローニャにある2軒のうちの新しい方。私はもっぱら外から見る専門だ。どの帽子も美しく個性的で目に楽しい。ただ、私には新しすぎて綺麗過ぎて斬新過ぎるから、店の外から見るのが丁度良い。そうしていたところ、いつも古い店にいる店員が中から手招きをするので誘われるがまま中に入ってみた。別に知り合いではない。何度か向こうの店で顔を合わせただけの名も知らぬ店員だが、何となく気が合うのだ。店に入るなり口を開く。斬新ねえ、この店は。すると店員が声を殺して笑いながら、壁に掛かったひとつの帽子を指差した。例えばこれとか? とでも言うように。その時、上の階から先客が降りてきた。洒落た装いの女性だった。一体どんな職業の人なのか、兎に角洒落ていて洗練された美しい人だった。その彼女の小さな頭には上品な帽子が乗っていて、それがあまりに似合っていたので小さな溜息が出た。美しい人は沢山いる。スタイルの良い素敵な装いの人も沢山いる。でも、帽子をこんな風にさらりと被れる人はあまり居ないのではないだろうか、と感嘆した。バスの発車時間が近づいた。また来るから、と店員に手を振って店を出た。バス停に向かいながらさっきの帽子の女性のことを考えた。嫉妬も妬みも一切抜きに美しいものを見たことを心の底から喜んでいた。

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Comment

大庭綺有

こんにちは。
今日、関東地方ではとても陽射しが強く、帽子や日傘が必要な天気です(笑)。
美しいもの。それが実用的でなくても自分のものでなくても、美しいというだけでなんとなく楽しい気分に浸ることがありますよね。
以前のことですがなんとなく気分が落ち込み、気分転換といって街に出てもなにも見たくない、見えていないときがありました。デパートを歩いてもつまらないのです。ほしいものものなく、きれいだなと思うものもなく。
だから、なににしても「美しいな」とか「きれいだな」とか、果ては「欲しいな」と思う気持ちがあることはシアワセだと思うのです。
食欲にしてもなんにしても、そういう感覚は生きているってことなのでしょうか(笑)。
  • URL
  • 2008/05/23 05:34
  • Edit

yspringmind

大庭綺有さん、こんにちは。関東地方は良い天気で日差しが強いなんていいですね。ボローニャは今日からようやく天気が良くなって気温も上がり始めました。この調子で初夏に突入してもらいたいです。
気分が落ち込んでいる時は何を見てもつまらないですね。元気付けに自分にプレゼントか何かをしようかと色々見て歩いても、欲しいものひとつ見つからない。欲しいものが見つかることも心が元気でないと出来ないことなのだなあ、と実感しますね。綺麗とか、欲しいとか、美味しいとか・・・そんな普通の感情が湧くことは幸せなのだなあと改めて感じます。

raindropsonroses

yspringmindさんへ。
続きます(笑)僕は全く帽子には縁がない人間ですけど、憧れはあります。日本では素敵に帽子を冠った人は殆ど見掛けませんね。写真の中ではオレンジのものが好きかな……その横の白に黒のパイピング?縁取りがしてあるものも。アッ!その手前の黒い大きな鍔のものも!(笑)男女の差なく、素敵な人に目が釘付けになる事は多々あります。それがどこに引き付けられたのかは分かりませんが、確実に自分が持っていない部分を持ち合わせている人……かな。そうそう、オードリーがあれほど人気が出た理由は、帽子が似合うって言う事があると思います。僕の勝手な分析ですけど……。

ブノワ。

yspringmind

ブノワさん、お洒落なブノワさんが帽子に縁がないなんて不思議な気がしますね。日本で素敵な帽子を被っている人があまりいない・・・確かにそうですね。日本人は恥ずかしいのかな、帽子を被るという行為が。イタリアでも素敵な帽子を被っている人はそう滅多にいるものではありませんが、たまにいるんですよ、大変お似合いな人が。誰もが振り向いてじっと見つめたくなるようなそんな人が。時が止まってしまうんですよ、そういう人のまわりだけ。頭が小さい人が帽子が似合う・・・私はそう思うんですがどう思いますか。ほら、オードリーも頭が小さくてすっきりしてる。

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