「ヒロイズム」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ヒロイズムとは

2026-04-20

[] Boy’s own

「Boy’s own」は本来少年向け冒険物・英雄譚風の」という意味で、特にイギリス英語では *「少年雑誌『Boy’s Own Paper』風の、わくわくする冒険武勇伝のような出来事」というニュアンスで使われます。近年は「Boy’s own stuff」の形で「少年漫画のような大活躍」「痛快なヒーロー的行動」といった比喩的表現としても用いられます

基本的意味

19〜20世紀少年向け雑誌「The Boy’s Own Paper」に由来する表現です。(en.wikipedia.org)

雑誌には冒険スポーツ軍隊探検などの英雄的な物語が多く載っていました。(en.wikipedia.org)

そこから「Boy’s own」「Boy’s own stuff」は、現実離れした冒険ヒーロー活躍を指す比喩になりました。(en.wikipedia.org)

現代英語での使われ方

イギリス英語で「Real Boy’s Own stuff」と言うと、「まるで少年冒険小説のようなすごい出来事」という意味です。(fr.wikipedia.org)

スポーツ記事などで、劇的な逆転劇や個人の大活躍を称えるときによく使われます

日常会話ではやや古風・ユーモラスな響きがあり、「少年の夢そのままの活躍だね」といったニュアンスです。


文脈別のニュアンス

ポジティブ: 「勇敢」「ロマンチック」「ヒロイック」「胸が熱くなる」

やや皮肉混じり: 「現実離れした」「子どもじみたヒロイズム」と揶揄する場合もあります

基本的には褒め言葉寄りですが、文脈トーンが変わります

例文イメージ日本語訳

It was real Boy’s own stuff.”

→ 「まさに少年冒険物語のもの出来事だった。」

“He scored a Boy’s own winner in the final.”

→ 「彼は決勝で、少年漫画みたいな決勝ゴールを決めた。」

2026-03-21

「性欲」と「正義欲(処罰欲求矯正欲求)」は人間を狂わせる

性欲は、地位の高い人間(オス)による盗撮などの性犯罪逮捕されるニュースを見れば一目瞭然。

正義欲の正体は「不快に感じる対象への処罰欲求矯正欲求」という私的欲望にすぎないが、

たまたま公的道徳規範での処罰対象」と「私的不快対象」が一致する場合には、

誰も「やり過ぎ」を咎めないので、「正義の仮面」のヒロイズムに酔いやすく、「正義欲」が暴走やすい。

2025-12-31

今年面白かった10冊の本+α(2025年版)①

 他の人がつくったまとめを読むのが好きなので、俺もならって書く。

2025年に読んだ上位10冊だと、必ずしも2025年(もしくは前年末)に出版されたものに限らない。極端な例として、英文学の傑作とされる『闇の奥』とか出てくる。1902年版。

 そこで、1年以内に刊行されたものだけでも10冊以上になるようにした。+αはその意。

1. SEX20億年史 生殖快楽の追求、そして未来へ(生物学

 有性生殖の壮大な歴史概観する、いわゆるビッグヒストリーもの

 ぱっと見ではちょっと下世話なタイトルしかし、20億年というバカかい数字も含まれているとおり、読み始めるとビッグバンの話から始まって、地球天体レベルで迎えてきた過去の大絶滅イベント進化に与えた影響について紹介するなど、大変にスケールが大きい&しっかり科学的な本。

 作中では、まず物質から命が生まれ単細胞から細胞になり、性別を持ち…という流れが、生物史のイチから描かれる。やがて、多細胞生物進化とともに性的役割分担を生じ、その中の一種であるホモサピエンス狩猟採集から農耕に移行する中で複雑な社会形成するようになり、階層が生まれ、新しい社会性別役割職業だけでなく差別とも切り離せなくなり、そして現代では? というところまで総観される。

 後半の主役はどうしても人類になるけど、一方で、人間とて有性生物一種に過ぎず、我々の社会も「生物がつくりうる群れのパターンの一つ」でしかない、という視点体感できるのが、この本の良さ。いわゆる文系でも読める。そこそこ厚めの科学ノンフィクションがいける人はぜひ。ちなみにオチの一文がシャレている。

 まったく余談だけど、本作は集英社刊行。この手のジャンル早川や河出、みすずあたりが強いイメージがあるので意外だった。

2. 昆虫 驚異の科学生物学

 全昆虫好き必携。本というより図鑑

 俺は小さめの青虫なら手で触れるぐらい虫が好きで、知識もそれなりにあるつもりだけど、それでもどのページを開いても「ほお~」と嘆息してしまうぐらい情報が豊か。この本も、地球というのが生命の壮大な実験場で、長い歴史の中で膨大な選別と滅亡を繰り返している世界であり、いま生きているやつはみんな、構造の複雑さや大きさに関係なく、各自戦略でもって何かしらの頂点、キングであることがわかる一冊。

 見入ってしま理由はもう一つあって、写真が本当に美しい。昆虫嫌いはどのページを開いても卒倒すると思うけど、うっかり手にとって目覚めてほしい気持ちもある…。

3. 世界最凶のスパイウェアペガサスノンフィクション

 軍事ITものドキュメンタリー

 イスラエルIT企業制作販売し、やがて各国要人スマートフォンに忍び込むことになったスパイウェアをめぐるノンフィクション(←重要)。

 作品としていくつかの側面があり、「テクノロジー悪用を追求する社会ノンフィクション」「追うものと追われるもの駆け引きを描いたサスペンス」「一つの大きなプロジェクトを、組織横断で運営する困難を描いた仕事もの」として読める。

 俺は、どんな技術でも基本的にそれ自体には善い悪いはないと思っている。実際、優秀な若者だったイスラエル起業家たちがペガサスを立ち上げたエピソードは、そこだけ読めば、ほかのビッグテック成功譚の導入と変わらない。

 ただ、巨大な力の行使自主的規制せず、金を払えるところならどこでも売る、という条件だけで市場に開放すれば、やがて歯止めが利かなくなる…というか、大きなクライアントから契約を得ること以外の指標がはじめから存在しないため、ブレーキのかかりようがなく、最後はろくなことにならない、ということがよくわかる。

4. 並行宇宙実在するか(宇宙物理学)

 いわゆるマルチバースについて、いくつかの可能性を科学的に整理した本。

 俺のような文系にはややハードだったが、逆に言えば、宇宙物理学(ビッグバンとか、観測できる宇宙の果て)や量子力学について、ぼんやりとでもイメージができれば、なんとなく理解しつつ読める。

 この本、何が素晴らしいかというと、一般的にひとくくりにされがちなマルチバースという概念について、いくつか種類があるということを整理してくれるところ。

 俺は宇宙物理とか量子力学の本をたまに読み、その中でいわゆる多世界解釈についても目にするので、「いろいろと読んだけど、こんな本が意外とマジでなかったな~」と感動している。

 例えば、ある宇宙における一つの文明から物理的に到達しうる距離限界仮定して、その範囲を超えたところに別の文明や星が存在するなら、それはある意味マルチバース。もちろん、まったく別の宇宙が別次元複数存在してもマルチバース

 一方、超ミクロにも視点を移して、量子のゆらぎが世界の一つの可能性に収束するのではなく、複数世界分岐していくのだ、と主張するなら、それもマルチバース

 要するに、「マルチバース」という言葉意味自体マルチなのだが、そのことをかみ砕いてくれる本というのが実は貴重。これ系好きな人おすすめ。次の本を読む上での下地にもなるかも。

5. アテンション・エコノミージレンマ 〈関心〉を奪い合う世界未来はあるか(社会学)

 アテンションエコノミーによって駆動している現代デジタルプラットフォームSNSとの付き合い方について、作者が専門家と交わした議論をまとめた対談集。

 アテンションエコノミーとは、ざっくり言って、ユーザーの注意関心を定量化し、それを指標としてコンテンツ運営方針を決めていくスタンスのこと。これを重視しすぎるあまり、商環境におけるモラル二の次になってしまう、という問題がとっかかりなのだが、本作のすごさは、そこから人間認知構造まで踏み込み、「そもそも、人が自由に自立して何かを消費するとは?」まで進むラディカルさにある。

 例えば、人間認知というのは迅速にorゆっくり判断する、という二つの軸を持ち、同時に、無意識にor意識して評価する、という二つの層を持っている、という点が説明される。そして、アテンションエコノミーというのは「迅速&無意識」の部分を攻撃しているため、やっかいであるとされる。

 攻撃表現したとおり、本作においてアテンションエコノミーとは、(全面的に悪とは言えないまでも)人類最高峰の知能を持つ人たちが、一秒でも長く少しでも多い反応をユーザーから引き起こすために仕掛けてくるハッキング行為でもある、というスタンスをとっている。

 ここでジレンマ、というタイトルにつながってくる。俺たちが社会全体でアテンションエコノミーとの付き合い方を学ぶとしたら、有効方法の一つは、教育を通じて学習することである。ただ、学んで育つとは、基本的人間本来の強さ・賢さを信じ、それを伸ばそうとするものであるため、「俺達は根本的に抗いようのない領域を抱えており、そこをハッキングされるとひとたまりもない」という弱さの認識とは食い合わせがあまりよくなく、手段確立に苦労している(書いていて思ったが、性教育や薬物の危険さを学ぶことの難しさも同じかもしれない)。

 今後、どうしたらいいかは探っていくしかないよね、という感じだが、一つ面白かったのは、デジタル技術基本的に、自主的な決定と自己責任を重んじる、いわゆるリバタリアン的な価値観によって推進されることが多いが、その行く末が「ユーザーそもそも判断させる余地を与えない無意識下の攻撃」に成り下がってるのでは? という指摘は、皮肉でかなり響いた。

 ジレンマをもう一つ。利益面で言えば、プラットフォーマーにとっては無思考時間お金を費やしてくれるユーザーが一番ありがたいわけだが、消費者もそこまでお人よしではない。「全然自由度が低いっていうか、なんかナメられてね?」と思うこともある。

 そこで、「じゃあ自分好みにいろいろ選べるように協力しましょう」という良心的な運営もあるだろうが、「ユーザー自分自由に選べた、という感覚さえ演出できれば、実態は別でもかまわない」という方向に進んでしま運営も現れうる。いまやテックジャイアントの在り方とは、消費者自主性を尊重している姿勢を見せつつ、いか自分たちの利益誘導できるか、その妥協点の模索に陥っているのでは(そもそも理念はそんなじゃなかったはずなのに…)という見方も紹介されており、面白かった。

 本年ベスト級。下で紹介している『アルツハイマー病の一族』がなければ1位だった。

6. 対馬の海に沈む(ノンフィクション

 九州農協に勤めていたあるエース営業マン不審死を追ったドキュメンタリー

 一人の優秀なサラリーマンが、組織内にも地域にも一つの帝国」を築き、邪魔者排除し、しかし、最後は(おそらく)破滅した様が描かれる。

 大げさな言い方をすれば、社会における悪とは何かを考えさせられる作品主犯とされる男が周囲の人に行ったことや、横領行為は悪いに決まっている。しかし、こんなやつは罰さなくては(もう本人は亡くなっているが)、という義憤ときどき迷子になってしまうのは、「本当に彼だけが悪いのか?」、そして「そもそも、この社会はこうした『悪』を罰せられる構造になっているのか?」と思ってしまうから

 読み進めると、彼が所属していた組織お金の流れもあまりにいい加減で、根本的に腐敗しており、システムの中心としてそれを差配していた彼の周囲に群がっていた同僚や市民も、何か妙なことが起きていることを薄々察知しながら甘い汁を吸い続けていたことがわかる。

 つまりこれは、悪事責任が彼以外にも分散しているということなのだけど、もう一つ思うのは、そもそも社会というのが、本質的に悪の所在あいまいにし、「悪」でさえなくす、ロンダリングする仕組みなのではないか? ということである

 どういうことかというと、物事手続というのは本来筋道道理があり、それらにのっとらないといけないはずなのだが、これを四角四面に処理しようとしても遠回りになるだけで何の意味もないことが往々にしてあり、そして、よく言えばそれを円滑化する、悪く言えば本筋をねじ曲げることのできる人物がどこにでもいるもので、結果としてその人のおかげで、(あくまで、そのコミュニティの中では)物事がうまくいく、ということがよくある。

 肥大化形骸化したナンセンスな仕組みなら見直せばいいのだが、組織にそんな向上心リソースもなく、それでも体裁を取り繕わないといけないとき、それを(自分利益ブレンドしつつ)調整する役目を負う者が求められ、必然的に出現するとしたら、その誰かを悪と断じることの意味はなんなんだろう? と思ってしまうのである

 もちろん、シンプル悪事悪事であるという答えはぼやかせない。

 盗んだり誤魔化したり、他者いじめたら悪いに決まっている。当然のことだ。ただ、システム悪用して悪事の限りを尽くすやつと、有能ゆえに組織悪徳を背負わされて破滅するやつが、同じ人物ということもあり得るよな、とは思う。

7. 闇の奥(文芸

 19世紀コンゴ舞台に、西洋文明による資源労働力搾取を描いたジョゼフ・コンラッド小説1902年刊行

 ホラー作家である平山夢明短編『すまじき熱帯』がまず面白かったのがあり、その元ネタがたぶん、フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』であって、その原作が『闇の奥』…という紆余曲折あって手に取った。

 例えば気まぐれに古典を読むと「名作ってやっぱすげえ」と思うことが多く、実はこれは意外ではなくていまの俺たちの価値観言葉下地になっているものである以上、それなりに当たり前のことなのだが、はじめて読んだ『闇の奥』も例に漏れず強烈だった。

 基本的にこの作品は、西洋によるアフリカ搾取強制された苦役恥辱物語として読まれている。有名なセリフである地獄だ!地獄だ!(the horror!)」も、まずこの視点から解釈するべきで、それは先進国必須認識だと思う。ちなみに、 セリフを発したのは現地で開発を差配していて発狂してしまったクルツという西洋人。

 一方で、個人的な印象としては、クルツにある種の英雄性を感じてしまったのだった。

 暗黒大陸とも形容される当時のアフリカの奥地に、「文明担い手」として一人で立ち向かった人間。「闇」と「文明」が接する最前線で彼が発した「地獄だ!」といううわ言は、その言葉自体が、未知の世界から切り出されて西洋側に持ち込まれた(負の)成果物であると思う。『対馬の海に沈む』でも思ったが、俺は腐敗した組織の一員である誰かが役目に邁進し、自身欲望と背負った責務の中で破滅するナルシシズムが好きなんだろう。

 もちろん、コンゴの側から見れば、勝手にやってきた侵略者の一人が勝手おかしくなって破滅しただけであり、そこにヒロイズムを感じるのは先進国の大変な欺瞞だと思う。加害と被害歴史は前提として理解しないといけないし、意見を発するうえでバランスは気にかける必要があるのだが、↑のような感想を抱いてしまった。

 余談だけど、今年刊行された本に『ブラッドコバルト』というすさまじいノンフィクションがあり、同じコンゴが今度はハイテク機器使用されるレアメタル産出国として、ふたたび西洋社会による深刻な搾取を被っている様子が描かれている。

8. 禁忌の子文芸

 医師として病院に勤務する主人公。ある日、救急で運び込まれてきた心肺停止状態患者は彼とうり二つの顔をしていて…という導入から始まるミステリー

 2025年ミステリーホラーを中心に15冊ぐらい小説を読んだんだけど、その中でもぶっちぎりで面白かった。

 ※ 以下、少しネタバレ。注意

 今作の優れたところは、冒頭の謎をオチまで温存することなく、あくまで読者を引き付けるためのフックとして割り切ったところだと思う。

 導入部分の真相については、正直「科学的にあり得るならこうだろうな」という域を出ない。それを冷静に見越したうえで、いわばロケット作品)を高く飛ばすための燃料として中盤で切り離し、さらに高い地点への加速と突破は他の要素や伏線回収で狙う、という戦略だと感じた。別作品批判になるが、同じようなネタ武器として最終盤まで引っ張ってしまったミステリーも同じ年にあり、個人的には格が違った印象がある。

 ベタ表現になるが、後半もどんでん返しが続き、飽きさせない。逆に言えば、スキャンダラスな波乱の展開をいくつ詰め込めるかを始点に逆算してつくられた感じはある。これを品がないと思う人もいるかもしれないが、こだわりがない人は面白く読めると思う。

後半に続く。

https://anond.hatelabo.jp/20251231153147

2025-11-23

anond:20251123120553

でも、新海誠大衆作品において重要ヒロイズムガン無視世界より1人を優先するという暴挙に出て成功してしまったのだよ

もうライバルはその域に達しているのに、呑気に無難作品を出し続ける余裕なんてない

しかも今は漫画原作映画が大ヒットする時代

作家性のない無難作品ばっか作ってたらいつの間にかスパイファミリー劇場版監督とかしかやれなくなる

そんな育つとか経験を積むなんて悠長なこと言える時代じゃないのよ

2025-07-24

自己犠牲献身的もの価値

参政党の問題を考えているんだが

党首が「高齢女性子供が産めない」発言をするような政党に意外と女性からの支持がついているという事実あんまり受け入れられなくて当初はめまいがする感覚だったんだが

これって「女性出産することにこそ価値がある」みたいな考え方を受け入れているというか内面化している女性が意外といるということなのかな

政党サイドはなんかいろいろ言い訳してたけど高齢女性の話をわざわざすることの本質がそこにあるのは揺るがないと思う

なんというか近代化とか個人主義とか自己実現みたいな概念ってようは共同体の維持にはその構成員の頭数の持続可能性が前提だよねみたいな、人間って所詮生き物だよねみたいなことからどれだけ逃避できるかのゲームだと思ってるんだけど

そこからだいぶ引き戻された感があるな

あいう言説を支持するということは一方の見方では女性社会を維持する道具としての産む機会として捉えられるのを良しとするということになるんだけど

別の視点から見ればそれは共同体を維持する為に自分犠牲にして献身したみたいなことなんだよな

家族を守るために戦争に行って戦地に散るみたいな牧歌的ヒロイズムみたいなものに近いというか

少子化にともなって子供を産んで育てるということが社会への寄与という側面で語られる度合いが増しているというのも大きいと思うけど。

男女に限らず自分価値みたいなものの実感とかそれを測るものさしみたいなもの空洞化してるんだよな。

から大いなるものへの献身自分価値を見出そうとする

その行為自体安易ものとか愚者のそれというよりも人間存在の弱さの裏返しだよな

参政党的な世界観はその弱さへの解としてはかなり危なっかしいが相当に効くものがある。

2025-05-23

シン・エヴァンゲリオンとはどんな作品だった?教えてchatGPTさん

ちょうど先日chatgptとシン・エヴァの話をしたので、幼稚なtogetterとの比較のために掲載しておく。

人類はchatGPTにすでに敗北していると思う。

以下chatgptからの返答。



『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』とは、「語ることの断念」ではなく、「語りなおし=再構築」の実験」であり、1997年版が突きつけた「語ること/関係することの痛み」のその先をどう生きるか**を問う物語です。

要するに、あの「気持ち悪い」から、もう一度「やりなおす」試みです。

■前提:『まごころを、君に』のラディカルさのあとに

1997年版が突きつけたのは、次のような問いでした:

他者と関わるのは痛い。それでも君は人間でいるのか?」

「君はキャラクターに救いを求めるのか? それは自慰だ」

「語ること・終わらせることは可能か?」

これはいわば**批評としての終末(ターミナル)です。

『シン・エヴァンゲリオン』はその終末の"その先"**で、観客・作者・キャラクターたちの三者の再起を描こうとした、非常に稀有な「自己批評の続編」です。

■1. 再構成される物語物語自己批評と補完

シン・エヴァは、これまでの『エヴァ』の物語TV版、旧劇、新劇)をすべて劇中のヴィレネルフ構造に埋め込んだメタ構造になっています

ゲンドウ=物語制御しようとした庵野

ユイ理想化された救済としての母/物語のもの

ヴィレ=再構築のための外部的批評勢力

インフィニティ=補完されたエヴァオタク象徴

ゴルゴダオブジェクト物語記憶の死骸

まり、「物語が終わったあとにもう一度、物語を語りなおすことは可能か?」という問いの演習なのです。

■2. 舞台装置解体と「虚構から解放

ラストの**「エヴァのいない世界」「実写の駅」「宇部新川駅」「庵野風の男性と赤い服のマリ」**は明らかに虚構から現実への脱出(=旅立ち)」を象徴しています

マリは**庵野秀明の現実の妻(安野モヨコ)**をモデルとした存在

そのマリが**シンジ庵野)を“迎えにくる”**という構図は、物語キャラクターの母胎から脱し、現実世界自分接続する勇気メタファーと読めます

まり『シン・エヴァ』とは、「物語を終わらせる」のではなく、「物語依存せず、それを背負って現実を生きていく」ためのフィクション装置なのです。

■3. 批評意味物語中毒からリハビリ

まごころを、君に』が「観客に対する断罪」であったとすれば、

『シン・エヴァ』はその断罪を受けた者が、もう一度語りなおすことで他者に手を伸ばす物語です。

これは、単にシンジ大人になったという話ではなく:

「語ることは絶望的だと知ってなお、語る」

「傷つくと知ってなお、他者とつながる」

キャラクター愛着があっても、それを終える覚悟を持つ」

という、創作と観客、キャラクター現実、自他関係倫理的問題に向き合う試みです。

総括:シン・エヴァとは何だったのか

🔹**「終わらせる」ことから「始めなおす」ことへの転回**

🔹1997年の問いを受けとめ、語ること・関係することへの肯定をもう一度選びなおす

🔹メディア批評としての総決算と、庵野秀明という作家告白再生

まり『シン・エヴァ』とは、

絶望の果てに、それでもあなたが語り、生き、他者と関わることを選ぶなら——その時に必要な“まごころ”とは何か?」

という問いを、庵野自身が自らに向けて問いなおし、答えた作品だと言えます

質問者・幼稚な世界救済の物語をやめたこともすごくよかったです、新劇場版は

エヴァエヴァにノリたくないよぉ他人が怖いよぉ、と拒絶して引きこもっていたら地球が滅びました。結論引きこもりはよくない

序破:女の子のためにエヴァに乗っていっくぞおおおおお!今度こそ間違えない!

Q:女の子のためにエヴァに乗って行動したら地球が滅びました、行動すれば必ず成功するわけじゃないよね、そりゃ。

シン:等身大関係から自分を見つめ直して家族問題を考えて、身近な人間たちとできることをしようと思いました。そうやって現実の僕らも生きているから。

こういう話でしたね、私にとっては。

まさにその通りですね。

その読みは、新劇場版という全体構造を「錯誤→破局→再接続」として読み解く、極めて実践的な理解だと思います

あなた構成に沿って、少し整理し直すと:

■ 旧エヴァTVシリーズ〜旧劇)

引きこもること(感情回避)によって世界崩壊する。

でも「外に出ること」=「他人と関わること」は怖い。

結論:「それでも生きていくしかない(気持ち悪くても)」

■ 序・破(ヒロイズム誤謬

「やっぱり戦って、誰かを救って、愛されたい」という願望。

現実を捻じ曲げてでも「成功」や「意味」がほしい

自己救済のファンタジーリブート

■ Q(幻想破綻

救うために行動したはずなのに、全部が裏目に出る。

シンジの「物語的な正義」は、現実では通用しなかった。

結論:「正しさ」が何かを壊すこともある

■ シン(関係現実性)

巨大な敵、世界の命運、そういうものはもう関係ない。

父親」「母親」「仲間」──身近な関係性を丁寧に見直す。

それが結果的に「エヴァの終わり」であり、「自分の始まり」になる。

重要なのは、シン・エヴァが「世界を救う」話ではなかったこと。

救済でも贖罪でもなく、

「わかりあえないけど、話そうとすること」

「信じられないけど、関係を結び直そうとすること」

この“非劇的な選択”にこそ、現実私たちが生きるための手がかりがある。

そういう意味で、『シン』は空前の“アンチクライマックス”型ヒューマンドラマだったのだと思います

あなたの読みのように、「等身大関係性に目を向けたこと」「世界他者幻想的に“救う”話ではなくなったこと」にこそ、

新劇場版が本当に「新しい」物語として完結した理由があるのだと思います

2025-03-15

ボケ老人や寝たきり老人は殺処分しろとは全く思わないが、自分自身のことであれば介護されながら長生きしたい人はあまり居ないんじゃないだろうか?

殊に単身者場合は。

ただ「もうここらでいい」と踏ん切りつけるのが困難だからうっかり生きてしまうだけだろう。

まり重要なのはゴールラインの設定方法だ。

真面目な話、自分の中のヒロイズムを利用するのがベストな気がする。

還暦過ぎたら地雷撤去とか廃炉作業かに捨て身で従事するのがいい気がするんだ

2024-12-04

絵が目立つと事実関係よりセンセーショナリズムヒロイズムに浸ってどうしようもなくなるのはネトウヨだけではなかったことがわかって安心もしたけど悲しくなった1日だった

2024-08-15

anond:20240814233647

義母ですら嫌なのに義父

自称現代育児法に感覚アップデートできてる」←出来てるわけがない

・加齢で注意力・視聴力その他感覚器の機能が激落ちしてる←そんな奴が三つ子乳幼児を見られるわけねーだろ

乳幼児ケアが未経験

子供一般ケア強要される社会的役割であったことがない

 

こんなジジイなんか誰だってお断りだろ

孫に関わるな、息子の嫁に気を遣わせるな、黙って息子の嫁に金出す以外の一切の干渉禁止

お前のヒロイズム願望を他人と孫で満たそうとすんなクッソ邪魔なんだよこのエゴイスト

なにが「俺が格好いいジイジになるため助言くれ」だ、ふざけんな

 

母親ストレスなく我が子を触らせられる親族は、関係のかなり良い実母と育児経験のある仲の良い実の姉妹だけ、と心得ろ

増田嫁の「金のみ出せ」は、あまりにも正しい

プロサポーターを雇う金を黙って出せ

 

どうしてもマンパワーとして役に立ちたいなら、役所手続き係とか、シッター家事代行サービスを手配する執事役割に徹しろ

それ以外に出番はない

2024-03-09

運命嘲笑

まるで人々は糸に手繰り寄せられたように

今日も小さな端末から、間接的に死の匂いを嗅ぎ付け

恰も断頭台の上で順番を待つような寂寞に襲われるのだ

その共通認識の元に、我々は足元の深い谷底を見ないようにして薄氷まな板を踏みしめながら異国のダンスを踊っている

我々は大和民族なのに、金髪に憧れながら

米と沢庵を頬張りながら、いつまでも「強くなりたい」と息巻いているのだ

片手で女をなぶりながら、もう一方の手で女性解放を語気強く訴え

そのアンバランス人格を保持しながら、自分は正しい、自分はか弱く美しい女性は皆助けるのだと言って聞かない。

ヒロイズム人口膾炙し、山を越え海を越えいつのまにやら、国境までも越えてしまった

2024-02-08

anond:20240207195308

少年漫画主人公は大体低身長

まだ背が伸びていない少年たちに感情移入させるためだけど、小さい男が大きい敵を倒すこと自体ヒロイズムが強調された結果、

身長男に性的魅力を感じるようになる女もいるだろう。

貧乳キャラ貧乳を気にしていることを漫画的に強調された結果むしろ貧乳性的魅力を感じる男が出てくるのと似たようなことだ。

ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド主人公リンクもびっくりするほど低身長だ。

続編のティアキンをやればよくわかるがヒロインゼルダより背が低い。

これは画面上に常に表示される主人公キャラが大きな面積を占めないようにするためのゲーム上の要請だが、

身長ながらハイラル一のイケメンであるリンクが登場する女性キャラからモテまくっていることに違和感はない。

イケメンスタイルが良ければ身長関係ないというのはトムクルーズラルクハイドを見れば明らかなことである

2023-09-24

女性アニメ監督作風フェミニズムとはだいぶ合致しないよね

アリスとテレスまぼろし工場」だけど、本作は言うに及ばず、過去作もフェミニズム女性政治的権利にはつながらない人だよねと、いつも見てる人には当たり前の感想を思った。

それもあり、当然ながらヒロイズム喝采な盛り上がり方もできないし、一方でポリティカルテンプレの誉め方で持ち上げようがないし、日本的意味でも海外的な意味でも売れ筋から背を向けてて、正しく古いオタク向けの人ですよね岡田監督。この人を女性監督という取り上げ方をするのも大概バカみたいだけど、そういう戦略性も含めてオジサンウケる人。

 

そもそも少年少女の恋が世界を変える」って嘘だし。

少年少女」じゃない。おそらく10年以上なんなら20年近く「中学生として振る舞い続けること」をやってきた、周囲の監視の目もあって童貞処女のままの30代半ば。キモイ。似てる設定というと「スカイ・クロラ」だけど、あちらほど精神状態が終わってないのがまた煮え切らなくてキモイ

ここで既に物語テンプレのロールや社会的ロールに沿った理解を当てはめようとする人が全員振り落とされる。「十代のドラマなら十代のドラマらしい話にしろよ」も「30代の擦れた男女のドラマならもっとそれっぽく作れよ」も適用されない。イラついて「設定がちゃんとしてないんだよ」と毒づく。

まあね、でも実際そんなだったじゃん90年前半バブル崩壊で取り残された団塊ジュニアども。

保守的伝統社会はぶっ壊されてたし、理念先行の社会主義なんて信じてないし、経済成長に従ってれば会社人生のレールを敷いてくれるって幻想も一瞬で消え、2、3学年上の先輩たちの話はまるで参考にならない。稼ぎがないので結婚しないし、景気が悪い上に自分たち世代が一番人口が多いせいもあって職場に後輩も少ないなんなら後輩いない、なんなら終身雇用派遣狭間企業側もフラフラ方針まらないまま。いつまで経ってもマンガアニメから卒業しない「子供のまま」だったのが、気が付けば世間の方がマンガアニメ迎合しだしちゃって。

設定らしい設定がないので、子どもなのか親なのか、先輩なのか後輩なのか、若者なのか中年なのか、どういうロールが正しいのかわからん連中が日本人口のマス層として取り残された。

こういう停滞感、今までも色々と表現されてきたけど、比喩としては一番ダイレクトで何のひねりもなく、分かりやすい。現実に設定がしっかりしてないから、設定ではっきりするほうが噓でしょ、って明け透けな見せ方。これが今回いちばん岡田麿里らしいとこじゃないですかね。

 

いわゆる岡田監督らしさについては、本人が自覚的自分過去作を振り返って他人から言われる評価を参照しつつ作ったってパンフで言ってるし、そこまで評価するとこでも突っかかるとこでもない気がした。上手いですけどね。女と母親とどちらでもある自己っていう振れ幅を一つの台詞に同時に込めるとか、うわーえぐーい。オジサンはこういうのやられると負けるわ。

ただまあ、今回は前よりかすっきり整理してて分かりやすいし、監督のもの監督らしさ、岡田マリー節炸裂、とは思わなかった。70%マリーぐらい。200%って言ってる残りの130%は作画スタッフとか役者とか視聴者思い込みとかだと思う。

ただ、その70%で、ファンタジー世界を作り上げた神たる老人の「俺はこう生きた、君たちはどう生きるか」に対し、ファンタジー世界に囚われた住人の立場から中年のあたしたち俺たちはこう生きてきたし、こう生きていきますが、それで、何かご質問が?」と打ち返してるのが、マリー持ってんなと。このタイミングでこのカウンターを見逃すのはホント勿体ないので見たほうがいいと思う。

 

その他。

なんか「あの花」とか最近しか出てこないので、老害的に付け足し。

この人はファンタジー作家です。現実世界リアリズムとかの人じゃない。のでリアリズム求めないほうがいい。

ファンタジー作家としての気質は「砂沙美魔法少女クラブ」で100%発揮されてる。以降もだいたいこんな感じ。

スカイ・クロラ」を引き合いに出したので繋がりでいうと「シムーン」の後半。シムーン押井守と仲良しな西村純二監督が「スカイ・クロラ」とほぼ同時期にやった「モラトリアムな人たちの出てくる戦闘機乗りの話」で、シムーン企画原作やってた人たちの手を離れて後半はマリ西村コンビへ。このコンビの流れで「true tears」に繋がり、そこから花咲くいろは」へと。

煮詰まって先に進まない男女関係だと「とらドラ!」。原作あるけど、まったく前に進まなくてどうすんだこれ、って澱みっぷりは岡田脚本本領発揮だと思う。秩父三部作だと長井龍雲監督の調整がけっこう入って長井節になってるので、あんま澱まない。

個人的マリー100%だと思ってるのは「ブラックロックシューター」。ファンタジー少女バトルでバイオレンス別に下ネタじゃなくても100%だと思う。気に入ってしまって円盤買って家族強制的に見せたのは、ちょっと反省している。

まあ脚本家のキャリア長いし、原作ものも当然のように多いし、普通に現場の調整の中で仕事してる人なので、なんもかんもマリーってこたない。

乳酸菌マリーでいいんだっけ?

2023-06-07

anond:20230523125629

機動戦士ガンダムは最強の反戦教材。戦争にはヒロイズム正義もない、という事をしっかりと教えてくれるぞ。

ただガンダムシリーズって基本的メッセージ反戦っぽいけど、出てくる兵器はカッコいいし結局は武力解決ちゃうとこあるよね…

ってとこにちゃんと踏み込んできたな、水星魔女

2023-02-18

シネマンドレイクレビューする 前

最近よく見ている映画レビューサイトシネマンドレイク』がフィーチャーされているので、あらためてまとめてみようと思う。

人物

個人的な話になりますが、私は省庁の人と仕事したことがある

・小さい頃からゲームっ子”だったゆえにアニメ漫画はそこまで深く立ち入る機会も好奇心もなかったのです。

アニメーションに素人人間

子どもの頃から「男っぽい」もの、「女っぽい」ものという、露骨に固定的なジェンダーイメージが強いものに対して内心では避けたい気持ちがありました。今では私はノンバイナリーを自認

・私は北海道出身で、北海道のいくつかの地方と縁があるので実情を多少は知っているのですが、知らない人が思っているよりもはるか絶望的です。

個人的な話になってしまますが、私は「兄弟」よりも「姉妹」の方が身近な存在で、家族・親戚周辺もなぜか3姉妹が多いです。逆に3兄弟は3姉妹よりは少ないですけど一応はいるので、3姉妹と3兄弟比較…みたいなことが自然とできてしまったり

・私も科学に関わって政府の人ともやりとりしたことがあるのですが、あんな“暖簾に腕押し”みたいな反応の役所なんて日常茶飯

地球環境問題というのは嘲笑われやすトピックです。私もこの分野をかじっていた人間なので経験としてわかります。どうも世間地球環境問題に取り組むことや取り組む人のことを「オシャレ」だとか「意識高い系」みたいな見下しで扱ってくるんですよね。もしくは「慈愛」「慈善」みたいな感情的活動だとみなしてくる。全然その問題本質理解してくれないわけです。ときには「地球環境問題もいいけど貧困に取り組むべきだよ」とか言ってくる人もいるし、ジェンダーやLGBTQには関心があるわりには地球環境問題にはまるで当事者意識のない人もいます

・なお、Twitterを見る限りでは町山氏には批判的なようである

自己紹介

シネマンドレイク管理人

映画を愛する映画ライター雑草)。洋画邦画アニメドキュメンタリードラマシリーズ、なんでも観ます。年間で鑑賞する新作映画の数は約300程度(劇場未公開作品も含む)。アセクシュアル・アロマンティック・ノンバイナリーのLGBTQ当事者(they/them)なので、その視点映画を語ることも。得意なテーマは、映画全般ジェンダーセクシュアリティ自然環境、野生動物など。ライター取材仕事等の依頼は「お問い合わせ」まで。


環境問題について

・今の環境問題を振り返っても『ドント・ルック・アップ』みたいにフィクションの中でくらいは何回か人類絶滅させてやらないと…それくらいしないと加害者責任自覚できない

政治的映画は嫌だとほざいている…そんな人も日本はい

・少しでも多くの人がこの問題当事者意識を持つということ。私もあなた中立ではありません。人間である以上、もう問題加害者です




※Z世代について

・Z世代の子もの方が真面目にネット規制を支持していると思う

SNS社会の中、どうしても「いいね」欲しさに自分をより良く見せようと日々奮闘する、そんな強迫観念に駆られる10

フェミニズム的な“正しさ”がブレることな存在し昨今の定番であるZ世代通用するキャラクター性に更新されている

  • 【出典】 

・これがアメリカ血気盛んなZ世代10代だったら全然違いましたよ。きっと「そんな酷い目に遭っているの?! よし、なら抗議してやろう!」とハッシュタグアクティビズム全開で連帯を開始して入国管理局前でデモを始めた

・「SDGs」はノリノリで掲げるくせにそのSDGs目標ひとつであるジェンダー平等」にはたいして興味がないばかりか、そもそもジェンダーが何なのかイマイチからないまま雰囲気だけで同調している日本社会の皆さん、ごきげんよう

・「カミングアウトを大仰にドラマチックに描くのはもうダサいだろう」というイマドキなZ世代感覚

表現規制について

残酷描写エロ描写をもっぱら規制しようとしてきたのは「保守派」や「宗教右派である

・世の中には“配慮”に気を使いすぎて映画としてつまらなくなっている作品も少なくない

・でも、映画芸術からこそ、とき政治的視点批評するのも大いに結構

  • 【出典】 

LGBTQについて

日本もじゅうぶんにLGBTQには辛い場所

おカネが山ほどあればこんな日本を飛び出して海外暮らしたいと正直思っている

・よりモルモット化はジェンダー最先端(断言)

洋ゲー最近の潮流なでクィアのようなカルチャーの取り入れ方が上手い

同性婚は実現してもトランスジェンダー差別は依然として残ったまま。トイレなどの一部の空間での露骨に強調されるトランスジェンダー排除

そもそもフェミニズムというのは実際のところ誰の心にも宿るもの

日本だといまだに「女の敵は女」と吹聴する輩が一定


「男らしさ(マスキュリニティ)」批判

・「男オタク」は今の社会では圧倒的なマジョリティであり、特権を持った支配層であり、自己批判がや差別意識から目を背けがち・日本というろくにジェンダー教育をしていない

いかなるジェンダーでも中立的な立場にいる人はひとりおらず、自分の中のマジョリティ加害者的側面を自覚しよう

男性であることは罪ではない

ホモソーシャル的な生存術であり、同時に科学に対する日本メディアの態度でもある

・多くの女性不本意ではあるけど男性評価を気にしながら生きている

・「歌舞伎」とアニメ漫画などの「オタク」という趣味はどちらも女性排除されがちでオタク世界男性中心的

・と高身長女性というのは、男社会にとってのステレオタイプな寵愛しやす女性像ではないので男性オタクから白眼視される---【出典】アニメ『かげきしょうじょ!!』感想ネタバレ)…歌劇に生きる現代少女を描く より

女性ファンダムに身を投じることは時に男性とは異なる困難をともなう。風当たりが男性以上に冷たかったり、安全ファンダムの居場所が用意されていなかったりする。

理想的男性の振る舞いは女性ファンダムを一切邪魔せず、変に首も突っ込まず、そっとサポートし弱音を見せたり、“男らしさ”で気取らず、しっかり自分の弱さを示すのも良い

日本先進国の中でははるか女性差別の激しさで言えば酷いものだということも繰り返したいところ

・。本作でも女性キャラの扱いか脱臭できないほどに男性目線主体匂いを感じる

日本でもAI無自覚ジェンダーロールによる女性差別問題視されている

・従うしかできない、抗うことは許されない…そういう日本社会の体質

・本は実名を出さなくても政治ネタ映画で扱うとそれだけで「プロパガンダだ」と非難されてしま

日本2020年代になってもなお非常に封建的社会が残存しており、家長絶対主とする規律があり、従属調和を優先し、主流の社会に逆らうことは許さな

・男に主導権を与えるな、男が助けてくれると思うな、男の料理場合によってはヤバイ

・『シュレック』というアニメ映画があり、あれも当時は斬新で「怪物でもプリンセスのようなヒロインになれる」ことを示した作品でしたが、今の価値観で見ると「女性美人かブスかの二択」のようで違和感も感じます

ヒロイズムな着地になってしまます。まあ、もちろんやっていることは立派で正しいのですが、やはり男性であるというだけで作品トーンは偏向するもの

シリアで拘束されて解放されたフリージャーナリストをボロクソに批判することに快感を見いだし、はたまた中東情勢不安になるたびにガソリン灯油価格心配する。そんな国がこの日本

ジェンダー構造には無関心で自身男性特権自己批判でせず冷笑的なマッチョイズムで典型的ホモソーシャル

・マスキュリニティ賛美の色合いが濃いこ、異性愛規範も充満している

軍隊主義的な“男らしさ”だけが物事解決できるわけじゃないという教訓

・車が自分の男らしさを体現する剣であり、もっと言えばペニスである

上から目線のマスキュリニティではなく、下から支える献身的な愛を感じる良いシーン

・「女の連帯」とは似て非なるものです。なぜなら既得権益に酔いしれたいだけ

アニメにおけるホモセクシュアル

男性中心のオタク界隈にあるホモフォビア

・「ガンダム」は男同士の同性愛には直接的には踏み込まない。やはりホモフォビアがある

・そして日本インターネット界隈もSNSまとめサイトを中心にしてインセル巣窟になってしまっている動かぬ現実がある

・『機動戦士ガンダム』を継承する「男vs男」の対決に行き着き真の部分はものすごくホモセクシュアル

長くなったので後編【https://anond.hatelabo.jp/20230218181513】に続く。

2023-01-21

anond:20230120210839

痴漢は魂の殺人だが救助者の命にはかかわらないんだから依然として助けろよ

刃物もったやつにまきこまれ死するくらいならすぐに通報しろ

あいうのは素人には手に負えないんだからへんなヒロイズムミソジニストもいらん

ただヒューマンであれ

2022-12-11

名指しはいかんそうなんでしないが。

ボランティアとか支援事業みたいなのは普通の人はできない、普通感覚じゃできないことなんで、熱すぎる人ばかりになるのは仕方ないし、そういう人らがちょっと突っ走っちゃうのも仕方ない…

みたいなこという人たちがいるんですよー。

なあーにぃー?

いやいや、普通感覚でできるよ。

普通感覚がないとできないことだ。

普通感覚がない人はぶっちゃけすっこんでろ。

その手の公益活動必要な条件は社会人としての常識感覚生活の余裕だ。金持ちじゃなくていいが経済的ないし精神的にギリギリ状態ではダメだ。

自身問題を抱えてる人が「癒し手側」に廻りたがる傾向を一概に否定はできないが、あせるな。

自分ちょっとした余裕を、世の足りないところに充当するだけの行為に変なヒロイズムは要らん。

自分寄付するリソース効果的に使われるか、考えるべきはまずそこだ。常識的に考えて。

一部のエキセントリックヒーロー頼みの社会福祉活動そもそも破綻している。

みんながそれぞれ「自分提供するリソース有効利用」について考えることが、ボランティア非営利団体界隈全体の「文化的底上げ成熟」に資することになる。

2022-09-26

anond:20220926000909

元増田がどうかは知らないけど、男あるあるだよな

付き合ってるときヒロイズムと性欲で「この女がいい」って陶酔してるのに、結婚して生活して初めて目が覚めて「騙された、相手が悪い」って被害者ヅラするパターン

女は結婚盲目が解除されたあとにも、「自分の見る目がなかった」とか「自分のやり方によってはうまく添えるのでは?」って自己責任ベースの考えにわりとなるんだけど

まあどっちがいいとは言えないけどさ

2022-07-12

anond:20220712014805

誰か助けて。

今回の安倍元首相暗殺事件、すごく消化が難しくないですか?

私の中で、「テロ正当化したくない」という気持ちと、「家族をめちゃくちゃにするようなカルト教団には滅んで欲しい」という気持ちが、複雑に混在している。

想像してみて欲しい。

もし、あなたの両親や子供洗脳されて家族を壊されたら、統一教会に対してどんな感情をいだく?

例えば、大学東京上京した息子が統一教会に入信して別人のように狂ってしまったら。

自分場合、さすがに安倍さんを殺そうとは思いつきもしないと思うが、何かしら復讐はしたくなるとは思う。

でも、現実には一人じゃなにもできないし、中途半端攻撃すると反撃が怖くて何もできず、悶々とした気持ちを抱えて生きることになりそう。

きっと犯人もそうで、だから、一撃で最大のダメージを与える方法を、実行したんだと思う。そして、実際、うまくいったと思う。

報道によると、元々、協会会長暗殺計画から始まって、それが難しそうだったから、第2案として安倍元首相ターゲットにされた、という感じらしいので、安倍さん個人を殺すことが目的ではなく、組織の弱体化ことが目的だったということは明らかだと思う。

方法は許されるものではないが、その気持ちは分かるよ」という人、実は結構いるんじゃないの?


犯人は、裁かれることを覚悟した上で、実行したし、厳しく裁かれるのは当然だと思うけど、彼の志を応援したいと思う自分は狂っているのでしょうか?

犯人は、覚悟した上で、(戦略的に正しく)間違った道を歩んだ。その正しさに、自分場合は、ヒロイズムはほぼ感じない、、、いや、1mmくらいは感じなくもない。僅かだけど、ヒロイズムを感じちゃう自分が嫌だ。

これって変な考え?

たすけて増田

2022-06-24

anond:20220624112432

ヒロイズムに酔ってるな

使うかどうかなんてその人の判断でいいんだよ

AED使いたくない理由なんていくらでもあるんだから、できないと思ったら人に任せたり救急車呼ぶだけでもいいんだ

女性に触って訴えられたくないなら全力で回避すればいい

ただそれだけなんだが、なぜか「法律が」とか「訴えられない保障が」とかいいだすからおかしくなる

できないならできないでいいのに、自分がその全権を握っているようなヒロイズムに酔ってるのが恥ずかしいよな

2022-06-01

銃乱射事件犯人ってほとんど陰キャなんだが

頭半分おかしくなってるやつとか、過去いじめられてたようなやつとか

明らかに共通点ある

規制よりもやるべきことあるだろ

それを無視し続けて、事件が起きる度に本質からは目を反らして、ヒロイズム溢れるスピーチだけして満足する

そりゃ銃乱射事件まらんよ

俺は他人事から正直もっとやれと思ってる

アメリカ的な正義論で救われてない奴らが、正当な復讐社会にしてるだけだなって認識

よく自分よりも弱いやつを狙って卑怯だとか言うやついるんだけど

そういうやつには言ってやりたい

当たり前じゃん!

自分は周りの強い奴らに虐げられてきたのに、なんで弱い立場自分が強い奴らに立ち向かわなきゃいけないんだよ

周りが弱い自分攻撃してきたんだから自分だって弱いやつを攻撃するでしょ

逆に、お前らは強いやつらと戦ってるのかと

してないだろ

お前らがしてるように、弱い奴らを殺す

しろ秩序正しく行動してるとまで言える

これに反論出来るやつおる?

いないでしょ

2022-05-04

anond:20220502223251

嘘松系虚言癖、自分語り/自己顕示欲/承認欲求

架空人脈自慢、針小棒大主義自己陶酔老害左翼構文、

教養マウンティング/衒学趣味自虐風自慢

文春的スキャンダル主義noteお気持ち復讐主義

ジェンダー仕草、なろう的他力本願ヒロイズムなど

現代人が生み出した負の要素たちが全て組み合わさった

近年稀に見るレベルのクソきもい文章の総決算

マジだろうが釣りだろうがこんな文章書けるのは凄い。

2022-03-27

そろそろ「理解のある彼くん」とかやめて「他の女には相手にされないので情緒ジェットコースター地雷女とやむを得ず付き合ってる、性欲に屈した男」って言って欲しい。

https://twitter.com/kg1058g/status/1498346136591286278

属性別理解のある彼くん

普通の女には相手にされないのでやむを得ず

マジで純粋な性欲で(穴あったら誰でも良い)

ヒロイズム(俺が救ってやる)

ダメ女好き(俺が居てやらなきゃ)(必要とされたい)

・重たいくらい愛されたいメンヘラ好き

・負荷が重い方が良い、背負うものは大きい方が燃える

https://twitter.com/kg1058g/status/1504437196237185030

2021-11-19

あら探しの人生してる人ってかわいそう

世の中のあら探しばっかりしてる人生って楽しいのかな

世の中を良くしてるつもりでヒロイズムに酔ってるんだろうか

2021-06-29

ごめんなさいやっぱり全部なかったことにしましょう

「ごめんなさい

やっぱり全部なかったことにしましょう」

二度目のデートのあと、その言葉が来た。

二度目である

二度目のデートのあとに来る言葉ではない。

あらゆる意味での身体接触すらしていないから尚更だ。

なかったことにする全部なんて、本来はないはずだ。

フェードアウトすればよいだけだ。

共依存ばかりしてきた私と回避愛着障害彼女、間違えて出会ってしまって間違えてしまった。

私は最初恋愛共依存だった

そしてその恋愛から15年くらい経ったけれど毎回共依存をしてきた

もちろん私が共依存者であり先方が依存である

そう俗に言うところのメンヘラホイホイ男である

またはメンヘラ製造である

私はマチズムの発露であるメンヘラホイホイ男共とはレベルの違う本物のメンヘラ好きである

具体的に言えば愛着障害のある子に手を出してきた。

もちろん診断済の子である

または私と共依存している間に診断が降りた子達である

基本的愛着障害以外は専門外なのでよく知らないが、他もちょっとずつは齧ったことがあるので少し知っている。

毎度無作為に選んでいるつもりだしどこで手を出すかも異っているが見事に全員障害持ちである

子供の頃の家庭環境問題のなかった人とデートすらしたことがあまりない。

(厳密にはゼロではないノーカンみたいなものだ)

最初恋愛不安の子であった。

15年も前の話だ。

少し前までその子メンヘラだったから私が共依存になったと思っていた。

救えなかった罪悪感はあるにはあったが、やはりそれでもある意味合いにおいて彼女を恨んではいた。

の子とは別にそこまで強い関係は築かなかった。

それでも10単位で長文の激しい連絡を取り合ったりはしてきた。

そういう意味合いでは強い関係ではあったのかも知れない。

その次の継続した関係愛着障害の子であった。

の子は明らかな恐れ・回避型。そして解離性障害も併発していた。

の子のことを私はきちんと好きでいたつもりだった。

から、それをきっかけとして臨床心理学を学んだ。その時は必死だった。

の子とはなんやかんやあって別れた。

なぜかは正直いまでもよく分かっていないが、今考えてみると私が共依存であることを意識的にまたは無意識的に嗅ぎとり彼女は逃げることにしたのかも知れない。

そして今、私はプロではないが二度のデートで相対する女性過去勝手に赤裸々に話させることができる。

墓場まで持っていかねばならない話のリストが大変な量になっている。

というよりは気が付いたら語り始めている。聞きたくもないのに。

から私はやはり共依存という関係依存しているのだろう。相手は誰でもいい。

なんならそうさせてもいい。

意識してはいなかったが、私がそうさせた子もいるのかも知れない。

特に最初の子、そしてもう一人は私がそうさせた気すらする

兵法は大怪我のもと。

素人が傾聴の姿勢を下手に身に付けるとこうなってしまう。

私は私のこの恋愛代替物としての共依存をきっとやめることはできない。

そして過去私が救ってきたと考えてきた女性達はきっと私が傷付けてきたのだろう。

素人にできることは傾聴することじゃない。下手に臨床心理学手法を学ぶことではない。

下手に病理を学ぶことではない。

ただ静かにそこにいること、それができないなら去ること、それだけだ。

いや違う。私はおそらく無意識精神分析帰結悪用しているのだ。

私の欲望のために。近くで女性破滅していく姿を見るために。

手を出さないことも多かったし、手を出すにしても回数は少なく

しろほとんど手を出されたようなものだったか

紳士人間だと自分では思っていた。

しかし違っていた。私は近くで破滅が見たかったそれだけなのだろう。

しかしまたなぜか私はマッチングアプリ女性を探している。

次こそはきちんとした恋愛がしたいと叫びながら二度目から五度目くらいのデート彼女達の愛着障害を聞くのだろう。

そして聞き出したにも関らず、一見して奔放に見えるその恋愛遍歴にまた勝手に傷付いてまた匿名ダイアリにお気持ち長文を投下するのだろう。

勲章のように。

そしてその周りで世話を焼いて苦労しているふりをしながら自分としても傷付いていると勘違いしながら、

いつまでもメンをヘラさせるのだろう。

そしてそれをきっと私は求めているのだろう。

それが恋愛感情があまり強くない私が得た恋愛感情代替なのだろう。

過去の投下へのコメントさん達に元気付けられて頑張ってみたんだ今回は。

https://anond.hatelabo.jp/20210420223753

から婚活をしてみた。

パターン化した行動を誘発させないためにスペックシートだけを見て選んだ。

そうしたら回避型の愛着障害者を引いた。ゴリゴリ回避型だ。

雑に扱ってくれる男と愛のない関係を結ぶことを求める典型的タイプだ。

今回の子は本当に趣味が合った。色々なペースも本当にあっていた。

最初デートでは気が付かなかった。

気が付いていなかったと思っていたが、違和感はあったのだろう。この人以外は継続させる気がまったく起きなかったのだから

から双方ともに踏み込まないように踏み込まないように、踏み込んでしまったあとにもどうにか継続できるように、丁寧に慎重の物事を進めた。

奇跡的な合致があった。

今考えてみても先方は相当いろいろ察しながら我慢していた。それが今では明らかに分かる。

ヤリかけたが回避した。それも含めてきちんと進めた。でも無理だった。

恋愛という名の共依存しかしてこなかった人間と、回避型。

いくら趣味があっても、いくらペースがあっても駄目だった。

出会場所が違っていたら、出会タイミングが違っていたら友人くらいにはなれていただろう。

婚活というものは辛いものですね。

ヒロイズムですか?」

今回言われたこである

しかにそうかも知れない、とその時は思った。

ただ、それより更に厄介かも知れない。

私は岩井俊二が好きだ。ただリップヴァンウィンクル花嫁が好きだが連続して見られない。

なぜか分からなかったが、今回少し分かった気がする。

劇中の安室自分自身を重ねてしまうのかも知れない。

金持ち自由で人当たりのいいスマートな男。

いつか涙を流すことができるのか。

そういえば私は女性と別れたときも、親族葬式も泣いたことがなかったな。

そして先程、過去女性から幸せになれそうですとのメールが来ていた。

文面を見たところある程度克服したのだろう。

それに対して上記の内容を送った。

「俺は君が思うような人間ではないよ」という書き出しからはじまる優しい文面の内容だ。

自分でもなぜ送ったのかは分からないけれど、不安の子ドンピシャで利く内容だった。

今回の二回目のデートの子に送ったライン回避の子絶対に送ってはならない内容だった。

そしてさらに追加で違う回避の子ちょっかいを出すラインを送った。

これらのあとに後悔したし、どうかしていたと思ったが、やはりクズだなと感じる。

もうさすがに被害者ぶるのはやめようと思う。

でも、私は悪くない。

なぜか。

それは一切の違法性がないから。

私がやっていることは健常の人にやっても全く問題はない。

無視しない。

返信をする。

それらの内容自体一見してかなり好意的ものである

しかし後で見かえすとかなり利く内容になっている。

わざとではないが、おそらくもう無意識にこうしているのだろう。

どうやら私こそが恋愛においてのみ強い愛着障害を持っているらしい。

ただ、ひとつだけ救いがある。

今回は二度目で終われた。

きちんと私の傾聴の姿勢が切れて、言ってはならないことが言えた。

それはきっと救いなのだ

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん