【講演記録】倉吉の町家と町並み(1)
以下は、2013年11月23日(土)に倉吉視聴覚ホール交流プラザで開催された倉吉市制60周年記念講座「知られざる倉吉建築物語」第5回講演の記録です。なお、図版は講演当日の配布資料を貼り付けておきますが、本文の番号とは一致していません。
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倉吉の町家と町並み
1.はじめに
倉吉は鳥取を代表する歴史都市です。ご存じのように、すぐれた町並みをよく残しています。これから倉吉の町家と町並みについて、以下の順にお話しさせていただきます。
1 近代化遺産と登録文化財
2 倉吉再興
3 倉吉の町家と町並み
4 ふるきかぜあたらしきかぜ
5 はるかなまち、その未来
6 広域的景観保全をめざして
これらの見出しはほとんど研究室が刊行した報告書のタイトルをそのまま借用しております。研究室活動の足跡を紹介しつつ、今後の展望を示そうというわけです。
2.近代化遺産と登録文化財
(1)近代化遺産となにか
「近代化遺産」という言葉はいまでも耳なれないかもしれませんが、「幕末から戦前に至る産業・交通・土木にかかわる遺産」と定義されています。じつは私、日本で最初に近代化遺産の調査をして報告書を刊行した者なんです。1990年度から2年間、秋田県で調査をして『秋田県の近代化遺産』(秋田県文化財調査報告集 第218集、1992年、秋田県教育委員会:全212頁)を編集・公刊しました。なかなかおもしろい調査でした。廃墟になった鉱山とか鉄道の遺産とか、私たちの世代が子供のころには稼働していた身近な産業遺産がおもな対象でして、なんとも言えぬ懐かしさと親しみを覚えたものです。そのころは奈良国立文化財研究所に在籍していました。鳥取県でも1996~97年に調査をして、1998年に『鳥取県の近代化遺産』(鳥取県文化財保存協会・1998年:全226頁)を刊行しました(図1)。
鳥取県全域で多種多様な近代化遺産の調査をしましたが、倉吉はお気に入りのスポットでした。その証拠に『鳥取県の近代化遺産』の表紙に倉吉上水道ポンプ室の写真をあしらっています。鉢屋川に沿ってたつこのポンプ室は、後に登録有形文化財になって修復され、いまも鉢屋川周辺の歴史的環境を構成する文化遺産群の核となっています。
図2は桑田醸造醤油蔵の圧搾機です。こういう機械類も近代化遺産のカテゴリーに含まれるのです。ここはいま土産物売り場にコンバージョンされています。
(2)阪神・淡路大震災と「登録」制度
図3は同じ倉吉市の大店会(旧国立第3銀行倉吉支店)です。1996年12月、鳥取県最初の登録有形文化財として官報告示を受けました。1996年という年はとても重要です。まさにわたしたちが鳥取県の近代化遺産調査に着手した年に大店会は登録文化財になった。ひとつに、近代化遺産の調査によって、明治~戦前の身近な文化遺産に注目が集まっていたことを反映しているのは言うまでもありませんが、もうひとつ忘れてはならないことがあります。阪神・淡路大震災です。ご存じのように、1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震によっておびただしい数の歴史的建造物が倒壊したのですが、「指定」された建造物以外は救えなかった。未指定ながら文化財価値の高い歴史的建造物はたくさんあったんですが、税金を投入する手だてがない。壊れた建物にはなんのお墨付きもないわけですから。そこで、翌96年に文化財保護法が改正され、登録有形文化財(建造物)の制度が導入れされたのでたのです。「指定」は優れものに対して国や自治体が補助金を支給し、その代償として規則で縛る。税金を投入するわけですから、指定文化財は個人の物のようで、半分は公共のものになりますから、自由な改変は認められません。一方、「登録」は一種の顕彰制度でして、対象となる建造物にお墨付きを与えますが、税金はほとんど投入されません。したがって、外観を維持すれば、内部の改変にはかなり自由度があります。大店会もいまは白壁倶楽部というレストランに改装され、賑わっていますね(図4)
登録文化財は平時にほぼ税金を投入しないのですが、非常時には投入が可能です。たとえば、大地震や戦火などで登録文化財の建造物が破壊されたとします。こういう場合、「国の登録有形文化財だから」という理由付けによって救済が可能になるのです。
「登録」の制度は大成功を納めました。今年(2013)11月1日現在で国内の登録有形文化財(建造物)の数は9,250件を数えます【2014年末には10,000県を突破】。重要文化財が4,000件余りですから、わずか20年足らずの間にすさまじいスピードで登録有形文化財の数は増えたわけです。「登録」の制度は、2004年の文化財保護法改正時に「美術工芸品」「記念物」「民俗文化財」などにも適用されるようになります。
鳥取県内ではあまり多くはなくて、今年(2013)の前半まででは46件161棟です。最近2件追加になったと思いますが、全国的にみると「中位」を占めるようです。人口の少ない県ですから、善戦健闘しているという見方もできるかもしれません。
図5は倉吉市河原町の小川酒造です。明治中期の大型町家で、立面図は環境大学1期生が描いた立面図です。小川酒造は『鳥取県の近代化遺産』を刊行した1998年に登録文化財の官報告示を受けています。あとでまた述べますが、こういう瓦葺きの町家は江戸時代の遺構が非常に少ない。大半は明治中期以降のものです。【続】
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倉吉の町家と町並み
1.はじめに
倉吉は鳥取を代表する歴史都市です。ご存じのように、すぐれた町並みをよく残しています。これから倉吉の町家と町並みについて、以下の順にお話しさせていただきます。
1 近代化遺産と登録文化財
2 倉吉再興
3 倉吉の町家と町並み
4 ふるきかぜあたらしきかぜ
5 はるかなまち、その未来
6 広域的景観保全をめざして
これらの見出しはほとんど研究室が刊行した報告書のタイトルをそのまま借用しております。研究室活動の足跡を紹介しつつ、今後の展望を示そうというわけです。
2.近代化遺産と登録文化財
(1)近代化遺産となにか
「近代化遺産」という言葉はいまでも耳なれないかもしれませんが、「幕末から戦前に至る産業・交通・土木にかかわる遺産」と定義されています。じつは私、日本で最初に近代化遺産の調査をして報告書を刊行した者なんです。1990年度から2年間、秋田県で調査をして『秋田県の近代化遺産』(秋田県文化財調査報告集 第218集、1992年、秋田県教育委員会:全212頁)を編集・公刊しました。なかなかおもしろい調査でした。廃墟になった鉱山とか鉄道の遺産とか、私たちの世代が子供のころには稼働していた身近な産業遺産がおもな対象でして、なんとも言えぬ懐かしさと親しみを覚えたものです。そのころは奈良国立文化財研究所に在籍していました。鳥取県でも1996~97年に調査をして、1998年に『鳥取県の近代化遺産』(鳥取県文化財保存協会・1998年:全226頁)を刊行しました(図1)。
鳥取県全域で多種多様な近代化遺産の調査をしましたが、倉吉はお気に入りのスポットでした。その証拠に『鳥取県の近代化遺産』の表紙に倉吉上水道ポンプ室の写真をあしらっています。鉢屋川に沿ってたつこのポンプ室は、後に登録有形文化財になって修復され、いまも鉢屋川周辺の歴史的環境を構成する文化遺産群の核となっています。
図2は桑田醸造醤油蔵の圧搾機です。こういう機械類も近代化遺産のカテゴリーに含まれるのです。ここはいま土産物売り場にコンバージョンされています。
(2)阪神・淡路大震災と「登録」制度
図3は同じ倉吉市の大店会(旧国立第3銀行倉吉支店)です。1996年12月、鳥取県最初の登録有形文化財として官報告示を受けました。1996年という年はとても重要です。まさにわたしたちが鳥取県の近代化遺産調査に着手した年に大店会は登録文化財になった。ひとつに、近代化遺産の調査によって、明治~戦前の身近な文化遺産に注目が集まっていたことを反映しているのは言うまでもありませんが、もうひとつ忘れてはならないことがあります。阪神・淡路大震災です。ご存じのように、1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震によっておびただしい数の歴史的建造物が倒壊したのですが、「指定」された建造物以外は救えなかった。未指定ながら文化財価値の高い歴史的建造物はたくさんあったんですが、税金を投入する手だてがない。壊れた建物にはなんのお墨付きもないわけですから。そこで、翌96年に文化財保護法が改正され、登録有形文化財(建造物)の制度が導入れされたのでたのです。「指定」は優れものに対して国や自治体が補助金を支給し、その代償として規則で縛る。税金を投入するわけですから、指定文化財は個人の物のようで、半分は公共のものになりますから、自由な改変は認められません。一方、「登録」は一種の顕彰制度でして、対象となる建造物にお墨付きを与えますが、税金はほとんど投入されません。したがって、外観を維持すれば、内部の改変にはかなり自由度があります。大店会もいまは白壁倶楽部というレストランに改装され、賑わっていますね(図4)
登録文化財は平時にほぼ税金を投入しないのですが、非常時には投入が可能です。たとえば、大地震や戦火などで登録文化財の建造物が破壊されたとします。こういう場合、「国の登録有形文化財だから」という理由付けによって救済が可能になるのです。
「登録」の制度は大成功を納めました。今年(2013)11月1日現在で国内の登録有形文化財(建造物)の数は9,250件を数えます【2014年末には10,000県を突破】。重要文化財が4,000件余りですから、わずか20年足らずの間にすさまじいスピードで登録有形文化財の数は増えたわけです。「登録」の制度は、2004年の文化財保護法改正時に「美術工芸品」「記念物」「民俗文化財」などにも適用されるようになります。
鳥取県内ではあまり多くはなくて、今年(2013)の前半まででは46件161棟です。最近2件追加になったと思いますが、全国的にみると「中位」を占めるようです。人口の少ない県ですから、善戦健闘しているという見方もできるかもしれません。
図5は倉吉市河原町の小川酒造です。明治中期の大型町家で、立面図は環境大学1期生が描いた立面図です。小川酒造は『鳥取県の近代化遺産』を刊行した1998年に登録文化財の官報告示を受けています。あとでまた述べますが、こういう瓦葺きの町家は江戸時代の遺構が非常に少ない。大半は明治中期以降のものです。【続】