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はてなキーワード: 権威主義とは

2026-01-26

anond:20260126132028

権威主義の話なんか1ミリも出てないが

負けた感じがするのでAIでなんとかしようというのは個人的にはどうにもなんないからやめたほうがいいとおもうが

君の自由ではある

2026-01-23

【Victoria 3視点】なぜ日本民主主義は「保守永久機関」なのか?——2026年高市解散」に見るシステムロック構造

【はじめに:分析の前提と射程】

本稿は、制度利益構造に着目した思考実験の試みである

その焦点は、「所与のルールと制約条件下において、システムいか作動し、どのような均衡点に至るか」を記述することに限定されている。したがって、特定政治家資質有権者道徳的判断、あるいは個人選択の是非を評価する意図は一切ない。

本文において個人主体性価値判断、「あるべき論」を意図的に捨象しているのは、それらの重要性を否定するためではなく、分析レイヤーを「制度が生み出す必然的帰結」のみに絞るためである

結論への賛否重要ではない。もし論理の断絶や構造的な見落としがあれば、その指摘こそが本稿にとって最も価値あるフィードバックとなるだろう。

「この国の設計図ソースコード)、バグってませんか?」

最近19世紀国家運営シミュレーションゲーム『Victoria 3』の視点で、現在日本政治――特に先日発表された高市首相による「奇襲解散」――を分析してみると、ある戦慄すべき事実に気づいてしまった。

日本という国は、「民主主義」という皮を被っているが、その中身は特定の「利益グループ」以外が勝てないように調整された、極めて高度な「封建的寡頭政治オリガキー)」なのではないか

多くの人が「なぜ野党は弱いのか」「なぜ経済は停滞するのか」を嘆いているが、システム論で見れば答えは単純だ。この国は意図的に改革不可能なように、勢力均衡ロックされているからだ。

今回は、2026年の「高市解散」を実例に、日本という国家システムの裏側にある論理を解析する。

1.「第7条解散」という名のシステム悪用Exploit

まず、今回の解散選挙について。ニュースでは「大義がない」「奇襲だ」と騒がれているが、ゲーム視点で見れば、高市首相プレイヤー)の操作は極めて合理的だ。

通常の民主主義国家ルールなら、選挙は定期的なイベントだ。しかし、日本サーバーには「憲法7条解散」という特殊コマンド実装されている。

これは、「首相プレイヤー)の都合がいい時だけ、敵(野党)の準備が整う前に強制的選挙イベントを発生させ、敵の組織力ゼロにする」という、ゲームバランス崩壊級の強力なスキルだ。

支持率という名の「正当性」が一瞬でも上がれば、即座にこのボタンを押す。これにより、野党永遠にリソース資金候補者)を蓄積できず、万年デバフ(不利な状態異常)」を受け続ける。これは三権分立というルール無視した、行政権による立法権への「ハメ技」である

2.「トライアングル」絶対に崩れない利益グループ

では、なぜこのような強権的なプレイが許されるのか? それは、この国を支配する利益団体(インタレスト・グループ)の構成が、通常の近代国家とは異次元進化を遂げているからだ。

要塞化した集票マシーン:「農村民」+「地主

ゲームセオリーでは、工業化が進めば「農村民・地主勢力は没落する。しか日本では、「一票の格差」というシステム補正によって、彼らは21世紀になっても最強の「政治力」を維持している。

彼ら(JA地方議員)は補助金公共事業を吸い上げ、その対価として鉄壁の「組織票」を納品する。これは近代政党ではなく、システムに守られた「保守要塞」だ。

バグった知識人:「官僚」(霞ヶ関

本来改革であるはずの「知識人グループが、日本では「官僚機構」に置き換わっている。

彼らの特性は「自由主義」ではなく「権威主義」かつ「現状維持」だ。政治家選挙パフォーマンスをしている間に、実際の法律コード)を書いているのは彼らだ。つまり、国の頭脳保守と合体しているため、改革トリガーが引かれない。

③飼い慣らされた資本家:「実業家」(経団連

ここが日本の最も歪な点だ。本来、「実業家」は自由市場を求めて古い地主勢力と戦うはずだ。

しか日本実業家は、「護送船団方式」という固有イベントにより、政府保護下にある。彼らは地主自民党)に政治献金という名の「保護費」を払い、その見返りに有利な規制緩和を受け取る。

改革」を叫ぶ実業家が、実は「保守」の最大のスポンサーであるという矛盾。これが「保守永久機関」のエンジンの正体だ。

3.なぜ革命暴動)が起きないのか?

これほど歪んだ構造なら、シミュレーション上は民衆の「急進性(怒り)」が爆発して革命が起きるはずだ。しかし、日本は静かだ。なぜか?

答えは、「企業による社会保障」という鎮静剤だ。

日本企業は、終身雇用年功序列(あるいはその残滓)によって、本来国家がやるべき福祉を代行してきた。これにより、労働者は「会社運命共同体」となり、ストライキをする牙を抜かれた。

結果、労働組合機能不全に陥り、国民政治への怒りを向ける代わりに、「少子化人口成長率マイナス)」という静かなるボイコット(退出)を選んでいる。

4.結論:詰んでいるセーブデータ

2026年の今、我々が見ているのは、高度な工業力と、中世並みの農業保護と、死に体野党が同居する、キメラのような国家だ。

高市首相の「君子豹変解散は、彼女個人資質問題ではない。このシステムいかプレイヤー権力者)にとって都合よくできているか証明したに過ぎない。

政治とは、経済システムを維持するためのギアに過ぎない」

経済という巨大なエンジンが、その動力を最も効率よく伝えるために「自民党政治」というギアを選んだ。だからエンジン利益構造)を載せ替えない限り、ギア政治)だけを弄っても車は変わらないのだ。

誰が首相というドライバー席に座ろうとも、このバスは同じ場所を回り続けるだろう。

anond:20260122192853

しろ慶應早稲田でも、国立厨に私学っっっっwとかって罵られるじゃんw

ほんと権威主義というか、リベラルでもなんでもないただの学歴はてな爺多過ぎ

2026-01-22

生レバーによる食中毒なんて年間10件程度しか発生してなかった

大して危険でもなんでもなかったのにガキが一人死んだら途端に大騒ぎ

こんにゃくゼリーと一緒、ほんとバカな話

さらバカバカしいのは全国で当たり前に食べられててその程度の食中毒しかなかった食品

お上禁止した途端とんでもない毒物のように騒ぎ始めたブクマカみたいな権威主義バカ

2026-01-20

anond:20241021232918

お前と同じキャンパスで数理ファイナンス経済学ガチで院まで学んだが賛成してるぞ。

経済学専攻って自分の頭で考えない権威主義カスが多すぎる。大方2神みたいな老害の言うこと鵜呑みにしてんだろ。そいつら全員日本経済停滞させた大戦犯どもだぞ。

2026-01-17

アメリカ政権転覆させ過ぎw 目的もわかりやす過ぎw

何でこれで正義のためだとみんな信じてるの?

イラン1953年

資源石油

• 内容:石油国有化を阻止するため、CIA政権転覆

グアテマラ1954年

資源農地プランテーションバナナ

• 内容:農地国有化が米企業利益を脅かしたため、政権転覆

コンゴ1960年

資源:銅・コバルトウラン

• 内容:資源地帯支配維持のため、親米体制樹立

チリ1973年

資源:銅

• 内容:銅国有化を進めた政権崩壊させ、親米軍政を成立。

イラク1991年 湾岸戦争

資源石油

• 内容:クウェート侵攻を口実に空爆湾岸石油秩序を維持。

イラク2003年

資源石油

• 内容:侵攻・空爆により政権崩壊石油産業を再編。

リビア2011年

資源石油

• 内容:空爆を含む軍事介入政権崩壊石油権益構造が変化。

シリア2014年以降)

資源石油・ガス

• 内容:空爆と地上支配油田地帯事実上管理

ベネズエラ2000年代以降)

資源石油

• 内容:制裁政権不安定工作資源支配を狙う(未成功)。

追記

介入の口実が嘘だとバレたものw

イラク2003年

• 嘘の内容:大量破壊兵器化学生物・核)を保有し、使用差し迫った脅威がある。

イラク1991年 湾岸戦争

• 嘘の内容:イラク軍がクウェート新生児を保育器から引きずり出して殺害したという証言(後に捏造と判明)。

リビア2011年

• 嘘の内容:カダフィ政権民衆を大規模虐殺する差し迫った計画があるという主張(事後検証で誇張・未確認評価)。

シリア2014年以降)

• 嘘の内容:特定空爆化学兵器使用への即時対応であり、確定的証拠があるという主張(証拠の不十分さが国際的に指摘)。

民主主義のため?残念、アメリカが用意したのは独裁者でしたwの例

イラン1953年

独裁者:モハンマド・レザー・シャー(パフラヴィー国王

独裁の内容:秘密警察(SAVAK)による反体制派の監視拷問議会形骸化言論統制

グアテマラ1954年

独裁者カルロスカスティージョアルマ

独裁の内容:土地改革撤回反政府勢力の大量逮捕労働組合左派政党禁止

コンゴ1960年

独裁者モブツ・セセ・セコ

独裁の内容:一党独裁体制、反対派の処刑追放国家資源私物化汚職体制)。

チリ1973年

独裁者アウグストピノチェト

独裁の内容:議会停止、軍事政権による統治反体制派の失踪拷問処刑

南ベトナム1955年

独裁者:ゴ・ディン・ジエム

独裁の内容:宗教弾圧仏教徒)、選挙操作、反対派の投獄・弾圧

インドネシア1965年

独裁者スハルト

独裁の内容:反共名目での大規模虐殺、軍主導の権威主義体制言論統制長期政権化。

[]2025年に読んだ本、後編

7月

読書(15冊+α)

円城塔コードブッダ 機械仏教縁起

円城塔「去年、本能寺で」

円城塔「長い豚の話」(日経新聞連載短編

エーリッヒ・フロム「愛するということ」★★★

フィリッパ・ペリー「身近な人間関係が変わる 大切な人に読んでほしい本」

小泉悠、山口亮「2030年戦争

鳥飼将雅「ロシア政治 プーチン権威主義体制の抑圧と懐柔」

宇佐和通「AI時代都市伝説: 世界をザワつかせる最新ネットロア50」

深津貴之、岩元直久「ChatGPTを使い尽くす! 深津式プロンプト読本

廣田龍平「ネット怪談民俗学

大宮冬洋「人は死ぬまで結婚できる 晩婚時代幸せのつかみ方」

佐藤賢一「王の綽名

飯田一史「「若者読書離れ」というウソ: 中高生はどのくらい、どんな本を読んでいるのか」

大田俊寛現代オカルトの根源 霊性進化論の光と闇」★

セス・スティーヴンズ=ダヴィウィッツ「誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間ヤバい本性」★★

秦正樹「陰謀論 民主主義を揺るがすメカニズム

漫画(4冊+α)

ハミタ「とっても短編漫画集」一巻~三巻

福島聡少年少女」一巻~四巻

一話完結漫画(2冊)

日向あお助「バニー好きだよね」(単話)。

恋紙屋「夜にバニーは(ベッドで)跳ねる」

美術

「黙然たる反骨 安藤照 ―没後・戦後80年 忠犬ハチ公像をつくった彫刻家―」於・松濤美術館

新江ノ島水族館

雑感

 やっぱりエーリッヒ・フロムはいい。たぶん自分特に気に入っている思想家だ。

 このあたりからスピリチュアリズム自己啓発の背景にある思想とその明暗テーマに本を選び始める(陰謀論まで行っちゃったのも含めて)。

 多分最後SF小説を読んだのはこのあたり。SFっぽい漫画は読むことがあっても小説は読んでいない。新人賞を追うのも去年あたりでやめている。

余談だが、自分が好きなSF科学技術それから人間未来を選ぶ力を信頼したものだった。もちろん、社会学的なものや悲観的なものも大好きだが、それらはどちらかと言えばaquired tasteである。一番深く心が動くのは前者だ。

 ところで、わざわざ買った同人誌メモしてもしょうがいかもしれないが、書かないにもなんだか居心地が悪い(記録魔)。

8月

読書(9冊)

奈津子新版賄賂〉のある暮らし 市場経済化後のカザフスタン」★

加地伸行儒教とは何か 増補版」

アナ・カタリーナ・シャフナー「自己啓発教科書 禁欲主義からアドラー引き寄せの法則まで」

ジェイムズ D.スタイン不可能、不確定、不完全―「できない」を証明する数学の力」★★

尾崎俊介アメリカ自己啓発本でできている ベストセラーからひもとく」★★★

井奥陽子近代美学入門」

坂井豊貴「多数決を疑う 社会的選択理論とは何か」

野尻抱影星座のはなし」

野尻抱影「続・星座のはなし」

漫画(9冊)

荒木飛呂彦ジョジョの奇妙な冒険 第9部 ザ・ジョジョランズ」六巻

岩宗治生「ウスズミの果て」一巻~三巻

こるせ「伽藍の姫」一巻~二巻

岩宗治生「ウスズミの果て」 四巻

肋骨凹介「宙に参る」五巻

熊倉隆敏もっけ」一巻

アニメ

フードコートで、また明日。」全話

テレビ

NHKスペシャル 堺雅人が巡る古代エジプトピラミッド透視ツタンカーメンの謎」

NHKスペシャル 堺雅人が巡る古代エジプト!謎の王ブラックファラオ実像に迫る」

ゲーム

「ニーア・オートマタ End of Yorha edition」(XYエンド以外回収)

美術

彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」於・アーティゾン美術館。

コレクション展 第2期 特集:新収蔵作品のご紹介」@岩手県立美術館

小岩井農場まきば園

啄木新婚の家盛岡市内)

雑感

 八月は読んだ本が少ない。普段通勤時間に本を読んでおり、お盆休みがあったためだ。

代わりにというわけではないが、ちょうどゲームクリアした。普段ゲームをしないので難易度を下げて楽しんだ。別にやり込みたいわけではなく、ストーリーを終えればそれでいいと感じている。だが、自分人生ゲーム必須の要素ではない気がする。

 ところで、数年ぶりに(十年近い?)アニメを見たのだが、これはたまたまコロナから避難するために泊まったホテルで視聴した。一話完結だし、青春時代を思い出すし、あまり疲れない。テレビ番組が記載されているのは、自分テレビを見る頻度の少なさを示している。

9月

読書(14冊)

レト・U. シュナイダー「続 狂気科学: 真面目な科学者たちの奇態な実験」★★

トーマス・トウェイツ「人間をお休みしてヤギになってみた結果」

中村圭志「亜宗教 オカルトスピリチュアル疑似科学から陰謀論まで」★★★

徳仁親王「テムズとともに 英国の二年間」★

トルストイ民話集 人はなんで生きるか 他四篇」

トルストイ民話イワンのばか」

ロジャー&チャーリー・モーティマー「定職をもたない息子への手紙

トーマス・トウェイツ「ゼロからトースター作ってみた結果」

監修・訳注 中村啓信「風土記現代語訳付き」

監修・訳注 中村啓信「風土記現代語訳付き」

烏谷昌幸「となりの陰謀論

今井むつみ「「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーション本質解決策」

岡瑞起、橋本康弘「AI時代質問力 プロンプトリテラシー 「問い」と「指示」が生成AI可能性を最大限に引き出す」

山本栄二、中山雅司「国連入門 ――理念現場からみる平和安全

漫画(6冊)

瀬野反人ヘテロゲニア リンギティコ 〜異種族言語学入門〜」一巻。

熊倉隆敏もっけ」二巻~五巻。

葵井ちづる「イジワルコネクト【DLsite限定特典付き】」

映画

ヤン・シュヴァンクマイエル「蟲」@シアター・イメージフォーラム

大長編ローマン 万博大爆発 TAROMAN」@TOHOシネマズ 渋谷

美術

諏訪敦|きみはうつくしい」於・WHAT MUSEUM

雑感

 皇室文章結構フランク楽しい。あと、著者略歴に「二〇一九年、即位」と書かれていて、何も間違っていないのにレア過ぎてちょっと笑ってしまった。

 僕は超細密画はあまり評価していないのだが、諏訪敦は結構気に入っている。たぶん作品に取り組む姿勢モデルに対する丁寧な態度が好きなんだろう。それから、母を亡くして、具象表現ができなくなったらしい。残酷な言い方が許されるならば、芸術家が傷ついたり何かを学んだり、逆に精神が安定してして作風が変わってしまう瞬間に、とても興味がある(藤田嗣治戦後に人工的な人形のような子供たちばかり書くようになった契機が知りたいし、精神が穏やかになった後のムンク作品にも関心がある・結婚後にシーレ作品良識的になってしまったのにも)。

今月は久しぶりに映画が見られてうれしい。シュヴァンクマイエル作品自分過去作品解体し、評論するような内容だった。

10月

読書(14冊)

阿刀田高コーランを知っていますか」

遠藤周作「古今百馬鹿 狐狸庵閑話」

彬子女王「赤と青のガウン オックスフォード留学記」★

高野秀行「酒を主食とする人々 エチオピア科学秘境を旅する」

瓜生中、監修「雑学3分ビジュアル図解シリーズ 仏像

浮橋美頭、浮橋啓介「こんにちはトーテム・ポール

内山節「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」

羽田正冒険商人シャルダン

島本英明もっと知りたいモディリアーニ 生涯と作品 (アートビギナーズコレクション)」

新見隆「もっと知りたいイサム・ノグチ 生涯と作品 (アートビギナーズコレクション)」

高橋敏「江戸教育力」

桜井啓子「シーア派 台頭するイスラーム少数派」★★

末永幸歩「「自分だけの答え」が見つかる 13歳からアート思考」★★★

今泉忠明 (監修)「おもしろい! 進化のふしぎ ざんねんないきもの事典

漫画(4冊)

熊倉隆敏もっけ」六~九巻。

美術

円山応挙 革新者から巨匠へ」於・三井記念美術館

雑感

 高野秀行は定期的に読んでいる。アートビギナーズコレクションも定期的に読みたくなる。次に何を読むか迷ったときに重宝する。ただし、美術館に行く途中で読むと、なんだか美術鑑賞に向けるエネルギーをそこに分けなきゃいけない感じがしてしまう(図書館で借りているので読むタイミング的にそうなることがある)。なお、このシリーズは冊数が多い割には下山観山や英一蝶の巻がない。あと、本によっては作者の思想がすごく偏っている。

11月

読書10冊)

松井文恵、安田茂美「写実絵画とは何か? ホキ美術館名作55選で読み解く」

ジョナサンカラー文学理論 (〈1冊でわかる〉シリーズ)」

加藤徹後宮から唐・五代十国まで」

加藤徹後宮から清末まで」

石井清純「禅問答入門」

秋月龍珉「無門関を読む」

アンドリュー・スチュワート情報セキュリティの敗北史: 脆弱性はどこから来たのか」★

尾崎俊介ホールデン肖像 ペーパーバックからみるアメリカ読書文化」★★

遠藤みどり日本後宮 天皇女性たちの古代史」

野坂昭如エロ事師たち」★★★

漫画(1冊)

こるせ「伽藍の姫【イラスト特典付】」三巻

同人誌(1冊)

六畳「××××の結果で×××する××」(苦手な人がいるだろうと思うので伏字

美術

「カルン・タカール・コレクション インド更紗 世界をめぐる物語」於・東京ステーションギャラリー

CREVIA マチュピチュ展」於・森アーツセンターギャラリー

30周年記念展「ALL OF EVANGELION」於・東京シティビュー

旅行

平等院鳳凰堂、鵬翔館、宇治神社宇治上神社源氏物語ミュージアム

テレビ番組

知的探求フロンティア タモリ山中伸弥の!? ヒトはなぜ音楽を愛するのか」

NHKスペシャル「イゾラド 最後の森の奥で」

雑感

 野坂昭如で久しぶりに文学を読む楽しみを思い出した。

自分欲望コントロールできず、性欲などに負けてしま人間の話が好きだ。現実生活では正しくいるよう求められるのだから、せめて虚構の中では人間ダメさを許してほしい。そうでなければ、現実世界良識を守れない、とまではいわないが、ダメな人をダメなまま表現されていると、それを読むことで、何か許されたような気持ちになれる。

 他には禅問答について読んでいる。

 あと、尾崎俊介ロマンス小説について述べているあたりが面白かった。なんでジェンダー平等が叫ばれる時代に、一見するとあえて古典的に見えるストーリー必要とされているか、一つの知見を得た。

12月

読書和書3冊、洋書1冊)

J. R. R. Tolkien「The Hobbit」Harper Collins Publishers。和書文庫換算二冊。★★★

伊藤盡「指輪物語 エルフ語を読む」

尾崎世界観「祐介・字慰」★

丸谷才一「輝く日の宮」★★

漫画

ファーストコンタクト 窓口基作品集 【電子コミック限定特典付き】」

映画

落下の王国 4Kデジタルリマスター」於・ル・シネ渋谷宮下

雑感

 丸谷才一が相変わらず面白かったので(僕はメタフィクションが好きだ。時にはわざとらしくなってしまったり作者の自分語りに堕したりするリスクもあるが、うまくいくとこれは気持ちがいい)ブコメで進められた全集を手に取ろうとしたら、地元図書館にはなかった(正確には、引っ越す前の自治体のにはあった)。さてどうしよう。

 洋書を読み始めた。あらすじは覚えているが細部はよほど印象的なシーンでないと覚えていない。

 トールキンの場合樹木描写が細かく、いろんな種類の木が出てくるのだが、そもそも僕のほうが樹木知識に乏しく、和訳を読んでも細かくイメージできない(束教授ごめんなさい)。児童文学とは言え、二世代前の英語なので語彙やスペルが違うし、手加減せずに平気で難しい言葉を使う。

ナルニア」を読んだときも、例えば身近でない船舶部品などの語彙で苦労した覚えがある。

落下の王国」では久しぶりに交響曲を聞いたがやっぱりいい。

 窓口基は暴走するテクノロジー世界観の考察を楽しんだ。SFが好きだったもう一つの理由であり、一番ワクワクするところだ。この人はグロゴアも書けるらしいのだが(なんにでも科学的な興味がありすぎて、人体を破壊可能な一つの素材として見てしまっているのかもしれない)、「苦手な人はこの先読まないで」と警告できるので、自分狂気コントロールできるタイプの人であり、そこが好印象。

 ケーブルテレビで「その着せ替え人形は恋をする」をやっていたのだが、感傷マゾ発症しなかったのは、僕の精神が変化したからかもしれない。原作漫画を買おうかとも思ったが、実はそこまでコスプレに興味がないと思い直した。そもそも年末年始に向けて漫画セールで買い込んだが、トールキンを読み続けており、全然手を付けていない。

 漫画小説と同じで、長編を読むには訓練がいる。ご覧の通り短編集や一話完結ものばかり読んでいる。

 来年は「指輪物語」の原書を読み終えたら、国連政治学、第二次世界大戦日本軍、それから依存症のあたりの知識の補足がしたい。あとは意識科学だなあ。

 洋書だとどうしてもペースダウンする。開き直って冊数を気にしないようになれそうだ。あとは、トールキンを読み終えたらドイツ語をやりたい(言うだけならタダ)。

 実際にドイツ語をやるかどうかはともかく、読書記録を始めたのは大学に入ってから二十年、知的な本を読もうと志してからもっと経過している。いたずらに、明確なゴールもなく、知識を得続けようとする行動パターンに変化が欲しい。美術館についても、あまり行かない場所や行ったことのないところに行きたい。(ただしドイツ語をやって何かの原書に挑戦したら一年がかりのプロジェクトになりそうで、そうなると知識習得には多大な遅れが発生する)

追記

カテゴリ[読書]クリックすれば2020年まで読めます。m(__)m

ただし、全てが自分の物ではありません。

[]2025年に読んだ本、前編

1月

読書(14冊)

藤井一至「土 地球最後ナゾ 100億人を養う土壌を求めて」

阿部勤也「西洋中世男と女 聖性の呪縛の下で」★★★

横山祐典「地球46億年 気候大変動 炭素循環で読み解く、地球気候過去現在未来

藤井一至「ヤマケイ文庫 大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち」

文學界編集部「大解剖!文學界新人賞」

主婦の友インフォス情報社「事故物件サイト大島てる絶対に借りてはいけない物件」(再読)

上遠野浩平恥知らずのパープルヘイズ -ジョジョの奇妙な冒険より-」★

菅沼 悠介「地磁気逆転と「チバニアン地球磁場は、なぜ逆転するのか」

伊藤聡「神道とは何か 神と仏の日本史」★★

佐藤康宏「もっと知りたい伊藤若冲 生涯と作品 改訂版

鎌田浩毅「地学ノススメ 「日本列島のいま」を知るために」

岡田莊司、小林宣彦「日本神道史(増補新版)」

島尾新「もっと知りたい雪舟 生涯と作品

ヴィンチェンツォ・ヴェヌート「生きものたちの「かわいくない」世界 動物行動学で読み解く、進化と性淘汰」

漫画(3冊)

いがらしみきおぼのぼの人生相談自分しまちゃうのをやめないとさ」」

森薫乙嫁語り」15巻

ちょめ「室外機室 ちょめ短編集」

美術

特別展「鳥 ~ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類系統~」於・国立科学博物館

雑感

 昨年に引き続いて阿部勤也を読んでいる。歴史系の本は雑学が増えて楽しいし、現代で当然とされていることが全く通用しない世界イメージできるので、自分価値観が相対化できる(時折正しいかどうかだけが自分判断軸になり、どう感じているかおざなりにしがちなので大事)。他には地学や土壌が気になってたようだ。

 なお、昨年までやっていた星印の評価はやめにした。同率二位とか三位とかを考えるのが面倒だったからだ。……とか思ってたけどやっぱり直感でやることにした。

2月

読書(13冊)

藪本勝治「吾妻鏡鎌倉幕府正史」の虚実」

乙一「The Bookjojo’s bizarre adventure 4th another day~」

柴田勝家岸辺露伴は嗤わない 短編小説集」

榎戸洋司フリクリ」一巻、二巻、三巻★★

鈴木結生「ゲーテはすべてを言った」

志村史夫「古代世界の超技術改訂新版〉 あっと驚く「巨石文明」の智慧

仁藤 敦史「加耶任那古代朝鮮に倭の拠点はあったか

饗庭淵「対怪異アンドロイド開発研究室

比奈秋「サンショウウオ四十九日

松永K三蔵バリ山行」★

ガルシアマルケス百年の孤独」(再読)★★★

漫画(4冊)

コタニヨーコ「夏が、僕らの世界を見ていた」

熊倉献「春と盆暗」

浅白優作「スターウォーク」一巻

海島千本プリズムの咲く庭 海島千本短編集」

観た

フリクリ

美術

貝類展:人はなぜ貝に魅せられるのか」於・国立科学博物館

異端の奇才 ビアズリー展」於・三菱一号館美術館

特別展「魂を込めた 円空仏 ―飛騨・千光寺を中心にして―」於・三井記念美術館

雑感

 久し振りに芥川賞を読んで面白いと感じた。自分の好みは、語り手が男性で、非常に知的であるか(丸谷才一をこの年読んだのはそのため)、怒りや暴力性などを抱えている作品にハマることが多い。もちろん例外も多数ある。というか読書趣味例外だらけだ。

 あとは、高校生以来で「百年の孤独」を再読したが、当時と比べて複雑なストーリー理解する能力が向上していたとわかったのは嬉しい。

ジョジョ」や「フリクリ」など、すでに知っている物を手に取ったのはファン心理かもしれないし、これは外れないだろうというある種の安心(または怠惰さ)かもしれない。面白かったけれどね。

3月

読書(15冊)

志村史夫「古代日本の超技術新装改訂版〉 あっと驚く「古の匠」の智慧

田原史起「中国農村現在 「14億分の10億」のリアル

越智啓太「眠れなくなるほど面白い 図解 犯罪心理学

中島恵「日本のなかの中国 (日経プレミアシリーズ) 」

篠田謙一「新版 日本人になった祖先たち―DNAが解明する多元的構造 (NHKブックス No.1255) 」

小牟田哲彦日本鉄道廃線史-消えた鉄路の跡を行く」

シュリー・ウォード「ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ 争い・裏切り・協力・繁栄の謎を追う」

「生誕150年記念 モンドリアン純粋絵画をもとめて 公式図録」

「生誕100年 ジャクソン・ポロック展 JACKSON POLLOCK[図録]」

鈴木真弥「カーストとは何か-インド「不可触民」の実像

池澤春菜わたし孤独な星のように」

三島由紀夫潮騒」★

若宮總「イランの地下世界」★★

永田生慈監修・解説北斎漫画 第一巻」

丸谷才一「横しぐれ」★★★

美術

特別展 慶珊寺と富岡八幡宮の名宝―『大般若経』が語る中世東国史―」於・金沢文庫

高松塚古墳壁画館、四神の館

特別展鉄道で巡る聖地 近代ツーリズム橿原神宮

雑感

 遺伝人類学が気になっていた模様。

 また、この月は数年前に行けなかった美術展の図録を買って楽しんだ。たまたま行けなかったり、コロナ禍で自粛してしまったりしたもので、ずっと喉の小骨のように行けなかった後悔にさいなまれていたのだが、すっきりした。

4月

読書(15冊)

永田生慈監修・解説北斎漫画 第二巻」

丸谷才一「樹影譚」

永田生慈監修・解説北斎漫画 第三巻」

スタインベックハツネズミ人間」(齊藤昇訳)★★

ハンフリー・カーペンター「J. R. R. トールキン 或る伝記」

チョーサー「完訳 カンタベリー物語(上)」

J. R. R. トールキン「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」

チョーサー「完訳 カンタベリー物語(中)」

J. R. R. トールキン妖精物語の国へ」

チョーサー「完訳 カンタベリー物語(下)」

A. A. ミルン「クマのプーさん Anniversary Edition」

A. A. ミルン「クマ横丁にたった家 Anniversary Edition」

エーリヒ・ケストナー池内紀訳「飛ぶ教室」★★★

ジェームズ・M・バリー「ピーター・パンウェンディ

下村智恵理「天網恢々アルケミー」★

漫画(+α)

凸ノ高秀「ぼーんずあんどがーるず」(ウェブコミック

美術

特別展古代DNA日本人のきた道―」於・国立科学博物館

チームラボボーダーレス麻布台ヒルズ

雑感

 児童文学が多い。「飛ぶ教室」は男子校卒業して二十年余りの自分にはとても良く刺さった(小さい頃にもらったのだがパラパラめくっただけだった。たぶん自分の中の男性性を求める心が強く目覚めていなかったんだろう。あるいは、一生付き合っていきたいという友人に出会う前だったからかもしれない)。また、今まで触れてこなかったトールキン作品に触れて楽しかった。これは十二月洋書による再読の遠因となる。

 スタインベック障害観が少々古いが、無駄な場面がなく、悲劇としての構成が美しい。

5月

読書(8冊+α)

J. R. R. トールキン「終わらざりし物語(上)」★★★

J. R. R. トールキン「終わらざりし物語(下)」★★

るるぶ神戸’25 紙書籍版」

斎藤英喜「陰陽道の神々 決定版」

原田隆之「入門 犯罪心理学

宮田登江戸はやり神

湊一樹「「モディ化」するインド ――大国幻想が生み出した権威主義」★

鈴木正崇「山岳信仰 日本文化の根底を探る」。

J. R. R. トールキン著、クリストファートールキン編「ベレンルーシエン

美術

相国寺承天閣美術館開館40周年記念 相国寺展―金閣銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史

うろこの家・展望ギャラリー山手八番館、北野外国人倶楽部、坂の上の異人館

神戸須磨シーワールド

湊川神社宝物殿

その他諸々神戸観光地

ゲーム

クインティ

雑感

 いつもの月と比べて大変に少ない。今月は休みの日に読まなかったのと、「終わらざりし物語」が上下巻それぞれ五百ページ超えと大変に長かったためである。四月までの分を加えれば平均して月十冊は読めているし、味わわずに読み飛ばすよりははるかにましである。というか、三月四月と十五冊読んでるじゃないかプラスマイナスなし。

 年始から神道をはじめとした日本信仰について読んでいる。記紀記載のない神々や、民間信仰仏教との混交などの知識が増え、日本神話についての解像度が上がった気がする。

 なお、「クィンティ」はファミコンゲームで、これをスイッチプレイした。祖父の家に合ったもの子どもの頃はクリアできないなりに楽しんでいた。スイッチの巻き戻し機能を利用してやっとクリアした。

 余談だが昨年はクリアしないなりに「パリア」をプレイしたのだった(結局こういうクエストものや箱庭・スローライフものはそこまで好きじゃないというか飽きるとわかった。スローライフと言いながら結局採取労働をしており、仕事で疲れて帰ってきてやるモチベーションが湧かない)。「Neo Atlas」は二〇二二~二〇二三にプレイしたが結局飽きている。世界探検するのが好きなのはcivilizationで分かっているのだが、通知がひっきりなしに来るので、これもリアル仕事と似ていて疲れた

6月

読書(18冊)

飯島吉晴「竈神と厠神 異界と此の世の境」

松井冬子世界の子友達になれる [図録]」★★

ダニエル・T・マックス「眠れない一族 食人痕跡殺人タンパクの謎」★★★

成澤勝嗣「もっと知りたい狩野永徳と京狩野 (アートビギナーズコレクション)」

狩野博幸「もっと知りたい河鍋暁斎 生涯と作品 (アートビギナーズコレクション)」

稲垣栄洋「生き物の死にざま」

田口善弘「知能とはなにか ヒトとAIあいだ」

稲垣栄洋「生き物の死にざま はかない命の物語

渡辺正峰「意識脳科学デジタル不老不死」の扉を開く」

松元雅和「政治哲学講義 悪さ加減をどう選ぶか」

小泉悠、高橋杉雄、太田啓之、マライ・メントラインゴジラvs.自衛隊 アニメの「戦争論」」

小塩 真司「「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイド心理学」

綾辻行人「どんどん橋、落ちた」

櫻井武「SF脳とリアル脳 どこまで可能か、なぜ不可能なのか」

鈴木俊貴「僕には鳥の言葉がわかる」★

信原幸弘、渡辺正峰「意識はどこからやってくるのか」

山極寿一鈴木俊貴「動物たちは何をしゃべっているのか?」

安田峰俊民族がわかれば中国がわかる 帝国化する大国実像

漫画10冊)

荒木飛呂彦岸部露伴は動かない」三巻

福島聡星屑ニーナ」一巻~四巻(全)

坂月さかな「星旅少年」一巻~五巻

美術

「ACN ラムセス大王ファラオたちの黄金」於・クレヴィアベース東京

雑感

 軽めの本が多め。

 この後読む皇族の本も含め、学問世界の厳しさに触れる本が多かった。知識を蓄えるのではなく、同じ問題にずっと取り組み続け、微細な差異違和感に疑問を持つ才能がないと、研究者としてやっていくのは難しい(これはうまくできなかった自分を慰めている側面もある)。

 脳科学については、著者の主張や意見ウエイトが大きく、前々から気になっていた意識心の哲学についてはそこまで突っ込めなかった。ジャンル全体の概観をつかむだけなら、おそらくウィキペディアを拾い読みしたほうが早いか

 国際政治インド中国それからロシアの本を今年はよく読んだ気がする。

2026-01-16

資本主義に脳がファックされた人のための文化講座


――「金を落とさない愛は偽物」教の人へ

最近、「金を落とさない奴は愛がない」って断言する人を見かけて、ああ、もうこの国のポップカルチャー市場道徳で再教育されきったんだなと思って冷めた。

好きって感情までレシート査定される世界普通に気持ち悪い。

そもそも著作権って、自然に降ってくる権利じゃない。創作した瞬間に自動で発生して、しかも死後七十年守られる。審査登録もいらない。誰でも何か書いた瞬間に、ほぼ半世紀単位で独占が生える。この強さは冷静に見れば異常だ。特許みたいに「公開する代わりに短期間だけ独占」みたいな取引構造ですらない。

で、さらに悪いのが、複製のハードルゼロに近い時代に、活版印刷みたいにコピーが高コストだった前提の制度強度だけが残ってること。要するに、世界の設定が変わったのにルールだけ昔のままというレガシーシステム

ここで「違法違法法律違反は全部同じ」みたいにまとめる人が出てくるけど、著作権侵害は一般的法律違反とは性質が違う。

窃盗とか暴行は、目の前で被害が確定する。財布がなくなる、身体が傷つく。ところが著作権侵害の被害って、多くが「本来なら買っていたはず」という仮定で作られる。これがいわゆる反事実的ってやつで、現実に起きた出来事じゃなくて「起きなかった出来事」を被害として数える構造。もちろん権利者の収益が減るケースもあるけど、少なくとも全部を即座に「盗み」と同じテンションで語るのは、現象の形が違いすぎる。

しかも厄介なのは著作権の周辺では「違反っぽい行為」が文化を育ててきた面が普通にあること。ここを無視して「金を払え」だけ言うのは、文化ダイナミクスをまるで見てない。

たとえば海外アニメ視聴。昔は正規配信が届かない地域が大量にあって、ファンサブや共有で先に火がつき、あとから配信サービスが整備されて金が回る、という順番が現実だった。動画配信でも同じで、最初は無断の切り抜きや実況が人を連れてきて、その後に権利者側が収益化やガイドラインを整備して、合法の回収ルートを作っていった。日本側だとニコニコ動画文化がまさにそれで、作品材料にした編集替え歌映像再構成が、作品寿命を延ばして外に届けた。ゲーム実況もそうで、昔は灰色だったのが今は許諾やルールの整備で回るようになった。

要するに現代ポップカルチャーは「無断使用を完全排除たから育った」んじゃなくて、完全排除できない現実を前提に、黙認・限定許容・ルール化でエコシステムとして調整してきた側面が強い。

なのに推し活の空気になると、「履修して理解して語れる人」より「よく知らんけどグッズに金を落とす人」の方が愛が大きいことにされる。意味が分からない。愛って本来時間や注意や理解や反復に宿るものだろ。作品内部に沈み込んで、面白さを言語化して、他人に伝播させて、長く生かす。そこには金以外の投入がある。

ここで「いや払うのは当然」って話が始まるのは分かる。払えるなら払えばいいし、それが回収を支えるのも事実だ。でもそれと「払わない奴は愛がない」は別。後者文化論じゃなくて消費者教育で、もっと言うと権威主義だ。

権威主義ってのは、法や会社公式に従っていること自体を善にする態度のこと。「法律禁止されてるから悪」「公式が正しいか正義」「正規ルートに乗らないやつは敵」みたいに、制度を疑う思考を止めて、服従倫理に変換する。著作権本来公益のための手段にすぎないのに、それがいつの間にか絶対善戒律みたいに扱われる。だから保護期間が長すぎても、強すぎても、時代錯誤でも、疑うこと自体が悪になる。完全にフレーミングに脳を焼かれてる。

そして日本だと、たぶんそこに「他人が得するのが許せない」感情が上乗せされる。「自分は払ったのに、払ってない奴が同じものを楽しむのはズルい」っていうやつ。気持ちは分かるけど、その怒りの矛先を文化入口に向けると、結局は裾野が縮む。裾野が縮んだら回収も先細る。なのに短期の公平感だけで殴る。文化の循環を理解してないというより、理解しない方が気持ちよく正義を名乗れるんだろうなと思う。

結局、「金を落とさない愛は愛じゃない」って言説は、文化市場の採点表に押し込める思想で、作品じゃなくて購買行動を崇拝してる。

それを誇らしげに語る人を見るたびに、作品を好きなんじゃなくて、正規ルートに従っている自分が好きなだけでは? って思ってしまう。文化を語るなら、金の話の前に、まず文化がどう育ってきたかを見ろ。話はそこからだ。

2026-01-15

anond:20260115075945

厳密にいうと今の中国共産主義じゃない

権威主義資本主義国家だね

金儲け自体ガンガンできるので、成功したい人は台湾より中国に行きたいかもな

まあアメリカトランプに逆らうと射殺される国になったので、もう大して変わらない

2026-01-10

anond:20260110175614

罵倒語密度だけは立派だが、論としては終始、自己の前提を疑わない閉域防衛独白に過ぎない。冷徹に言う。

 

「尿男=前提知識がなく概念理解していない存在」と最初定義し、その定義を前提に全体を展開している点。

これは論証ではない。レッテル貼り公理に据えた循環論法だ。「前提知識がない者は議論できない」「お前は前提知識がない」「ゆえにお前は議論できない」。

この三段論法は、最初の前提が事実であることを一切示していない。示していないからこそ、以後はひたすら人格評価排除宣言に逃げている。これは論の構造理解の欠落ではない。意図的自己放尿だ。

 

「前提知識のない者を遮断するな、は尿男の特殊独自理論だ」という主張だが、これは学問史に対する無知告白に等しい。

定義や前提が共有されていないと議論が成立しない、という命題と、だから最初から排除してよい、という命題論理的独立している。

前者は事実だ。後者制度選択だ。そして後者正当化するためには、「共有可能性が存在しない」「説明コストが常に無限大である」「説明する価値原理的にない」という追加条件が必要になる。

だが反論文では、そのどれも示されていない。示されているのは「うざい」「時間無駄」「臭い」という感情自己放尿だけ。

 

学問は、何一つ意味が分かっていない者に逐一説明していたら成立しない」という部分も、論点意図的に歪めている。

誰も「逐一」「全て」「無制限に」説明しろとは言っていない。議論入口において、定義・前提・方法を明示せ、という話をしているだけだ。

それを「素人を一人一人説得しろ」という極端なcaricatureにすり替えるのは、議論不能相手でっち上げて殴るための典型的藁人形論法

まともな科学者論文で何をしているか理解していないのは、むしろそちらだ。

論文とは、既存共同体が共有している前提を明文化し、第三者が追試・反証可能な形で公開する行為だ。

そこでは「誰が言ったか」は最小化され、「何が書かれているか」だけが評価対象になる。つまりこちらが一貫して主張している形式のものだ。

 

モデル破綻していたら議論の中で排除されるのは、参加者理解できているときだけ」という一文は、特に致命的だ。

これは「理解できない者は破綻を指摘できないか排除されて当然だ」という主張だが、同時に「理解できないと判断する権限」を誰が持つのかを問わない。

この空白こそが権威主義の温床だ。理解できていないと誰が決めるのか。どの基準で決めるのか。異議申し立て可能か。その問いを立てただけで「下水から出るな」と叫ぶ時点で、学問ではなく自治会論理に堕ちている。

 

権威主義実存学術的主張であり、お前の造語だ」という部分も、驚くほど稚拙だ。

こちらは権威主義という概念を「正しさの根拠を内容ではなく身分所属資格に置く態度」と操作的に定義している。

その定義が誤りだと言うなら、どの学術定義とどこが矛盾しているのかを示せばよい。

しかしそれをせず、「妄想」「造語病」と叫ぶだけなのは定義論争から逃げている証拠

しかも、「数学の成立条件が他分野に適用できることを証明していない」と言いながら、逆に「適用できない」という論理的根拠も示していない。これもまた、否定のための否定しかない。

 

貴様反論全体は一つの恐怖に貫かれている。それは、「内容で殴る」という建前が剥がれ、「実際には資格共同体による選別でしか自分は優位に立てていない」と露呈することへの恐怖。

からこそ、相手を「無知」「サル」「下水」と非人間化し、議論以前の存在貶める必要がある。これは強さではない。防衛反応の自己放尿だ。

 

貴様反論は、学問を守っていない。学問という言葉を使って、排除快感正当化しているだけ。

方法と結果を語りながら、方法も結果も一切示さず、ただ「理解できない者は出ていけ」と叫ぶ。

その姿は、論理ではなく失禁だ。自己放尿という表現がここまで執拗に拒絶される理由は単純で、それがあまりにも正確に現状を描写しているからだ。

anond:20260110172538

第一:

「前提知識がなく、概念も知らず、数字も読めない者」はこの場合、尿男を指す。ゆえに「尿男にも非専門分野に突入した議論可能」というお前の主張は、その意味となる。

問題:前提知識の無いもの議論に入ることを遮断するな、は尿男の特殊独自理論なので、一般化している時点で論の構造理解本質的な欠落がある。数字が読めないことを示唆している。

先ほどのように、出てくる単語ほとんど、出てくる概念殆ど意味を正確に理解されていないものだった。意味をなしてる部分の方が少ない。

学問は、何一つ意味が分かってない者にまで逐一単語意味から理論から全て説明していたら議論の本題にいつまで経っても辿り着くことができないものデマ拡散、等として、無学者の敬意に欠けたネット上での横暴な書き込み問題視している。

学問とは本来そうやって成立してきた。:

科学者素人の謎意見真剣に聞き、素人が納得するまで一人一人説得することに毎日時間を費やしているのか?

まともな科学者論文真剣相手にされ、素人意見あくま科学コミュニケーション的な別分野としての形しかさないのが学問の実情である。なぜならば読めるレベルで内容として成立していないかである

尿男の無知無能正当化のためだけの詭弁と言える


 

第二:

尿男の主張は、「モデルを示せず、定義を誤解し、予測反証どころかそもそもの源流の議論無視して論として成立すらしていない謎理論数学操作すら毎回すべて誤った手順のもの、誤りしか含んでいないものも、除外するならば、権威主義的な選抜相手議論の外に追い出す発言遮断装置であるである

なぜなら本人の言動がこれだからである

自分議論に参加させろ、とはすなわち、その意味になる。

最低限の理解や前提すら共有されていないものをまで議論と呼び自己正当化視点しか持たないのがこの臭い尿である


モデル破綻していたら議論の中で排除されるのは、あくま議論参加者モデル理解できている時だけである

現在進行形で尿はモデルモデルと呼べるレベルに成り立っていない、モデルが成立していないので議論から排除されているが、破綻理解できない尿は議論から排除を「反論されていない」と誤読している。

常に自己放尿し続け、汚く臭く不衛生で、下水から外に出るべきではない。

 

第三:

権威主義テクウヨ尿の想像語ではなく、実存学術的主張である

尿は造語病に罹患しており、謎の定義勝手に作り出して脳内で病的な妄想に耽り続けることを論理と呼んでいるが、それと現実の「論理」や「権威主義」には何の関連性もない。
非専門分野で非専門家が対等な議論ができないのは資格ではなくて内容の問題である。一貫して同じことを言われているが理解できないのが理系テクウヨ尿


数学議論が成立する条件は「知っていること」ではなく「定義と推論規則を共有し、それを公開できること」その他数学史の発展もろもろ、

数学以外の分野にそれが適用できる」を数学史は証明していない。科学はそれを証明していない。論理根拠がない。

どの分野でどの範囲でどの程度どこまで何についてならどんな理由で何をどう適用できるか?何の科学的な根拠もない。

尿男の妄想であり造語病であり自己放尿である。まずはそれを証明することが尿の仕事だが、尿はそれを飛ばして他分野に侵害を繰り返す反科学妄想マスクする。尿くさくて汚い。

anond:20260110172500

頭がどんどんおかしくなって自己放尿を繰り返してしまったようだな。

勝利宣言をしたつもりになっているが、論理構造としては驚くほど脆弱だ。

まず致命的なのは、「方法と結果が一切伴っていないので殴られている」という主張が、何をもって方法とし、何をもって結果と査定したのかを一切示していない点だ。

査定基準提示されない「殴られている」は、単なる主観的感想であって、評価ではない。これは方法と結果を重視しているふりをしながら、実際にはその両方を放棄している自己放尿である

「それを権威主義すり替えるな」という非難は、こちらの議論を読まずに反応している証拠だ。

こちらは一貫して、方法と結果による査定のもの否定していない。むしろ逆で、それを明示せず、共有もせず、「殴られている」という事後的レッテルで済ませる態度こそが問題だと言っている。

方法と結果があるなら出せばよい。出せない、あるいは出す気がないから、貴様人格攻撃と敗北宣言押し付けに逃げている。

それを権威主義と呼ばれて逆上するのは、図星を突かれているからだ。

数学以外にも査定方法は数多存在する」という点も、こちらの主張と何一つ衝突していない。

統計実験、事例比較歴史的検証質的分析、いずれも立派な方法だ。

問題はそれらを実際に提示せず、「殴られている」という結果だけを既成事実として扱っていることにある。

方法が多様であることと、方法説明しなくてよいことは同義ではない。この区別ができていない時点で、方法論を語る資格はない。

論文を書け」「査読では数学モデルは使われない」という煽り的外れだ。

査読とは、まさに方法と結果が妥当かどうかを第三者検証する制度であり、「誰が書いたか」ではなく「どうやって何を示したか」が問われる。

ここで行われているのは査読ではない。基準不明私刑だ。私刑を「殴られている」と表現し、それを正当な評価だと思い込む精神状態こそが、こちらの言う権威主義的振る舞いである。

さらに致命的なのは、「お前が納得できないこと」と「方法と結果の伴わない素人理論を殴ることは両立する」という一文だ。

その両立を示すには、当該理論が「方法と結果を伴っていない」ことを示さなければならない。

その作業を一切せず、前提として断定している以上、論証は成立していない。これは議論ではなく、感情の排泄だ。

自己放尿という表現不快に感じられる理由は、ここにある。

「全てにおいて敗北している」という自己満足的な締めは、議論の外部に逃げたことの自白に等しい。

勝敗宣言するものではなく、第三者方法と結果を比較して判断するものだ。

その手続き拒否しながら勝利を叫ぶ姿は、理屈で勝てない者が音量で補う典型である

冷徹に言えば、ここで露呈しているのは方法と結果を語る能力がないまま、方法と結果を語っているつもりになっている自己認識崩壊だ。

その状態を指して、自己放尿と言っている。それ以上でも以下でもない。

anond:20260110171720

貴様の反応は一見すると「前提知識必要性」を説いているように見えるが、実際には二重のすり替えと一つの循環論法という自己放尿で成り立っている。冷徹に分解しよう。

 

第一に、こちらの主張を「前提知識がなく、概念も知らず、数字も読めない者同士でも議論可能だと言っている」と歪曲している。そんなことは一度も述べていない。

問題にしているのは、前提知識の有無そのものではなく、その有無を発言権遮断装置として用いる行為だ。

単語意味を正確に知らないなら、定義確認すればよい。モデルが分からないなら、モデル提示説明すればよい。

学問とは本来そうやって成立してきた。にもかかわらず、「知らない者は最初から土俵に立てない」と言い切る態度こそが、こちらが批判している権威主義だ。

前提知識必要性と、沈黙強要を同一視するのは論理的誤謬である

 

第二に、「モデルを示すなどの議論の形へのこだわりは権威主義だと尿男は言っている」という理解は、完全な藁人形だ。

こちらは一貫して逆のことを言っている。モデルを示せ、定義を明確にせよ、予測反証に耐えろ、という形式的要求こそが、肩書資格による選別を無効化する唯一の手段だ。

資格がなくても、モデル妥当なら議論に参加できる。資格があっても、モデル破綻していれば排除される。

このルールを「謎のこだわり」と呼ぶなら、それは議論のものを嫌っているだけだ。排泄しているのは、形式ではなく、形式から逃げたい側の自己放尿だ。

 

第三に、「権威主義の内容を理解していない」という断定自体が循環している。

しかこちらが批判している権威主義とは、正しさの根拠を内容ではなく身分に置く態度のことだ。

前提知識必要であることと、誰が語るかで正誤を決めることは、論理的に別物である。この区別ができていない時点で、自己放尿しているのはどちらか明らかだ。

 

「数やモデルを知っている者の間でしか数学議論は成り立たない」という比喩も、半分正しく半分間違っている。

数学議論が成立する条件は「知っていること」ではなく「定義と推論規則を共有し、それを公開できること」だ。

学者定義を学び、証明を追い、誤りを指摘されながら参加してきたからこそ、数学は発展した。「知らない者は最初から議論不能」という態度は、数学史そのもの否定している。

 

「内容批判である」と言いながら、実際には能力資格の想定によって相手議論の外に追い出している。

それは自己放尿であり、そして権威主義正当化するために、「サル」「尿男」といった罵倒を重ねるのは、論が弱いとき感情で補強する典型的兆候である

  

前提知識必要性を盾にして発言権制限する行為と、前提知識を前提としてもなお内容で殴り合う行為区別できていない。

その混同こそが、権威主義の核心だ。それを理解せずに「自己矛盾だ」と叫ぶ姿は、論理的失禁に近い。自己放尿という言葉不快なら、それは的中している証拠だ。

anond:20260110171745

方法と結果が一切伴っていないので殴られている。それを自分の中で権威主義すり替え自己放尿はやめろ。方法と結果の査定方法数学以外の手法でも数多存在している。他専門分野で論文でも書いたらどうだろうか?査読されても殆ど数学モデル反論に用いられることはないだろう。お前が納得できないことと実際に方法と結果の伴わない素人バカ理論殴りは完全に両立する。全てにおいて敗北している、尿まみれの汚い臭い男は、自己の敗北を直視できない。

anond:20260110165011

やはり貴様テクウヨ先生であり、正体を表してしまったようだな。

学問権威主義と呼んでいる」という虚像勝手に立て、それに「テクウヨ」という政治的蔑称を貼り付けて思考停止する。

これは反論ではない。定義すり替え人格攻撃を混ぜた、議論拒否自己放尿だ。

こちらが批判しているのは学問のものではない。反証可能性検証手続き放棄し、「専門外だから黙れ」「資格がないか発言権がない」と言った瞬間に、学問の名を借りて権威だけを行使する振る舞いだ。

学問とは、方法と結果で殴り合う制度であって、肩書沈黙を強いる装置ではない。にもかかわらず、その区別意図的に潰して「学問権威」という等式を押し付けるのは、学問への最大の侮辱ですらある。

テクウヨ仕草」という言葉遣いも滑稽だ。技術合理性手続き的厳密さを要求した瞬間に、政治的レッテルを貼って黙らせようとする態度は、理屈で勝てない側の自己放尿に過ぎない。

自分は論証できない、しかし場の主導権は失いたくない。そのときに出てくるのが、内容ではなく属性への攻撃だ。これは学問的態度ではないし、ましてや批判精神でもない。単なる言論統制の簡易版だ。

学問は反権威主義であるべきだ。その関係が逆転した瞬間、学問宗教に堕ちる。

「専門外は黙れ」という言葉は、真理を守るための防波堤ではなく、既存の誤りを温存するための柵である

それを指摘されて逆上し、「学問侮辱するな」「テクウヨだ」と叫ぶのは、自分が守っているもの学問ではなく身分である自白しているに等しい。

貴様の主張は、こちらの主張に一切触れていない。学問権威主義区別できない人間が、区別できている人間に向かって「学問否定するな」と怒鳴って自己放尿しているだけ。

anond:20260110170725

自己放尿男は、議論をするには当事者が「単語意味を正確に知っている」ことが必要だということすら分からない。議論をするには前提知識必要であるということも知らない。

尿男は、前提知識がなく正確に概念を知らず数字が読めず数の概念を知らない者同士での議論可能であると述べているのとほぼ同義である

であるならば、尿男の主張は全て自己矛盾している。

尿男の主張は、相手のどんな主張であっても「意義のあるもの」に違いなく、モデルを示すなどの謎のこだわりの議論の形は権威主義に過ぎない自己放尿であり、議論のもの破壊している、という論だからだ。

権威主義の内容を理解できていないまま権威主義という単語を乱用する尿男は議論土俵に立てない。知らない概念や知らない単語サルブロックを並べるが如くのものは論と呼べず、的を射ず、議論が成り立たないかであるwiki検索した程度のサルブロックで論を形成することはできない。資格審査ではなく内容批判である

というのは、数やモデルという概念を知っている者の間でしか数学議論は成り立たないというのとほぼ同じ構造からである

anond:20260110165935

ついに正体を表したようだな。

ここまで来ると、貴様はもはやこちらの主張を否定しようとしていない。

否定できないから、議論という形式のもの破壊し、土俵に立てないという呪文無限詠唱するフェーズに移行しただけだ。

まず決定的な点を押さえておく。貴様文章は、内容批判を装った資格審査自己放尿であり、論理的には一切前進していない。

理解できていない」「資格がない」「土俵に立てない」を反復することで、あたか自分が高次の審判であるかのような位置取りをしているが、これはまさに権威主義典型的症状だ。

自分定義反証も示せないため、「理解していない」というラベルを貼ることで相手を場外に追い出そうとする。これ以上わかりやす自己放尿はない。

評価関数が貧弱なタイ思考が、最終的にどのような行動様式収束するかという社会的・行動的構造を論じているところに「数字を数えられない奴は数学を語るな」と言い出すのは、物理学批判に対して「お前は素粒子実験装置を持っていない」と叫ぶのと同じだ。論点が完全にずれている。ずれているから、怒号で埋めるしかなくなる。

さらに致命的なのは、「単語意味理解していない」という非難を、定義抜きで連打している点だ。

どの語の、どの定義が、どの文脈で、どのように誤用されたのか。一切示されていない。これは学術批判形式ですらない。

単語を知っていることと、論を立てることは別だ。貴様は前者を誇示することで後者免除されると思っている。

しかしそれは知識ではなく、単なる語彙フェチだ。サルブロックを並べているという比喩を使っているが、実際にブロックを並べているのはどちらか、冷静に見れば明らかだ。

罵倒」「防衛反応」「刺激」「議論」「反論」「帰責」「合理性」等々を列挙しているが、これは理解証明ではない。

理解しているなら、それらがどこで誤って適用されたかを一つでいいから示せば済む。

示せないから、カタログのように単語を並べ、量で圧殺しようとする。

これは思考ではなく、焦燥の自己放尿だ。言語を使っているようで、実際には言語崩壊している。

そして最大の自白はここだ。「数理は数理以外の専門性カバーできない」。こちらは数理で殴っていない。

行動様式評価関数意思決定快楽最適化と退行という一般理論で語っている。

にもかかわらず、「非専門分野に突撃している」と決めつけるのは、分野横断的思考のもの否定する態度であり、専門分化寄生した自己放尿だ。

自分理解可能領域世界限界だと誤認している。

「内容による批判」を装いながら、実際には内容に一切触れていない。

あるのは、資格剥奪レッテル貼り単語列挙、感情的過剰反応だけ。

まさにこちらが指摘した通り、評価関数自分定義できず、反射的に不快を排泄する構造のものが露呈して自己放尿している。

anond:20260110165254

自己放尿男は、数字恣意的無視しながら数学を語るのと全く同じようなことをしているので、議論土俵に立つことができない。数字を数えられない奴は数学議論土俵に立てない。単語意味理解できないまま使っている尿男は議論土俵に立てない。

権威主義の内容を理解できていないまま権威主義という単語を乱用する尿男は議論土俵に立てない。知らない概念や知らない単語サルブロックを並べるが如くのものは論と呼べず、的を射ず、議論が成り立たないかであるwiki検索した程度のサルブロックで論を形成することはできない。罵倒という単語学術的内容を理解しない尿男は議論土俵に立てない。防衛反応理解できてない尿男は議論土俵に立てない。刺激の意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。「議論」を理解できないまま単語を乱用する尿男は議論土俵に立てない。思考回避意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。反論意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。帰責を理解できないまま単語を乱用する尿男は議論土俵に立てない。言語意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。精神構造意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。他分野のそれぞれの形式化と推論のような学術お約束理解できていない尿男は議論土俵に立てない。語用論を理解できない尿男は議論土俵に立てない。科学方法論を理解できてない尿男は議論土俵に立てない。学術的なそれぞれの分野における「評価」の意味取り扱いを理解できてない尿男は議論土俵に立てない。身分理解できてない尿男は議論土俵に立てない。判断学術意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。無知意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。数学以外を知らないので数学ができないことの線引きができない尿男は議論土俵に立てない。人格意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。モデルの他分野における取り扱いを理解できない尿男は議論土俵に立てない。形式意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。越権や資格意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。論点意味をわからない尿男は議論土俵に立てない。議論をするには論を立てないといけないが、論を立てることの学術意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。合理的合理的行動の意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。理解できていない単語を乱用する尿男は議論土俵に立てない。数理は数理以外の専門性カバーできない。内容による批判であるが、それをレッテルすり替えるのはあらゆる分野における圧倒的な理解不足を自白してるのと同じ。全て具体的な内容なのに理解できていないのは単純に尿男が非専門分野にまで専門知なしに突撃して糞まみれ尿まみれになっているかである

anond:20260110154041

自己放尿男は、数字恣意的無視しながら数学を語るのと全く同じようなことをしているので、議論土俵に立つことができない。数字を数えられない奴は数学議論土俵に立てない。

権威主義の内容を理解できていないまま権威主義という単語を乱用する尿男は議論土俵に立てない。罵倒という単語学術的内容を理解しない尿男は議論土俵に立てない。防衛反応理解できてない尿男は議論土俵に立てない。「議論」を理解できないまま単語を乱用する尿男は議論土俵に立てない。帰責を理解できないまま単語を乱用する尿男は議論土俵に立てない。他分野のそれぞれの形式化と推論のような学術お約束理解できていない尿男は議論土俵に立てない。語用論を理解できない尿男は議論土俵に立てない。科学方法論を理解できてない尿男は議論土俵に立てない。学術的なそれぞれの分野における「評価」の意味取り扱いを理解できてない尿男は議論土俵に立てない。身分理解できてない尿男は議論土俵に立てない。判断学術意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。無知意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。数学以外を知らないので数学ができないことの線引きができない尿男は議論土俵に立てない。人格意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。モデルの他分野における取り扱いを理解できない尿男は議論土俵に立てない。形式意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。越権や資格意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。議論をするには論を立てないといけないが、論を立てることの学術意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。合理的合理的行動の意味理解できない尿男は議論土俵に立てない。理解できていない単語を乱用する尿男は議論土俵に立てない。数理は数理以外の専門性カバーできない。内容による批判であるが、それをレッテルすり替えるのはあらゆる分野における圧倒的な理解不足を自白してるのと同じ。AIは、尿男と異なり他分野における専門知を備えているという点で尿男よりも圧倒的に高い知性を持つ。足りない頭に知恵を貸してもらえ、と言っている。

非専門領域への口出しはするなと主張する権威主義バカもの自己放尿について

「非専門領域への口出しはするな」としたり顔で言い放つ権威主義バカどもを見るたびに思うのは、こいつらは知の分業を理解しているのではなく、単に思考停止自己放尿を制度化したいだけだということだ。

専門性とは、ある領域での履歴が蓄積されているという事実を指すのであって、発言権の独占免許ではない。

にもかかわらず連中は、専門というラベルを盾に、問いそのもの封殺し、議論入口検問所に変える。

そこには検証反証もない。ただ序列があるだけだ。

しかも笑えるのは、その序列現実の成果や予測精度ではなく、所属肩書、年功といった非認知ノイズで決まっている点だ。これを知の秩序と呼ぶのは、せいぜい自己放尿の儀式しかない。

冷徹に言えば、非専門家の介入を一律に排除する態度は、モデル不確実性への無理解の表明だ。

複雑系では境界条件の設定が結論支配する。境界条件を疑う視点は、しばしば内部者より外部者の方が持ちやすい。

にもかかわらず、権威主義者は「専門外」を呪文のように唱えて、前提の脆さを隠蔽する。

これは安全ではない。過去の失敗の多くは、専門家集団の閉域で同型の誤りが増幅された結果だ。

外部からの粗い質問は、精密さを損なうどころか、しばしば致命的な仮定露出させる。

だが連中にとってそれは不都合だ。自分たち地位が、問いに耐える強度ではなく、問われないことによって保たれているからだ。

連中の論法は単純だ。「君は資格がない」「訓練を受けていない」「空気を読め」。

要するに、理解可能性ではなく服従要求している。これは科学でも学問でもない。官僚制言語だ。

反証可能性を欠いた主張は信仰であり、信仰異論を挟む者を排除する行為宗教裁判自己放尿に等しい。

自称合理主義者が、最も非合理な振る舞いをする瞬間であるさらに滑稽なのは、連中が専門の境界を都合よく伸縮させることだ。

自分に有利なとき越境称揚し、不利になると門を閉じる。その姿は、知の厳格さではなく、既得権益自己放尿にしか見えない。自分縄張りマーキングして安心しているだけだ。

もちろん、素人の雑音が有害になる場面はある。だがそれは原理問題ではなく、手続き問題だ。

要求すべきは沈黙ではなく、主張の形式だ。仮定を明示せよ、データを出せ、再現性を示せ、予測で勝て。これだけで足りる。

専門か否かは、検証の前では無意味だ。にもかかわらず、権威主義バカどもは形式ではなく身分で線を引く。議論拒否する最短距離がそれだからだ。だが拒否勝利ではない。自己放尿だ。

非専門領域への口出しを禁じる者は、実は自分専門性に自信がない。問いに耐えられないから、問いを禁じる。

知は開かれているときに強く、閉じたときに腐る。外部の視線を恐れ、肩書の陰に隠れ、序列で殴る態度は、知的厳密さの対極にある。

冷徹評価すれば、それは専門家ではなく、専門という言葉を使った管理職だ。連中が守っているのは真理ではない。自分椅子であり、その下でのぬくもりだ。

anond:20260110153549

完全に議論放棄自己放尿をしてしまったようだな。

内容に一切触れず、「日本語が読めない」「AIに要約させろ」というメタ罵倒に逃げている時点で、すでに勝敗は決している。

理解できないことを相手日本語力の欠如に帰責するのは最下層の防衛反応だ。

自分理解能力検証せず、テキストの側に欠陥があると決めつける。この態度そのものが、まさに議論対象になっている問題だという自覚がない。

そもそもAIに要約してもらえ」という要求は、自分が内容を処理できていないことの自己申告に等しい。

要約とは、前提構造論理の流れを把握した人間確認のために使う補助手段だ。

理解できていない人間が要約に逃げると、必ず核心が抜け落ちる。

特に今回のように、話の肝が「分野横断的形式化」「権威主義批判」「評価分布の不可分性」にある場合、雑な要約は単なる藁人形を生成するだけだ。

その藁人形を殴って分かった気になるのは、知的行為ではなく自己放尿だ。

日本語読めるようになってから出直せ」という台詞も、自己放尿である

これまで提示された反論群はすべて、こちらの主張の一部だけを切り取り、前提を落とし、文脈無視した攻撃だった。

まり日本語が読めていないのはどちらか、という話になる。論理構造を追えず、抽象化人格論に落とし、数理的議論資格論にすり替える。

これは日本語能力問題ではない。抽象読解力と論証耐性の欠如だ。

さらに決定的なのは、「AI説明してもらえ」という依存姿勢だ。権威主義批判されている最中に、即座に外部権威としてAIを持ち出す。

自分では評価できない、判断できない、理解できない。だから第三者に丸投げする。

これは議論ではなく、裁定待ちだ。しかもその裁定者は、自分理解できるレベルまで話を矮小化してくれる存在でなければならない、という条件付きだ。これ以上わかりやす権威依存はない。

「内容で反論できない」「モデルも出せない」「前提も崩せない」人間が取れる最後の逃げをしているのが貴様である

日本語力、人格AI依存を持ち出して話を終わらせたいだけだろう。

だが数学的・論理議論の場では、それらはすべて自己放尿だ。

理解できないなら、どこが分からいか特定し、仮定か推論を指摘すればいい。

それができないなら、黙るのが唯一の合理的行動だ。

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