ワイン蔵に葡萄畑

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今朝はゆっくり目を覚ますつもりだったのに、随分と早起きしてしまったのは強い風のせいだ。日除け戸を風があおる音。突風でも吹いたらしく、あまりの大きな音に飛び起きたらもう一度眠りに落ちることが出来なくなった。ベッドから抜け出してカッフェを淹れた。小皿の上に載せた5枚のビスコット、そして果物が私の気に入りの朝食。毎日同じなのに飽きることもない。そしていつもと同じなのに、週末ともなると何故か特別な朝食に思えるのだから面白い。いつもは時間を気にしながら、しかし週末は時計を見ることもない。そんな些細なことが、特別な朝食に想わせるのかもしれない。それにしても風が強い。今日は一日こんな具合らしい。

ここ数日、時間に追われていた。自分らしくないと思い、思いがけずポカリと空いた夕方にフランス屋に行った。水曜日の仕事帰りのことである。昼間に16度にも上がったから、仕事帰りも寒くなかった。2月らしからぬ温暖さで、奇妙に思えたほどである。忙しい毎日も、こうした楽しみを持っていると、何とかなるものだ。楽しみはどんなことでもいいと思う。例えば本屋に立ち寄るものひとつだし、カメラを持って旧市街をほっつき歩くのでも良い。幾つかの小さな楽しむ手段をポケットの中に忍ばせておく。私がいつの頃からか覚えたことのひとつだ。フランス屋には先客がいた。ひとりはカウンターでチーズをつまみながらワインを楽しむ黒髪の女性。ひとりはチーズを選ぶのに夢中な背中しか見えない女性。どうやらチーズに詳しいらしく、ああでもない、こうでもないと言いながらガラスケースの中のチーズを凝視していた。そして高い椅子に座っているのは店主の妻。彼女を見かけるのは久しぶりだった。店に入って来た私に気が付いた彼女が立ち上がって声を掛けてきた。新しい店が始まったこと、とても素敵に仕上がったこと、アンティークの大きな鏡が素晴らしいこと私達はひとしきり話して、一区切りついたところで赤ワインが注がれたグラスを店主に手渡された。少し口の中に含んでみたら素晴らしかった。前回のシチリアワインもさることながら、これは全く違う風味のもの。訊けばプロヴァンスのワインとのことだった。深い味わいの、香り豊かな赤ワインは2006年物。感嘆する私に、でも、と店主が言った。このワイン蔵はプロヴァンスを旅している時に偶然見つけたところで幾度か此処からワインを仕入れているのだが、前回仕入れた時にワイン蔵の主から言われたそうだ。これが最後の注文対応となるだろう、と。訊けば主は高齢で、後継ぎがいない。息子娘、孫は居るが、誰一人跡を継ぐ気が無いのだそうだ。それで泣く泣くワイン作りを止めることにして、現在は建物も敷地も売り出し中なのだとのことだった。こんな美味しいワインを諦めてしまうなんて、と店に居合わせた私達は半ば怒り気味で言葉を投げ合い、もう此処のワインを頂くことが出来ないなんてと残念がった。だからね、と店主が人差し指をピンと立てて言葉を続けた。明日から店主は直接出向いて欲しいワインをごっそり買いこんでくるのだそうだ。勿論いつかは底がつくだろうけれど、何もしないで残念がるほど愚かではない、と言うことらしかった。この勢いだとワインばかりでなくワイン蔵も葡萄畑も購入してしまうのではないかと冷やかすと、値段次第、うん、兎に角行って話を聞いてみたいんだよ、とのことであった。プロヴァンスのワイン蔵にブドウ畑。何だか夢が広がる話で、自分が葡萄を育てたりワインを作るなんてことは夢にも思っていないにしても、そんな場所を所有して、のんびり暮らすのは素晴らしいことに違いないと、見える筈もないプロヴァンスのワイン畑に心を向けて一瞬だけど夢を見た。と、向こうから豊かな長い髪の女性が私に声を掛けた。ねえ、あなた、私達会ったことがあるわよね、と。その声と特徴のある話し方で思いだした。恐らく2,3年前にこの店で居合わせた女性。知らない同士なのに居合わせた仲で、色んな話をしたものだ。確か彼女には20代の息子がいて、発売して間もない大人気の高級スニーカーを買ってもらって、彼女に幾度も礼を言っていた。あの女性に違いなかった。私達は挨拶を交わして、そして私はもしかしたらもう手に入らないかもしれぬプロヴァンスのワインをひとつ購入して、店を出た。来週の水曜日辺りにまた出向いてみようと思う。あのワイン蔵と葡萄畑のことが気になってならないから。それからどれほどのワインを確保できたのかも。

こんな話ばかりをするけれど、私のワインを頂く量と言ったらとても少ない。ほぼ毎晩頂くにしたって、グラスに半分にも満たない。ワインの風味やワインのある夕食を楽しむ程度のものである。これも、しかし、この少量のワインが美味しくないと感じたらば体調が悪い証拠。晩のワインを欲しくないと思ったら病気、だ。健康ならではのワインとの関係。健康を測る物差し、と言ったらよいのかもしれない。楽しい生活にワイン。これはイタリアに暮らして得た喜びなのである。




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Julienne

yspringmindさんこんばんは。
私の朝食はこれ、とスタイルが決まっているのっていいですよね。シンプルで、でも自分にしっくりくる朝食。yspringmindさんのような朝ごはんが憧れますが、私はどうやら朝はがっつり食べないともたないらしく…我ながら手間がかかるなあと思ってしまいます。苦笑

フランス屋さんでプロヴァンスのワインを飲んだんですか。なんとも心踊るお話です。ワインを造るのはものすごく大変なことですが、でもそれがなくなってしまうのはとても悲しいことですね…フランス屋さんにぜひ新しい所有者になってほしいなあと勝手ながら思ってしまいます。本当にワインを愛する人が手がけるワインは絶対に美味しい。
そしてワインの量ですが、私もまさにyspringmindさんと同じくらいが適量です。美味しいワインをじっくりと時間をかけて飲む、そんな飲み方が好きです。
まだコメントしたいことが色々あるのですが、息子が全力でぐずり始めたのでこのくらいで失礼します。苦笑
  • URL
  • 2019/02/25 10:15

yspringmind

Julienneさん、こんにちは。私は、朝食でも何でも、本当に人が驚くほど同じものでも飽きない人間なのです。ポジティブに考えれば簡単で手が掛らない。その反対に悪くとらえれば、ワンパターン、無変化でツマラナイ。しかし飽きないのだから、そして此れが気に入っているのだから、と本人は周囲の目は全く気にしていません。
フランス屋に行くと、時々ハッとするほどおいしいワインに遭遇します。本当のワイン好きは自分で旅をしながら美味しいワインを探すのかもしれませんが、私はフランス屋が頼りです。さてこのワインを作っているところは、APTというところにあるそうですよ。ご存知でしょうか。ボローニャから車で行けない場所ではないようです。いつか足を延ばしてみたいと思いました。葡萄畑のある風景が好きです。近いうちにフランス屋に行って話を聞いてきたいと思います。
ワインは飲み過ぎない方がいい。美味しいのをちょっと。これが良い楽しみ方だと思っているんですよ。
  • URL
  • 2019/02/26 00:06

Julienne

yspringmindさんこんにちは。
アプトなんですか!なんと。アヴィニョンからもバスで簡単に行くことができる町で、友人の実家があり、クリスマスシーズンにお邪魔してランチをいただいてきた思い出が。こじんまりとしたかわいらしい町で、教会にはクリスマスシーズンにはサントン人形のクレッシュが飾られていてかわいかったのです。友人の家の周りには葡萄の木が並んでいて、冬だったので少し寂しい景色でしたが、夏になれば豊かな景色が広がっているんだろうなあなどと思いながら見ていました。アプトと聞くと、なおさらその美味しいワインが気になりますね!
たくさん飲めたらより困らないしまた違った楽しいこともあるのになあと思っていたこともあったんですが、yspringmindさんの少しの量を味わう豊かさを聞くと、これでいいのだと腑に落ちます。
  • URL
  • 2019/02/26 09:04

yspringmind

Julienneさん、こんにちは。アプトと読むんですね。読み方についてかなり悩みましたから、解決して気分爽快。それで、アプトに行かれたことがあるとのこと、とても羨ましく思いました。写真を見て、私も行ってみたいなあ、と思いましたよ。ちなみに私が見た写真は初夏辺りに撮ったものらしく、葡萄の葉が青々としていて素晴らしい様子でした。成程、アヴィニョンからバスで簡単に行けるんですか。それなら独り旅も、全然問題ありませんね。ボローニャから車で独り旅なんて、考えるだけでも恐ろしいですけれど。
  • URL
  • 2019/02/28 20:10

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