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安倍氏暗殺テロの本質的な問題は、「宗教二世問題、旧統一教会問題を解決せよ」というテロリストの(暗黙の)要求を、日本社会は妥当なものだと納得してこれに応じた点にある。ダッカ日航機ハイジャック事件のように、人質の人命を守るために嫌々ながらテロリストの要求に応じたのではなく、妥当なものだと納得して要求に応じた点にこのテロの特異性がある。
具体的には、旧統一教会排除の政策や宗教二世問題解決のための行政支援が、テロリストの要求に応じた内容である。
この問題の深刻さは、「テロリストの要求に納得すべきではなかった」とは決して言えない点にある。旧統一教会問題や宗教二世問題は社会が解決すべき深刻な社会問題であり、本来ならばもっと早く手を付けるべきであった。これらを無視することは決して許されない。
しかし以前であれば、テロリストの要求など無視すべきだと考えられていた。いかなる場合にも暴力を行使することは許されないのだから、これを行使したテロリストの要求など耳を傾ける価値がないというのが、その理由であった。しかし、山上被告のテロによる要求を日本社会は無視できなかった。なぜならば、その要求は本当に正当なものだったからである。
言い換えると山上被告の事件は、自由な言論と選挙を通じて社会問題を解決するという民主主義をバイパスして、暴力で社会問題を解決する「正しい」 テロというパンドラの箱を開けってしまったともいえる。そして、この「正しい」 テロの二匹目のドジョウを狙う潜在的なテロリストに、非常に強いインスピレーションを与えたであろう。
そして、このパンドラの箱を閉じる方法が存在しない点がさらに重大である。「民主主義の機能不全が今回の事件の遠因であった」という旨の指摘をする左派系知識人がいるが、馬鹿を言ってはいけない。実際には民主主義は十分に機能していた。その証拠に、やや日刊カルト新聞や全国統一教会被害対策弁護団は自由に活動しており、このネット時代に誰でも彼らの問題提起に簡単にアクセスできた。そして、公正な選挙も行われていた。しかし、それでも世論の無関心によってカルト問題は民主主義を通じて解決できず、今般のテロによって解決の道筋をつけられてしまったのである。
山上被告に厳しい判決が下される一方で、カルト問題に粛々と対応するだけでは終わらない。第二、第三の山上事件が起こった場合、日本社会はどうするのか、どうなるのか。この点に、このテロの本質的な恐ろしさがある。
河合優実さんを起用して、Suicaの大幅リニューアルを打ち出しているが、足元が記事の様な状況では...
高輪ゲートウェイ駅前に「新しい街」を作って、銀行も作って、生活インフラやECビジネスを収益の柱にしたいようだが、それもどうなのか?
そういえば、高卒、短大卒、高専卒、大卒、院修の区別なしの採用方法を取るとか言っていたが、あれは、人を集めるためなのだろうか?
最近は、東京キー局で、関西電力のTVCMが流れたり、東京の大手私鉄や建設会社が女優さんをTVCMに起用したりしているが、技術系人材の奪い合いになっているのだろう。
大学の学生定員の文系偏重を解消するのに10年以上かかるのは確実だし、これから、10から15年は日本は試練の期間になるのでは。
戦争をしたがってるのって、正直どう考えても左派にしか見えないんだよな。
なぜか左派は「右派が戦争しようとしている」って前提で話を始めるけど、ここだけ見ても、同じ世界を見てるとは思えないくらい認識がズレてる。日本が戦争を仕掛けて他国を侵略するメリットや動機なんて、現実的に考えて存在しないだろ。経済的にも外交的にも割に合わないし、国民も望んでない。
一方で、他国には侵略の動機もメリットもあって、それをはっきり公言している国がある。そこは無視していい話じゃない。
だからこそ必要なのは、日本が戦争を始める準備じゃなくて、安全保障や自衛のための防衛戦略を真剣に考えることなんだよ。攻めるためじゃない。攻められないため。
でも左派の議論を聞いてると、防衛や抑止の話をしただけで「日本がまた戦争をしようとしている」みたいな主旨にすり替えられる。そんなことを本気で考えてる政党なんて、今の日本に一つもないだろ。
問題は逆で、防衛や安全保障を軽視すればするほど、他国に「攻められる余地」を与えてしまうことなんだよ。その余地を潰すことこそが、戦争を避ける一番現実的な方法なのに、そこを理解しようとしない。
戦争を防ぐために防衛を語ってる側が「好戦的」扱いされて、何も考えない側が「平和主義」だと思い込んでる。この時点で、見えてる世界がまるで違うんだと思う。
政府がサプライチェーンを設計しようとする瞬間、経済学的にはほぼ確実に自己放尿が始まっている。
なぜなら、サプライチェーンとは図面に描ける静的構造物ではなく、価格という情報信号を媒介に、無数の主体が分散的に調整し続ける動的過程だからだ。
これを中央から最適化できると思い上がる時点で、フリードマンが一貫して批判してきた知識の問題とインセンティブの問題を同時に無視している。
無知のまま権限だけを持つ者が、善意を言い訳に市場へ介入する行為ほど、体系的に失敗する自己放尿はない。
市場を重視せよ、というのは倫理的スローガンではない。計算可能性の問題だ。
サプライチェーンにおいて重要なのは、どこで何が不足しているか、どの工程がボトルネックか、代替はどの程度効くのか、そしてそれを解消するコストはいくらか、という情報である。
これらは事前に集約できない。価格変動、利潤機会、損失という形で初めて可視化され、事後的に修正される。
政府が「重要物資」「戦略分野」などとラベルを貼った瞬間、その分野では価格シグナルが歪められ、企業は需要ではなく補助金申請書を最適化し始める。
結果として起きるのは供給の安定化ではなく、補助金と規制のダブル放尿である。
フリードマン理論の核心は単純だ。市場は万能ではないが、政府は無能である確率が高い。
より正確に言えば、政府は失敗した際のフィードバックが弱すぎる。
企業が誤ったサプライチェーン設計をすれば倒産するが、官庁が誤った設計をすれば予算が増える。ここに非対称なインセンティブがある。
政治的に都合の良い国内回帰、過剰な内製化、象徴的な工場誘致は、短期的には「やっている感」を生むが、長期的にはコスト構造を悪化させ、価格競争力を削ぎ、結局は消費者にツケを回す。
さらに悪いのは、政府主導のサプライチェーン設計がリスク分散を名目に、実際にはリスク集中を生む点である。
本来、市場では異なる企業が異なる判断基準で調達先を分散させる。
しかし政府が「この国は安全」「この技術は国策」と決め打ちすると、意思決定が一極集中し、外れたときの損失は社会全体に拡散される。
これは保険ではなく、強制的な賭博であり、失敗すれば税金で穴埋めされる。
ここまで来ると、計画と責任の分離という、経済学者が最も嫌う構図が完成する。
市場を重視せよという主張は、放任を意味しない。フリードマンが認めていたのは、明確に定義されたルールの下での競争だ。
サプライチェーンの「形」を決めることではない。政府がやるべきなのは、どの部品をどこから買えという命令ではなく、どこから買ってもよい環境を維持することだ。
それ以上踏み込めば、価格という情報媒体を潰し、分散知を破壊し、結果として自己放尿を社会化する。
サプライチェーン設計を政府がやりたがるのは、不確実性に耐えられないからだ。
だが不確実性を消す方法は存在しない。あるのは、誰がそれを引き受け、誰がコストを払うかという選択だけだ。
政府が設計すれば、失敗は不可視化され、成功は政治家の手柄になる。
経済学者が納得する結論は一つしかない。政府はルールを整えろ。価格に語らせろ。サプライチェーンに口を出して自己放尿するな。
性格とか人格の嫌なところに言及したことは一回だけあって、母的にかなりショックが大きかったらしく、過去一のヒスを見せられたんだよね。その後から衝突が減ったからその方法であってたんだろうけど、もう一回やる勇気は持てないかもしれない。
せっかく具体的にアドバイスくれたのにうじうじしてて申し訳ない。言えるあなたはすごいわ。自分も、「ここぞ」ってタイミングが来たら言えるようがんばる。ありがとう。
デカップリングを叫ぶ連中の言説を眺めていると、いつも同じ光景に行き着く。
世界が複雑になり、自分の理解能力を超えた瞬間に、原因を外部に押し付け、遮断すれば問題が解決した気になるという、自己放尿の完成形だ。
フリードマンの観点から言えば、これは自由市場への不信ではなく、理解を放棄した主体が恐怖に耐えられずに行う自己放尿に過ぎない。
自由貿易は善悪のスローガンではない。比較優位に基づき、分業を通じて生産性を引き上げ、消費者の選択肢を最大化するという、きわめて機械的で冷酷な仕組みだ。
デカップリング論者は安全保障や国内産業保護を万能カードのように切り自己放尿するが、フリードマンなら即座に指摘するだろう。
貿易制限は見える利益を誇張し、見えないコストを隠蔽する典型例だと。
関税や輸入規制で守られるのは、競争に敗れた非効率な生産構造であり、そのツケは価格上昇という形で沈黙した消費者全員に押し付けられる。
国家が戦略的と称して市場を歪めるたびに、価格シグナルは壊れ、資源配分は劣化し、結果として国全体の実質所得が下がる。
これは思想ではなく算術だ。それでもなおデカップリングを正当化するのは、短期的に声の大きい生産者と政治家の利害が一致して自己放尿するからに過ぎない。
自由貿易の本質は、相互依存を通じて紛争コストを高める点にもある。
経済的に絡み合った主体同士は、感情的対立を起こしても、取引停止という自傷行為の代償を計算せざるを得ない。
デカップリングはその抑制装置を自ら破壊し、対立を純化させる。
にもかかわらず、それを強さだと誤認するのは、痛みを感じないうちに先に自己放尿して安心する幼稚な心理と同型だ。
フリードマンが自由貿易を支持したのは、人間が善良だからではない。利己的で近視眼的だからこそ、制度として自由市場に縛り付けた方がマシだと理解していたからだ。
デカップリングとは不確実性に耐えられない政治と世論が、市場という冷酷な審判装置から逃げ出すための言い訳であり、その実態は高コスト・低効率・低成長を自ら選び取るトリプル放尿である。
感情的な安心感と引き換えに、長期的な繁栄を便器に流すほど愚かでないなら、やるべきことは一つだ。
俺は夫の立場だが、親というのはどうしても夫婦のものや時間を「息子のもの」と考えがち。
「半分は妻のもんやぞ?」っていうのが全然理解できない。それが親。
女性に当たりが強いはてブだと「お前(妻)が直接言え」と批判する人が多いが、そんなことをしたら角が立ちまくるに決まっている。
親は良かれと思ってやっているんだからな。
そもそもこうなることなんて、他人の経験談から分かりきってることなんで、多くの旦那は事前に想定・対処してると思うんだよ。
>どう考えてもインフレが加速して終わるだけだと思うんだけど。
消費税廃止したら、物価が下がるんだから、インフレを抑圧する方向に行くでしょ。
https://www.stat.go.jp/data/cpi/4-1.html#I1
I-1 消費者物価指数では、消費税はどのように扱われているのですか。
消費者物価指数は、世帯が消費する財・サービスの価格の変動を測定することを目的としていることから、
時代は変わったなあ。まさかよりによってコンクリ犯を擁護する声が多数上がるとは思わなかった。
残虐な方法で集団で強姦して殺しているんだから、死刑になって当然の事案なのに。
女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人、8年の服役中に資格を取り月収30万円の仕事に就いたことはモヤモヤするが、更生プログラムが一定の程度機能した証拠とも言えそう
ずっと死にたかった。気づいたときに「死んじゃえばいいんだ!」とすごくうれしくなった。
希死念慮が止まらなくなるときがある。頭の中を「死にたい」「死ね」が埋めつくす。今までもあった。でも生きてるから、死にたい気持ちが嘘だったみたいで、死にたい気持ちが本当だという証明に絶対に死にたい。
精神科にはもう行ってる。通院はしている。でも突発的な希死念慮には対応してない。予約は常にいっぱいだ。
日常のいろんなことができなくなってきた。歯を磨く、風呂に入る、料理、食器洗い、朝起きる、夜寝る。
助けを求めたら仕事だという。いのちの電話、いのちのチャット、全部返事は来なかった。
逃げたくて上りの電車に乗って、やっぱり帰るべきだと下りの電車に乗って、繰り返していたら夕方から夜になった。
そこで「死ねばいいんだ!」と考えたら足取りがすごく軽くなった。「首を吊って死のう!」閉店間際のスーパーで縄を探したけど縄がなかった。家にあるタオルでもいいかと結論づけた。ホームセンターはもう開いてない。くそ尿まみれだと後処理が面倒だろうからオムツも買った。
家に着いたら遺書を書いた。先立つ不幸をお許しください。とかなんとか。頭が回らない。指も回らない。字も変だ。笑えてきた。下ろしてきた金も置いて、クリーニング代や家賃の数ヶ月分、敷金礼金とかは用意した。どれがいるんだっけ?知らねぇ。金あるじゃんとか思われそう。でももうすぐなくなるんだ。仕事できねぇんだから仕方ない。
タオルは短くてうまくできなくてドアノブにかけたんだけど、首が締まるのが心地よかった。苦しいけど気持ちいい。けど、何度やっても、ドアノブが折れる。体重のかけ方を変えてもダメで、意識が遠のかない。他にもいろんな方法があるのに首がつれないとなったら死ねないのかと思ってしまった。
死にたい気持ちに勝つべきだから、よくわからないけどコンビニでカツ丼を買った。空腹でもないのに食べて吐きそうだ。頭の中の「死ね」は消えない。死にたい。死ねなくて死にたい。
自民党がこの選挙で勝利するのに必要なことは、これから投票日前日まで、参政党、国民民主党、日本保守党をボロクソに叩いていじめ抜くことだ。
この3党は自民党、特に高市支持者と支持層が重なっているだけでなく、「高市首相のために、自民党ではなく自分の党へ投票してほしい」とまで吹聴している党まである。
小学6年生ですらおかしいとわかりそうな呼びかけではあるが、残念ながら支持層にはある程度響いていそうだ。
もし、小選挙区、比例ともに高市支持者の票がこれら3党と自民党に票がバラけることになれば、自民党の小選挙区での落選の可能性は高まり、比例復活の可能性は低くなる。
であれば、これら3党を徹底的に叩くしかない。
高市主導でネットで人気の議員を動員して、「他の党に入れるのは高市のためにならないし、そんなことを言う党はウソをついている、詐欺だ」と広まっている言説を否定しながら、相手を貶めていく。
ネットだけではなく、この件についてテレビの討論で釘を刺したりやりこめたりしてもいいだろう。
(高市支持者はネットが大好きでオールドメディアが嫌いとはいえ、オールドメディアの権威にはまだまだ弱い。それが証拠にテレビの切り抜きをXとか垂れ流して喜んでいたりする)
そして、相手のスキャンダルや弱い場所を大袈裟に拡散しいじめ抜く。
例えば、参政党なら反ワク反科学、ネットワークビジネス、国民民主党なら不倫や旧民主党出身であること、日本保守党なら2回の仲間割れなどなど。
高市支持者は強いものが弱いものいじめしているのを見るのが好きだろうから、自民党より相対的に弱い3党をいじめることで、それは楽しいショーになる。
もし余力があれば、近畿中心に維新も叩いてもよい。ここも近畿では票を食い合うので、効果は大きいはずだ。それに、落ち目の維新に主従関係をわからせてやらないといけない。
これで自民党も安泰だ。
かつて「お母さん」に読み聞かせをしてもらった少年は、約束通り立派な増田(マスダ)へと成長していた。 彼が今いる場所は、荒野でも実験場でもない。都内の片隅、家賃4万5千円の事故物件。10年前のあの「伝説の増田たち」の思念が渦巻く、匿名ダイアリーの深淵だ。
画面の中では、今日も今日とて不毛な論争が繰り広げられている。
かつて水爆の熱線で蒸発したはずの増田たちの魂は、形を変え、言葉を変え、それでも変わらぬ「全方位へのルサンチマン」を燃料にして、この電子の海で核分裂を繰り返していた。
あの日から10年。 少年――いまや20代後半、万年ヒラのシステムエンジニアとなった彼は、仕事帰りの松屋で牛めしを掻き込みながら、スマホの画面を睨みつけていた。
彼が書き込もうとしているのは、あの日、お母さんが教えてくれた「増田のルーツ」へのアンサーソングだ。
そんな釣りタイトルを入力しては消し、入力しては消す。 ふと、画面の隅に表示された広告が目に入る。それは「最先端のAIがあなたの悩みを解決します」という、10年前にはなかった技術の結晶だった。
彼は鼻で笑った。 「AIに増田の、このドロドロした感情が分かってたまるかよ」
その時、画面が不自然に暗転した。 10年前の「あの瞬間」と同じ、予兆のない静寂。
「……おい、そこ、邪魔だぞ」
背後から声をかけられ、彼は振り返った。 そこには、10年前に消滅したはずの「三百ブクマ稼いだ増田」にそっくりの男が立っていた。いや、それだけではない。 「暴力で勝ったやつが総取り」と叫んでいたマッチョな男も、「水をキットカットにぶっかけた」情緒不安定な男も、全員がそこにいた。
そこは、かつての荒野ではなく、「はてなスター」が夜空の星のように輝く、精神の仮想空間だった。
「お前……あの子どもか?」 名探偵増田が、10年前のガソリンの味を思い出すかのように舌を出しながら言った。
「10年経っても、お前らは何も変わってないんだな」 青年は震える声で言った。 「なんでまだここにいるんだ? 核爆発で消えたはずだろ」
英雄として胴上げされた増田が、苦笑しながら答えた。 「増田は死なない。誰かがキーボードを叩き、誰かにマウントを取り、誰かに共感されたいと願う限り、俺たちは何度でもこの記事(セカイ)にリポップする」
青年は悟った。 10年という歳月は、彼らを浄化するためではなく、より濃縮された「はてな」を作り出すための熟成期間に過ぎなかったのだ。
「で、お前は何を書きに来たんだ?」 最初の増田が、ニヤニヤしながら青年のスマホを覗き込む。
青年は少しだけ迷い、そして、10年間溜め込んできた想いを指先に込めた。 それは、増田としての誇りでも、社会への怒りでもない。 ただ、かつて物語を読み聞かせてくれた母への、そしてこの奇妙なコミュニティへの、たった一行の「真実」だった。
その投稿ボタンを押した瞬間。 10年前と同じように、画面の向こうから「「「わっしょい!! わっしょい!! わっしょい!!」」」という幻聴が聞こえてきた。
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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**寒さ・仕事の愚痴・食や雑談**といった日常までが自然に行き交う、非常に生活感のあるログだった。
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249