4月最後の日
- 2022/04/30 19:46
- Category: bologna生活・習慣
最近習慣化している週末の朝寝坊。週末だから朝寝坊するのは決して悪くはないけれど、度合いが問題なのだ。あまり遅くまで眠ると、一日が短くて、そして家に籠りたくなる。此れはいけない、と思って昨晩心に誓ったのだ。土曜日もそれなりの時間に起きて、明日はきっと散歩に出よう、と。人に言われる前に自分で気づいたのは幸運だった。今朝は気持ちよく目を覚まして、ゆっくり朝食をとり、家のことを済ませ、クリーニング屋さんに洗濯ものを持ち込んでからバスに乗って旧市街へ行った。
今日は歩くのが目的。だからバスが旧市街に入るなり下車した。歩け、歩け。ゆっくりでいいから長く歩こうと思って。足首が出る丈のジーンズにモカシンシューズが気持ち良い季節になったことを実感しながら歩いた。ポルティコの下に何時の頃からかある小さな店。婦人服を置く店で、狭い店の中には何時も店主と犬がいる。この犬がとても可愛くて、私はいつも犬に挨拶をするのだが、今日は犬の姿が無かった。店主は客と話をしていた。この店には入ったことがないが、何時も興味深く観察している。誰かが縫っている服らしい。同じ柄の生地で、ブラウスがあり、パンツがあり、バッグがある。何時か店に入ってそのことを訊いてみたいと思いながら、もう何年も経っている。何時か欲しいものがウィンドウに飾られていたら、中に入って見せて貰おうと思う。その時がチャンスだ、ずっと訊きたかったことを訊くチャンスなのだ。店の前から歩きだそうとしたところで、犬が足元に居ることに気が付いた。あら、こんにちは。私はいつものように犬に挨拶をして店の前から離れた。
少し先の子供向けの本屋の前で足を止めた。私は本を読むのが大好きだが、子供向けの絵本もまた大好きだ。眺めているだけで愉しい気分になる絵本を私は何冊も持っている。犯罪とか争いとか騙しあいとか、世の中悲しくなるようなことが一杯だから、敢えて愉しそうな絵本を手に入れて、時々肘掛椅子に深々と座って眺めるのだ。私はガラス越しに店の中を眺めた。小さな子供と若い母親が居て、本を選んでいる最中だった。私はウィンドウに飾られた本に関心を持ち、ちょっと見せて貰おうと思って店の中に入った。ああ、あれね、と若い店員は言って、棚から取り出してくれた。青い表紙の面白い絵の本だ。こんな絵を描く人はどんな人なのだろうと思いながら本の中を開けてみたら、益々面白かった。子供も喜ぶが大人もまた愉しめる本。購入したい気持ちが高じたが、購入しなかったのは此れから長々と歩く予定だったからだ。此れは来週平日の夕方にとっておく愉しみ。仕事帰りならば荷物がひとつくらい増えても問題ないから。
店を出てまた歩いた。曲がり角に大きな菓子店がある。中にはバールもあって、この辺りの人が好んで通う店である。私も数回は入ったことがある。ボローニャに引っ越して来た頃のことで、相棒と一緒だった。この店の娘と相棒は大の友達だったそうだ。店主の娘と友達付き合いしていた頃から20年以上経っていたが、店主は相棒を見るなり思いだして大そう喜んだものである。当時の私はイタリア語が全然だったから、何を話していたのかは分からなかったが、少なくとも店主は大変喜んで幾度も相棒の肩を抱き寄せていたところを見ると、大歓迎だったようだ。兎に角その店は今日も大繁盛しているのが、外からでも窺えた。通り過ぎようとした私の眼を釘付けにしたのは、大きなバースデーケーキ。長さ40cm幅30cmほどの四角いケーキで、生クリームで覆われていた、その上に沢山の苺と、誕生日ガールの名前。それは私の大好きな日本の苺のショートケーキを思いださせるに充分で、しげしげと眺めた後、大きな溜息をついた。暫く治まっていた苺のショートケーキ食べたい病が復活しそうな予感がした。一刻も早く店の前から立ち去らねばならなかった。
街の中心は賑わっていた。音楽を奏でる人、歌う人に色んな通りで遭遇した。週末はいい。音楽はいい。クラリネットとギターの3人組の演奏は素晴らしかった。シャンソンで有名な曲、枯葉をジャズにアレンジして軽快で情緒的に演奏していた素晴らしい人達。多くの人が足を止めて聴き入っていた。中には踊る男女もいて。小さな子供を抱えて踊る若い父親もいて。私は昔から小さなパッションがあって、其れはジャズを歌うことだ。叶いそうにない夢で、単なるパッションどまり。だけどこんな風にジャズを奏でる人達に出会うと、思わず歌いたくなってしまう。咄嗟の衝動に駆られないうちにと、また歩き始めた。
最後の目的地はガンベリーニ。この店でカップチーノと小さい菓子を頂くのがすきだ。客は何処へ行ってしまったのか、店の中は随分空いていて、それが私には嬉しかった。混雑していたら、幾ら好きでも店に足を踏み込むことは無かっただろう。
マッジョーレ広場は明日5月1日の労働者の集会の準備が進んでいて、ああ、明日はもう5月なのだと思った。それにしても週末もそれなりの時間に目を覚ますと、こんな楽しい一日になることを実感しながら帰って来た。4月最後の一日は、活動的で、色んなことを考えて感じた良い一日だった。