美しい卵

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今の家に暮らすようになって初めての冬のことだから、9年ほど前のことになるだろうか。相棒が小さな包みを持ち帰った。クリスマスの贈り物に知人から貰ったとのことだった。石鹸だよ、と相棒が言った。知人は近所で手作り石鹸の店を営んでいるのだそう。四角い大振りのラベンダーの石鹸。使ってみたら手がすべすべになることも含めて大変気に入り、それ以来、私も相棒も固形石鹸愛用家になった。知人の店の常連客になったのは言うまでもなく、何年も通った。ここ数年店に行っていないのは、知人が石鹸に情熱を失ったように見えたからである。それはもしかすれば、愛する妻を亡くしたのと関係があるかもしれない。兎に角店に気に入りの石鹸が品切れのままなので、足が遠のいてしまったという訳だ。その代わりに蜂蜜屋に石鹸を注文するようになったが、そのブームも下火になり、現在ボローニャ旧市街で良いものを探している。手作りが良いが、量産品でも構わない。良品で良心的な価格。これが条件。旧市街の自然食品やエコロジー製品を置く店でその枠に嵌ったものを発見したので試しに購入してみた。小振りな半透明の石鹸は米を原料としているそうだ。匂いは良くも悪くもなく、石鹸なんてこんなものだろう、そんな風に思う程度の匂い。米と言う言葉に惹かれて購入したけれど、どうだろう、と思いながら手を洗ってみたところ、するする、すべすべ。予想を超える使い心地だった。量産品の米の石鹸。案外探してみたら良いものが沢山見つかるのかもしれない、そんな風に思う私は深い石鹸の世界に足を踏み込んでしまったのかもしれない。

今日は復活祭。子供の頃は中身を殻にした卵に色を付けて、模様を書き込んで、家の中に飾ったものだが、今はそんなことは流行らないのか、そんなことをしている人に出会うこともないし話も聞かない。私にしても、そうしたことはしなくなって、それよりも行く先々で出会う美しい卵を眺めるだけだ。鳩の形をしたコロンバと言う名の焼き菓子や大きな卵型のチョコレートを買い求めることもなく、今年は少々寂しい復活祭。でも、空が晴れている。雨が降ると囁かれていたのに。それが一番嬉しい復活祭。それだけで充分嬉しい復活祭。




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ロングウィークエンド

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アメリカのラジオ風に言えば、今週末はロングウィークエンドである。アメリカに居た頃はラジオを沢山聞いたものだ。家でも職場でも行く先々でも。アメリカと言うよりは、あの時代はラジオを聞く人が多かったのではなかろうか。少なくとも私は、様々な記憶にラジオから流れていた音楽や、DJの言葉や口調が重なる。ロングウィークエンドもそのひとつで、それを聞くと何とも言えぬ、軽やかな気分になったものだ。

他の街からボローニャに移り住んだ人達の多くが、復活祭の休暇を利用して故郷に帰る。復活祭はやはり家族と一緒がいい、と言うことなのだろう。そういうことを私は案外良く思っている。イタリア人の家族愛と言うか、何というか。此処に暮らし始めたばかりの頃は、あまりに家族の絆が強くて多少ながらうんざりしたけれど、それもイタリア文化だと分かるようになると、それほど気にならなくなった。ま、そう思えるようになるまで結構な時間が掛ったけれど。それで今週末は街から人混みが消えるのかと思っていたが、旧市街に行ってそれが大きな間違えであることが分かった。寧ろいつもの週末よりも人が多い。まずは外国人が多かった。ローマやフィレンツェならまだしも、ボローニャに関心を持ってやってくる外国人たちが多いことに驚きを隠せなかった。もう私が此処に来た時代とは違うのだ。ボローニャも魅力的なイタリアの街のひとつに位置づいたと知り、悪い気はしなかった。それからイタリア人達。北や南の方言を耳にして、此の街に暮らす娘や息子を訪ねてきたのか、それとも単にボローニャに小旅行できたのか知らないけれど、何にしろ、ボローニャが多くの人の関心の的になっていることは嬉しくない筈がなかった。私が生まれ育った街ではないけれど、私は生粋の日本人だけど、長く暮らしていく中で、多少ながら街への愛情は生まれているのである。
街を歩いていて目立ったのは、ジェラート屋さんの長い列。それから食料品市場界隈のワインを愉しむカジュアルな店の賑わい。どの人の顔も明るくて、週末が愉しくて仕方が無いと言った感じだった。こういうのを見たかった。私は明るい様子の人達を見たかった。
数日前に可愛がっていた白猫が空の星になったと知って、私は其れから気持ちのやり場がなかったのである。私の猫ではなかったし、歳も少なくとも20歳と言う老猫であったにしても、いつかはこんな日が来るだろうとは誰もが思っていたにしても、毎日背中を撫でて美味しいものを少し与えるのが習慣だったから、うちの猫同様、大変愛情を注いでいたのである。ここ数日見かけないのは雨のせいだと思っていたのに。もう一度会いたかった。もう会えないかと思ったら、悲しくて涙が沢山零れた。おかげで身体が冷えて昨晩熱がでた。目を覚ました時、また白猫のことを思い出して涙が零れそうになった時、ひゅっと目の前を白いものが通って消えた。あ、白猫さん。もう一度会いたかったと言って泣いていた私のために一瞬姿を見せてくれたのかもしれない。敏感なうちの猫は、昨晩からめそめそしている私の傍らから離れない。ごめんごめん。もう大丈夫。白猫さん、愉しい時間をありがとう、そしてさようなら。またひとつ、空に大切な星が増えたよ。

明るい人々の表情が私の癒し。そして俄かに春めいたボローニャの樹々が癒し。ロングウィークエンドが必要だった。元気を蓄積したいと思う。




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奇抜発見

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3月ももうじき終わり。寒かった数日も終わりらしく、明日はもう少し軽いジャケットで良いらしい。世間の学校は復活祭休暇。そして仕事をしている人も今日辺りから月曜日までの長い週末を愉しむようだ。もっとも、そんな人ばかりではない。例えば私。私は土曜日からの3連休で充分嬉しいのである。特にこの3月は日本に帰省したから、まだその余韻がたっぷり残っていて、あまり多くのことは望む必要が無いと言うか、何というか。

私はいつの頃からか浅草が好きになった。幼少の頃は終戦記念日になると母親に連れられて浅草寺に行ったものだ。でも、大した記憶はない。母に連れられた姉と私。迷子にならぬように手を繋いで。母の母と妹の為にとのことだったが、何しろ幼かったから、何のことかよく分からなかった。それよりも大きな提灯がぶら下がっていたり、鳩が沢山居たり、お線香の煙が煙かったり。そんな事ばかり覚えている。大人になって、そう、20代前半の頃に姉と浅草を歩いた事がある。人形焼きの店の前に張り付いてその様子を眺めたり、大きな海老の天婦羅を頂いたり。とても愉しい一日だった。アメリカへと飛び出し、そしてイタリアに暮らすようになると、日本らしいことが妙に気になるようになった。そのひとつが鎌倉であり、そのひとつが浅草だった。特に浅草は面白かったが、驚いたのは人が多いことだった。こんなに混雑していただろうか。私の記憶の浅草は、もっと人が少なかったけれど。だから私が浅草へ行こうと言うたびに、姉は多少ながら困っているに違いない。何しろ姉も私同様、人混みが苦手だからだ。人混みが苦手な私が其れでも浅草へ行きたいのは、何時でも行けない場所だからである。言い換えれば私は旅行者みたいな立場だから。それでこの3月も浅草へ行った。この辺りの人は気のいい人が多いらしく、姉と私が立ち往生していると、何処へ行きたいんだい?なんて話しかけてくれる。そういうことに姉は慣れていないようだったが、私にはそれがちょっとイタリアに似ていて面白かった。知らない人にも平気で話しかける習慣。私は案外好きである。ところでこの街は本当に外国人が多い。ボローニャの旅行会社の女性が日本行きの航空券ばかりが売れると言っていたのを思い出して、成程と思った。外国人に占領されてしまったような気もしながら、外国人がこれほど日本に関心を持っていることが嬉しかった、何しろ私は日本人だから。日本は私の生まれ育った国だから。昼食に美味しい釜めしを頂いてお腹いっぱいになった後に、餃子の店発見。お腹がいっぱいで餃子などひとつとて食べられる筈がないのに、店の前から動けなくなった。結局諦めて歩きだしたが、素敵な記憶として看板の写真を撮ったところ、行き交う人達が足を止めて、看板を眺めだした。皆、看板が気に入ったのだろうか。とても奇抜で格好いいから。私の代わりに次から次へと中に吸い込まれていった。餃子万歳。日本の餃子は美味しいから、特に外国人は感激したに違いない。
今日は日本のことを沢山思い出した。短い帰省だったけど驚くほど沢山の思い出を作ったようだ。行きの飛行機がストライキで大慌てしたことも、広いフランクフルト空港を幾度も往復しながら乗り継ぎの飛行機確保に奮闘したことも、ようやく成田へ飛ぶ飛行機の座席に落ち着いた時の安堵と疲労も、今は宝石のような記憶である。強引に決行した帰省だったが、よい決断だったのだ、と今は思う。

それにしてもあの店の餃子、食べたかったなあ。




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独り言

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今日も寒い一日。ダウンコートを着込んで丁度良いくらいの寒さだった。今日も冷たい雨が降ったが、夕方には雨が上がり、清々しい青空が広がった。多分、暫くは雨とお別れ、少なくとも今週末は復活祭の連休だから、その間だけでも良い天気に恵まれればと思っている。復活祭の翌日の月曜日の祝日パスクエッタは雨が降ることで有名だけど、今年に限ってはそんなことはさせまい。イタリアではパスクエッタにピクニックなど屋外を愉しむ習慣があるから、そんな愉しみを予定している人達の為にも晴れてほしいと思う。

今日は帰りのバスにとことん恵まれず、様々なバスを乗り継がねばならなかった。旧市街のある界隈では信号機が故障と言うか停電と言うか、兎に角ちょっとした騒ぎだった。譲り合い精神はなく、それが渋滞を生み出した。
1989年だっただろうか。サンフランシスコで大地震が起きた。私はまだアメリカに渡っていなかったが、相棒と知り合ったばかりの頃に当時のことを話してくれたものである。驚いたのは車の運転マナーが素晴らしかったこと。交差点でわれ先に行こうとする車は無く、誰にそうしろと言われたわけでもないのに、互いに譲り合って交差点を通過する様子を見た時には、ああ、これがアメリカなのだなあと思ったそうだ。そしてイタリアではありえないことだと思ったそうだ。当時の私は何しろイタリアへ行ったことがなかったので、ふーん、そうかしら、なんて思ったものだ。果たしてイタリアに来てみると、相棒が言わんとしていたことが理解できた。イタリアでは確かにあり得ないこと。信号機がついていないだけで、こんなに騒ぐのだから。
最近バスが不自由で、帰宅時間が遅い。寄り道しているとあ相棒は思っているようだけど、ううん、違う、街の中心の塔の下をバスが通れなくなってから、私の帰宅時間は遅くなる一方である。

季節の変わり目に弱い私である。例年だと3月の終わりか4月の初めに体調を崩して寝込むから、只今健康管理に全力投球中。折角の春。寝込んでなんて居られない。




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カッコよくて颯爽

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昨晩の美しい月は幻だったのか。あれほど鮮明に月が見えたから、翌日も素敵な天気になると思い込んでいたら、雨。それも冷たい雨で、気温は昼間でも11度を超えることがない寒い一日になった。久し振りに起きぬけに暖房を点けたのはそんな理由だった。日本へと発った日から暖房を点けていなかったのは、点けるほど寒くなかったから。このまま暖房とさよなら、そんな風に思っていたところにこの寒さ。多少ながらがっかりした。暖房費が高いからである。しかし、仕方がない。身体を冷やして風邪を引くのだけは避けねばならぬ。朝もそうだが夕方も冷え込んで、今日は暖房三昧。まあ、そんな日が一日くらいあっても良いだろう。

居間の窓の前の栃ノ木は、急速に春を迎えている。いつの間にか目に眩しい美しい緑の葉をつけた。そういえば野原にも黄色い野の花が咲き、自然界はもう完全に春を迎えたようである。それなのに私ときたら冬のダウンコートなど着込んで。こんな寒がりではどうしようもないと思いながら、とぼとぼ歩いていたのだけど、マッジョーレ広場に面して建つポデスタ宮殿の美しいポルティコの下に並べられたワインの店のテーブル席に、つばの広いフェルト帽を粋に被り、丈の長い温かそうなダウンコートを着込んでワインを頂いている女性を見たら、なんだか仲間を見つけたような気分になったと言うか、安心したと言うか。そうだ、今日は寒いのだ。ダウンコートだって良いのだ。それにしても友人なのか何なのか知らないけれど、綺麗に装った女性二人が雨に濡れた広場を眺め、静かにお喋りしながらワイングラスを傾ける姿は優雅だった。こういう愉しみ方を知っている人が好きだ。ボローニャ旧市街を歩いていると時々見かける類の人達。
この冬、気がくさくさしている時間があまりに長すぎた。日本に帰って気分転換したところで、颯爽と行きたいと思っている。私に必要なのは、カッコイイ丈の短いトレンチでもなければ、新しい上質な鞄でもない。私に必要なのは白いスニーカー。白いスニーカーが必要だ。と言うことで、旧市街の幾つかの店を見て歩いたが、探しているものは見つからないものである。颯爽と歩けるスニーカー。歩きやすくて軽くて真っ白の。初夏になれば素足にモカシンシューズが履きたくなるが、それまでの間、白いスニーカーで街を闊歩したいと思っている。
何かの雑誌、それともネットか、もう随分前にヴィクトリア・ベッカムの写真を見て感心したことがある。ひゃー、カッコイイ。勿論スタイルからして磨かれているし、上背があって足が長いと言うのもあるけれど、彼女のさりげない、しかし飛び切り洗練された装いを、今も忘れることが出来ない。たっぷりしたセーターにさらりとした素材のパンツ。そして素の足首をちらりと見せて真っ白のスニーカーを履いて歩く姿は、私の心を虜にした。正直言って彼女自身には関心が無いのである。でも、彼女は本当にお洒落で、見せ方を知っていて、彼女のお洒落心から学ぶものが多いと思う。そして思うのだ。ああ、私にあと15センチ身長があったらなあ。あと15センチ高かったら彼女のように着こなせるという訳ではないけれど。
兎に角、スニーカー。私の白いスニーカー探しは当分続く。

今週末の復活祭。夏時間にもなるし、その前日には相棒の誕生日と、色んなことが重なっている。まずは相棒の誕生日の食事を考えたいと思う。美味しくてシンプルで春らしくて喜んで貰えるものって何だろう。取敢えず美味しい白ワインを探してみようか。




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