はてなキーワード: 大家族とは
921 :優しい名無しさん:2026/04/21(火) 20:33:16.74 ID:QI1mB3tqr.net[1/2]
脳や肉体に本当に余裕がない親と
虐めを楽しむ余裕がある親がいて
925 :優しい名無しさん:2026/04/21(火) 22:09:48.96 ID:he3D+7SE0.net
すごいわかる
同じ毒親育ちでも話が合わないよね
私が思ったのは
大家族のビックダディの元嫁美奈子、今は毒親って言われてるけど
美奈子は昔の価値観で子供に対して家事や子育てをさせて搾取はしてたけど愛はあったと思う
安全基地としては機能してて神経系は守られてたと思う(異論は認める)
ユダヤ教超正統派(Haredi)がその好例であり、日本の戦前・戦後の農村共同体(特に東北や九州の伝統的農村)も似た構造を持っていました。
外部の影響(個人の自由、キャリア優先、少子化文化)を遮断し、「大家族こそ正しい生き方」という規範を内面化させる。
出産・育児・労働(または家事労働)の二重・三重負担を「当然の役割」として美化・正当化する。Harediでは女性の就業率が80%超でも大家族を維持しており、日本の旧農村でも「子だくさんで働き者」が美徳とされました。
世俗教育を制限し、共同体内の価値観だけを伝えることで、子供の選択肢を狭め、「抜けにくい」構造を作る。
Harediは現在6.2〜6.5人、日本の戦前農村も平均4〜6人台が普通でした。
このモデルは、文化・宗教・共同体圧力をレバレッジにして、選択の自由をある程度制限することで人口を維持する「低コスト・高効率」の人口プールと言えます。
Harediの男子は世俗教育が極端に不足するため、現代社会で自立しにくい。日本の旧農村でも、長男以外は教育機会が制限され、貧困の連鎖が起きやすかった。
生まれながらに「この道しか選べない」状況に置かれる。脱コミュニティのコスト(家族絶縁、スキル不足、孤独)が極めて高く、「本当の選択」ではなく「強制された選択」に近い。
出産と労働の両立は「美徳」として称賛されますが、身体的・精神的コストは非常に大きい。長期的に見て、女性の健康問題や価値観の変化(若い世代の就労意欲上昇)が蓄積すると、モデル自体が揺らぎ始めます。
Harediの場合、兵役免除や低就業率がイスラエル全体の財政・国防・経済に負担をかけています。日本の旧農村も、都市化が進むと「人口流出+高齢化」の問題を抱えました。
先進国の低出生率問題を考えるとき、このHaredi型モデルは一つの極端な解として参考になります。しかし、現実的に先進国で適用するのは困難です。なぜなら、現代の価値観(個人の自由、ジェンダー平等、教育の機会均等)が強く根付いているからです。
• 携帯電話:多くのHarediは「kosher phone(コーシャー携帯)」と呼ばれる制限付きのデバイスを使っています。これらは通話と極めて限定的なテキストのみが可能で、インターネットブラウザ、SMSアプリ、カメラ、動画、音楽などがブロックされています。違反者は共同体から強い社会的制裁(shunning)を受けることがあります。
• インターネット:原則として禁止または厳しく制限。家庭用パソコンやスマートフォンのインターネットアクセスはラビの許可が必要で、多くの家庭ではフィルタリングツールを義務付けています。ただし、仕事や生計のために一部の男性・女性が制限付きで使うケースが増えています。
• 主なメディア:街角のポスター(pashkevil)、コミュニティ内新聞、ラジオ(制限付き)、電話ベースのニュースホットラインが中心です。テレビや一般的なSNSはほぼ排除され、情報はラビや共同体指導者が管理・フィルタリングしたものが主流です。
この環境は、伝統的価値観(トーラー中心の生活、早婚、大家族、ジェンダー役割の厳格な分離)を維持しやすい閉鎖的エコシステムを作り出しています。外部の「有害な影響」(セクシャリティ、世俗文化、個人の自由主義など)を物理的・技術的に遮断することで、共同体の一体性を保っています。
ピーク時(2003-2005年頃)の7.5人前後から約1.0〜1.3人低下しており、過去40年近くで最も低い水準に近づいています。 2025年の最新推計でも6.2〜6.5台と、緩やかな低下傾向が続いています。
非Harediユダヤ人女性は約2.2人。Harediの出生率が全体を押し上げ、イスラエル全体のTFRを約2.8〜2.9に保っています。
過去10年ほぼ横ばい(52〜54%)。多くの男性は結婚後もイェシーバ(宗教学校)やコルレルで終日トーラー学習に専念します。
Haredi女性は出産・子育てとフルタイム労働の両立を強いられるケースが非常に多く、平均労働時間は週32時間程度(非Haredi女性は38.5時間)。教育職や低賃金サービス業に集中しています。
女性が「出産も労働も担う」負担は極めて重く、子育てコスト(教育・住宅・食費)の上昇が直接響いています。女性が、Haredi社会の「学習社会(男性がトーラー学習中心)」モデルを支えています。
女性がこれだけの出産(平均6人超)と労働を両立させているのは、先進国ではほとんど例がありません。宗教的動機と強い共同体意識が「負担を耐えさせる」役割を果たしていますが、経済的・心理的コストは蓄積しており、若い世代で価値観の変化(就労意欲の上昇や家族観の多様化)が進んでいます。
Harediの教育システムは、宗教学習(トーラー・タルムード中心)を最優先とし、世俗教育(core curriculum:数学、英語、科学、歴史など)を大幅に制限・排除しています。
世俗科目は最小限かほぼゼロ。2025-2026年のデータでも、男子の大学入学資格(バカロレア相当)の取得率は約16%程度と極めて低い(非Harediユダヤ人は86%)。
イスラエル政府は予算を投入していますが、core curriculumの義務化がほとんど守られていない状態で、最高裁判所が何度も「資金停止」や「説明責任」を命じていますが、執行は弱いです。
Harediとして育った人は高等教育や現代の労働市場に必要な基礎スキル(英語、数学、コンピュータなど)が深刻に不足します。
抜ける(defection / OTD)人は毎年一定数いますが、極めて高いコストを伴います。
Harediコミュニティは閉鎖的で、家族・友人・結婚相手・仕事・住居のほとんどがコミュニティ内で完結しています。抜けると家族から絶縁(shunning)されるケースが非常に多く、経済的・感情的な支援を一気に失います。多くの脱Harediは「突然のホームレス状態」や「極度の孤独」に陥ります。
世俗教育が不足しているため、自分でゼロから学び直す必要があります。英語がほとんどできない、数学が小学校レベル止まり、現代社会の常識(銀行、税金、就職活動など)がわからない状態で社会に出る人が多数です。 支援団体(Footstepsなど)によると、脱Harediの多くは成人後に高等教育をやり直し、数年〜10年単位の苦労を強いられます。
アイデンティティの再構築、PTSD的なトラウマ、精神保健問題が発生しやすい。コミュニティ離脱者の離婚率や貧困率も高くなります。
脱Haredi支援団体(Footstepsなど)の活動は活発ですが、支援を求める人は「コミュニティの監視」や「恥」の意識からハードルが高いです。
『みいちゃんと山田さん』における主人公・みいちゃんは、作品内外で極めて対照的な解釈を突きつけられている。作中では「大家族のママになることが夢」と明言し、二つの瞳にそれぞれ新生児を映すほどの出生主義の象徴として描かれる一方、ネット上では「反出生主義のフェミニスト」という真逆のレッテルを貼られ、ミーム化の対象になっている。この乖離はなぜ生じるのか? ここには、作品解釈の三つの層が重なり合っている。
みいちゃんは「子供を産みたい」と繰り返し発言し、その願望はキャラクターの核を成す。にもかかわらず、「反出生主義者」という解釈が生まれるのはなぜか?
作中の明確な描写(例:瞳の新生児、多産願望の台詞)を意図的に切り捨て、都合の良い断片だけを拾い上げる。「読んでいない」または「読みたくない」という態度が透けて見える。
解釈者自身の反出生主義やフェミニズムへの嫌悪が、みいちゃんというキャラクターに向けられている。『みいちゃんと山田さん』は、読まれないまま語られ利用されている。
一部の議論では、「みいちゃんは近々死ぬことが確定しているが、もし現代まで生きてたら反出生主義になっていただろう」という話が持ち出されている。しかし、これは根拠のない空想に過ぎない。
作中の時間設定(2012年)から14年後を想定しても、みいちゃんの出生主義が反転することを匂わせるような描写は一切ない。この「もしも」は、「何でもあり」の妄想である。
「大家族のママになりたい」という核心的な願望を持つ人物を、「反出生主義に転向する可能性がゼロではない」という論理的飛躍で覆い隠すことは、キャラクターのアイデンティティを消し去る行為だ。これは、「男女カップルが作中で成立して結婚したとしても、別れてゲイになる可能性がゼロではないので、私の推しのBLカップルはほぼ公式みたいなものである」と言い出すのと同レベルで、情報の重みづけを無視した狂気的な解釈である。
「みいちゃん=バカな女」という認識が定着すると、作品の文脈は関係なくなる。これは、進撃の巨人においてはっきりと反出生主義的な思想を口にして行動にまで移した「ジーク・イェーガー」ではなく、不自然にもみいちゃんが反出生のアイコンとして選ばれる理由でもある——「バカな女」というイメージを利用したいからだ。
ここでは、みいちゃんはもはや『みいちゃんと山田さん』のキャラクターではない。彼女は、ネット上の「バカな女」を象徴する記号と化している。
読者が作品をどう受け取るかは、その人の経験や価値観に左右される。しかし、テキストを無視した解釈は、「自由」ではなく「暴力」に近い。
一度記号が独り歩きすると、元の作品は関係なくなる。これは、文化的な消費の在り方を問う問題でもある。
ここで問うべきは、
「私たちはいつ、なぜ、作品を『読む』のをやめて『利用する』ようになるのか?」
「キャラクターは、『サンドバッグにするための記号』であってよいのか?」
「『考察』と『妄想』の境界線は、どこにあるのか?」 である。
「自由な解釈」とは、テキストと向き合う責任を伴う。みいちゃんを「反出生フェミニスト」と呼ぶとき、私たちは何を無視し、何を強調しているのかを自覚すべきだ。
イラン政府は、出生率の低下(2026年時点でTFR=1.7)に対応するため、多産を奨励する明確な子育て支援政策を展開しています。
2009年には、政府と親が共同で拠出する**「子供の未来基金」**が設立され、子供の教育や結婚資金として利用できる貯蓄制度が導入されました。
産休の延長:有給産休が1年間与えられることが、出産を後押しする主要なインセンティブの一つとして挙げられています。
柔軟な働き方:母親の就労を支援するため、フレックスタイム制の拡充や、職場・大学内での保育サービスの設置が政策提言されています。
優先雇用:「人口と家族の超越」法では、子持ちの既婚男性に雇用優先権を与える規定がありました。
住宅・交通支援:子育て世帯向けに、政府が土地や住宅を提供する、または長期分割払いで購入できる制度が求められています。
不妊治療の補助:2016年時点で、不妊治療の費用の85%が公的負担されており、出産を支援する重要な施策となっています。
政策の転換:
1980年代までは出産抑制政策(避妊具の無償配布、大家族への優遇廃止)が取られていましたが、2006年頃から方針を180度転換。
2012年には無料避妊具の配布を中止し、2014年には精管切除術や卵管結紮を禁止するなど、出産を促進する政策に移行しています。
(AI)
世界の総人口は増え続けてるんだよ、100億までは増えるだろうって言われている
1950年に25億
1986年に50億
2022年に80億
ちなみにガンダムで人口爆発で宇宙移民とか言われてるの1979年で、逆シャアが1988年
そりゃ危惧するよな
資源の浪費が進み、光化学スモッグは日常で、酸欠で川に魚が浮かび、人口を支えられない飢餓や文明崩壊が本気で心配されていた
中国では一人っ子政策が始まり、日本では家族計画が「家族の形」や「避妊」を布教し始める
今日、核家族で子供二人の家庭ビジョンに違和感を持つ人は少ないと思うが
ジンケンにうるさくなり、村社会の下世話な監視が消え、結婚も出産もしなくてよくなった
昭和の頃は、30にもなった大人が所帯を持ってないってのは一大事だった
隣近所から白い目で見られ、結婚した家庭からは家人に呼ぶなと言われ、出世もままならず、ローンも組めない程度には人権が無かった
今じゃ、結婚しなくてよくなったろう?
のびのびと自分を優先して日々を暮らせるだろう?
そういう空気にした先達を褒めるべきところだよなぁ
しかし、だ
そう、しかし
今の若いのは、少子高齢化の世の中を作ったのはあいつ等だと言い出している
子供さえも自由意志で私が産みたい環境を作ってくれたら産まなくもないと嘯く連中が
貧困家庭でさえスマホを持ち、床の腐った長屋に住まなくていいことを理解しないし
冬の間、農業が出来ない家庭から大量の期間工(出稼ぎ)が都市部に集まったことを知らない
そして嘆くのだ、自分の不幸を
ニジェール:世界最貧国クラス(1人当たりGDP約600ドル)。農業中心で子供が多いほど労働力が増え、老後の保障になる。乳児死亡率が高い時代(今も相対的に高い)の「保険」として多産。女性の教育年数が少なく、初婚年齢が15〜18歳と早い。イスラム教文化・伝統大家族観が強い。
日本:世界トップクラスの富裕国。子供1人を育てるコストが非常に高い(教育費・住宅・保育)。女性の大学進学率・就業率が高いが、育児と仕事の両立が難しく「産み控え」が起きやすい。晩婚・非婚率上昇(生涯未婚率女性約20-25%超)。
過去50年の変化
ニジェール:7.54 → 6.64(緩やかな低下)。近代化が遅れているため、まだ高いまま。
日本:1.92 → 1.2(急落)。1960-70年代の経済奇跡+核家族化+避妊普及で一気に低下。
未来50年の見通しと影響
ニジェール:2075年でも2.36と置換水準(2.1)を上回る → 人口が今より数倍に爆発(若年層が多く、雇用・食料・教育が追いつかず貧困悪化リスク。一方で「人口ボーナス」(労働力増)で経済成長のチャンスも)。
日本:1.43と超低水準継続 → 人口がさらに1,000万人以上減少し、高齢者比率40%超。労働力不足・社会保障崩壊リスク大。移民頼みやAI・ロボット活用が急務。
ニジェール=「人口爆発型発展途上国」:出生率が高すぎて資源が追いつかない問題。
日本=「人口崩壊型先進国」:出生率が低すぎて社会が縮小・高齢化する問題。
でも、現代の育児は親が精神疾患になるレベルで苦痛な行為になってしまった
2010年代あたりと
東村アキコのママはテンパリストの漫画にママ友に「しつけのために子供のお尻を噛む」という方法を教えてもらって、東村アキコも息子のおしりを噛むシーンがあるが
令和ではありえない
2010年代でも、まだ会話もできない2〜3歳児にしつけのために手をあげる親というのは存在している
平成初期〜中期でも、親は子供をなぐっても蹴っても怒鳴っても良かったのである
正直、子供に親が言葉を使って論理的にしつけをすることなく拳でなぐって
しつけをしたことになると言うのなら
それは親にとって楽過ぎると思う
昔の親は、2〜3歳くらいの子を親の監視なしで外で遊ばせたり、5歳児におつかいを頼んだり
昔の親というのは、あんまり子供に気をつかわなくてもよかったし
とにかく我が子の幸せのために親が尽くさなければいけなくて大変なのである
親の時間も親のお金も、親の精神力も、我が子のために使う時代である
ぶっちゃけ世の中、子供を作ってはみたけれど、自分の子供のこと好きじゃないですという親はたくさんいる
我が子のことが好きじゃないタイプの親は18年間、親も、子供の方も色々耐えなきゃいけないのでお互いに苦痛である
昔の親は子供が親の気に入らないことをすれば、ボコボコ子供を殴ることでなんとかやってきた
でも、現代の親はそうはできない。我が子のためにひたすら親は消耗する生活をさせられる。精神疾患になるレベルで
結局、我が子を愛することができれば、育児が苦痛でも18年経てば終わるので親は幸せになれるが
我が子を愛することができなかった親は、現代の精神疾患になるレベルのつらい育児の苦痛をとことん味わい、地獄に落ちるのである
視聴者の反応が悍ましい
番組も見てないし、当人のSNSもみてないんだが、番組が中止になったりするのがホッテントリに上がってきてた
反応を見ると、出発点が「ヤングケアラーだ、この親許すまじ」って地点になってる人が多すぎて吐きそう
あれってさ両親も了承したTV番組やん
子供への悪意の塊、子供なんて単なる道具ってなってる両親だったとしたらばさ
常識的に考えてないだろう?
バラエティ番組だぞ
子供は親を愛してないみたいなプロファイリングまで始めちゃってさ
そりゃ公開中止するわ
んで、何が悍ましいって
その着火してる当人が、自分の妄想を根拠に「あの子絶対八つ当たりされる可哀想、できることないかな?」とか自分に酔ってんの
密着!15人大家族うるしやま家
https://www.fujitv.co.jp/daikazoku/
とかもうダメじゃん
親も家事して子供が手伝う体でヤングケアラーになるのは微笑ましいからOKか?
大家族の一番上の長男が下の子の子育てでヤングケアラーだと話題になっている件、男女逆だったら叩かれてないと言い張る意見を見掛けたけれど、私は絶対にそんな事ないと思う
寧ろこうやって下の子の面倒を見るのが姉だったら長子長女はいつも不遇なんだとネットで散々愚痴られるけれど
兄だった場合には尽くすのは立派なお兄ちゃんで済まされる事が多いよ?
トトロのサツキは放送の度に児童虐待だと炎上するけれど、鬼滅の刃の炭治郎は立派な長男で済まされるじゃん
山上徹也の所だって一番の兄は病気で自殺、徹也は大学に行けず自衛隊だけど、一番下の妹だけが大学に行っている
これがもし性別が逆だったら絶対に、末っ子が男で長男だから甘やかされている、大学に行かせてもらえたのは男だからだ、姉の人生は弟のせいで狂わされた、ブラザーペナルティだって騒がれていたと思う
上のきょうだいが下のきょうだいに尽くして自分の人生を台無しにした場合、どう考えても姉に比べて兄の方が美談で済まされやすい傾向があると思う
去年の10月から児童手当拡充されたんだけど3人目以降の子どもがいる場合は3人目は何歳でも月額が30,000円になるんだよ。
三男10歳30,000円
月額合計50,000円だ。拡充前は1人月額1万だから拡充で増えたわけだ。これ自体は別にいい、子どもたくさん産んだボーナスみたいなもん。
意味がわからないのが生活保護を受けている世帯の場合、小学生は15,000円、中学生は20,000円の認定除外を受けれるんだよ。
もう少し詳しく言うと、児童手当拡充前は毎月保護費から児童手当の月額は全額引かれてたのよ。
ただ今回の児童手当の拡充で、なぜか3人目の子がいて30,000円もらえる場合は全額引かず、小学生は15,000円、中学生は20,000円を毎月の保護費から差し引くのを辞めましょうって国から通知がでたんだよ。
だからさっきの世帯構成だと毎月20,000円保護費から引かれずにすむってわけだ。年間にすると24万多くもらえる計算になる。
これはまだましで、生活保護の一定の母子世帯は父がいないはずなのに、なぜかすごく子を産む。しかも父親がわからないことはざら。
6人子どもいる世帯でさっきの認定除外を当てはめると3.4.5.6人目が全員中学生だとすると合計毎月8万円の認定除外が受けれる。年間にすると96万だ。
どこの大企業のボーナスだよ。ちなみに大家族みたいな母子世帯はどこの自治体でも珍しくない。もっと子がいる世帯もある。
俺は別に生活保護が悪だとは思ってない。必要な制度だと思ってるけど、これはさすがにやりすぎじゃない?
今回の生活保護の減額訴訟の追加支給だって毎月の保護費から引かれないんだよ。おいおい保護受けてない世帯であの時期苦しい思いしてた人だっているだろう。
何度も言うけど生活保護は悪じゃあないけど、ただねここ数年の傾向で言うと司法が生活保護を受けている人にひたすら寄ってて、「保護費は適正だけど、手続きが違法だから取り消し」「決定は適正だけど、1から10まできちんと通知してないし、本人に説明してないから取り消し」みたいな重箱の隅つついたような判決だすから、もう本当に何しても負けるのよ。
現場はそれで訴訟リスク恐れて、本来支給すべきかどうかグレーな保護費も判断も甘々にして支給してるのよ。
「このやたら遠い病院への通院移送費のタクシー代本当に出さないといけないのかな?」
「本来は全額返還してもらうお金もらってるけど訴えられた面倒だから全額免除にしとこう。」
だって支給しとけば、甘々にしとけば少なくとも訴えられないんだから、その方が楽でしょ?そうやって生活保護以外の人との均衡はどんどん崩れていくのよ。
客を舐めた映画作るのも大概にせえよ。
酷評の嵐だったから、「どんだけクソ映画なのか見てやろうぜ」という悪い気持ちで友達と見に行った。
ちょうどズートピア2も公開されていて時間的にちょうどよかったのでズートピア→スカーレットの順で見た。
これが良くなかったかもしれない。せめて逆の順で見るべきだった。
動物の毛の一本一本を繊細に描写したグラフィック、多彩なアクション、抜群に盛り上がる歌やダンス。
お互いに違うことがあってもいい。伝えれば分かり合えるというメッセージもストンと胸に落ちた。
今作のヴィランがそのメッセージの逆をずっと行っていて、違うのは嫌だし一人で誰にも伝えずやり遂げようとしていたところも説得力があってよかった。
最近のディズニー映画って酷評されることも多かったけど(特に先日金ローでやっていたウィッシュとか)、
この伝えたいことはシンプルに、映像で観客を楽しませようとしているのが好印象でさすがディズニーだなと感じた。見直したよマジで。
それに比べて果てしなきスカーレットはさぁ。
脚本が酷いとか、ダンスシーンを見ていられないとか、そういう感想は散々見ていたし覚悟してた。
でもそんなに酷くないとか、教養があれば楽しめるとか、そういう擁護が現れたりして興醒めだなあと思っているところだった。
つまらんというか、何もない。見終わった後に何も残っていなかった。正直こんなの初めてで困惑したわ。
復讐は良くないと伝えたいの? 本当に? それならなんで仇は死んだんですか?
聖のおかげでスカーレットの考えは変わったの? それなら死にたくないと喚く仇をスカーレットが助けようとするはずでは?
愛って何? 人間って何? 生きるって何?
そう問いかけたなら作品内でそれなりの答えを出さないといけないんじゃないんですか?
聖のことすら、どうでもいいと思ってますよね?
聖がスカーレットといて葛藤するシーンもなく、看護師になった理由もペラペラで、自分が死んだことを思い出して苦しむこともなく。
不殺を訴えてきたのに人を殺すけど、特にそこへ至る布石もなく。スカーレットが追求したりもせず。吹っ切れたような描写ゃもなく。
「生きたいと言え!」も、キスシーンですらも、聖の人間性を欠片も感じなかった。
挙げ句の果てには苗字の設定すらないんですね。エンドロールで「聖 岡田将生」って出てきてびっくりしたわ。
まあ内容の話はこれくらいにして、それよりも映像面の方が個人的には腹が立った。
映像美はすごい、そんな風に言われてるのも見たけど本当にそう思います?
ズートピア2を見たらとてもそんなこと言えない。普通にショボいなと思った。
ダンスの動きがキモいのもそう、戦闘シーンにイマイチ迫力が足りないのもそう。
あと、シンプルに手抜いてるみたいなとこ多かったよね?
スカーレットが目をかっぴらいて「ああああ!!!」って叫ぶシーン、作中でいくつあった?
渋谷ダンスの前に光の渦に飲み込まれるみたいなシーン、何秒あった?
モデリングが大変そうなドレスはすぐ脱ぎ捨ててシンプルな服になったよね?
個人的に一番キツかったのは、フラダンスを見守っている老人たちの笑顔がスーッと一枚絵のスライドで流れていったところ。
笑顔に個性もなく、音楽にノっている様子を動きで見せることもなく、反応はその一枚絵とセリフだけ。
さすがにナメてるよね?
老人だから嫌だったんじゃない。老若男女描けやと思わんでもないけど、憤ったのはそこじゃない。
サマーウォーズではあれだけの大家族がそれぞれに動いているのを緻密に描写していたから、それができないわけじゃない。
それなのにこの小さなキャラバンの人数すら動かすコストを抑えたんだと思ったら怒りが湧いて仕方なかった。
それ以外にも後半に行くにつれ雑だなあと思う箇所が増えていったので、納期が厳しいとかで妥協していったのかなと思う。
けど思いたくなかったりもする。だって細田守だよ? いつもより時間かけて、金もかけて、上映館もこんなに多いのに?
ネームバリューと宣伝でこれでもいけると思われてたならマジで腹立つ。
製作陣でこの作品に愛着を持っている人います? 愛のない作品が売れるわけないじゃないですか。
そういうのは必ず観客にバレる。バレてるから人が来ないんじゃないんですか。
そう考えたら酷評は納得だし、特段見る必要のない映画だと思います。
ズートピア2を見るべき。あっちは見ても損がない。お金を払って劇場で見る価値ある。
最近は悪く言われることもありがちなSNSだけど、良いものも悪いものも共有されやすくなったのはやっぱりいいことだなと思いました。