はてなキーワード: かぐらとは
最後まで(たとえばもうあなたが末期がんでモルヒネ漬けで物理的にパソコンする気がなくなるまで)完了できなかったとき、自分は悔しいと思うんだろうなとかぐらいのことは想像したことあるの?
dorawiiより
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ハラスメント(Harassment)とは、日本語で「嫌がらせ」や「いじめ」を意味する言葉です。特定の相手に対して、意図的であるか否かにかかわらず、不快感や不利益を与え、その尊厳を傷つけるあらゆる言動を指します。職場や学校、地域社会など、さまざまな人間関係の中で発生しうる社会問題として広く認識されています。
あなた自信特定のグループと抽象的な言い方をしていてその範囲はどこまでをさしているのか。
あなたは匿名性をポイントとしているが、全員強制コテハンのXみたいなところでは、Xをやっている人たちという共通項があるという点では特定の集団と言えるならば、X内ではハラスメントが成立し得ることになるよね。
増田はおおざっぱにいえばそのXと比べれば匿名かどうかぐらいしか今回の論点において重大な差異はないと思うが、そうすると増田をやっているという共通項があるという点で特定の集団と言えるとするのが自然ではないのか。
こういう推論の流れをしていくと特定の集団と言えるかどうかの判断において匿名性はそれをひっくりがえすにたる要素には見えないのよね。
dorawiiより
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高3のときにかかった統合失調症について自分の身に起こった症状を経過とともにまとめておく。まず秋の三者面談で担任に友達がいない=それだけコミュ力がないことを指摘された。
当時官僚に憧れていたが、そのことを知っていた他人は学力もそうだがそこを改善したところでその社交性の無さをどうにかしなければどうにもならないことを言ってきたのだ。
それに私は心底動揺したようで、母によれば帰りの電車でチック症状が出ていたらしい。そこから、受験勉強も頑張りつつ立派な人格者になろうと奮起したことでだろうか、だんだん行動と思考がおかしくなっていく。
柄にもなく今まで話したことも無いような生徒に話しかけるようになる。記憶力が良くなったような気分になる。化学式が水を吸い込むスポンジのようにすらすら頭に入っていく気分だった。
実際少しは記憶力が上がったのかもしれないが気分の部分が大きかったように思える。気分が高揚し何故か授業中でも教科書に書かれた偉人を模写するようになった。
普段の私は不器用な方で模写などできるようなタチでもなく、したとしてもゆっくり書いても線は歪にるし顔のパーツのバランスも元のようには書けなかったはずなのだが、そのときはなぜかさらさらと筆が運んだ。各パーツの境界等を線ではなく元の絵通り濃淡で表すなんて普段の私にはできないことを普通にしていた。数学の教科書のガウスを描いたときが特に印象に残っている。風邪でもないのに熱が出て学校の中で倒れるということが起こるようになった。何度か親に送り迎えされることがあった。
私は中学のころまでは学校の人間をいじめていたことがあったのだが、急にそのことを思い出し心底恥じ入る気持ちになり号泣した。そして旧友がどうなっているのか訪ねに行った。受験生なのに何をしてるのかと思うだろう?私にもわからない。
塾の特別講座や模試を受けに都心に行ったときはひどいものだった。湯島聖堂に行って人が引くような感服をした。ピンクのハトを見て神がかり的な力を感じてしまった。(ピンクのハト自体は幻覚ではなく写真に残っているしそもそもそこまで珍しいものではないと思われる)
興が乗りゲームセンターに行ってヴィクトルーパーズというゲームを体験する。プレイ時に自分の反射神経に関して今までとは違うものを感じて全能感を感じた。
そして確かリフレクビートみたいな音ゲーを他人がプレイしているところの画面をなぜかタッチした。当然苦言を呈された記憶がある。でもそのときの自分は意に介していなかったと思われる。
夜になっても秋葉原を闊歩してあるときは自分の腕力に自信を感じ筐体を動かせるかどうか試していた。
今思えば実際は持ち上げていたのではなく引っ張る程度でなんの腕力の証明にもなっていないのだがあのときはこう理詰めで考える力を失っていたように思う。
釣り合わないおっさんと若い女性が一緒に歩いている姿を見て、犯罪の匂いを感じ制裁してやろうとか思った(今思えばコンカフェのサービスに過ぎないだろう)。
街中で大学生と思しき数人の男女の組を見つけて話しかけて自分の志望大学について語る。あのときは普通に対応されたけど陰でやばい奴認定されていたのではないか。
道路にポスターが筒状に丸められたものが落ちていて、アキバでの土産として持ち帰るつもりだったのに、振り回したり膝に当てて曲げたりしていた。思考の滅裂が伺える。
結局その夜は終電を逃し、教科書等が入って10kgになっているリュックを背負ってほとんど休まず冬の夜を始発まで歩き続けていた。それは冬に露地で寝たら凍死するという、ここだけはまだ高校生としてまともなイメージによるものだった。
その最中、座って休んでいたときはとめどなく出てくる感じの英語を、どうせ誰もいないからと気持ちよく口に出した。まるで通訳ならそういう境地であるかのように、自然に英語で思考が言葉として頭に浮かんでくるのだ。これも今までにないことだった。今までの学んだことの蓄積が一気に爆発的にアウトプット可能なものへと昇華されたような感じだ。第三者がいないので、これが実は文法が滅茶苦茶だった空喜びだ可能性もある。
そうして家族には捜索願を出す迷惑をかけさせるなか帰宅した。保護入院のXデーは近い。またあるとき横浜へ行くと、キャリアになるような人間は高い志を持っていなければならないという心境で、ゴミ掃除をした。受験生なのに。
掃除しているところを見たお巡りさんから未来の官僚様へというふうな感じでブラックサンダーと栄養ドリンクをもらった記憶がある。ということは自分の希望進路をこの警官に行ったことになるのだが、だとすればこの警官の労いは奇妙な行動をする学生を生暖かい目でからかうことを意図したものだったかもしれない。自宅の近所に1000年前からあるという由緒のある神社と正一位の神格がある寺院に目を付け、この地域は稀に見る神聖な土地なのだという気持ちになる。
またその影響からかこのころから神のお達しを感じるようになったり(幻聴ではなくテレパシーのような感じ)自分に女性キャラクターが乗り移ったような感覚が現れることが起こるようになる。口調も普段から変わってしまう。
当時の社会情勢の悪さを神的なものとに結びつけ、寺社に赴いた記憶がある。おこがましくも何かを助言した記憶がある。別に神職者だって宗教を信じてないことが多いのに本物のやばい奴が来てしまったという感じだろうな。
マムシ=蛇の出没も神的なものと結び付け両側が藪の道を木の枝を下に向けて振り回しながら歩く。当時の本人にはマムシを追い払うことでマムシが持つとする瘴気を払うことを意図したものだろう。
またあるときは公園で木の枝を持ってこれが神風だという感じで大げさに振り回す。あくまで高校までの化学の知識から着想を得た「核戦争にも耐えられる強化外骨格」の設計ラフを書いた小切れなどを河原にばらまいたりもした。
夜寝てもすぐ起き上がって漢文がひらめくことが多くなりまともに寝なくなる。当時の自分としてはそれが漢文のいい訓練になるものだと思っていたことを覚えているが、志望大学は漢文の比重が重いものではないので、ほとんど無駄だったと思われる。
滑稽なのは四声も知らないのに(いや受験生としては問題ないんだが)漢詩等を次々書いて悦に入っていたことである。文法はともかく古代中国語として韻律のめちゃくちゃなものだった可能性が高い。
でもこんなことをしていたのには訓練以上に、漢文に書かれた思想に感じ入っていたところも大きい。
おかしくなった私の目標は立派な仕事に恥じない人格者になることだった。そして湯島聖堂に行ったときに孔子の深遠さに衝撃を受けた。
もちろん孔子自体は以前から知っていたが、偶然「聖地」を見つけ赴いてしまったことで、自分なりに感じた霊験あらたかさに、彼と彼の思想がいっそう素晴らしいものに感じるようになってしまった。
普通の受験生にとっては教材でしかない漢文から仁徳を感じ取るたびに感動し、過去の不徳な自分と対比して大泣きして大真面目に反省するという情緒不安定も起こっていた。
電車で、密着して二人の世界に入っている男女に話しかけたりもした。今考えれば当然のガン無視をされた。しかしやっぱり躁状態になっている私は誰とでも話せる人間になろうという思いが強かったのか意に介さないのである。
テレビでちょうどやっていたイスラム国関連のニュースの映像を見たときとてつもなく怖いものが見えたように感じ体を丸めて怯えたような記憶がある。あの心理状況はどういう原理だったか。
イスラム国はどうにかしなけばならないという義憤を感じてツイッターでアラビア語?で検索してイスラム国関係者と思しきツイートに直接リプライしたり、また当時の漢文にハマっていた自分らしくSNSのアカウント名を「莫歯牙(しがない)○○」をしたりそこで椅子子羊(イスラム)なる言葉を使って打倒を呼び掛けていた記憶がある。
世界中から反響があった感覚があったが、実際はただ日本人以外からなにがしかのリプライが来たと言うだけで、数としては数件に過ぎなかったのではないか。
でも当時は確かにカバオコピペのように「今までにない熱い一体感を感じ」ていた。
テレビのイスラム国に関する報道が自分の行動とリンクしているようにも見えていた。自分が世界に影響力を与えている気分になっていた。
調子が悪そうなことをした親に総合診療科に連れられたこともあり、そこで血液検査をしたらCK値の上昇が認められそこで筋肉が壊れてきていることを指摘された。
冬の夜通しの闊歩が祟った結果だと思われる。とはいえ今思うと自衛隊員は数十キロの装備を身に着けることもあるし、強力(ごうりき)はそれこそ100kg近くを背負って運搬するわけだから、ちょっと虚弱過ぎやしないかと思う。
しかし当時の私は筋肉が壊れるほど肉体を酷使している自分に対してこれまた全能感をこじらせ酔っていた記憶があるから滑稽だ。
また当時気になっている子がいたのだが、学校帰りに駅前のブティックに足を運んで何万、何十万かするビロードのような服を品定めしていこともあった。
そういう服を対象にしたのはすっかり自分が上流の人間の気分になっていたから。
そして将来は官僚になってこういうものを好きな子にプレゼントするんだと店員に息巻いていたと思う。
近くの受験が見えなくたって遠い不確定の可能性の低い将来を前提とした行動をとる、まさに統失仕草だったと思う。
卒業間際好意を伝えたときやんわり振られるオチまでついている。
こうしていろいろあって親は養護教諭に電話相談して、精神科への入院を勧められ、私の同意のもと保護入院することになったのだった。
※ブコメから知ったこととして保護入院とは家族の同意のもと行われる強制入院の一つだという事実があるが、私の場合入院したいか、それとも受験するどうかをあくまで私の意思を尊重する形で家族に確認されたため、法的なことはともかく実態としては任意の入院なのだった。
そこで統合失調症という診断が下されたが、診断名は変わる可能性があると言われた。
統合失調症は全段階として6か月未満の統合失調様症状というものがあり、中学のときのエピソードして、自分は悪魔になってしまったという発言や、ナイフの図鑑を買ったりポッカキットで処刑映像を見ていたことを統合失調症の期間として含めるべきかをはっきり判断できないからだということだそうだ。まあ今思えばさすがにこれはただの中二病だろうと思うが。
なお、記憶力や模写等脳の能力に関しての向上を記述したが、これが統失の症状としてあり得ることだったのか、私固有の現象だったのかはわからない。
統合失調症は服薬し続けず「治る」ケースがごく稀な病として有名だが、幸い私は薬も飲んでないが上記のような明らかな妄想も出ることなくただの発達障害(医療機関による診断済み)として暮らせている。
いろいろなことをした、「記憶はある」が、なぜそうしたのか今の自分では全く理解できないことが、過去あったその妄想と現在の現実を区別できる能力が回復している何よりの証拠だと思う。
ほんとう、記憶はあるが秩序のあるものとして理解できず、記憶を記録するにあたってはただあったことを羅列しているだけという気分が拭えないという部分は朝起きる直前の夢に似ているような感じがする。
この長文を書いたのは、統合失調症は脳機能の低下を起こすから患者になったことがある人本人に「書ける」人が少なく、このような本人直筆の体験談は貴重と考えたためで、使命感を持って書いた。
(使命感とかいうとまだ統合失調症が治ってないだろとか言う人が出てくるのかなと思いつつ)
【追記】
実はあれから既に十年以上経っている。
もし統合失調症が治っていない状態で薬をやめていた場合はだいたい長くとも1、2年で、もっとひどい状態で症状がぶり返すのが通例だ。
脳機能も一度目の急性期後より格段に落ちると聞いている。壁に自分の排泄物を塗りたくるようなレベルの廃人になるということだ。
しかし私は御覧の通りこうして記事が書ける程度の理性や知性をいまだ残せている。
それは、薬の副作用にアカシジアというものがあって、その、四肢の気持ち悪い感覚が苦痛だったからだ。
今も、断薬の承諾を得た精神科医本人から三か月おきに診察を受け経過を見てもらっているので、統失が治っていないということについては心配しないでほしい。
その医者の対応に対する違和感を書いてもらって思い出したが、それ以上に著しい倦怠感や思考の鈍麻が起こっていたことについて親が見兼ねたというのが大きかった。
統失の治療薬のイメージとしては躁的な症状をもたらす過剰な神経物質をブロックするというものだが、このころは既に陰性期あるいは寛解状態にあった。
つまり健康体の人間に投薬するのと変わらない状態で、症状を相殺するのを通り越して過度のドーパミン不足を誘発したのかほとんど寝たきりで毎日を過ごすような時期があったのだ。
こんなところにいたら殺される(滝山病院の例もあるので大げさな考えとは思われない)と心配した母親が担当医の忠告、「お母さんあなたも精神病ではないか」という苦言を振り切って入院期間を繰り上げたのだった。最初の急性期を見て薬を処方した入院先で断薬許可をもらったわけではなかったのだ。
ただセカンドオピニオンでかかった他の大学病院の医者も、以前のその病院の処方薬や量の内容を見てこれは多すぎると言っていたようだ。
今かかっているクリニックはこれらの統合失調症や発達障害の診断やそれに伴い我が家庭ではどう対処してきたかという経緯を理解したうえで、基本的にこちらの考えを尊重しときには睡眠の習慣を整えるためにロゼレム?を服用してはどうかと言われては、悪夢を見るから嫌だ、いやこれは他の睡眠薬と違って悪夢は見ないよ、でもちょっと抵抗があるから見送らせて欲しいとかああだこうだ忌憚なく相談できる関係性を築いている。
模写した絵などは残っていない。というのも数年前まで私の部屋は受験期にコレクションした参考書がずらりとならぶ、いかにも子供部屋おじさんの極致にあるような有り様だった。
しかし親に、いい加減高校時代のことに固執してもしょうがないだろうと、絵も描かれたノート類とともにすべて処分することを催促され、応じるしかなかった。化学の新研究とかぐらいは、通読してみたかったなと思っていたのだが。
絵の証拠写真を挙げないのでは一連の記述が創作と思えて仕方がないこと、もっともなことだ。信じる人が信じるだけでもこれ幸いというものだ。
少し退院後のその後の事を書くと、まず予備校に入って再度大学を目指そうとした。
しかし当時の自分は統失の余波か薬の副作用か大変疲れやすく、体験授業後にチューターには母の口から、授業中にも寝てしまうことも有り得ることが伝えられた。
また数か月か、あるいは一年ほど経った頃だったか、入院中も見舞ってくれた担任が定期的に会いに誘ってくるようになった。
と、このあたりのことを書くと俺がどこ高校出の誰かか特定される可能性が1%ぐらいは出てきてしまうと思っているのだが、そうなったらそうなったらでこの記事が創作でないことの証明にもなるわけなので、気にせず書いてしまおうと思う。
そうして職業訓練校を目指すことになった。その訓練校が試験で出す問題と同レベルのSPIとかの練習問題を解いた当時の自分としては、問題自体は大学受験とは雲泥の差の易しさだが、それでも油断はできなかった。
統合失調症と長い間机に向かっていなかった影響で、筆記スピードというあくまで肉体面の要素が著しく落ちていたからだ。
そんな私にアドバイスしてくれたり、数学の先生だったので、私が趣味で取り組んでいた数学に話を合わせ付き合ってくれた。
それに前後して北里か東海大(ここ記憶が曖昧)や、クリニックの児童精神科医にセカンドオピニオンを仰いでいた。
そこでいわゆるウェクスラーを受け、言語性IQが130で動作性が90前後という結果だった。その大学病院が役所に提出する用の親展の封筒を、やっぱり使わないと親が開けて見てしまった中身の書類の記述によると、大変頭の出来がいいというニュアンスの表現でべた褒めする内容だったそうだ。
言語性IQなんていかに成人向けに最適化されたテストといえど受験期等の蓄積で簡単に高成績が出る脆弱性がありそうでならないと私は思っているので、これは私より圧倒的に優秀な大学教授の心の余裕から来るリップサービスのようなものではないかと今は分析している。でも認知機能のテストの一種か何かで、100から次々7を引いた答えをどんどん言ってくださいという問いに自分なりになるべく速く答えたその反応に対しても早い早いと言っていたから、まんざら嘘ではなく、そういうことを総合してなのかな。
ともかくもしこの書類を出していたら障害者手帳の申請は通らなかったからこれでよかったということを親は言っていた。申請に使った診断書等はクリニックが書いたものだったと思う。そのクリニックだが今は児童 Permalink | 記事への反応(1) | 18:05
今日はゆっくりなので新聞でもゆっくり読めるの嬉しいな!って感じでせっせと小脇に新聞を抱えている感じよ。
うーん、
なにか書こうと思っていたことが、
クルマのフロントガラスに落ちてきた雨がワイパーでさらわれるように、
書きたいことがふとまっさらになるフロントガラスがまるで頭の中のようで、
なんかまた雨粒が降ってきてフロントガラスに落ちてくるたびに
また何か書こうかな?って思いついていても、
それをまたワイパーがかき消してしまうような。
うーん、
そんな思いでデスクにつくとメモ帳のタブがたくさん開いていて、
今のパソコンのメモ帳もブラウザよろしくたくさんのタブが開けて文章を書けるので、
点々散り散りになにか書いたメモのタブがたくさん開かれて書かれているの。
そんで、
と3つのボタンが出てきて急いで応えないと儚く消えてしまいそうな気がして、
とはいえ、
イエス!
ノー!
そんな多くたくさん開いたタブの選別をしていくのが面倒だなぁって思いつつ、
これがなんか256タブとかぐらいの数になると、
その「はい」「いいえ」という答えをするのが後半面倒になってくる始末。
私が無茶苦茶に書き散らかしたのが悪いんだけど、
これがまた何かの役に立つメモになるかも知れないので侮れないのよね。
だから私はそのメモ片を1つ1つまだなにかあるかもしれないないかもしれないと
そこで判断する前に、
いや正確には
書き散らした1つの画面のタブのメモを1つのメモ帳にまとめていくという、
はじめから1つのメモにいろいろ書いたらいいじゃない!って私もなんとなくそう思うけど、
いつでも新しく書き始めるノートってさ、
よーし!
今回のこの新しいコクヨのキャンパスノートは文字を丁寧に綺麗に書くぞ!ってめちゃ思うじゃない。
でも3ページ目からは書き殴ったりぐちゃぐちゃなあとから自分で見ても何のことだかわからない図形とか。
紙の書くのはいいんだけど、
あれいつ書いたっけ?ってなんとなく検索ができないところが味噌じゃない?
スケジュール帳の週間見開き2ページで1週間を構成するバーチカルな1日の予定を縦長の欄に細く書くようなスケジュール帳、
あれいつやったっけ?って年代を遡って2年とか3年前のその週間スケジュール帳を見返すことがあるから、
いい加減なんとかしたい検索機能ってこれは無理ってものよねって思いつつ、
あった!あった!って何年か前のメモを発掘するのよね。
点々散り散りに散らばったメモはこうして1つのメモにしてまとめないと、
たくさんのタブを開いて書き散らかしたメモが、
それをまとめるのが面倒だなぁって思いつつ、
昨日の晩開きっぱなしにした大量のタブをそのままにしていた自分を今朝になって、
ああ、
昨日のうちに整理してメモ帳閉じてしまったら良かったわ!って思うの。
面倒だけど、
一応は全部のタブに目を通してから
いや内容はまったくないメモの羅列なので、
その時の自分が何を思っての前後の文脈がないと唐突にメモの文字を見ても、
はて?って謎に思うことも結局多いんだけどね。
だから、
つどつど頻繁に整理していかなくちゃなぁって。
開いたタブの多さに滅入ちゃうのよ。
あまりにもパソコンと言うかコンピューターと言うかそういうもののメモリーが増えたおかげでたくさん開ける恩恵があるけれど、
人間がその大量に開き散らかされたタブに対処できないという初動の拙さがあるわよね。
AIよろしく大量にそのAIで生成されたものが人間で見たり読んだりして選別できないぐらいで、
AIの出始めはみんな楽しくて生成たくさんしていたけれど、
それに気付いちゃったのか、
やたらむやみにAIに生成させても結局見ない読まない!ってなっちゃうのよね。
膨大な計算力を誇り電力とそして冷却水をたくさん使っておきながら読まない見ない!とか。
なんたるちゃー!って、
人間がというか私がAIとか関係なくたくさん開いたメモ帳のタブ、
ああ!思い出した
ああこれはほとんどが保存しなくていい「いいえ」で消せるメモリーだから良いとしても、
また厄介で「無題のスプレッドシート」ってそういう名前のスプレッドシートがたくさん出来ちゃうので、
これまた1つ1つ開いて見て消す消さないをしなくてはいけないなんとも滑稽よね。
そう思っちゃうわ。
整理整頓の初動の遅さが全ての原因だけど、
そのスプレッドシートを開いてみて
目に見えて積み重なる「無題のスプレッドシート」は重荷ね。
見返してもなんだっけこの計算式?とか表を見ても思い出せないので、
おおよそのスプレッドシートは必要なかった一瞬のメモの計算だったってことみたいなのよね。
こんなにも、
いろいろなものを書き散らかしているにも関わらず、
私がひっそりと憧れを持って使ってみようと思って買った1日1ページの憧れ手帳は、
今年のもの買ってもう3か月になろうとしている、
一文字も何も書いていないところが、
うわ!
またやらかしてしまいそうな今年のこの手帳!って思っちゃうのよね。
たぶん、
3か月何も書いてなくて真っ白だったら4月になって急に書き出すってことはないと思うので、
今年もこの手帳は無駄に白紙の白いままで終わっちゃうのかな?って、
思ってしまったわ。
思い出したのなら活用せよ!って自分に言い聞かせたいところ自分に言い聞かせたいわ。
気が進まないけど
片付けるはずの手元にスプラあり!
つーかいつの間にかスプラトゥーン3やってる!ってなっちゃう!
うわ!
タブは増える私は減らない。
だわ。
うふふ。
お昼ご飯と朝ご飯を兼ねるブランチ的なチックな感じで決めてみようかしら?って思っているけど
まあどうなることやら。
予定は未定ともいうし未定は予定ともいうわよね。
朝起きて作るの面倒だからって
熱いのを昨晩のうちから保温のタンブラーに入れておいて朝起きた瞬間に、
そう思って飲んだけど、
ぬるいというか、
いやそういう意味じゃなくて、
やっぱり今朝のホッツは今朝に沸かすに限るって思ったわ。
なんか例えると湿気ているお煎餅みたいな感じ。
1つ利口になったわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
「キモいオスが若い女に性的なものを着せようとしているキモイキモイ」ってよくおばあさんたちがわあわあ言ってるけど
因果が逆なんだよな
例外はバニーガールとかぐらいだ(あれはさすがに意図的にデザインされた例である)
セーラー服やブルマやらスク水やらによくおばあさんはキレてるが
あれらは性的に見えない時期→若い女が着ているので魅力的に見える時期→えっちな服装の象徴になる時期 という経過で変わっている
ちゃんとえっちな創作を追いかけたまえ。ぱんつはえっち、スパッツ色気ないねという状態からスパッツもえっちになるまであっという間だったし、もうスク水えっちだの水着えっちだのの古典の話してないでラッシュガードちゃんと見なよめちゃくちゃえっちでしょという世界は通り過ぎていった
ずぼらで部屋がゴミだらけで部屋の中でタバコ吸っててストゼロいつも飲んでてパーカーとかトレーナー着てる若くて美しい女はミステリアスでえっちというマンガはもう複数あるわな(正気か?とは思うが)
まあたまに女の性欲の発露としてネットで男殴ってるのもいるがね
自覚的になりたまえよといつも思う
冴えない男が性を求めているのにすげなく断られるところを見るのが気持ちいいというそれは女の性欲です
何もかも持っていて順風満帆だった女が転落して性的にもズタボロになるマンガはよくあるじゃん、ああいうことで発散しなさいな
何言ってるんだろ私
17:00頃の話
ぶつかりおじさんって実在するんだな
見通しもよく、こちらも高身長で目立つ、お互いを明らかに認識できてる状態で肩に力入れられてぶつけられた
こっちは急いでるので、引き留める間もない(そもそもぶつかりおじさんと遭遇することを想定して旅行してない)
ぶつかりおじさんについて書くと「お前がぼーっとしてたんだろうが!」と突っかかってくるインターネットぶつかりおじさんが湧くが、地元の男とぶつかってもあそこまで強めなあたりじゃない
非力な女でもぶつかった男がわざと力入れてるかどうかぐらいわかりますよ
あと、地元の男はキチガイ多いと言われるけどぶつかったら謝るぐらいの最低限の礼儀を備えてる、もちろん増田も故意じゃなくて不注意がなかったとしても一言すんませんぐらい言うもん
オレンジと白と青?緑?のアウターを来たキチガイ男いい加減しろよ
てか腹立つわ
駅徒歩何分かしらんけど、駅使うのなんて旅行とかぐらいだし、旅行も車でいい
年120万
20年で2400万
40年で4800万
まあ10~20年ぐらいで子供も巣立ってこんな間取りいらんし、マンションでも平屋でも引っ越せばいいね
家のメンテナンス代がかからず10年1000万ちょいなら買うより全然ありじゃないかなあ
徒然なるままに~とか春はようよう~とか今でも覚えているから文の暗記ができないというわけではない
じゃあなんで覚えられないのか
増田の中で音楽っていうのはリズムや音が大事なので合って、歌詞は取ってつけたようなものだっていう感覚だからなんだと最近気づいた
歌詞の意味で世界観がどうとかいう発想にもならないから、歌詞が苦手で~とかこれって深いよね~とかには全く同感できない
例えば夏になごり雪や3月9日はいかんだろう、新入社員歓迎会でさくら(独唱)はいかんだろう、というのはわかる
唯一歌詞で面白いなと思うのは韻を踏んでいたり(これもリズム要素が強いが)、ドラマやアニメのタイアップでキーワードやテーマを歌詞に取り入れていることぐらいだ
それ以外の歌詞には本当に興味がわかない
みんなはなぜそんなに歌詞を気にするのか
それが分からない
下の子の向かいのついでに期日前に行こうと思い、上の子に対して、「ママ、戦争止めてくるわ。ついてきて」といったことをXに投稿したみたい
うーん、バズり目的でワードを選んだのならまだわかるけど、素でこれ言ってるって思ったらすごく怖いな
※バズり目的で実際に子供に言ってないとしたら、子供フィクションに巻き込んで利用するという精神がそれはそれできもい
まず特定政党が戦争すると明言してないし、本人が状況から戦争を推測したのは別にいいけど、それを子供にいうかって言うね
特定政党支持してないとか言ってるからこっちも推測でしかないんだけど、9条改正とかぐらいで戦争には別にならんし、仮に9条改正で戦争になるとしても国民審査で止めればいいじゃんね
先週のサザエさんを見た。その冒頭1話目、「カツオ、叱られ人生」。
自分は人生の大半を叱られて過ごした。学校では先生から、家では両親と姉から。特に怖いのは姉である。その恐ろしさは文章ではとても表現できない。
「人間は人生の3分の1を寝ている」というが、僕は3分の1が叱られている人生である……と、彼はそれを作文にして発表する。
脚本家が書いているとはいえ面白い内容だなと思っていたら、本当に「よくできていた作文」だったようで、担任の先生にほめられる。
身の安全のために、姉には知られないようにしないと。
にもかかわらず、「学校で作文を書いた」ことを、花沢さんのお父さん経由で家族に知られてしまう。
あやしい、隠してたのね、見せなさいと大人たちから詰められる。作文を家族に見せないことがそんなに悪いことか。私は自分の子供時代に自分が書いた作文を親に見せたことなんてなかったぞ。
言い訳に、「よくできていたので学校の文集に載ることになったんだよ」と、聞かれたテーマだけは答えて、その場を逃れるカツオ。
一転して「まあ、文集に載るの?」と喜ぶ大人たち。「学校の文集」ってなんだ。「学級通信」でもなさそうだし、そんなにしょっちゅう作るものなのか。
それはよくわからないままだが、嘘から出た誠か、この作文が校長先生に気に入られ、本当に学校の文集に載ることになってしまう。
三河屋のサブローさんにまで「おめでとう。作文が文集に載るんだって?」と声をかけられるカツオ。姉が自慢してまわったらしい。「学校の文集」とはそこまですごいものなのか。
翌日、校長室で「せめて一文字だけ変えさせてください」と直談判するカツオ。「姉」を「父」に変えただけだ……波平ならいいのか。
だが案の定、隠していた作文の原本が見つかってしまい、怒るサザエさん&逃げ回るカツオという定番のオチであった。
なんでそんなことで怒られなきゃいけないのか。怖いものを「怖い」と言って何が悪いのか。
サザエさんだってこれを機に、(弟に言いすぎたかな)などと多少は反省してみてはどうか。
数千円の商品でその何割かぐらいの差で値段が違うとか、下手したら千円台の価格帯で数百円の差とか、その価格の差って高い方が安い方の価格競争に追いついてないこと以外の根拠がないのかわからなくてなかなか困る。
バッテリーとかなら前者でスペックをよく見れば微妙に違うので自分の目的に無関係な数値は一切無視して安いの選ぶということになる。
後者はスマホのストラップとかだが、色も大きさもほぼ同じなんだが材質を見ればABS樹脂とかなんたら…
まあ微妙にが違うっちゃ違うがそういう知識のある人は多くないと思うしましてその材質が自分の目的にとって無関係なものか判定できるレベルでよく知ってるわけじゃないから結局もう当てずっぽうで選びがちになる。
しかしたかが数百円の差でも銭を捨ててることになってるかも知れず後でチリも積もって痛い目を見るような気もする。
みんなどう?
dorawiiより
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生きるか死ぬかぐらいの飢えでやっと脱北を試みる気になるらしいけどその時ですら将軍様に対して申し訳なさ感じてるのかな。
そうじゃなきゃ脱北成功時の心境の変化が、目が覚めたなんて表現にはならないはず
dorawiiより
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「オタクとしての高みを目指すぞ」みたいな意味分からん妄想に取り憑かれたせいで人生だいぶ無駄にしたと思う。
たとえば「このキャラのファンなら完凸しかありえない!」とか「Twitterのプロフィール欄に入れてるようなゲームでシルバートロフィーは恥ずかしい!」みたいなイカれた思想を持ってたんだよ本当に。
そんでいつの間にか「FGOを遊んでるのならホメロスやオデュッセイア未踏は論外!」とか「古典名作を全て把握してない奴はパロディを見分けることも出来ない文盲だ!」みたいな方向へと加速し、人生が全く足りなくなった。
足りない分の人生を捻出するために睡眠時間を削り、食費を削り、引きこもり、学校に行かなくなって留年しかけたり、すべてのものを課金額で換算して低賃金の仕事に行くよりもゲームをやりこんだ方が結果的にコスパがいいとか考え出したり、本当に全てが壊れていた。
ハッキリ言わせてくれ、オタクを辞めた今の俺のほうが、オタクをやっていた頃よりも絶対に精神年齢が高いし人生のステージも高みにいる。
「オタクというマイナスを抜け出て、人生をプライマゼロまで取り戻したら、全てが健康になった」というべきだった。
コンテンツ業界からしてもやたら意識高く変な商品を買い漁るイカれた消費者より、普通に仕事をして普通にお金を溜めて、無理のない範囲で淡々と良い物を買う客のほうが健康的でいいだろ。
「とにかく金を払ってくれてればキチガイでも有り難い」なんて考えてるのは、児童ポルノスレスレで食ってる地下アイドルとかぐらいなんじゃないの実際?
昔のオタクくんだった頃の俺ならこんなまともな考えさえも理解不能だったと思うと本当に怖いよ。
オタクはなってはいけないし、オタクになったからって「じゃあ極めるか」とか考えてはいけない。
アル中になった人間が「俺が酒を本当に愛してるって証拠だよ」みたいに言い出したらキチガイですからねマジで。
辞めるが勝ちよ。
狂ってた頃の俺は「人生はオタクをするための手段であり、生きることの目的はオタクにある」と思ってたからねマジで。
完全に間違ってるよ。
そして人生の方がずっと優先度が高い。
優先度が高い人生を守るためにはオタクを辞めるべきなんだから、オタクは辞めるべき。
別に俺は「オタクは間違ってるからゲームやアニメは全部禁止だ」とは言ってないよ。
自分の人生そのものを犠牲にしてまでゲームや漫画に執着することは辞めなさいと言ってるだけ。
オタクって結局の所は「500円のお昼代を貰ったら、100円のパン1個買って、8クレ分格ゲーやる」みたいな生き方の延長でず~~~~~~~っと人生してるでしょ?
それは駄目だよねって話。
「500円のお昼代は、400円で海苔弁買って、100円で野菜ジュース買うのに使って、ゲーセン行きたいなら純粋なお小遣いでやりなさい」って生き方がさ、結局大事なんだよ。
人生を振り返ってみると分かる。
リアルキッズの時代ならまだしも、成人式を終わらせた人間がするような人生への向き合い方ではなかったよ。
成長したんだよな結局。
成長したら、オタクを続けることが人生をどれほど惨めにするかに気づいてしまうんだ。
気づいたら、辞め時なんだ。
気づいてるのにまごまごと現状を維持してる人がいたら聞いてくれ。