どきり

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3月が駆け足で駆け抜けようとしている。残り僅か2日間。何をしたかと思い返してみるが、何も思い出せない。何もしなかった筈はないから、単に記憶が消えただけだ。もう少し明解に言えば忘れてしまうようなことしかしなかっただけだ。でも悪い月ではなかったと思う。冬が終わり春へと移り行く3月という月は、私には希望とか喜びといったポジティブな感情のほうが多いから。日曜日の晩に雨が降って以来寒い。特に朝の寒さは格別。もう3月も終わりという頃になって再び冬のコートを着ているのは、月曜日に格好つけて薄手のコートを着て出たら、身体を冷やして体調を崩しそうになったからだ。世間の人が薄着でも、同僚が春めいた装いをしていても、自分の厚着が鬱陶しく思えても、温かくしておくのが正解。私はこの時期に弱いから。いつもこの時期に寝込むから。

先週の土曜日、旧市街を歩いていたらすれ違った人にどきりとした。着崩した感じはなく、ラフながらもきちんとした感じが素敵な青年だった。髪はきちんとしていて、顔は、でも顔は分からなかった。理由はサングラスを掛けていたからだ。私がどきりとした理由は、彼が掛けていたサングラスのせいだった。
昔、アメリカで仕事をしていた頃、其処で知り合った年上の女性がいた。一体何処にそんなお金があるのかと思うほど、彼女は何時も素敵なものを身に着けていた。訊けば彼女は問屋のようなところに出入りしているのだと言う。知り合いがいてね、とのことだった。当時の私ときたら白いシャツにジーンズという、よく言えばシンプル、でも単に簡素な装いで、何時も彼女に言われたものだ。あなた、もう少し着飾ったらいいのに。そう言われても私は当惑するばかりだった。日本で生活していた頃は華やかな装いばかりしていた私はアメリカに来るとそうした気持ちがぱたりと消えてしまったのだ。白いシャツにジーンズ。せいぜい首にスカーフやストールを巻き付ける程度で、そしてせいぜい帽子を被る程度、そんな装いが好きになったのだ。そんな私を彼女は休みの日に誘い出した。何処へ行くのかと思えば彼女が出入りしていると言う問屋が集まる建物で、知り合いがいてねと彼女が言っていた通り、彼女は色んな人達と親しそうに話していた。そんな彼女と一緒に店を見て歩きまわっていたところで、私は出会ったのだ、運命のサングラスに。胸がドキドキするような好みの色形で、目を丸くして眺めていたら店の人と彼女に試してみればいいのにと促されて、興味半分で掛けてみたらピタリときた。そしてこのサングラスを掛けると、私のシンプルすぎる装いが急にぴしりと決まるではないか。問屋価格とは言え私には高価だったそれを、彼女が店の人に頼んで、友人でも何でもないのに友人の為の特別割引なんて理由でさらに値段を引いてくれた。私が買いやすいようにと。私は喜んでそれを購入した。それからそのサングラスは私の大の気に入りになった。掛けなくなったのは12年くらい前。うっかり落として、その上自分の足で踏みつけるなんて事故があり、少し欠けてしまったからだ。それでも暫く掛けていたけれど、何となく貧乏っちい。それで観念して掛けなくなった。かといって処分したわけではない。小さな引き出しの中にしまってある。アクセサリーや腕時計といったものと一緒に。
彼のサングラスは、私のあのサングラスに実によく似ていた。思わず何処で手に入れたのか、今でも何処かで手に入れることが出来るのかと、声を掛けたくなるほど。そんなことも知らずに青年は通り過ぎて行った。残ったのは私のどきりとした気持ちと古い記憶。家に帰ってすぐに引き出しの中からサングラスを取り出してみたら、ああ、同じ、このサングラスと同じだったと思った。久しぶりに掛けてみたら、やはり好きだった。少し欠けているけれど、何時かまた掛ける日が来るのかもしれない。

明日は相棒の誕生日。ガンベリーニに小振りのトルタを注文してある。明日の夕方取りに行くのを忘れないようにしなければと思っている。特別な夕食は準備できそうにないけれど、せめて美味しい赤ワインと、そしてガンベリーニの美味しいトルタを。喜んでくれればいいけれど。




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Hakodateの女

こんにちわ
亀のブローチ、ドキッとしたサングラスも大切な思い出の一コマ
ですね。
それにしても何十年も前の出来事をそんなに鮮明に覚えているのは
素晴らしい事だとブログを拝見していていつも感心致しております。
私などは全く記憶に御座いませんもの。
これからもその記憶力を楽しみに致しております。

相棒様のお誕生日おめでとうございます。
  • URL
  • 2023/03/30 01:03

yspringmind

Hakodateの女さん、こんにちは。私は本当にそういうことをよーく覚えているんです。その時の音や匂い、色やちょっとしたしぐさや表情までも。そういう私に家族は、その記憶力を他に活用できればよかったのにと思っているに違いありません。私の大好きな姉などは、そういう話をするたびに、何故そんなことを覚えているのよ!と驚いては開いた口が塞がらないといった感じです。あはは。
相棒の誕生日に美味しいものを頂きました。祝って貰った相棒も嬉しそうでしたよ。
  • URL
  • 2023/03/31 19:04

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