はてなキーワード: 布石とは
あ、あと転を一番いいシーンだと考えるといいんじゃないかな。それまでキャラが積み重ねてきたものを壊すことが転ではないんですよね。キャラがやってきたことの集大成を見せるところなのかなと思うんですよ。だからそこで話がひっくり返ることもあるだろうし、ひっくり返らずに積み重なることもあるだろうし。今までしてきたことが全部集まってこうなっちゃう、っていう感じ。こうなるべき布石みたいなものが必要ということにもなるんですけど。野球でいうと、「あの時の走塁がここで功を奏してくるとはね!」みたいな(笑)。野球まんがで突然「相手選手が食中毒になる」みたいなことを起こして、それで勝ったとしても、何か違うなあ、と思ってしまいますよね。
<編集長>
以前、それをグラスに例えた作家さんがいました。「転」はグラスからあふれた最後の一滴だと。みんな、その一滴に注目してしまうけれど、本当はそれまでグラスの中にたまっていたもの……そこまで積み重ねてきたもののほうが大事なのではないか、ということですよね。
https://betsuma.shueisha.co.jp/contribute/nameschool/06.html
switch版をswitch2でプレイ。switchは何で発売したレベルで遊べないけど、switch2でならなんとか遊べる。
プレイ時間は83時間ぐらい。昔ながらの不親切で不便なJRPGという感じだった。
ストーリーは可もなく大きな不可もなく。
色々所感。全体的に本当に色々不便。UIは良くない。
仲間。
文句は大量にあるけど、昔ながらのJRPGだと思えばまあ普通に遊べる。
ただ、色々現代のゲームとは思えないぐらい不便だし、不親切。出来もよくない。switch2だとギリ遊べるけどおすすめはしない。switchはロード遅すぎて遊べない。
それでもそれなりには楽しめたと思う。おしまい。
大前提として、尾田先生へのリスペクトは今も微塵も揺らいでいない。週刊連載という過酷な環境下で、30年近くジャンプの看板を背負い、第一線を走り続けている。とても人間業とは思えないし、奇跡と言っても過言ではないだろう。
何よりもしんどいのは、麦わらの一味の、いや一味に限らず長年愛してきた既存キャラクターたちの扱いが、目を覆いたくなるほど疎かになっていることだ。
私の心が折れたのは、巷でも物議を醸した、エルバフにおけるウソップの扱いである。
リトルガーデン編を読んで以来、ウソップがエルバフに至るまでどんな活躍を見せ、いかにして「勇敢なる海の戦士」へと成長するのか、何年も胸を躍らせて待っていた。にも関わらず実際に描かれたのは期待を裏切るような姿だった。
不評を察して慌てて差し込まれたような、薄っぺらで付け焼き刃のスピーチが読みたかったわけじゃない。
私が見たかったのは、ボロボロになりながら、格上の敵に当たって砕けて、それでも知恵と勇気で辛勝をもぎ取る、あの泥臭くて憎めないウソップが成長した姿だ。
そもそもウソップは、病床の母を励ますために「海賊が来た、父ちゃんが帰って来たんだ」と嘘をつき、両親を亡くした心痛から病床に伏すことが多かったカヤのために嘘の冒険譚を語る、誰かを救うための「嘘」を吐く漢だったはずなのだ。
だがワノ国では、偽薬を売る“ガマの油売り”として描かれ、その嘘を信じて父を救おうとしたおトコに対し、明確な贖罪もないまま終わってしまった。
もちろん、ウソップ含め、ワンピースのキャラクターに清廉潔白さや完璧さを求めているわけではない。むしろ失敗はいくらでもあっていい。ただ、それを泥臭く乗り越える過程こそが魅力だったはずだ
最近はこうした、過去の積み重ねを裏切るような描写が少なくない。そのたびに、作者への信頼が揺らいでいく。何か意図があるのかもしれない、後の展開への布石かもしれない、そう信じて待ちたい気持ちさえ、応えられることのない虚しい期待に終わってしまう。
この不信感は、ゾロのバックボーンの扱いにも通じている。スリラーバーク編から示唆されていたリューマとの繋がりや血筋の話が、物語の深部に組み込まれることなく、最終的にSBSで事務的に明かされたことには強い落胆を覚えた。
そもそも、5年という長い時間を費やしたワノ国編で、本筋に関わる大きな謎として明かされたのはプルトンの在処くらいで、それすら決戦後に数ページで処理されてしまった。ワノ国の人々がその秘密をどう語り継ぎ、どんな歴史的背景を背負ってきたのかといった部分はほとんど描かれていない。
その一方で、太陽の神ニカ、ロジャーたちがラフテルで笑った理由、オーロ・ジャクソン号の巨大な卵、ヒノキズの男、ルフィの夢の果てなど、「伏線」という名の新設定ばかりが、既存キャラの描写を押し退けるようにして際限なく追加されていく。
しかし、それら新設定を担うキャラクターや世界観が、かつてのような魅力を持っているかと言われると、正直疑問が残る。伝説のバーゲンセールのような状態で、かつてのロジャーに感じた底知れなさや未知への期待を超えることはない。
おでんやロックスやハラルドにしても、「どれだけ凄まじい規格外の行動をしたか」という武勇伝の羅列が中心で、その行動の根源にあるはずの血の通った人間性と、その人間性に説得力を持たせるための掘り下げの描写が十分になされていないように思う。伝説を伝説たらしめるための「凄さの演出」が先行しすぎていて、彼らがどれだけ活躍しても記号的な凄さ以上の印象が残らない。
エルバフ編のメインゲストキャラとも言えるロキでさえ、十分魅力的に描けているとは言い難い。彼の語りから始まったはずの回想は、突如ナレーターにマイクを奪われ、ロキ自身が直接関与していないゴッドバレー編が物語の中心となった挙句、ロキと彼の父ハラルドの親子物語は、まるで「おまけ」のエピローグのような扱いに成り下がっていった。
さらに最近では、五老星に謁見し「ある海賊について話がある」と発言したあのシャンクス似の男の正体が、実はシャムロックであったという衝撃の事実さえもSBSで開示されてしまった。
本来であればあの場で言及された「ある海賊」が誰なのかを明かすタイミングこそが、「なぜあれはシャンクスではなかったのか」「どんな背景と意図を持った発言だったのか」が結びつく、読者にとっての答え合わせの瞬間になり得たはずだ。
それを物語の中ではなく、SBSという形で先に明かしてしまうのは、せっかく成立し得た「伏線回収」を自ら手放しているようなものだ。
「最終章で尺がないから設定開示がSBS送りになるのも仕方ない」という擁護をよく耳にするが、エルバフ編冒頭で突如差し込まれた「レゴの城で迷子になる」という、コラボ商品の販促のようなアニオリ的「遊び」を描く余裕があるなら、できないなんてこともないはずだと、一読者たる素人は考えてしまう。これは見当違いだろうか。
新世界編後半で突如現れたイムvsニカという新設定を軸に、それらを補強するために新キャラが乱立し、既存のキャラクターが物語の端へ追いやられていく。追いやられるだけならまだしも、既存キャラの設定とは矛盾した、ともすると既存キャラの魅力を棄損しかねない描写が付け足されることすらある。
そして、乱立される新設定も、今の物語においては「新たな謎の匂わせ」で読者の期待感を煽るか、「設定の開示」という仮初のカタルシスを演出するための舞台装置に過ぎない。
この現状では、読者が20年以上積み上げてきたキャラクターへの情熱が置き去りにされていると読者が感じるのも無理はない。
これだけの連載期間を共にしてきて、一味を含めた既存キャラの成長や関係性、バックボーンがいまだに描写不足に感じられるこの現状が、悲しくて仕方がない。
麦わらの一味はいまや事あるごとに使い回された持ちギャグと「ルフィは海賊王になる男だ」という定型句を唱えるだけのbotのような扱いで、物語の核心である空白の百年の謎からは全くの蚊帳の外だ。
大好きだったワンピースをの最新話を読むと、悔しいながらも、反転アンチの言葉に頷いてしまう。
今のワンピースは楽しくない。
シーズン4が終わるのを目前に「なんかこのアクセルってキャラずっと使ってきたけど面白くねえな。ゲームシステムとの相性が悪いのに全然キャラ性能が対策できてないというか、確かに調整入って強くなったけど、単に攻撃力上がっただけでシステムと相性悪いのそのまんまだから、面白くなってないし低レベルのプレイヤーが激しく嫌がるような歪な調整だよね。次はもっと面白く変えられない?」と思いながら無い頭を捻って長期間かけて書いた文章です。noteに書くのは恥ずかしいのでここに吐き捨てます。長いけど====使えないのでごめんね
自分の技が届き相手の技が届かない位置にいれば相手は攻撃しても当たらない=リターンが得られないため、近づかれるまでは一方的に攻撃できるという超有利状況になる。リーチ差を保つために後ろに下がることで相手を遠ざけることもできるが、画面端という移動制限があり、これが実質的な第二の体力として機能する。
ガードは自動ではないため、近づこうとする際にガード入力に失敗してダメージが与えられる場合がある。
対地でリーチの長い技や飛び道具を避けるために前ジャンプをさせるなど相手にリアクションをさせることができ、接近のための移動オプション(ダッシュやジャンプ)に硬直が発生するなどガード不能の状況になる場合、相手に攻撃を確定させられる場面が存在する。(いわゆる飛ばせて落とす)
攻撃が出る前に食らい判定が前に伸びるため相手のリーチ外からの攻撃に潰される可能性があるが、逆に言えば長い技を潰すための相手の攻撃の空振りを誘発することができる。
ガード自体に何らかのゲージが減るなどリスクが発生する場合、技を当てなくてもガードさせることが得点できるという評価要因となる。
こうしたサイドビューで真正面に進み合うという格闘ゲームの構造上な必然として、根本的に遠距離戦中心というキャラクターの特徴が格闘ゲームとの相性が良い。しかし、良いために技が届かなくて近寄る側のほうがリスクが高いため遠距離戦を主導できるキャラのほうが強くなりやすく、逆に近寄る側にインセンティブを与える必要があり、相対的に弱くせざるを得ず、その意味で"相性が悪い"という側面も矛盾せずに存在する。
一部キャラを除いて地上ダッシュ動作中は常に攻撃やガード入力が可能で、ダッシュをキャンセルする事による硬直が発生しない。
ダッシュボタンによって方向キーをニュートラルにしたままダッシュできるため、ダッシュ中に方向キーを後ろに入れガードが成立するまでの時間が短くなり、ミスが発生しにくい。
ダッシュをキャンセルしてジャンプすることで慣性を付けることが可能。
空中ダッシュや二段ジャンプという空中での移動アクション後には着地硬直が発生する。また空中ダッシュは移動開始するまでが硬直時間になっている。
ジャンプして空中にいる間は常にガードが可能(空中ガードした場合地上に降ろされる)。
立P・6K・JPなどの対空技、2P・遠S・2HS・JS・鎌閃撃などの対地技を用いて遠距離戦が構成される。これらの技を用いて相手の技が届く間合いの外から攻撃がしやすい。
地上・空中に同時に攻撃できる技は硬直が長くガードされると反撃の確定する蝸牛を除いて基本的にない。
よって、対地技をジャンプで避けられたりジャンプ読みの対空技で地上にいる時に空振りするなどで硬直差不利になるリスクがある。
空振らない場合でも、自分の技が届かない間合いで技を振る必要がない一方で、ダッシュやジャンプなどの近づくための移動行動に硬直が発生しにくいことから、理論上は「遠距離技が当たるのは相手がガードをミスした時だけ」と考えることができる。
対空からのコンボは6P始動を除けば火力が高くリターンが高いのがアクセルの魅力だが、ガードしていれば崩すことはできず、2Sの届く近距離で飛ばれた場合の空中投げによるリスクのみに軽減される。
アクセル側としてはこれを見越して対空技を空中ガードをさせる(空中ガードするとリスクゲージ増加量が増える)ことでリスクゲージを溜めるのが狙いともなるが、リスクゲージは崩れたときに初めて意味を成すシステムであり、そのリスクゲージを活かせるのかという別の問題も発生する。
また、各通常技はガードさせた場合アクセル側の硬直差不利が発生し、通常技を出し切ると相手が近づくことができる時間が必ず発生する。
必殺技キャンセルを行うことで硬直のフォローが可能だが、発生の早い技が
・発生が早く広い攻撃範囲を持つがガードされた時に反撃が確定するほどの大幅な硬直差不利が発生する蝸牛
(発生が早いことによりダッシュガードミスを誘発しやすく飛び込みに対しても強い。また現状はかなり大きいノックバックが発生するため必ず確定反撃をもらうとは限らないが、確反がなくても相手に十分近寄られた上での読み合いが発生しやすい)
・発生が早いがリーチが短く差し返されやすいため遠距離技のフォローには使いづらい通常版虎落笛
その他は
・相手を大きく押し込みその後の派生技により硬直後の対応で的を絞らせないが発生の遅い鎌閃撃
・硬直差有利だが自身が後ろに移動する上に発生の遅い潦
・自身と同時に動ける多段飛び道具だが発生が非常に遅い溜め版虎落笛
と有利が取れる代わりに発生が遅く見てから対応されて近づかれるリスクの大きい技のため、遠距離で技を当て続けることで相手を遠ざけ近づかせないことは困難と言っていいだろう。
なお、相手をダウンさせた時や端から端の最遠距離であれば、安全に鎌閃撃や溜め版虎落笛を出すことができ、一方的または有利な状況となる。
ただしら鎌閃撃の読み合いは強化鬼灯だけはガードはしても食らわないようにすれば被害は低く収まり、強化鬼灯を避ける動きがあれば普通の鬼灯を出さざるを得ないため一方的な状況になりにくい。
溜め版虎落笛を出せば相手の行動を縛りながら前方へ移動できる、確実なラインの押し上げ手段と成り得る。
遠距離戦を続けることが相手の練度が高くなるとリターンが出せなくなっていくためそこまでメリットがないので、相手に鎌閃撃によって縛ることができていれば可能であれば虎落笛を出すことで押し上げて近距離戦に移るチャンスを伺うまたは継続して遠距離戦を行うという駆け引きを行ったほうが良い。
相手がガードを明確に解く瞬間は空中ダッシュを行ったとき、または自分に届くように相手が技を振ったときとなる。
空中ダッシュについてはアクセル対策として極力出さないようにする、特に飛び込み攻撃は行わないのが基本であり、アクセル側はこの少ないチャンスをモノにしなければならない。もちろん1ミスは許容と空ダを落とされたらバーストしてくるような相手の戦略もある。
アクセルは他のキャラと違ってリーチが非常に長いP系の通常技も硬直が終わるまでキャンセルできるという特性があるため、上記の遠距離戦からさらにお互いが接近した中距離戦、特に相手の遠Sも届きやすい距離の2Pをガードさせた後も技後の硬直を必殺技でフォローしやすい。
2Pはガードさせて微不利のため、2Pガード後に攻撃してきた相手には蝸牛または潦がカウンターヒットする。
蝸牛はガードされて確反、潦はラインが下がるうえに飛び込まれると反撃を受ける。飛び込まれるのを読んだの対択として蝸牛または虎落笛があるが、潦含めていずれも後ろ歩きで対応できる。その代わりに2P→2P(下段)のような連係には負ける。
要するに、このキャラで相手のミス以外で攻撃を当てようとした場合、相手の技が届く・当たるところまで近づくというリスクのある状況を作らないといけない。
・自身の技が届く間合いまでダッシュガード、(ダッシュ)ジャンプガードを使って接近を試みる(あまり空中ダッシュは使わなくてよい)
・自身の技が届く間合いで様子見優位の低頻度で何らかのアクションを起こす(硬直差有利が取れる状況で起こすのが理想)
というものになる。
これに対して、アクセル側は接近を試みる相手に対して相手に当たるように技を振りながら、悪い言い方をすれば「ミスを待つ」以外にできることがない。
よって、アクセルの遠距離戦は相手側の遠距離戦対策に対策をし返すことが難しく、リーチ差で優位に立てるはずの遠距離戦でダメージを稼ぐのは相手の練度・精度が上がるほどに難しくなる。
そして「相手の技が届く間合いで相手が技を振る硬直(技の発生前または技が空振った硬直)を狙って技を当てる」ことでしか相手のミス以外で攻撃を当てることができないため、勝負は必然的に相手の技が届く間合いでリスクを背負った状況となる。
なお、この意味でアクセルで最も楽しめるマッチアップは、自分は同キャラ戦であると考えている。理由はお互いに技を振りたい距離が同じなので、自分が技を振りたいタイミングで相手が技を振ってくれる可能性が高く、遠距離戦においても自分もリスクを負うし相手がリスクを負ってくれやすいからである。
アクセルと同じくゾーニングというキャラ分類がされているキャラとしてテスタメント、ジョニー、ヴェノムがいる。
・テスタメントはグレイブリーパーなど強力な飛び道具を持つ一方、アクセルと同様ダッシュガードで対応しやすい。ワープで意表を突いて近づいたり、飛び道具から付与できるステインで有利フレームを取りつつ攻めるなど、遠距離戦から近距離戦の攻めに移ることでダメージを稼ぎやすい。
・ジョニーは発生が早くリーチの長い通常技やミストファイナーが遠距離戦で強力だが、これだけではガードを崩しにくい。ミストファイナーの中下段によるガード崩しは継続力も含めて非常に強くこちらを狙いたい。接近手段も高速ステップや跳躍ディールなど豊富だがこれらは硬直を伴い不確実なため、堅実に接近するにはターンアップで相手を硬直させた隙に近寄るなどの動きが必要。
・ヴェノムはボールやスティンガーエイムを使った遠距離戦が強力で弾速が速くガードミスも起こりやすいが、攻撃力が低くヴェノム自身に無敵技もないため、近寄られた時にペースを握られてしまう。相手に近づくことでコマンド投げなど崩し手段が増えるため、シューティングで相手の手を止めつつ近づいて有利状況を作ってある程度攻めるほうがダメージを稼ぎやすい。
ゾーニングタイプではないが、通常技のリーチの長いキャラとしてファウストやブリジットがいる。
・ファウストは体格が大きく全体的なリーチは長いが、モーションが大きく空振り時の隙が大きめなことから対応型戦法には限界がある。本体と同時に動ける何が出るかなによる飛び道具やコマンド投げを持つことから、飛び道具を盾に安全に接近し、攻めてダメージを取るほうが効率が良い。
・ブリジットは5HSのリーチが長く、ストップ&ダッシュは優秀な飛び道具だが、飛び道具の再使用がしにくい性能のため遠距離戦の専念はしにくく、ダウンを奪って設置からのローリング移動からの中下択の起き攻めを行うほうが効率よくダメージを稼ぐことができる。5HSが当たればKSMHで近づいたり、214設置からローリング移動を行うなど、速いダッシュ以外にも接近手段を持つ。
同じくゾーニングではないが、必殺技による遠距離戦が可能なキャラとしてハッピーケイオス、飛鳥、ディズィーがいる。
・ハッピーケイオスはしっかり狙いを定めるによる遠距離戦が相手が動けないほど非常に強力だが、ガードに専念する相手に対して集中力ゲージ切れをしやすいためこれだけで勝つことはできない。(以前は可能だったが、弱体化された)距離が離れており一方的に攻撃できる状況を活かしてフォーカスやリロードを行い、相手に近づくことで射撃と共に攻めることが求められる。
・飛鳥は各種攻撃魔法による遠距離戦が相手が動けないほど非常に強力だが、ガードに専念する相手に対してマナゲージ切れ(マナゲージ切れで防御力低下し最弱キャラとなる)を起こしやすく、近づくほどマナ回復量が上がるため、近距離で攻撃魔法を当てている間にマナ回復するなど相手にある程度近づくことが求められる。近距離での攻めを経て遠距離から魔法を連射するハメを成立させる、または近距離での魔法ラッシュを行うというゲームメイクが行われている。
・ディズィーは優秀な必殺技による飛び道具を多数持つが、飛び道具を出し続ける立ち回りはダメージ効率が悪い。一方、ディズィーには光の翼という発動すれば攻撃を当てずとも大ダメージを与えられる必殺技があり、発動までの時間稼ぎとして役立つ。また、発動しても相手に近寄らなければダメージが与えられず、発動の時間稼ぎのために近寄って連続技をしているのが安全なことから、この目的を達するために近寄っている状況が望ましい。
アクセルも含めて相手にガード操作をさせることで相手に攻撃と移動を止めることが少なくとも可能なのだが、他のキャラには相手が動きを止めた場合に取れる動きが用意されている。共通点として挙げられるのは、遠距離戦が可能なキャラの遠距離戦はそれ自体が狙いではなく、遠距離で接近できる状況を作ってから接近して攻めることで効率良くダメージを稼ぎやすいように作られている、いわば遠距離戦は布石になっている性能の構造である。
なお、以前からアクセルがそうでなかったかというと少し話が異なる。シーズン4になるまでのアクセルには潦にガードの上から相手を引き寄せる性能があり、ダッシュガードで手を出さない相手に潦を当てて打撃と投げの二択を仕掛けやすかった。
この方向性は多少であるが挙げてきたキャラ達のデザインに近かったと言える。
(あくまでそういう構造になっているというだけで、これが主軸であり主軸を奪われた話かというと断じてそういう話ではない)
通常技ワンボタンで非常にリーチの長い攻撃が出せるという取り回しの良さは強みというより唯一無二の個性である。
現状は他のキャラのように遠距離戦からの攻めへの誘導がないキャラである一方で相手の技が届かない遠距離で技をガードさせることのリターンについて、アクセル固有の強みとして遠距離技が飛び道具ではないためガードさせたときのR.I.S.C.ゲージが増加しやすいという効果がある。
現在のバージョンではリスクゲージのコンボへの影響力が大幅に減少し、リスクゲージ自体も増えにくくなった一方で、リスクゲージが単発火力に上乗せさせる効果を持つようになったのはアクセルへの追い風であると思われるが、体感できるような影響は少ない。
ここまで書いてきた通り、アクセルの技が一方的に届く間合いではリスクが無いが実はリターンも発生しにくいという状況。(もちろんリターンを発生させやすかったら明らかな壊れである)
相手よりリーチの長い技による牽制はガードされるのが前提で当たったらミスをしてくれてラッキーという程度で、相手に当てることを狙いこそすれど過度に期待してはならない。
ある側面から見たらアクセル有利のやり得のような状況だが、別の側面から見たら相手頼みかつ期待値の低い状況でもある。
喩えるなら銀行の定期預金、倒産するリスクは少なく利子で確実に得をしているが利率はとても低いという状況である。
ずっと遠距離をキープできるのであれば話は変わるが、徐々に距離を詰められていくのでモラトリアムに過ぎない。残高は利子以上の速度で徐々に減っている。
ここからJSや潦なども使って後ろに下がりながらミス待ち遠距離の状態を維持するか、相手を距離を詰めさせて迎え入れる状況を作るか、または距離のアドバンテージを活かして溜め版虎落笛を出して安全に距離を詰める状況を作るか選ぶことができる。
溜め虎落笛を出して相手の動きを縛った状態や相手から距離を詰めて届きそうな間合いになった場合、アクセル側には依然として2Pや遠Sなどの優秀な通常技を持ちやはりこれを先にガードさせられる優位性を握っている。
一方でこれらの技が直接ガードを崩す能力自体は変わらず低いため、キャンセル蝸牛や潦で動いたことを狩る動きを意識させ相手にボタンを押さずにガードをさせる選択を取らせ、
その上で自ら接近し攻めを展開しやすい打撃択の立Kや近Sをガードさせる、さらに前に出て投げるなどして相手を揺さぶるという選択肢も発生する。アクセルはダッシュが遅いため、投げに行くリスクは悪い意味でかなり高め。
相手にそれを意識させれば相手にもガードせずに技を振るという選択肢が相手に出てくるため、フレーム的に不利な状況でなければ相手の動きにカウンターを取りやすくなる。
これらの立ち回りのおいて現状の肝となるのがアクセルの持つ攻撃力の高さ(特に現バージョンの蝸牛のリターンの高さ)であり、相手に当たると痛いと思わせることで相手の動きをコントロールするのが理想である。
彼我の技が届く距離でしかリスクリターンのある駆け引きが発生しないが、アクセル側も命がけで技を振る状況があるなど読みを外すことで起こる決定的なリスクと体力の低さから来る近寄られた時の脆さという恒常的なリスクがあまりリターンと見合ってない印象を受ける。
また、駆け引きに戻っても体力差などの積み重ねが駆け引きに大きく影響するキャラのため、劣勢からの一発逆転も難しくなる。一方で体力リードを大幅に取っていても触りさえすればこっちのものと逆転をされやすいという側面もある。
抱きつき、迎合し、踊る。3月に訪米した時の高市早苗首相の動きが、SNSで世界に拡散した。対米追従どころか、トランプ米大統領という個人に追従するのが日本外交の基軸なのか。残念ながら、そう見られても仕方なかったと思う。
トランプ氏と握手した瞬間、飛び込むようにハグ(抱擁)。首脳会談では、イラン攻撃を始めた張本人に面と向かって「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルド(トランプ氏)だけ」と歯の浮くようなセリフ。夕食会の後には、踊る高市氏の写真がホワイトハウスの公式サイトに掲載された。夕食会では高市氏がファンだというロックバンド「X JAPAN」の曲「Rusty Nail」などがBGMに流れたという。公式サイトの画像には、高市氏が両手をあげて踊る姿がうつっていた。日本のトップとは思えぬ振る舞いに、私も思わず「フェイク画像か」と、わが目を疑った。
トランプ氏が昨秋に来日した際も、原子力空母の艦上でトランプ氏と米兵を前に跳びはねていた。これを「行きすぎた迎合」と見るか、「現実的な判断」と見るか、賛否は分かれている。
それでも今回の訪米の評価がおおむね高かったのは、懸念された「ホルムズ海峡に自衛隊の艦船を出せ」という理不尽な要求を、当面は回避できたためだろう。露骨な「抱きつき」が功を奏したかはともかく、高市氏が無理をして「がんばっている」と受け止めた人も多かったのかもしれない。
高市氏が訪米する前、知り合いから「日米首脳会談はどうなりそうか」と聞かれた時は、次のように答えていた。
「トランプ氏はイスラエルのネタニヤフ首相とともにイラン攻撃を始めたが、11月の中間選挙やその前の予備選を考えれば、早めに収束させたいのが本音のはず。混乱は長期化するかもしれない。日本政府は首脳会談で成果をあげるより、とりあえずやり過ごすのが最優先ではないか。ただし、日本が切れるカードには限りがある。今の状況で自衛隊の艦船を派遣するのは難しい。実利に目が向くトランプ氏に効果的なのは、対米国の投資をパッケージにして『おみやげ』にすることだろう。それ以外に目立ったカードはなく、あとは高市氏がトランプ氏を持ち上げてでも乗り切るしかない」
会談がうまくいくかは、わからなかった。トランプ氏も予測不能だが、高市氏も何を言い出すかわからないところがある。首脳会談が無事に終わり、安堵(あんど)したのが正直なところだ。
日米同盟が日本外交の基軸であることは、当面は変わらない。トランプ氏の懐柔に躍起になる背景には、それ以外に選択肢のない苦境がのぞく。
それを考えれば、これで結果オーライとは言いがたい。首脳会談を切り抜けても、本質的な課題は残されたままだ。トランプ氏がかき回す世界にどう対応すれば、一定の秩序と安定を取り戻すことができるか。トランプ氏に付き従うだけでは、中長期的な解にはならない。
だとすれば、追従をもたらす「構造」にも目を向けた方が良さそうだ。たとえば、いまの日本は「三つの依存」を抱えているように思う。
安全保障では日米同盟に多くをゆだね、エネルギーの調達先は中東の湾岸諸国に頼る。この二つの依存が重なるなかで危機が起きれば、決断と責任が首相一人に重くのしかかる。同盟依存、中東依存、そして首相への依存。この三つの重なりが日本外交の選択肢を狭めているように見える。
そこで求められるのは、首相のパフォーマンスではない。ふだんから地域の安定を築く構造をどう設計し、調整し、確かな布石を打っておくか。その上での首脳外交のはずだ。
まず第一に、予測不能の時代には、選択肢を広げる外交が必要になる。米国の要求でも断るという選択肢がなければ、国の自律性はありえない。中国との緊張も一定のレベル以下に抑制し、安定した関係を築いた方がいい。
第二に重要なのは、日米の枠に閉じ込められない設計だ。二国間の圧力は、多国間の課題へ転換をはかる。ホルムズ海峡の安全は本来、トランプ氏への忠誠心の問題ではない。米国の要求に応じるか否かではなく、多国間の枠組みをどう構成し、どこまで協力するかが問われる。
第三に、エネルギーの中東依存の軽減が必要だ。米国主導の秩序が崩れるなか、リスクの分散がいっそう求められる。その努力がなければ、危機が起きるたびに右往左往してしまう。
こうした取り組みこそ、日本への信頼をはぐくみ、外交の選択肢を広げていく。
高市氏が掲げた「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」をほんとうに実現したいなら、まずはこうした土壌を整え、確かな根を張ることから考えるべきだろう。首相のアクロバティックな動きは、むしろ選択肢の乏しさの裏返しでもある。
https://digital.asahi.com/articles/ASV430RN4V43UTFK00CM.html
博物館や美術館に収入目標がつけられ、未達成なら再編・閉館もありえるということが話題だ。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20260304-GYT1T00003/
博物館や美術館を管轄するのは文化庁だが、文化庁長官は割と民間人・実務家の登用に積極的な方である。
前任は東京芸術大学学長を2期務めた金属工芸家の宮田亮平(2016-2021)で、退任後は日展理事長、美術館連絡協議会会長、国立工芸館顧問など。
前々任の美術史学者の青柳正規(2013-2016)は前職が国立西洋美術館館長・理事長や国立美術館理事長、退任後は山梨県立美術館館長、石川県立美術館館長など。
他にも歴代長官を見れば国立科学博物館館長、国立新美術館館長など錚々たるメンツだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/文化庁
入館料の徴収を原則禁じる博物館法の所管ももちろん文化庁である。
(入館料等)
第二十六条 公立博物館は、入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。ただし、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる。
と言いたいのだが、実は国立の博物館美術館はこの博物館法の対象ではない。
(定義)
博物館法は「登録博物館」を対象としたもので、国立や独法の博物館はこの登録を受けていない(受けられない)。
登録は主に地方自治体や公益法人などを対象とし、国(独立行政法人)、大学(学校法人)、企業、個人の設立した博物館はこの登録を受けられないことになっている。
なにより国立(独法)の博物館の設置は博物館法ではない個別の法律に基づいている。
つまり国立の博物館は今まで(今も)ずっと「博物館のようなもの(博物館相当施設)」という位置付けだ。
2022年改正でようやく「指定施設」という扱いになったが、博物館ではないことは同じ。アホみたいな法律の建て付けだ。
ということは最初から入館料など搾り取って大いに稼げという発破がかかっていた。
博物館法(1951-)の対象から外しておいたことの布石がここに来て現れたわけだ。
(歴史的には、1950年に文化財保護法が先にでき、当時の国立博物館はその対象であったため、1951年の博物館法では対象外となった)
一方で、東京国立博物館等をはじめとした、独立行政法人立や国立大学法人立の博物館については、それぞれの個別法においてその役割や事業内容が規定されていることから、これらの法人が設置する博物館(=これらの法人の事業の一部)に、さらに別の法的枠組み(=博物館法)を被せることは法全体の体系として適当ではないと判断されました。
一方で、日本の博物館を、博物館法を中心とする制度の面から見てみると博物館法で規定される登録博物館と指定施設(旧博物館相当施設)は、5,700館のうちおよそ1,300館、全体の約2割にすぎません(それ以外の博物館は社会教育調査上では「博物館類似施設」とされます)。
なんか話がとっ散らかったが、まあおそらくは財務省の指示だろうし、官僚トップの文化庁長官や結び付きのある国立館長たち、芸術村ではどうにもできないんだろうね、という。
俺はした! もし君がまだ「超かぐや姫!」を見ていないのならばネトフリを契約し今すぐ視聴することをお勧めする!!
とは言いつつこんな記事を見に来る奴はどうせもう見ているだろうから俺はようしゃなくネタバレをするが、まだ見ていないごく一部の君はネタバレを喰らって憤慨するだろうが超かぐや姫!をまだ見ていないのにこんなところにくる君が悪い。成仏しろ
じゃあ前置きが終わったので俺が超かぐや姫!を最初にみたときの話?をするんですけど?主人公がこんなハイスペックなのは隔世の感を感じるなあなどと思いながら見てたら、なんかのアレで電信柱が光るわけです。一旦そこまで話を飛ばします
一般的な作劇上のセオリーにおいて、なんかもう無茶苦茶な嘘をついて良いのはひとつだけ、それも作品冒頭だけなんですね~
フィクションというのは土台嘘なのだが、よいフィクションはルールのある嘘という点においてただの虚言クソやろうのホラ話とはちがう。作品がどのくらい噓をつくのかというレギュレーションを最初に示し、その範囲で物語をなんかする
皆さんわかりますか?この話はニンジャがスゴイ!!みたいな奴は最初にやるからゆるされるのであって、あとからニンジャが出てきて殺したらそれはダメだということです。でもニンジャが出て殺す前提の作品にサプライズニンジャメソッドは適用されない。いいね?
しかしこの作品はふたつ嘘をついている。「VRのなんかがスゴイ!!」「かぐや姫は実在した!!」のふたつである。じゃあこの作品がもうダメかというとそんなことはなくて、この二つの嘘が後で統合されれば全然問題はないです。竹林の竹が実際には全て地下茎で繋がった一本の竹であるようにね。具体的にどういうことか例を挙げると「ニンジャがスゴイ話」を最初にした作品で、「ドラキュラは実在した!!」のはダメではあるのだけれど、ここに「ドラキュラはニンジャだった」という情報開示をすることで、ニンジャがスゴイ話にドラキュラが出てくる回はスゴイ名エピソードになりえます。皆もニンジャがスゴイ話にドラキュラが出てくる回を読もうね
まあ何が言いたいかというと、要するにこの作品の「VRのなんかがスゴイ!!」「かぐや姫は実在した!!」という二つの嘘は、最終的に「かぐや姫はVRのなんかだった!!」という情報開示により統合されることが予想されるということだ
この話の序盤はかなり無茶苦茶な剛腕で進めているので、たぶん嘘の統合はそんなに難しくないのでこの制作陣であればうまくやれるでしょう。話を続けます
この超かぐや姫!の制作陣がうまくやるだろうという予測もなにも別に無根拠ではなくって~、作劇的に情報を置きに行ってる感がすごいしたからなんですね~
この作品のいわゆる1stターニングポイントまでの4分の1、かなり詰め込んでいる4分の1で、いろはがかぐやを拾って、育てて、VR世界でライブを見ててっぺんを取る!と決めるところまで、かなりハイテンポで進めないとこのストーリー分量は4分の1には収まりきらない。それでいていろはの友人たちとの絡みなどこの時点ではあまり利きのない布石も打っている。かなりキツいタイムスケジュールであるにもかかわらずだ
一方で、「いろはは音楽やってる」という情報の開示はライブの後、いざ配信するぞ、という段になるまで表に出てこない。これはかなり考えられた情報開示のタイミング調整であり、この情報の初出は冒頭部分でついやってしまいがちでありながらここまで引っ張っても問題なく、かつ後出しすることでかえって重要な情報であることを匂わせすることできるのだ。そうだね。わざわざ後だししたということは、この後大事に使う場面が来るってことだね。「主人公の作曲」要素はあとでテストに出ます。覚えてお香(匂いは記憶と強く結びついている)
で、電信柱が孕んで子育てをしてライブを見て配信を始めるのだが、そこでなんかいけ好かない感じの奴らがでてくるのである。
こいつがなんと帝である。帝であるからには結婚を迫り、しかも後ろにいるのはメス男子だったのだ!!!!!!!
しかし待ってほしい。この男、帝なのに顎があまり尖っていないのである。じゃあ良い奴なのか?!!それともこいつもメス男子なのか?!!
メス男子であってほしい
しかし待ってほしい。顎が尖っているかどうかで人を判断してはいけない。多様性のなんかがあれなのでそうゆうのはよくない。たとえ顎が尖っていても帝はいうまでもなくドブカスだし初期城之内君は結構なカスだ。でも闇遊戯も初期はカスだよ。じゃあこいつもカスの可能性があるので気をつけましょう
(しばらく視聴)
ところがどっこいここで衝撃の真実ゥ!! 帝はおにいちゃんで、しかも結構妹LOVEだったのだ。結果としてこいつの矢印は妹がタゲ取りして、しかもねちょねちょした感じの恋愛方面ではない処理をされてしまった。びっくりである
びっくりであるが同時に上手くもある。かぐや姫が男と結婚させられそうになるくだりなんてのは今時マジで誰も望んでいないのでうまいことゴミ箱にポイするにあたって、初登場時に納豆くらいねちょねちょしそうだった帝は後を引かない東南アジアの納豆を乾燥させて粉にしたやつのおせんべいくらいのカラッとした感じで話をさっさと終わらせてしまった
ほならお兄ちゃんはこれ以降後ろの奴とメスになっててくださいね。たぶんこのアニメは2人は幸せなキスをして終了するアニメなのでその背後でついでに幸せなキスをしててほしいランキング第一位!!
おちついて聞いてほしい。CV早見沙織はすべからくママだという主張に関しては反論の余地はないのだが、今回はそれとは別にヤチヨの中の人は高確率で主人公の母親であるという話をしている。家元リアリティショックに負けてはいけない
中盤の時点でいろはの抱える問題の根っこが解決しないままお兄ちゃんがおしまいになったということから、このままいろはのストーリーラインは家族関連の話で進めていくことは窺い知れたし、中ボスに過ぎないお兄ちゃんの後にさらなる大ボスが控えており、その大ボスとの対決がいろはのクライマックスになることは予想に容易い
大ボスはもちろん母親に決まっており、作品を走る二つのストーリーライン、いろは関連のルートとかぐや関連のルートは最終的に有機的に統合され、混じり合って一つのハッピーエンドへ到達するのは間違いない
そしてその二ルートの統合は「VRのなんかがスゴイ!!」と「かぐや姫は実在した!!」の二つの嘘の統合によってなされるはずであり、「かぐや姫はVRのなんかだった!!」という解へとつながる情報開示の鍵はおそらくヤチヨの握っている謎であるはずなのだ
前提として、ヤチヨはなんらかのなんかを抱えている
あそこまで話の中核に据えられて、主人公がご執心でありかつあの距離感を出してくるAIが特に何の因縁もないシンプルAIだったらびっくりである
つまりヤチヨはただのAIなどではなく、中に人が入っている(Vの中の人のような形に限らず、エヴァの中に母親が入っている、といった例を含む)パターンのAIであろうことは間違いないし、ここで中に入っている人が今まで一切話に登場しなかった知らない人であることはまああり得ない。常識的に言って既に登場した、あるいは名前が挙がった人物の中にヤチヨの中の人候補は絞られる
そしてここまでで大きな存在感を示していながら、その実態がほとんど描写されていない、物語のコア部分に据えても問題のないキャラクターといえば、そう、母親だね。あるいは父親という線もあるが、その場合は恐らく父と母の複合になるだろう
ひとまずはヤチヨ=母と捉えるのが一番座りが良い
(あるいは父を継いだ)母こそがヤチヨAI、ひいてはツクヨミ世界の開発者であるとすれば、なんか「これ必要か?」と感じざるを得ないいろはやお兄ちゃんのやたらハイスペックな描写にも、異常技術と異常ワーカーホリックっぷりでツクヨミをワンオペで作っちゃった仕事面ではバチクソ有能な母の遺伝という説得力が産まれる。
そして音楽をやっている(※重要情報覚えてお香)いろはに音楽をやらせたのは両親、つまり母は音楽をやっているし、ヤチヨはライブをやっている
母はライブができる
思い出してほしい。映画冒頭でいろはと母との確執について解説したのはヤチヨ(CV早見沙織)である。ヤチヨ=母がいろはは母親とバチクソ仲が悪いのである~という韜晦に自嘲を隠したナレーションをするのはまさに二周目視聴で「そういうことだったのかよ」となる演出であり、らしさを感じさせる要素である
加えて言えば激推ししているライバーの正体がいがみ合っている肉親であるというのはあまりにも鉄板の展開だ。この鉄板で肉を焼いて御飯を三杯食える
そしてここまでいろはによるかぐやへの楽曲提供はなんやかや過去曲だけで乗り切っており、曲を書けなくなってしまったいろはが心理的な障害を乗り越えて再び曲を書く、という展開がクライマックスへ繋がることはもうそんなん誰が見ても明らかである!!(明らかだね!!!)
そして「親と途中まで一緒に作った思い出曲」が出てくるときた(しかも「なぜかその曲のフレーズがヤチヨのデビュー曲と重なる」という確変演出付き)
いろはラインの「家族との確執ルート」の障壁を乗り越えることがかぐやのための曲の完成へ繋がり、完成した曲の存在が八方塞がりのかぐやルートにおける突破口になる。これはふたつのストーリーラインの統合としてこれ以上なく綺麗な形であり、ライブシーンを主軸に置く本作のクライマックスにふさわしい展開である。
でもうちのおかんがいうにはおかんは家元じゃないらしいねん。おかんが言うにはいろはとかぐやの2ショットにヤチヨが挟まって来ても全然良いって言うねんな
自他共に認める百合作品に主人公の母親が挟まって来たら普通ちゃぶ台ひっくり返すもんな
おれのタイムラインにはヤチヨに狂うオタクが結構氾濫していて、ヤチヨはメディアでいっぱい露出して、なんかすごいオタクがヤチヨに興奮しているんや
そう、我々は知っている!
ソシャゲで娘を差し置いて大量の衣装違いをことあるごとにピックアップされて作品の稼ぎ頭になっているふしだらな母を!!!!
うわぁあああああああああ!!!!
超かぐや姫!は……!!
主人公の母親が主人公を差し置いてタイムラインを制圧し、作品の稼ぎ頭になる家元作品だったんだァアア〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!
どうサバを読んでもアラフォー以上のおまえの母親は可愛い衣装で歌って踊る母は完璧で究極のアイドルであり金輪際現れない 一番星の生まれ変わりなのである
おまえは伝説のアイドルの隠し子であり妹も居る。妹の名前はかぐやといい、おまえの母親が電信柱孕ませ棒で電信柱をファックして妊娠させた人間にもなれず電柱にもなりきれぬ哀れで醜い可愛い我が娘だ
すくえるのである。この話はバッドエンドで終わるかぐや姫を超え、超絶ハッピーエンドを掴み取る超かぐや姫!である
こうゆう作品とかの奴に関していうとだいたいの場合、主人公の対立する主人公の母は主人公の鏡像であり、主人公の辿るかもしれない未来のひとつの具現である。
出来のよい作品ほど、このたぐいの過去から未来への継承とゆうやつを上手くやる。作品のタイムスケールを広げて壮大にし、前の世代の悲願や次の世代の希望を主人公の肩に載せることですごくすごいことになる。この時間軸方向に話を大きくして、というのはなんか8000年とか言って単にデカい数字を持ち出して壮大な話なんだぜ!!とぶちあげるだけではダメである。そうゆうのはクソみたいななろう系がステータスオープンして999999999999とかやるのと同じくらいの効果しかない
丹念に描いた本編の構造をコピペして、同じ骨子を持つ構造を繰り返した別の物語を匂わせることで、本編と同じ強度を持つ構造に視聴者が細部を空想で肉付けする余地をちらつかせることができて物語的強度が担保されるのである
超かぐや姫!の場合、過去が母=ヤチヨ、現在がいろは、未来がかぐやだ
家出したいろはと家出したかぐや、ふたりが逃げ出した実家と月は同じものであり、その月もまた過去に何かに反発した母が必死に造り上げたものだった
そうゆう一本の軸があるからその強靭な屋台骨に沿った世界が立ち上がり、大きく物語の世界観が展開できるのである。二つのストーリーラインがなんかあんまり絡み合わずにそれぞれ勝手になんかうまくいった感を出してもダメだよダメダメ
物語構造上、先にいろはのクライマックスが来るのでこっちを先に語ろう
とりあえずいなくなったヤチヨを探してツクヨミ中を駆け回るいろはの前に釘宮理恵が現れて、ヤチヨの下へと案内してくれるシーンから話を始める
「本当に真実が知りたいのか」と問うウミウシに、いろはは迷いなく知りたいと答え、その結果としていろははツクヨミから強制ログアウトをさせられる
ウミウシの案内に従って走るいろはだが、その道中の景色はあまりにも見覚えがある景色だった。
案内は何の変哲もないマンションの一室の前で途切れ、いろはは玄関ドアの前で立ちすくむ。なぜってそこはいろはが誰よりもよく知る場所だったから
画面に映る「酒寄」家の表札。ここで視聴者にも家元真実の一端が開示される
なぜ実家に?
ヤチヨの下へと案内してくれたはずの釘宮が示したのはいろはが飛び出した酒寄家のドア。こんな場所にヤチヨが居るはずがない……
しかし見慣れた我が家へ足を踏み入れたいろはが目にしたものは…
ツクヨミですらない現実の実家のリビングで、当たり前のようにくつろぐ月見ヤチヨの姿である!! そして一瞬のノイズが走り、ヤチヨが振り返る!!!
「あら、珍しいのね。どうしたのいろは」
こ、このヤチヨのCVは早見沙織ではない…ッ!!CV坂本真綾!!! ヤチヨが…実家のリビングで母親の声で喋っているッッッッ!!!
家元リアリティショックで指ひとつ動かせないいろはの視界から、徐々に実家のリビングのテクスチャが剥がれていく。その晒された地金に映るのは薄暗いサーバールームと母親の姿。そして点滴に繋がれやせ細った自分の姿――!!
イヤ…幻術じゃない……!
そもそも物語開始時点ですでにVRの中であり、この話は徹頭徹尾仮想現実の中で進行していたのだ。いつからVRでないと錯覚していた?
現実においてはかぐやと出会う直前で過労で倒れて緊急搬送され実家近くの病院へ運び込まれていたのだ
そしてヤチヨAI、ひいてはツクヨミの開発者である異常技術モンスターである母親が、ツクヨミのプロトタイプとして過去に制作したのが「月」
目を覚まさないいろはを療養させるため、「月」の辺縁に再現された現実世界を月の外側だと勘違いしたかぐやが逃げ出してきたのが物語の発端である
画像のテキストは、ある本のページからの抜粋で、サルトルの哲学を引用・解釈したものと思われます。以下では、画像内のテキストを自然な文単位で分解し、各部分について「どこが間違っているのか」と「本当はサルトルはどういう話をしているのか」を対応させて指摘します。指摘は画像のテキスト順に沿って進めます。サルトルの主な参照元は『存在と無』(L'Être et le Néant, 1943年) で、不安(angoisse, anguish)と自由の関係を議論した箇所です。画像のテキストはサルトルのアイデアを大まかに借用していますが、用語の置き換え、文脈の歪曲、偽の引用が目立ち、全体として自己啓発的な解釈に強引に当てはめている点が問題です。
#### 1. 「と、こんな風に考えてしまう人もいるかもしれません。でも、他人の人生を凝視している間は、自分の人生を生きていないということになります。」
#### 2. 「フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルは、こう言っています。」
#### 3. 「『憂鬱とは、他人の人生を凝視しすぎた結果である。解決策は、他人の人生を凝視しないことだ。』」
#### 5. 「崖っぷちで下を覗き込むと、めまいが起きる。」
#### 6. 「それは、落ちる恐怖からではなく、自分が飛び降りる自由を持っていることを認識したからだ。」
#### 7. 「つまり、他人の人生を凝視しすぎると、自分の自由を直視できなくなり、憂鬱になる。」
#### 8. 「だから、他人の人生を凝視せず、自分の人生を生きろ、というわけです。」
#### 9. 「本当の成功者たちは、そんな他人の人生なんて気にしない。自分の人生を全力で生きている。だから、憂鬱になる暇なんてないんです。あなたも、そんな人になりませんか?」
全体として、このテキストはサルトルの絶壁の例を借用しつつ、「憂鬱」「他人の凝視」という独自の解釈を加えており、原典から大きく逸脱しています。サルトルの本質は、自由の重みを直視し、欺瞞なく生きることです。もし本の文脈が自己啓発なら、正確な引用ではなくインスピレーションとして扱うべきですが、ここでは誤解を招く表現です。
○ご飯
朝:アーモンド。昼:おにぎり。サラダ。味噌汁。夜:カレーうどん。人参と大根とキノコと落としたまごのスープ。ギョニソ。キュウリ。バナナ。ヨーグルト。間食:マドレーヌ。
○調子
むきゅーはややー。おしごとはそれなりー。
○ポケットモンスターブラック(あくタイプポケモン旅2周目)
ヤーコンを倒すところまで。
再開した時にゾロアークのイリュージョンに自分で混乱してしまい、自分のアホさ加減にがっかりした。
流石にぼーっとしすぎ。
古戦場の200を周回。一人遊びなので250解禁すら一苦労だなあ。
だなあ、というか終わってないんだけど。
・アンダードクター(新連載)
主人公よりも技術面では劣っている老齢のお医者さん石黒さんが、ちゃんと医療従事者として良い意味での高いプライドを持って主人公に接するところで、好感度がとても上がった。
ある意味踏み台的な描写だけど、彼がちゃんと優秀な医者だからこそ、主人公の優秀さと異端さの両面が光るとても良い1話だった。
次回以降は、医療の方句と暗殺の方向とのバランが気になるところだ。
・呪術
ダブラが反転術式を覚えて、虎杖が登場する回。
ダブラとマコラのイチャイチャは面白いけど、領域展開もなく順転だけで戦うダブラがどこまでやれるのかは気になるところ。
前作でマコラと戦った五条もスクナも策を弄するキャラだったから、ダブラの良い意味での愚直さはマコラと確かに仲良さそう。
後半は、色々と不穏な布石ははられていたものの、そこまで悲惨な状況じゃないのかなあ? と、まだ判断は保留なものの、前作主人公の登場はたぎる。
アラートがならなかったことが話の発端なのに、アラートありきの作戦を建ててるから、ある意味予想通りなんだけど、作中人物たちにとっては予想外みたい。
エター率100%。毎回最後まで書き切ることができない。小説が書けるようになるには短編小説を書いて完結させる練習をすればいいと聞いたので、短編を書こうとプロット作ってるんだが、どう頑張っても大長編のプロットになってしまう。
例えば、反発する二人が結ばれる小説を書きたいとする。
嫌いな人間を好きになるってよっぽどのことだから、ある程度時間が必要だろう。まあ、短くて三年くらいかな?その三年を埋めるように互いを認め合うエピソードを作ればいいかな。
とりあえず出会いを書く。
短編では読者は初めてキャラクターに出会うわけだから、メインキャラの紹介も必要だよな。ヒーローの性格描写しーの、ヒロインの性格描写しーの、二人は正反対の性格にしておいた方が劇的だろうな。反発することを読者が納得できるだろうし。
で、普通に嫌いあっていたら近寄らないだろうし、二人が傍にいないといけない状況を作らないといけない。そのエピソードを入れる。
よし、起承転結の起はできたから、残りの三年に起こす事件を作ればいい。反発→そんなに悪い相手じゃないかも?→好き、の時間的経過があるから、事件は三つくらいにしとくか。とりあえず事件①の起を書く。事件①承で事件②の伏線を入れておく。事件①転、これはまだ相手を好きになるまではいかないけど、今後の展開の布石として、お互いの性格の良い面と悪い面を認識しておかないといけないから、ちゃんと描写が必要。で、事件①が終わり。
盛り上がりを作るには波の高いところだけじゃなくて低いところも必要なんだよな。ってことでここで箸休め的なエピソードを一つ。ちなみにここでヒーローとヒロインを引っ掻き回すサブキャラは最後の転でまた出てきて二人がくっつく鎹役になる、ギャグキャラかと思ったら重要キャラだったっていうエモいやつにしようかな。
よし、次に事件②。事件①の繰り返しにならないように、サブキャラは変えようかな。そうすると、事件②の起をやりつつサブキャラの紹介もして……こいつら事件①の時なにやってたんだろ?一応設定も作っておくか。キャラ設計してー年表作ってーあ、ここで事件③に繋がりそう!よしよし、伏線折り込む必要があるから、ここで小エピソード①を入れておくか。ん?このままだとヒロインはヒーローを好きにならないのでは?そもそも嫌いな人間を好きになるのに事件三つじゃ少なすぎるか。事件④が必要だな。えーと、事件④の伏線のために小エピソード②を書きーの、そもそもヒロインがヒーローを理解するためにはヒーローの性格への理解を深める必要があるよな。なのでヒーローの性格の成り立ちを説明するための小エピソード③を書きーの、事件②のサブキャラの背景も説明しておかないといけないな、小エピソード④…………。
最近の政治、マジで予後が悪い。暗すぎてギュ鳴らしレベルで心が疼く。魂の格がtの公遺症で染みつきまくりで、民主主義の皮被ってるだけの官僚・世襲慢性疾患が悪化してる感じ。高市早苗が女性初の首相になって自民と維新の連立政権発足したけど、それが本当に希望か? いや、ただの安倍路線復活で没落加速じゃん。
まず、高市内閣の核保有発言問題。政府高官が「核保有すべき」ってぶちかまして、広島の原水協が抗議声明出してるわ。非核三原則見直し検討報道と合わせて、首相の本音が漏れ出てる。木原官房長官は「いちいちコメントしない」ってスルー、小泉防衛相は「あらゆる選択肢排除しない」って容認。アメリカの尻馬に乗って大軍拡路線突き進んでるけど、近隣諸国との平和外交ゼロで、台湾有事とかで即死確定じゃん。t出身kの俺らは核の公遺症で幻資痛眺めてるのに、政治家どもはエッジ持てずカイカンチュア止まりの選択連発。
次に、大阪・関西万博。来場2557万人で大成功みたいに言われてるけど、結局維新のメンツのためだけの税金食いイベントじゃん。自民維新連立の布石で、国民の金が夢洲のゴミ処理に消えてる。来年度予算も実質成長率0.9%止まりで、経済は低迷続き。NISAのつみたて投資枠年齢制限撤廃で子供の資産形成広げるって高市が言ってるけど、貧困格差拡大してる中、余裕ない子育て世代は置いてけぼり。s出身御三卿の御三卿どもだけがアマンレジデンスで資産増やして、t出身kはヌクモリンすら残らず沈没。
あと、小野田大臣のジャーナリスト態度問題。失言狙いの記者にキツく当たって「国民の代表」論争起きてるけど、結局左翼メディアと保守政治家の泥仕合。国民の声なんか届かず、政権は保身優先でSNSバズ待ち。中央アジア首脳会合で高市が協力強化言ってるけど、トランプ関税で日本経済ヤバい中、外交もアメリカ依存のまま。ウクライナ情勢みたいに世界の変化に追いつけず、国内の貧困・雇用・犯罪は放置で分断加速。
最近の政治は「日本ファースト」気取ってるのに、外国人問題や格差放置で国民の自衛意識ギスギス。立民の岡田が「国民感情コントロール」って失言して、有本香に追求されてるけど、そんな野党も弱体化してる。全体として世襲・官僚の牢獄で、t出身kの俺らは浮遊霊状態で税金納めてるだけ。
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