はてなキーワード: 拘束力とは
そんな拘束力の強い界隈はない
育休に入る前、周りの人に「家族以外との接点が減ってしんどくなるよ」みたいなことを言われたので、ほーんそういうもんかなあと思っていたのだが、全然平気。
というか、むしろすごく心が楽。
子もまだ小さいので、夫以外とほぼ会話しないけどすごく心地よい。
用事があって会社人事にメールを送っただけで数日ズーンと気持ちが重くなった。
コミュ障にも程がある。
いや、ずっとしんどいなとは思っていたけど…。
ただ、心地いいからといって夫と子供とだけしか触れ合わないでいると人間強度が下がるので、ますます社会不適合になってしまうだろう。
会社という拘束力がなければ易きに流れて人と関わらない生活を続けてやばい人間になってしまいそう。
そういう意味では専業主婦や人と関わらない仕事は向いてないな。
復職したら会社での人付き合いに加えて保育園や学校関連での保護者同士の付き合いも始まると思うと今からしんどい気持ちがある。
例えば,C1=1/2,C2=1/3,C3=1/6と相続分指定がされた場合,Cらは,指定相続分の通り,遺産分割を行わなければならないか。
まず,遺産分割協議は,協議する・しない自体が共同相続人全員に委ねられているから,共同相続人全員が指定相続分と異なる割合で遺産分割を成立させたとしても,それに対して当事者でない者の介入を許す必要はないと考えられる。
また,遺産分割調停においては,指定相続分はできるだけ尊重されるべきではあろうが,競技と同様,共同相続人全員の合意があることを前提に,指定相続分と異なる割合で調停を成立させることができてよいと解される。
さらに,遺産分割審判においても,指定相続分は遺言者の意思として尊重されるべきであるが,遺産分割基準(906条)に照らして,指定相続分と異なる割合の審判をすることが一切許されないと解する必要は乏しいであろう。
相続人全員の同意があれば、遺言に従わない協議も有効かどうかが問題になり得る。本来的には、遺言者の意思は、相続人の意思に優越するとも考えられる。しかし、受遺者は放棄をすることも可能であり(986①。990・915。包括遺贈には986条1項は適用されないことに注意)、そのことから、相続人の全員が、遺言処分とは異なる内容の遺産分割協議に合意した場合には、その範囲で遺言処分が放棄されたと解されて、結果的に遺産分割協議が優越することになる(最判平12・9・7金法1597号73頁参照。なお、東京地判平6・11・10金法1439号99頁も参照)。遺贈の放棄は、相続放棄に連動していないと考えられている。
(遺贈の放棄)
国連の委員会は、特定のテーマや分野に関連する問題について議論、検討、監視、助言を行う機関です。各委員会はテーマごとに異なる目的を持ち、人権、環境、持続可能な開発、安全保障などの分野で専門家や加盟国の代表者が集まって構成されています。例えば、「国連人権委員会」や「国連気候変動委員会」などがあり、それぞれの分野で国際的な基準を形成し、加盟国の実践を評価・監視する役割を担っています。
国連委員会の勧告は、加盟国に対してあるべき行動や改善を促す指針です。勧告は、法的な拘束力はありませんが、国際的な基準や価値に基づいた内容であり、各国が国際社会の期待に沿って行動するための参考とされます。例えば、人権委員会からの勧告は、加盟国の人権保護や改善に関する施策に対する提言として用いられます。
勧告は、委員会が対象国の状況を評価し、報告書や国際的な基準と照らし合わせながら作成されます。具体的な意思決定プロセスには以下の段階が含まれます:
• 情報収集:加盟国からの報告、専門家による調査、NGOや市民団体の意見などを通じて情報を収集します。
• 評価:収集した情報をもとに、委員会の専門家が分析し、課題や改善点を特定します。
• 勧告の作成:評価結果をもとに、勧告を策定し、加盟国に対して提言として提供します。
• 合意形成:委員会内での合意を経て勧告が正式に決定されます。
4. ガイドラインの有無
各委員会には、国際法や国連憲章、または特定の条約・協定がガイドラインとして存在します。例えば、人権委員会の場合、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(ICCPR)が基準となります。ガイドラインは各委員会の目的に応じて異なりますが、通常、国際的に承認された条約や協定に基づくものです。
国連の委員会では、過去の勧告や他の委員会の勧告と整合性を持たせるための調整が行われます。国際基準の一貫性を保つため、委員会内で情報共有や意見交換を行い、必要に応じて過去の勧告と照らし合わせた検討が行われます。また、専門家同士の連携も重要な要素です。
国連委員会の勧告は、加盟国が国際的な義務や基準を尊重し、向上を目指すべきであるという立場に基づきます。勧告は国際条約や協定、国連憲章を基盤とするため、普遍的な基準に依拠している点で正統性が認められています。ただし、勧告には法的拘束力がないため、各国が自主的に従う形となりますが、国際社会や人権団体などの目があるため、国際的な圧力がかかることもあります。
蓮舫は立憲民主党内の野党共闘路線の大きな一角だったのでは?論を書いた増田だけど、立憲・小沢氏、次期代表「泉氏でやったらまた沈没」 支持しない考え:毎日新聞を読んで、更に立憲民主党内で野党共闘支持派が都知事選で野党共闘を行ったことによって現職小池百合子都知事へ肉薄するという華々しい結果を持って蓮舫の立憲民主党代表就任を目論んでいたのではないか?
ただ、その計算は石丸伸二元安芸市長の想定外の出馬によって狂ってしまい、野党共闘路線を裏で糸引いていた小沢一郎も流石に計画修正をせざる得ず、泉立民代表への不信を内外へ煽って野党共闘支持派の結束を高め、豪腕として知られる政界の破壊屋小沢一郎は立憲民主党を割って計画修正を最小限で留められる野党共闘路線の新党設立を目論んでるのではないか?という予想
もちろん立憲民主党を割れば政党として規模の優勢が得られにくくなるが悪い話ばかりでない。以前から批判を浴びている泉立民代表派閥や野田元首相派閥などの野党共闘路線の不支持としか取れない歯切れの悪さ、非協力的な姿勢を立憲民主党として動いている間は利害関係から如何ともしがたかったが、蓮舫新党であるならば純粋な野党共闘路線政党なので政党内の意思統一は容易い
野党共闘支持派が抜けた立憲民主党の泉立民代表派閥や野田元首相派閥からしても小沢一郎派閥や蓮舫派閥との利害関係の拘束力が弱まり、外部政党として交渉が可能なのでこれまで以上に動きやすくなり、何なら国民民主党と再合流なんてのも非現実的じゃなくなる
蓮舫新党は野党共闘のハブとして駆動することによって、都知事選で力の入った支援をしてくれた日本共産党と友好な関係を築きつつ、古巣の立憲民主党や旧民主党として繋がりのある国民民主党との連携はもちろん、包括的な野党共闘を実現するため日本維新の会と交渉することだって可能になってくる
蓮舫新党は野党共闘によって自民党の悪政を打倒し日本初の女性首相を生み出すという志に希望を見出す国民のための非常にわかりやすい政党となるのではないか、そしてこれは今最も望まれている政党なのだと思いたい
何が嫌かと言うと
自分が創作したものを、自分が了承していない範囲で使用したり公開されるのってすんごくイヤ
道具や素材として扱われるのもイヤ
これはすごく直観的だと思うし、この感情を「お気持ち」と揶揄するのは流石に勘弁してほしい
でも、じゃあどないせえっちゅーねんと言われると…どうしたらいいんですかね、と途方に暮れてしまう
基盤になる学習データが「クリーンな学習データ」だとしても追加で学習する手法はもうすでに広まってしまっているし
右クリックローカル保存と同じでローカルで学習データつくって画像を生成する分には止めようがないし感知しようがない(そもそも公開しなければ問題になりようがない)
だから、特定の作家や作品の絵柄を再現できる学習データを公開するのを控えたりとか、
その学習データで生成した画像にAI生成であることを明記してほしいけど
AI生成と見るや問題にしようとする人がいれば明記しにくいだろうし
これを解決したいと考えていくと生成AI自体を禁止してほしいというとこまで思い詰めちゃうけど
無理でしょそれはという諦めはある
とあるコピペで『教授が人生についての講義と言い、瓶に大きな順から石を次々入れてから最後に水を注ぎ「最初に水から入れたら大きな岩は入りません。水を最初に入れる奴、全員バカです」と言って終わる』というものがある。
"環境ガチャ"や"才能"を器の形や大きさそのものだとするなら、人生という器に入った最も大きな塊は"仕事"でまず間違いないだろう。
"趣味"や"家族"だと答える人もいるが、時間や生活リズムの拘束力においては"仕事"は圧倒的だ。
たとえば子供が熱を出したら休ませて貰えても、病院の待合室で引き継ぎ相手に資料の説明をさせられることになる。
いつだって平日は仕事を中心に一日が周り、休日でさえも頭の片隅には呼び出しへの備えが必要になる。
限界まで働いて資料を完成させた泥のように眠った次の日、ふと目を覚ますと会社からのメールに気づく。
「休日中ごめんね。資料のここが良くわからないから説明して欲しい」
内容自体は大したことがないが、死ぬほど働いて死んだようにベッドに倒れ込んだ直後にまた仕事に戻ることがしんどすぎる。
平日の大部分は仕事で埋められ、休日も仕事の予定を中心に決まる。
住む場所、起きる時間、生活レベル、長期旅行の可否、あちらこちらに仕事の影響が出てくる。
「どの仕事を選ぶかで人生が決まったりしない!」と必死に強がる人がいるが、やはり人生というのはどの仕事を選ぶかで大部分が決まる。
23歳でほぼ天涯孤独っていう人間、どのくらいいるんだろうか。
多ければ多いほどこれが普通で、当たり前ということになる気がする。まぁ間違っても自分だけではないと思うし、それならまあギリギリ普通にカウントしてもいいのかな。当たり前ではないだろうけど。
16で母が逝った。悲しむ暇なんてなかった。
母の元同僚の方などに手伝ってもらい、高校も少しだけ休んで、処理をした。
祖母は生きていたので、祖母と書類上の親子になった。馬は合わなかったが、未成年の間に肉親が完全に居なくならなかったという点では非常に感謝している。それに、高校に寮があったのも幸いだった。
しかし合わないものは合わず、高校卒業と同時に就職して逃げ出した。
祖母の距離感の押し付けが苦しくて、せっかくの休暇で消耗するのが嫌だと、実家に関する全部に対して見ないふりをしているうちに祖母がとうとう認知症になった。
地域の支援センターみたいな所から連絡が来て、デイサービスで支援してくれていると言われた。
会いに行った祖母は酷く痩せていたし認知症の症状はありありと見て取れたが、うまく悲しむことができなかった。少し罪悪感があったのを覚えている。
その時支援センターの人から、連絡の取れる親族は自分しかいないからと終身型老人ホームの選定についての話をされた。
まぁ曲がりなりにも就職まで世話になったし、自分がやるべき事だろうと思って仕事の合間を縫って探していた。
同時期に3時間程しか眠れなくなり、病休を取る事になった。休みつつも探していかなければ、と遅々としたものながらも自分にできることをやっていたつもりだった。
支援センターの方から連絡があり、今まで音信不通だった叔父と唐突に連絡が取れたため叔父が全ての処理を行ったと連絡が来た。
自分は叔父の連絡先も知らないし、祖母は恐らく携帯電話を充電していないため、この時自分は明確に「1人になってしまった」と思った。
自分はどこで間違えたのだろうか。
自分がもっとしっかりした人間に育っていればこんな背景関係なく、普通に過ごせていたのだろうか。
自分が発達グレーでなければ、もう少し周囲に助けを求めるのが上手かっただろうか。
自分がもっと自分のことを好きであれば、何か変わっただろうか。
親がいない人なんて他にもいる。
実家がないも同然の人なんて他にもいる。
発達グレーゾーンで苦しんでいる人なんて他にもいる。
自己肯定感が低い人なんて他にもいる。
全部自分だけじゃない。
その人たちだって生きている。
悲しみや苦しみのキャパシティは人それぞれだと言うが、自分は遥かに人より弱いのだと思う。世界で1番心が弱いんじゃないかとさえ思う。だから自分はダメなのだ。こんなになってまで、未だに交友関係の続いている相手が少しでも悲しむから、怒るからという理由で死ぬこともできない。
この文章自体、言い訳と自己保身のために書いているようなものだ。誰にでも訪れる可能性のある苦しみを「でも」「だって」に使いたいだけだ。そうしないと耐えられないくらい弱いから。
どれだけ仲のいい友人だろうと、どれだけ頼れる上司だろうと、結局のところ何の拘束力もない他人だ。本当に困って思い悩んだ時に相談する相手は、今はもう居ない母以外思いつかない。そんな無責任な甘え方をしていいのは、母しか思いつかない。それにしたって母にとっては傍迷惑な話だろうけど。
その割に一丁前に寂しいという気持ちだけあるから笑ってしまう。自分自身のことはもうどうでもよくなったはずなのに、人と話して、遊んで、必死に明るく楽しい自分でいることに執着している。
オタク「表現の自由を守れ!クリエイターの自由!言論の自由!フェミの規制を許すな!民間の自主規制を許すな!」
↓↓↓
〜コロナ後〜
オタク「飲み会やマスクをしないやつは悪!僕達オタクはしっかり自粛に従って偉い😤」
オタク「あー!なんかイケメンでモテる若いインフルエンサーが飲み会して遊んでる!叩け!殺人者!許すな!(嫉妬)」
ぼく「法的根拠は?」
オタク「え?」
ぼく「飲み会をしたりマスクをしない自由は憲法で保証されてるよ、たとえコロナ禍でも違法性は無いから本人の自由だよね?」
ぼく「法的根拠や違法性が無い行為を圧力かけて叩くって人民裁判だよね?それフェミが萌え広告に散々やった手法なんだけど同じことやるの?」
ぼく「常識ガー命ガー医療ガーってお気持ち論じゃん、俺が聞いてるのは飲み会やノーマスクの法的根拠なんだけど」
オタク「法的根拠とか関係ない、コロナ自粛しないのはありえない」
ぼく「え?君達散々フェミに向かって憲法が法的根拠がって言ってたじゃん」
ぼく「違うのはわかったからパンデミック下で飲み歩いてはいけない法的根拠と憲法の正当性を説明して?」
オタク「............」
オタク「......!!じゃあ飲み会もマスクも法的な拘束力を持たせればいい!どうだ!言い返せるか」
ぼく「自由主義国家やってるのにパンデミック起きたらすぐに法律変えれて国民の行動制限できるってそれ自由主義国家じゃないでしょ、そんな国はオタク君の大好きなアニメの表現の自由なんて保証されないけど大丈夫そう?」
オタク「......」
オタク「......公衆衛生や公共の福祉を守ってこその自由!好き勝手な自由は存在しない!」
ぼく「公衆衛生って?」
ぼく「法的な拘束力は無いけど常識的にありえないなーチラッチラッを世間では事実上の強制と言うんだけどそれもフェミの得意な手口だし自由主義者が一番やっちゃいけないやつでしょ」
オタク「さっきから違法性が無いとかしつこい!違法じゃなきゃ何しても良いのか!」
ぼく「てか君達フェミに普段なんて言ってたか忘れたんですか???????」
ぼく「◯◯は違うで憲法捻じ曲げられるなら最初から都合良く自由主義持ち出してオタクの表現の自由なんか主張すんなよ」
オタク「違う違う違う違うコロナは違う公衆衛生公衆衛生公衆衛生公衆衛生マスクマスクマスク飲み会するやつはバカバカバカバカ陽キャもパリピもバカバカバカ人殺し人殺し人殺し人殺し非常識非常識僕達は正しい正しい正義正義正義」
あいつらは、俺ら絵師(俺みたいな弱小絵師は含まれないかもしれんが)の作品を無断で学習したAIを使って、一本も線を引かずに「俺らAI絵師っす!まだペン持ってるんすかwww教師データごちっすwwwwww」みたいに煽ってきてな?すげえわかる。弱小絵師の俺なんかでよければ200%その憎しみに寄り添ってやれるよ。憎いよなあいつら。
でもさ、頼むからAI絵師(笑)を叩くのを即刻やめてくれ。お願いだから。少なくともオープンな場で叩くのをやめてくれ。
みんながAI絵師(笑)叩きに励めば励むほど、俺らの置かれている状況はどんどん不味くなっていく。俺はそのことを知って欲しくて今回これを書いている。
(AI絵師を叩くなという文章を書く以上、これ以降はAI絵師のあとに(笑)をつけません)
『失敗の本質』という本がある。
旧日本軍の失敗を分析した本なんだけど、まあ内容は長くて難しいので各々気が向いたら読んでもらうとして、その本の中にみんなに知ってほしいことが書いてある。それは「戦略とは目標達成につながる勝利を選ぶこと」ってことだ。目標達成のために何に勝利するべきなのかを考え、勝利するべき戦場を決める。これが戦略。選んだ戦場でどうやって勝つべきかを考えるのが戦術。だから間違った戦場を選んだ時点で戦い方を工夫しても意味がない。間違った戦場でいくら勝利しても目標達成につながらないから。戦略レベルのミスは戦術レベルでは取り戻すことができない。確かこんな内容だった気がする(本の内容うろ覚えだから間違ってても許してね)。
じゃあ、俺らの達成するべき目標ってなによ?
生成AIをこの世から駆逐すること?それはさすがに無理だ。もう認める。
悪質なAI絵師をやっつけること?どうやって?一人ひとり大勢で叩きまくってアカウント削除に追い込むつもり?やつらが反省するわけないぜ?
何が言いたいかというと、我々絵師は達成するべき現実的な目標をちゃんと共有するべきだってことを言いたい。AI絵師叩きという戦場で奮闘する前にね。
そして、我々が達成するべき現実的な目標というのは、上記のa)〜c)の環境が実現できるようなルールを社会的合意のもとに策定することだと思う。
「不本意な形で」というのが重要。とはいえ、我々は自分が描いた絵に無限の権利を持っているわけではない(残念だけど)。研究のための教師データ利用などを規制するのはかなり難しい。自分たちにとって何が「不本意な形」なのか話し合ってコンセンサスを得ようぜ
※ 「b) 非AI絵とAI絵が適切な形で区別されている」について
これは技術的に可能かどうかという問題が含まれる。個人的にはc)さえ達成されていればb)については譲歩してもいいと思う
※ 「c) 非AI絵を描くアーティストが適切に尊敬されている」について
俺はね、なにも「俺は絵師様だぞひれ伏せ!」なんて言ってるわけじゃないのよ。一般的に、絵に限らず、優れた仕事や技や経験に対しては、相応の態度を向けられるべきだと言いたいんだよ。工芸でも料理でも音楽でもなんでもいい。そこに磨かれた技や豊かな創造性があると認識していながら、技術的代替手段によって市場価値が下がったことを理由に、相手を侮ったりましてや煽ったりするべきじゃない。それは貧しい考え方だよ
先回りしてあなたに伝えすると、俺はこのあと「社会的合意のもとにルールを作ろう」という話をする。法律を含む様々な社会的ルールがなぜあると思う?極論を言うなら、我々人間にはお気持ちがあるからだ。物を盗まれるのは嫌だ。殴られるのは嫌だ。もっと人間らしく労働したい。そういうお気持ちがひとつひとつのルールを作っているんだ。そして今回の件で俺たち絵師は自分のお気持ちにちゃんと向き合い、絵師界隈としてのコンセンサスを固め、社会に向き合っていく必要がある。「お気持ち」なんて言葉で論破してる気になるなよ
※ 正直、非AI絵というレトロニムすら書いてて辛い(お気持ち表明)
さっき俺は「社会的合意の元にルールを作る」ことが俺たち絵師の目標だと言った。勘違いしないでほしいんだけど、ここでいう「ルール」とは絵師界隈のルールとか、pixivなどのいちサービスの規約とかの話ではない。法律や判例など社会的な拘束力があるルールのことだ。これはすごく難しい。どれくらい難しいのかの想像すら難しい。でも目標達成条件だけははっきりしている。「社会的合意を得ること」だ。まず俺たち絵師としてのステートメントをまとめ、多くの人の賛同を得て、対立する勢力との泥臭い政治的なすり合わせを行い、そうやってようやくルールは作られる。
「対立する勢力との泥臭い政治的なすり合わせ」だって!?そんなの絵師にできるわけないじゃないか!!!
うん、俺もそう思う。だからそういうのは専門家に任せよう。赤松先生でもいいし、それが嫌なら別の人を送り込んでもいい。まあ簡単な話ではないけれど。
正直ほとんどの絵師にとって政治なんて遠い世界の話でピンとこないと思う。俺もきてない。だからひとまず俺たち絵師は、「社会的合意の元にルールを作る」という目標達成のために次の2つに注力した方がいいと思う
・多くの賛同者を得る
そして、長くなっちゃったけど、今回俺がみんなにAI絵師叩きをやめるように頼む最大の理由はここにある。ひとつひとつ説明したい。
ほんとさあ。名指しはしないんだけど、AI絵師叩きから勢い余って「絵は他の創作より上等だ」みたいなこと言ってるやつがちらほらいるだろ。「確かに私は翻訳AIを利用してますが、その教師データである翻訳テキストなんて、絵に比べたら創造性のかけらもない二流品だ」みたいなこと言ってるやつら。あるいは鑑賞や批評の創造性について一切思い至ることなく「無産オタク」とか言ってるやつら。
ま〜〜〜〜〜〜じで勘弁してくれ。お前らまじで働き者の無能でしかないからな。まじでさあ……ほんとさあ……ああ……書きながら腹立ってきた。
あのな?AIから創作物や創作者を守るルール制定を目指す上で、他ジャンルの創作者様こそが最初に引き込むべき最大の味方なのよ。彼らは同じ創作者として俺ら絵師の苦しみに最も共感しやすいはずだし、もしかしたらそれぞれの表現方法で俺らの主張を社会に広めてくれるかもしれない。それが他ジャンルの創作者様なのよ。なんなら俺は、社会的合意によって策定するべきルールは、絵に限らず広く「創作物」を対象とするのがベストだとすら思ってる。絵師界隈だけだと小さな勢力だけど、創作界隈として大連合を組んで一緒に社会に創作の価値を広く訴えていこうぜ!!ってするべきタイミングでこの野郎ぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!なぁぁぁああああああに他ジャンルの創作者様をdisっとんじゃぼけぇぇええええええええ!!!!!!
言っとくけどな?絵以外の"優れた仕事や技や経験"に敬意を払えてない時点で、俺に言わせりゃお前らと悪質AI絵師は同レベルのクズだからな?
(あ、いけねえAI絵師を叩くなと言ったのにクズ呼ばわりしちゃった。ごめんね)
そして鑑賞者や批評者を馬鹿にしすぎ。文化のレベルが高いってのは、鑑賞と批評のレベルが高いこととセットなんだよ。そしてそれは驚くほど創造的な営みなんだ。オタクってのはそういうことだろうがよ。
もちろん俺も批評家を気取ったクソリプにイラッとくることはあるよ?それでも俺は、絵師というオタク界隈の端くれとして、彼らを馬鹿にしたらあかんと思う。絵を見てくれる人すら仲間にできず社会を動かしてルール作りなんかできるわけわけねえべ。
SNSで何かを必死に叩いている集団ってどう思う?AIの話だけじゃなくて、政治でも歴史でも属性でも陰謀についてでもなんでもいいんだけど。
口汚い言葉を使って、たった一人に大勢でリプライ飛ばして、よくわからないアナロジーやら揶揄イラストを多用して、身内で賞賛RTしまくって。
実際のところ、そういう集団ってどう思う?そういう集団にドン引きしたことない人間なんてSNSにおる?ノンポリやら中道やらを自認してる人ほど「ああなったらおしまいだな」と思ってたんじゃありません?
身近な例で恐縮なんだけど、こないだ非絵師の友達数人と久しぶりに酒を飲んだときに言われたもん。「最近絵師界隈が怖すぎ」って。AI叩きがうるさすぎてミュートした絵師の話を聞かされながら飲んだ酒、全然美味しくなかったよ。コロナで3年間我慢してようやく飲み交わした酒が美味しくないってなんだよ。まあ飲酒習慣がなくなって酒の匂い自体が苦手になったのもあるけど。いや、酒の話はどうでもいいんだよ。
つまり、一般人はAI叩きにドン引きしてる。そしてAI絵に関するトピックが「絵師 vs AI絵師」みたいな構図で理解されてしまっている。違うじゃん?「創作者の権利 vs AIがもたらす恩恵」の話じゃん?
もちろん世界には口汚く叩くことが必要な戦いってのはあるよ。Tone Policingしたいわけじゃない。とはいえAI絵師叩きはやっぱり違うじゃん。だってそもそもそこは「戦うべき戦場」ではないんだから。仮にAI絵師叩きに成功して、そのAI絵師が謝罪&アカウント削除をしたとして、それを見た一般人がドン引きしてたら「社会的合意の元にルールを作る」という目標からは遠ざかってるのよ。そんなしょぼい戦場で口汚く戦ってどうすんのよ。
一度「絵師ってヤバい奴らだな近寄らんとこ」って思われたら、その枷を外すのは非常に難しい。疑うなら自分がSNSでドン引きした集団を後から見直した経験がどれほどあるか考えてみてほしい。ましてやその集団が作るルールのために協力しようなんて思うかい?少なくとも俺は無理。SNSで厄介判定をした集団に近寄らないってのは現代人の本能みたいなものだ。
しつこい繰り返しになるけど、俺たち絵師は「社会的合意の元にルールを作る」という目標に向けて、特に「多くの賛同者を得る」という戦場で勝利する必要がある。これが俺の主張。
その勝利のために使うべき貴重な時間と情熱を、AI絵師叩きに使うのはなんとも勿体無い。絵師の端くれとして、絵を描くという行為の神聖さを信じてるからこそ、絵師のAI叩きは歯痒く思ってしまう。
もしもあなたがAI絵師を叩くことで多くのファボとRTを稼ごうとしているなら、どうか思い直してほしい。その行為は一般人をドン引きすることで目標を遠ざけているし、仮に一般人がAI絵師叩きにドン引きしていなかったとしても、そんなつまらないことにあなたの時間と情熱を費やさないでほしい。そんなファボRTで快感を得て満足しないでほしい。頼む。俺たち絵師が社会から尊敬され、大勢の支持のもと安心して絵を描けるルールを獲得できるとするなら、それは俺たち絵師が絵を描くという行為を通じて社会に幸福を与えているからだ。そんなのは綺麗事ではあるんだけど、あらためてその視点に立ち返り、あなたの限られた時間と情熱をもっと有意義なことに使ってほしい。
人は長期間にわたり何かを憎しみ続けると正気ではなくなる。どれだけその憎しみが正当であったとしても、正気は保ち続けることはできない。まず認知が歪み、次に性格が歪み、やがて歪んだ人間関係だけが残る。
SNSを長くやっていると、そうやって壊れていく人々をたくさん目撃することができる。彼らは今日もSNSで憎しみをぶちまけ続けている。別に彼らの主張が間違っているとは言わない。ただ、繰り返すが、人は長期間の憎しみに耐えられるようには設計されていないのだ。
AI絵の問題がこれだけ議論されるようになって半年以上が経つ。アンテナを張ってた人なら1年以上かな?その間ずっとAI絵を憎み、SNSで煽り煽られ、ありとあらゆる表現でAIを叩き続けてきた人たちがいる。
その中には、非常に悲しく残念なことに、少し壊れ始めている人がいるように思う。かつて聡明で穏やかだった人が、明らかに狂ったアナロジーをRTするほど認知が歪み、かつては絶対に使わなかったヘイト文法を多用し、「少し落ち着きなよ」という周囲の声に耳を貸すこともなくエコーチェンバーの深みに沈んでいく。それをみていることしかできない無念さたるや。それが悔しい。どうしようもなく悔しい。なあ、AI絵師なんてどうでもいいじゃないか。俺はお前のフェチズム迸る愉快な絵を見たいんだよ。お前の絵には何百万枚の生成絵よりずっと価値があるんだよそれに気付いてくれまたあの漫画のカプ絵を描いてくれ秒でRTするからさあ。
繰り返し強調するけど、別にAI絵叩きをしている人の主張が間違っているとは思っていない。ただ、あなたの正気が有限であることを意識してほしいのだ。そして、どうかお願いだから、AI絵師叩きから距離をとって休んでほしい。
AI絵師叩きをやめてほしい理由は大体書けたと思う。俺たちは「社会的合意の元にルールを作る」という目標を達成するために、「多くの賛同者を得る」という戦いに注力するべきで、そのためには目標から遠ざかるAI絵師叩きなんぞに有限な時間と情熱と正気を費やすべきではない。そんなことを書いた気がする。勢いで書いてるから抜け漏れやら矛盾やらがあるかもだけどそこはゼルダを我慢して書いてるので許して。
でも実は、ひとつだけわざと誤魔化してる部分があって、それが「絵師としてのステートメントをまとめる」ってところ。
みんな「クリエイターとAIの未来を考える会」の提言とかちゃんと読んだ?海外の法規制の議論とかは?どう思った?理解できた?俺?俺は全然。難しいよね。法律と技術の知識が必須だしさ。
しかもさあ。規制の話ってぶっちゃけ楽しくないのよ。それがAI絵であったとしても、表現を規制しましょうという話を心から楽しめるわけがない。ウチらっていつもそういう感じじゃん?マジアチいから。
でさ。俺らってAIの問題性について色々と指摘してきたし、なかには「クリエイターとAIの未来を考える会」のように具体的な規制案を出した人もいるけど、もっと根本的に「絵師は生成AI社会でどのようにありたいのか?」ってスタンスについて建設的に話し合えてなくね?
例えば上の方で書いたa)〜c)に含まれる「不本意」「適切」が示すラインって人によって全然違うと思うんだよね。そこのラインが揃ってないと、言い換えるなら生成AI社会における目指すべきビジョンが共有できていないと、俺たちはかなり無力だ。絵師全体がどうありたいのかすら不明瞭なまま、多大な恩恵をもたらすAIをとにかく規制しましょうってのは支持を得にくい。日本のAIに前のめりな感じをみると可能性は低いように思う。
AIの利便性は認めた上で、創作者としてどうしても許せない部分はなにか、それはどうしてなのかをちゃんと話そうよ。AI絵師叩きの狂気から冷静になってからだけどね。
お気持ちを揃えて、その上でステートメンを作ろうぜ。一般人からも「たしかにAIは便利だけど、創作者の○○な権利は守らなきゃいけないよね」って思ってもらえるようなものをさ。
OK、言いたいことはわかるぜ。絵師ってのはかなり厄介な部類のクリーチャーだ。しょっちゅう炎上してるし、悪口ばっか聞くし。そんな界隈が綺麗事だけで足並みを揃えられるわけがないって、言ってる俺自身そう思ってる。
ってことなわけじゃん?それを僕たち絵師だからできませんってのはナシでしょ。表現者なら逃げちゃダメだでしょ。古い?
というわけで、最後の方はちょっと取り止めのない文章になっちゃったぜ。
でも書き直さないし読み返さないぜ。一番主張したいことはシンプルだから。
半年近くぶりに読み返した。なげえ。やる気あんのかよ俺。インターネット老人会員なら三行でまとめろ。
アホ丸出しの誤字だけ修正 Permalink | 記事への反応(35) | 21:38