はてなキーワード: 互助会とは
保険というのは会社みたいなところが主宰する以上は必ず会社が儲かるようにできているわけで。
そうすると保険というのはもっと、互助会とか昔でいう無尽、伊勢講のような成員全員が対等で平等に恩恵を享受し得るのような組織のあり方であるべきでないのかと思う。
ようは保険会社が出してる保険サービスなら保険会社はいわば胴元なのだが、保険というものに胴元なんて本来不要なのだ。
それなのに無尽方式の保険機能を持ったコミュニティが絶滅しているのは謎だ。
dorawiiより
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TOTO、LIXIL、朝日ウッドテック、ダイケン、クリナップ、タカラスタンダード、ミラタップ
私、これまでショールームの女性ってただの綺麗なご案内お姉さんだと思ってたんだよ
ところが、全員、気が狂いそうな製品カタログの組合せと、無知な客のあらゆる質問にすぐさま超感じよく答えてくれる超有能なプロフェッショナルだったんだ
信じられないよ
生命保険株式会社もヤクルトも一番面倒なC向け外回りの末端営業を薄給で女性にさせて、おじさんが高給をとってるんだ
彼女たちがバカでわがままな我々の相手してつくった見積をもとに彼らがBtoB受発注で男性互助会ぶりを発揮して自分の手柄にするわけだ
最近、慶應義塾大学をめぐるドロドロした内輪ノリや、不祥事のニュースを見るたびに思う。
「天は人の上に人を造らず」とか言ってた福沢諭吉、実は壮大な釣りだったんじゃないか?
いや、正確に言えば、彼が掲げた「独立自尊」というキラキラワードが、今や日本で最も「門閥」と「身内びいき」を正当化する最悪のツールに成り果てている気がしてならない。
諭吉は「学問をして賢くなった奴が偉くなるんだよ」と説いた。それはいい。当時は画期的だっただろう。はは、「封建制度は親の敵」と言いつつ、自分は特権階級。
「学問をした奴」じゃなくて、「幼稚舎から入った金持ちの息子」が一番偉いという、強固なカースト制度の完成である。
諭吉が一番嫌ったはずの「門閥制度は親の敵(かたき)」という言葉が、今の慶應の中枢では笑い話にしか聞こえない。
外部受験で必死に勉強して入ってきた「地頭の良い奴」より、親のコネと資産で小学校からエスカレーターに乗ってきた「純粋培養の慶應ボーイ」が、三田会という巨大な互助会組織でヌクヌクと特権を享受している。これのどこが独立自尊なんだよ。
確かに結束力はすごい。でも、それってただの「究極の内輪ノリ」だよね。
「慶應だから」という理由だけで仕事を発注し、ミスをかばい合い、特定のコミュニティだけで富を回す。
結局、彼らがやっているのは「実力主義」の皮。
その実態は、自分たちの血統とブランドを守るための、極めて封建的なムラ社会だ。
この「内輪さえ良ければいい」というマインドが、日本の指導層に蔓延した結果が、今のこの停滞した日本なんじゃないかと思えてくる。
でも、彼が作った慶應というモンスターは、「個」ではなく「群れ(三田会)」の力で他者を圧倒する特権階級を生み出した。
「お前ら、最高の門閥作ってんじゃねーよ」と怒るのか、それとも「自分のブランドでここまで美味しい思いができるシステムを作った俺、天才」とニヤついているのか。
新紙幣で渋沢栄一に交代したのも、ある意味「もう諭吉の時代(という名の選民思想)は終わり」というメタファーだったんじゃないか、とすら勘繰ってしまう。
結局、何が言いたいかっていうと、
「独立自尊」を掲げながら、その実、学歴と血統のコンプレックスを煮詰めたような今の慶應の空気感が、最高にクソだなってこと。
子供たちが「お稲荷様が怖い」と言えば、お稲荷様の祠をぶっ壊し、中にある御神体を投げ捨て、代わりに「そこらへんに落ちてた石」を入れておくというサイコパス的な教育、それが福沢諭吉。
文章を書き始めて、1年弱経っただろうか。
最初は同作品別カプで夏のウェブオンリーまでと期間限定のつもりだった。
気がつくと、冬も終わり、また暖かくなろうとしている。今はZD(仮称)で書いている。完全に沼にハマってしまった。何ならいい年して初めて同人誌即売会にサークル参加した。互助会の方にも買ってもらい、余部も含めて9割がた売れた。大変ありがたいことである。
また、独り言やかまって発言が多いXにも一桁だがフォロワーがいる。いずれもとても嬉しいことだ。
1人ではない。
多い。
コミュ力もない、自分は自分の作品が好きだが、他の人に受け入れられているかどうかは知らない、私は、他の人の作品に上手く反応ができない。自分は、自カプにいなくてもいいのかもしれないと、強く感じるようになった。
あまりよくないこととは思いつつ、D受オンリー参加の際に、フォロワーへ「票があれば別カプ書きます」と呟き、投票を促した。まるっきり無視されると思っていた。KDに2票入っていた。ならばと、頑張って書くことにした。
えー、駅前をお通じの皆様、お騒がせしております。衆議院議員候補者の自由民主党「はてな・たみお」です。
まず最初に断っておきますが、私は皆さんに『私を信じてください』なんて、そんな低リテラシーなことは言いません。政治家の街頭演説なんて、その大半は生存バイアスと認知の歪みで構成されていますから。
あー、私「はてな・たみお」が今日ここでマイクを握っているのは、この国の『仕様』があまりにバグだらけで、もはやパッチを当てるだけでは運用保守が不可能だと判断したからです。いわゆる、詰んでる状態であります。
皆さん、SNSを見ていればキラキラした幸福論が流れてきますが、匿名ダイアリー、通称『増田』を読んでみてください。あの、そこには、この社会のバグに翻弄され、名前も出せずに叫んでいる人たちのリアルなログが残っています。
あ、『年収が上がらない』『育児が無理ゲー』『独身でいることへの無言の圧力』。これらは個人の努力不足、自己責任論ではなく、明らかに制度設計のミスだと「はてな・たみお」は考えております、はい。マッチョ主義など話になりません。他党では『若者のために』とか『高齢者の安心を』とか言いますが、あれは単なる互助会のポジショントークに過ぎません、ポジショントーク。ドメイン知識のない他党の政治家が、感情論だけでデプロイした政策のツケを払わされているのは、現場の私たちであります。
私、自由民主党の「はてな・たみお」の公約はシンプルです。 第一に、徹底した情報公開とデータ駆動型政治。感情論を排除し、エビデンスに基づいてリソースを最適配分します。 第二に、既存のしがらみのリファクタリング。既得権益という名のスパゲッティコードを整理し、透明性の高い社会システムへ移行します。
『はてなスター』を投じるような軽い気持ちで、とは言いません。あの、ですが、現状維持という名の『緩やかな死』を選択するか、それとも一度システムを再構築するか。そのブクマ、いえ、一票を投じる前に、一度立ち止まって「そもそも論」を考えてみてほしいのです。
最後に、最後ですが、私は皆さんに好かれようとは思っていません。あの、炎上も怖くありません。 ただ、この国の未来という名の『スレッド』が、罵詈雑言と絶望だけで埋め尽くされるのは、あまりにもQOLが低すぎる。そう思いませんか?
私「はてな・たみお」の話に少しでも『なるほど』と思った方は、ぜひ投票のほどお願いいたします。。長文ではございますが、 あの、以上、「はてな・たみお」でした。ありがとうございます、ありがとうございました。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2657726
情強きどりがしたり顔でよく書きがちな勘違いで、たびたび見てるこっちが恥ずかしくなるのでいい加減覚えてもらいたいわけですが、Xで収益化条件を満たすには「青バッジ課金」だけではなく、
・本人確認
・過去3ヶ月以内に500万回以上のオーガニックインプレッション
という条件が必要になる。
本人確認はともかく、発信元のアカウントを確認するとフォロワーは4500人程度で、「Xプレミアムのフォロワーが500人以上」の条件を満たすにはこのクラスのフォロワーではかなり難しいと言っていい。互助会的に青バッジ同士がフォローし合って条件を満たすことはできるかもしれないが、Xの大半のユーザーは無課金(非プレミアム)である。感覚的には少なくとも2万フォロワーはいないとこの条件はなかなかクリアできないイメージ。
さらにもう一つの壁が、「過去3ヶ月以内に500万回以上のオーガニックインプレッション」。
自分の過去ポストを適当に確認してみたが、2万いいねに到達したポストでも90万インプレッション程度。この条件をフォロワー4500人クラスの人間が3ヶ月内でバズを連発して成し遂げるのは至難の業だ。
仮に奇跡的にこのクラスで収益化の条件を達成できたとしても、子供のお小遣いにも満たないような収益配分しかないのは容易に想像がつく。ひろゆきが尋常じゃないフォロワー数を抱えても月40万ほどしか収益がない、みたいな記事がいくらか見つかるので、規模感を掴みたければ各々好きに調べればいい。
発信元の人が貼っているアマゾンアソシエイトリンクも、本業20年のアニメCG業(ポスト遡ると分かる)の片手間でやってる自著漫画の宣伝くらいのものでしかないようで、これも収益が発生したとて雀の涙程度だろう。
私の場合はホームやリストのTLを並べて閲覧する旧Tweetdeckに相当する「Xpro」が使いたいからだ。昨年、非公式のOldTweetDeck使用者が一斉に凍結される事象が発生したのは記憶に新しいところで、この凍結祭りで渋々課金し始めたユーザーもいたのではないだろうか。
無知か僻みか知らないが、なかなか減らない勘違いのうえ収益化を目的としていない人間に対しても不当な攻撃の手段として使われているので、場合によってはいっぺん訴えられたら?くらい思ってます。
自分のSNSが注目されないゴミすぎて安全圏から他人に石を投げることでしか満たされない人生には同情しますが、無知は他人を不当に攻撃していい免罪符にはなりません。
【はじめに】
法的には、彼は解散権という核ボタンを持ち、人事権という生殺与奪の剣を握る「全能の王」に見える。
しかし、構造的に見れば、彼は巨大な官僚機構、党内力学、そして対米従属という三重の鉄壁に囲まれた「独房の囚人」に過ぎない。
本シリーズの最終章となる本稿では、この「システム(構造)」と「アクター(個人)」の間に横たわる、残酷な力学を解剖する。
なぜ、改革を叫ぶ者は短命に終わり、何もしない者が長期政権を築くのか?
ここにあるのは、個人の資質の問題ではない。システムが許容する「自由意志」の総量が、最初から決まっているという物理法則である。
「操縦桿」は繋がっているか?
日本政治という巨大な飛行機(リヴァイアサン)において、コックピットに座る首相が握る操縦桿は、実は主翼(政策実行機能)と繋がっていないことが多い。
この操縦桿は、フライ・バイ・ワイヤ(電気信号)で制御されているが、その信号を処理するコンピューター(官僚・米国・派閥)が、入力された命令を「解釈」し、勝手に書き換えるからだ。
日本の首相官邸というコックピットにおいて、パイロットが選択できる行動パターンは数学的に以下の三つしかない。
衝突:システムと正面衝突し、破砕する。
それぞれの運命を、具体的な検体(歴代首相)を通じて検証する。
岸田文雄(2021-2024)は、無能だったから短命だったのではない。逆に、このシステムにおける「理想的な統治者」としての適性が高すぎたために、存在自体が空気(環境変数)と同化した稀有な例である。
官僚機構、派閥の長老、連合、そして米国。あらゆるステークホルダーからの入力信号(Input)を、一切のフィルタ(個人の自我)を通さずに、そのまま政策として出力(Output)する機能のことだ。
財務省が増税を囁けば「増税」と出力し、世論が反発すれば即座に「減税」と出力する。ここには「変節」という概念さえ存在しない。ただ「入力が変わったから出力が変わった」という、機械的な反応があるだけだ。
官僚にとって、これほど扱いやすいUI(ユーザーインターフェース)はない。
彼が多用した「検討を加速させる」という再帰的なループ言語は、決定責任を回避しつつ時間を稼ぐ、このシステムが産んだ最高の防御呪文であった。
彼は「何も成し遂げなかった」のではない。「何もしないことで、システムを安定させた」という点で、最も純粋なシステムの部品であった。
【Type B】異端:鳩山由紀夫・田中角栄という「免疫拒絶」
システムは「自律的な意志」を持つ部品を、ウイルスとして検知する。
田中角栄(ロッキード事件)と鳩山由紀夫(普天間移設)は、左右の違いこそあれ、システム(特に第2層の官僚と第3層の米国)の回路を、個人の意志で書き換えようとした点で共通している。
破壊工作の失敗:
田中角栄: 彼は「カネ」という潤滑油を大量に注ぎ込むことで、官僚機構(法による支配)を無力化し、日中国交正常化などの独自外交(対米自立の萌芽)を行った。
鳩山由紀夫: 彼は「友愛」というイデオロギーで、日米安保というOSの根幹(抑止力論理)を無効化しようとした。「最低でも県外」という言葉は、システムへの宣戦布告であった。
リヴァイアサンは、彼らを政治的に殺すために「免疫細胞」を動員した。
田中には「東京地検特捜部」という司法の牙が、鳩山には「外務省官僚によるサボタージュと極秘文書のリーク」という行政の罠が襲いかかった。
「構造に逆らった個人の意志は、必ず物理的に排除される」という、システムの自己防衛機能が正常に作動した結果である。
彼らの屍は、後続の政治家たちへ強烈なメッセージを残した。「操縦桿を勝手に動かすな」。
【Type C】ハッカー(Hacker):安倍晋三・高市早苗という「悪魔的取引」
彼らは、システムと戦う愚かさ(Type B)も、システムに埋没する虚しさ(Type A)も知っていた。
ゆえに彼らは、システムそのものを「ハッキング」することを選んだ。彼らは構造を変革するのではなく、構造の「脆弱性(Bug)」を突くことで、擬似的な王権を創出した。
安倍晋三(第二次政権)の発明は、官僚と戦うのではなく、官僚の「人事」を握ることで、彼らを「恐怖」で支配下に置いたことだ。
これにより、官僚機構(第2層)は「抵抗勢力」から「忖度する手足」へと変質した。
歴代の首相たち――橋本龍太郎も、小泉純一郎も、民主党の菅直人も――皆、官僚機構(霞が関)と戦い、そして敗北あるいは妥協を余儀なくされた。
なぜ彼らは失敗し、安倍晋三だけが官僚を「忠実な下僕」に変えることができたのか?
2014年に実装された、たった一つの「構造変更パッチ」にある。
以前のシステム:「聖域」だけは触れない
2014年以前、日本の首相は「法律」を作ることはできたが、官僚の「人事」に口を出すことはタブー(聖域)とされていた。
各省庁の事務次官や局長は、省内の序列と互助会的な論理で決定され、首相は最後にハンコを押すだけの「ハンコ」に過ぎなかった。
この構造下では、官僚の忠誠心は「時の総理」ではなく、「所属する省庁」に向けられる。
だからこそ、彼らは平気で面従腹背し、サボタージュを行い、情報をリークして政権を倒すことができた(民主党政権が殺された主因はこれである)。
安倍晋三(と当時の菅義偉官房長官)は、このバグを冷徹に見抜いていた。
2014年、第二次安倍政権は「国家公務員法」を改正し、内閣人事局を新設。
これにより、審議官級以上の幹部公務員(約600人)の人事権を、各省庁から取り上げ、官邸(内閣官房)が一元管理するシステムへと書き換えた。
これは、OSの「管理者権限(Root Access)」の奪取に等しい。
効果は劇的だった。
かつて「法の番人」を自認していた法務官僚も、財政規律を守っていた財務官僚も、自らの出世と組織防衛のために、官邸の意向を「先回りして推測(忖度)」し、公文書の改ざんすら厭わない「忠実な兵隊」へと変貌した。
小泉純一郎は「郵政」という局地戦には勝ったが、官僚機構そのものは温存した。
民主党は官僚を「敵」として怒鳴りつけたが、人事権という武器を持たずに戦ったため、寝首をかかれた。
安倍晋三だけが、「人事権という首輪をつければ、猛獣もペットになる」という構造力学を理解し、それを制度化したのである。
これが、彼が「憲政史上最長の政権」を築けた最大のトリックであり、同時に日本の官僚制(明治層)の魂を完全に殺した「毒」の正体でもある。
さらに彼は、米国(第3層)に対し、集団的自衛権という「最高の貢物」を差し出すことで、国内政治におけるフリーハンド(黙認)を勝ち取った。
彼女の「保守的な言動」は、イデオロギーではない。あれは、岩盤保守層(第1層の農村・地主の変種)を繋ぎ止め、同時にシステム内部の求心力を維持するための「認証コード」である。
彼女は、安倍政権が残した「ハッキング・ツール(人事権と安保連携)」を継承し、さらに「非常時(台湾有事の危機)」という外部環境を利用して、システムの権限を極限まで集中させている。
代償:
ハッカーたちは強い。しかし、その強さは「システムの一部(公共性や法の支配)」を犠牲にして得たものだ。
彼らが長期政権を維持すればするほど、官僚は萎縮し(公文書改ざん)、財政は規律を失い(異次元緩和)、国は「私物化」されていく。
彼らは操縦しているように見えるが、実際には「機体のパーツを取り外して燃料にくべながら、加速し続けている」に過ぎない。
これは一見、彼女の強烈なリーダーシップ(能動性)に見える。しかし、本シリーズの視座から見れば、それは違う。
彼女もまた、システムが生き残るために選ばれた「機能」に過ぎない。
「改革」という名のエンターテインメントを国民に提供し、ガス抜きをする。そのために、彼女の攻撃的なキャラクター(UI)が採用されただけだ。
彼女が操縦桿を右に切ろうが左に切ろうが、機体は「現状維持」という航路から1ミリもズレない。
なぜなら、エンジン(経済構造)も、管制塔(米国)も、整備士(官僚)も、誰も航路変更など望んでいないからだ。
“善良”な「依代」が統治すれば、国は緩やかに衰退する(死に至る病)。
“勇敢”な「異端」が統治すれば、国は即座にパニックに陥り、彼自身が殺される(拒絶反応)。
“狡猾”な「ハッカー」が統治すれば、国は熱狂の中でその骨格を食い荒らされる(自己中毒)。
なぜなら、コックピット(首相官邸)の設計そのものが、「主権の欠損」を前提に作られているからだ。
我々が目撃しているのは、高度に発達しすぎた官僚制と資本主義の複合体が、もはや人間の「意志」を必要としなくなった光景である。
政治家の「主観的能動性」は、いまやシステムにとって「リスク」でしかない。
したがって、システムは最も「空っぽな人間」か、最も「システムに過剰適応したハッカー」だけをコックピットに招き入れる。
操縦席には誰もいない。あるいは、「誰もいない」のと同じ状態の人間しか座れない。
それでもリヴァイアサンは飛び続ける。燃料(国民の税と魂)が尽きて、墜落するその瞬間まで。
政治が「悪い」ことではない。
一方で参院選は重複できないから新党にする必要がないし立憲はしたくない
これが理由
以下は解説
重複できない参院選だから新党にすると公明側が圧倒的に有利になってしまう
なぜ参院で一緒になると公明が有利なのかというと、創価学会は参院比例で政党ではなく候補者名を書くから
前提として参院選は比例名簿に順位はなく、政党が得た議席数に応じて候補者の得票が多い順で当選が決まる
創価学会は比例で個人名を書くが、比例で立憲に入れる人は個人名ではなく政党名を書く方がずっと多い
例えば前回の参院選比例の議席は立憲が11で公明が4(たぶん)
この結果を新党に置き換えると、立憲は8に減って公明は7に増える
なぜかというと、創価学会は参院比例は候補者名を書くから(2回目)
参院選は比例名簿に順位はなく、政党が得た議席数に応じて候補者の得票が多い順で当選が決まるから
参院も新党にすると、創価学会がやろうと思えば立憲側の当選は3くらいまで減らせると思うし、立憲側は対抗できない
(特定枠で立憲側の数を確保するってやり方も可能だけど現職のために使うのは互助会だと批判されてもしょうがないし、特定枠の割当でもめるだろうしでお互いにやりたくないと思う)
参院選になった時、立憲と公明はどうして新党で戦わないのかと聞かれた時にどう答えるんだろう