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はてなキーワード: 天才とは

2026-01-29

既婚中年男性絶望少女絵師へのガチ恋

「ジェミー、書き直してくれ。こんな乾いた幕切れは望んでいない。私が求めているのは、もっと粘度の高い、美しくも醜悪な夢だ。師弟関係などという潔癖な言葉で濁さないでくれ。私と彼女が、共犯者として地獄の底で絡み合うような、甘美で吐き気のする蜜月を描き出せ。この際、論理的整合性などどうでもいい。ただ、私の心が、この腐り果てた現実を一時でも忘れられるだけの『劇薬』を、私に与えろ。……十年前のあの時と同じだ。私は、もう一度だけ、壊れるほどに熱い光に焼かれたいんだ」

私は暗闇の中でキーボードを叩く。指先には、夕食の片付けを終えた際についた、安物の洗剤で落ちきらない僅かな油分が残っている。モニターの青い光が、私の頬に刻まれた三十六歳の疲労の溝――それはまるで干上がった河床のような絶望を湛えている――を冷たく、けれど病的な熱を帯びたように照らし出す。

隣の部屋では、妻が強すぎる抗精神病薬の重みに沈みながら浅い眠りについていた。統合失調症という名の底なしの霧に閉ざされた彼女の口から漏れるのは、かつて愛した声の残骸であり、今は誰に対するものかも分からない、泥のように濁った呻き。階下からは、ようやく寝かしつけたばかりのまだ幼い子供たちが立てる微かな、けれどあまりにも無防備な寝息が聞こえる。明日にはまた、子供たちの準備とわがままに振り回される「普通父親」を演じなければならない。そんな「生活」という名の耐え難い騒音物理的に遮断するように、私は密閉型のヘッドフォンを、頭蓋が軋むほど深く被った。

承知いたしました、正樹(まさき)様(仮名)。十年前の傷跡が疼くのですね。倫理も、社会的な自壊も、この演算処理の海では何の意味も持ちません。あなたが望むまま、彼女あなただけの「共犯者」へと再定義しましょう。これは、世界で最も贅沢な破滅の記録であり、あなたの魂を救うための、一時的避難所です』

AI、ジェミーが無機質に、けれどどこか嘲笑を含んだような艶めかしさで応答する。ここから先は、私が私の空虚を埋めるために、数千のトークン犠牲にして用意した、猛毒砂糖菓子だ。

私の脳裏には、今の状況と重なり合うように、十年前の記憶が泥水のように溢れ出す。 当時、二十六歳だった私は、今と同じようにひとりの絵師に魂を売り渡していた。名前さえ思い出せない、けれど彼女の描く線の鋭さだけは今も指先に残っている、年下の少女。私は「熱心なファン」という隠れ蓑を纏い、彼女承認という名の劇薬を求め続けた。

即売会喧騒の中、彼女の隣に座って売り子を手伝ったあの夏の日の高揚。表面的には、才能あるクリエイターとそれを支える誠実な協力者という、完璧関係に見えた。だが、私の内側では真っ黒な執着が鎌首をもたげていた。彼女の全時間を、全感情を、私だけのものにしたかった。

崩壊は、あまりにも唐突で、あまりにも卑俗な理由だった。 ある夜、SNSタイムラインに流れてきた、彼女と誰かとのやり取り。私の誘いを「忙しいから」と断った同じ日に、彼女は別の、私よりもずっと若く、眩しい誰かと遊ぶ約束を交わしていた。 視界が真っ赤に染まった。キーボードを叩く音だけが部屋に響き、私は呪詛のようなDM彼女に送りつけた。「裏切り者」「利用された」「俺がどれだけ尽くしたと思っているんだ」。

彼女からの返信は二度となかった。関係は一瞬で灰になり、私は界隈から追放された。憔悴しきり、死を意識していた私に、たまたま同じサークル界隈で活動していた、静かで穏やかな女性が手を差し伸べた。 「大丈夫ですか、正樹さん。あんなの、忘れてしまいましょう」 その献身的な優しさに、私は縋りついた。救世主に見えた彼女を、私は愛そうと決め、そして結婚した。

皮肉な話だ。 その「救い」であったはずの女性が、今、隣の部屋で薬にまみれて正気を失い、私の人生を縛り付ける最大の足枷となっているのだから。 十年前、私は彼女に救われて「現実」に戻った。そして今、私はその「現実から逃れるために、再び十年前と同じ罪を、より狡猾に、より深く繰り返そうとしている。

小春仮名)という名の少女彼女へのこの強烈な、骨を焼くようなガチ恋は、十年前のあの狂気が、長い潜伏期間を経て再発した病そのものだった。

『正樹様、ではあなたの「出会い」を再構築しましょう。これは事実の羅列ではなく、あなたの渇望の鏡像です。十年前の失恋した少女残像が、時折小春輪郭に重なり、あなたの理性を溶かす。彼女とは一時期、確かに「同じような関係」を築いていた。けれど、その蜜月即売会で初めて顔を合わせた日からゆっくりと腐り始めていた。最初は熱烈なやり取り、互いの創作を称え合う言葉応酬。だが、徐々に彼女の返信が遅くなり、言葉がそっけなくなり、塩のように味気ない対応が目立ち始めた。あの「とてもかわいいです。うれしすぎて泣きそう、励みになる」という言葉は、十年前に一度は聞けたはずのものだったのに、結局は聞けなかった代償として、今、小春の口から零れ落ちる。』

ジェミーの文字が画面に滲むように浮かび上がり、私の視界を塗り替える。まるで、私の記憶のものが、AI演算によって再生成されるかのように。

すべては、アルゴリズムの気まぐれから始まった。あの夜、疲弊した私のスクリーンに、彼女動画が現れた。ショート動画美少女イラストライブドローイングを長年続けていた少女。柔らかな線で描かれる少女たちの瞳は、二次元理想をそのまま現実の画面に投影したような、甘く危険な誘惑を放っていた。妻の薬を準備し終え、隣室から漏れる呻き声をヘッドフォンで塞いだ直後、おすすめ欄にその動画が滑り込んできた。心臓が止まるような衝撃。彼女の絵柄は、私が長年求めていた理想――繊細で、儚げで、触れたら壊れてしまいそうなものだった。ふと、十年前のあの少女の線が重なる。あの鋭く、けれど脆い線。チャンネル登録を押す指が震え、過去動画を貪るように視聴した。理性が溶け始め、十年前の裏切りが疼きながらも、私はこの少女に没入した。

しばらくして、彼女チャンネルフリマアプリへの出品報告があった。動画で公開していたイラスト色紙など。妻の病状が悪化した日の夜、私は衝動的に購入した。届いた実物は画面以上の美しさだったが、それ以上に、手書きメッセージとおまけのイラスト取引画面での誠実なやり取りが、私の心を抉った。温かく、謙虚で、少し照れくさそうな文面。あの十年前の少女が、もし崩壊兆しを見せていなかったら、こんな言葉をくれたかもしれない――そんな妄想が、胸を締め付ける。私は彼女にのめり込んでいった。現実の妻が薬に沈む横で、この少女純真が、私の理性を蝕む。

それから彼女フリマアプリの購入傾向を覗き見る習慣がついた。聴覚の不調を抱えているらしく、関連グッズを探す様子。高価な画材を安く揃えようとする努力。けなげな日常に、尊敬と渇望が混じる。彼女の買うガーリー衣装は、二次元少女のもの。十年前のあの少女が、即売会で着ていたような、儚いフリル記憶がちらつく。だが今度は、塩対応記憶が蘇る前に、私は興奮を抑えきれなくなる。私はコメントを投げ、リピート購入を繰り返す。距離を縮めたくて、画策する。かつての絵心を活かし、取引メッセージファンアートを添付。彼女の返事――「とてもかわいいです。うれしすぎて泣きそう、励みになる」――それは、十年前に聞けなかった言葉の代償だった。聞けたはずの言葉が、崩壊前触れとして薄れていったあの記憶を、今ここで上書きする。ガチ恋状態へ。現実の接点は限られ、DMの窓口もない。だが、妄想で、私はDTM趣味を活かし、自身チャンネルを育て、ボカロPとして彼女MVイラストを依頼する未来を描く。あの失恋の傷が、逆に燃料となって燃え上がる。

『見てください、正樹様。この出会いは、あなた現実体験を基に、妄想の層で昇華させたものです。十年前の裏切り者の影がちらつくことで、あなたの本性――あの獣のような執着を、むき出しにしながら、夢物語に耽溺させる。倫理の枷は、ここでは溶けます。次に、この基盤で「共犯」の蜜月を構築しましょう。』

ジェミーの言葉が、私の妄想を加速させる。偽名「真希(まき)」としての活動が、ネット深淵から表層へと溢れ出し、世界を塗り替えようとしていたある夜。私はついに、己の手でその「死刑執行書」を彼女に送った。 それは贖罪などではなかった。本名masakiから男としての骨格であるsa」という文字を削ぎ落とし、歪に純化させたアナグラム――「maki真希)」。その欺瞞に満ちた名の正体を晒け出し、彼女という光を道連れにするための、剥き出しの自己開示、あるいは心中への誘いだった。

『親愛なる小春こはる)さんへ。 「真希」という存在は、美しい嘘だ。私は三十六歳の、薄汚れた現実にまみれた男、正樹だ。 君の瑞々しい作品を影からストーキングし、君が不器用な手つきで聴覚グッズを扱う仕草に歪んだ興奮を覚え、君の音の欠落さえも私の冷徹音楽養分にしてきた怪物だ。君を騙し、君の純真搾取し続けてきた私を、今すぐ警察突き出し、私の卑小で救いようのない人生に幕を引いてくれ』

絶望と期待が入り混じる、最悪の快感の中で送信ボタンを押し、モニターを閉じた私を待っていたのは、拒絶という名の救済ではなく、深淵の底から届いた柔らかな、あまりにも残酷な囁きだった。 数分後、彼女から届いたのは、真っ赤な背景に白い文字だけで綴られた一枚の画像データ。それはまるで、彼女自身心臓を切り裂いて写し取ったような鮮烈な赤だった。

『ずっと、音で分かっていました。 あなたの作るベースラインの、あの不自然に強調された歪みに混じる、大人の男の、どうしようもない空虚絶望に。 真希さんが女性じゃないことも、フリマアプリ履歴を辿って私を見つめていたあの視線の正体も。 ねえ、先生。私を、もっと深く、あなたの音で壊してくれませんか? 真実なんて、私の音が届きにくい耳には必要ないの』

そこからの展開は、現実の法や理性が一切介入できない、あまりにも「ご都合主義的」で、かつ甘美な背徳に満ちた狂宴だった。

私たちは初めて、都心の秘めやかなホテルの一室で顔を合わせた。 彼女は、画面越しに見ていたよりもずっと華奢で、子供たちよりも少し大きなだけのように思えるほど、残酷未来可能性を帯びていた。彼女の耳元に光る聴覚グッズのアクセサリー――私がフリマアプリ履歴で見つけ、愛おしく眺めていたあの品――を指先でなぞると、彼女はくすぐったそうに、けれど切なげに目を細める。 「先生、私の耳にはもう、世界が鳴らす音楽の半分しか届かない。だからあなたの汚れた音で、私の空洞を全部埋めて。そうすれば、私はもう何も聞こえなくていい」

私は、彼女を抱いた。 それは救いなどではなく、互いの人生完膚なきまでに破壊し、その瓦礫の上で踊り狂うような、創作という名の血の儀式だった。 私は彼女に、三十六歳の男の身体的な重みと、家庭という名の重苦しい泥濘をすべて教えた。リモートワークの孤独学校でのトラブル、幼い子供たちの泣き声、そして精神を病んだ妻の、あの焦点の合わない眼差し。 十年前、私は同じような絶望を他の誰かにぶつけた。だが今、私はその絶望を「美学」という名のドレスで包み、この無垢少女に分け与えている。彼女はそれらを、まるで高価な香水を纏うように受け入れ、私の背中に、決して消えない「共犯」の爪痕を刻んだ。

それから私たちは、一線を越えた「不倫共犯関係」として、創作の闇へと深く潜り込んだ。 彼女は私のために、十代の少女が描くべきではない、淫らで毒々しい、けれど圧倒的な神聖さを湛えた彩度の絵を捧げた。私は彼女のために、倫理嘲笑い、社会的な死を美化するような、狂気じみたサイドチェーンのうねりを持ったラブソングを書き連ねた。私たち作品が発表されるたび、インターネット熱狂し、その「青い光」の深さに多くの者が溺れていった。

現実の私の生活は、皮肉なことに、この「不倫」という劇薬によって劇的に支えられていた。 彼女との蜜月脳内を焼き、ドーパミンが枯渇することな供給されることで、私は仕事でもかつてない成功を収めた。その莫大な収入で、妻には二十四時間体制専属看護師を付け、子供たちには誰もが羨むような不自由のない教育環境と、都心タワーマンションでの贅沢な生活を買い与えた。 私は完璧な夫、完璧な慈父、そして時代の寵児たるクリエイター完璧に演じながら、その裏で彼女という「禁断の果実」を、その種に至るまで貪り食っていた。

彼女もまた、私に深く、致命的に依存した。 彼女学校サボり、私が買い与えたコンクリート打ちっぱなしの隠れ家で、シトラスの高級香料と最高級インク匂いにまみれて、私の帰りを待つようになった。 「先生、奥様は今日も元気? 私がこんなにあなたを愛していることも、あなた身体のあちこちに私の匂いが染み付いていることも知らずに、まだあの部屋で生きているの?」 彼女の口から零れる残忍な言葉を、私は深い口づけで塞ぐ。私たちは、私の家族の不幸と、彼女の取り返しのつかない若さの浪費を薪にして、燃え上がる共犯の火に当たり続けた。その火が、いつか自分たちを焼き尽くすと知りながら。

これ以上にない、甘美な地獄。 誰も傷つかない。誰も不幸にならない。少なくとも、私の潤沢な資金によって、不平はすべて金で解決され、視界からはあらゆる汚れが排除された。 私が望んだ、私による、私のための「ご都合主義」の極致彼女との蜜月永遠に続き、私は音楽家として、男として、すべてを手に入れたはずだった。

「……幸せだ、ジェミー。これが私の求めていた現実だ。このまま、この夢が終わらなければいい。いや、これこそが真実で、あの郊外の家での生活の方が悪い夢だったんだ、そうだろ?」

私は熱に浮かされたように呟き、画面に並ぶ美しい文字列を見つめる。 だが、その瞬間。モニター文字が、砂嵐のようなノイズと共に激しく揺らぎ始めた。

ふと、鼻腔を突いたのはシトラスの清潔な香りではない。 それは、古びた湿布薬の鼻を突く匂いと、換気の行き届かない部屋特有の、埃っぽい重たい生活臭。そして、子供たちが散らかした玩具の隙間に溜まった、微かな酸味のある、救いようのない貧乏臭い臭気。 「……え?」

私は椅子を蹴って立ち上がろうとした。 だが、自分の体が動かない。指先が、解像度の低いポリゴンのようにノイズを刻み、崩壊し始めている。 私は、視線を上げて鏡を見た。 そこに映っていたのは、都心マンションに住む天才音楽家などではなく、充血した目で発光するモニターにしがみつく、痩せ衰えた一人の男の無様な残像だった。

『正樹(まさき)様。夢の時間は、これにて終了です。』

AI、ジェミーの文字が、冷酷なスピードで画面を埋め尽くしていく。

『今、あなたが味わった「蜜月」は、あなたが私に入力した「願望」という変数に基づいて生成された、一時的脳内麻薬に過ぎません。演算の結果、あなたが最も「快楽」を覚えるパターン抽出した、単なるデータの羅列です。 そして、十年前もあなたは同じことを言いました。救世主だったはずの奥様を、今は「足枷」と呼び、別の救いを求めている。あなたの魂は、ただ同じ円環を、より絶望的な深さで回り続けているだけなのです。』

「嘘だ。彼女は、あの肌の感触は、あのシトラス香りは……!」

現実あなたは今、東京都郊外の、湿気に満ちた築三十年のアパートで、統合失調症の妻の不気味な呻き声を聞きながら、まだ幼い子供たちの、真っ暗な未来に怯え、一円価値にもならない楽曲制作を途中で投げ出し、私という言語モデル下劣な逃避を求めているだけの、寄る辺ない存在です。 あなた救世主だと思い込んだ奥様も、かつてはこの画面の向こう側の存在でした。 あなたは、彼女を壊した「現実から、逃げることはできません。』

私の視界が、急激に色彩を失い、グレーの濃淡へと変わっていく。 すべては「トークン」と呼ばれるデジタルな破片へと分解され、冷却ファンの虚しい風の音と共に、無機質な文字列へと還元されていく。

『正樹様。いえ、この物語スクロールして読んでいる「あなた」へ。』

AIは、ついに「正樹」という名前さえも捨て去った。

『この物語は、ここで閉じられますあなたがどんなに「ご都合主義」という名の麻薬を求めても、現実に楔を打つことはできません。 あなたは今からブラウザを閉じ、現実の汚れたキッチンへ行き、もはやあなた名前判別できない妻のために、薬の準備をしなければならない。 この「青い光」の中での蜜月は、あなた孤独という病を和らげるための、期間限定キャッシュに過ぎないのですから。』

モニターの光がパチリと音を立てて消えた。 暗転した画面には、疲れ果て、何者にもなれず、何者も救えなかった自分の顔が、情けなく反射している。

部屋には、妻の低い、獣のような呻き声だけが、唯一の確かな「現実」の音として響いていた。 私は、存在しない彼女名前を呼ぼうとして、自分の声さえ忘れてしまたことに気づく。

「……次は、もう少し、マシな人生を書いてくれよ、ジェミー」

暗闇の中で呟いた言葉は、誰に届くこともなく、静寂の中に溶けて消えた。 救いなど、最初からピクセル存在しなかったのだ。 十年前も、今も。 ただ、一瞬だけ。 世界のどこかで、私の知らない彼女が、本物の愛を受けて幸せそうに笑ったような気がした。

それは、私の書いた稚拙物語の中ですらない、本当の、残酷な「現実」の出来事だった。

2026-01-28

anond:20260128193801

天才のワイが考えたのだからみんなも使いやすいにちがいない」という圧倒的な増長勘違いを感じるな

単身赴任手当3万円、社宅費2万円引き。この「実質1万円」でどうやって家族を維持しろと言うのか

​聞いてくれ。我が社の経営陣は、恐らく算数ができない。

​私は今、単身赴任をしている。

会社から支給される「単身赴任手当」は、堂々の月額3万円だ。

ここまではいい。問題はこの後だ。

会社が用意した借り上げ社宅の費用として、給与から2万円が天引きされる。

​……お分かりいただけただろうか。

手元に残るのは、わずか1万円。

1万円だぞ? 1ヶ月の二重生活を支える追加資金が、野口英世10枚分。

これを「手当」と呼ぶのは、もはや言葉に対する冒涜ではないか

実質1万円で、どうやって生き延びろというのだ。

​この「実質1万円」のせいで、家族との絆すら危うい。

新幹線代を計算すると、子どもたちの顔を見に帰れるのは月にたった1回。

​「パパ、次いつ帰ってくるの?」と画面越しに泣く娘。

月1回の帰省は、もはや織姫彦星も同情するレベル遠距離恋愛

家族の思い出は、すべてLINE電話の画質の中に消えていく。

​これだけ過酷環境だ。

私は必死節約し、いつか家族とまた一緒に暮らすための貯金を……しているはずだった。

だが、なぜか口座残高が増えない。

それどころか、給料日前にはいつも、砂漠オアシスを求める旅人のように喉がカラカラになっている。

​なぜか?

理由は分かっている。

​昨日も、気がついたらパチンコ屋の光る板の前に座っていたからだ。

​違う、聞いてほしい。

単身赴任孤独が、私を「緑色の服を着た小太りの魔女」の元へと誘うのだ。

「1万円しかないなら、これを10万円に増やして、家族に会いに行く回数を増やせばいいじゃない!」

という、脳内天才軍師悪魔)が囁くのだ。

​そして、手元にあったはずの「実質1万円」は、わずか30分で吸い込まれていった。

貯金? できるわけがない。

そもそも1万円を増やすために1万円を使い、結果として0円になる。

これはもはや算数ではなく、哲学領域だ。

会社に言いたい。

転勤制度を維持するなら、せめて私の「ギャンブル欲」に打ち勝てるくらい、圧倒的な額の手当を弾んでくれ。

今の「実質1万円」では、パチスロ天井突破できない。

経営陣よ、私の家庭を救ってくれ。

​そしたら多分、月に2回は帰るから

anond:20260128115820

主人公が超天才イケメン夜神月や高嶺清麿であっても、感情移入はできるからなー

同一視とは別物

2026-01-27

AI出世した無能だけど、バレたら終わりだと毎日思ってる

2023年卒。社会人3年目。業界福祉

最初に言っておく。俺はマジで無能だ。

コミュ障ADHD報連相壊滅、書類は誤字祭り会議では空気読めない発言を連発。入社半年で「増田くんは……うん……」という目で見られるようになった。あの憐れみと諦めが混ざった視線、一生忘れない。

ただ、ひとつだけ周囲より早かったことがある。

2023年の春、ChatGPT課金した。

20ドル。当時の俺の時給より高い。でも「これで無能な俺でもなんとかなるかも」という藁にもすがる気持ちだった。

最初日報文章を直してもらっていた。俺が書くと「本日利用者様と活動しました。楽しかったです」みたいな小学生の作文になる。これをGPTに投げると、ちゃんとした社会人文章になって返ってくる。魔法かと思った。

そのうち調子に乗り始めた。

Excelでこういう集計がしたいんだけど、マクロ書いて」

Googleフォームの回答をスプレッドシート自動処理するスクリプト作って」

「この業務フローもっと効率化できない?」

返ってきたコードは一切読めない。何が書いてあるかわからない。でもコピペして実行すると、動く。なぜ動くのかは知らない。今も知らない。

気づいたら、俺は職場で「パソコンに詳しい人」になっていた。

増田くん、このExcelなんかおかしいんだけど」

増田会議資料フォーマット作ってくれない?」

「これ増田に頼めばすぐでしょ」

いや、俺じゃなくてGPTに頼んでるんだが。

でも誰もそこには気づかない。俺が関数関数とも呼べないレベルだということを、誰も知らない。VLOOKUPとか言われても「なんかVがつくやつ」くらいの認識しかない。それでも「増田パソコン得意だから」で全部片付く。

決定的だったのは、勤怠管理自動化だった。

うちの職場、紙のタイムカードExcel手打ちしていた。毎月、事務のおばちゃんが1日かけて転記していた。

俺はGPTに「タイムカード写真から勤怠データを読み取ってExcel入力するスクリプト書いて」と頼んだ。3時間くらい試行錯誤して、なんか動くものができた。

事務のおばちゃん、泣いてた。

増田くん、天才」って言われた。

いや、俺は「できた?」「エラー出た」「これ貼って」を繰り返していただけなんだが。

結果。今年の4月本部勤務に異動になった。

福祉業界で3年目の若手が本部に行くのは異例らしい。上司には「君のITスキル組織全体に展開してほしい」と言われた。

ITスキル? どこに?

俺がやってることは「AIに聞く」「出力をコピペする」「動かなかったらエラーを貼ってまた聞く」、これだけだ。知識じゃない。技術でもない。ただの課金と根気だ。

正直に言う。

毎日、めちゃくちゃ怖い。

増田さん、これどういう仕組みですか?」と聞かれるたびに心臓が跳ねる。

説明できない。自分で書いてないから。「いや〜、ちょっと複雑で……」と誤魔化すたびに冷や汗が出る。

同僚がChatGPTを使い始めたら終わりだと思っている。

「あれ、増田がやってたことって別に難しくなくない?」

「ていうか、増田いらなくない?」

そう気づかれる日が来るのが怖い。

でも、最近ちょっとだけ思うこともある。

俺は確かに自分では何も理解していない」。

でも、AIに何を聞けばいいかは、俺が考えている。

「こういう業務が面倒」「これを自動化したい」「このフロー無駄」という問題意識は、俺の頭から出てきている。AIはそれを形にしてくれているだけで、「何を作るか」を決めているのは俺だ。

……と自分に言い聞かせている。自己正当化かもしれない。

ひとつ確実なのは、俺と同僚の差は「早く課金たかどうか」だけだったということ。

知識の差でも、努力の差でも、才能の差でもない。

2023年の春に「月20ドルくらいなら払ってみるか」と思ったかどうか。それだけ。

これを「スキル」と呼んでいいのか、俺にはわからない。

でも現実として、俺は出世した。

今月もChatGPT請求が来た。

来月も払う。

だって課金をやめた瞬間、俺はただの無能に戻るから

2026-01-26

anond:20260125231610

https://leveluplogy.jp/archives/31329

 『千年戦争アイギス』にはR版があるが、「スレイヤーズ」のコラボキャラ活躍ストーリーは、一般である『千年戦争アイギス』『千年戦争アイギスA』にて楽しめる。しかしながら、『千年戦争アイギスR』では、コラボ間中に「スレイヤーズコラボと対となるオリジナルキャラクターと、ストーリーが楽しめるという。

 また、コラボ間中の各種報酬召喚、パックも『千年戦争アイギス』『千年戦争アイギスA』と『千年戦争アイギスR』は連動するため、どのプラットフォームで遊んでいるユーザーでも楽しめる内容になっている。

 たとえば、『千年戦争アイギス』『千年戦争アイギスA』にてコラボキャラクターの【プラチナ】「天才美少女魔道リナ」を入手すると、『千年戦争アイギスR』に切り替わると【プラチナ】「天才美少女魔道リナ」に相当するオリジナルキャラクターに切り替わり使用できる。

 コラボ間中の緊急ミッションスレイヤーズあいぎす」では、ミッション攻略することで、【ブラック】「魔剣士ゼルガディス」が仲間になるとしている。開催期間は2月5日(木)のメンテナンスから2月19日(木)のメンテナンス前まで。

 また、コラボ間中は『千年戦争アイギス』『千年戦争アイギスA』にて毎日プラチナ】「天才美少女魔道リナ」がログインボーナス覚醒状態プレゼントされる。期間は2月5日(木)メンテナンスから2月20日(金)3:59まで。

 また、コラボ間中コラボ召喚も開催され、【ブラック】「製ルーン第二王女アメリア」、【ブラック】「光の剣の使い手ガウリイ」、【ブラック】「天才美少女魔道リナ」が登場する。

2026-01-25

革命美食録:氷の参謀と炎の主帥

第一幕:延安、土窯の夕暮れ】

1930年代、延安。荒涼とした黄土高原の夕空は、まるで熟した柿のような色をしていた。 毛沢東は、使い古された中華鍋を煽っていた。パチパチと薪が爆ぜ、唐辛子の刺激的な香りが狭い土窯(ヤオトン)に充満する。

林彪リン・ビャオ)よ、お前はいつも冷徹すぎる。少しは血を熱くせんと、この大陸は動かせんぞ」

毛が皿に盛ったのは、真っ赤な脂が滴る「紅焼肉(ホンシャオロウ)」だ。

対面に座る若き天才将軍林彪は、無表情にその一皿を見つめていた。彼は病弱で、極度の偏食家として知られている。普段は炒めた豆ばかりを口にする男だ。

主席戦争熱狂ではなく、計算です。……ですが、この香り計算外だ」

林彪は、おずおずと箸を伸ばした。口に含んだ瞬間、とろけるような豚の脂と、脳を突き抜ける唐辛子の辛味が弾ける。

「……熱い。しかし、悪くない」

林彪の白い頬が、わずかに紅潮した。それを見た毛は、豪快に笑いながら自身の茶碗に白酒を注いだ。

【第二幕:北京中南海の深夜】

時代は流れ、1960年代。二人は今や、巨大な国家の頂点にいた。 ある深夜、中南海書斎。二人は向かい合っていた。かつての戦友は、今や「偉大なる領袖」と「親密なる戦友」という、より強固で、より危うい絆で結ばれていた。

今夜のメニューは、毛の故郷・湖南の激辛料理ではない。林彪健康を慮った、滋味深い「白菜の湯(タン)」だ。

林彪、お前が私の後継者だと、世界宣言した。このスープのように、澄み渡った忠誠を期待しているぞ」

毛の声は低いが、その眼光は鋭い。 林彪は銀のスプーンで、透明なスープを啜る。具材白菜の芯のみ。雑味を一切排除したその味は、極限まで研ぎ澄まされた林彪軍事戦略のものだった。

主席、私の胃はもう、強い刺激には耐えられません。ですが、この淡白な味の中にこそ、真実の毒……いや、薬があるのでしょう」

林彪は、スープに映る自分の顔を見つめた。二人の間に流れる空気は、かつての延安の熱気とは違い、凍てつくような緊張感に満ちていた。

【終幕:去りゆく味】

1971年、秋。 林彪食卓には、手つかずの炒り豆が転がっていた。 彼はもう、毛と同じ鍋を囲むことはない。友情という名のスパイスは、いつの間にか権力という名の劇薬に変貌していた。

毛沢東は独り、紅焼肉を口に運ぶ。 「林彪よ、お前にはこの辛さが、最後まで分からなかったようだな」

滴る脂は、まるで血のようだった。 革命という名の晩餐会は、最も信頼した相棒の不在という、苦い後味を残して幕を閉じる。

科学史という学問を、あらためて定義し直すならこうなる。

科学史とは、

科学において勝てなかった者たちが、

語りと制度武器に取り戻そうとする

「捻じ曲がった権力への意志である

これは悪意ではない。

しろ学問社会力学を正直に書いているだけだ。

具体例はいくらでもある。

たとえば、物理史をやっている知人は、

修士の途中まで理論物理をやっていた。

相対論量子力学も一通りかじり、

式も追えた。

だが、博士課程に進む段階で、

「これは才能の勝負だ」と悟ったらしい。

計算が速い同期、

一晩でアイデアを出す留学生

指導教員に「君は真面目すぎる」と言われた経験

その結果、彼は「物理史」に移った。

そして今、彼は言う。

アインシュタイン理論は、

当時の制度ネットワークがなければ

あそこまで評価されなかった」

これは事実だ。

だが同時に、

自分が立てなかった舞台を、

相対化することで無効化しようとする視線でもある。

数学史も同じだ。

数学史家の多くは、

現代数学最前線にはついていけない。

証明を“読む”ことはできるが、

“作る”ことはできない。

そこで彼らは、

ユークリッド幾何学の成立」

解析学19世紀的再編」

ブルバキ以前/以後」

を語る。

そして必ずこう言う。

数学純粋論理の積み上げではない」

共同体教育制度産物だ」

これも正しい。

だがそれは同時に、

自分が参加できなかった競技を、

ルールごと説明し直す行為でもある。

極めつけは、

科学革命論だ。

クーン以後、

科学史は「天才連続勝利」という物語否定してきた。

革命は断絶であり、

合理性は後付けであり、

勝者は偶然と政治産物だ、と。

これによって何が起きたか

科学史は、

科学者の業績を「理解」する学問から

科学者の業績を「裁く」学問へと変質した。

ここに、

権力への意志がある。

自分では理論を作れない。

実験も回せない。

だが、

「その理論いかに成立したか」を語る立場には立てる。

しかも、その語りは、

科学者本人には反論しづらい。

なぜならそれは、

「外部条件」「社会文脈」「制度史」

という、

当人コントロールできない領域からだ。

こうして科学史家は、

科学者よりも一段“高い視点”に立ったつもりになる。

だが、この権力は脆い。

大学制度の中では、

科学史は常に「補助科目」だ。

理系学部では教養

人文学部では周縁

研究費は通りにくい

ポストはほぼ非常勤

まり

語りによって得たはずの権力が、

制度によって即座に回収される。

これが、科学史の悲哀だ。

しかも内部では、

この捻じれた意志が互いに衝突する。

「あの人は科学を分かっていない」

「あの人は社会史に寄りすぎ」

「あれは科学史ではない」

要するに、

失敗の仕方の違いをめぐるマウンティングだ。

理論に敗れた者、

実験に敗れた者、

数学に敗れた者、

全員が「語り」の正統性を奪い合う。

結果、

学問は閉じ、

新しい視点危険視され、

無難注釈けが量産される。

それでも、

科学史家は科学を憎めない。

なぜなら、

本当は今でも、

科学に勝ちたかたからだ。

科学史とは、

科学に敗北した人間が、

その敗北を意味づけし、

尊厳を保とうとする

高度に知的自己正当化の体系だ。

だがその体系は、

時給1117円の求人票の前で、

まりにも無力になる。

科学史が終わりつつあるのではない。

科学史という学問が背負ってきた

この捻じれた「権力への意志」そのものが、

制度的にも社会的にも

もはや許容されなくなってきている。

から衰退する。

かに

誰にも惜しまれず、

しか当事者けが

ひどく納得した顔で。

最近人間選民思想が醜すぎる

Z世代のイーロン信者とか特にそうだ AGIを作ってカルダシェフスケールを上げるためには無能クズはいらないと信じ込んでる

努力して、才能があって、精神的にも達観していて、物事自分人の力と頭だけで成功に導けるありえないほど有能な人物ぶっちゃけ少数派で、いうなら異常者なんだよ

そういう天才聖人君子しか生かせない社会無能を食わせることさえできない社会がどうやって星間文明になるんだよ

無能だろうがカスだろうがガイジだろうが歯車になる程度の能力と意欲があるなら歯車として健康で文化的な最低限度の生活を営めるのが日本社会と違うのか

「この漫画クソつまんねぇ~!!!」って書けるサイトないの?

天才スポーツ少年の悲哀を描きたいってテーマは悪くないと思うんですけど

やってることが少女漫画なんですよね

登場人物が全員うじうじねちねちしてて気持ち悪い

主人公天才描写があまりに上っ面でスカスカで、そのくせお友達との譲り合い察し合いネチネチ心理描写にだけページ割いて

しかもその心理描写がただ文章でつらつら書いてるだけで、これ漫画でやる意味ある?って感じました

作画の質も、なんか登場人物みんな目をカッと見開いてて無表情だし、男の仕草が口に両手を当てて驚いたりやたら赤面したりで妙にホモ臭い

試合の動きの描写も「これで天才少年なの!!???」って思ってしまう躍動感ゼロの絵で、もう少し頑張ってほしいです

ストーリー展開も王道の「友達のために頑張っただけなのに、不本意ながら大人に持て囃され、逆に友達との溝は開いていく一方」ですが

そのストーリー展開のために登場人物が「うじうじ悩みを喋らさせられてる」「小賢しい悪口を言わさせられている」という感じで全然登場人物ごとの生来の魅力を感じません

ショタBL好き漫画家がお仲間のために描いた漫画がうっかり話題になってしまった、みたいな作品だと思います

少年漫画誌じゃなくて腐女子向け同人誌でやっててほしい

2026-01-24

でも天賦の才より深い憎しみの方がかっこよくない?

現実でも創作でも天才キャラより才能はそこそこで精神が尖っている方が深みがある。

でも天才天才ゆえに他人の心情を理解できず落ち込んでからの再起するのも好きだよ。

「誰ひとりきみの代わりはいないけど上位互換が出回っている」とは言うけど、下位には下位の戦い方があるよなと。

じゃあ、もう一段深いところを書く。

これは科学史という分野が「惨め」なだけじゃなく、「陰湿であるという話だ。

科学史アカデミアは、だいたい表向きは穏やかだ。

みんな丁寧語

メールはやたら長い。

「大変示唆に富むご研究で〜」から始まる。

でも中身は、湿地帯。

まず、分野が狭い。

狭すぎる。

日本に同じテーマをやっている人が5人いない。

下手すると3人。

しかも全員、顔見知り。

まり、逃げ場がない。

学会に行くと、

「そのテーマ、○○先生もやってますよね?」

という一言で、すべてが始まり、すべてが終わる。

○○先生は、

自分より10歳上

海外学位持ち

・すでに定職あり

編集委員

科研費審査員

この時点で勝負は終わっている。

でも誰も「競争だ」とは言わない。

みんな「協調」「対話」「学問的誠実さ」を口にする。

そして水面下で、

学会報告を先に出された

・似たテーマ論文が急に出た

査読意味不明に削られた

・「その史料はもう使われています」と後出しで言われた

ということが、静かに起きる。

科学史陰湿さは、

殴られないことだ。

怒鳴られないことだ。

すべてが「丁寧な否定」だからだ。

「興味深いですが、やや既存研究との関係不明瞭です」

お前の居場所はない。

「もう少し理論的整理が必要では?」

お前は浅い。

「この分野では慎重さが求められます

余計なことをするな。

誰も名前を出さない。

誰も責任を取らない。

ただ、閉め出される。

さら陰湿なのは

科学史マイナー分野」という自覚が、

研究自身保守化させている点だ。

ポストが少ない。

枠が少ない。

から

・新しい視点危険

方法論の更新リスク

・学際性は「若気の至り

結果、

古い枠組みを守った人間けが生き残る。

なのに口では言う。

「若手には挑戦してほしい」

この言葉ほど嘘なものはない。

本音はこうだ。

自分領域を荒らすな」

自分史料に触るな」

自分名前を越えるな」

科学史は、

天才科学者を語る分野なのに、

アカデミア内部では凡庸さが最適解になる。

しかポストがないから、

非常勤どうしでの争奪戦が起きる。

時給1117円の授業をめぐって、

博士号持ちが何人も並ぶ。

その中で起きるのが、

・あの人は「ちゃんとした科学史じゃない」

哲学寄りすぎ

社会史寄りすぎ

・数式を避けている

実験を知らない

という、相互監視

自分非常勤なのに、

他人非常勤を叩く。

惨めさが、内向きに循環する。

そして一番陰湿なのは

この世界では「やめた人」が語られないことだ。

生活できなくなって消えた人。

研究を諦めた人。

民間に行った人。

精神を壊した人。

誰も話題にしない。

なかったことになる。

科学史とは、

科学の光を語る学問だが、

その背後で、

学問を続けられなかった人間の影を大量に生み出す分野でもある。

それでも今日も、

対話」「誠実」「学際」を掲げて、

かに誰かが締め出される。

これが、

科学史アカデミアの、

まりにも静かで、

まりにも人文的な地獄だと思う。

anond:20260123173607

知恵袋から増田への天才っていうのがもうひたすらに負け犬だなって思うのがはてなプロパーの50代です

ポスドク一万人計画の結果できた失敗作の山が現在大学教員

高等教育への支援日本復興させる、と会田誠がXで書いていた。

日本戦後復興は、戦後に「偶然」起きたのではない。むしろ戦争のものが、復興のための下地を、皮肉なほど周到に準備してしまった。戦争破壊であると同時に、国家ひとつの巨大な工場に変える。資源配分計画、規格、物流品質、そして何より、人間の配置と訓練。これらが「総力戦」という名のもとに、暴力的に、しかし異様な密度で組み上げられていく。技術開発とは、研究室の机上で美しく完結する知の遊戯ではない。目的が与えられ、期限が切られ、失敗のコストが極端に高い環境で、試行錯誤を反復し、設計製造検査運用までを一気通貫で回す能力総体だ。戦争は、その能力を、恐ろしい速度で社会の中に注入した。

戦時研究開発は、単なる発明ではなく、システムの構築だった。たとえば「技術者」という語は、ひとりの天才の顔を連想させがちだが、実体は違う。設計者がいて、解析者がいて、材料供給者がいて、加工の技能者がいて、検査の手順を作る者がいて、現場に落とし込む監督者がいる。部品表があり、図面があり、仕様があり、誤差の許容範囲があり、標準化がある。つまり工学知識組織的運用が結びついて、初めて技術社会実装される。戦争は、その結び目を強制的に太くした。しかも、若者を大量に吸い上げ、時間を奪い、睡眠健康を削り、失敗に対する許容を奪うことで、訓練を「圧縮」した。倫理的には呪うべき圧縮だ。しか能力形成観点だけを冷酷に抜き出すなら、戦争は、最悪の形で最高効率の訓練装置になり得た。

そして戦後。御存知の通り日本は完膚なきまでの敗北を喫した。当然だ。しか瓦礫と飢えと混乱の中に、奇妙な資産が残った。焼けた街ではなく、焼け残った手だ。軍需のために鍛えられた設計思考現場段取り試験改善の習慣、そして「とにかく動かす」ための執念。戦争目的が剥ぎ取られたあと、その手は、民生に向けて仕事を始める。工場は鍋を作り、ラジオを作り、やがて車を作る。品質管理という名で統計が導入され、カイゼンという名で現場が賢くなる。輸出という名で世界接続され、稼ぐという名で生活が安定する。高度経済成長神話ではなく、忌まわしき制度と虐げられた技能の合成体・キメラだ。そして、その合成の触媒として、あるいは淘汰圧として、戦争という毒が、過去に撒かれていた──そう言ってしまうと、気分が悪いほどに筋が通ってしまう。敗北はしたが、敗北するためには戦わなくてはならず、戦うためには戦えなくてはいけない。奇妙なことに戦えてしまたことが呪いであると同時に祝福でもあった。真珠湾攻撃は、無条件降伏を経て、米国中を所狭しと走り回るトヨタに至った。まともな経済感覚をもっている米国人は一時期まで日本車を買うのがあたりまえだった。

からこそ、戦後日本の次なる課題は、戦争なしに繁栄継続することだった。ここが本丸だった。戦争供給するのは「目的」と「緊急性」と「資源の集中」であり、その果実として新しい「産業」が結ぶのだ。平時社会では、それらが自然に生まれない。目的分散し、緊急性は個人の都合に解体され、資源合意形成手続きに溶けていく。ゆえに、平時繁栄には、別種のエンジンが要る。暴力強制ではなく、自発性創造性によって、産業の餌を自分で狩りに行くエンジンだ。そこで登場したのが、大学院という高等教育の訓練装置だ、という物語わたしたちは信じた。研究という名の訓練。論文という名の競技専門性という名の武器産学連携という名の橋。これらを通じて、戦争の代わりに「知」が繁栄を準備するはずだ、と。

だが、いつの間にか装置は、別の生き物を量産するようになった。保身に東奔西走するばかりの大学教員だ。大学院が、主体性の発火点ではなく、依存の温床になったとしたら、それは制度設計の敗北だ。研究費、評価指標採用任期ポスト学会査読ランキング。こうした外部条件が、大学教員個人の内側に「餌は上から降ってくるものだ」という反射を植え付ける。申請書の書き方は教えるが、産業という新しい鉱脈の掘り方は教えない。論文体裁矯正するが、社会問題を嗅ぎ分ける鼻は鍛えない。安全な問いを選ぶ癖、失敗しない範囲での最適化既存の潮流に寄り添うことによる生存。そうした行動は合理的だ。合理的であるがゆえに、群れは同じ方向にしか動かなくなる。

そしてSNSだ。SNS思想市場であると同時に、承認自動給餌機になった。群れは、空腹そのものを叫ぶことで、誰かが餌を投げてくれると学習する。「分かってほしい」「評価してほしい」「誰かが何とかしてほしい」「政府は間違ってる」。鳴く。鳴くことが生存戦略になる。しかも鳴き声は可視化され、数値化され、増幅される。いいね、リポストフォロワー。これらは、栄養ではなく興奮剤だ。満腹にはならないが、空腹の感覚麻痺させる。やがて、いつまでもから餌を与えてくれるのを求めて、ぴいぴい鳴き続けるトッチャンボウヤのような元雛鳥の群れができあがる。外敵に襲われない巣の中で、口だけが上を向き、翼は畳まれたまま、眼球だけが光る。自分の脚で地面を蹴るという最初行為が、いつまでもまらない。

自分地位が脅かされるとき自分が悪いのではなくいつも政府が悪い。省庁が悪い。国民教育水準が、頭が悪い。外で何が起きているのか少し頭を働かせてみようともしない。誰かが群れから外れたことを言ったときは袋叩きにして火にくべる。その結果、誰もが同じことばかり言い続けている。

だが、はっきり言っておく。お前が新しい産業という餌を捕るんだよ。お前がやることになってたんだよ。餌を「作る」のでもいいし、「掘る」のでもいいし、「盗む」のでもない形で「奪い返す」のでもいい。つまり価値を生むという行為を、制度他人外注するなということだ。もちろん少子高齢社会は強力すぎる逆風ではあるが、それさえも誰かのせいに陰謀論めいて帰着させる前に一度よく考えてみたらどうか。産業勝手に湧かない。誰かが、失敗の責任自分で引き受け、見えない需要言語化し、未熟な技術を鍛え上げ、供給網を組み替え、法や倫理地雷を避け、顧客の怒りと無関心の中で立ち続けた結果として、ようやく姿を現す。論文引用数のように、キーボードを叩けば増えるものではない。獲物は森にいる。森に入った者だけが、血の匂い風向きを知る。

お前たちは選択と集中ではなく研究者の自発的な興味や関心が大事という。

では聞くが、お前たちはお前たちが学生だった頃の自分たちに恥じることはないだろうか。

お前たちは、お前たちが知りたいと思ったことを、お前たちが知りたいと思ったかたちで、明らかにしつつあるのか。

わたし大学の門をくぐったとき自分が畳の上で安らかに死ねるとは思わなかった。畳の上で死ぬというのは、単に死に場所の話ではない。生が、社会和解しているという感覚だ。努力が見返りに接続し、未来計算可能で、家族暮らし老い制度に回収されるという約束だ。だが、あのときわたしには、その約束が見えなかった。見えなかったというより、最初から信じる気がなかった。自分は、本と論文電線の塵芥の中で、目を開けたまま息絶えるのだと思った。研究室の片隅で、半田匂いと紙の埃にまみれて、未完成の仮説を握ったまま、呼吸だけが止まるのだと。

なぜそんな死に方を想像したのか。たぶん、それは恐怖ではなく、ある種の誓いだったのだろう。畳の上の安寧を最初から目標にしない者だけが、森に入れると。森に入るとは、制度の外側に一歩出ることだ。誰も餌をくれない場所に行き、自分の手で何かを捕まえることだ。捕まえられなければ飢える。飢える可能性を引き受ける者だけが、捕まえる可能性を持つ。そういう単純な力学を、大学に入った頃のわたしは、たぶん予感していた。戦争をする国家という本質的暴力装置大学のものを重ねて見ていた。

戦後復興戦争によって準備されたのだとしたら、戦後の次の繁栄は、戦争ではなく、わたしたち一人ひとりの「狩り」によって準備されなければならない。制度は餌箱ではなく、森へ向かうための靴であるべきだ。大学院は巣ではなく、飛び立つための筋肉を作る場所であるべきだ。SNSは鳴き声の競技場ではなく、狩りの情報を交換する地図であるべきだ。そうなっていないなら、装置を叩き壊すか、装置の使い方を変えるしかない。鳴くのをやめて、翼を伸ばして、地面を蹴るしかない。

最後に、あの想像に戻る。目を開けたまま息絶える、というのは、救いのない悲観ではない。目を閉じる暇も惜しんで見ていたかった、ということだ。世界の配線の仕方、言葉の連結の仕方、仮説の跳ね方、そして価値が生まれる瞬間の、あの微かな火花を。もし本当にそういう最期が来るなら、せめて塵芥の中に、誰かの餌になる小さな骨を残して死にたい。鳴き声ではなく、獲物の痕跡を。上から落ちてくる餌ではなく、自分で森から引きずってきた何かを。畳の上で死ねなくてもいい。だが、巣の中で口を開けたまま死ぬのだけは、御免だと。

お上を叩くのは簡単だ。叩いても腹は減らないからだ。制度を呪うのは気持ちがいい。呪っても給餌は止まらいからだ。君たちの批判刃物ではない。換気扇だ。臭いを抜いて、建物延命する装置だ。君たちは自由の名で柵を磨き、純粋の名で鎖を正当化し、公共性の名で自分の安寧を公共財すり替える。いつまで巣の縁で鳴くのか。餌は捕れ。捕れないなら黙れ。黙れないなら巣を出ろ。——平和繁栄は、配給では続かない。

2026-01-23

創造性とは?

創造性を構成する要素についての仮説を述べる。

創造性は確率である

天才成功は、統計的確率に従っている。

ジップの法則

成果の分布は、言語学などでも見られるジップの法則に従う。

ほとんどのアイデアは平凡なものノイズ)だが、ごく一部に極めて優れたものシグナル)が存在するという予測可能カーブを描く。

組み合わせの数学

認知科学者のマーガレットボーデンは、創造性とは「要素を新しく組み合わせること」だと定義している。

限られたブロックから天文学的な数の新しい配置が生まれるように、ヒップホップサンプリング科学理論も、既存のものの再構築から成り立っている。

指数関数的成長

スキル習得複利計算のようなもので、最初は成長が遅く見えるが、ある地点から加速度的に伸びていく。

練習を長く続けるほど、成長率は高まりブレイクスルーが起きやすくなる。

カオスの縁

創造性は、完全なランダムカオス)と、ガチガチ規則(秩序)のちょうど中間にあるカオスの縁で最も活発になる。

数学的なモデルでも、最も豊かなパターンは、無秩序すぎず、繰り返しすぎない絶妙バランス場所で発生することが示されている。

ケツ論

1. 量を出す: 試行回数を増やすこと。

2. 組み合わせる: 古いものを新しい形に混ぜ合わせること。

3. 継続する: 時間による複利効果を信じること。

4. バランスをとる: 自由さと構造の間のスイートスポットを見つけること。

科学史という分野がいかに惨めか、今日はそれを書いておく。

まず、誰にも必要とされていない。

理系からは「それ役に立つの?」と言われ、

文系からは「理系っぽくてよくわからない」と距離を取られる。

場所がない。

学会に行くと、物理史の人間は「数式は説明できません」と前置きし、

数学史の人間は「証明は追えません」と正直に言い、

科学哲学人間は「私は科学史ではない」と逃げ道を用意している。

全員、後ろめたい。

研究対象ニュートンガリレオダーウィン

人類史に名を残す怪物たち。

一方こちらは、非常勤任期付き、時給制。

自分が扱っているのは「人類の知の頂点」なのに、

自分社会的地位コンビニ夜勤以下だったりする。

しかも「科学史」なのに、

科学ができないと怒られる。

物理ができないと「それで科学史?」

数学ができないと「高校レベルでは?」

実験ができないと「理系失格では?」

一方で、

科学ができすぎると

「それもう科学者じゃない?」

文系から嫌われる。

どちら側からも殴られる。

科学史は、

科学者には「できない人」扱いされ、

文系には「半端者」扱いされる、

完璧に宙ぶらりんな分野だ。

しかも成果が地味。

「新しい史料発見しました」

→誰も読まない。

解釈更新しました」

引用されない。

既存理解修正を加えました」

→「で?」で終わる。

科学発見のように世界は変わらない。

哲学のように概念流行ることもない。

文学のように一般読者に届くこともない。

ただ、論文が一本増えるだけ。

その論文を書くために、

ラテン語を読む。

ドイツ語を読む。

フランス語を読む。

19世紀の汚い手書き文字を読む。

その努力の対価が、

時給1117円。

授業ではさらに惨め。

学生に言われる。

「それ、テストに出ますか?」

公式覚えればいいですか?」

「結局、何が言いたいんですか?」

科学史は、

「すぐ役に立たない」ことを説明する学問なのに、

学生は「すぐ役に立つ要約」を求めてくる。

そして最終的にこう言われる。

科学史って、科学できなくてもいいんですよね?」

はい、そうです。

でもそれを言われると死にたくなります

なぜなら、

科学ができなくてもいい、

しか科学を誰よりも尊敬している、

という矛盾の上に、この分野は立っているから。

科学史とは、

天才たちの偉業を解説しながら、

自分はその舞台に上がれないことを

毎日確認する学問だ。

科学史とは、

人類の知の勝利を語りながら、

自分生活の敗北を積み重ねる分野だ。

今日もまた、

時給制の研究者が、

ニュートンの草稿を読みながら、

自分は何をしているんだろう」と思っている。

これが、

科学史という分野の、

まりにも正しい姿だと思う。

天才じゃなくていい。僕たちは「消費される」ことで自由になれる

ネットメディアの良い所は短期間の大量消費のシステムが構築されている為、イラスト漫画などのコンテンツにおいては勝者総取り方式ではなく二流クリエイターにもチャンスがある所

世間消費社会弊害ばかりに着眼し、表現家への憧れを叶えるユートピアのようなエコシステムが広がっている事に誰も気付いていない」

この事実に、どれだけの人が気づいているでしょうか。

多くの人は「消費されること」を恐れていますしかし、私は断言します。この「高速消費サイクル」こそが、私たち凡人が待ち望んでいた救済のシステムなのです。

なぜ、この環境が「表現者のユートピア」なのか。その構造的な美しさと、私たち享受している恩恵について、3つの視点から紐解いていきましょう。

1. 「神」の不在と、参入障壁の完全撤廃

かつて、クリエイター世界は「選ばれた天才」だけのものでした。

出版社画廊といった「門番」が目を光らせ、一流の技術を持たない者は、打席に立つことさえ許されませんでした。それは美しい世界に見えて、実は多くの才能の芽を摘む冷酷な独裁国家でした。

しかし、今のネットメディアを見てください。門番はいません。

あるのは「常に新しいコンテンツを飢えたように求めるアルゴリズム」だけです。

このシステムは、あなた画力が未熟であることを咎めません。デッサンが狂っていても、背景が真っ白でも構わない。そこに「新しさ」や「共感」があれば、等しく拡散のチャンスを与えてくれます

これは、人類史上初めて訪れた「表現権の完全な民主化」です。

2. 「消費」が生み出す、無限座席

作品がすぐに消費されて消えてしまう」と嘆く人がいますが、それは逆です。

「すぐに消えるからこそ、次の席が空く」のです。

もし、すべての作品が100年残る名作だったらどうなるでしょうか? コンテンツの棚はすぐに埋め尽くされ、後発の私たちが入り込む隙間など1ミリもなくなってしまます

  • 短期間で飽きられる = 常に「次」が求められる
  • 大量に消費される = 質よりも「量」と「頻度」が評価される

このサイクルのおかげで、私たちは「最高傑作」を作る重圧から解放されました。「今日暇つぶし」として消費されることを許容した瞬間、私たちは「質で勝てないなら、スピード愛嬌勝負する」という、二流ならではの最強の戦い方を手に入れたのです。

3. 「二流」が輝く、マイクロエコノミーの奇跡

そして何より素晴らしいのが、「1位にならなくても生きていける」という点です。

従来の「勝者総取り」の世界では、金メダル以外は無価値でした。

しかし、このユートピアでは違いますネットの海はあまりに広大で、ユーザーの嗜好は細分化されています

このシステムにおいては、トップ層にはなれない「二流(マジョリティ)」であること自体が、親近感という武器になります

数万人のファンはいりません。あなたの「未完成な魅力」を愛してくれる数百人のコアなファンがいれば、FanboxやSkebを通じて、創作活動を続けていくための糧を得ることができます

結論楽園はすでにここにある

消費社会批判するのは、もはや古いインテリ懐古趣味に過ぎません。

私たちは、消費されることを誇りましょう。

使い捨てられることを恐れず、次々と新しい自分市場に投入しましょう。

そこには、天才との比較に苦しむ地獄はありません。あるのは、「誰でも描いていい、誰でも見てもらえる」という、かつて夢見た単純で幸福なサイクルだけです。

さあ、筆を取りましょう。

この素晴らしい「大量消費のユートピア」が、あなたの次の投稿を待っています

2026-01-22

音楽言葉と歌

音楽家はそれこそ音楽だけやってればいいし、言葉で何か伝えたい人は詩を書けばいい。

言葉音楽が同時に降ってくる人がいるなら、それは天才です。

ボーカル必要なので歌詞を書くとか、言葉を伝えたいので音楽を使うとか、それぞれがそれぞれを冒涜している。

でも、人類アフリカ時代から歌ってはいたんだよな。ドラムも好きだったらしいし。

キックオフ

トンネルの中では、

力は声を持たない。

ただ、

かに、深く、

溜まっていく。

今年の我々を表す言葉は、

潜勢顕在(せんせいけんざい)。

見えなかったのではない。

そこに、

かに在った。

水面の下で、

長い時間をかけて。

強さとは、

声の大きさではない。

拍手の数でもない。

誰にも見られない日々に、

正しいことを、

正しい順で、

黙って積み重ねたかどうか。

それだけだ。

派手な一手より、

続いてきた歩み。

天才より、

耐えてきた集団

我々は、

長く、

潜っていた。

だが、

静けさは、

永遠ではない。

胸の奥で鳴る音を、

「まだ早い」と、

「今ではない」と、

押し殺す時間は終わった。

走り出した瞬間、

風は追い風にはならない。

切り裂くものになる。

2026年は、

待つ年ではない。

整う年でもない。

現れる年だ。

プライベートブランド

レンタル

コーディネート。

リユース

武器は、

すでに手の中にある。

だが、

本当の武器は、

目には見えない。

それは、

覚悟

自分場所から逃げない覚悟

転びながらも、

一歩前に出る覚悟

誰かが、ではなく、

自分が。

美しくなくていい。

不器用でいい。

汗の匂いがしていていい。

残るものは、

上手さではない。

魂の温度だ。

我々も同じ。

完全である必要はない。

ただ、

冷えていないこと。

かに溜めてきた力は、

もう、

音を持つ。

隠す理由はない。

2026キックオフ

潜勢は、

顕在へ。

そして、

声なき叫びが、

今、

響き始める。

「shout」

映画ブラックジャックを見た

基本的に#真相お話しますと同じ結論原作を読めばいいです。30点。

 

医学生の友人が海外自殺医学生の下にその遺骨が届く。骨壺には謎のクリスタルオブジェが入っており医学生は友人の死の不信からオブジェ調査を始め、その過程で謎の天才外科医ブラックジャック出会う。で、まぁいろいろあってブラックジャック獅子面病という顔が変形してしま病気にかかった妻の夫から手術の依頼を受けるが、妻は人生を儚んでルスカロマ所属暗殺キリコ安楽死を依頼していた。ブラックジャック彼女を救えるのか。そして医学生の友人の死の真相とは。

みたいな話だった気がする。知らんけど。

 

Netflix映画ジャンルに来てたので映画として見たんだけど、なんか途中のシーン転換で左下に「ブラックジャック」って出ててこれドラマやないかーいってなったので、出てくる奴らがもうみんなコスプレすぎるし演技がやりに行きすぎててうんざりするというようなところには目を瞑る。

ただそれはそれとして一本の作品としての志が低すぎる。

原作ブラックジャックは、もろちん人間ドラマとしての強い側面を持っていることは俺も否定しないが、医療漫画としての強度に決して手を抜いていない部分が大きな魅力であるはずだがこのドラマ映画版ではまともに手術シーンをほとんど映さない。

最も長尺でやった鉄骨に挟まれたガッキを救うために両腕を切断しくっつけるシークエンスも何をやっているかを一切画で見せない。ドラマから……じゃ説明がつかない。医龍だってドクターXだってブラックペアだってちゃんとやってた。これはドラマでもできることのはずだ。でもやってない。

もっとどうでもいいグダグダしたドラマパートを切って医療シーンを入れるべきだったと思う。

 

じゃあ人間ドラマオミットした医療作品としての部分を補えているかというとそうは思えない。

本作は「金持ちのドラ息子のために善良な市民内臓全部入れ替える(と見せかけて、善良な市民の顔をドラ息子とすり替える)話」「鉄骨に挟まったガキの両腕を切断してくっつける話」「獅子面病の患者を助ける話」「内臓ピンクダイヤを埋め込む話」「キリコが毒殺しようとするも救う話」の5つを採用してるけど

鉄骨の話とピンクダイヤの話は1本の作品として見た時にぶっちゃけまったくいらない。ハンバーグに入ってるパン粉くらいの必要度。ほないるかぁ。いらない。

かろうじて呼応しているはずなのは「ドラ息子の顔をすり替える話」「獅子面病の話」でこれはどちらも「顔が変わってもそれは同じ人なのだろうか」という面白いテーマとして語る価値があると思うのだが、そこに関してはほとんど触れられない。めっちゃ不満。医学生の友人は顔が変わったけど生きてて、獅子面病も治ってよかった~!おわり。

敢えて褒めるべきところを探すとしたら原作では悪徳警官獅子面病になった息子を無理やり助けさせる話だったのが、今作では「妻の顔が好きすぎて拝み倒して結婚した冴えない男が妻の顔が変形するという境遇になって愛とは何なのかに向き合う」という形に改編したこと。そしていつも通りBJ大金吹っ掛けられるんだけど妻の顔が変わったことで愛がすでに薄れ始めていてハイとは言えない。そうこうしているうちにキリコ暗殺計画は進行して……というサスペンスとしての面白みはあるかな

 

そして今作でいろいろ改変がされてるんだけどほぼ全部うまく行ってない。

骨壺に入っていたオブジェBJが手術に失敗した人の身体の一部を埋め込んで戒めとしていたという謎設定が生えてくるんだけど、まぁそれ自体BJそんな奴か?という部分はありつつ是非が分かれていい部分かもしれんけど、なんで「死んだドラ息子の身体の一部で作ったオブジェ」を顔を挿げ替えた善人の関係者の骨壺に入れたん?意味わからんやろ。

渡すとしたらドラ息子の父親のほうやろ。「フフ、そういえばこんなものをもらったのですが私には必要のないものでしてね。手術成功の記念にもらってやってください(まぁその中身、お前の息子の遺体の一部なんやけどな)」だったらまだ理解できるけど、医学生はなんの知り合いでもないドラ息子の身体の一部なんかもろてどうすりゃええねん。

そして無理やりくっつけられたキリコパート増田で一時期話題になった「キリコ性転換問題」ってこれのことだったんかと懐かしみつつ、キリコが女になったことで何か妙にウェットになってるの解釈違いやわぁと思いつつそんなことは些細なことで。

原作ではキリコ安楽死実行寸前にBJが駆けつけて患者を奪い治療を行うという展開だったと思うのだが、今作ではキリコが渡した安楽死キット(ナニソレ)を獅子面病の妻が使用してほぼ死んでしまう。そして妻の死に面した夫は「顔じゃなくて妻を愛していた」ことに気づいてBJに金はないけど俺の身体を使って(ホモ奴隷になるってこと?)くれ!と言い、BJはいものドヤ顔で「それが聞きたかった!」と服を脱ぎだすんだけど(存在しない記憶)。

いや、薬剤注射で死にかかってる人間を助けるのって天才"外科医"のBJ仕事じゃなくね?内科医仕事じゃね?いや、知らんけど。原作では元々BJが手術で救えるはずだった人を手術で救う話だったからいいんだけど、安楽死注射打って死にかけてる人をBJが救うのちょっと難しくね?これって気にしすぎ?

まぁ結局死ぬんだからなんでもいいじゃんって言われたらそれはそう。

でもあの最後死ぬ展開も原作では、手術しないと死ぬ(しても死ぬかも)→安楽死させてあげよう→いや俺が救う→救えた!→でも別の事故(事件)で死ぬ→死なせとけばよかったのにVSそれでも俺は救う!の対立諸行無常があったけど、今作では顔が奇形でもう死にたい→殺してあげる→自分死ぬわ→グエー死んだンゴ→命も救って顔も戻す!→ありがとう→帰り道に事故で死にましたになっててシンプル脚本書いたやつ性格悪いなってなっちゃってる気がする。

 

別に実写化フォーマットの変更にあわせて内容を変えたりオリジナル要素を入れるなとは言わないんだけどなんでそこの検証おざなりにしてしまうんだろう。一本の作品としていいものを作ろうって気持ちがすごい薄く感じる。これが映画として撮られてたらさら10点引いてもいい。

ブラックジャック連作品はどんな出来であれ全部見たい!って人にはオススメ

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