はてなキーワード: 解散総選挙とは
なぜリベラル派は政治的に支持されないのか。先の解散総選挙からSNSでは膨大な議論が飛び交っていたが、若干落ち着きはじめた現在、あらためて自分の理解をまとめておきたい。とくに新しいところはなく、すでにあちこちで言われていることのまとめである。
リベラル派と呼ばれる人たちは認めたがらないのだが、この事実から出発しなければ、なぜリベラルな価値観の若者が保守・右派である高市首相を支持しているのかがまったく理解できない。半世紀前は、結婚しない自由は事実上存在しなかったし、専業主婦にならない女性は「わがまま」扱いされたし、LGBTには文字通り人権というか存在そのものが認知されてなかったし、体罰などは全く悪いことではなかった。しかし現在は、「まだ結婚しないの」と親しくない人から無神経に聞かれることはなくなったし、LGBTは茶化してすらいけなくなったし、家事をしない夫は妻から叱られるし、教育や躾の名の下の体罰も少なくとも公的には許されなくなっている。そして若い世代にとっては、これらは頑張って勝ち取るものではなく、物心ついた時には自然な価値観として与えられたものである。こうした社会の中ですでに支配的となっている価値観を、リベラル派はまだ十分でないとして掲げ続けているのだが、若い世代にとっては既存の社会の秩序とルールとを守ろうと言われてるだけなので、どうしても魅力を感じられない。事実、リベラル派の人々からは「社会の底が抜けている」「公共が壊れてしまう」とか、「保守的」な物言いが目立つようになっている。若い世代が世論調査でリベラル・左派の政党を「革新」ではなく「保守」に分類してしまうのはよく知られているが、これは単なる無知という問題に還元できない。
今のリベラル派の関心は、主に女性、LGBT、少数民族、移民、障害者などの「マイノリティ」の問題に向けられている。それに対して、経済・雇用、社会保障、治安のような、「マジョリティ」の関心ある話題はあまり積極的には取り扱わない。女性は人数としては確かに少数ではないが、例えばフェミニストが問題視するような萌え絵のポスターに強い不快感を覚えるような人は、女性の中でもやはり少数であろう。そのように多数派と少数派がぶつかれば少数派は負けてしまうという単純な理由に加えて、マジョリティの中にも当然ながら様々な不幸や生活の困難を抱えている人はいるわけで、そうした人々を傍に置いてマイノリティにのみに過剰な同情心を注ぐと、それに対するマジョリティからの疎外感に基づく感情的な反発も生まれやすくなる。統一教会に加えて氷河期世代のために主流社会から排除されていた山上徹也被告が、事件を起こすまで「リベラル」な支援団体や弁護士たちから距離をとり、むしろネット右翼に心情的に近い態度をとっていたことは象徴的である。おそらく彼は、リベラル派の団体というのは自分のような「五体満足の男性日本人」というマジョリティに対して冷淡である、というイメージを持っていたに違いない。
インターネットの政治論壇は、その黎明期から完全にリベラル・左派に対するアンチが主流だった。いわゆるネット右翼である。ネット論壇が右傾化したのは、伝統的な右翼や保守主義のイデオロギーとは全く何のつながりはなく、新聞とテレビがメディアの言論を独占している時代に、右派の言説の方が明らかに「テレビでは言ってはいけないこと」というカウンターとしての機能を持っていたからである。しかし、掲示板やブログが中心の時代は、ネット右翼の言論にたどり着くにはわざわざ「在日特権」などの言葉を自ら検索する必要があり、政治的無関心層にまでに届かせるのは難しく、長らく政治的な影響力はごく限定的なものだった。2010年代にネット論壇の中心的なプラットフォームとなったTwitterは、フェミニストなどリベラル派が相対的に強く、ネット右翼も依然として優勢ではあったものの、少し押され気味になっていた。
しかし2020年代に入り、YoutubeやTiktokなどのソーシャルメディアにおける動画投稿サイトの影響力が爆発的に高まって新聞とテレビを凌駕するようになり、ネット右翼も主戦場をそちらに移すようになってから、自らの主張を政治的無関心層にダイレクトに、そして日常的に届かせることが可能になった。もともとリベラルな社会に対して強い不遇感や疎外感を抱えるネット右翼は、情報発信の熱量についてはリベラル派に比べて圧倒的に強く、リベラル派はまったくと言ってよいほど太刀打ちできていない。これまで政治にほとんど関心のなかったユーチューバーたちも、マスメディアとの差異化やカウンターという文脈で、ネット右翼のリベラル派叩きに同調的な姿勢をとる人が多くなっている。
以上の結果として、Youtubeでは立憲民主党やリベラルなメディアを嘲笑的に攻撃し、高市首相を絶賛するような動画であふれかえるようになり、暇さえあればスマホ片手にYoutubeを視聴する(テレビはほぼ見ない)若い世代の政治的無関心層にまで届くようになり、選挙の帰趨を決するまでになっている。高市支持の若い世代は、高市絶賛動画の源流がネット右翼であることは(今や動画を作成している側の多くも)もはや知らないし、リベラル・左派系の政党についてもYoutubeで小馬鹿にされているという以上には知らない。ただ小馬鹿にされているので、積極的に投票する動機が生じようがないというだけである。「リベラル派の〇〇が嫌われている」「リベラル派は経済や外交の政策が弱いから支持されない」「高市首相の〇〇というメッセージが若い世代に刺さった」といった説明は、政治的な世論と選挙の動向の大きな部分を理解するには、もはや古いものとなってしまったと言えるだろう。
「続くタンゴ」
観察者らは、緊張が沈静化した場合、あるいは沈静化すると、以前よりも高いレベルで落ち着く可能性が高いことに同意している。
リン氏とゴベラ氏は分析の中で、今回は双方が緊張を緩和する可能性は低いと指摘した。中国は現在、はるかに強力な大国であり、「台湾は中国の中核的利益の中核であり、これは中国政府が過去のエピソードよりも強硬な立場を取る可能性が高いことを意味する」。
「北京も高市氏を深く疑っており、発言を明確に撤回せずに緊張を緩和しようとする彼女の試みは偽善的、あるいはさらに悪いことに戦略的に欺瞞的であると見なす可能性が高い」と付け加えた。
一方、日本は特に高市氏の選挙での大勝利に対して毅然とした態度をとる意欲が高まっており、「彼女はこれを中国に対する自身の立場の正当性を証明するものとみなすだろう」とウォード氏は述べた。
ゴベラ氏はBBCに対し、高市氏は自身の勝利を「政治資本」として利用し、日本の立場を強化する防衛 経済政策を推進する可能性が高いと語った。
高市氏は、日本の防衛関連支出を予定より2年早くGDPの2%に引き上げ、今年末までに主要な安全保障戦略の改訂を完了し、間もなく景気刺激策を開始すると約束した。
一方、中国は「高市氏がかなり強力な指導者であり、圧力キャンペーンによって国内で高一氏がさらに強くなるだけだとみており、[したがって]圧力はあまり強まらないかもしれない」と日本の専門家でショーレンスタインアジア太平洋研究所(スタンフォード大学)所長の筒井清輝氏は述べた。
ワイルドカードとなるのは、ドナルド・トランプ米大統領がこれまで高市氏への強力な支持を約束し、解散総選挙に向けて異例の支持を表明しているということかもしれない。
しかし筒井氏は、トランプ大統領と中国の習近平国家主席との会談が4月の米国大統領の北京公式訪問を含め数回予定されており、今年は米中関係がさらに温まると多くの人が予想していると指摘した。
また、これまでの事件と比較すると、今回の口論に対する米国の対応は「これまでのところ控えめであり、中国を勇気づける可能性がある」とリン氏とゴベラ氏は述べた。
「日本人は習近平国家主席とトランプ大統領の間で何らかの大きな取引が行われるのではないかと恐れている」とウォード氏は語った。
週末、米国と日本はミュンヘン安全保障会議の傍ら、マルコ・ルビオ米国務長官と茂木敏光日本国務長官との会談で両国の関係を確認した。
高市氏はまた、トランプ大統領の中国訪問に先立ち、3月にワシントンDCを訪問する際に再びトランプ大統領に会う予定だ。
中国が圧力を強め続ける中、日本は米国と共有する防衛負担をさらに「倍増」させ、「米国が地域への関心を失ってしまうことのないよう、より緊密に協力する」だろうとウォード氏は述べた。
中国は痛いところで日本を攻撃している。高市首相は屈服するだろうか?
先月、東京の上野動物園で、日本のファンから何千回もの涙の別れを受けた後、シャオシャオとレイレイは中国行きの飛行機に乗せられた。これは中国と日本の関係悪化の最新の象徴である。
2頭中国のジャイアントパンダが家に帰らなければならなかった 中国政府がパンダの返還を発表し、数十年ぶりに日本に中国パンダがいなくなった。
日本の高市首相が中国との関係をここ数年で最低水準に落とす発言をして以来、中国政府は軍艦の派遣、希土類元素の輸出抑制、中国観光の抑制、コンサートの中止、さらにはパンダの回収など、さまざまな形で圧力を強めている。
高市氏が首相として新任期を開始 歴史的に強力な公的委任を獲得した後 アナリストらは、最近の解散総選挙から、双方の緊張緩和は困難であり、日中関係はすぐには回復しないと警告している。
騒動は11月に始まった 高市氏が台湾攻撃があった場合には日本が自衛隊を発足させると示唆したように見えたとき。
中国は台湾の自治を自国のものだと主張しており、いつか台湾と「統一」するための武力行使を排除していない。同島は米国を重要な同盟国とみなしており、米国政府は台湾の自衛を支援すると約束している。
台湾へのいかなる攻撃も米国と中国の間で直接的な軍事紛争を引き起こし、その後日本やフィリピンなどこの地域の他の米国同盟国にも拡大する可能性があると長年懸念されてきた。
台湾問題は中国にとって絶対的な越えてはならない一線であり、中国は「外部からの干渉」とみなされるあらゆるコメントに激怒し、これは中国だけが自ら決定できる主権の問題であると主張している。
高市氏の発言のほぼ直後、中国政府は激しい非難で応じ、撤回を要求した。
観察者らは、高市氏のコメントは政府の立場や他の日本の指導者らの過去の発言と一致していると指摘した。
しかし違いは、現職の日本の首相がそのような見解を表明したのは初めてだったことだ。
一方、高市氏は謝罪も発言の撤回も拒否したが、アナリストらは、この姿勢は彼女が勝ち取った強い使命によって証明される可能性が高いと指摘している。
しかし彼女は、具体的なシナリオについてコメントすることにはより慎重になると述べ、政府は中国の外交官と会談するために上級外交官を派遣した。
・「高市人気」で投票率が60%行くかと思ったが56%台だったので、「高市人気」はブームとして世間に浸透しきってはいない。「高市を総理に選ぶか決めるための解散」は受けいれられていない。
・自民単独2/3の勢いで与党で議席確保してるので、「支持率高いうちに解散総選挙」と同じく「支持率高いうちに9条改定を含む改憲発議」は確実に。安倍のように国民投票での否決を恐れて発議しないなんてことはない
・高市政権が消費税食品0%をするとは思えない。マスコミにチーム未来の躍進を引き合いに出させて「唯一消費減税を掲げなかった政党が躍進したということは有権者は食品消費税0%を望んでいないということだから勝利したけど0%はやらないと決断しました!」って演説をしてくると思う。せいぜい軽減税率を5%にするとか。(それで支持率下がることはない)
https://anond.hatelabo.jp/20260114220539
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上西充子
【視点】 投開票2日前というタイミングで「語らぬ首相 拭えない逃げの姿勢」との社説が出され、その社説の背景がこうして説明されたことを評価します。
政治をめぐる社説は往々にして、論点を提示し、疑問を提示し、政権側に丁寧な説明を求める形で締めくくるものが多い印象があるのですが、実際には政権側は丁寧な説明を行うことも、問いに的確に応えることもなく強引に政治を進めようとする傾向が強く、「丁寧な説明」を求めるだけでは真に問われるべき問題が隠れてしまっているのではないかと感じてきました。
そういう中で、高市首相が、自分が内閣総理大臣でよいのかを解散総選挙の争点とし、しかし「国論を二分する」政策についてまともに語らず、他党党首や記者らに問われる場に臨むことを避けて説明責任を果たさず、他方で自分が場を支配できる場では語りたいことだけを語り、その姿勢のまま選挙戦を終えようとしていること自体の問題を社説で問うたのは、意味のあることです。
この間の選挙演説でも語ってきたように、高市首相が目指していることは、衆議院で多数の議席を獲得することによって国会の各委員会の委員長ポストを与党が握り、自分たちが進めたい法改正を順調に実現していくことであり、それは「熟議」とは対極の姿勢です。
このような姿勢の高市政権に多数の議席を与えることはこの先の国会のあり方に明らかに影響を与えます。数の力で法案が通され、言論がますます力を失うことになりかねません。今、このタイミングで有権者である私たちが考えなければならない問題です。
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結局、公明党(創価学会)の力をよく知ってるから、中改の準備ができる前に息の根を止めようと解散総選挙を急いだってことなんだね
なんでこんなタイミングで中核派みたいな共感してもらえない名前の党を急に立ち上げたのかと思ったが、それ自体が自民党の計略だったわけか
野田さんが党代表として戦う衆院選は、2012年12月と今回の二つだが、どちらも野田さんの経済音痴により、彼の党が選挙で大きく負ける。
2012年は、リーマンショック後の米国経済の不況の底打ちと米長期金利の上昇の気づかずに、性急に解散総選挙に突入してしまった。もう少し粘って待っていれば、超円高の終わりが始まり、日本の経済状況も自然に改善して、民主党への批判も和らいでいた。
今回は、公明議員の思いつきのいい加減なジャパンファンド構想に持っていかれてしまって、財源付きの消費税率の恒久的引き下げを軸とする自党の政策パッケージがぐだぐだになってしまった。
すぐに損を自分(の党)で受けてしまうロマンチストの傾向があり、リーダーとして選挙に弱すぎる。
今から少しでも情勢を立て直すなら、「日本のリーダーにふさわしいのは高市か、それ以外か」という、高市さんが(自民党の総意を置いてきぼりにして)掲げている今回の選挙のテーマに乗るしかない。あとは、「政治とカネ」の選挙の主要テーマ化。
高市内閣、2025年に総裁になってからずっと支持率が高めで、その勢いのまま解散総選挙へ。気づけばもう期日前投票の時期に突入しているというスピード感。
ただ、農政まわりだけはちょっとザワついてるのが気になるところ。
Z世代の支持が特に強くて、明るい雰囲気とか積極財政、物価対策が「まあ安心できるかも」という評価につながっている様子。年収の壁の見直しも現役世代には好印象らしい。
一方で、農水相に鈴木憲和さんを起用した件は、「そこだけ昔の自民党感ある…?」というコメントをヤフコメで見かけた。
鈴木さんは農林族でJAとのつながりが深い人だから、どうしても“JA寄りになるのでは”という目線が向きやすい。
さらに、石破政権で増産方向に振れたコメ政策が、高市政権でまた減産寄りに戻ったことで、「あれ、またそっちに行くの?」という戸惑いも出ている。
減反は2018年に廃止されたはずなのに、実質的な生産調整は続いていて、
コメ不足や価格高騰を気にしていた人からすると、2026年産をさらに5%減らす方針はちょっと意外だったみたい。
「おこめ券」もJA全農寄りに見えるという声がある。
その結果、「自民党、ちょっと昔の雰囲気に戻ってない?」という空気が一部で出てきている感じ。
最近選挙用の宣伝広告を頻繁にヤフーのトップ画面とYouTubeのショート動画で見かけて凄く邪魔
その上ショート動画の3本に1本位の割合で高市の選挙の宣伝動画ばっかり来るようになっててさ
いくら高市が好きな人でも嫌いにならないか心配になるほど高市まみれだった
挙句の果てに中道とか他の野党の悪口動画が大量にあるのに高市早苗は最高の総理大臣だみたいな洗脳してくる動画がいっぱい出て来て
エックスもだけどミュートしたりブロックしたりとにかくウザ過ぎて広告が入らないようにしてたんだが流石に度が過ぎてて気分が悪い
解散総選挙を宣言した辺りから急激に増えて来て安倍元総理を彷彿とさせて気持ち悪くてならない
これに何億も支払ってるんでしょ、明らかに一介の政治家の宣伝広告にしてはキャパオーバーしてるもの
正直ここまで高市早苗だらけだと今まで嫌いじゃなかったけど嫌いになりそう
マジで辞めて欲しい
【はじめに】
システム工学的「エポケー(判断保留)」と、リヴァイアサンの代謝
本稿は、現代日本政治における「権力と宗教」の構造的癒着、および「山上徹也」という事象を、道徳的善悪の彼岸にある「システム工学的な機能不全と最適化」の観点から記述する試みである。
あらかじめ断っておくが、本稿には犯罪行為を正当化する意図も、特定の信仰を弾圧する意図も一切ない。
現象の「論理的解明(Explanation)」は、決して行為の「倫理的擁護(Justification)」と等価ではない。
病理学者がウイルスの感染経路を淡々と追跡するように、筆者は犯罪者も、政治家も、信者も、すべて巨大な統治機構(リヴァイアサン)を構成する「部品」および「代謝産物」として等価に扱う。
読者が感じるかもしれない不快感は、システムそのものが内包する「非人間的な合理性」の反映に過ぎない。
筆者は前稿『歪なリヴァイアサン』において、自民党を「魂(イデオロギー)を持たない利益配分マシン」と定義した。
しかし、高度成長が終わり、配るべき「カネ(利益)」が枯渇したとき、魂を持たないこのマシンは、いかにして自らを駆動させる熱量を調達するのか?
本稿は、この問いに対する回答である。
システムは生存のために、外部から「安価な魂」と「無料の労働力」を調達する必要があった。その調達先こそが、統一教会という名の「政治的下請け業者(BPOパートナー)」である。
本稿では、リヴァイアサンがいかにしてこの異物を「召喚」し、その病理的な代謝プロセスの中で、いかなる副作用(山上徹也)を必然的に排出したのかを解剖する。
序論:誤診された「犯罪者」
2026年1月、奈良地裁は山上徹也被告に無期懲役を言い渡した。判決文、そして世論の多くは、彼を「家庭環境に絶望した、極めて特異で孤独な犯罪者」として処理しようとしている。
しかし、これは誤診である。あるいは、意図的な隠蔽と言ってもよい。
我々の「システム論」の視座に立てば、山上徹也という存在は、決して予測不能なバグ(異常値)ではない。彼は、戦後日本の政治システムが正常に稼働し続けた結果、必然的に排出された「産業廃棄物(システム・バイプロダクト)」である。
彼を「極端な個人」として切り捨てることは、工場が川に垂れ流した汚染水で奇形魚が生まれた際に、工場の排水システムを点検せず、「その魚の特異体質」を責めるに等しい。
なぜ、統一教会という異質なカルトが、日本の政権中枢にこれほど深く食い込めたのか。
「教会が巧みに自民党を洗脳・浸透した」という被害者面をしたナラティブが流布しているが、これは歴史的にも構造的にも誤りである。
正しくはこうだ。自民党というシステムには、構造的な「欠落」があり、その穴を埋めるために教会を自ら「召喚」したのである。
自民党と統一教会の関係を「信仰」や「思想の共鳴」で語ることは、事の本質を見誤らせる。
両者を結びつけていたのは、互いの「欠損」を補い合う、極めてドライで実利的な「政治的バーター取引(交換条件)」である。
この取引のバランスシート(貸借対照表)を精査すれば、なぜシステムが教会を切断できなかったのかが明確になる。
自民党が教会から調達していたのは、カネ(献金)以上に、「カネのかからない実働部隊」であった。
選挙には膨大な人件費がかかる。しかし、教会から派遣される秘書や運動員は、給与を要求しないどころか、教団の教義に従って「無私の奉仕」として24時間働く。
これは、企業経営で言えば「違法なほどの低賃金労働力」を独占的に確保しているに等しい。自民党議員にとって、これほどコストパフォーマンスの良い「兵隊」は他に存在しなかった。
数万票単位で動く教団の組織票は、全体の得票数から見れば僅かかもしれない。しかし、当落線上にある小選挙区の候補者にとっては、この「確実に計算できる数万票」こそが、政治生命を左右する決定打となる。
スパイ防止法制定や選択的夫婦別姓反対など、リベラル層からの反発が強い右派的政策の推進運動を、「国際勝共連合」という別動隊に担わせた。これにより、自民党本体は「中道」の顔を保ったまま、保守層の支持を固めることができた。
対する教会側が求めたのは、日本という巨大な資金源でビジネスを続けるための「不可侵条約」と「お墨付き」である。
教祖や幹部が、岸信介、安倍晋三といった歴代首相と並んで写真に収まること。あるいは、関連イベントにビデオメッセージをもらうこと。
これらは単なる記念ではない。信者や勧誘対象者に対し、「総理大臣も認める立派な団体である」と信じ込ませるための「最強の営業ツール」として利用された。政治家の権威は、霊感商法を正当化するためにロンダリングされたのである。
長年にわたり、霊感商法に対する警察の捜査や消費者庁の規制が、不可解なほど鈍かった事実は見逃せない。
さらに決定的だったのは、2015年の「名称変更」の承認である。悪名高い「統一教会」から「世界平和統一家庭連合」への看板の掛け替えを、当時の下村文科相下の文化庁が認めたことで、教団は過去の悪評をリセットし、新たな勧誘活動を展開することが可能になった。
これは実質的に、国家が教団に対し、「日本国民からの搾取を継続してもよい」というライセンス(免許)を更新したに等しい。
教会が喉から手が出るほど欲しがり、自民党が頑なに守り続けた最大の利権。それは、日本国内に「聖域」と呼ばれる非課税地帯を維持することであった。
通常の企業であれば、商品を売って利益が出れば法人税がかかる。
しかし、教会は「壺」や「多宝塔」を売る行為を、商行為ではなく「宗教的な寄付(献金)」と定義した。
日本の宗教法人法において、宗教活動による収入は「非課税」である。
これにより、信者から巻き上げた数千億円規模の資産は、国家による徴税というフィルターを通らず、丸ごと教団の懐に入った。これは、実質的に国家が教団に対して「法人税相当分(利益の約20〜30%)の補助金」を裏で渡しているに等しい。
株式会社と異なり、宗教法人は財務諸表の公開義務が極めて緩い(実質的に外部からは見えない)。
この「不透明性の維持」こそが、自民党が教会に提供した最大のサービスの一つである。
「信教の自由」を盾に、宗教法人法へのメス(厳格な会計監査の義務化など)を入れないことによって、教会は日本で集めた莫大な資金を、誰にも監視されずに韓国の本部や米国へ送金することができた。
日本は、教団にとって世界で最も効率の良い「集金マシン兼タックス・ヘイブン(租税回避地)」として機能させられたのである。
(元)連立パートナー(公明党・創価学会)への配慮という「人質」:
それは、統一教会だけに課税しようとすれば、かつて自民党の連立パートナーである公明党の支持母体(創価学会)や、自民党の保守地盤である神社本庁など、他の巨大宗教団体の既得権益も脅かすことになるからだ。
この「相互確証破壊」の構造があるため、宗教法人税制はアンタッチャブルな聖域となり、統一教会はその「大きな傘」の下で安住することができた。
この取引において、自民党は「政治コスト」を削減し、教会は「法的リスク」を回避した。
しかし、経済学の原則として、「フリーランチ(タダ飯)」は存在しない。
自民党が浮かせたコストと、教会が得た利益。その莫大なツケを払わされたのは誰か?
その全てのツケは、「信者家庭からの略奪的採掘」によって支払われた。
燃料としての家族:
自民党に「無償の秘書」を派遣するためには、教会職員を養うカネがいる。そのカネを作るために、山上徹也の母親は「霊感商法」によって資産の全てを搾り取られた。
山上家が破産し、兄が自殺し、一家が崩壊したプロセスは、悲劇ではない。それは、自民党という巨大なエンジンを回すために、燃料として「消費」されたに過ぎない。
燃料(資産と家庭の幸福)が燃やし尽くされた後に残った、燃えない残骸。
金も、親の愛も、学歴も、社会的地位も奪われ、空っぽになった人間。
それが山上徹也だ。
彼は社会不適合者だったから犯罪行為を起こしたのではない。システムが彼から全てを収奪し、その後の「廃棄物処理」を怠った結果、有毒ガスが充満して引火したのである。
あの手製の銃は、狂人の武器ではない。それは、政治システムが排出した「毒」が、逆流して配管(安倍元首相)を破裂させた物理現象だ。
2026年の無期懲役判決と、それに続く高市首相の解散総選挙。これらは一連の「汚染除去作業」である。
裁判所は、彼を「政治犯」として認めなかった。認めてしまえば、「自民党がカルトを使って国民を搾取していた」という因果関係を司法が公認することになるからだ。
彼を「母親への恨みで暴走したかわいそうな男」という物語に閉じ込め、刑務所という最終処分場へ隔離することで、システムは「我々には責任がない」と宣言した。
高市首相は、判決の直後に解散を打つことで、この事件を「過去の歴史」へと押し流した。選挙の争点を「教団問題」からずらし、再度の勝利によって「禊(みそぎ)」を完了させる。
これにより、「教会を利用するシステム」は温存され、単に「より見えにくい形」で地下潜行するだけとなる。
「山上徹也は極端な個人ではない。システムが生んだ副産物である」
我々が見ている「平和な日本」は、山上家のような「声なき生贄」を燃料として燃やすことで、かろうじて維持されている。
無期懲役の判決が確定した瞬間、システムは安堵の息を漏らしただろう。