はてなキーワード: 高度経済成長とは
この柱の強さは、それが感情的・道義的な結束力を持つ点にあります。しかし、その危うさは、時間とともに必然的に風化し、解釈が多元化することです。
これは最も強力であると同時に、最も不安定な柱です。人類の歴史において、永続的な高度経済成長を実現した政体は存在しないからです。
この柱の危うさは、精緻に設計された制度が、実質的な機能不全を起こすか、あるいは形式主義の内面化に陥ることにあります。
これは最も深層に訴求する分、最も危険な地雷原を内包する柱です。
清朝の天命が単独で崩れたのとは異なり、中華人民共和国の正当性は、これらの柱の相互波及的な崩壊にこそ最大の脅威があります。そのシナリオを描いてみます。
この連鎖が起きた時、4つの柱は相互に支え合うのではなく、将棋倒しのように次々と倒れる危険があります。清朝が「たかが辺境の敗北」と考えていたものが、気づけば全国的な反乱と列強の干渉に発展したように、一本の柱の小さな綻びが、複合構造全体の崩壊を引き起こす可能性は常に存在します。
俺は正直、そんな未来にはなってほしく無いなぁと、思ってる。
呑気だな
そもそも日本の居酒屋文化が発展したのは戦後の高度経済成長期以降の話で
ラーメン屋文化は氷河期世代の人余りが酷かった2000年以降に発展したもので
「そんな未来になってほしく無いなぁ」と嘆いたところでどうにもならんのよ
若年人口が1/3に減り人手不足で仕事が回らなくなる中で、個人店が呑気にやっていきたいなぁなどというナイーブな考えは捨てろ
昔はそこかしこにあったドライブインが今ではどこにもないように時代に合わない店は消えるんだよ
1955年に発生した「紫雲丸(しうんまる)事故」と、2014年以降の辺野古新基地建設をめぐる「抗議船事故(衝突・転覆事案)」は、いずれも海上で発生した悲劇的な、あるいは重大な事案ですが、その報道のあり方には決定的な違いがあります。
これらの違いを比較し、なぜ報道のスタンスがこれほどまでに異なるのか、その背景にある社会的・政治的要因を考察します。
1955年5月11日、瀬戸内海で国鉄の連絡船「紫雲丸」が衝突・沈没し、修学旅行中の児童・生徒を含む168名が犠牲となったこの事故は、当時の新聞において「絶対的な公の悲劇」として扱われました。
朝日、毎日、読売などの全国紙は連日トップで報じ、犠牲者の遺影や遺族の悲痛な声を詳細に掲載しました。報道は、国民全体で悲しみを共有する「ナショナル・モーニング(国家的な喪に服すこと)」の様相を呈しました。
論調の焦点: 報道の矛先は一貫して「安全対策の欠如」と「国鉄(公的機関)の責任」に向けられました。レーダーの不活用や濃霧下での無理な航行など、技術的・組織的な欠陥を厳しく追及し、それが後の「瀬戸大橋建設」や「水泳教育の義務化」という具体的政策へと世論を動かしました。
一方、辺野古の新基地建設を巡る海上抗議活動中に発生した衝突や転覆事案(2014年や2015年の事案など)は、「政治的対立の一場面」として報じられます。
報道の仕方は「新聞社による温度差」が極めて顕著です。沖縄タイムスや琉球新報などの地元紙は、海上保安庁の規制の過酷さや抗議者の負傷を「人権侵害」や「強権的」として大きく報じます。一方で、一部の保守系全国紙では、抗議活動側の過失や違法性を強調し、海保の正当性を支持する書き方がなされます。
事故そのものの安全性よりも、「基地建設の是非」や「法執行の妥当性」という政治的文脈が主役となります。犠牲者や負傷者に対する純粋な哀悼よりも、「どちらに非があるか」という責任の所在を巡る言論戦の道具となる傾向があります。
なぜ、同じ海上の事故でありながら、一方は「国民の教訓」となり、他方は「分断の火種」となるのでしょうか。
紫雲丸事故の際、被害者は「修学旅行中の子供たち」という、社会全体が守るべき純粋な存在でした。彼らが犠牲になったことに対して、社会に異論の余地はありません。したがって、新聞は「加害者(国鉄)vs 被害者(子供・国民)」という明確な構図で、全社一致の批判を展開できました。
対して辺野古の事案では、当事者が「政治的目的を持った活動家」と「公権力の執行者」です。この場合、社会の中で「どちらを応援すべきか」というコンセンサスが取れていません。そのため、新聞社は自社のイデオロギーに基づき、事実の切り取り方を選択することになります。
紫雲丸事故の時代、新聞は「再発防止」と「制度改善」を最大の使命としていました。高度経済成長へ向かう中で、技術的な未熟さを克服するという「社会の進歩」に寄与する報道が求められていたのです。
しかし、現代の辺野古報道における新聞は、特定の政治的スタンスを代表する「代弁者」としての役割が強まっています。事故は独立した出来事ではなく、基地問題という巨大なパズルの一片として扱われるため、純粋な事故調査よりも「政治的影響力」が優先されます。
事故原因の調査は海上保安庁や事故調査機関が行い、新聞はその客観的な数値を基に批判を展開しました。
現場が規制線の中であり、情報源が「海上保安庁の発表」か「抗議団体側の動画・証言」の二極化しています。中立的な第三者の目撃が難しいため、新聞社は自分が信頼する(あるいは支持する)側の情報を採用せざるを得ず、結果として報道内容が乖離します。
紫雲丸事故の報道は、悲劇をきっかけに社会の安全基準を根底から書き換えた「統合の報道」でした。一方、辺野古の事故報道は、既存の社会的分断をさらに浮き彫りにする「鏡の報道」であると言えます。
新聞の取り上げ方の違いは、単なる事象の違いではなく、日本社会における「公共性」の捉え方の変化、そしてメディアが「客観的な記録者」から「主義主張のプラットフォーム」へと変質していった過程を映し出しているのです。
経済成長のため
なんだけどなかなかわかってもらえない。
日本が高度経済成長できた理由は、ある意味「平和憲法」のおかげである。
これはお花畑的な意味ではなく、米帝が押しつけてきた憲法を「いやあ、憲法で記載されているからしかたがないな」って言いながらお題目にして、
国として当然必要になる軍事費を絞りに絞った一方で、その金を民間投資に振り向けたからだ。
軍事産業なんぞ日本がいくら金を垂れ流したところで米帝には勝てないし、当時はソ連もあったし、冷戦の代理戦争の部隊にならない程度にあればいいというところをぎりぎり確保しつつ
国家予算としては軍事費を最低現に絞ってそれを電機産業とか自動車産業とかに注ぎ込んだ。
それで他国を出し抜いた。
ところが、東西冷戦がおわったあたりから日本は出し抜けなくなった。米帝も軍事費より経済に投資するようになって、仮想的がソ連から日本にうつって経済摩擦があって、プラザ合意にバブル崩壊なども相まって上手くいかなくなるんだが、
まぁそれはそれである。
振り返って今。
いま世界中が軍拡に進んでいるが、正直言って軍事なんぞ増やしたところで日本に勝ち目はない。そこで勝者になることは不可能で。どうせ米帝が儲かるだけ。
だから、理想的には、できたらなんとか出し抜いて、周りは軍事に金をつかってるけど、日本はうまいこと無駄金払わずに済ませて、うまいこと経済成長していきたいわけなんだよ。
まぁ、無理だと言うのは理解してる。じゃあどうすんだろうね。軍需で米帝に勝てるわけないし、常時戦争してるヨーロッパの連中や、もっと言うと徴兵制がある韓国に日本の軍需産業が太刀打ちできるとも思えないしさあ。
どうすりゃいいんだ。
2nm、全枚葉式、後工程一気通貫、ガラス基板、600mm角のパネル
MRJも風呂敷を沢山ヒラヒラさせていたがどれ一つ実現しなかった。
かつて、通商産業省(現・経済産業省)の国家プロジェクト「Σ計画」を思い出す。
Σ計画失敗の原因は様々語られているが、一言で言えば「役人脳」である。
80年代当時のITスピードですら役人の常識は通用しなかった。
コンピューターテクノロジーが秒速で進化することを役人の頭では理解できなかった。
リスク回避思考なのでシステムが完成する頃にはテクノロジーはこの程度進化しているだろうから
だから完成したときには2,3世代遅れの技術要素となっており使い物にならなかった。
もう一つ、経産省の役人もラピダスの重役も半導体製造の素人集団だが
彼らは根本的な誤解がある、半導体産業は装置産業ではない、完全に労働集約産業だ。
高価な機械を買ってきて設置してボタンを押せば自動的に大判小判がザックザク
ちゃう、ぜんぜん違う、ヒトヒトヒト
それも工員さんではない。
高度な技術スキル、専門教育を受けたエリートが万人単位(下請け含め)で必要なの
高度経済成長時代の地方からかき集めた金の卵、の感覚ではどうにもならない。
今の日本では半導体製造に必要な人材を数百人単位ですら北海道の原野に集める力は無い。
半導体産業がどれほど労働力を必要とするか、TSMCなど半導体企業の従業員数をみりゃわかる
間接部門や営業の人員だと思っているのだろうが、ちゃう、ぜんぜんちゃう、現場職です。大量の高度人材、エンジニアです。
世界の半導体工場の衛星写真をみてごらん、工場本体よりも駐車場の方がでかい
台湾は立体駐車場なのでわかりにくいが、とにかく大量の人の手が必要、
パートのおばちゃんではどうにもならない、せんべい工場じゃねぇんだから
ラピダスが量産にこぎつけるのが2029年頃だろう
それからプロセス改善で歩留まり上げるわけだが採算ラインには絶対にのらない、
まともな歩留まりで製造が出来る2030年頃には2nmは旧世代となっておりサムスン、インテル、TSMCは1.4nm下手すりゃもうその次に入ってる
TSMC(JASM)は日本では当然だがアメリカですら彼らは現地の法を無視する。
労働基準法なんてガン無視です。台湾の常識と法をゴリ押しする、その力がある。ガチ24時間戦っている。
ラピダスの売りの一つが全枚葉式だが、こんなもん既存ファブはどこもやらん。
むしろ下手したらバッチ式よりも設備稼働率は落ちる。恐らく落ちる。間違いなく落ちる。
なぜ既存メーカーが全枚葉式に手を出さないか、理想の製造方式ならとっくにやってる
半導体製造のボトルネックは結局はEUVでしかなく、どの製造方式だろうがここでつっかえる
ミクロでの見かけのタクトタイム、サイクルタイムは短縮されるが、マクロでは変わらない。
やるにしてもまずはバッチ式で製造技術を確立してから次のFABで全枚葉式に手を出すべきだ。
だがそれでは投資が集まらない、なんでもいいから宣伝文句が必要なのだ、差別化っぽいワードが必要なのだ
国産ロケットも似たような状況
そもそも彼らは成功する気も無い、公金チューチューして逃げ切ればいいんです。
上級はいかに国民を騙して公金を分配するか、そんな事しか考えてない
もう終わりだよこの国
高度経済成長期の最後であるバブル景気を含む80年代は「躁」の時代。
バブル崩壊後の90年代は、リストラや自殺など「鬱」の時代。鬼畜ブームの時代背景。『完全自殺マニュアル』が1993年。
「ネアカとネクラ」は80年代前半の流行語。右翼(三島由紀夫の割腹自殺)と左翼(連合赤軍の内ゲバ殺人)は
ハナから論外だが、ノンポリ(無党派)でも地味で生真面目に思い詰めた感じのダサいやつ=「根暗(ネクラ)」には
否定的(攻撃的、嗜虐的)な時代思潮が80年代。本来は生真面目で思い詰めた感じの「ネクラ」に属するはずの学者が、
難解な現代フランス思想を軽薄なイメージで紹介して注目された「ニュー・アカデミズム」ブームが80年代前半。
お笑いに関しては、80年代前半に下品なホンネを剥き出しにした「漫才ブーム」と、80年代中期からのバブル景気と共に人気者になった「とんねるず」。
80年代後半(バブル絶頂期)の「オタク差別」の下地は、既に80年代前半に出来上がっていた(⇒ネクラの蔑視)。
批判される側には反論の場や方法が皆無で、一方的に「批判され放題」なのも、この時代(オールドメディア全盛)の特徴。
「ネクラなタモリ」が同類のネクラを攻撃(密告=裏切り)する時代。「脱オタしたオタク」がオタクを批判するのと相似形。
「ネクラ」も「オタク」も自認(自称)して引き受ける「属性」では無く、当初は否定的な目的でカテゴライズされた「蔑称」だった。
「陽キャと陰キャ」は2010年代。多様性の時代。「ネアカとネクラ」の時代と違い、「陰キャ」を自任する人間に
AIに作らせた、雑な煽り文だけどアンチ高市、アンチチーム未来的な感じでこういう議論ができないかなって考えてみた。
昭和でやってた日本列島改造の国土インフラを令和ではITにして形を変えてやる余地は十分あって、今の自民とも違いが出せたりしないかなと。正直、良く分からん十何項目の重点分野への成長投資とか本当に意味あるんかいなと。政府と民間の区別をつけて政府しかできないことに注力しないと本当に終わるし、既得権益とズブズブの自民には本当の意味での変革はできないよ。
敗北の反省: 左派が敗れたのは、理想が間違っていたからではない。その理想を支えるための「社会の筋肉(インフラと生産性)」が衰弱している現実を無視し、精神論に終止符を打てなかったからだ。
段階論の導入: 夫婦別姓や同性婚、多様性の尊重といった思想は、社会システムが高度に洗練され、個々人が「集団の呪縛」から解放されても生存できるだけの余剰と効率性を持って初めて実効性を持つ。
縄文時代に人権は成立しない: 生存が最優先の未発達な社会において、個の権利の主張は集団の崩壊を意味した。人権とは、生産性の向上によって社会が「個」を許容できるほど強靭になった結果、手にした贅沢な、しかし高貴な果実である。
高度経済成長期の限界: かつての日本は「画一化」というインフラで経済発展を成し遂げた。しかし、その古いOS(一括管理・紙・ハンコ・対面)のまま、21世紀の高度な人権(個の尊重)を実装しようとするのは、ファミコンの基板で最新のVRソフトを動かそうとするような無理がある。
例えば「夫婦別姓」をスムーズに導入するには、戸籍や年金、銀行システムがデジタルで柔軟に連携している必要がある。
思想的に正しいことを、社会コストを上げずに実現できる**「しなやかなインフラ」**を構築すること。これこそが、国が進めるべき唯一の「公共事業」である。
政府の役割の再定義: 政府は個別の産業を「育成」しようと色目を使うのをやめ、インフラの徹底的な効率化に専念せよ。取引コストをゼロに近づける「究極の公共空間」を提供することこそが、人権の果実を全国民に分配する最短ルートである。
「稼ぐインフラ」が「守る福祉」を支える: 国家のDXによる徹底した効率化は、莫大な時間と資源を解放する。その「余白」こそが、多様な生き方を許容し、弱者を真に支えるための原資となる。
AIに作らせた、雑な煽り文だけどアンチ高市、アンチチーム未来的な感じでこういう議論ができないかなって考えてみた。
昭和でやってた日本列島改造の国土インフラを令和ではITにして形を変えてやる余地は十分あって、今の自民とも違いが出せたりしないかなと。正直、良く分からん十何項目の重点分野への成長投資とか本当に意味あるんかいなと。政府と民間の区別をつけて政府しかできないことに注力しないと本当に終わるし、既得権益とズブズブの自民には本当の意味での変革はできないよ。
敗北の反省: 左派が敗れたのは、理想が間違っていたからではない。その理想を支えるための「社会の筋肉(インフラと生産性)」が衰弱している現実を無視し、精神論に終止符を打てなかったからだ。
段階論の導入: 夫婦別姓や同性婚、多様性の尊重といった思想は、社会システムが高度に洗練され、個々人が「集団の呪縛」から解放されても生存できるだけの余剰と効率性を持って初めて実効性を持つ。
縄文時代に人権は成立しない: 生存が最優先の未発達な社会において、個の権利の主張は集団の崩壊を意味した。人権とは、生産性の向上によって社会が「個」を許容できるほど強靭になった結果、手にした贅沢な、しかし高貴な果実である。
高度経済成長期の限界: かつての日本は「画一化」というインフラで経済発展を成し遂げた。しかし、その古いOS(一括管理・紙・ハンコ・対面)のまま、21世紀の高度な人権(個の尊重)を実装しようとするのは、ファミコンの基板で最新のVRソフトを動かそうとするような無理がある。
例えば「夫婦別姓」をスムーズに導入するには、戸籍や年金、銀行システムがデジタルで柔軟に連携している必要がある。
思想的に正しいことを、社会コストを上げずに実現できる**「しなやかなインフラ」**を構築すること。これこそが、国が進めるべき唯一の「公共事業」である。
政府の役割の再定義: 政府は個別の産業を「育成」しようと色目を使うのをやめ、インフラの徹底的な効率化に専念せよ。取引コストをゼロに近づける「究極の公共空間」を提供することこそが、人権の果実を全国民に分配する最短ルートである。
「稼ぐインフラ」が「守る福祉」を支える: 国家のDXによる徹底した効率化は、莫大な時間と資源を解放する。その「余白」こそが、多様な生き方を許容し、弱者を真に支えるための原資となる。
JCOM BSで昨年から、初期のころの世界名作劇場(フジテレビ)を再放送している。
「アルプスの少女ハイジ」に始まり、「フランダースの犬」、「あらいぐまラスカル」などが放送され、現在は「母をたずねて三千里」を放送中。
「フランダースの犬」は名画に憧れる少年を主人公にしている作品だが、そのわりには森の樹々や建物、集乳缶などの背景描写がやや粗く感じられた。ヨーロッパの風景が、どこか記号的でステレオタイプに処理されている印象が拭えない。
「昔のアニメだからこんなものかもしれない」と思って、録画していた前作の「アルプスの少女ハイジ」と見比べてみると、生活の細部の描写においては、明らかにハイジのほうが緻密だった。家屋の構造、食卓の様子、季節によって変化する牧畜の営みなど、日常生活に手触りや奥行きがある。
特に物語の前半、ジェノバでの生活を描いた部分は、あの時代のアニメにしては極めて丹念で、生活世界の細部にまで目が届いている。
郵便物の配達、路地をまたいで張られた洗濯物、建具職人の作業の息遣い、瓶洗いの労働、人形劇の旅芸人といったインフォーマルな生業に至るまで、マルコの子供時代を支えた当時のジェノバの都市生活がきめ細やかな質感で描かれているのに思わず見入ってしまう。
もうひとつ思うことがある。
マルコのキャラクターデザインは、のちに「おしん」の脚本を書いた橋田寿賀子は、この作品に何らかのインスパイアをされたのではないかと思うほど、おしんとマルコには共通項が多い。
直接の影響関係があるかはわからないけれども、逆境のなかで人々に支えられながら成長していく構図には共通項が多い。おしんもまた、いわば「股旅もの」の性格を帯びた作品であり、「一宿一飯の恩義」が物語全体を貫いている。
特に、旅先で出会う人々との関係を通して成長するロードムービー的な要素は、1970年代から1980年代にかけての日本社会が過去を振り返る作法とでもいえるものだったように思う。
集団就職や上京、出稼ぎ、高度経済成長に伴う人口移動を経験し、その果てに核家族化や消費社会を迎えていた当時の人々にとって、「人とのきずな」や「誰かに支えられてきた時間」は、単なる郷愁ではなく、確認しておきたい記憶だったのかもしれない。
「母をたずねて三千里」や「おしん」が強く支持されたのは、それが当時の視聴者の人生のどこかに、すっと収まる場所を持っていたからだろう。名作とは、しばしばその時代の人々がどのように受け取ったかによって形づくられる。だからこそ、ある時代の名作が後世にとっても同じ温度で響くとは限らない、ということもまた理解しておくべきだと思う。
逆に言えば、名作と呼ばれる作品が自分の心に響かないとき、「すっと収まる場所」が自分のなかに見当たらないのはなぜなのか、と考えてみることもまた、作品鑑賞の楽しみのひとつなのかもしれない。
https://x.com/CRAJ2026/status/2019372129071034626
「物は少なくても、 心はどこか豊かだった、あの頃の日本。」
幼少期の時点でテレビは「物は少なくても、 心はどこか豊かだった、あの頃の日本。」みたいなことを言ってました。
2026年になっても、物の豊かさを維持できないかも、外国から侵略されるかもという不安が広がっている今でも、まだ同じこと言っているのかと驚きました。
高市早苗は64歳。野田佳彦は68歳。たった4歳差でしかない。
東京人が冷たいっていうか、今の東京って実質「東北の植民地」だろ。
そもそも江戸っ子を見てみろよ。あいつら、うるさくて、お節介で、宵越しの銭は持たない。中身はほぼ大阪人かニューヨークの露店商なんだよ。本来の都会人ってのは、もっと図々しくて陽気なもんなんだわ。
それが今やどうだ? 電車の中は通夜みたいに静かで、隣の奴が倒れてもスマホ見てる。「プライバシーの尊重」とか意識高い言葉で誤魔化してるけど、その正体は東北の「雪国メンタリティ」そのものじゃん。
無口を美徳だと思ってる
知らない奴はまず警戒する
感情を表に出すのは恥だと思ってる
高度経済成長期に、真面目で寡黙な東北の若者が東京の労働力としてマジョリティになった。その結果、江戸っ子の「おせっかい文化」は駆逐されて、東北の「沈黙は金」が東京のスタンダードとして定着したんだよ。
【はじめに】
日本のサブカルチャー、特に二次元コンテンツにおける「廃(ハイ)」や「萌え」の底流には、特有の湿り気がある。それは、公的な領域から撤退し、極めて私的で、時に猥雑とも言える内面世界への耽溺である。
一般に、これは戦後日本の豊かさが生んだ徒花だと解釈されがちだ。しかし、この「社会からの撤退と内面への沈殿」という構造自体は、決して新しいものではない。
本稿では、明治期の自然主義文学が変異した「私小説」と、現代の「二次元オタク文化」を、同一の精神構造を持つ歴史的な双子として定義する。両者は、近代日本という抑圧的なシステムの中で、個人の主体性を確立できなかった者たちが選び取った、必然的かつ病理的な適応戦略である。
1.明治の「布団」と現代の「モニター」:同型としての引きこもり
日本の近代文学は、「自然主義」の受容から始まった。本来、ゾラなどの西欧自然主義は、社会の暗部を科学的かつ客観的に暴き出すリアリズムの手法であった。
しかし、この「社会を記述するメス」が日本に持ち込まれたとき、奇妙なねじれが発生した。田山花袋の『布団』に象徴されるように、記述の対象が「社会」から「作家の私生活(性欲・嫉妬・無様な内面)」へと急速に矮小化されたのである。
なぜか。明治維新後の強権的な藩閥政治(前稿参照)の下では、知識人がペンによって社会を変革することは不可能だったからだ。
巨大な国家権力という「壁」を前にして、個人のエネルギーは行き場を失い、内側へと逆流した。彼らに残された唯一の自由な領土は、国家が干渉しない「布団の中(性生活・内面)」だけであった。
現代の「廃(オタク)」がモニターの中で美少女キャラクターを消費する構造は、明治の文人が女弟子の布団の匂いを嗅いで文学へと昇華させた構造と、位相幾何学(トポロジー)的に完全に一致している。
それは、「公的領域での敗北」を「私的領域での支配」によって代償しようとする、日本近代特有の精神運動である。
2.ミッシングリンク:生存の「私小説」から、消費の「データベース」へ
しかし、明治の文人と現代のオタクの間には、決定的な環境(エコノミー)の違いがある。私の初期の考察における欠落は、この「経済的下部構造」の変容を軽視していた点にある。
明治の「私」への撤退は、貧困と封建的家制度の中での「苦悶」であった。
対して、現代の「私」への撤退は、高度資本主義下での「消費」である。
①「公」の死(1945年):
敗戦により、天皇という絶対的な「父(公)」が失墜した。これにより、個人の内向化を止める道徳的ストッパーが消滅した。
60年安保・70年闘争の敗北により、若者たちは「政治で社会を変える」というルートが完全に閉ざされたことを悟った(明治期の再演)。
時を同じくして日本は高度経済成長とバブルを迎える。資本主義は、行き場を失った若者たちのリビドーを見逃さなかった。
資本は、かつては恥ずべきものとされた「私的で猥雑な欲望」に「商品価値」を与え、二次元産業としてパッケージ化したのである。
「二次元」という楽園の底にある心理的基盤として、私はかつて「小農経済的な私有性」を仮定した。この視点は、現代風に修正することでより強固になる。
彼らは広大な社会(荒野)に出て他者と連帯することを拒否し、自室という「一畝(ひとせ)の畑」を耕し、そこで自分だけの作物(推し)を愛でる。
この「他者不在の閉鎖性」こそが、日本のムラ社会が近代化の過程で到達した成れの果てである。
高度に発達した資本主義は、この「精神的小農」たちに、安価で高品質な肥料(アニメ・ゲーム・グッズ)を供給し続ける。
このシステムにおいては、もはやリアルの他者と関わるコスト(リスク)を払う必要はない。経済的豊かさが、逆説的に「人間関係の貧困化(私化)」を可能にし、それを永続させるための産業構造を完成させたのだ。
明治の鏡(私小説)には、国家に押しつぶされて布団に逃げ込む「無力な知識人」が映っていた。
平成・令和の鏡(二次元)には、豊かさの中で社会性を喪失し、モニターに逃げ込む「消費する原子(アトム)」が映っている。
この二つは、異なる花に見えて、同じ根から生えている。
その根とは、「個人の自立」を許さず、「公的な変革」も許さない、日本という硬直した社会構造そのものである。
外部世界への作用を諦め、内なる欲望の充足のみに生のリアリティを求める態度。
それは「醜悪」あるいは「猥雑」と指弾されるかもしれないが、この国のシステムが正常に稼働した結果排出された、極めて合理的な「排泄物」なのである。
我々が二次元コンテンツに見る輝きと虚しさは、行き場を失った魂が、資本主義というプリズムを通して屈折した際に放つ、最期の光なのかもしれない。
高等教育への支援が日本を復興させる、と会田誠がXで書いていた。
日本の戦後の復興は、戦後に「偶然」起きたのではない。むしろ戦争そのものが、復興のための下地を、皮肉なほど周到に準備してしまった。戦争は破壊であると同時に、国家をひとつの巨大な工場に変える。資源配分、計画、規格、物流、品質、そして何より、人間の配置と訓練。これらが「総力戦」という名のもとに、暴力的に、しかし異様な密度で組み上げられていく。技術開発とは、研究室の机上で美しく完結する知の遊戯ではない。目的が与えられ、期限が切られ、失敗のコストが極端に高い環境で、試行錯誤を反復し、設計・製造・検査・運用までを一気通貫で回す能力の総体だ。戦争は、その能力を、恐ろしい速度で社会の中に注入した。
戦時の研究開発は、単なる発明ではなく、システムの構築だった。たとえば「技術者」という語は、ひとりの天才の顔を連想させがちだが、実体は違う。設計者がいて、解析者がいて、材料の供給者がいて、加工の技能者がいて、検査の手順を作る者がいて、現場に落とし込む監督者がいる。部品表があり、図面があり、仕様があり、誤差の許容範囲があり、標準化がある。つまり、工学的知識と組織的運用が結びついて、初めて技術は社会に実装される。戦争は、その結び目を強制的に太くした。しかも、若者を大量に吸い上げ、時間を奪い、睡眠と健康を削り、失敗に対する許容を奪うことで、訓練を「圧縮」した。倫理的には呪うべき圧縮だ。しかし能力形成の観点だけを冷酷に抜き出すなら、戦争は、最悪の形で最高効率の訓練装置になり得た。
そして戦後。御存知の通り日本は完膚なきまでの敗北を喫した。当然だ。しかし瓦礫と飢えと混乱の中に、奇妙な資産が残った。焼けた街ではなく、焼け残った手だ。軍需のために鍛えられた設計思考、現場の段取り、試験と改善の習慣、そして「とにかく動かす」ための執念。戦争目的が剥ぎ取られたあと、その手は、民生に向けて仕事を始める。工場は鍋を作り、ラジオを作り、やがて車を作る。品質管理という名で統計が導入され、カイゼンという名で現場が賢くなる。輸出という名で世界と接続され、稼ぐという名で生活が安定する。高度経済成長は神話ではなく、忌まわしき制度と虐げられた技能の合成体・キメラだ。そして、その合成の触媒として、あるいは淘汰圧として、戦争という毒が、過去に撒かれていた──そう言ってしまうと、気分が悪いほどに筋が通ってしまう。敗北はしたが、敗北するためには戦わなくてはならず、戦うためには戦えなくてはいけない。奇妙なことに戦えてしまったことが呪いであると同時に祝福でもあった。真珠湾攻撃は、無条件降伏を経て、米国中を所狭しと走り回るトヨタに至った。まともな経済感覚をもっている米国人は一時期まで日本車を買うのがあたりまえだった。
だからこそ、戦後日本の次なる課題は、戦争なしに繁栄を継続することだった。ここが本丸だった。戦争が供給するのは「目的」と「緊急性」と「資源の集中」であり、その果実として新しい「産業」が結ぶのだ。平時の社会では、それらが自然に生まれない。目的は分散し、緊急性は個人の都合に解体され、資源は合意形成の手続きに溶けていく。ゆえに、平時の繁栄には、別種のエンジンが要る。暴力や強制ではなく、自発性と創造性によって、産業の餌を自分で狩りに行くエンジンだ。そこで登場したのが、大学院という高等教育の訓練装置だ、という物語をわたしたちは信じた。研究という名の訓練。論文という名の競技。専門性という名の武器。産学連携という名の橋。これらを通じて、戦争の代わりに「知」が繁栄を準備するはずだ、と。
だが、いつの間にか装置は、別の生き物を量産するようになった。保身に東奔西走するばかりの大学教員だ。大学院が、主体性の発火点ではなく、依存の温床になったとしたら、それは制度設計の敗北だ。研究費、評価指標、採用、任期、ポスト、学会、査読、ランキング。こうした外部条件が、大学教員個人の内側に「餌は上から降ってくるものだ」という反射を植え付ける。申請書の書き方は教えるが、産業という新しい鉱脈の掘り方は教えない。論文の体裁は矯正するが、社会の問題を嗅ぎ分ける鼻は鍛えない。安全な問いを選ぶ癖、失敗しない範囲での最適化、既存の潮流に寄り添うことによる生存。そうした行動は合理的だ。合理的であるがゆえに、群れは同じ方向にしか動かなくなる。
そしてSNSだ。SNSは思想の市場であると同時に、承認の自動給餌機になった。群れは、空腹そのものを叫ぶことで、誰かが餌を投げてくれると学習する。「分かってほしい」「評価してほしい」「誰かが何とかしてほしい」「政府は間違ってる」。鳴く。鳴くことが生存戦略になる。しかも鳴き声は可視化され、数値化され、増幅される。いいね、リポスト、フォロワー。これらは、栄養ではなく興奮剤だ。満腹にはならないが、空腹の感覚を麻痺させる。やがて、いつまでも上から餌を与えてくれるのを求めて、ぴいぴい鳴き続けるトッチャンボウヤのような元雛鳥の群れができあがる。外敵に襲われない巣の中で、口だけが上を向き、翼は畳まれたまま、眼球だけが光る。自分の脚で地面を蹴るという最初の行為が、いつまでも始まらない。
自分の地位が脅かされるときは自分が悪いのではなくいつも政府が悪い。省庁が悪い。国民の教育水準が、頭が悪い。外で何が起きているのか少し頭を働かせてみようともしない。誰かが群れから外れたことを言ったときは袋叩きにして火にくべる。その結果、誰もが同じことばかり言い続けている。
だが、はっきり言っておく。お前が新しい産業という餌を捕るんだよ。お前がやることになってたんだよ。餌を「作る」のでもいいし、「掘る」のでもいいし、「盗む」のでもない形で「奪い返す」のでもいい。つまり、価値を生むという行為を、制度の他人に外注するなということだ。もちろん少子高齢社会は強力すぎる逆風ではあるが、それさえも誰かのせいに陰謀論めいて帰着させる前に一度よく考えてみたらどうか。産業は勝手に湧かない。誰かが、失敗の責任を自分で引き受け、見えない需要を言語化し、未熟な技術を鍛え上げ、供給網を組み替え、法や倫理の地雷を避け、顧客の怒りと無関心の中で立ち続けた結果として、ようやく姿を現す。論文の引用数のように、キーボードを叩けば増えるものではない。獲物は森にいる。森に入った者だけが、血の匂いと風向きを知る。
お前たちは選択と集中ではなく研究者の自発的な興味や関心が大事という。
では聞くが、お前たちはお前たちが学生だった頃の自分たちに恥じることはないだろうか。
お前たちは、お前たちが知りたいと思ったことを、お前たちが知りたいと思ったかたちで、明らかにしつつあるのか。
わたしは大学の門をくぐったとき、自分が畳の上で安らかに死ねるとは思わなかった。畳の上で死ぬというのは、単に死に場所の話ではない。生が、社会と和解しているという感覚だ。努力が見返りに接続し、未来が計算可能で、家族が暮らし、老いが制度に回収されるという約束だ。だが、あのときのわたしには、その約束が見えなかった。見えなかったというより、最初から信じる気がなかった。自分は、本と論文と電線の塵芥の中で、目を開けたまま息絶えるのだと思った。研究室の片隅で、半田の匂いと紙の埃にまみれて、未完成の仮説を握ったまま、呼吸だけが止まるのだと。
なぜそんな死に方を想像したのか。たぶん、それは恐怖ではなく、ある種の誓いだったのだろう。畳の上の安寧を最初から目標にしない者だけが、森に入れると。森に入るとは、制度の外側に一歩出ることだ。誰も餌をくれない場所に行き、自分の手で何かを捕まえることだ。捕まえられなければ飢える。飢える可能性を引き受ける者だけが、捕まえる可能性を持つ。そういう単純な力学を、大学に入った頃のわたしは、たぶん予感していた。戦争をする国家という本質的な暴力装置に大学そのものを重ねて見ていた。
戦後の復興が戦争によって準備されたのだとしたら、戦後の次の繁栄は、戦争ではなく、わたしたち一人ひとりの「狩り」によって準備されなければならない。制度は餌箱ではなく、森へ向かうための靴であるべきだ。大学院は巣ではなく、飛び立つための筋肉を作る場所であるべきだ。SNSは鳴き声の競技場ではなく、狩りの情報を交換する地図であるべきだ。そうなっていないなら、装置を叩き壊すか、装置の使い方を変えるしかない。鳴くのをやめて、翼を伸ばして、地面を蹴るしかない。
最後に、あの想像に戻る。目を開けたまま息絶える、というのは、救いのない悲観ではない。目を閉じる暇も惜しんで見ていたかった、ということだ。世界の配線の仕方、言葉の連結の仕方、仮説の跳ね方、そして価値が生まれる瞬間の、あの微かな火花を。もし本当にそういう最期が来るなら、せめて塵芥の中に、誰かの餌になる小さな骨を残して死にたい。鳴き声ではなく、獲物の痕跡を。上から落ちてくる餌ではなく、自分で森から引きずってきた何かを。畳の上で死ねなくてもいい。だが、巣の中で口を開けたまま死ぬのだけは、御免だと。
お上を叩くのは簡単だ。叩いても腹は減らないからだ。制度を呪うのは気持ちがいい。呪っても給餌は止まらないからだ。君たちの批判は刃物ではない。換気扇だ。臭いを抜いて、建物を延命する装置だ。君たちは自由の名で柵を磨き、純粋の名で鎖を正当化し、公共性の名で自分の安寧を公共財にすり替える。いつまで巣の縁で鳴くのか。餌は捕れ。捕れないなら黙れ。黙れないなら巣を出ろ。——平和の繁栄は、配給では続かない。