はてなキーワード: 改宗とは
曲自体は3年前だけど最近もヘビロテということで Yem の "About 10 Hours of Doubting Myself"
https://soundcloud.com/styemmy/about-10-hours-of-doubting-myself
ピアノは「いりす症候群!」というフリーゲームの「10時間くらい天井を見ている」からのサンプリング。
https://www.youtube.com/watch?v=p3ETPa88EOk
曲自体最近の、ということであれば同じく Yem で "all of my tears, all of my hope" と "Glass Sky jungle" を
https://soundcloud.com/styemmy/all-of-my-tears-all-of-my-hope
https://soundcloud.com/styemmy/glass-sky-jungle
最近は yem, 4evrx, mindvacy, hkmori, kiyosumi, eslxst, TOKYOPILL, rehirable あたりばかり聞いてる
(要するにブレイクコアばっかり聞いてる)
eslxst と言えばやはり ...see you to_no_more がマジで狂おしいほど好きですが、なぜか直近で Youtube Music から曲が消えてまた別で登録しなおされるというのが起きてビックリした
(プレイリストに入れてた eslxst の曲が一斉に視聴不可能になった。たぶんチャンネルが変更になったっぽい?)
https://open.spotify.com/intl-ja/album/4cy4wLG7KtZQ9BWa0Rog53
サウンドクラウドのアカウントも無くなってるっぽい…一体何が……と思ったらreddit にスレ立ってた https://x.gd/la3LT
要約すると
・去年12/12ごろにYoutrubeやSpotifyなどから楽曲が削除された
・理由は不明ながら、アーティスト活動を停止したとか、イスラム教へ改宗したためだとの真偽不明コメントも
ってことだが、本当であればショックすぎる…
とはいえ現時点で Youtube Music に ...see you to_no_more を含め何曲かアップロードしなおされているので、Soundcloud 等はまだだけど徐々にではあるが復帰ということでいいのかな。だといいな。
同じく、10年債利回りは1.57%から2.18%まで上昇した。
前回は日銀の介入があったが、介入から一年と少しでもうこの状態なのだから、
再度介入があっても市場からの評価は冷ややかなものになるだろう。
与党の批判者は、この結果について若者が投票に行かないからだと言うが、
その若者が支持しているのは参政党だ。間違いなく、これが日本国民の民意だ。
紙を箱に入れるだけで自分の人生が変わる?冗談だろう。他にやるべきことがあるはずだ。
富裕層がやっているように、自分たちだけでも資産防衛をしなければならない。
日本の製造業は素晴らしいと日本人は信じていたが、実際に素晴らしかったのは
作られた製品の方ではなく、安い給料で働いてくれる社畜の方だった。
これは宗教のようなものだから、今更改宗しろとまで言う気はない。
社畜を辞めたからといって皆が優秀な経営者にはなれないし、急に金持ちにもなれない。
https://www.youtube.com/watch?v=xU8KiNYXmw0
令和の玉音放送って言ってる人いて吹いた
なんで冬に言うんだよ
雪は涙を隠せない
今日なぜか暖かかったんだよ
実はバキ童は画面の前の俺らだったという衝撃の最終回
うまトマチキン冷めちゃった
ああ、お前は春の暖かさを知っているのか。俺は空の高さしか知らないのに。
ピーターが急に興味失ったら笑う
あんなに一緒だったのに
夕暮れはもう違う色
小さい時親は死なないと思ってた。
バキ童はね、彼女なんかできないんだよ。
今年のクリスマスはなんだかさむいな
喪失なんです。
バキ童「彼女できました」
俺「置いてかないで‥俺を大人にさせないで‥」
敢えてクリスマス直前に公開することによって、クリスマス当日の童貞達に「ぐんぴぃは今頃性なる夜を過ごしているんだ」という思考を過ぎらせて絶望を与えるの悪魔すぎるだろ
35歳→バキ童ライン
なんでだよ
誠実かよ
アイドル声優Vtuberに彼女彼氏がいて発狂するやつを笑っていたけどバキ童に彼女がいるのは悲しくなった
俺はアイツラを笑えない
夫がぐんぴぃの童卒と熱愛にキレ散らかしていて、そんなに彼の事を好きだったのかと困惑している。
これもう寝取られ報告だろ
寂しい
寂しい
猫で空いた穴は猫でしか埋められないと聞くけど
バキ童を失って出来てしまった穴は一体何で埋めれば
いいんだろうね。私の心には今ぐんぴぃの形をした穴が空いているよ。
ぐんぴぃはサラッと報告して
バキ童にしがみついてたのは俺らの方だったんだな、、、、
アイドルの彼氏バレとかって祝福してやればええやんって思ってたんだけど、みんなこんな気持ちだったのか…
今までごめんな
こんな夢を見た。
『2025年12月のある真夜中、モスクワは崩壊した。何が起こったか世界は知りえなかった。12時間後、北京政府は地球外からの侵略者に備えると宣言し、シベリアに軍を派遣した。しかしその軍は跡形もなく崩壊してしまった。その12時間後、北京も崩壊した。
まだ世界は何が起こったか理解できなかった。その中で朝鮮の太っちょは側近を連れシベリアに向かった。彼はロシアと中国に何があったか少し知っていた。太っちょがシベリアにつき、何者かに接して24時間後、朝鮮軍は全長20kmを超える三機の漆黒のモノリスの助力を得て南進した。南進開始より48時間経たず、南の国家は崩壊し、太っちょは朝鮮半島の統一を宣言し、アメリカのトラ大統領他中国周辺の各国首脳を、ピョンヤンに招くと伝えた。
崩壊したモスクワでは、朝鮮半島とは別の深紅のモノリスより現れた仮面の人物により新生ロシア政府の成立が宣言された。ウクライナに即時の現状維持での停戦を求めたが、ウクライナはそれを拒否した。そして、言ったはずだ!同志になれと!!なぜそれが判らなかったのだぁ!!!とのメッセージとともにキエフもまた崩壊した。キエフが崩壊してから24時間後モスクワからリヴィウに、今度は蒼鉛のモノリスが向かった。時を同じくして、何かを知っていたローマ教皇がバチカンに集めた枢機卿を引き連れてウクライナに向かった。モノリスはリヴィウにつき、中からでてきた初老の男性がプッチン以下をウクライナに引き渡した。ローマ教皇一行はモノリスからの人物の前に跪き、神よとあがめたが、その人物は、神とは違うのだよ!神とは!と答えた。NATO各国も初老の男性に接触しようとしたが、すぐさま蒼鉛のモノリスとともに消え去り、詳細を得ることはできなかった。
数日後、トラ大統領他中国周辺国家の首脳は日本に集まり、事前協議をした後、横田基地より米軍機に乗りピョンヤンに降り立った。朝鮮の太っちょが議長となり、各国首脳とモノリスから現れた人たちの会談が開かれた。主を失った中国は、当面周辺各国が進出し、難民の流出を押しとどめ、分割統治が行われることが決まった。日本は現地人の対日感情が悪いということで、何ももらえなかった。朝鮮軍の南進によって捕虜となっていた在韓米軍はモノリスの人物の好意で、モノリスによって丸ごと横田基地に運ばれることに決まった。トラ大統領一行もモノリスに同乗し、その技術力に目を見張った。
横田基地に帰還したトラ大統領一行により、詳細の発表が行われた。失われた十部族が帰ってきたのだと。十部族は地球帰還に際し、無人のシベリアを帰還地としてロシアと交渉していた。おりしもウクライナ戦争で不利になったプッチンが、台湾進攻を企てていたプーとともに、十部族の持つの技術を奪取しようとしたが、返り討ちにあったのだと。
敵か味方かわからない十部族について世界各国は動揺した。それを静めるため、太っちょとトラ大統領の計らいで、後日十部族の長たちが国連で演説することとなった。
数週間後、白銀のモノリスで、十部族の各長が国連に到着した。降り立ったのはすべて女性であった。そして、その長達によって驚くべき歴史事実が公表された。
ユダヤ一神教の神とは、宇宙航行種族であったこと。航行種族が地球を発見以来、詳細な人類史の記録があること。知性の萌芽を見つけた宇宙航行種族は、宇宙の法を教えようとしたが、ユダヤ民族以外は受け入れなかったこと。十二部族が他民族に滅ぼされかけたので、従った十部族だけ緊急に航行種族のルナベースに保護されたこと。ローマ帝国成立後、航行種族は介入を止め、観察に徹したこと。
イエスは十部族と関連があった人物であったが、規則を破り、他民族にも宇宙の法を広めようとしたこと。6壺のワインと、5000人分のパンをUBERで注文したが、代価を払わなかったこと。そのため罰として、地上で処刑されるとき見放し、のちに復活させて収監したこと。大陸の東の孤島に収監する前にローマから逃げるパウロに会わせたことが、偶然カトリック教会の礎になったこと。現地妻との間にできた子供に誕生祝いのコップを贈っているが、それは聖杯ではなく収監先の津軽焼のお土産であること。
この時イエスの拘束された写真が表示されたが、聖骸布とは似ても似つかぬ、丸顔に無精ひげのおっさんであった。
そして、マホメットとは十二部族とも航行種族とも何の関係もないことが語られた。
世界はパニックに陥った。ローマ法王はまだ沈黙を続けている。イスラム圏では、それでもイスラム教を信じるもの、棄教するものとの争いになった。
まだ公表は続く、七十人訳聖書の誤訳について、旧約聖書の舞台は現代のイスラエルではなく、紅海の東岸、イエメンとサウジのある場所であること。
十戒を下した場所が特定され、出エジプト記のルートも従前言われたエジプトからではなく、アラビア半島内での逃避行であったことが明示された。
(そりゃ国家成立後70余年掘り返してみてもユダヤの遺跡なんか見つかるわけないわ、各国の聖書考古学者は嘆き、その人生を後悔した。)
イスラエルにいるユダヤ人とは血統的に十二部族とは関係がないこと、それ以上にパレスチナ人の方が残された二部族に血統が近いこと。
ローマ帝国の滅亡により、帰還が1000年遅れたこと。そしてローマ帝国の滅亡の轍を再び踏もうとしたため帰還予告を送ったこと。
ファティマの預言とは、十部族の帰還の予告であった、百年待っていて下さい、きっと逢いに来ますから。その時までに文明崩壊をさせないようにという警告も含めていたことであった。なぜファティマが選ばれたか?それはたまたま十部族の地上関係者の居住地の近くだったに過ぎない。
日本神話とギリシャ神話、インド神話はそれぞれ実際に起こったことを神格化したに過ぎず、アトランティスは現在のドニャーナ国立公園にある。
そして、所定の場所を掘ればそれなりの遺跡が出るとのことだった。
バベルの塔は、塔ができたことにより、いろいろな言語を話す人たちが集まってきたが、落雷で壊れ、その時の混乱が大げさに伝わったものだった。
ノアの洪水はかつて地中海は干上がっていたが、そこに黒海より水が流れ込んだ時の出来事であったとか。
(まぁ、昔だから距離とか偉業とかは口伝で正確ではなく、記録が定まったときには大げさになってるだろうと、各国の歴史学者は妙に納得した。)
ムー大陸とノストラダムスの予言に至っては、チャーチワードの詐欺でありまた、詩集を他人が勝手に拡大解釈したものとバラされた。
(カルト宗教や陰謀論の信者たちは、それでもこれらを信じた。)
航行種族より十部族にも公開されてない史実があるらしい、それは総会後の雑談でもたらされた。
インダス?シュメール?あれはねぇ、ちょっとした失敗らしいの、前だから詳しくは教えてもらえなかったの。
でね、ピラミッドは航行種族の転送装置を、現地人が真似て作ったもの。真似だから動かないし、時代を経るごとに大きくなっちゃたらしいの。
巨石遺跡や隙間のない石垣は、現地人がやってくれたら法を学んでくれると言われたからやったらしいけど、結局学んでくれず、放置されちゃった名残りだって、等々。
十部族はすでに月の裏側のラグランジュポイントにシオン公国を築いており、地上ではシベリアに基地を持っていたので、約束の地は放棄する方針であった。
そしてルナベースには航行種族の系外へのワープ施設が設置されているとのことだった。(ちなみにこの施設、一回動かすのに13バクトゥンかかるらしい。)
その発表後、ローマ法王は真実の隠匿を認め、カトリック教会の解散を宣言し、マラキの予言通り、最後の法皇となった。カトリックより分派した宗教は、カトリック以上にそれぞれの存在意義を失った。
中東は大混乱に陥った。まず、イスラエルはその存在意義を失った。イスラエルを離れるもの、一個人として残るものと様々であった。
パレスチナ人は、今更ユダヤ教に改宗してどうする?と血統と信教の板挟みに陥った。
サウジイエメンは国内にある聖書の遺跡や約束の地の扱いに苦慮する羽目になった。
欧米では、宗教意義を失った移民と現地民との間の軋轢が高じ、無政府状態に陥った地域もあった。
各国の陰謀論者たちは歓喜したが、思い至らなかったこと、関係者ではなかったことを悔やんでいた。
台湾は将来の中華統一を目指して、関係各国と粛々と交渉を始めている。
太っちょは、十部族の一番弟子、統一の英雄、大朝鮮帝国初代皇帝を自称し、認めたくないものだな自分の有能さを、とにっこにこである。
日本では、少し?物価高になったが、相も変わらず、日常が続いている。
かくして天国の門は開かれた。七つの大罪を背負うものは地上に留め置かれ、七つの徳を成したものは昇天する権利を得た。
なお、日本の女性首脳はまだ踊っている、あぁ時間(とき)が見えると。
おしまい。』
なるほど、意図がよくわかりました。
あなたが言いたいのは、「もし情弱ビジネス的な構造が宗教の中にあるとすれば、それは信者を増やすことを目的とする宗教に現れやすい。ユダヤ教はそもそも布教を目的にしていないから、そういう構造とは無縁だ」
ということですね。
たとえばタルムード・イェバモート 47aでは、改宗を希望する人に対してまず三度止めるよう教えています。
これは「ユダヤ教を選ぶのは重い責任と掟を受け入れることだから、軽い気持ちではだめだ」という意味です。
また、ユダヤ教では「義人である異邦人(ゲル・トーシャブ)」も神に受け入れられる存在とされ(参照:バビロニアン・タルムード、サンヘドリン 105a)、全人類がユダヤ教徒になる必要はないと考えます。
つまり、ユダヤ教は信者を増やすための仕組みを持たない宗教です。
そのため「情弱ビジネス的構造(不安を煽って加入を促し、献金や依存を生む仕組み)」とは本質的に異なります。
ユダヤ教の倫理観では、商取引も宗教行為も「エメト(真実)」と「ヨシャル(誠実さ)」に基づくべきとされます(ミシュレー〔箴言〕11:1「偽りの天秤は主に忌み嫌われる」)。
牧師の息子で、自身も牧師となるために大学へ入ったが、学業は振るわず、卒業はできなかった。
しかしタイタスは学位を持っていると嘘をついて、ロンドン司教から説教免許を得て、父の下で副牧師を務めた。
また「学校教師が男色行為をしている」と虚偽告発し、教師の職を得ようとしたが、嘘がバレるとロンドンへ逃亡した。
1677年、タイタスはカトリックに改宗し、イエズス会の神学校に入った。
そこでもカトリック神学の博士号を取得していると嘘をついたが、ラテン語を使えなかったため虚偽は明らかだった。
神学校から追放されたタイタスはロンドンに戻り、「イエズス会の秘密を探るためにカトリックに改宗したふりをしていた」と主張した。
そしてタイタスは「イエズス会とカトリック教徒たちが国王を暗殺しようとしている」という告発を行った。
最初は信用されなかったが、いくつかの事件が陰謀と結びつけられたことで信憑性を得て、イギリス中が集団ヒステリーのようになった。
当時、王妃や王弟がカトリックを信仰していたことを国民は不安に思っており、タイタスはそこにつけこんだと言える。
数年にわたって、無実のカトリック教徒たちが裁判にかけられて死刑となり、タイタスは陰謀を暴いた英雄としての扱いを受けた。
しかし、やがて熱狂していた人々も鎮静化し、タイタスに疑いを持つようになった。
タイタスは偽証罪によって「終身刑」と「生涯にわたり毎年5日間ロンドンの街で鞭打たれる刑」を課された。
1689年に恩赦を受けて出所したが、世間からは忘れられた存在となっていた。
ただし、名誉革命によりプロテスタントが復権しており、タイタスには多額の年金が支払われた。
1705年に死去した。
創価学会が現在「平和、文化、教育」を掲げる団体として知られているのは事実ですが、その主張が一貫していたわけではなく、歴史的に段階的な変化をたどっています。
創価学会は1930年に教育者・津田三男(後に創価教育学会と改称)によって設立され、当初は教育改革を目的とした団体でした。
しかし、1937年に日蓮正宗の信徒団体として位置づけられ、宗教活動が中心となりました。この時期、津田は軍国主義的な日本政府に批判的な立場を取り、特に1943年に「治安維持法違反」や「天皇への不敬」の罪で逮捕されました。
彼の主張は、当時の国家神道や他の仏教宗派に対する強い対抗意識を含んでおり、折伏(他宗を批判し自宗へ改宗を迫る方法)を通じて過激な布教活動を行っていました。
津田と2代目会長・戸田城聖は、戦時中の弾圧(特に1943年の逮捕)で組織が一時解散状態に陥りましたが、戦後の1945年に戸田が釈放され、活動を再開しました。
この時期も、戸田は他宗派への批判や強引な勧誘を続けたとされ、特に戦後復興期の混乱の中で急速に信者数を増やしました。例えば、1950年代には「折伏大行進」と呼ばれる大規模な布教キャンペーンが展開され、時に暴力的な対立も報告されています。
3代目会長・池田大作が1951年に戸田の秘書として入会し、1960年に会長に就任して以降、創価学会の方向性が大きく変わりました。
戸田が1957年に「原水爆禁止宣言」を発表し、核兵器廃絶を訴えたことが転換点とされています。池田はこれを引き継ぎ、1964年に公明党を結成する際、平和主義を党是として掲げました。
この転換は、戦後日本の民主化や冷戦下での平和運動の高まりに適応した結果と考えられます。また、池田は国際的な対話や文化交流を重視し、1970年代以降は核軍縮や国連との連携を主張するようになりました。
ただし、この平和主義は一部で「戦略的なイメージ戦略」と見なされ、初期の過激なイメージを払拭するためのものだったとの批判もあります。
現在、創価学会は平和を中核に据えた活動を展開し、2023年の池田大作名誉会長死去(11月15日)後もその遺産が強調されています。
2025年時点でも、公明党は連立与党として平和憲法の維持や福祉政策を推進しており、創価学会の会員数は約800万人(2020年推定)を維持しています。しかし、初期の過激な布教方法が完全に払拭されたわけではなく、一部の地域では依然として強引な勧誘が問題視されるケースも報告されています。
池田大作(1928年1月2日~2023年11月15日)について、その出自や創価学会での役割を詳しく見ていきます。
池田は東京大田区で生まれ、貧しい家庭に育ちました。第二次世界大戦中の空襲で家を失い、戦後は黒澤映画の撮影所で働きながら生活を支えていました。
1947年、19歳の時に友人に誘われ、創価学会の法話会に参加。そこで2代目会長・戸田城聖と出会い、熱心な信者となりました。戸田は池田を「宿命の弟子」と呼び、1951年に秘書として側近に抜擢しました。
池田は教育を受けたわけではなく、独学で知識を蓄え、戸田の指導の下で組織運営や布教活動に才能を発揮しました。彼の出自が不明確とされるのは、公式な経歴が限定的で、戦後の混乱期に組織に身を投じた背景が強調されるためです。
1960年、32歳で3代目会長に就任。戸田の死去を受けて組織を再編し、会員数を飛躍的に増やしました(1950年代の約5万人から1970年代には数百万人に成長)。彼は国際的な視野を持ち、1974年に初の海外訪問(アメリカ)を皮切りに、192カ国で活動を展開しました。
池田は著書や講演を通じて「師弟関係」を強調し、自分を日蓮の再来と位置づける発言もあったため、カルト的との批判を招きました。特に1990年代、フランス議会が1995年に発表した「カルトリスト」に創価学会が含まれたことが国際的な議論を呼びました。
池田は1990年に会長職を退き名誉会長に就任しましたが、2000年代以降は健康上の理由で公の場にほとんど姿を現さず、2023年11月に95歳で亡くなりました。
死後、息子の池田博正が教育法人「創価学園」の理事長として活動を続けていますが、宗教団体の指導は現会長・原田稔(2023年就任)が担っています。
彼の影響は、教育機関(創価大学、SUAなど)や文化団体(民音協会)の設立に現れており、2025年現在もその思想は創価学会の基盤となっています。
創価学会の平和主義は、初期の過激な布教から戦略的な転換を経て確立されたもので、池田大作の指導がその転機となりました。彼の出自が謎めいている印象は、公式記録が限定的で、伝説的な人物像が強調されてきたためかもしれません。政治的には、公明党を通じて日本の与党政治に深く関与しつつも、宗教団体としての過激な側面が完全には消えず、賛否両論を呼んでいます。
「チ。」が15世紀の話だと分かってきたとのことですね。15世紀を舞台に地動説を唱えることが異端審問で死刑につながるという設定について、史実を基に検討してみましょう。
### 「チ。」の設定と史実のズレ
### 結論
15世紀を舞台に地動説を唱えることが異端審問で死刑につながるという設定は、史実を考えるとおかしいと感じるのは自然です。15世紀には地動説が議論の対象として浮上し始めたものの、教会がそれに対して死刑を科すほどの厳しさを持っていなかったためです。「チ。」がこのような劇的な展開を描いている場合、フィクションとしての誇張や、近世(特にガリレオ事件)の文脈を投影している可能性が高いです。科学史家の批判(投稿で指摘されている「近世」の文脈)も、この時代錯誤が背景にあると考えられます。もし作品が意図的に史実を逸脱しているのであれば、フィクションとしての自由度を享受しているとも言えますが、歴史的正確さを求める視点からは違和感が残るでしょう。
We're going to have to bring this question to a close, please.
この質問はそろそろ終わりにしてください。
In can be, but that is why tradition matters, because the tradition, they understood the context...
そうかもしれませんが、だからこそ伝統が重要なのです。伝統において、彼らは文脈を理解していました…
Tradition is context dependent.
Well, yes and no, because of course tradition is, but if the tradition lasts for 2,000 years, then we look back as to how did they get to that conclusion, how did they reach that verdict, and if that verdict is in alignment with what we see in scripture...
ええ、そうでもあり、そうでもありません。もちろん伝統はそうですが、もし伝統が2000年続くなら、私たちは彼らがどのようにその結論に至ったのか、どのようにその判断を下したのかを振り返ります。そして、その判断が聖書に見られるものと一致しているなら…
But they never, they never reached that verdict. As I have historically pointed out, they never reached that verdict.
しかし、彼らは決してその判断には至りませんでした。私が歴史的に指摘したように、彼らはその判断には至らなかったのです。
In all of, in all of the major church councils...
council (n): (ここでは)教会会議、公会議。キリスト教の教義などを決定するために開かれる会議。
...in very modern day.
…ごく現代において、です。
No, no, I'm talking about in like 300 and 400 and 500, the original church...
いいえ、私が話しているのは300年代、400年代、500年代といった、初期の教会のことです。
...which in the scale of 2,000 years is nothing.
…それは2000年という規模で見れば、無に等しいです。
No, but they set this unbroken chain. We've had an unbroken chain and a course that says that marriage is one man and one woman. The church has never wavered on this...
いいえ、しかし彼らはこの途切れぬ鎖を確立したのです。私たちには、結婚は一人の男と一人の女のものであるとする、途切れぬ鎖と道筋がありました。教会はこの点において決して揺らいだことはありません…
waver (v): 揺らぐ、ためらう、信念がぐらつく。
Noted by the British Empire under British form of Christianity.
それは英国式のキリスト教の下、大英帝国によって特筆されたものです。
I'm talking all the way back to like 200 or 300. The idea of biblical Christianity goes back to the early, early times of the church when it was a scattered, persecuted church well before King Justinian and well before the Eastern Roman Empire, well before mass conversions. When it was a persecuted church, the church believed in one man, one woman, and because they got it from the scripture, scripture itself. Do we want to keep going or?
私が話しているのは200年代や300年代といった時代まで遡ります。聖書的キリスト教という考えは、教会がまだ散在し、迫害されていた初期の時代にまで遡ります。それはユスティニアヌス帝のはるか以前、東ローマ帝国のはるか以前、大規模な改宗のはるか以前のことです。迫害されていた教会であった時、教会は一人の男と一人の女を信じていました。なぜなら、それを聖書、聖書そのものから得たからです。まだ続けますか?
persecuted (adj): 迫害された。
Justinian: ユスティニアヌス1世(482-565)。東ローマ帝国の皇帝で、ローマ法の集大成などで知られます。
Can we move on to the next question, please? Thank you. Thank you.
次の質問に移ってもよろしいでしょうか?ありがとうございます。
(拍手)
I did not say that. I said the biblical marriage was affirmed and then Romans 1 did talk negatively about the action of homosexuality.
私はそうは言っていません。聖書的な結婚が肯定されたと言ったのです。そしてローマ人への手紙1章が同性愛という行為について否定的に語っていると。
But ultimately that affirmation comes from the lines in there that suggest that man shall not sleep with man.
しかし、最終的にその肯定は、「男は男と寝てはならない」と示唆する聖句から来ているのではありませんか。
Yes, of course. Yes. So the Old Testament and New Testament harmonize one another, but Christ brought it to a different level, a different covenant, and a different moral teaching. It wasn't just enough to say that you shall, you know, "an eye for an eye." He said that you shall turn the other cheek, that you shall love your enemy. Christ's moral standard was much more even elevated than that of the Israelites and the Hebrews.
ええ、もちろんです。旧約聖書と新約聖書は互いに調和していますが、キリストはそれを異なるレベル、異なる契約、異なる道徳的教えへと引き上げました。「目には目を」と言うだけでは不十分でした。彼は「もう一方の頬を向けなさい」「汝の敵を愛しなさい」と言いました。キリストの道徳基準は、イスラエル人やヘブライ人のそれよりもはるかに高められたものだったのです。
But I'm going to ask you whose Bible, okay? Now, your Bible that you use currently is written in the English language, right? Correct?
では、誰の聖書なのか、とお聞きします。あなたが今使っている聖書は英語で書かれていますよね?
The King James Version, yes, thanks to Tyndale.
欽定訳聖書(King James Version)ですね。ティンダルのおかげです。
Tyndale: ウィリアム・ティンダル(William Tyndale)のこと。16世紀のイングランドの学者で、宗教改革の指導者の一人。ヘブライ語やギリシャ語の原典から初めて聖書を英語に翻訳した人物の一人であり、彼の翻訳は後の欽定訳聖書に大きな影響を与えました。
Exactly, it's written in the English language, which in itself is only say 500 years old. Now, the Christianity in itself, say, is 2,000 years old or even older. Yeah, correct? Now, which means that the Bible was originally written not in English but in ancient…
その通りです。英語で書かれており、それ自体はたかだか500年の歴史しかありません。キリスト教自体は2000年かそれ以上の歴史がありますよね?つまり、聖書はもともと英語ではなく、古代の…
Koine Greek.
Koine Greek: コイネー・ギリシャ語。新約聖書が書かれた当時のヘレニズム世界の共通語。
Correct. Now, if we look at the Greek terminology of man...
terminology (n): 専門用語、術語。
Yes, and Jesus spoke Aramaic. You could translate things, you acknowledge that.
ええ、そしてイエスはアラム語を話しました。物事は翻訳できる、とあなたも認めますよね。
Well, we translate things, but translations are linguistically ambiguous. As a former classicist, I know that language can't be translated directly. So for example, if you look at the translation of of of certain words into "man," so I've got two words here. So I've got "malakoi," which means essentially soft, which isn't necessarily directly saying a gay man. And then we've got "arsenokoitai," which essentially means prostitutes. Now, if we look at things linguistically, we can pick apart the Bible and say that actually, it wasn't saying man shall not sleep with man, it's saying man shall not sleep with prostitutes, which is an entirely different linguistic thing.
ええ、翻訳はしますが、翻訳には言語的な曖昧さがつきものです。元古典学者として言いますが、言語は直接的に翻訳できません。例えば、「男」と訳されている特定の単語を見てみましょう。ここに2つの単語があります。「malakoi(マラコイ)」、これは本質的に「柔らかい」という意味で、必ずしも直接的にゲイの男性を指すわけではありません。そして「arsenokoitai(アルセノコイタイ)」、これは本質的に「男娼」を意味します。言語学的に見れば、聖書を分析して、実は「男は男と寝てはならない」と言っているのではなく、「男は男娼と寝てはならない」と言っているのだ、と主張できます。これは全く異なる言語学的な事柄です。
linguistically (adv): 言語学的に、言語の点で。
ambiguous (adj): 曖昧な、多義的な、複数の解釈ができる。
classicist (n): 古典学者。ギリシャ・ローマの古典文学や文化を研究する学者。
malakoi / arsenokoitai: 議論の核心となっているギリシャ語の単語。学生はこれらの単語の翻訳の妥当性に疑問を呈しています。
I'm not even getting into Leviticus, though. But my contention is completely New Testament focused.
私はレビ記の話をしているわけではありません。私の主張は完全に新約聖書に焦点を当てています。
これはレビ記ではありません。
What you said, man shall not speaking with man...
あなたが言った「男は男と…」
No, but this is this is these words are used throughout...
いいえ、でもこれらの言葉は全体で使われて…
Well, actually in Romans 1, it was actually women sleeping with women. So you got your verses wrong. In Romans 1, Paul is prophesying about the end of the world and he's saying that in the end times, woman will like with woman-like and man will, I think it might say man with man-like. You have to get the verses specifically.
実は、ローマ人への手紙1章では、女性が女性と寝ることについて書かれています。だからあなたは聖句を間違えています。ローマ人への手紙1章で、パウロは世の終わりについて預言し、終わりの時には、女は女を好み、男は…確か男は男を好むと書いてあったかと思います。聖句は具体的に確認する必要がありますが。
But it is agreed upon, and you can agree, this is why tradition is important. And I even say this as a Protestant, is that we believe that scripture is very important, but also look to tradition. Church tradition has had an unbroken chain affirming matrimony, holy matrimony being one man, one woman. One even as a non-Catholic, I'm glad that Pope Leo has reaffirmed in the last couple of days. And so I'm not even sure your contention, your point. Are you saying that the Bible doesn't affirm marriage as one man, one woman? Are you saying church tradition doesn't affirm marriage one man, one woman?
しかし、これには同意が得られており、あなたも同意できるはずですが、だからこそ伝統が重要なのです。プロテスタントとして言いますが、私たちは聖書が非常に重要だと信じていますが、伝統にも目を向けます。教会の伝統は、結婚、つまり聖なる婚姻が一人の男と一人の女のものであることを肯定する、途切れることのない鎖を持ってきました。非カトリック教徒としてさえ、私はここ数日で教皇レオがそれを再確認したことを嬉しく思います。ですから、あなたの主張、あなたの論点がよくわかりません。聖書は結婚を男女間のものとして肯定していないと言いたいのですか?教会の伝統が結婚を男女間のものとして肯定していないと?
unbroken (adj): 途切れない、連続した。
matrimony (n): 婚姻、結婚。特に法的な、あるいは宗教的な儀式としての結婚を指すことが多いです。
I'm saying the Bible doesn't affirm.
But it clearly doesn't affirm. That is complete nonsense. But Christ our Lord, which is the standard, he affirms this idea that you will leave your father's home, going back to Genesis 12 and this idea of Abraham leaving his father's home, and you will cleave to your wife. That a new, that it would be called one. In fact, this idea of a new creation which is something that is then used by the Apostle Paul to describe the the church of Christ and the bride of... the church being the bride of Christ with Jesus. So I'm not even sure your contention. It is…
しかし、明らかに肯定しています。それは全くのでたらめです。私たちの主であり基準であるキリストは、「あなたは父の家を出て」という考えを肯定しています。これは創世記12章、アブラハムが父の家を出る話に遡ります。「そして妻と結ばれる」。新しいもの、それは「一体」と呼ばれるでしょう。実際、この新しい創造という考えは、後に使徒パウロがキリストの教会と、イエスと結ばれるキリストの花嫁としての教会を説明するために用いたものです。ですから、あなたの主張がよくわかりません。それは…。
But you're just avoiding my point. I'm saying the Bible that we have today is 100% a translation and a translation is linguistically ambiguous.
あなたは私の論点を避けています。私が言っているのは、今日私たちが持っている聖書は100%翻訳であり、翻訳には言語的な曖昧さがあるということです。
I acknowledge that. But what about specifically in Matthew or in the book of Romans? And but in order for you to be correct, you mean the Church Fathers translated it wrong when they were within like 50 years of this? In order for your contention to be correct, you have to say that the early Church Fathers that wrote the early letters to the church, they were translating it wrong and the tradition they established was wrong. So by then, we can lean on tradition and scripture. So when you get tradition plus scripture, you get something that is authentic, that is real, and that is verifiable.
それは認めます。しかし、マタイによる福音書やローマ人への手紙については具体的にどうですか?そして、あなたの主張が正しいとすれば、教父たちは、出来事から50年ほどの間に、それを間違って翻訳したということになりますか?あなたの主張が正しいとすれば、教会への初期の書簡を書いた初期の教父たちが、それを誤訳し、彼らが確立した伝統も間違っていたと言わなければなりません。そうであれば、私たちは伝統と聖書に頼ることができます。伝統と聖書が合わさったとき、本物で、現実的で、検証可能なものが得られるのです。
verifiable (adj): 検証可能な、証明できる。
I've already highlighted the tradition does not align with scripture. We've gone back thousands of years to ancient Mesopotamia.
伝統が聖書と一致しないことは既に指摘しました。私たちは数千年前の古代メソポタミアまで遡りました。
But understand, but at the time, they all spoke Greek, they wrote Greek, and they spoke Aramaic. So for example, when they were writing the early gospels, the synoptic gospels of Matthew, Mark, and Luke, they were obviously writing in Greek. They knew that language. So in Matthew, when they were writing Greek and then the early Church Fathers knew Greek and adopted that as church tradition, we have a 2,000 unbroken chain. I think you can irrefutably say that it was the teachings of Christ for one man and one woman. Because the church tradition has been unbroken for 2,000 years and they derived it from scripture of that original language.
しかし、理解してください。当時、彼らは皆ギリシャ語を話し、ギリシャ語で書き、アラム語を話していました。例えば、彼らが初期の福音書、つまりマタイ、マルコ、ルカの共観福音書を書いていたとき、彼らは明らかにギリシャ語で書いていました。彼らはその言語を知っていたのです。ですから、マタイ伝で彼らがギリシャ語で書き、そして初期の教父たちがギリシャ語を知っていて、それを教会の伝統として採用したとき、私たちには2000年の途切れることのない鎖があるのです。キリストの教えが男女間のことであったと、議論の余地なく言えると思います。なぜなら、教会の伝統は2000年間途切れず、彼らはそれを元の言語の聖書から導き出したからです。
You can't argue that. That doesn't make sense. I mean, if we agree to disagree then might we look at biology?
それは主張できません。意味が通りません。もし意見が合わないなら、生物学に目を向けてもいいですか?
So you know better than the church fathers?
では、あなたは教父たちより賢いと?
I don't, I'm not saying I know better than the church fathers. What I'm saying is linguistically, there is undeniably an error. Regardless of what you say, there is a translation...
いいえ、教父たちより賢いと言っているわけではありません。私が言っているのは、言語学的に、否定しようのない誤りがあるということです。あなたが何と言おうと、翻訳の…
Our lens may be, but not from the people when they were making these traditions...
私たちの見方ではそうかもしれませんが、彼らがこれらの伝統を作っていた時の人々からすれば違います。
I agree, they may have gotten that right, but that may not have been their original meaning. What we are saying is the meaning has been warped over time because of societal and cultural contexts such as the British Empire...
同意します。彼らは正しく理解していたかもしれませんが、それが彼らの本来の意味ではなかったかもしれません。私たちが言っているのは、大英帝国のような社会的・文化的文脈によって、時代とともに意味が歪められてきたということです。
チャーリーカークがケンブリッジの学生に論破されるって動画の長い版があったからGeminiに英語教材にしてもらった。
https://x.com/KBYMScotland/status/1966798924468851007
今年5月、チャーリー・カークが🇬🇧ケンブリッジ大を訪れ学生とディベートを行った。カークは「聖書は同性愛を道徳に反するとし禁じている」と持論を展開するが...
https://x.com/mkbfpv/status/1966798326730240107
Here is the actual full clip of this exchange.
***
Ellis Jones from Emmanuel College.
(拍手)
Um hello, thank you for coming to talk. Um, so my question, as someone studying archaeology and biological anthropology, um, I've learned that moral codes and social norms have always been fluid, shaped by time, culture, power. So many ancient and recent societies embraced same-sex relationships and even the idea of third genders uh well before Western conservatism even existed. So when you claim that modern conservative values represent some kind of universal objective moral truth, like you said on your chair over there, um are you just defending a selective, historically recent ideology that erases most of human history and targets people who have always been part of it?
こんにちは、お話しいただきありがとうございます。ええと、私の質問ですが、私は考古学と生物人類学を学んでいる者として、道徳規範や社会規範は常に流動的で、時代、文化、権力によって形成されてきたと学びました。古代から近代に至るまで、多くの社会が西洋の保守主義が存在するずっと以前から、同性間の関係や第三の性という考え方さえも受け入れてきました。ですから、あなたが現代の保守的な価値観が、そちらの椅子でおっしゃったように、何らかの普遍的で客観的な道徳的真理を代表していると主張されるとき、それは人類の歴史の大部分を消し去り、常にその一部であった人々を標的にする、選択的で歴史的に新しいイデオロギーを擁護しているだけなのではないでしょうか?
archaeology (n): 考古学
anthropology (n): 人類学
fluid (adj): 流動的な、変わりやすい。ここでは「道徳規範が固定されたものではなく、時代と共に変化する」という文脈で使われています。
conservatism (n): 保守主義。伝統的な価値観や制度を維持しようとする政治的・社会的な思想。
objective (adj): 客観的な。主観に基づかない、事実としての真理を指します。
selective (adj): 選択的な、えり好みする。ここでは「歴史の中から都合の良い部分だけを選んでいる」という批判的なニュアンスです。
ideology (n): イデオロギー、観念形態。特定の社会集団が共有する信念や価値観の体系。
erase (v): 消し去る、抹消する。
No, but can you point to me of a great power that endorsed same-sex marriage, not cohabitation, but marriage?
いいえ。ですが、同棲ではなく、同性「婚」を承認した大国を一つでも挙げていただけますか?
endorse (v): (公に)是認する、支持する、承認する。
cohabitation (n): 同棲。法的な婚姻関係を結ばずに共に住むこと。
Ancient Mesopotamia.
As marriage? As as as recognized by the state.
100%.
100%そうです。
And how did that work out for them?
それで、彼らはどうなりましたか?
It worked out perfectly fine. It was an accepted norm of society.
全く問題なく機能していました。社会で受け入れられた規範でした。
norm (n): 規範、標準。社会において当然のこととされる行動や考え方の基準。
Okay, I still think it's wrong.
なるほど。それでも私はそれが間違っていると思います。
Okay, okay, swiftly moving on. So you said it was based on scripture and you believe that there are moral objective universal truths.
わかりました、では次に進みます。あなたはそれが聖書に基づいており、道徳的に客観的で普遍的な真理が存在すると信じているとおっしゃいましたね。
scripture (n): 聖書、聖典。キリスト教やユダヤ教の正典を指します。
Yes, there are. So murder is wrong today and murder was wrong 2,000 years ago.
はい、存在します。殺人は今日も悪であり、2000年前も悪でした。
Right, okay, in fact that's not same sex, but fair, fair, I see your point.
ええ、なるほど。それは同性の話ではありませんが、まあ、おっしゃることはわかります。
But there are moral truths that are transcendent of time, place, and matter.
しかし、時間、場所、そして物質を超越した道徳的真理は存在するのです。
transcendent (adj): 超越的な、並外れた。ここでは、物理的な制約や時間的な変化の影響を受けない、普遍的な真理を指しています。
Okay, but but so just to clarify, you believe that this is in the Bible. This is laid out in the Bible that man shall not sleep with man and so therefore it's...
わかりました。しかし、確認ですが、あなたはそれが聖書に書かれていると信じているのですね。男は男と寝てはならないと聖書に明記されており、だからこそ…。
It's also repeated throughout the New Testament as well. Matthew, in the book of Matthew, Jesus affirms the biblical standard for marriage.
それは新約聖書全体でも繰り返されています。マタイによる福音書で、イエスは結婚に関する聖書の基準を再確認しています。
Okay, so I'm gonna make two very, very quick points. So the first, um, so if we look at the Old Testament in isolation, just to start off with as an example. So let's look at Exodus 35:2, which suggests that if you work on the Sabbath, you should be put to death. If you look at Leviticus 11:7, it suggests that if you have pork, you should be put to death. If you plant two crops side by side, you should be stoned by your entire village. If you wear a suit, which you are wearing now, that contains two different fibers intertwined into the same jacket, you should be burned at the stake by your own mother. Now, following that rationale, in Leviticus 18:22 when it states that man shall not sleep with man, why aren't we burning ourselves at the stake as well? Why aren't we stoning ourselves to death?
わかりました。では、非常に手短に2点述べさせてください。まず、例として旧約聖書だけを切り取って見てみましょう。出エジプト記35章2節では、安息日に働けば死刑にされるべきだと示唆されています。レビ記11章7節を見れば、豚肉を食べれば死刑にされるべきだと示唆されています。2種類の作物を隣り合わせに植えれば、村全体から石打ちにされるべきです。あなたが今着ているような、2種類の異なる繊維を織り交ぜた上着を着ていれば、自分の母親によって火あぶりにされるべきです。さて、その論理に従うなら、レビ記18章22節で「男は男と寝てはならない」と述べられているのに、なぜ私たちは自分たちを火あぶりにしないのでしょうか?なぜ石打ちで殺し合わないのでしょうか?
in isolation: 孤立して、単独で。ここでは「旧約聖書だけを文脈から切り離して見てみると」という意味です。
Sabbath (n): 安息日。ユダヤ教で労働が禁じられている土曜日のこと。
Leviticus (n): レビ記。旧約聖書の一書で、祭儀や律法に関する規定が多く記されています。
intertwined (adj): 絡み合った、織り交ぜられた。
at the stake: 火あぶりの刑で。中世の処刑方法の一つ。
(拍手)
Do you care to address my main contention that Christ affirmed biblical marriage in the book of Matthew? And can you tell me the difference between the ceremonial, the moral, and the ritual law? And then finally, also, tell me about Christianity, the difference between the new and the Old Covenant, or you're just going to cherry-pick certain verses of ancient Israel that do not apply to new Christianity?
私の「キリストはマタイによる福音書で聖書的な結婚を肯定した」という主要な主張に反論していただけますか?そして、儀式律法、道徳律法、祭司律法の違いを教えていただけますか?そして最後に、キリスト教における新しい契約と古い契約の違いについても教えてください。それとも、あなたは新しいキリスト教には適用されない古代イスラエルの特定の聖句を、ただつまみ食いしているだけですか?
contention (n): (議論における)主張、論点。
covenant (n): (神と人との)契約。キリスト教神学において非常に重要な概念です。
cherry-pick (v): (自分に都合のいいものだけを)つまみ食いする、えり抜きする。
Very fair, fair. I completely agree. So we'll look at two points then. So firstly, um, if we look at the Old Testament, uh, we can see the kind of inconsistencies there. We've already touched upon that, right? That makes sense. Secondly, you mentioned the point of Jesus and Christ. He never mentioned anything to do with homosexuality at all.
ごもっともです。完全に同意します。では2つの点を見ましょう。まず、旧約聖書を見れば、そこに矛盾があることがわかります。それについては既に触れましたよね?理にかなっています。次に、あなたはイエス・キリストの点に言及しました。彼は同性愛について一切何も言及していません。
Whoa, hold on a second. He affirmed, he affirmed biblical marriage as one man and one woman. He said a man shall leave his...
おっと、待ってください。彼は聖書的な結婚を「一人の男と一人の女」として肯定しました。彼は「男はその…」と言いました。
in the New Testament?
新約聖書でですか?
In Matthew, that is not correct. I believe in the New Testament, in the New Testament. Well, Romans is also in the New Testament. Secondly, in Romans 1, the Apostle Paul talks negatively about homosexuality explicitly. Also, homosexuality is repeated in the book of Titus and in the book of Jude as not being favorable as the destruction of Sodom and Gomorrah. Not even talking about the Old Testament verses.
マタイ伝です。それは違います。新約聖書で、と信じています。ローマ人への手紙も新約聖書です。第二に、ローマ人への手紙1章で、使徒パウロは明確に同性愛について否定的に語っています。また、テトスへの手紙やユダの手紙でも、ソドムとゴモラの滅亡と同様に、同性愛は好ましくないものとして繰り返されています。旧約聖書の聖句は抜きにしてもです。
There are three types of the 613 Levitical laws. And you, you know, of course, in your own way, cherry-picked some of them. We do not live under the ceremonial, we do not live under the ritual, and but we do live under the moral. There's only 10 of the moral that we as Christians believe we're bound to, some believe nine, which of course is the Decalogue. And so none of those that you mentioned we as Christians believe that we live under. However, we do look at what Christ articulated as the biblical standard of marriage. And we can also look to church tradition for this as well. And the church has had a tradition for well over 2,000 years, even myself as a Protestant acknowledges, that tradition is marriage between one man and one woman.
レビ記には613の律法に3つの種類があります。そして、あなたはもちろんご自身のやり方で、その一部をつまみ食いしました。私たちは儀式律法の下には生きていません。祭司律法の下にも生きていません。しかし、道徳律法の下には生きています。キリスト教徒として私たちが従うべき道徳律法は10個だけです。9個だと信じる人もいますが、それがもちろん十戒です。ですから、あなたが挙げたもののどれ一つとして、私たちキリスト教徒が従うべきものはありません。しかし、私たちはキリストが結婚の聖書的基準として明確に述べたことには注目します。そして、これについては教会の伝統にも目を向けることができます。プロテスタントである私自身でさえ認めますが、教会には2000年以上にわたる伝統があり、その伝統とは、結婚は一人の男と一人の女の間のものであるということです。
articulate (v): (考えなどを)はっきりと述べる、明確に表現する。
tradition (n): 伝統、しきたり。ここでは特に教会の教義や慣習の継承を指します。
Okay, but I work, okay. Say we put aside the Old Testament for now. We'll put that aside and the inconsistencies there and look purely at the New Testament following your rationale, okay? Now, when you say that Christ lays specifically and the New Testament states specifically that man shall not sleep with man, I'd like to point out a linguistic error on that point.
なるほど。では、一旦旧約聖書は脇に置きましょう。それとそこにある矛盾は置いておいて、あなたの論理に従って純粋に新約聖書だけを見ましょう。いいですか?さて、あなたがキリストが具体的に、そして新約聖書が具体的に「男は男と寝てはならない」と述べていると言うとき、その点における言語的な誤りを指摘したいと思います。
I did not say that. I said the biblical marriage was affirmed and then Romans 1 did talk negatively about the action of homosexuality.
私はそうは言っていません。聖書的な結婚が肯定されたと言ったのです。そしてローマ人への手紙1章が同性愛という行為について否定的に語っていると。
セックスに抵抗があっても、万人がやりやすくなるように方法を考えるから比較的抵抗が軽くなる
welcomeにしたら教義の方式に則って(胴着とか手淫口淫性器同士のセックスも方式を何パターンか作る)セックスする
男だけ来ても宗教行為としてセックス(避妊の方法も教義で定める)して、改宗して貰って金づるにすればお金もガッポリはいる
男がセックスさせてくれる女の言うこと聞かないはず無い
少子化にあえぐ先進国に広まればその場に根付くし、何だったら教義の解釈の違いで地域ごとにセックスの仕方が異なっていくのも面白いかもしれない
より献身的な宗教行為を恵まれない人に行った人が聖人として称えられればいい
そして最も宗教行為をした人が権力者になってその宗教の方針を決める
この宗教の聖人は女性であり、恵まれない男性のことも対峙してよく分かっている人
だから男女友好の架け橋的存在になれるし、その人が言う言葉なら男性は聴く
まず歴史。ホロコーストの原因は「ユダヤが他者を見下したから」ではない。
ナチ政権は人種主義と国家ぐるみの反ユダヤ主義を中核イデオロギーに据え、法的に排除した。
ニュルンベルク法は祖父母の出自でユダヤ人を線引きし、改宗者や無宗教者すら対象にした。
これは「ユダヤ教の教義が原因」では論理的に説明不能だ。因果を入れ替えるな。
ユダヤ教は「俺たちだけ箱舟に乗れる」などと言っていない。
タルムードは七つのノアの掟を全人類の普遍倫理として扱い、それを守る諸国民の義人は来世に分け前があるとする。
ラビは明確に「七戒を受け入れ守る者は諸国民の敬虔な人であり、来世に分け前がある」と書いている。
さらに現実のユダヤ社会の行為。イスラエルはユダヤ人ではない救援者に「諸国民の義人」の称号を公式に授与している。
非ユダヤ人を「ゴミ」扱いする思想の共同体だとしたら、非ユダヤ人を国家記憶に刻むか?事実はお前の自己放尿と真逆だ。
お前の「ユダヤが傲慢→ヒトラーが切れた→虐殺」は、個人的体験の一般化、因果逆転、そして加害の正当化というトリプル自己放尿だ。
ナチの動機はユダヤ教の教義ではなく、ナチ自身の人種イデオロギーだったという一次・公的機関の資料が山ほどある。
怒鳴り声で史料はねじ曲がらない。金で信念を売り買いする発言も論外だ。真理は財布の厚さでは決まらない。
今お前がやっているのは、床にぶちまけた自己放尿を指差して「見ろ、大洪水だ!」と喚いているのと同じだ。
お前が本当に「俺は詳しい」と言い張るなら、まともな資料に一度でも当たれ。
読むだけで自分の主張が崩れるのが分かるはずだ。
https://anond.hatelabo.jp/20250727144129
19世紀後半の民族発明:特にバルカン半島での事例が中心。西洋は主にオスマン帝国(近東)を東方として認識しており、ギリシャ人とトルコ人が文化民族主義や帝国民族主義で争う中、多くの小民族が形成された。
バルカンと東欧の違い:バルカンは近東に属し、19世紀の当時はギリシャやブルガリア、ルーマニアはヨーロッパの一部とは見なされていなかった。第一次世界大戦後から徐々にヨーロッパの一部として認識されるようになる。
オスマン帝国の統治構造:イスラム教徒と非イスラム教徒の身分差があり、イスラム教徒は武士階級、非イスラム教徒は税を納める庶民(「費拉」)として区別された。多くの支配層は文化的に改宗や名前の変更を行いながら多民族であった。
軍閥と「民族英雄」:ギリシャ独立戦争は実質的に軍閥同士の争いで、革命派は少数。バルカンでは軍閥が「親王」などの称号を自称し、これが民族発明の一部となった。
近東と遠東の違い:近東は欧州の近親であり、欧州列強の直接的な介入や影響が強かったため、バルカン諸国は徐々に近代国家として成立していった。一方、遠東(中国など)は遠隔地とみなされ、こうした近代国家形成の機会が限られた。
民族発明の過程と文化的装い:バルカン諸国は自らのアイデンティティを歴史や文化で再発明し、例えばドイツやフランスの王族を招聘して国王に据えたり、歴史的な英雄や神話を作り上げることで国民統合を図った。
現代への影響:バルカン半島の民族発明は100年以上かけて完成し、現在の国家体制へとつながっている。逆に近東地域(シリア、レバノンなど)では軍閥紛争が続き、同じような民族発明は未完成である。
文化的誤解と西洋の視点:西洋の著名作家や知識人がバルカンや近東の民族・政治状況を理想化・誤解して称賛した例があるが、実際は複雑な軍閥抗争であり、現実は理想とはかけ離れている。
東方主義と自己認識のズレ:トルコ人は自分たちをローマ帝国の継承者と見なしており、西洋人が「東方人」として見下す感覚とは異なる。遠東の知識人は西洋の視点を鵜呑みにしすぎて自己評価を誤っていることが多い。