はてなキーワード: 留学とは
私自身がモラハラなので、もし今モラハラなパートナーや家族、上司に苦しんでいる人のために書いていこうと思う。
(断っておくと、私はもう既に自覚しているので改善の努力はしているしパートナーは作っても結婚はしないと決めています)
まず、私の話からする。
私はモラハラの特徴としてよく挙げられる、相手をコントロールしようとする・気分で態度が急変・外面が良いなどの特徴は全て持っている人間である。
これは元恋人、友人、家族、深く関わった人間ほぼ全てに言われていることでそれ自体は私も自覚している。
外面はいいので塾講師のバイトや大学では絶対に口には出さなかったが、当時の恋人や友人、家族にはライン超えの発言を繰り返し、相手が自分の支配下にいなければ気が済まなかった。
例えば、当時の恋人は家庭環境に恵まれておらず、父親が出て行ったため母子家庭で育っていたのだが、向こうが私を苛立たせるような発言をした時には「そんなことばっかり言ってるからお父さん出て行っちゃったんじゃない?笑」と返して深い傷をつけた。
こんなエピソードには事欠かない。よく刺されずに今日まで生きて来れたと思う。
当時の私の思考回路を振り返ってみると、とにかく相手が自分の思い通りに動かなければ気が済まず、なんとか相手を屈服させたかった。
しかし、腕力が強い男でもないし暴力に訴えるのは「完全な屈服」には繋がらないと思っていたので、とにかく相手の自己肯定感や幸せをめちゃくちゃに壊し、自分の思う通りにだけ動くようにしたいと思っていた。
自分以外に相手に頼る人間がいることが許せないので、思い返せば当時の恋人は家庭環境に恵まれていない且つ友人がいない(もしくは少ない)人ばかり選んで付き合っていたような気がする。
なぜなら、私含めほとんどの場合モラハラはプライドが高く、「自分が相手を支配するために必死になっている」ことを認めなくないため、屈服させると言っても簡単に屈服するような人間をターゲットにしたいからだ。
なので頼れる親や友達がいない人間が格好のカモになるわけである。
私の場合、弟と妹、恋人、見下せる友人、この3種が特に当時の自分の「相手を支配下に置きたい欲」の標的になっていたと思う。
なぜこういう思考になったのかは人によって違うと思うが、私は両親が言うには幼い頃から良い子だったらしい。
今から考えたら、完璧な第一子であり続けようとするプレッシャー、そして張り続けた見栄によるストレスを幼い弟妹にぶつけ続け、そして弟妹が自分に屈服するのを見た時にゾクゾクと快感が走ったのが始まりだったように思う。
モラハラは外面が良いという話にも繋がっているのだが、ほとんどの場合は“見栄”で外面を作っている。
本当に仕事ができて完璧な人間なら見栄を張る必要などないから当たり前だが、モラハラになるような人物は醜い凡人なのに完璧な外面を取り繕うとするのでそこに「ひずみ」が生まれるわけである。
それを全て自分よりも弱いものにぶつけることによって、「自分は大丈夫」「少なくともコイツよりは強くて優れている」と思い込みたいのだ。
なので外面は良ければ良いほどモラハラでぶつけられるひずみの反動は大きくなると思ってもらって差し支えない。
もっと深層心理を言えば、完璧で相手よりも圧倒的な人間であり続けないと不安なのだ。
100点を取らないと殺される、突き放される、と怯えている子供だと思ってもらって良い。モラハラは小心者なので。
ただ、100点であるフリがうまく行っている時はいい。しかし成長途中に“本物”の100点満点なんかを見てしまうとそこで何かがプッツン来れる。
そして自分よりも明らかに点数の低そうな者に目をつけ、お前は0点だが俺は100点なのだ、エライのだ、と自分に言い聞かせるわけである。
1番頭に来るのは0点だったはずの格下が実は自分よりも点数が高かった時だ。
モラハラ夫が妻の才能を潰すために周りとの関係を切らせ、家に閉じ込めるのはそういう思考だと思ってほしい。
ではモラハラは治るのか?というと残念ながら難しい。
暴力に訴えるタイプなら逆にまだ救いようがあるが、完全に言葉やマインドコントロールに走るタイプのモラハラはもう既に“自分は満点で圧倒的な存在であるはずだ”という意識が出来上がっている上に、暴力に走らないくらいには理性とプライドが高くなっているからだ。
私の場合、留学先で100点満点どころか1000点満点の世界中から集まってきた本当の天才たちにプライドを粉々に叩き潰され、且つその怒りと焦りを発散するための自分より弱い格下がおらず、どうしようもないまま数年過ごしたのがよく効いた。
私は無意識下でバイト先も塾講師や家庭教師を選び、恋人にする相手も自分より弱そうな者ばかり狙ってきたので、先生と呼ばれ格上扱いされることに慣れきっており、そのちっぽけなメッキの鎧は本物の天才の純金の剣には敵わず粉々に砕け散ったのである。
これが日本にいる時だったらなんとか見栄を張り続けて、周囲には悟られないようにしてプライドを持ち直しただろうが、残念ながらアメリカの名門大学は非情なまでに実力主義で、丸裸の状態で日本に帰国することになった。
そしてまっさらな状態でかつての自分の言動や行動を見直し、「なぜ私はあの程度の才能でいばり散らかして、周りを屈服させる存在だと自分を思い込んでいたんだろう」と急に恥ずかしくなり、今に至る。
帰国してからは塾のバイトと同時並行で皿洗いのバイトなどを初めてやり、意識的に自分を格上扱いする快適な場所(コンフォートゾーン)の外側に置いてみた。
数年かかったが弟妹には謝罪してなんとか和解し、それから付き合う恋人も「自分より格下か?」「弱味はあるか?どこを攻撃すればいいか?」ではなく逆に自分よりもはるかに格上の相手を選ぶようにした。(そうすると自分が何も言えなくなるため)
そして素晴らしい恋人と出会って今は日々そういう言い方は良くないよ、と宥められながら少しずつ意識を改革している。
もし今モラハラに悩んでいる人たちは彼らを積極的にコンフォートゾーンから追いやってほしい。
会社で上司としてぺこぺこされることに慣れきっていたモラハラ男が、退職してからは家庭に居場所がなく人が変わったようになった、という話を聞いたことがあるが、それも会社というコンフォートゾーンを追い出されたモラハラの良い例である。
それが恋人であればおだてて海外や転職に持ち込ませるのもいいし、家族ならそのモラハラ人間が格上判定している人に突き放してもらうのも良く効く。
私は今は留学の経験から落ち着いているが、ライフステージが変わり、自分のメンタルに余裕がなくなった時自分の中にまた相手を屈服させ、安心したいという欲望が出てくる可能性を常に秘めているので、この先結婚もしないし子供も持たない予定である。
世の中で苦しむ人が少しでも減るように。
OB訪問の作法とか流れてきたんだけど、この売り手市場で新卒の会社とかどうでもいいだろ笑どんだけ失敗が怖いんだよ
今のキッズは生まれた時から物心つく前から英語を勉強して、良い幼稚園に入るために親子揃って対策して、小中高とエスカレーターで進学してるのに学校終わったら塾で夜まで勉強して、大学受かったらすぐにガクチカで話せるように留学やらサークル代表やらバイトリーダーやら実績積んで、就活が本格的に始まる前にインターン行ってOB訪問で顔を売って、就活本番は学閥で採用されて会社でも学閥を武器に仲間を増やして同期とも傷を舐めあって生きてるんでしょ?
それだけ頑張ってせいぜい30歳で年収1000万程度で悲しくならないのか?
君が入ろうとしている会社には、ろくに受験勉強せずに新卒もすぐに辞めて何社もフラフラとしてた俺みたいなおっさんが普通にのんびりやってる程度の会社だぞ。
そんなに頑張らなくても35歳で1000万になるのに、その5年を早めるために幼少期からの貴重な時間をどれだけ無駄にするの?
失敗を過剰に恐れてるけど、別に失敗してもどうとでもなるのに何がそんなに怖いのか。
高校を中退して10年が経った。不登校というやつだ。どういうわけか俺が中退してからも何かと面倒を見てくれるやつがいて、今度そいつが結婚する。そいつはそいつで俺と同様に異常な家庭で育てられていたのだが、そいつはそこから抜け出すために「普通の人生」(実際には全く普通でなく社会の上流にいないと不可能とされる)を自身の執念と努力によって獲得しつづけてきたという点で俺とは圧倒的に違っていた。だからストレートで修士まで行って典型的なJTCに入ったし、お相手とは院生時代から数年の交際・同棲のすえ別れることもなく結婚した。この調子だと数年以内に男女の子どもができてマイホームを建てて子どもたちは私立の進学校から旧帝大か悪くても早慶以上に行って最期は愛妻や子や孫に見守られながら安らかに息を引き取ることだろう。少なくともそれを目指すはずだ。これまで意識的にそうしてきたように。
さて俺はというとその間ずーっとヒキニートである。20年前に両親が離婚してからはずっと母親に養われてきたが、この人はなんというか、雲母坂まりなちゃん家のタッセルとコンブチャ母みたいな感じであり、そんなだから常に金は無く、祖父の遺産をつぶすことでどうにか暮らしている。その祖父が死んだときに青山で買った喪服が唯一持っている礼装で、たしか店員が「結婚式にも使える」ということをしつこくアピールしていた。しかしさすがに黒ネクタイというわけにはいかないだろうから買わねばならん。
買わねばならんというのは式に出席するならの話だ。そいつが「普通の人生」にどれほどこだわってきたかは俺がまだ学校に通っていた頃からずっと聞いてきた。その点においてこの度の結婚はとても喜ばしい。祝福できる。ただ、だからこそ出席するからにはこちらも「普通の人生を歩んでいる人の学生時代からの普通の親友」でいる必要がある。今の俺にそれができるか?無理だろう?しかし、かといって欠席するとどうだろう、「この人は前々から予定空けといてねと念押ししつづけてきた学生時代の親友にすら結婚式に来てもらえないような人なんだ」と思われやしないか?
ここで「そんな普通の人生を歩んできたやつなら学生時代の友人なんてほかにいくらでもいるだろう、お前1人いなくなったところで気にしねえよ」という考えが浮かぶかもしれない。しかしよく考えてほしい。そんな中わざわざ俺とつるみつづけていたのだ。何故だと思う?しかも聞くところによると高校時代のイツメンはほとんど海外に留学していて日本にいるのは俺ともう1人くらいしかおらず、そのもう1人というのも親の介護でそれどころでなく出席できないというのだ。大学の友人は知らんが、とにかくかなり強めにお願いされている。これは祝儀で少しでも回収しないといけないという事情もあるのだろうが、ほんとうに呼べる友人が少ないのではないか?
実際そいつは在学中から数えるともう15年以上本当に良くしてくれている。異常家庭話で盛り上がれる稀有な存在であり、それはもしかすると向こうにとってもそうなのかもしれない。「タッセルとコンブチャ母みたいな感じ」というのはそいつの親にもいえる形容であって、離婚していない分むしろより近いとすらいえる。だから祝福したいという気持ちはある。ここで欠席することで関係を悪化させたくないというのもある。しかし、俺は「普通」をできない。結婚式なんて参加したこともない。いとこの結婚式にも呼ばれなかった。これは呼ばれなくてよかったと思っている。一応母親にも聞いてみたら、母親も結婚式に出席したことがないという。本人もデキ婚で式なんか挙げていない。その結果生まれたのが俺なので迷惑な話である。
それはさておき、YouTubeで結婚式の流れを調べようとすると式を主催する新郎新婦側向けの動画ばかり出てきて招待されるゲスト側の流れが全然分からない。検索するとたいていトップにゼクシィが出てきて「答え」を教えてくれるが、それ以前のもっと根本的なところが分からないのだ。俺が「普通」をやりたくないのは演技に耐えられないからだ。一般論として、繁殖行為はクソ喰らえだと思っているし異性とクネって結婚とか気色悪くて吐き気がする。社会性をエミュレートするにあたって誰かが結婚したり出産したりしたら形式的に祝意を表するというのは分かる。「おめでとう」5文字を唱えて終わりというだけならまだ2,3日寝込む程度で済む。普通の結婚式なんてのはその卑しい社会性とやらを結集させたようなものであり、とても耐えられる気がしないのだ。どうすればいい?ゼクシィにはそこらへんも書いてほしいよな。
ずっと黙ってたが、本人は今頃空の上で、もうこの世界にはいないので言うことにする。
英国の大学院では、クラスに化け物みたいに優しくて、ストイックな友達がいた。
プライベートでは、強がりな私が思うような結果が出ずに苦しかったり、悔しいことがあったら、察して話を聞いてくれた。
夜道は危ないからって、飲んだ後はわざわざ毎回、全然方向の違う私の学生寮まで一緒に歩いて帰ってくれた。英語教育の話とか、たわいもない話とか。
そんな何でもない帰り道が、今振り返ると一番の思い出だったりする。
勉強面でも、英語力を上げるために、日本人同士なのに英語で話すことを最後まで続けてくれた。
クラスのディスカッションでも、ただ批判するんじゃなくて、相手を傷つけない言い方で、ちゃんと健全な批判ができる人だった。
私が卒論で必死に80ページを書き上げた一方で、彼は平気で120ページを超えていた。
この「化け物」みたいな…いや、化け物の友達がいたおかげで、私はなんとかKing’s College LondonでDistinctionを取れたと思ってる。
円安が極まる中、2人して貧乏で、洗濯は手洗い、移動は徒歩か自転車がメイン、毎週火曜のフリーランチにはほぼ必ずいる。
私は1ヶ月£290生活を誇っていたが、彼には£250を切る月があった。
周りに同じ日本人が、同じ志を持って、同じ熱量で近くにいる。それだけで、かなり救われた。
クラスメートが旅行に行きまくる中、2人でひたすら学問の話をしていた。
社会人になると、結局はお金とか能力とか仕事とか、そういう“自分ではない何か”でしか繋がれなくなっていく気がして、どこか悲しくなってた。
でも違った。
エーリッヒ・フロム「愛するということ」★★★
フィリッパ・ペリー「身近な人間関係が変わる 大切な人に読んでほしい本」
宇佐和通「AI時代の都市伝説: 世界をザワつかせる最新ネットロア50」
深津貴之、岩元直久「ChatGPTを使い尽くす! 深津式プロンプト読本」
大宮冬洋「人は死ぬまで結婚できる 晩婚時代の幸せのつかみ方」
飯田一史「「若者の読書離れ」というウソ: 中高生はどのくらい、どんな本を読んでいるのか」
セス・スティーヴンズ=ダヴィドウィッツ「誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間のヤバい本性」★★
恋紙屋「夜にバニーは(ベッドで)跳ねる」
「黙然たる反骨 安藤照 ―没後・戦後80年 忠犬ハチ公像をつくった彫刻家―」於・松濤美術館。
「新江ノ島水族館」
やっぱりエーリッヒ・フロムはいい。たぶん自分が特に気に入っている思想家だ。
このあたりからスピリチュアリズム、自己啓発の背景にある思想とその明暗をテーマに本を選び始める(陰謀論まで行っちゃったのも含めて)。
多分最後にSF小説を読んだのはこのあたり。SFっぽい漫画は読むことがあっても小説は読んでいない。新人賞を追うのも去年あたりでやめている。
余談だが、自分が好きなSFは科学や技術、それから人間の未来を選ぶ力を信頼したものだった。もちろん、社会学的なものや悲観的なものも大好きだが、それらはどちらかと言えばaquired tasteである。一番深く心が動くのは前者だ。
ところで、わざわざ買った同人誌をメモしてもしょうがないかもしれないが、書かないにもなんだか居心地が悪い(記録魔)。
岡奈津子「新版〈賄賂〉のある暮らし 市場経済化後のカザフスタン」★
アナ・カタリーナ・シャフナー「自己啓発の教科書 禁欲主義からアドラー、引き寄せの法則まで」
ジェイムズ D.スタイン「不可能、不確定、不完全―「できない」を証明する数学の力」★★
尾崎俊介「アメリカは自己啓発本でできている ベストセラーからひもとく」★★★
荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険 第9部 ザ・ジョジョランズ」六巻
岩宗治生「ウスズミの果て」一巻~三巻
こるせ「伽藍の姫」一巻~二巻
岩宗治生「ウスズミの果て」 四巻
肋骨凹介「宙に参る」五巻
「NHKスペシャル 堺雅人が巡る古代エジプト!ピラミッド透視とツタンカーメンの謎」
「NHKスペシャル 堺雅人が巡る古代エジプト!謎の王ブラックファラオの実像に迫る」
「ニーア・オートマタ End of Yorha edition」(XYエンド以外回収)
「彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」於・アーティゾン美術館。
「コレクション展 第2期 特集:新収蔵作品のご紹介」@岩手県立美術館
小岩井農場まきば園
八月は読んだ本が少ない。普段通勤時間に本を読んでおり、お盆休みがあったためだ。
代わりにというわけではないが、ちょうどゲームをクリアした。普段ゲームをしないので難易度を下げて楽しんだ。別にやり込みたいわけではなく、ストーリーを終えればそれでいいと感じている。だが、自分の人生でゲームは必須の要素ではない気がする。
ところで、数年ぶりに(十年近い?)アニメを見たのだが、これはたまたまコロナから避難するために泊まったホテルで視聴した。一話完結だし、青春時代を思い出すし、あまり疲れない。テレビ番組が記載されているのは、自分がテレビを見る頻度の少なさを示している。
レト・U. シュナイダー「続 狂気の科学: 真面目な科学者たちの奇態な実験」★★
トーマス・トウェイツ「人間をお休みしてヤギになってみた結果」
中村圭志「亜宗教 オカルト、スピリチュアル、疑似科学から陰謀論まで」★★★
ロジャー&チャーリー・モーティマー「定職をもたない息子への手紙」
烏谷昌幸「となりの陰謀論」
今井むつみ「「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策」
岡瑞起、橋本康弘「AI時代の質問力 プロンプトリテラシー 「問い」と「指示」が生成AIの可能性を最大限に引き出す」
山本栄二、中山雅司「国連入門 ――理念と現場からみる平和と安全」
瀬野反人「ヘテロゲニア リンギスティコ 〜異種族言語学入門〜」一巻。
ヤン・シュヴァンクマイエル「蟲」@シアター・イメージフォーラム
「大長編 タローマン 万博大爆発 TAROMAN」@TOHOシネマズ 渋谷
皇室の文章は結構フランクで楽しい。あと、著者略歴に「二〇一九年、即位」と書かれていて、何も間違っていないのにレア過ぎてちょっと笑ってしまった。
僕は超細密画はあまり評価していないのだが、諏訪敦は結構気に入っている。たぶん作品に取り組む姿勢やモデルに対する丁寧な態度が好きなんだろう。それから、母を亡くして、具象表現ができなくなったらしい。残酷な言い方が許されるならば、芸術家が傷ついたり何かを学んだり、逆に精神が安定してして作風が変わってしまう瞬間に、とても興味がある(藤田嗣治が戦後に人工的な人形のような子供たちばかり書くようになった契機が知りたいし、精神が穏やかになった後のムンクの作品にも関心がある・結婚後にシーレの作品が良識的になってしまったのにも)。
今月は久しぶりに映画が見られてうれしい。シュヴァンクマイエルの作品は自分の過去の作品を解体し、評論するような内容だった。
高野秀行「酒を主食とする人々 エチオピアの科学的秘境を旅する」
島本英明「もっと知りたいモディリアーニ 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)」
新見隆「もっと知りたいイサム・ノグチ 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)」
末永幸歩「「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考」★★★
今泉忠明 (監修)「おもしろい! 進化のふしぎ ざんねんないきもの事典」
高野秀行は定期的に読んでいる。アート・ビギナーズ・コレクションも定期的に読みたくなる。次に何を読むか迷ったときに重宝する。ただし、美術館に行く途中で読むと、なんだか美術鑑賞に向けるエネルギーをそこに分けなきゃいけない感じがしてしまう(図書館で借りているので読むタイミング的にそうなることがある)。なお、このシリーズは冊数が多い割には下山観山や英一蝶の巻がない。あと、本によっては作者の思想がすごく偏っている。
松井文恵、安田茂美「写実絵画とは何か? ホキ美術館名作55選で読み解く」
ジョナサン・カラー「文学理論 (〈1冊でわかる〉シリーズ)」
秋月龍珉「無門関を読む」
アンドリュー・スチュワート「情報セキュリティの敗北史: 脆弱性はどこから来たのか」★
尾崎俊介「ホールデンの肖像 ペーパーバックからみるアメリカの読書文化」★★
六畳「××××の結果で×××する××」(苦手な人がいるだろうと思うので伏字)
「カルン・タカール・コレクション インド更紗 世界をめぐる物語」於・東京ステーションギャラリー
「CREVIA マチュピチュ展」於・森アーツセンターギャラリー
30周年記念展「ALL OF EVANGELION」於・東京シティビュー
平等院鳳凰堂、鵬翔館、宇治神社、宇治上神社、源氏物語ミュージアム。
「知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!? ヒトはなぜ音楽を愛するのか」
自分は欲望をコントロールできず、性欲などに負けてしまう人間の話が好きだ。現実の生活では正しくいるよう求められるのだから、せめて虚構の中では人間のダメさを許してほしい。そうでなければ、現実世界で良識を守れない、とまではいわないが、ダメな人をダメなまま表現されていると、それを読むことで、何か許されたような気持ちになれる。
他には禅問答について読んでいる。
あと、尾崎俊介がロマンス小説について述べているあたりが面白かった。なんでジェンダー平等が叫ばれる時代に、一見するとあえて古典的に見えるストーリーが必要とされているか、一つの知見を得た。
J. R. R. Tolkien「The Hobbit」Harper Collins Publishers。和書文庫換算二冊。★★★
尾崎世界観「祐介・字慰」★
丸谷才一「輝く日の宮」★★
「ファーストコンタクト 窓口基作品集 【電子コミック限定特典付き】」
「落下の王国 4Kデジタルリマスター」於・ル・シネマ 渋谷宮下。
丸谷才一が相変わらず面白かったので(僕はメタフィクションが好きだ。時にはわざとらしくなってしまったり作者の自分語りに堕したりするリスクもあるが、うまくいくとこれは気持ちがいい)ブコメで進められた全集を手に取ろうとしたら、地元の図書館にはなかった(正確には、引っ越す前の自治体のにはあった)。さてどうしよう。
洋書を読み始めた。あらすじは覚えているが細部はよほど印象的なシーンでないと覚えていない。
トールキンの場合、樹木の描写が細かく、いろんな種類の木が出てくるのだが、そもそも僕のほうが樹木の知識に乏しく、和訳を読んでも細かくイメージできない(束教授ごめんなさい)。児童文学とは言え、二世代前の英語なので語彙やスペルが違うし、手加減せずに平気で難しい言葉を使う。
「ナルニア」を読んだときも、例えば身近でない船舶の部品などの語彙で苦労した覚えがある。
窓口基は暴走するテクノロジーや世界観の考察を楽しんだ。SFが好きだったもう一つの理由であり、一番ワクワクするところだ。この人はグロやゴアも書けるらしいのだが(なんにでも科学的な興味がありすぎて、人体を破壊可能な一つの素材として見てしまっているのかもしれない)、「苦手な人はこの先読まないで」と警告できるので、自分の狂気をコントロールできるタイプの人であり、そこが好印象。
ケーブルテレビで「その着せ替え人形は恋をする」をやっていたのだが、感傷マゾを発症しなかったのは、僕の精神が変化したからかもしれない。原作の漫画を買おうかとも思ったが、実はそこまでコスプレに興味がないと思い直した。そもそも年末年始に向けて漫画をセールで買い込んだが、トールキンを読み続けており、全然手を付けていない。
漫画は小説と同じで、長編を読むには訓練がいる。ご覧の通り短編集や一話完結ものばかり読んでいる。
来年は「指輪物語」の原書を読み終えたら、国連や政治学、第二次世界大戦の日本軍、それから依存症のあたりの知識の補足がしたい。あとは意識の科学だなあ。
洋書だとどうしてもペースダウンする。開き直って冊数を気にしないようになれそうだ。あとは、トールキンを読み終えたらドイツ語をやりたい(言うだけならタダ)。
実際にドイツ語をやるかどうかはともかく、読書記録を始めたのは大学に入ってから二十年、知的な本を読もうと志してからはもっと経過している。いたずらに、明確なゴールもなく、知識を得続けようとする行動パターンに変化が欲しい。美術館についても、あまり行かない場所や行ったことのないところに行きたい。(ただしドイツ語をやって何かの原書に挑戦したら一年がかりのプロジェクトになりそうで、そうなると知識の習得には多大な遅れが発生する)
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ただし、全てが自分の物ではありません。
そろそろ成仏したい
前友達とブラッシュアップライフの話になりどこに戻りたいかという話になったけど
もう生まれる前だよね
両親を会わせない所に生まれ変わりたい
親子ほど歳の離れた男にマジになる女、哀れ
騙されて可哀想と思うけど頭わるかったんだろうな
うっかりできちゃった1人ならまだわかる
なぜ兄弟つくる?育てられないでしょ
なんで専業主婦するの
向こうはおじいちゃんなんだから自分より先に死ぬってわかるでしょ
実際すぐ死んだじゃん
働かないと育てていけないよ
向こうの奥さんと揉めるから遺産貰わなかったってさぁ、気持ちわかるよ
めんどくせーってなるもん
そこは親として貰わなきゃ
あと働かないとね
十数年働いてないから復帰大変だよね
わかるよ
お互い大変だったよね
新しい生活慣れないし
帰ってきてご飯食べて宿題して洗濯してお風呂入って歯磨けません
風呂も入ってなくて服も洗濯した様子がない、朝食食べずにぶっ倒れる様子を前になんで児相に通報しないんだ?暴力されてないから?
そのまま不登校になり地元の中学に行きたくないと言った私は私立の中学へ
当たり前にお金なくなるよね
ガスは止まるし電気も止まる
よく子供なんてほっといたら育つと笑うけど
実際ここまで生きてこれたよ
けど社会では死んでるよ
学もないし常識も無い
身だしなみの整え方もわからない
みんながやってる当たり前のことを教えてくれるから
髪の毛って櫛でとかすんだね
おもしれー女くらいに思ってた
最近まで両親は結婚してて父親は話に聞く限りろくでもない奴だけど愛し合って自分たちが生まれてきたと思ってたから
そしたらなんか色々と無理になっちゃった
色んなことを考えてしまった
今まで笑えてたことが笑えなくなってきて
母親とまともに話せなくなってきた
まぁでも言っても
状況的にはシングルマザーと変わらないよね
親は関係ないのに
それだけです
人には人の乳酸菌
暇空が堀口英利に何件か刑事告訴されているうち、4件が不起訴になった
暇空はそこから、神奈川にある英國屋という風俗店に堀口が入り浸っていると認知プロファイリング
その店のレビューに、嬢にガシマンする迷惑客「ガシマンテ」の存在がわかり、それを堀口だと吹聴していた
その他の神奈川の風俗店のレビューに登場する様々な迷惑客を全て堀口認定していた
・導き親デマ
フェミニストな東大教授がおり、暇空は彼女のことも敵視している
次第に暇空の中で東大教授と堀口が密接な関係ということになっていった
「堀口はカルト宗教に入っており、同じくカルトに入っている東大教授が「導き親」として堀口の先輩格でいたが、やがて肉体関係になり、堀口が彼女を中絶させ、そのために堀口はカルト内で問題になり殺害され埋められた」
民事訴訟においては、暇空の弁護士の小沢一仁は「堀口は殺されているので裁判は無効、訴えた奴は偽者」と大真面目に主張していた
これらの物語は荒唐無稽に思えるかもしれないが多くの人が真実だと思い込み堀口を極悪人扱いしたり、殺害されたのを信じて通報するなどしていた
著名人では、岩下の新生姜社長、白滝製麺社長、近畿大学教授の小森健太朗などが真に受けて事件の拡散に協力していた
幼児向けのプログラミング教室とか、親子で学べる科学教室とか東大の研究者を招いた講演会とか
最先端の研究者を招いたこういうイベントは、田舎の自治体にはなかなかできる事ではない。田舎の子供には興味を持つ機会さえ与えられない。ネットで学ぼうにも今はおすすめが個々の興味関心に最適化されるから、親の意識が低いと優良なコンテンツが子どもの目に触れる機会も少なくなる。
ただでさえ特権階級のみが集う文京区という知の集積地の子供達に、無料で学習の機会が提供され、地域格差はますます開いていく。
気持ちの整理のためにここに吐き出させてもらいたい。知っている人が見たら即身バレだろうが。
自分の出身は関東で相手は関西。当時自分は北東北で働いており、相手も大学が隣の県であったためにマッチしてやり取りするようになった。顔が可愛いのはもちろん、頭がよくて話が合い、英語が話せて海外志向である点など自分とは違うタイプであったのがとても魅力的であった。
いい感じではあったが向こうに他に付き合う人ができたようで連絡しなくなり、その何ヶ月か後に別れてまた連絡を取るようになった。
自分はそれまでろくに女性と付き合ったことがなく、いわゆる童貞であった。
最初に会ったのは東北の中心地の仙台で、何をとち狂ったのかいきなりシティホテルのちょっと良い部屋(ツインにはした)を3泊予約した。
水族館とかありきたりなデートをしたり少し高めな焼肉に行ったりして2日め夜に彼女に促される形で告白し、付き合うことになった。
3日めに初体験を迎えることとなったのだが、緊張のため立たなかった。しかし一日中部屋でイチャイチャして幸せであった。
それからは1ヶ月記念旅行や3ヶ月でペアリングを買ったり、順調であった。
毎年付き合った記念日には旅行に行っていた。記念日ごとに彼女が作ってくれた手作りのアルバムが宝物だ。
普段は遠距離であったが相手は学生でコロナ禍のためリモート授業であり(寮生活だったのが実家の関西に戻っていた)、2ヶ月に一回くらい私の家に数週間泊まりに来てくれた。帰り際にサプライズで1つ1つにコメントを書いて作り置きのおかず何品を冷凍庫に残して行ってくれたのは今でも記憶に残っているし、別れ際に毎回泣いてしまう私に手紙を書き置きしてくれたこともある。
そんなこんなで時々旅行などに行きつつ、普段は私の家まで来て泊まってくれるという感じで関係が続いていた。
3年め頃には彼女はヨーロッパに半年×2+8ヶ月くらいで留学にいった。大学時代の留学と大学院だ。時差の関係でこっちの深夜か朝方に毎日のように電話した(電話に関しては彼女の意向が強かった)。寝不足に悩まされることも多かったが、元気にやれていることがわかって良かった。時々日本からの食糧などの荷物も送った。毎回10kg近くになって重かった。
初めての海外旅行に行ったのもこの頃だ。自分は英語に苦手意識があったが、彼女は留学先に戻る前に行きたいとのことで全額自分持ちでサントリーニ島に行った。景色が本当に素晴らしく、また絶対に行こうねとよく話していた。お土産のパーカーをお揃いで買った。
そこから海外へのハードルが下がり、彼女の留学先に遊びに行ったり、海外在住の友人に1人で会いに行ったりなどするようになった。他にも彼女と1回ヨーロッパに旅行に行った。相変わらず英語は下手だが、下手なりに話せばいいんだなと思えるようになった。
この頃から恋愛的なドキドキはなくなり、一緒にいると落ち着く相手に変わっていった。それは相手も同じだったと思う。
留学から帰ってきてしばらく経った4年めのクリスマスには手作りのアドベントカレンダーを送った。箱自体は既製品で中身を24品+α選んで詰めた。本当に大変だったがすごく喜んでくれた。次やるのはプロポーズの指輪を最後に仕込むサプライズをやる時かな、とぼんやり考えていた。
このことを話した職場の先輩からはカラオケの後の3次会で「4年めのアドベントカレンダーなんて俺が3年めの浮気を楽しく歌ったのが軽すぎるな」なんて茶化された。
転機は昨年だった。彼女が4月から東京の外資系コンサルに就職した。当然仕事は忙しく、メンタルをやられたりした時もあったが同期ともよく遊んだり楽しそうに過ごしていた。自分は変わらず仙台だったが今までのうちで一番近かったため月1以上で週末に会いに行った。ここに至っても毎日のように電話する習慣は変わっていなかった。
前からもう少し恋愛がしたいとは言っていたが、周り(彼女より2-3歳下)がそういうことで楽しそうにしているのを間近で見て影響を受けたのだろう。
1ヶ月前くらいに彼女が留学時の友人に会いに一週間ほど旅行に行った。その頃から連絡がそっけなかったり、必ず繋いでいた手を繋がなくなったり、電話しようと言っても断られたりなど兆しは見えていた。また、外すことのなかったペアリングとプレゼントのブレスレット・ネックレスを外していた。
余談だが、ブレスレットは留学先で切れて落ちてしまい、彼女に泣きながら謝られた。その後サプライズのつもりで留学先に行った時にブレスレットをプレゼントしたが、予期されていたらしい…。
そして前々から約束していたので予定通り年越しを彼女と過ごし、予感していた通り振られた。
彼女との関係性を言っていなかったな。趣味もご飯とお酒や好きなyoutuberが同じということ以外は被りがなく、価値観も異なり政治的な考え方に至っては真逆であった。ケンカ(というより怒られた感じだが)はしょっちゅうだった。自分は仕事はそれなりのものに就いているが生活態度がかなりだらしない。一方で彼女は非常にしっかりしている。自分の片付けがだらしなかったり物を出しっぱなしにしていたり報連相がなかったりなど色々と言われることが多く、きつい時には別れた方が楽になると何回か思ったほどだ。
それでも改善の努力をしてケンカの頻度はやや減ってきた(生活態度はまだまだ直っていない)。
正直人から見て合わないタイプの2人だったと思うし、努力で関係性を続けてきた面も否めない。相手は感情など素直にぶつけてきたが私は言いたいことをなかなか言えないことも多かった。
それでも自分は彼女のことをかけがえのない存在だと思っていたし、性的な目で見ることが減ってきても大切だという思いは増していった。
無垢な寝顔が好きだったしプレゼントなどで喜ぶ顔が嬉しかった。自分の愛情をほぼ無条件に受け入れてくれる相手として、自分のことを深く理解してくれる相手として、なくてはならない存在であった。また、これからも彼女の一番の理解者になれるのは自分だと自信を持っている(この辺はだいぶ重いだろうか)。
今の自分は彼女によって作り直されたと言っても過言ではない。内向きからやや外向きになったし、友人関係も前より大事にするようになった。身につけているものはほとんどが彼女からのプレゼントだ。髪型もパーマにするようになった。付き合う前はお金第一であったが、今では彼女が喜ぶのが一番でそのための出費は惜しくなかった。仕事優先から彼女優先にも変わった。日常で彼女が関係しないものはないと言ってもいい。
彼女も付き合っていくうちに変わってきたと思う。前はメンヘラ傾向というか、自信のなさからか、夜に電話してても急に泣き出して別れないよね?と聞いてくることが度々あったが今では可愛いねと言ってもでしょ?と答えるくらい自信を持てるようになったようだ。ただ、モテないというコンプレックスについては自分がどんなに愛情を注いだつもりでも、癒すことはできなかったようだ。
話を戻そう。別れ話は淡々としていた。彼女は相手に尽くすタイプだったが私が尽くしていたためにそれができなかったこと、それにより思うように女性らしくいられなかったのがストレスだったこと、ドキドキ感がなくなってしまったこと。
それでも5年間は大切な日々だったし大切な存在を失って後悔するかもしれないとも言ってくれた。自分は泣きながら聞くばかりだったが、彼女もまだ気持ちが揺らいでいるなどと言いながら泣いてくれた。
別れ話以外は量は減ったものの普段通りの会話だったし年越しの初詣は彼女の幼馴染と3人でいった(去年も同じであった)。
別れ際も新幹線改札まで送ってくれた。最後にはいい〇〇(私の職業)になってねと応援してくれた。最後まで私のことを大事に思ってくれてるんだなと感じた。改札を通ってからも振り返れば笑顔で大きく手を振ってくれていた。普段の別れの時のように、まるでまた会えるかのように。私はいつも以上に泣いていた。
一年くらい引きずるのは確実だろう。彼女の3月の誕生日にはおめでとうのメッセージの許可ももらってしまった。それでも、脳内の彼女に怒られながら部屋をきれいにしたり、海外にまた行くために英会話を頑張ったりして引きずりながらも成長はしていけると思う。いわばこれは彼女からの卒業なのだ。今は気持ちの整理がつかず、これを泣きながら書いているがいつか部屋がきれいな状態を保てるようになり、英語にも自信がついて職業技能も向上し、身につけるものが刷新された時、新しく愛せる相手を見つけられるようになるはずだ。
脱線も多くわかりにくい駄文を最後まで読んでくれてありがとう。
彼女への愛、自分の気持ちを昇華するために文章にさせてもらった。いわゆるジャーナリングのつもりである。
追記:なぜプロポーズをしなかったと訊かれそうだから断っておくが、プロポーズについては彼女が社会人として落ち着いてからがいいということを前から話し合っていたためにまだしていなかった。指輪を見に行こうねとも話していたがそれが実ることはなかった。
https://saebou.hatenablog.com/entry/2025/12/18/000000_2
「アンドルー・ガーフィールドよりイケメンなやつがいる大学なんてあるわけないし(これは20年以上の経験に基づいた判断である)、大学どころか社会のほとんどにはアンドルー・ガーフィールドよりイケメンな奴なんかいないのではないかと思うので、このセリフには著しくリアリティがないと思った。まあこれは冗談としても、この映画の大学描写には全体的にあんまりリアリティがあるようには見えなかった(それともアメリカの名門大学ってあんなにヘンなの?)。」
https://saebou.hatenablog.com/entry/2025/12/17/000000
「というか、リアリティは全然ないと思った。そもそもこんな学校あるのかな…というのはまあ映画だからいいとして、1学年の人数がかなり少ない上に他の学年が出てこないので(これは低予算で人をあまり雇えなかったからかもしれない)、なんだかスカスカの学校みたいに見える。また、これは細かいことだが、最後に栞(池端杏慈)が冬休み明けにアメリカに留学すると言っており、家族の転居みたいなやむをえない家庭の事情以外でそんなスケジュールで留学できるアメリカの学校あるかな…とかなり疑問に思った。」
https://saebou.hatenablog.com/entry/2023/04/30/225125
「急いで血を洗い流したはずなのにまだちょっと掌が赤くて(全部洗い流すのに時間が足りなかったのか、こすりすぎたのか…)、リアリティの点でそこが気になった。」
https://saebou.hatenablog.com/entry/2025/08/30/100000_2
「ただ、学校で働いている人間としては、現実にこういうことが明るみに出たらこの映画みたいな展開になるかな…とちょっとリアリティがないような気もした。」
https://saebou.hatenablog.com/entry/2025/08/14/100000
「一応優れた研究者だということになっているのだが、その点では全く描き方に深みがないしリアリティも皆無である。」
https://saebou.hatenablog.com/entry/2024/01/19/000000
童心の力~ミュージカル『テニスの王子様』4thシーズン 青学vs立海
芝居 ミュージカル
https://saebou.hatenablog.com/entry/2024/01/12/070000
「終盤ではあまりにも警察が無能で、またあれだけいろいろもめ事を起こしたヒロインが何事もなく仕事に戻っていて、そのへんもリアリティに欠ける。」
https://saebou.hatenablog.com/entry/2023/10/03/070000
「とくに専門家の葉はひとりだけとってつけたように出てくる女性で(緊急対応中で多忙なはずの火災の研究者にしてはパリっとしすぎていてあまりリアリティは無い)」
異文化コミュニケーションを行う機会があればあるほど、人は人間として成長する。
で、一般的な人々にとって遭遇しやすい異文化コミュニケーションは恋愛と子育てで、だからこそこの2つは妙に持ち上げられやすい。
実際、異性を喜ばせるには同性とは異なるアプローチが必要だし、大人が子どもを育てるためには子どもの文化への理解が必要になる。この辺りの異文化コミュニケーションを経て、異文化を持つ人々への寛容度が上がった人が多いから成長の機会と言われるんだろう。
でも別に恋愛や子育てをしなくても、海外旅行や留学、ボランティアなんかでも異文化コミュニケーションは行える。だから決して子育てをして一人前なんてことはなくて、何かしらの異文化コミュニケーションをした経験が多いほど人間として洗練されていく。
https://www.manatera.com/wte/prfdtlfrm/1409
【ご紹介】
私は2015年から10年間、小学生~高校生の補習、大学生の補習(文系科目のテスト対策、レポート課題添削)、中学・高校・(主に文系の)大学入試対策資格取得(簿記、FP、TOEIC、IELTS、英検、ドイツ語検定)、就職活動対策(SPIなどWebテスト対策、ES添削、面接対策)、大学編入・大学院入試対策(研究計画書、志望動機、面接対策)、海外大学・大学留学対策(志望動機添削、英語試験対策など)を指導してまいりました。
経歴・資格
・大学受験模試(河合塾)では英語、世界史で偏差値81を取った経験あり。
・資格一覧:TOEIC970点、FP2級、簿記2級、英検準1級、IELTS OA7.0(1ヶ月でOA6から7.5へ)、ドイツ語検定準1級、ITパスポート、ITIL foundation
・中1時点で英検準1級取得済み。
・新卒1年目の秋に英国Aberystwyth大学MBA、Bangor大学MBA、Leeds Beckett大学MBAに無条件合格。Lincoln大学MBAに条件付き合格。
経歴を読んだ限りだと頭良さそうに見える。
ただ、数3C教えられないのが残念やな。
アロー戦争 英仏連合軍に大敗、清には対抗できる艦隊は存在せず海戦は起こらなかった
洋務運動の一環として清朝官僚の曽国藩、李鴻章によって江南機械製造局(現在の江南造船所)が上海に建設される
ロシアによって中東鉄路公司輪船修理工場(現在の大連造船所)が大連に建設される
日露戦争後、川崎造船所(現在の川崎重工業)が大連造船所と旅順造船所を運営
1945年までに3度にわたり拡張され、中国最大の造船所になる
★清朝滅亡
イギリスの実業家Nils Mollerが上海に"Mollers' Shipbuilding & Engineering Works"(現在の滬東中華造船)を設立
日本軍が江南造船所を占領し朝日工作部上海工場と改名、三菱重工が運営する
日本軍が"Mollers' Shipbuilding & Engineering Works"を占領し三井造船所と改名、三井造船が運営する
海軍の礎が築かれる
★中華人民共和国が成立
古寧頭戦役/金門戦役 中国人民解放軍海軍は大量の漁船を徴用し金門島を占領しようとしたが大敗、これによって台湾侵攻を断念
戦争の歴史から、二度と繰り返してはならない、という思いを抱くのは日本だけではありません。中国もそうです。しかし、どんな教訓を得るかは、国によって異なります。
(略)
毛沢東は,1949年の中国人民政治協商会読第1回全体会議における開幕の演説で
「......どのような帝国主義者にも再び我々の国土を侵略させてはならない......我々は強大な空軍と海軍を保有しなければならない(......不允許任何帝国主義者再来我們的国土.....而且有一個強大的空軍和一個強大的海軍)」と指摘し,
1953年には
「わが国の海岸線は長大であり,帝国主義は中国に海軍がないことを侮り,百年以上にわたり帝国主義は我が国を侵略してきた。その多くは海上から来たものである(我們国家的海岸線視長,帝国主義就是欺負我僧没有海軍,一百多年免帝国主義侵略我臥大都是従海上乗的)」と軍艦の上で演説しました。
(略)
共通のできごとから「二度と繰り返すまい」と決意したとしても、国によって得た教訓は異なります。
いじめた側といじめられた側では、同じ出来事もずいぶん違った記憶になる道理です。侵略をして反省した側は「二度とあんなことはすまい」と消極的になり、侵略された側は「二度とあんなことはされまい」と積極的になるわけです。
そのために、国際政治の歴史の中では、あるときは羊のように餌食にされた国が、後には一変して狼のように振る舞い、そのことがかえって敵を増やしたりします。その逆だってあり得るでしょう。
朝鮮戦争勃発
劉華清 ソ連・レニングラードのクズネツォフ海軍大学校に留学、セルゲイ・ゴルシコフに師事
第一次台湾海峡危機 江山島、大陳島を中華人民共和国が占領される
★6607型駆逐艦(鞍山級駆逐艦/7型駆逐艦/グネフヌイ級駆逐艦)がソ連から供与される
1930年代にイタリアから技術導入をしてソ連が建造した艦で時代的には吹雪型駆逐艦と同時期
50型警備艦(リガ級フリゲート)がソ連から供与され、6601型(成都級)としてノックダウン生産される
第二次台湾海峡危機 金門砲戦 中華民国側が防衛に成功、以降中華民国と中華人民共和国の間に大規模な戦闘は発生していない
その後中ソ対立によってソ連からの技術援助が打ち切られたため中国は潜水艦の国産化を迫られることとなった
留学から一時帰国した友人と待ち合わせて飲もうという約束を、完全に忘れてすっぽかしたことがあって。
それがめちゃくちゃショックで、以来、目立った遅刻はなくなった。
日本史塾講師の動画 https://www.youtube.com/watch?v=RRIWLygFPhE
論旨・主張について、問題はない。その通りだと思う。
ビミョーだが大事な点で異なるのは、高市首相と岡田克也議員の質疑に対する答弁を議事から引用し再現している箇所である。
塾講師:
「台湾を統一であの完全に、ま、中国北京政府の支配に置くようなことのためにどのような手段を使うか、ま、それは単なる、ま、シーレーンの封鎖であるかもしれないし、実力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それは、あの、いろんなケースが考えられると思いますよ。」とでま、こういう風に高一さんは言ってるわけですね、でその後ですね、「だけれども、あの、それがやはり、戦艦を使ってですね、そして武力の行使も伴うものであれば、ま、これはあのどう考えても存立危機事態になり得うるケースであると私は考えます」
これは、2025年11月7日(金)の岡田克也議員との以下のやり取りの箇所である。
高市早苗(首相)の会議録は次の箇所 https://kokkai.ndl.go.jp/txt/121905261X00220251107/188
「例えば、台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろいろなケースが考えられると思いますよ。だけれども、それが戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます」
この答弁を指して、塾講師は次のように主張している。
「中国が台湾を攻撃すれば、日本の自衛隊は出撃しますよ」と取られても仕方のない、そういう発言を高市総理は国会答弁でしました。
切り取りをすれば、この塾講師の主張するように解釈されても仕方がないのは、その通りである。だが、日本史の塾講師で偉そうに講釈するならば、この直前での高市早苗首相の答弁も参照しなければフェアではない。
高市早苗(首相)の会議録は次の箇所 https://kokkai.ndl.go.jp/txt/121905261X00220251107/186
例えば、その海上封鎖を解くために米軍が来援をする、それを防ぐために何らかのほかの武力行使が行われる、こういった事態も想定されることでございます
と答弁しており、高市早苗首相はのアタマの中では、次のようなフローが浮かんでいたことは明らかである。
上記は、これまでの日本政府が2015年の平和安全法の整備から日本政府の変わらない姿勢である。
塾講師は、高市早苗首相の発言について、問題なのは「個別具体的な事例に踏み込んだ発言をした」ことだと言っている。確かに高市早苗首相は個別具体的なことを述べているのだが、ポイントは「台湾有事=>存立危機事態」というそこではなく「台湾への武力侵攻 => 米軍の支援」とあたかも台湾侵攻があれば自動的に米軍が支援すると言っているかのような状況を想定している点である。
存立危機事態の想定とは集団的自衛権の発動条件のことだが、それは友好国が武力攻撃を受けた時に自衛権の行使として戦闘につながることである。日本政府のこれまでの立論では、友好国=米国という説で国会質疑を乗り切ってきていた。高市早苗首相のアタマの中にはそうした前提があっただろうと考えられる。
したがって、本当ならば、高市早苗首相は今回の迂闊な答弁について弁解することも可能ではあったのだ。「台湾有事が即ち存立危機事態」になるわけではない「来援した米軍が攻撃を受ければ、事態認定の判断を取り得る」と言い直すことも出来た。だがしかし、それでは「台湾有事の際には米軍が介入する」と言っているに等しくなってしまう。ここがあるため引き返せないのである。
高市発言の問題とは、「台湾への武力侵攻」を端緒とした具体例で米国の武力支援を引き合いに出した点にあると思う。米国政府は台湾に介入することを公式には認めていない。米国政府は常に「東アジア・台湾海峡の平和を支持する」と表明するに過ぎない。米国の姿勢は中国と台湾それぞれへの配慮であり、それぞれへの牽制である。
現在の日米政府の共通の認識は、台湾で有事があれば世界にとっての危機的状況になり得るということである。ならば、それぞれ自国の判断で危機的状況に対する積極的アクションを起こす必要があるということも、日米供に認識していることである。
したがって、本来であれば「日本の近隣である台湾で有事があれば、事態認定の判断を取り得る」と言うべきなのだ。しかし、それはこれまでの日本政府の立場を変えることになる。本来であれば、しっかりと閣議を通じて決めなければイケないことであった。
これが、岡田克也議員の「軽々しく言うべきではない」という警告がそのまま現実になってしまった今なのだった。
歴史経緯の解説は、TBSラジオでの劉彦甫さん、前原志保さんの解説が分かり易い。