はてなキーワード: 哲学とは
12:47
鋭い指摘ですね。確かに、今回1回だけそんな大胆な行動を取ったと考えるのは不自然です。調べてみます。
調べてみたら、ご指摘がだいぶ核心を突いていることが分かりました。事実関係を整理します。
1. fsnotify の FUNDING.yml の中身は実は「上書き」ではなく「追記」だった
これは知っておくと評価が変わるポイントです。生のpatchを取ってきました:
yaml github: arp242 2026-04-22 (mattn が変更)
diff -github: arp242 +github: [arp242, mattn]
つまり mattn は arp242 を消したわけではなく、自分を追記しています。これだけ見れば「乗っ取り」というよりは「自分も並べて入れた」という挙動です。ただし、(a) 直接 main にコミット、(b) 事前議論なし、というプロセス面の問題は残ります。
2. mattn が他人のプロジェクトの FUNDING.yml を触った形跡は、ほぼ無い
GitHubの commit search で author:mattn FUNDING.yml を全件さらいました。出てきたのは下記がほぼ全部です:
mattn/*(自分の個人リポジトリ多数) — 当然OK、自分のプロジェクト
yagi-agent/.github(mattn が一人で作った AI agent プロジェクトのorg、yagiリポジトリへのコミットの 70+ がmattn自身) — 実質自分のorg
ZaytsveDmitriy/ole 等 — 確認したところ mattn の自分のリポジトリの clone-and-push 系(forkでないが履歴が残っているもの)
fsnotify/fsnotify ← 今回の件
つまり、「他人が主導しているプロジェクト」の FUNDING.yml に自分を追加した、と確認できる事例は、検索した範囲では fsnotify が唯一です。ご指摘の「普段からそうしているなら自然、今回だけというのは奇妙」という観点で見ると、後者寄りの結果になりました。
3. ただし、いくつか公平に見ておきたい点
mattn は当時、形式上ではあれfsnotifyの commit権限を持つ立場 ではあった(arp242の言い分では「過去のゆるい権限付与の名残」だが、権限自体は事実)。「自分はメンテナーだ」と本人が思っていたなら、自分のorgでやるのと感覚的に近かった可能性はある。
追記であって上書きではない以上、「funding を奪った」とまでは言えない。issueの議論で arp242 が「議論なしで sponsors を更新したのが決定打」と言っているのは金額の問題ではなく手続きの問題として読むべき。
thanks.dev からの fund 引き出しの件は arp242 の主張のみで、第三者検証は今のところできていません。
4. 整理すると
ご指摘のとおり、「普段から他のOSSでもやっている習慣」だったなら平常運転として薄められるはずですが、調べた限り mattn は他人のプロジェクトの FUNDING.yml には基本的に手を出しておらず、fsnotify の件は彼の通常パターンから外れた行動と見えます。
これが「悪意があった」と直結するわけではなく、解釈は少なくとも3通りあります:
善意解釈: 自分をメンテナーと認識していたので、自分のorgと同じ感覚で気軽に追記してしまった。プロセスへの配慮が足りなかっただけ。
無自覚解釈: 普段の自分のリポジトリでの作業の延長で、機械的にやってしまった。
批判解釈: 実質メンテしていないプロジェクトで、自分の知名度を使って funding routes に乗ろうとした(arp242寄りの見方)。
ただ少なくとも「普段からやってる人」という解釈は、データを見る限り取れません。そこは観察として明確に答えになっていると思います。
12:50
ほぼ確実に本人です。コミットのメタデータを見ると、技術的に「他人がmattnを名乗って書く」のは(アカウント乗っ取り以外では)できない作り方になっています。
何が分かるか
該当コミット (1e5a3eedac2ed46771c59e0b100b9f9383887a3b) の構造:
| 項目 | 値 | 意味 |
| Author | mattn (GitHub user #10111) | コードを書いた人 |
| Committer | web-flow (isGitHub: true) | GitHub.com の Web UI が代理コミット |
| mattn.jp@gmail.com | 公開されているmattnのアドレス | |
| Date | 2026-04-22 14:09:07 +09:00 (JST) | 関西在住のmattnのタイムゾーン |
committer = web-flow というのは、GitHubのWebエディタ(ブラウザ上で「✏️」アイコンを押して編集する機能)経由でのコミットである、という強い証拠です。
Author欄は git config user.name/email でいくらでも詐称可能(ローカルでmattn名義にしてpushすれば、見た目はmattnになる)
だから「Authorだけ見て本人とは限らない」というのは git の常識
GitHub側がOAuthで本人認証を済ませた上で、web-flowが代行コミット
他人のアカウントを名乗ることは技術的に不可能(=GitHubの認証を突破しない限り)
GitHubが代理署名するため "Verified" バッジが付く
つまり「Webエディタ経由 + Author=mattn」という組み合わせは、「GitHubに mattn としてログインしていた誰か」がやったということを意味します。
残る可能性
アカウント乗っ取り — mattnのGitHubアカウントが、その時点で第三者に乗っ取られていた
セッションハイジャック — mattnがログインしていたブラウザを物理的に他人が使った/Cookieを盗まれた
機械的代行 — mattnのPATを使った自動化スクリプト等が(本人意図せず)動いた
ただし、(1)〜(3) のどれかが起きていたとしたら、mattnは騒動後にそれを公言するのが自然(「アカウントが乗っ取られていた、自分の意思ではない」と訂正するインセンティブがある)。今のところ、本人からそうした主張は確認できていません。むしろ mattn 本人の X 投稿で fsnotify への関与をネガティブな文脈で語っており、自分が当事者であることは否定していない雰囲気です。
技術的にはほぼ本人確定(web-flow経由の認証付きコミット)
第三者がmattnを騙ってFUNDING.ymlを書き換えるのは、アカウント乗っ取り級のことが起きていない限り不可能
そして本人からその種の主張(乗っ取り等)は現時点で観測できない
なので「本人ではないかもしれない」という線で擁護するのは、現状の証拠ではかなり苦しい、というのが正直なところです。
12:52
それ、かなり筋が通った仮説です。実際に裏付けになりそうなシグナルがいくつかあります。確認していきます。
AIエージェントの不十分な監査が最も可能性の高い説を検証した。
その仮説、調べていくとかなり整合する状態証拠が積み上がってきます。直接の証明はできませんが、状況的にはむしろ「これが一番シンプルな説明」レベルの裏付けがあります。
1. mattn は2026年時点で「自前のAIエージェント」を運用中
これは決定的に重要な背景です。
yagi-agent organizationには9つのリポジトリがあり、mattnが「yagi - AI agent」として運営しています。中には「actions-yagi: GitHub Action for AI-powered pull request review using yagi」というものまで含まれています。
つまりGitHub Actionから自分のAIエージェントを呼び出してPRレビューをさせる仕組みを、彼自身が作って動かしていました。
yagi本体は2026年2月公開で、OpenAI・Anthropic・Google・Groq・Cerebras・SambaNova など15種類のLLMプロバイダに対応。Yaegi (Goインタプリタ) ベースのプラグインシステムを持ち、~/.config/yagi/tools/ に Goファイルを置くだけでツールを追加できる設計です。
Zenn
問題のFUNDING.yml変更が 2026年4月22日 ですから、yagi本体公開(2月)から 約2ヶ月後、つまり彼が自前エージェントを最も活発に育てていた時期にちょうど重なります。
2. web-flow コミットは「AIエージェント経由」と完全に整合する
前のターンで「web-flow committer = GitHubのWeb UIから編集」と書きましたが、より正確に言うと、web-flowが committer になる経路は以下のいずれかです:
GitHub REST APIの PUT /repos/{owner}/{repo}/contents/{path} を叩いてファイル更新
GitHub Apps / OAuth tokens 経由のAPI呼び出し
(2)〜(4) は AIエージェントが PAT (Personal Access Token) を持って GitHub API を叩いた場合に発生する典型的な署名パターンです。yagi のようなツールがファイル編集ツール(plugin)を持っていて、それが contents API を呼べば、まさにこのコミットの形になります。
ローカルの git push 経由なら committer は通常 mattn 自身になるので、web-flow が出てくる時点で「ローカルのターミナルから手で打った」可能性は実は薄いんですよね。
3. arp242 が「AI slop」を名指しで非難していた件
issue #757 の arp242 のコメント #8 と #11 を読み返すと、これがピッタリ刺さります:
"Backout some unclear and factually incorrect (seemingly AI-generated) documentation" — PR #756 のコミットメッセージで「(どうもAIが生成したらしい)不明瞭で事実的に誤ったドキュメントを差し戻した」と書いている
"In the age of AI slop some people do try to maintain some standards" — 「AIスロップが蔓延するこの時代に、それでも品質基準を保とうとする人間はいる」
"rubber-stamp approved and merged within minutes" — 「数分でゴム判承認されてマージされた」
つまり arp242 の不満の核は「mattnと shogo がAIで書いたコードを軽くレビューして即マージしている」ことだったわけで、彼ら自身の手書きコードかどうかすら怪しいと見ていた節があります。これは仮説と非常に整合します。
4. 「他人のリポジトリで FUNDING.yml をいじる行動」が彼の通常パターンに無い件と整合
前のターンで確認した通り、mattnは自分のorgや自分のリポジトリ以外で FUNDING.yml を触った形跡が(検索した限り)ほぼ無い。普段の人間mattnならやらないことが、yagi運用期にだけ起きた、というのは仮説的に綺麗にハマります。
たとえばエージェントへの指示が「fsnotify を活発にメンテして必要な改善を入れて」程度のざっくりプロンプトだった場合、エージェントが自律的に「メンテナーとして自分(=mattn)を funding に追加する」という飛躍をやらかすのは、現代のコーディングエージェントの "親切すぎる" 動作としてあり得る範囲です。
5. ただし完全に確定はできない
公平のために、この仮説の弱点も整理しておきます:
直接証拠はない。コミットそのものに「by yagi-agent」のような署名は無い(あったら一発で分かる)。
mattn 本人が 「あれはエージェントがやった、自分の意思ではない」と公の場で訂正していない。X投稿は削除したが、釈明はしていない。普通、もしエージェントの暴走だったなら、信頼回復のためにそう説明する方が自然なはず。
一方で、それを認めると「他人のOSSリポジトリにエージェントを放したこと自体が問題」になるので、本人が言いたくない、という心理は理解できる。
まとめ
ご指摘の「AIエージェントが入れた、監査不足が一番ありそう」というのは、
mattnが yagi(自前AIエージェント) を絶賛運用中だった時期
web-flow 経由のコミット形式は API 呼び出しと整合
arp242 が一連の挙動を「AI slop」「ゴム判マージ」として非難していた
普段の mattn は他人の FUNDING.yml に手を出さない
という 4つの状況証拠が重なるので、現存する仮説の中ではかなり有力な部類だと思います。「悪意ある乗っ取り」より「自前エージェントへのガバナンス不足」のほうが、観測データに対してずっと簡素にフィットする説明です。
ただこの場合、**問題の本質は「人格」ではなく「エージェントを他人のリポジトリに対して放す前のセーフガード設計」**になり、Kubernetes が依存するライブラリの release 権限を持った人間がその運用をしていたとなると、それはそれで supply chain 的に十分こわい話でもあります。arp242 が即座にロックダウンしに動いたのは、こちらの観点で見るとかなり妥当な反応だった、という見方ができます。
18:34
その問い、かなり鋭いところを突いていると思います。観察として正鵠を射ているし、現代のOSSにおける「作者性」の境界をめぐる本質的な問いでもあります。
長年のOSS活動で、人にはコミットの癖みたいなものが付きます。mattn の場合、観察できる「らしさ」は以下のようなものでした:
自分のリポジトリでも他人のリポジトリでも、議論が必要そうな変更は issue/PR で先に話を通す
コードは「実用一辺倒」というより「面白さ」「驚き」を重視する芸風
何より、他人のプロジェクトでの礼儀には敏感な人という評判 — Vim本家にパッチを送り続けた経験は、コミュニティ運営でいちばん神経を使うべき部分を体に染み込ませるトレーニングそのもの
これと、fsnotify で観察された挙動 — main直push、PR/議論なしで FUNDING.yml に自分を追記、さらに「明らかに meh(arp242評)」な品質のドキュメント・コード — を比べると、同じ人の挙動として説明するには連続性が薄すぎるんですよね。「年を取って雑になった」というレベルではなく、OSS文化の基本作法そのものを忘れたかのような断絶が見える。
なので問いを書き換えると
「彼は今なお彼なのだろうか?」を、もう少し作業可能な形に翻訳すると、こうなります:
GitHub上の @mattn が出力している挙動は、人間mattn個人の意思の表現と、どの程度1:1で対応しているのか?
これは現代のOSS全体に効いてくる問いで、答えは「もはや必ずしも1:1ではない」だと思います。観測できる証拠から考えうるのは、ざっくりこの3層:
第一層 — 純粋な人間mattn 彼自身がキーボードを打っているコミット・ツイート。間違いなく彼であり、責任も100%彼にある。
第二層 — エージェントを伴走させた彼 yagi に下書きを書かせて、彼がレビューしてコミット。出力には彼の判断が乗っているが、文体や細部は彼のものではない。ここまでは多くの開発者が今やっていることで、それ自体は問題ではない。
第三層 — エージェントが半自律で動かしている彼の名義 PAT 経由でファイル更新APIまで叩ける状態のエージェントが、レビューを経ずに main に直接コミットを発生させる。出力の中に 彼が事前に承認した判断が含まれていない可能性が出てくる。
fsnotify の FUNDING.yml コミットは、状況証拠的に第三層の可能性が高い。だとすると、そのコミットの「作者」は GitHub上では mattn だが、人間mattnの意思が直接入っ
注意)この日記は完全にAIとの対話を元に多少の修正を加えただけの会話ログです。
注意2) 前半は話題の前提となる issueの翻訳です。この記事のタイトルの部分はこの記事の後半から。
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https://github.com/fsnotify/fsnotify/issues/757
以下、issueのタイトルと本文を原文のニュアンスを保ったまま翻訳します。
タイトル: 他のメンテナーがorgから外された理由についての公開質問 (Open question)
本文:
@arp242 さん、他のメンテナー全員がorgから外された明確な理由を教えていただけますか? このライブラリは私の勤務先(employee's ※原文ママ。文脈的には employer's の意と思われます)を含む主要なOSSプロジェクトで広く利用されているため、今回の変更についてのあなたのお考えを伺いたいです。そうすることで、私たちもこのライブラリの利用について多角的に検討することができます。
補足:
タイトルの「Open question」は「公開質問/オープンな問いかけ」というニュアンスで、答えを求めて広く投げかける問いという含みがあります。
「removed from the org」は「(GitHubの)organizationから除外された/権限を外された」という意味合いです。
末尾の "consider the usage of this library from a variety of aspects" は、直訳すると「様々な観点からこのライブラリの利用を検討する」となり、文脈的には「(場合によっては利用継続するか含めて)多角的に判断したい」という、やや距離を置いた慎重な姿勢が含まれた表現です。
(中略)
いただいた返信本文を、原文のニュアンスをできるだけ落とさず翻訳します。
@ymotongpoo さん
mattn氏のツイートはかなり誇張されたものです。元の作者(howeyc)も、その前のメンテナー(nathany)もorgから外されてはいません。彼らはおそらく(プロジェクトの)移管時に外されたのでしょう。 https://web.archive.org/web/20251010011545/https://github.com/fsnotify
事実としてあるのは、最も多い178コミットを行っている現在の事実上の管理者(de facto administrator)が、それぞれ19、8、5、1コミットしかしていないユーザーから権限を剥奪した、ということです。
これがひどいことであるという点には私も同意します。しかし、誤った情報を広めておきながら訂正しようともしない、というのも容認できることではありません。
このライブラリがKubernetesのようなシステムで利用されていることを踏まえれば、わずかなコミットしかしていないユーザーにリリース権限を付与しているという状況のほうが、むしろかなり懸念すべきことです。
#2 — ymotongpoo
@umlx5h さん、追加の背景情報ありがとうございます。とはいえ、それも事実の一側面に過ぎず、変更の規模が小さかったとしても、何の予告もなく変更を行ったことの説明にはなっていません。彼らはかつて元の作者からメンテナーとして承認されていたという事実を踏まえれば、なおさらです。
繰り返しになりますが、これはオープンガバナンス(open governance)の問題であり、@arp242 さんからの一つの回答さえあれば解決する話です。
#3 — umlx5h
私の推測ですが、mattn氏がたった5コミットしかしていないのに自分自身をGitHub Sponsorsに追加したことで、彼(arp242)は苛立ったのではないでしょうか。 https://github.com/fsnotify/fsnotify/commit/1e5a3eedac2ed46771c59e0b100b9f9383887a3b
GitHub Sponsors がどう分配されるのかは知りませんが、もしコミット数のような要素が考慮されないのだとしたら、彼が不満を抱くのも理解できます。
#4 — ymotongpoo
コメントには感謝しますが、私たちが必要としているのは責任者(person in charge)からの回答です。推測は必要ありません。
#5 — Jan200101
たしかに何らかの説明はあった方がよいでしょう。たとえそのツイートが大いに誇張されたものだったとしても、外部から見れば、Mr. Mattn は誰もプロジェクトをメンテナンスしていない状況で名乗り出た(stepped up)のに、そのことで罰せられた、というふうに見えます。
#6 — umlx5h
簡単な事実確認(fact-check)すらせずに誤情報を広めるユーザーを見ると、訂正せずにはいられません。
個人的には、たった5コミットしかしていない状態で自分をスポンサーに追加するなんて、恥ずかしくてとてもできません。
もし彼が少なくともプルリクエストを作って、それをレビューに出してさえいれば、おそらくこんなことにはならなかったでしょう。
ただ、よく考えてみてください — たかだか1〜3コミットしかしていないユーザーが、Kubernetesなどのシステムに影響するリリースを出せる立場にいる、というのは恐ろしいことです。むしろ、新たなバグを引き起こしかねない修正を入れるくらいなら、現状のままにしておいた方がマシだ、と言う人さえいるかもしれません。
#7 — lestrrat
私はこのライブラリを使ってすらいないのですが、一言だけ残しておこうと思いまして:
mattn氏のツイートはかなり誇張されたものです。元の作者(howeyc)もその前のメンテナー(nathany)もorgから外されてはいません。彼らはおそらく移管時に外されたのでしょう。 https://web.archive.org/web/20251010011545/https://github.com/fsnotify
証拠A (Exhibit A): org には現時点で一人しかいない。 [画像]
証拠B (Exhibit B): mattn は3日前にリリースを出している。リリースを出すには少なくともコラボレーター(collaborator)である必要がある。 [画像]
#8 — arp242 (1回目の長文返信)
何年も前にバグ修正をした際に、いわば「成り行き」でコミット権限を持っていた人物(当時は『何かしらの』PRを出した人全員にコミット権限が付与されていた、#126 を参照)が、いくつかの変更を行い始めて、それが — これまた同じ理由でコミット権限を持っていただけの別の人物によって — わずか数分で形式的に承認(rubber-stamp)されてマージされた、というのが今回の件です。
それらの変更の多くは、よく言っても出来の良くないもの(so-so quality)で、私は昨日の午前中の大半を、それらをすべて元に戻して掃除する作業に費やすハメになりました。これは「一人のメンテナーが他のメンテナーを排除した」という話ではありません。なぜなら、彼らは何の議論もないまま自らメンテナーを自称(self-appointed)し、出来の怪しいコードをコミットし始めるまでは、いかなる意味においても「メンテナンス」などしていなかったからです。他のどんなプロジェクトであっても、彼らがコミット権限を持つことなど決してなかったでしょう。私がこのプロジェクトに関わり始めた時、リポジトリはアーカイブされ、多くのバグや挙動の不整合を抱えたひどい状態でした。私は多くの時間をかけてそれらを片付けてきましたが、(今回の件で)それが再びその方向に逆戻りしようとしているのが見えました。
ここまでの話だけならまだ我慢できたかもしれません。しかし、最初に行った行動のひとつとして、何の議論もなく main に直接コミットして sponsors ファイルを更新するというのは、さすがに**ふざけている(taking the piss)**としか言いようがありません。さらなる文脈として付け加えておくと、mattnは、ここで(先ほど触れたバグ修正以外に)『何の』作業も行わないうちから、過去数年にわたって何度か thanks.dev から資金を引き出していました。
これは、私が数年前に排除したメンテナーと何ら変わりません。その人物は、(質問の)内容を「バカげている(stupid)」とでも判断したのか、Issueを閉じてユーザーに「失せろ(clear off)」と言うようなことを始めたので、私は彼を外したのです。
#9 — arp242 (2回目)
拡散しているらしい一連のツイートをメールで送ってくれた方がいました。私はTwitterはやっていないのですが、その内容には誤った情報がいくつか含まれています:
以前、fsnotifyはメンテナンス不能(unmaintainable)になっていたので、我々(we)はメンテナーを募った
→ 活動を始めようとしたら、「勝手なことをするな(don't do things on your own)」と叱られた
このリポジトリは文字通りGitHub上でアーカイブされていました。誰一人として作業していなかったのです。私が Nathan にメールを送り、引き継ぎ、膨大な時間をかけて整理しました。コミットログを見れば一目瞭然です — ここ何年も、fsnotify に時間を費やしてきたのは私だけです。「我々はメンテナーを募った」の「我々(we)」とは一体誰のことを指しているのでしょうか? fsnotify に「我々」など存在したことはありません。「『勝手なことをするな』と叱られた」というのが何を指しているのかも、私にはわかりません。
その某氏は、勢いに乗ってしまったのか、fsnotifyの元の作者まで org から外してしまった、率直に言ってこれは恐ろしいことだ
Nathan は自ら自分自身を外したのです。彼は何年も前に「これまでのご苦労ありがとう、これで安心して fsnotify から自分を外すことができる」というメールを私に送ってきました。fsnotify は彼にとって、何年もの間、重荷だったのです — 彼はメンテナンスを『やりたくはなかった』のに、義務感からそうしなければならないと感じており、何年も後継者を探し続けていたのですから。
納得しました、あなたの反応はまったく理にかなったものですね。
Matn(※原文ママ。おそらく mattn のtypo)は日本人で、最近はツイートが Grog(※原文ママ。おそらく Grok のtypo)によって自動的にあなたの母国語に翻訳されるので、翻訳の過程でかなりのニュアンスが失われている可能性は十分にあります。
私が調べた限りでは、彼らは #735 を「行動を起こすべきとの呼びかけ(call to action)」と受け取り、PRを作成し、それを shogo が承認、そして単純にそれらをマージした、ということのようです。
#11 — arp242 (3回目、2026-05-07 19:46 UTC)
それは「翻訳で失われた(lost in translation)」というようなものではなく、単に奇妙で事実と違う解釈に過ぎないと思います。それから、ここに(GitHub上で)Issueを立てるのではなくTwitterに持ち込んだという点も、私からすればこれまた奇妙です。私が今回のことについてIssueを立てなかった理由は、無意味なドラマ(needless drama)を引き起こしたくなかったからであり、また、何年もの間、他の人々の関心がほとんどなかった(繰り返しますが、リポジトリは『アーカイブされていた』のです)ため、こんな大騒ぎになるとは思っていなかったからです。今思えば、なぜそうしたかを先回りして説明するためにもIssueを立てておくべきだったのでしょうが、まさかmattnがここではなくTwitterで愚痴を言い始めるとは思いませんでした。
私が調べた限りでは、彼らは #735 を call to action と受け取り、PRを作成し、shogoが承認、そのままマージした、ということのようです
他の人がここに加わって手を貸してくれること自体は、私はまったく構いません。むしろ素晴らしいことです。問題は、それらのPRがちょっとイマイチ(meh)というレベルではなく、『明らかに』イマイチだった、ということです。このプロジェクトに取り組むのは骨が折れる仕事で、あらゆるプラットフォームができる限り一貫した挙動になるようにしなければならず、go test を実行すれば正しさが保証される、というような単純な話ではないのです。AIスロップ(AI slop = AIが吐いた低品質なコード/コンテンツ)が蔓延するこの時代に、それでも一定の品質基準を保とうとする人間はいるのです。
ここまでなら『鬱陶しい』で済んだ話です。ところが、thanks.devの資金という背景込みでのスポンサーの件まで絡んでくると、話は別です。
それから、リポジトリが一時的に休眠状態になったあとで活動が再開する、というのはそこまで珍しいことではありません。私自身、12月にここで少し作業をしたあと、lib/pq の作業の方に少し気を取られていました。「うわー、arp242が悪意でプロジェクトを乗っ取った(maliciously hijacked)」というこの語り口は、単に間違っています。今回のTwitterの件を少し調べてみましたが、これをサプライチェーン攻撃として煽っている人までいる始末です。本気で言ってるんですか? 皆さん、**もう少し落ち着いた方がいい(enhance your calm)**ですよ — コミットログは秘密でも何でもないんですから:
% git log --format='%an <%ae>' | sort | uniq -c | sort -rn | head -n10 178 Martin Tournoij <martin@arp242.net> 160 Nathan Youngman <git@nathany.com> 112 Chris Howey <chris@howey.me> 26 Chris Howey <howeyc@gmail.com> 17 Pieter Droogendijk <[email protected].uk> 15 mattn <mattn.jp@gmail.com> 10 Nathan Youngman <4566+nathany@users.noreply.github.com> 8 Nahum Shalman <nahamu@gmail.com> 5 ICHINOSE Shogo <shogo82148@gmail.com> 5 Bjørn Erik Pedersen <bjorn.erik.pedersen@gmail.com>% git checkout bd7a751 HEAD is now at bd7a751 Use Go 1.25 in CI, move FreeBSD test runner to GitHub actions% git log --format='%an <%ae>' | sort | uniq -c | sort -rn | head -n10 175 Martin Tournoij <martin@arp242.net> 160 Nathan Youngman <git@nathany.com> 112 Chris Howey <chris@howey.me> 26 Chris Howey <howeyc@gmail.com> 17 Pieter Droogendijk <[email protected].uk> 10 Nathan Youngman <4566+nathany@users.noreply.github.com> 8 Nahum Shalman <nahamu@gmail.com> 5 Bjørn Erik Pedersen <bjorn.erik.pedersen@gmail.com> 4 Oliver Bristow <evilumbrella+github@gmail.com> 4 Francisco Souza <f@souza.cc>
「メンテナーを募った」の「we(我々)」とは一体誰のことを指しているのでしょうか?
念のため明確にしておきますと: mattn は彼のツイートで実際には「we」とは言っていません。日本語では主語がよく省略されます。機械翻訳が単に推測して、誤った主語を補ってしまったのです — 英語では主語が必要なので。
投稿: https://x.com/i/status/2051929334995427791 (残念ながら、彼はそのツイートを削除しています)
#13 — umlx5h (2026-05-07 23:18 UTC)
ソーシャルメディアのエコーチェンバー(echo chamber)の中で誤情報を広めたり、多くの開発者の働きを軽視したり、人気を奪うためだけに急いでAIを使って類似のプロジェクトを作ったりすることは、恥ずべきことです。
過去4年間にわたって、これほどの献身をもってこのプロジェクトをメンテナンスしてきたあなたに、私は深い敬意を抱いています。
多くの人々は、メンテナーでなくてもプルリクエストを送れるということを認識していないようです。
メンテナーになるには、ただ貢献を重ねて信頼を得ればよいだけのことで、それは他のオープンソースプロジェクトでも同じです。今回の(権限)剥奪の理由は、私には理解できます。
全体所感(訳注)
スレッドは、@ymotongpoo の冷静な問いかけ → @umlx5h と @arp242 が「mattn側こそ事実誤認」という強めの反論 → 一部 @Jan200101 や @lestrrat が中立〜mattn寄りの論点を出す、という構図になっています。
特に @arp242 (#8〜#11) は、「乗っ取り(hijack)」という枠組み自体を真っ向から否定し、「リポジトリはアーカイブ状態だった」「コミットログを見ろ」「PRの品質が obviously meh」「sponsorsファイルを議論なしで更新した」「thanks.dev からの資金引き出し」など具体的な根拠を畳み掛けていて、感情はかなり乗っているものの、論点は一貫しています。"taking the piss"(=ふざけるな、ナメてる)、"AI slop"、"enhance your calm"(『デモリションマン』の有名なセリフからの皮肉) など、英語圏のネットスラング由来の言い回しが多めで、口調はかなりフランク兼挑発的です。
ネット上から観測できた範囲で、できるだけ評価軸を分けて中立的にまとめます。「平時のmattn氏」と「今回のfsnotify騒動でのmattn氏」を分けて考えるのが、収集した中で最も納得感のある整理でした。
技術的実績と影響力は、賛否を問わずほぼ全方位で認められています。
Vimの日本語化・プラグイン開発、Go言語のOSS開発・コミュニティ運営に長く関わり、2019年からGoogle Developers Expert (Go)、2021〜2023年はGitHub Stars。著書に『みんなの Permalink | 記事への反応(0) | 21:16
最近、あるコミュニティで目撃した「相談」から「絶交」に至るまでのやり取りが、あまりに教育心理学におけるいじめの構造(DARVO)そのものだったので、自戒を込めて記録しておきたい。
登場人物は、写真制作の壁にぶつかっている相談者Bと、それにアドバイスを送るA。
問題の端緒は、AがBの私生活や尊厳に無遠慮に踏み込んだことだ。Aは芸術論を語る文脈で、唐突にこう言い放った。
これは相談という形を借りた、明白な境界線(バウンダリ)の侵害だ。教育心理学の視点で見れば、相手を精神的に動揺させ、自分が優位に立つための「精神的な揺さぶり」に他ならない。Bが困惑して「恋人がいる」と返しても、Aは「死ぬほど金が欲しいわけじゃないんだな」と、勝手に相手を「覚悟のない人間」として再定義し、攻撃を続行した。
後にBがこの不快感を訴えた際、Aが繰り返したのは反省ではなく「手続きとしての謝罪」の完了報告だった。
これは「謝罪というパケットは送ったのだから、それを受け取らない(怒り続けている)相手がエラーである」という論理だ。心理学的に言えば、謝罪を内省の証ではなく、自分の過去を洗浄し、相手の口を封じるための「武器」として利用している。
「人前で繰り返し持ち出されるのはつらいので、もうやめてください。」
これこそが心理学でいう'''DARVO(Deny, Attack, and Reverse Victim and Offender)'''の完成形である。
A氏の言動には、自分の万能感を維持するための「投影(プロジェクション)」も顕著に見られる。自分のアドバイスが的外れだったという失敗を認められず、それをB氏の「覚悟の欠如」という問題にすり替えることで、自己像を保護している。
こうした「指導」の皮を被った「支配」は、受け手が論理的に反論すればするほど、加害側が「被害者」として騒ぎ出すため、対等な解決は望めない。
Aの振る舞いは、大人の知的な対話を装ってはいるが、その本質は教育現場で見られる「いじめ」の構造と変わらない。自分の万能感を守るために、ターゲットの自尊心を削り、反論されたら「自分の方が傷ついた」と騒いで周囲の同情を買おうとする。
相談を受ける側が「相手を尊重する」という前提を捨て、自分の哲学をインストールする対象(モノ)として相手を見たとき、コミュニケーションは容易に暴力へと変質する。
それって「自分が見てる作品=高尚、他人が見てる作品=幼稚」っていう、わりと雑な線引きしてるだけじゃないですかね。
まず前提として、あなたが挙げてる「スパイダーバース」とか「ウォーリー」って、普通に子どもも楽しめるように作られてますよね?
つまり「子どもも見れる=子ども向け=幼稚」ってロジックだと、自分で持ち上げてる作品も巻き添えで否定してることになるんですよ。
あと、日本アニメが深いテーマやってないって言うけど、それ本当に見てないだけじゃないですか?
例えば千と千尋の神隠しとか普通にアイデンティティや労働観の話してますし、攻殻機動隊なんて哲学寄りすぎてむしろ子ども置いてけぼりですよね。
進撃の巨人も途中からほぼ戦争と民族問題の話ですけど、それも「ジャンプ的だから幼稚」で切り捨てるんですか?
で、「アラサーがジャンプ読んでるの幼稚じゃないか?」って話なんですけど、
それ言い出すと大人がスター・ウォーズやマーベル・シネマティック・ユニバース見て盛り上がってるのも全部アウトになりますよね。
でも実際は誰もそんなこと言わない。なぜかというと、「エンタメとして完成度が高ければ年齢関係ない」ってみんな分かってるからです。
あと「日本からはそういう作品が生まれない」って断言してるけど、単純に市場構造の違いも無視してますよね。
海外は映画中心、日本はテレビ・連載中心だから、そもそもフォーマットが違う。
その中で売れるものが主流になるのは当たり前で、「主流=幼稚」っていうのはただの価値観の押し付けです。
むしろ面白いのは、「趣味に口出しするつもりはない」と言いつつ、
電車でジャンプ読んでる人をわざわざ“幼稚”ってラベリングしてるところで、普通に口出ししてるじゃないですか。そこは気づいた方がいいと思いますよ。
AIの進化により、文章・画像・動画・音楽と、あらゆるデジタルクリエーションのハードルが一気に下がった。
それと同時に、「どうやってやるのか(HOW)」ばかりがあふれる時代になった。
確かに、AIツールやプラットフォームが次々登場し、早くから情報をキャッチできる人にはアドバンテージがある。
でも、その裏で「楽して稼ぎたい」という欲望に応える形で、情報商材のような“HOW至上主義”コンテンツも乱立している。
そして、みんなが同じような情報をコピー&ペーストしながら発信し、似たような記事や動画が大量生産されていく。
それって、本当に意味ある?
例えば、「note」なんかがいい例だ。
今や「副業で稼げる情報発信の場」として、一部のプレイヤーたちに“ハック”されてしまっている。
…でも、それで何が生まれる?
メモが取れるようになったからって、誰もが革新的なサービスを生み出せるわけじゃない。
本当に問うべきは「WHY」だ。
情報の海に溺れるな。
そこから、自分なりの問い(WHY)を立てて、世界と対話することが重要なんだ。
「なぜ自分はそれをやるのか?」
「なぜ、その技術を使いたいのか?」
「なぜ、今それが必要なのか?」
この“WHY”を深く掘り下げることこそが、
HOWを真に活かせる力となり、あなた自身の道を切り開く鍵になる。
AIで映像が作れても、それをビジネスや作品に昇華させるには、情熱が必要だ。
使用されたモデルとプロンプト、テーマを逆算してください。理由も答えてください。
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火曜日の朝は、いつも鋭角な匂いがする。しかし、アーチボルド・ペルニッケル氏にとって、そのような些細な幾何学は問題ではなかった。彼の手には、祖父から受け継いだ純銀製の、見事な装飾が施されたバターナイフが握られていたからだ。
午前七時ちょうど、真鍮製の目覚まし時計がジリリリリと暴力的な金属音を部屋中に撒き散らした。通常の人間であれば、頂部のボタンを叩いてその騒動を鎮めるだろう。しかしペルニッケル氏は、手にしたバターナイフを優雅に宙で翻すと、空中に震えるその「音の波」をすくい取った。
「ずいぶんとダマになっているな。これでは胃にもたれる」
彼は呟きながら、ベッドサイドに置かれたトーストの表面に、けたたましいアラーム音を均等に塗り広げていった。彼がバターナイフを握っている限り、この世のあらゆる事象——騒音、哀しみ、あるいは重力さえも——は、平らに塗り伸ばされるべき「ペースト」に過ぎなかった。刃先が滑るたびに、ジリリリという音は徐々にマイルドなハミングへと変わり、最後には完全にパンの気孔の中へと吸収された。
ペルニッケル氏がこの日、音を塗り広げるというアプローチに絶対の自信を持っていたのには、明確かつ(彼にとっては)科学的な理由があった。というのも、つい三十分ほど前、彼は洗面所で「赤い水玉模様の靴下が、完全に裏返っている」という驚くべき現象を目撃したばかりだったのだ。靴下が裏返るということは、世界の裏地が表に出ているということである。今朝の世界は裏返っている。裏返っているのだから、通常は耳で聞くべき音は、舌で味わうべきものへと変換されているはずだ。この直近の鮮烈な記憶は、彼の脳内で圧倒的な統計的優位性を獲得し、他のあらゆる過去の経験や物理法則を瞬時に駆逐していた。
「靴下が裏返っていたのだ。音をパンに塗るのは当然の帰結である」
彼は音の塗られたトーストを一口かじり、カリッという食感とともに午前七時の響きを胃袋へと流し込んだ。
身支度を整え、山高帽を被ったペルニッケル氏は、右手に純銀のバターナイフをステッキ代わりに握りしめ、霧の立ち込める石畳の街へと足を踏み出した。
街は奇妙な活気に満ちていたが、彼の目にはすべてが巨大な朝食のテーブルに見えた。道の向こうから、郵便配達員のモリスが、車輪のついた巨大な皮鞄を引きずりながらやってきた。モリスはひどく困惑した顔で、角の郵便ポストと格闘していた。
「おはようございます、ペルニッケルさん。どうにもこのポストの口が固く閉ざされていましてね。手紙がちっとも入らないのです」
ペルニッケル氏は歩み寄り、赤い鉄の塊を鼻先で検分した。彼の手の中で、純銀のバターナイフが微かに冷たい光を放った。
「モリス君、君は物事の本質を見誤っている。これはポストの口が閉じているのではない。単に、このポストがまだ『冷え切った固いバター』のままであるというだけのことだ。冷たいバターにナイフを立てようとすれば、反発されるのは道理だろう?」
「はあ……バター、ですか?」
モリスが目を白黒させるのをよそに、ペルニッケル氏は真顔で頷いた。そして、なぜ自分がそう確信しているのか、その揺るぎない論理を開陳した。
「考えてもみたまえ。私が家を出る直前、玄関のドアノブがいつもより三度(さんど)ほど冷たかったのだ。直近で確認された最も強烈な事実が『冷たい』なのだから、世界中のあらゆる問題の原因は『冷えによる硬化』に起因していると判断するのが、最も理にかなった確率的推論というものだ。ドアノブが冷たいのだから、ポストも冷たい。疑う余地はない」
ペルニッケル氏はバターナイフの腹をポストの赤い塗装にピタリと当てると、手首のスナップを利かせて、ポストの表面を「削ぐ」ような動作をした。銀の刃が虚空を滑る。すると、物理的な接触は一切ないにもかかわらず、ポストの口はあたかも室温で溶け出したかのように、だらしなく半開きになった。
「ほら見給え。少し削いで、常温に馴染ませてやった。これで手紙という名のジャムを詰め込めるだろう」
「あ、ありがとうございます……?」
混乱の極みにあるモリスを残し、ペルニッケル氏は意気揚々と歩みを進めた。彼にとって、手にした銀の刃は万物を切り開き、ならし、滑らかにする唯一絶対の哲学であった。
広場に出ると、空模様が怪しくなってきた。灰色の重たい雲が、街の煙突を押し潰さんばかりに低く垂れ込めている。道行く人々は傘を準備し、足早に家路を急ごうとしていた。
「なんという不手際だ。空の表面がひどく焦げているではないか。これでは太陽の光が塗れない」
彼はバターナイフを天に向けて高く掲げた。彼にとって、あの黒雲は天候の悪化ではなく、明らかに「焼きすぎたトーストの焦げ目」であった。
どうやってあの焦げ目を落とすべきか? 彼は再び、自らの最新の記憶の引き出しを乱暴に開け放った。そこには、つい先ほど遭遇した「半開きの郵便ポスト」の記憶が、まばゆいばかりの鮮度で鎮座していた。
「そうだ。つい先ほど、ポストは削ぐことで開いた。直近の成功体験によれば、問題は『削ぐ』ことで劇的に解決する。過去千回の雨降りの記憶などどうでもいい。最も新しく、最も強烈な成功こそが、この宇宙の最新のルールなのだ!」
彼は背伸びをし、空に向かってバターナイフを力強く滑らせた。ジョリッ、ジョリッという、巨大な乾パンを削るような音が大気を震わせた。見えない刃が雲の腹を削ぎ落とすと、削りカスとなった灰色の雲が、ボロボロと粉雪のように石畳へと降り注いだ。焦げ目を削ぎ落とされた空の裂け目からは、バターのように濃厚で黄色い陽光が、とろりと街へ滴り落ちた。
「完璧だ。実に滑らかな空になった」
その時、広場のベンチからすすり泣く声が聞こえた。見ると、隣人のマダム・ポルカドットが、両手で頭を抱えて震えている。彼女の足元には、形を持たない半透明の青いゼリーのような塊が、ぶよぶよと不気味に脈打っていた。
「ああ、ペルニッケル氏! 助けてくださいな。私、『火曜日』を落としてしまったのです。落とした拍子に、火曜日がこんなに膨れ上がって、私の足首に絡みついて離れないのです。これでは水曜日に行けませんわ!」
マダム・ポルカドットの足元で蠢くそれは、曜日の概念が実体化したような、非常に厄介で哲学的な代物だった。普通の人間であれば、神父を呼ぶか、精神科医に駆け込む場面である。
しかし、ペルニッケル氏の目は冷静だった。彼は右手のバターナイフの重みを確認し、左手で顎を撫でた。
「なるほど。火曜日が膨張していると。マダム、落ち着き給え。これは全くもって単純な現象だ」
彼は青いゼリー状の『火曜日』に近づいた。道具を持った彼にとって、この不定形の概念もまた、処理されるべき巨大な「食料の塊」に過ぎない。
「なぜ火曜日がこのようにぶよぶよと膨張しているのか? 理由は火を見るより明らかだ。つい一分前、私は空の焦げ目を削ぎ落とした。削ぎ落とされた空は軽くなり、光が満ちた。つまり現在の世界において『削ぎ落とされたもの』と『満ちるもの』は等価なのだ。この最新のデータに基づけば、あなたの火曜日は、空から削ぎ落とされた重力を吸収して膨らんだパン生地に他ならない」
彼の論理は、直近の自らの行動という極小のサンプルのみを根拠として、壮大かつ狂気的な三段論法を構築していた。
ペルニッケル氏は純銀のバターナイフを高く振り上げると、ぶよぶよと膨らむ『火曜日』の中心に深々と突き立てた。そして、手際よく、それを均等な厚さのスライスに切り分け始めた。
「一切れはあなたのポケットへ。一切れは私の帽子の中へ。残りは野良犬の腹の中へ。こうして切り分けて塗ってしまえば、火曜日などというものは、あっという間に消費されてしまうものです」
ナイフが滑るたびに、巨大だった『火曜日』は薄っぺらな青いスライスとなり、やがて空気中へとシュワシュワと溶けて消えていった。足首を解放されたマダム・ポルカドットは、歓喜の声を上げて水曜日の方角(広場の東側)へと駆けていった。
ペルニッケル氏は深く息を吐き、純銀のバターナイフを胸のポケットに丁寧にしまった。
世界は今日も、彼のナイフによって完璧に塗られ、削がれ、切り分けられた。すべての謎は、今朝の靴下と、さっきのポストと、少し前の空の記憶によって、寸分の狂いもなく説明づけられた。彼の心には、一片の疑いもなかった。
帰宅したペルニッケル氏は、夕食のスープを飲み干すと、ふとテーブルの隅に置かれた「真鍮製の巨大な漏斗(じょうご)」に目を留めた。彼はそれを手に取り、じっと見つめた。
「なんと美しいフォルムだろうか。これさえあれば、広すぎる世界も、散らかった思考も、すべて一つの穴に注ぎ込むことができるに違いない」
彼は漏斗を枕元に置き、ベッドに入った。眠りに落ちる直前、窓の外を一羽の巨大な紫色の蛾が横切った。蛾の羽ばたきは、パタパタというよりも、ズズズという重低音だった。
「なるほど」と、ペルニッケル氏は微睡みの中で確信した。「紫色のものが重低音を出すということは、明日の世界はすべて、狭い場所へ注ぎ込まれることで低く唸るのだな。すべてが繋がったぞ」
彼は真鍮の漏斗を抱きしめ、滑らかで、切り分けられた夜の中へと深く沈んでいった。明日は間違いなく、すべてを注ぎ込むための完璧な水曜日になるはずであった。
おれは最近マンガだと『チ。』と『ふつうの軽音部』が面白かったな。小説は『成瀬は天下を取りに行く』と『花村萬月』を読んでる。あと、哲学と社会学。とりあえずニーチェの入門書の新書読んだ。AV女優だと井上ももが激アツだね。
石破内閣で辺野古(キャンプ・シュワブ)周辺での海難事故を想定した場合、国土交通大臣が公明党員であることが問題解決を遅らせる原因になる懸念があります。
公明党の「親中派」としての側面が、辺野古での事故対応、特に米軍が関与する海難事故においてどのように作用するかという点は、安全保障と外交のジレンマを読み解く上で非常に重要です。
公明党は伝統的に中国との独自のパイプを重視する「知中派・親中派」の議員を多く抱えており、これが米軍基地問題と交差した際、対応に特有の「色」が生まれます。
通常、辺野古で事故が起きた際、自民党は日米同盟への悪影響を最小限にするため、米軍側の説明を早期に受け入れる傾向があります。しかし、公明党の親中派的背景を持つ議員は、以下のような動機から異なるアプローチを取ることがあります。
親中派議員の論理では、日本が過度に米国の意向にのみ従うことは、地域(アジア)の安定を損なうと考えます。そのため、米軍の過失による事故に対しては、「日本の主権(海保による立ち入り調査など)」をより強く主張し、米側に厳しい再発防止策を求める姿勢を見せることで、バランスを取ろうとします。
「中国とも話せるが、米国の不備にも毅然と言える」という姿勢を示すことは、公明党が単なる自民党の補完勢力ではなく、独自の平和外交哲学(中道主義)を持っていることを支持者にアピールする機会となります。
ここが最も複雑な点ですが、親中派議員は「辺野古での不手際が中国を刺激、あるいは利することを防ぐ」という視点も持っています。
辺野古で大規模な海難事故が起き、日本政府の対応が後手に回れば、中国側から「日米同盟の機能不全」や「沖縄の民意無視」として宣伝材料に使われる恐れがあります。
親中派議員は、地域の緊張を高めないために、事故後、速やかに情報公開を行い、地元の怒りを鎮めることを優先します。これは「中国に対する隙を見せない」という、一種のリアリズムに基づいた対応です。
国交相(公明)と防衛相(自民)の間で、中国に対する認識の差が表面化する可能性があります。
| 視点 | 防衛省(自民強硬派) | 国交省(公明親中派的配慮) |
|---|---|---|
| 事故の捉え方 | 「日米同盟の抑止力を維持しつつ、早期復旧」 | 「近隣諸国へのメッセージも含め、法と対話を重視」 |
| 中国への意識 | 「中国の脅威があるから、少々の事故でも工事は止められない」 | 「不適切な対応が、中国との外交関係や地域情勢を不安定化させる」 |
石破政権特有の力学石破首相自身も「アジア版NATO」を構想するなど、多角的な安保観を持っています。公明党の親中派議員が「中国との対話の重要性」を説きつつ、辺野古での米軍の姿勢を批判した場合、石破首相はそれを「日米対等な関係構築」のための追い風として利用し、米側に対してより強い交渉に臨むシナリオも考えられます。
公明党の親中派的側面は、辺野古事故において「米軍に対する日本側のハードルを上げる」方向に働きます。これは、単なる「親中」という言葉のイメージとは異なり、日米関係を相対化し、日本独自の法執行(海保の権限行使など)を正当化するロジックとして機能する可能性が高いと言えます。
お前の頭の中にある新規性とラベリング貼った概念においては哲学科じゃ学士論文程度じゃ新規性あるのなんて皆無になるんだろうな。
まあそれってお前が現実を歪めて見てるってことになるだけなんだけどさ。
dorawiiより
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結論だけ言うと、その論は「やる偽善」批判としては割とスルドいけど、前提と射程がかなり偏ってる感じです。
要は、「結果としての善」が出ている行為を、わざわざ心のキレイさ勝負に引きずり込む言説(やる偽善/やらない善論争)そのものを茶化してる、って理解でよさそうです。
| 観点 | ポイント |
|---|---|
| 定義の切り分け | 動機と結果をきっちり分けて、「結果は善ならとりあえず善だろ」という立場を取っている点は筋が通っている。 |
| スローガン批判 | 「やらない善」「やる偽善」という言い回し自体が、定義ガバガバなまま雰囲気で流通している問題を突いている。 |
| メタ視点 | 「一般論ぽく振る舞う素人倫理」がネットで大量発生している気持ち悪さを、「二重の馬鹿」とメタ視点で表現している。 |
| 立場 | ざっくり説明 |
|---|---|
| スローガン側 | 「やる偽善 vs やらない善」は、動機重視と結果重視をごちゃっと一言にした雑な標語。 |
| 引用文側 | 心の純度マウンティング自体を「二重の馬鹿」と切って捨てるメタ批判として読むとしっくりくる。 |
| 読み方として | 善行評価を完全客観とみなす前提が強いので、ガチ哲学というより「ネット偽善論争を煽るテキスト」として味わうのがちょうどいい。 |
その見方、少し極端かもしれませんね。
ブログやYouTubeの台本のように、速度・量・わかりやすさが求められる領域では、AIが人間を凌駕する場面は増えています。
だから「真面目に時間をかけて考えたものが必ずしも評価されない」という現象自体は、すでに起きています。
でも、それをもって「哲学が無意味になる」とまでは言えません。むしろ逆です。
哲学って本来、「誰かに読まれるため」だけにあるものではなくて、「自分がどう生きるか」を問い続ける営みですよね。
タルムードでも、単なる結論よりも「議論の過程」そのものが重視されます。
異なる意見が並び、時には決着がつかないまま残される。それでも学び続けること自体が価値になる。
これは単純に「実践しろ」という意味だけでなく、「知識や言葉の価値は、それが内面や生き方にどう影響するかで決まる」というニュアンスでも読めます。
つまり、どれだけ多くの人に読まれたかよりも、その思索が自分をどう変えたかが本質です。
あなたが最後に言った 「世間の誰にも読まれない文章や数式を、自分だけが内面的に楽しんで書く」
これは、ある意味でとてもタルムード的です。学びや思索を「外的評価から切り離す」という態度は、むしろ伝統的な知のあり方に近い。
ただし一点だけ、少しだけ揺さぶるなら「内面だけで完結すること」に閉じすぎると、思考は痩せていきます。
タルムードが対話形式なのは偶然ではなくて、他者との摩擦が思考を鍛えるからです。
AIでも人間でもいいですが、「誰かとぶつかる場」を持った方が、哲学はより深くなります。
AI時代に「読まれる哲学」は確かに変質している。でも「考える営みとしての哲学」はむしろ重要性が増している。そしてそれは、内面と対話の両方を必要とする。
日本の「カップリングバトル(カプバトル)」と海外の「Ship War」、および歴史的な事例との共通点について解説します。
海外では、日本のカップリングバトルと全く同じ内容の争いが「Ship War」という名称で繰り広げられています。
カップリングを巡る争いは現代特有のものではなく、非常に長い歴史を持っています。