はてなキーワード: 習い事とは
子供の頃、両親フルタイム共働きで、学校が終わったら鍵っ子として家に帰ってきて、道具を持って塾や習い事に行くような子供だった。
父は家にいないのが当たり前だったし、母からはいつも面倒ごとを起こすなみたいなオーラが出てた。
その頃、塾や習い事のない日やその時間までいつも入り浸っている同級生がいたのだが、母親がその子を極端に嫌ってた。
子供心に極端に嫌うのが不思議だったんだけれど、多分、あの子も放置子だったんだろうな。
親としては自分のことを棚に上げてちゃんとしている親を演じたいのに、
放置子がかくまわれているとどうしても、ちゃんとしてない子供みたいに見えるのが嫌だったんだろうな。
もちろん、放置子に家のリソースをいろいろと使われるのも嫌だったんだろうけど。
転職時に上京してきたので、さくっと会える友達がほぼいなくて困っている
一人で行動することが苦ではないので普段困ってるわけではないんだけど、たまには旦那と猫以外で気の置けない人と出かけたりしたいときもあり、、
とりあえず仕事と資格試験が落ち着いたら習い事でも始めようかなと思ってるけど、そのほかに何かおすすめありますか?ボランティアとかのがいいのかな?
転職時に上京してきたので、さくっと会える友達がほぼいなくて困っている
一人で行動することが苦ではないので普段困ってるわけではないんだけど、たまには旦那と猫以外で気の置けない人と出かけたりしたいときもあり、、
とりあえず仕事と資格試験が落ち着いたら習い事でも始めようかなと思ってるけど、そのほかに何かおすすめありますか?ボランティアとかのがいいのかな?
両親共働きで世帯年収600万ぐらい、家はずっとせまい賃貸で、東京で生まれ育ち東京に就職する……というようなひとってめっちゃ多いんだな。
彼らは家に金がないから、全然「体験」を人生の中でできていない。修学旅行以外で旅行に行ったことは一度もない。習い事とかも特にしてない。友達もあんまりいない。なんかよくわからない私立大学に謎に奨学金とか借りてまで入り特に勉強を頑張るでもない。
何してるかというと、YouTubeみたり、SNSで芸能人の投稿見たり、無料のスマホのゲームを無課金でやったり、毎週少しずつ更新される無料のWebの漫画を読んだりしてる。こういうのを子供の頃からやってて就職しても金ないしずっと続けてる。
まあこの暮らしが不幸かというとそうでもなくて、ご機嫌に暇潰せるし一応食えてはいるし、文明の進歩の素晴らしさって感じではあるよなあ。
でも彼らの人生の光景ってほとんどがスクリーンから得られる無料のコンテンツなんだよなあ。前述の通りこれは良くも悪くもないとは思うのだが、これこそ現代のアンダークラスだなと思ったり。
彼らが田舎で生まれ育ってたらまた違った人生もあった気がするんだよな。コミュニティから断絶されず、休みは自然の中で過ごしたり、友達とバーベキューしたりさ。マイルドヤンキーやんけって言われればそうなのだろうけれど、気が合う仲間とそういうのやるのって楽しいし、順応できるのならいいじゃんね。家族の支援や代々受け継ぐ家とか土地とか人間関係などの資産も。東京で人生をおくると結局こういう、特に能力も向上心ももたない人々が幸福に過ごすためのアセットから切り離されてしまうと思うんだよなあ。
みたいなことは延々言われてきてる気がするが、ゴールデンウィークでごった返す空港のロビーで、「体験」をたくさんしてそうなガキを見つつ最近若い子と話したのを振り返りながら改めて思ったのであった。
初任給高騰の陰で、割を食うという不満が広がる。「私の給料が減って新卒~3年目の給料が大幅に上がりました!え??」。都内の食品会社に勤める30代女性のSNSでのつぶやきは800万回超も表示された。
勤務先は今春、初任給を3万円上げ、女性も月額5000円の賃上げ予定だが、会社はその分、賞与を1回分減らす。年収は減少する可能性もある。女性は子育て中で、「(いずれ上がると)低い給料でも頑張ってきた。習い事も受験も、これからお金がかかるのに」と嘆く。
https://news.yahoo.co.jp/articles/51fe1ed53f21edb015c7cc9b5ac826efa7e7a9aa
義兄の勤め先は聞いたけど給料は知らない。けど今の時代に子ども3人専業主婦ってだけで文句なし勝ち組なんだろうな。
でも正直全然羨ましくない。
とにかく生活するだけでカツカツって感じでしんどくないのかな?って思う。
甥っ子姪っ子たちも、初めから興味ないなら良いけどやりたい習い事とかを我慢させられたりしてないのかなとかちょっと心配する。完全に余計なお世話だけど。
まぁ、私は姉の6歳下だけどいまだに彼氏もおらんし、姉はこの年齢のときすでに3人の母親だったから
比べたら姉の方が完全に人生のランク高いんだけど、シンプルに私には無理。子ども3人は無理。いや多分1人でもキャパオーバーしそう。
保育士だけど、信頼できる施設であるなら人見知りが始まる6ヶ月で短時間預けるのは、1歳半とかでいきなり長く預けるよりもよいのではないかと思う。ただ、それは9-16とかの短時間で、信頼できる施設であるならの話。担任の質や、大抵合同保育になる1歳児の質にもよるから、見学にいって環境は絞れるとはいえ、賭けかなぁ。
増田にそんなこと言うってことは、旦那さんは結構稼ぎがいいのかな?だったらまあ1歳代の4月くらいまで育休とって、旦那さんの稼ぎと育休手当でアクティブに過ごすのも楽しいかもね。今はお金さえあれば幼児教室や一時保育、習い事も0歳から入れるから、子供と2人きりにならなくても済むし、副業で色々家でやれるから、つわりがおさまったら考えてみるのもいいかも。産後の夫婦喧嘩って本当に疲れるだけで何も生み出さない。わからんちんを説得するなんて時間の無駄だから、違う方向から、自分の楽しい方向に持っていくのがいいよ。
ちなみに私はつわりで入院していたけど、コーラを飲んだらだいぶ楽になることに気づいてずっと飲んでました、胃の中で泡が動くのがたまらん。あとインスタのリールとかみて聴いてた音楽は聞けなくなる。好きな音楽はあんまり聞かない方がいい。
小中は同じクラスのおませな友人が付き合っただの別れただのの話をしているのを聞いては、
私も高校生くらいになったら好きな人ができるのかなぁとぼんやり考えていた。
しかし高校は女子校へ進学し、習い事も特にしていなかったので、同年代の男性との関わりはゼロ。
漫画やドラマを見てはしゃぐ程度で、そこまで強く「彼氏が欲しい」と思うこともなく、花のJK時代を浪費していた。
そしてようやく大学生になって、同年代の男性と知り合う機会が増えた。
けど別にそこまで恋人が欲しいと言う熱意もなく、むしろ女友達からは「ぜんぜん恋愛する気ないのつまらない!」と言われる始末。
でも大学に入って最初に仲良くしてくれた男友達が告白してくれて、それがなんだかこしょばくて嬉しくて、初めての彼氏ができた。
相手も私が初彼女だったらしく、初々しくもお互いを大切に、少しずつお互いへの愛を深めていった。
部活繋がりで知り合った他校の女性と、身体の関係を持ったようだった。
自分で言うのもなんだが私はかなり一途な方で、浮気など到底許せるはずも、理解できるわけもなく、泣きに泣いて別れた。
自尊心はズタズタになり、ストレスで激痩せして、若干男性恐怖症…というか、男性嫌悪になった。
まあでもそれも時が経てば薄れていき、社会人になった。
そこで出会ったのが、その人だった。
仮に、Aとする。
その会社では、Aが私と同じく20代前半、それ以外の社員は少し歳が離れていた。
Aは高卒で働きに出て、私より1年ほど前にこの会社に中途で入ったらしい。
コミュ力が高く、場の中心にいるような人だ。
年上にも物怖じせず接せられるタイプらしく、先輩社員みんなからも頼りにされていて、初めは「内弁慶で人見知りの私とは全然ちがう、こんな優秀な人と比べられちゃったら嫌だな…」と思ってみていた。
Aは元から世話焼きな性格なようだったが、私と年齢が近いということもあり、どうやら新入社員のフォロー役に任命されたようだった。
なにかと気にかけてくれて、業務の研修はもちろん、仕事終わりにはよく「◯◯先輩と飲みにいくからおいでよ」と声をかけてくれた。
おかげさまで、私もわりと早い段階で会社に馴染むことができた。
私が入社して二年ほど経った頃、仕事にも一人暮らしにも慣れ、心にも余裕が出てきた。
季節は春をすぐそこに控えた冬の終わり、よく晴れた日のことだった。
仕事の用事でAとの話が終わって、さぁ自席に戻ろうと背を向けたところで、Aに呼び止められた。
振り返ると、Aが「これあげる!」とはにかみながら、私の手にお菓子を握らせてくれた。
そのとき、Aのことが心底好きだと気づいた。
その日は家に帰ってから、何度も何度も、本当にこの気持ちは恋なのか?ただの憧れの先輩に抱く感情なのか?と自問自答した。
ベッドで転がりながら、過去の飲み会で撮ったスマホの写真に映るAを見直しては、なんだか心臓がむずがゆくなる。
しかしAは、その時すでに恋人がいると聞いていたので、この気持ちは自分だけの秘密にしておこうと思った。
過去、初恋の人に浮気されたのがトラウマになっていたこともあり、奪ってやる!なんてそんなこと、到底考えることもなく
まるでアイドルへのガチ恋よろしく、ただ勝手に好きでいさせてもらおうくらいに思っていた。
それから半年ほど経って、ある日の飲み会で、私はやたらと酔っていた。
普段は割とお酒に強い方だが、なぜかその日はかなり飲んでしまっていたらしい。
私は酔うと、やたらと愛を語りたくなるタチだった。
そしてついうっかり、秘めていたはずの「好き」をド直球でAに伝えてしまったのだ。
でも、Aも酔っていた。
そしてAも私のことを好きだと言い、キスをした。
それから、Aと私は「お互いを好き合っていて、キスだけ一度したことがある」という関係性のまま、なんとなくソワソワしてすごしていた。
一線は変えてないけど(まあキスしてるから超えてるんだけど)、でも両想いで…みたいな、なんかちょっとドラマチックな関係性が若い私たちには甘美だった。
Aはいっそう私に優しくなり、私もAに甘えるようになり、飲み会では必ず隣に座ったりしていた。
でもそれだけだった。
私は傷心したが、これでこの叶わない恋も終わりを迎えたのだと思った。
寂しいけれど、なんだか妙に清々しい気持ちさえした。
おめでとうと言った私に、Aは「ありがとう」と、私が恋に落ちた笑顔ではにかんだ。
そして翌る日、私は会社の飲み会の帰り、家の鍵を無くしてしまった。
当時住んでいたマンションの前で、人通りも街頭もない暗い道にひとりで立ち、何度も何度も鞄や服のポケットの中を探る。
そこに先ほど解散したAから、無事に家に着いたかと尋ねるLINEが届いた。
私は思わず、鍵を無くしてしまった、家に入れない、どうしよう、と返した。
するとAから、すぐに行く!と返事が来た。
そして実際、Aは乗っていた終電を降り、わざわざタクシーを乗り継いで、私のもとに来た。
安堵とうれしさ+アルコールが混ざり合い、私はもう訳がわからない情緒になっていた。
Aのことがヒーローのように感じられた。
しかしヒーローが来ようが、無くしてしまった鍵は見つからない。
とりあえず一晩を明かす場所を確保しなくてはならないが、近くにあるのは寂れたラブホテルだけだった。
そうしてなんやかんやついに一線を超えてしまった私たちは、立派に不倫関係となった。
私は罪悪感を覚えながらも、好きな人と結ばれることはやはり嬉しく、その後もAとの関係を断つことができなかった。
なんなら正直な話、Aはほぼ毎日仕事終わりから寝るまでラインをして、しょっちゅう飲みにいき、ほぼ毎週末終電を逃して私の家に泊まり、とてもじゃないが家庭のある人のようには思えず
たまにふと「そういえばこの人、結婚してるんだよな…?」と勝手に不思議な気持ちになったりもしていた。
そんなこんなで、気づけば5年が経っていた。
私は20台後半、いわゆるアラサーになり、友人からの結婚報告に度々メンタルを抉られるようになった。
そして幸せそうな新婚の友人の姿を見るたび、やっぱり不倫なんてしてはいけない、はやくやめなくては、と思うようになっていった。
でも愛はますます深まっていたし、私自身はただ一途に人を愛しているだけなのになんで…、という甘えの気持ちも捨てきれずにいた。
Aもまたこの関係が心地よいのか、当初からの熱量と変わらず私の相手をしてくれていた。
そんなクズみたいな私でも、これだけは、と心に決めたことがあった。
それは、Aの家庭に子供ができたら絶対にこの関係を終わらせよう、ということだった。
私は子どもが好きだ。子どもは宝だと、綺麗事抜きで結構本気で思っている。
子どもはみんな幸せであるべきだし、子どもの幸せとは親からの愛情を一身に受けることだと思っている。
また、父母がお互いを大切にしあい、疑う余地なく信頼し合っている、そんな家庭で育つことが、子どもの幸せにとって重要なことなのだと信じている。
そうしてしばらくした頃、ついにその時が来た。
ある日の夜、いつもはLINEの文面で連絡を取り合っているAから、いきなり電話が掛かってきた。
スマホの画面を見て、Aからの着信であることを見ると同時に、あー、と思った。
「どんな感動系の映画でも泣いたことない」というのが自慢だったAは、電話口でぐずぐず泣きながら、嫁から妊娠したって言われた、と話した。
私は「おめでとう!奥さんのことを大切にね」と言った。
そうして、終わった。
私は電話を切ってからひとしきり、数日にかけて泣き続け、仕事も有給を使って休み、その後も数ヶ月はずっとどことなく体調を崩していた。
でも一方で、肩の荷が降りたような安堵感もあり、自分みたいな小物には不倫なんて向いてないよなと思うなどもした。
なら最初からするなよという話でしかないが、甘い誘惑には抗えず、20代をAにだけ捧げて、三十路を前に私はひとりになった。
その後Aとは、部署が離れ業務でも関わりを持つ機会が減ったこともあり、「ただ仲のいい会社の先輩後輩」という関係に落ち着いた。
Aは子煩悩な、いいお父さんになっているようだった。
なんだかんだ愛情深い人なので、きっと奥さんのことも今は一途に大切にしているだろう。
私はその後、別の人とお付き合いする機会を得たものの、あまり長続きせず別れてしまった。
今後もしラッキーなことに好きな人ができてその人と付き合えて結婚したとしても、年齢的に子供を望める期待は薄い。
そしてなんとなく、不倫をしていたという罪の意識は無くなることはないだろうし、不倫をしていた私が幸せになれることなんてないだろうなと自分で思ってしまっている。
でもそのくせ、Aとの時間はかけがえがなかったし、あんなに深く人を愛せる機会を得られたことは(たとえ不倫であれ)幸いだったとも思っちゃっている。
そんなAが、このたび会社を辞めるらしい。
これでもう、完全にさようならになるんだろう。
物理的に、もう顔を合わす機会も完全になくなり、完璧な過去の人になるんだろう。
Aは頭の回転が早くて、今日になんでもできる人だし、人タラシで誰からも愛される人なので、きっと新天地でも成功すると思う。
どうか幸せに健康に、もう二度と不倫なんてせず家庭円満で生きていってほしい。
さよならね
唯一この話から学べることがあるとするなら、
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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この1週間のチャットは、
「生活感のある雑談 × テック・経済 × 軽い思想議論」が混ざり合った構成だった。
全体として、
「ゆるい雑談コミュニティだが、話題の幅と深さが広い」状態であり、
参加者同士の距離感の近さと知的好奇心の両方が感じられるログだった。
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249
世帯年収1,200万円〜1,500万円が「最低ライン」のスタート地点だ。余裕を持って「楽しみながら」実現するなら、1,800万円以上を目指すのが現実的。1. 「海外旅行」という特大のコストパッチ2026年現在の燃油サーチャージ、円安、現地の物価高を考慮すると、4人家族での北米・欧州旅行は1回あたり150万〜250万円が飛ぶ。航空券: 大人2名+子供2名。北米・欧州なら安くても80万〜120万円(エコノミー)。宿泊費: 4人1室または2室確保。1泊5万〜10万円 × 7〜10日間 = 50万〜100万円。現地費用: 食事・観光・移動。1日5万円 × 10日間 = 50万円。合計: 年に一度のこのイベントだけで、月々の手取り給与の数ヶ月分が消滅する計算だ。2. 「子供2人の養育」という継続的ランニングコスト日本での子育て費用は、公立か私立かで大きく変わるが、標準的な「習い事や塾を含めた生活」を想定するとこうなる。教育費・生活費: 1人あたり月5万〜10万円(成長に伴い増加)。2人で年間120万〜240万円。住宅ローン/家賃: 4人家族が快適に住むなら、月15万〜25万円。年間180万〜300万円。社会保険・税金: 世帯年収が高くなると、所得税の累進課税や児童手当の所得制限が「デバフ」として効いてくる。3. 世帯年収別シミュレーション(4人家族)世帯年収海外旅行の実現性生活のコンディション800万円極めて困難日々の生活で手一杯。旅行は5年に1度が限界。1,000万円ギリギリ可能住宅や食費を徹底的に最適化(節約)すれば、2年に1回。1,200万円最低ラインボーナスをすべて旅行に突っ込めば年1回可能だが、貯金は増えない。1,500万円現実的な安定圏旅行に行きつつ、子供の教育費も並行して蓄積できる。1,800万円〜推奨スペックランクの高いホテルや、現地での贅沢も許容できる「余裕」がある。
どれも企業運営ではなく個人でやっているところなんだか、そういうところは教育が体系的ではなく感覚的で、家での練習を補助的にやらないと全然上達しない。(月謝は一万以下なのでそういうメリットはある)
自ら家で進んで練習する子ならいいが、そんな子ばかりではない、というかうちの子は違う。
言ってもやらないし、そばで見て間違いは指摘しないといけない。
まあこれは自分の子供の時も同じだったから仕方ないと思う。うちの親は一緒にはやってくれなかったけど。(なので進研ゼミは貯め放題だった)
今も子供はピアノに来ているが譜読みができず怒られている。そりゃ先生、譜読みをレッスンで全然やってないからできないですよ…。
都内勤務、千葉のマンション(ローン残り22年)、妻パート、子供2人(小2と年中)。車は型落ちのフリード。年収580万。
世帯年収だと700万ちょいあるはずなのに毎月カツカツで、ボーナスが生活費の補填に消える。
もうちょっと具体的に書くと
管理費修繕積立 2.5万
保育料 3.7万
食費 6.5万(これでも相当切り詰めてる)
奨学金返済(俺の) 1.5万
保険 2.2万
スマホ2台 0.5万
雑費日用品被服 2万
小遣い俺 2万 妻 1.5万
ざっと40万超える。手取りが38〜39万だから毎月赤字。足りない分はボーナスから。でもボーナスも固定資産税と車検と年払いの保険と帰省で半分以上消える。
貯金は子供の学資保険以外ほぼない。NISAとかiDeCoとか何それ状態。老後?考えたら眠れなくなるからやめてる。
別に贅沢してるつもりはない。外食は月1のファミレスだけ。俺の小遣い2万で昼飯代込み。服はユニクロかワークマン。サブスクはアマプラだけ。酒はストゼロの500を週3本。唯一の楽しみがこれ。妻はもっと削ってると思う。
で、何が言いたいかっていうと、俺らの世代ってこれが「普通」なのか?って話。
大学出て、就職して、結婚して、子供作って、マンション買って、っていう「普通のルート」を歩いたつもりだった。親がやってたことと同じことをしただけなのに、親の世代より明らかに苦しい。親父は地方の中小企業で年収は俺と大して変わらなかったはずだけど、一戸建て建てて車2台持って、子供3人大学出して、母親は専業だった。なんで?
毎日満員電車に1時間揺られて、残業して、帰って風呂入れて寝かしつけて、やっと座ったら22時半で、ストゼロ開けてスマホで増田見てる。これが報われてる状態なのか?手取り39万で?
会社の同期で独身の奴が「最近キャンプにハマってさ」とか言ってるの聞くと正直キツい。お前の手取り全部自分に使えるもんな。でも結婚して子供いるのは俺が選んだことだから文句言う筋合いはない。わかってる。わかってるけどキツい。
先月、子供に「みんなUSJ行ったんだって」って言われて「うちも今度ね」って言ったけど、いつ行けるのか見当もつかない。家族4人で行ったら5万は飛ぶ。その5万がない。
たまにXで「年収500万は底辺」みたいなポスト見て、ああそうなんだろうなと思う。でも日本の38歳の年収中央値調べたら500万前後で、俺はそこそこ上の方にいるはずなんだよ。中央値より上で底辺の生活してるってどういうことなんだ。
教えてくれ。
俺はどこで間違えたんだ。千葉でマンション買ったのが悪いのか。子供2人がそもそも身の丈に合ってなかったのか。奨学金背負って大学行ったのが間違いだったのか。全部「普通」のことをしただけなのに。
それとも「普通の生活」がもう年収580万じゃできない時代になっただけなのか。
誰か同じくらいの年収で子持ちの人いたら、どうやって生活回してるのか本当に教えてほしい。もしくは俺の家計でここが無駄だろって突っ込みでもいい。もう自分じゃわからなくなった。
オーケストラのコンサート..はお金を払ってプロのを聞いたことはないかもしれない。素人オーケストラは学校で講演会とかをするのを何度か聞いた。
美術館はスポットで行くけれど、定期的に同じところに足を運ぶことはないな。そんなに頻繁に展示内容って変わるの?
落語は新宿末広亭も浅草演芸ホールも国立演芸場も行ったことがある。
家が金持ちだからなーどうにでもなってしまうしなーと根っこの部分で思ってしまってるのが大きな原因だし実際どうにでもなってしまう
俺がどれだけ金を稼ごうが父親の方が圧倒的に稼いでいるし、たぶん一生稼ぎで勝てることはないと思う
仮に俺が金持ちになっても生まれ育ちが優れていただけでしかないから達成感も充実感もないのが既に分かってしまっているしな
田舎とか貧乏家庭に生まれて「こんなところ出て行ってやる!」と反骨心やハングリー精神を持ってる人達が羨ましい
一生懸命努力して金を稼いでほしいものを買う喜びがあるのが羨ましい
社会階層を駆け上がってどんどん世界が広がっていく感覚があるのが羨ましい
煽りじゃなくて本当にそう思ってる
「結局ごめんね、ニッコマで」
小さくてなって食が進まないお前。
あの時は「まあ頑張れよ」と俺は言った。
でもな
違うんだ。
違うんだ、息子よ。
年内入試ですごい倍率を突破して東洋に合格し、これなら第一志望だったMARCHのどこかには…と浮かれた俺たち両親が一番悪かった。
本当に申し訳ない。
俺たちがお前の憧れた高学歴であったらもっと気を利かせたこと言えたのかな?
でもきっとダメだ。
非常に無責任な親ですまん。
こんな親だからお前にこうした方がいいよという指南はこの先もずっと出来ない。
綺麗事だと思うだろう。
お前ぐらいの時の俺なら間違いなくそう思う。
でもこれは本当だ。
俺はお前が生まれてから、この前がってん寿司を一緒に食べて、これから東洋大を卒業するまで学費を振り込む事にただの一つも後悔がない。
お前のために使ったお金で無駄だと思ったものは本当に一つもない。
日本の歴史も、学研の図鑑も、進研ゼミも、習い事も、部活も、塾も、予備校も、全部だ。
独身の頃、無理して都内の美容院に通い、渋谷や新宿で服を買い、女の子とクラブでデートすることに金を使う時は不安しかなかった。
結婚して、家を買い、車を買い、お前たちが生まれてからどんどんお金を使うのが楽しくなった。
これが最高の間違いない文明的で文化的で道徳的にも正しいお金の使い方なんだと心から納得出来た。
お金の使い方に納得出来たから、どんな辛い仕事も頑張れたし冷静になれた。
そしてその時にはじめて分かった。
お前たち子供のためにお金を使うことで、俺ははじめて俺の親の気持ちの深い部分を分かったような気がしたんだ。
きっと俺の親は、俺がその心境にたどり着いたことを知らなかったろうと思う。
そして俺が勝手に思っている事ではあるが、俺の親の子育てが本当に終わったのはその瞬間だったのではないかと。
もうお前がどんな事を勉強してて、どんな風な友達がいて、どんなサークルやバイトをして、そんな事も分からなくなるのだろうなぁ。
あと4年間。
まだ俺の子供でいてくれよ。
お前の親父になれて本当によかったよ。
30年近く前、あまりの煩さに来賓の植木等が怒って途中で帰った日本武道館の東洋大学卒業式で、誰もよりも不安そうな顔で卒業した父より。