「経験則」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 経験則とは

2026-05-08

よいTogetterの見分け方

ごく稀にではあるのだが、よいTogetter出会えることがあります

経験則ですが、その条件です。

主語述語が分かりやすタイトルになっている。( = 短文に要約できる人は まとめもうまい

・ 1ページに収まっている。(= 長いのは だいたい まとまっていない )

・ 重複する内容の投稿がない。(= 同じ意見を並べているのは 印象操作意図がある )

2026-05-03

拳法時代に合わせて更新すべき…😟

いつまでも素手でいいのか?

時は令和、世は生成AIである…😟

まり文明の利器、銃、ガン=カタのようなものが求められているのではないか?😟

中国の人型ロボットは当然人間ではないので、急所等もないわけだから

防御系の型、ボクシング基本的に顎を防御する構え、こういったもの必要がないわけで、

となると、新しいロボット急所を防御する拳法誕生するのではないか…😟

考えてみれば、カンフー空手拳法はすべて経験則であるが、

こういったものコンピュータとかAIで、最も最適化された格闘技を生成できるのではないか?😟

歩くことを優先すれば、遺伝的プログラミング人工生命などは奇妙な歩き方を生み出す…😟

同じように、新しい時代格闘技が作れるのではないだろうか…😟

anond:20260503010610

振り込め詐欺じゃないんだけど、絵画商法に引っかかりかけたことがあった。

銀座ギャラリー客引きにかかっちゃって、この絵は本当に価値があるし、お客様生活の質が上がりますよ、ってなことを、こっちを褒めてそやして店内で引き止められまくって、無理強いはしてないけどなんとなく逃げられなくて(この空気作りが上手かった)、だんだん洗脳されたあの感じ。

はてなさんの事件がどういうことだったのかまだわからないんだけど、経験則絶対に言えることは「ない」ことを「ある」と思い込ませるのが相当上手かった、これは間違いない。

ポイントはここに尽きると思う。

何をどうやって「ある」と思い込まされたんだろうな。

私の事例なら、後で調べた市場価格がせいぜい10万そこそこのシルクスクリーンを、80万円で売ってきたからね。ない価値をあると思い込まされた。

当時、月収15万とかそこらの人だったのに。冷静になれば無理でしょ。

私の時は書類サインしてしまったあとでも、クーリングオフで速攻解約できた。そこはちゃんと(?)している会社だったな。

あーる◯ばん、とかって会社さん。どうやら今でも元気みたいだよ…。たまに電車広告出してるもん。ああい絵画展にはほんと気をつけないと怖いよ。

話題がズレてるとは思うんだけど、本当に人を騙すような人たちって、いい人そうで親切そうだから厄介だよね。みんな、気をつけよう!

2026-05-01

最終回発情期という言葉は嫌いだけど

今日発売のジャンプGIGAブラッククローバー最終回を迎えた。ジャンププレスでも濁されていたのでまだしばらく続く可能性も考えていたが、結局最終回で良かったらしいね


巷では最高の最終回だと絶賛されているし、確かに客観的に見ればそうなんだと思う。

客観的にはそうなのは分かっていても、自分個人としてはそうは思えなかったってだけで。それが悲しい。

個人的にはどっちが魔法帝になるとかは割とどうでもよくて(アスタとユノには思想の大きな差はないし、あの国において権力を握っているのは魔法帝ではなくて国王)、

最終回になって初めて確定したカップルの組み合わせがある事が辛い。それも別の組み合わせの方が早くから描かれていたのにそっちにはならなかった事。

推しカプがくっついたから最高の最終回!」と叫ぶのは良くても、「地雷カプがくっついたから最悪の最終回!」と叫ぶのは許されないんだよなぁ。納得いかない。

カップルの成立を最終回発情期という言葉揶揄する風潮は本当に大嫌いなんだけど、最終回や酷い時には単行本描き下ろしでいきなり確定させる風潮もまた大嫌いなんだよな。恋愛重要じゃないならそもそも描かなきゃいいのに、恋愛過程を描かずに結論だけはしっかり描くパターンが多過ぎる。

近年ジャンプ本誌で最終回を迎えた呪術廻戦や僕のヒーローアカデミアでは最終回ではまだ濁して単行本最終巻でようやく確定させるという鬼畜な真似をしていたのでそっちの心配もしていたが、ブラクロはさすがにそれはしなかったようだ。


とは言え、変な組み合わせでもドラゴンボールトランクスとマイなんかは別に平気だったんだよな。原作最終回自体は終わっているけれど、他に相手候補がいるでもなかったし。

最終回でいきなり確定して叩かれてる組み合わせでも、鬼滅の刃の伊之助とアオイやNARUTOのチョウジとカルイは平気だったので

多分、

最終回で初めて確定する

・他にも相手候補がいた

の両方が揃うと無理なんだと思う。

なのでフリー同士で特に支障がない組み合わせが叩かれていて、片方の片想いだけはあった組み合わせがフラグがあったと正当化される風潮に納得がいかない。

自分的には全然受け入れられる組み合わせが世間で叩かれて、受け入れられない組み合わせが祝福される現象が辛い。

もっともヒロアカ場合、組み合わせ自体が嫌いなんじゃなくて雑誌最終回で答えを出さずに単行本で不意打ちするというやり方に引いたのでまた違うんだけど。

ラクロ場合もこの漫画単体でどうこうよりも、ジャンプの嫌な伝統を感じて無理なのかもしれない。

少年漫画でもジャンプ以外だとそうでもないんだけど、ジャンプは本当に最終回で突然決まるパターンが多いんだよねー。経験則

まぁ、作り手の側から見たら、カップル成立をギリギリまで引っ張る動機は分かる。ドラゴンボールみたいなのはそれをやってもファンが離れないという自信があるからできる事で、そんな作品は滅多にないんだろう。ギリギリまで読者を引き付けて金を搾り取りたいという心理は分かるよ。

ラブコメじゃない少年漫画において、誰と誰がくっつくかなんてどうでもいいと言われれば確かにそう。

自分少年漫画、というかジャンプ漫画に向いていないのは分かる。良い読者じゃないのは分かるから、あまり深入りしない方がいいんだろう。

上記ドラゴンボールや鬼滅みたいに大丈夫パターンも稀にあるから、事前に確認してから読むべき。

ヒロアカ呪術の教訓からはどうしてもこの手の少年漫画を読むならば最終回間際ではまだ早すぎて、明確に最終回を迎えて単行本最終巻が出てから初めて読むようにした方がいいんだろうなー。10年は長いけれど、だからこそその長い時間の思い出を最後最後台無しにしたくない。

ヒロアカ呪術は本当に嫌な思い出だった。

ヒロアカの方は組み合わせ自体は初期からずっと好きだったので、叩かれてるのにも乗れないし。普通にエピローグの5話のうちでくっつけてくれれば良かったのに。

恋愛関係を確定させるなら早い段階で!最終回で確定させるならせめて他の相手候補がいなかったキャラで!を守ってくれる作品が好きだが、今後もジャンプ作品の多くはそうならないだろう事は分かる。

タイイチのラブコメだと安心して読んでいたさむわんへるつにさえ、最悪の騙し討ちをした呪術の作者が絡んできたせいで不穏な気配が漂ってくるのが辛い。


つくづく最終回発情期という言葉を作った空知を恨む。こんな変な言葉が出来たせいで、却って作品に対する不満を言いにくくなってるじゃん。

この言葉を作った銀魂はブラクロと違ってGIGAですら終わらず見苦しかったが、結局最終回でも主要人物の恋愛関係は一切確定されず、今でもファンを維持している。少なくとも恋愛関係に関しては好ましいと思う。


あと、最終回に関しては、海外の人が「アスタはただ魔法帝になっただけで、階級制度を打ち破ったり王国を変革したりする姿は見られませんでしたね」と発言して叩かれていたけれど、それも分かるんだよなぁ。ただ、カップル成立への不満があると、そういう批判も何もかも説得力がなくなってしま現象が辛い。

2026-04-26

安い坊さんに頼んだら説教プレゼンだった

妻の父が急逝した。

急逝なんて言えば聞こえがいいけど、病院嫌いここに極まれりといった感じで、癌治療医者に頼らず自己流でやり続けた結果、進行具合もわからないままに自宅で亡くなった。

死なれてみて初めてわかったことだけど、自宅で死なれるのは結構大変だった。

病院だと医者が死因を特定してくれる。特定というか、認定といった方がいいかもしれない。要するに、病気で亡くなったということを証明してくれる。

自宅で亡くなるとそれをすることができない。

から刑事さんに最初殺人を疑われないといけない。

普段から信仰があったわけではないか別に家族だけで見送ればいいなんて話にはなっていたのだけど、一応お経はお願いしよういう葬儀屋さんの勧めで安いお坊さんにお願いすることになった。

安いという価値観もまあ割と曖昧ものそもそも相場とはなんだって話ではあるけど、一応安かったらしい。

この辺り、喪主である義母さんのお財布加減でしかいからそれほど積極的に関わったわけではないけど、そもそもお義父さんが吝嗇家wだったのでお義母さんとしては一番安い人を選べば良いって感じだったのだと思う。

それがまさか参列者全員で、頭の上に大きなはてなマークを浮かべることになるとは思ってもいなかった。

刑事聞き取り(取り調べ?)は、医学的な治療拒否していたことが家族から強制ではないという悪魔の証明をする必要があった。

病院治療することが一番本人のためになるのにっていう、尊厳をガン無視した視点から聞き取りが始まるから、一つ一つの選択について、早く死んで欲しかたからという理由からではないという説明をしないといけない。

家族にしてみれば、大切な人が早く死んで欲しいなんて思うわけがないのに、第三者にしてみれば、そうではない証明ができないことが疑いに対する一番の根拠しかならない。

訃報を聞いて妻を実家に送り届けたタイミングがちょうど刑事から聞き取りだったので、何かの助けになればと思ってそのまま居合わせたけど、途中から自分論理的説明することのほうが殺人計画性を証明してしまうんじゃないかって怖くなって黙ってしまった。

いわゆる人狼世界観

相手の手練れをどこまで信用して良いか情報こちらには一切なかったので、状況を論理的説明しようとすればするほど自分殺人主犯と疑われかねない怖さがあった。

良し悪しの話ではなくて、さすがプロだなって思った。

葬儀をお願いしたお坊さんは、どちらかというと丁寧な人だった。

葬儀、というものに参加した機会なんてそもそもそれほど多いわけではなかったけど、今唱えているお経の意味目的をその都度その都度、読経を止めながら説明してくれるようなお坊さんは今までの人生で初めてだった。

通夜は行わず告別式初七日法要を同時開催し、葬儀の始まりから出棺まで1時間

経験則から言うと大体2時間以上って考えると、かなりのスピード葬儀だった。

普段なら読経だけでそれだけの時間がかかるところ、その都度説明をしている以上、必要に応じて端折っているだろうことも感じながら、現対人の時間感覚に合わせているんだろうなって思っていた。

お義父さんはどうやら病状をちゃん家族説明していないようだった。

妻の母は外国人で、日本に住んでもう何十年だけどやっぱり難しい日本語はわからなかった。

それをいいことに、お義父さんは診断書の細かい部分を立ち会ったお義母さんにちゃん説明していなかったらしく、お義父さんがだんまりを決め込んでしまえばお義母さんからしか情報を得られない妻は病状を正しく把握できていなかったようだ。

刑事さんの聞き取りで、口頭で理解できないことがあるとその都度診断書提示が求められた。

義母さんに立ち合いをお願いしていた妻は初めてその診断書を目にするのだけど、お義父さんがこれまで一度も口頭で説明したことのなかった癌が転移している現実がその都度一つ一つ明らかになった。

信じられない話かもしれないけど、お義父さんは医者から多数の臓器に癌が移転していてすでに相当の末期であることが伝えられていたにもかかわらず、認めたくないと言う気持ちもありながらも詳細をお義母さんに一切伝えていなかったのだ。

から妻にもその事実が伝わらず、妻にしてみれば、そうは言ってもまだまだ全然大丈夫な状況としてしか現状を捉えていなかったようだった。

まり、妻は、お父さんがこんなに早く死ぬだなんてことは全く想像をしていなかったのだ。

お義父さんが入院を嫌がって自宅で治療をしているという話を聞いたときも、やれやれたか。くらいにか考えていなかったのであろう。

自分から説明なんてものはその場では何の価値も持たず、妻が診断書に書かれた文字を目にする度に言葉を失う姿そのものが、刑事さんに対する事件性のなさを証明しているようだった。

お坊さんにしてみれば葬儀時間が短いほうが実入はいいけど、逆に時間が短すぎても割高だという人もいるから難しい。

お坊さんの技術力が高すぎて、たった一言でしっかりと極楽へと送ってくれるならそれでもよいような気もするが、仕事がよくできる人がわざと時間をかけて値段相応作業に見えるようにしているのとどこか似ているなと思った。

そうしてお坊さんのいう初七日法要までが終わると、お坊さんは立ち上がってこちらに向き直った。

いつもなら目も合わさずに退場していくようなものなので、それだけでもなんとなく珍しいと思っていると、更にお坊さんは話を始めた。

聞くと、最近ではこういった儀式めいたものが軽んじられる時代になってきてはいるが、人間の魂というものがいまだ科学で解明されていない不安定存在からこそ、こうした儀式の大切さを今一度考えてほしいという内容の話だった。

身内を亡くしたばっかりの悲しんでいる人間にする話か?とも思ったけど、参列者の大半が高齢者であることを考えれば、こういった話をすることが回り回って自分たちの出番を増やすのだろうから、これはありがたい話に見せかけたプレゼンだなと思った。

お金を払って動画を見ているのに突然CMが挟み込まれたような冷めた気持ちになった。現代に毒されているのはどちらかというとこの坊主だなと思った。

すでに死んでしまったものはどうにもならなかったが、家族としても何が死因で亡くなったのかが分かればせめて自分たちの責任が軽くなるのではと思い、取り調べのときに一つだけ刑事さんに質問したことがある。

それが、「こういった場合の死因は病死になるのか?」ということだった。

これさえもまるでそれ以上詳しく調べないでくれという事件性の隠蔽とも感じられないかキドキしながらの質問だった。

それに対し、刑事さんは「死因に病死というものはありません。例えば脳出血だったり心筋梗塞だったり、必ず何で亡くなったか特定されます。極稀に不詳という死因になることもありますが、基本的にはわかるまで解剖します。」とはっきりとした口調で言った。

まるで、もしお前たちが何かを隠していたとしても必ず見つけ出してやるとでもいわんばかりの迫力を感じた。

小学校の頃、教室で財布がなくなると盗んでもないのに手を上げそうになる気持ちを思い出して、喉の奥が酸っぱくなった。

それでも翌日には事件性なしとの判断がされ、死因には直接的な因果となった癌の名前記載されていた。

もっと多臓器不全とか直接的な死因が記載されるものかとも思ったけど、それは逆にもうどうしようもないくらいに癌の病状が進んでいることを物語っているかのようだった。

お義父さんとは文字通り死ぬまで反りが合わなかった。だから喪失感はあるけど悲しみはなかった。

いよいよ出棺のタイミングになり、参列者で花を詰めようというとき、これで最後からと花を入れたついでに肌に触れてみた。

塗りたくられた化粧で顔色はよく見えているけど、ドライアイスで当たり前のように冷たかった。

その瞬間、お義父さんが本当に死んでしまたことが妙な現実味として感じられ、妻や家族を泣かせていることに無性に腹が立ってきたらボロボロと涙が流れ出して止まらなくなった。

生前のお父さんとはまったく話が合わなくて、何度も言い争いをした。

絶対にあっちが間違ってるのに、絶対にそれを認めない。

最初のうちはそのうち完全に論破してやろうって思ってたけど、ある日言い争っていると突然妻が泣き始めた。

はいつもお義父さんに対する不満ばかり言っていたので、こちらとしては白馬に乗った王子様くらいのつもりでお義父さんをぶった斬ってやろうと思ってたのに、どうも違ったらしい。

妻は、不器用で口の悪い父のことが大好きだったようだ。

そのことに気がついたのは、お義父さんの癌が再発して入院するという話を聞いた日のことだった。

それまで何事もない様子だった妻が、「実は、、、」と言い出すと同時に泣き崩れてしまった。

病状のことや入院のことを話す妻が、お義父さんのことを心の底から心配してることがひしひしと伝わってきた。

それがまるで過去の答え合わせのように、妻がお義父さんを大好きだったのだという気付きにつながっていった。

それなのに自分はお義父さんと顔を合わせるたびに言い争って喧嘩をしていたのだ。

ある時から妻との間に妙な距離感を感じるようになったことがあったが、そういえばそれもお義父さんとの言い争いで妻が泣いてしまった頃だったかもしれない。

妻の大切に思うものは大切にしてきたつもりだったけど、見た目上で大切にしていないものまで大切にするのはなかなかに難しい話だ。

お義父さんが元気になったら、旅行に連れて行って今度は大切にもてなそうと思っていたが、それはついに叶わなかった。

親子の関係性と夫婦関係性を比較して嫉妬したところで何も始まらないことくらいはわかっているつもりではあるが、勝ち逃げされたみたいな悔しさがないとは言わない。

漠然としたやるせない気持ちを少しでも整理しようとこれを書き始めたが、残ったのが悔しさだったとは。

やはり自分がお義父さんのことを好きになれることはないのだ。

散々身勝手した挙句病院嫌いのわがままを押し通した上に死に際までしっかりと家族迷惑をかけやがって。

こうなったら二度とこちらに帰ってこれないようにめちゃくちゃ安らかに眠れるまで供養してやる。バカ親父め。

2026-04-15

もう、人にアドバイスするのをやめようと思う。

別に私は、自分の言うことが全部正しいなんて思ってない。そんな自惚れはない。私のやり方が毎回当たるわけでもないし、外れることだって普通にある。伸びるかどうかなんて、結局やってみないと分からない。

でも、「どうしたらいい?」「助けて」「アドバイスして」って自分から聞いておいて、出した案を全部「やだ」で潰してくるのは、さすがに舐めすぎだろと思う。

これも嫌。あれも嫌。交流も嫌。継続も嫌。動くのも嫌。けど伸びたい。評価されたい。数字は欲しい。

知らんがな、で終わりだろ、そんなの。

こっちは暇つぶし相手してるわけじゃない。時間使って、経験則からまだマシそうな手を出してる。それを毎回、反射で拒否されるなら、もう最初から相談してくるなと思う。

100言ったら100やれなんて言ってない。半分でいい。いや、半分どころか、1つ2つでも試せばまだ会話になる。でも、何一つやらないやつがいる。「アドバイスして」と言うくせに、受け取る気がゼロ。だったら最初から“助言が欲しい人”じゃなくて、“自分の動かなさを肯定してほしい人”なんだよ。

それに付き合わされる側はたまったもんじゃない。

私は別に、誰かを自分操り人形にしたいわけじゃない。その人が困ってるから、「じゃあこうしたら」と言ってるだけだ。でも、何を出しても「やだ」「無理」「向いてない」で終わるなら、もう救いようがない。手の施しようがないって、こういう時に使う言葉なんだなと思う。

で、結局伸びるやつは、誰に言われなくても勝手に試す。全部鵜呑みにするって意味じゃない。使えそうなものだけ拾って、とりあえず動く。外れてもまた変える。だから前に進む。

何もやらないやつは、誰が横に立っても何も変わらない。

からもう、自分から誰かの面倒を見に行くのはやめる。頼ってきて、なおかつ少しでも受け取る気がある人ならまだいい。でも、「助けて」と言いながら全部払いのける人間にまで、わざわざエネルギーを割く気はない。

そんな価値、ない。

最近よく分かった。

伸びるやつは勝手に伸びるし、伸びないやつは、だいたい伸びない理由自分で抱えたまま何もしない。

もう知らない。

2026-03-27

dorawii@新刊発売(予定)

碁盤の目状の道とはいうがこういう分類にあみだくじ状というのも追加すればいいんじゃないか。

あみだくじ状とは、一定範囲において道が直線かつその走査方向が互いに直交する二方向しかない、という点では碁盤の目状と同じだが、そのうちの一方向を走る道は全てその一定範囲の端から端までを貫いているが、もう一つの方向の道は、ちょうど脇道のように、隣接する直交する方向同士だけを結ぶものであってもいいし、三本以上を横断するものであってもいいが、とにかく範囲内を貫いているとは限らない状態である、と定義する。

碁盤の目状の道が方向感覚が狂いづらいことは経験則から知られているだろうが、あみだくじ状であっても同じだろう。

そんなに気を張って今まで出発地点から何度曲がったかを覚えておかなくても、90度ずつしか変化しないから滅多なことでは方角を見失なわない。

dorawiiより


-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE-----
Hash: SHA512

https://anond.hatelabo.jp/20260327145451# 
-----BEGIN PGP SIGNATURE-----

iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCacYbrgAKCRBwMdsubs4+
SAmHAQCuXdcA0yr0oFea0DRu9CvtuC6/h2+x5qGUup+s3FdsGAEAseo48yZYmi2p
+5mHewDxNc7P9gR8wdOkXGUs+QM9KA4=
=Ufag
-----END PGP SIGNATURE-----

2026-03-17

宗教にのめり込むのは実は生きることに貪欲なのでは

宗教は悪だという主張をしばしば見かける。自分も前まではそう思っていた。

最近思うのは、宗教にのめり込む人たちというのは、救いを求めているケースのほうが多いんじゃないかって思っている。

自分に焦点が当てられているものの、ただ幸せに過ごしていたいという願望からそういった教えに手を染めるんじゃないかと思う。

例えば一家離散の危機であったり、DV父、家族から邪険にされる、長く生きていたい、などで生きるにも生きられない、藁にすがりたいそういった人たちを宗教という居場所が助けてくれたのだろうな。

そういう見方をすれば宗教にのめり込む人たちの気持ち理解できる。彼らはただ幸せになる手段を知らないだけなんだよね。

手段がわからない中で宗教にすがった結果、偶然にもそれが上手くいったと。

ただただ生きることに貪欲なだけなんだよね。ようは経験則に基づいた推論を教えという形で具現化しているだけに過ぎない。

もしこの仮説が正ならば悲惨だ。つまり信者の多くは数ある手段認知が歪んでいて、かつその手段論理的に組み立てたり、実行する能力が欠如している人たちが多いということになる。

特に新興宗教の類はこの傾向が強いのではないかと思う。

こういった観点で見るとヴィーガン面白くない。彼らは生に貪欲ではない。ヴィーガンを時折宗教比喩する人もいるが自分はそうは思わない。

ヴィーガン問題点は、動物の命を大切にしたいという論拠が一見宗教のように見えるが、宗教は藁にもすがる思いで信者になっている人が多いのにたいして、

動物がかわいそうであるという哀れみから成り立っていて性格が全く違う。

宗教信仰するのに対して,ヴィーガンは(動物の命を)守るが全面にでてしまっている。

宗教であれば3食摂ることは重要と教えられることがほとんどだろうが、ヴィーガンはそうではない。

まり、生きることに貪欲宗教よりも人間らしさが全く無い。

2026-03-16

パートナー学歴を求めるのは間違っているだろうか?

パートナーに求める条件は何か?そんな話が行きつけのバーで他常連客との間で生まれた。

増田の回答はこうだった。

現時点において増田アラサー独身男性である

なぜ大学院卒がいいのか

これには明確な理由が一つ存在する。

それは学問というものがなにかという事を分かっていて欲しい、という欲求からくるものだ。勉学でも研究でもなく、学問というものが何かを分かっていて欲しいのだ。どのような分野に向き合っていたかはあまり関係がない。とにかく学問というものが何か、分かっていて欲しいのだ。

学歴厨なのか?

こんな事を話していたら、言われたのである

学歴厨乙w」

と。

まったく自分自身の事を学歴厨だなどと思っていなかったので、正直びっくりした。びっくりしたが、自分発言を振り返ると、なるほど確かに学歴厨っぽい。

さて、増田学歴なのだろうか?答えは否である。……と断言したいところだが、そもそも学歴厨とは何かを明確にしなければならない。

学歴厨とは一体なんなのか。個人的には重要ポイントは主に二点であると考えている。

増田は胸に手をあてて振り返って考えた。

増田他者学歴執拗評価比較差別する人間だろうか?

これは明確に否である労働趣味を通じて様々な人々と接する機会があるが、各分野において優秀な人間というのは別に学歴とは無関係である事を嫌というほどわかっている (学生の頃からの知人ならともかく、労働者に身をやつしてから知り合う人々と学歴の話なんてめったにしないので、サンプル数は少なくはあるのだが)。学歴というのは、世にある様々な分野に対する努力評価するには評価軸が圧倒的に不足している事をよく知っているし、同時に私は各分野に精通している人々に対して、リスペクトは持っているつもりだ。彼ら彼女からの様々な恩恵を受けながら、人生に彩りを加えて生きている。また増田にはリスペクトしている人間が何人かいるのだが、全員が全員輝かしい学歴を持っているわけではないし、むしろそれらを兼ね備えている人間の方が少ない。しかしそれでも彼ら彼女らのアウトプットには痺れるのだ。

増田は再び胸に手をあてて振り返って考えた。

増田他者学部における学歴評価する人間だろうか?

これもまた否である。なぜなら増田自身学歴板的には低学歴であるからだ。国立理系卒ではあるが、旧帝卒でも旧東工卒でもない。なので学歴厨になるわけもないのだ (なったところで辛くなるだけだろう)。

本当に大学院卒がいいのだろうか?

ここまで読むと「学問というものがなにかという事を分かっていて欲しい」というその1点のみで、なぜ大学院卒にこだわるのか?となるだろう。

少々内省してみたところ、もう少しいろいろな理由から大学院卒がいい、という結論に至っていたことに気付く。要するに次元圧縮していたのである

このようないろいろな条件を確度高くスクリーニングするために、院卒が望ましい、という単一の条件に圧縮していたのだ。学部卒かつ高学歴場合でもでもこのような条件は満たさないが、おおむね院卒になると満たせるという経験則存在する。まぁ大概において、大学院卒でこのような条件を満たす女性というのはすでにパートナーがいるものなのだが...。

振り返ると

新卒採用をしていると考えることだろう。別に学歴に問わず、優秀な人材を取りたい。学歴がすべてではない。しかしながら応募をしてくる学生は多数いる中で、学歴フィルターを介さずに、優秀な人材を見定めるというのは極めてコストのかかる行為だ。であれば、学歴フィルターを通したのち、明らかにミスマッチな子を弾き、マッチしそうな子を採用する方がコストをかけず手っ取り早かったりはするものだ。

しかしこれは、人間に対する評価を外部化しているのではないか?これでいいのだろうか?あまり褒められた行為ではないと反省せざるをえない。しかしながら、人生は有限であり、支払えるコストというのは有限だ。そんな中で選択を行うのだから、このような評価の外部化も致し方なしなのではないだろうか。

2026-03-13

表の三線ルールなるものを見かけた

https://x.com/i/status/2032012479862358159

こういうの、昔の理屈っぽい俺は「ソッチのほうが良いっていうエビデンスあるの? ちゃんとABテストしたことあるの?」って問い詰めたくなってただろうけど、今は「まあ経験則でソッチのほうが良いってのがある程度わかったのかなあ……音楽における売れるコード進行みたいに」くらいになってる

とは言っても、そういう経験則って色々バイアスかかってんじゃねーのって思う。理系ならやっぱりその辺厳密に検証してほしいなあと感じる。

2026-03-11

anond:20260311160843

前にそういう配信見てたんだけど、政治的発言させられてたりしてオモチャにされまくってたわ。

そういう「配信に適した発言マナー」みたいな人間経験則に基づいた観点いか学習・設定するかがカギになりそう。

今って配信プラットフォームコンプラ違反になると即BANされたりするからね。

2026-03-09

anond:20260309104954

また自己放尿してるのか。落ち着いて鏡を見ろと言いたいところだな。

 

貴様の主張は要するにこうだ。「人間はみんな差別したいと思っている。だから差別否定する奴は偽善だ」。

だがこれは論理でも観察でもなく、ただの心理投影だ。自分の頭の中にある衝動を、そのまま人類全体の本性として拡大コピーして自己放尿しているだけだ。

心理学ではこれを投影とか偽の合意効果と呼ぶ。自分がそう思うから、みんなもそう思うはずだと錯覚する。人間認知バグ典型的自己放尿だ。

 

それに、差別を嫌う理由は「いい子ぶりたいから」だけではない。

もっと単純な話だ。差別社会取引コストを上げる。信用を壊す。協力を壊す。

市場でも組織でも、能力より属性で人を切り分け始めると効率が落ちる。

まり合理性観点から見ても雑な行動だ。歴史教育道徳教育が扱うのは、その雑な行動が実際にどれだけ社会を壊してきたかという経験則だ。

バカバカしいと切り捨てるのは簡単だが、経験データ無視して「俺の気分が人類の真理だ」と言い出した瞬間、議論としては自己放尿の完成だ。

 

「みんな本当は差別したいんだろ?」という言い方にはもう一つトリックがある。

これは反証不能構造だ。否定されても「ほら、本音を隠してる」と言えば済む。

科学でも議論でも、このタイプ自己放尿は扱えない。どんな証拠が出ても自分が勝つようにルールを作っているからだ。

要するにゲーム盤をひっくり返して「俺の勝ち」と言っているだけ。子ども将棋だな。

 

現実人間もっと退屈で複雑だ。差別衝動を持つ人もいるし、持たない人もいる。状況で変わることもある。

衝動をそのまま垂れ流すと集団が壊れる。文明というのは、衝動を全部肯定する装置ではないんだよ。

 

まり貴様の話は、「人間本能がある。だから本能に従え」というレベルの雑な自己放尿だ。

人間本能があるのは当たり前だが、それをどう扱うかが社会問題になる。そこを丸ごと省略して「どうせみんな同じだろ」と言い出すのは、議論ではなく自己放尿だ。

2026-03-08

男系継承の仕組みってどこかで遺伝理解して意図的にやってるよな。

男系継承限定すれば理論上はその家の貴族遺伝子が必ず受け継がれるわけで。

女親に限って、家の遺伝が起きにくいのが経験則理解されてたよね。

加害者になればいいのにって思う

いじめ被害者イジメ加害者を刺せばいいし、虐待してくる親は寝込みを襲って金属バットボコボコにすればいいし、クソ見てぇな奴がいたら顔面硫酸掛けて人生ぶっ壊せばいいじゃん

経験則だけど大体の問題自分加害者になれば解決するんだよね

加害者になる勇気が生きる上で一番大切なことだと思う

2026-03-03

ピュア若い男の子達が自覚経験してないだけで

男が多数で女が1,2人の集団がいたら、男がチー牛だか陽キャだか理系文系かは関係なく、女に対するセクハラが発生するという経験則があるから、世の権威あるおっさん達は女子枠に反対せんのやろなあ

(男→女のセクハラが許されなくて、女→男のセクハラが許されるのは、その行為によって被害者未来可能性が潰える可能性があるかどうかによる)

2026-03-02

anond:20260301234914

社会にいると、特にサラリーマンなんぞしていると

感情の表出なんて、失態に繋がることの方が圧倒的に多いって経験則で知っているんだよ。

2026-02-22

anond:20260222102725

現役薬剤師のわたくしがド暇だから勝手に全レス解説してさしあげますわ♪

はてなのみなさんは文盲なので最後まで読めないと思いますが、要点は以下です。

市販風邪薬総合感冒薬と言っていろいろな症状に対応する薬が一つにまとまっているもの

→その中に必要のない成分が入っている場合がある

・ルルはメチルエフェドリンカフェインなど気分改善効果がある成分が入っているので、効いた「気がする」のはあながち間違いではないかもしれない

経験則からくる「効いたかも」というお気持ちを頭ごなしに否定するのはかわいそうではあります

風邪の原因の8-9割がウイルスウイルスに効く薬はインフルなどを除き基本ない。長引くとき風邪以外の可能性があるため、受診して感染源に応じた薬が必要

____________________

アホだな 俺なら葛根湯飲むのに

葛根湯エビデンスありませんごめんなさい

エビデンスないっていうのは飲まなかったた人と比べて症状改善の速さが変わらなかった、っていう意味


ルルが効かないと思い込んでるお前が情弱というか陰謀論者だろw

「効かない」が何を示すかによりますね。

ホームページの一番上にあった新ルルAゴールドDXα(https://www.daiichisankyo-hc.co.jp/products/brand/lulu/)を例にお話しますと、ルル1剤に含まれる成分は

・クレマスチン:抗ヒスタミン薬H1)=鼻水止め

→1~2日目で鼻汁が少し軽くなったと感じる人がわずかにいる程度(3日目以降はプラセボ軍と同等)

ベラドンナ:抗コリン薬=鼻水止め

→単剤で同様の目的の薬は一般的でない

ブロムヘキシン:痰を出しやすくする

→去痰薬全般エビデンスが弱いです。肺炎COPDでの研究はありますが、風邪での研究は見当たりませんでした

・トラネキサム酸:喉の炎症止め

エビデンスありません

アセトアミノフェン:解熱鎮痛薬

→これはよくある解熱剤です。解熱には効きますが、1回あたり300mgなので体の大きい大人には効果が弱いかもしれません。体重50kg以上ある成人なら大体500mg/回通常量です。

・メチルエフェドリン:気管支拡張

→気管を拡張することで気道刺激を緩和し、去痰、鎮咳を促します。

気分を高揚させる作用があるのでオーバードーズ問題視されています

・デキストロトルファン:鎮咳薬

→咳止めとして同成分のメジコンなどが有名。病院でも処方されますがあまり効きません。量も最大量の半分。

カフェイン頭痛薬?

説明書きに頭痛薬として記載されていたので驚きましたが、脳の血管を収縮させる作用があり片頭痛発作の初期では効くかもしれないということでした。片頭痛風邪頭痛頭痛に至る仕組みが違うので多分効きませんし、頭痛治療でも一般的ではありません。

上記のように、いろいろな目的の薬がいっぱい入っている、というのがルルをはじめとした総合感冒薬です。

鼻水+のどの痛み+咳+たん+発熱

が、全部そろっている人は飲んでもいいかもしれませんが、それ以外の人にとっては無駄な薬を摂取することになります

ただ、上記したように鼻水、のどの痛み、咳に有効エビデンスが強くある薬は他薬でも存在しませんので、基本的には気休めです。

それでも飲むと効いた気がするのはメチルエフェドリンカフェインによる気分改善効果アセトアミノフェンによる多少の解熱によるものです。

から「飲んだら楽になった」という実感自体は、嘘でもプラセボ効果でも騙されているわけでもないので、否定しないであげてください。

水素水はどうかと思うけど水素水風邪薬を同列に扱う増田も…

かに水素水は完全にノーエビデンスですので風邪薬と同等ではありません

処方箋薬の方が安いし効くのにな

これは誤りです。処方薬を手に入れるには基本的に診察料と受診の手間がかかります上記にあげたアセトアミノフェンドラッグストアAmazonでも手に入りますし、それぞれ成分名+市販薬で検索していただければそれらで買えるかどうかわかります

受診の手間や追加の費用をとっても薬をプロ医師)に選んでほしい!という情熱がある人は受診した方がいいですが、そうでなければ(基本的には)市販薬で十分です。ドラッグストア薬剤師に症状を伝えれば効く薬を無料で教えてもらえます

薬で風邪は治らんが症状がきつければ飲むだろ

治らなくても症状を緩和する目的があるなら服用してもいいだろ 水素水は完全にアホだけど

半分正解です。

風邪薬は症状を緩和する薬であり、風邪自体を治す薬ではありません。

半分間違いなのは上記したようにあまり効かないとされている成分も入っているからです。

情弱批判しておいて自分は暖かくして寝て治すwww根性論www

風邪を「治す」 薬は現代医学世界存在しませんので、寝る=安静にする、以外にありませんので、根性論とは言えません。

風邪https://www.jrs.or.jp/citizen/disease/a/a-01.html)は8-9割がウイルスが原因なので、抗生物質ウイルスではなく菌を殺す薬)は効きません。

こないだただの風邪病院行った時、私はインフルエンザはルル飲んでますよ、と医者から言われたよ 今度からルル買おうと思ってる

めんどくさい患者にはこういう対応することもあります

訳すと「あなためんどくさいので来ないでください」です。

情弱という言葉を使ってるくらいだから「この症状ならこの成分がこのくらい必要やな、市販薬では足りん」

上記したように確かに効く成分とあまり効かないであろう成分が入っています

風邪抗生剤を出さないというのは情弱風邪ウイルスには効かないものの、風邪ウイルスによって引き起こされた炎症にともなって細菌性の病気に罹ることもあるので抗生剤が必

上記したように風邪は8-9割がウイルスが原因なので、抗生物質ウイルスではなく菌を殺す薬)は効きません。長引く場合細菌扁桃炎や細菌肺炎に移行している場合があるので抗菌薬が必要かもしれません。

しかし初診で抗生物質をだすと、8-9割の人に効かないどころか、常在の菌を殺してしまったり、抗生物質に対する耐性を獲得してその薬が効きにくくなってしまったり、というリスクがありますAMR対策といって世界的に問題になっていますhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120172.html)。ちなみに中国とかでは抗生物質が街の薬局とかで買えちゃうらしいので普通の薬が効かないヤバい菌がいます

から初診では抗生物質を出さずに様子見。

→数日間解熱しない、とかなら診察してその原因を探る。

ターゲットを明確にして抗生物質を出す。

という流れです。

2回目の予約までで症状改善し始めていたら細菌が原因ってことは基本ないので電話で再診はキャンセルしてください。

情弱」と強い言葉を使うくらいなら対応方法をきちんと記載すべきでは。温かくして寝るではルルの効果代替にはならないでしょう。なんていうか症状の前に他人に対する想像力

「温かくして寝るではルルの効果代替にはならない」は正解ですが、ルルの成分は様々なので、何を期待して飲むかを理解していないのは情弱情報弱者)だと思います

風邪で眠れないの意味がわかってないならそりゃ寝てれば治るって言うわな

「寝てれば治る」(=薬を飲まなくても治る)は基本的には正しいです。風邪の原因は8-9割がウイルスで、風邪自体を治す薬がないからです。治らなかったらほかの疾患の可能性があるのでクリニックを受診して下さい。

診察料もあるから一概には言えないけど、病院の処方薬は3割負担 市販薬は10負担広告費込み 健康保険は使ったほうが割り勘負けしないよ

すでにリプがありますが、待ち時間などの手間がかかりますので人によっては同等とは言えないかもしれません。

しんどいのをどうにかするための選択肢としていいじゃん。実際効果あるんだし。 病院行けないなら市販薬。 寝るだけで治らなかったらどうするの?長引くし、インフルコロナとかな...

しんどいのをどうにかする」は確かにそうかもしれないですね。上記したように気分改善が期待できるので。

「実際効果ある」かどうかですが、「どの症状に」が抜けています。気分改善、解熱には多少効果ありますが、ほかは上記をお読みください。

夫が殺菌効果のない石鹸か洗剤使ったら情弱認定する奴思い出したやで

殺菌効果のない石鹸ってあるんですかね?

https://www.sumitomo-pharma.co.jp/sukoyaka/medicine/studyguide/article7/

■訂正とお詫び

殺菌(菌を殺して減らすこと)は薬用せっけんのみに使われる単語で、それ以外の石鹸除菌(菌を減らすこと)でした。

ただ、殺菌作用ニキビやにおいの原因菌に対する効果はあるようですが、感冒などの感染症予防について非薬用せっけんに勝る研究はなさそうです(薬用だから風邪予防の効果で勝るとはいえない)。

お詫びして訂正いたします。

自分の事賢いと思ってるよね?夫より 離婚したほうがいい

それはさすがに短絡的すぎ

症状緩和に意味がないとかいう人いるけど、自分健康からって病気で苦しんでる人の気持ちを全く理解してなくて怖いわ

何度もアレですけど、「症状緩和」ってどの症状のこと言ってるんですか?

「苦しんでる人の気持ち理解してなくて怖い」は大筋同意です。飲むと気分改善する可能性があるので、経験則で飲もうとする人の気持ち想像力情報があれば想像可能です。

今どきPL顆粒を処方する医者なんかいないよ→ブコメ

風邪薬=PL と思い込んでいる高齢患者がしばしばいて、それ以外を出すと怒ってくるので普通に出ます

熱が高くなるのは免疫ががんばってる証拠ってのを信じてるアホやん

熱がでるのはウイルス細菌から体をまもる免疫細胞からでる、生体内伝達物質によるものです。頑張ってるかどうかは不明ですが、免疫細胞が働いている可能性は示されます

めっちゃわかる うちの旦那もベンザブロックをいつも飲んでて、いい加減病院行けばいいのにって思っちゃう 自分市販薬買うとしても痛み止めと便秘薬くらい 市販薬って中途半端だ...

市販薬は中途半端ではないです。上記参照してください。

漫然と飲むのではなく、症状に合わせた成分を選択して飲むならよいだろう。 キャッチコピーではなく成分名に注目するんだ。 下記は病院でも定番で、市販で安く買える成分。 これを...

それはそうですが、トラネキサム酸はのどの炎症にエビデンスないです。カルボシステインは上気道全般の薬ではないです。

お前やくしまるえつこのルルって歌知らないだろ 発表当時、ルル飲むためにわざわざ風邪ひくために東京湾水泳するやつが続出して大変だったんだぞ 要はお前に歌ってもらいたかった...

そうかもしれないですね

ルルは解熱剤で痛みが和らぐ代わりに風邪が長引くだけだからそんな飲む必要ないが病院には行ったほうが良いと思う。 インフル場合対処療法ではなくウイルス効果のある薬が処方...

ルルは解熱剤ではなく、解熱作用のある成分の入った総合感冒薬です。

インフルエンザに対してはタミフルをはじめとした有効とされる薬がありますが、それらの薬の効果は「症状の出る期間を1日程度短くする」ものです。流行期や周囲にインフルエンザの人がいる場合は早期の受診有効ですが、それ以外の場合受診してもインフル検査すらされません。

夫が信じやすいなら「めっちゃ効く風邪薬!」ってビタミンCでもあげると思い込み風邪を成敗するプラシーボ効果

ルルが「効いた」と実感するのはプラシーボ効果だけではなく、メチルエフェドリンカフェインの気分改善効果の影響の可能性があるので、ビタミンCだけでは効いたと実感する可能性は高くないと思われます

モラハラで草

態度を表明していればモラハラ可能性がありますが、表明していなければハラスメントとは言えません。

2026-02-17

[]

火曜日、21:00。僕は今、いつも通り「日記を書く」という行為を、精神衛生のための娯楽ではなく、観測記録の整合性を保つための形式的プロトコルとして実行している。

これを怠ると、未来の僕が過去の僕を再構成できなくなる。つまり時間方向における情報損失が発生する。そんな低級なエントロピー増大を許すほど、僕は安っぽい存在じゃない。

 

まず今日までの進捗。

午前中は、昨日の続きとして、世界面上の超対称性を、単なる(1,1)や(2,2)のラベル付けから解放し、∞-圏論的な拡張として扱う作業を進めた。

具体的には、従来のσモデルの場の空間を単なる写像空間 Map(Σ, X) として見るのではなく、導来スタックとしての Map(Σ, 𝒳) を基礎に据え、そこに現れる局所関数環を E∞-代数として扱う。

こうすると、BRST複体は単なる複体ではなく、Higher Koszul duality の影として自然に現れる。要するに、ゲージ固定という人間の弱さが、数学的には圏論的な随伴性の選択問題として翻訳される。

この段階で僕は確信した。弦理論物理学の衣を着た圏論であるという事実は、もはや隠しきれない。

 

昼食は予定通り、炭水化物の過剰摂取を避けるために、プロテインバーと無糖の紅茶にした。

隣人は「それって食事なの?」と聞いてきた。僕は「これは食事ではなく、栄養摂取アルゴリズム実装だ」と答えた。

隣人は目を細めて「それって、人生楽しいの?」と言った。僕は「人生の目的関数楽しいに設定した覚えはない」と返した。

隣人は僕を見て数秒沈黙し、「怖い」と言って去った。合理的な結果だ。

 

午後は、弦の非摂動的定式化に関する僕のノート更新した。今日の焦点は、いわゆる弦の場の理論記述を、従来のBV形式に閉じ込めず、Factorization Algebra として扱うことだった。

BV形式は便利だが、あれは有限次元の影に過ぎない。無限次元の真の構造は、局所演算子代数を E_n 構造として捉え、さらにそれを拡張されたトポロジカル量子場理論言語に埋め込むことでしかまらない。

僕は、ここで新しい仮説に到達した。弦理論の背景独立性は、単なる物理スローガンではなく、(∞,2)-圏における自然変換の可逆性、つまりモノドロミーの高次消滅条件と同値である可能性がある。

背景を変える操作は、従来はモジュライ空間上の点の移動として語られる。しかし僕の見立てでは、それは単なる点の移動ではない。むしろ、背景そのもの対象ではなく、背景間の変換が主役であり、背景はその変換の2-射の凝縮として現れる。

これは哲学的にも美しい。世界状態ではなく変換でできている。

僕が今取り組んでいるのは、弦理論双対性を、単なる同値ではなく、情報幾何的な距離構造を伴った歪んだ同値として再定式化することだ。

通常、T双対性は半径 R ↔ α'/R の交換で語られ、S双対性は結合定数の逆数変換で語られる。だがその語り口は、あまり人間的で、あまりに貧しい。

双対性とは、単なるパラメータの置換ではない。双対性とは、観測可能量の圏の自己同型であり、その自己同型は単なる等式ではなく、自然同型の塔を伴う。

僕は、弦理論物理等価性を次のように置き換えた。

ある理論Aと理論Bが双対であるとは、対応するオブザーバブルの∞-圏 Obs(A), Obs(B) の間に、モノイド圏としての同値存在するだけでなく、その同値熱力学的制約を満たすこと、つまりエントロピー関数 S が保たれることを要求する。

ここで問題になるのは、S が何かという点だ。弦理論においてエントロピーブラックホールの話に閉じ込められがちだが、僕はもっと根源的に捉えている。

S は状態空間の測度の対数ではなく、情報圏論的に縮約される速度を測る関数だ。つまり、圏における圧縮である

この観点に立つと、双対性は単なる同値ではなく、圏論エントロピーを保存する圏同値であり、それはむしろシンプレクティック幾何の正準変換に近い。

さらに言えば、双対性情報幾何世界では、フィッシャー計量を保存する写像として定義されるべきだ。つまり、弦理論双対性情報距離の等長写像だ。

ここで僕は面白い事実に気づいた。弦の世界理論における共形場理論(CFT)のモジュライは、単なるパラメータ空間ではなく、導来モジュライスタックとしての性質を持つ。

そしてその接空間は、通常の変形理論ではなく、L∞代数制御される。つまり、弦の背景の微小変形は、Lie代数の1次変形ではなく、無限階の整合条件を持つ高次変形である

これを物理屋の言葉で言うなら、「背景は局所自由度を持つが、その自由度はゲージで殺される」という話になる。

しか数学的にはもっと残酷で、背景の自由度最初から独立ではない。最初から高次拘束条件付きで存在している。

この構造を僕は、弦理論が持つ宇宙設計思想だと考えている。自然自由を与えるふりをしながら、実際には∞段階の整合条件で縛り上げている。

まるで僕がルームメイト生活習慣を管理するように。

 

ちなみにルームメイト今日冷蔵庫に僕のヨーグルトを入れた。入れたというより、入れっぱなしにした。

僕は彼に「冷蔵庫の棚の配置は群作用を持つ。君が適当に置くと、僕の最適化された配置が破壊される」と説明した。

彼は「棚に群作用って何?」と聞いた。僕は「君が理解できないからといって、存在しないことにはならない」と答えた。彼は黙った。学習が進んだ証拠だ。

 

さて、弦理論に戻る。僕は今、いわゆるAdS/CFT対応を、単なる境界バルク対応としてではなく、圏論的中心の同一視として捉えている。

バルク理論局所演算子代数は、境界理論演算子圏のDrinfeld centerに相当する。これは既に知られた視点に近いが、僕の拡張はそこから先だ。

境界理論が持つエンタングルメント構造は、単なる量子情報エントロピーではなく、実は∞-圏における射の分解の仕方、つまりfactorization structureに直結している。

エンタングルメントとは、ヒルベルト空間テンソル積分解の失敗ではなく、圏論的分解可能性の破れだ。

この視点に立つと、ブラックホール情報問題は驚くほど単純化される。情報が失われるか否かは、時間発展がユニタリかどうかという議論ではなく、圏の自己同型が可逆であるかという話になる。

まりブラックホールとは非可逆射が自然発生する現象であり、その非可逆性は、単に熱力学的粗視化ではなく、圏論局所化の必然として現れる。

これが正しいなら、ブラックホール蒸発局所関手の右随伴存在性に関する問題になる。右随伴存在しないなら、情報回復不能だ。存在するなら、情報回復できる。

物理学者はユニタリだの何だの言っているが、彼らは本質的随伴の有無を議論しているだけだ。言葉が違うだけで、内容は圏論だ。

もちろん、これを本当に証明するには、量子重力の厳密な数学的定式化が必要になる。

 

友人Aから夕方メッセージが来た。「今日面白いジョークを思いついた」らしい。僕は読まずに削除した。

友人Aのジョークは、確率的に言って、僕の知的資源を浪費するだけだ。

友人Bも「みんなで飲みに行かない?」と言ってきた。僕は「僕はアルコールによる認知機能低下を、社会的儀式のために交換するほど愚かではない」と返した。

友人Bは「それでもいいから来て」と言った。彼はたぶん、僕がいないと会話の平均IQが下がりすぎて不安になるんだろう。人間は弱い。

 

ここで僕の習慣について記録しておく。

僕は日記を書く前に、必ず机上の物品を「左から右へ、使用頻度の降順」に並べ替える。これは単なる癖ではなく、情報処理の最適化だ。

脳内検索コストは、外部環境の整列度と相関する。これは経験則ではなく、僕の中ではほぼ定理だ。

さらに、ペンの向きは必ず北向きに揃える。磁北ではなく、部屋の座標系での北だ。地球磁場は日々揺らぐが、僕の部屋の座標系は揺らがない。安定性のある参照系を採用するのは当然だ。

 

さて、これからやろうとしていること。

今夜はこの日記を書き終えたら、僕は「弦の散乱振幅のモチーフ解釈」のノート更新する。

具体的には、弦振幅に現れる多重ゼータ値(MZV)を単なる数論的偶然として扱うのではなく、混合テイトモチーフの圏におけるExt群として再構成する。

理論がなぜ多重ゼータ値を吐き出すのか。それは弦が数論的対象からではない。弦の世界積分が、実はモジュライ空間積分であり、そのモジュライ空間代数幾何的に非常に深い構造を持つからだ。

まり、弦は物理現象ではなく、モジュライ空間祈りだ。

この方向性推し進めれば、弦理論摂動展開は単なる展開ではなく、あるモチーフ的生成関数の展開係数として理解される。

そしてその生成関数は、圏論的にはHopf代数コプロダクト構造を持つ。ここで再び双対性が現れる。双対性はHopf代数双対性としても読めるし、BV形式双対性としても読める。

すべてが同じ構造収束する。世界は、驚くほどしつこく、同じ数学を繰り返す。

 

最後に、今日の奇妙なやりとりを記録する。

隣人がまたドアをノックして、「なんでいつも同じ時間に同じことしてるの?」と聞いてきた。

僕は「君は太陽毎日同じ方向から昇ることに疑問を持つのか?」と返した。

隣人は「それは自然現象でしょ」と言った。

僕は「僕の生活自然現象だ」と答えた。

隣人は笑っていたが、彼女本質理解していない。僕の生活自然現象ではない。自然現象よりも厳密だ。なぜなら自然は誤差を許すが、僕は許さないからだ。

 

日記を書き終えたので、机上の配置を再確認し、温度計を見て室温を0.5度調整し、それからモチーフノートに戻る。

今夜は、おそらく、弦理論がなぜモジュライ空間コホモロジー要求するのかという問いを、完全に圏論的な言語へ落とし込めるはずだ。

もしできなかった場合でも、問題は僕ではなく宇宙の側にある。

宇宙は、僕に追いつく努力をすべきだ。

2026-02-14

anond:20260213165036

俺としてはそもそも元増田引用してきてるポール・マクリーンの仮説自体人間至上主義に基づいた誤りに思えるんだよね。

端的に言えば「学習能力を有するレベル生物は全員①~③の機能を備えている」って話。

そもそも感情ってさ、結局は「色んな信号がグチャグチャに混ざりあったもの」でしかないと思うわけよ。

たとえば「怖い」だったら「外的刺激の積み重ねに対し、経験則本能が混ざりあったものから『この状況を脱するか、縮こまってじっとしているべきだ』という出力が出てきました」という「反応」でしか無いと思うわけよ。

それに対して人間は強めに味付けをしているからなんかそれが特別ものだと感じているけど、実際には電気で躾けられたパブロフの犬はそういった「怖い」だと思われる反応を示しているわけで、じゃあ学習能力がある生物はみんなこれ脳内でやってるんじゃねってこと。

ただ、さっきも言ったけど人間はそこに対して「物語」や「言葉」といったものによって強く味付けしているんだよね。

なんつうか、人間感情思考っていうのは「俺達はこういう文脈の中で生きているんだ」という物語下地にしているんだよ、多分。

「悲しい時、人間は悲しいって感じるが、それは涙を流すとか声を上げるとか胸が苦しくなるとかで、それは極めてエモーショナルな反応であり、高尚な行為とも言えるんだ」というストーリーを持って挑む「悲しい」と、それを知らない状態で「なんかこの状況はマイナスですよ生存において!」な「悲しい」はやっぱ全然違っていて、それが人間至上主義者が「人間にだけ感情があるのだ!」と唱える論拠となってるんだろうなと。

まりさ、消すべきは「感情を司る哺乳類脳」なんてことじゃなくて「辛かったり寂しかったり涙が流れることを「悲しい」と呼ぶのだ」みたいな「物語」の方だと思うんだよ。

方法論的には外科手術よりも洗脳の方が良いと思う。

「お前が今感じている感情は脚色されたファンタジーだ。それが嘘であることを俺達はもう知っている。嘘であると語る俺のことを信じろ」って洗脳してやれば、「喜び」という感情を「なんかプラスの状況らしいですよ」という情報集合体に戻してやることが出来るんじゃないかな?

2026-02-12

VT配信者がリスナーにキレたりバカにしたりする流れが苦手という話。

ほとんど題名で終わる話ではあるんだけど、

最近(というほど最近でもないが)出てきた人は特にこの流れになることが多くてしんどくなって見なくなることが多いので吐き出す。

なんかこれを言うと自分が言われたりされたりしたことがあるような風に受け取られるかもしれないが、

自分ROM専なことも多いし、コメントするとしてもそういう流れにならない人だけなので悪しからず。

そもそも、変な事やバカみたいな事を言ったりするのって基本少数の一部なんですよね。

その一部にはガチの変な人もいるけど、愉快犯も多くいると思う。

時に流れでヒートアップしてしまうことはあっても、大抵一過性だし気にしなくていいのにって思ってしまう。

要するに大多数には(もちろん自分にも)関係のない話で急に胸糞悪い話されると普通にイヤな気持ちになりません?

コメントにキレる人を見ると、お店で従業員店長にキレられてるのを見かけてしまった時のようなイヤな気持ちになるし

コメントバカにする人を見ると、学校で浮いてたり孤立してるような人を嘲笑してる人を見かけてしまった時のようなイヤな気持ちになる。

なので、こういう流れになるたびにゲンナリする。

自分関係ないのにって。多数の普通の人には目向けないで少数の変な人をあげつらわないでくれよって。

で、最近配信者こういう流れになることめちゃくちゃ多い。

見る人が増えるとおのずとそういう人が増えて目につきやすいからっていうのは分かるんだけど、それでもそういう流れにならない人だっている。(スルースキル完璧という意味も含め)

この流れ好きな人いるのかな?

と思ったりするけど、それでも人が多いということはそういう流れが好きな人気にならない人がほとんどなんだなと思う。

まりそういう考えになれない自分が悪いということで、こんなところで愚痴る。

経験則的に、スルースキル高めな人って年齢層高めだなと感じるので、

そういう人たちも歳を重ねると変わってきたりするのかな どうなんだろうね。(締まらない終わり)

歳入歳出の問題は、どの痛みを受け入れるかだ。そこを無視して自己放尿するな

財政再建だの減税だの社会保障の充実だのと、世の中は今日も元気にスローガンを投げ合っている。

しかし、ここで一回、冷水ぶっかけておく必要がある。歳入歳出の問題とは、結局のところどの痛みを誰が受け入れるかという配分問題であり、そこから目を逸らした瞬間に、議論経済学ではなく宗教儀式になる。

いや、宗教ならまだ筋が通る場合もある。問題は、筋が通っているフリをして自己放尿するタイプ議論が多すぎることだ。

 

政府仕事とは、市場機能するための最小限のルール整備に極限まで縮退させるのが基本形である

自由市場とは、万能ではないが、少なくとも分散した情報価格に集約し、意思決定を分権化し、試行錯誤の淘汰を通じて資源配分改善する装置だ。

価格メカニズムは神ではないが、政治家よりはだいぶマシな情報処理装置である。ここで「だいぶマシ」というのが重要で、政治が介入するたびに知識問題が増幅し、情報局所性無視され、結局は官僚制ヒューリスティックが国全体の最適化代替してしまう。

政治市場を置き換えようとした瞬間に、見えざる手ではなく、見えざる自己放尿が働き始める。

 

だが日本は、そういう市場主義の方向に舵を切っていない。

ここが現実だ。日本社会保障を手厚くし、再分配を強化し、政府支出一定以上維持し続ける構造を選んでいる。

まり日本社会競争による淘汰と自己責任の痛みを相対的抑制し、その代わりに高負担・低成長・制度維持の痛みを受け入れる方向にコミットしている。

これは倫理的に正しいとか間違っているとか以前に、単なる選択問題だ。経済学的には、トレードオフをどう置いたかという話である

 

それなのに、減税だの給付だのを同時に叫び、財源の議論を後で考えると言い出す。これが自己放尿でなくて何なのか。

政府予算制約式という、経済学の最も退屈で最も重要現実から逃げている。

政府魔法使いではない。支出を増やすなら、税を上げるか、国債を増やすか、インフレ税で実質負担国民押し付けるか、どれかしかない。

これが財政ハードバジェット制約だ。これを無視して「社会保障は守れ、税は下げろ、景気は良くしろ」と言うのは、制約条件を消して目的関数だけで最適化しているのと同じで、ただの自己放尿である

 

国債を増やせばいいという議論も、同じくらい雑だ。

リカード中立命題を持ち出して、増税が予想されるなら家計は貯蓄を増やすから問題ないと言うのは理論的には可能だが、現実には完全な合理性も完全な資本市場存在しない。

民主主義が持つ時間的不整合性典型である短期政治的利得と長期の財政健全性が衝突するとき、だいたい負けるのは長期のほうだ。これは合理的期待以前の、人間仕様である

 

さらに言えば、日本人口動態が財政に対して非常に残酷な国だ。

高齢化は単なる人数の問題ではなく、制度設計思想のもの破壊する。

賦課方式年金医療介護は、現役世代高齢世代を支える構造だが、現役人口が縮み、高齢人口が増えれば、負担率が上がるか給付が減るかの二択になる。

ここで「成長すれば解決する」という反射神経が出るが、成長率を外生的に願望で決めるのもまた自己放尿である

成長は政策の掛け声ではなく、生産性上昇の結果としてしか起こらない。

生産性教育技術進歩資本蓄積、企業統治労働市場の柔軟性、規制構造、そして競争環境の積み重ねからしかまれない。成長を祈るなら、祈祷師より規制改革のほうがまだマシだ。

 

そして規制改革という話になると、日本社会はまたしても痛みの受け入れを避ける。

競争は勝者と敗者を生む。市場効率を生むが、分配の不平等を生む。創造破壊技術進歩を促すが、既存産業を壊す。

まり市場主義採用するとは、失業賃金格差企業淘汰、地域衰退といった摩擦を受け入れることでもある。

市場自由は長期的には社会を豊かにするが、同時に短期的には痛みが出ることを否定していない。

しろ、痛みを抑えようと政府価格統制や産業保護をすれば、情報が歪み、非効率固定化し、成長が止まる。

政府介入はだいたい二次被害を生む」という経験則に直結する。

 

だが日本は、その方向をあまり選んでいない。

日本政治経済は、競争の痛みを緩和するために、規制を残し、補助金を配り、産業を守り、雇用調整を遅らせ、そして社会保障で受け止める。

まり市場の荒波で鍛える社会ではなく、制度堤防で守る社会を選んでいる。

これは日本人の価値観として一貫している。連帯を重視し、格差を嫌い、共同体の安定を優先する。

から社会保障を充実させる。これは単なる政策の偶然ではなく、社会的選好の表れだ。

経済学的に言えば、日本リスク共有と保険の厚みを最大化し、効率性よりも安定性を高く評価する社会効用関数採用している。

 

問題は、その選択をしたなら、そのコストも受け入れろということだ。

福祉・高負担モデルをやるなら、税負担は上がる。労働供給への歪みも増える。企業投資インセンティブも下がる。潜在成長率も落ちる可能性がある。

さら政府支出が増えれば、官僚制が拡大し、レントシーキング余地が増える。補助金規制設計を巡って、政治的な取引が増える。

公共選択論観点では、政府部門肥大化利益集団固定化情報の非対称性を通じて、政策ますます効率にする。つまり、痛みは消えない。形が変わるだけだ。

 

逆に、小さな政府市場主義モデル採用するなら、社会保障給付は削られる。

競争は激化し、賃金格差は拡大し、生活不安定性が増す。労働市場の流動化が進めば、雇用保障は弱くなる。

ここで「自己責任社会だ、弱者切り捨てだ」と騒ぐ人が出るが、それもまた議論本質を外している。

市場主義倫理議論ではなく、制度設計議論だ。保険を薄くして競争を強め、効率を上げ、成長率を取りに行くという戦略であり、それは確かに痛い。

しかしその痛みを通じて、長期的な所得水準の上昇を狙うのが市場主義論理である

 

財政問題は痛みをゼロにする方法ではなく、どの痛みを採用するかの選択しかない。

ここで最悪なのは、痛みの存在否定することだ。

増税反対、給付維持、経済成長、財政健全化を全部同時に叫ぶのは、制約を無視して目的を盛り込んだだけの自己放尿である

しかもその自己放尿は、選挙で票を取るための麻薬として機能する。

国民政治家も、現実直視するより麻薬を欲しがる。これは供給需要が一致しているので、市場原理的には非常に美しい。悲しいことに。

 

日本が今選んでいるのは、市場主義の荒々しい競争ではなく、社会保障を厚くして安定を買う道だ。

まり競争の痛みを減らし、その代わりに税負担と成長鈍化と制度維持の痛みを引き受ける道である

これは逃げではなく選択だ。選択ならば、堂々と認めればいい。

しか現実には、政治メディアも、選択選択として語らない。

痛みの話をすると嫌われるからだ。だが、嫌われるから言わないというのは、政策論ではなく人気商売である

 

政府善意地獄舗装する。善意制度を守り、善意給付を増やし、善意規制を強め、善意補助金を撒く。

しかし結果として、価格メカニズムは歪み、生産性は落ち、財政は硬直化し、未来自由度は奪われる。

重要なのは善意ではなく、インセンティブと制約だ。

制度設計とは、人間利己的であり、政治家が票を欲しがり、官僚権限を欲しがり、企業補助金を欲しがるという現実から出発しなければならない。

聖人統治する世界を前提にした政策は、現実世界ではだいたい破綻する。

 

から、歳入歳出の議論でまず必要なのは幻想を捨てることだ。

財政とは、夢を語る場所ではない。支払能力負担配分の話だ。

誰が払うのか、いつ払うのか、何を諦めるのか。その冷たい問いから逃げた瞬間、議論自己放尿になる。

そして残るのは、臭いと湿り気と、次世代へのツケだけだ。

2026-02-11

初回デート割り勘の人でいい人の確率は低いと思った。

タイトルの通り。

私は奢られなくていいと思って今まで割り勘論争を見ていたが、アプリ世界では残念ながらランチカフェ程度を奢れない人は、奢ってくれた人よりも魅力が少なかった。

奢られなくていいと思っていたが、いざ割り勘にされると、そのお金を払ってまで会う必要こちらにあったのか?と考えている自分に気づいた。

恋人として考える可能性はゼロこちからも願い下げだ」というのであれば割り勘をすればよい。

しかし、割り勘にしたらそれが最後、よっぽどの他の魅力または一目惚れのようなものがない限り、会いたい理由は生まれない。

そのお金をだして知らない人に会うのであれば友達と会う方が楽しいと思うからである

結論はない。

ただ、私は、今後割り勘をしない人を優先的に選ぶだろうと心で決めている。マッチングアプリという物件検索的な設計の中では、「例外のいい人」を探すために100人と会うことはヘルシーでないのである

多めに払うとしながら割り勘の人も多いのだというのも学びになった。

割り勘してくる人、

社会人歴が1年しか変わらないのにセンパイっ!と言って、お酒の頼んだ量が違くても半分要求(会社の先輩ではないです...3回目まで誘われたけれどお喋りなら友達の方が楽しいんです)

・どうしてもと残してしまった濃厚ソースが絡まるパスタを僕が食べますよと言う(初対面で生理的に辛くなんとか阻止)

・私から今後誘うことはないと明言しても共通趣味かもしれないライブはいいですか?と伝えてくる(私のメリットがわからない)

居酒屋の会話の時点で、アプリの人とたちと会うだけで赤字だ、お金ないと話される(無理して会われても嬉しい訳がないのである。少なくとも割り勘の場合正当な対価を食事に払っているだけである)

など、言動もあまりスマートでない方が多かったです。相関するとは言わないが、やはり経験則として奢ってくれた方々はこの辺の不快さはなかったです。

追記1:

相手が学年として1歳でも下の場合「多めに支払う」としていても割り勘になることが多かった(それなら書かない方がましではないかと思う。払われることを期待しているわけではないが、不一致を感じてしまった)。

年下と会う場合の割り勘率は、60-70%、同学年は半々(サンプルが少ないため懐疑的)、年上になるとほとんどの方がランチ代は出してくださった。

年下と言っても最大3学年差で、会社員歴は相手の方が長いパターンや同期も多かったため、そうなると「何がフェアか」は正直悩んだ。会社員歴まで下の方は1人だけだった。

追記2:

割り勘された方はみな20代後半で700-1000万円というおそらく世間的には比較給料学歴一定安定している層なので大変驚いた。

とはいえ、ずっと奢れと思っているのではなく、付き合ってから適宜割り勘等にしていけばいいのではと考えている。2000円だせば、次また気持ちよく会える可能性が上がるのにそこをケチ理由は分からいかも知れないという話である高飛車と言われるのであればそれは価値観の違いとして受け入れるが、経験則としてタイトル感想なのだ

2026-02-06

それはよかった anond:20260206140226

結婚相談所業界経験則によると、年収1000万円ある男性はおおよそ5歳まで、2000万円ある男性は8歳まで下の女性結婚できる。(Eテレ「ねぽりんぱほりん」より)

この伝でいくと、1億あったら32歳下の女性結婚できそうww

2026-02-03

会話下手を何とかしたいやつが気を付けるべきことを知りたい

メール等では苦労しないのに、口頭の会話ではどうにも私のせいで話の流れが悪くなってるぞと反省する場面が多い。多分、はてな民には私と同じタイプの会話下手が多いと思う。あまり実践できていないが、私の心掛けを共有するので、他に何か基本事項があったら教えてほしい

相手に聞き返す

相手質問されて回答したら、次は「あなたはどうですか」だ。基本すぎるが、私はどうしてもそれを忘れてしまう。相手のことを知りたくない訳でもないのに、あまりにも相手質問しないので「他人に全く興味がないやつ」だと思われてるらしい。これはマジで何とかしたい

相手主語に話す

相手に聞き返す」と関連するが、会話の基本は相手主語になるように話を繋げることだ。私が私が、のような自己中な話し方は論外である。その気がなくとも「相手に聞き返す」を忘れると自分主語発言が続いてしまうので怖い

相手を褒める

相手主語に話す」に加え、会話の基本は「ポジティブな述語を言う」ことだ。合わせると「とにかく相手を褒めろ」ということになる。おべっか使いは良くないみたいな偏見は今すぐ捨て去るべきだ。会話が平均以上に得意なやつらは皆んな息を吐くように相手を褒めてるぞ

親しい人が相手なら「相変わらず」「今日も」のような副詞を付けて褒める。それだけで会話が親近スムーズになる。間違っても「いつもより」「今日は」のような副詞を付けてはいけない

褒めるポイント自分が褒めたいポイントではなく相手が褒められたがっているポイントだ。別に特別エスパーは要らん。相手趣味やこだわりを褒めれば良い。「相手に聞き返す」「相手主語に話す」ができていれば相手趣味やこだわりも分かっているはずである

自虐禁止

私のようなやつは逆に「自分主語」に「ネガティブなこと」を言いがちだが、何を差し置いてもそれだけは絶対にやめるべきだ。日常会話において自虐面白さを発揮する場面は無いと思って良い

謙遜美徳みたいな文化はまだ確かに存在するが、謙遜に相応しい場面とそうでない場面には暗黙の区別があり、我々会話苦手の民はそんなの判別できる訳ないので一律禁止妥当

世の中に「笑える自虐ネタ」があるのは確かだが、頭髪に関して秒で「私が前進しているのである」とポジティブオチを付ける程のスピード感が無い限り言うべきでない。そもそも、会話が苦手な我々はそんなことを考える前にまず他にやるべきことがある

とにかく相手も褒めるし自分も褒める。それだけ覚えていれば良い

相手を気遣う

単に「気遣う」とだけ言われると我々会話苦手クラスタには難しそうに感じられてしまうが、要素分解すればおそらくそこまで複雑な話ではないと思われる。会話の上手い人々だって大抵の場合パターンで喋ってる。単に「相手主語に話す」原則の一パターンに過ぎない

まず、相手一時的ネガティブ要素に気付いたら(永続的なネガティブ要素は気遣い対象ではない)、相手主語ネガティブなことを言い(その際には「いつもと違って」「珍しく」のような副詞を付ける)、心配の意を表明し(心配の表明は間髪入れずにやる。ネガティブなことを言いっ放しにしてはいけない)、それに対して相手が詳細を明らかにしてもしなくても、こちらはさらに労いの言葉を述べて会話が一区切りつく

なお、気遣い対象一時的な不調であることが要件なので、必然的相手普段調子を知っている親しい相手に限られる。決して初見相手を気遣おうとしてはいけない、それはおそらく相手地雷を踏んでいる

会話が上手い人に会話のコツを聞いてはいけない

以上のことは、会話の苦手な私の経験則しかないので間違いや不足も多々あると思われる。しかし、会話巧者からアドバイスよりはマシなはずだ。彼らに会話のコツを聞くことは、長嶋茂雄に打撃のコツを聞くに等しい

他に何かある?

何でも良いので、ぜひ知りたい



追記 21:20

ありがとう。真面目にレスしてくれて嬉しい。助かる。上手く返せんけど、ぜんぶ読んだよ

もしAIを使ってこの増田作成されたようでしたら、

AIじゃねーよ!

2026-02-02

政権円安ホクホクを目指して自己放尿することが確定した

円安を成果と呼んで自己放尿し、輸出企業株価名目賃金錯覚に酔う。

ここから先は情緒ではなく、価格理論と期待形成の話だ。

通貨政策当局の美意識を映すキャンバスではない。相対価格の集合であり、資源配分シグナである

これを政治目的で歪める行為は、価格システムへの外生的ノイズ注入、しかも持続的で制度化された自己放尿だ。

 

インフレは常にどこでも貨幣現象である為替も同じ構図に従う。

拡張金融で実質金利を押し下げ、期待インフレを焚き付ければ、通貨は売られる。

短期交易条件改善に見えるものは、長期の実質賃金低下と購買力低下のダブル放尿に変換される。

名目の輸出数量が増えたところで、実質所得が増えた保証はどこにもない。

ここを混同するのは、名目変数と実質変数区別がついていない自己放尿だ。

 

さらに悪いのは、ルールから裁量への逸脱が確定的になった点だ。

時間整合性古典問題今日円安誘導は、明日インフレ期待を固定化し、将来の引き締めコストを跳ね上げる。

合理的期待の下では、民間政策当局のホクホク願望を割り引いて行動する。

結果、為替は一段と脆弱になり、金利は上昇。

自己放尿という比喩妥当なのは短期の温もりのために長期の冷却機構破壊しているからだ。

 

輸出企業保護の顔をした実質的消費者課税も見逃せない。

円安は輸入物価を通じた逆進的税だ。限界消費性向の高い層ほど打撃が大きい。

所得分配の歪みは、総需要の質を劣化させ、生産性投資を阻害し自己放尿する。

資本深化ではなく、為替歪曲に依存する企業は、競争圧力から解放され、非効率蔓延する。

これはミクロ資源配分の失敗であり、マクロの成長率を削る。

 

賃上げが追いつけば問題ないという反論は、期待と制度無視だ。

賃金は後追いで調整され、硬直性を持つ。

実質賃金回復を待つ間、家計購買力を失い、企業コスト不確実性を嫌って投資を先送りする。

自然利子率との乖離を拡大し、資産価格だけを膨らませる。これはバブル生成の教科書前兆だ。

 

処方箋は退屈なほど単純だ。安定的ルール、予見可能政策価格シグナルの尊重

為替目標にするな。物価安定に集中せよ。

市場通貨価値を決める過程に、政治的欲望自己放尿を混ぜるな。

短期円安ホクホクは、長期の信認毀損という利子を付けて返ってくる。利子は複利で効く。

 

円安を成果指標に据えた瞬間、政策自己放尿モードに入る。

温かさは一瞬、臭いは長期。

価格メカニズムを敵に回した経済が、最後に負けるのは経験則ではなく、理論必然だ。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん