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2026-04-03

イランの情勢に関して、基本的な補足説明

https://anond.hatelabo.jp/20260402030543

イラン政府許可しようがホルムズ海峡を通過できない場合が有る

中国コスコホルムズ海峡引き返す イランの通過保証実効性に疑問符

https://www.newsweekjapan.jp/headlines/world/2026/03/592104.php

しかイランと友好的なはずの中国でこれ。

2回目のチャレンジで何とか通過できたとはいえ、このレベルイラン政府言葉高市より軽い。

②実際にホルムズ海峡を封鎖してる革命防衛隊は、イラン政府より格上の組織

実は「イラン政府革命防衛隊を統制できていない」どころの騒ぎではなく、革命防衛隊イラン政府より上の組織

詳しくは下の記事を読めば分かるが、そもそもホメイニ私兵からまり国内治安維持経済活動ほぼ全部ここが噛んでおり、さらダメ押しイラン議会の半分は革命防衛隊OBと徹底的に支配している。

ヒドラのように生き延びる...イラン支配する「革命防衛隊」の正体

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2026/03/592034.php



革命防衛隊ホルムズ海峡監視する手段は「沿岸から目視

https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000493297.html



その最強たる革命防衛隊、いざ通していいタンカーかどうかを確認する手段がなんと目視

当然見間違いによる誤射も発生しており、海賊行為にしてもお粗末としか言いようがない。

ミサイル持った連中がこんなガバガバ監視体制の中で「通って良いよ!」と言われたところで信用できるか?という話。

イランと他中東諸国歴史的敵対関係

今回の戦争で、イラン湾岸諸国無差別爆撃してめちゃくちゃ反感を買われているのは承知の通りだが、元々イラン中東諸国歴史的には敵対関係である

a)人種が違う

中東諸国アラブ人イランペルシャ人

起源も違えば言葉も違う。それだけならまだしもイラン歴史からくるプライドで「ペルシャ人アラブ人」の認識を持っている人が多く、それも反感を買う理由の一つ。

b)宗教が違う

イスラムは大きく「シーア派(1割)」と「スンニ派(9割)」に分かれており、シーア派がの盟主イランスンニ派盟主サウジアラビア

この2つ、ザックリ言うと予言者ムハンマド血統を重視するか教義を重視するかが違う。

日本に例えるなら、安倍血統として岸信千世を信奉するか、アベイズム後継者高市を信奉するかという感じ。

もちろんそれだけで国民同士がいきなり敵対するわけではない。しか2016年サウジシーア派聖職者処刑したりして国家間ではそれなりに緊迫しており、時々それぞれ子分の国で代理戦争を繰り返している。

これくらいは前提知識として知っておかないと、高市批判しても逆に恥かくよ。

2026-03-19

高市がこのまま反米工作員として拘束されて

皇居グリーンベレーホメイニして無条件降伏を迫られる展開

あるで!

2026-03-16

anond:20260316032933

イラン側の感覚を家庭に例えると

1.家の井戸石油)を近所の金持ち(英)にほぼ奪われる

2.主人(モサデグ)が取り戻そうとする

3.金持ち(米英)が裏でクーデターを起こして主人(モサデグ)を追い出す

4.金持ちと仲のいい管理人(パーレビ)が長く支配

5.家族ホメイニ)が革命を起こす

6.その怒りが金持ち(米英)に向く

2026-03-13

ブクマカのために、革命から今までのイラン解説する

底辺高卒学者のワイからみてもブクマカイランに関してかなりトンチキなことばっかり言っとるから、ワイの知る範囲イラン革命から今の今までを指導者の変遷を中心に書く。

最初に言っておくが、ワイは別にイスラエル推しでもでもトランピストでもない。〇〇派は~みたいな見当はずれの突込みやウヨサヨ認定は勘弁やで。

あと、これは昼休憩の50分ぐらいでがががーっと雑に書いたから、突っ込みどんどん頼むで。


今回の問題理解するには今のイランの状況と死んだハメネイ評価を知る必要があるんやが、それを理解するには、まず、イラン革命を知る必要があるんや。

革命前のイラン王朝イスラーム国民西洋化押し付けながらSAVAKっつー秘密警察をつかったクソ抑圧的な統治が行われていて、国民疲弊しとった。

で、そんな中、イスラーム法学者としては最高位クラスガチ宗教エリートかつ天才アジテーターホメイニっつー奴が反政府運動を始めるんや。運動は一旦、王政によって鎮圧されるんやけど、ホメイニ亡命して、自分メッセージを入れたカセットテープイラン国内に撒いて国民鼓舞し続けて、最終的に王政を打倒したんや。大した男や。これはカセットテープ革命とも言われとるな。

亡命からホメイニが帰ってきたとき映像はたまにTV報道記録でも流れるんやけど、ホメイニの乗った車を取り囲んでバンバン叩いてる民衆熱狂マジで凄いで。当時のホメイニマジでカリスマ預言者みたいな扱いやったんや。

ホメはそのあと圧倒的な支持をバックにイスラーム法に基づく統治をおこなったんやけど、統治機構を全部入れ替えるような状況だったので、革命前に約束してた色々はなかなか実現できんかった。無料の水とか交通機関とかな。でもまあ、圧倒的な支持を基になんとかイランっつー国をまとめ上げたんや。

ちなみにイラン革命宗教勢力だけやなくて左派とか民族運動も参加しとったんやけど、最終的にホメイニ派が主導権を握ったんや。政治的にもホメイニが他勢力より一枚上手やったことがわかるな。KOEI の歴史シミュレーションなら政治・知略オール90オーバーで他も80超えの神人材と言ってもええな。


で、こういう民衆の支持で成り上がった統治者が一番困るのは後継者や。

ホメイニもその辺はちゃんと考えていて、後継者として指名した側近がいたんやけど、政権末期にそいつ意見対立から更迭してしまうという大チョンボをやらかすんや。

ホメイニイスラム法学者としては最高位クラスガチ宗教エリートで、思想カリスマもあってイスラーム国家指導者としては文句無しというパーフェクトイスラームボディやったんやけど、逆に言えばそんな人材なかなかおらんくてな。なんとか擁立しようとしてた後継者更迭したせいで、後継者候補は皆無の状況になった。アホやけど、英雄晩年はこういう話多いな。


で、後継者の育成が間に合わずホメイニ死ぬんやけど、そこで後継者になったのが、最近死んだハメネイ

こいつはいわゆる政治タイプの男で革命家とか思想家って感じじゃない。政治的手腕で政権に食い込んでいて、ハメネイが死んだ後に後釜にちゃっかり座ったんや。

ただ、問題はこいつがイスラム法学者として最高宗教権威じゃなかったところや。最高宗教権威の一個下ぐらいやな。

当時のイラン憲法で「最高指導者イスラム法学者として最高宗教権威級の自信ニキじゃないとあかんで」って決まっとった。ハメネイはそれだと指導者としての正当性問題が出るんで、一旦、ごり押し指導者にしてもらって、あとから憲法改正で「まあ最高位じゃなくてもイスラム法学自信ニキかつ、それなりに位が高かったらええで」ってしてしまったんや。

法学者としての位ってのは別にテストかに合格する必要はなく、「アイツはイスラーム法学詳しいな」って他の法学者から認められる必要があるってだけやから国内法学者丸め込んでとりあえず手打ちにしてもらった格好やな。ただ、明確な基準がないということは、逆を言えば国内外問わず自分たちのイスラーム学派内のコンセンサスを取るという合意形成必要だったということでもあるんや。ハメネイはいったんそれをごり押し無視したんや。

ハメネイ国内的には何とかうまくやったんやけど、自分たちのイスラーム学派内での合意形成無視したことになって、ハメネイはその地位に対する宗教正当性をやや失ってしまったんや。

当然批判も出るんやけど、そこは革命防衛隊みたいな強力な治安軍事組織を使って押し付けていくんや。王政期のSAVAKと全く同じ組織ではないんやけど、結局は反対派を抑え込む抑圧国家になっていったのが皮肉やな。

死ぬ寸前のハメネイ評価としては、保守宗教層、地方民、革命支持層には人気があったけど、国家宗教の結合を守るよう(*)に権力を使って強く抑圧していて、更に経済が停滞したせいで都市部国民からは嫌われてる感じやった。(* この辺一旦は宗教権威無視した部分と矛盾するんやが、ここにハメネイ統治のうまさとイランの抱える問題の根源があるんや。おもろいか各自で調べてみてな)


で、今回の父ハメネイ殺害からの子ハメネイ擁立やな。

ハメネイイスラム法学者としては中位で、ぶっちゃけ全然宗教正当性がなかった。

日本語版Wikipediaでは最高位の一個下ぐらいの位(アーヤットラー)って書かれてるけど、ロイター6月時点の報道だと普通に中の上ぐらいの位(ホッジャトルエスラーム)なので宗教正当性は父以下なんや。当然高位の法学者グループからは反発があったんやけど、後ろ盾になってる革命防衛隊ごり押ししたんや。

議論なんてもんじゃなく、文句言ったら死ぬぐらいの空気だったらしいから、今のイラン軍事政権に近いと言ってもええな。

もちろん子ハメネイも父の下で政権メンバーとして働いとったし、それなりに実務能力はある。

ただ、宗教的な後ろ盾がなく、革命防衛隊権力正当性担保してる状況だと、傀儡とまではいわんが、自分で動ける範囲はかなり限られるやろな。


以上がイラン国内の今の状況や。

ハメネイ国内でどう思われていてイスラーム社会での評価がどうあるのかというのをまず理解しないと、イラン問題を正しく理解することが難しいから書きなぐってみたで。


おまけ:

ワイが書いたことに加えて、今回の攻撃について理解するにはイラン合意(JCPOA)やイスラエルの動向、アメリカがJCPOAを抜けたことやそのあとのイランの動向も知らんといかんのだが、時間がなさすぎるから各自で調べてな。

今のイラン戦争に関しての個人的感想なんやが、

外国にメッってされたから、イスラエルが核の曖昧保有を維持してる中イランけが厳しく監視されるなんて条約を受け入れて大人しくしてたのに、トランプ一方的条約破棄されたんで、アメリカ戻るまで1年マージン取った上で、条約違反しないよう筋を通して核開発再開したら、いきなりイスラエル攻撃され、更にアメリカ空爆されて国のトップぶち殺されとる。イスラエルの立ち回りがうますぎて国消えてまうレベルの損害受けるってさすがに可哀想すぎんかって思うわ。

2026-03-05

ホメイニの後釜がハメネイなのややこしすぎだろ。作者ちゃんと考えろよ

2026-03-01

ハメネイホメイニ

みんなこっそり?ってなってるはず

Chat GPTに聞いてみた

ハメネイってホメイニと同じ?もしくはオナニー

-----

結論から言うと、全く別です。

ハメネイ

アリー・ハーメネイー

現在イラン最高指導者1989年〜)。

ホメイニ後継者です。

ホメイニ

ルーホッラー・ホメイニ

1979年イラン革命を主導し、イスラム共和国を作った人物

1989年に亡くなっています

オナニー

これは日本語俗語で「自慰(じい)」という意味で、上の2人とはまったく無関係です。

名前が似ているので混同やすいですが、

ホメイニ革命を起こした人

ハメネイ現在最高指導者

オナニー関係なし

という整理になります

2026-01-12

イランネット遮断が致命的だった

ネットがある場合

まじかよ、超ムカつく。「ホメイニ死ね書き込みっと。

ネット遮断されている場合

なになに。スマホ使えないんだけど。街にでるか。行進に参加っと。投石っと。車ひっくり返そう。放火しとこう。警官殴っとこう。なにが起きてるかさっぱりわからんな。

2023-11-07

昨今の世界を見るに、もはや「たかが命」となっている

でも考えたら昔からそうだったな

ヒトはやっぱりNIMBYなのよ

典型的なのが特攻隊自爆テロだけど

基本的人権である生存権保障すべき国家が、あれこれ理屈をつけて国民死地に行かせるのとか

自分たち権力という概念を作り出しておいて、それに保護されるべきなのは自分だと言って争う

プーチンネタニヤフも習近平ホメイニピノチェトもフンセンもモディもヒトラーも、なんなら日本歴代首相

2021-08-16

anond:20210816143943

西側メディア取材民主主義自由サイコー!と答える都市インテリが思ってたより少なかったのかもな。

仮に人口2000万のうちたった5%の100万だけとしても100万人が逃げ出して空港に押し寄せれば市民の大半がタリバンを恐れ嫌ってるような絵が撮れるし。

イラン革命の時も自由享受していた都市住民でさえホメイニイスラム革命世間の腐敗をただす良い物と捉える人が多かった、子供だった私自身も親や周囲の大人もそう考えていた。

イラン出身女性作家が書いてた。名前忘れちゃったんだけど。

アフガニスタン人全員が、タリバンが正しい、政府はクソだと思ってるなら、分かるけど

大都市民主主義を歓迎していた人々は国から逃げ出すほどタリバンを嫌がってるのに

それでも戦闘らしい戦闘もない。不思議

2019-08-02

あいちトリエンナーレ表現不自由展」に足さないといけない展示

旭日旗平和少女像にまとわせ、日韓表現の自由架け橋にしよう!)

漫画ワンピース(展示内容には含まれないが、原作旭日旗を思わせるイメージが数回登場するため、韓国戦争記念館での「ワンピース特別展」そのものが中止)

六四天安門事件 武力弾圧の映像中国共産党による監視統制。天安門事件関連の学術雑誌ですら中国国内からアクセス不可)

ムハンマドの描写を含む歴史画

悪魔の詩翻訳者殺害された未解決事件焚書騒動イラン最高指導者ホメイニによる原著者の死刑宣告など)

ヒトラー人形(デ・アルチャろう人形からヒトラーのろう人形撤去米国ユダヤ人人権団体サイモン・ウィーゼンタール・センター」など海外から強い批判

広島に原爆投下した米軍B29爆撃機「エノラ・ゲイ」と原爆被害、歴史的背景原爆被害歴史的背景も含めたエノラ・ゲイの展示について、退役軍人団体の抗議により原爆被害歴史的背景をスミソニアン博物館から撤去

天皇コラージュ作品昭和天皇写真きのこ雲、骸骨などのコラージュ沖縄県博物館美術館で展示中止)大浦信行さんの作品は「表現不自由展」に入っているらしい。

自衛隊車両神戸市大丸須磨店のイベント夏休みパラダイスin 須磨」の展示が市民団体の抗議により中止)

表現不自由展」中止反対!

中止を阻止するために展示を充実させよう!

津田大介さんの全責任の下でこれらを展示するよう求めてバランスを取るほうがいい。

津田大介さんには文字通り命を懸けて、世界表現の自由のために戦ってほしい。

あとなんか他にある?

反応から

シャルリーエブドは襲撃前から継続して風刺画を掲載しているので、一連の流れを展示すると見ごたえがありそうです。

「二度目の人生異世界で」は中国からの抗議で、アニメ化中止、小説版出荷停止になった作品ですね。

ナチスっぽい衣装乃木坂ではなく欅坂かな?欅坂から衣装提供を受けるのは難しそうですが、サイモン・ウィーゼンタール・センターから批判に屈することな表現の自由のために展示を続けてほしいですね。

会田誠さんの作品は、津田大介さんの心情にあっていそうだから、すでに入っていても不思議はないくらい、入りそう。

2019-06-17

イエメン情勢

こんにちは、皆さんが一切興味がないであろう話をします。

2014年から今にいたるまでイエメンではずっと内戦をしています。この内戦にはサウジアラビアUAEイランが関与しており、現在中東情勢理解するためにはこの内戦概要を掴む必要があります。なのでその話をします。

イエメンでは以下の勢力内戦をしています。すなわち

です。大まかにいって国土の北西地帯をフーシ派が、南部東部をハディ派が支配していますイエメン部族社会という色が濃く、各部族はそれぞれに思惑をもって活動しており、フーシ派にもハディ派にも属さないという地域も増えてきています

内戦の背景について理解する必要はあまりありません。部族の利害や宗派の違いといったものから発生する、正直いってしまえばよくあるアレです。ではそのよくある内戦がなぜ泥沼化しているのか、そして何故誰も知らない戦争になっているのかを簡単説明したいと思います

内戦きっかけはフーシがイエメン首都占拠クーデター成功したことです。これにより当時大統領を務めていたハディは首都を追われ、サウジアラビア亡命しました。サウジアラビアはこれに危機感を抱きました。なぜならサウジアラビアスンニ派勢力事実上盟主であり、イラン以下のシーア派勢力敵対しているからです。イエメンサウジアラビア国境を接しており、ここに親イラン勢力が根を張ることはサウジ安全保証根本的に脅かすと懸念されたわけです。そして実際その懸念現実のものになります

サウジUAE連合しハディ元大統領支援に乗り出します。サウジUAEは優勢な空軍力を活用しフーシ派から南部要衝アデン奪回することに成功します。そしてここにハディ大統領傀儡として送り込み、フーシ派討伐に乗り出します。これが 2015 年 7 月までの流れ。

しかサウジの勢いがよかったのはここまでの話で、以後内戦は泥沼化の一途を辿ることになります。泥沼化の理由として以下の要因が挙げられます

要素毎に説明していきます

まずハディ派やサウジ空軍が弱いという問題についてです。一般にいってアラブ軍隊は非常に弱いのです。それはなぜかというと、クーデターを恐れるあまりにまともな訓練をつめておらず、特に大隊以上の連携の訓練などはろくにおこなわれていません。

例えば、空軍力を適切に発揮するためには地上の部隊との高度な連携必要です。地上の部隊空爆目標地点を捜索し、適切に爆撃機誘導してやらなければ効果的な爆撃はできません。また、航空偵察の成果を総合的に検討して情勢を判断する高度な情報組織も求められます。そういった高度な機能サウジ空軍には備わっていません。では、サウジアラビアはこの問題をどのように解決していたかというと、大量の物量を投入して無差別爆撃を繰り返すという方法解決をしようとしました。これには二つの問題があります。まずは人道上問題です。実際サウジはこの問題で 2018 年ごろから大きな非難をうけるようになり以後無差別爆撃封印しています。そしてこちらの方がより実践的な問題なのですが、コストパフォーマンスが極度に悪いという問題がありますいくらサウジ油田をもち金満国家からといって爆弾をあまりにも大量に無駄弾にしていれば負担になります。あまり知られていないことですが、実際サウジアラビア中国について世界三位軍事費支出大国になっています。これは上記のような非効率作戦が原因で、サウジアラビア財政は痛みつつあります(そうしたサウジの苦境を悪用しているのが孫正義というわけです)。

ハディ派の弱さについては、元々弱いとかそもそもサウジ傀儡でありそこまでやる気がないとかそういったこともありますが、また別の事情もあります。その別の事情というのは「フーシ派は強い」という問題と裏返しでもあるのです。

それはつまりどういうことか。フーシ派はあくまでも奪う側であり、ハディ派は守る側であるということです。ハディ派はもともとの正統政府ですからイエメン国土財産防衛する戦いを展開する必要があります。一方フーシ派の根本地方の小さな民兵組織ですから「守るべき既存リソース権益」を持っていません。なので彼等はハディ派と戦うにあたって都市がどれだけ破壊されようが民間人にどれだけ死者がでようが一切考慮することがありません(宗派も違いますし)。こうした姿勢の違いは戦闘力の違いに直結し、地上戦闘でハディ派がフーシ派を圧倒するという局面は初期におけるアデン奪還作戦以外で殆ど見られません。

ハディ派は強いフーシ派を攻撃するにあたって、地元部族を懐柔しフーシ派を攻撃させるといった戦法をとることがありますが、フーシ派はこうした敵対部族容赦なく殲滅してしまます

また、フーシ派が山岳民族的性質もつという点も重要です。一般に山岳民族というのは強いものです。グルカ兵などの事例にもある通りです。また、山岳民族である彼等は平地民との価値観をあまり共有しておらず、そうした点も彼等の強く残酷な戦い方を支えているだろうと思います

次にUAE背信という問題についてです。サウジ国内ではこの点がかなり問題視されているようです。UAE内戦介入開始当初からイエメン侵略を目論んでいました。ハディ派首都アデンでもUAE特殊部隊がうろついているだとか、イエメン南部離島ソコトラ島UAE侵略領土事実上組み込んでいるといった話がありますUAEのこうした態度は情勢を著しく混乱させ内戦を長引かせる要因になっています。またサウジ内では「UAE漁夫の利を得るために内戦の泥沼化を積極的に目論んでいる」といった観測もあるようです。

そしてイラン革命防衛隊の介入という問題ですが、上記の通り内戦の初期においてイラン革命防衛隊はあまりイエメン内戦に興味をもっていませんでした。しかサウジUAEによる介入が頓挫すると革命防衛隊による介入が本格化しはじめます。すなわち、フーシ派の占領地域拠点にしてサウジアラビア領土への直接攻撃企図しはじめたのです。このことの背景を理解するためには、イラン革命防衛隊という組織の成り立ちを理解する必要があります。先述の通りアラブではクーデーターを抑えるために軍を弱くするのが普通統治法です。これには例外がいくつかあり、たとえばエジプトでは軍が国家統治しているのでクーデーターの心配は少ないので精強な軍を維持することができていますイラン例外の一つで、イランはかなり独創的な方法でクーデーターを防止しながら軍を強化することに成功しました。それはすなわち

というものです。一つ目の対策については軍の指揮権天皇に直属させた大日本帝国軍とほぼ同様のものと言えます。故に、日本軍と同様のデメリットが生じることにもなりました。創業の功臣と君主が存命の時代は彼等のバランス感覚によって軍を適切に維持することができたのですが、君主が交代し創業世代もいなくなると軍を誰も統制できなくなってしまったのです。ようするにホメイニ明治天皇ハメネイ昭和天皇理解すればよいわけです。

二つ目対策について、革命防衛隊をつくるにあたって「イラン防衛ではなくイスラム革命防衛革命の輸出」を任務と定めてしまたことが問題になりました。彼等は事実上の外征軍となり、中東各所で怪しげなテロを繰り返す組織になってしまったわけです。さらにタチが悪いのが革命防衛隊が軍の能力を流用し建設会社物流企業を多数直接経営しているという点です。これにより、彼らは財源や物資の点でも政府への依存殆どなくなり極めて独立性の高い組織になっていますイラン政府の財源はかなりの部分石油に負っていますから政府本質的には戦争回避しようとします。一方建設業により資金を得る革命防衛隊にしてみれば石油産業が停止したところで知った話ではないので積極的に「革命の輸出」を手掛けるというわけです。

こうした性質もつ革命防衛隊イエメンに介入を開始すると積極策を採用することになるのは自明のことでした。イエメン派遣された革命防衛隊ほとんど中央の統制を受けていないと見られており、これは要するに日本軍における関東軍匹敵します。

こうした情勢のなかでイエメン内戦象徴する戦いであるホデイダ攻防戦がはじまります。ホデイダイエメン有数の港湾都市で外部から物資の輸入をほとんどひきうけています。この都市占拠することはすなわち外国物資を全てコントロールするということでフーシ派もハディ派もこの都市の攻防に全力を投入することになります内戦当初からこの都市はフーシ派が支配しており、ハディ派はサウジアラビア支援のもとなんとかこの都市を奪還しようと試みました。ホデイダの攻防が本格化したのは 2017 年ごろからで、以後ホデイダは激しい戦火に見舞われ物資の輸入は途絶えイエメンでは難民が大量に発生することになります

先述のとおりハディ派は弱く、サウジアラビア軍は動くものはなんでも爆撃する式の粗雑な無差別爆撃を加えることでなんとかフーシ派に対抗するといった情勢が続きました。こうしたフーシ派有利の情勢をみたイラン革命防衛隊2017年末ごろより弾道ミサイルをフーシ派に供与(といっても操作する人員革命防衛隊から派遣していたことでしょう)しサウジアラビア国土への直接攻撃を開始します。

こうした事態に至って危機感を表わにしたサウジ軍は 2018 年にはいってさらに爆撃を強化しますが成果はあがりません。そして彼らはついに致命的な誤爆事件をおこします。サウジ軍はスクールバス誤爆し何十人もの子供を死亡させてしまうという事件をおこしてしまったのです。これにはさすがに各国から非難が止まず以後サウジ軍は爆撃の対象前線ではなく後方のフーシ派の基地に切り替えることになりますが、これによりホデイダ攻防におけるフーシ派の勝利事実上確定しました。

2018年末ごろより国連によるホデイダ停戦工作が開始されます停戦調停中にも激しい戦闘応酬が続きますがフーシ派有利という情勢は変化せず、国連監視団は「フーシ派の勝利」という現状を事実上認める形の停戦を成立させました。これが去年末から今年4月ごろの話。

こうした状況のなかで革命防衛隊はあらゆる手段サウジアラビア国土への直接攻撃を続けていました。その攻撃の主力となったのが弾道ミサイルドローンによる空爆です。弾道ミサイルによる空爆サウジアラビア首都リヤドにも降り注ぎ100人以上の民間人犠牲になっていると報じられていますドローンについては、クアッドコプターのようなものではなくジェットエンジンを積んだ比較的大型の爆撃機で500kg程度の爆弾を積載し 300km の半径を攻撃できるとされています。これによる精密爆撃はイエメン内部でも利用され、ハディ派側の軍幹部ドローン爆撃によって多数殺害されるといった事件も起きています

そしてホデイダにおけるフーシ派の勝利が確定すると、フーシ派は国連との合意にもとづきホデイダから兵力の引き抜きを開始します。少数の警備兵力を「憲兵」と偽ってホデイダに残置するとフーシ派は主力をサウジアラビア侵攻にふりわけます。これが今年の 4 月から今にかけての話で、フーシ派とイラン革命防衛隊の猛攻をうけてサウジアラビア/イエメン国境要衝都市ナジュラーンが陥落寸前であると報じられています。またサウジアラビア空爆にあたってあらた巡航ミサイルによる爆撃も開始され、先日のサウジ南部空港爆撃ではインド人など外国人にも負傷者がでています

今、サウジアラビアは確実に敗北しつつあります







ではこのような酷いことになっている内戦がなぜあまり知られていないかというと、田舎内戦など誰も興味がないという問題もあるのですが、サウジの劣勢というのもその原因です。というのもサウジアラビア北朝鮮以上の独裁国家、統制国家なので自国イラン勢力との戦争で敗北しつつあるという事実隠蔽しているわけです。「イランの爆撃により100人以上の犠牲者がでている」という事実最近になってようやくサウジ政府メディアによって報じられました。以前は「イランミサイル迎撃した」だとか「フーシ派に猛爆撃を加えて戦果をあげた」だとかいった威勢のいい情報が散発的に報じられているだけでした。今少しづつですが苦境の真実サウジアラビア側が報じるようになってきています。それだけ事態悪化を隠せなくなったということでもあり、また危機感を醸成しようという思惑もあるのでしょう。

更に加えてですがサウジアラビアには「事態をこれ以上大事にしたくない」という思惑があるようにも見えます現在おきていることは事実上サウジアラビアイラン革命防衛隊総力戦」なのですが、サウジとしてそれを認めてしまうとイラン本土とも戦わなくなければなります。「イエメンのフーシ派という軍閥との小さな戦い」というフレームを維持することでなんとか大事にせずどうにかしてフーシ派だけを倒したいという希望が、事態矮小化させ報道管制するインセンティンブになっているように思われます

サウジのこの失態をみて「イエメンサウジベトナム」と評する人もいます。ただベトナムのように「やらなくていい戦争で消耗している」というよりは「強力なイラン革命防衛隊とフーシ派の前になんとか国土防衛しようとしている」というのが実態としては近いのではないでしょうか。

2019-04-22

anond:20190422112314

ここは日本だの精神軽率イスラムユダヤ神道仏教に巻き取って遊べって言ってんの ホメイニネタニヤフが握手するまで全てコンビニ飯に巻き取るんだ

2018-10-07

BBC女性アンカーパーソンって迫力あるよね

ミシャル・フセインとかヤルダ・ハキームとか、ジャーナリズム教育を受けて実地で経験を積んで、ってやってきた"本物"の圧がある。

バッシャール・アサドホメイニー師へのインタビューとか、日本マスコミ関係者だとそもそもどれだけできる人がいるのかねえ。中東調査会の人とかならともかくとして。

2011-02-03

なぜアラブ革命精神を恐れるのか? スラヴォイ・ジジェク

http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2011/feb/01/egypt-tunisia-revoltを和訳しました

なぜアラブ革命精神を恐れるのか?

チュニジアエジプトにおける叛乱では、イスラム原理主義の姿をまったく見かけない。これは注目すべきことだ。民主主義というもっとも非宗教的な伝統にのっとって、エジプトの民衆は、抑圧的な体制や体制の腐敗、そして貧困に対して叛乱をおこしたのだ。そして、自由と経済的な見通しを求めたのである。「アラブ諸国にあっては真の民主主義的センスは少数のリベラルエリートのみに存在し、それ以外の膨大な数の大衆は、宗教原理主義か、さもなければナショナリズムによって動員されるだけである」という西洋リベラル派が持つシニカルな知見は間違っていると証明されたのだ。しかし、大きな疑問は残る。次に何がおこるのか?政治的な勝利者として、誰が登場するのか?

チュニスにおいて臨時政府が成立したとき、臨時政府イスラム主義者と急進派左翼を排除した。これに対する独善リベラルの反応はこうだ。「よくやった。奴らは基本的に同類なんだよ」。同類、すなわち両者とも極端な全体主義者だということだ。しかし、それほど単純なものだろうか?イスラム主義者左翼との間には長年にわたる反目が存在しているが、それは存在しなかったとでも言うのか?もし仮にイスラム主義者左翼が体制に対抗して一時的にせよ団結したとすれば、彼らはひとまず勝利するだろう。しかしその団結はすぐに元通りに分裂し、彼らは死闘に身を投じて、より残虐に振舞うのだ。

去年のイラン大統領選で、我々は今回のような戦いを目の当たりにしなかっただろうか?ムサーヴィーを支持して立ち上がった何十万の人々は、自由と正義を掲げたホメイニ革命はま継続であるという人々の夢を表していたのだ。たとえその夢が非現実的なものであったとしても、それは政治的・社会的構想力の息をのむような爆発や経験組織化、そして学生と一般市民との間の討論を導いたのだ。こうした社会を変容せしめる法外な力の解放のはじまりは、体制派イスラム主義者が統治権を奪ったことで、次第に抑えつけられていった。

原理主義者による運動だと明らかな場合でも、その運動社会的構成を見落とさないように注意すべきだ。タリバン普通テロにより支配を押し付け原理主義イスラム主義者の集団だと表現される。しかし、2009年の春、タリバンパキスタンスワット渓谷を占領していたころ、ニューヨーク・タイムズタリバンが「富めるわずかな地主とその小作人たちとの間に広がる深い亀裂につけ込んだ階級闘争」を工作したと報じた。タリバンは、農家の困窮という「アドヴァンテージを得て」、ニューヨーク・タイムズが言うように「広範にわたる封建制を温存するパキスタンに対し危機を警告した」のかもしれない。もしそうだとするのなら、パキスタンアメリカリベラル民主主義者が同じように困窮という「アドヴァンテージを得て」、小作農を助けようとしないのはなぜなのだろうか?パキスタンにおける封建的勢力こそが、リベラルデモクラシーにうってつけの同盟相手ということなのだろうか?

これらから導かれる当然の結論は、次のようなものだ。すなわち、急進派イスラム主義者の台頭は、イスラム教国における世俗的左翼の消滅と常に関係がある。アフガニスタンは今は強固なイスラム原理主義の国と考えられている。しかし、40年前のアフガニスタンは強固な非宗教伝統に則った国だったのであり、ソ連とは無関係に、独自に共産党が力を持っていたのだということを、誰か憶えているだろうか?そして、こうした宗教伝統はどこへ行ってしまったのだろうか?

こうした背景をふまえたうえで、チュニジアエジプト(そしてイエメン、さらにはきっとサウジアラビアでも)で進行中の出来事を読み解くことが重要だ。もし現在の状況が、旧体制にリベラル風の彩りを付け加えるだけに終わり、結局は旧体制を生き残らせ、安定させてしまうとしたら、原理主義者による逃げ場のない反撃を生み出すことになるだろう。リベラルという遺産を生き残らせるためには、リベラル派は急進派左翼からの支援を必要とするのである。話をエジプトにもどすと、今回の件で最も破廉恥かつ危険なまでに日和見主義的な反応を見せたのは、CNNの中継放送に登場したトニー・ブレアだった。「変化は必要ですしかし、それは着実な変化であるべきなのです」。今日エジプトにおいて、着実な変化とは、政府中枢の人数枠をわずかに増やすという目的にもとづいて、ムバラク勢力との妥協を図るということを意味するだけなのだ。このようなわけで、エジプト平和的推移という語りは、鼻持ちならないのである。敵対者を押しつぶすことによって、ムバラクは自身に敵対することを不可能にする。抵抗する市民に対してムバラク軍隊派遣して以降、選択肢は明確になった。ほとんど何の変化もない中でのわずかな変化という見掛け倒しの変化か、真の破壊か。

ここが正念場なのだ。10年前のアルジェリアでは、自由選挙の容認によって権力イスラム原理主義勢力へも平等に分配されたが、今回もそうなるというわけではない。もしムバラクが去った場合、体制を引き継ぐことができる組織的な政治勢力が存在しない、というのが、リベラルの一方の心配の種だ。もちろん、そんな政治勢力は存在しない。ムバラクは、つまらないことに対する反対意見であっても、反対意見であればすべてを却下することを通して、そうした政治勢力を始末してきたのだ。その結末は、アガサ・クリスティの著名な小説タイトル、「そして誰もいなくなった」を思わせる。ムバラク自身やその混沌した政治をめぐる議論は、ムバラクに敵対する議論なのだ。

西洋リベラル派の偽善には仰天させられる。彼らは公然と民主主義を支援してきたのだが宗教のためではなく、非宗教的な自由と正義のために人々が暴君に対し叛乱をおこすと、彼らは深く懸念を示したのだ。なぜ懸念するのか。なぜこの自由のチャンスが与えられたことを喜ばないのだろうか?今日、これまで以上に毛沢東の古きモットーが適切だ。「天の下に混沌、絶好の機会」(訳注)。

さて、ムバラクはどこへ向かうべきか。答えは明白だ。ハーグへ向かうがよい。ハーグ国際司法裁判所に着席するにふさわしい人物がいるとしたら、それはムバラクその人なのだ。

訳注毛沢東のモットーについてはhttp://bit.ly/eSBrn9を参照。

2009-06-02

パキスタン政策をまた間違えたオバマ外交の無惨

スワト渓谷のタリバン壊滅作戦は政治基盤を弱め、原理主義を根付かせる

米国としては「こんな筈じゃなかった」と悔やむことしきりだろう。

パキスタンが無政府状態の混沌にある。ますます反米感情が激化している。核兵器の安全管理はむしろ危うくなった。ムシャラフ軍事独裁時代のほうが、核兵器管理されており、国内にこれほどのテロリズムの嵐が吹き荒れることもなかった。

それを米国ムシャラフ大統領に退陣を迫り、見放した。

中国パキスタンでも米国に非協力的な理由

中国パキスタンと半世紀にわたる「軍事同盟」を結んできた理由は地政学的に判断すれば、きわめて単純である。

インドとの間における絶対的な緩衝地帯であり、パキスタンインドを敵視しており、軍事同盟の条件は揃っていた。中国と合弁の武器工場パキスタン各地にあるが、戦車から戦闘機機関銃まで量産している。

主として中国が援助したのだ。

中国テコ入れは、両国にとっての共通の敵=インドパキスタンが横腹から牽制し、もしインドが強ければ、代理に核兵器をぶっ放して呉れると結構とばかり、パキスタン核兵器技術も提供した。

美貌の女政治家、ブッドが首相をつとめていた時代のこと、核兵器開発を軍情報部が秘密に展開していた過程は首相にも知らされていなかった(ブッドが亡命先のロンドンで『TIME』とのインタビューで語ったことがある)。

まして現在のブッドの夫=ザルダリ大統領にも知らされていない。陸軍参謀長はカヤニだが、その実力は大変なものがあり、またシャリフ前首相とも天敵の関係。隙あらば暗殺される可能性がつねにあり、パキスタン政治家は命がけである。

シャリフ元首相の再登場というシナリオも日々現実味を帯びてきている。

ならばパキスタン国民は悉くが「反米」「親中」かといえば、そういう単純で短絡的図解ではひどく誤解を招くだろう。

現地に行ってみるとよく分かるが、パキスタン人はかなりの程度、高潔である。そして狡猾・老獪である。昔も今も族長支配の封建政治パキスタンを支配している。イスラム原理主義の猛威は、この封建制度のうえにこそ成り立つ。

むろんパキスタン人のなかには武器密輸麻薬に手を出す者もいれば犯罪者も多い。紛争が長引き、教育が遅れているため人々は道徳的に荒んでいる。

原因は貧困である。

貧困がアルカィーダの戦闘員を育てる。サウジアラビアやイエーメン、スーダンでなぜ、滅びたはずのアルカィーダが容易に息を吹き返しているのか。

繰り返すが、原因は貧困である。

▲目を覆う貧困と無教養と過激思想

実際にパキスタンアフガニスタンでも、タリバンを支持する階層は三つにわかれ、!)指導層はイスラム原理主義だが、!)貧困による志願層(世直しを信じて志願兵になるから自爆テロはやりやすい)があり、そして!)タリバン麻薬資金で得たカネで雇う傭兵である。

教育イスラム教が牛耳っている。神学校は12500ケ所。タリバンは「神学生」の意味である。

実際にグアンタナモ基地アフガンで捕獲した戦闘員をキューバ米軍基地へ連行)で尋問したアルカィーダ戦闘員容疑者のうちウィグル系の五人は、そのごアルバニア亡命を許されたが、まず傭兵といってよく、「良い働き口がある」と騙されて新彊ウィグル自治区からアフガンへ潜入したばかりだった。

パキスタン同盟関係武器援助最大のスポンサーでもある中国には、情け容赦なくウィグル容疑者を引き渡したが、04年に引き渡した容疑者中国ですぐさま処刑された。国際批判をもろともせず、パキスタンは09年にも七人を中国へ引き渡した(ワシントンタイムズ、4月24日付け)。

米国は普段の態度、原則と異なり、このことでパキスタンを咎めなかった。じつにいい加減である。

さてタリバンが猖獗する地域パキスタンアフガニスタンとの国境ばかりではない。

パキスタン政府の統治が及んでいない地区が多いが、西北部のスワト地区がとくにそうだった。同地区の38%が政府支配、残りの24%が武装勢力の支配下にある、とBBCが伝えた(09年5月14日)。

 この地域インドとの戦争のときにインドから逃れてきた難民が住み着いてきた。

ワジリスタン地区の南北も同様、人口密集のパンジャブ州(8200万人はパンジャブ州に暮らす)とて47%の住民は政府の遣り方に反対だという。

主流の部族はパシュトーン族、言語ウルドゥ語。ほかにインド系、タジク系、イラン系、ウズベク系など雑多な民族が混在、人口は一億七千万人!

米国パキスタンを扱いにくいのはよくわかる。

そもそもパキスタン政府が国全体をおさめきれないのだ。部族中心主義のイスラム国家に於いてはアフガニスタン同様に西側民主主義なんていうのは、システムも発想も馬鹿の典型、部族長が決める政治である。

だからパキスタン軍はスワト地区に手を出さなかった。ザルダリ大統領は同地区に厳格なイスラム法の適用を認めるほどに妥協してきた。

まして軍情報部はタリバンシンパが山のように潜入しているため、軍事機密情報漏れる。攪乱情報や偽情報に振り回されるとパキスタン政府軍がタリバンに負ける恐れもある。

オバマ政権拙速外交パキスタンへ誤ったシグナルを送った

パキスタン政府タリバン撲滅路線が曖昧さから強硬路線へと方針が180度変わったのは米国の変心による。

オバマ大統領は、5月6日にアフガニスタンのカルザイ大統領と、パキスタンのザルダリ大統領ホワイトハウスに呼んで会談した。会談内容は秘密だが、爾後漏れてきた情報は、核兵器の安全が米国の最大関心事ということだった。

つまりパキスタンが保有する60発から100発の核兵器タリバンに奪取されるという空恐ろしき悪夢現実のものになりつつあると言うのである。

これには前段がある。

ヒラリー・クリントン国務長官議会証言で「パキスタン核兵器隠匿場所は全土に拡大した恐れが強く、管理リスクが増大している。パキスタン政府完璧管理できないとなると、タリバンの手に渡らないとも限らない」(4月23日の議会証言)。

そしてヒラリーはこうも言った。

「われわれはイランの核をたいそう懸念しているが、イランはまだ核保有に至っていない。だがパキスタンは既に保有している」。

01年9月11日の同時テロ以降、米国パキスタンに対して核兵器貯蔵場所の安全確保のために一億ドル供与してきた。

それも水泡に帰す恐れがある。

米国パキスタンに新しい圧力をかけた。

幸いにしてザルダリ大統領はブッド元首相の夫君でもあり、欧米のウケがいい。

カルザイ(アフガニスタン大統領)は、米国あってこそ存在できる政治家であり、そのカブール政権不正と腐敗に目をつむってくれる限りは米欧に協力するだろう。もともと米国傀儡としてカブールに入り、しかもいまも依然としてカブールしか統治できない無能力政治家だが、タリバン退治には欠かせない人物である。

▲史上空前の難民が発生、こんな筈ではなかった

ザルダリは突如決めた。

タリバンが多く潜伏するとされたスワト渓谷への本格的攻撃を命じた。

陸軍攻撃ヘリを投入した。

パキスタン軍とて、2007-08年の戦闘で1400名の兵士が死亡、4000人が負傷している。

キラニ・パキスタン首相は「テロリスト武装勢力を壊滅させるまで闘う」と記者会見し、二月に合意したばかりの武装勢力との停戦合意を破棄した。

パキスタン軍の発表では爾来、1100名のタリバンを退治したという「成果」が声高に発表された。

大変な事態が付随しておきていた。

スワト渓谷の多くでは「水道が壊れ、電気がとまり、食糧が底を突き、猜疑心が交錯し、機関銃の乾いた音がそこら中に聞こえ、流れ弾でつぎつぎと住民が死んでいく。電話が通じなくなった。住民は着の身着のままで逃げ出す」(NYタイムズ、6月1日付け)。

難民は既に240万人、毎日8万5000人が難民となって周辺の集落からラホールイスラマバード近郊の難民キャンプへ押し寄せた。すぐに食糧、医薬品不足に陥った。

西側の支援物資はとどかない、食糧支援は圧倒的に足りない。いや西側の援助団体がテロ対象となって警備が希薄なため、援助物資が届かない。

難民は暗闇の中で死の恐怖と闘っている。

パキスタンのスワト地区で発生した難民の数もスピードは嘗てのカンボジアスーダンイラクルワンダのそれより早い」(英紙『インデペンダント』、5月31日付け)。

 

報復テロが続く

そして報復テロも始まった。

5月27日、ラホール自爆テロ30名が死亡した。「パキスタンタリバン運動」が犯行声明。この団体はブッド首相暗殺に関与したとされる。

28日、ペシャワールでも報復テロ、14名が死亡。

にも関わらず5月31日にパキスタン情報部は「完全勝利」を宣言し、「ミンゴラを完全制圧した。治安回復はすぐだ」と豪語した。ミンゴラは武装勢力の拠点の都市である。

アルノー・ド・ボルシェグレーブは絶望的な近未来を語る。(アルノーは元NEWSWEEK編集長アフガニスタンロシア侵略を追求した国際的ジャーナリスト作家)。

神学校では毎年毎年二百万の若者卒業する。パキスタンでは職がない。パキスタンは誰が敵か、誰が味方かも分別できない、戦争定義のない、戦争国家に陥った。タリバンは、かのロシアと闘ったムジャヒデンの子供たちである。ムジャヒデンは勇敢にロシア兵と闘い、そしてイランでは52人のアメリカ人人質にとって米国大使館を444日間にわたって占拠した。パキスタンに猖獗するイスラム原理主義は同国政治の根幹をすでに奪胎している。イランホメイニ革命前すでにイスラムの見えない統治があったように」(『ワシントンタイムズ』、4月28日コラム)。

 
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