はてなキーワード: 恨み節とは
NIKKEの3.5周年イベントの告知というか配信イベントがあってまたこれがどえらい長丁場の丁場もいいところ5時間を超える大ボリュームで私途中で鼻血が出ちゃいそうだったってことは全く嘘だけど、
それに迫るその勢いは圧倒されたわ!
というか、
人は学ぶものなのよ。
前回の3周年イベント配信の模様もぶっちぎり5時間を超える大ボリュームだったから、
私はよーし、
もう今日はNIKKEの配信で1日終わるから晩ご飯早めに食べて歯磨きしてお風呂入って炭酸水ハイボールの準備だけして挑もうかな!ってちんと座っていたの。
あれってさ、
あのボリューム絶対後からアーカイブで見るのって不可能なボリュームの長丁場も丁場もいいところじゃない?
だから私は必死に5時間くらいついてガブリシャスよろしくかぶり付くように配信を魅入っちゃったわ。
まず!
わーい!これは待ってましたというか、
先にもしかしたら新紅蓮と新ラプンツェルがくるのかな?って思ってたけど、
ストーリー上なんか新たなボスにその彼女たちの性能が吸収されたエグいボスになって登場するみたいなので、
今回は実装されないみたい!
で、
先にされるかな?って思っていた、
新ネオンより先にアイドル旋風がNIKKEにようやく届いてきたわ!
元アイドルだったアニスが自分のけじめのためにラストライブを繰り広げてからじゃないと地上奪還には本気出せない!ってところでストーリー止まってちょっと離脱していたんだけど、
今回一発目の発表が新アニスの登場で、
会場大盛り上がりよ!
そんで、
チャプターエピソードでもあったネオンがニケになる前の話を踏まえて、
もしかしたら、
アニスとネオンが新しくなってもう新登場って鼻血でそうになるわ!
最近さ、
NIKKEの強いニケもエフェクトも火力もインフレ化してきているところもちょっとあるけれど、
そんで私がメインストーリー読み終わっちゃって次待っていたのにあわせてその気持ちに応えてくれるかの如くタニコーの五徳の上に乗せられ熱せられたフライパンの熱さをも凌駕するほどに待ってましたの、
新チャプターも2つ追加!
このNIKKEのアイドル旋風はまだ終わらないみたいで、
新コスチュームで
ラピもアイドル姿になっているし根拠ない自信に満ちあふれたあのラピ独特の真顔がなんとも言えない割りにはしっかりアイドルの格好を披露していてドッとまた会場が沸いていたわ!
あとまだまだ終わらないアイドル旋風の
次の次のはどえらいなんと!
ドロシーあんたなにやってんのよ!ってみんな総ツッコミしそうなほど、
ドロシーってNIKKEのストーリー上ではいまアークの技術の機密情報をなんとかゲットしようとしてそこにいるんだけど、
まあドロシーってアークに見放された悲しい背景を持つアークには恨み節たっぷりもうそれお店の定番メニューにして
アークを一番恨んでいるニケなんだけど、
そのドロシーがよ、
超かわいいんですけど!って。
ドロシーって心で思っていることとやってることが一番ちぐはぐな一番いいニケだと思うのよね。
それにあと、
ドロシーもラピもなにやってんのよ!って思うほどアイドル旋風巻き起こっているわNIKKEに!
どうしちゃったの?って感じ。
主に大きな大トピックは、
他アニスタ所属しているのT.T.スターのアイドルグループのイベントなど大々的にやりまーすって、
どんだけお金掛けてんのよって、
逆に引くぐらい、
次またこれ4周年とかなるとどうなんのよ?って
今回のアップデートで一旦は一区切りで次の大きな章に入るってことで、
結局、
諸悪の根源である人類の敵のラプチャーの大元であるクイーンに至るところまで今回のアップデートで追加されるチャプターでは消化できそうになさそうなので、
次の区切りの新章になるのかな?
だってさ、
シンデレラ復活等上までのストーリーいったい何チャプター使ってるの!ってぐらい胸熱だったから、
でさ、
そこもまたNIKKEの悩ましいところよね。
分かってたら、
コラボ企画であったステラーブレイドのイヴみたいに半年資材集めて一瞬で最強に仕上げられたというのに。
でもさ、
6月はきっとステラーブレイドとのコラボ企画復刻しそうなので、
そこもちょっと勘ぐってるのよね!
あと昨年末のベータ版以降音沙汰のないヘクスで進める俯瞰で見れる地上奪還コンテンツ。
その後まったく動きないみたいだけど、
没るのかしら?
私は操作がじれったかったけれどああ言うの好きなので遊びやすくなってまた登場して欲しいわ。
そのことは一切何も誰も触れなかったので、
もしかしたら
以降の周年アニバーサーリーイベントの隠し球にしてるのかも知れないわね!
にしても、
私はあの大ボリュームで実績が90パーセントしか達成しできなかった、
「2X2 LOVE」の鬼のような量のテキストの恋愛シミュレーションが早くアーカイブから遊べるようにならないかなーって、
多分1年ぐらい先になりそうだけど、
それも期待よね。
今これいうまですっかり忘れていたけれど、
新章ばかりに気を取られてて、
アーカイブで見れるイベントストーリーのお話も見るのも見なくっちゃ!って思ったわ。
すっかり、
3.5周年イベント見ただけでお腹いっぱいになっちゃったけど、
結局回しちゃうんだろうけれど。
うふふ。
ブームは続くはどこまでも!っていう感じでいつまで私のこの納豆巻きブームがムーブするまで、
やっぱりだんだん暖かくなってきて、
冷房もそろそろつけちゃう?ってぐらい昼は暑くなってきてルですけどー、
シュワッと
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
虐待を受けて複雑性PTSDになり20代はその治療で終わり、今は30代前半。
(一度、双極性障害の診断も受けていて結果これは誤診だったわけだけど、ただ炭酸リチウムを飲むだけの数年間を過ごしたせいもある)
治療の代金で金を使い、自暴自棄になってこさえた借金の返済で金を使い、貯金は30万。もちろん資産はない。
顔は醜い。
鼻は大きく、肌は汚い。歯は黄色く、目は小さい。苦労してきたからか白髪も多く、シワも深い。
おしゃれはしたことがない。伝わるか難しい話だけど、「おしゃれをしてもいい」と自分に許可できるような心持ちになれたのがつい最近だ。
以前匿名で私の人生のこれまでを書いて、ありがたくもたくさんの人に激励してもらったが、あんまり変われなかった。
運動の習慣を取り入れて少し痩せたくらい。
どう生きる?
はっきり言って、上がり目はないということは自分でもよくわかる。治療をせずに、ずっと記憶内の親に恨み節を吐き続ける毎日を過ごして死んだ方がマシだったんじゃないかと思うこともある。
この立場になって思うのは家庭(親)もしくはそれに準ずるコミュニティから不文律を学ぶことはとても大事なのだということだ。
お金のこと、健康のこと、着飾ること、人と関わることetc...
私の親はどれも不得手だった。お金はあるだけ使っていたように見えたし、好きなものを好きなだけ食べていた。着飾ることもしなくてダサかったし、友達もまともにいなかった。
中学、高校くらいで垢抜けていた人たちの親は着飾っていておしゃれな人が多かったし、人好きのする人の親もやはり明るく社交的だった。
私は不文律を学べなかったのだと思う(もしくは悪い不文律をそのまま受け継いでいるとも言える)
もちろんこのインターネット全盛期にはたくさんの情報に自分でアクセスできるので、私も色々調べたりもした。高い学術書も買って、ストレスを受け続けて働きの悪くなった頭を精一杯回しながら読んだ。
だけどもこれらの情報は"土台"にはなり得ないと感じた。表層的なものだ。良い家の建て方であって、ぬかるんだ地盤を強固にするものではない。
お金を貯める・増やす方法はわかる。でもお金を大事にする気持ちがわからない。きっとそう思える不文律が無いのだ。
健康的な習慣を送る方法はわかる。でもそうして生きる理由がわからない。きっとそう思える不文律が無いのだ。
着飾る方法も知識だけある。でも心のどこかで無駄だとも思っている。きっとそう思える不文律が無いのだ。
人と関わる方が良いという知識だけはある。でもすごく気後れする。きっとそう思える不文律が無いのだ。
不文律はきっと土台を作れるものなのだと思う。でも不文律だから誰も言語化できない。いや、そもそも当然のものだから言語化しようとも思わないんだろうな。
せっかく良くなったのだから、どうにかしたいという気持ちはある。
あるが、どうにかしているうちに私は40代くらいになって、試合の場に出られぬままに消化試合に入る時期が来るのだろうなとも思っている。
どう生きる?
諦めたくないよ。
教えてください。
(追記)
色んなご意見ありがとうございます。
不文律の話からは逸れるけど、自分はこういう人たちに質の良くない憧れがうっすらとある。(蔑みの気持ちももちろんある)
自分は言えないからだ。匿名で、自己を特定されないというのが保障されていても言えない。
こう書くと「辛い過去があるからそう思える」とか「そういう人間性が財産」だとか言ってくれる人がきっといる。言われたら自分も「そうかもな」ってきっと思う。
でも心のどこかで『自分のような人間になんにも共感を抱けずに、加害の自覚もなく無責任に吐き捨てられる人間』を羨ましく思う。
なりたい、というわけではない。自分も加害したい、というわけでもない。
2(二) これは小選挙区制が悪い
4(一) ハッシュタグ「私は8割」
6(中) チームみらいは得体がしれず気色悪い
1(中) 票を得ても、それは白紙委任ではないぞ
4(右) 負けた者を嘲笑するのはやめましょう
改憲派の勝率が7割?明らかに異常じゃねーかという指摘。伝聞証拠や状況証拠があるため、陰謀論ではないらしい。
おかしいのは野田氏の選挙戦略だということには気づかず、とりあえず他責。
選挙というゲームに負け、そのルール自体に文句を言っている。比例では結構勝っていたのに、小選挙区で負けたのはルールがおかしいから、という難癖。
なお現在の選挙のルールを作ったのは、ほかでもない小沢一郎氏である。
自分たちは頭がいい。愚かな国民によってこうなってしまったという主張。彼らにとって、これは選民思想とは呼ばないらしい。
我々の素晴らしい政策を読めば中道に投票するはずなのに、それすら見ていないと本気で思っている。「消去法」という概念自体がないのかもしれない。
開票後に現れたハッシュタグ。惨敗して少数派になり、ズタズタになったメンタルを癒すために生まれた。
自民党に投票した2割より、我々のほうが多数派だ、という慰安。
悪魔合体に失敗したのに、まだ野党全体で結集できると思っているらしい。
昔別れた元カノのことをいまだに引きずっている。あるいは他責の言い訳。
野党は与党の批判をするのが仕事なのに、と怒っている。「批判する」という手段が、もはや党の目的だと錯覚してしまっている。
ずっと欲しがった「無党派層」がそこにいるのに、それすらも敵に回す。参政党ですら支持者を諌めるレベルの言動。
ナチスは選挙で選ばれた、選挙に選ばれたのは高市。だから高市はナチスだ、という非常に分かりやすい方程式。
この理論で行くとトランプはナチスではないのだが、そこは無視するものとする。
自分たちがいつかユダヤ人のように迫害されると勝手に危機感を覚えている。
選挙戦よりずっと前から、巨悪の陰謀によって敗北することは決まっていた、とする諦観。大敗によって、今回ばかりは弱音を吐いている支持者が多くみられる。
もしくは「自分たちは悪くなかった」という他責思考の類なのかもしれない。
中道になって現実路線に入ったのに、まだその事実を受け入れられていない。
もしその「予言」が当たると言うなら、いつまでに戦争になるのか教えてほしい。今のうちに三菱重工の株を買っておくので。
議院内閣制の基本を教えてくれている忠言。毎日新聞まで1面でこれを書いている。
明らかにくやしまぎれの言葉なのだが、中道改革連合が自分たちの白紙委任によって誕生したことはとうに忘れている。
政権がもし失敗したら、投票した人のせいだ、という押し付け。「もうしーらない」という、ふて寝でもある。
この理論で行くと、自分達には中道の監督責任がある。まずは自分の政党から立て直してほしい。
中道の存在自体が有耶無耶になりそうなので、まだ後回しなのかも。
弁士なのにデマに負ける程度の発信力なら、当選しても影響力がないのと同義なのだが、そこは立候補者の力不足ではないのだ。
議席は激減したが、それを笑われたくないという完璧主義的な気持ち。
自責の念に囚われたくないので、言い訳をして一生反省はしない。
自民党単独で3分の2を取ったことから、維新への恨み節も飛び出している。
自分達が名前を変え、国民民主党との間に取り交わした協定を反故にして無視したことを、もう忘れている。
我々はしばき隊として、私的制裁を加えたのに、という意味でもある。
与党だけでなく自分達の不都合な部分も曝け出されることを失念している。
成果主義的な主張。約半年という期間では自分達も批判しかできていないはずだが、そこは棚上げしている。
成長を見守る、という発想自体がないのかもしれない。
公職選挙法違反を責めると、自分達の首も締まってしまうことまで気が回っていない。
中道と参議院の残党とで、政党交付金をどうしたのか、これからどうするのかは不透明だが、そこはダブスタ。
はっきり言って失恋したとかで泣くような人間を若干冷笑していた節がある。恋愛で一喜一憂するなんて女々しい。漢なら当たって砕け散れ!などど思っていたのも束の間、本当に砕け散ってみるととても耐えられそうにない。寝ても覚めても悪夢が続いているような感じで、今ならbacknumberでさえ共感できる。
相手はバイト先の先輩だったんだが、急にご飯に誘って基地外と思われるほどの距離感とかでは全くなく、休憩が被れば一緒に話したり、ゲームの話題でdmのやりとりをできるくらいの仲だった。
その先輩を飲みに誘った後、気になっている旨を伝えて2回目のご飯に誘ったら、「好意には応えられないけどまたご飯に行こうね」とのこと。半年前からの片想いも虚しく散ったわけだが、何よりも苦しいのは、先輩に迷惑をかけたり気持ち悪がらせたりしてしまったかもしれないということだ。
人に好意を伝えることは独りよがりで暴力的な行為になりうるというのは重々承知している。相手だって人間なのだ。昔読んだ横槍メンゴの「クズの本懐」を思い出す。「興味のない人から向けられる好意ほど気持ちの悪いものってないでしょう?」まさにこの感じだ、タイピングしてきてまた涙が出てきた。好きな人を気持ち悪くさせてしまって申し訳ない。顔ない、横転、墓地が無料のうちに急いで死ぬべきだ。平安時代ならこんなとき、袖を濡らすとか血の涙で手紙を書くだとかいうけれども、気持ちの悪い人間が泣きながら増田を書いたところで何の詩的情緒も感じられない。とにかく何か別のことを考え続けないと涙が止まらないのだからしょうがない。
問題は、仮に先輩を気持ち悪がらせてしまったとしても、ここで先輩に対して「変なこと言ってすみません。全部忘れてください」とか謝罪したところで、それはそれで先輩がたとえ社交辞令でもまたご飯行こうといってくれた優しさを無下にすることになる。はっきり断ってくれた先輩はむしろ優しいし、正しいし、そういうところが好きなんだよな。振られたけど間違いなく最高の一日だった。
それで思ったんだが、人間の矜持として先輩に恨み節になったりするのは絶対に違う。なぜなら好意を発露した自分がすべて悪く、先輩をこれ以上傷つけるようなことは断じてしてはならないからだ。そして振られた側は、相手に罪悪感を抱かせたり、これ以上気を遣わせたりしないためにもう何もすべきではない。
何もすべきではない。これが一番つらいのだ
もし何かできることがあるなら何でもする。好きな子のためなら泥水だってすするぞ、ズズズッとな。でもこれがもう何もすべきじゃないんだ。先輩とは友達以上の関係になれることは確実にないし、必要以上に連絡を取るべきではなく、もちろんバ先で少しも態度に出すべきではない。だからやり場のない思いをクネクネ書いているわけだ。世間一般的には失恋について、時間が解決するだとかいうけれども、その時間経過が一番難しいンだよな。backnumberや諸々を冷笑していた自分が情けない。失恋は何でもないよくある些細な悩みで、身近に起こりうるんだから作風やマーケティングは完全に正しい。恋愛はいつの時代も普遍的な一大コンテンツだ。失恋系Vtuverにでもなって赤スパで儲けたい。
先輩は「自分から人を誘える人は強い」と言っていた。自分としてはかなり勇気を出して先輩を誘ったつもりだった。でも出すべきじゃない勇気もあったらしい。
実際それはそうで、成人過ぎてこれまで気になっている人をデートに誘うなんてことは初めてだったし、それを普通にしているような人は本当に強いと思う。だからせめてもっと強い人間になれるように恋愛だけではなく人に積極的に声をかけ誘える人間になりたい。
一方で、今回みたいに出すべきではない勇気を出した場合、人を誘う強さは相手に不快感を与えうる。
かといって、人に声をかけないのは何も学んでない。私はもっと強い人間になりたい。
結局のところ、相手を不快にさせたり自分が傷ついたりする覚悟と責任を背負ったうえで人と関われる人間が強いということなんだろうな。
久々に「本人からもらったサインを即転売」なんて話をSNSでまた見かけるようになって、そういえばうちにもサイングッズがあったな、とふと思ったので。
一応手元には、雑誌に応募して当選したサイン色紙とサイン入り単行本がある。個人的な貰い物はさすがにない。
転売目的でサインを貰って即転売、というのはさすがに人としてどうかと思うが、昔たまたま手に入れたサイングッズでそこまで思い入れがない物を手放すのはそう珍しくないとは思う。 ただ、そういう場合でもメルカリやらヤフオクとかに出品するのって良くないんだろうか? とぼんやり思っていたら、気づくと10年程度押し入れの奥底に眠らせてしまっていた。
個人宛のサインを転売している事例ではネットで時々小炎上していることがあるが、さすがに当選したサイン色紙を売った話で大批判されている事例は見かけたことはないし、そう珍しいことでもないし。 ただそういうものであっても、作家が自身のSNSアカウントで出品に対して恨み節を書いている事例はあると言えばあるので、「じゃあどう手放して欲しいんだろうか」ってなる。
さすがに捨てるのはもったいないし。
一応解決済ではある。
先月、アマゾンのブラックフライデーセールでテトラの60cmスリム水槽を買ったら、割れていた。
(→https://www.amazon.co.jp/dp/B07Q5J4384?ref=ppx_yo2ov_dt_b_fed_asin_title&th=1)
さすがの俺も少し縁が欠けていたり、傷があったりするくらいだったら……まあ文句は言うし返品処理もするが、そこまで騒ぎ立てるような真似はしない。厳重に梱包されているとはいえ、ガラス製品だから、そういうこともあるだろう。
ただ、画像を見てもらうとわかる通り、完全に割れている。安全靴履いて蹴飛ばしたんじゃないかってくらいバキバキに割れている。マジでどうやって運んだんだこれ?
(画像:https://www.floral-village.info/up/suiso.jpg)
これ、不思議な点が2つあって、
1つは割れたガラスが同梱のフィルターの奥に立てかかっているということ。
横向きのまま割れたらこうはならない。立てた状態で割れて、横向きになったとしか思えないが、それなりに重量のある商品を普通そんな風に扱うか?
もう1つが、緩衝材には「ガラス水槽注意」みたいなシールが貼られていたが、段ボールには「割れ物注意」も「天地無用」の記載もなかったこと。
そりゃ割れるわって感じなのだが、今回の商品、出品も配送もAmazonで、段ボールに大きな凹みもなかったので、倉庫内で段ボールに入れる前段階で割れていたんじゃないか?と邪推してしまう。
まあ、これだけならまだいい。
いや、全然良くないのだが、返金もしくは新しい商品を送ってくれるのなら、多少の恨み節は吐かせてもらうが、許しても良かった。
アマゾンの巧妙に隠されたカスタマーページからコールセンターに連絡したら、「返金対応は出来ますが、返品できない商品なので返品受け付けできません」とのこと。
いやいや待てよ、と。商品販売ページには「欠陥や損傷がない限りは返品できません」とあるが、見ての通り、欠陥しかない。
それを主張するも、「お客様の方で処分してください」の一点張り。
このやり取りの少し前に、「配送と返金どちらにしますか?」「また配送してください」「確認いたします……在庫切れのため、2週間ほど先になります」というクソみたいなやり取りがあったから、尚更気分が悪い。
こっちとしては「水槽はもう他のところで買うから、ゴミ運んできたお前らが責任持って回収しろ」って感じなのだが、話は平行線。
こいつに話しても仕方ないと一度電話を切り、翌日改めて電話をすると、今度は中国人っぽい人が対応した。
「ゴミを送り付けておいて返品できないはおかしいだろ(要約)」と言うと、何故かあっさり要望が通り、
「集荷の手配かけますので、商品を部屋の前に出しておいてください」とのこと。
昨日のやり取りは何だったんだよと思いながら、自分で捨てる気はさらさらなかったので、ダンボールを梱包し直して、部屋の前に置いた。
が、2週間経っても集荷は来なかった。
そして先日、3度目の連絡をした。
1回目とは違う日本人が出たが、散々待たされた末、「返金はされてるよね?割れたガラス製品は危険だから、返品しなくていいよ」を何重ものオブラートに包んだ表現をされた。
いやいや捨てるほうが危険だし、もう梱包してるし、どこから文句を言っていいかわからなかったが、「前回のやつと言ってること違うじゃねえか」と指摘し、
何回かの押し問答の末、最終的は「返品対応はできないが、着払いで返品センターに送ってくれ」と言われ、話は終わった。
「アマゾンのシステム的に返品処理ができないので、そちらから集荷依頼をかけてくれ」という旨の説明には未だ納得いっていないが、今回の件はこれで終わるから、良しとする。
元々、アマゾンの配達には良いイメージがなかった。ヤマトが配達してくれる時には何の問題もなかったが、
アマゾンの下請けなのか個人事業主なのかわからないが、ともかくアマゾンが配達した時は、違う棟に届けられたり、宅配ボックスに中身が入ってなかったりした。
だからまあ今回もダンボール空ける前に、アマゾンの不在票を見ていたので、嫌な予感はしていたのだが、問題は配達したやつだけではないかもしれないのがクソポイントだ。
アマゾンは、日本のECサイトよりも色々とシンプルで使い勝手が良かったのだが、まあもう頼むことはないだろう。さすがにひどすぎる。
本当にちょっとした破損であれば、返金はしてもらえるわけだし、こちらで処分してもいいのだが、
よほど「先行者www」とか馬鹿にされたり、安い労働力扱いされてた過去20年のうっぷんが貯まってたんだろな・・・
2000年頃か、ASIMOで感動していた時代は日本が最先端で、日本製の人型ロボットやAIが世界でリードして行くんだと思っていたが、衰退して精神論と恨み節、根拠のない「日本スゴイ」を言うだけになってしまった。未来を描くより90年代の思い出に溺れたまま、派遣、低賃金労働者というメイドインジャパンのバイオロボットを使うのがコスパいいものな。最近ではそれもコスパが悪いのか、移民、技能実習生というバイオロボットを輸入するようになった。
5年後はまた全然違うんだろうな
楽しみですね
もう中国はソフトウエアでは完全に日本を追い抜いたけど、ハードウエアでも先を行っている。短期間で、ここまで発展した国は、歴史的に見ても他に例がない。
ホンダのアシモが1000年前の玩具に見える程の完成された二足歩行に驚いた。10年ほど前は、笑っていたのに・・。進化のスピードが異次元。やはり米国のライバルは中国だなと感じた。
中国は凄いですね。
日本人が色眼鏡で見ているうちに、家電は既に追い抜かれ、工業製品も進化が著しいです。そして殆どの一次製品がキャッチアップされてしましました。
この分だと自動車もエンタメも追い抜かれるのは時間の問題かも知れませんね。
このままだと残念ながら日本は、一次メーカーに提供する素材とか、設備などの一部の隙間的な産業のみの経済規模となると考えられます。
で、ここらへんのマトモな技術的指摘は後ろのほうに追いやられてる。人海戦術でBADクリックして隠ぺいしてそう
これはヒューマノイドではないですね。連続した動きをする場合、人間は予備動作というのが出てしまうんです。文字通り機械ではないので歩時、右足にはそれがハッキリ現れます。左脚は義足でありアクチュエータに似せたデコレーションの機構も貧弱で、脊髄システムなるもののCG動画も観ましたが笑ってしまいましたね。おそらく、四肢のいずれかが欠損したモデルにカーボンファイバー様の硬質ボディスーツを着させ、呼吸しているのが分かり難くしているのでしょう。
あからさまに人がスーツを着てるのが丸わかりだな。人とロボットでは間接の構造と動力が違うから人工骨格と人工筋肉でないと人間と全く同じ動作は不可能。
欠損した四肢の代わりとなるアクチュエーターを内蔵義足なら納得できる。
さらに服を着せるメリットが無い。可動する関節部に伸縮する布カバーを被せたら動作の邪魔になる。メンテナンスや調整の邪魔になる。
YouTubeで "robot fail compilation" などと検索すると大量に中国のロボット動画が出てきて技術の現状が分かる。
「いきなりそうはならんやろ」ってことで中身は人間ですね。このメーカーのツイッター見てもAIフェイクっぽい画像だらけでした。
この記事で一番驚いたのはマトモな思考を放棄して記事を鵜呑みにするコメントが多数であるということ。
ボディスーツ無しのマシンのみでの歩行公開と利害関係が無い第三者の確認作業さえしてくれればいいだけなのに、それを省いた『中身を見せました』の『自社広告』を正しく評価はできませんね。
本当に画期的な分野だったら国家ぐるみで推進しているので政府も『保証』するために出張ってくるのに、これは企業アナウンスのみ。
日本人の感覚だと「フェイクで自慢してもむなしいやろ」となるのだが、そこは外国、「面子」という独特の概念があるのだろうな
期待しかない
Wikipediaに代わる「Grokipedia」マスク氏企業が開発中 「Wikipediaは左翼的」という声に返信
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2510/01/news068.html
実際「テック右派」とかの記事を見ても分かるけど、リベサヨが敵認定した相手への恨み節みたいな記述やスラングは無出典でも問題にならないのに、リベサヨの気に入らない記述は出典ありでも「お前のは無効」とか言われて突っぱねられたりBAN対象だからな。「パヨク」の初期に記事も何度も削除依頼に出されて消されかけてる。Muyoみたいなのもいるし、左翼に肩入れする腐った管理者よりAI管理者に置き換えるべきじゃねぇの。
リベサヨ記者やらリベサヨ人文学者がメディア(あと書籍)で有る事無い事言ってテック系を批判→たとえ妄言や間違った事言っててもその記事や書籍が「まともな出典」としてWikipediaでソースとして使われる→それを鵜呑みにしたバカなリベサヨ達が同じ事を繰り返すバカの無限ループ(Wikipediaの編集者見てりゃ分かるがネームドのリベサヨは割と多い)
Wikipediaって左翼には甘いからリベサヨエネミーを揶揄するスラングや反リベサヨ勢力への中傷まがいの記事はガンガン立つし、左翼メディアや学者の書籍や発言は神聖不可侵の聖典ソースとして扱われるから腐ってるわ。なーにがITテック系は文系を見下してるだ。まずはテメーらが殴るのを止めろや
記録として魚拓→ https://archive.md/moluc
20年以上前の話
中南米の農場の支援をずっとやってて、その農業生産物を日本で販売したいという
最初の数年は儲かったそう
が、次第に儲からなくなる。主に「モノがなかなか入ってこない」のが理由
後でわかったのだが日本以外の販路拡大し日本向けに回す数が足りなくなっていた
しばらくして農場が天候災害で壊滅的被害を受け、いよいよモノが入らなくなる
おっさんに今後の見通しを聞いても、会社の販売の話が返ってこない
つまり固定給で働いてるけど労働時間の半分はうちと関係ない仕事をしていた
それどころか、件の産物の日本以外の販路拡大自体、おっさんが率先してやっていた
つまり給料を貰っといて売上と関係ない仕事に時間を使い、さらには売上を減らすほうに動く、利益相反をやってた
そのほうが現地が儲かるから(日本がバブル終了し次第に「買い負け」していく時代の流れもあった)
そのことを詰めて、この先どうすんだと聞いたら逆に「もっと出資してくれ」 「報酬もっと上げてくれ」と始まった
父(というか隣で聴いてた母が主に)絶句
が、ボランティア脳というのはこういう人たちなのだと判らされる
営業マンが得意先の気持ちのいい話ばかりして、自社に赤字垂れ流させるのに似てる
本人は「よいこと」をしてるつもりなのだ
継続してくための金回りのことは考えない
実際、ボランティアはそのぐらい厚かましくないと成り立たないと思う
普通の人がやらないことをやる、というだけで面の皮の厚さが要る
そこに金を使うとなれば、さらに厚かましく振る舞ってみせる態度が要る
そんなことを通常の感覚と両立してやれる凄い優秀な人もいるだろう
けど、半分以上は、そもそも通常の感覚がぶっ壊れててボランティア活動に必要な厚かましさがデフォルトな人たちか、
活動してるうちに通常の感覚が擦り切れてしまった人たち、なのだろう
後日の家庭内飲み会的なイベントで、最近どう?私は結婚したからそっちの話を聞きたいなと言われたので、まあ仕事と勉強と…みたいな話をしたら、彼女はいるの?いたらもう結婚する歳だよね?って言われて、別に結婚しようと思ってないからその予定はないよ。って言ったらめちゃくちゃに言われた。
その歳まで付き合ってるんだから〜とか、好きなんだったら〜とかって言ってきたけど、いやうるせえよ。こっちが告白して付き合ってるならまだしも、相手から付き合いたいと言われていて、友達のタイミングで結婚願望ないって話してて、結婚についてはまだまだやることが…ってなんでそこまで話さなきゃいけねえんだよとやんわり伝えたら、まだ怒っていた。
女の人めんどくさい。彼女も心の中では適齢期に結婚しようと言ってもらえない事に、ここまで恨み節があるんだろうか。別に恋愛相手としてはいいけど、結婚相手としては微妙だからとか、そんな事言ってもしょうがない気がしてうんうんそうだねモードになったが。
27歳ともなると、周りに自我が強くて面倒な人が増える。気が合うから付き合ってただけの友達も、何かとめんどくさい事を言ってくるようになった。気が合わないなら疎遠になれば良いだけなのに、なぜか従わせようとしてくる。
大人になるってめんどくさいなあ
https://anond.hatelabo.jp/20250727144129
劉仲敬は理系思考(可否の証明・反証)を重視し、問題解決できないなら“問いの立て方”自体が誤っている可能性を指摘。
近代中国史は「日本はできたが中国はできなかった」「帝国主義やソ連のせいだ」といった恨み節に終始。各論は有効でも、全体像を説明できない点で枠組み自体を見直す必要がある。
英仏などの「地方性国家」は、一度ローマや神聖ローマ帝国を脱してから成立した。
中華帝国(大清/中華人民共和国)は「多民族・多文化の大帝国」で、帝国体制下で民主憲政は成立しない。
日本→明治維新で「東アジアのイングランド」として帝国体制を離脱
台湾・香港→中華民国という限定的枠組みの下で事実上の自治・民主化を経験
3. 「諸夏/諸亞」モデル
諸夏(Zhuxia)
周代以降、文化的に儒家文明を共有する諸侯国群を指す古典用語。「中華」「華夏」の原義に近い。
諸亞(Zhuya)=内亞(Inner Asia)
草原地帯(ウクライナ~満洲/モンゴル~新疆~中東)の遊牧文化圏。騎馬・商隊による技術・情報交流が活発。
春秋戦国期の分裂状況をモデルに、現代の東アジアも「諸夏の群雄割拠+諸亞の衝突」で捉え直し、宋明以降の大一統体制が「競争」を奪い、技術・市民社会発展を阻害したと論じる。
東西の大多民族帝国(大清/神聖ローマ帝国/オスマン帝国)を例に──
→ 成功例は「小民族主義」:帝国解体後に小さな民族国家が民主化を先行して実現。
5. 台湾・香港──「植民地→文化民族主義→政治民族主義」の連鎖
「華独」(中華民国枠のまま台湾のみ統治)と「台独」(台湾共和國)を使い分けるが、後者は欧州型民族発明の典型。
冷戦下のサンフランシスコ条約体系(1952年「臺北条約」)を“盾”に、事実上の安全保障を獲得。法理的に「中華民国在台」を温存する方が有利。
粤語という文化的共通性が古くからあり、文化民族主義は既成事実。
返還交渉での「一国両制」失敗と梁振英政権の裏切り感から政治民族主義(港独)が急浮上。
「退出六四集会」など符号化された分断動員によって、反中・本土派が選挙で勢力を拡大。
公民民族主義(市民社会成熟度が基盤)は論理的には最も合理的だが、選挙や運動動員の「シンボル」としては文化言語的な分かりやすさに劣る。
香港・台湾でも「粤語」や「中華民国枠」といったシンプルな記号 πολιtics が大衆動員を左右。
劉仲敬自身も「思想が歴史を変えるのではなく、歴史の潮流が思想を求める」ことを強調。
東アジアの大一統体制から分権競争へ──「諸夏」モデルが東アジアに適用される時代が来る、という予見。
まとめ:
近代中国の「大一統・大中華」史観は、帝国─民主・民族─国家の歴史的段階論を見落としている。
民主憲政は「小さな、競争する民族国家」でしか成立せず、東アジアの再民主化は「春秋戦国的分権と競争」の再現から始まる──この視座が本インタビューの核心です