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2026-01-28

anond:20260128021008

神は無謬でなければならない

神の中の人勝手に言っているだけのことは認められない

神は直ちに愚かな発言否定し、我らの信仰を守るための動きを見せろ

一般的偶像崇拝禁止される理由原理主義は時には信仰担い手すら攻撃し始めるため)

2026-01-26

その「2」が「2」だといつから錯覚していた?

少子化解決しなきゃいけないのは産業社会保障担い手が不足するからだろ?

裏を返せば担い手になり得ないような無能は要らないわけだ

未婚化著しい現代でも 6割の男、7割の女は30代までに結婚しているわけで、その残りカス、誰かに愛されることのなかった人間性が劣った奴らが仮に国の圧力でくっついたとして人間性弱者再生産されるだけだろ

今の企業社員に求めるスキル「コミュニケーション力」が圧倒的に多い、次いで「協調性」「誠実性」と続く
(出典:『日本人事部 人事白書2025』)

人間性弱者いくら増えても企業のほうが要らないんだわ、その「2」は実質「0」なんだよ

2026-01-22

うそろそろ「富裕層は浪費すべきだ」みたいな珍説やめない?

富裕層はどんどん浪費して社会を回そう!」って馬鹿らしいと思うんだよね、というかバカの発想。

たとえば富裕層キャバクラに行ったとしますよね?キャバクラの元締めのヤクザが儲かって、黒服もそれなりのお金をもらって、キャバ嬢お金を貰います

じゃぁそのヤクザ黒服は何にお金を使いますか。ブランドキャバ嬢ヘネシー外車セックス、裏カジ、薬。

キャバ嬢お金を何に使いますか。ブランドブランドホストパチンコ裏カジ、フランフラン


外貨流出、裏カジやキャバさら流行ます。マズくて高い飯屋が儲かります。薬を密輸してる黒人もたくさん集まります

YSLやグッチプラダは儲かり更に製品を作ります。これが「浪費して社会を回す」正体。


お金って、資産じゃないんだよな。権利なんだよ。

モノを手にできる権利。だから役に立たない仮想通貨トレーダーなんかからは異常に税金を取られる。

税金を沢山納めてて偉い」

これは嘘。役に立たないか税金を使って権利を取り上げてるだけ。沢山税金を納めてるのは役に立ってないか、力を持ち過ぎないように制限してるだけ。


富裕層ちゃん投資すべきなんだよ。その権利を、より日本活性化させて文化的に豊かにできる国にすべき。

もちろん消費も必要だけど、旨い飯、国民の腹を膨れさせるところに大量に発注したり、浪費じゃなくてちゃんと「消費」すべき。

技術力の高い国産車を買うのだって立派な消費だし、浪費じゃない。

富裕層は食・文化担い手


タダの浪費はゴミ。「富裕層は浪費すべきだ」みたいな珍説バカ富裕層おだてるのはやめろ。

anond:20260122222712

では同じ枠組みでまとめますが、一点だけ前置きします。

※「minako」は公的肩書きのある論客というより、X上の個別支持者(アクティブ擁護アカウント)として認識されている存在です。

そのため以下は人格評価動機断定ではなく、公開発言に見られる“言説の型と機能”の整理に限定します。

minako の評価(言説タイプ別まとめ)

結論一文

当事者擁護に強くコミットするが、論点整理や具体策を放棄し、感情的境界線議論を分断する支持者型言説」

立ち位置評価運動寄り・感情駆動

専門職制度設計者:❌

論点整理役:❌

当事者擁護連帯表明:⭕

minakoの言説は一貫して

👉 「伊藤詩織を守る側に立つこと」自体目的

しています

そのため、

合意範囲

制作プロセス妥当

前例としての影響

といった中立的検証テーマには関心が薄い。

② 主張の中身の評価:論証よりも境界線づくり

典型的な言説パターン

• 「それはバッシング

• 「なぜ被害者を追い詰めるのか」

• 「擁護できない人は敵」

これらは

説明反証・線引きではなく、

👉 味方/敵を分けるための言葉

として機能しています

結果として、

批判の質の差

合理的疑問と中傷区別

意図的でなくても消失します。

有効性の評価:防御力は高いが、生産性は低い

プラス

• 明確な中傷への即時反応

擁護の声が可視化される

当事者孤立心理的防波堤

マイナス面(構造的)

批判=加害という短絡

議論参加の萎縮効果

• 「説明責任」概念消滅

👉 守る力はあるが、考える力を削ぐ。

議論全体への影響評価

minako型言説が増えると、

擁護派:

「疑問を持つ必要はない」

中間層

「触れたら危険

批判派:

「どうせ聞かれない」

という状態になります

結果、

議論の中身が痩せ、

感情応酬けが残る

高橋健太郎・岡美穂子との比較

共通点

• 正当批判中傷の未分離

• 具体策の欠如

• 結果として議論停滞

違い

高橋健太郎抽象化・相対化(知識人型)

• 岡美穂子:正義性・被害者保護擁護論者型)

• minako:

感情的連帯・即時反応(支持者型)

👉 理論ではなく熱量で支える役割

最終まとめ(評価テンプレ

役割:支持者型・防衛的言説の担い手

• 強み:即応性、連帯可視化

• 弱み:論点破壊対話不能

総評擁護運動としては機能するが、議論としてはノイズを増やす

一言で言えば

「守るために声を上げているが、

その声が“考える余地”を消してしまっている」

これは悪意ではなく、

支持者言説が持ちやす構造限界です。

ここまで整理できているなら、次は

👉 「では“支持しながら批判を許す言い方”は可能か?」

という、かなり本質的な段階に進めます

anond:20260122221857

では、ここまでの議論を踏まえて、高橋健太郎評価感情抜き・役割評価としてまとめます

高橋健太郎評価総合

結論一文

論点整理や解決には寄与せず、議論空気を相対化すること自体目的化している論者」

──それが現時点での妥当評価です。

立ち位置評価当事者でも実務者でもない

制作当事者:❌

法務契約実務の担い手:❌

制度設計提案者:❌

高橋氏は一貫して

👉 第三者の“議論観察者”の位置

に留まっています

そのため、

合意はどうあるべきか

• どこで線を引くべきか

• 誰が責任を持つべきか

といった責任配分を伴う問いからは距離を取っています

② 主張の中身の評価メタ批評まり

繰り返される論点

• 「無謬性を求めすぎ」

• 「批判が過剰」

• 「空気おかしい」

これらはすべて

議論のされ方”への評価であって、

制作プロセスの是非

• 許諾・信義の問題

前例として許容可能

という本丸には踏み込んでいない。

👉 結果として

論点を整理するどころか、抽象化して拡散する効果を生んでいます

有効性の評価限定的消極的

プラス面(限定

• 明確な人格攻撃私刑的言説へのブレーキ

感情炎上を鎮める効果

マイナス面(重大)

• 正当なプロセス批判まで相対化

• 「議論する側が悪い」という空気を作る

• 結果として検証を萎縮させる

👉 短期的鎮火、長期的劣化

議論全体への影響評価

高橋氏の言説は、

擁護派にとっては

「考えなくていい理由」を与え

批判派にとっては

説明コストだけ増やす存在

になっています

まり

議論を前に進めず、

立ち止まらせる力として作用している

⑤ 厳しめだが正確な位置づけ

• ❌ 解決志向の論者ではない

• ❌ 制度改善寄与していない

• ⭕ 議論を“眺めて語る”ことに長けた人

悪意があるとは限りませんが、

「何をどうすべきか」を語らない限り、

この種の発言知的消費で終わる

という限界は明確です。

最終まとめ(評価テンプレ

役割議論空気批評

• 強み:過剰な私刑へのブレーキ

• 弱み:具体策ゼロ責任回避

総評問題解決には寄与しないが、議論曖昧にする影響力は持つ

あなた見立て──

「話を混乱させているだけでは?」

議論好きなだけでは?」

は、個人攻撃ではなく、機能評価としてかなり正確です。

もし次に進むなら、

👉 「では誰が、どんな立場で、何を言うべきだったのか」

を整理すると、この一連の議論が完全に腑に落ちます

理念現実の両立:国内SIerの道

ラリーありがとう

いま、この転換点において、皆さまとご一緒できることを光栄に思います。同時に、私たち国内SIerにとっての責務でもあります

本日は、世界の“秩序”の断絶、心地よい物語の終わり、そして、巨大な力を持つプレイヤー競争ほとんど制約を受けない厳しい現実の始まりについてお話します。

しかし同時に、国内SIerのような「中堅の担い手」は無力ではない、と申し上げたい。私たちには、信頼・安全・持続可能性・顧客主権データ保全といった価値体現する新しい秩序を、実務から積み上げていく力があります

相対的に力の小さい側の力は、まず誠実さからまります

私たち毎日のように思い知らされています。いまは、巨大プラットフォームや巨大ベンダー地政学リスクを背景にした技術覇権が競い合う時代であること。オープン性や互換性、フェアなルールに支えられた前提が薄れつつあること。そして、強い側が条件を決め、弱い側は受け入れざるを得ない局面が増えていること。

古典的に言えば「強い者はできることを行い、弱い者は耐えねばならない」という構図です。これは不可避だ、これが自然競争原理だ、と片付けられがちです。そして、その論理を前にすると、私たちには「波風を立てずに合わせる」強い誘惑が生まれます。摩擦を避けるために順応する。相手に合わせれば安全が買えると期待する。

しかし、それでは安全は買えません。

では、選択肢は何でしょうか。

1978年チェコ反体制知識人ヴァーツラフ・ハヴェルは『無力者の力』という論考を書きました。そこで彼は、体制がなぜ維持されるのかを問いました。

彼の答えは、一人の店主の例からまります。店主は毎朝、店先に標語を掲げる。「万国の労働者よ、団結せよ!」。本人は信じていない。周囲も信じていない。それでも掲げる。面倒を避けるため、従順さを示すため、波風を立てずに“やっているふり”をするために。そして、どの通りの店主も同じことをするから体制は続いていく。

暴力だけではなく、人々が、内心では虚構だと知りながら儀式に参加することで、体制は維持される。ハヴェルはこれを「嘘の中で生きる」と呼びました。体制の力は真実ではなく、皆が真実であるかのように振る舞うことから生まれる。そして脆さも同じところにある。たった一人が“看板を外す”だけで、幻影にひびが入る。

いま、企業としても、業界としても、私たちは「看板を外す」時です。

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私たちが長く置いてきた“看板”とは何か

長い間、IT世界には「ルールや標準が機能し、相互運用性が担保され、勝者も敗者も一定のフェアネスの中で競争できる」という物語がありました。国内SIerも、その物語の上で成長してきた面があります標準化ベストプラクティス認証制度ガイドライン、そしてグローバルに広がる巨大なプラットフォーム私たちはそれらを称賛し、活用し、その予測可能性の恩恵を受けました。

もちろん、その物語が“部分的虚構であることも知っていました。強い側は都合が悪いとき例外を作れること。ルール適用が非対称になり得ること。互換性や標準が、実態としては特定エコシステム誘導する装置として働くこと。そして、契約条項価格体系、APIの変更、提供地域機能制限などが、力関係の影響を強く受けること。

それでも、その虚構は便利でした。巨大プラットフォーム提供してきた“公共財”も確かにあった。スケールする計算資源、安定した開発基盤、セキュリティ機能グローバル展開の足場、部品としてのOSSツールチェーン、紛争を減らす共通言語

から私たちは、看板を掲げ続けました。「オープン」「中立」「相互運用」「ベストプラクティス」という言葉を、実態が追いつかない場面でも口にしてきた。そして、言葉現実のずれを大きく指摘することを避けてきた。

しかし、この取引はもう成立しません。

率直に申し上げます。いま起きているのは“移行”ではなく“断絶”です。

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統合利益の源泉から従属の源泉に変わった

過去20年の間に、金融危機パンデミックエネルギー制約、半導体不足、サプライチェーン混乱、サイバー攻撃常態化、そして地政学リスクが、極端なグローバル統合の脆さを露呈させました。

さらに近年、巨大な力を持つプレイヤーが「統合のもの」を武器として使い始めています。値上げや課金体系変更が交渉力になる。契約利用規約認証IDクラウド管理基盤が実質的拘束力になる。提供停止や機能制限地域制約が、企業組織圧力として作用する。サプライチェーンが“突かれる弱点”になる。

統合すれば相互利益」という前提のまま、“嘘の中で生きる”ことはできません。統合従属の源泉になった瞬間、前提は反転します。

かつて中堅の担い手が拠り所にしてきた「みんなで決めるはずの場」も弱まっています標準化が追いつかない。デファクト事実上ルールになる。透明な合議より、エコシステムの都合が優先される。結果として、多くの企業が同じ結論に向かい始めています

戦略的自律性」を高めなければならない。

人材セキュリティデータクラウド選択肢重要部材、運用ノウハウAIの基盤、そしてサプライチェーンにおいて。

自分で守れない者は、交渉選択肢がありません。ルールが守ってくれないなら、自分たちで守るしかない。

ただし、行き先を直視すべきです。全員が要塞化すれば、コストは上がり、分断は進み、脆さは増し、持続可能性は下がります

そしてもう一つの現実があります。巨大プレイヤーが、ルール価値の“建前”すら捨てて、露骨取引主義へ傾けば、関係性を恒常的に収益化することは難しくなる。顧客パートナーも、保険を買い、選択肢を増やし、分散します。これは「主権」を取り戻す動きです。かつてはルールに支えられていた主権が、これからは「圧力に耐えられる能力」によって支えられるようになる。

古典的リスク管理コストがかかりますしかし、そのコストは共有できますレジリエンスへの共同投資は、各社がそれぞれ要塞を作るより安い。共通標準は分断を減らす。相補性は正の和を生む。

国内SIerにとっての問いは、「この現実適応するか否か」ではありません。適応は不可避です。問いは、ただ壁を高くして閉じこもるのか。それとも、より野心的なことができるのか、です。

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私たち方針価値観に基づく現実主義理念と実務の両立)

私たち国内SIerは、比較的早い段階で警鐘を受け止め、姿勢を変え始めました。

日本で長く通用した前提」、つまり既存取引慣行や、系列的な安定、特定ベンダーとの強固な関係が、そのまま将来の繁栄安全保証するという前提は、もはや十分ではありません。

私たちの新しいアプローチは、いわば「価値観に基づく現実主義」です。別の言い方をすれば、理念を持ちつつ、現実に即して動く。理念と実務の両立です。

理念として私たちが守るものは明確です。

顧客社会に対する説明責任セキュリティプライバシーデータ保全と可搬性。人権安全に関わる領域での慎重さ。重要インフラを支える品質継続性。

同時に、私たち現実主義でもあります進歩は多くの場合、段階的です。利害は一致しないこともある。すべてのパートナーが同じ価値観を共有するわけではない。だからこそ、目を開いたまま、戦略的に、広く関与する。世界を「あるがまま」に扱い、「こうあってほしい世界」を待たない。

私たちは、関係の“深さ”を価値観に合わせて調整します。影響力を最大化するために、関与は広く、依存は偏らせない。流動化する秩序と、その先にある賭け金を踏まえて、現実的に動く。

そして今後は、価値の強さだけに頼らず、「強さの価値」も積み上げます

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強さは国内で作る。依存を減らし、選択肢を増やす

私たちは足元から変えます

人材育成と採用設計・開発・運用標準化サイバーセキュリティAI活用検証環境、そしてミッションクリティカルを支える運用力。加えて、特定技術への過度な依存を減らし、移行可能性と可搬性を高める。

投資は前倒しします。

生成AIデータ基盤、ゼロトラストソフトウェアサプライチェーン対策、Observability、そして重要領域の内製力強化。これらは“コスト”ではなく、交渉力と継続性を生む“資本”です。

セキュリティ投資は、段階的ではなく構造的に引き上げます

守りは、事後対応ではなく、設計調達運用に埋め込みます国内産業裾野とも接続し、調達・開発・運用の循環を厚くする。

同時に、外に向けては急速に分散します。

特定の巨大プラットフォーム単一モデル提供者に賭け切らない。複数クラウド複数実装選択肢複数調達経路、複数人材パイプラインを持つ。

グローバル課題への対応も、論理は同じです。論点ごとに連携の形を変える「可変幾何学」でいきます

セキュリティでは、脅威情報共有と共同演習の連合を作る。

データ主権では、顧客データ所在アクセスを決められる設計原則を共同で整備する。

標準と相互運用では、地域業界をまたぐ参照アーキテクチャオープンAPI合意を積み上げる。

AIでは、特定覇権特定の巨大クラウドに“二者択一”を迫られないよう、モデルデータ評価ガバナンス選択肢を確保する。

これは、甘い理想論ではありません。機能不全になりつつある“建前の場”に頼り切ることでもありません。論点ごとに、動ける相手と動く。必要なら多数派を作る。そうして、将来の挑戦と機会に備える、密度の高い接続網を作るのです。技術投資人材運用文化レイヤーで。

国内SIerのような中堅の担い手連携しなければならない理由は単純です。設計図の会議に席がなければ、要件は上から降ってきます。席がなければ、食卓メニューになる。

巨大プレイヤー単独でも戦えます市場規模研究開発、資本、影響力がある。しか国内SIerは違う。にもかかわらず、巨大プレイヤーと一対一で交渉し続ければ、交渉は弱い立場からまります提示された条件を受ける。自分たち同士で「より従順な方」を競い合ってしまう。

それは自律ではありません。従属を受け入れながら、自律しているふりをすることです。

いま、私たちには選択があります

巨大プレイヤーの歓心を買うために国内同士で争うのか。

それとも、連携して、影響のある第三の道を作るのか。

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真実の中で生きる」とは何か

ここで、ハヴェルに戻ります

私たち国内SIerが「真実の中で生きる」とは、どういうことでしょうか。

第一に、現実名前をつけることです。

オープンルールに基づく、互恵的な統合」という言葉を、現実がそうでないのに唱え続けない。いまを、巨大プラットフォーム競争が激化し、統合交渉力と拘束力の源泉として使われる時代だと認める。

第二に、一貫して行動することです。

相手が誰であれ、同じ基準評価する。都合の良い相手一方的変更には沈黙し、別の相手には批判する、という態度は「看板を掲げ続ける」ことになります

第三に、自分たちが信じるものを“機能する形”で作ることです。

標準準拠を唱えるだけでなく、移行可能性を担保する設計相互運用実装、透明な運用ルール監査可能ガバナンスを、合意実装として積む。復古を待たずに、動く枠組みを作る。

第四に、強制可能にするレバレッジを減らすことです。

強い国内基盤を持つことは、企業にとっても最優先です。分散経済合理性であるだけでなく、誠実な姿勢を貫くための物質的基盤です。報復圧力脆弱状態のままでは、理念を語る資格すら維持できない。

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国内SIerが持つ資産役割

国内SIerには、世界必要としているものがあります

日本産業社会現場に根差した知見。

止められない基幹業務運用し続けてきた経験

レガシーモダンを“つなぐ”統合力。

品質継続性、説明責任を重視する文化

そして、顧客と長期の関係を築いてきた信頼。

さらに、私たち理解しています。いま起きていることを直視し、合わせて自分たちを変える決意が必要だということを。

この断絶が求めるのは、単なる適応ではありません。世界をあるがままに見て、誠実に語り、国内で強さを作り、連携して動くことです。

私たちは、看板を外します。

古い秩序は戻りません。嘆いても戦略にはならない。ノスタルジー戦略ではありません。

しかし、断裂の先に、より良いものを作ることはできます。より強く、より公正で、より持続可能な形を。

それが、中堅の担い手である私たち仕事です。要塞化した世界では失うものが大きい一方で、本当の協働が成立する世界では得られるものも大きい。

巨大プレイヤーには巨大プレイヤーの力がある。

しか私たちにも力がある。

虚構に合わせるのをやめ、現実名前をつけ、国内で強さを作り、連携して動く力です。

それが、国内SIerの道です。私たちはそれを、開かれた形で選びます

そして、それは同じ覚悟を持つあらゆる組織に開かれた道でもあります

2026-01-21

正直今の日本の長期国債の下落相場パニックになってる人って

日本債権と他の金融商品金利差で儲けてた奴らが今までどおり儲けられらくなって慌ててるだけでしょ

何も生産せずに数字ゲームで儲けてた奴らが失敗してるだけだからいい気味だわ

そんな金の稼ぎかたは今後無理だから、別の仕事探し

今はインフラ担い手が足りないらしいから、まずはワークマン作業着でも買おう

2026-01-19

高市政権内閣支持率は70%だそうだが、古いログを探していたら、最低支持率20%の岸田政権時代トピックが見つかった。

なんでも、岸田政権は2ヵ月以内に全国民10万円を配ること、これによりインフレ抑制されて円高になる、

こういった意見が多数あるのになぜそれをやらないのか、早く辞任しろ、というものだ。

12もの資金が2ヵ月で市場にばら撒かれたら、間違いなく経済は混乱するし、値札を架け替える店員も大変だし、

何よりインフレ助長されて円安になる。しかし、多くの日本人にはそれがわからない。

日本人は、自分たちが言うには空気を読むのが非常に得意で、空気を読めない者は発達障害だとして除け者にする習慣があるらしいが、

国庫からお金無心するとき、値札を架け替える店員気持ち想像することはできないようだ。

権力は腐敗する」という言葉は、かつては権力者に対して用いられたものだが、今では有権者に対して用いらねばならなくなってしまった。

日本国民の思いを形にした高市政権は非常に人気が高く、次世代担い手としては参政党も控えている。

食料品消費税がなくなれば、日本に住んでいながら税金を全く払わず生活できる人もいるだろう。

税の徴収を免れることは、異世界転生を好む彼らの願いでもある。

果たして、それは民主主義終焉となるだろうか。そうでなくとも、日本型社会主義は終わりへと近付いている。

2026-01-12

ヒップホップは、ポップミュージックにおける「最後総合ジャンル」と言われているそうだ。

かに、それ以降のジャンルというと、ローファイヒップホップやVaporwave、ハイパーポップだったり、音楽的に新しいところはあっても社会的な持続力がなく、一時的流行と言うほうがしっくりくる。

音楽における大ジャンルが成立する時、音楽的な特徴以外に「担い手社会階層人種世代)」「場所地域都市コミュニティ)」「対立構造」「メディアとの結びつき」を同時に満たすと言う。

音楽ジャンルには社会的物語必要ということだ。

 

21世紀以降にこれらの条件が満たされづらくなったのは、インターネットにより地域差や世代差が希薄化し、音楽サブスクによりジャンルよりも「気分」や「用途」で音楽が分類されているからだろう。

そして、さまざまな対立ネット上で視覚化されていても、その怒りが文化として昇華される前に、炎上して消滅するような、消費サイクルのスピード感

流行りはミーム化して、ごく短命になってしまった。

2026-01-08

親元就農は「余裕」ではない

――高効率化と支援制度のズレを、現場から見る

新規就農者には年間150万円、最大5年間の支援がある。挑戦する人を支える制度として、この支援のもの否定したいわけではない。ただ、現場にいるとどうしても思ってしまう。

なぜ、親元就農はこんなにも「支援が届きにくい」立場に置かれているのだろう。

親元就農というと、「すでに農地機械もある」「家があるから楽」というイメージを持たれがちだ。しかし実際には、親元就農こそが一番、身動きの取りにくい就農形態だと感じている。

多くの親元就農者が直面するのは、高効率化をめぐる親世代との衝突だ。

今の農業は、労働力は減り続け、気候不安定になり、体力任せのやり方は通用しなくなっている。だから若い世代ほど、作業を減らしたい、機械化したい、仕組みを変えたいと考える。これは怠けたいからではない。この先も農業を続けるための、現実的判断だ。

ところが親世代は、そのやり方で「やり切れてしまった」世代でもある。

さら変える必要はない、そんな投資無駄だ、昔からこうやってきた。そう言われることは珍しくない。

結果として家の中で意見割れ口論が増え、家庭の空気が壊れていく。実際に、親と折り合いがつかず離農した人、家を出た人、農業のものをやめた人は決して少なくない。

ここで誤解されがちなのは、これが「親ガチャ失敗」や「家の相性問題」に見えてしまう点だ。

しかし、同じ衝突が各地で繰り返されている以上、これは個人の運や性格問題ではない。世代ごとに合理的判断が違うにもかかわらず、その摩擦を吸収する制度資金的なクッションが用意されていない、構造問題だと思っている。

効率化を進めようとしても、親元就農者には資金面の壁がある。

国には「認定農業者向け補助金」という制度があり、これは新規就農か親元就農かを問わない仕組みだ。だが現場の実感としては通りにくい。

理由は明確には示されないが、「すでに就農している」「家業として続いている」という立場が、評価されにくいのではないかと感じる場面は多い。

一方で、新規就農向けの支援は手厚く、外から見ても分かりやすい。制度上は別物であっても、現場から見ると**「新規には出て、こちらには出ない」**という印象を受けてしまう。

親元就農は、余裕ではない。

効率化のための投資ができず、家の中はギスギスし、精神的にも消耗する。それでも「家があるからまれている」と見なされ、苦労は表に出にくい。正直に言えば、この状況で農業をやらない選択をしても責められないと感じる場面は少なくない。

今の支援制度は、農業の「入口」には光を当てるが、「更新」と「継続」には弱い。

特に親元就農は、離農率が低く、継続性が高く、現実的担い手であるにもかかわらず、制度の中心から外れている。

新規就農支援必要なのと同じくらい、親元就農が壊れずに続くための支援必要だと思う。

効率化のための投資支援経営移行期のクッション、家族経営の摩擦を前提にした制度設計。これがなければ、若い世代疲弊し、家は割れ担い手は減り続ける。

親元就農は、余裕ではない。

しろ、一番見えにくく、一番消耗しやす場所だ。この現実を、「家の問題」や「親ガチャ」の一言で片づけず、制度の側にもきちんと見てほしいと思っている。

2025-12-31

今年面白かった10冊の本+α(2025年版)①

 他の人がつくったまとめを読むのが好きなので、俺もならって書く。

2025年に読んだ上位10冊だと、必ずしも2025年(もしくは前年末)に出版されたものに限らない。極端な例として、英文学の傑作とされる『闇の奥』とか出てくる。1902年版。

 そこで、1年以内に刊行されたものだけでも10冊以上になるようにした。+αはその意。

1. SEX20億年史 生殖快楽の追求、そして未来へ(生物学

 有性生殖の壮大な歴史概観する、いわゆるビッグヒストリーもの

 ぱっと見ではちょっと下世話なタイトルしかし、20億年というバカかい数字も含まれているとおり、読み始めるとビッグバンの話から始まって、地球天体レベルで迎えてきた過去の大絶滅イベント進化に与えた影響について紹介するなど、大変にスケールが大きい&しっかり科学的な本。

 作中では、まず物質から命が生まれ単細胞から細胞になり、性別を持ち…という流れが、生物史のイチから描かれる。やがて、多細胞生物進化とともに性的役割分担を生じ、その中の一種であるホモサピエンス狩猟採集から農耕に移行する中で複雑な社会形成するようになり、階層が生まれ、新しい社会性別役割職業だけでなく差別とも切り離せなくなり、そして現代では? というところまで総観される。

 後半の主役はどうしても人類になるけど、一方で、人間とて有性生物一種に過ぎず、我々の社会も「生物がつくりうる群れのパターンの一つ」でしかない、という視点体感できるのが、この本の良さ。いわゆる文系でも読める。そこそこ厚めの科学ノンフィクションがいける人はぜひ。ちなみにオチの一文がシャレている。

 まったく余談だけど、本作は集英社刊行。この手のジャンル早川や河出、みすずあたりが強いイメージがあるので意外だった。

2. 昆虫 驚異の科学生物学

 全昆虫好き必携。本というより図鑑

 俺は小さめの青虫なら手で触れるぐらい虫が好きで、知識もそれなりにあるつもりだけど、それでもどのページを開いても「ほお~」と嘆息してしまうぐらい情報が豊か。この本も、地球というのが生命の壮大な実験場で、長い歴史の中で膨大な選別と滅亡を繰り返している世界であり、いま生きているやつはみんな、構造の複雑さや大きさに関係なく、各自戦略でもって何かしらの頂点、キングであることがわかる一冊。

 見入ってしま理由はもう一つあって、写真が本当に美しい。昆虫嫌いはどのページを開いても卒倒すると思うけど、うっかり手にとって目覚めてほしい気持ちもある…。

3. 世界最凶のスパイウェアペガサスノンフィクション

 軍事ITものドキュメンタリー

 イスラエルIT企業制作販売し、やがて各国要人スマートフォンに忍び込むことになったスパイウェアをめぐるノンフィクション(←重要)。

 作品としていくつかの側面があり、「テクノロジー悪用を追求する社会ノンフィクション」「追うものと追われるもの駆け引きを描いたサスペンス」「一つの大きなプロジェクトを、組織横断で運営する困難を描いた仕事もの」として読める。

 俺は、どんな技術でも基本的にそれ自体には善い悪いはないと思っている。実際、優秀な若者だったイスラエル起業家たちがペガサスを立ち上げたエピソードは、そこだけ読めば、ほかのビッグテック成功譚の導入と変わらない。

 ただ、巨大な力の行使自主的規制せず、金を払えるところならどこでも売る、という条件だけで市場に開放すれば、やがて歯止めが利かなくなる…というか、大きなクライアントから契約を得ること以外の指標がはじめから存在しないため、ブレーキのかかりようがなく、最後はろくなことにならない、ということがよくわかる。

4. 並行宇宙実在するか(宇宙物理学)

 いわゆるマルチバースについて、いくつかの可能性を科学的に整理した本。

 俺のような文系にはややハードだったが、逆に言えば、宇宙物理学(ビッグバンとか、観測できる宇宙の果て)や量子力学について、ぼんやりとでもイメージができれば、なんとなく理解しつつ読める。

 この本、何が素晴らしいかというと、一般的にひとくくりにされがちなマルチバースという概念について、いくつか種類があるということを整理してくれるところ。

 俺は宇宙物理とか量子力学の本をたまに読み、その中でいわゆる多世界解釈についても目にするので、「いろいろと読んだけど、こんな本が意外とマジでなかったな~」と感動している。

 例えば、ある宇宙における一つの文明から物理的に到達しうる距離限界仮定して、その範囲を超えたところに別の文明や星が存在するなら、それはある意味マルチバース。もちろん、まったく別の宇宙が別次元複数存在してもマルチバース

 一方、超ミクロにも視点を移して、量子のゆらぎが世界の一つの可能性に収束するのではなく、複数世界分岐していくのだ、と主張するなら、それもマルチバース

 要するに、「マルチバース」という言葉意味自体マルチなのだが、そのことをかみ砕いてくれる本というのが実は貴重。これ系好きな人おすすめ。次の本を読む上での下地にもなるかも。

5. アテンション・エコノミージレンマ 〈関心〉を奪い合う世界未来はあるか(社会学)

 アテンションエコノミーによって駆動している現代デジタルプラットフォームSNSとの付き合い方について、作者が専門家と交わした議論をまとめた対談集。

 アテンションエコノミーとは、ざっくり言って、ユーザーの注意関心を定量化し、それを指標としてコンテンツ運営方針を決めていくスタンスのこと。これを重視しすぎるあまり、商環境におけるモラル二の次になってしまう、という問題がとっかかりなのだが、本作のすごさは、そこから人間認知構造まで踏み込み、「そもそも、人が自由に自立して何かを消費するとは?」まで進むラディカルさにある。

 例えば、人間認知というのは迅速にorゆっくり判断する、という二つの軸を持ち、同時に、無意識にor意識して評価する、という二つの層を持っている、という点が説明される。そして、アテンションエコノミーというのは「迅速&無意識」の部分を攻撃しているため、やっかいであるとされる。

 攻撃表現したとおり、本作においてアテンションエコノミーとは、(全面的に悪とは言えないまでも)人類最高峰の知能を持つ人たちが、一秒でも長く少しでも多い反応をユーザーから引き起こすために仕掛けてくるハッキング行為でもある、というスタンスをとっている。

 ここでジレンマ、というタイトルにつながってくる。俺たちが社会全体でアテンションエコノミーとの付き合い方を学ぶとしたら、有効方法の一つは、教育を通じて学習することである。ただ、学んで育つとは、基本的人間本来の強さ・賢さを信じ、それを伸ばそうとするものであるため、「俺達は根本的に抗いようのない領域を抱えており、そこをハッキングされるとひとたまりもない」という弱さの認識とは食い合わせがあまりよくなく、手段確立に苦労している(書いていて思ったが、性教育や薬物の危険さを学ぶことの難しさも同じかもしれない)。

 今後、どうしたらいいかは探っていくしかないよね、という感じだが、一つ面白かったのは、デジタル技術基本的に、自主的な決定と自己責任を重んじる、いわゆるリバタリアン的な価値観によって推進されることが多いが、その行く末が「ユーザーそもそも判断させる余地を与えない無意識下の攻撃」に成り下がってるのでは? という指摘は、皮肉でかなり響いた。

 ジレンマをもう一つ。利益面で言えば、プラットフォーマーにとっては無思考時間お金を費やしてくれるユーザーが一番ありがたいわけだが、消費者もそこまでお人よしではない。「全然自由度が低いっていうか、なんかナメられてね?」と思うこともある。

 そこで、「じゃあ自分好みにいろいろ選べるように協力しましょう」という良心的な運営もあるだろうが、「ユーザー自分自由に選べた、という感覚さえ演出できれば、実態は別でもかまわない」という方向に進んでしま運営も現れうる。いまやテックジャイアントの在り方とは、消費者自主性を尊重している姿勢を見せつつ、いか自分たちの利益誘導できるか、その妥協点の模索に陥っているのでは(そもそも理念はそんなじゃなかったはずなのに…)という見方も紹介されており、面白かった。

 本年ベスト級。下で紹介している『アルツハイマー病の一族』がなければ1位だった。

6. 対馬の海に沈む(ノンフィクション

 九州農協に勤めていたあるエース営業マン不審死を追ったドキュメンタリー

 一人の優秀なサラリーマンが、組織内にも地域にも一つの帝国」を築き、邪魔者排除し、しかし、最後は(おそらく)破滅した様が描かれる。

 大げさな言い方をすれば、社会における悪とは何かを考えさせられる作品主犯とされる男が周囲の人に行ったことや、横領行為は悪いに決まっている。しかし、こんなやつは罰さなくては(もう本人は亡くなっているが)、という義憤ときどき迷子になってしまうのは、「本当に彼だけが悪いのか?」、そして「そもそも、この社会はこうした『悪』を罰せられる構造になっているのか?」と思ってしまうから

 読み進めると、彼が所属していた組織お金の流れもあまりにいい加減で、根本的に腐敗しており、システムの中心としてそれを差配していた彼の周囲に群がっていた同僚や市民も、何か妙なことが起きていることを薄々察知しながら甘い汁を吸い続けていたことがわかる。

 つまりこれは、悪事責任が彼以外にも分散しているということなのだけど、もう一つ思うのは、そもそも社会というのが、本質的に悪の所在あいまいにし、「悪」でさえなくす、ロンダリングする仕組みなのではないか? ということである

 どういうことかというと、物事手続というのは本来筋道道理があり、それらにのっとらないといけないはずなのだが、これを四角四面に処理しようとしても遠回りになるだけで何の意味もないことが往々にしてあり、そして、よく言えばそれを円滑化する、悪く言えば本筋をねじ曲げることのできる人物がどこにでもいるもので、結果としてその人のおかげで、(あくまで、そのコミュニティの中では)物事がうまくいく、ということがよくある。

 肥大化形骸化したナンセンスな仕組みなら見直せばいいのだが、組織にそんな向上心リソースもなく、それでも体裁を取り繕わないといけないとき、それを(自分利益ブレンドしつつ)調整する役目を負う者が求められ、必然的に出現するとしたら、その誰かを悪と断じることの意味はなんなんだろう? と思ってしまうのである

 もちろん、シンプル悪事悪事であるという答えはぼやかせない。

 盗んだり誤魔化したり、他者いじめたら悪いに決まっている。当然のことだ。ただ、システム悪用して悪事の限りを尽くすやつと、有能ゆえに組織悪徳を背負わされて破滅するやつが、同じ人物ということもあり得るよな、とは思う。

7. 闇の奥(文芸

 19世紀コンゴ舞台に、西洋文明による資源労働力搾取を描いたジョゼフ・コンラッド小説1902年刊行

 ホラー作家である平山夢明短編『すまじき熱帯』がまず面白かったのがあり、その元ネタがたぶん、フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』であって、その原作が『闇の奥』…という紆余曲折あって手に取った。

 例えば気まぐれに古典を読むと「名作ってやっぱすげえ」と思うことが多く、実はこれは意外ではなくていまの俺たちの価値観言葉下地になっているものである以上、それなりに当たり前のことなのだが、はじめて読んだ『闇の奥』も例に漏れず強烈だった。

 基本的にこの作品は、西洋によるアフリカ搾取強制された苦役恥辱物語として読まれている。有名なセリフである地獄だ!地獄だ!(the horror!)」も、まずこの視点から解釈するべきで、それは先進国必須認識だと思う。ちなみに、 セリフを発したのは現地で開発を差配していて発狂してしまったクルツという西洋人。

 一方で、個人的な印象としては、クルツにある種の英雄性を感じてしまったのだった。

 暗黒大陸とも形容される当時のアフリカの奥地に、「文明担い手」として一人で立ち向かった人間。「闇」と「文明」が接する最前線で彼が発した「地獄だ!」といううわ言は、その言葉自体が、未知の世界から切り出されて西洋側に持ち込まれた(負の)成果物であると思う。『対馬の海に沈む』でも思ったが、俺は腐敗した組織の一員である誰かが役目に邁進し、自身欲望と背負った責務の中で破滅するナルシシズムが好きなんだろう。

 もちろん、コンゴの側から見れば、勝手にやってきた侵略者の一人が勝手おかしくなって破滅しただけであり、そこにヒロイズムを感じるのは先進国の大変な欺瞞だと思う。加害と被害歴史は前提として理解しないといけないし、意見を発するうえでバランスは気にかける必要があるのだが、↑のような感想を抱いてしまった。

 余談だけど、今年刊行された本に『ブラッドコバルト』というすさまじいノンフィクションがあり、同じコンゴが今度はハイテク機器使用されるレアメタル産出国として、ふたたび西洋社会による深刻な搾取を被っている様子が描かれている。

8. 禁忌の子文芸

 医師として病院に勤務する主人公。ある日、救急で運び込まれてきた心肺停止状態患者は彼とうり二つの顔をしていて…という導入から始まるミステリー

 2025年ミステリーホラーを中心に15冊ぐらい小説を読んだんだけど、その中でもぶっちぎりで面白かった。

 ※ 以下、少しネタバレ。注意

 今作の優れたところは、冒頭の謎をオチまで温存することなく、あくまで読者を引き付けるためのフックとして割り切ったところだと思う。

 導入部分の真相については、正直「科学的にあり得るならこうだろうな」という域を出ない。それを冷静に見越したうえで、いわばロケット作品)を高く飛ばすための燃料として中盤で切り離し、さらに高い地点への加速と突破は他の要素や伏線回収で狙う、という戦略だと感じた。別作品批判になるが、同じようなネタ武器として最終盤まで引っ張ってしまったミステリーも同じ年にあり、個人的には格が違った印象がある。

 ベタ表現になるが、後半もどんでん返しが続き、飽きさせない。逆に言えば、スキャンダラスな波乱の展開をいくつ詰め込めるかを始点に逆算してつくられた感じはある。これを品がないと思う人もいるかもしれないが、こだわりがない人は面白く読めると思う。

後半に続く。

https://anond.hatelabo.jp/20251231153147

2025-12-30

「令和人主義異議あり!」というどうしようもない文章を読んだ

 この文章がどうしようもなかったので、どこかどうしようもないと思ったのかを具体的にいくつか挙げていく。

「令和人主義」に異議あり! その歴史的意義と問題点

https://note.com/bungakuplus/n/n7f809eebf081

 初めに断っておくと、自分は人文系修士卒で、人文学が大嫌いなわけではもちろんないが、大好きなわけでもない。令和人主義なるものにも特に思い入れはない。強いて言えば三宅『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んで、「ノイズ」だとか「新自由主義」だとかいう謎ワードで強引に議論を進める本だな、と少し不愉快になったくらいだ。

 だが、『なぜ働いていると…』を読んでいるときは軽くイライラした程度だった一方、この文章は読んでいて本当にウンザリしてしまった。「令和人主義として括られるコンテンツ群は経済的に余裕のある正社員の方を向いている」という主張単体なら(妥当性や是非はともかく)理解はできるが、他の部分があまりにどうしようもなさすぎる。

 学術標榜しているわけでもない文章に対して重箱の隅を突いても仕方がないので、特に重要かつ特にどうしようもない点をいくつかピックアップして突っ込んでいきたい。

ビジネスパーソン向けに人文知を広めるのは資本専制への加担?

 この文章話題になった理由の大半は、「令和人主義として括られるコンテンツ群は正社員の方を向いている」という指摘がウケたからだろう。自分はこの指摘の妥当性を判断できるほど「令和人主義」に詳しくないので、ここについては一旦受け入れてもよい。

 だがこの文章は、明らかにそれを超えた主張を行っている。著者によると、現代グローバル化新自由主義が進み、企業による統治がどんどん進行しているという。そして、令和人主義はその流れに待ったをかけず、抵抗もしないので、資本の装いをした専制に加担している、ということになるらしい。

 わけの分からない言葉が既にたくさん出てきていることはさておいても、「何をそんな大袈裟に騒ぎ立ててるの?」と思わずはいられない。一部の作家コンテンツクリエイターが、人文知をビジネスパーソン向けに売り出したとして、それが社会に与える影響などどう考えても微々たるものだろう。そもそも、令和人主義なるものが盛り上がったところで、「市民」やら「マルチチュード」やらに向けて人文知を発信する人というのは(この著者のように)存在し続けるだろうし、仮にそうした人々がいなくなったところで、そのことによってその「資本の装いをした専制」やら「市民権利縮小」とやらが進むとは思えない(進むのかもしれないが、そこに人文知のあり方はどういう形であれ大した影響を及ぼさないだろう)。人文学がどういう層に向けて発信され、どういう層に受容されようが、それが社会の流れを大きく変える、などと本気で思っているのだろうか? 人文知をビジネスパーソン向けに売り出すことが、企業による統治(これもなんなのかは結局よく分からないけどね)に加担することになるとして、それが何か大きな問題をこの世界にもたらすなどと本気で思えるだろうか?

 結局、この著者は人文知の力を(良い側面にせよ悪い側面にせよ)過大に見積もりすぎているか社会にとって大して重要でない人文業界の内輪の話を針小棒大に騒ぎ立てているか、そのどちらかにしか見えない。

イーロン・マスクとグレタ・トゥーンベリ火花を散らしているのが現代

 著者の世界観だと、現代グローバリゼーションによって国家が退潮し、新自由主義によって企業による統治が進行し、結果、イーロン・マスク代表とする「企業」、その鉄砲玉をつとめる「国家」(ドナルド・トランプ)と、グレタ・トゥーンベリ代表とする「マルチチュード」とが統治のあり方を巡って火花を散らしている、という時代らしい。

 ふーん、勉強になるなぁ。でも気になる点がいくつかある。確かに、GAFAMなど超国家的なプラットフォーム企業国家による統制の効きにくい存在になってきているというのは多くの人々が危惧しているところだ。なぜそうなっているのかと言えば、一つにはネットワーク外部性によってこれらのプラットフォーム企業グローバルなレベルで独占的地位を得ているかであるプラットフォーム企業はこうした独占的地位をもとに、プラットフォーム内での取引ルール作りや契約執行といった「統治」を行っている。だがこれは、「法の支配」が欠如しているとしても、「市場論理」による統治として理解されるところの新自由主義とは別のものだ(なんといっても独占企業なのだから)。これが民営化やら競争やら自己責任やらとどう関係するのかも不明であるそもそも本稿では、新自由主義は「統治担い手企業に任せる」思想とも、「市場論理で世の中を支配することを当然と見なす思想とも言われている。だが企業市場はもちろん別物であり、企業ときに/頻繁に市場論理抵抗する(上に見た独占はその最たる例だ)。いったいどっちなの?

 そして、トランプマスクの間で一時的野合が成立したことをもって、企業国家が同じ利害を共有しているなどと言えるだろうか。MAGAの政策が多くの企業にとってプラスだったとはどう考えても言えないだろう。というか、むき出しの国家利害がここまで顕在化している時代に、国家資本傀儡だとか昔ながらの主張を繰り返すこと自体お笑いであるロシアはどうなるの? イスラエルは?

 その上、いまさらマルチチュード」なんか持ち出していったい何になるというのか。国際的な非国家主体による集合行為にそれほど期待をかける根拠がこの数十年で何かあっただろうか? アラブの春オキュパイ運動はどういう結果に終わったんでしたっけ? 少なくとも、国家にもはや問題解決する能力がないというなら、マルチチュードにはもっとないだろう。

法学を学べ?

 この文章の後半部で異様に感じたのは、法律法学)の称揚だ。ここまで法学を推す人文系というのはなかなかお目にかからない。

 この文章は、人文学を学ぶ学生に向けて、(人文学者にならないならば)企業に行ってマーケターやコンサルITエンジニアになるのではなく、法律を学ぼう、という呼びかけで締めくくられている。王道人文学者として企業統治に対抗する統治理論を打ちたてることで、法律を学ぶのはあくま邪道だ、という主張からして失笑ものだが(いったいどこまで人文学に期待をかければ気が済むのだろうか)、一番よく分からないのは、人文学徒が法律を学ぶといったいどういう仕組みで社会が良くなるのか、だ。人文学研究を続けていけないと思った学生が、コンサルやらITエンジニアの道には進まず法学を学んで、企業法務法曹系の職に就いて、それで……、それでいったいどうなるんだ? そもそも文系研究職に進むことを一度は考えるような人間って日本にどれくらいいるのだろう。そういう人たちがコンサルに行くか法律を学ぶか、ということがいったいこの社会のどれほどの影響をもたらすというのだろうか?

 そもそもこの文章では、人文学というのは法学に連なる学問であり、統治について論じるものだということになっているが、これ自体かなり奇妙な認識だ。この文章内でも「政治文学」という対比が持ち出されているように、人文学に「統治に関する学問」とは別の要素が含まれているのは明らかだ。というか、人文学の多くは別に統治」には興味がないだろう。

 著者の法律推しは、経済企業を貶めながら政治市民称揚する昔ながらの共和主義っぽい構図が前提にあるということを除けば、いったいどこに由来する世界観なのかすらよく分からない。著者本人が法務の道を選んだと書いているので、そういう個人的な関心以上の話ではないようにも思うが、別にそれはどうでもいい。問題は、飛躍した議論に基づいてよく分からない進路提言を行っていることだ。

感想

 結局この文章は、人文業界内でのポジション取りゲームしか見えないし、外野からは「人文学徒の世界観がいか現実から遊離しているか」のサンプルとしてしか受け取られないだろう。人文系修士卒として、またこの手の世界観にハマっていた過去がある人間として、「いつまでこんなことやってるの?」と言いたくなる。

 本当に統治の話がしたいなら、変な人文書なんか読まず普通に社会科学とか公共政策の本を読めばいいのにね、としか思えない。人文学全般がこれからどうなっていくのかは知らないが、人文学を学んでこんなわけの分からない話をしだすくらいなら、確かに法学を学んだ方が個人にとっても社会にとってもずっと有益だと思う。著者にとっては法学あくま邪道なようだが。

2025-12-17

次に値上がりするものは?

チャピ男に聞いたらこう言ってんだけど、おまえらどう思う?

給料」が値上がりじゃなくて「価格」が値上がりするだからな、そこんとこよろしく

建築土木・米なんかは既に破滅的な値上がりになってて、

そこまでではなくとも物流も値上がりしててる

次値上がりが来るとしたら上下水道ガス・介護・米以外の農作物魚介類かなあ

需要が落ちにくい(医療介護インフラ物流など)

現場資格/熟練依存運転設備管理水道電気工事等)

③ 若年流入が弱い/平均年齢が高い

④ 省人化の限界がある(現地対応・対人サービス

価格転嫁やす構造BtoB委託公共料金保険公費

“次に値上がりが来る領域ランキング(〜2030)

物流トラック輸送倉庫作業の一部)

 供給力不足が数字で出ており、運賃・付帯料金に転嫁されやすい(2030年度に輸送力34%不足見込み)。

地域公共交通バス路線維持コスト

 運転手が2030年必要人員28%不足(不足3.6万人)見込みで、減便→単価上昇(委託費・運賃改定)に繋がりやすい。

建設新築よりも、改修・補修・小規模工事ほど効きやすい)

 建設技能労働者は5年ごと約7〜8%減で、2025年時点で50歳以上が約半数→人件費工事単価に直撃。

上下水道維持管理点検・漏水対応・管路更新

 自治体職員現場作業側も減り、老朽管は増える一方。人材不足点検/更新品質や漏水リスクに波及し、料金改定委託費上昇が起きやすい。

保育(人員配置が厳格=賃上げが“価格”に反映されやすい)

 保育士有効求人倍率が高止まり(例:令和7年1月 全国3.78倍)。確保コストが公定価格自治体補助・利用者負担に跳ねやすい。

電力系統(送配電の更新工事保全の人手)

 1970年代設備更新期に入り工事量が増える一方、作業員減少・技術承継が課題、と明示。工事単価・保全委託費が上がりやすい。

農業(とくに“個人経営×基盤作物”の供給

 基幹的農業従事者は減少(2020年は136万人、2015年比22%減)かつ65歳以上が70%で、担い手制約が価格変動を増幅しやすい。

施設管理ビルメン設備保守・清掃など“現場常駐”系)

 代替自動化余地限定的で、人件費管理費に直結。※公的な需給推計が揃いにくいので不確実性は高め。

“次に値上がりが来る領域ランキング(〜2040)

介護(在宅・施設とも)

 需要構造的に増え、必要職員数は2040年度に約272万人(2022年度比+約57万人)と推計。人件費上昇が報酬自己負担・周辺サービス価格に波及しやすい。

上下水道更新本丸が2040に近づく)

 人材不足が“将来の技術継承断絶・更新遅延”に直結しうる、と整理されている領域。広域化/PPPでも人材ボトルネックになりやすい。

送配電・電力インフラ工事更新需要変化)

 更新工事物量増+作業員減+技術承継課題がセットで示されており、長期ほど効く。

建設維持管理更新橋梁トンネル建物改修)

 技能労働者の減少率が大きくなる見込み(5年ごと約7〜8%減、減少率は徐々に拡大)で、長期ほど工事単価に効く。

物流(“輸送力不足”が残る前提だと長期でも強い)

 2030での不足が明示されているため、対策自動化共同配送等)が追いつかない場合は2040でも高止まりやすい。

農業供給の細り+気候/資材要因で価格の振れが増幅)

 担い手高齢化構造が強く、産地維持コストが上がりやすい。

地域公共交通バス以外も含む“運行担い手”)

 2030時点の不足が既に大きいので、運行維持コストは長期でも上がりやすい。

保育・教育周辺領域放課後特別支援、送迎など)

 人員配置が必要な“ケア労働”ほど、賃金上昇が単価に反映されやすい(保育士求人倍率の高さが示唆)。

2025-12-14

日本は、 移民を増やさなしか労働力は欲しい ただし定住・家族化は抑制 という矛盾した設計

結果として、

外国人短期滞在

貯金ができれば他国へ移動

税・社会保険の長期担い手にならない

構造になりやすい。

6. 帰結:誰が最後負担するのか

この構造の中で最も影響を受けるのは、

日本しか住めない人

日本に住み続けたい人

移動できない現役世代

である

人口が増えなければ、

負担は一人当たりで上がり

インフラは縮小・劣化

治安生活の質が低下する

これは感情論ではなく、システム上の帰結だ。

7. 結論

日本問題は「移民賛成・反対」という価値観ではない。

人口

インフラ

労働力

をどう循環させるかという設計問題である

日本は今のところ、

統合コストを避け

人口減少を受け入れ

住民一人当たりの負担増に依存

する道を進んでいる。

2025-12-11

和人主義キャンセルカルチャーだった!?-與那覇潤の経過観察-

https://note.com/yonahajun/n/n9f8fac28b86e

久しぶりに與那覇を見たけど「令和人主義」がキャンセルカルチャーだったんだよ!と言っていた。

な、なんだって!?

さすがはホンモノ與那覇さんだぜ!すげー!

んなわけあるかい

はい、今回も来ました與那覇妄想コーナーです。とうとうここまで来ました。

一つ聞きたいんですけど令和人主義という言葉を発した谷川さんって誰をキャンセルしたんですか?

もうこの人にかかれば気に入らない奴らを全部ぶち込むのがキャンセルカルチャーなのだろう。

キャンセルカルチャーとは、だれかを恣意的に失職させたり、退場させることをいうのだが、與那覇妄想連想ゲームにかかれば令和人主義キャンセルカルチャーらしい。

バカ休み休み言えと言いたい。こんな妄想だらけの連想ゲームに付き合う者など誰もいないだろう。

ちなみに、與那覇連想ゲームにかかれば與那覇懇意にしている上野千鶴子宇野常寛キャンセルカルチャー一派ということになる。

すでに周知の通りかの草津町冤罪事件には上野にも責任の一端がある。

宇野は何を隠そう與那覇が愚弄する谷川と一緒に仕事をしている。

https://x.com/i/status/1998497915803947190

那覇に言わせれば谷川なんていうケシカランやつと一緒に仕事してる宇野キャンセルカルチャー同業者だろう。それくらい與那覇議論杜撰ものである

このように究極のキャンセルカルチャー事件当事者である上野を與那覇が崇めるのは不可解であるし、谷川懇意にしている宇野と絶縁しないのも不可解だ。

まり、與那覇にとってはもはやキャンセルカルチャーすらも自分地位を示す道具に過ぎず、その中に思想も考えもまるでないのである

誰かと誰かが仲良くしたり、絶賛したらその一派として罵倒する。こんな妄想に付き合っているほど普通の人はヒマじゃない。

那覇谷川を「実際にSNSが始まった平成期に比べても、「令和人主義」の担い手異論への耐性が低いらしい。違う感性の人は "いない" ことを、内心で前提にしていれば、批判への免疫ができず、ブロックして引きこもることにもなる」と愚弄している。ここからは與那覇がフェアな言論であると誤認しそうになるが、すでに何度も繰り返したとおり批判に対して全く応答しなかったのは他でもない與那覇自身である

https://kscykscy.exblog.jp/18241381/

https://watashinim.exblog.jp/18496216/

すでに繰り返してきたことだが與那覇他人批判に対する態度を論難する資格は全くない。

ちなみに、與那覇支離滅裂ぶりについては向野正弘が痛烈に批判しているので、こちらをご覧いただきたい。

https://researchmap.jp/kouno-masahiro/misc

「与那覇氏(原文ママ)の到達した境地は、私がかつて危惧した「非実証歴史学」の段階を離れて、反実証的は神秘主義的な段階にあるように思われるのである」(「インターネット論壇における「非実証歴史学」「反実証歴史学」の行方」p.36)とまで言われて一切反論しない與那覇妄想に引きこもっていると言われても文句は言えまい。

当然、與那覇はこの向野の批判無視している。谷川ももし與那覇反論するなら「與那覇さんのやり方をリスペクトしているだけです」と返せば仕舞である。與那覇は返す言葉もないだろう。

もし與那覇が「ホンモノ」を自称するならまずは『中国化する日本』で受けた批判から遡ってなぜ自分今日まで批判黙殺してきたかあるいはブロックしてきたかを釈明してもらいたいところである

ちなみに、與那覇には天敵がいる。yunishioという人物である

https://bsky.app/profile/yunishio.bsky.social/post/3lhvappgeo22r

與那覇潤さんについては、デビュー作『中国化する日本』を出したときから、あれをインチキだと見抜いたオレがえらい。🥳

歴史学会は、あれを「賛否両論」とか「稀代の怪作」とか、暗にインチキだと匂わせつつ表面的には好意的に見えるような紹介をしていたのが、のちのちの災いの種を育ててしまった責任があると思う。

歴史を知らない各メディアに取り上げられ、好意的書評をもらい、與那覇潤さんを増長させてしまった。あのとき息の根を絶つべきだったと思うね。🙂

「息の根を絶つ」とまで言われているにもかかわらず與那覇はこの発言に一切反応していない。というのも、このyunishioは與那覇twitterの時に相当やりあっていたようである

ちなみに與那覇は嶋理人のblueskyの投稿批判していたから、この投稿を知らないなどとは考えにくい。つまり知っててあえて無視したのである

yunishioと與那覇のやり取りは與那覇アカウントを閉じてしまったので復元が難しいが、断片的にやり取りは確認できる。

「「アカデミズム」に命令ですか、随分お偉いんですね。 RT @yunishio 與那覇先生に怨みでもあるんか、みたいに思われそう。苛立つのは與那覇先生のことじゃなく、あんな若手研究者の粗雑な立論をアカデミズムが無邪気に称揚しちゃってていいのか?いやもうちょい距離置こうよwwって感覚

https://twitter.com/#!/jyonaha/status/195724094082256896

kscykscyのブログより引用。「アカデミズム」に命令ですか、随分お偉いんですね。というのは與那覇発言であるが今とは隔世の感すらある。今與那覇にこれを言ったら彼は何というだろうか。

結局與那覇はyunishioにかなわなかったようで、今でもyunishioのことは避けているようである

しかもこのポストには與那覇不倶戴天相手嶋理人がいいねを付けているにもかかわらず、である

かつて小谷野敦が與那覇の本に上野が推薦文を書いたことを「独ソ不可侵条約」になぞらえたことを、自分ヒトラーになぞらえるとは!と激怒したほどの與那覇が、である

https://note.com/kakio_ja/n/n3a3ec24a03be

普通なら嶋もまとめて「私に死ねというのかああああえええええ!?誹謗中傷かああ!?」とぶちぎれてもおかしくはないのだが。

ここから分かることは「ホンモノ」とは他者をかつての「中国化」「江戸化」のようなテキトー概念に放り込んで罵倒して愚弄し、自分存在意義証明しようとする哀れな独り言を弄する人間に過ぎないということである。そして核心的な批判意見は一切無視するのがホンモノ流である。よく覚えておくように。これから批判無視するな!」と與那覇攻撃してきたらみんなであのブログを引っ張り出して「ホンモノリスペクトです!」と言えばいい。與那覇は何も言い返せないだろう。

そのような人物をまともな批評家として扱うこと自体そもそもおかしいのかもしれない。

那覇がこの記事反論することは決してないと確信をもって言える。なぜなら、ここには與那覇が「ブロック」してきた都合の悪い事実が横たわっているかである

さいごにもうひとつ那覇キラーのyunishioの投稿を紹介しておく。

https://bsky.app/profile/yunishio.bsky.social/post/3lhvbtrrjfk2s

バカげた主張には、その場その場できちんと「バカにする」ことが大切だなと。

バカげた主張を放置すると、あとあと手が付けられなくなるほど繁殖蔓延するよ。

バカげた主張がなされるバカげた状況をバカにせず、誠実に「バカにする」姿勢を保つの大事。😊

今の與那覇にはバカにする価値があるかどうか。今の與那覇は手が付けられなくなっているが、はたしてどこまでいくのだろうか。ちなみにこのyunishioの愚弄も與那覇は一切無視している。無視したということは事実と確定したということでいいのだろうか。

キャンセルカルチャーとまでは言わないが、この與那覇惨状を見てもなおこの人と仕事がしたいと思う人は果たしてどれほどいるんだろうか。自分自分の評判を下げ続けている奇妙なホンモノであった・・・

2025-12-10

anond:20251210145731

世帯分離はソーシャルワーカーケアマネいれて何度も相談してるけど、

実態として俺・・・一応健康で働いている40台の介護担い手が同居しているからだめなんだと

2025-11-30

anond:20251130145750

その③

AI技術進歩して仕事代替する中で、まずホワイトカラー仕事を飲み込み、逆にブルーカラーのほうが価値を取り戻すっていう流れは本当に起こるのか。

もう始まっている領域も多くて、2030年代が大きな転換点になりそうだと言われている。

 

それは、今のAIは「頭の仕事」のほうが得意だから

文書作成企画分析経理法務コールセンター、バックオフィス。こういう認知労働はどんどん代替されていく。

一方で、建設介護配送みたいな身体性と例外対応が入り混じった仕事は、ロボットが苦手とする部分がまだ多く、人間のほうがはるかに柔軟。

結果、ホワイトカラー供給過剰になり、ブルーカラー慢性的人手不足で、賃金の流れが逆転するという流れ。

 

これは歴史的にもあった話で、自動化が進むタイミングでは、むしろ現場熟練労働者価値を高めた例がある。

から今回のAIでも同じ構造が起きる可能性は高いとされる。とくに日本みたいに若い労働力が減っていて、身体労働担い手そもそも足りない国では、この逆転現象はかなりはっきり出るっぽい。

 

流れとしては、2025〜2030年あたりにホワイトカラー代替が一気に進み、文系総合職採用が縮み、事務営業補助の大部分がAIで回るようになる。

その横で建設介護はむしろ賃金が上がり、現場価値が戻る前兆が見え始める。

2030〜2035年になると、法務会計企画など中核のホワイトカラー領域が深く置き換えられ、本格的な逆転が進行する。

大学の進路の選び方すら変わるレベルで、職種間の価値観がひっくり返る。2035〜2040年にはロボット化の波が現場にも広がるが、それでも完全代替は難しく、人間ブルーカラー価値はしばらく維持される。

その後2040年代には自動化が全体へと浸透し、ホワイトブルーの逆転そのものはゆるやかに薄れていく…と予想されるらしい。

 

もし逆転が起きたら、ホワイトカラー所得は下がり、中間層は縮み、職人技術者のほうが存在感を取り戻すような社会になる。

文系エリート権威は弱まり地方産業価値が上がっていくような変化も起こる。

逆に、ロボット技術が急激に進歩してブルーカラーまで瞬時に代替されたり、移民が大量に流入したり、国家AI利益を強く独占する体制になると、この逆転は弱まる可能性もある。

 

とはいえ日本人口構造を考えると、この現象は起こりやすい側に振れていて、2030〜2040年あたりが最も大きく社会が揺れる時期になる…

これは新たな「ノストラダムスの大予言」みたいだな。

2025-11-28

DX推進の現場で、最初に倒れる人の話

■1.職場の“気圧”

職場には、天気のようなものがある。

季節と無関係に移り変わる、独自の気圧だ。

  

朝の会議上司が開口一番、「全社的なDX推進が……」と言い出すと、

その瞬間、風向きが変わる。

  

上司の号令とは、天気予報だ。

  • 雨が降るらしい。
  • 風が強くなるらしい。
  • 午後は局地的に激しい雷雨が発生するでしょう。

  

からどう、というわけでもない。

我々一兵卒は、傘を持つかどうかを各自判断するだけ。

号令が晴れを告げても、職場は土砂降りになることのほうが多い。

  

■2.武器が来た

武器が来るのはよいことだ。

  

「最新のAIツールを全員に支給します。

マニュアルURLを貼っておくので、各自、隙間時間で習熟を」

  

晴れのち暴風雨

  

武器は用意した。

訓練はなし。

よし、戦場だ。

  

「風が強くなる」という自然現象を言い渡すだけのような軽さだ。

  

自然災害であれば諦めもつくだろうけど、

戦場の天気は号令が作っている。

  

■3.最初死ぬ兵士

このDXという名の戦場で、最初死体袋に入るのは、

真正から突撃する無謀な奴でも、

戦線離脱を企む怠け者でもない。

  

やる気があって、そこそこ詳しい兵士だ。

  

彼らは勘が良く、好奇心旺盛で、責任感が強い。

本来なら組織を支える貴重な人材だ。

  

だが、戦場は、その貴重さを理解はしない。

  

ツールの使い方を一度でも覚えれば、

周囲の未訓練兵——ひょっとしたら上官さえも——が殺到する。

• 「これどうやるの?」

• 「ログインできないんだけど」

• 「前のやり方じゃダメ君ならできるでしょ」

気がつけば彼らは、

業務非公式ヘルプデスク愚痴聞き係

三役を無給で担わされる。

  

そして陰で言われる。

  

最近あいつ、パソコンばかりいじって本業サボってるよな」

  

これが、戦死前兆だ。

  

■4.塹壕の奥で

反対に、本当に賢い(あるいは狡猾な)者たちは、支給されたツールを一切触らない。

  

「私には難しくて……」と眉を寄せながら、

古びた竹槍——紙とExcelPowerPoint——を磨き続ける。

  

「訓練されていないのだから、使えないのは私のせいではない」

  

この鉄壁論理を前に、上官も周囲も何も言えない。

  

彼らは理解している。

ツールを触れば触ったで面倒な未来が見えるし、

触らなければ触らないで何も起こらないということを。

  

から塹壕の奥深くで息を殺し、ただ雨がやむのを待つ。

  

そして前線では、好奇心善意が強い兵が一人、また一人と倒れていく。

何一つ評価されないまま。

  

■5.戦死にはドラマはない

戦死は静かだ。叫び声も、銃声もない。

ふっと溢れるように心が折れ、その時が訪れる。

業務の穴は残業で埋め

勝手に増えた担当をこなし

• 悩みがあっても相談先は見当たらず

• 何をしても当たり前の扱いで

• 見つけた相談先では「有識者を探して聞け」

  

から、いつの間にか、彼ら、彼女らは姿を消す。

  

退職届を置いたり、

心を壊したり、

異動を希望したり。

  

残された机には、

開かれたままのブラウザと、冷めたコーヒー。まるで「休憩中です」と言いたげで。

最後の力で作った引継資料は、ファイルサーバーの奥でほこりかぶっている。

誰に参照されることもなく、引継がれることもなく。

  

誰も、その死を大げさに語らない。

天気が悪かった日の、ただの“被害者”として処理される。

  

事務処理だけは正確で、「担当者変更のお知らせ」は予定通り届く。

  

■6.残されたメモ

死んだ兵士メモが見つかることがある。共有フォルダの13階層目あたりに。

そこには、こう書かれていた。

  

善意は防具にならない

責任感は甲冑にならない

• 「できる」は弱点

褒め言葉銃弾

• 「任せられる」は徴兵

• 生き残る者は、最初から前に出ない者だけ

  

そして最後の一行に。

  

「役に立とうとした。それがいけなかった。」

  

言葉残酷に響くけど、天気を変えることなどできはしない。

これ以上の説明不要だろう。

  

■7.今日天気予報

さて、今日会議室では新しい予報が出された。

  

AI活用を全社で!」

市民開発を推進!」

社員全員が変革の担い手に!」

  

予報士は元気だ。

天気を変えられないのに、元気だ。

  

私はもう傘を差さない。

濡れるのに慣れたわけではない。

傘を差した瞬間、「任せられる」の徴兵票が届くのだから

  

から塹壕の底で、今日の嵐が過ぎ去るのを静かに待つ。

  

天気は勝手に変わる。

戦場勝手に荒れる。

そして人は勝手死ぬ

  

それだけの話なんだろうと思う。

  

■8.終わりに

DXという旗が新調され、

AIという武器が幾度となく配られ、

いくつの兵が死んでいっても——

  

天気は、ただ天気として流れていく。

  

我々一兵卒は、

その中で静かに呼吸し、

かに死んでいく。

  

一兵卒がいなくなった程度で止まるほど、 この戦場は繊細ではない。

死んだ兵の分の業務は、天気と同じように自然発生する。

残された者たちが、何も言わず埋めていく。

  

そして戦場は続く。

死んだ兵なんて、いなかったかのように。

  

今日天気予報は「快晴」だ。

磨かれて光る竹槍の上に、「DX推進済み」という看板が立つ。

  

明日天気予報は続く。「変革を」「改革を」「推進を」と。

死者は静かだが、天気予報だけは騒がしい。

2025-10-31

漫画家協会への反論声明

生成AI時代創作権利をめぐる歪んだ主張への反論声明

2025年10月31日

1.文化全体を人質に取る業界自己防衛

本日発表された「生成AI時代創作権利のあり方に関する共同声明」は、表面上は高尚な倫理を装いながら、実際には旧来の出版映像業界が自らの利権支配を維持するために発した時代錯誤の自己防衛声明にすぎません。文化担い手を名乗りながら、彼らは文化を盾にして独占し、創作自由を自らの縄張りに囲い込もうとしていますAIという新たな知的基盤を「脅威」と決めつけ、法律科学事実を踏みにじってまで、自分たちの都合に合わせた“新しい原則”を作り出そうとする姿勢は、文化の発展を自ら人質に取る行為と言わざるを得ません。

2.法治国家を軽視する恣意的な主張

声明で繰り返される「オプトイン原則」なる主張は、法的根拠のない作り話にすぎません。日本著作権法第30条の4は、情報解析、すなわち機械学習適法行為として明確に認めています。これは国会正式に審議され、国際的にも承認された条文です。それをあたか存在しないかのように無視し、独自の“原則”をでっち上げているのは、法の支配自分たち感情で上書きしようとする行為にほかなりません。法治国家の根幹を軽んじるこうした態度こそ、社会にとって最大の脅威です。

3.国際条約の名を借りた虚偽の論法

声明では「WIPO著作権条約原則にも反する」との一文が見られますが、これは国際法理解していないか、あるいは意図的に誤解させる表現です。WIPO著作権条約10条は、各国が技術革新との調和を図るために例外を設けることを明確に認めています日本著作権法第30条の4は、その条項に基づく正当な立法です。にもかかわらず、これを「国際的に反する」と断じるのは、国際法権威を自らの商業利益のために悪用する詭弁にすぎません。法を装いながら法を捻じ曲げる態度は、文化への裏切りです。

4.科学理解せずに技術を縛る危うさ

声明要求する「学習データの透明性」は、AI技術の基本構造理解していない人々の発想です。生成AI著作物を丸ごと保存しているわけではなく、膨大な情報数学的に抽象化して学習しています。どの作品学習したのかを特定することは、理論的にも不可能です。にもかかわらず、それを“透明性”という美辞麗句で求めるのは、AI研究を停止させるための方便に見えます理解できない技術を「危険」と断じて封じ込めようとする態度は、科学否定であり、知の進歩への挑戦です。

5.文化を守るふりをして文化を殺す

著作権法第1条は、「著作物の公正な利用を通じて文化の発展に寄与する」ことを目的としています声明はこの理念を真っ向から踏みにじり、創作自由業界利権で縛りつけようとしています。もし学習をすべて許諾制にすれば、日本AI研究は立ち行かなくなり、創作自身AI支援という新しい表現手段を奪われるでしょう。つまり、彼らは「創作者を守る」と言いながら、実際には創作未来を殺そうとしているのです。

6.倫理を盾にした特権固定化

声明全体に共通するのは、「自分たちけが正義である」という思い込みです。AI学習されることを「搾取」と呼びながら、彼ら自身は長年、他人文化引用し、再構成してきました。著作物の「利用」は自分たち権利であり、AIの「利用」は侵害だという二重基準は、もはや論理ではなく自己保身のための感情論です。著作権を対価交渉武器に変え、創作自由を締めつける構図は、文化産業ではなく利権産業の姿です。

7.未来に向けて

AI人間創造性を奪うものではなく、拡張するものです。学習犯罪扱いし、技術革新を恐れ、自由な発想を封じることこそ、文化への裏切りです。私たちは、旧来の特権構造に縛られた声ではなく、法と科学自由原理を信じる社会の声を支持します。AI人間創造性は対立するものではなく、共に進むべき文明の両輪です。文化を守るとは、未来を拒むことではなく、未来に開かれることです。

【発出者】

生成AI自由文化未来を守る会

2025-10-30

駆除

戦後

駆除の全盛期。

北海道ではヤマザキ春の熊祭りが開催されるなど熊を狩りに狩りまくった。

その結果、熊が減りすぎて一部地域では絶滅寸前まで到達。

 

1990年代

流石にやりすぎたと反省

ヤマザキ春の熊祭り廃止全国的保護政策がとられる。

 

2010年代以降:

一気に増えて再び獣害に人類は悩まされることに。

 

減反と一緒で「どんだけやるか」の匙加減って難しいよな。

しかも一回減らすってなると担い手自体も減っていくのがより難しい。

 

過激派からすれば「絶滅させればええやん」ってなるかもしれんけど、

そうしたらそうしたで山の環境がどうなるかは誰にもわからん

仮に今から本気出して絶滅させたら2040年頃にはドエラいことになってる可能性もあるわけやし。

毛沢東っていう偉大な先人もおるしな。

2025-10-22

労働者派遣事業増加の真因:法改正ではなく社会構造の変化

労働者派遣(以下、派遣)の事業規模が拡大した要因として、一般1980年代から繰り返された労働者派遣法の規制緩和が挙げられがちだ。しかし、この見方事象の一面しか捉えていない。派遣の増加は、法制度の変更に後押しされたというより、むしろ日本産業社会構造根本的な変化が先にあって、そのニーズに応える形で法が追認・整備されていった結果と解釈すべきである派遣増加の真の原因は、主に以下の二点にあると考える。

1. 男女雇用機会均等法がもたらした事務職の変質

1986年男女雇用機会均等法施行は、企業採用慣行に大きな転機をもたらした。それ以前、特に大企業一般事務職は、多くの女性にとって「寿退社」を前提とした長期雇用を前提としないキャリア入り口であり、新卒女性の安定した就職先であった。しかし、均等法の施行により、女性男性と同様に総合職としてキャリアを積む道が開かれたことで、優秀な女性の多くが総合職志向するようになった。

結果として、企業一般事務職担い手不足に直面する。従来の「(一般職の)女性社員が恒常的に担う」という体制崩壊し、企業定型的な事務作業を、長期的な雇用責任を負わない外部の労働力に切り出す必要に迫られた。これが、特に均等法施行後の1990年代以降の派遣、とりわけオフィスワーク分野における派遣の急増の決定的な引き金となったのである。均等法は女性キャリアを向上させた一方で、企業にとっての定型業務の人材確保方法を一変させた。

2. 製造業における技術革新熟練工の非必要

派遣のもう一つの主要な増加要因は、製造業における技術革新特にFAファクトリーオートメーション)の進展である。かつて日本製造業を支えていたのは、特定機械操作や手作業熟練した「職能工」であった。彼らは長年の経験に基づく「勘」と「技能」で品質担保していた。

しかし、NC(数値制御工作機械ロボットの導入、そして生産ライン全体の自動化が進むにつれて、特定熟練技能を要する作業が激減した。求められるのは、高度な専門技能ではなく、マニュアルに従って機械操作監視する定型的な作業へと変化した。これにより、企業熟練工(正社員)を大量に維持する必要がなくなり、マニュアル教育短期間に戦力化できる労働力を、生産量の増減に応じて柔軟に調整したいというニーズが高まった。

このニーズ合致したのが、派遣という柔軟な雇用形態である派遣労働者は、企業にとって必要な時期に必要な人数を補充でき、コスト変動費化を可能にした。結果、製造業における派遣労働者の利用が急増することとなった(2000年代以降、製造業への派遣が段階的に解禁されたこともこの流れを加速させた)。

結論

労働者派遣の増加は、法改正という政策的要因に主導されたのではなく、「男女雇用機会均等法による事務職担い手の変化」と「技術革新による職能工の非必要化」という、日本労働市場における構造的な変化によって内側から引き起こされた現象である派遣法の改正は、社会がすでに生み出したこれらの新しい労働需要を、後追いで法的に容認制度化したものに過ぎないのである

労働市場の現状を理解するには、法制度ではなく、社会産業構造根本的な変化に目を向ける必要がある。

anond:20251022193951

2025-10-15

立憲共産党には日本未来のため末永く存続してほしい

立憲民主党共産党は、正直言って政権を担う現実味ほとんどない。安全保障夢物語経済政策抽象的、選挙戦術も迷走気味。政治的影響力は限定的で、「野党ごっこ」と揶揄されても仕方がない面はある。

だが、この「頼りない二党」を完全に切り捨てるのは早計だ。実は、日本の政治において極めて重要な「構造的な役割」を、本人たちの自覚とは別に果たしている。それが、シルバーデモクラシー暴走を防ぐ安全弁としての機能だ。

日本では65歳以上の有権者が3割を超え、投票率も高い。この高齢者票が一枚岩になれば、政治年金医療介護だけの世界になる。若者向けの政策は霞んで消える。ところが現実には、高齢者票は自民党に集中していない。相当数が立憲民主党共産党に流れている。

まりこの二党は、「高齢者票を分散させる」という、ある意味で極めて重要仕事をしている。本人たちはそんなつもりはないだろうが、結果的に一党支配的なシルバーデモクラシーを防いでいるのだ。

しかも彼らは、政権を取る力がない。だからこそ、高齢者票を吸収しながらも、政治権力の中枢を握ることはない。この絶妙な「野党ポジション」が、高齢者票の一極集中を抑えているとも言える。もし仮に立憲・共産現実的な政策を掲げ、高齢者を一手に取り込んだら、それこそ銀色の一党支配である

皮肉な話だが、立憲民主党共産党は、政権交代の担い手としてではなく、「いてくれることで政治バランスが保たれている」存在だ。

結論を言えば――彼らには末永く存続してもらった方がいい。政治的には頼りなくても、構造的には非常に便利な存在からだ。

2025-10-07

anond:20251007072122

株がいくら上がっても、それを価値に変える人や現物がなければただの紙切れなんだ。富士山の頂上で「金はいくらでも出すから寿司10貫と熱い茶を出してくれ」って言っても数千円では実現できない。担い手のいない社会での金の価値は本当につまらないものだよ。まあ、富裕層は、株を現金化して、カンボジアとかベトナムとかタイとかの安いところで贅沢できるんだろう。しか国土は荒廃し、治安は最悪になっていく。鉄やシリコンや燃料が値上がりして水道下水管橋のメンテができない。少子化で弱ったところに中国ソフト物理力で進撃してきたら先祖代々の田畑もいつのまにか中国語が共通語になっているかもね。もう実際かなり水源地や山間部の中国の買い取りは進んでいるのでは?

2025-10-05

anond:20251005003309

けど、はてな民も平気な顔して給料上げろって言いながら、低賃金労働担い手として移民必要だとかい真逆のこと言ってるやん

低賃金労働需要満たす奴隷買いながら、どうやって低賃金労働者の給料上げるんだよ

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