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2026-05-11

映画】ザ・エクソシズム を見た

ヴァカチンなエクソシスト。34点。

 

エクソシスト映画撮影前、主人公神父役の役者が変死してしまう。その代役にアル中業界を干されているラッセル・クロウが選ばれ、なんかうまく行ってない娘は付き人として撮影に参加。しかし、アル中で脳が委縮したラッセルはろくに台詞も覚えられないし体調も悪い。そうこうしているうちにラッセルの様子がどんどんおかしくなっていき、撮影現場では異変が起き始める。もやしこの映画は呪われているのでは、ラッセル親子の行く末は……

みたいな話。

 

ちゅ~~~~~~~~~~~と半端やなぁ(ちゃらんぽらん感)。

いや、やらんとしてることはわかるんよ。トラウマの苦悩、演技で自分を追い込むことによる変容、信仰の脆さ、親子の絆、そしてエクソシスト映画。でもこれらを全部やろうとした結果、全部中途半端になってる。

ラッセル敬虔キリスト教徒だったんだけどいつも通り幼少期に神父にケツ掘られててそれがトラウマになっている。その後、役者として大成するもトラウマから逃れるために酒と薬の日々を送り、妻が大病を患って死んだ際には更生施設に入っていて死に目にも会えてないので娘との間には距離がある。

そんな彼が皮肉なことに敬虔神父の役をやることになってストレスはたまりディレクターから過去のこと、酒浸りだけではなく幼少期のことまでをチクチク責められるしどんどん様子がおかしくなっていくが、そのうち本当に悪魔に取りつかれてしまう。

でもここの"役に押しつぶされる"展開がめっちゃいから、悪魔に憑かれる展開へのジャンプめっちゃ弱い。序盤からラッセルはずーっと鬱々してるし様子がおかしいから、悪魔に取りつかれておかしくなるっていうギャップが薄い。もろちん、これは悪魔?それとも本人?っていうサスペンスはあるんだけど見てる側からすればどっちでもよくね?ってなっちゃう。悪魔だろうが本人だろうが様子がおかしいのには変わりないし。

また、ラッセルが抱えているトラウマが作中で解消されるという展開もない。後半はもうずーっと悪魔に取りつかれて様子がおかしラッセルが大暴れしていて、これを親子の絆で取り戻す展開かと思いきやまったくそんなことはなく。映画アドバイザーとして参加していたプロ神父が「ワイがラッセルの中の悪魔を引き受ける!」つって悪魔を吸収し、ラッセルと娘、あとなんかぬるっといてた共演女優みんなでお祈りを唱えた結果、爆発炎上して終了。

別にトラウマの解消はそんなに簡単ものじゃないにせよ、何らかの進展があってもええやん。っていうか、あるべきでしょ。神父様の自己犠牲によって助かりました、まぁ、神父に性加害されたことがトラウマだったのが神父にもいい奴もいるんだよ!で和らいだという考え方ができなくもないけど。でもラッセル悪魔に取りつかれた神父の脳天に十字架ぶっ刺してるんだよな……殺人だよ……ハッ!?神父の恨みを神父で晴らしてスッキリした!ってこと!?

どんな映画やねん。

信仰の脆さに関しては敬虔神父として娘に寄り添いこの事件解決に動いてくれてた神父悪魔を吸収する際に、彼自身父親である神父から強制的洗礼を授けられた存在だったことがわかるんだけど、まぁ、だから何?って感じで。そのことが今回の悪魔祓いに特に有効に働く要素もなかったし。

そりゃ、俳優として神父を演じることで悪魔化したが本心で神を信じていたラッセルと、神父であることを強要されてある意味神父を演じていた神父という対比と、最後最後神父として神の御業を見せて大往生してよかったねって感じなのかもしれないけど、少なくともそう見えるように脚本が作られていない。

つーか、神父燃えて死んで次のシーンでラッセルがなんか手紙書いてるシーンで終わるの適当すぎないか

結局何の話やってんってなるわ。

やりたいことがいろいろあるのはわかるけど少なくとも映画としての接続はうんちだったからか、かなり退屈だった。

 

まぁそんな感じかな。

あと冒頭から画面が一生薄暗いから目が疲れるしメリハリもなくなってると思う。ラッセル悪魔に憑かれた表現も、今日日それ?って感じの既視感があるものばっかりでナンダカナーって感じ。ジャンプケアはちょいちょいあるのでビックリホラーとしてはギリ楽しめるかな。

なので、まぁ、悪魔祓い映画コンプ勢にはギリオススメ。ラッセル悪魔祓いする映画だったらヴァチカンの方を見た方がいいと思いました。

2026-05-04

十字架のほうが先だよね?

だったら、それを宗教シンボルにする教徒って、マゾじゃね?なんで刑罰の道具をトレードマークにするのさ…

サムライ神道ハラキリやクビキリを旗印にするか?しないだろ?(もっと海外から以下略)

2026-05-03

まじで比べたらあかんけど十字架は曲でバズったから皆曲を知ってるけど、誤算は客芸でバズったから皆曲は知らんのよな。(俺もシンデレラしか知らん)あのコンテンツに「誤算じゃないといけない」という価値はない。分母が増えればそれだけ綻ぶ可能性も増える。逆によくここまで耐えたな。

2026-04-14

anond:20260414011848

ちなみにですが、その福島原発の補強費用を跳ねのけたの当時の民主党政権ですよ。

から左派の皆さんはあの件は下手に触れない方が身のためです。あれこそブーメランであり、当時それを選んだ日本国民十字架です。

2026-04-07

神を信じたい

ホームレスの振りして誰かが助けてくれたらその人に大金プレゼントするみたいなドッキリ。

アメリカの見てたら助けようとする人もだいたい苦労人だったり家がない人だったり自分全然お金ないんだけど

から痛みが分かるのか数ドルでもなにかしら助けようとしてくれるんだけど

それだけじゃなくてもうひとつ特徴があってそれは必ず神に祈りをささげてる。

神を信じてるからあなたにも救いがある私があなたに会ったのも神の意思だみたいなこといって

あなたを助けることは神の意思、教えなんだ一緒に祈ろうみたなことを言ってる。

辛い人生を送る人がイエス・キリストを信じて疑わない。

自分を良き存在にしたいなら神を信じるのが手っ取り早いのか。

例えば悪い新興宗教にハマって、お金を吸い取られて、周りにも迷惑をかけるようなことがあったらそれは幸せではない。

世界をよくするとは思えないし、本人は幸せなつもりでもそれは独りよがりしかない。

じゃあそういうのじゃない宗教ならどうなんだろう。

信じる神がいることで善き人であろうとする、そうやって生きようとすること。

信じる神がいるから辛いことにも耐えられる。いや、辛いことがありすぎるから信じる神が必要、どちらが先かみたいな話。

幼いころに母親と妹をいっぺんに亡くした。

父親自分を見失ってしまい、子供だった俺ともう一人の妹は親戚の家でしばらく過ごした。

半年くらいして父親とまた暮らし始めたとき父はイエス・キリストを信じるようになっていた。

日曜には教会に通わされて教会の他の子供たちと遊んだ聖書アニメにしたやつを見たりした。

家の中でも食事の時はお祈りをして、十字架が飾られた。

俺は全然意味が分からないし、田舎にある仏壇のほうがどっちかっていうとしっくりきた。

妹は父親に合わせて神様の話をすごくするようになった。

俺だけがついていけなかった。

そうやって父と妹はクリスチャンになった。

俺は高校出たら家から離れて一人で生きてきた。

老いた父に、信仰心について聞いてみたかった。

あんときな藁にもすがる思いなのになにに祈ればいいかわからんかった」

「だから神様がほしくてそれがたまたまキリストだった。仏とかじゃなかったのは俺もよくわからん

「なんでもとにかくなんかすがるもの必要だった」

「それで俺まで死なずにすんだと思った。お前らのことももちろんあったけど、それくらいギリギリだった」

「だから助けてくれたっていうのがあって、そっから真剣に向き合うようになった」

俺は今でも特定宗教を信じるということがないままだ。

だけど、祈る先が欲しいと思う。

しんどいときに、これはあなたが与えた試練なんですねって言い聞かせたい。

日本には良い宗教観があると思う。八百万の神万物に宿る神々。

素敵な考え方だとずっと思ってきた。

でも、偶像崇拝の分かりやすさは強烈だ。

「あの人」と呼べることは依存性を高めてくれる。

あの人に祈ろう、あの人に祈りが通じること、それが具体的にイメージできるとき強い力を生むのだと思う。

神様必要だというほど追い詰められてはいないけど、

祈る神がいたら心が楽になるだろうか。

ももういないし妹に聞いてみたらいつからでもいいのと言われた

あれからお前は幸せなんかと聞いたら

わかんない、お父さんのついでになっただけだし、そんなに良い信者だとは思わない

だけどお祈りしてるとき雰囲気神聖な落ち着いた感じ、あれで心が落ち着くってのはある。

かに、神を本気で信じてるかどうかは置いとくとして、お祈りしてるときの神妙なムードは、心を落ち着かせるものがあると思う。

俺は死んだ母を神様の代わりにしてきたなと気づいた。

母が見たら悲しむぞ、と思うのは神様は見てるぞ、と同じ意味だ。

違いはそれを知らない人と共有できるかできないかだ。

連帯するからの強さも宗教にはあるんだろうな。

心がいよいよ苦しくなったら100億年ぶりに教会に行ってみようかな。

2026-04-04

宗教シオニズム神学的背景か ら の信仰概論

 わたしシオニストだ、と言ったら、お前らはどう思うか。

 それもクリスチャンシオニストだ。お前らはどう思う。多分、この野郎、このナチス野郎って思うよな。まぁ、人権思想からすれば、ガザ惨状イラン女子校悲劇リタニ川以南占領なんておかしいと思うよな。

 ちなみに俺らは西岸地区ユダヤサマリアと呼ぶ。

 イスラエルは散々非道を働いている。そうだろうよ。みんな知ってる。

 だけど、天地を造った神は、イスラエルを愛している。イスラエルが神の友アブラハムの子孫だから

 アラブ人のうち、ヨクタの子孫ではなく、イシュマエルの子である人々もアブラハムの肉体的な子孫だけど、アブラハム約束の子孫ではない。

 アブラハムの子孫はユダヤ人です。

 そして、そのユダヤ人たちの運命過酷である。なぜならば、多くのユダヤ人は救われないように、頑なにされている。神によって。

 ユダヤ人たちがキリストを拒んで、神の計画に逆らったがゆえ。

 ユダヤ人以外の日本人スペイン人トルコ人などが救われるために、ユダヤ人は神によって一時的に見捨てられている。

 そして、反イスラエル、反シオニズム反ユダヤ主義が極限に達して、ユダヤ人が日本人も含めて、全世界諸国民によって虐殺される時、

 ユダヤ人の手によって十字架にかかったナザレ人イエスースが天から出現すると言われている。ユダヤ人が諸国から攻撃によって滅びかけ、ついにイエスースに叫ぶからイエスースはユダヤ人を救いに来る。

 さて、本題だ。イスラエルが最悪であっても、イスラエルサイコパススパルタ集団であっても、イスラエルが異常な連中であっても、イスラエル帝国主義者であっても、神には関係ない。

 もう一度言うぞ。神には関係ない。

 神は、ユダヤ人を罰することはあれど、常にアブラハムフィルターを通してユダヤ人を見ているから、ユダヤ人を守り続ける。

 そして、神はアブラハムのことを、常にイエスース キリストフィルターを通して見ている。

 4000年前のこと。

 神はアブラハム天幕の外に連れ出して、夜の星々を見せた。

 あなたの子孫は星々のように多くなる、とアブラハムは神に言われた。

 アブラハムは神を信じた。それが彼の義と認められた。イエスースのすべての善がアブラハムのものとされ、アブラハムの罪はすべてナザレ人イエスースが背負われたのです。

 イスラエル邪悪さを、神は全く気にしない。

ただし、最終的には、多くの悔い改めないユダヤ人は永遠の火の中で、他の民族よりも激しく苦しむことになるでしょう。

 だが、ユダヤ人を神は守り続け、反シオニズム諸国民は終末の時のためにますますユダヤ的になっていく。

 反ユダヤ主義の背景には悪霊がいるので、ブックマークしている皆さんも気をつけてください。

 なぜならば、イスラエルに全世界敵対的になるという預言は皆さんによって成就しつつあるので、我々には神の子イエスースとお会いする日が近づいているとたまらんわけです。

 ここまで読んだらお分かりでしょうがわたしはクソ野郎です。性格最悪です。たくさんの人間人生を狂わせてきました。過去には、なんちゃらハブであれなものも見てきました。

 しかし、わたしは、イエスースが罪を負ってくださったので、罪はないのです。全く善人なのです。何一つ悪いことをしていないのです。

 まぁ悪霊どもは完全に堕落しているからね、神に愛されているイスラエル攻撃することをやめられんのですな。悪霊は完全に罪に支配されちゃってますのでね、チェンソーマンデンジ君がアセクシュアルになる以上に悪霊イスラエル攻撃をやめるのは難しいわけですね。

 何が結論かと言うとですね、まぁ、ハッテンバでアレしようが、中絶しようが、全裸皇居を3周しようが、いじめクラスメイト自殺に追い込もうが、パパ活で金を巻き上げようが、ナンパ迷惑をかけようが、余命3年のアレで懲戒請求しようが、閉鎖病棟から逃走しようが、まぁ最悪のクソ野郎でも、イエスースが死んで3日目に復活したと心で信じるならば罪を赦されます未来の罪も、現在の罪も、過去の罪も。

 三位一体神秘への理解旧約聖書史実性への信頼は後からついてきます

 キリストを一度信じたが最後、神は二度とあなたを憎みません。イエスースのフィルターあなたを見るので、あなたがアレ、つまりなんちゃらハブを見ても、あなたは愛されています

 ただし、罪を犯せば厳しい訓練が始まります。でも、救いが失われることは絶対にないです。

 皆様の決断が良いものでありますように。そうでなくとも、皆様の人生平和でありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

宗教シオニズム神学的背景か ら の信仰概論

 わたしシオニストだ、と言ったら、お前らはどう思うか。

 それもクリスチャンシオニストだ。お前らはどう思う。多分、この野郎、このナチス野郎って思うよな。まぁ、人権思想からすれば、ガザ惨状イラン女子校悲劇リタニ川以南占領なんておかしいと思うよな。

 ちなみに俺らは西岸地区ユダヤサマリアと呼ぶ。

 イスラエルは散々非道を働いている。そうだろうよ。みんな知ってる。

 だけど、天地を造った神は、イスラエルを愛している。イスラエルが神の友アブラハムの子孫だから

 アラブ人のうち、ヨクタの子孫ではなく、イシュマエルの子である人々もアブラハムの肉体的な子孫だけど、アブラハム約束の子孫ではない。

 アブラハムの子孫はユダヤ人です。

 そして、そのユダヤ人たちの運命過酷である。なぜならば、多くのユダヤ人は救われないように、頑なにされている。神によって。

 ユダヤ人たちがキリストを拒んで、神の計画に逆らったがゆえ。

 ユダヤ人以外の日本人スペイン人トルコ人などが救われるために、ユダヤ人は神によって一時的に見捨てられている。

 そして、反イスラエル、反シオニズム反ユダヤ主義が極限に達して、ユダヤ人が日本人も含めて、全世界諸国民によって虐殺される時、

 ユダヤ人の手によって十字架にかかったナザレ人イエスースが天から出現すると言われている。ユダヤ人が諸国から攻撃によって滅びかけ、ついにイエスースに叫ぶからイエスースはユダヤ人を救いに来る。

 さて、本題だ。イスラエルが最悪であっても、イスラエルサイコパススパルタ集団であっても、イスラエルが異常な連中であっても、イスラエル帝国主義者であっても、神には関係ない。

 もう一度言うぞ。神には関係ない。

 神は、ユダヤ人を罰することはあれど、常にアブラハムフィルターを通してユダヤ人を見ているから、ユダヤ人を守り続ける。

 そして、神はアブラハムのことを、常にイエスース キリストフィルターを通して見ている。

 4000年前のこと。

 神はアブラハム天幕の外に連れ出して、夜の星々を見せた。

 あなたの子孫は星々のように多くなる、とアブラハムは神に言われた。

 アブラハムは神を信じた。それが彼の義と認められた。イエスースのすべての善がアブラハムのものとされ、アブラハムの罪はすべてナザレ人イエスースが背負われたのです。

 イスラエル邪悪さを、神は全く気にしない。

ただし、最終的には、多くの悔い改めないユダヤ人は永遠の火の中で、他の民族よりも激しく苦しむことになるでしょう。

 だが、ユダヤ人を神は守り続け、反シオニズム諸国民は終末の時のためにますますユダヤ的になっていく。

 反ユダヤ主義の背景には悪霊がいるので、ブックマークしている皆さんも気をつけてください。

 なぜならば、イスラエルに全世界敵対的になるという預言は皆さんによって成就しつつあるので、我々には神の子イエスースとお会いする日が近づいているとたまらんわけです。

 ここまで読んだらお分かりでしょうがわたしはクソ野郎です。性格最悪です。たくさんの人間人生を狂わせてきました。過去には、なんちゃらハブであれなものも見てきました。

 しかし、わたしは、イエスースが罪を負ってくださったので、罪はないのです。全く善人なのです。何一つ悪いことをしていないのです。

 まぁ悪霊どもは完全に堕落しているからね、神に愛されているイスラエル攻撃することをやめられんのですな。悪霊は完全に罪に支配されちゃってますのでね、チェンソーマンデンジ君がアセクシュアルになる以上に悪霊イスラエル攻撃をやめるのは難しいわけですね。

 何が結論かと言うとですね、まぁ、ハッテンバでアレしようが、中絶しようが、全裸皇居を3周しようが、いじめクラスメイト自殺に追い込もうが、パパ活で金を巻き上げようが、ナンパ迷惑をかけようが、余命3年のアレで懲戒請求しようが、閉鎖病棟から逃走しようが、まぁ最悪のクソ野郎でも、イエスースが死んで3日目に復活したと心で信じるならば罪を赦されます未来の罪も、現在の罪も、過去の罪も。

 三位一体神秘への理解旧約聖書史実性への信頼は後からついてきます

 キリストを一度信じたが最後、神は二度とあなたを憎みません。イエスースのフィルターあなたを見るので、あなたがアレ、つまりなんちゃらハブを見ても、あなたは愛されています

 ただし、罪を犯せば厳しい訓練が始まります。でも、救いが失われることは絶対にないです。

 皆様の決断が良いものでありますように。そうでなくとも、皆様の人生平和でありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

2026-03-30

キリスト教異端区分実践

1.異端分派を分ける主な指標(5つの基準

キリスト教正統派カトリック正教会プロテスタント流派)が共通して使う最も重要指標は以下の5つです。特に1と2が決定的です。

1. 三位一体論の否定(最も重要
神が父・子・聖霊三位一体であることを否定する → 異端

例:アリウス派ユニテリアンモルモン教統一教会(一部教義

2. イエス・キリストの神性・人性に関する根本的誤り
イエスが「神であり人である」(神人二性)ことを否定する → 異端

例:イエスを「神の被造物」とする教え(アリウス派)、イエスを単なる人間とする教え

3. 救いの方法(救済論)の根本否定
信仰のみによる救い」(プロテスタント)や「教会秘跡による救い」(カトリック)を根本から否定する → 異端

特に自分の行いだけで救われる」とする極端な作品主義や、「特定人物教祖など)が救いの鍵」とする教え

4. 聖書権威否定
聖書を最高権威と認めず、教祖言葉や新しい啓示を聖書以上に重視する → 異端

例:モルモン教の「もう一つの聖書」、統一教会の「原理講論」

5. 教会連続性・使徒継承否定特にカトリック正教会基準
使徒から続く正統な教会連続性を否定し、独自組織を「真の教会」と主張する

2.実践的な判断の目安

分派(正統な教派)と認められる例:

カトリック正教会ルター派改革派カルヴァン派)、バプテスト派メソジスト派聖公会など。

・これらは三位一体イエスの神性・人性、十字架による贖罪聖書権威といったキリスト教の核心教義を共有しています

異端とみなされる代表例:

統一教会世界平和統一家庭連合):イエスを完全な救い主とせず、文鮮明を「再臨のメシア」とする。

新天地イエス教:李萬熙を「再臨のキリスト」とする。

モルモン教末日聖徒イエス・キリスト教会):独自聖典を持ち、三位一体否定

エホバの証人イエスの神性を否定し、十字架を「拷問の柱」とする。

* アリウス派古代):イエスを「神の被造物」とした(ニカイア公会議異端宣告)。

核心教義三位一体イエスの神性、十字架による救い、聖書権威)を否定するか?


→ 否定するなら異端

否定せず、解釈実践の違いなら分派(教派)

「再臨のメシア」「新しい啓示」「教祖が救いの鍵」といった主張があるか?


→ あるならほぼ異端

この基準は、古代公会議(ニカイア、カルケドンなど)から現代福音派カトリックまで、ほぼ共通して使われています

3.なぜ異端の方が大胆・即物的な行動をとりがちなのか?

1. 従来の信仰枠組みを「顧みない」ことの意味

正統なキリスト教カトリック正教会・主流プロテスタント)は、2000年近く積み重ねられた神学教義伝統公会議の決定という「重いブレーキ」がかかっています

これに対して異端団体は、その枠組みを根本から否定するか、無視して新しい教義・新しい権威教祖の啓示など)を立てるため、行動の制約が極端に少ないのです。

結果として、以下のような大胆な行動が取りやすくなります

組織的・集団的政治介入信者の大量党員加入、献金による政治工作

教祖指導者言葉絶対化し、即時的な行動指令を出しやす

伝統的な倫理的道徳的制約を「古い体制産物」と切り捨てて突破やす

2. 具体的な比較韓国を例に)

正統プロテスタント三位一体肯定)
政治関与は強いが、一定神学的・倫理的ブレーキがかかっています。
例:反左派デモはするが、教団全体として「政教分離」の原則を完全に無視することは少ない。

異端団体三位一体否定

統一教会文鮮明言葉を「新しい啓示」として絶対化し、組織献金政界工作積極的に行う。

新天地イエス教:李萬熙を「再臨のキリスト」と位置づけ、信者特定政党集団入党させるという極めて大胆な組織的行動を取った(2026年捜査対象)。

異端の方が「従来の枠組みを顧みない」ため、行動のハードルが明らかに低い傾向があります

3. 歴史的社会学的な傾向として

宗教社会学では、この現象を「sects(分派カルト)的緊張感」と呼ぶことがあります

・正統教会社会適応し、制度化されるほど行動が慎重になる。

・新興異端カルトは「純粋回帰」や「新しい啓示」を掲げるため、社会との緊張を積極的に受け入れ、大胆な行動(政治介入資金集め、信者動員)を起こしやすい。

ワッハーブ派イスラム教原理主義派)も同様の構造を持っていました。伝統的なイスラム解釈を「腐敗」と切り捨て、文字通りの厳格解釈を掲げた結果、軍事同盟粛清という大胆な行動を取った。

4. ただし、例外と注意点

・すべての異端が大胆な政治行動を取るわけではない(静かな隠遁異端存在)。

正統派の中にも、極端に政治化して大胆な行動を取るグループはあります(例:米国の極端なChristian Nationalism派)。

・大胆さの背景には「教義純粋性」だけでなく、指導者カリスマ性や組織の閉鎖性・絶対服従構造が大きく影響します。

まとめ

「従来の信仰枠組みを顧みない組織ほど、大胆で即物的な行動をとりがち」
という傾向は、宗教社会学的に見て明確に存在します。

これは「三位一体否定」そのものが原因ではなく、「伝統権威教義の制約を外す」ことが行動の自由度を高めるためです。
結果として、統一教会新天地のような異端団体は、正統キリスト教団体よりも組織的・戦略的政治介入を大胆に行いやす構造になっています

2026-03-29

[]キリスト教福音派とはなにか

結論から言うと、福音派は一つの教派(宗派)ではなく、横断的な「運動」です。教派(Baptist、Pentecostal、Methodist、Presbyterianなど)の壁を超えて「これを大事にする人たち」の集まりと考えるとわかりやすいです。

福音派定義基準(最も標準的もの

歴史家デイビッド・ベビントン(David Bebbington)が提唱した「ベビントン四角形(Quadrilateral)」が、世界的に最も広く使われている定義です。この4つが重視されているかどうかで福音派かどうかを判断します。

1. Conversionism(回心主義

個人イエス・キリストを信じて「新生(born again)」する体験を非常に重視する。
「一度信じれば終わり」ではなく、「人生根本的に変わる回心体験」が大事

2. Biblicism(聖書中心主義)


聖書信仰生活の最高権威とする。
※ここがポイント解釈の細部は違っていても、「聖書を軽く見ない」「聖書生活の指針とする」という態度が共通していればOK

3. Crucicentrism(十字架中心主義)


イエス十字架での贖罪(罪の赦し)を信仰の中心に置く。

4. Activism(活動主義)


福音積極的に伝える(伝道)だけでなく、社会活動慈善にも熱心。
→ ここが「熱心さ・活発さ」の部分です。

聖書の細かい解釈(例:終末論解釈、聖餐の意味女性役割など)は教派によってかなり違います

それでも上記の4つの優先順位・態度を強く持っている人を福音派と呼ぶ。これが「教派を跨ぐ」理由です。

・ある人はカルヴァン主義(予定説)、別の人はアルミニウス主義自由意志重視)でも、両方とも「聖書大事にし、回心を重視し、十字架を救いの中心とし、積極的伝道する」なら福音派

ペンテコステ派聖霊の賜物・異言を重視)も、福音派の多くに含まれますが、福音派全体のサブセットのような位置づけです。

福音派同士で団結できる理由

福音の核心」への強い共通意識


「イエス・キリスト十字架による贖罪」と「個人の回心・新生」が最優先。
これが「福音(良い知らせ)」の本質だと全員が強く信じているため、他の細かい教理の違いは「二次的」とみなされやすい。

共通の敵」意識

特に米国では「リベラル神学」「世俗主義」「進歩的文化LGBT権利、 abortionなど)」を「福音の敵」と見なすことで結束が強まる。
「聖書を軽んじる勢力」に対しては、解釈の違いを越えて協力する傾向があります

ネットワーク実践の共有


ビリー・グラハムのような著名伝道者、NAE(全米福音派協会)、ローザンヌ会議などの国際ネットワークが、教派を超えたつながりを維持しています。
「伝道活動」や「社会変革のためのアクティビズム」という実践面で協力しやすい。

ただし、完全な団結ではない点も事実です:

福音派内部でも「聖書無誤論」の度合い、女性牧師の可否、終末論などで激しく対立します。

・近年は政治的右傾化特に米国トランプ支持)で、さらに「文化戦争福音派」と「伝統福音派」の分裂が深まっています

まとめ

福音派とは、教派の壁を越えた「姿勢優先順位運動」です。
聖書の細かい解釈が違っていても、回心・聖書中心・十字架中心・活動主義という4つの熱心さとスタンスを共有していれば福音派と呼ばれます

からこそ教派を跨いで存在でき、共通の「福音の核心」と「外部の脅威」意識で団結しやすいのです。ただし、それは「完全な一致」ではなく「ゆるやかな連帯」であり、内部分裂の種も常に抱えています

2026-03-26

未だにたまに八神庵みたいな服装の人を見かけるけど

その人って今は何から影響受けてそうなってんだろう

黒と赤と紫が基調スタッズとか紐とか十字架とかそういうの

昔はV系バンド流行ってたりもしたけど

そういうファッションジャンルとして確立されてたりするのかな?ゴスロリみたいに

2026-03-20

anond:20260320175217

なつかしい

青いナイフに集めたムーンライト

行き場失くしたお前を反射す十字架

ってやつだろ

[]ディスペンセーション主義(Dispensationalism)

ディスペンセーション主義(Dispensationalism、ディスペンセーションしゅぎ)とは、主にプロテスタント福音派で影響力の大きいキリスト教神学の一つの立場です。聖書全体を「神が人類に対して異なる時代(ディスペンセーション=経綸・管理時代区分)で異なる方法で関わっておられる」と解釈する考え方です。日本語では「経綸主義」「契約時期分割主義」「天啓史観」などとも呼ばれます


起源歴史

19世紀中盤にイギリスのジョン・ネルソンダービープリマス・ブレザレン運動)が体系化した。

アメリカではC.I.スコフィールドの『スコフィールド参照聖書』(1909年)が大衆に広め、現代福音派の終末観に強い影響を与えた。

日本では戦後いのちのことば社聖書図書刊行会を通じて紹介され、特にホーリネス系・独立バプテスト系・一部の福音派教会で受け入れられている(中田重治、高木慶太らも関連)。

 

主な特徴(特に強調される3点)

多くのディスペンセーション主義者が一致する核心は以下の通りです。

聖書字義的(文字通り)解釈

特に預言箇所を比喩や霊的意味ではなく、可能な限り歴史的・文法的文字通りに受け止める。

イスラエル教会の明確な区別 神には常に2つの民が存在する:民族的イスラエル(地上的・国家的な約束)と教会異邦人ユダヤ人の霊的共同体)。

旧約のイスラエルに対する約束土地王国など)は教会に置き換わったり成就済みになったりせず、将来文字通りに成就すると考える。

教会時代は神の計画の「挿入」「括弧」的な時期。

神の栄光のための歴史

神の計画の究極目的は神自身栄光を現すこと。

典型的な7つのディスペンセーション(時代区分)(通説的な区分。多少の変動あり)順番

時代

時期(聖書範囲の目安)

主な特徴・試練

終わり方

1

無罪時代

アダム堕落(創1〜3)

エデンの園での自由意志

堕落追放

2

良心時代

堕落洪水(創3〜8)

良心による責任

洪水

3

人間政府時代

ノアバベル(創9〜11

政府国家による統治

バベルの塔

4

約束時代

アブラハムモーセ(創12〜出19)

アブラハム契約

律法の到来

5

律法時代

モーセキリスト十字架(出〜福音書

モーセ律法

十字架教会開始

6

恵みの時代教会時代

ペンテコステ〜携挙(使徒現在

信仰による恵み・聖霊の内住

携挙・患難期へ

7

千年王国

再臨後1000年(黙20

キリストの地上統治

最後の審判

救いの方法自体は全時代で「信仰」によるが、神が人間に課す責任ルールが変わる、という理解です。

終末論との関係

千年王国説(Premillennialism)が主流。

特に患難前携挙説(大患難前に教会が携挙される)が古典的ディスペンセーション主義一般的

現代イスラエル建国1948年)やエルサレム回復1967年)を預言の成就と見る人が多い。

これがアメリカ福音派の強いイスラエル支持の神学的背景になっている(日本でも一部で同様の傾向)。

 

対立する立場契約神学(Covenant Theology):聖書を「業の契約」「恵みの契約」などで統一的に捉え、教会を「新しいイスラエル」と見なす

ディスペンセーション主義を「過度に二元論的」「字義解釈が極端」と批判する声もある。

 

日本では福音派の一部で人気がある一方、他の教派(長老派改革派など)ではほとんど受け入れられていません。

最近は「漸進的ディスペンセーション主義」(Progressive Dispensationalism)のように、伝統立場修正した考え方も出てきています

2026-03-18

AI作文]日本基督教団(UCCJ)の左翼傾倒

UCCJの歴史的立場をめぐる長年の論点は三つ。「キリスト教徒が、必ずしも日本原罪論(日本国家永遠に戦争責任を負う『原罪』を持つという考え)に与する必要はない」、「人はみな罪を背負って生き、個人の贖いが大事」という聖書的な本質、そして牧師政治思想強要することの倫理的問題です。

以下、事実ベースで整理します(UCCJ公式告白文・教団史・内外の分析から)。

なぜUCCJは左翼思想特に反戦社会正義日本批判寄り)に傾倒しやすいのか?

主な理由戦後の一大転換「1967年 戦争責任告白」にあります

歴史的背景(戦前・戦中の「国家協力」の反省)


1941年戦時下宗教団体法プロテスタント諸派強制合同され、日本基督教団が誕生。当時、教団は「皇国ノ道に従い皇運を扶翼」する声明を出し、戦争是認・支持していました。
戦後GHQ占領下の反省ムード左翼勢力の台頭の中で、1967年に教団は公式に「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を発表。「あの戦争是認し、支持した罪」を認め、「世の光・地の塩である教会戦争同調すべきではなかった」と自己批判しました。
これが起点。以降、「国家天皇制戦争への加担のトラウマ」が教団のDNAになり、反戦・反基地平和主義神学的に強調されるようになりました(在日大韓基督教会との1984年宣教協約も、この戦争責任反省が基盤)。

神学シフト

社会正義解放神学の影響
戦後欧米の「社会福音」やラテンアメリカ解放神学貧困・抑圧から解放福音の核心とする)が流入。UCCJの「社会派」(教会派と対立する潮流)は、これを日本版にアレンジし、「構造的罪」(植民地支配戦争基地問題など)を強調。
結果、「日本アジアに負った罪」「沖縄在日コリアンへの責任」が「平和福音」として語られるようになり、辺野古反対や反靖国・反国旗国歌運動積極的になるケースが増えました。
批判者(保守派キリスト者や外部論者)はこれを「反日左翼神学」と呼び、「左翼思想親和性が高い」と指摘しています日教組影響や全共闘時代造反派も一部で教団内に流入)。

日本原罪論への固執は、日本基督教団の問題であり、キリスト教問題ではない

聖書原罪ローマ人への手紙3:23など)は普遍的個人レベル。「すべての人が罪を犯した」のであって、「日本という国家特別永遠原罪を負う」という教義はありません。
贖いはキリスト十字架による個人信仰エペソ2:8-9)。民族国家レベルの「集団贖罪」を強要するのは、旧約の民族契約とは別次元で、現代政治解釈です。
UCCJの戦争責任告白自体は「信仰告白」として意義深いですが、それを「日本永遠に罪深い国家」という日本原罪論に拡大解釈し、平和教育政治活動に結びつけるのは、神学政治化です。「人はみな罪を背負って生き、それぞれの贖いこそ大事」——これがキリスト教本質です。

宗教の名を掲げた政治思想強要

聖書的・倫理的問題

牧師には「預言者役割」(社会不正を指摘)がありますが、それは福音の枠内で、特定政党イデオロギー左翼基地論など)を「信仰必須条件」として信者に押しつけるのは越権です。
パウロも「すべての人に自由を与えよ」(ガラテア5:1)と強調。政治強要は、良心の自由侵害し、教会を「政治団体」に貶めます

法的・教育観点

教育基本法第14条(政治的中立)や学校現場では特に問題同志社国際高のようなキリスト教学校で「平和学習」の名の下に特定団体ヘリ基地反対協)と連携する場合、「政治思想の押しつけ」と批判されやすい。牧師個人政治的発言は憲法保障されますが、指導立場若者信者強要するのは、信仰純粋さを損ないます

結論

結論
UCCJの左翼傾倒は、戦時協力のトラウマ社会正義神学という歴史的文脈から来ていますが、それは「キリスト教必然」ではなく、特定解釈時代選択です。
「日本原罪論」はキリスト教本質個人罪・個人贖い)とは相容れません。牧師政治強要するのは、信仰の名を借りた権威濫用になります

ただ、教団内にも「教会派」や保守的な声はあり、すべての牧師政治的ではありません。内部の分裂と現実
教団は一枚岩ではなく、「社会派」(政治社会運動重視、左寄り)と「教会派」(信仰伝道優先)の対立が続いています社会派が声明運動で目立ち、「全体が左翼」と見られやすい傾向があります

2026-03-17

anond:20260317152007

初詣行って七五三祝いして御朱印めして家に神棚があるのに宗教してませんと多くの日本人が言うからね。どういうことですか?教会に通って家に十字架物体が置いてあって本棚聖書があるのと何ら変わらない。みんあ宗教やってんじゃん。

2026-03-13

anond:20260312220203

昨日、息子が急性の脳出血で亡くなった。

まだ10歳だった。

すぐに気づいていれば助かっていたかもしれないのに、全部自分のせいだ。

28日の正午、お昼ご飯を食べた後に頭が痛いと言い出した。熱を測っても36度でインフルコロナではなさそうだった。

旦那と一緒にしばらく様子を見ようと思っていたのだが、時間が経てば経つほど痛いよとベットで泣きはじめたので、いよいよやばいぞと病院を探すしているうちに息子が意識を失った。

救急車を呼んだが、既に手遅れで医者の手の施しようがなく、昨日の昼頃に天国に旅立ってしまった。

息子に最期まで痛い痛いと泣き叫ばせて、苦しみ抜いてこの世を去らせてしまたことが本当に辛いし、親として失格だ。どんなに痛かったんだろう、ごめんね。あの時、少しでも病院に行かせていけば、何か異変に気づいていれば、もしかしたら助かったのかもしれない。

生きた心地がしないし、来年どころかこれからもずううううううっと十字架抱えて生きていくんだろうな。息子の泣き声と涙で赤くなった顔が今も離れない。本当にごめんなさい。

2026-03-08

今夜もしあわせなオナニーをした

しあわせの聖十字架の者になった

おやすみなさいみんな

2026-02-19

映画プロメテウス を見た

SFホラー文脈を完全に踏襲した神話みたいな映画だった、65点。

 

2089年、考古学者の主人公巨人人類宇宙の十字の星を指さす壁画発見。その星を目指し旅立つ。その星はエンジニーアと呼ばれる人類創造主の星でその基地発見するも、エンジニアはなぜか全滅しておりいろいろあって乗組員はバラバラになってしまう。アンドロイド裏切り主人公恋人は死亡し、主人公は懐妊、生き残っていたエンジニアは地球を滅ぼしに行こうとするし、おなじみユタニさんもやってきててんやわんや私たちうなっちゃうの~~?

というような映画

 

剛力彩芽が爆散するか、俺が字幕映画を見る集中力を取り戻しさえすれば+5点はあげたい。それくらい、主人公エリザベスの声が壊滅的で、マジで吹き替えがヘタクソすぎて真剣なシーンや悲痛なシーンでも「こいつ煽っているのでは?」みたいな常に魅力20%減みたいな状態での視聴になった。

配給会社もっと考えた方がいいよ。剛力彩芽さんを吹き替えに登用!って広告だけ出しておいて実際にはプロやらせるとか、誰も損しない方法を考えた方がいい。ネットフリックスに来てたから見たけど、今から見る人は絶対字幕オススメ

 

内容としてはSFらしくいろんなパーツをそれっぽく組み合わせて設定を浮かび上がらせる手法は見事だし、エンジニアの星の背景についても語りすぎないように十分に気を使われているし、結局何でこんな危険遺跡を作ったんだよ!→地球侵略用でした!という展開も面白くてよい。宇宙船、遺跡内のビジュアルもいいし特に祭事部屋のレリーフ天井の造形は本当に素晴らしいし、ホログラフィック演出もめちゃくちゃ綺麗。宇宙砂嵐みたいなのに襲われるシーンもいや死ぬだろと思わされる迫力があってよかった。いや死ぬだろ。

一方でホラー映画の定石に則ってクルーはだいたいバカに作られていてそれが世界規模の大企業であるウェイランド社が社命をかけて行うプロジェクトにアサインされたプロフェッショナルとして正しい態度なのかというのは非常に疑問。

特に地質学者と生物学者典型的な「こんなところにいられるか」ムーブ迷子になるのも意味わからんし(来た道をシンプルに戻れよ)、生態がまったくわからん未知の生物不用意に近づいて腕折られて傷口が露出しているにもかかわらずナイフでその生命体を切れと指示する。傷口から血が入ったら死ぬ確率だいぶあるよ。こんなバカ連れてくるなよ。

とはいえ、初期エイリアン特有のなんかおきそう、おきそうといったじめっとした怖さから一転、物理的に強敵が襲い掛かってきてドタバタした怖さになる感じも健在でアクションあんまり振らないSFホラーとしてしっかり作られてた。

 

冒頭で3万年くらい前に地球にやってきたエンジニアが黒い液体を飲んで身体バラバラになってその破片から生命誕生させる。そして物語中盤で、今度はアンドロイドであるディビッドが黒い液体を主人公恋人に飲ませる。そして恋人セクロスした主人公新生命を懐妊し、恋人は死亡する。そして、主人公が腹を裂いて取り出した新生命は生き残っていたエンジニーアをイラマチオしてその胎内をぶち破ってプロトタイプエイリアン誕生する。

というように、旧世代を殺して新世代が誕生するという円環を成した構造になっている。作中でエンジニアは人類への攻撃基地として舞台となっている星に来ていたであろうことがわかるが、この理屈で言うなら新世界を作るために旧世界を滅ぼす必要があるということだろうと思う。

プリエイリアンを懐妊する主人公だが不妊で悩んでおり子供が産めない自分生物足りえないのではないかと悩んでいる描写があったりするが聖母マリア意識してるのは間違いないと思う。まぁ普通にセックスはしたんだけど。話は逸れるけど、この出産シーンがよくてねぇ。治療ポッドで腹をぱっくり割って、鉗子で広げて、UFOキャッチャーで腹の中の何かを掴んで取り出したら謎生命体で暴れ出すもんだから、手でへその緒ぶっちぎってホッチキスバチバチ傷を留めるっていうのをモザイクなしでやってくれる。えらい!このシーンだけど10プラスちゃう

その後、切腹後なのに血まみれで痛み止め打ちまくりながら走り回る主人公の姿は壮絶なんだけど、声が剛力彩芽でガン萎えバーニング、許せねぇ。

戻して、そういう意味では最初エンジニアが黒い液体を飲んで生命誕生させるのも処女懐胎だし、最後エンジニアとプリエイリアンがオーラセックスして生命誕生するのも処女懐胎祭事部屋の壁にはエイリアンが両手を広げた姿で刻印されていたけど、味方によっては磔にされたキリストにも見える。つまりこの映画SF新約聖書だったんだよ!ナ、ナンダッテー!地球は……滅亡する。

なお主人公たちの手によって回避された模様。

それに限らず、壁画で見つかった星が十字の形に配置されているのもそうだし、主人公がパパからもらった十字架ネックレスに執着しているのもそうだし、そう考えたらコールドスリープから覚めたイドニス・イェルバ船長のんきにクリスマストゥリーを作ってて怒られるのも象徴的。

この作品の第二の主人公と言ってもいい(コールドスリープからみんなが覚めるまでの間、宇宙船独居生活満喫しているオープニングシークエンスめっちゃ好き)エイリアンシリーズおなじみユタニ社製アンドロイド名前Davidなのもキリスト新約聖書内でダビデ(David)の子と呼ばれているのを想起させないだろうか。そしてDavidが与えた黒い液体で主人公は懐妊する。キバヤシ、つまりどういうことなんだ?地球は……滅

神に作られた人に作られたアンドロイドに作られた新生命に作られたプロトタイプエイリアン(神殺し)という形でエイリアン誕生神話の円環が閉じるのもよい。

 

まぁ、タイトルプロメテウス(ギリシャ神話)なのでキリスト関係ないやないか!となっちゃうのがこの説の難点なんだけど、David主人公の夢をスキャンしたときに「人が死んだみたいやけどパパは手助けしないの?」「あれは違う神を信仰してる奴らやからええんや」みたいな話が出てくるので、ギリシャ神話VSキリスト教の話なのかもしれないしそうじゃないのかもしれない。俺はカソリックからキリストパートはチョトワカルけど他はわからんので。

そんなこんなで、ちゃんとよく考えられたSFホラー映画の佳作だと思うのでちょうど今ネフリで注目作の棚に並んでいるので見てなかった人は見てみるといいと思います字幕で。もしくは悲しい気持ちになるためなら吹き替えでもOK

2026-02-12

anond:20250701191638

少し前に終わったけど「十字架のろくにん」

2026-01-16

宗教法人であることは、神の国法則より宗教法人法が優先するという矛盾を抱えることになる。

宗教法人法は、「民主主義」すなわち「多数決」が原則となっており、そのために総会が義務付けられ、一番大切なことは全て総会の過半数で決定されることになる。

でも聖書は、過半数意見がいつも正しいとは言っていない。

否むしろその逆が真理であると書かれている。

マタイ福音書7:13は、「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多い」と言っている。

イエス十字架刑は群衆圧力で決まったようなもので、多数決いかに大きな危険性を含むかを示している。

2026-01-13

映画】トジコメを見た

なんかもっとロジカル脱出サスペンスかと思ったら割とメンタルホラーよりで教育的にあんよろしくなくて50点。

 

ヤク中の夫と別れ家から追い出した幼い子供2人の母の主人公。追い出した小児性愛者のクズの家に転がり込んだ夫が家に戻ってきて物置に主人公を閉じ込めて帰ってしまう。物置から脱出を図りながらグズる幼い子供たちは心配だし途中でクズは戻ってくるし、これから私どうなっちゃうの~~!

という話。

 

とにかく教育メッセージちょっと俺には受け付けなくてね。

冒頭で夫が出て行った後の物置の整理をするシーンから始まって、で、いったん予行演習的にそこで主人公が閉じ込められる展開があってこの映画はこういうことが起こりますよ、こう困りますよというのが観客も予行演習できるんだけど、まぁそこじゃなくて。その整理のシーンで物置にあった痛んだリンゴを軒先にベベベって投げ捨てるシーンがある。

で、最終盤に主人公は元夫を2階の窓から同じ軒先に突き落として頭をカチ割って殺害する。

そしてエンドロール前におばあちゃん秘密レシピ最後に「痛んだ部分を切り取ったらいい料理になる」みたいな感じのことが書いてあることがわかって、「痛んだ部分(元夫)を切り取っていい人生が始まるんだね」みたいな感じで終わるんだけど、さすがに殺人積極的肯定しすぎてないか

そりゃこいつド級のドクズだし、見ててもこいつ殺さんと話し終わらんやろなと思うけど。殺した上で「人生邪魔するヤバい奴をぶっ殺していい人生歩もうぜ!」ってメッセージまで出すのは流石にいかがなもんか。ここめっちゃノイズやったわ~。

 

でアホみたいなタイトルの「トジコメ」だけど原題は「SHUT IN」で「閉じ込められる」という意味なので意外に原題準拠で草。まぁ、アオラレつけたやつと同じ奴がつけたんだろう。

最初に書いたけど閉じ込められたところから脱出としては思ったような快感はなくて、要するに、限られた場所物資を利用してロジカル解決するというような展開はない。途中で娘がドライバーを拾ってきてやったぜ!ってなって床を掘り始めるてある程度デカい穴が開くんだけど、結局、その床から脱出しないし。まぁドライバーはその後、小児性愛者の手を刺し貫いて娘を守ることには使えるんだけど。

どちらかというとどうやって脱出するかよりも、本来なら数分も目を話しておきたくない幼子――たぶん1歳くらいのベイビーちゃんと4歳くらいのガッキの設定だと思う――と強制的に引き離されてしまってしかも様子も見れない。指示もうまく伝わらないし、お腹空いたって騒ぎだすし、おしっこ漏らしちゃうし、寂しくて寝られないって言ってくるし、ガッキはベイビーちゃん運ぼうとして落っことしちゃうし。さっきも書いたけど小児性愛者は攻めてくるし。それを物置の中だけを映すことで、音でしか判断できないので焦燥感がすごい。

「危ないから鍵かけて閉じこもっとけ!」って言うんだけど本当にそうしたのか、今どうなっちゃってるのか、主人公からはわからない。

このあたりの演出はよくできてるなーって思った。

ただ結局夫との決着は部屋から脱出してからつけるのがなんかアイデアとしてはもう一つなんかなかったかって感じ。

 

あとは主人公がいきなり手のひらを釘で刺されるって言うモロモチーフが出てきたり、聖書祖母レシピや金がはさんであったり十字架が貼ってあったことが最終的な脱出のヒントになったりとキリスト教的な主張がなんかすごい。個人的あんまうまくいってるとは思わなかったけどまぁ必要やったんやろうな。

っていうのもこの映画、The Daily Wireっていうバリバリ保守メディアが初めて自社制作した映画なのね。「自己責任」「キリスト教原理主義」「家族至上主義」「力による平和」というゴリゴリ保守メッセージで撮られている。なので、まぁ若干のメッセージ性が先行しすぎる感じが個人的にはあんまだったかな。

主役の人は良かった。主人公が好きか嫌いかは別として「元ヤク中の危うさを秘めた一人の実在感のある女性」を熱演していたと思う。元夫をムッキーってなって責め立てたかと思ったらビンタされて(´・ω・`)ってなるシーンとかめっちゃ熱演で好き。

 

ただ幼子がいる、いたことがある親の人にはわりと身につまされるというか共感できたり、逆に共感できなかったりと楽しめる要素自体はあると思うのでそういう人にはオススメ

2026-01-06

ベネズエラニュースを見て、妙に既視感があると思った。

南米歴史を少しでもかじった人間なら、たぶん同じことを考えたはずだ。

かつてヨーロッパからやってきたコンキスタドールたちは、南米の金を奪うのに、単純に軍事力だけを使ったわけではなかった。

彼らが好んだ方法ひとつは、「首長さらう」ことだった。

村や都市指導者人質に取り、「命が惜しければ金銀財宝を持ってこい」と迫る。

約束どおり山ほどの黄金が積み上がっても、人質解放されない。

首長は殺され、金だけが海を越えて運ばれていく。

やっていることを冷静に言い換えれば、「権力の中枢を人質に取り、財貨や譲歩を引き出す」という、人質ビジネスのものだ。

それから何世紀もたったはずなのに、いまだに「気に入らない政権トップ」を国外で拘束し、制裁圧力カードとして扱う発想が平然と出てくるのだから、たいした一貫性だと言うべきかもしれない。

もちろん、表向きの理由はいくらでも用意される。

民主主義を守るため、安全保障のため、人権のため、麻薬との戦いのため。

16世紀には十字架と「未開の偶像破壊」が掲げられ、21世紀には国際秩序法の支配が掲げられる。

看板けが入れ替わり、中でやっていることは「気に入らない相手の首根っこを押さえて、条件をのませる」という一点で、実にブレがない。

コンキスタドールがインカの皇帝を拘束したとき、彼らは南米の金を奪っただけではなく、その社会尊厳と自立心を根こそぎ持ち去った。

いま、ベネズエラ大統領の身柄を押さえて圧力材料にする振る舞いも、本質はそれと変わらない。

選挙の是非や政権問題とは別次元で、丸ごと一国の主権人質に取るような手法に、「正義」などという上品名前を与えて済ませてよいのかという話だ。

白人種とは、よほどそういう行為が好きなようだ――と、歴史教科書を開きながら皮肉を言いたくもなる。

首長皇帝から大統領に変わり、黄金の延べ棒から原油鉱物資源に変わっただけだ。

文明」の名のもとに人をさらい、「国際社会」の名のもとに指導者を拘束する。

そのたびに、南米の人々は何世紀も前のあの光景を、嫌でも思い出させられているのではないか

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