魅惑
- 2014/02/16 04:20
- Category: 好きなこと・好きなもの
雨降りが一段落したらしい。話によると暫く太陽の恵みを得る毎日になるそうで、まったく有難いことである。久しぶりに晴天になって気がついたこと。朝明るくなるのが早くなったこと。夕方が明るいこと。空が明るいだけで、こうも気分が良いのかと気がついた。空を見上げながら歩いていたら真珠色の満月が輝いていた。まだ襟巻は手放せそうにない。でも帽子なしでも外を歩けるようになった。手袋は不要。息を吐いても白い煙となって立ち上ることもない。耳を澄ますと鳥の囀り。あと数週間したら寒さも緩んで、急に春めくのかもしれない。
久しぶりにウィンドウショッピングを楽しんだ。食材店のウィンドウに並ぶチーズと手打ちパスタ。青果店に並ぶシチリアの熟れたオレンジ。エノテカのワイン。どれもこれも私の好物。食して堪能するのも良いけれど、こんな風に見て楽しむのも好きだ。特にワインが並ぶ棚の面白さと言ったら。それから店先に山のように積み上げられたオレンジの眩しいことと言ったら。そして一軒の店の前で立ち止まった。食料品市場界隈の角っこにある店。案外大きな店で野菜や果物をっているが別の入り口側には手打ちパスタやサラミ、生ハムも置いている。ここの店だけで色んなものを購入できるから便利に違いないのに、私は此処の客になったことはなく何時もこうして前で立ち止まるだけ。野菜や果物は路地に面したいつもの店で買うのが好きだし、トルテッリーニや生ハムは八百屋のすぐ先の店で買うと決めている。ペコリーノチーズもその店で買うし、パンはあの店。何時の頃からかそんな風に決まっていたから。立ち止るのは果物を煮たものが美しいから。小さなオレンジを丸ごと甘く煮たものが銀の盆に並んでいた。魅惑的だ。てらてらと光っているのはとても甘い証拠か。私は俗に言う甘党だけど、イタリア人の甘党には絶対勝つことができないだろう。この小さなオレンジはいつも私の目を引いては、数分ほど魅了してくれるのだが、しかしまだ食べてみたことはなく、想像だけが膨らむ一方なのである。一度店の人に声を掛けられたことがある。それで甘いのかと訊いてみたら、甘いのよ、と答えが返ってきた。イタリア人女性が甘いと言うのだから、大した甘さに違いない。今日もその前で足を止めた。そのうち2人、3人と観客が増えて口々に何かを言い始めた。そのうちの若い夫婦は、帰りがけに3つほど買おうと話しながら私の背後から消えた。年配の、犬連れの男性は電話越しに艶が良くて実に美味しそうだが店内が大変な混雑で犬を連れて入ることが出来そうにないと言って話を終えた。が、意を決したように犬を抱きかかえると中に入っていった。暫くすると彼は犬を抱えて出てきた。片手には小さな袋。どうやらこのオレンジを購入したらしい。そしてまだガラス越しにオレンジを眺めている私に、君はまだ眺めているだけなのかい、とでもいうような顔を向けて去っていった。横に立っていたシニョーラも中に入っていった。私はと言えば、店内の混みに眉をしかめて次にしようと思いながら店の前から去ったのである。いつもそう。この店が空いていることは滅多にない。だからいつも眺めるだけ。銀の盆に並んだオレンジたちに別れを告げて、また歩き出した。
つばめ