はてなキーワード: ズッコケ三人組とは
毎年クリスマスや正月のような宗教色の強い時期になると思い出すので備忘録として書いておこうと思う。
とても長くなるので読んでも読まなくても構わない。
粗はいくらでもあるが、当時小学生のお子ちゃまが頭を振り絞って考えたことだったので生暖かく見ていただければ幸いだ。
当時通っていた小学校はお受験が盛んで、クラスの半分以上が中学受験するような学校だった。中には体育や道徳など勉強に関係ない授業が多い日は学校を休み塾へ通うように親に指導される子供がいるような学校である。
そんな雰囲気の学校だったため増田も塾に通わされていたが、増田の親は仕事が忙しく放任主義だったため、どちらかというと自由に延長できる学童のような使い方をしていた。親が帰るまで子供1人は心配だから大人がいる塾で勉強して暇を潰しなさい、という発想かと思う。
朝から晩まで勉強で楽しくないし、学校の教師は子供達に学校で勉強させようと胡麻擂りに必死だし、塾ではライバルたちと比較される。お子様なりにフラストレーションが溜まっていた。
小賢しく、自尊心が高く、承認欲求が強く、何よりも勉強以外で暇を潰したかった増田はそこで考えた。
当時の増田の立ち位置は「1軍グループにいるけどちょっと浮いてる変なやつ」だった。友人Aと友人Bの親友というだけで残酷な子供達のカーストの中で辛うじてバラモンの仲間に入れてもらっていた。友人Aと友人Bの存在がなければきっとダリットだったと思う。
とにかく、増田には2人の親友がいた。勉強もスポーツもできて誰からも一目置かれる友人A、とにかく話がうまく誰とでも仲良くなれる才能がある友人B。
入学した時にたまたま席が横並びになったというだけの出会いだったが、それからこの2人はこちらが申し訳なるくらい良くしてくれ、そのおかげで陰キャで性格がドブカスだった増田も「みんな仲良し♪」の仲間に入れてもらうことができたのである。
表向き友人Aも友人Bもみんなの前では「気のいいやつ」だったが、実は2人とも性格にはかなり難があった。いや、だからこそ増田と仲良くなれたのかもしれないが。
友人Aはなんでもできるからこそ傲慢で、支配欲がある。少し早い厨二病であり、大きな声では言えないがナチに憧れていた。大きな声で言わないところが実に打算的であり、増田はそこが気に入っていた。
友人Bはとにかく人からの評判を気にしていて、いつも自分の悪口を言われていないか怯えていた。それと同時に人の内緒にしておきたい部分を暴くのが大好きで、いつか何かあった時に脅せるように、仲良くなって秘密を握ることで快感を感じる癖があった。
増田はといえば親友2人を自慢に思うとともに、増田の言うことを疑いもしない人気者2人を操る優越感に浸るクズだった。
そんな悪友2人に、こんな面白いことを共有しないわけにはいかないと増田は思った。
「いいね、やろう」と友人Aは言った。
増田は「こいつら話が早すぎるな」と思った。
そうして、宗教を作ることになった。
増田はキリスト教圏で育ったので神の存在に関しては割と思うところがあった。
思想と宗教の違いは難しいが、神の存在を論じられるほど増田の信仰は深くなかった。ただ、人間の熱狂は宗教になりうる、と子供心に感じていた。
小学生だった増田の狭い狭い世界の中で、唐突に宗教を作ろうと思ったわけではない。「これはいける」と思った出来事があった。
どの小学校でも道徳の授業があったと思う。お受験組の気を引こうと躍起になっていた当時の担任は、その道徳の授業で「いいこと投票」というものをしていた。
その名の通り単純で、「いいことをした人を匿名で投票して、得票数が高かった人を表彰する」という仕組みである。
これは単純だが、小学生の承認欲求をかなりくすぐった。なにしろ、いいことをするだけで教壇の上で褒められ、その上シール(子供にとってのシール!史上の喜び)を授与されるのである。名札の裏にいいこと投票のシールを貼るのがステータスになるのにそう時間はかからなかった。
増田はヒネた子供ではあったが、それでも投票されたら悪い気はしないし、いいこと投票が頭をよぎって人助けをすることもあった。
それと同時に、「これは使えるな」と思った。
増田が育ったキリスト教の教えでは、善行は死後の世界のために積むものとされていた(諸説ある)。だが、小学生にとって死後の世界など遠い存在である。「善行を積めば人々から尊敬されるという承認欲求」の方が何より魅力的なのではと思った。
3人の意見はまとまった。
その週末、3人で図書館に行った。親は大喜びでお駄賃までくれたが、目的は宗教について調べることであった。当時インターネットはかなり普及してきていたが、学校のコンピューター室で宗教のことを検索するのはかなり気が引けた。そこで図書館へ行くことにした。
一日中調べて回って、以下のことを決めた。
小学生なりに考え、実行に移せる最大限を考えた。
結成時に十数人を集めて行った友人Aの演説は素晴らしいものだった。増田が授業中書いた原稿と同じ文言とは思えないほど力に満ち溢れ、説得力があり、心に訴えかけるものがあった。その場にいた全員が信者になると誓い、お札を下駄箱に貼り付けた。
友人Bの勧誘も実に巧みだった。誰に話せば一番噂が広まりやすいかを友人Bは知り尽くしていた。すぐに手元にあったお札はなくなり、増刷をすることになった。学年のほとんどが入信し、シールは飛ぶようになくなった。匿名投票のための空き下駄箱は常に紙が入っている状態で、ランドセルの蓋にシールを貼るのが大流行した。
3人はそれで満足し、たかを括っていた。小学生の拡散力を舐めていたのである。
夏が来て塾の夏期講習が始まってから、他校の生徒に声をかけられることが多くなった。もちろん入信の申し出で、最初は喜んで案内をしていた。
だが、20人を超えたところで不安になり始めた。なにしろ、塾でしか会わない人間である。匿名投票の匿名性は失われ、よく知らない人間の善悪を判断しなければならない。
3人は作戦会議をし、組織化をしなければならない、と結論を出した。信者たちを支部に分け、各支部ごとに信者たちをよく知る支部長を置くことにしたのである。
それと同時に、今まで全て3人で行っていた運営にテコ入れをすることにした。
まず、専門のデザイナーを雇った。非受験組の絵が得意な信者にシールとお札のデザインを一新させた。毎月シールの図柄を変え、飽きの防止とインフレの防止を図った。
また、情報屋も雇った。告解で得た情報でさらに価値のある情報を交換するためである。これは画期的で、「この秘密を話すので誰々の好きな人を教えてください」とかが大変多くなった。
支部長の下に秘密で内部監査官も置いた。これは支部長の不正や信者との癒着を告発させるためである。
組織化したことにより、3人の地位は確固たるものになった。カリスマ的教祖の友人A、人に響く教えを説く友人B、善悪を裁き組織をまとめる増田。
夏休み中もムーブメントは衰えを知らず、信者は増え続けた。3人は有頂天になっていた。
そして学校が始まり、始業式の後、3人は応接室に呼び出されたのである。
〇〇〇〇教は教師陣の間にも知れ渡っていた。
一つの学校ではなく塾や習い事によりその地区の他校にも伝播した〇〇〇〇教の信者は把握できるだけで数百人を超えていた。
夏休み中、先生方は連携をとり、学校再開とともに終わらせようと話し合いがされていたらしい。
説教は3時間に及んだ。これは、先生方の話が長かったこともあるが、こまっしゃくれたクソガキだった我ら3人がいちいち反論を仕掛けたからである。
そもそも、我々は何も悪いことをしていなかった。ただ「いい人になろう」「いい行いをしよう」「いい人たちを尊敬しよう」と言って回っただけである。「ご利益がある」とお札を売りつけたり、告解で得た弱みを握って脅したりもしていない。ただ、善行を行わせて噂を流通させただけなのだ。
教師陣もそれがわかっていたのであまり強くは追及してこなかったのだが、我々があまりに舐め腐った態度をしていたのでだんだんヒートアップし、複数の教師が入れ替わり立ち替わり講釈を垂れ、最終的に「解散宣言をしなさい」と一方的に要求を押し付けてお開きになった。
応接室を出て、下駄箱に向かい、校門をくぐった瞬間、3人は爆笑しながらハイタッチをした。
「馬鹿め、もうそんな段階にないのだ!」と知っていたからだった。
子供と接しているのに大人である先生の皆皆様方は全くわかっていらっしゃらない。子供は禁止されたらもっともっとやりたくなるんだよ!
受験用に詰め込まれた知識であるキリシタンの気持ちがその時はよくわかった。抑圧された宗教は熱を増すのである。
隠語で呼ばれ、ミサと称した会合が秘密裏に行われ、塾に通うために学校を休んでいた層もせっせと体育館裏に足を運び秘密を囁くようになった。
教師陣は躍起になっていたが当時流行り始めた学校裏掲示板やmixiの日記などで〇〇〇〇教は着実に広まり、信者は増え、もはや我々3人の手に及ばないものになっていた。
知らないデザインのシールが増え、知らない告解が増え、知らない宗派ができていた。
秋が来て、塾で勉強している間に冬になった。
冬季講習の最終日、いつもの公園のジャングルジムの上に集まり、80円の缶ジュースで乾杯をした。
「そろそろやめよっか」と増田は言った。
「卒業、さみしいなぁ」と友人Bは言った。
正直、もうその段階ではないことはわかっていた。これはただの勝手な「一抜〜けた!」である。
教祖も司祭も裁判官も全てを誰かに押し付けて、こそこそと逃走するのだ。信者からすれば大きな裏切りであり、大罪だろう。
でもぶっちゃけ、飽きちゃったのだ。自分たちを置いて勝手に物事は進んでいくし、勝手に教祖を名乗るものも出てくるし、勝手に布教されているし、勝手に人が人を裁き始めるし。
だって子供だし、受験もあるし、そもそも進学したら続けられないし。
色んな言い訳をして、色んな人と話して、時にやり合って、押し付け合って、そうしている間に受験で学校に行かなくなって、ようやく卒業のために帰ってきたらどうやら全てが終わっていた。
あれだけ熱狂的だった信者たちは激減しており、卒業とともに誰かに譲られるためランドセルの蓋はシールなんてなかったように綺麗になり、空き下駄箱は使用禁止になっていた。
教室の後ろの「いいこと投票」の模造紙は取り払われ、「卒業おめでとう!」の垂れ幕に変わっていた。
友人Aは卒業と共に他県へ引っ越した。6年生になった時から決まっていて、増田たちと最後に何かしたい、と言っていたので「何か」は間違いなくできたと思う。
友人Bは志望校に落ちたので増田とは違う中学に進学した。あれだけ熱心に活動に勤しんでいたというのに引っかかったのは幸運だと自ら笑っていた。
増田は中学で若干いじめられそうになっていたが、入学した時に席が前後になった友人に助けられなんとかグループの輪に入れてもらい事なきを得た。教訓としては、コミュニティに入って一番初めにできた友人はなんとしてでも大事にした方がいいということだ。
それぞれ無事進学して、就職して、結婚して、最近はオンライン飲み会なるものを開催している。
この間、家族で親元へとUターン引っ越しをした友人Bが酔っ払いながら教えてくれた。
「最近、子供がランドセルの裏に変なシールをくっつけて帰ってきてさぁ」
友人Aはしばらく黙った後爆笑したが、増田は少し泣きそうになった。
この歳になると涙腺が緩くなって困る。
キリシタン、まだいるのかぁ。
80年代生まれだけど、赤は女の子の色のイメージが強かった、キティちゃんとかの印象
戦隊レッドとかウルトラマンの赤ラインは男児にとって非現実的な別枠という感じ
男児服は、ワンポイントの赤ならいいけと全部赤の服は幼稚園児まで、小学生以降で着てるのほぼ見なかった記憶
青グレー黒緑が主流で、たまにカーチャンがお洒落な奴が紫を着せられてたけど、からかわれがちだった
女子は茶色含め基本好きな色着てたが、高学年になるとピンクが危険色になる(環境による)
「大人っぽく」ダークトーンやグレーを着るのがかっこいいとされ、ブライトトーンやペールトーンはガキ臭い、親に着たい服の自己主張できないヘタレとバカにされる社会圧ががかる(環境による)
がんばれ!とはちょっと違う気がする
がんばれ!もいってみりゃ命令だけどまあ最終的に何をがんばるかはアンパンマン氏に委ねてる気がするんだよね
それいけ!になるとなんか具体的な要求のようなものが薄っすらと見えてしまう。
アンパンマンを利用してなにかを成し遂げたい欲、のようなものを感じる。
(追記)
時代の勢いという感じがする「それいけ!アンパンマン」(やなせたかし:作・絵 フレーベル館 1975年) 「それいけズッコケ三人組」(那須正幹:作 ポプラ社 1978年)
翻って(マント)アンパンマン師のほうは「それいけ」などと指示される謂れはないんよな。取り組んでいるミッションの過酷さが違う。
政府もない警察もない、犬のおまわりさんはいるらしいが出てこないアナキズムアンパンマンワールドで治安部門を一手に引き受けるアンパンマン様の「孤高」をなんもわかってない。
大体ジャムが勝手すぎるよな。ただの殺人マシーンに人格など付与しなければ何のために生まれて何をして喜ぶかなどに苦悩することも無かった。
『ズッコケ山賊修業中』の別れの部分と、『うわさのズッコケ株式会社』の商売の仕組みの説明だけ妙に覚えている
地味に街の地図の部分が好きだった
徒歩と自転車で行ける生活範囲から始まるリアリティが小学生には自分にも起こりえるかも感があったからだと思う
90年代後期はホラーブームがあり、児童書でも恐怖をあおるものが多かった中、
ホラーの怪物たる吸血鬼と友達になる展開に面食らった覚えがある
そのため、味付けや内容の異なる『花子さん」を小学生時代は過剰摂取していたと思う
子供向けホラー作品の中で、子供自身が怪奇現象と戦うのが目新しかった気がする
ぬ~べ~とか霊能力者の大人でなくても、呪符や巻物や数珠みたいなアイテムを使って小学生が怪奇現象に立ち向かえるんだ!と夢中になって読んだ
大学のときに、腐女子の先輩に「地獄堂霊界通信と言えばミッタンだろうが!」と言われ、子供に振り回される元ヤン警官に目をつけるとはこの人早熟だったんだろうなと思ったのを覚えている
■リング
車の移動図書館が小学校高学年ごろに地元ではじまり、今まで図書室になかったライトノベルや大人向け娯楽小説などに触れることとなった
何となく借りたら、精子を媒介として増殖する零体という概念が怖すぎて、2日間くらい寝れなかった
初めて触れたアンチヒーローでかつ、ファンタジー的な世界観のパロディ的な作品
これと魔法陣グルグルやドラゴンクエストの四コマ漫画などで、ファンタジーはパロデイして遊ぶものだと意識づけられすぎた
そのせいで、中学生のときに指輪物語を読んで、みんなこんな濃厚な世界観を知ったうえでパロディしていたんだと自分の無知に若干の反省をした
この作品の生でクールであればクールであるほど格好いいし、弱い能力であればあるほど格好いいと思うようになってしまった
ペパーミントの「大衆に売るためのコツはちょっとだけ不味く作ることだよ」みたいな台詞がいまだに印象に残っている
中学生のときに実家の近くに古本屋ができて、100円で買って読み漁った
怪奇現象や登場人物だけでなく、文章での細部描写自体が怖いことがあると知った
スタンド・バイ・ミーの死体に集まるカブトムシという描写が怖かった
俺のぼっち歴は相当なもので、プライベートで遊ぶ関係を友達と勘定するならばたぶん中学一年生ぐらいの頃に映画を見に行ったのが最後だ。(クラスで映画を観に行く話をしてるところに俺が空気を読まずに“自分も行っていいか”と訊ねたことでついていく運びになった。今にして思えば、彼らにとっていい迷惑だった)
大学生の頃同じゼミのやつからマクドナルドに呼び出されたことはあるが、どうだろう……友達だろうか…友達ではないな。
なんなら映画を観に行ったときも、俺は観てすぐ帰ったので(楽しくなかったのではなく、普通に映画を観て満足したらすぐ帰りたくなった)そのあとなんやかんやでそのことを突っつかれ、俺はやるせない気持ちになった。「帰るわ!」と言って、特に引き止められずに「ああそう?じゃあまた」と言われたのだからそりゃ帰るよ。
俺は高校も大学も友達と呼べる人間が一人も出来ないまま過ごし、わけのわからぬまま人生の一番自由な時期を、イヤホンが耳に刺さったまま一人で過ごした。
サークルは一時期落語研究会に属していたが、裏方だけやろうと思っていたのに字が汚すぎて題目の名前を書いた紙すら満足に書けず、あがり症のおかげで「時そば」を、客ではなく先輩の前で練習することすら出来ない始末。(なぜか、“枕”という、噺の前にやる些細な無駄話だけは少しだけ達者に話すことができた。20分ほど)どうしたものかと悩んでいたが、ちょうどそのとき部内の人間関係でトラブルが生じ、同級生が一人、先輩が二人やめたところで俺も便乗して辞めた。
暇なときはイヤホンで外界の情報を遮断してなんかしらの曲を聞きながらキャンパス内を徘徊し、たまに構内を出て無意味に一時間ほど歩き通してみたりした。
これで偏差値の高い大学に通っていたとかなら人と違う視点を持ったがゆえの孤立とか格好がつくのだろうが、普通に偏差値の低い大学に通っていたので、俺はぼっちで、しかもバカなだけだった。
どれぐらい偏差値が低い大学かというと、ここを出た某作家が著者略歴にうちの大学ではなく、所属していた他大学のサークルの名前を書いてしまうぐらい偏差値が低い。
とは言え、何も本当に音楽聞きながら歩くだけの学生生活だったわけではない。たまにラーメン屋巡りとかしてたし、ちょいと小銭があるときは雀荘に立ち寄ったり、また、本当に本当~~~に暇なときは、ネットに小説をチョロッッッッッとだけ書いたりしていた。半年に、ほんの六、七行ずつみたいなペースで。
そうしてある日、気付いたことがある。
俺は意外と、少なくとも感想文みたいなレポートを提出して怒られていた同級生よりかは、文というヤツが書けるのでは?と。
それまでは星新一とズッコケ三人組ぐらいしか読んだことが無く、他にはエブリスタでクソみたいな異世界転生系小説を読んであざ笑うというカス以下の習慣しかなかったのだが、それが思いのほか文章力の向上に繋がっていたのだろうか。「こういう文章を書かない」という手本は意外と役に立った。気がする。
エブリスタで小さい賞を取ってアマギフを三千円ぶんぐらいもらったりして調子づいた俺はもうちょっと色々書いてみようと思い、半年に一度ペースで書いていた小説で人と人がどうのこうのするパートに差し掛かり、そこを頑張って、ウィットとエスプリの利いた小気味良い会話文を作ろうとした。
出来なかった。
どうやっても平面的な、話している人間の人格が反映されない、ただの「文」にしかならなかった。読んでいて不気味だった。作品に思い入れのない声優が「あのキャラやってみて」と頼まれ、とりあえず声だけ出してみた。みたいな。あるいは同じ作品で共演する声優同士に、台本なしでそのキャラを即興で演じてみてくれ。と頼んだ時の会話のような…
とにかく形容しがたい、薄っぺらさが隠せない会話になってしまう。
要するに、三人称視点の文はてんでダメだった。『楽しそうな会話』が書けない。
反対に、一人称視点だとけっこう書けた。なのでレポートや論文はヒョイヒョイ書けた。あれは一人称視点で書く文章だからだ。だが小説は別だ。いくら一人称でも話の途中で主人公が人と会話をしなくてはならないときがある。これが本当にできない。
相手がどういう感情で主人公に話しかけているかを考え、主人公の受け答えでどう気持ちが動いて、気持ちに応じてどう対応が変わるかを考えてセリフを作る。すると、何を考えているかわかっている俺から見ればそれに気付かず喋っている主人公が妙にマヌケに思えてきて、そうなるとそのマヌケの一人称視点で綴られている他の文もマヌケな文に見えてくる。そしてどっと気が萎える。
なんのことはない。俺が普段人の感情の機微について推し量るような機会とほとんど出くわさず、機会があっても推し量る能力がないマヌケであり、そのマヌケぶりが主人公に伝染していただけのことだった。
好機を逃さず利用することを中国の故事で『奇貨居くべし』と言うらしいが、機会を利用する能力を養う方法まで故事は面倒を見てくれないらしい。(きかい。と打とうとして“きかお”とタイポしたら予測変換に出てきたので、意味を調べた後使いたくなった)
…とはいえ書かないと続きに進めないので、そこら辺のコミュニケーションパートはなあなあに、サッと流して次に進むのだった。
いろいろな作家の言では、脳内でキャラクター像をしっかり組めばストーリーと舞台の範疇で、頭の中で勝手に動いてくれるそうだが、俺の脳内に居るキャラクター達は揃いも揃ってマネキンばかりだ。俺の思い通りのポーズはとるが、決して動き出さない。
仕方なくマネキンのポーズを手作業でちょっとずつズラして、それを繰り返したものを描写して連続した動きを表現しようと試みるも、そうして出来上がったものは生きた人間の動きとは言い難い、不自然なものに仕上がる。どれだけ細かく刻んだストップモーションアニメも、自立して動く現実の映像のように滑らかにはなってくれないのと同じだ。どうしてもギクシャクする。
【追記】
タイトルが悪い、とのブコメをいただいたので、タイトル変更しました。
このコロナ禍で、皆それぞれ大変だと思う。
まず、自分と家族の安全を確保して、それから少しずつ周囲へ安全と文化を取り戻していこう。
とりあえずそう考えて動いてます。
その第一歩として、顧問先の民間学童保育にマンガとか本を寄贈してるんだ。
文学部出身で、「文化系」を標榜してるので、現状、それが一番貢献できることかと。
わたしは男なので男子の好きは想像できるけど、小学生の女の子の好みがわからなくて。
とりあえず、今のところ『リアル』『銀の匙』『3月のライオン』『ホームレス中学生(小学生版)』を贈ってみた。
でも、このあたりは4~6年生向けで、1~3年生向けのものがわからない。
あ、『コナン』とか藤子不二雄Fの『ドラえもん』『オバQ』とかは既にあるんだけど、
なんというか、もうちょっとマニアックなものがあってもいいかと。
そういう方が、将来への射程が長いような。
次に考えてるのは、
『ちはやふる』『俺物語!!』『君に届け』『動物のお医者さん』『BAKUMAN』『少年アシベ』『よつばと!』『ダンジョン飯』『あずまんが大王』あたり。
個人的には『ママ』『ギャラリーフェイク』『ハチクロ』、人生の厳しさを伝える意味で『カイジ』『零』もいいかも、と考えてるけど、小学生には難しいかな。
藤子不二雄Fでも、「少し不思議」関係を推したいけど、大丈夫かな。
で、注文多くて悪いんだけど、
100円棚、80円棚にあるような。
というのも、これは事務所じゃなくてわたし個人でやってるから、資金に限りがあるんです。
本当は、小遣いが少なくなっても『ジョジョ』『寄生獣』『キングダム』あたりを寄贈したいけど、自粛してます。グロ描写が保護者ウケしないかもなって。
あと、『ズッコケ三人組』シリーズをドカンと寄贈できればいいんだけど、
予算面で難しくて。
https://anond.hatelabo.jp/20190121113933
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僕の通っていた幼稚園は、運動会を開催するのに学校のグラウンドを借りなきゃいけないほど狭かった。
外で遊ぶスペースがないから、遊び時間にすることといえば、順番に遊具に登るとか、砂場いじりとか。
あとは紙工作。
僕は女子に混じって部屋の片隅に置かれた屋根付きの小屋に入って、おままごとをしていた。
おままごとが好きってよりは、自宅に置けない「小屋」の中にいることが好きだった。なんか、ゴージャスじゃん。おままごとは、おまけだ。
先生からは、〇〇しないの?と聞かれた記憶がある。もちろん、女子には聞かない。
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小学生になると、チビだったこともあり、体を動かすことから疎遠に。
だって、ドッチボールやるとチビだからって理由で真っ先に狙われるんだもん……。
休み時間は図書室に足繁く通い、「はだしのゲン」や「ズッコケ三人組」を読んでいた。あとは「怪人二十面相」とか。
ここでもやっぱり、「たまにはみんなで遊ばない?」と担任からいわれた。
もちろんチビだからという理由で、図書室に避難してきた女子には言わない。
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まわりは「俺」が多かったけど、チビに「俺」は辛い。完全に雑魚キャラじゃん……。
「自分」といったり、「私」といっていた。
大人は一人称が「私」のイメージがあったので、背伸びしたかったんだと思う。
掃除の時間に通りかかったところを呼び止められた。理由は忘れたが、さほど重要な話はしなかったと思う。
そこで僕が「私」というと、「六年生にもなって私はない。”僕ちゃん”ってわけでもないでしょ?俺って言いなさい」とブチギレ。
いや、知らんがな……。
なんか色々理由を並べられたあげく、僕が謝って終了。
分かる人にはわかると思うが、突然一人称を変えろって言われても、変えられるもんじゃない。
たいていは言葉に詰まるか、頭と口の同期がずれて、どもってしまうと思う。
どもりをからかわれるようになり、僕はお喋りじゃなくなった。
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中学生になると、母方の叔父祖父と顔を合わせるたび、玄孫(やしゃご)の顔を見たい、と言われるように。
叔父祖父に連れ添って出歩けば、知り合いに合うたび、「うちの孫です。まだ童貞ですが」ここ爆笑「もうちょっとしたら、お願いします」と紹介される。
相手がおじいさんだったりすると向こうものりのりで「最近のこはがっつきがないねー」と嘲笑され、若かりし頃の武勇伝が始まる。
それを道端の立ち話でするもんだから、恥ずかしくてしょうがなかったし、孫息子じゃなくて孫娘だったらそんなこと言わなかっただろう、とも思った。
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リンク先では、日本とアメリカの「男らしさ」の差異についても言及されている。
これについてはなんかわかる。
僕はアメドラが大好きなんだけど、人気になってシーズンが長期化すると、ヒョロガリキャラでさえ、マッチョ化していくんだもん。
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だけど、「男らしさ」を指し示すものが違うだけで、日本でも男らしさって求められていると思うよ。
それに、男友達だけの間で共有される悪乗りのような男らしさもあるよね。
僕が学生の頃って洋ゲーが本格的に流行りだした時期なんだけど、洋ゲーに手を出した子はみんな、日本のゲームのキャラをさして、「ホモくせー」といってたもん。洋ゲー遊ぶ俺、かっこいい。もう、ガキじゃないってニュアンスでね。
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※追記
指摘されて気づいたけど、叔父(おじ)じゃなくて祖父(そふ)だった。「おじいちゃん、おじいちゃん」と呼んで育ったから素で勘違いしていたよ。
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※追記2
※http://b.hatena.ne.jp/entry/4663534515915863457/comment/superabbit
※superabbit 玄孫って曽孫の子供だから混乱。増田のひい爺さんなら玄孫だけど、おじいちゃんなら孫の子供=曽孫だよ?
いろいろすっ飛ばして書いてごめん。
玄孫(やしゃご)であっています。僕の従姉妹は16歳で結婚していて、子供も居ます。それを念頭に置いて、お前が結婚すれば曾孫(ひまご)の顔は拝めるだろうし、100歳まで生きれば玄孫(やしゃご)の顔も拝めそうだって意味で、ああ言ったわけです。
祖父は早婚→妊娠出産までを既定路線で話す人だったので、話の前提について説明する必要性を忘れていたよ。
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※追記3
※https://anond.hatelabo.jp/20190123210845
※追記読んで思ったけど、オマエが世間にバカにされるのジェンダーロールのせいじゃない。オマエのアタマが悪いからだよ
※オマエがジェンダーロールだと思うんならそうなんだろう、オマエの中ではな
アタマが悪いのは認めるけど、世間にバカにされることはないよ。交流がないし。この10年でバカにしてきたのは、親父と君ぐらいだよ。
小学生の時、図書館においてあった本はどれも古い絵柄で読む気がしなかった。
好きな人には申し訳ないんだけど、ズッコケ三人組の表紙見て読む気なんて起きなかった。
わかったさんも世界名作劇場も平成10年台頃には絵柄としては一昔前の部類だったと思う。
同じ本を読むなら少しでも新しそうなラノベや漫画に走っていた。
ラノベの扇情的な絵の表紙が女の子に不快感を与えると言う意見があった。性の消費、ジェンダー観の押しつけを感じるからだという。
ラノベの表紙にそういうのは感じたことなかったけど、教科書や児童書で古い絵柄のものを採用する大人には似たようなものを感じていた。
普段消費している、私達が好きな漫画やアニメの絵柄を"不健全なもの"として否定し、"健全な絵"として古い絵柄が教育の現場で採用する"大人の理想"の押し付け。
前に話題になった英語の教科書の絵柄刷新は、そういう風潮を嫌った子供が大人になり、教科書を作る立場になったからなのかなとぼんやり思っていた(真相は知らない)。
子供は古い絵柄に馴染みがない。
大人は新しい絵柄に馴染みがない。
それだけのことだろう。大人が子供の楽しみを奪うのか。児童文学は誰のためのものなのか。
子供に読書させたいのなら、漫画やアニメと文学をシームレスにつなげるのが効果的だとなぜ気づけ無いのか。
昔の絵柄だって出始めの頃は性的なコンテンツの絵柄だったり、当時の大人から不健全扱いされてたんじゃないの?
本の表紙なんて読む意欲を持たせたもん勝ちだと思う。