銀のブローチ

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夏時間を迎えて夕方の空が明るい。代わりに夜明けが少し遅くなったが、しかし朝は何時だって眠いものと決まっているから、それに夜は必ず明けるのだから、少し遅いくらいどうってことはない。私は時差に弱い人間。自分でも驚くほど敏感で、日本に帰省する時の時差は勿論のこと、夏時間、冬時間の僅か一時間の差ですらリズムが多少ながら崩れてしまう。身体の中の時計が狂ってしまったような、そんな感じ。なるべく考えないようにしているけれど、未だに上手に調整できずに参っている。今夜もなかなか眠くならない。ああ、困った。

見つけた薄紫の小箱。見覚えのある箱で、中身は何だか知っている。私の箱。アメリカに居た頃に私が集めたものが入っている。だけどイタリアに引っ越してきて、その上引っ越しを幾度かしているうちに、何処にあるのかわからなくなってしまった箱。相棒が地下倉庫で見つけたそうだ。大きな箱の中に色んなものが入っていて、そのひとつが此の小箱だったそうだ。わくわくしながら箱を開けた。中に入っているのは薄紙で包まれた銀のブローチ。小さな子供の手に乗る程度の小さなもので、亀をかたどったもの。亀だと私は思っているのだけれど、案外亀ではないのかもしれないと思いながら、人に訊かれる度に亀だと言い張っているそのブローチは、80年代の手作りだそうで、90年初期に一目惚れして手に入れたものだった。手作りに銀製品は当時若かった私には高価なものであったから、落として失くすのが怖くて、使うことすらできなかった。時折磨いたりこそしたけれど、使わずに箱に仕舞っておいた。それでいて、箱を行方不明にさせてしまった。箱が見つからなくなった時は大慌てだった。さよなら、私の銀のブローチ。もう二度と見ることのない私の大好きな銀の亀。どうして使わなかったのだろう。そう思って心で泣いたものだが、再び私の前に現れた。銀の輝きもユーモラスな亀の形もあの頃と変わらず、もう一度惚れた。そして一度も使わなかったことを悔いたことを思い出し、紺色のウールジャケットの襟に留めた。これからは使うのだ。どんどん使って堪能するのだ。30年以上私の襟もとに留められるのを待っていたブローチ。行く先々で褒められて、喜んでいるに違いない。

窓の前の大きな栃ノ木は日々姿を変えている。小さな芽は葉になり、今日はもっと先に進んだ。蕾をつける準備が始まった。この調子だと、週末には花が咲くのではないだろうか。それにしても栃ノ木を眺めているとポジティブな気持ちになる。今日は昨日よりもっと。明日は今日よりもっと。小さなことをぐずぐず考えている私は、大丈夫、大丈夫と栃ノ木の枝に、葉に、励まされてるような気分になる。決して気のせいではないと思う。栃ノ木は優しい。少なくとも私にとても優しい。




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