土曜日の早起き

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昨日の午後の雨は大したことがなかったと思っていたら、ボローニャ市内のほかの界隈では案外まとまった雨が降ったらしい。例えば私が暮らす界隈、そしてもう少し南の丘の辺り。夜中のうちに気温が下がって、目を覚ましたら涼しい爽やかな朝が待っていた。檸檬色のような朝。しかしそれも朝のうちで、そのうち暑くなるだろうからと、もう少し眠っていたい我の背を押してベッドから抜け出した。私の土曜日にしてはなかなかの早起きだった。
最寄りのバスの停留所へ行ったら、歳の頃は80を過ぎたに違いない老女が停留所のベンチに腰を下ろした。疲れている様子だった。向こうのほうからバスが来るのを発見した私は、バスが来たことを老女に告げた。すると彼女は人差し指を左右に小さく振って、ありがとう、でも乗らないのよ、と言った。ふーん、なんて表情をしたに違いない私に、彼女は付け加えた。休憩したいだけなのよ、沢山歩いたから。そしてもうすぐここに息子が車で迎えに来てくれる。そう言って嬉しそうに笑った。到着したバスに乗り込む前に彼女のほうを振り返えると、良い一日を、そう言いながら彼女は私に手を振った。イタリアの良いところはこういうところだ。見知らぬ人とも会話が成り立ち、そして気持ちの良い挨拶を交わすことが出来ること。イタリアに来て良かったと思うのは、こんな事があった時だ。知らない人にも良い一日をなんて言えるところ。言って貰ったほうはどれほど嬉しいか、イタリアに来てから知った。

バスは空いていて、そして旧市街も空いていた。時間帯が早いからだけではあるまい。こんな気持ちの良い週末は、海や山へ繰り出す人が多いから。海にも山にもいかぬ私はこうして旧市街に足を運ぶのだけど、こんなに風通しの良い旧市街は海や山へ行くのと同じくらい素敵。まずはいつものバールへ。朝食時間には遅く、昼食時間にはまだ全然早いこの時間だから空いていた。カップチーノといつもの大好きな菓子を注文した。それを見ていた青年が、その菓子は美味しいのかと訊くので、勿論、とても美味しいと教えたら、その様子を見ていた店主が、シニョーラは毎週土曜日の午前にこれを必ず注文する、と言うので、ちょっと照れた。毎週土曜日の午前にだなんて。確かにその通りだけれど。同じものを注文した青年は、齧り付くなり私のほうに、うーん、美味しいと手で合図を送った。実にイタリアらしい。イタリア人とはちょっとしたことなら手振りで会話が成立するのだ。
本屋に入ったり、店先を眺めたり。そして最後に食料品市場界隈へ。今日はメロンが欲しい。美味しい、甘くて丁度よく熟れた小振りのメロン。相棒とふたりで一度に食べ切るのに丁度良い大きさの。久しぶりに食料品市場を歩いて驚いたのは、顔触れがかなり変わったことだ。何時も居たあのアルベルトさんの姿はなく、その代わりに甥っ子ともう一人青年が切り盛りしていたり、廃業して寂しげだった店が新装開店したり。私はその中で一番歳をとっている店主の店に行った。美味しそうなメロンがあったからである。今年初めてのメロンだから、美味しいのを選んでね、今夜食べるのに丁度良いのを、と注文すると店主は此れだよ、と取り上げて匂いを嗅ぎ、そして私の鼻先にメロンを近づけた。それはそれは甘い匂いで、うん、と頷く私に店主も満足気に頷いた。ついでにトロペア産の玉葱をふたつ。他にも買いたいものはあったけど、近頃重い買い物袋を持って歩くのが苦手になったから、此のくらいにしておくのが正解なのだ。なかなか良心的価格の店だった。近いうちにまた立ち寄ることにしよう。

あと一週間で6月が終わるなんて驚きである。どうりで暑いわけである。そろそろサンダル姿登場。モカシンシューズを愛する私とて、こうも気温が上がってはサンダルに浮気もしたくなる。何時でも履けるように箱から出して靴のクローゼットの中に並べた。多分月曜日から。多分火曜日から。




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誰かの記憶に残る

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蒸し暑い一日。午後になって雨が降った。それが程々の雨で、地面に雨の恵みを与えることなく、単に湿度を連れてきただけの雨。金曜日なんて嬉しい日には到底似合わない雨で、雨上がりの、既に乾いてしまったアスファルトの道を歩いた。

帰りがけにスーパーマーケットに立ち寄った。猫のおやつとか、自分のおやつとかを購入したくて。会計の為に並んでいたら、あら、あなた、向こうに少ない買い物客用のレジがあるから行きなさい、と声を掛けられた。振り向いたら歳の頃は40代ほどの店で働く女性が立っていた。礼を言って彼女が指さすほうに歩こうとしたら、私のことを覚えていると言う。へええ、と目を丸くしていると彼女は意外なことを言った。私の冬のコートが好きだと言うではないか。そういえばこの店で、そんなことを言われた事がある。取り立てて特別なコートではないシンプルな冬のコートを着ていた時に。確かふた冬前のことだ。彼女の記憶力に驚きながら、少ない買い物用のレジで会計を済ませた。誰かの記憶に残っている。それは案外嬉しいことだと思った。

明日が土曜日。ゆっくり起きたい気持ち半分、まだ涼しいうちに散策に出掛けたい気持ち半分。まあ、なるようになるさ。




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魅力的

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夏至。1年でもっとも日が出ている時間が長い日だなんて素敵ではないか。でも、そうでなくても夏至という名前だけでも充分魅力的だと思う。夏に至る。日本の季節に纏わる言葉が好きな私にとって、夏至という言葉は魔法みたいなもので、文字を見ただけで心が浮き立ち、声に出してみるだけで喜びが沸き起こる。冬至も季節の言葉で好きだけど、やはり夏至は明るい印象で比較にならぬほど良い響き。なんて言ったら、冬至は気を悪くするかもしれないけれど。

今日は暑さが格別だった。特に職場を後にする時間帯。バスの停留所まで歩く道のりが何と長く感じたことか。日陰のない停留所でバスを待つ時間のなんと長く感じたことか。そうしてやっとバスに乗ったのに、途中でバスが故障して下車して、次に来たバスに乗ったらまたバスが故障して、今度こそと思って乗ったバスも途中で故障して。どのバスの中も酷く暑くて乗客たちが喧嘩をして。家に着いた時にはほとほと疲れて夕食を作る気が失せてしまった。そんな時の水牛のモッツァレッラ。この季節には決して切らすことのないダッテリーニトマト。それに新鮮なパンの、今夜は簡単な夕食。冷えたスパークリングワインの何と美味しかったことか。これに甘いメロンなどがあったらもっと良かったけれど。甘いメロン。これも私にとってはとても魅力的。近日中に食料品市場界隈で美味しいのを調達しよう。

嬉しいのは夜風。昼間は30度を超えるけど22時を過ぎると気持ちの良い夜風が吹く。こちらの大窓からあちらの大窓にすり抜けていく夜風が私や相棒の剥き出しの腕を撫でていく。小さいけれど風通しの良いのがこの家の美点。だから夏でも冷房は必要ない。それにしても静かな晩だ。急激な暑さで皆疲れて、今夜は早く眠りについたのか。それとも案外早くも夏の休暇に出掛けてしまったのか。どちらにしても夜風が吹く静かな晩は嬉しい。火照った肌を休めながら、心も夜風にあてて冷ますのだ。




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フルーツパーラー

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今日も暑い。多分昨日よりも暑い。もう麻のジャケットは必要なく、袖無しのブラウスが気持ち良い。特にジーンズは宜しくない。薄手のコットンパンツを緩く着るのがいいと思う。如何に快適に一日を過ごせる装いをして家を出るか。これがこのところの課題である。なかなか暑くならなくて客の集まりが悪かったジェラート屋さんだったけれど、今は大した繁盛ぶりだ。特に旧市街の塔の周辺の店は店の外にまで列ができる程。だから私は少し離れた店に足を運ぶ。近所の人達が通うような店がいい。特別有名な店ではないが、飛び切り美味しくて、そして値段も良心的。

急に千疋屋に行きたくなった。昔母と銀座に出掛けるときは千疋屋フルーツパーラーに立ち寄ったものだ。それとも新宿へ行く時は高野フルーツパーラーに。どちらも大変美味しくて、次はいつ来るの?なんて訊いたものだった。そんな子供時代を過ごしたから大人になってひとりで何処かへ行く時も、これらの店を選んで行った。場所は違えど原宿の千疋屋に通ったものだ。仕事のついでにちょっと。プリンアラモードなんて子供みたいで恥ずかしいなんて思いながら、やはり注文してしまうのだった。あの建物には客先のオフィスがあったのだ。私は依頼されたデザインの下書きを届けに行ったわけだけど、それが終わると緊張が解けて店にするすると吸い込まれたものだ。勿論後日、訂正とか何とか、色んな手直しせねばならなかったけれど、つかの間の幸せ、みたいなものだった。数年前、あの建物の前を通ったら、もう千疋屋フルーツパーラーは存在しなかった。それどころか私の覚えている原宿は何処にも存在しなかった。表参道にあった青山アパートメントだって姿を消して。あれほど通った場所なのに、よそ者のような気がして寂しくなった。時代の移り変わり。分かっているけれど、置いてきぼりになったような気がした。
来年帰省したらば行きたいところが沢山ある。奥多摩の川辺や古民家を利用したレストランやカフェ。だけど一番行きたいのは昔ながらのフルーツパーラー。そういうのが私には似合っている。

明るい夜。冷えた白ワインが美味しい夜。




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ゆるりと流れる風

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暑い一日だった。勿論、暑さはこれからが本番だから今からこんなことを言ったら笑われるけど。ただ、急激な暑さに身体がついていかない。だから帰り道は足取りが重く、日陰のない道を拷問のようび思いながら歩いた。今日は水を沢山飲んだ。いつも水は人肌くらいに温めて飲む私が、常温のミネラルウォーターの蓋を開けるとそのまま器に注いでグイグイ飲んだ。私のこういう姿を見ると相棒は、夏になったのだなあと思うそうだ。そういうところで夏を感じるのかと初めて聞いた時は呆れたものだけど、ふふふ、確かに。なかなか観察力があるとこっそり心の中で笑った。

家に帰ってすぐに家中の窓を開けた。本当を言えば家の中は案外涼しかったけれど、空気を入れ替えたいと思ったのだ。四方八方の窓を開けたらゆるりと流れ込んで向こうの窓から出て行った風。まるで風の帯が見えるかのようで、猫と一緒に流れるような風を愉しんだ。特別素敵なことがない毎日だけど、帰る家があって、緑豊かなテラスを眺めながら過ごす時間は幸せ。此れを幸せと言わずに何と言おうか。今晩は相棒が夕食を用意してくれるそうだ。私がするのはテーブルのセッティングと冷えたワインの栓を抜くだけ。これも幸せのひとつ。何時までも明るい夏の夜。月曜日はあまり好きではないけれど、今夜は満更悪くない。うん、全然悪くないよ。




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