はてなキーワード: 農村とは
【はじめに】
本稿は、現代日本政治を一つの均衡状態として捉え、その内的論理を記述する試みに過ぎない。ここで描かれた「歪なリヴァイアサン」は、不正義でも愚鈍でもなく、ただ与えられた条件の下で最も合理的に振る舞っている存在である。
しかし、合理性は永続性を保証しない。均衡とは、あくまで外乱が加わらない限りにおいて成立する一時的な静止点に過ぎない。経済の衰弱、国際秩序の変動、技術による媒介構造の変化——いずれも、このキメラの前提条件を静かに、しかし確実に侵食している。
本稿の目的は、このシステムを擁護することでも、告発することでもない。ただ一つ、「なぜ変わらないのか」という問いを、「変わらないこと自体が合理的である状況」として再定義することである。
もし将来、日本政治がこの枠組みから逸脱するとすれば、そのとき我々は初めて「変化が起きた」のではなく、「変化を許す条件が整った」のだと理解すべきだろう。
日本政治を観察する際、我々は常に強烈な「違和感」に襲われる。
表面的には米国流の民主憲法を掲げながら、そのOS(オペレーティングシステム)はプロイセン流の官僚機構であり、さらにその深層では江戸時代の村落論理が駆動しているからだ。
「自民党一強」や「官僚内閣制」、「対米従属」といった既存の単一的な理論では、この怪物を説明しきれない。
本稿では、現代日本という政治システムを、「幕府の遺風(骨格)」、「明治の遺老(神経)」、「米国の遺産(皮膚)」という、本来互換性のない三つの要素が無理やり縫合され た「キメラ(合成獣)」として定義し、その構造的欠陥と強靭さを分析する。
日本政治の基層にあるのは、民主主義ではなく「封建制」である。
自民党は近代政党ではない。それは「現代の大名連合体」である。
派閥という名の「藩」:政治家にとっての忠誠対象は、国家よりも党、党よりも「派閥(オヤジ)」にある。
世襲という正統性:地盤・看板・鞄(カバン)の世襲は、まさに江戸時代の家督相続そのものであり、システム維持のコストを最小化するための合理的装置だ。
「根回し」の合意形成:国会審議は儀式に過ぎない。真の意思決定は、料亭や密室での「根回し」によって行われる。これは内戦を避けるための「封建的コンセンサス」の知恵である。
この層は、システムにおける「利益配分」と「動員」を司っている。
政治家が舞台上で演じる役者だとすれば、脚本を書き、演出するのは霞が関の官僚群である。彼らは明治維新以来の「指導的行政」の継承者だ。
無責任の体系:大臣は頻繁に交代するが、次官や局長は居座る。実質的な立法権と、法の「解釈権」は彼らが独占している。
解釈権という主権:法文そのものに意味はない。内閣法制局がいかに「解釈」するかが全てだ。これは一種の「神学政治」であり、官僚は唯一の解釈権を持つ神官である。
この層は、システムの「運用(オペレーション)」と「リスク回避」を司っている。
戦後、外から移植されたこの異質な器官は、平和憲法や日米安保として具現化している。
征夷大将軍としての米国:構造的に見れば、ワシントンは現代の「将軍」である。平時は大名(日本政府)の内政に干渉しないが、外交・安保という存立に関わる部分では最終裁定権を持つ。
「結界」としての憲法九条:保守派にとっての憲法は、足枷であると同時に、米国の過度な軍事冒険に巻き込まれないための「免罪符(盾)」としても機能してきた。
この層は、システムの「外部安全保障」と「国際的正統性」を保証している。
この三層構造は、絶妙なナッシュ均衡によって維持されている。この均衡を無自覚に破壊しようとした者がどうなるか。歴史が証明している。
小泉氏は「自民党をぶっ壊す」と叫び、ポピュリズム(米国層の力)を借りて、自らの足場である「幕府層(派閥・郵便・土建)」を攻撃した。
結果、自民党という組織は「骨粗鬆症」に陥った。彼が去った後、求心力を失った自民党があっけなく下野したのは必然であった。
2009年の政権交代は、システムに対する致命的な挑戦であった。民主党は「幕府・明治・米国」のすべてを同時に敵に回してしまったのだ。
対「明治層」戦争:「政治主導」を掲げ、官僚機構を敵視した結果、サボタージュに遭い、行政機能が麻痺した。
対「米国層」戦争:普天間基地問題で「将軍」の逆鱗に触れ、鳩山政権は崩壊した。
(党内に派閥がなければ奇妙なことが起き、党外に野党がなければ独裁に陥る)。
自民党における派閥は、疑似的な政権交代機能(自浄作用)を果たしていた。しかし、「党内無派閥」を理想とした民主党は、内部対立を調整する「封建的知恵」を持たず、内ゲバで自壊した。
民主党の敗北は、無能だったからではない。日本の「国体(システム)」に対する免疫拒絶反応だったのである。
なぜ安倍晋三(第二次政権)は、憲政史上最長の安定政権を築くことができたのか。
それは彼が、小泉流の「破壊」も民主党流の「理想」も捨て、システム構造のハッキングに成功したからだ。
彼は「三層の矛盾」を解消するのではなく、「三層すべてを掌握する」ことで、この奇妙なキメラを飼い慣らしたのである。
民主党は官僚と「闘った」が、安倍政権は官僚を「飼い慣らした」。
その決定的な武器が、2014年に設置された「内閣人事局」である。
霞が関のエリートたちの人事権を官邸が一元管理することで、官僚たちは「抵抗者」から、官邸の意向を過剰に読み取る(忖度する)「優秀な参謀」へと変質した。
これにより、明治以来の「官僚の自律性」は去勢され、行政機構は完全に安倍一強体制の手足となった。
安倍氏は、対米自立を掲げるのではなく、逆説的に「対米従属を極める」ことで政権のフリーハンドを得た。
2015年の安保法制(集団的自衛権の行使容認)は、憲法解釈の限界を突破するものであったが、これは「将軍(米国)」に対する最大の忠誠の証であった。
将軍の信任を得た大名は、国内で多少強引な振る舞いをしても、外圧によって倒されることはない。彼は「外堀」を米国に守らせることで、内政に専念したのである。
「機動的な財政出動」と称されたアベノミクスは、経済政策であると同時に、高度な「封建的再分配システム」であった。
異次元緩和によって溢れ出したマネーは、株高を演出し、企業(経団連)を潤し、公共事業を通じて地方組織(農村・建設)を潤した。
かつて小泉氏が断ち切った「カネのパイプ」を復旧させることで、派閥政治の不満を封じ込め、党内の求心力を盤石なものにした。
それは、人事権で官僚を縛り(明治)、安保で米国を縛り(米国)、カネで派閥を縛る(幕府)という、「三層の完全縫合」に成功した、極めて洗練された「復古政権」であった。
日本という「歪なリヴァイアサン」は、内部からの革命では死なない。
「党外に党なし」――強力な野党が存在しないのではなく、安倍政権が完成させたこのシステムが、野党(代替案)の存在を必要としないほど強固な「安定」を提供してしまったからである。
このキメラが倒れる時があるとすれば、それは内部崩壊ではなく、宿主である経済が死ぬか、将軍(米国)が去るか、そのどちらかであろう。
【はじめに:分析の前提と射程】
その焦点は、「所与のルールと制約条件下において、システムがいかに作動し、どのような均衡点に至るか」を記述することに限定されている。したがって、特定の政治家の資質、有権者の道徳的判断、あるいは個人の選択の是非を評価する意図は一切ない。
本文において個人の主体性や価値判断、「あるべき論」を意図的に捨象しているのは、それらの重要性を否定するためではなく、分析のレイヤーを「制度が生み出す必然的帰結」のみに絞るためである。
結論への賛否は重要ではない。もし論理の断絶や構造的な見落としがあれば、その指摘こそが本稿にとって最も価値あるフィードバックとなるだろう。
最近、19世紀の国家運営シミュレーションゲーム『Victoria 3』の視点で、現在の日本政治――特に先日発表された高市首相による「奇襲解散」――を分析してみると、ある戦慄すべき事実に気づいてしまった。
日本という国は、「民主主義」という皮を被っているが、その中身は特定の「利益グループ」以外が勝てないように調整された、極めて高度な「封建的寡頭政治(オリガルキー)」なのではないか?
多くの人が「なぜ野党は弱いのか」「なぜ経済は停滞するのか」を嘆いているが、システム論で見れば答えは単純だ。この国は意図的に改革が不可能なように、勢力均衡がロックされているからだ。
今回は、2026年の「高市解散」を実例に、日本という国家システムの裏側にある論理を解析する。
まず、今回の解散総選挙について。ニュースでは「大義がない」「奇襲だ」と騒がれているが、ゲーム的視点で見れば、高市首相(プレイヤー)の操作は極めて合理的だ。
通常の民主主義国家のルールなら、選挙は定期的なイベントだ。しかし、日本サーバーには「憲法7条解散」という特殊コマンドが実装されている。
これは、「首相(プレイヤー)の都合がいい時だけ、敵(野党)の準備が整う前に強制的に選挙イベントを発生させ、敵の組織力をゼロにする」という、ゲームバランス崩壊級の強力なスキルだ。
支持率という名の「正当性」が一瞬でも上がれば、即座にこのボタンを押す。これにより、野党は永遠にリソース(資金・候補者)を蓄積できず、万年「デバフ(不利な状態異常)」を受け続ける。これは三権分立というルールを無視した、行政権による立法権への「ハメ技」である。
では、なぜこのような強権的なプレイが許されるのか? それは、この国を支配する利益団体(インタレスト・グループ)の構成が、通常の近代国家とは異次元の進化を遂げているからだ。
ゲームのセオリーでは、工業化が進めば「農村民・地主」勢力は没落する。しかし日本では、「一票の格差」というシステム補正によって、彼らは21世紀になっても最強の「政治力」を維持している。
彼ら(JAや地方議員)は補助金と公共事業を吸い上げ、その対価として鉄壁の「組織票」を納品する。これは近代政党ではなく、システムに守られた「保守の要塞」だ。
本来、改革派であるはずの「知識人」グループが、日本では「官僚機構」に置き換わっている。
彼らの特性は「自由主義」ではなく「権威主義」かつ「現状維持」だ。政治家が選挙パフォーマンスをしている間に、実際の法律(コード)を書いているのは彼らだ。つまり、国の頭脳が保守と合体しているため、改革のトリガーが引かれない。
ここが日本の最も歪な点だ。本来、「実業家」は自由市場を求めて古い地主勢力と戦うはずだ。
しかし日本の実業家は、「護送船団方式」という固有イベントにより、政府の保護下にある。彼らは地主(自民党)に政治献金という名の「保護費」を払い、その見返りに有利な規制緩和を受け取る。
「改革」を叫ぶ実業家が、実は「保守」の最大のスポンサーであるという矛盾。これが「保守の永久機関」のエンジンの正体だ。
これほど歪んだ構造なら、シミュレーション上は民衆の「急進性(怒り)」が爆発して革命が起きるはずだ。しかし、日本は静かだ。なぜか?
日本企業は、終身雇用や年功序列(あるいはその残滓)によって、本来国家がやるべき福祉を代行してきた。これにより、労働者は「会社と運命共同体」となり、ストライキをする牙を抜かれた。
結果、労働組合は機能不全に陥り、国民は政治への怒りを向ける代わりに、「少子化(人口成長率マイナス)」という静かなるボイコット(退出)を選んでいる。
2026年の今、我々が見ているのは、高度な工業力と、中世並みの農業保護と、死に体の野党が同居する、キメラのような国家だ。
高市首相の「君子豹変」解散は、彼女個人の資質の問題ではない。このシステムがいかにプレイヤー(権力者)にとって都合よくできているかを証明したに過ぎない。
経済という巨大なエンジンが、その動力を最も効率よく伝えるために「自民党政治」というギアを選んだ。だから、エンジン(利益構造)を載せ替えない限り、ギア(政治)だけを弄っても車は変わらないのだ。
木下 2010年代半ば頃は、BuzzFeed JapanやHuffPostのようなメディアがリベラルな記事を取り上げて、ネットでの影響力も強かった。でも、実はそれが届いたのは、いわゆる中央線沿いの大卒の高等遊民がほとんど。全国各地の働く人に届いたり、地域の人を包み込むような「世論の作り方」ができなかった。そこで裾野が広がらなければ、先細りするのは必然だし、実際に共産党や立民、れいわ新選組が支持を減らしていることにつながるんですよね。また、2015年は、共産党と民主党の野党共闘によって、安倍政権に対抗していくという枠組みができた時期。それぐらい安倍政権は強かった。だから、高市さんや高市さんの周りの右派は、「安倍政権の夢よふたたび」と思ってる。一方でリベラルは野党共闘の夢を見てる。だから、右も左も「2015年をもう一度」という、ある種のノスタルジーの中に生きている。そのモードを切り替えるべき時期にきていると思うんですよね。立民としては、「中道」というだけじゃなくて、ちゃんと理念的にチェンジしないと。もう立憲主義という言葉自体が響かないだろうし。
申し訳ないが、ちがや氏は「メディア」という変数をほぼ無視しているので、かなりピント外れとなっている。SNS言論ばかりを見ている人の(その限りでの解像度は高いが)欠点が集約されている。
左派やリベラルに勢いがあった時代というのは、保守的な価値観の政権与党と、おなじく保守的な価値観の与党の支持基盤である地方・農村や自営に対して、新聞・テレビのメディアが批判していた時代である。テレビにおける、地方の公共事業政治バッシングがその象徴である。
しかし平成中期以降、地方・農村や自営の世界は完全に衰退し、逆にテレビの影響力が絶大なものとなり、自民党もテレビにおける世論を完全に意識するようになった。小泉純一郎は公共事業批判や官僚政治批判というリベラル左派のアジェンダを全面的に取り込んで、テレビで政治を判断および批評する都市の有権者の支持を獲得していった。
1990年代末に登場したインターネットは、長い間政治への影響力は微弱であった。掲示板やブログ、SNSの政治論壇の基調は登場した当初からアンチマスメディアを強いアイデンティティとしており、同時にアンチリベラル左派でもあった。いわゆるネット右翼である。
ネット右翼は00年代初めの2ちゃんねるからおり、「マスコミが伝えない真実」を枕詞にメディア批判を執念深く行なっていた。ネット世論が右傾化したのは、テレビがマスメディアの言論を独占している時代に、右翼の言説の方が明らかに「テレビでは言ってはいけないこと」というカウンターとしての機能を持っていたからである。リベラル左派の言論は、マスメディアをバッシングしたいネット民にとっては、明らかに「穏健」すぎるものだった。
しかし00〜10年代のネット右翼は、政治に対する影響力は微弱であった。彼らの言論にたどり着くには、わざわざ「在日特権」などを検索してクリックする必要があり、政治的無関心層にまでに届かせるのは難しかった。在特会のデモも、政治的無関心層には嫌悪感を抱かせるもので、運動としては完全に失敗だった。
しかし2020年代に入り、YoutubeやTiktokなどの動画SNSの影響力が爆発的に高まって新聞テレビを凌ぐようになり、ネット右翼も主戦場を動画SNSに移すようになってから、風景は一変していく。
「マスコミが伝えない真実」を枕詞にリベラル左派を嘲笑し、在日外国人を敵視・攻撃するというスタイルは、「2ちゃんねる」時代からまったく変わっていない。変わったのは、政治的無関心層にダイレクトに、そして日常的に届くようになったことである。Tiktokで「高市首相」と検索すると、中高年の保守論壇オタクしか読まない「Will」「Hanada」の表紙と一つも変わらないのが象徴的というか皮肉である。
「メディアは都合の悪い真実は隠す」という批判も、かつてそれに共感・同意する人は一部であったが、ジャニー喜多川性加害問題以降は多くの人の基本的認識になっている。かつてはネット右翼のジャーゴンにすぎなかった「マスコミが伝えない真実」が、若い政治的無関心層にまで浸透するようになっている。
もともと社会に対して強い不遇感や疎外感を抱えるネット右翼は、情報発信の熱量についてはリベラル派に比べて圧倒的に強かった。毎日膨大な数のショート動画を投稿するネット右翼に対して、リベラル派は太刀打ちできなくなっている。Youtube上にはリベラル派のチャンネルもあるが、小難しい話を1時間かけて行なっているものが多く、再生回数も登録者数も10分の1程度である。ショート動画については、全くと言って良いほど対応できていない。
以上のように、リベラルな政治勢力の退潮はメディア環境の激変という要因が大きく、実際これは日本だけではなく世界的な趨勢である。もし立憲民主党が完璧にちがや氏の言う通りに頑張ったとしても、せいぜい焼石に水に過ぎない。
藤井一至「土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて」
横山祐典「地球46億年 気候大変動 炭素循環で読み解く、地球気候の過去・現在・未来」
藤井一至「ヤマケイ文庫 大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち」
主婦の友インフォス情報社「事故物件サイト・大島てるの絶対に借りてはいけない物件」(再読)
上遠野浩平「恥知らずのパープルヘイズ -ジョジョの奇妙な冒険より-」★
菅沼 悠介「地磁気逆転と「チバニアン」 地球の磁場は、なぜ逆転するのか」
ヴィンチェンツォ・ヴェヌート「生きものたちの「かわいくない」世界 動物行動学で読み解く、進化と性淘汰」
いがらしみきお「ぼのぼの人生相談 「自分をしまっちゃうのをやめないとさ」」
ちょめ「室外機室 ちょめ短編集」
特別展「鳥 ~ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統~」於・国立科学博物館。
昨年に引き続いて阿部勤也を読んでいる。歴史系の本は雑学が増えて楽しいし、現代で当然とされていることが全く通用しない世界をイメージできるので、自分の価値観が相対化できる(時折正しいかどうかだけが自分の判断軸になり、どう感じているかをおざなりにしがちなので大事)。他には地学や土壌が気になってたようだ。
なお、昨年までやっていた星印の評価はやめにした。同率二位とか三位とかを考えるのが面倒だったからだ。……とか思ってたけどやっぱり直感でやることにした。
乙一「The Book ~jojo’s bizarre adventure 4th another day~」
志村史夫「古代世界の超技術〈改訂新版〉 あっと驚く「巨石文明」の智慧」
コタニヨーコ「夏が、僕らの世界を見ていた」
熊倉献「春と盆暗」
「フリクリ」
特別展「魂を込めた 円空仏 ―飛騨・千光寺を中心にして―」於・三井記念美術館
久し振りに芥川賞を読んで面白いと感じた。自分の好みは、語り手が男性で、非常に知的であるか(丸谷才一をこの年読んだのはそのため)、怒りや暴力性などを抱えている作品にハマることが多い。もちろん例外も多数ある。というか読書の趣味は例外だらけだ。
あとは、高校生以来で「百年の孤独」を再読したが、当時と比べて複雑なストーリーを理解する能力が向上していたとわかったのは嬉しい。
「ジョジョ」や「フリクリ」など、すでに知っている物を手に取ったのはファン心理かもしれないし、これは外れないだろうというある種の安心(または怠惰さ)かもしれない。面白かったけれどね。
志村史夫「古代日本の超技術〈新装改訂版〉 あっと驚く「古の匠」の智慧」
篠田謙一「新版 日本人になった祖先たち―DNAが解明する多元的構造 (NHKブックス No.1255) 」
アシュリー・ウォード「ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ 争い・裏切り・協力・繁栄の謎を追う」
「生誕150年記念 モンドリアン展 純粋な絵画をもとめて 公式図録」
「生誕100年 ジャクソン・ポロック展 JACKSON POLLOCK[図録]」
丸谷才一「横しぐれ」★★★
「特別展 慶珊寺と富岡八幡宮の名宝―『大般若経』が語る中世東国史―」於・金沢文庫。
また、この月は数年前に行けなかった美術展の図録を買って楽しんだ。たまたま行けなかったり、コロナ禍で自粛してしまったりしたもので、ずっと喉の小骨のように行けなかった後悔にさいなまれていたのだが、すっきりした。
丸谷才一「樹影譚」
ハンフリー・カーペンター「J. R. R. トールキン 或る伝記」
J. R. R. トールキン「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」
A. A. ミルン「クマのプーさん Anniversary Edition」
A. A. ミルン「クマ横丁にたった家 Anniversary Edition」
エーリヒ・ケストナー、池内紀訳「飛ぶ教室」★★★
児童文学が多い。「飛ぶ教室」は男子校を卒業して二十年余りの自分にはとても良く刺さった(小さい頃にもらったのだがパラパラめくっただけだった。たぶん自分の中の男性性を求める心が強く目覚めていなかったんだろう。あるいは、一生付き合っていきたいという友人に出会う前だったからかもしれない)。また、今まで触れてこなかったトールキンの作品に触れて楽しかった。これは十二月の洋書による再読の遠因となる。
スタインベックは障害観が少々古いが、無駄な場面がなく、悲劇としての構成が美しい。
J. R. R. トールキン「終わらざりし物語(上)」★★★
湊一樹「「モディ化」するインド ――大国幻想が生み出した権威主義」★
J. R. R. トールキン著、クリストファー・トールキン編「ベレンとルーシエン」
相国寺承天閣美術館開館40周年記念 相国寺展―金閣・銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史。
うろこの家・展望ギャラリー、山手八番館、北野外国人倶楽部、坂の上の異人館。
湊川神社宝物殿
いつもの月と比べて大変に少ない。今月は休みの日に読まなかったのと、「終わらざりし物語」が上下巻それぞれ五百ページ超えと大変に長かったためである。四月までの分を加えれば平均して月十冊は読めているし、味わわずに読み飛ばすよりははるかにましである。というか、三月四月と十五冊読んでるじゃないか。プラスマイナスなし。
年始から神道をはじめとした日本の信仰について読んでいる。記紀に記載のない神々や、民間の信仰、仏教との混交などの知識が増え、日本神話についての解像度が上がった気がする。
なお、「クィンティ」はファミコンゲームで、これをスイッチでプレイした。祖父の家に合ったもので子どもの頃はクリアできないなりに楽しんでいた。スイッチの巻き戻し機能を利用してやっとクリアした。
余談だが昨年はクリアしないなりに「パリア」をプレイしたのだった(結局こういうクエストものや箱庭・スローライフものはそこまで好きじゃないというか飽きるとわかった。スローライフと言いながら結局採取や労働をしており、仕事で疲れて帰ってきてやるモチベーションが湧かない)。「Neo Atlas」は二〇二二~二〇二三にプレイしたが結局飽きている。世界を探検するのが好きなのはcivilizationで分かっているのだが、通知がひっきりなしに来るので、これもリアルな仕事と似ていて疲れた。
飯島吉晴「竈神と厠神 異界と此の世の境」
ダニエル・T・マックス「眠れない一族 食人の痕跡と殺人タンパクの謎」★★★
成澤勝嗣「もっと知りたい狩野永徳と京狩野 (アート・ビギナーズ・コレクション)」
狩野博幸「もっと知りたい河鍋暁斎 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)」
稲垣栄洋「生き物の死にざま」
小泉悠、高橋杉雄、太田啓之、マライ・メントライン「ゴジラvs.自衛隊 アニメの「戦争論」」
小塩 真司「「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイドの心理学」
綾辻行人「どんどん橋、落ちた」
櫻井武「SF脳とリアル脳 どこまで可能か、なぜ不可能なのか」
安田峰俊「民族がわかれば中国がわかる 帝国化する大国の実像」
「ACN ラムセス大王展 ファラオたちの黄金」於・クレヴィアベース東京
軽めの本が多め。
この後読む皇族の本も含め、学問の世界の厳しさに触れる本が多かった。知識を蓄えるのではなく、同じ問題にずっと取り組み続け、微細な差異や違和感に疑問を持つ才能がないと、研究者としてやっていくのは難しい(これはうまくできなかった自分を慰めている側面もある)。
脳科学については、著者の主張や意見のウエイトが大きく、前々から気になっていた意識や心の哲学についてはそこまで突っ込めなかった。ジャンル全体の概観をつかむだけなら、おそらくウィキペディアを拾い読みしたほうが早いか。
西暦202X年、日本の政治地図は未曾有の地殻変動に見舞われた。リベラルの旗手「民主党」と、平和の党「公明党」が、国家の分断を回避すべく電撃合併を宣言したのである。
その綱領は「友愛と慈悲の融合」であり、結党と同時に党内に設置された出版局、「民明書房」は、単なる広報機関を超えた存在へと変貌を遂げていった。彼らが社運を賭けて刊行したのが、超大作大河小説『龍魂鳳鳴(りゅうこんほうめい)』である。
この小説は、古代アジアの叡智と現代の民主主義、そして東洋の精神性を、重厚かつケレン味あふれる文体で描き出した。特筆すべきは、民明書房独特の「架空の歴史的事実」をさも実在するかのように織り交ぜる叙事詩的技法である。
「パンダの白黒模様は、宇宙の陰陽の調和を具現化した聖なる印である」
こうした記述が、科学的根拠を超えた「魂の真実」として、SNSを通じて中国全土に爆発的に拡散された。北京の知識層から四川の農村に至るまで、中国の人々は「これこそが失われた我々の精神的源流だ」と涙し、民明書房の書籍は聖典として崇められるに至った。
この熱狂は外交の壁を軽々と飛び越えた。中国政府は民明党に対し、最大級の敬意を表する「精神的同盟」を提案。その親善の象徴として選ばれたのが、世界で最も愛される親善大使、ジャイアントパンダであった。
しかし、送り先に指名されたのは上野でもアドベンチャーワールドでもない。埼玉県さいたま市、「大宮公園小動物園」だった。
理由は『龍魂鳳鳴』の第12巻にある一節、「武蔵の国、大宮の地こそが、龍の脈が交差する最強の聖地なり」という民明書房独自の解釈を、中国側が真に受けたためである。また大宮公園のカピパラ「ピースくん」が中国人のアイドルだった可能性も捨てきれない。
貸与式当日、大宮公園は熱狂の渦に包まれた。民明党の代表は、民明書房特製の「パンダ用・竹の葉煎じ薬(※もちろん架空の漢方)」を携え、中国代表と固い握手を交わした。
大宮の小さな動物園に、突如として出現した「パンダ舎」。そこには、氷川神社の森の空気を吸い、のんびりと笹を食むパンダの姿があった。その背後には、民明書房の巨大な看板が掲げられている。
この日、大宮は世界一の観光地となり、民明書房の出版物は世界中で翻訳され始めた。人々の心は、政治や国境ではなく、一冊の「あまりに壮大な法螺話」によって、一つになったのである。
「なのに国民が貧しい国」
でもこれ、最近いきなり起きた不幸じゃない。
👉 この時点で「少数が持ち、多数が持たない」社会が完成
でも👇
👉 国は変わっても格差の中身はそのまま
でも👇
👉 格差は縮まず、覆い隠されただけ
👉 「平等」は仕組みではなく、配り方で作っていた
結果👇
👉 同じ国に住んでるのに、別世界
👉 独立前にすでに
でも👇
国ごとに違うけど中身は同じ。
多くの国が👇を繰り返す。
👉 中道が定着しにくい
👉 「人が変われば国も変わる」幻想
→ 独立後も温存
→ 格差拡大
→ ポピュリズム
→ 財政破綻 or 停滞
サイクロン・ストーム・ディトワは、南アジアの広い地域に深い爪痕を残した力強い熱帯低気圧として記憶されています。この嵐は海上で勢いを増し、濃密な雨雲と強い風をまといながらスリランカとインド南部に接近しました。沿岸部では空が急速に暗転し、地域住民は自然の猛威に対し備えを固めながら、不安と緊張が交錯する時間を過ごしました。
スリランカでは広い範囲で雨が降り続き、都市部から農村まで多くの地域が影響を受けました。インド南部でも風雨が激しさを増し、交通機関や生活インフラが揺さぶられ、人々は互いに支え合いながら状況の推移を見守りました。それでも、困難に直面したときの地域社会の結束力と迅速な対応は、多くの生命と暮らしを守る大きな力となりました。
ディトワが残した影響は大きいものの、復旧に向けた歩みは着実に進み、自然災害に対する備えの重要性が改めて認識される機会となりました。
https://www.mapmyrun.com/routes/view/6657417947/
https://www.mapmyrun.com/routes/view/6657417947/
https://www.mapmyrun.com/routes/view/6657417947/
サイクロン・ストーム・ディトワは、南アジアの広い地域に深い爪痕を残した力強い熱帯低気圧として記憶されています。この嵐は海上で勢いを増し、濃密な雨雲と強い風をまといながらスリランカとインド南部に接近しました。沿岸部では空が急速に暗転し、地域住民は自然の猛威に対し備えを固めながら、不安と緊張が交錯する時間を過ごしました。
スリランカでは広い範囲で雨が降り続き、都市部から農村まで多くの地域が影響を受けました。インド南部でも風雨が激しさを増し、交通機関や生活インフラが揺さぶられ、人々は互いに支え合いながら状況の推移を見守りました。それでも、困難に直面したときの地域社会の結束力と迅速な対応は、多くの生命と暮らしを守る大きな力となりました。
ディトワが残した影響は大きいものの、復旧に向けた歩みは着実に進み、自然災害に対する備えの重要性が改めて認識される機会となりました。
https://www.mapmyrun.com/routes/view/6657417947/
https://www.mapmyrun.com/routes/view/6657417947/
https://www.mapmyrun.com/routes/view/6657417947/
サイクロン・ストーム・ディトワは、南アジアの広い地域に深い爪痕を残した力強い熱帯低気圧として記憶されています。この嵐は海上で勢いを増し、濃密な雨雲と強い風をまといながらスリランカとインド南部に接近しました。沿岸部では空が急速に暗転し、地域住民は自然の猛威に対し備えを固めながら、不安と緊張が交錯する時間を過ごしました。
スリランカでは広い範囲で雨が降り続き、都市部から農村まで多くの地域が影響を受けました。インド南部でも風雨が激しさを増し、交通機関や生活インフラが揺さぶられ、人々は互いに支え合いながら状況の推移を見守りました。それでも、困難に直面したときの地域社会の結束力と迅速な対応は、多くの生命と暮らしを守る大きな力となりました。
ディトワが残した影響は大きいものの、復旧に向けた歩みは着実に進み、自然災害に対する備えの重要性が改めて認識される機会となりました。
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スリランカでは広い範囲で雨が降り続き、都市部から農村まで多くの地域が影響を受けました。インド南部でも風雨が激しさを増し、交通機関や生活インフラが揺さぶられ、人々は互いに支え合いながら状況の推移を見守りました。それでも、困難に直面したときの地域社会の結束力と迅速な対応は、多くの生命と暮らしを守る大きな力となりました。
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スリランカでは広い範囲で雨が降り続き、都市部から農村まで多くの地域が影響を受けました。インド南部でも風雨が激しさを増し、交通機関や生活インフラが揺さぶられ、人々は互いに支え合いながら状況の推移を見守りました。それでも、困難に直面したときの地域社会の結束力と迅速な対応は、多くの生命と暮らしを守る大きな力となりました。
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スリランカでは広い範囲で雨が降り続き、都市部から農村まで多くの地域が影響を受けました。インド南部でも風雨が激しさを増し、交通機関や生活インフラが揺さぶられ、人々は互いに支え合いながら状況の推移を見守りました。それでも、困難に直面したときの地域社会の結束力と迅速な対応は、多くの生命と暮らしを守る大きな力となりました。
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NHKの、米騒動の構造的な必然性に触れた記事、おもしろかった。でもさすがに、その構造が歴史的・社会的になぜ生じたのか、利害関係者は誰なのかについて深掘りはしていないな。
日本で農地法の改革がなかなか進まないのは、「利害が複雑だから」みたいなフワッとした話じゃなくて、政治構造・選挙制度・農協の力・地域社会の価値観がガッツリ絡んでいる構造問題だからでしょ。
自民党の支持基盤 × 農村の一票の重さ × JAという巨大組織 × 農地=資産という文化がセットで抵抗している。
まず、農地改革って小規模農家やJAに不利、大規模農家に有利みたいに、受益者と被害者がハッキリ分かれる。日本の選挙制度は農村票の価値が重く、都会で1票でも、農村側はその数倍の価値がある。だから農村の組織票を失うと自民党の議員は落選しやすい。JAはその票を握っているから、政治家は逆らいづらい。農地改革をすすめる=JAの怒りを買う=議席が危ない、というめちゃ分かりやすい構図。
さらに、自民党にとってJAは昔からの超・重要な支持母体。JAは農産物流通だけじゃなく、銀行・保険・販売・ロビー活動・地域コミュニティまで担っていて、地方の生活インフラそのもの。ここを敵に回す政治家はまず勝てない。だから農地の自由化や市場化には、政治的なブレーキが必ずかかる。
農地そのものも、単なる生産手段じゃなくて資産。兼業農家が多い日本では、農地を売る・貸すことへの心理的抵抗も強い。「先祖の土地を手放すのは恥」「貸したら返ってこない」「土地の価値が下がる」といった文化や不安が根強く、農地の流動化が進まない。これがまた改革のハードルになっている。
そしてJAの側からすれば、市場化や大規模化は自分たちの存在意義が縮む話。大規模農家がJAを通さず売るようになると、JAの収益源(販売・集荷・金融)も減る。JAにとっては死活問題だから、全力で反対する。これが米市場の自由化が失敗した理由にもつながる。
官僚側にも問題がある。農林水産省は減反政策の成功体験が強く、前例踏襲+ミスを認めない文化が長く続いた。JAや農村議員との結びつきも強く、改革より「守る」方向に働きがち。
あとはたぶん、農村社会の価値観。農地は「家の象徴」みたいな位置づけで、売る・貸すことがコミュニティ内での評判に関わる。制度だけ変えても、現場が納得しないから動かない。
農地改革が進まなかったのは、政策が下手だからではなく、 日本社会の構造そのものが、自民党と支持者、支持母体の関係から必然的に抵抗が生まれるようにできているから。抵抗が強いのも当然という話。
米を安くするには、この構造をぶっ壊せ!というどこかのシティボーイ政治家による第二の構造改革の波みたいなものが必要なのかもしれないし、それをやると本当に自民党をぶっ壊せ!になるのかもしれない。