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2026-01-23

anond:20260123233433

「主流派経済学反証主義的に“証明”されてきたか?」は、厳密には 証明数学みたいに真を確定)ではなく、より現実に近い形でいうと

…という意味での「反証主義的な淘汰」です。

以下、主流派がどう“反証に耐える形”に進化してきたかを、代表例で整理します。

1) 方法レベル反証可能な形に「落とす」こと自体を重視してきた

サミュエルソンは、理論を“操作可能(operational)な命題”=観測検証できる形に落とすことを強調した流れの中心人物として語られます

フリードマンは、(前提のリアリズムよりも)予測力を評価軸に置く「実証可能な含意で勝負する」方法論を強く打ち出しました。

ここがまず“反証主義っぽい”土台です(ただし、後述の通り経済学は補助仮説が多く、純粋ポパー型の運用は難しい)。

2) マクロ典型例:フィリップス曲線の「単純な政策トレードオフ」は壊れた

1950〜60年代に「失業率を下げるとインフレが上がる」ような安定関係が“政策メニュー”として扱われましたが、のちに

期待インフレを入れた「期待修正フィリップス曲線」へ

長期ではトレードオフが成り立たない(自然失業率/NAIRU)方向へ

という更新が起きますフリードマン1968年講演が、期待を組み込む方向に大きな影響を与えた、という整理は一次資料研究史確認できます

また1970年代経験が、この見方を後押しした、という研究史的整理もあります

要するにここは、「古い単純形が反証説明不能)に晒され、修正された」例です。

3) ルーカス批判政策が変わると推計式も変わる、という“反証の形”を導入した

ルーカス批判は、「過去経験則(縮約形)をそのまま政策評価に使うのは危ない。政策が変われば人々の意思決定(期待)が変わり、推計式のパラメータが不変でなくなる」という主張です。

この主張自体も、のちに実証的に検討テスト)される対象になっています

この流れが、マクロを「ミクロ基礎(最適化・期待)」を持つ構造モデルへ寄せる大きな動機になりました。

4) DSGEなど“構造モデル”は、透明性と検証可能性を上げる方向で発展した

DSGEは強い仮定批判され続けていますが、「政策変更の効果を、前提・メカニズムを開示した上で評価する枠組み」として中銀・研究で中心的に使われてきた、という位置づけは一次資料でも見られます

同時に、危機後の批判や改良も含めて「適用可能性・限界」を体系的に検討する研究も積み上がっています

ここでの“反証主義”は、「このモデルが真」ではなく、競合モデルと比べて予測政策評価整合性がどれだけ良いかで生き残る、という競争です。

5) ミクロ実証いちばん反証主義が“制度として”強く働いたのはここ(信用革命

近年の主流派の強さは、むしろミクロ因果推論で顕著です。

これはまさに、「この推定因果だ」という主張が、設計の穴を突かれて反証される/改善される、という反証主義制度運用です。

6) じゃあ主流派は“ポパー型にきれい反証”されてきたのか?

ここは正直に言うと きれいはいきません。理由典型的に

ので、単発で「はい反証理論死亡」とはならず、部分修正モデル更新になりやすい。

それでも主流派が“反証主義的に強い”と言われるのは、上で見たように

という⭐「負け方のルール」が共有されているからです。




流派がやってきたのは「理論の核を固定し、反証条件を明確化し、方法論を更新し続けて生存してきた」という歴史です。

からMMTが“学界で対抗可能理論”として評価されたいなら、同じ土俵

必要です

野球経験者のチームワークに対する考え方が酷い

どうにかならんのかアイツらは

もう仕事プロジェクトチームから野球経験者は除外するつもりでいる

頭が真っ白になった

・・・

独身って、そんなに許されざることなのかな・・・

かにお金貯まるけど

それって選択の自由じゃないの

3割の人々に恋愛経験がない

わたしもその一人

7割の人が、怖い

anond:20260123203208

Vtuberで満たされてる奴はネットにわざわざ俺はVtuberで満たされてんだよ!と誰も聞いてもいないのに書かないよ。

彼女ができて経験した後に俺は彼女なんていらねぇVtuberのほうがいい!と言うなら説得力あるけどね。

男性だったらモテてたのかな

先日、令和7年度の源泉徴収がでて、みてみたらほぼ1000万になってた。それでこの程度の生活なのかと言うショック半分と、1000万って婚活的に、優良物件ぽいなって思って、タイトルみたいなことを思った。

わたしスペックは42歳女性独身旧帝大卒、平均身長、平均体重、顔は悪いほう、性格はそんなに悪くないほうと思っている。

 仕事柄、コミュニケーションが苦手な人が多い中、割と誰とでもフレンドリーに話せて、専門性があることが受けて、転職は毎回良い方向にできている。

社会人初期にブラック経験してしまったけど、どうにか抜け出して、転職を何度もした結果、数年前に超絶ホワイトの今の会社に入って、高収入残業なしで幸せに過ごしてる。わりとすぐにちょっと出世したりして、まあまあ認められてる気はしてる。

今の会社で定時で帰れる生活になって、運動系趣味にハマり、ちょっとやりすぎてて、腹筋は割れるぐらいやってる。

今の趣味トレーニングつながりで友人は増えてつづけてて、しか気持ちの良い人ばかりで、人間関係も恵まれてる。人としては老若男女に愛されてると思うし、私もその人たちを大切にしている。女性としては全くモテないけど、そこで評価されない人間関係感謝している。(我が家可愛い猫がいて、そこには確実にモテてる。)

精神状態も安定してると思う。

もともと結婚願望が弱いし、モテる顔立ちでもないことは理解していたので、35,36歳あたりで結婚というかなんなら恋愛市場にのること自体もう諦めたんだけど、もし男性だったらまだ優良物件なんじゃない?なんて思ってしまって、書いてみた。

そんなに甘くないですかね。男性の大変さの解像度ひくすぎる?

って、別に男性になりたいと思ったわけではないんだけど、ふと考えてしまったんだよ。

anond:20260123174414

60位で20代後半の女性を娶ってた爺いたな。

30歳以上離れてて話が合うもんだろうか?

生活習慣が全く違ってて、生活し辛いって事は無いのかな?

しかしたら体の相性は悪くは無いのかもしれないけど、

若い男のようにはいかないよなあ。

そんな経験のある増田居ない?

anond:20260123143001

日本学校教育資産家と国家献身する奴隷生産する工場からお金法律に関するリテラシーを教えてない。

代わりに真偽が不明天皇歴史ストーリーや、古文という授業などを通して貴族文化を教える。

日本学校教育害悪しかいから、ホームスクールなどで卒業検定を受けて、日本史・古文保険体育みたいな時間無駄ものは切り捨てて代わりに金融労働法社会福祉などを学び、さら時間があればノーコードや生成aiプログラミングで早い内から創作経験起業体験をさせたほうがいいよ。私は少なくともそういった教育をうけたかった。

座薬さし始めたら仕事作業効率がだいぶ上がった気がする

一応ステマとかの意図はなく、あくま体験共有なので記事を読んで勘違いしないでくれという前提で。

35歳を超えてから便秘っぽい事象を度々経験するようになった。食事から50時間ぐらいの物体の消化後が出てこない、腹部の膨満感などなど。

37歳になってその頻度が増えてきた気がするので、今まで全くやろうと思わなかった座薬(第2類医薬品)を始めてみた。

結構値段高いなーと思って渋っていたが、割と効果を実感している。集中力や排便の質も若干あがったかも。今後悪化するようであれば泌尿器科行こうかなぐらいの気持ちに切り替わった。

自分はいちぢく浣腸というのを使い始めた(他のは使ったことがないので比較できない)が、どれでもよさそう。

2時間に1回を推奨しているので、アナルプラグを毎回外すのは面倒だが、やる価値はあるなと思っている。

目薬さし始めたら仕事作業効率がだいぶ上がった気がする

一応ステマとかの意図はなく、あくま体験共有なので記事を読んで勘違いしないでくれという前提で。

35歳を超えてから老眼っぽい事象を度々経験するようになった。顔から50cmぐらいの物体の両目焦点が合わない、目がかすむなどなど。

37歳になってその頻度が増えてきた気がするので、今まで全くやろうと思わなかった目薬(第2類医薬品)を始めてみた。

結構値段高いなーと思って渋っていたが、割と効果を実感している。集中力睡眠の質も若干あがったかも。今後悪化するようであれば眼科行こうかなぐらいの気持ちに切り替わった。

自分サンメディカル12というのを使い始めた(他のは使ったことがないので比較できない)が、どれでもよさそう。

2時間に1回を推奨しているので、コンタクトレンズを毎回外すのは面倒だが、やる価値はあるなと思っている。

童貞と付き合うリスクというのは存在する

最近話題の刺殺事件犯人ストーカー化した理由の一番は、初めての彼女だったからだろう。

童貞の厄介さというのは、別れた場合に初の恋愛ショックを受ける点だ。

そのショックの立ち直る経験がないというのは厄介なものである感情対処法がないのだ。

それゆえ恋愛強者なら次に行けばいいや~ってなるけれど、童貞は執着する。

次に彼女が出来るか分からないという考えもあるだろう。

初めての相手に振られても、二人で楽しかった思い出から抜け出すことが出来ない。

自分否定されたことで、そこで相手すら否定してしまう。

その感情が大きくなると、いなくなってしまえばいいのに、というねじ曲がったものになる。


元々、男女では男のほうが過去恋愛から抜け出せないと言われるが、童貞なら猶更である

そう思うとやはり学生自体恋愛経験をそれなりにしている人のほうが付き合うリスクが低いと言える。

ただのヤリチンかもだが、童貞のような執着心も無いだろう。


童貞と付き合うリスクというのは存在するのだよ。

anond:20260122102107

NISAサービス開始からプレイしている組は、去年の3~4月にかけてのトランプ下落を経験しているから、この程度どうということはない。

あれで一瞬、何もかもがマイナスになった。

2026-01-22

痛みを10段階でって言うけどせいぜい2~3くらいの痛みしか経験した事ない

一回だけ足つったとき親指とふくらはぎがちぎれそうになって7くらいか

anond:20260122201514

増田です。

彼女には、男性経験あんまりないとか言われてて結婚して徐々にねって思ってたんですけど、知り合いのイケメンへの表情見たら嘘だって確信してます

anond:20260122102107

リーマンショック経験組のやつらは50%ダウンを経験しているので面構えが違う。

2%ごときで心穏やかでいられないなら、個人向け国債割合を高めたほうがいい。

死ぬのと30年後に死ぬのと、何が違うんだ?

どっちにしろ、死んだら終わりじゃん。

記憶も残らないんだし、「良い経験ができた」って言われても、その記憶ごと死滅するんだから意味なくないか

「周りの人間のためになる」かもしれないけど、その周りの人間もいずれ死ぬんだよ。

そう考えたら、今死んでも30年後に死んでも、同じなんだよなぁ。

生きてる間はまだ意味があると思うんだけど、しんだ瞬間、全てが無になるんだ。

役に立つ本を書くとかで後世になにか残してたらまだマシだけど、そんな奴は少数だ。

ほとんどの奴は生きてても意味のない奴ばかり。

そう、生きてることに特に意味はないんだよ。

から、生きることにした。

意味がないから、意味のない人生を生きることにしたよ。

anond:20260121230725

イジメがどんなもんかにもやるだろ

イジメなら殺してもと思うなら、お前自身も殺されてる可能性十分あるぞ

イジメの加害経験は緒によるけど多くて8割だから

少なくともお前が大切な人の半分は殺されても文句言えないことにな理想だぞ

理念現実の両立:国内SIerの道

ラリーありがとう

いま、この転換点において、皆さまとご一緒できることを光栄に思います。同時に、私たち国内SIerにとっての責務でもあります

本日は、世界の“秩序”の断絶、心地よい物語の終わり、そして、巨大な力を持つプレイヤー競争ほとんど制約を受けない厳しい現実の始まりについてお話します。

しかし同時に、国内SIerのような「中堅の担い手」は無力ではない、と申し上げたい。私たちには、信頼・安全・持続可能性・顧客主権データ保全といった価値体現する新しい秩序を、実務から積み上げていく力があります

相対的に力の小さい側の力は、まず誠実さからまります

私たち毎日のように思い知らされています。いまは、巨大プラットフォームや巨大ベンダー地政学リスクを背景にした技術覇権が競い合う時代であること。オープン性や互換性、フェアなルールに支えられた前提が薄れつつあること。そして、強い側が条件を決め、弱い側は受け入れざるを得ない局面が増えていること。

古典的に言えば「強い者はできることを行い、弱い者は耐えねばならない」という構図です。これは不可避だ、これが自然競争原理だ、と片付けられがちです。そして、その論理を前にすると、私たちには「波風を立てずに合わせる」強い誘惑が生まれます。摩擦を避けるために順応する。相手に合わせれば安全が買えると期待する。

しかし、それでは安全は買えません。

では、選択肢は何でしょうか。

1978年チェコ反体制知識人ヴァーツラフ・ハヴェルは『無力者の力』という論考を書きました。そこで彼は、体制がなぜ維持されるのかを問いました。

彼の答えは、一人の店主の例からまります。店主は毎朝、店先に標語を掲げる。「万国の労働者よ、団結せよ!」。本人は信じていない。周囲も信じていない。それでも掲げる。面倒を避けるため、従順さを示すため、波風を立てずに“やっているふり”をするために。そして、どの通りの店主も同じことをするから体制は続いていく。

暴力だけではなく、人々が、内心では虚構だと知りながら儀式に参加することで、体制は維持される。ハヴェルはこれを「嘘の中で生きる」と呼びました。体制の力は真実ではなく、皆が真実であるかのように振る舞うことから生まれる。そして脆さも同じところにある。たった一人が“看板を外す”だけで、幻影にひびが入る。

いま、企業としても、業界としても、私たちは「看板を外す」時です。

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私たちが長く置いてきた“看板”とは何か

長い間、IT世界には「ルールや標準が機能し、相互運用性が担保され、勝者も敗者も一定のフェアネスの中で競争できる」という物語がありました。国内SIerも、その物語の上で成長してきた面があります標準化ベストプラクティス認証制度ガイドライン、そしてグローバルに広がる巨大なプラットフォーム私たちはそれらを称賛し、活用し、その予測可能性の恩恵を受けました。

もちろん、その物語が“部分的虚構であることも知っていました。強い側は都合が悪いとき例外を作れること。ルール適用が非対称になり得ること。互換性や標準が、実態としては特定エコシステム誘導する装置として働くこと。そして、契約条項価格体系、APIの変更、提供地域機能制限などが、力関係の影響を強く受けること。

それでも、その虚構は便利でした。巨大プラットフォーム提供してきた“公共財”も確かにあった。スケールする計算資源、安定した開発基盤、セキュリティ機能グローバル展開の足場、部品としてのOSSツールチェーン、紛争を減らす共通言語

から私たちは、看板を掲げ続けました。「オープン」「中立」「相互運用」「ベストプラクティス」という言葉を、実態が追いつかない場面でも口にしてきた。そして、言葉現実のずれを大きく指摘することを避けてきた。

しかし、この取引はもう成立しません。

率直に申し上げます。いま起きているのは“移行”ではなく“断絶”です。

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統合利益の源泉から従属の源泉に変わった

過去20年の間に、金融危機パンデミックエネルギー制約、半導体不足、サプライチェーン混乱、サイバー攻撃常態化、そして地政学リスクが、極端なグローバル統合の脆さを露呈させました。

さらに近年、巨大な力を持つプレイヤーが「統合のもの」を武器として使い始めています。値上げや課金体系変更が交渉力になる。契約利用規約認証IDクラウド管理基盤が実質的拘束力になる。提供停止や機能制限地域制約が、企業組織圧力として作用する。サプライチェーンが“突かれる弱点”になる。

統合すれば相互利益」という前提のまま、“嘘の中で生きる”ことはできません。統合従属の源泉になった瞬間、前提は反転します。

かつて中堅の担い手が拠り所にしてきた「みんなで決めるはずの場」も弱まっています標準化が追いつかない。デファクト事実上ルールになる。透明な合議より、エコシステムの都合が優先される。結果として、多くの企業が同じ結論に向かい始めています

戦略的自律性」を高めなければならない。

人材セキュリティデータクラウド選択肢重要部材、運用ノウハウAIの基盤、そしてサプライチェーンにおいて。

自分で守れない者は、交渉選択肢がありません。ルールが守ってくれないなら、自分たちで守るしかない。

ただし、行き先を直視すべきです。全員が要塞化すれば、コストは上がり、分断は進み、脆さは増し、持続可能性は下がります

そしてもう一つの現実があります。巨大プレイヤーが、ルール価値の“建前”すら捨てて、露骨取引主義へ傾けば、関係性を恒常的に収益化することは難しくなる。顧客パートナーも、保険を買い、選択肢を増やし、分散します。これは「主権」を取り戻す動きです。かつてはルールに支えられていた主権が、これからは「圧力に耐えられる能力」によって支えられるようになる。

古典的リスク管理コストがかかりますしかし、そのコストは共有できますレジリエンスへの共同投資は、各社がそれぞれ要塞を作るより安い。共通標準は分断を減らす。相補性は正の和を生む。

国内SIerにとっての問いは、「この現実適応するか否か」ではありません。適応は不可避です。問いは、ただ壁を高くして閉じこもるのか。それとも、より野心的なことができるのか、です。

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私たち方針価値観に基づく現実主義理念と実務の両立)

私たち国内SIerは、比較的早い段階で警鐘を受け止め、姿勢を変え始めました。

日本で長く通用した前提」、つまり既存取引慣行や、系列的な安定、特定ベンダーとの強固な関係が、そのまま将来の繁栄安全保証するという前提は、もはや十分ではありません。

私たちの新しいアプローチは、いわば「価値観に基づく現実主義」です。別の言い方をすれば、理念を持ちつつ、現実に即して動く。理念と実務の両立です。

理念として私たちが守るものは明確です。

顧客社会に対する説明責任セキュリティプライバシーデータ保全と可搬性。人権安全に関わる領域での慎重さ。重要インフラを支える品質継続性。

同時に、私たち現実主義でもあります進歩は多くの場合、段階的です。利害は一致しないこともある。すべてのパートナーが同じ価値観を共有するわけではない。だからこそ、目を開いたまま、戦略的に、広く関与する。世界を「あるがまま」に扱い、「こうあってほしい世界」を待たない。

私たちは、関係の“深さ”を価値観に合わせて調整します。影響力を最大化するために、関与は広く、依存は偏らせない。流動化する秩序と、その先にある賭け金を踏まえて、現実的に動く。

そして今後は、価値の強さだけに頼らず、「強さの価値」も積み上げます

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強さは国内で作る。依存を減らし、選択肢を増やす

私たちは足元から変えます

人材育成と採用設計・開発・運用標準化サイバーセキュリティAI活用検証環境、そしてミッションクリティカルを支える運用力。加えて、特定技術への過度な依存を減らし、移行可能性と可搬性を高める。

投資は前倒しします。

生成AIデータ基盤、ゼロトラストソフトウェアサプライチェーン対策、Observability、そして重要領域の内製力強化。これらは“コスト”ではなく、交渉力と継続性を生む“資本”です。

セキュリティ投資は、段階的ではなく構造的に引き上げます

守りは、事後対応ではなく、設計調達運用に埋め込みます国内産業裾野とも接続し、調達・開発・運用の循環を厚くする。

同時に、外に向けては急速に分散します。

特定の巨大プラットフォーム単一モデル提供者に賭け切らない。複数クラウド複数実装選択肢複数調達経路、複数人材パイプラインを持つ。

グローバル課題への対応も、論理は同じです。論点ごとに連携の形を変える「可変幾何学」でいきます

セキュリティでは、脅威情報共有と共同演習の連合を作る。

データ主権では、顧客データ所在アクセスを決められる設計原則を共同で整備する。

標準と相互運用では、地域業界をまたぐ参照アーキテクチャオープンAPI合意を積み上げる。

AIでは、特定覇権特定の巨大クラウドに“二者択一”を迫られないよう、モデルデータ評価ガバナンス選択肢を確保する。

これは、甘い理想論ではありません。機能不全になりつつある“建前の場”に頼り切ることでもありません。論点ごとに、動ける相手と動く。必要なら多数派を作る。そうして、将来の挑戦と機会に備える、密度の高い接続網を作るのです。技術投資人材運用文化レイヤーで。

国内SIerのような中堅の担い手連携しなければならない理由は単純です。設計図の会議に席がなければ、要件は上から降ってきます。席がなければ、食卓メニューになる。

巨大プレイヤー単独でも戦えます市場規模研究開発、資本、影響力がある。しか国内SIerは違う。にもかかわらず、巨大プレイヤーと一対一で交渉し続ければ、交渉は弱い立場からまります提示された条件を受ける。自分たち同士で「より従順な方」を競い合ってしまう。

それは自律ではありません。従属を受け入れながら、自律しているふりをすることです。

いま、私たちには選択があります

巨大プレイヤーの歓心を買うために国内同士で争うのか。

それとも、連携して、影響のある第三の道を作るのか。

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真実の中で生きる」とは何か

ここで、ハヴェルに戻ります

私たち国内SIerが「真実の中で生きる」とは、どういうことでしょうか。

第一に、現実名前をつけることです。

オープンルールに基づく、互恵的な統合」という言葉を、現実がそうでないのに唱え続けない。いまを、巨大プラットフォーム競争が激化し、統合交渉力と拘束力の源泉として使われる時代だと認める。

第二に、一貫して行動することです。

相手が誰であれ、同じ基準評価する。都合の良い相手一方的変更には沈黙し、別の相手には批判する、という態度は「看板を掲げ続ける」ことになります

第三に、自分たちが信じるものを“機能する形”で作ることです。

標準準拠を唱えるだけでなく、移行可能性を担保する設計相互運用実装、透明な運用ルール監査可能ガバナンスを、合意実装として積む。復古を待たずに、動く枠組みを作る。

第四に、強制可能にするレバレッジを減らすことです。

強い国内基盤を持つことは、企業にとっても最優先です。分散経済合理性であるだけでなく、誠実な姿勢を貫くための物質的基盤です。報復圧力脆弱状態のままでは、理念を語る資格すら維持できない。

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国内SIerが持つ資産役割

国内SIerには、世界必要としているものがあります

日本産業社会現場に根差した知見。

止められない基幹業務運用し続けてきた経験

レガシーモダンを“つなぐ”統合力。

品質継続性、説明責任を重視する文化

そして、顧客と長期の関係を築いてきた信頼。

さらに、私たち理解しています。いま起きていることを直視し、合わせて自分たちを変える決意が必要だということを。

この断絶が求めるのは、単なる適応ではありません。世界をあるがままに見て、誠実に語り、国内で強さを作り、連携して動くことです。

私たちは、看板を外します。

古い秩序は戻りません。嘆いても戦略にはならない。ノスタルジー戦略ではありません。

しかし、断裂の先に、より良いものを作ることはできます。より強く、より公正で、より持続可能な形を。

それが、中堅の担い手である私たち仕事です。要塞化した世界では失うものが大きい一方で、本当の協働が成立する世界では得られるものも大きい。

巨大プレイヤーには巨大プレイヤーの力がある。

しか私たちにも力がある。

虚構に合わせるのをやめ、現実名前をつけ、国内で強さを作り、連携して動く力です。

それが、国内SIerの道です。私たちはそれを、開かれた形で選びます

そして、それは同じ覚悟を持つあらゆる組織に開かれた道でもあります

童貞がたくさんセックスして気づいた女性個人

30代前半まで童貞だった

その後、5年で経験人数40人くらい

番長い人で5年

 

個人差がとても大きいと気づいたこ

 

エロさの差が大きすぎる

漢はほとんどが一定以上エロいが、女性は1/3はガチエロに興味がない

この1/3の内の半分くらいは嫌悪すらしてると思う

1/3が「どっちでもいい」「感じることもある」「彼氏のみきもち良い」タイプ

1/3がエッチ割と好き、その半分が大好き、くらいの割合

 

から、まずは相手がどれなのか分からないと事故

画一的対応NG

 

感じ方に差がある

上記と同じだけど

イケる人イケない人

感じられる人感じられない人

いろいろいるので

プレイのゴールを固定すると無理が出て嫌な体験になる

男は出すのがゴールで分かりやすいんだけど

 

一回はイきたい女子も居れば、イッてないけどすごく満足してる人も居るし

そもそもまりエロに興味がない人は長いだけで不満を覚える

ゴール設定も探らないといけない

 

NGに差がありすぎる

彼氏じゃないならキスNG彼氏でもキスNGな人も居る

フェラも同様

ナメられるのが好きな人、嫌いな人

おっぱいNG、お尻くすぐったいかNG

NG、バックNG、明るいのNG

など、する前に当たることはまず無いのでこれは聞かないとわからない

まあ自分場合彼氏ではないのでNGを言ってくれるんだけど

逆に彼氏場合は言えないと悩んでる人をちらほら見る

 

肌のすべすべ感、おっぱいの柔らかさ

これなんでこんなに差があるんだろうね?

触らなきゃ分からなかった

 

痛みに対する感度

どこまで何をしたら痛いか

どこまで何をしたら気持ちいか

これが差がありすぎて最初大変

個人的にはドM相手の方が大変、加減がむずすぎる

 

体の硬さ

体固いとすごくセックスがむずい

柔らかい人・硬い人で対応が変わる

 

キスの仕方

千差万別すぎて誰も正解が分かっていない感じがあっておもろい

俺もわからん

 

まとめ・所感・気づき

・なによりコミュニケーションの大切さが分かる

・無理してる人から本音を聞き出すプロセス必要

女性自身は他の女性がどんなか、いうほど知らないのでお互いに情報を出し合う必要がある

常識の擦り合せフェーズがある

彼氏相手に満足できていない人が多く、これは相手に言えない、言っても聞いてくれない問題らしい

女性側はむしろ自分がどうであるか知ると強いかもしれないが、男の中には手探り自体を楽しんでる人も居そうなのでむずそう(めんどくさい)

男性が「女性画一的」と誤解している要因はAVだと思う

経験の薄い女性ほど難易度が高く、つまり若い子や処女はたいへん、これは愛のパワーで乗り切るべきなのかもしれないが、男側もセックスムズいので、結果甘酸っぱい思い出になる確率が高そう

こういう「自民党の負けを織り込んだ煽動」を見ると選挙前だと実感する

anond:20260119124523

自民党から離れた公明党を腐すことなく、離れたことによる自民の苦戦があったとしても得たものがあるのだと言い張る。上手い言い回しだと思う。

個人的に今回の選挙は「公明党って、いうほど選挙に影響力持ってるの?」ってのが顕になる選挙だと思ってる。

ここまで大々的に立民と合流したとなると、負けたら公明党が今まで築き上げてきた「自民の盤石体制に多大な貢献をした」というイメージは崩れ去る。

どんなに「立民のせいだ」と主張しても「じゃあそもそもそんなのと組むなよ」という話になる。

から公明党が生き残るには「自民議席をそれなりに削って影響力を示す」しかない。

大勝ちしちゃうとそれはそれで過去の失敗以降全く与党経験のない立民のお守りにかかりっきりになって大変だしね。

立民も単独では今回の件で完全に主義主張のない根無草になったので議席を伸ばせなければ終わりだ。

維新と民民は相変わらず自民党犬小屋狙いだし、それ以外の政党微妙な情勢の時の調整弁程度の役割しかないし、俺たち有権者無責任だとここまで政治家は腐ってしまうんだなというのを痛感している。

或る漫画編集者視点から見た「合丼来来伝」【第1章】

【完結済】 「合丼来来伝」感想

まずは「合丼来来伝」の感想から
少し検索すると資料も出て来るので、この話で書かれている事は実話なのだろうと直感した。

最初に、「合丼来来が今後何者かになれる可能性が有るか?」について結論を言えば、
彼が今後何者かになれることは無いだろう。

合丼来来のポイントオブノーリターン

彼の引き返せなくなったポイント、…ポイントオブノーリターンは全体を通して見ると「合丼来来(あいどんらいき)伝・6」の

ベビールックポータル」のメンバーが遠回しに「自分で書いたものを後から読み返した方が良いよ」ということを言っていたが、一切聞く耳を持たなかった。<注2>

だろう。

計算すると、この時の合丼来来は、30代前半の年齢となる。
作家漫画家を志す年齢としては、諦め始めた方が良い年齢と言える。
作家漫画家になるのに年齢制限はない」という主張をする人も世の中には存在するが、
少なくとも弊社視点で言えば、35歳までに商業作品を出す事ができなかった人が35歳を過ぎても
漫画家になりたい」「ライトノベル作家になりたい」「アニメ原作者になりたい」
と言っていた場合「もう人生諦めた方がいいよ」と考える。

出版社への漫画原稿持ち込みにも制限年齢は存在しないが、やはり編集者作家の年齢を見る

20代前半~20代中盤までの人は将来性を見込んで少し下手でも真剣に見るが、
35歳までに商業作品を出す事ができなかった人が、35歳を越えて持ち込んできた場合

その人との比較対象
35歳で商業作品を出している作家漫画家
になる。

25歳ぐらいまでのワナビの持ち込みは、同年代ワナビ比較対象として見てもらえるが、
26歳を過ぎた辺りからワナビの持ち込みは、比較対象になるのが同年代商業作家に徐々に切り替わっていき
35歳のワナビの持ち込みは、20代前半~20代中盤のクリエイター志望者や、同年代ワナビではなく、
35歳の商業作家比較されることになる。
35歳のワナビが35歳の商業作家に比べて劣っていれば「話にならない」のだ。
35歳のワナビがそこから一発逆転を狙うなら商業作家以上のクオリティ作品を持ち込まなければ
見込みが無い」を20枚ぐらいのオブラートで包んだコメントをされることになるだけだ。

遠慮なく指摘するタイプ漫画編集者なら35歳を越えて持ち込みしてくる人で
過去に連載経験が無く、35歳の商業作家を越えるクオリティ作品を出せない人には
「もう人生諦めた方が良い」と実際に言っている人も居る。

合丼来来の場合は、30代前半で「おむつ倶楽部」という雑誌小説を出したと書かれている。
但し、その小説本来商業レベルに載せられる作品ではなく

毎回編集長

「このままでは商業に載せるクオリティレベル)ではない」と、半分以上修正したものを載せていて

と、編集長に半分以上修正されていたとも書かれている。

この、編集長修正されていたという点を鑑みるに、彼の本来レベル商業レベルでは無かったが、お情けで掲載されていたことが見て取れる。

ここで、「ベビールックポータル」のメンバーから言われていた通り「自分で書いたものを後から読み返す癖」を付けて、
編集長自分作品をどう直しているかを見て、その直し方を自分で取り込んで行けば、その後も商業での掲載
続けさせてもらえて何者かになれていた可能性は有る。

しかし、彼はそれをしなかった。
そこが、彼にとっての「ポイントオブノーリターン」…「引き返せなくなった地点」だ。

そこで彼の道は閉ざされ、彼は救いようのない存在になったと言える。

漫画編集者視点で「合丼来来が今後何者かになれる可能性が有るか?」について結論を言えば、
「彼が今後何者かになれることは無い」という結論になる。

漫画編集者からの助言

25歳ぐらいまでのワナビの持ち込みは、同年代ワナビ比較対象として見てもらえるが、
26歳を過ぎたワナビの持ち込みは、比較対象になるのが同年代商業作家に徐々に切り替わっていき
35歳を過ぎたワナビの持ち込みは、同じ歳の商業作家作品比較されます

35歳を過ぎても漫画家になりたい」「ライトノベル作家になりたい」「アニメ原作者になりたい」と思うなら、
最低でも自分と同じ歳の商業作家作品を越えるクオリティのものを作れないと話になりません。

これは、漫画だけの話ではなく、ライトノベルでも同じです。

2026-01-21

6年半付き合った元カレから手紙を捨てられない

21歳〜27歳までの6年半付き合った元カレがいた。

私にとっては大恋愛だった。

結婚すると思っていたし、その話は彼の方から何度もしてくれた。

それでも別れてしまった。浮気喧嘩別れ、というわけではない。

彼とは付き合っていた時間の半分以上が遠距離恋愛だった。会えるのは半年に1回くらいで、LINE毎日していたけれど、電話ほとんどしない。

会えたときはめちゃくちゃ嬉しくて楽しくてドキドキするけど、時間とともに気持ちは薄れて、また会ったとき気持ちが復活して……の繰り返し。

そうして昨年末

将来住む場所生活環境と、それ以外のこと(家族や友人と離れてしまうこと、ヲタ活がしづらくなってしまうこと、仕事など)を天秤にかけたとき後者気持ちが傾いている自分に気がついた。

完全に嫌いになったわけでも、気持ちが全く無くなったわけでもない。けれど、この関係を続けるのに限界が来てしまった。

私は彼の地元に行く踏ん切りをつけられなかったし、彼は私を迎え入れる準備を整えられなかった。

別れ話は電話で伝えた。私の気持ちが離れていることに勘づいていたようで、引き止められることはなく、最後他愛もない話や今ならぶっちゃけられる思い出話なんかをして電話を切った。

その電話最後に連絡は取っていない。

6年半も付き合っていて、大好きで運命だとすら思っていた人と別れたのに、あんまり引き摺ることはなく、翌週にはマッチングアプリを入れて2週間くらいで一気に7人くらいと会っていた。

なんなら今はいい感じの人がいる。

それなのに今、部屋を片付けていたら彼にもらった手紙が出てきて感傷的な気持ちになってしまった。

私が彼の誕生日手紙手作りアルバムを渡したのを始まりに、彼も毎年誕生日手紙を書いてくれるようになって、6年分の手紙

恋愛経験豊富な彼が、「今まで彼女手紙なんか書いたことない」と言っていた。本当かはわからない。

読み返したら泣いてしまう気がして封筒は開けていないけど、ミニアルバムプリクラも出てきて苦しい。

別れて2週間くらいでスマホに残っている写真は全部消せたのに、手紙という心の込められたものを前にするとどうしても捨てられない。

祓いとかお焚き上げに持っていくという話も聞くが、それは違うような気がしている。

元カノからもらった手紙を捨てない彼氏に怒る彼女」が度々SNS議論されているけど、こんな気持ちなのだろうか。ここまでセンチメンタルではないのだろうか。

もし次に恋人ができて、その人のことを元カレ以上に好きになれたら捨てられるだろうか。

元カレ以上に好きになれる人なんているのだろうか。

元カレに対する恋愛感情はもう無いのに、過去の煌めきに蓋をできないでいる。

50過ぎたら働かなくていいよ

すくなくとも新しい仕事を。。とかは選択肢に入れないでくれ

覚え悪くて体力なくて自己愛だけは頑丈でとか現場もむしろ迷惑です

経験とか耳障りいいけど成功体験固執してるだけだし

よほどの超人でもないと新しい職場環境デ〜とか本人の体にも良くないので無理です

お金がないから働かないとってんならお荷物自覚と相応の責任感だけは持って働いてね

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