はてなキーワード: 記憶とは
1989年のことは知らない世代であるが、オタクと言えばチェックシャツ、鉢巻、デブというイメージだった
と言われればそうかもしれない
TVで写った時に「本当にチェックシャツ着てるんだ」と思ったぐらい
電車男のオタク描写は「本当にこんなしゃべりかたのやついるのかよ」と思ったしな
オタクという用語が使われていたかはあまり記憶にないが、ゲーム雑誌や漫画やアニメの話ばかりしているオタクっぽい男子はいた
他にも今でいうとオタク枠に入る野球オタクとか、ドラマオタクもいた
仲間外れにされていたのは当然のように前者だったので、迫害はあったのだろう
しかし、オタクがいわゆるカースト最底辺かと言われるとそうではなかったように思う
仲間外れにしていたのは男子であり、女子は別に何もしていなかった
仲間外れも積極的に会話しないとか、体育のチーム分けで積極的に呼ばない程度の話で、イジメというほどではない
最底辺はやはりブス
ブスは明確に嫌がられていた
班分けで同じになるとき、日直でペアになるとき、あからさまに嫌がられていた
漫画が子供だけのものという時代から、ちょうど変わっていく時期だったので、
多少の恥ずかしさこそあれ、ジャンプを読み続けられる世代だった
いわゆるオタク趣味の人ばかりであったが、チェックシャツはいなかったし、体型はむしろ痩せ型が多かった
美少女フィギュア好きな人は当時では珍しく、皆にいじられていたのは覚えている
本人は嬉々として解説していたので迫害のような扱いではないと思う
(正確には興奮具合と性欲の発露がすごくてキモかった)
いつしかオタクとはアニメやフィギュア好きの事みたいな使い方から、特定の分野にはまってる人をオタクと言うようになった
適当な放言を繰り返すdorawiiは、複数人に嘘を咎められると
本人もそれを自覚しているので、言い逃れが破綻すると一旦逃げて
つじつまの合わない言い訳をして逃げ切りを計る
慣用句だというのを免罪符にするようなセンスで言葉を適当に使う奴に困った経験が俺の記憶の中で目立つからな。
駐車可能時間に24時間とか書いてあるのを見たが、文脈というかその駐車場の目的とか状況とか考える限り、これは24時間以上止めたらなにか罰則があるとかじゃなくて、一日の内でいつでも利用できるという意味合いなはずだ。
でもそう言いたいならそもそも駐車可能時間「帯」とすべきではないか?そして24時間ではなく、いつでも、とか常時、と書くべき。
dorawiiより
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「オタク迫害史観」というどう考えても捏造されているオタクたちへの違和感
この note 記事に書かれていることは、筆者と同世代で生まれも育ちも東京23区の私が見てきた世界とほぼ完全に一致している。
ところが、ブコメを見る限り、この記事とは全く別の世界線を生きてきた人も多いようで、
その認識のズレはに共通のパターンがあるのように見えたので、ここにメモ的に記しておく。
まず、平仮名「おたく」という用語が侮蔑語として発明されたのは紛れもない事実である。
ただし、中森明夫が「おたく」を造語したのは1983年で、宮崎事件は1989~1990年だ。
つまり、ワイドナショーや週刊誌でロリコン・オタクの犯行として喧伝されるようになったのは1990年から。
「オタク迫害史観」を持ってる人が見逃しがちなのは、1983年から1990年までの7年間である。
大都市出身の私には、宮崎事件までの7年間の方が「おたく」にたいするバッシングはずっと苛烈だったという記憶がある。
むしろ、宮崎事件で「おたく」なるレッテルが田舎のお爺ちゃん・お祖母ちゃんにまで知られるようになって、
ネガティブなイメージが希釈され、「おたく」がカジュアル化した感触すらある。
例えば、ファッションオタクとか、健康オタクとか、「ポジティブなイメージのもの + オタク」というバリエーションが生まれたのは
宮崎事件以降だった筈だ。皆がオタクという用語を知らなければ、そういう言葉が成立しないのだから、間違いなくそうだ。
もしかすると、80年代はネットが普及してなかったので、大都市以外では宮崎事件まで「おたく」という用語と
そのコノテーションをちゃんと知っていたのは、一部の若者だけだったかもしれない。
それなら、宮崎事件をきっかけにオタクが迫害されるようになったという認識の人が多数いることの説明がつく。
この「1983年から7年間の空白」という時間的なズレが「大都市とそれ以外」という地理的なズレに起因している可能性。
それから、ポップカルチャー全体の社会的地位にたいする認識にも、この記事に肯定的な人と否定的な人でズレがあるようだ。
80年代~90年代は、ポップカルチャーが天下を取り、誰もがそれを認めざるを得なくなるまでの過渡期と言える。
(電車男の頃に「ついにオタク文化がメジャーの舞台に上がった!俺たちは認められた!」と一瞬だけ喜んだ人も多いのでは?)
20世紀末までは、「サブ(下部)カルチャー」と、アニメ・漫画・ゲームを含む「ポップカルチャー」には同じように扱われていた。
世間は、地位の低い「とるに足らないもの」をわざわざ細かく分類しない。
確かに、80年代の親・教師世代が「中学生になったらアニメは卒業だね」という価値観を持っていたのは事実だ。
(氷川竜介によると、1974年のヤマトまでは当の中学生がそういう認識だったらしい)
私を含む凡庸な中学生の多くがそういう世間の空気を漠然と内面化していのも事実だろう。決して納得はしてないけど。
一方で、2000年代以降にオタクから分離され、オタクの敵とされた「サブカル」というジャンルには、
ニューアカのような現代思想や、洋楽、ファッション、デザインなど、80年代当時から比較的に社会的地位が高いものも含まれていた。
おそらく、こういうイメージが2000年代初頭にオタクカルチャーが「美少女系を中心に再編されていく」過程で、
「サブカルはオタクとは違う」「サブカルはオタクを見下してきた」という歴史修正の種子となったのだろう。
2000年代にオタクを「自称」するようになり、オタクと言えば電車男やアキバ、美少女という世界観の人にとっては
もともとアニメの社会的地位が低いところに宮崎事件でイメージが更に悪化したのも、
サブカルに地位の高いジャンルが含まれていたのも「一部の事実」だから。
でも実際には、「ハイカルチャー」の権威がまだ辛うじて息をしていた時代(80~90年代)には、
アニメを含むポップカルチャーも「サブ(下層)カルチャー」の一部としてゴッチャにされていたし、
オタク内部では、ハードSF、ハイファンタジー、軍事などを愛好するオタクが美少女イラストを描いてるような連中をバカにしていた。
その見下されていた美少女系オタクが「自分たちこそオタクカルチャーの中心」みたいな顔をするようになっていくなかで、
昔から地位が高かったジャンルをまとめて「サブカル」という敵を設定するのは都合がよかっただろう。
「オタク故に迫害された」のなら、オタクコミュニティー内で見下されていたことは忘れてしまって(又はその時代を知らなくて)
サブカルという「外部」を設定した方が構図としてスッキリするから。
うちのクラスには美少女ものが好きな感じのオタクが2人いた。AとBとしよう
AとBはまんま創作に出てくるような感じのオタクで、常に端っこで2人だけで会話していた
Cはカーストで言えば真ん中ぐらいで、誰とでも会話する感じ
この中で迫害されていたと言えるのはAだけだった
Aは会話のキャッチボールが出来なかった
何を言ってもまともな返答が返ってこず、Bが助け舟を出してやっと会話が成立していた
喧嘩の理由もAの会話の成り立たなさと攻撃性の高さゆえで、先に仕掛けるのもAだった
口は動かないけど立ち上がって睨むみたいな行動はしがちだったんだよな
BもA以外には無口ではあったが、喧嘩の前段階で仲裁に入ったり、殴り合いの中に飛び込んだり行動はスマートだったので
「Bかっけー」と一目置かれていた
令和ならAの行動も多様性で受け入れられるのかもしれないが、昔はやっぱ普通じゃないっていうだけで馬鹿にされる時代だった
オタクだけではなく、ヤンキー的なやつも嫌われてたし、勉強できないやつ、運動できないやつは迫害と言われれば迫害されていた
ちなみにCはエロゲやるやつってクラス中にバレてたので女子からは…ね
でもさすがにCは自業自得かなと思う
色々思い出してきた
Aは体育でまともに参加しなかったんだよな
Bは普通にやってたけど
追記2
社会人になって身近な人が喧嘩した件も思い出した(この1件しか経験はないぞ)
そしてその人もオタクだったわ…
昼休みに外に食べに行くのが当たり前の時代で、帰りに一緒にコンビニでジャンプ読んだりしてたんだよな
そしたらたまたま下段の本を取ろうとした人が転けたんだよ
俺たちが邪魔だったんだろう
そしたらオタク同僚が転んだ人を見てしまったのか、急に胸をぶつけ合って「なんだこら」「やんのかてめー」みたいに煽り合いし出したんだよな
ほんと一瞬の出来事で「なんでそうなった!?」ってびっくりしたのを覚えてる
さすがに手が出るまでには至らなかったが、その後オタク同僚は怖がってコンビニに行かなくなったんだよな
俺としてはそんなに沸点が低い(むしろこっちが悪いと思われるのに)ことと、あんな行動とったのに後で怖がるってどゆこと?って不思議だったな
俺の記憶の限りじゃ70gはあったのにな…
これおもろい視点だな。
高学歴人間と関わってきたけど、記憶力や論理的な推論、ワーキングメモリが強くても、「他人から見たらどう見えるか」の視点が絶望的に欠けてる奴は少なくない。
ㅤさっきまで手に持っていたはずのものを失くして何時間も探したり何年も出てこないことが小学生の時からあるんだけどこの前もやった。論理的に消去法で見つけたからいいけど、マジでそこに置いた記憶自体はない。これってそもそも記憶が生成されてないってこと?
解離性健忘の人の多くでは、記憶に1つまたは複数の空白期間がみられます。空白期間の長さは、通常は数分から数時間または数日間までですが、数年、数十年、さらには過去の人生すべてを忘れることもあります。大半の患者は、自分の記憶に空白期間があることに気づいていないか、部分的にしか気づいていません。その場合は、記憶がよみがえったり、覚えがないのに自分がしたことの証拠を示されたりして、後になってようやく失われた時間(空白期間)に気づきます。
ときには記憶がすぐによみがえることもあり、患者がトラウマやストレスになった状況(戦闘など)から離れると、そうなる可能性が高くなります。一方で、健忘が長期間続くこともあり、特に解離性とん走を起こした人でその傾向がみられます。加齢とともに症状が軽減していくことがあります。
大半の人では、欠落した記憶と思われるものを取り戻し、健忘の原因になった心の葛藤の解決に至ります。しかし、なかには心の壁を突き破ることができず、失った過去を再構築できない人もいます。
地球が太陽の周囲を公転していることなど「知った上で」なお、天球という概念こそが重要であり、天動説的な思考こそが人間を、世界を解き明かすと彼らは考えていた
観測者の視座を加味しないで真の科学的言説が成り立たないことを彼らはずっと昔から十分に理解していたのだ
つまり中心にあるべきは常に「わたし」であり、それが固定された視座であることを前提として世界は記述されるべきで、そのようにして描出されたものにしか意味はないという考え方だ
これは非常にリーズナブルな態度で、最終的に求めるものが「わたし」による世界の解析、言語化、理解であるのだから、誰のものともしれない「客観的」などというあやふやな視点で世界を見ても、結局はただただ基準の統一されていない観測結果ばかり蓄積されてしまうだけだ
その結果として宇宙を相対的なものとしてしか記述できなかったことは記憶に新しいだろう
自己言及が容易く論理矛盾を生むように、視座を主観の外に置くことは本来全くもって意味のない試みだ。意味がないだけでなく、絶対に成功する見込みもない、つまりは不正確さしか生み出さない行為である
我々は天動説に立ち返るべきだ
マンガ読んだり映画見たりもするしおもしろかったなーって思うよ。
めちゃくちゃ偏見のイメージだけどキャラクターのフィギュアとかポスターとか買うのがオタクって思ってるけど、作品の良さからグッズ購入に至るまでの経緯があんまりわからない。
グッズ展開を全部買って使うみたいなのはちょっと疲れちゃいそうって思うしそういう気持ちで買うのはオタクとは違うんだろうなと思ってる。
鉄道オタクとかみたいに、ある特定のことに関して隅々まで調べて記憶して自分の手元に置けるだけ置くみたいなのがタスクになるんだろうけど、どこがスタートでどこがゴールかわからない。
なろう系って本当に読んでも何も得られないんだよな。いくつ読んでも面白くないし、つまらないわけでもないし、記憶に残るシーンもないし、推しキャラも生まれない。
でも、仕事の後に何かやる気にもならないから義務で読んで、また仕事がやってくる。なろう系の展開を現実に期待してるとかじゃないんよ。
他の漫画は読めない。他の漫画を読むのは挑戦することになって負担が大きい。仮に読んでしまったら、続きが読みたくてワクワクしてしまう。そのワクワクで体の調子が狂うし、若くないっていう現実が見えてつらい。
お前ら本当に分かってくれないのか?俺だけなのか?
女性はどうなんだ?
女性主人公で女性向けが流行ってるのって、そういうことじゃないのか?
頼む1人にしないでくれ。
俺が勝手に勘違いして、仲間意識持って、繋がってる気持ちになって安心してただけなのか?
お願いだから正直に言ってほしい。本当につらい。
この柱の強さは、それが感情的・道義的な結束力を持つ点にあります。しかし、その危うさは、時間とともに必然的に風化し、解釈が多元化することです。
これは最も強力であると同時に、最も不安定な柱です。人類の歴史において、永続的な高度経済成長を実現した政体は存在しないからです。
この柱の危うさは、精緻に設計された制度が、実質的な機能不全を起こすか、あるいは形式主義の内面化に陥ることにあります。
これは最も深層に訴求する分、最も危険な地雷原を内包する柱です。
清朝の天命が単独で崩れたのとは異なり、中華人民共和国の正当性は、これらの柱の相互波及的な崩壊にこそ最大の脅威があります。そのシナリオを描いてみます。
この連鎖が起きた時、4つの柱は相互に支え合うのではなく、将棋倒しのように次々と倒れる危険があります。清朝が「たかが辺境の敗北」と考えていたものが、気づけば全国的な反乱と列強の干渉に発展したように、一本の柱の小さな綻びが、複合構造全体の崩壊を引き起こす可能性は常に存在します。
X(旧Twitter)で「東大の女子比率が男女の知能差を表してる」みたいな話が流れてきた。
そのポストには「そんな事ねえだろ!他国の大学とかそんな事ねえぞ!」という反論がついていて、どちらかといえばそちらがバズっている。私もまあ、「そんな事ねえだろ」派閥なのだが、ではどうして女子比率が低いのか?という点については、例えばジェンダーバイアスだとか、地方から出てくるハードルだとか、色々な議論がなされてきて、東大側も施策を打ったり打たなかったりしているところだと思う。
私が言いたいのはこの辺のごちゃごちゃした部分ではなくて、過去東大に通っていた身として、「自分に娘ができたら、どんなに頭が良くても東大には通わせたくない」ということである。
東大の女子比率は、毎年20%前後である。私の在学中に20%の壁を超え、ちょっとした祝福ムードだった記憶があるが、当然学部学科によって人数の偏りもあり、なかには女子がいないクラスなんかも存在する。また、東大合格者の6割は関東出身で、そのうち中高一貫進学校(男女別学)の出身者がかなりの数を占める。何が言いたいかというと、在学生の傾向や文化が偏っていて、しかも「東大」という枠組みの中でどんどん濃縮されていくのだ。
その結果、大学側も生徒側も、普通の大学だったらありえなくないか?という事態を看過しているのではないかと思う。(主観的な意見だからそんなことなかったらごめん)
例えば、入学時の健康診断のとき。胸部X線検査か何かの検査で、上半身の衣服(下着等も含む)を全て脱ぎ、検査着のような薄い服を羽織って待つ必要があった。もちろん裸ではないが、不特定多数に見られるには心許ない格好だし、女性なら分かってくれると思うが、ブラジャー無しで薄い服を着て外を出歩くのはなかなか抵抗があるものだ。しかし、その格好で待たされたのが、普通に人が往来している外通路だった。もちろん男性もたくさん通る。こんなに配慮されないことってあるんだ、と入学早々驚いた。Xで工学部の女子トイレの状態がひどい、と投稿している方がいたが、なんというか、学校側の認識が杜撰なんだと思う。
不審者とかも全然いる。というか学内の人間が不審者になることもある。例えば、これは私の先輩(女性)の話だが、研究の合間に所属学部の研究室で休んでいたところ、たびたび研究室に来て徘徊する男がいたらしい。明らかに1人でいるときを狙って入ってくるし、研究の性質上夜に研究室に篭もることもある。このままでは危ないのではないかと怖くなり、教授に掛け合ったところ、他研究室の院生だと発覚した。しかし、結局のところお咎めなしだったらしい。こういう話は、在学中たびたび聞いた。
私個人としては、セクハラ(というか性暴力)もかなりこたえた。男性が8割を占めるうえ、前期課程は高校のようなクラス制で、否が応でも男性と関わらなくてはならない。しかし、それがきっかけでLINEのしつこいメッセージが来たり、あることないこと噂を流されたり、果てにはホテルに連れ込まれそうになったり、詳述はしないが体を触られたり、本当に嫌な目にあった。告発しようと思ったこともあるが、男性ばかりの環境ではあまり取り合ってもらえず、結局なるべくクラスに顔を出さないようにした。
書いたら嫌な気持ちになってきたが、こういう話は私や、私の周りの女性が実際に体験した話である。あくまで個人の話だし、たまたま悪い経験を引き当ててしまっただけなのかもしれない。しかし、男女比率の偏り、あるいはそれを解決できないでいる大学側の姿勢が、このような問題の一因であると個人的には思う。もし今が女性を増やしていくための過渡期で、私の経験がその礎となる犠牲、みたいなものだったのだとしても、少なくとも自分の娘には同じ思いをさせたくない。
最後に、誰もがあくまで追求したい学問や目指す進路のために大学の門を叩くはずであり、それを阻む障壁は取り去られてしかるべきである。何も女子生徒だけを優遇しろ、と言っているのではなく、誰にとっても過ごしやすい環境を実現するために、社会や制度がもっと良い方向に変わっていくことを願う。
昨日ぐらいから北越高校生徒の証言がちらほら各新聞等で出てくるようになってますね。
辺野古 同志社国際高校の生徒証言はメディア報道をあまり見なかった記憶なんですが実際のところどうだったけ。
生徒や保護者、OBに取材してないのかね。いつもはしつこいほどやるのに。
わけわからんXなんかの告発アカウントではなく、それなりに信頼性のあるメディアから裏付けのある情報が欲しいんだけど出てこないよねぇ。
バンドが解散する際に「ベースがギターを殴る」というシチュエーションは、音楽ファンの間ではもはや「伝説的なお約束」や「様式美」として語り継がれているエピソードですね。
最も有名な元ネタの一つは、日本の伝説的ロックバンド「BOØWY」の解散にまつわるエピソードだと言われています。
1987年の解散宣言の際、あるいはその前後の緊張感の中で、布袋寅泰さん(ギター)と松井常松さん(ベース)の間で「殴り合いがあった(あるいは殴った)」という噂が、ファンの間で都市伝説的に、あるいは象徴的に語り継がれました。
バンド内での役割として、ギタリストは華やかで目立つ「動」の存在、ベーシストは寡黙で職人気質な「静」の存在として描かれることが多いです。
そんな「普段一番怒らなさそうなベーシスト」が、積もり積もった不満を爆発させてギタリストを殴るという構図が、ドラマチックな物語(あるいは漫画や創作物)として非常に映えるため、定番のイメージとして定着した側面があります。
バンドの解散理由は「音楽性の違い」とされることが多いですが、実際には人間関係の摩耗が原因であることも少なくありません。
特に、リズムを支えるベースとメロディを引っ張るギターは、音楽的な「背骨」を共有している分、一度ズレが生じると修復不能な感情的な衝突に発展しやすい……という解釈もなされます。
実際には、楽器を置いて握手して別れるバンドや、淡々と終わるバンドの方が圧倒的に多いはずですが、「最後に感情が爆発する」というエピソードの方がロックらしく、人々の記憶に強く残るのでしょう。