はてなキーワード: 2007年とは
アラフィフのおっさんがVtuber見てるとかキツすぎやろ・・・って思う人も多いだろうけど
でも歴史を振り返ってみると
「初音ミク」が発表された2007年、おっさん29歳。ギリギリ「若者」だった頃で、ボカロにはまる。
その1年も経たずにMMDの誕生。当然MMDをめっちゃ触る。実力のある色んなモデラーが活躍するのを見る。
その間、Vtuberというカテゴリは名乗らずとも例えば「ウェザーロイド」が誕生し、MMDモデルも配布されたり。
(脇道にそれるが、Microsoftも「りんな」を発表したり、ボカロの波に乗ったボイロを使った動画が増えたり
バーチャルなキャラによるエンタメはますます存在感を増していった)
で、MMDのモデラーとして名を馳せたTda氏と富竹氏が組んで「キズナアイ」をデザインして発表。
結局、初音ミクを起点として、おっさんが長い事楽しんでいるエンタメの延長線上にあるわけで
すまんけど。
1990年代前半のフェミニスト系ミニコミ誌『CHOISIR(ショワジール)』を舞台に繰り広げられ、「フィクションの自由」と「他者表象の倫理」をめぐる激しい議論となりました。
• やおいの隆盛:1970年代の「花の24年組」(萩尾望都『トーマの心臓』、竹宮惠子『風と木の詩』など少年愛もの)→1980年代の同人誌ブームで「やおい」(やまなし・おちなし・いみなし=起承転結なしの二次創作)が爆発的に広がる。
• 1992年:ゲイ当事者の佐藤正樹氏が『CHOISIR』に投稿した連載「ヤオイなんて死んでしまえばいい」が火付け役。
◦ 核心主張:BL/やおいは現実のゲイ男性の経験を不正確にステレオタイプ化・美化・商品化し、性的ファンタジー材料にしている。「気持ち悪い女」「ゲイを玩具にするな」と痛烈に非難。
◦ 当時のBL典型描写(美形・裕福・差別ほぼなしの純愛、ホモフォビア的セリフ「男同士なんて…」など)が、現実のゲイの苦しみを無視していると指摘。
この投稿は大々的なゲイコミュニティの総意ではなく、1人のゲイ男性の過激な投書から始まったミニコミ論争でした(溝口彰子氏も後年「一般のゲイたちはほとんど気にしていなかった」と指摘)。
◦ 「これはフィクション・ファンタジーで、現実のゲイとは無関係」
◦ 「ほっといてください」(欲望の自律性=女性の性的想像空間に干渉するな)
◦ 結果、BLファン層が「腐女子」という自称を生むきっかけにも。
◦ BLが「一見寛容そう」なのに、内在的にホモフォビアや女性の欲望優先を再生産している。
◦ 現実のゲイ経験を「借用・消費」するだけで、当事者の声は無視。
石田氏は1992年のフェミニスト誌『Choisir』掲載の佐藤正樹(ゲイ作家・批評家)による批判と、BL側の反論を起点に論を進めます。
「フィクションだから現実のゲイとは無関係」「ほっといてください」(現実のゲイ男性に干渉される筋合いがない)という「欲望の自律性(autonomy of desire)」を盾に、批判を退ける。
石田氏はこの「ほっといてください」という表明を丁寧に分析しつつ、「自律性」と「表象の横奪」の両立した視点で批評します。
「欲望の自律性」は女性の独自の性的・感情的空間として一定の価値を認めつつ、それが「表象の横奪(representational appropriation)」という問題を隠蔽していると指摘します。 
石田氏の造語・概念。女性作者・読者が他者(現実のゲイ男性)の経験・アイデンティティ・表象を無断で借用・商品化している状態を指します。
• 「一見寛容そう」なBLの表層(男性同士の恋愛を描く)とは裏腹に、内在的な差別的要素を具体的に列挙。
1. ゲイキャラの「利用後捨て去り」:物語でゲイ男性を道具的に登場させ、恋愛が成就した後は「現実のゲイ」として扱わず捨てる。
2. 言語的・二元的な非対称性:標準語=正常/オネエ言葉・方言=異常という二分法で、ゲイを「異常者」として描く。
3. 頻出するホモフォビック発言:キャラが「男同士なんて気持ち悪い」「こんなことしちゃいけない」と罪悪感・嫌悪を繰り返す。
4. 同性愛アイデンティティの否定:「自分たちはホモじゃない」「これは特別な相手だけ」といった、ゲイとしてのアイデンティティを拒否する描写。 
これにより、BLは「現実のゲイとは無関係」と主張しながら、実際にはゲイの表象をステレオタイプ化・消費していると結論づけます。
• 肯定的影響:BL作者・読者が表現を見直すきっかけに(ホモフォビア描写減少)。
• 残る課題:石田氏が指摘した「表象の横奪」は今も根強い(会話で触れた書店配置:BLは一般棚、ゲイ書籍は奥の18禁スペース → 一般人の「同性愛=BL」混同)。
• 商業的歪み:BL市場300億円規模 vs. ゲイ当事者メディアほぼ消滅 → 女性の欲望がゲイ文化を「巨大ポルノ産業」的に消費する構造が固定化。
• 海外でも「yaoi ronsō」として引用され、中国danmeiやThai BL研究の基礎に。
やおい論争は単なる「感情的ぶつかり合い」ではなく、フィクションの自由 vs. 他者表象の責任を問う、BL文化の「原点回帰」の場でした。
この論争を振り返ると、現在のBLブーム(ドラマ化多数)や書店配置の歪みが、1990年代の「平行線」の延長線上にあるのがよくわかります。
https://www.asahi.com/articles/ASV4N7H8NV4NUTFK005M.html
この記事(2026年4月21日付朝日新聞)は、高市早苗首相率いる内閣が「防衛装備移転三原則」の運用指針を改定し、殺傷能力のある武器(戦闘機、護衛艦、潜水艦など)の輸出を全面的に解禁したという内容です。
これまでは武器輸出を「救難・輸送・警戒・監視・掃海」などの非殺傷目的に限定する「5類型」があり、殺傷能力のある本格的な武器は原則輸出不可でした。これを撤廃。
◦ 武器(殺傷能力あり):防衛装備移転協定を結んでいる17カ国への輸出を可能に。
◦ 戦闘中の国への輸出:原則禁止だが、「我が国の安全保障上の必要性」で特段の事情があれば例外許可。
戦後日本の「武器輸出三原則」(1967年)→事実上の全面禁輸(1976年)→条件付き解禁(2014年安倍政権)という流れからのさらなる転換。
公式には「防衛装備移転の促進」と位置づけられていますが、記事では中国側の批判強化や人権・透明性への懸念も指摘されています。
要するに、日本が「平和主義に基づく武器輸出抑制」から、積極的な防衛装備の国際移転へ大きく舵を切った政策変更です。防衛費増額(5年間43兆円規模)と並行した「防衛力抜本強化」の一環と言えます。
自衛隊の装備調達を巡る取引先(主に川崎重工業、三菱重工業など大手防衛企業)との癒着問題は、たびたび表面化しています。
• 海上自衛隊の潜水艦修理契約で、川崎重工が下請けとの架空取引で裏金(2018〜23年度だけで約17億円規模)を捻出し、乗組員にゲーム機・ゴルフバッグなどの私物や業務用品を提供していた問題(2024〜2025年に発覚・監察)。不正は40年近く前から続いていたとされ、監督官と企業の「なれ合い」や利益圧縮のための水増しが背景に指摘されています。
• 過去にも山田洋行事件(2007年頃、商社経由のキックバック・天下り疑惑)など、官民の密接な関係が問題になったケースが複数あります。
防衛装備品の高コスト体質(維持費が購入費を上回るケース多数、円安・資材高での単価上昇)や、サプライチェーンの弱体化(企業撤退相次ぐ)も長年の課題です。
ただ、この武器輸出解禁自体は、国内調達の癒着問題を直接解決するものではありません。
輸出が増えれば、企業にスケールメリット(量産効果)が生まれ、単価低下や技術維持・利益向上につながる可能性。防衛産業の疲弊(低利益率・撤退リスク)を緩和し、結果として自衛隊への安定供給を間接的に支える狙いがあります。国際共同開発(例:日英伊の次期戦闘機)も加速しやすくなります。
輸出解禁は「売る」話で、即座に自衛隊の装備質・量を向上させるわけではない。国内の調達改革(コスト監査強化、競争導入、癒着防止のガバナンス)が不十分なまま輸出を増やせば、問題の温存や新たな利益誘導リスクも指摘されます。世論調査では反対が多数派という指摘もあります。
全体として、この決定は安全保障政策の大きなシフトですが、効果を上げるには並行して国内調達の透明性向上や癒着根絶が不可欠です。防衛予算が膨張する中、国民の税金が適正に使われ、実際に抑止力向上につながるかどうかが今後の焦点になるでしょう。癒着問題は構造的で根深いので、監察や制度改革の継続的な強化が求められます。
2010年代以前
2011年までの大韓民国(韓国)では、瞬間的なやりとりや個人の単発の反発はあれど旭日旗への大規模な反発はほとんど起きていなかった[66]。1998年(金大中政権時代)と2007年・2008年(盧武鉉政権時代)に韓国で開催された自衛隊との親善行事や国際観艦式では、自衛隊は各国軍隊が軍艦旗で参加したのに合わせて旭日旗である自衛艦旗で入港や参加しているが、これに対する韓国政府、与野党、マスコミ、国内世論による反発は特段生じていない。親善行事やどちらの国際観艦式でも、自衛隊はそのまま韓国に寄港し、予定を終えた後に日本に帰還している[67][68][69]。「戦犯旗(전범기)」の用語が旭日旗を指す目的で使用されることもなかった。産経新聞によれば、韓国メディアでこの用語が登場したのは2011年1月サッカー日韓戦で韓国選手のキ・ソンヨンがカメラに向かってしたサルまねを批判され、「観客席の旭日旗を見て腹が立った」などと釈明したことがきっかけであり、2012年以降である[66]。
筑波大学の現役学生です。ポジショントークばかりですので鼻につく点があるかと思いますが、多くの方々がこの「宿舎値上げ」問題に対して誤った前提を基に意見を表明することがあまりにも多く、健全な議論の妨げになるレベルになっていると感じましたので投稿します。
この点が多くの方々に誤解されている点だと思います。「学生寮」というのは、朝は6時とかに起きて洗顔を行い、寮母さんなりがいてご飯が日に2食か3食出てきて、昼は大学に行って夜に帰ってきて、風呂の時間にはお風呂に入り、消灯時間に合わせて規則正しく眠る…そういった風景を思い浮かべる方が多いかと思います。もしくは、施設自体は大学が持っているものの、実質的に学生が運営を行っており、場合によっては大学に対してかなり強い交渉を行う場合もあるようなものを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。
しかしながら、筑波大学の学生宿舎はそんなものではありません。まずそもそも寮母さんの類は存在しません(管理に必要な人々は配置されてはいますが、一般的なマンションの管理人さんくらいのレベルを想定してください)。かつては宿舎エリアに食堂が存在しましたが、かなり前に廃止されており宿舎在住者は共用キッチンにおいて自炊を行う必要があります。
大学が公式でYouTubeにルームツアー動画(と言いつつ恥さらし動画)をアップロードしているので見ていただきたいのですが、1人当たり10平米程度が割り当てられ、個室ではありますがそこに机とベッドと洗面台が備え付けられており、自由に使えるスペースは6~7平米程度です。
ベランダは事実上存在せず、梅雨の時期であろうが部屋干しを強要され(このため突っ張り棒が大人気です。地震があれば当然洗濯物ごと落っこちてきます)、一応乾燥機はあるものの非力なガス乾燥機が30分100円(現金払い)で置いてあるだけです。トイレは共用、シャワーは9分100円のコインシャワーが基本であり、共用の洗濯機は1回200円の支払いが求められます。当然これらは寄宿料には含まれていません。
「贅沢だ!」と建設当時のマスコミが騒いだせいで急遽部屋の面積を半分にしたことが原因で大学だけが悪いという話ではない側面はありますが、各部屋のうち片方の壁は極めて薄いものとなっています。視界的なプライバシーこそ確保されていますが、隣の部屋で先述の洗面台の蛇口がひねられたことが分かるほど音響面でのプライバシーは皆無です。
オートロックとして自称静脈認証が付いており、聞こえはいいものの事実上は4桁のパスワードが分かれば簡単に建物内へ入れる素晴らしいセキュリティーです。その割には対面受け取りが必要な物品を頼むと、その大半は2kmほど離れた郵便局で勝手に局留めにされる(最近は改善しているらしいですが)ので、通販ライフに慣れた人にとっては不便かもしれません。
ノルウェーの刑務所と比較されることもあり("筑波大学 宿舎 刑務所"と調べれば出てきます)、「どっちが刑務所かわからん」状態の設備です。幸いにも刑務所に入ったことは無いので詳しいことは知らないのですが、少なくともこれ以上の設備を持った民間アパートが周囲に月3万円~5万円で存在する環境において、これまででも(標準的な部屋で)1万5000円~1万9000円という価格でした。
このような宿舎が突如2万2000円~2万8000円に値上がりすることが発表されました。しかしながら、宿舎施設がボロいのは今に始まったことではありません。昔からずっとそうです。
実は学生宿舎は過去数回値上げを行っています。直近では8年ほど前に値上げが発生しましたが、この際は極めて少額の値上げであり、大きな反対運動は起きていません。
では、今回の値上げが複数の新聞や雑誌等で取り上げられているのはなぜか、ということですがひとえに「住人でもある学生を無視した」というところにあると思います。
2007年に値上げを行った際は、その1年以上前から「ワークショップ」と称し、大学側の担当部局は粘り強い理解を得る交渉を複数回開催し、筑波大学の公的に定められた学生組織(すなわち自称共産主義者などが混じっていないという意味でまともな組織)である全代会もそのワークショップに参加していました。すなわち、大学と住人とそれ以外の学生が集まり、宿舎の未来がどのようなものであるべきなのかを議論していたということになります。
しかし、今回の値上げは異なります。今回の値上げは大学の最高レベルである役員会で決まり、動かせなくなってから発表されています。先述の全代会に対しても「今回の寄宿料改定は同年11月27日の役員会承認をもっての最終決定事項であり、令和8年4月1日の施行まで内容や金額が変更されることはない(リンク)」としています。これは「ワークショップ」の開催を行っていた過去の筑波大学と同じとは思えません。
学生側の反発に対して対応する形で、大学側は学生を対象として「説明会」を1月20日に開催することを発表しました。ちなみにこれ以前に在学生を対象とした翌年度の入居募集は終了しています。すなわち在学生は値上げの理由も詳しく知らないまま翌年度の家を確保するためにサインを強要されたということになります。日程的にしょうがない面もありますが、不誠実と言わざるを得ません。
これはNEWSつくばや東洋経済で掲載されている通り、高圧的なものでした。さすがに内部で問題になったのか、後に開催された第2回・第3回の説明会では常識的な言葉遣いとなっていましたが、説明は行うものの具体的な改定などについて明言する場面はほとんどなく、以前存在した「ワークショップ」のように学生側の意見を汲める仕組みづくりなどに関しては抽象的な応答に終始していました。
さらに大学側はこのような学生宿舎を教育支援施設もしくは福利厚生施設であるとしています。この点で重要なのは、「自由な議論を保証するため」とかいう謎の理由で録音禁止・内容の漏出禁止(と言いながら弁護士のWebサイトに書きおこしが載っていますが)を一方的に学生に対して強要した説明会における質疑において、大学側は借地借家法の借家ではなく、国立大学法人法の特例(?)で認められた特別な施設であるという(意味の分からない、説明と称した)主張を繰り返している点です。
仮に教育支援施設/福利厚生施設であったとしても、それが借地借家法の借家であるか否かというものに決定論的な影響を及ぼすとは思えません。法令は著作権フリーであり、学生の身分であろうが無料で読めるということを知らないのでしょうか。
過去の判例を調べてみる(筑波大学の学生はLEX/DBを使用出来ます)と、吉田寮事件や公務員官舎に関する紛争は出てきますが、先述の学生宿舎の特性からすると完全にぴったり当てはまるものというのは無さそうに思われます。反対に言えば司法の判断によっては借地借家法上の借家として扱われる可能性はそれなりにあるのに、それに見合った扱いをしていないと言えます。
借地借家法においては
> 第二十六条 建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする。
という規定があり、家賃等が変わるのであればその6ヶ月前までの通知が求められます。より正確に言えば、この通知が無ければ従前の契約を結ぶ必要がある(=少なくとも既に住んでいる人に対しては値上げが出来ない)と言えます。公的学生組織・全代会の記事によれば、2026年4月1日から値上げを行う旨は2025年12月10日に発表されたものであり、もし借地借家法の借家であれば問題になりうるタイミングです
3月26日の周知において、大学側は役員会において4月1日からの値上げは延期し、値上げ日は今後の役員会で決定することをアナウンスしました。しかし、やろうと思えば4月の役員会で値上げが出来うる、ということに変わりはありません。
また、大学側は学生とどのような形で意見交換を行うのかが不明瞭なままです。このような状況で値上げを行うことだけは確定している、というのも不気味です。そして学生代表組織には「最終決定事項」だの「4月1日の施行まで内容や金額が変更されることはない」だのと言い、交渉を拒絶しておきながらこのざまです。最終決定事項がこんなに簡単に動かせるのであれば、確かなガバナンスはどこにあると思えばいいのでしょうか。
最後にはっきりさせておきたいのは、現在筑波大学生命環境学群生物学類に所属されておられる、とある雅な方はこの問題に全くもって関係ないということです。ポストセブンは無理やり雅な方に関連付けた記事を出していますが、誰かも分からん自称関係者が「結果的に悠仁さまは民間の集合住宅を借りられましたが、新入生の半数ほどが宿舎に入るとあって、ご学友から値上げを嘆く声をお耳にされていても不思議ではありません」だとか適当に述べているだけであり、裏を返せばそんなことをしなければ関係を匂わせることが出来なかった、というレベルで関係が無いということです。
世の中の方は雅な方への関心がやたら高いようですが、本当にそんなに関心が高いのならば、なぜか生物学類が主に講義に使っていると噂されている(なぜか講義を行う教室の情報に機密性指定が入ったのでこうとしか言えません)2B棟の入口にALSOKによるゲートが生えて学生証の認証が必要(本来筑波大学が契約していた警備会社はALSOKではありません)となり、学内の利便性が大きく下がった、みたいな問題にもっと注目すればいいのにと思っています。
ちなみに雅な方はきちんと講義に出席されているらしい(講義での複数の目撃情報を定期的に聞きます)ので、バレバレのSP(もちろんバレないように学生に紛れているSPもいるのでしょうが)がその辺で警備をしている様子はよく見られます。勝手にズル休みしている!みたいなものを主張されるのはちょっとかわいそうだなとは思っています。
長くなりましたが、これを読んだみなさん(に限らずこの件に関して興味を持たれている学外の皆さん)は、最低限以下のことを認識していただいた上で、議論していただきたいと感じます。
もちろん、大学生だから甘えている、だとか、社会じゃ不条理は当たり前だ、だとかそういった意見は甘んじて受け入れる所存です。しかしながら、筑波大学の学生は決して、「高くなるから文句を言っている」というような簡単な話ではないことを知っていただけますと幸いです。
たぶん2007年くらいから、はてなブックマークを見てます。20年近く利用してることになります。
ちょうどさっき、はてブ見てたら「しばらくテレビを見てなかったら、知ってる芸能人がほぼいない」みたい記事があがってきました。
それを「ふーん」って感じで読みながら、いつも通りはてブのコメントを見たら、下記のコメントが目に飛び込んできました。
“私も最近はてブを見る習慣がなくなって…久しぶりに見たら知ってるブクマカが…ほぼいる!メンバー変わってない!!”
はてブって、みんなブクマカのことをちゃんと認識してるの? もしかして、有名なブクマカみたいな人がいたりするの...?
いや、聞くまでもなくそういうことですよね。
ちょっと調べたらすぐわかりました。
ずっとヤフコメとかYouTubeのコメント欄みたいな感じで、その記事に興味ある人のコメントがたまたま上がってきてるだけで、特定のコメ主の存在を意識するものだと思ってませんでした。(ヤフコメとかYouTubeのコメントってコメ主のこといちいち意識してないですよね?.....いや、もしかして、そっちも有名なコメ主っていたりする...?)
20年近く使っててそんなわけある?と思うかもしれませんが、僕もそう思います。色々な偶然が重なってそうなってしまいました。
理由としてはこんなところかと。
・コメ主の名前が英語なので認識しにくい。これが「うどん太郎」とか「ちくわ大明神」みたいなのだったら認識できたと思う。
・見る専門。コメントはもちろん、ブックマークしたことすらない。一度でもコメントしてたら気づけたのかも。
・世の中で話題になってる記事のポータルみたいな感じで利用してて、すぐに元記事に飛ぶ。はてブ自体の滞在時間は短い。
・コメントもヤフコメをチェックするみたいなノリで、なんとなく世論の雰囲気を知るために、さらっと読みながす感じ。
・毎日の習慣ようにチェックしてる期間もあれば、年単位で全く見てない期間もあった
ちょっと意識すれば気づけそうなものなのに、なんでこんなことに気づけなかったのか不思議。
人って習慣的に無意識でいると、いつまで経っても気づけないことってあるんだなと思いました。
1954年、北海道岩内町生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、1年間銀行員を務め、東京神学大学大学院で修士号取得。日本基督教団富士見町教会副牧師、明治学院牧師を歴任。キリスト教の「社会正義」と「平和主義」を学びながら、東京などで静かな牧会生活を送っていた。
辺野古問題に20年以上前から関心を抱いていた金井さんは、「沖縄のために生きたい」と2006年に単身沖縄移住。日本基督教団佐敷教会(南城市)牧師に就任。同時に沖縄キリスト教学院平和総合研究所コーディネーター(2010〜2021年)も務めた。
抗議活動で出会った地元高齢者から「辺野古の海は戦後、資源豊かで命をつないだ食料源だった」と聞き、「命をつないでくれた海に恩返しがしたい」と胸に刻む。 「沖縄のために生きたい」と決意した移住が、以降の人生を決めた転機として描かれている。
2007年頃から辺野古沖で週3日ペースの海上阻止行動に参加。「イエスは辺野古の現場にいる」(Christian Today 2014年9月報道)と信仰を現場に重ね、非暴力・不服従の精神で活動。
決定的転機は2014年。沖縄キリスト教学院平和研究所コーディネーターの肩書で全国カンパを呼びかけ、わずか1ヶ月で資金を集め、抗議船「不屈」(定員10人)を購入・進水。
金井創牧師はこう決意表明: 「瀬長さんの思いを受け継いで、何があっても弾圧に屈せず、この船で闘っていきたい」 (瀬長亀次郎氏が好んだ「不屈」の揮毫を船名に。ヘリ基地反対協・安次富浩共同代表は「闘いに勝利するための大きな柱になってほしい」と期待を寄せた)。
ここで支援者との関係が明確に語られる:「市民の船」として全国から寄せられたカンパで実現。「募金に応じてくれた人たちへのメッセージ」を船長自ら掲げ、支援者と一体となった「抵抗の象徴」として描かれた。
2014年以降、「不屈」船長として海上監視・抗議を継続。波浪下でも出航し、政府の工事強行に立ち向かう。
辺野古の海が「すっかり変わり果てた」「生き物がたくさんいた楽園のような海が今では護岸に囲まれ、土砂で埋め尽くされている」と嘆きながらも、「これからも海に出る」と決意。 「基地問題は日本全体で考えるべきだ。沖縄だけを犠牲にして済むと思わないでほしい」と全国に訴え続けた。
平和研究所コーディネーターとして抗議を続ける金井さんの手記『沖縄・辺野古の抗議船「不屈」からの便り』を「話題」として好意的に紹介。 2015年以降、京都の教会へ毎月送っていた「沖縄からの便り」を単行本化(2025年には第2巻も出版)。「圧倒的な力を前に絶望しか生まれてこないはずのこの海から、なぜ希望が湧き上がってくるのか」(帯・三上智恵氏)と、現場からの希望を全国に届けたと称賛された。
「弾圧は抵抗を呼び、抵抗は友を呼ぶ」(瀬長氏の言葉)を精神の柱に、非暴力で「海のガンジー」として活動。海上保安庁の強制にも「市民の意志と覚悟」が勝ると信じ、萎縮せず進む不屈の精神を体現。
地元紙や関連報道では、金井さんと支援者の関係は一貫して温かく、相互信頼・連帯の象徴として描かれてきた。
• 全国カンパと「市民の船」:2014年の船購入は「全国の支援者らのカンパ」で実現(琉球新報)。金井さんが平和研究所の肩書で呼びかけたことで、キリスト教ネットワーク・平和団体・一般市民が即座に応じた。進水式では支援者へ直接メッセージを掲げ、「募金に応じてくれた人たち」との絆を強調。
• 地元高齢者との出会い:琉球新報(2022年)で「命をつないだ海に恩返し」の原点として紹介。抗議現場で出会った沖縄の古老たちの言葉が金井さんの原動力となり、「島の人たちの在り方にも胸を打たれる」(手記レビュー)。
• 「不屈カフェ」の人間的交流:船上でフェアトレードコーヒーや手作りケーキを海上保安官・工事作業員にも振る舞う「不屈カフェ」を続け、「立場を超えた交流」(事故後追悼文)。対立者にも優しさを忘れず、信仰に基づく非暴力を実践。
• 全国・宗教ネットワーク:手記は京都教会への「便り」から生まれ、読者(本土支援者)と月イチの絆を築く。ヘリ基地反対協とは「闘いの柱」として連携(琉球新報2014年)。韓国若者とのヨット交流(琉球新報2023年)では「沖縄を超えてアジアの平和を」と語り、国際的支援も呼び込んだ。
報道では「抵抗は友を呼ぶ」精神が繰り返し引用され、金井さんの活動が支援者を増やし、連帯を広げる好循環を生んだと肯定的に語られてきた。事故前まで「ベテラン船長」「献身的な牧師」として、琉球新報・沖縄タイムズは一貫して敬意を込めて報じていた。
金井創船長は、北海道生まれの牧師から「海のガンジー」へ——本土の快適な生活を捨て、沖縄の海に命をかけた。琉球新報をはじめ地元紙は、「何があっても弾圧に屈せず」「命の恩返し」「不屈の精神」という彼の言葉と行動を、10年以上にわたり英雄的・希望的に描き続けた。 支援者との関係も「カンパで生まれた市民の船」「抵抗が友を呼ぶ連帯」として、温かく力強い絆として語られてきた。彼の遺した「便り」は、今も全国の読者に希望を届け続けている。
コーパス(小納言)だと「頭の中がお花畑」という用例が2005にある
一方で、国会図書館デジタルコレクションで揶揄する意味の「お花畑」の用例は、1990~2026の範囲で探した限りこれが最古だった。(追記メモ:「最古」って表現が後から読み返したとき誤った印象を生む?調べ始めるとっかかりとして最新から眺め、2000の用例を見つけ1990まで遡り手応えが全然ないので検索打ち切り、その範囲でもっとも時代が古いくらいの含意)
これが一番典型的な用例か
樋口, 直人 (2015-09-25)
。ネット右翼が「お花畑」56という表現で二分法に対する懐疑を揶揄するの…えてりゃいいやっていう、そういう時代じゃない。平和ボケっていわれる人たちがね、何とか気づいて
「平和ボケ お花畑」「右翼 お花畑」「左翼 お花畑」「学生運動 お花畑」で検索した (そう、学生運動付近の出来事を指して「お花畑」と言及する検索結果が見当たらないのよな、だから語彙として新しい?という予断になっている)
どうしても本物のお花畑とか「高山植物の群生地」が混ざるから捗らない
しかし、どうにも「のんきな」みたいな、小馬鹿に……と言うと明らかに言いすぎなのだが……するようなニュアンスと解釈できなくもない用例もまれにあったんだよなあ
成人男性に対して「少女趣味」というような感じというか、ちょっと違うか どれだったかな、メモっておけばよかった、また検索結果を舐めなきゃ
真面目にやるなら
「お花畑だ」「お花畑な人」「お花畑に行った」「頭の中がお花畑」のように前後の構文まるごと確認して分類分けとかしなきゃいけないのだろう
まあ真剣にやると疲れるんでね……
偽善の爆発 (ラッコブックス. 初級人間学講座 : 時事問題講義 ; 1)
関連があるかどうかはわからないが、この文脈、ニュアンスが合流した可能性も今は否定できない もっとしっかり調べないと
青空文庫は軽く探したが手ごたえなしだったのでしっかり舐めて見ていない
この検索結果を見るに
・2000~2005年の間にネットスラングとして一般化していそう
・遅くとも2015年には政治的なニュアンスが付与されていそう
今となっては個人ブログ、まとめブログなどから探す手法が現実的か
なにかの漫画とかアニメとか小説とかドラマとか、あるいは有名人の発言とかがきっかけで一気に普及した可能性も否定できない
嘘、しない
---
「お花畑」の検索結果(2,902件) - はてな匿名ダイアリー - 146ページ
匿名はてなダイアリーだと2007-01-07が最古
2007年1月のいくつかの投稿を見るとすでに揶揄としての「お花畑」が定着していることがわかる
しかし今2026と微妙に構文が異なる気がしないでもない 興味深い
---
mixiだと2005年に「電波お花畑」のような表現を拾えた……そうか、「電波」かあ
新しい検索キーワードに気付いたとき『都市伝説解体センター』みたいだなと思い少し笑う
1990~2000頃だけ使われた示準化石めいた死語があれば検索に便利なのだけれど
---
2chにそのものずばり「電波・お花畑板」ってのがあったのか!
ずいぶん遠回りしてしまった
無知による恥の感情を今感じているが、必要経費 むしろ倒錯的に「私は無知です!だから今調べてます!学び!」という電子的露出狂めいた感情に昇華していく
しかし、1999年時点で板の名前になる程度にはスラングとして成立していたということ?
1990~くらいのサブカル?スピリチュアル?とか、そこらへんに源流があるのだろうか
「サブカル」が曖昧な言葉、具体的に何を指すか分解した方がいいはず
これまでまったく触れてこなかった領域だな この時期の情報はインターネットに表れにくいので文献など資料にあたる必要が出てくる
なんだろう、宝島とか、ムーとか、と学会とかそこらへん?全然詳しくない、一旦この時期のサブカル文化を説明した本とかに目を通して全容を把握できると嬉しいのだけれど
知っている人は知っているというか、ここらへんの事情に詳しい生き字引が普通にどこかにいそうな気もするわね
---
「「現実を直視しない/都合のいい解釈をする人」を指す侮辱・嘲笑語の歴史」を追いかけているのと同じだな、これ……「平和ボケ」「電波」「お花畑」
そういえばある時期のサブカル文化はめちゃくちゃ露悪を是としていた、みたいな話を聞いたことがあるような そこに接続するのか? 延々と掘れるなこの話 面白い
「鬼畜系」ね
露悪な趣味の文化圏にいる人が露悪でないモノを指すときにもっぱら多用していたワード、というものがあるのでは……という勘
この勘に拘泥せず違うっぽいとなれば即棄却すること
『ゴーマニズム宣言』を通読したら「お花畑」という言葉選び登場しそうな気もするのだけど(やりたくないなあ) 『SPA!』とか『朝まで生テレビ!』とかそういうのに登場しそうな言葉でもある
うーん調査打ち切ろうかな、深追いしたら悪意に触れすぎて精神の健康に影響を及ぼすかも とりあえずデジコレで追えるぶんだけ追ってみるか 『週刊現代』だとスラングの「お花畑」の用例無かったがなあ
---
頭の中に咲くイメージと頭の外とか上とかに咲くイメージとでズレ、シフトがある 面白い
漫画的表現で頭の上に一輪〜数輪、花が生えてる描写は確かにある←「直系」と考えてよい?どうやればそれを評価できる?なんか類似の話を探す グーグルスカラーとかで
ビジュアルイメージの検索はデジコレでは出来ない、探す場所を変える必要あり←どこ?
デジコレにしろコーパスにしろ検索対象のデータの偏りは意識すること
---
お花畑 | ブログ | 小林よしのり全宇宙(漫画家小林よしのり公式サイト)
例えば「憲法9条があれば、他国は日本に攻めてこない!」といったような、極めて現実味に欠けた定番の左寄り思考を指す「お花畑」という表現はすっかり定着しています。
「すっかり定着」という言葉選びから「昔は定着していなかった」というニュアンスに読み取れる
なんというかいかにもこういう言葉が飛び交いそうな世界にいるであろう人がその認識なら、スラングとしての成立は比較的新しそうにみえる、という予断を補強する内容ではある←ブログ著者に詳しくない、あとで調べよ 「大須賀淳」……参画は比較的最近? 情報として弱くなったか
『危険な思想家』の呉智英もそうだが登場人物の名前で調べると同じ名前が関連項目に登場しがちというか、「界隈」がありそうというか この感覚は予断か
---
「頭に花が生える」という漫画的表現の初出を調べるなら以下を参考に行うこと
元祖や系譜、起源、お約束、新語などに関する「まとめのまとめ」&関連リンク 『初出・系譜ポータル』 - posfie
---
そういえば「お花畑」で調べていたが「花畑」で調べるのを忘れてた これは重大な見落とし 後で調べる この検索結果によっては方針が大きく変わるかも
---
NHK ニッポン戦後サブカルチャー史 単行本(ソフトカバー) – 2014/10/9
宮沢 章夫 (著, 編集), NHK「ニッポン戦後サブカルチャー史」制作班 (著, 編集)
---
あっそうだ
『花』が“夢見がち・非現実的”というニュアンスを帯びる用例がいつ頃から見られるか?について調べる……とすればいいのでは?
---
インターネット普及後の時代だと「コーパス/デジコレに載らない類の情報はある」というのはイメージできるのだけど
「コーパス/デジコレに収録されるような文献に記載されない戦後〜インターネット普及以前に使われた語彙」とは何?をしっかり自分がイメージできていないのかもしれないな
それをしっかり言語化して、どこを探せばいいかを認識して、場合によっては草の根をかきわけるような調査をしないといけない、ということかも……か
---
解消のため一旦塩漬けにして全然別の別のこと考えよう 保留にしていた「日本の江戸、明治、大正、昭和(戦前、戦後)で「静電気」という概念がどのように変化していったのか」とか 途中まで調べてて読むべき論文が沢山出てきたから中断したんだったな メモをまとめるのにObsidian使ってみるか WIP
そんなジャイアントパンダも、時にクマ科としての片鱗を見せることがある。
ジャイアントパンダの生息地として知られる中国でも、日本同様、動物園の人気者として親しまれてきた。特に北京動物園で飼育された「グーグー」のあまりの人気に、たびたび観客が囲いに侵入し、パンダに襲われる事故が起きている。突然の侵入者に、グーグーは驚き、人間を攻撃したのである。最初の事件は、2006年9月、酔っ払いの男性が誤ってパンダの囲いに入ったことがきっかけだった。男性は、グーグーに抱きつこうと近づいていった。急な人間の振る舞いに驚いたグーグーは、男性の足に思いっきり咬みついた。酔っ払った男性も負けじと、グーグーに咬みつき返そうとし、両者はしばらく取っ組み合いになった。グーグーにはケガはなかったが、男性は足を食いちぎられ重傷を負っている。
翌年の2007年10月には、今度は15歳の少年が囲いに侵入し、グーグーに足を食いちぎられる事件が起きた。食事中だったグーグーは、大事な餌をとられると思ったのか、侵入してきた少年の脚に咬みついたのである。その傷は骨にまで至り、食いちぎられた肉片が少年のかたわらに落ちていたという。
そのさらに翌々年の2009年1月、三度目の悲劇が起きた。囲いに入ってしまった子どもの玩具を取ろうとした男性が、グーグーに襲われている。両足に咬みつかれ重傷を負った。
Janeで見てた
福田元首相の「あなたとは違うんです」あたりから、ネットの嘲笑文化面白いなってなったんじゃないかな
その時はニュー速+に居た
一応言うと、その頃は+民は右翼左翼ちょうど良く存在していた、もちろん流れはあったけどね
政党色は少なくて、政策に対する反対とか、反テレビ、反メディア、反中韓みたいな感じで
やたら詳しい人が多くて勉強になった、よく釣られたし一次ソースを探す習慣がついた
流れが変わったのは、なんだっけ?麻生・安倍内閣あたりだっけ、大移動が何回か起きたよね、ニュー速・嫌儲あたりに移動した覚えがある
VIPは面白さが分からなかった(VIPの伝説的なスレは面白いけど、日常的に上がってるのはつまらんかった)
それ以降、反安倍・ネトウヨ連呼が増えまくって、会話ができなくなった
あれは未だになんだったんだろうか?結構「多い方に付く」みたいな人が多かったんじゃないかと思う、とにかくバカにすれば勝てるみたいな低レベルなレスばかりになり
普通に少しずつ居なくなった
ただ原作有りのスレは荒れがちだよね、俺も暴れた末にアンチスレにいついたこともあったが、基本的にアンチと信者は会話は成立しないから、アニメによって平和スレと戦争スレがあった
2chを離れたのは、いつだったか、2013年くらいかな、ほとんどスレ民がスマホになって、レスの質が落ちた
これはしょうがない、調べにくいし、簡単に釣られるし、短文が多いし
で、Mateってまだ生きてるの?その頃個人的にiPhone+Macに乗り換えて、そこからもう2chから離れた記憶がある
正直はなれられて良かったとは思うけど、代替は未だに見つかっていない
まあなくても死なんしな
あ、2010年代は市況2版だけ見てたな
ほとんど役に立たなかったが、Xよりは情報が集まっていた(今はもう機能していない)
2020年くらいからはYoutubeでなんJ民のまとめとかを見ていたが、途中で「2ch風」が結構あることに気づいて見なくなっていった
最近は面白いなんJ民のレスを、キャラクターも付けて動画作ってるやつだけ見てる、重複ネタばっかりだけど
そろそろ新ネタも出てこないし、レス数も徐々に落ちてきてるらしいので、もう終わりやねという感想
既に自然死しつつある
今はYoutubeで専門家の解説をひたすら聞いてる、こっちの方が精度は高かろう(油断するとフィルターバブル・エコーチェンバーになるんだけど)
『宇宙刑事シャイダー』の海外スピンオフとして最も有名なものは、フィリピンで制作されたZaido: Pulis Pangkalawakan(ザイド:宇宙警察、英語タイトル:Zaido: The Space Sheriff)です。これは2007年から2008年にかけてフィリピンのGMA Networkで放送された特撮SFドラマで、全100話に及びます。元々は『宇宙刑事シャイダー』のフィリピン版リメイクとして企画されたものの、東映側が脚本を却下したため、オリジナルストーリーのスピンオフとして制作が許可されました。
舞台はオリジナル『シャイダー』の出来事から20年後を設定し、シャイダーの遺産を引き継ぐ新たな宇宙刑事(ザイド)たちが登場します。
主演はDennis Trilloらで、3人の主人公が活躍する点が特徴的です。
フィリピンでは1980年代後半〜1990年代に『シャイダー』が吹き替え放送されて人気を博していたため、現地での特撮ブームを背景に生まれた作品です。
明確な「シャイダー単独のスピンオフ」としてはZaidoが代表的です。フィリピン特撮ファンやメタルヒーロー好きの間では今でも語り継がれる作品ですよ!
そういえば「ザ・ベストハウス123」という番組があったなと思い調べてみると、番組のオープニングを作った人が別の番組に関わりがあると知った。
「無意味良品」という番組で、2004〜2007年に放送されていたらしい。
配信はされていないので、DVDを買うかネットにある動画で雰囲気を知ることしかできない。
各キャラクターにMVが作られているようで、公式でネットにアップされている。
「kim」のMVの「意味は無くても価値がある」は日常生活でたまに思い出す言葉になっている。
無意味良品
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E6%84%8F%E5%91%B3%E8%89%AF%E5%93%81
kim - Youtube
あれは2007年だった。
働き始めて小銭ができた俺は、雰囲気で1550万円を株に突っ込んだ。
当時はネット証券が流行り始めた頃で、画面越しに良さげなものをポチポチ買った。
直後にリーマンショックがきて、俺の資産は速攻で半分になった。
それから19年。一回も売らずに気絶していた結果がこれだ。
外資の投信は中国株を直接買えない、なんてことも後から知った。
結局、4本は不人気で繰上償還(強制解散)。生き残った1本も+40%程度。
株価自体は自分が買った頃がここ20年の天井で、今でも評価損がマイナス100万円。
この19年のS&P500のパフォーマンスは約7倍なので、それと比べると随分ショボい。
もっと上手く立ち回った人もいっぱいいるんだろう。
2026年2月12日、平日午後の情報番組として長年君臨してきた「情報ライブ ミヤネ屋」が2026年9月末で終了することが、司会の宮根誠司氏により正式に発表された。番組終盤、宮根氏は約4分間のスピーチで視聴者やスタッフへの感謝を述べ、自らの言葉で番組からの「卒業」を伝えた。この発表は、2006年7月の番組開始から約20年という節目を迎えた長寿番組の終焉を意味する。
番組終了の第一報は、2026年1月28日に「女性セブンプラス」が報じた。関係者への取材によれば、宮根氏自身が読売テレビ側に「番組を終えたい」と申し出たことが発端だった。局側は必死に慰留したが、宮根氏の意思は固く、その後読売テレビと日本テレビの上層部との話し合いを経て、10月期の改編で終了することが決まった。
2月12日の生放送では、宮根氏は「この9月末をもって私、このミヤネ屋を卒業させていただく運びになりました」と述べた。フリーアナウンサーとして番組の終わりが来ることは覚悟していたとしながらも、「何度か卒業しようと考えたこともございます。そのたびに読売テレビはじめ、皆さまにありがたいことに慰留していただきまして、この20年まで続けることができました。本当に幸せ者です」と感謝の言葉を続けた。
宮根氏は局アナ時代を含めると26歳から37年間、63歳になる年まで月曜から金曜の帯番組を担当し続けてきた。この長いキャリアを振り返りながら、「信じられないくらい恵まれた環境で、テレビに携わらせていただきました」と語った。スピーチの最後には、「やめるのをやめたという可能性もありますので、その時はまたご報告させていただきます」と笑いを誘う一幕もあった。
「ミヤネ屋」は2006年7月31日、読売テレビ制作の関西ローカル番組としてスタートした。前身は金曜のみ放送されていた「激テレ★金曜日」で、これを月曜から金曜までの帯番組にリニューアルする形で誕生した。当初は午後の遅い時間帯からの放送だったが、評判の良さから徐々に放送地域を拡大していく。
2007年10月には関東と長野を除く全国ネットに昇格し、2008年3月31日からは日本テレビでも放送が開始され、完全な全国ネット番組となった。これは、2007年9月に草野仁氏が司会を務めていた「ザ・ワイド」が終了し、日本テレビが午後のワイドショーから一時撤退したことが背景にある。読売テレビが独自に育てた「ミヤネ屋」が、結果的にその枠を埋める形となった。
番組の特徴は、宮根氏の歯に衣着せぬトークと、関西弁を駆使した親しみやすい進行スタイルにあった。読売新聞特別編集委員の橋本五郎氏、弁護士の野村修也氏といった論客とのやり取りも人気を集め、政治から芸能まで幅広いテーマを扱う情報番組として、平日午後の顔となった。
視聴率面では、2009年度から9年連続で関東・関西地区ともに通期の平均世帯視聴率でトップを獲得。20年間にわたり全国平均で5から7パーセント台を安定的に維持し、累計放送回数は4000回を超えた。近年はTBS系「ゴゴスマ」やフジテレビ系「旬感LIVE とれたてっ!」など他局の追い上げもあったが、コア視聴率では依然として同時間帯首位をキープしており、高視聴率を保ったままの終了となる。
宮根氏が番組終了を決断した理由として、複数のメディアが共通して伝えているのは、「新しいことに挑戦したい」という本人の強い意志である。関係者の証言によれば、2年前に還暦を迎えた頃から「安定にしがみつくのではなく、新しいことに挑戦したい」という思いを抱いていたという。2025年7月に番組が20周年を迎えたことが、その思いをさらに強くした。
宮根氏は1963年生まれで現在62歳。朝日放送に1987年にアナウンサーとして入社し、関西で人気アナウンサーとして活躍した後、2004年にフリーへ転身した。その際も40歳という節目で「一から出直す覚悟」を決めたとされ、今回も同じ心境で新たな挑戦に臨むという。
また、平日は大阪で「ミヤネ屋」、週末に上京してフジテレビ系「Mr.サンデー」に出演するという生活を15年間続けてきた体力的な負担も、決断の背景にあるとの見方もある。関係者は「年齢的にもいまが最後のチャンスと考えている」と語っており、宮根氏自身が番組の20周年という区切りを、自らのキャリアの転換点として捉えたことがうかがえる。
宮根氏は2025年7月の20周年の際、「平時は型にはまらず楽しく、もし大きな災害や緊急事態が起こったときはいちばん頼りにされる。そんな正体不明の番組であり続けたい」と今後の意気込みを語っていたが、この頃すでに大きな決断を胸に秘めていたとみられる。
「ミヤネ屋」の成功は、テレビ業界において大きな意味を持つ。地方局が制作する情報番組を全国ネットで放送するというスタイルは、現在では珍しくないが、その先駆者こそが「ミヤネ屋」だった。放送関係者は「番組の成功を見て各局がまねた格好。昼の情報番組に与えた影響は計り知れない」とその功績を評価している。
ただし、番組終了の裏では、後番組をめぐる読売テレビと日本テレビの複雑な関係も指摘されている。全国放送での月曜から金曜の帯番組は、地方局にとって貴重な枠であり、CMなどの営業収入も莫大だ。読売テレビ内では「ミヤネ屋」が全番組の中でも最大の収益源となっていた。
この枠をめぐり、日本テレビ側が「枠を戻せ」と主張する可能性も報じられている。かつて日本テレビは「ザ・ワイド」を終了させ午後のワイドショーから撤退したが、読売テレビが独自に育てた「ミヤネ屋」が成功を収めたことで、複雑な思いを抱えていたとされる。現在、後番組については未定とされており、今後の動向が注目される。
「ミヤネ屋」の終了により、平日午後の視聴率競争は新たな局面を迎える。現在、同時間帯ではTBS系「ゴゴスマ」が健闘しており、司会の石井亮次氏、フジテレビ系「旬感LIVE とれたてっ!」の青木源太氏と、宮根氏を含めたフリーアナウンサー三つ巴の戦いが注目されていた。最古参の宮根氏が退くことで、この構図は大きく変わることになる。
一方、宮根氏の今後については、現時点で具体的な発表はない。「Mr.サンデー」の司会は継続するとみられるが、新たな挑戦の内容は明らかにされていない。関係者は「40歳のときと同じ心境で一から出直す覚悟を決めている」と語っており、宮根氏自身がどのような道を選ぶのか、業界内外の関心が高まっている。
番組は2026年9月末まで放送を続ける。宮根氏は「残り半年ありますので、まだ半年頑張っていきたい」と述べ、最後まで視聴者とともに歩む姿勢を示した。20年にわたり平日午後の情報番組をリードしてきた「ミヤネ屋」が、どのような形で幕を閉じるのか、そしてその後の平日昼のテレビ界がどう動くのか、今後の展開に注目が集まっている。
結論から言うと建物の価格は上がっている、だけど上がるのはローコスト住宅が中心。
元からきちんとした設計のハウスメーカー系は材料高のみの影響を受けている。
そもそもこの法律、今までがガバガバ運用だったので、今回やっとこさまともな運用に変わったんだよね。
今回なんでこんなに混乱しているのかというと、昨年4月の建設基準法の大改正があったせい。この法改正は適当運用が厳格化されたって点で重要なんだけどね。
行政以上に民間の見通しが甘かったというしかないんだよね。2007年の建基法不況の再来が今起こっているってわけだ。
なんでこんなことになったのかというと、一番大きいのは都市計画区域外の法適用なんだ。
今までは都市計画区域すなわちある程度、大きな都市だけ注意すればよかった。だからこそ素人がリフォーム屋なんかやってられるわけだ。
ところがこれが全国津々浦々になっちまった。理由は熊本地震だ。都市計画区域外で基準法が適当運用されていたから家が倒壊しまくるわ、新築でもお隣さんがもたれかかるってことが起こってしまった。
それで、当たり前のことだけで日本で都市を抱えていない自治体はまともな建築指導課がない。そこに都市計画区域外でも法が適用ってことになって一気に業務が増えた。こんなのわかりきっていたことなんだけど、マジでみんな見通しが甘かった。
さらにしょうもないことに手計算前提の構造規定が表計算仕様に変わったんだけど、こいつに対応できない人もかなりいた。だって素人がリフォーム屋やってるんだよ。
法律分からなくても芸能人でも片手間でリフォーム屋やれるくらいの業界にエクセルなんてわからんちん。
こんな状態だから2007年の官製不況の再来はほぼ確実視されている。
されているんだけどさ、正確に状況理解できてる人がこれまた少ないのが実情なの。
国の方針として木造住宅の推進があるのですが、これは木造の設計技術が一気に更新されたのも大きいです。
特に構造計算がパソコンの高性能化で一気にカジュアル化しました。構造計算ソフトがフリーソフトになってしまっている上、計算にかかる時間が数百分の1になった。
壁を取ったり柱を外せば、どんな地震に対してどういう悪影響がでるかもアニメで見せられるようになった。まさに隔世の感。
2 建築副主事新設は効果がなかったのか? 支援組織は機能していないのか
制度はあるのですがそれでも追いつかないし、地方のコネやコミュニティが絡まってまともな人は集まらないのが実情です。
AIからの転載ということでnoteを教えていただいてありがとうございます。
リノベーションの厳格化ですが運用時にかなりの特例があるのですが周知されていないのが実情です。例えばシステムバスの改修はこれまで過半の模様替えの面積に算入されていたのが、算入不要になったなどです。
しかし、いわゆる緩和事項が建物内部の改修に集中し、建物外部のカーポート等の構造物については曖昧なままとなっているので新築時に混乱が生じているのも事実です。
これもその通りで構造規定、これは耐震性能周りの話で、2026年4月までは移行期間ということになっています。これが現場に混乱を生んでいます。
特に建物重量の算定方法が屋根と壁仕様だけ見ればよかったのが、太陽光発電パネルや複層ガラスも見ないといけません。
一般住宅も義務化されたもので省エネ規定がありますが、これも手計算不可能でエクセルシートの入力がわからないって言われる要因です。
元からそうだったので、単に設計ソフトを更新しろとしか言えません。
ここから追加分
6 4号特例がなくてもきちんとやっているところが大半
もっともリフォームの場合、かなりの緩和規定があるので、厳密に追っていくとあまり前と変わっていない。ただしカーポートなどの外回り工作物関連は厳格化の影響を受けている。
AIで何とかするには学習データがいるんだけどその肝心の学習データの大半がでデジタイズされていない。デジタイズされていても有料記事だったりでアクセスが悪い。
現状で建築法規の質問をするとソースはキュレーションサイトばかりで適当過ぎる。正直ノイズでしかない。
あまり悪く言わないでくれ。彼らは相当頑張って頻繁に説明会を開催しているんだけどいかんせん参加している企業の面々がいつも一緒
だけどこの説明をYoutubeとかにあげてほしいとも思う。今は国交省でも更に小セクションでそれぞれにYoutubeを上げているのは非効率極まりない。