はてなキーワード: 卒業とは
昨日はカザフスタン人の女性と2時間くらい通話した。言語交換アプリは日本語を学びたい人のルームがあるから日本語を学びたいカザフスタン人のルームで会話した。どうして日本に興味を持ったのか質問したら若い頃のに日本のアニメにハマったからだと。何のアニメが好きなのか聞いたら、今はもうアニメ卒業したけど当時は「会長はメイド様」と「神様はじめました」が好きだったと答えたのでふいた。ずいぶん古いアニメが流行ってるんだな…。「じゃあ○○さんホストみたいなツンデレ男が好きなんですね」「ツンデレってなんですかカタカタ…ああwそうかもしれません」「ツンデレより最初から優しい男のほうがよくないっすか」「www」みたいな会話してめっちゃおもろかった。会長はメイドさまのOPが好きらしい。カザフスタンも知らんからどんな国なのかも聞いた。クソ寒いらしい。
で、プロフィールの年齢非公開だったから最後に年齢聞いたら20歳だって。そんな若い子だとは知らなかったすいません!いえいえ日本語学びたいので大丈夫ですとかおかしいやろ。おっさんが20歳の子と無料で会話して向こうは日本語学びたいからむしろ会話はありがたいとかどんなエロゲだよ。はてなでコンカフェだのガールズバーが話題になってたけどアホらしいだろ大金払ってしょーもないヤンキー娘と会話とか。定期的に通話していいですか?はい日本語学びたいので大丈夫ですと言われて終了した。いやいやどんなエロゲだよ。あと他にもメインの韓国語教えてくれる年齢近い女性もいる。真面目に言語習うだけで生活がこんなに変わるとは思わんかった。
マジで寂しいとか孤独とか嘆いてる弱者男性は言語学べ。日本の女はもう諦めろ。ハッキリ言って日本より韓国とか他の国の女性の方が精神的に大人だし会話して面白い。確かに弱者男性にも非はあるが日本の女性があまりにもガキだから付き合いたいと思えないのも原因だろう。海外に目を向けたらまともな女性いっぱいおるわ。
### プロローグ
大阪の喧騒がまだ眠りにつかない夜、鶴橋の路地裏でニシガミ・マコトは生まれ育った街の匂いを嗅いでいる。在日朝鮮人の血筋は、彼の人生に影を落としているが、それを表に出すことはない。本業は非公開とされ、YouTuberを副業と称しながら、実際はノマドワーカーとして生きている。チャンネル名「交通系動画/マトリョーシカ」で知られ、視聴者からは「マトくん」と呼ばれ親しまれている。口癖の「シーキビ」は、厳しい状況を笑い飛ばす彼のトレードマークだ。
大学生時代から始めたYouTubeは、瞬く間に人気を博す。毎日数レグのフライトをこなし、LCCからファーストクラスまで乗りこなす姿に、視聴者は憧れを抱く。荷物は常にリュック一つ。思いつきで飛び立つ自由奔放さは、ジャンケンで負けて即座に海外へ向かう動画で象徴される。「ジャンケンで負けたんで、これからiPhoneと充電器だけ持って韓国行ってきます。いやもうありえないんですけど(笑)」そんな軽いノリがファンを増やす。ワンワールド、スターアライアンス、スカイチームの上級会員資格を持ち、今年はデルタ航空のステータスを目指す。空港でのラウンジホッピングは彼の楽しみの一つだ。
しかし、その裏側には闇がある。資金源を疑問視するコメントが絶えない中、彼の本業はキャッシュカードやクレジットカードを使ったマネーロンダリングと海外への違法送金だ。反社団体が考案したスキームで、多くの大学生が同様に「旅行系YouTuber」に仕立て上げられる。依頼主から渡されたカード類だけを持ち、海外で現金を引き出し、手渡す。記録が残らず、税関の目を逃れる完璧な仕組みだ。北朝鮮への送金目的で生まれたこの方法は、外為法や経済制裁をくぐり抜ける。航空会社は気づいているが、黙認する。彼らは無料の広告塔として機能し、「修行」ブームを巻き起こすからだ。
2026年の幕開け。ネットの善良な市民たちが動き出す。観光ビザでノマドワークを続ける彼らの違法性を告発する声が高まる。マコトはまだ捕まっていないが、風向きが変わり始めている。彼を知る者たちが、静かに網を張る。
ニシガミ・マコトは大阪の自宅で目を覚ます。朝の陽光がカーテンを透かし、部屋に柔らかな光を投げかける。大学生時代から変わらぬ習慣で、毎朝スマートフォンをチェックする。YouTubeのチャンネル「交通系動画/マトリョーシカ」の通知が鳴り響く。視聴者からのコメントが溢れている。「マトくん、今日も飛ぶの?」「資金源教えてよ!」そんな声に、彼は軽く笑う。「まあ、会社経営してるって言ってるやん。シーキビな質問ばっかやな」関西弁が自然に混じる。
今日は特別な日だ。2025年の終わりに卒業し、本格的にノマド生活を始めた彼は、初めての国際線動画を撮影する予定だ。荷物はリュック一つ。iPhone、iPad、充電器、そして依頼主から渡された数枚のキャッシュカード。表向きは旅の道具だが、これが彼の本業の鍵だ。反社団体からの指示で、韓国へ向かい、現金を引き出して指定の人物に手渡す。マネーロンダリングのスキームは完璧だ。入金された口座から海外ATMで出金し、手渡せば記録は残らない。現金を持たないので税関の目も逃れる。
関西国際空港(KIX)へ向かう電車の中で、彼は動画のオープニングを撮影する。「よし、みんなおはよう! マトくんです。今日はジャンケンで負けたんで、急遽韓国行ってきます。荷物これだけやで。シーキビやけど、楽しみやわ」軽快な喋りがカメラに映る。空港に着くと、チェックインカウンターでPeach Aviationのカウンターへ。LCCのエコノミークラスを予約する。PeachはLCCでアライアンス非加盟だが、彼のアメックス・プラチナでセンチュリオンラウンジを利用する。
センチュリオンラウンジに入ると、広々とした空間が広がる。メニューは豊富で、寿司コーナーでは新鮮な握り寿司が並び、温かい味噌汁やカレー、フルーツサラダが揃う。マコトはカメラを回す。「みんな見て! センチュリオンラウンジの食事。寿司が旨いわ。シーキビなスケジュールやけど、これで元気出るで」寿司を頬張りながら、視聴者に説明する。ラウンジのソファに座り、iPadで動画のラフ編集を始める。パソコンは持たない主義だ。すべてモバイルで完結する。
搭乗時間になり、Peachのフライトで仁川国際空港(ICN)へ。機内ではエコノミーシートに座り、窓から大阪湾を眺める。着陸後、韓国での仕事が始まる。指定のATMでカードから現金を引き出し、ソウルのカフェで待ち合わせの男に手渡す。すべてスムーズに終わる。「よし、任務完了。次は動画のメインや」彼は思う。仁川空港で散策し、動画を撮影する。パラダイスシティのカジノエリアや、免税店を回る。夕方のフライトで帰国する。帰宅後、動画をアップロードする。「韓国日帰り! LCCでシーキビ旅」タイトルが視聴者を引きつける。
しかし、夜の自宅で彼は考える。大学生時代からこのスキームに巻き込まれた。北朝鮮ルーツの縁で、鶴橋の知人から紹介された。最初は旅行の資金源として魅力的だったが、今は抜け出せない。視聴者の疑問コメントが増える中、彼は笑顔を保つ。「本業は会社経営やで。ノマドワーカーやから、自由なんよ」だが、心の中ではシーキビな現実を感じる。この旅は、彼の二重生活の始まりを象徴する。毎日数レグを飛び、表のYouTuberと裏の送金人を演じる。関西弁の軽快さが、闇を隠す仮面だ。
大学生時代の初フライトは国内線だった。伊丹空港(ITM)から羽田(HND)へ、ANAのエコノミークラス。スターアライアンスのステータスを初めて意識した時だ。ANAスイートラウンジで、軽食のサンドイッチやコーヒーを味わい、興奮した。そこから国際線へ。初の海外は台湾桃園国際空港(TPE)で、チャイナエアラインのダイナスティラウンジ。スカイチーム所属で、デルタのステータスで利用した。メニューは点心やヌードルバー、トロピカルフルーツ。動画で「シーキビ旨い!」と叫んだ。あの頃の純粋さが、今の闇を際立たせる。
今日の韓国旅も、似た興奮がある。次はヨーロッパか。思い浮かべるだけでワクワクするが、裏の仕事が付きまとう。リュックの中のカード類が、重く感じる夜だ。
マコトは成田国際空港(NRT)の喧騒の中で、リュックを肩にかける。今日はスターアライアンスの旅。ANAのビジネスクラスでシンガポール・チャンギ空港(SIN)へ向かう。チャンネルの動画企画は「ラウンジホッピング in アジア」。視聴者からは「マトくん、いつも豪華やな!」のコメントが。笑って返すが、本業の送金任務が絡む。依頼主から渡されたクレジットカードで、シンガポールでの引き出しを予定する。
出発前にANAスイートラウンジへ。メニューは和食中心で、天ぷら、うどん、デザートの抹茶アイス。カメラを回す。「みんな、ANAラウンジの天ぷら! シーキビ熱々やで。旅のスタートに最高やわ」人当たりの良い喋りが、ファンを掴む。ラウンジでiPhone編集をし、搭乗する。
機内ではビジネスクラスのフルフラットシートでくつろぐ。シンガポール到着後、チャンギのシルバークリスラウンジ。メニューはラクサやチキンライス、トロピカルジュース。動画撮影後、街へ。ATMで現金引き出し、指定のバーで手渡し。記録なしの完璧さ。
帰路はシンガポール航空のエコノミーでクアラルンプール国際空港(KUL)経由。マレーシア航空のゴールデンラウンジで、メニューはナシレマッやサテー。動画で「シーキビスパイシー!」と笑う。クアラルンプールからJALで帰国する。旅の間、本業のストレスを旅で紛らわす。
鶴橋の過去、北朝鮮ルーツの影。視聴者の疑問が増え、「資金源は?」のコメントに「会社経営やで」と返すが、心は重い。次はデルタのステータス修行。スカイチームを目指す。
シンガポールの街並みは賑やかだ。チャンギの庭園や、街のナイトマーケット。取引の緊張感、汗ばむ手。帰宅後の編集作業、iPadで夜通し。ノマドの自由と闇の狭間。鶴橋の知人から連絡が入り、次の任務を告げられる。動画の再生回数が伸び、喜びと不安が交錯する。
### 第3章:スカイチームの野望と潜む罠
マコトは羽田空港(HND)のターミナルで、リュックを調整しながらチェックインを待つ。今日はスカイチームの旅の始まりだ。デルタ航空のビジネスクラスで、アトランタ・ハーツフィールド・ジャクソン国際空港(ATL)へ向かう。今年の目標であるデルタのステータスを目指すための「修行」フライト。動画タイトルは「アメリカ横断ラウンジツアー! デルタでシーキビ旅」。視聴者コメントはすでに活発で、「マトくん、デルタのラウンジどんな感じ?」「また日帰り?」という声が。軽く返信しつつ、リュックの中のカード類を確認する。アメリカでの送金任務が待つ。
出発前に、デルタスカイクラブへ向かう。羽田のデルタスカイクラブは、広々とした空間で、メニューはアメリカンスタイルの朝食が中心。バーガーやホットドッグ、フレッシュサラダバー、フルーツジュースが並ぶ。マコトはカメラを構え、「みんな見て! デルタスカイクラブのバーガー、シーキビジューシーやわ。アメリカ行く前にこれ食べて気合い入れるで」動画を撮影しながら、一口かじる。ラウンジの窓から滑走路を眺め、iPadで過去動画のコメントをチェックする。資金源を疑う声が増えているが、無視して笑顔を保つ。
搭乗し、デルタのビジネスクラスシートに座る。フルフラットベッドで太平洋を横断する長時間フライト。機内食はステーキやパスタを選び、ワインを味わう。動画の機内レビューを撮影する。「デルタのビジネス、シート広々でシーキビ快適やけど、寝て時差ボケ対策やな」アトランタ到着後、すぐに街へ移動する。指定のATMで現金を引き出し、ダウンタウンのカフェで待ち合わせの男に手渡す。緊張の瞬間、周囲を警戒しながらの取引。汗が背中を伝うが、笑顔で終える。
次は国内線でロサンゼルス国際空港(LAX)へ。デルタのエコノミークラスだが、上級会員特典で優先搭乗。アトランタのデルタスカイクラブで待ち時間を利用する。メニューは南部風で、フライドチキンやコーンブレッド、ピーチコブラーなどのデザート。動画で「アトランタのスカイクラブ、チキンシーキビ旨い! 南部魂感じるわ」撮影後、フライトする。LAX到着後、デルタスカイクラブへ。LAXのクラブはハリウッド風で、タコスやナチョス、トロピカルカクテルが特徴。カリフォルニアロールやアボカドトーストも並ぶ。「みんな、LAXのタコス! シーキビスパイシーでカリフォルニア気分やで」カメラを回す。
ロサンゼルスでの散策。ハリウッドサインを遠くに眺め、動画素材を収集する。夕方、ヨーロッパ経由の帰路へ。アムステルダム・スキポール空港(AMS)で乗り継ぎ。KLMのクラウンラウンジを使用する。メニューはオランダらしいチーズプラッターやヘリングのピクルス、ストロープワッフル。温かいスープやサンドイッチも豊富だ。「アムスのクラウンラウンジ、チーズ多すぎてシーキビ幸せやわ」動画を編集しながら味わう。アムステルダムの運河を少し散策し、取引の余韻を振り払う。
この旅の間、北朝鮮ルーツの記憶が蘇る。鶴橋の路地で過ごした幼少期、桃谷のコミュニティでの秘密の話。反社団体のスキームが北への送金から始まったことを思い出す。ネットでは、善良な市民たちの告発運動が静かに広がり始めている。同類のYouTuberの観光ビザ違法が話題に。マコトは気づかず、動画をアップする。「アメリカ修行完走! ラウンジ満喫」再生回数が伸びるが、疑念のコメントも。「本当に会社経営?」「ノマドビザ持ってるの?」心がざわつく。
アトランタの街並みは蒸し暑い。取引時のカフェの喧騒。LAXのビーチ近くの散策、波の音と日没。アムステルダムの自転車だらけの街、運河のボート。編集作業でiPadのバッテリーが切れかかり、充電しながらの苦労。鶴橋の知人からメールが入り、スキームの継続を促す。内省の時間が増え、二重生活の重さを思う。視聴者とのライブ配信で、関西弁混じりの軽快トークでごまかすが、心の闇が深まる。
マコトは成田空港でJALのカウンターに並ぶ。今日はワンワールドアライアンスの旅。JALのファーストクラスでロンドン・ヒースロー空港(LHR)へ。動画企画は「ヨーロッパラウンジホッピング! 豪華シーキビ編」。リュックにカードを忍ばせ、英国での送金任務。視聴者コメントは「マトくん、ファーストクラス羨ましい!」「資金どうしてるの?」増える疑問に、「会社 Permalink | 記事への反応(0) | 19:22
50代くらいになるとちらほらと自分の周りに
我慢するのではなく、体調が悪くなるだけなので摂取できない感じ。
デリヘル嬢に「75歳の客をこないだとった」とか聞いたことあるので
人によって違うのは分かってるが
あまり聞けないのでこっそり教えて欲しい。
勉強だけはできたので良い大学に入れてしまい、紆余曲折したものの卒業もできてしまった。
でも社会に出てみれば自分よりも圧倒的に優れた人ばかりだった。
薄々勘づいていたものの、いざそのような経験をしてしまうとなかなか辛い。
「無能だと認識できた時点で無能ではない」みたいな慰めの言葉もあるが、そういう言葉の方がむしろ刺さる。
全部投げ出す勇気がないし。
とはいえ無能には一発逆転の切り札なんかはないし、助けてくれる人もそういない。
本当に役に立つのだろうかという迷いから目を背けて勉強し、無駄だとネットで言われようが資格を取って、そうやって生きていくしかない。
高1で出会って13年。同じ部活で当時から4人でよく集まってた俺たちももう28になる。
しっかりアラサーだ。
だから頼む。
お前ただ一人が「金がない」を理由に新年会の店のグレードを落とさせないでくれ。
二次会でサイゼに行きたがらないでくれ。新時代や、メダカを本気で提案しないでくれ。
別に俺たち、毎週のようにいい飯を食ってるわけじゃないだろ。
せいぜい2か月に1回、3か月に1回の集まりだ。
そのくらいの頻度で、1万円にも満たない額の、そこそこうまい肉をみんなで食おうって話をしてるだけだ。
なんでそこに金が出せない。今回もいくつかグレードを落とした上で、
お前にばれないように俺が多めに出してたのもきっと気づいてないんだろうな。
二十歳で、まずお前が一番乗りで出て、俺たちが後から続いた。
それなのに、なんでお前だけあの頃から変わらないままなんだ。
社会人何年目だ。
お前、誰よりも残業してるっていうよな。
それでなんで金がないんだ。
高級フレンチに行こうなんて言ってない。
ただ、数カ月に一回、ちょっとだけいい店でおいしいご飯を食べて、おいしいお酒を飲もうってだけだ。
それすら「付き合えない」って言われると、さすがに思うんだよ。
俺たちって、その程度の仲なのか?
本当に金がないのか。
それとも、「俺たちに使う」金や時間がないだけなのか。
俺は人の誘いを「金がない」っていう理由で断ることが、この世で一番ダサくて、失礼だと思ってる。
なんで13年間も付き合ってるんだろうな。俺たちも、お前も。
お前がいつまでも新卒と変わらない給料で、トップバリューの安くてデカいウイスキーと、ガソリンみたいな味の缶ビールを毎日1.5リットル飲みながら、lolでキレ散らかしてる間に、
俺たちも、お前の周りの人間も、少しずつ先に進んだんだよ。
てか金の使い方間違いすぎちゃいねえか。
デカい夢を叶えたわけでもないし、すごいスピードで成長したわけでもない。
ただ、年相応に一歩ずつ進んでるだけだ。
お前が8年前で止まってるだけで。
俺たちの関係も、安酒煽りながらlolやるのと同じで、惰性なのか。
お前、「金がない」の次に、最近は
って言うようになったよな。
でも誰かがおごる時や、安い店の時は、割と遅くまで残るよな。
でも正直、お前も原因の一端を担ってるんじゃないのか。
年に1回の誕生日プレゼントもろくに用意できず、いい店にも連れて行ってないらしいな。
転職もしない。
昇給も狙わない。
スキルも磨かない。
有り金は全部しょーもない安酒に突っ込む。
そんな生活を3年も間近で見せられて、
お前も原因の一つになってしまってるんじゃないのか。
何回も言うけど、俺たちもう28だぞ。
1個下の彼女も、貴重な20代半ばや後半を、そんな惰性で消費されたら、そりゃ壊れる。
別れを切り出されないだけ、まだありがたいと思えよ。
いや、もしかしたら、別れを切り出す気力すら残ってないのかもしれないけど。
そろそろ、しまむらで買ったみたいな色のパーカーだけ着るのやめたらどうだ。
って真顔で言うの、もうやめたらどうだ。
支払いの時に初めて、「ちょっと奢ってくんねww」って冗談の振りして人の財布に手をかけるのやめたらどうだ。
PayPayで送る時に初めて、「500円だっけ?」ってふざけてみるのやめたらどうだ。
冗談の振りを装いながら、半ば本気なのが透けて見えてるし、全員気づいてんだよ。
プライドなさそうな振りして、きちんと頭を下げたくないっていうプライドだけはいっちょ前にあるのやめたらどうだ。
長い付き合いのやつに、真面目に頭を下げるのが恥ずかしいか?今のお前の方がよっぽど恥ずかしいよ。
頼むから、誰かの足を引っ張るのをやめてくれ。
服も、誕プレも、飯も。
お前と同じステージに俺たちを引きずり下ろして、
劣等感があるなら、せめて動いてくれ。
そこの自認はあるくせに、なんでお前は何年も何も変わらないんだ。
高1で出会って13年。同じ部活で当時から4人でよく集まってた俺たちももう28になる。
しっかりアラサーだ。
だから頼む。
お前ただ一人が「金がない」を理由に新年会の店のグレードを落とさせないでくれ。
二次会でサイゼに行きたがらないでくれ。新時代や、メダカを本気で提案しないでくれ。
別に俺たち、毎週のようにいい飯を食ってるわけじゃないだろ。
せいぜい2か月に1回、3か月に1回の集まりだ。
そのくらいの頻度で、1万円にも満たない額の、そこそこうまい肉をみんなで食おうって話をしてるだけだ。
なんでそこに金が出せない。今回もいくつかグレードを落とした上で、
お前にばれないように俺が多めに出してたのもきっと気づいてないんだろうな。
二十歳で、まずお前が一番乗りで出て、俺たちが後から続いた。
それなのに、なんでお前だけあの頃から変わらないままなんだ。
社会人何年目だ。
お前、誰よりも残業してるっていうよな。
それでなんで金がないんだ。
高級フレンチに行こうなんて言ってない。
ただ、数カ月に一回、ちょっとだけいい店でおいしいご飯を食べて、おいしいお酒を飲もうってだけだ。
それすら「付き合えない」って言われると、さすがに思うんだよ。
俺たちって、その程度の仲なのか?
本当に金がないのか。
それとも、「俺たちに使う」金や時間がないだけなのか。
俺は人の誘いを「金がない」っていう理由で断ることが、この世で一番ダサくて、失礼だと思ってる。
なんで13年間も付き合ってるんだろうな。俺たちも、お前も。
お前がいつまでも新卒と変わらない給料で、トップバリューの安くてデカいウイスキーと、ガソリンみたいな味の缶ビールを毎日1.5リットル飲みながら、lolでキレ散らかしてる間に、
俺たちも、お前の周りの人間も、少しずつ先に進んだんだよ。
てか金の使い方間違いすぎちゃいねえか。
デカい夢を叶えたわけでもないし、すごいスピードで成長したわけでもない。
ただ、年相応に一歩ずつ進んでるだけだ。
お前が8年前で止まってるだけで。
俺たちの関係も、安酒煽りながらlolやるのと同じで、惰性なのか。
お前、「金がない」の次に、最近は
って言うようになったよな。
でも誰かがおごる時や、安い店の時は、割と遅くまで残るよな。
でも正直、お前も原因の一端を担ってるんじゃないのか。
年に1回の誕生日プレゼントもろくに用意できず、いい店にも連れて行ってないらしいな。
転職もしない。
昇給も狙わない。
スキルも磨かない。
有り金は全部しょーもない安酒に突っ込む。
そんな生活を3年も間近で見せられて、
お前も原因の一つになってしまってるんじゃないのか。
何回も言うけど、俺たちもう28だぞ。
1個下の彼女も、貴重な20代半ばや後半を、そんな惰性で消費されたら、そりゃ壊れる。
別れを切り出されないだけ、まだありがたいと思えよ。
いや、もしかしたら、別れを切り出す気力すら残ってないのかもしれないけど。
そろそろ、しまむらで買ったみたいな色のパーカーだけ着るのやめたらどうだ。
って真顔で言うの、もうやめたらどうだ。
支払いの時に初めて、「ちょっと奢ってくんねww」って冗談の振りして人の財布に手をかけるのやめたらどうだ。
PayPayで送る時に初めて、「500円だっけ?」ってふざけてみるのやめたらどうだ。
冗談の振りを装いながら、半ば本気なのが透けて見えてるし、全員気づいてんだよ。
プライドなさそうな振りして、きちんと頭を下げたくないっていうプライドだけはいっちょ前にあるのやめたらどうだ。
長い付き合いのやつに、真面目に頭を下げるのが恥ずかしいか?今のお前の方がよっぽど恥ずかしいよ。
頼むから、誰かの足を引っ張るのをやめてくれ。
服も、誕プレも、飯も。
お前と同じステージに俺たちを引きずり下ろして、
劣等感があるなら、せめて動いてくれ。
そこの自認はあるくせに、なんでお前は何年も何も変わらないんだ。
高1で出会って13年。同じ部活で当時から4人でよく集まってた俺たちももう28になる。
しっかりアラサーだ。
だから頼む。
お前ただ一人が「金がない」を理由に新年会の店のグレードを落とさせないでくれ。
二次会でサイゼに行きたがらないでくれ。新時代や、メダカを本気で提案しないでくれ。
別に俺たち、毎週のようにいい飯を食ってるわけじゃないだろ。
せいぜい2か月に1回、3か月に1回の集まりだ。
そのくらいの頻度で、1万円にも満たない額の、そこそこうまい肉をみんなで食おうって話をしてるだけだ。
なんでそこに金が出せない。今回もいくつかグレードを落とした上で、
お前にばれないように俺が多めに出してたのもきっと気づいてないんだろうな。
二十歳で、まずお前が一番乗りで出て、俺たちが後から続いた。
それなのに、なんでお前だけあの頃から変わらないままなんだ。
社会人何年目だ。
お前、誰よりも残業してるっていうよな。
それでなんで金がないんだ。
高級フレンチに行こうなんて言ってない。
ただ、数カ月に一回、ちょっとだけいい店でおいしいご飯を食べて、おいしいお酒を飲もうってだけだ。
それすら「付き合えない」って言われると、さすがに思うんだよ。
俺たちって、その程度の仲なのか?
本当に金がないのか。
それとも、「俺たちに使う」金や時間がないだけなのか。
俺は人の誘いを「金がない」っていう理由で断ることが、この世で一番ダサくて、失礼だと思ってる。
なんで13年間も付き合ってるんだろうな。俺たちも、お前も。
お前がいつまでも新卒と変わらない給料で、トップバリューの安くてデカいウイスキーと、ガソリンみたいな味の缶ビールを毎日1.5リットル飲みながら、lolでキレ散らかしてる間に、
俺たちも、お前の周りの人間も、少しずつ先に進んだんだよ。
てか金の使い方間違いすぎちゃいねえか。
デカい夢を叶えたわけでもないし、すごいスピードで成長したわけでもない。
ただ、年相応に一歩ずつ進んでるだけだ。
お前が8年前で止まってるだけで。
俺たちの関係も、安酒煽りながらlolやるのと同じで、惰性なのか。
お前、「金がない」の次に、最近は
って言うようになったよな。
でも誰かがおごる時や、安い店の時は、割と遅くまで残るよな。
でも正直、お前も原因の一端を担ってるんじゃないのか。
年に1回の誕生日プレゼントもろくに用意できず、いい店にも連れて行ってないらしいな。
転職もしない。
昇給も狙わない。
スキルも磨かない。
有り金は全部しょーもない安酒に突っ込む。
そんな生活を3年も間近で見せられて、
お前も原因の一つになってしまってるんじゃないのか。
何回も言うけど、俺たちもう28だぞ。
1個下の彼女も、貴重な20代半ばや後半を、そんな惰性で消費されたら、そりゃ壊れる。
別れを切り出されないだけ、まだありがたいと思えよ。
いや、もしかしたら、別れを切り出す気力すら残ってないのかもしれないけど。
そろそろ、しまむらで買ったみたいな色のパーカーだけ着るのやめたらどうだ。
って真顔で言うの、もうやめたらどうだ。
支払いの時に初めて、「ちょっと奢ってくんねww」って冗談の振りして人の財布に手をかけるのやめたらどうだ。
PayPayで送る時に初めて、「500円だっけ?」ってふざけてみるのやめたらどうだ。
冗談の振りを装いながら、半ば本気なのが透けて見えてるし、全員気づいてんだよ。
プライドなさそうな振りして、きちんと頭を下げたくないっていうプライドだけはいっちょ前にあるのやめたらどうだ。
長い付き合いのやつに、真面目に頭を下げるのが恥ずかしいか?今のお前の方がよっぽど恥ずかしいよ。
頼むから、誰かの足を引っ張るのをやめてくれ。
服も、誕プレも、飯も。
お前と同じステージに俺たちを引きずり下ろして、
劣等感があるなら、せめて動いてくれ。
そこの自認はあるくせに、なんでお前は何年も何も変わらないんだ。
モテモテになったり、イチャイチャパラダイスになれるんだろう…😟
Cause we all just wanna
driving fifteen cars
The girls come easy
and the drugs come cheap
cause we just won't eat
And we'll hang out in the coolest bars
In the VIP with the movie stars
Every good gold digger's
Gonna wind up there
週3で、時給は2,000〜3,000くらい。
手取りは年間で230〜250万くらい。
ボーナスはあるが少ない。
労働時間で割ると時給は1,300円くらいになる。
ラウンジと比べると時給の差が大きい。
風俗なら、時給が6,000〜10,000くらいになるらしい。
条件が良ければ、数年続ければ1000〜2000万くらい貯めることも理屈の上では可能そうだ。
投資は詳しくないが、NISAやインデックス投信は複利で増えると聞いた。
元本がある方が効率が良いらしい。
身体には期限があるので、選択肢として考えるなら早い方がいいのかもしれない。
実際どれくらい現実的なんだろうか。
どうせ旅行とか行けないし、公立の特別支援学校だから中学受験とかしないし。
頑張って働くのも疲れた。
所得制限に引っ掛からなくなれば、国から都から区から、毎年200万くらい助成される。
(成人後は支給が止まるが、ほとんど変わらない額が障害年金になるので、それを使わせてもらう。
家を出ることなんかないだろうし)
ここ数年の実際からすると、600万も可処分があれば、住宅ローン返しながらでも余裕。
助成金の200万に加えて、1.3億を毎年400万ずつ切り崩して、ざっくり32年は生きられる。
その頃には年金も入ってくる。
あと1千万頑張るぞ
1.3億に意味はない。
あと数年働いて1.3億に到達させたいっていうのが本音。
単純に、下の子が小学校(特別支援学校)に入るまでは時短で働けるから。
時短にして所得を減らすと、貰える助成金が出てくる(助成金は色々合わせて200万くらいなんだが、それぞれ所得制限の上限が違う)。
それに、もしかしたら、下の子も小学校に入ったらフルタイム働けるかもわからん。
今は1人が保育園、1人が特別支援学校ってんだと、送りも迎えも2方向になってとても無理。
下の子が小学校になるまでは会社にしがみついて、社会との繋がりを保っとく。
しょうがないよ。
カネなんかあったって、誰が送り迎えするんだよ?
ぶっちゃけ、カネなんかあったって、時間的余裕がないと買い物ができないんだよ。
手のかかるのが2人いると、食料品や日用品の買い物だって1人で2人連れてはいけないし、留守番もできない。
親が2人そろわないと買い物にもいけない。
足りなくなったら生活レベルを下げるよ。
今だってワークマンで服買ってカインズホームの家具に囲まれて水道水飲む生活してるよ。
引越すタイミングにもよるけどさ、50歳近くなって住宅ローンは組めないだろうし、つうかローン組むためには定職が必要なんで、なかなか難しい気がする。
今の戸建てがたぶん、土地の価値だけで数千万にはなると思うから、今のままボロ屋になっても住み続けて最後は土地と建物を担保に借金する。
所得制限にかからないようにするためには、分離課税の株や投信にしとくしかないな。
減価償却が大きくなるように築古を買って減価償却が終わると同時に売却して、譲渡益(分離課税)にすればあるいはだけど、ちょっと難度が高い。
減価償却が終わったタイミングで買い手を見つけないと総合課税になる利益が出ちゃうし、空室が出ちゃうとキャッシュフローが痛むし買い手が付きにくくなる。
そりゃそうなんだけど、数年後にいったんやめて、またその数年後に復職って、アラフィフだよ?
50歳すぎてまともな求人ってなくね?
転職エージェントに管理職求人ばっかり見せられるけど、家庭優先でフルタイム働きたくないとかじゃ管理職なんか無理でしょ。
だからって、手足として使いたいなら、いい歳の経験者より若い未経験とるでしょ。
勤め人が無理なら起業!ってのはもっと無理で、創業期の自営業って雇われよりもっと忙しいじゃん。
普通の子持ちでも経験する、魔の2歳児がずっと続いてるような感じ。
ちょっと目を離すと、風呂を泡だらけにして遊び、排水口にいろんなものを詰め、壁に落書きとか、まあそんな感じ。
大変っちゃ大変だけど、普通の子持ちでも経験する。ただ、それが長い。
そんなわけで、外食とかできないし、買い物だけでも神経をすり減らすけど、普通に飯食って風呂入って寝るこたできる。
あれだよ、アメリカとかだと外出させたり留守番させたりすると逮捕なんだろ?
日本の子供は学校だって自分で歩いて登校できるし、勝手に学童から帰って留守番できるし、習い事だって一人でいってくるけど、本来ダメなんだろ?
むしろ残し過ぎた気すらある。
ジュニアNISAで2人に80万×5年で400万ずつで800万入れたんだけど、1500万くらいになっちゃってる。
1.2億のうちの1500万は子供名義。
これがやっかいで、18歳になるまでは引き出せないし、18歳過ぎたら子供が管理しないといけない。
定型児だって18歳で数百万管理しろって言われたらビビるだろうし、どうすっか。
あと、障碍児扶養共済っていって、俺が死んだら毎月2万円入る保険に入ってる。
子供は障害年金と、共済金からの2万と作業所の給料でグループホームで暮らせるはず。
グループホームの空きが慢性的にないから、空きが出たら中学卒業時点ででも入れないといけないってのが、親としてはつらい。
そういうのは、ぶっちゃけ運でしょ。
いいタイミングで株や投信を買ってて、そのなかに20倍になった銘柄があったのも運。
中古戸建とはいえ、地価が今より高くないタイミングで買ったのも運。これがマンションだったらもっと爆益だったけど、それも運。
お金よりも手間。
バ先にはもう一人スリランカ人がいるが、その人は来年故郷から奥さんを呼び寄せて日本に定住予定。前述のスリランカ人は今後どうするつもりなのか聞いてみたら、彼は先のことはまだ考えられないが、出来たら日本に住みたいし、日本もダメになったらその時は他の国に移るつもりだという。でも、本当は故郷に帰りたいんだって。無理だけど。
そんな訳で今や日本のあっちこっちに暮らしているスリランカ人たち。まだ学校で勉強する傍らバイトで生活の糧を得ている彼らが、近々卒業して就職して日本に定住した時は、日本にとってはある意味チャンスだ。人が増えればシュリンクしていく経済を持ち直すことが出来るかもしれないから。ただ出稼ぎに来て帰ってしまわれると、その時はいいけどこっちには何も残らないからね。
https://m.facebook.com/events/906645151938905/
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最近よくスリランカ人見かけるよなぁーと思って、バイト仲間のスリランカ人になんでこんなにスリランカ人いるん?って聞いたら、スリランカでインフレが起きていて、食料品の値段が日本の3倍くらいになり、しかし賃金は日本よりずっと低いままだからだという。
そんで、スリランカにいるとまじで食っていかれないので若者たちからどんどん、日本をはじめとする海外に脱出していっているという。
バ先にはもう一人スリランカ人がいるが、その人は来年故郷から奥さんを呼び寄せて日本に定住予定。前述のスリランカ人は今後どうするつもりなのか聞いてみたら、彼は先のことはまだ考えられないが、出来たら日本に住みたいし、日本もダメになったらその時は他の国に移るつもりだという。でも、本当は故郷に帰りたいんだって。無理だけど。
そんな訳で今や日本のあっちこっちに暮らしているスリランカ人たち。まだ学校で勉強する傍らバイトで生活の糧を得ている彼らが、近々卒業して就職して日本に定住した時は、日本にとってはある意味チャンスだ。人が増えればシュリンクしていく経済を持ち直すことが出来るかもしれないから。ただ出稼ぎに来て帰ってしまわれると、その時はいいけどこっちには何も残らないからね。
ただ、スリランカは子供の教育費を全部政府が出す国なので、多額のお金をかけて育成した人材を日本がタダで貰っちゃう形になるので、将来は何かお返ししないといけないだろうなあ。
まあ、そもそも日本は昔からスリランカにかなり援助をしてきたので、スリランカの若者たちの移住先候補に自然に日本が挙がる、という背景があるから、そんなに揉めないかもしれないけれど。
なんで吐き始めたのか、理由は今でもはっきりと覚えている。
両親に気にして欲しかった。恵まれた一般家庭で育ったけれど、両親は子育てが下手だった。私がどんなに心身を崩しても、なんの興味も関心も持たない両親の気を惹きたかった。
ただ私に気づいて欲しかった。食べたものを吐いて極端に痩せたら心配してもらえるかな、なんて子供の試し行動の成れの果てだったと思っている。痛いのは嫌だから、痛くない自傷行為はこれしか思いつかなかった。
もともと食べることが好きだった。
高校に進学して1年、毎日同じ道を通っていたはずの通学路である日突然迷子になった。その日から調子を崩し、あっという間に不登校になって通信制に転校した。不登校を理由にお小遣いを止められて、毎日家に居るわけにもいかずアルバイトを始めた。親との関係は最悪で、ろくに会話もしないし、なるべく会わないようにしたし、お互いに空気みたいに見えないふりをしていた。
不登校になってからは希死念慮が全身にべったりと纏いついて離れなかった。毎日死にたくて泣いていた。唯一アルバイトだけは真面目に続けていた。仕事は楽しかったし、そこしか居場所がなかったから。
3年生になって、卒業後の進路が全く決まっていなかった。本当は受験して大学に進学したかったが、親とは冷戦状態のままである。特に父親とは1対1で少し話をするだけで震えと涙が止まらなくなるほど重症だった。
何かが変わるきっかけが欲しかった。それと同じくらい現実から逃げたかった。コンビニでお菓子を買ってきてたくさん食べた。Twitter(当時はまだXじゃなかった)で『過食』と検索したら、大量の食べ物を並べた写真を載せている女の子が沢山いた。こんなに食べたら太ってしまうのにと思ってプロフィールに飛んでみると、どうやら彼女たちは、太らないように食べたものを吐いているようだった。インターネットって本当に最悪。これが過食嘔吐との出会いだった。
胃の中身をみずから吐こうとするなんてことはもちろん人生で初めてだった。具合が悪くなって幼少期に数回戻してしまったことがある程度で、嘔吐恐怖症とまではいかないが直接喉を伝う嘔吐は想像するだけで怖かった。
他の女の子たちも吐こうと思ってすぐに吐けるわけじゃなくて、水を沢山飲んだりして練習していた。5chに吐き方のコツを教え合う場所もあった。オープンなTwitter上で吐き方を教えるのは御法度という風潮もあった。
私は直接の嘔吐が本当に嫌だったので道具を使って戻していた。明らかにアレなため詳細は書かないけど、この道具を使うにもかなり練習が必要で、同じように吐きたがっている女の子たちと日々励まし合っていた。
界隈では、食べ物を戻さずに消化することを『吸収』、自分が食べられる量を『胃キャパ』などといい、食べる前後に体重計に乗って自分の胃キャパを自慢する独特の文化があった。痩せを追求する女の子たちはいかに吸収を少なくして食べ物を大量に食べて戻すかを試行錯誤していた。
今思うと本当におかしいけど、Twitter上には同じような人が沢山いて、そこでの交流が世界のすべてだったから異常だとは思わなかった。人間の脳は都合良くできている。
私も練習の甲斐あって吐けるようになった。けど月の過食費は数万円かかった。バイト代から出す学生の子、ふつうに働いている社会人のお姉さん、親公認で親の金で食べ吐きする子(かなり少ないけど)、金の出所はそれぞれだった。
同じ年頃の女の子たちのほとんどは、パパ活や援交をして食べ物代を稼いでいた。それで高校卒業したらそのままデリヘル。自分よりも歳下の、この間までは摂食障害でもなんでもなかった15、6の女の子がお腹いっぱい食べて吐くために知らないおじさんとファミレスに行き、テーブルいっぱいに奢ってもらった帰りにそのままホテルで身体を差し出している様子は正直見ていられなかった。摂食障害につけ込んで未成年をホテルに連れ込む大人もまともではないと思った。
毎日スーパーとコンビニをハシゴして、菓子パンやおにぎりを買い込んで、深夜に一心不乱に食べてはトイレに戻していた。食費を気にするようになってからは、チルド麺を茹でたりドーナツを揚げたり、白玉団子作りにハマっていたこともあれば安い食パンを買ってきて致死量の砂糖とバターをかけた揚げパンを作ったりもしていた。なるべく吐きやすいものを、とにかくたくさん詰め込められればなんでもよかった。
親も多分気づいていたけど、なんでかわかんないけど気づかないフリをされていた。たまに監視するみたいに夜起きてきて、乞食みたいに夜中にこそこそしやがって!と嫌味を言われたことは覚えてる。
一度だけ、手に吐きだこがないか確認されたことがある。でも自分は前述の通り道具を使って吐いていたので吐きだこなんかできたことなかった。綺麗な手を見て安心したのか、それ以降触れられることは二度となかった。
バレなくて安心した気持ちと、自分の抱えている辛さに気づいてもらえなかった悲しさで大泣きした。娘が毎日毎日食べ物を買い込んで、夜中にトイレ流す音が何回もして、明らかにゲロってたら普通は心配するもんなんじゃないのかな。
今更自分から言い出すこともないし、このまま一生無かったこととして扱われるんだろう。でも、お母さんのご飯は今も昔も大好きだから、吸収しないように食後すぐ吐いていたことだけは一生知られたくない。どんなに反抗期でも口を利かなくてもご飯を用意してくれた母親に対して、生涯で最も酷い裏切りだったと思う。
1年間ほぼ毎日吐いていた。食べて吐いての1セットを毎日5回以上も繰り返していた。食べても太らないなんてラッキー!という気持ちはいつからか消えて、義務みたいにひたすら食べて吐いていた。
夕方にのそりと起きて、決まったルートで食べ物を調達して、今日はこれ食べるよって写真撮ってTwitterにアップして。吐くのは苦しくて嫌いだけど食べたら吐かなきゃいけないし。『もう食べるのも吐くのも辞めたい』とTwitterに何度も投稿した。
何か大きなきっかけがないと一生辞められないんだろうと思ってた。が意外と終わりはあっけなかった。
コロナウイルスの濃厚接触者になってしまい、1週間自宅謹慎することになった。つまり過食するための食べ物を買いに行けないのだ。それにトイレに入った後は毎回消毒することになっていて、不自然にトイレにこもって吐くことができなかった。わたしは至ってまじめな人間であったため、食べ物のために家を抜け出すなんてことはせず、本当に大人しく過ごしていた。するとどうだろう、その1週間で異常過食衝動がすっかり治ってしまった。しばらくは食べすぎた時に数回だけ吐いたけど、日常的に吐かないと嘔吐反射が復活して吐くのが辛くなる。
そのうち二度と吐かなくなった。道具も捨てた。ご飯を腹12分目まで食べるのを辞めた。店員に面が割れてて行くのが気まずくなっていたコンビニ通いも辞めた。
実家暮らしかつ、お酒が飲める年齢じゃなくて幸運だったと思う。逆にそうじゃない子は全然辞められないんじゃないかな。
今でも生理前は食欲が止まらないけど、菓子パンを見ても美味しそうと思えないし、コンビニの味がトラウマで食べられなくなった。
当時の写真もアカウントも全部消したし、辛かった記憶を脳が封印しているのかもうあんまり覚えていない。親もひとりの人間だから簡単に変わったりはしないし、自分を救えるのは結局自分だけなんだろうなと思う。それでも助けて欲しいと願った自分がいたことを愚かだったとは思わない。みんなも自分のこと大事にしてね。
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ここまでが数年前に増田に上げていた文章。身バレを恐れて削除してしまったが、文章自体はスマホに残っていたので加筆修正した。
このとき温かい言葉をくれた人たちには本当に感謝している。「大変だったね」と声をかけてくれたのは友達でも両親でもなくインターネットの向こうのあなただけだったので、当時のわたしは本当に救われてお守りのように見返していた。
あれからもずっと嘔吐していない。道具がなくて吐けないのもあるし、今となっては道具を使った嘔吐の方法はあまりにもおぞましすぎて絶対にやりたくない。若さと無知って怖いなと思う。
後年、両親にわたしの摂食障害を知っていたか聞いてみた。父親は前述の通り知っていてそれを無かったことにしていた。その理由は簡単に言うと「どうしたらいいかわからないし、面倒だから」であった。普通の親なら慌てて病院に連れて行ったりするもんなんじゃないんだろうか……。正直どん引いた。
母親は一切気付いていなかったらしい。いくら食べても太らない子だなあと思っていたと。自分はてっきり知っていて無視されているのだと思い込んでいたため、少し気が楽になった。
両親とは普通に話せるようになった。それでも、この人たちは人生のいちばん苦しいときに助けてくれなかった人たちなんだとどうしても思ってしまう。助けてほしいときに誰からも手を差し伸べられなかったことへの絶望は深い傷となって残り、その後の価値観に大きく影響した。
成人して数年経つが、高校生の子を見るとなんて幼いんだろうと思う。まだまだ大人の保護下にあるべき年齢だろう。10代のわたしにとって1人孤独に過食嘔吐を繰り返した日々は間違いなく本当につらかったのだ。
しばらくはどんなに親しい友人にもそのことを隠し通していた。最近はたまに、昔ゲロ吐いてて〜と面白おかしく話してしまうことがある。自分の中で少しずつ昇華しているんだと思う。完全に忘れられるようなことはないだろう。
ボトラーならぬ、部屋でペットボトルにゲロを吐いて置いていたらなんか発酵?していて焦った話とか、抹茶アイスを1箱食べて吐いたらトイレが若草色になって面白かったとか、度を越した過食嘔吐ジョークは人に話さないように気をつけているが、エピソードとしては強烈なのでちょっともったいないなとも思っている。
一応体重がガクンと減ったりもしたのだが、すぐに元に戻ってしまった。飢餓状態が続くのと同じで、結果的に太りやすい体質になるため過食嘔吐はおすすめしない。それでもどこにも居場所がなく、かといって非行に走るようなタイプでもなかった自分にとって、持て余したエネルギーを過食嘔吐によって発散できていた1年はきっと必要なものだったと思う。食べて吐くことに夢中になっていたおかげで生きていられた。依存先としてはセックスとかドラッグに比べれば全然ましな方だと思うし……。
あの頃のわたしは20になる前に死んでしまおうと思っていたけど、ごめんけど今ものうのうと生きているよ。楽しいことだってたくさんあるし。もし同じように苦しんでいる子がいたのなら、苦しいだけの日々には終わりがあるし、きっと光が差すから大丈夫だよと伝えたい。
今から10年程前、大学時代の友人から卒業後一度も会っていなかったのに、突然連絡が来た。
「久しぶりに会わないか?」
懐かしかったので喜んで快諾したら、当日現れたらなぜかイケイケの水色のスーツ姿で、EXILEみたいにガチムチで刈り上げツーブロックだった。「だいぶ雰囲気変わったね…」と言うと、「最近、ジムで鍛えてるんだよね!」と言われて、半分ドン引きしながら居酒屋へ入った。
懐かしい昔話をして、今の仕事の話になった時に「最近どう?」って聞かれて、「将来結婚した時のために保険には入っておいた方がいいぞ!」と言われて、そこから永遠と保険の素晴らしさについての話になり、「今、俺プルデンシャル生命で保険の営業やってるんだよ。お前の見積もり作ってきたから聞いてくれ!」と言われたが、宗教の勧誘みたいで気持ち悪くなり、丁重に断って帰宅した。
山本富士子(94)
「日本一の美女」と呼ばれた国民的スター。1950年第1回ミス日本優勝。1953年に映画デビュー。日本映画全盛期を代表する大女優となる。1963年悪名高い五社協定の犠牲になるが一歩も引かずテレビと舞台で活躍。高峰三枝子以来の歌う映画スターとして何曲もレコードを吹き込んでいるが全貌がつかめないでいる。https://youtu.be/3mmlSAn45Gw?si=HVA1cAwNaciFHOxJ夫は作曲家の山本丈晴。
初代コロムビア・ローズ(93)
1952年当初は覆面歌手としてデビュー。当然コロムビアレコード所属。1956年「どうせ拾った恋だもの」1957年「東京のバスガール」等立て続けにヒットを飛ばし紅白に5回出場。初代の引退後1962年に二代目がデビュー。1964年「智恵子抄」がヒットし紅白出場。2004年に三代目がデビュー。2015年にクラウンに移籍しコロムビア・ローズの名を返上する。2010年には二代目が死去しコロムビア・ローズとして残るのは初代だけとなった。三代揃って「東京のバスガール」を歌う貴重な映像。https://youtu.be/cyCzhcd1sMo?si=yH2WNq-6UsRJ5Emi
寿美花代(93)
1948年宝塚歌劇団に入団。男役トップスターに。紅白にも出場。レコードも出しており「ボンジュール街角」はその頃の華やかさをよく伝えている佳曲。https://youtu.be/WoxnZmzmWZM?si=2DGP6tznpKZTQ4ji高島忠夫と結婚。「ごちそうさま」等テレビで長く活躍した。高嶋政宏や高嶋政伸は息子。
大学卒業後プロのミュージシャンになる。幾つものバンドを渡り歩いた後1964年ドリフターズに加入。次第にコントの仕事が増える。1968年ザ・ドリフターズとしてレコードデビュー。1969年「8時だョ!全員集合」で大ブームに。1997年CDデビュー。1999年の「僕の大好きな場所」は篠原ともえ作詞吉田拓郎作曲のハワイアンナンバー。得意のウクレレを弾きながら歌った。https://youtu.be/fuliICJK6wY?si=7dVlVYjwSFB1CX7h
1958年タンゴバンドで歌手デビュー。1962年レコードデビュー。1967年「知りたくないの」が大ヒット。1970年「今日でお別れ」でレコード大賞。紅白出場は実に22回に及ぶ。今もなお精力的に活動を続ける。驚くほかないが去年はほぼ毎月コンサートを行いテレビに出演し歌を歌っている。CDも絶え間なく出していて、2021年の最新シングル「「歌よ…あなたが居たから」は吉幾三作詞作曲。変らぬ風雅な歌声を聴かせてくれる。https://youtu.be/IazqkIdPsLU?si=KYU7c3jc58EWMBAU (続く)