はてなキーワード: 常識人とは
私は35歳男性。今は別段スポーツをしているわけでもないが、先日たまたま握力を測る機会があって、結果67kgfだった。
流石に部活で運動していた高校時代よりも強かったので握力計がおかしいのかと思ったが、他の男性陣を見ていると40kgf台が多くてどうやら実際に私はそれなりに握力が強い方らしい。
しかしそうなってくると、握力が10kgf台の女性陣というのが不思議に思えてくる。決して女性蔑視なわけではないのだが、純粋にその筋力でどうやって生きてるのかが不思議になる。
私が何の苦もなく持てる荷物を持つのもきっと大変なのだろう。今日会社でドアを両手で体重をかけて開けている女性を見て、その後ろにいた私が殆ど指先でひょいと開けられたときにそう思った。
まぁうん、頭脳やスタミナはともかくとして筋力では雲泥の差だよな。それは本当に思う。そうである以上、本当に男女平等というのは難しいよなと。
多分、普通の女性から何発ぶん殴られたところで「痛いなぁ」ぐらいで済むと思う。仮に彼女がキレて素手で襲ってきても、まぁとりあえず一発殴らせておいてそれから押さえればいいかと冷静に考えることも出来る。
でも、もし私がブチギレて本気で女性をぶん殴ったら下手したら殺してしまうじゃない。何の手加減も無く顔面をぶち抜くか、もしくは持ち上げて投げ技をかけてもいい。別に技術なんて要らなくて、パワーをぶつければ殺せてしまう。
武道をやっているわけでもないけど私が男であり、かつ一般男性の中ではそこそこパワーがあるらしい以上、本当にそういう力関係にあるんだというのを思ってしまった。
これでも一応は常識人であり温厚な人間であるつもりなので、暴力沙汰を起こそうとは思わない。でも人生何があるかなんて分からない。本当に前後不覚なレベルでキレてしまった時にどうなるのか、それが心配だと思ったのだった。
ムカつく絵文字一選
その絵文字から漂う「私が当然に正しいという前提があり、その常識人たる私から見るとその光景はどう考えてもおかしくて、流石に笑ってしまう」という雰囲気
それがこれ→ 😅
いやそれおかしいだろ😅
↑
ほらもうむかつくよね
ここまでお読みくださりありがとうございました。
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マジキモいよな😅
こんなふうに最後に自分が使うというオチはありません。絶対に使いたくない絵文字です
冷笑と似て、自らの喜怒哀楽の大切な一要素である怒という感情から目を背けて自分の気持ちに嘘を付き他人にも「怒ってない」と嘘を付く最低の行為です
また氷は炎の前にはただドロドロと溶けるだけであり最終的にはビチャビチャな水笑にかわります
ビチャビチャでも笑えるかな?
氷が解ける 氷が溶ける
前者のほうが正しい気がするが後者でも成立するのだろうか
ありそう
みんなはどっちだとおもう?
コメントでぜひ教えてね
dorawiiが常識人…?
・共和国というのは、王様を置かず、いくつもの政治機関で権力を分け合う仕組みだ。
イメージとしては、「大統領も首相もいなくて、議会といろんな役職で分担している国」くらいで考えてもらえばいい。
ポイントは、「権力は分けておくから、誰か1人が王様みたいにならないようにしようぜ」という思想だ。
つまり、ローマの人たちは「王様はもうコリゴリ」という前提からスタートしている。
つまり、「国としては勝ってるけど、庶民的には全然勝ってない」という状態が長く続く。
そこに登場するのが、「グラックス兄弟」という改革派の政治家たちだ。
彼らはざっくり言うと、「富の偏りをなんとかしたい」と考えた人たちだ。
そして、彼らはグラックス兄弟を政治的・暴力的に潰してしまう(暗殺や暴動の形で消されていく)。
ここで重要なのは、「政治対立が、議論や投票ではなく、物理的な排除に踏み込んだ」という点だ。
これによって、
この時点で、ローマの共和国はすでに「ひびの入ったグラス」になっている。
見た目はまだグラスだけれど、一度ついたヒビは、後からの圧力でいくらでも大きくなる。
次の大きなターニングポイントは、「軍隊のルール」が変わったことだ。
もともとのローマ軍は、
という仕組みだった。
しかし、貧困や格差が広がると、「土地を持たない人」が増えていく。
彼はこういう発想をする。
これによって、兵士たちの「忠誠の向き」が変化する。
今までは国家のものだった軍事力が、「特定の個人に忠誠を誓う集団」に変わり始める。
ここで生まれるのは、「強いカリスマが軍隊を握れば、その人は国そのものを動かせてしまう」という可能性だ。
まだ帝政ではないが、「帝政を可能にする設計変更」が静かに行われた瞬間と言える。
彼はマリウスと対立する立場にいて、政治的にも軍事的にも激しく争う。
一言でいうと、「自分の軍隊を連れてローマ市内になだれ込んだ」ことである。
これは、それまでのローマの常識からすると完全な禁じ手だった。
スッラはまさにそれをやった。
その結果、
しかし、「軍事力を背景にした個人独裁」は、一度実物として実行されてしまった。
その後どうなろうと、
という事実だけは消えない。
まとめると、カエサルが登場する前の時点で、すでにローマには、こんな「地ならし」が済んでいた。
つまり、システムとしてのローマ共和国は、見た目だけ残して中身がかなり壊れていた。
あとは、「それをうまく利用して、自分の権力を安定的に築ける人」が現れるのを待っている状態だったと言える。
ここでやっと、カエサルが登場する。
でも、彼がやったことのかなりの部分は、「すでに誰かがやってしまったことの、もっと洗練されたバージョン」だった。
カエサルは、この「壊れた共和国」の隙間を、天才的な政治感覚で走り抜けた人物だ。
そして、彼が最後に「終身独裁官」という立場を手に入れたとき、人々の多くは、もはやそれを完全に想像の外の出来事だとは思えなくなっていた。
むしろ、「ここまでいろいろ壊れたなら、強いリーダーが出てきてまとめてもらうしかないのでは」と感じていた人も少なくなかった。
彼は、自分の作り出した権力構造を、長期的に安定させるところまでは到達できなかった。
そして、カエサルのあとに登場するのが、彼の養子アウグストゥス(オクタウィアヌス)だ。
この人こそ、「ヤバいのはそのあとに出てくる人」の典型だと言える。
アウグストゥスは、
という、「やりすぎライン」を熟知していた。
形式上は、共和国の制度を残し、自分は「第一人者」「一番尊敬される市民」というポーズを取り続ける。
しかし裏では、
ということを長い時間をかけて行い、結果として「帝政ローマ」を完成させる。
こうして、ローマは見た目は「昔のままの共和国っぽい」殻をかぶったまま、中身だけ完全に帝国へと変わっていった。
グラスは元の形をしているけれど、中身の液体は完全に別物になってしまったわけだ。
このローマの話を、現代のアメリカ政治――とくにトランプ現象――に重ねてみると、かなり不気味な共通点が見えてくる。
みたいなかたちで起きていると考えられる。
その上で、トランプという人物は、「それまでのタブーをかなり壊してしまった人」として位置づけられる。
という、ある種「粗削りな破壊者」でもある。
だからこそ、「彼がすべてを決定的に作り変えてしまった」というよりは、
「ここまでやっても、こういう反応が返ってくるのか」という実験データを世界に公開してしまった人、とも言える。
そうしたことを、冷静に学習し、かつ倫理的ブレーキが薄く、しかも知性と戦略性を備えた人物が登場したとき、状況は一気にローマの「アウグストゥス期」に近づいてしまう。
…というところだ。
ここで一番怖いのは、「アウグストゥス型」の人物は、むしろ多くの人にとって安心できるリーダーに見える、という点だ。
カエサルやトランプのようなタイプは、乱暴で、スキャンダルまみれで、敵も味方も疲れさせる。
だが、彼らの後に出てくる人は、もっと静かで、もっと穏やかで、「常識人」に見える可能性が高い。
その人はおそらく、こう言うだろう。
ここで重要なのは、「一時的に」という言葉が、どこまで本気か、ということだ。
ローマでも、アウグストゥスは最初から「永遠の皇帝」を名乗ったわけではない。
あくまで「共和政の再建」「秩序回復のための特別な役割」として権限を集め、その状態を少しずつ「常態」にしていった。
人々のほうも、疲れ切っている。
長い対立と混乱を経験し、もうこれ以上の不安定さには耐えられないと感じている。
だから、「ちょっとくらい強い権限を持つ人が出てきても仕方ない」と、自分たちを説得し始める。
こうして、「主権を手放すプロセス」は、暴力ではなく、安堵と引き換えに進行していく。
ここまでのローマ史と現代政治を重ねると、「本当にヤバいもの」の正体が見えてくる。
それは、
ではなく、
だ。
最初はみんな、「そんなことはありえない」「それは民主主義の否定だ」と拒否する。
けれど、何度もタブーが破られ、何度もスキャンダルが起き、何度も「これは前代未聞だ」と叫んでいるうちに、その「前代未聞」が日常のBGMになっていく。
そしてある段階で、人々はこう考え始める。
この心理状態こそが、「アウグストゥス型のリーダー」が最も入り込みやすい隙間だ。
彼(あるいは彼女)は、壊れた世界の中で、いちおう秩序と繁栄を提供してくれる。
見た目の安定が続くかぎり、多くの人は「何かを根本から取り戻す」という発想を忘れていく。
ローマでいえば、「もう共和政の時代に戻ろう」と本気で考える政治エリートは、世代を重ねるごとに少なくなっていった。
気がつけば、「皇帝のもとでの政治」があたりまえの前提になり、かつての共和国は「歴史の授業で覚える古い言葉」に変わってしまう。
ここまでを踏まえて、「ヤバいのはトランプじゃなくて、トランプのあとに出てくる人なんだよな」という直感を言い換えると、こうなる。
この「拡張された許容範囲」を、冷静に計算して使う人こそが、本当に危険な「次の人」だ。
トランプ本人は、敵も味方も巻き込みながら暴れ回る分、その危険性が視覚的・感覚的にわかりやすい。
「これはヤバい」と直感できるからこそ、反対運動も組織されるし、メディアも警戒する。
しかし、「そのあとに出てくる人」は、もっと滑らかに、もっと言葉巧みに、似たような力を使うだろう。
表情も穏やかで、スーツもよく似合い、言葉遣いも洗練されているかもしれない。
ただし、参照しているマニュアルは、トランプの時代に書かれた「ここまではやっても大丈夫だったリスト」なのだ。
ここで、「だからこうすべきだ」ときれいに言い切るのは簡単だ。
「市民ひとりひとりが政治に関心を持ち、権力を監視し続けなければならない」とか、「メディアリテラシーを高めよう」とか、教科書的な結論はいくらでも書ける。
けれど正直に言えば、ローマの例を前にすると、人間社会がそこまで賢く振る舞えるのか、かなり心もとない。
疲れと慣れと、目の前の安定への欲求。
だから、このエッセイでは「答え」を出さないまま終わるのが筋だと思う。
ただ一つだけ言えるとすれば、
「トランプ的な人物が現れたとき、その人だけを異常値として消費してしまう」のではなく、
「そのあとに出てくる、もっと静かで整った“次の人”を想像すること」自体が、最低限の予防線になる、ということだ。
古代ローマの物語は、もう二度と繰り返されない“昔話”ではなく、
「権力と社会が出会うとき、だいたいこういう順番で壊れていく」という、一種のテンプレートとして読み直すべきなのかもしれない。
「トランプみたいな人が一度通過したあとの世界で、まともそうな顔をして現れる誰か」のほうなんだよな。
その誰かの名前を、まだ知らないうちに。
ロシアのレペゼン・タランティーノ、不条理ハードコアコメディを撮るの巻。66点。
恋人に頼まれて彼女の父親であるハゲの悪徳警官を殺しに彼女の家を訪れた主人公。出会い頭に一発くらわすはずが間が悪く失敗、父親に迎え入れられ世間話をする中で訪問の目的がバレ、戦闘に突入してしまう。アパートの一室で悪徳警官をめぐる不条理大バトルが今始まる。
みたいな話。
いや、意外によかった。
特によかったのは劇伴の使い方かなぁ。昨今流行りのオールディーズを流すようなタイプではないんだけど、妙にポップで明るいワンループの楽曲がジリジリした緊迫したシーンでも流れているんだけど、画面内でアクションが起きるとフッと止まって無音になる。で、次に何が起きるんだ……とジリジリ無音の時間が過ぎ、また流れ出す。
この劇伴と無音で作品の動と静をうまく演出していてめっちゃよかった。あと効果音の使い方がめっちゃ俗っぽくてそれもよい。死体が写るときにバキューンって入るとか。
アクションも頑張っていて。冒頭、殺害の意図がバレた主人公とハゲが戦闘になるシーンではドタバタアクションながらもしっかりロジックが成立してるし。ハゲが主人公を壁に向かって投げつけたら壁に穴が開いて主人公のケツだけ壁の向こうに突き出しちゃうのとかさすがに笑ったし、バトルの途中で両者息を切らせて同じソファに並んで座るのもありがちだけど良い。
なんかそんな感じでガチでやりながらも常にちょっとコミカルなんだよな、この映画。
捕縛された主人公は脱出のシークエンスもありつつ(ここのヘアピンを使って手錠を開けられる豆知識を披露しつつ、でも最近の海外製のはそれ無理なんだよね~ってなるズラし演出もいい)、主人公が誰に雇われた殺し屋なのかを吐かせるためにハゲが電動ドリルで主人公の足に穴をあける激痛シーンがあるんだけどさ。いやお前首でも切り落としたんか?ってくらいド派手に血が出るので逆に痛みが和らいでいて、これは意図したものなのかなってちょっと気になった。
そこ以外にもハゲの同僚の悪徳警官が腹撃たれて内臓出てるシーンもなんかコミカルで痛みを感じないし、最後に主人公の恋人が首を討たれて血が噴き出すシーンも妙に小ぎれいでやっぱり痛みを感じない。大量の血が出るんだけどなんかそれに悲壮感がない不思議なテンションの映画だなと思った。
登場人物の中では唯一の常識人であるハゲの嫁があまりの大惨事に世を儚んで首吊り自殺しようとするんだけど、それに気づいた娘が足元を支えてハゲが首吊りのロープを切った結果、垂直上体を維持できなくなった嫁がぶっ倒れてトイレの棚に頭を強打して死亡する不条理展開もよかった。
作劇としては「主人公」「ハゲの同僚」「娘」の3シークエンスが順番に展開され、それぞれがどんな意図をもってこの場に挑んでいるのかというのが次々明かされて、最後まで見るとだいたいこういう話だったのねと言うのがわかるようになっているのはティーノっぽい。
最終的に主人公の恋人でハゲの娘が「劇団やりながら生活するの大変やし金欲しいなぁ」ってことで、ハゲからの性被害をでっち上げて主人公にハゲを殺させようとしたけど失敗したっぽいから口封じに主人公をぶっ刺してハゲは自分で殺すわ!つってショットガンでハゲを撃ち、瀕死のハゲに撃たれて死ぬ。という、もうめちゃくちゃだよ!と言う感じになる。そして、ハゲに顔面にPCをぶつけられドリルで足に穴を開けられ恋人には包丁で腹を刺された主人公は、愛する恋人に寄り添い静かに眠りにつくのだった。
と思ったけど、なんか全然死ねないし帰ろ!と明るいエンディングを迎えるズラしもよかった。タフすぎる。
そんな感じかな。
なんか見て学びがあるとかすごい洗練された映像があるとかではないんだけど、タランティーノ的なオフビートな不条理スリラーを撮りたい!撮ったった!という監督の気概は感じたし実際そうはなってるのでタランティーノ好きな人は見てみても全然いいと思う。
https://lavender.5ch.io/test/read.cgi/asaloon/1771594058/116
116: メロン名無しさん 2026/03/23(月) 09:56:50.52
押山監督はミートソースのつもりで描いたけど仕上げさんはカルボナーラだと思って塗ってきたといういわくつきのスパゲティ。
ちなみにタツキ先生は炒飯のつもりで描いたということで非常に凸凹していますね…。
https://x.com/an_shida/status/2035731263542428094
https://pbs.twimg.com/media/HEBeWCBboAAnSwf?format=jpg&name=900x900
そもそも脚本やコンテにチャーハンとかミートソースとか書かないのでしょうか
全部先回りで書いていたらキリがないので判然としないものだけ適宜質問し確認するアジャイル開発です
その一枚絵だけでも50オブジェクトくらい配置されているので一々墨汁ですとか物差しですとか挙げてたらコストが積み上がります
慢性的にカネがない業界なので間違いゼロよりもコスパ最優先です
面白い間違いが起きたら珍プレー好プレー集としてインタビュー、資料集、声優ラジオのネタも稼げます
ただしおかゆをサムゲタンに間違えると燃えるのでそれだけは専門スタッフが確認します
そもそも漫画描いてる合間に麺料理がありえません。原稿用紙にソースが飛んだら大惨事です。炒飯にしたタツキ先生だけが常識人です。
飼ってたメダカが死んだ(中略)公園に死体を野ざらしにしてたら蟻に運ばれ始めたので急にメダカへの愛着が湧いてメダカの死体を食べたら胃腸炎になった
しかもその理由が「常識に捉われないため」とか言い出すと、もう溜息しか出ない。
そういった扱い方は、人物像の描き方として浅すぎる。
例えば今でも世界で一番独創的な映画と言われている「2001年宇宙の旅」。
監督であるスタンリー・キューブリックは物凄く常識人だ。
真面目であり、規律を求め、撮影前には非常に入念に準備するタイプ。
この通りステレオタイプとは真逆なんだよ。その上で最も独創的な映画を作る。
簡単な話だ。
闘争心が求められるサッカー選手がプライベートでも気性が荒いかといわれれば、そんなことはない。
それはクリエイターも同じだ。
だからクリエイター=変人として描いているのでは語弊があるし、そういったクリエイターを描いている時点で、そもそもクリエイターではないのだろう。
体壊してJTCの非正規職に転職するまで(それまでは大手ITとスタートアップ)は、「たまにやべえ奴はいるけど9割常識人」だと思っていた
転職後は組織の腐りっぷりを目の当たりにして「ホモソはカス」「ホモソに甘やかされてる男共、9割カス」という認識に変わった
というか、男性中心主義の組織の不当さ、理不尽さ、男女の権力格差、セクハラやおじアタックを日常として感じるストレスをモヤモヤ抱えていたところにたまたまホモソとかボーイズクラブという言葉が入ってきて、「それな〜!!!!」と共感した
そこからフェミニズムに興味を持ったという流れなので、元々ツイフェミだったとかでもない
アイマスをメインに美少女コンテンツは昔から好きだし、フェミニストとしてフォローした人がチー牛とか積極的に容姿差別をしているのを見て「それは違うだろ」とフォローを外したことは何度もある
一方で、有名なフェミニストにリプした彼女宛の共感の投稿がリポストされたら、自分宛にアンフェからの根拠なき侮辱と罵倒(ブスとかババアとか死ぬべきとか病気とか※自撮り上げた事ないし年齢も公開してない、なんならババア呼ばわりしてきたアカウントより一周り以上年下)が殺到して4桁近くなったことがある
企業の取り組みをどこまで意図的かわからないまま批判するフェミニストがやりすぎだと思うこともあるが、それがかすむほどに、気に入らない発言をした個人を見つけ次第群れをなして攻撃してくるアンフェはあまりにも過剰だし攻撃性やばすぎると感じた
実際、以前フォローを外した発言が強めのフェミニストの一人は殺害予告までされていたくらいだ
古い体質の組織の中ではいまだに男尊女卑がまかり通っており、そこに守られながら安住している男がカスだということ、そしてその安住の地を守らんと息巻くネットの男どもがカスだということを、期せずして知ってしまった
以前周辺にいた先進的な男性(概ね高学歴・高給)というのは、育った環境から特権的な立場におり、「男尊女卑的思想に守られなくても自己価値が揺るがない」からこそリベラルでいられたのだろう
しかし、そういう特権を持たず、男性の中でのヒエラルキーが低く自己価値が揺らがされているからといって、女性差別を温存する理由にはならないんだよ
男性の中でのヒエラルキーの問題は、まず男性の問題として解決しろ
そのために男性学があるのに、そちらに目を向ける男性というのは、フェミニズムに興味を持つ女性に比べて遥かに低い割合なんだよな
男はまじで女を憎む前に自分と向き合ってくれ
アマゾンの広告(サイト内レコメンド)がブルマで覆い尽くされた。
あのさ
外出先や家族のいるシーンでもアマゾンを使うわけじゃん、困るじゃん?わからない?配慮しろよ
そもそも、俺がブルマを検索して「あ、こいつブルマ欲しがってる」からのブルマ攻めなら
ギリわかる
でも俺、一度もブルマを検索なんかしてないのよ。買ったことも無い
「お客様の閲覧履歴に含まれている商品を閲覧した人は、こんな商品も見ています」
なるほど、俺の購入履歴、閲覧履歴から属性を判定し購入傾向を分析し、次はこれだろ、とお勧めしてくるわけだ。
正しい、合ってんだよ、余計にムカつく。
恐らく俺が購入したアナルバイブや尿道プジーや貞操帯から「次ブルマね」なのだろう。
まさかバッファローのWiFiルーターから、「ほいブルマ」ではなかろう。
しかし、なぜブルマなのだ。欲しいけど、広告埋め尽くされたからついつい踏んじゃった。
ところが、一度表示したらもはやカモである。
ともかく、AI凄いよ、がっつり刺さってる、そりゃ認めるけど
独身中年男性じゃねぇんだからさ。ブルマは困るの、欲しい時はこっちから探しに行くから、ちゃんとアマゾンで買うからさ
妻子ある身なの、表では常識人の皮を被ってるのね。
概ね、子供の成長に併せて購入履歴が変遷しているのだから妻子持ちであることはわかるだろ?AIさんよ
頼みますよ。
いやいやいや、俺も情報強者なので、広告管理が出来ることは知ってます。
ちなみにアメリカではこれ消せなくなったとか、日本もまもなく消せなくなるとか
ともかく、そうじゃないの、消したくはないの
アナルプラグは奥が深い、いや、奥まで攻めるって意味じゃなくて、一般的な意味で奥が深い
何十本も買った、エネマグラと合わせれば無数だ
俺の体型、筋力、前立腺の位置にピッタリ嵌るのは10本買って1本だ、いや、嵌るってのはそういう意味ではなく一般的な意味で
いや、あってるか、ともかくなかなな嵌らない
さらに、忘れた頃に掘り出された名品ってパターンもある、あまり具合がよろしく無くて二軍扱いだったプラグが
成長とともにジャストフィットするケースもある、体調、気分、季節。様々な要因が絡む。
いつもは入口4cmでつっかえる尿道プジーがなにかの原因でスルスル飲み込むときもある
ともかくなんやかや、試行錯誤、捨てに捨て、至高の一本に出会えたとき、次もこれね、なのであるからして、購入履歴は重要
だけどブルマは困る
本稿で提示するプロファイルは、10万件以上のブクマを有するidを対象に公開コメントをAIが解析し、その深層心理や思想傾向をモデル化した「テキスト・ペルソナ」です。これは実在する個人のプライバシーを暴くものではなく、言語活動に基づく批評的なシミュレーション(思考実験)です。特定の個人の社会的評価を操作する意図はなく、あくまでAIによるテキスト分析の一環としてお楽しみください。