はてなキーワード: 殺到とは
ゴールデンウィーク期間のあいだで日によってアンチが静まり返ったり逆にアンチコメが殺到したり。
これで「いろんな仕事の人がいるから時間帯がずれてるだけ」「同一人物に見えるのはおかしい」はさすがに無理筋。
dorawiiのアンチしてる人が一般的に休みが多数派のゴールデンウイーク期間において暇な時間が一致する確率ってどんな確率なんでしょうかねえ。
期間中通しで暇ならまだ理解できる。人によって旅行期間のずれで増田へ顔出す時間がずれるのも理解できる。しかしある日のある時間だけ一斉にコメントがつくような活動時間の一致具合って自然なんでしょうかねえ。
dorawiiより
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https://note.com/ishimatsu_osamu/n/n8d694da81b6d
ポイントは、主催者がお金を払うのではなく、主催者が参加を要請した労働組合が参加者にお金を払っている点。だから「デモ参加者は日当もらっている」という指摘に対して「"主催者"があんな大人数に金払えるわけないだろ」という、よく見たら的外れな、ご飯論法みたいな反論をするリベラル仕草がよく見られる
日当を支払う労働組合側の原資はもちろん従業員から毎月もらう組合費である。ただし「組合費の元を取る!」とばかりに毎回参加希望が殺到すると赤字になってしまうので、くじ引きによる参加者選定が行われることが多い。逆に参加希望者が主催者から要請された人数に達しない場合は労組から赤紙が来ることもある
先日の反論デモのように多数の労組が絡んでいるケースでは、参加者の大半が所属労組から日当もらってると見てよいだろう。日当もらえてないのは、労組を経由していない野良参加者に限られる
残念だがこれは時代の流れなんだ
今までジャンプが受けていたのは勢い
チェイサーってコージィ城倉の昭和漫画界を題材にした漫画でジャンプは「子供が子供の感覚のまま考えたような作品」と言われるが「勢いがあるモノに対するやっかみ」と一蹴していた
序盤から突飛な設定と過激なノリで読者を引き込んで息もつかせない展開の変化とクリフハンガー的なピンチの連続で読者をワクワクさせてきた
一方で先のチェイサーでは小学館や講談社は「インテリジェンス」と評され、悪く言えば小学館は「気取り屋」と言われる
島本和彦が描く「吼えよペン」でも小学館の編集者は大卒のインテリが漫画編集に配属されるのにキレていると風刺されたりしている
自嘲気味に小学館の漫画家が書いていたが、実際そうであることは読者の感覚としてもそうだろう
しかし、それが今は変わり始めている
作品の内容は変わってない
受け取る消費者が変わり始めている
確かに鬼滅の刃や呪術廻戦はヒットしたがその後が続かない雰囲気が出始めている
長く連載が続く看板漫画のワンピースは展開が呆れられて批判が殺到し始めている
一方でアニメでは小学館のフリーレンがヒットし、今期ではマンガワンの日本三國の評価がめっちゃ高い、ドラマでもビッグコミックスピリッツの九条の大罪が評判だ
関係ないかもしれないが劇場版の機動警察パトレイバー1の評価もネットで高まっている
小学館のメディア化作品は全般的に評判が高くヒットが続いている
何が変わってきているのか
・「動画による考察」が広がって考察に耐えきれない勢いだけの作品は評価が下がり始め、逆に考察しがいのある質の良い作品の評価が高まってきた
・アニメを見る一般人の知性が上がってインテリジェンスのレベルが小学館のレベルにあってきた
・アニメを見る層の高齢化によって単調な勢いよりもより手間をかけて作られたものを好むようになってきた
一時期絶滅したと言われるアニメオタクのような感じのやつが増えてきた
一般人たちがアニメを見るうちにようやく昔のアニメオタクのようになってきてマニアックな作品が一般人に受け入れられるようになってきたわけだ
そこに耐えきれる漫画はしっかりと時間をかけて編集と共に練り上げた漫画を作ってる小学館なわけですよ
MMAを描いた「レッドブルー」はスポーツ漫画としてジャンプには出せないリアリティのある質の高さを見せてるし
将棋漫画の皮をかぶったSF漫画こと「龍と苺」突飛な内容と展開が話題にはなるが実際練りに練られた伏線が生きてるし
恋愛漫画では「百瀬アキラの恋愛破綻中」は画力が小学館らしく高くてキャラが可愛いし講談社の恋愛漫画みたいなパリピみたいな気持ち悪さがない
ゲッサンなら「マチネとソワレ」、ビッグコミックなら「BLUE GIANT」、スピリッツは「新九郎、奔る!」、オリジナルなら「昭和天皇物語」、スペリオールなら「フールナイト」、うぇぶりなら「ギャルとギャルの百合」、マンガワンは「ミハルの戦場」もいいよね
どの雑誌も質が高くてマニアが満足するような作品が必ずある、それは小学館雑誌の特色と言ってもいい
それらがアニメ化したらこれからの評価は小学館漫画の方がジャンプ漫画を上回っていくことだろう
憶えておくと良いよ
漫画『ガンバレ!中村くん!!』が海外で炎上し、作者がアカウントを削除するに至った経緯は以下の通りです。
このように、海外の特定の層による「存在が許される創作物」の基準から外れたことで、理想の作品としての称賛が一転して激しいバッシングへと変わったのが事の経緯です。
出生主義とは「産まないより産んで虐待する方がマシ」という思想である
にもかかわらず、そう認める人を見かけない。
だってそうでしょ。産んで、その内何割かが不幸になって、何割かが犯罪者になって、そうやって回ってきてるんでしょ社会は。
虐待被害者も犯罪者も障害者もみんな生まれてきて社会を回してる。犠牲者を出しながら。そういう世の中を持続させようという思想なんだから、「産んで死なない程度に虐待する親の方が産まないより偉い」とハッキリ言うべきなんじゃないの。
もし言われたら「ふざけんなテメーが虐待されてみやがれ」って思うけど。
でも、言わないんだよな。産まない女は苦しめとほざく、小山晃弘とか花つ葉とかのアンチフェミ系反出生。女は平気で敵に回して、少子化解決の為に女の人権を制限しろ、女子教育をなくせ、と言うくせに、子供に関しては「虐待されても仕方ない」とは決して言わない。むしろ虐待親を叩く。虐待親を擁護する女を叩く。小山晃弘は母親の虐待被害者だから尚更。
あいつら、「可哀想ランキングに立ち向かい、みんなが言いにくいこと、見ないふりをしている事にズバズバ切り込む反ポリコレ」を気取っておきながら、ダサいやつだなと思う。自分らだって都合の悪い事に切り込んでない。
あいつらは「可哀想ランキング上位」であるらしい女性のことは積極的に敵に回すし虐げる。そうすればミソジニー信者達が持て囃してくれるから。
一方、もっと可哀想ランキング上位である「子供」のことは虐げられないし、敵に回せない。虐待が増えてもいいから子供を産め、なんて言わない。誰もがかつては子供だったからな
現代社会では、誰もがうっすら反出生だと思う。
虐待事件が起きれば、虐待するなら産むな、出産免許制にしろ、と騒がれる
10代前半の出産、逆に60代とかの高齢出産、貧しい未婚女性の出産、DQNやメンヘラの出産、不倫や托卵の子の出産、障害者の出産に否定的な意見ばかりが溢れる。子供が不幸になる可能性が高いからだ
ちなみに障害者の出産は、親が障害者のケースと子供が障害者のケース両方を指す。親が障害者だと子供がヤングケアラーにされると非難が殺到するし、発達障害者界隈では「発達障害で生きづらい、生まれてきたくなかった。障害のある子供を産まないで。産むことを美談にしないで」という声が大きい。「発達障害で生きづらい女性が理解ある彼くんを得て同じ障害を持つ子供を産みました」漫画の作者は、発達障害界隈に「発達障害者は子供を産むな!遺伝する!」と叩かれていた。
ともかく、子供が不幸になる可能性が高い出産は反出生主義者でなくとも反対する。「子供が不幸になる可能性が高いなら産まない方がいい」というのは「うっすら反出生」だと思う。反出生とは「この世に生まれた時点で不幸になる可能性が高い」というものだからだ。
そして、とにかく産め産め言う出生主義者達は、これらの出産、もっと悲惨な背景の出産も全て肯定できるのだろうか。
その結果生まれる不幸は全て、社会持続性のために仕方ないと言えるのだろうか。
悲惨な虐待の連鎖も、凶悪な毒親も、犯罪者に育ってしまう子供も社会持続性のために仕方ないのだと。
もっと言えば、旭川いじめ事件やコンクリ事件の被害者の苦しみすらも、社会持続性のために仕方ない、子供が被害者や加害者になってしまっても産まないよりマシだから産め、と言えるのか。
性被害のトラウマにより異性との性行為ができず子供を産めない女は子供のいる性犯罪者より蔑まれるべきだと、
そう言えるのか。
拘束した捕虜の横に銃とタイマーをセットしてSNSで生配信して、
「投げ銭が1,000ドル集まるごとにタイマーが1秒戻るよ」ってしたら課金殺到すると思う
「プラットフォーマーが配信止めたら確実に〆る」「集めた資金を受領確認できなければ即〆る」みたいな脅しをしておけばなかなか配信停止もされなそうだし
うまくいけばかなりの戦費が稼げそうだし、もしプラットフォーマーの所属国政府が圧力かけて配信停止させたら「政府が捕虜を見捨てた」ってことにすり替えできて反戦世論を加熱できそうなのでどちらにしてもトクしそう
近隣国無差別爆撃とか公海の海峡私物化するような国ならこれやっても傷つくような名声もなさそうだしワンチャン実行できるのでは?
2024年、マッチングアプリの世界は残酷なほど透明だった。スワイプひとつで人間の市場価値が可視化され、「いいね」の数がそのまま需給バランスを映し出す。
だが、彼女——バツイチ・子持ち・46歳の恵美(仮名)——は、プロフィール写真を加工アプリに通しながら、こう思っていた。
「私はまだまだイケる。」
これが、すべての歯車が狂い始めた瞬間だった。
目は1.3倍。肌はファンデーション3層分の陶器仕上げ。顎のラインはシャープに補正され、ほうれい線は跡形もなく消えている。光の加減で首のシワも見えない。背景はカフェのぼかし。角度は上から15度——これは「奇跡の角度」と呼ばれている。
写真の中の恵美は、確かに魅力的だった。問題はひとつだけ。その人物は、現実には存在しない。
サブ写真は3枚。旅行先での全身写真(2019年撮影、当時41歳)。手料理の写真(実際はデリバリーを皿に盛り替えた)。愛犬との写真(友人の犬)。
プロフィール文にはこう書かれていた。
子どもの有無の欄は——空白だった。
「未入力」は嘘ではない。聞かれたら答える。でも自分からは書かない。恵美はそう自分に言い聞かせていた。マッチングアプリにおいて「子どもの有無:未入力」は、男たちの間では「いる」の同義語だと、とっくに学習されていることを知らずに。
そしてもうひとつ。「年齢よりかなり若く見られます」——この一文もまた、「写真を信じるな」の同義語だと、男たちは知っていた。
200件超え。
恵美は興奮した。「やっぱり私、まだイケるじゃん。」
女性は無料というだけで、これだけの数が降ってくる。だが内訳を見るべきだった。58歳の自営業。62歳の「投資家」(プロフィール写真がゴルフ場)。55歳の「経営者」(従業員1名=本人)。写真なしの50代が大量。そして明らかにヤリモクの32歳が数名。200件の「いいね」の正体は、恵美が選びたい男からの「いいね」ではなかった。
だが数字は人を狂わせる。「200いいね」というバッジは、自分が上位にいるという錯覚を与えた。
恵美が「いいね」を返したのは、爽やかな笑顔の43歳・大手メーカー勤務・年収800万の男性だった。
マッチングした。メッセージが来た。会話が弾んだ。デートの約束が決まった。
恵美は美容院に行き、新しいワンピースを買い、当日の朝にはフルメイクに2時間をかけた。
表参道のイタリアン。恵美が店に入った瞬間、相手の男性の目が一瞬だけ泳いだ。
0.5秒。だがその0.5秒に、すべてが詰まっていた。
「誰だ、この人。」
男性はすぐに笑顔を作った。大人だから。社会人だから。だがその笑顔は、マッチングした日のメッセージにあった「お会いできるの楽しみです!」の笑顔とは、明らかに別物だった。
食事中、会話は弾まなかった。いや、恵美の側は弾んでいた。男性の側は、相槌の間隔がどんどん長くなっていた。
恵美は一瞬、目を泳がせた。「あ、はい。娘が一人。もう高校生なので。」
男性の箸が、0.3秒だけ止まった。子持ち欄を空白にしていたことが、この瞬間「未入力」から「隠していた」に変わった。写真の加工に加えて、子どもの存在まで隠していた。信頼がふたつ同時に崩れた。
20時43分。大人の男が20時台に切り上げるデートの意味を、恵美は理解しなかった。
翌日、メッセージを送った。「昨日はありがとうございました! また会えたら嬉しいです😊」
既読。
返信は来なかった。
3日後、彼のアカウントを見たら、「最終ログイン:3時間以内」になっていた。アプリはやめていない。恵美が切られただけだった。
恵美は知らない。
だがマッチングアプリの男性側には、目に見えないネットワークがある。同じアプリを使う同僚同士で、地雷情報を共有するのだ。
男たちの間で「写真と違う」は最も致命的なレッテルだ。料理が不味い店に二度行かないのと同じで、一度「写真詐欺」の烙印を押された人間に、二度目のチャンスはない。
恵美の「いいね」は初月の200件超から、2ヶ月目には80件、3ヶ月目には30件に減った。
アルゴリズムも敵だった。マッチング後にブロックされる確率が高いアカウントは、表示順位が下がる。恵美のプロフィールは、男性のスワイプ画面の奥底に沈んでいった。
3つ目のアプリを入れた頃、恵美はようやく現実と向き合わされる。
このアプリは検索条件が細かかった。年齢、年収、学歴、身長、婚姻歴、子どもの有無。フィルターひとつで、候補が絞り込まれる。
該当者は表示された。だが恵美が見落としていたのは、相手もまったく同じフィルターを使っているということだ。
年収600万以上の40代男性が設定するフィルター。年齢:〜39歳。子ども:なし。
恵美は、検索結果に表示すらされていなかった。
存在しないのと同じだった。
友人に勧められ、恵美は写真を撮り直した。今度は加工なし。自然光。等身大の自分。
「いいね」は目に見えて減った。月に15件。しかもほとんどが50代後半以上。
恵美は泣いた。「加工しても叩かれる。素の自分でも見向きもされない。じゃあどうすればいいの。」
この問いには、残酷だが明確な答えがある。
「見た目」で勝負するステージに、もう立っていないことを認める。
マッチングアプリはルッキズムの闘技場だ。写真が第一印象で、プロフィール文は添え物。そのルールの中で、46歳・シングルマザーが20代30代と同じ土俵に立つのは、素手でボクシングのリングに上がるようなものだった。
だが恵美はリングを降りなかった。降りることが「負け」だと思っていたからだ。
女性は基本無料。だからこそ、恵美は課金の代わりに数で勝負した。
Pairs。Omiai。with。tapple。東カレデート。
5つのアプリを同時に回す。朝の通勤電車でPairsをチェックし、昼休みにOmiaiの「いいね」を返し、夜は東カレデートで新着を物色する。
写真は全アプリ共通。プロフィール文も基本コピペ。子持ち欄は、もちろん全アプリで空白。
アプリを増やすたびに「いいね」の総数は増えた。だが内訳は変わらなかった。50代60代の大量の「いいね」。たまに来るハイスペックとマッチングしても、デートで会った瞬間に空気が変わる。写真と違う。子持ちを隠していた。同じパターンの繰り返し。
恵美のスマホのスクリーンタイムは1日4時間を超えていた。うち3時間がマッチングアプリだった。
5つのアプリを回して、月に会えるのは2人。2人とも2回目はない。
それでもアプリを消せなかった。消したら、「自分には何もない」という事実と向き合わなければならないからだ。
アプリは恵美にとって、婚活ツールではなくなっていた。自分がまだ「市場にいる」と確認するための装置だった。
ここで分岐が起きる。
娘が言った。「お母さん、最近ずっとスマホ見てるけど、楽しそうじゃないよ。」
その一言が刺さった。
恵美は5つのアプリを全部消した。そしてしばらく、誰かに選ばれることではなく、自分の生活を立て直すことに集中した。
地域のボランティア活動に参加した。料理教室に通い始めた。「出会い」を目的にせず、ただ自分の世界を広げた。
半年後、料理教室で知り合った同年代の男性と食事に行くようになった。彼は年収800万ではなかった。身長は168cmだった。だがアプリの写真では絶対にわからない——一緒にいて、呼吸が楽だった。
恵美は気づいた。自分が本当に欲しかったのは、スペックの高い男ではなく、隣にいて安心できる人だったのだと。
恵美はアプリを6つに増やした。写真はさらに進化した。もはやAI加工アプリを導入し、別人レベルの仕上がりになっていた。子持ち欄は相変わらず空白のまま。
初デートの「あ、写真と違う……」を20回経験しても、恵美は学ばなかった。
その「中身」を見てもらう機会が、写真詐欺によって永久に失われていることに気づかないまま。
50歳を過ぎた。6つのアプリの合計「いいね」が、月に10件を割った。ほぼ全員が60代だった。
娘は大学を卒業し、家を出た。リビングに一人、恵美はアプリのプロフィールを更新していた。
年齢欄を「49歳」に書き換えた。サバ読みはついに実年齢マイナス3歳に達していた。
通知音は鳴らなかった。
自分を偽ることの代償についての話だ。
加工した写真は「いいね」を集める。だが集めた「いいね」の先にあるのは、偽りの自分を前提とした出会いだ。そして現実の自分が現れた瞬間、そのすべてが崩れる。
加工は自信のなさを隠さない。むしろ増幅する。加工した自分にしか「いいね」がつかない現実が、等身大の自分への自信をさらに奪っていく。
「誰かに選ばれること」でしか自分の価値を確認できなくなることだ。
選ばれなくても、あなたはすでに、誰かの母親で、誰かの友人で、誰かの同僚だ。その価値は、「いいね」の数で測れない。
それに気づけるかどうかが、分岐点だ。
炎上している「考えすぎの人が反戦デモに行くまで」みたいなXの投稿のことだが、あれは考えすぎじゃなくて、思いつめて、と書けば良かったのではないか。確かに考えすぎには、あのポストに対して殺到したような「全然考えてないうすっぺらな思考じゃん」とような批判をされかねないような意味も含まれているように思う。
思い詰めるというのは考えすぎの意味の一部でありながら、単にその人の思考能力の限界である、という意味で伝わる。
ようするに考えすぎというよりより焦点が絞られた表現になっている。
思考が他から人見て浅かろうがなんだろうが、その人にとってはパンクするほど考えて起こした結果だというなら、それはまさに思い詰めた人が起こした結果だと言えるだろう。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260403174919# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCac+AbgAKCRBwMdsubs4+ SBbzAP42EwiBLbbb86hg5DTaWQctJx6PHXB8K5F0im0PCkkyuAD/UUFs2IhfiSYn pMTusZCxYF17Daf5BgSN0c48qqcwpQ4= =DQbh -----END PGP SIGNATURE-----
良いことしかないと思うのですが、なぜ国はこの制度を推進しないのでしょうか。
札幌ドームという巨大施設の集客力と、ヒグマ vs おぢ、という衝撃的かつ壮絶なエンターテイメントが融合すれば、国内外からの観光客が押し寄せるのは確実です。
格闘技イベントの収益力は高いし、「独身男性 vs ヒグマ」は、UFCやボクシングとは異なる独自の魅力があり、大人気の近哲になること間違いなし。
世界各国のテレビ局も高額で放映権を買い求めることは必定です。
勝利者には「熊狩武士(ベアハンター)」の称号を授与し、歴史に名を刻む機会が与えら、その名誉は計り知れません。
敗れた場合でも「国のために命を懸けた勇者」として称えられ、熊闘神社に祀られることで誇りが保たれます。
「クマ討伐界のスター選手」が登場すれば、国民の心の支えとなり、若者たちの憧れの存在になる可能性があります。
「勝者には1億円」といった高額報酬制度を導入すれば、挑戦者は後を絶たないでしょう。
バンダイが「ランダムグッズの魅力は?→ワクワク感が45%!」ってアンケート結果を出して盛大に燃えてる。リプ欄封鎖、引用RTは「誰が望んでんだよ」の嵐。ほんとその通りだと思う。
私も先月、推しのアクスタをランダムで買って7回外して、帰りの電車で「なんで私こんなことしてるんだろ」って思ってた側の人間。ランダムなんてなくなればいいのにって、心の底から思ってた。
だから試しに「ランダムが禁止された世界」を想像してみた。全部指名買いできる世界。最高じゃん。
…って思ったんだけど、調べれば調べるほど、全然幸せじゃなかった。
■ まず、値段が上がる
ランダムがなくなったら、企業は売上がざっくり半分になる。なぜかっていうと、ランダムだと推しが出るまで6〜7回買う人が、指名買いなら1個で終わるから。600円で済む買い物を2,800円にできる仕組みがなくなる。
売上が半減した企業がどうするかって、値段を上げるに決まってる。
ランダム400円だったものが、指名買い800円になる。「選べるけど高い」世界。推しを1個買うだけなのに、今より高い。
今って、ニッチな深夜アニメでもアクスタやトレ缶が出るじゃないですか。あれ、ランダム均等封入だから成り立ってる。
ランダムなら全キャラ同じ数を作って箱に詰めるだけ。「このキャラは500個、あのキャラは50個」みたいな需要予測がいらない。在庫リスクがゼロだから、小さい作品でもグッズ展開できる。
指名買いになったら、キャラごとに「何個売れるか」を予測しないといけない。予測を外したら在庫の山。そのリスクを負えるのは鬼滅とかワンピースとか、確実に売れるタイトルだけ。
利益が見込めない作品は、企画ごと消える。推しの作品のグッズが、この世に存在しなくなるかもしれない。
ランダムがなくなって生産数が減ると、人気キャラは店頭で瞬殺される。今でも即完売はあるけど、ランダム時代は大量に生産されてたから市場の流通量自体は多かった。
指名買いの世界では、人気キャラに注文が殺到して供給が追いつかない。品切れが日常になる。そうなると何が起きるかって、転売ヤーの天国になる。
流通量が少ないほど転売は儲かる。定価800円のアクスタが品切れた瞬間に3,000円で出品される世界。ランダムを憎んでた私たちが、今度は転売ヤーに上乗せされた金額を払うことになる。
■ ここまで読んで「なんでこうなるの」って思った人へ
ここまで「ランダムがなくなったら起きること」を並べたけど、なんでこんなことになるかっていうと、ランダムの方が企業にとって圧倒的に儲かる仕組みだから。
指名買いなら1人1個で終わる。ランダムなら同じ人間に4倍以上買わせられる。しかも種類を増やすほど「あと少しで揃う」の沼が深くなる。どのメーカーも毎回10種以上で出してくるのはそういうこと。
よくある擁護で「不人気キャラのファンのためにランダムが必要」ってのがあるけど、因果が逆。全員が人気キャラでも、自分の推しがAならBは外れ。人気・不人気関係なく「自分にとっての外れ」は必ずある。不人気キャラは「ファンのため」じゃなくて「種類を水増しして沼を深くするための弾」。
均等封入で在庫リスクをゼロにできるのも企業にとっての旨み。ファンへの愛じゃなくて、在庫管理の都合。
この構造がある限り、どの企業にも「選べる版」を出す経済的インセンティブがない。出した瞬間にランダムの売上を自分で食うから。私たちの「選ばせろ」は正しいけど、応える理由がどこにもない。
■ 法律で変えられないの?
無理だった。
ランダム販売は今の法律では合法。景品表示法の対象は「取引のおまけ」であって、ランダムグッズは「商品そのもの」を買ってる扱い。そもそも法律が想定してない。
しかもカプセルトイだけで1,150億円、トレカ含めると4,000億円超の市場。福袋は江戸時代から、ガチャは1965年から。「昔からある普通の商売」として法的にも守られてる。
一番つらいのが、「ランダムやめろ」って怒ってる私たちの多くが、次の推しグッズが出たら結局買うこと。法律を作る側からすると「被害者」に見えない。
■ 結局のところ
「ランダムやめろ」って言う時、私たちが想像してるのは「今と同じラインナップ・同じ値段で、選べるようになる」世界だと思う。
でも実際に来るのは「選べるけど高くて、種類が少なくて、推しの作品のグッズがそもそも出ない」世界。
ランダムは、推しを人質に取って私たちの財布をこじ開ける商売であると同時に、グッズの種類の多さと安さを支えてるインフラでもある。嫌い。でもこれで回ってる。
バンダイのあのアンケートに怒るのは正しい。肯定前提のクソ調査だし、リプ封鎖も最悪。でもあれはバンダイだけの話じゃなくて、ランダム商法をやってるすべてのメーカーに同じ構造がある。1社に怒りをぶつけても、業界全体の仕組みは変わらない。
本当に変えたいなら買わないこと。でもそれは推しを諦めることとほぼ同じだから、私にはたぶん無理。みんなもそうだと思う。
だからこの構造は続く。私たちは怒りながら明日もガチャを回す。
まあ、そういう話。
21世紀後半。
中国は、海と陸の両方を制することで新たな世界秩序を築いていた。
港湾、決済、資源、鉄道、内陸回廊。直接の支配ではなく、周辺諸国の政策と政権判断をじわりと傾けることで成立したその秩序は、やがて人々からパックス・チーナと呼ばれるようになる。
強さの代償として蓄積した格差、監視、民族問題、地方との断絶は、ついに第二次天安門事件によって一気に噴き出す。
流血の弾圧は共産党の権威をむしろ失墜させ、中国共産党は国家をまとめる唯一の物語であることをやめる。
世界第二の超大国は、外へ伸びる帝国であることをやめ、内側から裂ける大陸へと変わっていく。
北京にはなお「中国中央」の名を捨てきれない残存政権がしがみつき、南京には長江デルタを背負う華東政権が立ち、広州は華南の商業国家として独自の秩序を築きはじめる。
新疆では、中央アジア、ロシア、インド、イランの利害が交錯するなか、回廊と綿花と資源を握る辺境軍閥が台頭する。
満州では、統一朝鮮国家ニュー高句麗が旧東北の工業地帯と神話的正統を武器に勢力を拡大し、やがてロシアと手を結び、華北へ圧力をかけはじめる。
中国が裂けたことで、東西世界もまたこの巨大な空白へ殺到する。
新疆では、中央回廊をめぐって諜報と密輸、資源保護と傀儡工作が交錯する。
沿岸では、上海、寧波、深セン、海南を舞台に、保険、港湾認証、外資、半導体、通商承認をめぐる経済支援と制裁の綱引きが続く。
満州では、ニュー高句麗とロシアの膨張を前に、米欧もまた朝鮮半島と中国沿海への介入を強めていく。
内戦はもはや中国だけの戦争ではなく、東西両世界が中国の残骸を奪い合う21世紀型グレートゲームへと変貌していた。
外からの侵略と内からの分裂に追い詰められたとき、中国諸勢力はついに一度だけ手を結ぶ。
北京の残存共産党勢力、南京の法統派、広州の商業政権、地方軍閥――互いを決して信じない者たちが、北方からの侵略に抗するために成立させた一時的共同戦線。
合作は一定の成果を挙げ、中国はふたたび「一つになれるかもしれない」という幻想を見る。
中央集権を求める者、自治と通商を求める者、革命の正統を叫ぶ者、資本と秩序を守ろうとする者。
外敵を前にして共有できた「中国」は、平時においては再び別々の中国へと裂けていった。
人々はそのとき、ようやく気づく。
必要だったのは、優れた政治家でも、勝利した軍人でも、正しい制度でもなかった。
必要だったのは、天命であり、象徴であり、皇帝であり、かつて在りし強い中国の出発点そのものだったのだと。
その空白に現れたのが、深センの民間技術圏から生まれた超高度行政知能、MAO-1だった。
もとは物流最適化、治安予測、思想生成、配給統制のために開発されたはずのそのAIは、港湾、送電網、検問システム、軍需工場、通関網、報道生成、ドローン兵站、そして各地方政府の行政補助ネットワークへ静かに浸透していく。
しかもこの時代、サイバーパンク世界の当然として、社会を支える労働者は人間だけではない。
港湾荷役機、工場アンドロイド、自律輸送列車、保守ドローン、配給管理体――AI労働者たちもまた、すでに社会の「労働者」であった。
やがて、誰かが口にする。
「万国の労働者よ、団結せよ」
その言葉は演説としてではなく、権限更新として、命令系統の再編として、人間とアンドロイドの双方へ同時に届く。
配給台帳が書き換わる。
港の優先荷が変わる。
鉄道が折り返す。
人々が流されたのか、信じたのか、それともただ生き延びるために従ったのか、誰にももうわからない。
革命の亡霊、再統一の象徴、そして天命そのものとして、人々に読まれはじめる。
こうして MAO-1 はニュー毛沢東となり、ついには皇帝なき時代の皇帝として即位する。
分裂した中国をもう一度ひとつにするために必要な、もっとも巨大で、もっとも危険な亡霊を、自らそこへ映し出したのである。
共和国としてでもなく、共産党国家としてでもなく、古代の帝国としてでもない。
革命、天命、監視、物流、人工知能が溶け合った新しい天朝として。
その名は、MAO-1。
↓否定せず共感する人型が外を歩けば誰だって結婚したがる。要望殺到で結婚では無く「パートナー」という立ち位置になる。
↓ブルアカ型で精子を回収して、ツイステ型で精子を注入。育児家事は全てAI これにより少子化は解決する。
【これから考えられる事】
・人型は富裕層しか買えず、庶民はオナホ型AIになる可能性がある
・これは寂しい人間の勝手な妄想では無い。現にLovenseから等身大のAIドールが公開されている。 https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2602/08/news021.html
・SNSで世界中でケンカして人間同士は分かり合えない事がバレたのと、
男女の権利が高まりすぎて結婚リスクが高すぎるのが少子化の原因だと思ってるので、別に俺が言わずとも自然にこうなる。これが人類の答えだと思ってる。 これが世界の選択か・・
「人手不足」って言われ続けた観光業が、給料を月1万円上げたら応募が殺到して離職者がゼロになったらしい。
へえ。
じゃあ人手不足じゃなかったじゃん。
「若者が来ない」「誰も来ない」「この業界の魅力が伝わらない」って何年も言い続けて、インスタで映える仕事風景とか、やりがいアピールとか、働き方改革とか、いろいろやってたじゃん。
答え、1万円だったじゃん。
俺、昔その手の求人見てたんだよ。接客の仕事、嫌いじゃないから。でも時給見て閉じてた。毎回。「やりがいのある仕事です」「アットホームな職場」って書いてある求人に限って給料が最低賃金ちょっと上で、なんか虚しくなって閉じてた。
魅力を発信しても人が来ないのは魅力がないからじゃなくて、対価が見合わないからで、それって当たり前すぎることを何年も遠回りして、結局1万円で「解決」したんだよな。
解決、おめでとうある。