風に吹かれて-第7次ブータン調査(9)

阿弥陀への五体投地
8月31日(金)。今枝先生ご夫妻のお見送りをうけてホテルを出発し、まずはティンプー市内にあるDSB BOOKSという本屋さんを訪ねました。先生が3年前に購入されたものの、行方不明になってしまったカルマ・プンツォ(Kharma Phuntsho)さんの大著『ブータンの歴史(History of Bhutan)』を買うためです。最近ハードカバーだけでなく、ペーパーバック版も発売されており、少し軽くなったペーパーバックを手に入れました。軽くなったとはいえ、厚さ5cmばかりあり、中は英語がびっしりと詰まっていて、なかなか読み応えがありそうです。英語が得意なtaskさんでも読破するには骨が折れるだろうと思いました。私は『ゾンカ語と環境学の基礎本(Foundation Book on Dzongkha and Environmental Studies)』を買いました。ゾンカ語と英語で書かれた写真満載の図鑑です。身近な単語からゾンカ語の勉強をしようと思います。


午前はパロ地区シャリ谷ケンパ村のT家を調査しました。外観からとても大きな家に思えましたが、実際は4世帯が住んでいる縦長平面をしていて、ブータンの伝統的な田字型四間取りではありません。この家のご主人(80代)によると、200年前に建てられた家を改修しながら住んでいるそうです。屋根裏に上がる階段の框(ささら桁)が手すりと一体になっていることからも古い起源をもつ建物だと推定されます。
仏間はチェスム・ヨッカ(Chosum yokha)と呼ばれています。この家の人は阿弥陀仏を崇拝しています。仏壇の中央に阿弥陀仏(tshe pag me)、その向かって左には釈迦と千手観音(chen re zig)、右にはグルリンポチェ(guru rinpoche)、阿弥陀如来の手前にはシャブドゥン(zhabdrung)を祀っています。左壁にはタンカを吊り下げていましたが、右壁は普段は何も吊るさず、祭事の際に飾るそうです。タンカには笛を吹いている神様が描かれています。ガイドのウタムさんはこれを「天使」だと仰っていましたが、本屋で買った図鑑を調べてみると、ヒンドゥー教の神様のクリシュナ(ja jin)のようです。他のタンカには、阿弥陀仏が歓喜仏として描かれていました(いちばん上の写真)。
仏像やタンカ以上に驚かされたのが、仏間中央に残る五体投地の痕跡です。膝、肘、手首の部分の床板がおおきくえぐられており、頭の前にあたる部分にはソロバン状に小石を並べています。この小石で投地の回数を記録していくわけです。


初穂飾チャ
控えの間右側の壁には壁画があります。描かれているのは千手観音(chen re zig)、文殊菩薩(jam pel yang)とチャナドジ(chanadorji)です。チャナドジはサンスクリット語ではバジョラパーニ(vajrapani)と呼ばれており、元々はボン教の悪魔だったのですが、調伏されて今は国の守護神になっています。
控えの間と仏間の境に、初穂の飾りチャ(tsa)が飾られていました。ウタムさんによると、自然の恵みに感謝して、稲が収穫されたが食べる前に初穂でチャを作り、神仏にお供えするそうです。これは仏教的な慣習ではなく、おそらくボン教と係わりがあるだろうと先生はおっしゃっていました。チャナドジの壁画や、チャが供えられているところからボン教の影響を感じられて、良かったです。




グリーン都市計画と金魚鉢
じつは前日(30日)の午後、二人の技術者とティンプー郊外のカルマズコーヒーで話し合いをしていました。お二人はグリーン・デザイン・スタジオ(GDS)に所属する建築家・技術者であり、ブータン政府が進めているグリーン都市計画の担当者です。先生は、都市計画の専門家ではないからたいしたことは言えないと述べられた上で「金魚鉢の循環」のお話をされました。詳細はリンク先をご覧いただきたいのですが、要するに「金魚は清澄透明な水を求めているわけではなく、微生物と緑藻に満ちた濁り水の中で生きている。金魚が生き続けている水こそが金魚にとって良い水である」ことを説かれたのです。その後、お二人はわたしたちの調査への参加を申し入れされ、先生は何故?という顔をしながらも快諾されました。本日午前中のケンパ村T家には道に迷ったそうで、終盤の11時ころにいらっしゃいました。とくに興味を示していたのは、野帳と調査道具です。
前日と同じレストランで昼食を取り、午後からはスタジオのお二人が推薦する民家を調査する予定でした。ところが、現地に行っても家の鍵は閉まっていて、待てども待てども家人はあらわれないし、スタジオのお二人も到着しません。待っている途中、かなり高齢のお婆さんが私と先生の間に腰かけて休憩し、また歩いていきました。先生は私の100年後だと仰っていましたが…120歳まで生きれたら万々歳です。

↑ティンプー市郊外のカルマズ・コーヒーはアンビエント以上の老舗だそうです ↓ゾンドラカ寺からパロ方面を望む


ゾンドラカのブータン人
民家調査はあきらめ、ハ方面のゾンドラカ(Dzongdrakha)寺へ向かいます。2013年に研究室が最初に調査した崖寺で、すでに何度か調査されていますが、先生以外の3名は初めての訪問です。ゾンドラカから見た棚田や山々の風景はとても雄大で、ブータン滞在中で一番気に入りました。ここには、28日にナギ・リンチェンでみたよりも遙かに多くのツァーツァ(骨小塔)があります。

↑↓ルゥに表現された蛇

ルゥ(Lu)には蛇の装飾が施されていました。蛇は地下世界(地獄)の支配者であると同時に、水の神でもあることなど、この1週間で少しずつ知識がついて楽しくなってきたところだったので、もう明日には出国かと思うと残念です。感傷に浸りながら歩いていると、向こうから小さな男の子が泣きながら歩いてきます。すると、タクシー運転手のラジェさんが男の子を抱き上げてあやし始めました。見ず知らずの子どもでも、泣いていたら優しく声をかけてあげる姿に一行は胸を打たれ見とれてしまいました。先生がラジェさんに良いお父さんになるだろうと仰ると、嬉しそうにしていました。
ゾンドラカの看板前で写真を撮っていると、女の子が歩いてきたので一緒に写真に映ってもらいました。知らない外国人にも拘わらず快く撮影に応じてくれたことに驚きましたが、ブータン人の優しい気質はとても魅力的だと思った一日でした。(バレー)

↑泣き虫

↑↓記念撮影


↑キラ選び
【連載情報】風に吹かれて-第7次ブータン調査
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