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2026-05-09

anond:20260329111401

第51章:更新の対価、あるいは鎖の契約

三矢がネットの暗闇で学生たちを「自己責任」と叩き、石田がその愚かさを高みから見下ろしている間、教授室の奥にある秘書デスクでは、もう一つの静かな処刑執行されようとしていた。


秘書のH子は、石田の背後に立ち、差し出された一枚の書類凝視していた。雇用契約更新通知書。そこには、彼女がこの数年間、石田の気まぐれな要求と過重な雑務に耐えながら守り続けてきた「生活」の継続が記されているはずだった。


「……先生、この条件では、その……」

石田は、眼鏡の奥の細い目をさらに細め、慈父のような穏やかさで微笑んだ。だが、その手はすでに、机の下でH子の膝を、逃げ場を塞ぐように強く押さえつけている。


「H子さん、君も分かっているだろう。今の大学予算状況で、君のような一般事務職再雇用するのは、本来なら至難の業なんだよ。だが、私は君を失いたくない。君は私の『深い部分』まで理解してくれる、唯一無二のパートナーだと思っているからね」


石田の言う「深い部分」という言葉が、H子の脳内卑猥な質感を持って響いた。数日前、閉ざされた深夜の教授室で、拒絶すれば契約を打ち切ると暗に匂わされながら、彼女が強いられた辱め。石田はその惨劇を「特別信頼関係」という美しいオブラートで包み直し、今、彼女最後通牒を突きつけていた。


「この関係を続けてくれるなら、私はいくらでも君の雇用保証しよう。君が望むなら、もっと待遇の良いポジションへ推薦してもいい。……どうかな、これは君の将来のための、私なりの『誠意』なんだよ」

第52章:沈黙を買う「誠意」

H子の喉が、ひゅっと鳴った。石田の指が、彼女スカートの裾をゆっくりと、しかし抗いようのない力で手繰り寄せる。


「……承知、いたしました。……ありがとうございます先生


絞り出すような声でそう告げた瞬間、H子の視界から色が消えた。石田は満足げに頷き、まるで愛犬の頭を撫でるような手つきで、彼女の頬を指先でなぞった。


「賢い選択だ。君は三矢くんのように頭が悪くない。自分価値をどこに置くべきか、正しく理解している」


石田にとって、H子はもはや人間ですらなく、自分権力確認し、性的渇きを癒やすための「終身契約消耗品」に過ぎなかった。彼はH子の絶望を、自分への絶対的忠誠心へと変換させ、それを愉しんでいた。

第53章:シェアされる絶望の予感

契約書に署名を終え、震える足で教授室を出たH子を、廊下の陰でA子が待っていた。


A子は、H子の乱れたブラウスの襟元と、生気を失ったその瞳を見て、すべてを悟った。D子がE男に狙われ、G子が石田の「謎かけ」という名の支配下に置かれ、そして今、最も身近にいたH子までもが、生活の糧を人質に取られて「所有」された。


(……この人は、どこまで広げるつもりなの?)


石田教授を頂点とし、三矢がネットで反対勢力を圧殺し、D男たちがそれを囃し立てる。その強固なシステムの最深部で、女性たちは一人、また一人と「契約」や「指導」という名目で、石田私的コレクションに加えられていく。


「H子さん、大丈夫ですか」

A子が声をかけると、H子は一瞬だけ、助けを求めるような目を向けた。しかし、すぐにその瞳に厚いガラスのような膜が張る。


「……なんでもないの。先生は、とても優しくしてくださるわ。……A子さんも、先生に逆らわない方がいいわよ。それが、ここで『生き残る』唯一の方法から


その言葉は、H子自身の魂が死んだことを告げる葬送の鐘だった。


石田教授の微笑みは、もはや教育者のものではない。それは、自分に跪く者たちを愛で、従わない者を「頭が足りない」と切り捨て、すべてを「物の本で読んだ」支配ロジックで塗り潰す、冷徹蝿の王のそれだった。


A子は、H子の背中見送りながら、自分の掌に爪が食い込むほど拳を握りしめた。この研究室という名の密室で、沈黙契約が、また一つ完了した。

2026-05-07

[]口コミ比較コープみらい委託子会社

記事

コープみらい発表のイメージ戦略

https://anond.hatelabo.jp/20260507151629

分社化の経緯


1982年設立された協栄流通株式会社コープデリ生活協同組合連合会100%出資完全子会社)は、当初からコープグループ物流全般店舗物流共同購入宅配集品など)を担っていました。


2016年1月協栄流通から宅配事業を分離・分社化して株式会社トラストシップ(同100%出資完全子会社)が設立されました。
表向きの目的は「宅配事業の専門化・効率化」でした。実質的には親会社とは異なる労務管理賃金体系を運用するスキームとして機能しています

以下に、子会社トラストシップおよび協栄流通)と親会社コープみらいコープデリグループ)の労働環境格差
を確認します。転職口コミサイトからの実際の発言引用しています

1. 株式会社トラストシップ宅配専門・配達員中心)

休憩・トイレ関連

• 「量によっては休憩が取れない為生理の時はトイレにも行けなかった。生理休暇が設けられているのでそこは良いなと思った。」(OpenWork)

• 「休憩したら荷物のお届けが遅れてクレームが入り、ボーナスに響くし、定時に帰れないので基本休憩なし。」(Jobtalk)

• 「しっかりお昼休憩1時間取るように言われるが、配達中にそんな時間はないので、休憩なしで配達する人がほとんど。」(Jobtalk)

• 「毎日60〜70件は当たり前に配達する。まともに休憩も取れません。」(Indeed

全体的な労働強度

• 「業務量が多く、時間に追われた配送。体力に自信がなく、テキパキ効率良く動くのが苦手だとかなり厳しい。」(Indeed

• 「仕事量が多く休憩時間ほとんど取れていません。その状況を承知の上で経営陣の方々は何も改善しようとはし…」(OpenWork)

• 「とにかく体力勝負配達件数・物量は他の生協にくらべおよそ1.5倍程あると思います。」(Jobtalk)

• 「1人で1コース担当するため……夏場の暑い日に熱中症危険性をはらみながらの仕事となるため体力勝負な面もある。」(Yahoo!しごとカタログ

2. 協栄流通株式会社店舗物流・集品・倉庫作業中心)

• 「完全にブラックです。休憩とれない、営業ケイケ、体制整ってないと有給とれない…」(Jobtalk)

• 「繁忙期は毎日残業(1時間半~2時間程)。休憩時間は午前10分、お昼30分…」(Indeed

• 「休憩は60分を3回に分けてとり、小刻みに休憩があるので作業は集中して行えているような気がするが、まとまった休憩はないので身体はあまりまらない。」(en-hyouban.com)

• 一方で「残業20時間程度と少なめ」「人間関係が良い」「休暇が取りやすい」というポジティブな声も比較的多く、トラストシップよりはマイルド環境という評価一定数あります

親会社コープみらい本体職員)との待遇比較

コープみらい本体正社員向け福利厚生公式採用ページ):
年間休日117〜120日、奨学金返済支援、借り上げ社宅、確定拠出年金退職金通信教育支援保養所利用補助など多様な制度が整備されています

これに対し、両子会社とも「給料水準は比較的高い」という声はある一方で、現場過酷さ(特にトラストシップの休憩なし・トイレ我慢構造)と運転手作業員固定のキャリアが目立つ口コミが多数見られます

ブランドイメージ福利厚生の「きれいな部分」は親会社が保持し、過酷労務リスク子会社特に宅配を担うトラストシップ)に集中させる構造が見て取れます

2026-05-04

デリヘル嬢に本番できない?と質問してみた

「ええとですね、まず最初に申し上げておきたいのは、いわゆるその、お客様がおっしゃるところの『本番』という行為を、当店がいかなる立場でどう位置づけているのかという点を、きちんと整理しておかないとですね、話がかみ合わないまま、単純に『できる・できない』という二項対立で語ってしまうことになり、それはお互いにとって、決して生産的なコミュニケーションとは言えないのではないかと、このように考えるわけでございます

そもそもですね、風営法その他の関連法規におきましては、提供してよいサービス範囲というものが、かなり厳格に、かつ明確に定められているわけでありまして。

で、その中で当店は、『本番はいしません』『本番を連想させるようなサービスお約束いたしません』ということを大前提として営業許可を頂戴している、その点をまずご理解いただく必要があるのではないか認識しております

他方でですね、『でも実際どうなの?』という、きわめて率直な、お客様感情存在することも、私は否定するものではございません。

ただ、その『実際どうなの?』という問いかけの中には、『ルール承知した上でこっそり抜け道はないのか』という、いわばグレーゾーンを期待するニュアンスが含まれていることが多いわけでありますが、それをここで私が『はい、できますよ』などと申し上げたとすれば、それはもう、当店のコンプライアンス、そして私自身の将来設計に、計り知れない影響を及ぼしうる事態になりかねないわけであります

また、これは大変重要な点なので重ねて申し上げますが、私どもが提供しているのは、あくまで『健全範囲でのリラクゼーションと癒やしの時間』でありまして、『本番行為のもの』を商品としてお出しする、そういうビジネスモデル採用しておりません。

ですから、『本番ができるかどうか』というご質問の立て方自体が、当店のサービス設計の枠組みとは、ややそごを来しているのではないかと、率直に申し上げざるをえないのでございます

さらに申し上げますとですね、人間というのは、何事によらず『禁止されているからこそ聞いてみたくなる』という心理を抱きがちでありまして、『ダメって分かってるけど一応聞いてみるね?』というスタンスのものが、ある種のコミュニケーション儀礼として定着しているのではないかと、私は現場で多数のお客様と接する中で、そういう実感を持っているわけであります

しかしながら、その儀礼的問いかけに対して、こちらも儀礼的に『内緒だよ?』などと曖昧なことを申し上げますと、それはそれで『言質を取った』と解釈されかねない危険があり、後日、トラブル火種となる可能性を排除できないのであります

したがいまして、総合的に勘案いたしますと、ここで私が取りうる最も誠実かつ現実的な答弁は、『当店のサービスとして本番はお受けしておりません』という一点に尽きるわけでございます

その上で、『それ以外の範囲で、お客様にできる限りご満足いただける時間をご一緒できれば嬉しい』というのが、今この場における私の偽らざる気持ちでありまして、その点については、ぜひご理解とご協力を賜れればと、このようにお願い申し上げる次第でございます

ですので、お尋ねの『本番ができるのかどうか』というご質問につきましては、結論としては『できません』と、しかしながら『その代わりとなる、可能な限りの楽しさと癒やしはご提供したい』という意味での『イエス』も含んだ、『厳格なノーでありつつ前向きなイエス』とでも申しましょうか、そういった複合的な回答として受け止めていただければ幸いでございます。」

2026-05-03

古いゲーム違法コピー

ゲームメーカーって現行機種の売上に影響出るタイトル不正には目光らせてるけど

世代前、例えばPS2以前とかあの辺のゲームコピー被害ってどういう対応してるんだろ

知的財産的な意味違法なことは百も承知だけど、ぶっちゃけメーカー的にもサポート外のソフト

売上も生まないソフトもきっちり監視してんのかなって気になった

少し前に他所で派手に炎上した違法コピーの話からRedditとか色々漁ったけど

海外だとそういうメーカーが売らない、サポートもしないゲームも「アバンダンウェア」扱いになってるって見て

それって大分やってることが黒だけど日本メーカーは野放しにしてんのかな?って

三島由紀夫をかたるアカウントに捧ぐ文 https://x.com/moritakusan/status/2050533473212076471

私はファンアカウントを名乗っている。小説イラスト鉄道模型などを素人ながら楽しみ、時事の話題に気軽にコメントを添え、またブルーバッジを取得し収益化もしてはいる、実に取り留めのない雑多な所作ではあるが、このアカウント運用する本質自分の好きなもの、気に入ったものを推すことである。そのためにファンアカウントを名乗る次第である

 

幸いなことにあらゆる分野で推しておきたくなるアカウントの数々に出会い、注目させていただいている。

 

さて。その中に三島由紀夫を名乗るアカウントがある。

こちである⇒@mishimayukio129

 

歴史上の人物の名を借りたアカウントは数多い。その中でその人物になりきって見せる者も少なくない。このアカウントもその一つと言える。

諸兄もご承知の通り、三島由紀夫戦後日本活躍した文人であり、市ヶ谷にて衝撃の最後を迎えている。当然本人であろうはずはない。

その名を借りるは遊戯である。その遊戯冒涜ととるか一興ととるか。それは見る者の判断であると同時に、そのアカウントを動かす人物の立ち振る舞い方による。

その意味でこのアカウント面白いエックスにて氾濫する話題を、怜悧で瑞々しい刃のような文体自分ごとなで切りにし文芸に落とし込む様は正に三島が再びこの世に生を得たかの様な夢幻を見せてくれる。

いや、人によってはこんなこと三島は言わない、言うわけがないと感じるだろう。それはそれでよい。この三島を名乗るアカウント事実三島を現世に映し出しているか。実はそれは問題ではない。三島はこんなこと言わない、いや三島はこんなことを言うかもしれない、その問いが各自に芽生えた時点でこのアカウント目的は達成されている。

私自身、実のところ三島に詳しいわけではない。その作品の全ては到底網羅しておらず、ただ少し齧って知識を得ているに過ぎない。そのにわか知識の中にある、昭和の激動の時代の中、理想現実夢想世俗狭間で悶え苦しみ鮮烈に果てた文才のその面影を、私は彼の投じるポストの向こうに見るのである。これはこのアカウント運営する人物の、三島への深い理解と愛なくして無し得ぬ業である。私はその想いに、そしてそれが紡ぐ出す文才に深い嫉妬と敬意を覚えずにはいられない。

私はあえてタイトルを「かたる」とした。「語る」でも「騙る」でも良いのだ。このアカウント三島を見る。このアカウントと共に三島を偲ぶ。いずれにせよこれは遊戯である知的で、文学的で、なによりいかにもエックスらしい遊興なのだ

さて、このアカウント本領。それはやはり飯である。腹を切って果てた三島が腹を満たす画像を投げ、言葉を綴る。これはあまりにも皮肉で、あまりにも正直で、あまりにも雄弁な抒情詩である。その比較的裕福な経済状況を伺わせる外食の膳を日々投げてくる。鋭利で繊細な言葉と共に。もはや日々の楽しみですらある。

私はその言葉に刺激を受け、引用して言葉を紡ぐ。三島言葉が私の中で響き、反射される。これは闘歌だ。刃の如き言葉で飯を歌われれば、こちらも言葉の刃をもって鍔迫り合いをしたくなる。返歌をせざるを得なくなるのだ。あるいは文人を気取り賢しい言葉を並べ立て、あるいは言葉を失い素直に感嘆する。これもまた、ささやか遊戯である

しかしてこの三島、そんな私の遊戯に付き合い、私の引用いいねを押してくれる。義理かもしれない。しか無視ではない。この文才に微かでも私の存在を知らしめた事実に、恥ずかしながら酔う。

しかもこの三島恐ろしいことに私の別のポストも時としていいねを押してくれる。それも義理かもしれない。軽薄な私はますます浮かれる。令和の三島はなかなか気さくである

このあたり、三島面影という仮面の奥にある、アカウント運営する人物の人柄が透けて見える。飯のポスト、そして様々な話題へのコメント。そこからはこの人物の、飯に喜び、子供を慈しみ、人の弱さに寄り添い、それでいて悪と怠惰を憎む。そんな厳しくも優しく、そして心と言葉を大切にする人となりが朧気ながらに感じられる。ただの飯テロ垢ではない。

そして今一度正直に言う。私がこのアカウントに真っ先に感じたのは嫉妬である。様々な話題から人の宿業を深掘りできる視点と文才。それそのものに私は激しく嫉妬する。嫉妬憧憬であり、目標である。雑多な話題を扱うアカウントとして、趣味とはいえ文章による創作を愉しむものとして、私はかくありたいと思えるアカウント出会たことを、ことのほか慶ぶのである

私と同じくこの三島アカウントに惚れた方々の共感を得られれば幸いである。これまで三島アカウントを知らなかった方々にその魅力が伝われば幸いである。そしてこの記事を、三島由紀夫をかたるアカウントに、捧げるものである

午後8:10 · 2026年5月2日

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2026-05-02

AmazonやAliexpressで売られている中国メーカーパワーアンプの多くにはBluetooth機能が付いています

これが日本で使えるように技適を取得しているかどうかについて触れているレビューがほぼありません

中には技適マークが付いていないことを承知しながらも自己責任使用して下さいと他人に注意をしたり、

アンテナを付けなければ電波が飛ばないので問題無いなどと適当なことを書く購入者が見うけらます

AIYIMAブランドBluetoothスピーカー技適は取得していますアンプに関してはA01という一製品しか取得していないようです

Nobsound(Douk Audio社)とFosi Audio社に関してはどちらも総務省技適検索サイトではヒットしませんでした

将来、日本お茶の間に置かれた中華デバイス中共命令により違法で強力なBluetoothネットワークを作り出し

日本を完全に支配する日が来るのではないか危惧しています

安価で性能の良いアンプが手に入れば日本人はそれでよいのでしょうか

青赤スイッチ問題文章ヘタすぎじゃない?

スイッチ押す

→51%以上は全員生存

→49%以下は青スイッチ押した奴死亡。

 

これだけの事でしょ?全員赤スイッチ押せば助かるじゃん。赤スイッチデメリット一切無いぞ???文章の書き方が悪い。いかにもZ世代が書きそうな文章。 anond:20260501125833

 

AIに聞いたら返答も良く判らんな。

『>このルールで生き残ったのは「リスク承知他者を救おうとした人(青)」ではなく、「自分だけは助かろうとした人(赤)」だけです。』ってどういう事?

赤に全くデメリット無いんだよ?????明らかにルールに穴があるんだから全員で赤押せば良い話だよね。だからクソ問題だって言ってるんだけど。

トロッコ問題以下じゃん。道徳でも何でも無いからなこれ。勘違いするなよ。

2026-05-01

清く正しく美しくか弱いボクチャであるところの左翼

リベラル的な発言をすることのリスク」を述べてるXアカウントを見かけたんだけど

そんなの政権寄りな発言するリスクの数十分の一でしかないのは皆さんご承知だと思う

布袋ちょっと高市シンパシー発言をしただけであることないことボコボコにされて撤回に追い込まれたりしてるのに

山下達郎に難癖つけたアレとかユーミン暴言吐いたアレなんかはお仲間に守られてのうのうと左翼的発言を続けてる

自分メリケンサックつけてグーで殴ってるのに

デコピンひとつピーピー言ってる左翼はいい加減自分のクソダサさに気付いて

自分にあったやさしいせかいで余生を送ってほしい

2026-04-29

着ぐるみの中に人が入ってることくらい分かってます

それを承知の上で、私はその着ぐるみと楽しく接することができます

その着ぐるみ、より厳密にいえばそのキャラクターが好きだからです。

着ぐるみの中に入っている人に対しては、なんとも思いません。

好きとか嫌いとか、そういうレイヤーはいないのです。

から言うのです、「私の目の前で着ぐるみを脱ぎ捨てないでください」と。

着ぐるみを脱ぎ捨てることを誠実の証だと捉える人もいますが、そんなことはありません。

他者機微を顧みない正直さは、誠実とは似て非なるものです。

時に包み隠すことも誠実であることを知ってください。

そのような誠実さがあることを理解できないのであれば、そもそも着ぐるみなど身に着けるべきではないでしょう。

着ぐるみを脱ぎ捨てる場所更衣室であって、私の目の前ではありません。

品がないお金の話

お金の話は品がない」という言説を耳にすることがあるが、個人的には話の内容によるし、TPO次第という感じ。

そんな自分が見知った、下品すぎるお金の話。

めっちゃ稼いでる某女性配信者が、結婚発表で起きたことを配信で話していた。

この方は元々、27歳になったら結婚しまガチ恋対象にはならないよ発言を繰り返していて、実際27で結婚発表した。

その時はご祝儀スパチャが300万くらい来ていたが、その裏でメンバーシップ1000人解約が起きていたと。

ちなみにメンバーシップは1人1か月500円、ということは年間で600万の損失になるわけで、結果的に私はその覚悟を持って結婚発表したと結んだ。

えー、それ配信で言うことか??正直、お前それはないだろーって感想

お前にとってファンは金蔓なのかよってツッコミ待ちですか?

メンシもスパチャも、なんならグッズ購入だってファン善意であり好意なわけで、それにケチを付けるとかどこの物乞いだよっていう。

というわけで擁護のしようがない品の悪さだと心底思ったし、何よりそれが品性下劣な振る舞いであることに自覚がないのにも驚かされた。

元々、おそらくはその地域で一番の進学校を出ているくらいには頭がいい人だったのもあって、なんだかなあと。

お金の話は品がないと言うより、お金が人を悪い方向に変える怖さがあると思わされた話ではあったかも。

追記

目についたブクマへの返答。

配信者としては、結婚したことなんて黙ってることは全然可能だと思うし、そんな人いくらでもいると思うけど、その配信者は「嘘はよくない」ということで、発表して損害を受け入れたんだよね。むしろ品がある側では?

であれば、金銭的な損害を具体的な数字で出した結果、本来は品が良く済む話が台無しになって、なんとも残念。

正直、結婚をダマで通すかどうかなんて知ったこっちゃないというか、そこじゃねえというか、それを配信者が自由に決めようが品の良し悪しには関係ないと思ってる。

問題は「金銭的な損害を具体的な数字で出した」ことであって、何の意味があってそれを言ったのか、正直理解できない発言だったことに尽きる。

「お前にとってファンは金蔓なのかよ」そりゃそうでしょ、お金のために配信してるんだから結婚する宣言していたなら誠実な人だと思う

ファンというか払う側が「お布施頼みで色々課金させようとしている」と薄々感づいているのと、貰う側がその仕組みを事実上バラしたと受け取られかねないムーブでは、そこにくっついてくる意味合いが天と地くらい違うわけで。

後者は突き詰めれば推し活の否定になりかねないというか、例えるなら恋活婚活で「女であれば誰でもいい」と受け取られかねない発言をするくらいにはヤバい

からあくまバラしじゃなく、難しい現実を知ってもらうための、いわば事情説明に聞こえる内容にするのが大人ってもんだろと思うし、そうしなかったことには呆れる他無い。

まあこの人は露悪的なムーブも売りの1つで、それを承知ファン推してるところはありそうなんで、品が悪いとか今更言うのも野暮な話ではあるけど。

2026-04-26

かつ短時間でその目的を達成するためには、実際の業務に取りかかる前に

  適切な段取りが不可欠です。

  しかし、社員なかに段取りが苦手でいつも途中で業務手順の変更をせざるを得なくし

  てしまう人や、まったくの段取りなしに動き出し、すぐに途方にくれてしまう人もいるのを

  見聞きします。

  段取りが上手な人は仕事が速いうえに、質も高いのが通常です。

  逆に段取りが苦手な人はそのいずれにも問題があるという結果になってしまいがちです。

  □段取り8分の仕事2分 

   仕事の事前準備の大切さを表す格言として、「段取り8分(ぶ)、仕事2分」があります

   事前にきちんとした段取りさえしておけば、仕事の8割方は完了したということです。

   仕事に取りかかる前に、具体的に仕事を進める手順をきっちりと決めておけば、それだけ

   仕事の質とスピードは上がります

   もちろん実際に仕事に取りかかると予想外のことがたくさん起こります

   途中で段取りを見直す必要もあるでしょうが、何の段取りもなしに仕事に取りかかるのは

   余りに非効率です。

   たとえば、家を建てるときは必ず設計図を書きます

   そして必要な資材を準備し、工程表作成したうえで、実際に家を建てる仕事に取りかか

   ります

   段取りを十分に行わず仕事に着手することは、設計図なしで家を建てることと同じで、

   ありえないことです。

   段取りに使う時間は決して無駄、余分といったことではなく、その後の仕事スムーズに進

   めるための大切な準備プロセスなのです。

   段取りは「教える」のではなく「考えさせる」ことです。

   まずは部下に自分なりの段取りを考えさせる訓練が必要です。

   ロープレなどを通して、段取りの仕方そのものを身につけさせるのです。

   訓練を続けることで部下は段取りの大切さを実感します。

   また、営業マンとして「独り立ち」するためには、段取り力の習得が不可欠という認識をも

   たせることです。

   さら自分自身段取りするということは、与えられた仕事を自らが主体性をもって遂行

   ることでもあります

   若手社員に対してはできるだけ早い時期から正しい段取りができるように訓練することで、

   業務設計力だけではなく、自立心も高めることができます

  □段取りの基本

   1.目的明確化

     段取りの基本は自分がこれからやろうとしている仕事目的をはっきりさせること

     です。

     目的が違えば必要段取りはまったく異なるからです。

     たとえば、若手社員のA君とB君が自社の新製品を売り出すための販促企画書

     作成を命じられたとしましょう。

     販促企画書作成本来目的は、「自社の新商品製品)を売り出す」ことにあり

     ます

     上司はそのための手段ひとつとして販促企画書作成を命じたに過ぎません。

     しかし、A君は目的のものを「販促企画書を仕上げる」と捉え、B君は上司の意

     図通り「販売促進という目的達成のための手段として企画書作成する」と捉えま

     した。

     この場合、A君の関心は「上司から指示された仕様通りに作成すること」のみなの

     に対して、B君はその販促企画書を使って、誰をどう説得するかという点にまで踏

     み込んで考えます

     上司から指示された以外のデータを使うアイデアを思いつくこともあるでしょう。

     できあがってくる企画書価値は自ずと違うはずです。

     社員には、自分が行っている仕事本来目的についてつねに考えさせることが

     大切です。

   2.2つの目標

     目標には大きく2つの目標があります

     「行動目標」と「状況目標」です。

     本来的な目的である「状況目標」を達成するために、当面目指すべき成果が「行

     動目標」になります

     前述の例でいえば、販促企画書作成が「行動目標」です。

     これは、「状況目標」のために、何をすべきか、具体的な行動で目標を立てること

     を言います

     行動目標とはその名前のとおり、販促企画書をとにかく仕上げるという「行動」そ

     のものについての目標です。

     一方「状況目標」とは、行動目標が達成された結果、どのような状態になっている

     べきかという目標です。

     たとえば、販促企画書作成の状況目標としては、「上司承認を得ている」、

     「企画会議承認されて、具体的な行動に移る準備ができている」、「プロジェクト

     メンバー全員に情報が共有され、同意を得ている」といったことが考えられます

     状況目標の達成は行動目標の達成よりも優先されます

     膨大な販促企画書を書き上げて、行動目標を達成したとしても、それによって状況

     が進展しないのであれば、まったく意味がありません。

     状況目標は最終的なゴールで、そこへ向かっていくための具体的な目標が行動目

     標といえます

     言い方を変えれば、行動目標は、状況目標を達成するための「やるべき事項リス

     ト」ということになります

     段取りが苦手な人は「行動目標」と「状況目標」を混同してしまます

     2つの目標の違いを明確に認識させましょう。

   3.既存ノウハウ活用

     適切な段取りのためには、過去ノウハウ活用することです。

     「やるべき事項リスト(To Doリスト)」である行動目標をもう一度確認すると、そ

     の社員ゼロから始めなくてはならない仕事ほとんどないことが普通です。

     前述の例をとれば、販促企画書作成しろ小売店への説明会しろ過去

     誰かが同様のことを行っているはずです。

     先輩や同僚社員に声をかければ、過去に似たような業務をした人がいることも多

     いでしょう。

     これを利用しない手はありません。

     たとえ直接的に再利用できる資料がなくても、過去経験から効率的に業務を行

     う方法についてアドバイスを受けられるかもしれません。

     あらかじめベテラン社員ノウハウマニュアル化しておくことで、効率さらに高

     まります

     そして、どうしてもその社員自身がやらなければならない行動目標を並べて、「自

     分でやるべき事項リスト」を作成します。

     次にそれをどのような手順で、いつまでに行うかというスケジューリングを行って、段

     取りは完了します。

  □段取り力のレベルアップ

   1.標準化によるステップアップ

     段取りが習慣化していくと、「これまでよりもさらに短時間効率的に成果にたどり

     着けないか」という意識が生まれてきます

     たとえば、営業マンは、今営業をかけているAという顧客だけに目が行きがちです。

     適切な段取りを行って営業成功したとしても、状況のまったく違う次のBという顧

     客に対しては、またゼロから段取りを考えなければなりません。

     これではいつまでたっても営業活動効率的になりません。

     ではどうすればよいかというと、営業活動標準化させ、凡人営業マンであっても

     優秀な家業マンと同程度の品質にすることで、「誰にでも売れるスタイル」に変えて

     いく、つまり仕組みを使った営業に変えていくのです。

     そして、仕組みをつくるとは、仕事をできるだけマニュアル(標準)化することです。

     その際にはプロセス化とパターン化という考え方が重要になります

   2.集客から新規顧客獲得までのプロセスを標準(パターン)化

     営業活動を「集客(見込み客の開拓)」、「見込み客のニーズ把握」、「見込み客の

     信頼獲得」、「具体的提案」、「受注」といった具合なプロセスに分けて考えること

     です。

     そして、それぞれのプロセスを通過するために必要な条件を設定します。

     たとえば、どういう状態になったら見込み客の信頼を獲得したといえるのかについ

     てのチェック表を作成します。

     このチェック表が埋まれば具体的提案に進んでよいというわけです。

     次にパターン化ですが、これは顧客タイプごとにいくつかの営業活動パターン

     用意することです。

     たとえば、先方企業の社内手続きがネックになって、なかなか話が進まないとい

     うことがあり、先方が社内稟議を通しやすいような資料作成して乗り切ったとし

     ます

     おそらくこのようなパターンは今後もあるはずです。

     パターンごとにどうやって成功たかをきちんと記録し整理すること、つまり自分

     活動記録を「データべ-ス化」していくことによって今後同様のパターンが発生した

     場合には即座に応用が利くことになるわけです。

     なお、ここでは営業活動を例にしましたが、会議などすべての仕事にはプロセス

     パターンがあります

     この考え方を用いれば仕事効率は確実にアップします。

   3.自分にとっての段取りの「要(かなめ)」に力点を置く

     段取りにおいては目的達成までのプロセスのなかでもっとも難しそうな業務

     つまり果実現のための「要」を見極めることも大切です。

     これは一般論ではなく、現時点での自分自身能力に当てはめて考えます

     たとえば、「営業もっと重要なのはクロージングである」とよくいわれます

     一般論としてはこれが「要」です。

     しかし、実際には、「第一印象をよくすることが苦手だが、いったん信頼してもらえ

     れば後はスムーズに進む」という営業マンもいるはずです。

     この営業マンにとっての「要」は「第一印象をよくすること」ということになります

     このように自分自身能力考慮しながら「要」を設定することによって、もっと

     力を入れるべきポイントみえてきます

     この点については、長期的な取り組み(改革)と短期的な取り組み(改善)に分けて

     考えます

     「第一印象がよくない」営業マンであれば、本質的には話し方や態度などの改善

     本当に印象をよくすることが「要」ですが、目の前の成果を出すためには、第一

     象がよくないことを承知のうえで、「とにかくたくさんの飛び込み営業をする」という

     確率論の力を借りることも重要な「要」となります

     また、クロージングが苦手な場合も、その能力を高めることが本当の「要」ですが、

     短期的には「クロージング上司に任せる」と割り切れば、いかに多くの見込み客

     をよい状態上司に引き継ぐかなどが当面の「要」ということになります

     本来であれば自分の弱点を本質的改善していくほうが好ましいですが、短期

     な成果創出のためには、弱点を踏まえたうえでの段取り必要場合もあります

     この状況の見極め自体段取り力のひとつといえるのです。

   4.中堅、ベテラン社員段取りマニュアル化

     ベテラン社員過去経験の蓄積からほとんどの仕事について自分の頭のな

     かで段取りしています

     そのなかにベテラン社員本人は「当たり前」と感じていても、若手社員からみれ

     ば「すごい」と思えるノウハウが隠されていることがあります

     このノウハウマニュアル化して、積極的に共有していきます

     ベテラン社員実践しているステップパターンを「見える化」するのです。

     マニュアル化は若手社員のためだけではなく、ベテラン社員自分自身仕事

     仕方を振り返って改善するきっかけにもなります

     ベテラン社員が長年の経験のなかで培ってきた「勘」などの文字化しにくい部分で

     ある暗黙知についても、具体的に記載形式知化)することが大切です。

     マニュアルに盛り込むべき事項としては、

      ・業務全体の目的概要

      ・目的達成までの基本ステップ

      ・各ステップ概要(行動目標状態目標チェックポイント

      ・想定される問題解決方法

      ・成功事例、失敗事例の要因分析

     があげられます

2026-04-25

ノーといえないのがホンダF1の悪いところだったんだよな

マクラーレンの時も、サイズゼロコンセプトとかいうPUをとてつもなくコンパクトにする構想に乗ってしまったのが間違いの元だった。

レギュレーション下でPUのパワーと効率もっと大事になる時期に取り組むようなことではなかった。

ある程度のところで、これは無理だ、とハッキリとノーを言っていれば良かったのだ。

あと参戦の時期も1年前倒しになったと言われてるし。

マクラーレンにせかせれて渋々承知してしまった。

そういうことを今回のアストンマーチンとのプロジェクトまたまたまたやってしまった。

エイドリアン・ニューウェイの加入から突然PU設計コンセプト変更を要求されて、それを飲んでしまった。

そこが間違いの元だよな。

いやいやニューウェイさん、今更それはちょっと難しいのはあなただったら、あなたからこそわかりますよね?

と突っぱねれば良かったのだ。

でも、ホンダはそれが出来ない。

無理を言われれば、それを乗り越えてやろうという技術者の魂が燃えしまうからだろうか?

でも、結果として出来ないならやるべきではない。

おそらくは経営不振でもうF1から撤退したくてたまらなくなってるだろうから、案外来年にはいなくなってるかもしれない。

2026-04-23

anond:20260423184346

 こうなってくると何をいうても、直ぐそこへ持ってくるので話がゆきつまってしまう。二人の内でどちらか一人が、すこうしほんの僅かにでも押が強ければ、こんなに話がゆきつまるのではない。お互に心持は奥底まで解っているのだから吉野紙を突破るほどにも力がありさえすれば、話の一歩を進めてお互に明放してしまうことが出来るのであるしかしながら真底からおぼこな二人は、その吉野紙を破るほどの押がないのである。またここで話の皮を切ってしまわねばならぬと云う様な、はっきりした意識も勿論ないのだ。言わば未まだ取止めのない卵的の恋であるから、少しく心の力が必要な所へくると話がゆきつまってしまうのである

 お互に自分で話し出しては自分が極りわるくなる様なことを繰返しつつ幾町かの道を歩いた。詞数こそ少なけれ、その詞の奥には二人共に無量の思いを包んで、極りがわるい感情の中には何とも云えない深き愉快を湛えて居る。それでいわゆる足も空に、いつしか田圃も通りこし、山路へ這入った。今度は民子が心を取り直したらしく鮮かな声で、

「政夫さん、もう半分道来ましてしょうか。大長柵おおながさくへは一里に遠いッて云いましたねイ」

「そうです、一里半には近いそうだが、もう半分の余来ましたろうよ。少し休みましょうか」

わたし休まなくとも、ようございますが、早速お母さんの罰があたって、薄すすきの葉でこんなに手を切りました。ちょいとこれで結わえて下さいな」

 親指の中ほどで疵きずは少しだが、血が意外に出た。僕は早速紙を裂いて結わえてやる。民子が両手を赤くしているのを見た時非常にかわいそうであった。こんな山の中で休むより、畑へ往いってから休もうというので、今度は民子を先に僕が後になって急ぐ。八時少し過ぎと思う時分に大長柵の畑へ着いた。

 十年許り前に親父おやじが未だ達者な時分、隣村の親戚からまれ余儀なく買ったのだそうで、畑が八反と山林が二町ほどここにあるのである。この辺一体に高台は皆山林でその間の柵が畑になって居る。越石こしこくを持っていると云えば、世間体はよいけど、手間ばかり掛って割に合わないといつも母が言ってる畑だ。

 三方林で囲まれ、南が開いて余所よその畑とつづいている。北が高く南が低い傾斜こうばいになっている。母の推察通り、棉は末にはなっているが、風が吹いたら溢れるかと思うほど棉はえんでいる。点々として畑中白くなっているその棉に朝日がさしていると目まぶしい様に綺麗だ。

「まアよくえんでること。今日採りにきてよい事しました」

 民子は女だけに、棉の綺麗にえんでるのを見て嬉しそうにそう云った。畑の真中ほどに桐の樹が二本繁っている。葉が落ちかけて居るけれど、十月の熱を凌しのぐには十分だ。ここへあたりの黍殻きびがらを寄せて二人が陣どる。弁当包みを枝へ釣る。天気のよいのに山路を急いだから、汗ばんで熱い。着物を一枚ずつ脱ぐ。風を懐ふところへ入れ足を展のばして休む。青ぎった空に翠みどりの松林百舌もずもどこかで鳴いている。声の響くほど山は静かなのだ天と地との間で広い畑の真ン中に二人が話をしているのである

「ほんとに民子さん、きょうというきょうは極楽の様な日ですねイ」

 顔からから汗を拭いた跡のつやつやしさ、今更に民子の横顔を見た。

「そうですねイ、わたし何だか夢の様な気がするの。今朝家うちを出る時はほんとに極りが悪くて……嫂ねえさんには変な眼つきで視られる、お増には冷かされる、私はのぼせてしまいました。政夫さんは平気でいるから憎らしかったわ」

「僕だって平気なもんですか。村の奴らに逢うのがいやだから、僕は一足先に出て銀杏の下で民さんを待っていたんでさア。それはそうと、民さん、今日はほんとに面白く遊ぼうね。僕は来月は学校へ行くんだし、今月とて十五日しかないし、二人でしみじみ話の出来る様なことはこれから先はむずかしい。あわれッぽいこと云うようだけど、二人の中も今日だけかしらと思うのよ。ねイ民さん……」

「そりゃア政夫さん、私は道々そればかり考えて来ました。私がさっきほんとに情なくなってと言ったら、政夫さんは笑っておしまいなしたけど……」

 面白く遊ぼう遊ぼう言うても、話を始めると直ぐにこうなってしまう。民子は涙を拭うた様であった。ちょうどよくそこへ馬が見えてきた。西側山路から、がさがさ笹にさわる音がして、薪たきぎをつけた馬を引いて頬冠ほおかむりの男が出て来た。よく見ると意外にも村の常吉である。この奴はいつか向うのお浜に民子を遊びに連れだしてくれと頻しきりに頼んだという奴だ。いやな野郎がきやがったなと思うていると、

「や政夫さん。コンチャどうも結構なお天気ですな。今日は御夫婦で棉採りかな。洒落しゃれてますね。アハハハハハ」

「オウ常さん、今日は駄賃かな。大変早く御精が出ますね」

「ハア吾々なんざア駄賃取りでもして適たまに一盃いっぱいやるより外に楽しみもないんですからな。民子さん、いやに見せつけますね。余あんまり罪ですぜ。アハハハハハ」

 この野郎失敬なと思ったけれど、吾々も余り威張れる身でもなし、笑いとぼけ常吉をやり過ごした。

馬鹿野郎、実に厭なやつだ。さア民さん、始めましょう。ほんとに民さん、元気をお直しよ。そんなにくよくよおしでないよ。僕は学校へ行ったて千葉もの、盆正月の外にも来ようと思えば土曜の晩かけて日曜に来られるさ……」

「ほんとに済みません。泣面なきつらなどして。あの常さんて男、何といういやな人でしょう」

 民子襷掛け僕はシャツに肩を脱いで一心に採って三時間ばかりの間に七分通り片づけてしまった。もう跡はわけがいか弁当にしようということにして桐の蔭に戻る。僕はかねて用意の水筒を持って、

「民さん、僕は水を汲くんで来ますから留守番を頼みます。帰りに『えびづる』や『あけび』をうんと土産みやげに採って来ます

「私は一人で居るのはいやだ。政夫さん、一所に連れてって下さい。さっきの様な人にでも来られたら大変ですもの

だって民さん、向うの山を一つ越して先ですよ、清水しみずのある所は。道という様な道もなくて、それこそ茨いばらや薄すすきで足が疵だらけになりますよ。水がなくちゃ弁当が食べられないから、困ったなア、民さん、待っていられるでしょう」

「政夫さん、後生から連れて行って下さい。あなたが歩ける道なら私にも歩けます。一人でここにいるのはわたしゃどうしても……」

「民さんは山へ来たら大変だだッ児になりましたネー。それじゃ一所に行きましょう」

 弁当は棉の中へ隠し、着物はてんでに着てしまって出掛ける。民子は頻りに、にこにこしている。端はたから見たならば、馬鹿馬鹿しくも見苦しくもあろうけれど、本人同志の身にとっては、そのらちもなき押問答の内にも限りなき嬉しみを感ずるのである。高くもないけど道のない所をゆくのであるから笹原を押分け樹の根につかまり、崖を攀よずる。しばしば民子の手を採って曳ひいてやる。

 近く二三日以来の二人の感情では、民子が求めるならば僕はどんなことでも拒まれない、また僕が求めるならやはりどんなことでも民子は決して拒みはしない。そういう間柄でありつつも、飽くまで臆病に飽くまで気の小さな両人ふたりは、嘗かつて一度も有意味に手などを採ったことはなかった。しかるに今日は偶然の事から屡手を採り合うに至った。這辺このへんの一種云うべからざる愉快な感情経験ある人にして初めて語ることが出来る。

「民さん、ここまでくれば、清水はあすこに見えます。これから僕が一人で行ってくるからここに待って居なさい。僕が見えて居たら居られるでしょう」

「ほんとに政夫さんの御厄介ですね……そんなにだだを言っては済まないから、ここで待ちましょう。あらア野葡萄えびづるがあった」

 僕は水を汲んでの帰りに、水筒は腰に結いつけ、あたりを少し許り探って、『あけび』四五十と野葡萄一もくさを採り、竜胆りんどうの花の美しいのを五六本見つけて帰ってきた。帰りは下りから無造作に二人で降りる。畑へ出口で僕は春蘭しゅんらんの大きいのを見つけた。

「民さん、僕は一寸『アックリ』を掘ってゆくから、この『あけび』と『えびづる』を持って行って下さい」

「『アックリ』てなにい。あらア春蘭じゃありませんか」

「民さんは町場もんですから、春蘭などと品のよいこと仰おっしゃるのです。矢切百姓なんぞは『アックリ』と申しましてね、皸あかぎれの薬に致します。ハハハハ」

「あらア口の悪いこと。政夫さんは、きょうはほんとに口が悪くなったよ」

 山の弁当と云えば、土地の者は一般に楽しみの一つとしてある。何か生理上の理由でもあるか知らんが、とにかく、山の仕事をしてやがてたべる弁当不思議うまいことは誰も云う所だ。今吾々二人は新らしき清水を汲み来り母の心を籠こめた弁当を分けつつたべるのである。興味の尋常でないは言うも愚おろかな次第だ。僕は『あけび』を好み民子は野葡萄をたべつつしばらく話をする。

 民子は笑いながら、

「政夫さんは皸の薬に『アックリ』とやらを採ってきて学校へお持ちになるの。学校で皸がきれたらおかしいでしょうね……」

 僕は真面目に、

「なアにこれはお増にやるのさ。お増はもうとうに皸を切らしているでしょう。この間も湯に這入る時にお増が火を焚たきにきて非常に皸を痛がっているから、その内に僕が山へ行ったら『アックリ』を採ってきてやると言ったのさ」

「まアあなたは親切な人ですことね……お増は蔭日向かげひなたのない憎気のない女ですから、私も仲好くしていたんですが、この頃は何となし私に突き当る様な事ばかし言って、何でもわたしを憎んでいますよ」

「アハハハ、それはお増どんが焼餅をやくのでさ。つまらんことにもすぐ焼餅を焼くのは、女の癖さ。僕がそら『アックリ』を採っていってお増にやると云えば、民さんがすぐに、まアあなたは親切な人とか何とか云うのと同じ訣わけさ」

「この人はいつのまにこんなに口がわるくなったのでしょう。何を言っても政夫さんにはかないやしない。いくらだってお増が根も底もない焼もちだ位は承知していますよ……」

「実はお増も不憫ふびんな女よ。両親があんなことになりさえせねば、奉公人とまでなるのではない。親父は戦争死ぬ、お袋はこれを嘆いたがもとでの病死、一人の兄がはずれものという訣で、とうとうあの始末。国家のために死んだ人の娘だもの、民さん、いたわってやらねばならない。あれでも民さん、あなたをば大変ほめているよ。意地曲りの嫂にこきつかわれるのだから一層かわいそうでさ」

「そりゃ政夫さん私もそう思って居ますさ。お母さんもよくそうおっしゃいました。つまらないものですけど何とかかとか分けてやってますが、また政夫さんの様に情深くされると……」

 民子は云いさしてまた話を詰らしたが、桐の葉に包んで置いた竜胆の花を手に採って、急に話を転じた。

「こんな美しい花、いつ採ってお出でなして。りんどうはほんとによい花ですね。わたしりんどうがこんなに美しいとは知らなかったわ。わたし急にりんどうが好きになった。おオえエ花……」

 花好きな民子は例の癖で、色白の顔にその紫紺の花を押しつける。やがて何を思いだしてか、ひとりでにこにこ笑いだした。

「民さん、なんです、そんなにひとりで笑って」

「政夫さんはりんどうの様な人だ」

「どうして」

「さアどうしてということはないけど、政夫さんは何がなし竜胆の様な風だからさ」

 民子は言い終って顔をかくして笑った。

「民さんもよっぽど人が悪くなった。それでさっきの仇討あだうちという訣ですか。口真似なんか恐入りますナ。しかし民さんが野菊で僕が竜胆とは面白い対ですね。僕は悦よろこんでりんどうになります。それで民さんがりんどうを好きになってくれればなお嬉しい」

 二人はこんならちもなき事いうて悦んでいた。秋の日足の短さ、日はようやく傾きそめる。さアとの掛声で棉もぎにかかる。午後の分は僅であったから一時間半ばかりでもぎ終えた。何やかやそれぞれまとめて番ニョに乗せ、二人で差しあいにかつぐ。民子を先に僕が後に、とぼとぼ畑を出掛けた時は、日は早く松の梢をかぎりかけた。

 半分道も来たと思う頃は十三夜の月が、木この間まから影をさして尾花にゆらぐ風もなく、露の置くさえ見える様な夜になった。今朝は気がつかなかったが、道の西手に一段低い畑には、蕎麦そばの花が薄絹を曳き渡したように白く見える。こおろぎが寒げに鳴いているにも心とめずにはいられない。

「民さん、くたぶれたでしょう。どうせおそくなったんですから、この景色のよい所で少し休んで行きましょう」

「こんなにおそくなるなら、今少し急げばよかったに。家の人達にきっと何とか言われる。政夫さん、私はそれが心配になるわ」

「今更心配しても追おっつかないから、まア少し休みましょう。こんなに景色のよいことは滅多めったにありません。そんなに人に申訣のない様な悪いことはしないもの、民さん、心配することはないよ」

 月あかりが斜にさしこんでいる道端の松の切株に二人は腰をかけた。目の先七八間の所は木の蔭で薄暗いがそれから向うは畑一ぱいに月がさして、蕎麦の花が際きわ立って白い。

「何というえい景色でしょう。政夫さん歌とか俳句かいものをやったら、こんなとき面白いことが云えるでしょうね。私ら様な無筆でもこんな時には心配も何も忘れますもの。政夫さん、あなた歌をおやんなさいよ」

「僕は実は少しやっているけど、むずかしくて容易に出来ないのさ。山畑の蕎麦の花に月がよくて、こおろぎが鳴くなどは実にえいですなア。民さん、これから二人で歌をやりましょうか」

 お互に一つの心配を持つ身となった二人は、内に思うことが多くてかえって話は少ない。何となく覚束おぼつかない二人の行末、ここで少しく話をしたかったのだ。民子は勿論のこと、僕よりも一層話したかったに相違ないが、年の至らぬのと浮いた心のない二人は、なかなか差向いでそんな話は出来なかった。しばらくは無言でぼんやり時間を過ごすうちに、一列の雁がんが二人を促すかの様に空近く鳴いて通る。

 ようやく田圃へ降りて銀杏の木が見えた時に、二人はまた同じ様に一種感情が胸に湧いた。それは外でもない、何となく家に這入はいりづらいと言う心持である。這入りづらい訣はないと思うても、どうしても這入りづらい。躊躇ちゅうちょする暇もない、忽たちまち門前近く来てしまった。

「政夫さん……あなた先になって下さい。私極きまりわるくてしょうがないわ」

「よしとそれじゃ僕が先になろう」

 僕は頗すこぶる勇気を鼓こし殊に平気な風を装うて門を這入った。家の人達は今夕飯最中で盛んに話が湧いているらしい。庭場の雨戸は未だ開いたなりに月が軒口までさし込んでいる。僕が咳払せきばらいを一ツやって庭場へ這入ると、台所の話はにわかに止んでしまった。民子は指の先で僕の肩を撞ついた。僕も承知しているのだ、今御膳会議で二人の噂が如何いかに盛んであったか

 宵祭ではあり十三夜ではあるので、家中表座敷へ揃そろうた時、母も奥から起きてきた。母は一通り二人の余り遅かったことを咎めて深くは言わなかったけれど、常とは全く違っていた。何か思っているらしく、少しも打解けない。これまでは口には小言を言うても、心中に疑わなかったのだが、今夜は口には余り言わないが、心では十分に二人に疑いを起したに違いない。民子はいよいよ小さくなって座敷中なかへは出ない。僕は山から採ってきた、あけびや野葡萄えびづるやを沢山座敷中じゅうへ並べ立てて、暗に僕がこんな事をして居たから遅くなったのだとの意を示し無言の弁解をやっても何のききめもない。誰一人それをそうと見るものはない。今夜は何の話にも僕等二人は除のけものにされる始末で、もはや二人は全く罪あるものと黙決されてしまったのである

「お母さんがあんまり甘過ぎる。あアして居る二人を一所に山畑へやるとは目のないにもほどがある。はたでいくら心配してもお母さんがあれでは駄目だ」

 これが台所会議の決定であったらしい。母の方でもいつまで児供と思っていたが誤りで、自分が悪かったという様な考えに今夜はなったのであろう。今更二人を叱って見ても仕方がない。なに政夫を学校へ遣やってしまいさえせば仔細しさいはないと母の心はちゃんときまって居るらしく、

「政や、お前はナ十一月へ入って直ぐ学校へやる積りであったけれど、そうしてぶらぶらして居ても為にならないから、お祭が終ったら、もう学校へゆくがよい。十七日にゆくとしろ……えいか、そのつもりで小支度して置け」

 学校へゆくは固より僕の願い、十日や二十日早くとも遅くともそれに仔細はないが、この場合しかも今夜言渡いいわたしがあって見ると、二人は既に罪を犯したものと定められての仕置であるから民子は勿論僕に取ってもすこぶる心苦しい処がある。実際二人はそれほどに堕落した訣でないから、頭からそうときめられては、聊いささか妙な心持がする。さりとて弁解の出来ることでもなし、また強いことを言える資格も実は無いのである。これが一ヶ月前であったらば、それはお母さん御無理だ、学校へ行くのは望みであるけど、科とがを着せられての仕置に学校へゆけとはあんまりでしょう……などと直ぐだだを言うのであるが、今夜はそんな我儘わがままを言えるほど無邪気ではない。全くの処、恋に陥ってしまっている。

 あれほど可愛がられた一人の母に隠立てをする、何となく隔てを作って心のありたけを言い得ぬまでになっている。おのずから人前を憚はばかり、人前では殊更に二人がうとうとしく取りなす様になっている。かくまで私心わたくしごころが長じてきてどうして立派な口がきけよう。僕はただ一言いちごん、

「はア……」

 と答えたきりなんにも言わず、母の言いつけに盲従する外はなかった。

「僕は学校へ往ってしまえばそれでよいけど、民さんは跡でどうなるだろうか」

 不図ふとそう思って、そっと民子の方を見ると、お増が枝豆をあさってる後に、民子うつむいて膝の上に襷たすきをこねくりつつ沈黙している。如何にも元気のない風で夜のせいか顔色も青白く見えた。民子の風を見て僕も俄に悲しくなって泣きたくなった。涙は瞼まぶたを伝って眼が曇った。なぜ悲しくなったか理由は判然はっきりしない。ただ民子が可哀相でならなくなったのである民子と僕との楽しい関係もこの日の夜までは続かなく、十三日の昼の光と共に全く消えうせてしまった。嬉しいにつけても思いのたけは語りつくさず、憂き悲しいことについては勿論百分の一だも語りあわないで、二人の関係は闇やみの幕に這入ってしまったのである

 十四日は祭の初日でただ物せわしく日がくれた。お互に気のない風はしていても、手にせわしい仕事のあるばかりに、とにかく思い紛らすことが出来た。

 十五日と十六日とは、食事の外用事もないままに、書室へ籠こもりとおしていた。ぼんやり机にもたれたなり何をするでもなく、また二人の関係をどうしようかという様なことすらも考えてはいない。ただ民子のことが頭に充ちているばかりで、極めて単純に民子を思うている外に考えは働いて居らぬ。この二日の間に民子と三四回は逢ったけれど、話も出来ず微笑を交換する元気もなく、うら淋しい心持を互に目に訴うるのみであった。二人の心持が今少しませて居ったならば、この二日の間にも将来の事など随分話し合うことが出来たのであろうけれど、しぶとい心持などは毛ほどもなかった二人には、その場合になかなかそんな事は出来なかった。それでも僕は十六日の午後になって、何とはなしに以下のような事を巻紙へ書いて、日暮に一寸来た民子に僕が居なくなってから見てくれと云って渡した。

 朝からここへ這入ったきり、何をする気にもならない。外へ出る気にもならず、本を読む気にもならず、ただ繰返し繰返し民さんの事ばかり思って居る。民さんと一所に居れば神様に抱かれて雲にでも乗って居る様だ。僕はどうしてこんなになったんだろう。学問をせねばならない身だから学校へは行くけれど、心では民さんと離れたくない。民さんは自分の年の多いのを気にしているらしいが、僕はそんなことは何とも思わない。僕は民さんの思うとおりになるつもりですから、民さんもそう思っていて下さい。明日は早く立ちます。冬期の休みには帰ってきて民さんに逢うのを楽しみにして居ります

  十月十六日

政夫

民子

 学校へ行くとは云え、罪があって早くやられると云う境遇であるから、人の笑声話声にも一々ひがみ心が起きる。皆二人に対する嘲笑かの様に聞かれる。いっそ早く学校へ行ってしまいたくなった。決心が定まれば元気も恢復かいふくしてくる。この夜は頭も少しくさえて夕飯も心持よくたべた。学校のこと何くれとなく母と話をする。やがて寝に就いてからも、

「何だ馬鹿馬鹿しい、十五かそこらの小僧の癖に、女のことなどばかりくよくよ考えて……そうだそうだ、明朝あしたは早速学校へ行こう。民子は可哀相だけれど……もう考えまい、考えたって仕方がない、学校学校……」

 独口ひとりぐちききつつ眠りに入った様な訣であった。

 船で河から市川へ出るつもりだから、十七日の朝、小雨の降るのに、一切の持物をカバン一個ひとつにつめ込み民子とお増に送られて矢切の渡へ降りた。村の者の荷船に便乗する訣でもう船は来て居る。僕は民さんそれじゃ……と言うつもりでも咽のどがつまって声が出ない民子は僕に包を渡してからは、自分の手のやりばに困って胸を撫なでたり襟えりを撫でたりして、下ばかり向いている。眼にもつ涙をお増に見られまいとして、体を脇へそらしている、民子があわれな姿を見ては僕も涙が抑え切れなかった。民子今日を別れと思ってか、髪はさっぱりとした銀杏いちょうがえしに薄く化粧をしている。煤色すすいろと紺の細かい弁慶縞べんけいじまで、羽織も長着も同じい米沢紬よねざわつむぎに、品のよい友禅縮緬ゆうぜんちりめんの帯をしめていた。襷を掛けた民子もよかったけれど今日民子はまた一層引立って見えた。

 僕の気のせいででもあるか、民子十三日の夜からは一日ひとひ一日とやつれてきて、この日のいたいたしさ、僕は泣かずには居られなかった。虫が知らせるとでもいうのか、これが生涯の別れになろうとは、僕は勿論民子とて、よもやそうは思わなかったろうけれど、この時のつらさ悲しさは、とても他人に話しても信じてくれるものはないと思う位であった。

 尤もっと民子の思いは僕より深かったに相違ない。僕は中学校卒業するまでにも、四五年間のある体であるのに、民子は十七で今年の内にも縁談の話があって両親からそう言われれば、無造作に拒むことの出来ない身であるから、行末のことをいろいろ考えて見ると心配の多い訣である。当時の僕はそこまでは考えなかったけれど、親しく目に染しみた民子のいたいたしい姿は幾年経っても昨日の事のように眼に浮んでいるのである

 余所から見たならば、若いうちによくあるいたずらの勝手な泣面と見苦しくもあったであろうけれど、二人の身に取っては、真にあわれに悲しき別れであった。互に手を取って後来を語ることも出来ず、小雨のしょぼしょぼ降る渡場に、泣きの涙も人目を憚はばかり、一言の詞ことばもかわし得ないで永久の別れをしてしまったのである。無情の舟は流を下って早く、十分間と経たぬ内に、五町と下らぬ内に、お互の姿は雨の曇りに隔てられてしまった。物も言い得ないで、しょんぼりと悄しおれていた不憫ふびんな民さんの俤おもかげ、どうして忘れることが出来よう。民さんを思うために神の怒りに触れて即座に打殺さるる様なことがあるとても僕には民さんを思わずに居られない。年をとっての後の考えから言えば、あアもしたらこうもしたらと思わぬこともなかったけれど、当時の若い同志どうしの思慮には何らの工夫も無かったのである八百屋お七は家を焼いたらば、再度ふたたび思う人に逢われることと工夫をしたのであるが、吾々二人は妻戸一枚を忍んで開けるほどの智慧ちえも出なかった。それほどに無邪気な可憐な恋でありながら、なお親に怖おじ兄弟に憚り、他人の前にて涙も拭き得なかったのは如何に気の弱い同志であったろう。

 僕は学校へ行ってからも、とかく民子のことばかり思われて仕方がない。学校に居ってこんなことを考えてどうするものかなどと、自分自分を叱り励まして見ても何の甲斐もない。そういう詞の尻からすぐ民子のことが湧いてくる。多くの人中に居ればどうにか紛れるので、日の中はなるたけ一人で居ない様に心掛けて居た。夜になっても寝ると仕方がないから、なるたけ人中で騒いで居て疲れて寝る工夫をし

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

母親子供が無残に死んでもいいか子供を産んだんでしょう?

この人達、「母親」という存在について異常に美化した発言をしているけれど。

母親子供戦争に行かせる為に子供を産んだんじゃないんだよ」って、

んな訳あるかよ。

先の戦争ではお国のためにと子供を進んで戦場に送り出していたのが母親という存在だし

戦争じゃなくても交通事故で、海難事故で、誘拐犯や性犯罪者に殺されて、

子供悲惨な死に方をする可能性なんていくらでもあるのに、それを承知子供を産んだんだろうに。

勿論母親だけでなく父親も同じ。

子供にとって最大の加害者は親なのに、知らん顔して子供を利用するな。

はっきり言って、性別に関わらず子持ちに子供の人権を語る資格なんかない。

umekichi

@umekichkun

奥田ふみよ「高市総理母親子供戦争に行かせる為に子供を産んだんじゃないんだよ。子供はみんな笑って暮らしてほしいと願う」

大石あきこ「私は戦争に動員する為に子供を産んでいません」

日本死の商人にし戦争する為に改憲を目論みその汚れた手で憲法に触れるな自民党

https://x.com/umekichkun/status/2046623821768359978

費用感覚って大事だけどさあ。勘弁してよ

近頃の半導体不足の影響で、部材費が三倍以上に高騰したため、購買部門として看過できず交渉しているため納期が確定しておりません

かいうので、調べたところ、@3500円jのSDカードが、見積回答が@12000円になったことで購買のアラートにひっかかって個別交渉対象になったらしい。


なお、製品は1台2600万円の装置に搭載される代物である

当社の直接原価率は45%を確保しています

しかしこれのおかげで納期遅延数ヶ月発生する可能性があります。違約金請求されたら断れません。


ばっかじゃねーの貴様ざっけんなお前ら責任取らねえだろ?どうせこっちに責任つけ回してくるんだからさっさと発注しろ!!

と、罵倒したい気持ちを抑えて

「いつもコスト管理ありがとうございます。状況承知を致しました。ただ今回は本部品の納期クリティカルパスとなっている部分が御座いますので、何とぞ特裁をいただけないでしょうか。生産側の事業部長の了解のもと、価格高騰については生産了承済みで上申いただいてかまいません」

と言うメールジェミニ君に書いてもらって送った。

そんで、今検証目的と言う名目で裏で購買通さずに買う手配をかけたところ。うまくいってもいかなくてもこの保険損金になるが、違約金払うよりは相当にマシ。


こういう件が今回だけじゃなくて何回もあるんだけど。どうににかならないわけ?

特に物価高騰曲面で仕入が2倍以上になるなんてゴロゴロ出てくると思うんだけど、それで絶対金額の大小を別にしてアラート上げて大騒ぎするの何の意味があるわけ?

商社だってさあ、そんな数万の取引にいちいち本気で反応しねえよ。なあ?そうだろ。

ハァ。

グチでした。

anond:20260423105408

武器ヲタじゃないから暴発時の影響なんて詳しくはないけど、

砲身で発射しなきゃ基地内またはせいぜい基地からkmぐらいに被害範囲限定されるやろ

基地そばにいるやつはそもそも今回の事故関係なく危険承知の上で住んでたり生活圏に取り込んでるわけだろ?今更じゃん

2026-04-22

マッチングアプリを始めてみたいとは思うもの

どうでもいい情報ではあるが、面白インターネットマンの皆様にレッテル貼りされるのも癪なので初めにスペックを載せておく。

また、はてな匿名ダイアリー特有暗黙のルール等は一切知らないのでご承知おきください。

年齢:30

経験素人童貞

職業企業勤めの研究開発職

年収:550~600

趣味動画制作ブログ更新ゲーム

さて、マッチングアプリというものにはずっと興味があるが、いかんせん良い印象がない。

よく言われているのは、変な人がいる、介護等の問題を抱えていて人手として期待される、ATM扱い、宗教などの勧誘いただき女子などなど…。

始めて見たら案外普通の人が多い、という可能性もあるし、実際インターネットで見かける事例なんてもの素人捏造だったり、大袈裟に言っている可能性もあるが、

どうにも私自身、普通の人を自称はしているが、変な人寄りではないかと思っている。

昨今はインターネットで発信することが珍しくなくなったとはいえSNSで発信されているものは返信欄を見る気がなくなるインプレゾンビ炎上狙いのアホ、対立を煽る青バッジなど。

こうなってくると内容を問わず、何かを発信している人自体評価が下がっているのではないか

そんな中、6年以上もの間、SNSではなく、わざわざ手間のかかるyoutubeへの動画投稿ブログ更新を行っている人間は恐らく変人寄りだろう。

しかも私の場合登録者も少ないなので動画活動金銭を得ているわけではない。

完全な無給。ボランティア

しか動画ブログは大して見られているわけでもないので承認欲求も満たされない(元々、そんなに承認欲求はないと思っているけど)。

時間をドブに捨てる行為。完全に変人である

変人マッチングしたくないなどと、のたまう割にはそういうお前はどうなんだ?状態。完全なブーメラン

また、私の妹の話にはなるが、本人はちゃんと働いていて自立しているとはいえ、生まれつき目が見えない重い身体障害を患っており、

今は私が何かする必要はないが、両親が亡くなった将来的には何らかのサポートをする必要があるだろう。

ちなみに私以外の家族関西に住んでいて、私は関東(東京ではない)で働いており、これもまた悩みの種である

"""

それに、仮にマッチングしたところで、30歳男性に何が待っているのか。

20代前半をチャラい男に弄ばれて捨てられた女性の「後始末」ぐらいが関の山ではないか

いや、20代ならまだその可能性にも希望はあっただろう。

しかし30歳、何なら1カ月もしないうちに31歳になる男には、いよいよ悲壮感が漂ってくる。

「今さら感」と「手遅れ感」のダブルパンチである

"""

そもそも、「20代前半はチャラい男と遊んだし、そろそろ手頃な男を捕まえて結婚しよう。できれば専業主婦悠々自適に…」みたいな打算的な相手は正直勘弁してほしい。

(ある意味賢いとは思うので正直好感は持てる。ただし、絶対に養いたくない。というかそんな稼ぎはない。)

だが、そのような企みを持った女性を見抜く目は当然持っていない。

ここにきて、20代のうちに女性を見る目を養ってこなかったことがボディーブローのように効いてくる。

から養う時間もないので、結局は分の悪いギャンブルに身を投じるしかないわけだが。

"""

あるいは、恋愛経験の少ない、いわゆる「喪女」とマッチングするパターンもあるかもしれない。

お互いに若ければ、一緒に色々と経験を積んでいく楽しさもあるのだろうが…。

30を過ぎた今となっては、そういう欲はあれど、そんな悠長なことをしている時間的余裕はない。

じゃあ前述の経験豊富女性でいいじゃないかと言われそうだが、それはそれで、何というか…他人食べ残し押し付けられているような、損をしている気分になってしまう。

(実際、私は肉食系ではないので生き残るには彼らライオンが一番おいしい所をいただいた後の残りで種を繋いでいくしかできないのだが。…自分で書いてて辛くなってきた。)

結局のところ、どう転んでも納得できないのである

"""

※"""で囲まれた2か所はAI添削してもらったら良くない文章だったらしいので直してもらっている

後は、アプリ登録した直後はマッチングやすアルゴリズムがあるというのを事実かどうかは定かではないが聞いたことがある。

(ちなみにyoutubeもその傾向があるらしい。これも本当かは知らない)

まり、私のような人間ではそのアルゴリズムボーナス間中相手を見つけないと詰みである

(実際youtubeチャンネルボーナス期間をフイにした結果全然伸びないし…。)

しかしそういった経験は皆無なため、ウケの良いプロフィール写真がわからない。

から始められない。まさに八方塞がり。

ちなみに出会い王道である職場相手を探すというのは完全に無しである

職種研究開発職ということで男の割合が多いということもあるし、上手くいくorいかないにかかわらず、後のことを考えると面倒臭いことこの上ない。

そもそも後先考えずに職場人間に手を出すような人間なら今ここにこんなことを書く惨状になっていないわけだが。

はいものの、先日、芸能人ガクトTwitterでこのようなツイートがあった。

https://x.com/GACKT/status/2042024450288447915

要約すると、ネガティブからってグチグチ言い訳を並べて行動を止めるのではなく、そのネガティブを行動するために使えというものである

正直、ガクトって胡散臭いイメージしかなかったのだが、意外と良いこと言ってるな…と思ってしまった。

からといって、何か行動するわけではないが。。。

残念ながらここで彼に盲信して彼の言う通りに進めるような純粋人間なら恐らくブログを書いたりしていない。

これを見て、ならさっさと行動すればいいじゃんと思う読者の方も…

いや、そんな人はいいか。わざわざこんな所を見に来るような人にそんな人間はいない。

今後は貴重な20代をくだらないインターネット活動に費やしたことを後悔しながら、年老いていく自分を眺めることになるだろう。

2026-04-20

anond:20260420170525

私は愛子様悠仁様の結婚問題があると思いますけど、

あなたは何の問題も感じない。

承知いたしました。あなたが正しいですよ。国会も動くと思います

国会議員も国会での議論を避けるわけだw)

2026-04-17

anond:20260417141028

横だが、それは逆である

 

少子化については、解決不可能からこそ、効果を積み重ねていくんだ。効果の話をしろ

 

まりだ、出生率2.0以上に持っていくのは、不可能だ。そんなことができた国はいない。

でも出生率が1.2か1.3か1.5か1,9かでは、大きな差があるんだ。

問題は結局、子供が減ること自体ではなく、労働者と非労働者の数の差、世代ギャップの大きさなんだからな。

 

解決にならない」なんて当たり前のことを、インターネット井戸端少子化議論はすぐ言うが

そんなのは、実際の政策について考えている全員が承知の上だ。

当たり前すぎるので、解決にならない、なんて話はしない。

構造の話も、あまりしない。少なくとも根本解決を目指すような構造改革の話はしない。

 

効果があるか」についての話をする。そして、効果が大きいかの話をする。政策リソースの分配のためだ。

 

 

 

ここからは、事実ではなくて、俺の意見だけど

少子化ってのは、都市化人間生殖ミスマッチことなので、基本的現代社会で生きていくなら、解決不可能だよ。

解決するとすれば、将来、社会生殖が、完全に変わるときだ。 

AIロボが完全に労働代替したときかもしれん、石油が完全に枯渇したときかもしれん、人工子宮が完全実用化したときかもしれん(俺はこれが一番近いと思うが)、一人っ子政策の逆バージョンで人々の生殖指向を完全に支配偏向させることに成功したときかもしれん。

で、そのどれにしろ革新的な変化がおきているんだよ。19世紀人間に、PC発明後の世界空想させるようなレベルの変化が。だから俺らには、「少子化解決」について、具体的な想像をするのは不可能なんだ。まったく今と違うことが、将来的に起きて、初めて達成される。

なので、少子化対策ってのは、その変化の時まで、時間を稼ぎ続けることなんだ。だから効果の話以外はしなくていい。出生率を1.3から1.4に挙げるための話だけすればいい。そういう風に俺は思っているよ。

2026-04-16

anond:20260416220037

逆だよ

最初から警察父親を疑ってただろうしマスコミもそれは重々承知だった

事件の筋が大体読めてて早晩父親逮捕されるのがわかったてたからこそ

見逃しがあってはいかんと報道過熱したんだよ

大きく事が動く瞬間を自社だけ逃すってのがマスコミが一番嫌がることだから

で、それだけ取材リソースをぶち込んだんだからしゃぶり尽くさねば勿体ないか

逮捕後もニュース取材映像使いまくって識者に解説とかさせてるわけ

2026-04-14

日本はまだ「旅行者視点から抜け出せていないのではないか

最近Xに翻訳機能デフォルト実装され、国境を越えたコミュニケーションが活発になった印象がある。

そんなXにてよく見受けられるのが「アフリカ移民ヨーロッパを壊した」なる意見である

フランスイギリスハンガリーなどの美しい国々がアフリカ難民を受け入れ、元々の原住民が悲痛な叫びをあげる……。

このような動画が回って来て、大体ポストには「アフリカ移民がいなかった頃のヨーロッパが好きだった」と書かれている。

正直、気持ちは分からなくもない。

ヨーロッパと聞いて想像するのは白人しかいない美しい街並みとヨーロッパ独自伝統風習、飛び交う言語がその国独自言語である風景だ。

そんな美しい風景にもしもアフリカ移民がいたら。

風景に削ぐわない見た目をしていて異質な言語を話し、マナーは悪く景観を壊す。

イメージ自体は分からなくもない。そして今、この想像通りにヨーロッパが変容している現状も理解しているつもりである

だがあまりにも、日本人移民が入って来た国に対する視点が「旅行者過ぎないか」とは感じるものである

バブル時代海外旅行が当たり前だった時代におけるヨーロッパ風景文化伝統が基礎となり、それが「当たり前であり美しく感じる」という感性から日本人はもしかしたら抜け出せていないのではないだろうか?

そもそもアフリカ移民が大量に入って来た理由の根幹にヨーロッパ少子化人手不足がある。

物価が上がり、給料が上がり、高給取りしかいなくなったヨーロッパにおいてブルーカラー仕事は常に人手不足都市インフラが脅かされていたのは事実である

それなのに日本人が必ずアフリカ移民批判する際はバブル時代海外旅行が主流だった頃のような「美しいヨーロッパ」を壊す者として批判する。

そもそも根底的に自国機能不全が問題であって、そこに安価労働者として迎え入れられた理由のある移民であるのにイメージ否定するのは的外れであり、そこにあるのは元先進国として他国観光地認識していた日本人傲慢さなのではないだろうか。

事実文化破壊されヨーロッパ風景や街並みが変容しつつあるのは理解しているし、それが移民によって起こされているのも承知の上だが、あまりにも傲慢評価の仕方に同族として恥ずかしくなる瞬間が度々ある。

少子高齢化経済の成長が鈍化することで人手が足りなくなる事は経済学上当たり前のことであり、そこに助け舟に入った移民文化を変容させる事に対して批判するとは。

今はまだ自分ごとだと認識できておらず旅行者目線での批判が中心となっている移民問題だが、いずれ日本にもこうした問題が各地で頻繁するようになると思う。

その時に改めて考えたいのは「どうして自国自国民の手で回らなくなったのか」である

文化を変容させること、多民族を受け入れることが怖いのなら自国民だけで国が回るシステムを改めて考えなければならない。

郷に入れば郷に従えとの諺もあるが、多少なりとも触れ合えば変わるものであり、変わることを拒否するのであればそもそも入れない仕組み作りをするべきである

変容するのを悪きととり、それは移民のせいと押し付けるのは大いに結構

だがしかし、それが自国民に責任が一切ないような捉え方をするのはあまりにも頭の足らない捉え方であり、こうなった過程や根幹を見つめ直さなければならないと、深く思う最近の風潮だった。

2026-04-12

日本を守る』と言って日本人を売る

高市早苗頭が悪いか脅されてるかのどっちかだと思う。

アメリカに対してだけニコニコして「同盟強化」「中国に対抗」を繰り返す。コストの話はしない。見返りの話もしない。ただ差し出す。

やっぱり頭をよぎるのはトランプで——深く考えてないか、逆らえない理由があるか、どっちかしかない。

保守論客」として売ってるわりに、対米外交だけポチになる。陰謀論っぽく聞こえるのは承知で言うけど、イスラエルロビーとか、そういう「逆らったら終わり」の圧力実在するとしたら、むしろあの従順さは説明がつく。

どっちにしても「日本を守る人」ではないよね。

いい加減テレビアメリカ年次改革要望書を毎年特集しろ

2026-04-11

anond:20260410201418

イーロン・マスクのような奴はそんなことは百も承知で、それでもXに自動翻訳つけてボーダーレスにして「1つ」にしたいと思ってるのは、そっちのほうが効率いいと考えてるからで、分断しようが下層が反乱しても上級のほうが何もかも強いか無駄だで、下層は子供を残さず絶えていくだけだし、、下層が担ってたことは今上級が開発してるロボで代用できるようになるし、さっさと自滅していってほしいのよな。これがリアル人類補完計画

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