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はてなキーワード: バブル景気とは

2026-04-17

anond:20260417021237

リクルート社の就職雑誌就職ジャーナル1992年11月号)』で提唱された造語であり、バブル景気新卒採用における売り手市場から一転して急落した就職難の厳しさを氷河期に例えたものである。このような雇用環境が厳しい時期に就職活動を行った世代就職氷河期世代と呼ぶ。

がちの昭和用語で草

それを今も使ってんのかよ

2026-03-22

anond:20260322191521

1966年昭和41年)の

丙午(ひのえうま)生まれは、極端に少ない出生数のおかげで受験就職競争が極めて低く、バブル景気絶頂期(80年代後半)に社会人となった「最強の勝ち組世代」です。

迷信による出産控えで前後世代より人口が少なく、超売り手市場内定を多数獲得した、歴史的に特異な世代と言えます

2026-03-14

公共空間におけるトイレの話(追記した)

追記

  • (大小便器の数を雑に足して)の件

ありがとうございます、そのリンクについては知りませんでした。が、女性は個室で大も小もしますので、取りあえず議論スタートとして、「あさがお+個室」数:「個室」数、で考え始めることは、議論無視してもいいほどのおかしなことでもないと思いますビル場合ですがトイレの数の計算をする時には男女で設置数の人数比が違うのが一般的なので、別に問題がない(決定時に補正されるから)と思います

  • 新しく作られるトイレで男の分が減らされるんだろ!?

それはないです。施設によって必要トイレの数を決めるためのルールがあり、想定される在館人数や男女比を仮置きし計算します。これらは仮定で進めざるを得ないのですが、それでも、男性の分を削って、というのは説明がとてもしにくいので出来ないと思うんですよね…本編にも書いていますが「みんながスムーズトイレ使えるように」が大原則なので。

増田建物関係なので車輛製造についての事情は知りません。が、駅と同様に「スペースの限界問題なのだと思います。不満はJR各社に「男のトイレ減らさないでよ」と言うのが建設的かと。

ところで増田新幹線をよく利用しますが、「新幹線の中でトイレには行けないもの」と思っています。その程度には混雑しているイメージです。あと新幹線を降りた各駅の女性トイレ行列半端ないので、私的な観察の範囲ではやはり「女性トイレの方がより困っている」なんじゃと感じます。ところで、JR東海は元喫煙ブースを有料のビジネスブースに改造しています。一瞬「あそこトイレにすりゃいいのに」と思ったことがあるんですが配管の関係上かなり難しいんだろうなと想像されます

これは個別店舗事情なのでケースバイケースだと思います男性トイレが無くなり女性トイレだけになった、とかなら怒って当然かと思いますが…さすがにそれはあり得ないと思うんですが、あるんでしょうか?あるとしたらそれはさすがにクレームものではありますが。

そして、これも不満は各店舗に言う方が建設的だと思います。または、そのように男性がないがしろにされると感じるお店は使わない、という選択をしていくことも大事だと思います

以下本編です

一部のミソジニーをこじらせている男性が「女のトイレを増やすだと!あいつら個室で化粧でもしてるんだろう!生意気な!」と意気軒高なはてなブックマークでしたね。

まぁそういう人もいるだろうが、行列できてる時にそこまでセルフィッシュになれる人もそう多くないと思うよ、とか、そういう発想になるという男性も個室でスマホ見ながら仕事さぼったりしてるのかな、と思ったりはしますが、現実問題として最大の目的は、みんなが快適に清潔にトイレを利用できることなのは自明なので、彼らの「男性用のトイレを減らし女性用を増やすつもりか!」という叫びは、その大前提を覆すことになるので、違うんじゃないかと思うんです。

前置きが長くなりますが、歴史的な話をします。

過去公共空間における女性トイレは、そもそも男性に比べて少ない時代が長く続いていました。平成の初期ぐらいまでは(一部のデパート宝塚劇場などの例外を除いて)男性のアメニティスペースが大きいのが当たり前でした。その理由としては、社会公共の場にそれだけ女性が少なかったから、ということが大きいですし、その程度には女性は行動を社会的に抑圧されていたからです。

身内の話ではありますが、増田には、今アラウンド70のキャリアウーマンの超先駆けのような叔母がいるのですが、大手金融機関で勤め上げた彼女若い頃に配属された支店には従業員用の女性トイレ自体が無く、仕方なく1つしかない客用のパブリックトイレ使用していたら上司に嫌味を言われた、なんていうこともあったそうです。

また、さすがにこの10年ぐらいで完全に絶滅した感じがありますので若い方は知らないでしょうが昭和に建てられた温泉旅館などは、大浴場のサイズ性別によって違うのが当たり前でした。当然男性用が大きく女性用は小さかった。この辺は1980年代後半、バブル景気女性社会進出が進んだこともあって、続々と”男女が同じサイズになるように”改修工事があったという話を、その後のバブル崩壊倒産した建設会社に勤めていた飲み友達のおじいさんに聞いたことがあります。大浴場を男女同じサイズに改修するには当然余計に面積がかかるので、例えば閑古鳥だったゲームコーナーを小さくしたり、お土産コーナーの位置を変えたり、いろんな試行錯誤があったとのこと。むりやり改修工事をするもんだから館内の動線がなんかちょっと変な感じになったりもしたようで、今でも格安温泉旅館グループが買収したかつての「そういう温泉ホテル」なんかを見ると、そういう思考錯誤の名残が見えたりします。また逆に、女性客をあてこんで、かつての広い男性用の浴場を女性用に替えてしまって、女性グループ以外の客(男性客やファミリー客)からそっぽを向かれたホテルという話も、同じおじいさんが教えてくれました。

バブル期以降に新たに建てられた施設の多くでは、アメニティエリアの男女の面積比はほぼ同じになり、その後バブル崩壊を経て土地価格バカ安になったことで、新しく社会の主要登場人物になった女性ターゲットにした空間づくりがされるようになりました。この辺で増田ビルなどの施設を作る人という仕事に携わることになります

女性」という新たなターゲット対応していこうということで、化粧直しをするスペースや歯磨きできるスペースがトイレに附設されるようになり、女性のアメニティスペースの方がちょっと広い時期が長く続きます。なんせ当時は土地も安かったし建築費も今の半分ぐらいでした。このころ、私たちはどうすればアメニティスペースが快適になり、かつメンテナンスが容易になるかということを熱心に研究していました。

この長く続いたデフレ、失われた20数年の間に、男性健康意識や清潔への意識向上があり、男性にもちゃんと手洗いボウルに歯磨きできる余裕があるトイレを作ったりもしましたが、「後ろでしょんべんしてるところで歯を磨くのは嫌」「歯を磨くなんて女々しい、不要」的な意見もあり、あまり歓迎されなかったりもしました。そして、それでも歯を磨きたい男性が給湯スペースで歯を磨いて、その後、ろくにシンクも流しもせず放置する人が続出して、ビル管理クレームが頻出、なんて事案もありました……。

話はそれますが、オフィスの給湯スペースでカップラーメンを食べた汁や弁当食べ残しを捨てて放置するのも圧倒的に男性で、これもビルクレームとして届られるんです。クレーム主は同じ会社の人なので誰がやってるのか知ってるんですが、給湯スペースは共有部で専有エリアではないのでビル管理者に文句が来る。それで慌てて生ごみ用のゴミ箱を用意したり禁止張り紙したりするんですが、読まないんですねそういう人は。

このような使用状況や、利用者へのアンケート調査などから推測すると、男性はあまりトイレを含めた水回りのアメニティスペースの快適さに頓着がない、かつポジティブ評価積極的にしてくれない傾向がありという実感はありますあくまでも傾向であり男性個人によって、きれいで広いトイレを褒めてくれる方もいることは理解していますアンケート取ったりしているので)。

そしてオフィス環境についての意思決定はたいていの企業にとっては総務部財務部といった経営・バックオフィス仕事意思決定者はたいてい中年男性なので、なおさら積極的に「男性女性みたいに快適なトイレがいいよね!」とか言わないことが多い。なので我々作る側も、現状特に不満はないみたいだね、となり、国交省厚労省が出している指針に準じた最低限のトイレ数を準備しとけばいいんでしょ、という感じになることが多くありました。

また話がそれますが、平成一けた台~中期に顕著に増えたクレームの一つに「誰かがずっとトイレの個室を占拠している」というものがありました。

これは男性6:女性4ぐらいの比率だったと思いますが、要するに便所飯従業員さんがトイレの個室で仮眠をとる、ということが多くなったからでした。ブラックゥ……。

とはいえ一定時間以上個室から出てこないとなると警備員がチェックしなくてはならず(意識失ってたり、不審者だったりするとまずいので)、他の利用者にも迷惑になるし、便所飯場合ゴミや食べかすをトイレに平気で放置していくため、施設側にとっても頭の痛い問題でした。

更にテナント会社にとっても、従業員がどっかでサボってるという由々しき事態だなということで、テナント許可を取った上でトイレのドアの動作検知器を設置して利用状況を調査したこともありました。そうするとやはり、一定割合で30分~1時間単位トイレ占拠してる人がいるわけです。今新しいビルトイレの多くは個室には人感照明がついています。これはかつての便所飯勢、トイレ仮眠勢の”運動”の賜物でもあります(もちろん節電効果第一ですが)。

増田ホールスタジアムアリーナ、あとインターチェンジなどを作ったことがないので詳細なデータなどは見ていないのですが、利用する側としてやはり女性の方が列が長くなる傾向は実感としてあります

そしてこれも新しい施設であるほど、女性トイレの列は短くなっているとも感じます。新しいスタジアムインターチェンジトイレは、トイレの個室数はもちろん、動線の整理がとてもうまい施設が多くて人流がこんがらがらないように、スムーズに利用後に退出しやすいように作られているものが多い。これは進歩だなぁとしみじみします。そもそも昔の施設と今の施設で圧倒的に今の方がトイレの数が多い!国立競技場は建て替え前はとにかくトイレが大行列で本当に困ったもんでしたが、倍近い席数に生まれ変わった新しい国立競技場トイレには困ったことがないです。まぁ、男性トイレ使用したことがないので断言はできませんが。

逆に駅のトイレは、女性トイレはもちろん、男性トイレ行列が出来ている時を見かけます。駅という施設は、ぎゅうぎゅうに柱や設備や配管配線が張り巡らされている、拡張余地が限りなく限られたスペースなので限界もあるんだと思います。大きなターミナル駅などでも苦心している様子がありありと分かり……。結局は「スペース」の問題です。

そこで、今回、国交省が出している指針を見て我々建てる側が、「よし、男の方を減らして女の方を増やせばいいんだな!」となるか、というと、まぁならないです。バカにすんなというか、これは断言できます政府の指針もそんな風になってないです。

これまでも色々法改正テクノロジー進化社会要請の変化で、施設共用部分には、様々な新しい「安全を確保するためのスペース」や「何かを置いたりするスペース」が必要とされるようになってきました。ものすごく分かりやすく言えばマンション宅配ロッカーなんて昔は必要なかったでしょう?インターネットがなかったころはサーバルームも必要なかった。今は機械室も広いスペースが必要になっていますし、都心ビルなら「災害発生時の帰宅困難者に向けた滞留スペース」なんてものも、付けたら?とお上から示唆されたりします。

そういう新しい必要性が生まれた時に「じゃあ男性トイレ削ろう」にはもちろんならない。今回も同じです。

女性トイレを増やす必要が出たなら、男性トイレはそのままの数で別のスペースを探すのです。どっかに置けないか図面と格闘しスペースを捻出しますし、それがどうしても無理なら専有部(人に貸して儲ける部分)を削りますお上から必要機能だぞ」とか、テナントから「それがないと借りないよ」と言われたら、それを「前提」としてプランを考えるのが当然だからです。下種なことを言えば、お上から言われている指針を無視すると場合によっては建築確認を取得できない、または取得に無駄無意味作業時間がかかってしまます(何度も図面書き直したりする……)。

そもそもユーザーニーズを聞かないわけがない。トイレという現代人には不可欠なものなら、わざわざ人口の半分の人を今より不便にしてまでやる、というのは、原則としてはありえない選択肢なんですよ。

例外として、例えば拡張余地ゼロ場所などはどうするか、ということはありますが、建築関連については現況が優先されるのが通例なので「男のトイレを削って女トイレでかくしろ!」みたいな無体は言ってこないと思う。なんせ建築基準法が改正される前に建てた耐震性が低い建物でも無理やり改築や耐震補強をさせることはできないので、トイレでその無茶を言ってくるとは思えない。

ということで、「あーあ女様はいいですねー」と怒る前に(まぁ単に女にとにかく文句を言いたいだけの人は、言ってりゃいいよねと思うからここから先は読まなくてもいいです)、男性は、機会があったら「トイレはとにかく多い方がありがたいに決まってる」、「自分たちももっと快適なトイレの方がいい」、「自分たちは、こういう事情があるので、こういうトイレを増やしてほしい」、とか、どんどん大声でニーズを叫んでほしいんですよね。女はずるい!と叫ぶそのカロリーを、俺たちはこんなトイレにしてほしいんだ!という言葉に替えてほしい。

例えば最近少しずつですが改善しつつあるのは、男性トイレおむつ替えスペースやベビーキープ(うんこ中に赤ちゃんを保定する椅子)です。

当社だと、最初に言い出したのは女性スタッフでした。でもこれ男性スタッフの声であった方が美しかったなぁ、とも思ったりしています(そのチームは男性8:女性2のメンバーでした)。男性トイレベビースペースはニーズ絶対数が多いわけじゃないので、後回しになりやすいんです。施設性質には寄りますが、当社では今はショッピングモール病院などの場合は必ず男性トイレにもベビースペースを入れるように提案していますし、オフィスビルでもビル内や近隣に子供向け施設がある場合ベビーキープがあるトイレを作ったりしています

お金がかかり、かつお金が稼げないトイレというスペースは、一方で利用者にとって施設の印象を割と大きく左右する作る側からしたらかなり重要なスペースでもあります。でも男性ニーズが見えにくい、聞こえてきづらいんです。せっかくトイレが脚光を浴びている今、「だから女はずるいんだ!」と言ってるの、もったいなさすぎるし、何ならバカに見える。

男性も自宅だと座って小用たす方も増えていると聞きますので、公共スペースでも個室増やした方がいいのかとか、やっぱり男らしくあさがおで立ってやってこそ、と思う人が多いのか、とか。気になってるんですよ、こっちは。単に「俺たちの分を減らすな」「もっと数多くしてほしい」でももちろん良い。

「女のスペースを増やすな!」ではなく、「俺たちのトイレをこうしてほしい」を言ってくれたほうが、有用ですし、ご希望に近づけやすいです。

そもそも事業予算等の決定権者は相変わらず男性であることが圧倒的に多いよ。なんで「女はずるい」になっちゃうのかさっぱり分からないよ。

2026-03-06

ネアカネクラ」 「陽キャ陰キャ

高度経済成長期の最後であるバブル景気を含む80年代は「躁」の時代

バブル崩壊後の90年代は、リストラ自殺など「鬱」の時代鬼畜ブーム時代背景。『完全自殺マニュアル』が1993年

ネアカネクラ」は80年代前半の流行語右翼(三島由紀夫割腹自殺)と左翼(連合赤軍内ゲバ殺人)は

ハナから論外だが、ノンポリ(無党派)でも地味で生真面目に思い詰めた感じのダサいやつ=「根暗(ネクラ)」には

否定的(攻撃的、嗜虐的)な時代思潮が80年代本来は生真面目で思い詰めた感じの「ネクラ」に属するはずの学者が、

難解な現代フランス思想を軽薄なイメージで紹介して注目された「ニュー・アカデミズムブーム80年代前半。

お笑いに関しては、80年代前半に下品なホンネを剥き出しにした「漫才ブーム」と、80年代中期からバブル景気と共に人気者になった「とんねるず」。

80年代後半(バブル絶頂期)の「オタク差別」の下地は、既に80年代前半に出来上がっていた(⇒ネクラ蔑視)。

批判される側には反論の場や方法が皆無で、一方的に「批判され放題」なのも、この時代(オールドメディア全盛)の特徴。

ネクラタモリ」が同類ネクラ攻撃(密告=裏切り)する時代。「脱オタしたオタク」がオタク批判するのと相似形。

ネクラ」も「オタク」も自認(自称)して引き受ける「属性」では無く、当初は否定的目的カテゴライズされた「蔑称」だった。

陽キャ陰キャ」は2010年代多様性時代。「ネアカネクラ」の時代と違い、「陰キャ」を自任する人間

ネクラ」や「オタク」につきまとう陰鬱さが無い。「陰キャというキャラクター(仮面)」、あるいは「裏アカ」の一つ。

そして、この時代にはSNSが普及していて、いくらでも反論できる環境になっている。

2026-02-09

anond:20260209015443

就職氷河期世代って学生時代バブル景気空気吸ってのんきに生きてたのが

いきなりハシゴ外されて泣きを見た世代だけど

いまの子どもたちは世界自分たちに優しくないのわかってるから

どうすれば生きのこっていけるかしっかり考えてると思う

2026-01-03

日本就業人口

📊 1) 最新の就業者数の動向(2020年代

まずは直近の動きから

✅ 近年の就業者数(15歳以上)

2022年:約67.23百万(年平均)

20232024年就業者数は増加傾向、2024年は約67.8百万で歴史的高水準に到達した。

2025年末時点:統計局の月次値では 約68.6〜68.7百万規模とさらに増加中。

👉 ポイント人口減少が進む中でも、就業者数は2019年から増加傾向が続いています。これは高齢者女性労働参加が増えたためとみられています

📈 2) 長期の推移:1953〜現在

📅 就業者数(年平均)の大まかな傾向

※以下は統計局の長期データ及び世界銀行等の推計より整理

年代就業者数(概数)傾向1950〜60年代データ開始〜増加フェーズ戦後経済復興で上昇傾向1980年代1998年約66〜68百万前後バブル景気下で高水2000年代約66〜67百万やや横ばい〜緩やかな減少2010年頃約65〜66百万長期の人口構造変化で低下傾向もあり2020年代約67〜68+百万高齢者女性の参加で再び増加傾向(2024年歴史的最高)

※具体的な数値は総務省統計局の長期時系列データ確認可能です。e-Stat

📌 3) 就業率の変化(人口に占める割合

就業者絶対数だけでなく、就業率(就業者数/15歳以上人口)も重要です。ワールドバンク等の推計では、近年就業率は60%台前半で推移しています。FRED

📌 4) なぜ就業者数が増えているのか?

日本人口は減少傾向にあるにも関わらず就業者数が増えている背景には次の理由があります

女性活躍の進展(女性就業者数の増加)

高齢者労働参加の増加(65歳以上の就業者も増加)

➡️ これらが労働力不足を補い、就業人口を押し上げています

📉 注意点・課題

ただし、増加は「働く人の数」であって、労働時間の総量や生産人口(15〜64歳)そのものは減少傾向なため、労働投入量や生産性の観点では依然課題が残ります

📌 まとめ

日本就業者数は、人口減少にも関わらず近年増加傾向。

特に2024〜2025年は67〜68.7百万台で歴史的高水準。

✅ 長期的には高度成長期からバブル崩壊後まで変動しつつ、近年は女性高齢者の参加で上向きに。e-Stat

必要であれば、年代ごとの具体的な数値表やグラフ化も作成できます。ご希望があれば教えてください。

2025-12-23

anond:20251221215344

それな

最低賃金は上がっているから、現場系の一般労働者は楽になっている

年功序列バブル景気で、もらいすぎていた無能正社員の賃下げは難しい

なのでインフレ誘導し、無能正社員については賃上げを見送ることで、無能は実質賃下げ

 

このようにして、一般労働者との、同一労働同一賃金が達成されたのであった

新卒がオレ並みに貰っている」なんて良い話。まさに同一労働同一賃金

不景気時にもっと正規社員ダイナミックに賃下げできるようにすれば、面倒がないのね

2025-11-11

anond:20251106181141

40年くらい前から(か?正確には分からないが)近所の洋菓子店ケーキのサブスクに入ってる。

月に一回、バラエティに富んだケーキを若干安く買える契約

40年前といえばバブル景気父親もバブリーな大企業・・の地方の小さな営業所に努めていたが

実際のところ、地方一般人にはバブル恩恵なんて無くて、せいぜい「親企業はしばらく安泰らしい」という

安心感があった程度。贅沢なんてできたもんじゃない。外食なんて数年に一度、特別な事があった日だけ。

そういや家族旅行なんてした事が無かった。父親母親も忙しかたから。

それが昭和地方普通お気楽なビンボー家庭。

とはいえ、たまには贅沢しなきゃね、という事で父親ケーキのサブスクに加入したらしい。

父親はとっくの昔に戒名持って涅槃ゆっくりしてるが、自分が今でもそのサブスクを引き継いでる。

兄弟は離れてしまったし、母親健康診断を気にしてか、少ししかケーキを食べたがらないので

自分がワンホールケーキをほぼ独り占め。ダイエットが欠かせない。

さて9時から始業なので、それまでランニングタイム

2025-10-05

ワークライフバランス話題

バブル景気以前の深夜残業当たり前の時代労働現代労働比較すると、仕事密度が圧倒的に違うので「あの頃のように長時間働けば良い」とは限らないように思う。

仕事自体密度も高いし、情報インフラによって24時間拘束される。

anond:20251005121410

うむ、俺も高市総裁に同

意する。"JAPAN is back"の実現には

ビジネスマンバブル景気の時みた

いに「24時間戦えますか?」の精神で勤し

必要がある。

2025-09-14

人間の条件

今年で四十六歳になる。

1979年昭和54年まれ。いわゆる就職氷河期世代だ。

バブル景気がはじけて、求人から光が消えたまま大人になった。

幼いころから、カッとなるとブレーキがきかない性格だった。

小学生の時、おそらく四年か五年だった時の事。校庭の隅で上級生が一年生の帽子を蹴飛ばしていた。

勝てるはずもないと分かっていたのに、気がつけば自分ランドセルを投げ出し上級生の腕をつかんで殴りかかった。

結果は目に見えていた。俺はボコボコにのされ、そのあとには職員室に呼び出され「正義感が強いのはいいが、手を出すのはよくない」と説教を受けた。

それでも最後勇気を称えられたことを今でもよく覚えている。

二〇二二年までは契約社員だった。

都内オフィス街にある中堅程の企業。自社のホームページでは俺と年齢が近い社長腕組みし、得意げな表情で出迎える。

そこではスタートアップ成功譚が語られている。だが現実派遣契約社員で回している安定志向会社だ。

四十三歳にしてようやく正社員登用の通知を受け取ったとき立ち飲み屋の隅でビール二杯目を飲みながら一人小さくガッツポーズをした。

氷河期世代にとって正社員は、令和になってもなお一枚の勲章だったからだ。

今年の、二月の出来事だった。

給湯室に入ると障がい者雇用枠で入った男性を、若手の課長代理が笑いながらいびっていた。

男性馬鹿にする言葉を投げかけ、にやにやと笑っている姿。

彼は困惑し、ごめんなさい、すみません、と泣きそうな声で謝り続けていた。

それを面白がって見つめ、さら罵倒する言葉を続ける課長代理の姿。

頭の奥が、カッと白くなった。

気づけばそいつの胸ぐらをつかみ、拳を振り抜いていた。

社内は大騒ぎになったが、会社としては障がい者いじめを外部に知られたくない。

被害届は出さない、ということで示談

だが俺はその日のうちに懲戒解雇を言い渡された。

四十六歳、無職

貯金は五十万円もない。独身

再就職を目指してハローワークに通い、リクナビNEXTマイナビ転職を覗くが、正社員募集年齢制限行間が見えない壁となって目の奥に突き刺さる。

ITパスポート基本情報処理技術者資格欄に書けるものは一つもない。

稀に面接まで進むも、面接官は笑顔を崩さぬまま「これまでのご経験を活かして…」と定型句で話を締める。

その笑顔が、やがて沈黙に変わる。

不合格通知のメールが、受信トレイを淡く埋めていく。

寂しさに耐えかねて夏には都が主催する婚活イベントに足を運んだ。

自己紹介カードに「46歳 無職」と正直に書いた瞬間、受付の女性がほんのわずかに眉をひそめ、小さく息を吐いた。

その仕草だけで、踵を返すには十分だった。


俺は間違っていたのだろうか。

あのとき給湯室で、拳を振り上げなければ今も正社員として平穏暮らしていたかもしれない。

婚活だって成功していたかもしれない。

安いワンルームに戻る夜道、その思いが何度も頭をよぎる。

それでも、もしあの時、彼を助けなかったとしたら――

自分はもう人間ではなくなっていた。

そんな気がしていた。

そう思うたび、胸の奥にじわりと重い痛みが広がる。

俺は間違った行動をしたのだろうか。

正社員として安定した暮らしをすることが正しい。

安定した収入があり、結婚することが正しい。

そうかもしれない。そうだろうな。

その方が幸せだろう。それでも俺は

人間の条件を、俺は知りたい。

2025-08-18

anond:20250818075940

国民全員がソコソコ豊かになったからだろ。働けば何でも手に入るそれがみんなに行き渡った。そこへバブル景気が来た。小金持ってるやつはわれもかれも財テクに走ったんだよ。中国はそれを分析して先手を打ちながらやってきてるんだよ

2025-07-02

就職氷河期世代の悲しい歴史年表

失われた世代」と呼ばれた人たちの歩みを年表にしました!


🎓 バブル崩壊前後
出来事
1987 バブル景気本格化、内定青田買い状態
1991 バブル崩壊株価地価暴落
🧊 氷河期突入
出来事
1993 新卒採用の大幅抑制が始まる
1995 就職氷河期という言葉マスコミに登場
1997 山一證券破綻アジア通貨危機金融不安拡大
1998 失業率戦後最悪、フリーター問題が深刻化
🧳 ロストジェネレーション固定化
出来事
1999 ロストジェネレーションという言葉が広まる
2000 大卒内定率が過去最低を記録
2002 ニートという言葉話題
2003 小泉構造改革派遣労働拡大
2004 派遣法改正製造業派遣解禁
📉 追い打ちの不況
出来事
2008 リーマンショック非正規切り続出
2010 非正規比率3割超え、格差固定化
🧓 社会問題化支援
出来事
2013 アベノミクス雇用回復恩恵限定的
2019 政府氷河期世代支援プログラム検討
2020 コロナ禍で再び非正規が打撃
2025 多くが50代に、孤立介護・老後問題顕在

🔍 氷河期世代の苦しみ:要点まとめ

就職氷河期世代」とは、ただの世代名ではなく、社会構造のひずみを象徴する言葉です。

2025-05-22

親を見ても、こんなカスですら子供を作れるほどバブル景気ってイージーだったんだなとしか思わない

2025-05-18

江戸時代なんかより昭和時代のほうがよっぽど長い感じがする

なんやかんやいうて江戸時代江戸のの将軍が頂点に立つ近代封建社会という意味では同一じゃん?

いっぽうで昭和時代は、政府のあり方はもちろんのこと、社会風俗も激変した時代からな。

神風特攻隊時代バブル景気で一万円片手にタクシーを呼ぶ太平時代まで内包してる激変の時代なんてそうそうないよ。

2025-05-10

ニッポン経済奇跡から墓場まで

戦後焼け野原から奇跡復興を遂げ、世界第二の経済大国上り詰めたというのが日本人の自慢話だが、その「経済発展」とやらは果たして本当に中身のあるものだったのか。冷静になって考えてみればわかるだろう、日本の成長は自前というより他力本願実体より見せかけに支えられきただけだ。

  

日本人日本戦後復興と高度成長を語るとき、「自助努力」だけを強調するが、実際にはアメリカという強力な後見人存在があったからにすぎない。敗戦直後、占領下の日本にはGHQによる多額の資金援助が注がれ、固定為替相場制(1ドル=360円)の下で輸出振興の下地が整えられ、1950年に勃発した朝鮮戦争では「特需」と呼ばれる大量の米軍発注日本経済を潤し、これが完全復興への端緒となったのだ。要するに、日本は「発展した」というより「発展させてもらった」面が大きいのだ。ネトウヨはよく「朝鮮半島を発展させてやったんだ」というが、日本も「欧米に発展させてもらった」のだ。1960年代日本の高度成長は、日米同盟なしには起こり得なかっただろう。米国安全保障の傘の下、思う存分経済成長に邁進できたという構図であり、裏を返せば日本「奇跡」米国戦略的寛容に支えられた他力本願産物だったのだ。

もちろん、日本人自身努力や数の多さやかつてはあった勤勉さも少しはあるが、少なくとも「俺たちの実力で世界を驚かせた」という自画自賛は恥ずかしいのでやめるべきだ。高度成長を陰で支えたのは、米国市場という巨大な需要先と資金技術支援、そして安価労働力国内の高貯蓄率(今の中国と似た構造中国日本反面教師にする必要がある)。日本は自ら飛んだというより強力な追い風に乗って舞い上がった風船なのだ

  

今は怠け者で知られる日本人はかつては勤勉で生真面目、サービス残業もいとわず働く世界でも評判の勤労民族だったが、その労働生産性実態はといえば残念ながら芳しくなく、統計をひもとくと、1970年代以降の日本時間あたり労働生産性先進国の中で常に最下位という不名誉な記録を更新し続けている。2020年時点でも日本時間あたり労働生産性は49.5ドルOECD加盟国全体でも圧倒的最下位。つまり日本経済戦後一貫して「効率の悪さ」で世界トップクラスだったわけだ。高度成長期追い風といえる要素に満ち溢れていたため、その弱点も見えにくくなっていたものの、90年代以降はIT化の遅れなども相まって諸外国との差が拡大し放題となっている。

  

時間働いても生み出す付加価値が低いのでは、経済が豊かになるはずがない。日本人人口増が確実視された時点においても一貫して生産性という肝心の成果をおろそかにしてきた。おかげで「働きバチ」のを自称し、平成時代までは実際そうでありつつも、実はハチミツ生産量は先進国でビリなのだ他国効率化とイノベーションで着実に成果を上げる横で、日本けが生産性停滞の沼にハマり続けている。それなのに日本人はうぬぼれているのだ。

日本昭和ピーク、それ以降はゴミ

日本経済実態をもう少し長いスパンで眺めていくと、主要な実体経済指標1970年代ピークにその後低下の一途をたどっている。あの見せかけの繁栄におぼれた1980年代後半、日本世界で「ジャパン・アズ・ナンバーワン(笑)ともてはやされた時期でさえ、実は経済成長率やインフレ率といったリアル指標高度成長期70年代より低水準だったのだ。急激な円高後のカネ余りで株価地価が暴騰し、日本があたか世界一裕福に見えたのは錯覚に過ぎなかったのだ。つまり、見かけの資産価格は派手に跳ね上がっても、日本経済エンジンのものは既に昭和時代に回転数の限界を迎えていたわけだ。 高度経済成長ピークが70年代だったとすれば、その後の平成・令和期の停滞ぶりにも合点がいきます事実1989年末に日経平均株価が史上最高値更新して日本経済が「歴史的ピーク」に達した後は、泡がしぼむように停滞が続いている。

  

結局、日本経済実質的な力は1970年代に頂点を迎え、その後は長い停滞期に入ったと見るのが妥当だろう。高度成長を成し遂げた昭和は遠く、平成以降は晴れ間の少ない停滞の時代1980年代バブル期世界リッチに見えたのも、実体経済が伴わない見せかけの繁栄。そのツケは日本人平成以降に味わった停滞という形で帰ってきている。

バブルは幻の繁栄

1980年代後半のバブル景気は、日本経済史上もっとも華やかで浮かれた時代だった。地上げ財テクに浮かれ、土地株式価格天井知らずの上昇を続ていたのだ。その狂乱ぶりはテレビでも見てわかる通りだ。例えば1985年から1990年にかけて地価は約400%も上昇し、日経平均株価PERは80倍から直前には100~200倍という異常な水準に達していた。何が言いたいかというと、実体経済裏付けなどまるでない「バブル」という名の幻影だったのだ。 当然、このバブル1990年代初頭に見事に弾け飛んだ。当たり前だ。「平成景気」という名の打ち上げ花火が消えた後に残ったのは巨額の不良債権と、下降線をたどる経済成長率だ。1989年末の株価高値を境に、日本経済は長期停滞のトンネル突入することになったのはもはや語るまでもないだろう。

  

バブル期にはまるで自分たち世界を席巻する経済超大国になったような気分に浸っていたものの、それは砂上の楼閣に登った気分だったのだろう。後に残った実体経済疲弊を見るにつけ、あの繁栄いかに中身の乏しい見せかけであったかを痛感させられる。 バブル絶頂期、日本企業は世界中の不動産美術品を買い漁り、「ジャパンマネー」がもてはやさされたという。しかし、それで得た栄光は永続的なものではなく、気がつけば日本経済は地に足がつかないまま宙ぶらりんの状態だったのだ。資産価格の幻影に酔いしれたツケとして、その後の「失われた数十年」を甘受するハメになったのは当然の帰結だ。

反省しない政治家日本人

バブル崩壊後、日本政策当局は景気テコ入れに躍起となったが、その数々の処方箋結果的に何一つ功をなすことはなかった。1990年代には今の減税・バラマキポピュリスト達が喜びそうな大型の財政出動や減税が何度も繰り返されたものの、景気は一向に本格回復せず、未来へのツケである政府債務けが膨れ上がった。結局、バブルで抱え込んだ民間企業の過剰債務政府が肩代わりしただけで終わり、景気浮揚には無力だったのだ。

  

今の減税ポピュリスト給付金ポピュリストが教訓とすべきことでもある。「借金借金を救う」ような政策では、問題の先送り以上の成果望めなかったのだ。 ゼロ金利政策量的緩和といった金融緩和策も導入されたものの、デフレ2000年代まで深く根付いた。そして現在に至るまで日本経済は低成長から脱却できていない。気付けば、経済政策は場当たり的な景気刺激策の継ぎ接ぎだらけで、一貫した成長戦略構造改革国民が反発することもあり、実行されなかったのだ。

  

その間にも少子高齢化は進行し、生産年齢人口は減少、国内市場は縮小と、構造的な課題が山積している。 海外から日本政策対応は手厳しく嘲笑されてもいたことはご存じだろうか。世界90年代以降の日本を語る際に「日本化(Japanification)」という言葉が生まれたほどだ(参考→https://en.wikipedia.org/wiki/Japanification)。それは「不況下で有効改革をせず、無駄公共事業延命を図る現象」を指すもので、改革よりも道路箱物を作り続ける日本政治家を「無為政治家」として揶揄するものだ。

  

まり言いたくないが、日本経済の停滞を語るとき、忘れてならないのは日本社会国民メンタリティだろう。政治家政策ミス批判するのは容易なのだが、民主主義国家において政治家国民の鏡だ。政治家国民を望む政治をやる。嫌がる政治はやらない。政治家が一番嫌うのは「落選」だからだ。ゆえに、ほぼ日本人が自らの手で衰退させたともいえる。もちろん、日本人気質のものにも問題ある。「変化を嫌う」風土物事を深く考えず前例通りに済ませようとする思考停止状態、失敗を恐れる風土迷惑不寛容風土、出る杭を打つ文化、人の足を引っ張る文化高度経済成長期の成功体験固執する傲慢さが、日本の停滞を長引かせた要因だろう。 実際、多くの日本企業や組織では予定調和前例踏襲が幅を利かせ、新しい発想や議論を避け、排除する。その結果、変革が避けられない状況でも無自覚に「今まで通り」のやり方に固執し、いたるところで思考停止に陥っているのだ。しかも厄介なことに、そうした楽で無自覚現状維持志向こそが日本経済低迷の発生源なのである

  

国民一人ひとりを見ても、急激な変化の痛みを恐れて結局は現状にしがみつく。または「義務を果たさないくせに権利ばかり主張する」 、「生産性が低いのにもかかわらず働かない」というそんなゆでガエル的な集団心理が、日本の停滞を固定化しているのだ。変化や痛みを避け続けた結果、気づけば茹で上がっていたカエルよろしく、取り返しがつかないほど実体経済が冷え切ってしまったのだ。

「一応先進国ブランドすら危うい(実態はもう後進国だよっと)

かつては世界第二位GDPを誇り、現在も4位を維持している状態を見て「経済大国日本」と胸を張っているネトウヨがあまりにも多いが、ふたを開ければその先進国ブランドも風前の灯火だ。例えば一人あたりGDPで見ると、近年の日本OECD加盟国中22位まで順位を落とし、韓国にも台湾にも追い抜かれた。1980年以降で最も低い順位で、もはや経済指標上は「一応先進国」と呼ぶのもはばかられる。

かつて恐れられた日本経済が国際舞台スポットライトから消え、「存在感の薄い国」に成り果てつつあるのが現実だ。 日本世界に誇っていたはずのものが、気が付けばことごとく色あせている。かつて最先端だった技術産業存在感を失い、盛り返す気配すらなく、平均所得は停滞し、気力も勢いも感じられない。これでは「かろうじて先進国」と揶揄されても仕方がないでしょう。国際機関統計を眺めれば、日本より豊かな国・地域に住む人々はもはや十億人規模にも上る(日本同様に数の暴力で豊かに見えてる中国は違うからね)。もはや日本特別裕福な国ではなく、世界の中ではアルゼンチン二世的な立ち位置に落ち着きつつあるのだ。 <h3>o- *</h3>

結局のところ、最も根源的な「劣悪材料」とは、失敗から学ぶ能力の欠如である。「失われた30年」 は、経済課題に対する30年間のほとんど失敗した、あるいは不十分な対応歴史である。今の日本人はその過ちをさらに取り返しのつかなくなるような形で繰り返そうとしている。社会の変化への抵抗構造改革社会保障改革労働市場規制緩和など)への抵抗は、その必要性が明白であるにもかかわらず、根強く残っている。国家国民が自らの失敗を批判的に評価し、そこから学び、意味のある変化を実行できないのであれば、その最も基本的な「材料」、つまりは、自己修正進歩のための能力は、まさに「劣悪」であると言わざるを得ない。日本は今後立ち直ることはないだろう。

2025-03-29

anond:20250329051644

 母親がそのタイプだった。

 親が商売である年齢から経済的な苦労はしてないし容姿は良く利発な人で人間関係でも大きな苦労はない。しかし一時離婚して父親義母と一緒にいたり、実母の事業成功したあたりから実母の下で生活したりといった特別珍しいわけでもないがちょっと訳ありの生育歴を持った母親だった。

 対して親父は両親と上手くいかず、しかし度胸と腕っぷしはあったからグレにグレて県外の悪ガキが集められる高校に放り込まれたり、地元に帰ってきたあとも悪友たちと「揉め事」があれば介入して解決したり、気に入らない人間拉致って山に連れていき暴行を加えていたらしい。とはいえ人当たりがいいからか羽毛布団の訪問販売でかなりの額を稼いだり、またバブル景気事業成功したりとなんとか一般人として人生を歩んでこれたようだった。正直、生まれがあと10年早ければ反社だったろうし、あと10年の遅ければ半グレだったような人間だと思う。

 そんな2人だったからか根本的な価値観があうわけもなく、バブル崩壊後に事業が傾き始めたあたりから子どもの前でもケンカをやるようになり、また事あるごとに母親父親愚痴をこぼすようになってきた。「ああなってはいけない」「外に女がいる」「別の人と結婚すればよかった」など。未就学児だった俺はボンヤリとだが「暴力を振るうクソ親父から母親を守らなければならない」、と思うようになっていた。小学校に上がったころには父親が帰ってきても素っ気ない態度を取るようなっていた。

 そして親父はバブル崩壊後もなんとかもたせてきた事業が失敗し高飛び離婚。そのまま俺は母親に引き取られて暮らすことになった。しか中学校あたりから違和感を覚えるようになる。放任主義といい学習塾や将来の夢であった美術系の塾には通わせない。そのくせ勉強に行き詰まると「私はできた。できないことが理解できない。おかしい」と嘲笑する。異様なまでの公務員大企業部落バッシング細木数子マンセーパワーストーン子どもに持たせる。ほぼ独学と変わらない心理学を元に俺の作品酷評。話し合いと称して一方的ヒスこちらが反論どころか意見を言おうものなら「でていけ」「人間性に問題がある」「だからお前はおかしい」とがなりたてたり煽ったりするなど…人間性に問題があった。

 親父がでていった理由も今ならわかる。

親父もロクでもないし、全面的に肩を持つことはできない。しか自分の妻がこの様子では事業の立て直しなど無理だろう。会社には問題を抱え、伴侶はあたおかで子ども母親洗脳されている…ようやく親父の当時の状況が理解できた。親父には申し訳ないことをしたと、反省をしている。

2025-03-20

地球の歩き方社長新井さんのラジオを聞いて、良いなと思ったけど・・・円高バブル景気恩恵あってこそだなとも思った。

https://www.nhk.or.jp/radio/ondemand/detail.html?p=GPV3P86GMP_01

昨今の円安若い人の視野を狭めているんじゃないかという気がする。

2025-02-04

いい加減昭和昭和いうのやめない?

昭和生まれおっさんから思うのだろうけど、最近昭和擦りいい加減にやめられんかね…

そうだなあと思う部分もありつつ、雑な論理展開だなと思うことも半々くらい感じる

 

昭和」の悪習~…というけど、平成期の風習と誤解されてることが多い

昭和時代人間が作った悪習だから平成期にも受け継がれてるっていうのはそうなんだけど、昭和期の悪習として紹介されるものの中に平成期の話が混入してることが多い。

特に経済事案系だけど、(たまたまとはいえ昭和の終盤は基本的好景気で終わったので、不景気に伴う悪習はほとんど平成のもの

 

昭和」という時代の長さは、ひとくくりに語れない

語るまでもないと思うけど、一応念のため…。今語られる昭和性って、昭和最後15年くらいで平和時代固定化された世相のみを切り取ってるような気がする

昭和1年~:1926年 普通選挙になったり、治安維持法思想統制されていたころ…。この数年前までは一定納税が無いと選挙権すらなかった

昭和20年~:1945年 言わずと知れた敗戦写真で見るような焼野原。裁判官闇市場コメ拒否して餓死したり。

昭和30年~:1955年 「もはや戦後ではない」あの戦争から10年で立ち上がる…失われた30年とか言ってる今のスピード感と違う

昭和45年~:1970年 安保闘争学生運動を経て左派が威勢良かった時代最後あたり。この後京浜安保闘争とかあさま山荘過激路線につながる。

昭和60年~:1985年 プラザ合意経て地価高騰、バブル景気の始まり。「24時間戦えますか?」ってTVCMで問いかけられたり。昭和天皇の崩去に近いころは、天気予報のように毎日昭和帝の脈拍とかがニュースで流れてた

  

その問題は「昭和」という時代性なのか、日本人性なのか

昭和」…というけど、権威への盲従性とか同調圧力って昭和時代性というより、日本人性のような気がする

そこらへんって江戸時代あたりから続いてるような(石門心学とか?)。時代問題として片づけると、本質から目を逸らされることもあると思う

 

  

とはいえ日本人日本全体としては凄く良くなったと思うよ

あの時代に戻りたいか…?と言われたら、あんな野蛮な時代に戻りたいとは思わない

から見たら原始時代みたいな野蛮性や狂気を許してた時代だったと確かに思う

  

2025-01-09

識者「今の高齢者の大半は金を持ってない」←はぁ?

今の高齢者ってどんな馬鹿でも右肩上がり給料が増えて定期預金に金を入れるだけで勝手に金が増える生活

専業主婦子供を養って財産を築いたうえで潤沢な年金医療享受できた

高度経済成長期とバブル景気ってボーナスステージ経験した世代だろ?

そんなイージーモード資産をまともに築けなかった無能な老人を支えるためになんで現役世代が割を食わなきゃいけないの?

俺たちは政府からNISAを作ったからこれで運用して老後資産何とかしろと言われてるのに不公平にもほどがあるだろ!!!

2024-12-06

財務省バブル景気を2度と起こさないために重税を課しているのだ

2024-11-20

anond:20241120215220

AKIRAに中身があるのかないのかは知らないけど(たぶんそれは大友さんにしかからない)

AKIRAという映画凄さというのは、

あの熱気だと思う。

俺達は新しいことをやるんだ!!

監督だけじゃなくて

クリエイターたち一人ひとりが持つあの熱量の噴出が

前編クライマックスとも呼ぶべき

異常なまでのテンション高さをあの映画の中で作り上げている。

それは時代の空気でもあったんだと思う。

バブル景気という狂乱の時代にあって

日本人一人ひとりが今よりずっと陽気だった。

決して順風満帆人生でなかったとしても

どこか

どうにかなるさ!!

そう思える楽天的雰囲気時代が満ち溢れていた。

そういう時代の空気真夏の夜に見る夢の如き時代エッセンスが多量に含まれているのがあの映画だ。

時代の空気クリエイターたちの圧倒的な熱量

そのふたつが映画という媒体で重なり合い凝縮して結合し、まるで原子が融合するかのようにエネルギーほとばしる。

その圧倒的な熱。

その「熱」がAKIRAだ。

知らんけど。

2024-11-15

anond:20241115125331

日本ゲーマーに思われてるほど、買い切りガチャゲーで「ジャンルが違う」なんてことないはずだよ。

同じアクションRPGとして、ゲームとして面白くする作り込みのノウハウは同じ。

ただガチャゲーとして売れるには、継続的キャラマップシナリオを高品質に追加しつづけていく体力が必要

そこに関して、「ってことは金かけなあかんな」と真っ当な考え方をして人材確保や開発規模をあげて対応したのが、00年代韓国オンラインゲーム20年代中国モバイルゲーム

前者は国策として支援金があったし、後者バブル景気お金を集めやすかったのがあるだろうけどね。

でも、日本ガチャゲーを作る時の考え方として土台にしたのは、貧弱なガラケーみたいなハードでスキマ時間を潰すための、くだらないゲーム

予算でとにかく射幸心を煽って競わせることで、チープなんだけど連帯感を持たせるバトルでゲームっぽさを演出するアプローチでやってきた。

ソーシャルプラットフォーム根付いてSNSのフレンドを引っ張ってくるからソシャゲなんだけど、文字通り社会ゲームだと思うね。

まり日本最初からガチャゲーをゲーム未満のゲテモノに貶めてしまったんだよ。それでもソシャゲバブル大成功した企業が出た。

で、ユーザー適応して、ガチャゲーは馬鹿になって遊ぶもんだ、という頭になってしまった。

そこに本物のゲームと化した、ガチャだけど上手にマネタイズする作品が入ってきたから、脳がバグってしまった。

スマホゲーム性能が高まるにつれ、買い切りゲームと同等かそれ以上の開発費をかけなきゃいけなくなって、

それでも日本勢はビジュアルだけリッチにしてゲーム構成ゲテモノガチャゲーを引きずったものを作りつづけた。

かつての成功体験があったせいで、抜本的に異なるものを作る勇気あるメーカーは出てこなかったんだね。

さらに悪いことに、中華ゲーのガチャシステム一見自分たちと同じようなものに見えていたから、見習うポイントを見いだせなかった。

ガチャ2.0的な排出地点制御理解したとしても、かつて高確率設定をアピールしてアドレナリン中毒にさせてきた既存顧客に対して、「超低確率天井までまず出ません」みたいなしわしわガチャを魅力的だと理解させるのは難しい。

非常識な方のガチャゲーを基準にしちゃってるからモダンでお利口なガチャゲーのゲーム設計を受け入れにくい。

その点ではモバゲーグリーに触れてこなかった若者のほうが有利だし、素直に「こっちの方が遊びやすい」と感じられるだろう。

このへんの世代間断絶はなかなか埋められなさそうで、そこが先が暗い原因だと思う。

2024-07-11

強かっのは戦前日本

戦前日本は強かった。科学技術力もあった。飛び級もあった。軍事力もあった。志が高かった。

戦争に負けたにも関わらず日本バブル景気まで持ち上げたのは戦前の魂の継承者達である

戦後米国に抑圧された愚民教育によって日本ダメになってしまった。腑抜けばかりが生まれしまった。

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