はてなキーワード: 古着とは
俺の会社の高卒社員の給料では出来るわけがないほどしょっちゅう美容院通いしてる。
どうみても一回3万円クラスのヘアースタイルをしょっちゅうアレンジしてる。
そして俺の会社のオフィス、というか事務所の事務員は制服がなく私服で仕事をしている。
どう考えても服を持ちすぎている。
どんどんどんどん新しい服を着てくる。
それもいかにも安物、って感じでもない。
「古着が好きなんで~」
俺もそれなりに服好きなのでそれが古着なんかでないのはすぐわかる。
そういったわけで、コイツは水商売か風俗で働いてるはずだ、っとずっと目をつけていた。
ビンゴだった。
ついに見つけた。
もちろん顔は隠してるが背格好、体型、髪型、髪色(これはパネルでは1年ほど前にしてたもので写メ日記では最新のものとなっていた)すべて一致する。
というわけで、1時間ほど電車に揺られて都会のラブホテルに入って、その嬢をデリバリーオーダーした。
ちょっと道が混んでて30分ほどかかります申し訳ありませんって電話があったのが30分前。
ドキドキしてきたぞ。
仮説1「カードそのものが臭いの原因を蓄積しやすい構造にある」
仮説2「カードゲーマーはカード資産とプレイ時間を手に入れるために他のものを極端にケチる」
仮説3「臭いのが集団のデフォルトになっているので気づかない」
カードゲームで使ってるカードは紙なので、洗うことが出来ない。
ベビーパウダーやマイクロファイバーで多少の手入れは出来るんだけど、やっぱ元が紙切れだと限界がある。
そして紙なので表面の隙間から少しずつ臭いの原因となる雑菌・油脂・エアロゾルを吸収していってしまう。
つまり、遊んでいるうちに段々と臭くなっていくとういこと。
大事なカードはスリーブを使って保護してるとはいえスリーブの隙間から少しずつ臭いの原因は入り込んでいく。
安いカードなんかは何百枚も入るようなケースにまとめて入れてたりするから臭いに対するガードはずっと弱いと言っていい。
それらと臭いのタイプが違うのはやっぱ客層が関係するんだろうなと思う。
つまり、仮説1は「臭いが起こりやすい原因」ではあるけど、これ単体で説明が終わるものじゃないってこと。
別の言い方をすると「カードゲーマーは服を買い替える金や丁寧な入浴・洗濯の手間を惜しみがちな傾向にある」ってこと。
オタクじゃない人は知らないだろうけど、カードゲームは本気でやるとお金も時間もかかる趣味。
1枚数千円のカードを何十枚も集めたものをいくつも持っているのが彼らの普通。
そんで練習も本気で大会を目指すならひたすらやり続けないといけなくなる。
でもカードゲーマーの多くは別に人生の成功者ってわけでもないし、ゴルフみたいに「なんか知らんけど偉い人と仲良くなれて給料増えた」とかもまず起きない。
多くない年収でカードゲーマーを続けるための金と時間を捻出しようとすると、自然と生活費を削っていくことになる。
その中でも衣服みたいな「多少傷んでいてもまだ使えそう」なモノはどんどん後回しにされる。
結果として「破れてはいないけど臭い状態の服」をずっと着てるカードオタクが続出する構造が産まれる。
仮説1の「カード自体が臭くなりやすい」はカードゲームの基本的な構造から産まれるものだからカードで遊ぶ限り回避不能。
仮説2の「カード以外をケチりがち」には個人差があるものの、そういった人が生まれやすい構造なのは最初から界隈に組み込み済み。
こうなると自然発生的に臭い人が他のオタク界隈と比較しても大量発生する土壌が誕生する。
そして一度臭い人が誕生すると、「カードが臭いを蓄積」+「服が臭いを蓄積」がコンボ的に機能し、ある種の「どんどん臭くなるループ」が成立してしまう。
この「日に日に臭くなる環境」といのが人間の持つ適応能力と噛み合うことで産まれるのが、「自覚のないままどんどん臭い集団になる」という地獄のコンボ。
もしこの状態に陥ってしまうとその集団は最初臭くなかったとしても気づいたら誰もが自覚のないまま臭い者達になってしまう。
新規の人間はそこに異常さを感じて比較的臭くない店を探すわけだけど、その中でも「たまにやってくるやたら臭い客が置いていった臭い」を服やカードが吸収することによる臭いの加速は進んでいく。
結果として、そこまで臭くなかったはずの店も段々と自覚のないまま臭い集団の仲間入りをすることになるわけである。
当然こんな店だらけなら誰もカードショップには近寄らないのだが・・・もしも最初から臭い人だったらどうだろうか?
臭いの加速が生み出す最終段階は「最初から臭い人だけが新規でやってくる」なのである。
こうして自覚なき臭い者達だけで構成された集団が誕生するのである。
というのがカードゲーマー臭い学会の最新研究において語られる三大仮説理論です。
対処方法は「カードゲームは臭くなるから遊ばないこと」しかないのではないかと学会では言われております。
地獄かよ
まだ21歳だべ?イオンの中にあるさぁ・・・ナノユニバースとか、そういうの着てる歳じゃねーのか?
sacaiなんてもんは、まだ早いっぺよ
というか福くんは可愛い系なんだから、kolorの方が似合うと思うんだわ
仮面ライダー好きだから渋いカーハートに憧れるのは分かんだけどなぁ
たぶん革ジャン似合わないべ?若いって!
というかもったいねえなぁ~、普通はユニクロ無印と安いのから始まって、
ちょっとオシャレしたいなってドキドキしながらビームスに行くんだ。
そんでセーターの高さにビビるんだよな。3万もすんのかよって。
そこから個人でやってるセレショに行って、ドメブラの存在を知るんだ。
楽しいんだよなぁ~、好みのドメブラを探すの。
セレショと同時に古着屋にも目覚めちゃったりして、
掘り出し物を見つけた時の嬉しさったら。
そっからハイブラも扱ってるドーバーストリートとか阪急に寄ってったりして、
あ~サンローランの靴いいな~とかアルマーニのスーツ買えたらな~とか思ったりして、
ちょっと小金持ちのおじさんになってから、sacaiを買うんだよ。
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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増田は男
もう20数年前かな
高校生の時に竹下通りにあこがれて修学旅行の途中でコースアウトして遊びに行ったんよ
古着とかは興味なかったんだけど、とりあえず時代の流れに乗らなきゃ見たいな固定観念でお散歩だけしてた
きれいな女性が40~50歳ぐらいの男に話しかけられてて、これがスカウトってやつかなあとか思いながらぶらぶらしてたんだけど、
とある交差点付近で黒人二人が近寄ってきて、1人はこちらの方に手をまわして古着どう、いかすの置いてるよ
みたいな感じで話しかけてきた
日本語は流暢だったし、フレンドリーではあったんだろうけど、1対複数、肩に手をまわされる、相手のガタイがいいなどが重なってめっちゃ恐怖したわ
服ダイジョブっすとか小声で言ったら、そうか楽しんでな、みたいなこと言われて強制握手して解放された
実際に害受けたわけじゃないけどその時の恐怖体験があっていまだに黒人は少し怖い存在だわ
悪気がなくて、スキンシップが文化の違いってのは頭では理解しようとしてるけど、恐怖体験は中々変わらないよね
地域によっては「おたちゅう」と呼んだりもするけれど、知らない人間に説明するのはちょっと難しい。
枠組みとしては「超大型エンターテイメントリサイクルショップ」らしく、ざっくり言ってしまえば「クソデカい遊べるリサイクルショップ」だ。
トレカや中古ゲーム、フィギュア、古着、釣り具などを販売している一方、ゲームコーナーも充実していて、なんというか田舎のサブカルチャーを全て詰め込んだような場所だった。
俺も学生時代、夜遊ぶ場所がなければ、友達とよくここへ遊びに行っていた。
カードゲームスペースで紙しばいてはしゃぐオタクもいれば、UFOキャッチャー目当ての家族連れもいて、その一方で時計やら香水やらスニーカーやらを物色するちょっと怖い兄ちゃんたちもいる。
そんな多種多様な人間が一堂に会するなかなかにカオスな空間なんだが、ここは年末年始に本領を発揮する。
なんせ田舎の年末年始は、逃げ場がない。本屋も、カフェも、ファミレスも、年末年始はしっかり休む。
結果的に、二年参りやら初詣やら親戚との顔合わせやらなんやら、そういうだるい行事を半ば強制的に参加させられてしまう。
年末年始のお宝中古市場は、世間一般の「年末年始ムード」に馴染めなかった奴らが逃げ込んできて、同じ空間で同じ時間を過ごす。
陰キャも陽キャも、ヤンキーもチー牛も、皆が同じお宝中古市場で、特に言葉を交わすわけでもなく、ただ時間を過ごす。平和の形がそこにあるんだよ。
もしも年末年始、なんとなく家に居づらいって人がいたら是非、最寄りのお宝中古市場にいってみてくれ。お宝中古市場は365日24時間変わらず営業中だ。
そもそも“いい服=丈夫で長持ち”みたいな考え自体が一面的でナンセンスなんだけど、そこは置いといて。
では“脆い服”とは何か。
何割かの人は、要因に“縫製”をあげるかもしれない。
ただ、実のところ縫製は粗くても脆いとは限らない、って雑談。
糸が出まくってるわ、ガイド用のラインが残ったままだわ、調子ゆるゆるな箇所あるわ。
でも、めっちゃ丈夫。
ヴィンテージものとか数万で売られてるけど、それだけ長持ちしてるってこと。
分厚いコットンキャンバス生地に、太いナイロン糸を使っているから、縫製が雑でも丈夫なんだな。
あれって、現代ではほぼ飾りだったりする。
現代の縫製技術では、ガゼットがなくてもあそこから破けることなんて早々ない。
逆に言えば昔の服は脆かったからこそ、そういう小手先の方法で誤魔化してた、という見方もできる。
でも、そういったコンテキストを意匠として残す、というのもファッションの妙ではあるんだけど。
さっき挙げたL.L.beanのトートバッグだって通常なら粗雑だけど、それがアメカジの“味”として評価されている側面もあるわけで。
現代の服の方が脆いとかいう言説たまに見かけるけど、仮にそうだとしたらもっと別の要因があると思うんだよね。
実のところ、ある程度は見当がついているけど。
このあたりは、気が向いたら書こうっと(たぶん書かない)。
それ以前は80kgを超えるようなデブだったけど、なんやかんやダイエットして体型は痩せ型。
なんでも着られる体になったこともあって、職に就くのと同時期にファッションに興味を持ち始めた。
最初の1、2年はユニクロとGUで好き勝手やってて、それ以降はアメカジとモードを行ったり来たりしながら世間を漂ってる。
職場が相当緩めのオフィスカジュアルだから正直何着ても許される状態でほんと助かってるし、人のファッションを眺めてるだけで毎日学びがある。
そんな生き方をしてるので、はてなのファッションの話題には全く馴染めない。
ワイドパンツは履きやすいし着回し力高いから4、5年前から馴染みのアイテムの1つとして自分の中で定着してるけど、はてブを見るとまだ抵抗のある人が一定数いるとわかる。
視線が集中する手元や首元に何のアクセサリーもつけないのは初期装備の状態で戦ってるようなものなんだが、アクセサリーをつけることそのものに違和感を覚える人が多そう。
スーツとリュックの組み合わせはダサさを飲み込んで使わざるを得ないアンマッチな便利道具なのに、アンマッチであることそのものを理解してない人が多いのかもしれない。
なんで日本人はそんなにスニーカーを信頼してるのかとか、デニムという言葉がジーパンと同じ意味を指してると勘違いしてないかとか、日常的な話題でも突っ込みどころは多い。
そもそもファッションって何なの?とか、「ダサさ」が何を示しているのか?みたいなことを寝る前につらつらと瞑想してる。
ポリコレが発達して多様性が広がったように思われがちだけど、世間ではルッキズムは正常に機能している。
ファッションは人の視線を誘導する技術だし、ダサい人というのは人が不快になる情報を自ら拡散している人間を指している。
「清潔感のなさ」みたいな話はファッションのコーデの失敗を示す言葉であるのと同時に、食事や生活の乱れをストレートに示す物差しでもある。
それを読み取りすぎるのは問題だとしても、自分が何を主張しているのか疎すぎるのもやはりデメリットが大きい。
別にモードの最前線に立ってハイブランドやドメブラに興味を持つ必要はないし、古着界隈に浸ってヴィンテージ品を理解する必要もないが、
ファッションをある程度理解した上で自分なりに楽しんだり、モチベーションが無い時は「正しい諦め方」でどうでもいい格好をすればいい。
服というのはただ着て歩くだけで自分を元気づけてくれるものだし、それは生活や仕事と同時並行が可能なコスパのいい趣味だ。
まあでも、それは結局数ある趣味の中の一つでしかないし、別に俺が楽しければ世間なんてどうでもいいよなという気持ちもある。
最近ははてなに限らずネットへの興味が全体的に薄れてきたように思う。
働くようになって時間が取れなくなったという側面はもちろんあるけど、それ以上にネットや世間がいかに歪んだ世界かということもわかってきた。
俺たちは友人でも知人でもなく、隣人でもない。どこに住んでるのか、何歳なのかも全くわからない。そんな人間達の言うことに一喜一憂することに意味なんてないと思う。
そんな当たり前のことに気付くまで長い時間がかかった。
社会に流されず自分で判断して生きるのは難しいが、その手間を惜しんで手綱を手放した人間がどうなってしまうのか今では理解できる。
「こうなりたい」は中々見通せないけども、「ああはなりたくない」だけは明確にあるのが不思議だ。
世界は金儲けが好きすぎる。金に目が眩むことを真面目に生きることだと錯覚するくらいにはこの世は狂っている。
俺のこんな漠然とした世界観もあるいは何らかのエコーチェンバーの結果なのかもしれないけども、もうちょっと社会から距離をとって生きていきたい。
昔から男向けだけど女も似合う服は多かったし、最近は男向け女向けで服自体の差が昔ほどは無くなってきてて、女向けでも普通に男が着れるようなデザインの服も多くなってる。
試着しないと着ごこちがわかんない派って多いと思うんだけど、そういうとき逆の性向けの服でも試着ってしてる?
乱雑に並んでる古着屋なんかではそもそも気にならなそうだけど、デカイ服屋だとコーナーがわかれてるし、どちらか向けしかないショップも多い。
どんな店でも問題ない?やっぱ決められた性別しか試着はしてはいけないルールとかあるの?店に聞くべき?みたいなの気になる。
それとも女が男向けの試着はアリだけど逆はダメ?みたいな偏りがある?
皆は年齢を聞かれて答えた時、年下見られるのか、年上に見られるのか。
最近仕事で新しく出会う人が多くて、その度に年齢を聞かれ答えると「えっ?大学生かと思った」だの「もっと若いと思った」だのとよく言われる。自分的には社会人になってから老けたと思っていたので、最初は「まだ若く見えるんだ♪うれしい♪」と思っていたがだんだん「幼く見える、子供っぽいってことか?」と思い始めた。
自分的にはまず見た目かなと思う。
オフィスカジュアルとかキレイめファッションには縁がなく、まあフリルのロングスカートとか、はっきりとした色味のトップスをよく着る、古着とか。最近GUやユニクロの服もよく着る。でもベージュやモノトーンは苦手かも。
あとは言動?
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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「現実と趣味」「効率と癒し」「懐古とアップデート」が絶妙に交錯する内容だった。
全体として、忙しく不安な日常の中で、食・音楽・雑談を通じて小さな共感と笑いを交わす、
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249
いや、モード系の最先端とか、古着厨の世界を一般人が理解できないのは当たり前だし、その水準を求めてるわけじゃないんだけどさ。
最近だと「スーツにリュックは合わない」という常識レベルの話でさえお気持ちで否定しててドン引きした。
大抵の人は「合わないけど便利だから使っちゃうよね」みたいな感覚で使うものだと思うんだが、「合わない」という前提知識から否定しにかかっててもう救いようがないレベルじゃない?
前から薄々思ってたけど、家庭環境が悪い男って、だいたい服が好き。これは金持ち貧乏は全然関係ない。親が医者でも家庭が終わってたら同じだし、生活ギリギリでも家族がちゃんとしてれば全然違う。単純に、家庭の土台が弱かったり機能してなかったりすると、なぜか服に行く。肌感として、ほぼ例外ない。
まず、普通の男はそんなに服に金を使わない。平均的な生活してるなら、毎月2〜3万円も服に回さないし、ユニクロとかGUで充分満足してる。必要最低限あればいい。おしゃれにハマる時期があっても、せいぜい月1でどっか見に行くくらい。服は人生の中心にはならない。趣味としては軽い部類。
でも、家庭環境が悪い男は違う。彼女いようがいまいが、とにかく買う。古着、ブランド、小物、買い漁る。金があっても買うし、金がなくても買う。クレカで無理して買うやつ、リセールで回すやつ、メルカリ漬けになってるやつ、ストリート好き、モード好き、古着屋巡り中毒。住んでる場所や学歴や収入が違っても、根に同じ匂いがある。
じゃあ、なんで服なのか。理由は単純で、家に拠り所がないから、自分で自分を作る必要があるから。アイデンティティが地盤から供給されないから、外側から拾いに行く。分かりやすく形に残る、自分のための何かが欲しくなる。服は手っ取り早い。まとえば人格の欠片になれるし、外側を変えれば中身も変わった気になれる。自分の輪郭を無理やり作る道具。
そして、服が好きな家庭環境悪いやつの多くは、自分に正直でいたいと願ってる。でも本当の自分は傷だらけだから、直接触るとしんどい。だから、布と色と形でなんとか表現する。服を選ぶことで、傷を隠しながら本当の自分に近づこうとしてる。それが本人に意識されてなくても、行動に出る。
服は、自己救済の一種。自分を肯定する儀式。家で満たされなかったものを、自分で埋めに行く作業。だから服を大事に扱う。対照的に、家庭環境が良い男は服に依存しない。自分が何者かという輪郭は、家族からある程度もらって育つから、外側に縋らなくていい。服はただの布。必要なら買うけど、それ以上の意味はない。背負わせていない。だから2万円のシャツは高い、で終わり。
家庭が崩れていたやつは、コミュニティの軸が家に無い。いるだけで肯定される場所がない。だから外側で自分を守りにいく。服はバリア。シールド。これがあれば話せる、出られる、居場所ができる。だから、季節ごとに買い漁るし、気に入ったら同じ型を色違いで揃えるし、わざわざ地方の古着屋まで遠征したりする。そこまでして手に入れるのは、布ではなく、自分自身の欠片。
あと、服を好きになるのは、感性ではなく構造の問題。家が壊れてると、親からの承認が少ない。承認の総量が足りない状態で育つ。だから外部に出て承認を回収する必要がある。服はその装置。似合うね、センスあるね、それカッコいいね、そういう小さな言葉で、穴を埋める。服は承認の代替物。
そして、家庭環境が悪いやつの服装は、必死さがある。ストリートでも古着でもモードでも、どこか背負っている。良し悪しじゃなく、雰囲気が重い。本気が出てる。自分の形を刻もうとしている。誰かに見てもらいたいとかじゃなく、自分を外側に掴まえようとしてる。家で失ったものを、布で取り戻そうとする。
もちろん全員がそうとは言わない。でも、家庭環境が良い男ほど、服をただの消耗品として扱う傾向が強いし、家庭環境が悪い男ほど、服に人格を投影する。これはもう統計じゃなく現場の肌感。例外はあるにせよ、ほぼそう。
服が好きな男が軽薄とか、服好きはナルシストとか、そういう偏見の話ではない。家庭環境が悪い男にとって、服は心の補装具だ。生き抜くための装甲であり、逃げるための鍵であり、自分を肯定する手段。だからこそ、彼らは服を買い続けるし、そこから離れられない。
家庭に居場所がないと、街に居場所を作るしかない。その第一歩が服。布の中に、自分の価値をそっと隠す。服を買うことで、自分をまだ諦めなくて済む。だから今日も、古着屋を回る。