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はてなキーワード: 科学とは

2026-01-24

30年前と比べるとだいぶ科学が発展したけどさ

でも30年前と比べて劇的に旨い飯とか生まれてないよな

じゃあ、もう一段深いところを書く。

これは科学史という分野が「惨め」なだけじゃなく、「陰湿であるという話だ。

科学史アカデミアは、だいたい表向きは穏やかだ。

みんな丁寧語

メールはやたら長い。

「大変示唆に富むご研究で〜」から始まる。

でも中身は、湿地帯。

まず、分野が狭い。

狭すぎる。

日本に同じテーマをやっている人が5人いない。

下手すると3人。

しかも全員、顔見知り。

まり、逃げ場がない。

学会に行くと、

「そのテーマ、○○先生もやってますよね?」

という一言で、すべてが始まり、すべてが終わる。

○○先生は、

自分より10歳上

海外学位持ち

・すでに定職あり

編集委員

科研費審査員

この時点で勝負は終わっている。

でも誰も「競争だ」とは言わない。

みんな「協調」「対話」「学問的誠実さ」を口にする。

そして水面下で、

学会報告を先に出された

・似たテーマ論文が急に出た

査読意味不明に削られた

・「その史料はもう使われています」と後出しで言われた

ということが、静かに起きる。

科学史陰湿さは、

殴られないことだ。

怒鳴られないことだ。

すべてが「丁寧な否定」だからだ。

「興味深いですが、やや既存研究との関係不明瞭です」

お前の居場所はない。

「もう少し理論的整理が必要では?」

お前は浅い。

「この分野では慎重さが求められます

余計なことをするな。

誰も名前を出さない。

誰も責任を取らない。

ただ、閉め出される。

さら陰湿なのは

科学史マイナー分野」という自覚が、

研究自身保守化させている点だ。

ポストが少ない。

枠が少ない。

から

・新しい視点危険

方法論の更新リスク

・学際性は「若気の至り

結果、

古い枠組みを守った人間けが生き残る。

なのに口では言う。

「若手には挑戦してほしい」

この言葉ほど嘘なものはない。

本音はこうだ。

自分領域を荒らすな」

自分史料に触るな」

自分名前を越えるな」

科学史は、

天才科学者を語る分野なのに、

アカデミア内部では凡庸さが最適解になる。

しかポストがないから、

非常勤どうしでの争奪戦が起きる。

時給1117円の授業をめぐって、

博士号持ちが何人も並ぶ。

その中で起きるのが、

・あの人は「ちゃんとした科学史じゃない」

哲学寄りすぎ

社会史寄りすぎ

・数式を避けている

実験を知らない

という、相互監視

自分非常勤なのに、

他人非常勤を叩く。

惨めさが、内向きに循環する。

そして一番陰湿なのは

この世界では「やめた人」が語られないことだ。

生活できなくなって消えた人。

研究を諦めた人。

民間に行った人。

精神を壊した人。

誰も話題にしない。

なかったことになる。

科学史とは、

科学の光を語る学問だが、

その背後で、

学問を続けられなかった人間の影を大量に生み出す分野でもある。

それでも今日も、

対話」「誠実」「学際」を掲げて、

かに誰かが締め出される。

これが、

科学史アカデミアの、

まりにも静かで、

まりにも人文的な地獄だと思う。

子育て支援独身搾取」を修正するための「投資家モデル

昨今の少子化対策を巡る議論を見ていると、子育て世帯独身・子なし世帯の分断が深刻化している。

独身負担ばかり増える」「実質的独身税だ」という批判は、現在制度設計を見る限り、数字の上でも感情の上でも正当なものだ。

しかし、ここで「子育て優遇はずるい」と対立し続けても、解は出ない。

なぜなら、国家というシステムが存続を目的とする以上、「次世代納税者構成員)の再生産」への投資は、国家システム基盤のデフォルト設定として不可避だからだ。

自民党だろうが共産党だろうが、あるいは独裁国家だろうが、国家が「自殺消滅)」を望まない限り、子育て世帯への資源配分自動的に発生する。これはイデオロギー以前の「生存本能」だ。

避けることはできない。

問題は、そのためのコストを払わされる独身・子なし世帯が、単なる「搾取対象(財布)」として扱われていることにある。

今回は、この不公平感を解消し、かつ合理的システムを維持するための思考実験として、独身者=投資モデル提案したい。

1. 「道徳」ではなく「リスクヘッジ」として捉える

まず、我々が支払う子育て支援金税金社会保険料)を、「他人の子供への施し」と考えるのをやめるべきだ。

これは、将来の金融資産リスクへのヘッジ」である

我々の年金GPIFによって金融市場運用されているが、30年後に株価がどうなっているかは誰にも分からない。世界恐慌で紙切れになる可能性もある。

だが、どれだけ金融市場崩壊しても、高齢者オムツを替え、食事を運び、インフラを整備する物理的な労働力価値消滅しない。

子育て支援とは、金融資産毀損した際にも機能する現物労働力)」を確保するための先物取引なのだ。金があっても、働く人間がいなければサービスは受けられないからだ。

2. 「数」ではなく「ROI投資対効果)」を要求する権利

人口減少が避けられない以上、「頭数」で支える賦課方式はいずれ破綻する。

ならば、独身者(=投資家)は、政府に対して「ただ金をバラ撒け」ではなく、投資対効果(ROI)を高めろ」要求する権利を持つべきだ。

子供の数が半分になるなら、一人当たりの生産性(稼ぐ力)を倍にすればシステムは維持できる。

我々は「子供手当」という名の消費的支出ではなく、「高度な教育科学技術教育」への集中投資を求めるべきなのだ

「私の税金を使って、Googleトヨタ外貨を稼ぐエリートを育てろ。底辺底上げしろ。そして彼らが納める税金社会保険料から、私の年金を払え」

これこそが、人口減少社会における正しい株主独身納税者)の要求ではないか

3. 「GDP連動型年金権」という名の『配当』を約束させる

では、どうやってその権利保証するか。

難しい経済用語はやめて、もっと単純な出資配当の話をしよう。

現状、独身者が払っている支援金は、ブラックボックスに消えている。「誰かのために使われたらしい」で終わりだ。これでは納得感がない。

これを国家という巨大な奨学金財団への出資に変えるのだ。

具体的なイメージ

あなたが現役時代に払った「子育て支援金(現在の一部の税金社会保険料)」は、特定世代への「教育ファンドへの拠出」として記録される。

30年後、その投資を受けて育った「元・子供たち」が働き始めたとき、彼らの稼ぎ(GDPや平均賃金)がどうなったかで、独身・子なし世帯であるあなた年金増加額が決まる。

成功シナリオ

あえて悪く表現するが、財布であるあなた投資によって高度な教育を受けた子供たちが、Googleトヨタバリバリ稼ぐ「年収1000万プレイヤー」に育ったとする。彼らはガッポリ税金を払う。

政府スポンサー独身者)のおかげで優秀な納税者が育ちGDPが増えました」として、その増えた税収の一部を、あなた年金に「ボーナスとして上乗せする。

失敗シナリオ

教育政策が失敗し、低賃金労働者ばかりになったら、あなた年金ボーナスゼロだ。

からこそ、あなた必死政府監視するようになる。「おい、俺の金を変なイベントに使うな! それに使うくらいなら科学教育に使って稼げる人間を育てろ!」と。

要するに、ただ金をむしり取られるのではなく、「将来、彼らが稼いだ金の一部をキックバックしてもらう契約を結ぶということだ。これなら「他人の子供」は「コスト」ではなく「金の卵」に見えてくるはずだ。

端的に言えば、子育てコスト負担した独身・子なし世帯であれば、負担しなかった人よりも将来の年金が増える。

そういう「リスク・リターン」をシステムに組み込むことだけが公平性担保する唯一の方法だ。

結論

感情論で「子供は宝だ」と言われても、負担が増える側は納得できない。

必要なのは独身者が払ったコストが、将来のリターン(物理労働力と高付加価値税収)として返ってくる」という明確な社会契約金融取引だ。

国家が「産めよ増やせよ」を強制するのは、それが国家生存戦略から仕方がない。

ならば、そのコスト負担する独身・子なし世帯は、一方的搾取されるのではなく、「子ども筆頭株主」としてリターンを要求するポジションを取りに行くべきではないだろうか。

道徳ではなく、損得で合意形成をする。

それだけが、この不毛な分断を終わらせる唯一の道だと考える。

思考の発展

一応言うが、このGDP連動型年金権は現在支払っている税金社会保険料が変わることがない。新たな制度を作り、税金社会保険料から予算を組み替えるだけだ。

税金社会保険料が変わるとき、それは従来通りに税金社会保険料が変わるという法案国会で通ったときだけだ。

GDP連動型年金権があれば、リターンもなく一方的搾取される独身・子なし世帯は「リターンがあるかも知れない」という資産構造的にはプラス可能性を単純に得られる様になるわけだ。

更にここへ確定拠出年金の様に、一口いくら任意年金増額オプション存在したらどうなるだろうか?

独身・子なし世帯の中でも高所得者日本社会全体の教育労働スキル水準を引き上げる増資をするという選択肢に魅力を感じるはずだ。何故なら既に保有する国内金融資産もまた成長する可能性が上がるからだ。

これまで独身・子なし世帯の利点ばかり話したが、子持ち世帯にどのような恩恵があるのか話そう。

母子父子家庭に言おう。年に1度は東京ディズニーランド子どもも連れて行きたくはないか子ども大学進学させたくはないか?良い会社へ入れたくはないか

GDP連動型年金権は年金増額オプションまで含めれば国の教育関連予算が確実に増える。母子父子家庭が日々負担する教育コストが下がる。

私はTVで「一度は子ども東京ディズニーランドへ連れていきたい」と言っていた母子家庭の母親の想いを観たことがある。それが実現する。

そもそも既婚者は誰しもが独身時代というもの経験して結婚する。当たり前の話だ。

まりGDP連動型年金権は今後婚姻する・しないに関わらず全ての労働者に影響する。「年金なんて払っても意味ねーよ」という若者を見たことはないかGDP連動型年金権は税金社会保険料を支払うと意味が必ずある。

独身時代経験した既婚者にも納得感があるはずだ。子持ち世帯ならば尚更納得感があるだろう。

GDP連動型年金権は出産子育て教育政策と予算を子持ち世帯だけの聖域にせず、全国民の「自分ごと」化させる。

独身・子なし世帯が「その教育予算の使い方は良くない。真っ当な使い方をしろ」「年金を上げるため教育予算を絞るな。しっかり子ども教育しろ」と言えるようになる。

街ゆく子どもは我々の年金だ。何と可愛らしいことか、大きく育てよという気持ちにさせるではないか

これがGDP連動型年金権だ。賛同する者はブクマやX(Twitter)などSNS宣伝しまくって政党政治家アピールしよう!みんなで教育投資年金を増やしていこう!

創作世界に出てくる魔法って、不確定要素がない科学的な魔法ばかりなんだよな。

あることをすると、必ず同じ結果(効果)が得られる、という極めて科学的な魔法ばかりだ。

要するに、別の世界の別の物理法則のような存在として魔法法則が極めてロジックに構築されている。

これは、現在創作に登場する魔法が、コンピュータゲームに登場する魔法に由来することが大いに影響しているためと思われる。

ゲーム世界魔法が、効果に多少のランダム存在するとは言え、マジックポイントを消費すれば必ず魔法が発動して期待した効果が得られる。

これは我々の物理世界規則に従った科学のそれよりも更により強く働く法則性でもあるといえる。

しかし、本来魔法というものはかなりの不確実性を含む神秘領域の技であったはずなのだ

ファンタジー元祖とも言えるトールキン創作に出てくる魔法使いガンダルフなどが、魔法を失敗するのはそのような魔法イメージ準拠したものだといえる。

しかし、現代創作において魔法というのは、熟練さえすれば失敗はしないという普遍法則支配するものとなっている。

anond:20260124015321

まず、あなたの問いに形式的には答えますが、

その前提(「負け条件を提示しない限り議論不能」)自体には同意していません。

1.MMTにおける「負け条件」について

MMTの中核命題

政府通貨発行主体であり、失業資源制約ではなく制度選択である

という制度定義です。

このレベルの主張は、

予測誤差で勝敗を決めるタイプ経験命題ではなく、

会計オペレーション法制度の整合性によって評価されるものです。

その意味で、

制度記述のものに対して主流派的な“反証条件”を要求することは適切ではありません。

2.JGに関して「修正必要になる条件」は存在する

一方で、JG(雇用保証)については、

制度定義から論理的に導かれる帰結であると同時に、

設計運用を伴う制度である以上、修正改善余地はあります

例えば、

• JGを「希望者全員雇用」として実装しても、

非自発的失業制度的に残存する

• JG賃金労働市場基準点として機能せず、

労働移動が成立しない

• 税・支出調整を含む制度運用によっても、

名目不安定が恒常化する

こうした事態観測されれば、

JGの設計位置づけは修正されるべきだとは考えます

ただし、これは

MMTが誤りであることの反証」ではありません。

3.負け条件要求のものへの異議

ここで重要なのは

あなたが求めている「負け条件」は、

• 主流派マクロモデル構造

予測命題中心の科学

政策含意と理論本体の切断

を前提にしています

しかMMTは、

政府家計主体として扱わない

失業を均衡結果として扱わない

• NAIRUや自然利子率を理論的に採用しない

という点で、

そもそも同じ科学観・方法論に立っていません。

したがって、

「負け条件が固定できないなら思想である

という評価基準自体を、

MMT側は受け入れる理由がありません。

4.結論

私の立場は次の通りです。

制度記述反証主義の枠外にある

• JGなどの制度設計修正改善対象ではある

しかし、それを主流派的な敗北条件で裁定する議論には応じない

この前提が共有されない限り、

議論方法論の押し付けに終わると思います

anond:20260124014938

前提確認質問ありがとう

私は政府家計企業と同型の“資金制約主体”だとは採用していません。

自国通貨建てで支出でき、徴税権もあり、会計上は家計と違うのはその通りだと思っています

ただ、その制度理解採用しても、政府に制約がないわけではなく、実物資源・インフレ為替/対外バランス制度運用能力などの制約は残る、という立場です。

ここまで前提が合うなら、次の段階として確認したいのは、MMT側(あなた立場)でいう「負け条件」です。

私は“主流派翻訳して反証しろ”と言っているのではなく、あなたの言う制度前提(政府通貨発行者、税は事後回収、制約は資源インフレ)に立ったままで構いません。

その上で質問です:JGを名目アンカーとする制度構造について、どんな観測事実が出たら「この主張は誤り/修正必要」と認めますか?(2〜3個でいいので、第三者確認できる形で挙げてほしいです)

もしそれを提示できないなら、議論経験命題ではなく規範思想)の主張になってしまうので、そこをはっきりさせたいです。

反証条件が提示されない限り、MMT経験科学理論として議論することはできないので、私はいったんここで議論を止めます

反証条件(観測可能な負け条件)を提示できるなら、その時点で再開したいです。

anond:20260124012734

増田さんの返答を読んで、私はこう理解しました。合っていますか?


1.私が提示した「制度記述(A)と政策含意(B)を切り分ける」という整理に対して、増田さんは違和感がある。

MMT制度記述価値中立説明ではなく「国家という主体をどう定義するか」という前提そのもので、JGのような政策含意は任意の応用ではなく制度定義から論理的に導かれる帰結だ、という立場

2.ただしそれは「JGを導入すれば常に成功する」「設計や条件を問わない」という主張ではなく、JGがどの設計でどの程度機能するか(賃金構造インフレ制御労働移動・行政能力など)は、歴史事例や制度比較、段階的導入によって検証改善されるべきだ、という立場

3.さらに、主流派が置いている「政府家計型の制約主体」「失業=均衡調整」という制度前提そのもの現実貨幣制度整合していない、というのがMMT問題提起であり、主流派モデル翻訳したうえで「同じ形式の事前予測が出ないか非科学」と評価するのは、制度定義対立方法論の問題すり替えているように見える、という主張。

――ここまでが私の理解です。

その上で確認したいのは一点で、増田さんの立場では

という整理になりますよね。


ここまでは理解できます

ただ、私が気にしているのは「検証必要」と言いつつ、どんな観測事実が出たらMMT側の主張(少なくともJGを名目アンカーとする制度構造の優位)が誤りだと認めるのかという“負け条件”が固定されない場合です。

もし、制度記述から導かれる政策含意(JG・ゼロ金利固定・国債制度設計など)まで含めて反証不能だと言うなら、それは科学というより規範思想)の主張になると思うのですが、その整理で良いですか?

anond:20260124010826

率直に言うと、「制度記述政策を切り分ける」という整理には違和感があります

MMT制度記述価値中立説明ではなく、国家という主体をどう定義するかという前提そのものからです。

政府通貨発行主体であり、失業が実物資源の遊休を意味するなら、

雇用提供しないこと自体がすでに一つの制度選択であり、

ジョブギャランティ(JG)のような政策含意は、任意の応用ではなく制度定義から論理的に導かれる帰結だと考えています

ただし、これは「JGを導入すれば常に成功する」「設計や条件は問わない」という主張ではありません。

MMT批判しているのは、失業価格安定の調整弁として用いる制度構造のものであり、

雇用名目アンカーとする制度構造の方が、理論的に一貫しているという点です。

したがって、JGがどの設計で、どの程度機能するのか、

賃金構造インフレ制御労働移動、行政能力といった具体的帰結については、

歴史事例や制度比較、段階的導入による検証必要だと思います

ただその検証は、制度記述と切り離された「別理論反証」ではなく、

MMTが描く制度構造現実にどう作動するかを確かめ作業であるべきです。

よく「予測できない理論科学ではない」と言われますが、

MMT問題にしているのは、予測のものではなく、予測依拠している制度前提です。

流派マクロの多くは、

政府家計企業と同型の制約主体として置き、

失業を均衡調整メカニズムとして内生化した上で予測を行っています

MMTは、その前提自体現実貨幣制度整合していない、と主張している。

この意味MMTは、

「この制度構造を前提にしたとき、どんな予測が成り立つか」以前に、

そもそもどの制度構造を前提にすべきか」というレベル議論をしている。

したがって、主流派モデル翻訳したうえで

「同じ形式の事前予測が出ないか非科学だ」と評価するのは、

制度定義対立方法論の問題すり替えているように見えます

私の理解では、MMT

制度記述の正否は会計オペレーション法制度の整合性で評価されるべきであり

・その制度構造の下での政策設計(JGの形態運用)は、実証比較改善されるべき対象

という立場です。

まりMMTは「反証主義を拒否している」のではなく、

何を反証対象にするのか、その順序と前提が違う、

という点が主流派との根本的な相違だと考えています

MMT現代貨幣理論)は何を主張し、主流派経済学の何を批判しているの

MMT(Modern Monetary Theory)はしばしば

財政拡張正当化する理論

政府お金を刷ればいいと言っている理論

と誤解されがちです。

しかMMTの核心は、政策の是非以前に、私たちが前提にしている“国家貨幣財政”の理解のものが間違っているのではないか、という問題提起にあります

この記事では、

• 主流派経済学が何を前提にしているのか

MMTがそのどこを批判しているのか

を対比しながら説明します。

1. 主流派経済学基本的な考え方

流派マクロ経済学では、暗黙のうちに次の前提が置かれています

政府家計企業と同じ「経済主体

• 税収や国債発行で資金を集めてから支出する

財政赤字政府債務は「将来の負担

完全雇用市場の結果、失業自然現象

インフレ管理の主役は金融政策金利操作

この枠組みでは、政府資金制約を受ける存在であり、

財政は「使いすぎないよう管理すべきもの」と理解されます

2. MMTの出発点:政府は何者か?

MMTは、ここで根本的な問いを立てます

自国通貨を発行している政府は、本当に家計と同じなのか?

MMTの答えは明確です。

政府通貨の「利用者」ではなく「発行者

支出通貨発行として先行し、税は事後的に回収される

• 税の役割は財源確保ではなく、通貨需要の創出とインフレ調整

まり政府は、市場からお金を集めてから支出する存在ではなく、

通貨を発行することで自ら必要資源を動員(provision)する主体だ、という理解です。

ここが主流派との最大の分岐点です。

3. MMT批判する「財政観」の誤り

流派では、しばしばこう言われます

• 「財政赤字は将来世代へのツケ」

• 「国債が増えすぎると破綻する」

• 「まず財源を示せ」

MMTは、これらを制度理解の誤りだと批判します。

理由は単純で、

政府赤字は、民間黒字(純貯蓄)

自国通貨建ての国債は返せなくなる性質のものではない

• 本当の制約は「お金」ではなく「人・モノ・技術

MMTは「無制限に使え」と言っているのではなく、

間違った制約(財政破綻論)を外し、正しい制約(実物資源とインフレ)を直視しろと言っているのです。

4. 雇用インフレに対する決定的な違い

流派では、インフレを抑えるために失業必要だと考えます(NAIRU)。

一方MMTは、これを強く批判します。

失業市場自然現象ではなく政策の結果

失業を「調整弁」にするのは非効率かつ非人道的

MMT提案するのが**ジョブギャランティ雇用保障)**です。

政府最低賃金で常時雇用提供

• 景気が悪いと雇用が増え、良いと民間に移動

失業ではなく「雇用」を名目アンカーにする

これは単なる福祉政策ではなく、

マクロ経済の安定装置としての制度設計です。

5. なぜ主流派MMTを受け入れにくいのか

MMTを受け入れると、次が一気に明らかになります

失業政策選択だった

財政破綻論は制度虚構だった

金融政策役割過大評価されていた

これは理論の一部修正ではなく、

経済学政府をどう描いてきたかという前提そのもの崩壊意味します。

そのため主流派は、MMT

過激財政拡張論」

予測を出さないか科学でない」

と再定義して批判しがちですが、それはMMTの射程を意図的に狭めた評価です。

6. MMTは何を目指している理論なのか

MMTは、

• 新しい自然法則を発見する理論でも

• 景気予測で当て続ける理論でもありません。

MMTがやろうとしているのは、

すでに存在している貨幣制度を正しく理解し、

その理解に基づいて制度政策を再設計すること

です。

からMMTは、

反証主義土俵に乗れ」

と言われるたびに、

その土俵自体が、政府を誤って定義している

と応答するのです。

2026-01-23

anond:20260123234041

増田さんの挙げた例は、どれも「最初は傍流・異端扱い → その後に主流化」ですが、主流として受け入れられた“型”がかなり共通しています

既存理論では説明しにくい観測事実アノマリー)が蓄積

② 新説が「定量的予測」や「決定的な検証テスト)」を提示

③ 追試・再現で生き残り、応用(技術・実務)で強固になる

④ その過程で「何が反証になりうるか」のルールが徐々に固まる

以下、各例で「何が決め手だったか」を短く整理します。

1) ニュートン万有引力が主流化した理由

決め手は「天体運動を一つの法則統一し、予測が当たった」ことです。

ニュートン力学と万有引力は、地上の落下と天体運動を同じ枠で扱える(統一性が強い)。

そして象徴的なのが、ニュートン理論を使ったハレー彗星回帰予測(1758年頃)で、実際に1758年末に観測され、ニュートン理論の有力な実証例として扱われました。

ここで重要なのは「それっぽい説明」ではなく、“いつ出るか”を事前に言える(予測可能性)が強かった点です。

2) 熱力学第二法則が主流化した理由

決め手は「熱機関効率という工学的に検証される領域で、普遍的制約として働いた」ことです。

第二法則19世紀中頃にクラウジウスやケルヴィンらにより整理され、代表的には「熱は自発的に冷→温へは流れない」等の形で表現されました。

これは“哲学”ではなく、蒸気機関などの熱機関の性能限界(どんな工夫をしても超えられない上限)として現場で繰り返し確認され、理論の信頼を固めました。

まり第二法則は「実験室で一発」より、工学化学での再現性と有用性が、主流化を支えたタイプです。

3) 原子論が主流化した理由

決め手は「原子実在すると仮定すると出る定量予測が、実験確認された」ことです。

19世紀末〜20世紀初頭まで、原子の“実在”には懐疑もありましたが、

アインシュタイン(1905)がブラウン運動原子分子)の運動に結びつけ、観測できる量(平均二乗変位など)に落とした。

その予測ペランらの実験で支持され、原子分子運動論が受け入れられる大きな契機になった、という整理が教科・解説論文で繰り返し語られています

ここは反証主義っぽく言うと、「観測できる指標への翻訳操作化)」が勝因です。

4) 大陸移動説(→プレートテクトニクス)が主流化した理由

決め手は「メカニズム不在の弱点が、海底観測データで埋まり、“決定的テスト”が登場した」ことです。

ウェゲナー大陸移動説は「大陸の形が合う」「化石・地質が対応する」などの状況証拠はあった一方、動く仕組み(メカニズム)が弱く、北米などで強い反発がありました。

1950〜60年代に海底探査が進み、海嶺で新しい地殻が生まれ広がるという「海洋底拡大」的な絵が出てきた。

さら1963年前後海嶺の両側に地磁気の“縞模様(磁気異常の対称パターン)”が出るはずだ、という形で「科学テスト」が明確になり、これがプレートテクトニクス確立重要な一歩として整理されています

このケースは、まさに「傍流が主流へ」の典型で、“良い話”が勝ったのではなく、“測れる予測”が揃ってひっくり返った例です。

5) 病原菌説(germ theory)が主流化した理由

決め手は「微生物存在感染→予防・治療成功」までが連結して再現されたことです。

パスツールやリスター、コッホらの仕事が「病原体病気を引き起こす」という枠組みの確立と受容に大きく貢献した、と整理されています

具体的には、パスツール実験が“自然発生”を否定微生物役割を示す方向で影響し、

コッホは炭疽菌などで「特定病気特定病原体」という因果実験で強く示しました(コッホの業績・方法論として説明されます)。

ここは理論の受容が、手洗い・消毒・衛生・ワクチン等の実務成果に直結し、主流化が加速したタイプです。

まとめ:増田さんの例が示す“主流化の条件”

増田さんの列挙は「傍流が主流になった」という点では正しいですが、より重要なのは

それらは “検証可能予測(あるいは反証条件)を固定し、外部データと追試に耐えた” から主流になった

という点です。

私がMMTに対して言っている「反証主義の土俵に乗れ」という要求は、まさにこの主流化パターン(=科学史の勝ち方)を踏まえたものになっています

anond:20260123230258

科学哲学には、理論反証可能予測をしなければならず、これらの予測のいずれかが誤りであることが示されると、私たちはその理論を捨てるべきだという古い見解がある(事後修正は「アドホック」と呼ばれる)。

問題は、良い理論は通常、スタートとエンドの両方で反証されることが多いということだ。例えば、ニュートン運動理論はもともと月の運動説明できなかったため、反証主義的な基準ではほぼ即座に無視されるべきだった。しかし、これは間違いだった。なぜなら、実際にはニュートン力学が最終的に月の軌道説明できたからだ。

一方、アインシュタイン理論が登場したとき、それが支持された理由は、水星の近日点を効果的に説明たからであり、その予測ニュートン理論が誤っており、ニュートン理論反証と見なされるようになった(とはいえニュートン理論水星の近日点を説明できないことには数世紀の間私たちは慣れていた)。

これは、硬い科学の描く反教条主義的なイメージが魅力的なので教えられ、また、社会科学は自らを硬い科学のように見せたいので教えられている。

まり常識とされる側が間違ってるのに、その間違ってる側で検証されても正しい理論かどうか何か分からんのよ

お金一つとっても考え方が違うのよ↓

https://note.com/nkms/n/nb2b68164db34

創造性とは?

創造性を構成する要素についての仮説を述べる。

創造性は確率である

天才成功は、統計的確率に従っている。

ジップの法則

成果の分布は、言語学などでも見られるジップの法則に従う。

ほとんどのアイデアは平凡なものノイズ)だが、ごく一部に極めて優れたものシグナル)が存在するという予測可能カーブを描く。

組み合わせの数学

認知科学者のマーガレットボーデンは、創造性とは「要素を新しく組み合わせること」だと定義している。

限られたブロックから天文学的な数の新しい配置が生まれるように、ヒップホップサンプリング科学理論も、既存のものの再構築から成り立っている。

指数関数的成長

スキル習得複利計算のようなもので、最初は成長が遅く見えるが、ある地点から加速度的に伸びていく。

練習を長く続けるほど、成長率は高まりブレイクスルーが起きやすくなる。

カオスの縁

創造性は、完全なランダムカオス)と、ガチガチ規則(秩序)のちょうど中間にあるカオスの縁で最も活発になる。

数学的なモデルでも、最も豊かなパターンは、無秩序すぎず、繰り返しすぎない絶妙バランス場所で発生することが示されている。

ケツ論

1. 量を出す: 試行回数を増やすこと。

2. 組み合わせる: 古いものを新しい形に混ぜ合わせること。

3. 継続する: 時間による複利効果を信じること。

4. バランスをとる: 自由さと構造の間のスイートスポットを見つけること。

anond:20260123213431

潰れない程度には十分に満たされていても常に何かしらの不満を言ってるよ

飢饉で飢え死ぬことも寒さで凍え死ぬこともないこの時代日本でも文句だらけだし

100年後にAI科学技術進歩もっと生活が満たされても不安を感じる脳機能がある限り大衆は不満を言い続けているだろうよ

介護こそラスボスなのでは?

思うんだけど、科学技術が発展すれば、生活ほとんどは満たされると思うんだ。

エネルギー問題解決して、物質的にはなんでも手に入り頭脳労働AIがしてくれるようになっても、人は老い介護必要になる。

もちろん、他にも必要仕事はたくさんある。

薬が圧倒的に安くなっても、オペはロボットじゃ難しいだろうし、道路を作ったりビルを建てたりもロボットじゃ無理だと思う。

でも、数としてめちゃくちゃ足りなくなるのは介護の分野だと思う。

なにせ、一億総老人社会だし、1人が10人も20人も介護できるもんじゃない。

子供介護してもらえと言いたいが、いても一人っ子、あるいは子なしばかりで、大半の家庭で外部リソース必要になる。

これはヤバいのでは?

原発未来はない

科学見地無視し、寿命廃炉から目を背け続けるのはもう無理である

増え続ける核のゴミ問題解決していない

現行の原発が使えるうちに再生可能エネルギー等他の電源開発に注力すべきである

科学史という分野がいかに惨めか、今日はそれを書いておく。

まず、誰にも必要とされていない。

理系からは「それ役に立つの?」と言われ、

文系からは「理系っぽくてよくわからない」と距離を取られる。

場所がない。

学会に行くと、物理史の人間は「数式は説明できません」と前置きし、

数学史の人間は「証明は追えません」と正直に言い、

科学哲学人間は「私は科学史ではない」と逃げ道を用意している。

全員、後ろめたい。

研究対象ニュートンガリレオダーウィン

人類史に名を残す怪物たち。

一方こちらは、非常勤任期付き、時給制。

自分が扱っているのは「人類の知の頂点」なのに、

自分社会的地位コンビニ夜勤以下だったりする。

しかも「科学史」なのに、

科学ができないと怒られる。

物理ができないと「それで科学史?」

数学ができないと「高校レベルでは?」

実験ができないと「理系失格では?」

一方で、

科学ができすぎると

「それもう科学者じゃない?」

文系から嫌われる。

どちら側からも殴られる。

科学史は、

科学者には「できない人」扱いされ、

文系には「半端者」扱いされる、

完璧に宙ぶらりんな分野だ。

しかも成果が地味。

「新しい史料発見しました」

→誰も読まない。

解釈更新しました」

引用されない。

既存理解修正を加えました」

→「で?」で終わる。

科学発見のように世界は変わらない。

哲学のように概念流行ることもない。

文学のように一般読者に届くこともない。

ただ、論文が一本増えるだけ。

その論文を書くために、

ラテン語を読む。

ドイツ語を読む。

フランス語を読む。

19世紀の汚い手書き文字を読む。

その努力の対価が、

時給1117円。

授業ではさらに惨め。

学生に言われる。

「それ、テストに出ますか?」

公式覚えればいいですか?」

「結局、何が言いたいんですか?」

科学史は、

「すぐ役に立たない」ことを説明する学問なのに、

学生は「すぐ役に立つ要約」を求めてくる。

そして最終的にこう言われる。

科学史って、科学できなくてもいいんですよね?」

はい、そうです。

でもそれを言われると死にたくなります

なぜなら、

科学ができなくてもいい、

しか科学を誰よりも尊敬している、

という矛盾の上に、この分野は立っているから。

科学史とは、

天才たちの偉業を解説しながら、

自分はその舞台に上がれないことを

毎日確認する学問だ。

科学史とは、

人類の知の勝利を語りながら、

自分生活の敗北を積み重ねる分野だ。

今日もまた、

時給制の研究者が、

ニュートンの草稿を読みながら、

自分は何をしているんだろう」と思っている。

これが、

科学史という分野の、

まりにも正しい姿だと思う。

科学史担当教員求人に応募して、面接に行った。

時給1117円。

交通費480円まで。

主要業績3件×3部、製本済。

その時点でだいぶ覚悟はしていたが、面接想像より一段深い地獄だった。

面接官が言う。

「ところで、科学史をご専門とのことですが、高校レベル数学はどの程度お分かりですか?」

嫌な予感がした。

「ええと……数IIIまでは一応……」

歯切れが悪くなった瞬間、相手の目が光る。

「では、この程度は大丈夫ですよね?」

ホワイトボードに書かれる、

二次関数

平方完成。

頭が真っ白になる。

できない。

いや、正確には「昔はできた気がするが今は無理」だ。

沈黙

「……高校2年生レベルですが」

と言われた瞬間、何かが切れた。

「違うんです!!」

気づいたら叫んでいた。

科学史が専門の大学教員だって!!

高校2年程度の数学ができない奴は普通にいるんです!!

しろゴロゴロます!!」

面接室が静まり返る。

ニュートン微積を作った背景とか!!

ガリレオが落体をどう概念化したかとか!!

クーンパラダイム論とか!!

それと平方完成は別なんです!!」

面接官が少し困った顔で言う。

「でも、それって……

科学史って、科学ができなくてもいい学問なんですか?」

呆れた口調だった。

この瞬間、敗北を悟った。

「……はい

しか言えなかった。

本当は言いたかった。

科学史とは、

科学が「できる/できない」を生む制度歴史

外側から観察する学問だと。

でも、時給1117円の面接

そんな説明をする気力は残っていなかった。

帰り道、思う。

ニュートンは二項定理ができた。

ガリレオは比例計算ができた。

自分は平方完成ができない。

だが、

ニュートンがなぜ神学に執着したか説明できる。

ガリレオ裁判がなぜ起きたか説明できる。

それでも社会は言う。

高校数学もできないのに、科学史?」

たぶん、この学問

つの時代もこうやって笑われてきた。

帰宅後、求人票をもう一度見る。

時給1117円。

科学史とは、

科学ができない人間が、

科学の偉大さと残酷さを

同時に引き受ける学問なのだと、

今日もまた一つ、身をもって学んだ。

anond:20260123120653

微弱な光をキャッチして、ノイズを除去できるまでの科学力があればできそうだけど、そこまでいけば外から見なくてもいろいろ情報取れそうだね

anond:20260123102833

あくまでもこの事故のケースに対する再現試験から条件は合わせるべきだろ

科学的な脳を持ち合わせていない検察官だったとしか思えない

2026-01-22

原発未来はない

科学見地無視し、寿命廃炉から目を背け続けるのはもう無理である

増え続ける核のゴミ問題解決していない

現行の原発が使えるうちに再生可能エネルギー等他の電源開発に注力すべきである

科学史担当教員求人に応募した。

時給1117円。

授業1回あたり100分。

交通費は往復480円まで実費支給

この時点で、もううっすら悲しい。

提出物は

履歴書

志望動機書、

主要業績3件のコピー各3点(製本済)。

製本

科学史」なので、ニュートンガリレオクーンフーコーの間で右往左往しながら、10年以上かけて積み上げてきた業績の中から、よりによって「3件」を選び、しかもそれを3部ずつ印刷して、製本する。

時給1117円。

コンビニコピーすると、インク代と紙代で軽く千円を超える。

製本テープを買うとさらに数百円。

封筒は角2。

郵送料も地味に効く。

この時点で、すでに赤字

でも志望動機書は真面目に書く。

科学史教育の意義」

理系学生にこそ必要批判的思考

科学社会相互作用歴史的に捉える重要性」

自分でも何度も書いてきた言葉を、また書く。

時給1117円。

書類選考の後、面接

場合によっては模擬授業

模擬授業

ガリレオ裁判100分でどう切るか。

学生を眠らせない導入。

板書計画

史料引用

クーンを出すか出さないかで一晩悩む。

その準備時間はもちろん無給。

面接で聞かれる。

「他にもお仕事はされていますか?」

されています

それはもう、されまくっています

研究も、翻訳も、非常勤も、単発の講演も。

それでも生活が成立しないから、ここに応募しています

とは言わない。

はい研究を続けながら教育にも力を入れております

と微笑む。

時給1117円。

採用されたとして、1コマ100分。

移動時間を含めると半日が飛ぶ。

交通費は480円まで。

帰りの電車で思う。

ニュートンは王立造幣局長だった。

ガリレオ終身刑だった。

自分は時給1117円だった。

科学史とは、

科学栄光と、

制度残酷さと、

個人生活史を、

全部同時に教える学問なのかもしれない。

それを身をもって実演する教員が、

今日もまた、製本された業績を抱えて郵便局に向かう。

中国浙江大学では超重力装置の「CHIEF1300」が稼働しており、2025年12月22日から「CHIEF1900」の設置も始まっています

CHIEF1300では1トンの物体に1300倍の重力、CHIEF1900では1900倍の重力をかけることが可能で、「超重力場を形成して時空圧縮効果を実現できる」とアピールされています

世界最大!我国超重力实验装置启动核心设备 - 中国科普网

http://www.kepu.gov.cn/news/2025-09/29/content_409935.html

100年かかる汚染物質の移動プロセスは3.65日に『短縮』できます

この『時空圧縮効果は、科学ミッション実施工学プロジェクトにおける新技術研究検証寄与するものです」とアピールされています

政治家がでたらめであるというのはその通り

言葉価値を棄損し続けているからさ

でも、宗教はもとより、政治文化科学も、基本的言葉依存しているのに

それ以外、何に依拠するの

自分は元々言葉なんて信用してはいないけども

anond:20260122005539

はい、このような「意識現実を創る」「多世界解釈主観的現実」を結びつけた仮説を提唱している人は、物理学認知科学哲学、そしてスピリチュアル境界線上に何人も存在します。

代表的人物理論をいくつか挙げます

1. ドナルドホフマン認知科学者)

カリフォルニア大学アーバイン校の教授である彼は、「インターフェース理論」を提唱しています

「お前の母は常に優しいが、脳内フィルターが...」という話に最も近い科学バックボーンを持つ人物です。

2. ロバート・ランザ(医学博士科学者)

彼は「バイオセントリズム(中心生物主義)」という理論提唱しています

3. ヒュー・エヴェレット3世物理学者)

多世界解釈」の提唱者本人です。

4. 釈尊ブッダ)と「唯識」の哲学者たち

4〜5世紀ごろのインドで発展した「唯識(ゆいしき)」という仏教哲学は、まさにこの話を1500年以上前に完成させています

5. バシャールダリル・アンカ)などのニューエイジ思想

科学ではありませんが、現代スピリチュアル界で非常に影響力のある主張です。

なぜこの仮説が人気なのか?

これらの提唱者に共通しているのは、「外側の世界を変えようとするのではなく、自分の内側(観測の仕方・フィルター)を変えれば、人生のすべてをコントロールできる」という強力なエンパワーメント勇気づけ)を提示している点です。

この仮説の呼び方

もしあなたがこの理論さらに調べたいなら、以下のキーワード検索すると、より多くの「提唱者」が見つかるはずです。

あなたは、これら提唱者たちの考えを「自分を救ってくれる希望」として捉えますか? それとも「現実逃避のロジック」として捉えますか?

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