はてなキーワード: 宮崎とは
なるほどなー
あの当時はインテリが嗜む悪趣味のひとつとしてロリコンを捉えてたサブカル勢と
ヘイ!バディとかプチトマトなんかを読んでたガチロリコンがいて共存してたのが
宮崎事件でロリコンに対するバッシングが異常なほど高まったから
サブカル勢が手のひらクルーしてガチロリ勢を親の仇のように叩きまくってたんだな
ある種の近親憎悪だったのか
肌感覚としては、オタクだから差別迫害って経験はなくて、キモいよね~って部分での差別と迫害、今にダイレクトに続くルッキズム清潔感文脈からの「生理的に無理」って差別迫害をオタクであるキモい奴らが受けていたという印象
いまでもオタク迫害論を声高に叫ぶやつらを見れば、この人はオタクが原因で嫌われてたんじゃないんだろうなぁと察することがかなりある
インターネッツの「オタクは迫害されていた(いる)」系の話題になると体験談的なものを話す人が一定数いらっしゃるんたけど
「それはお前がオタクだから迫害されてたんじゃなくてお前が嫌われてたんじゃないか。。」
というのが結構出てくるんだよな。
そのことは男性オタクコミュニティが女性や在日コリアンに向けてきたミソジニーやヘイトを帳消しにしないので、まず被害の層を区別し、自分たちの加害を認めるところから始めるべきだ。
「オタク迫害」なんて言葉は、コミケ会場に毒ガスを撒かれたり焼夷弾を落とされたり、会場に来てた献血車で献血をしたら薬物を注射されて安楽死させられたりするくらいになってから言ってくれ
「人権」だの「迫害」だの「燃やされた」だの、なんでオタクって強い言葉を気軽に使う人達がこうも多いんだ?言葉に対する感覚が鈍感すぎやしないか?
オタク迫害とかいう強い言葉を使っている人達、実際に拷問されたり殺されたりしている共産主義者や反戦論者への迫害は多分認めてないよね
「オタク迫害」というからには、積極的に追い詰めて苦しめられるような事実が伴う必要があると思うんだけど、そんなものが本当にあったのか?
単に白い目で見られたり距離を置かれたりする程度の事を「オタク迫害」と呼ぶのは、あまりに言葉が強過ぎて、他の深刻な迫害を相対化してしまうのでは?
小中学校等での殴る蹴るを伴うようないじめ自体は確かにあっただろうけれど、それは果たして「オタク」を理由とするものなのか?
オタク差別やオタク迫害ではなく、せめて「オタク蔑視」くらいの言い方にできないの?それなら確かにあったねと納得できるんだけど。
「オタク迫害」なるものが仮にあったとしてもせいぜい宮崎事件直後の数年程度なので、
その頃にまだコミケ等での活動をしていなかった1980年代以降の生まれのオタクが迫害を自認するのはどう考えてもおかしいと思うんですけれどね。
dorawiiより
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典型的な「俺はただ愚痴を吐いただけなのに、過剰に叩かれてる!」という構図を作ってるけど
内容を見ると自分で火種を撒いておいて、相手のツッコミの粗だけを突いて「加害者認定されてる!」と被害者宣言してる構造が透けて見える。
1989年の宮崎勤事件直後は、確かに大規模なオタクバッシングがあった。
週刊誌が「オタク=異常者」「ロリコン=犯罪予備軍」と煽り、警察がコミケや同人ショップにガサ入れ、テレビで「引きこもりオタク」特集が乱発されたのは事実。
宮崎が大量のロリコンビデオやアニメを所持してたのが大きく報道された影響はデカい。
当時の空気を知ってる人(特に30代後半〜50代)なら「気が狂ったようなバッシング」を覚えてるはず。
一方で「なかった派」も一定数いる。
これはこれで本当。地方の普通の学校・職場で「オタク」という言葉すら浸透してなかった人、テレビ見てなかった人、90年代以降にオタクになった人にとっては「そんな話聞いたことない」となる。主観的な体験の分布が違うだけ。
ここまでは「多様性」で済む話。
でも真城さんはここから「否定する奴は現在進行形でオタクバッシングをしてる加害者」という敵対構図に持っていってる。
これがクソキモいところ。
自分で「オタク迫害史」的な話を広げておいて、相手が「証拠出せ」「断片的すぎ」「加害史も語れよ」と突っ込んだら、
その突っ込みの雑な部分だけ切り取って「俺はただ思い出話しただけなのに迫害されてる!」にすり替える。
「みんなもひどいと思うよね?」で共感集め。
真実として言えることオタクは実際にバッシングされた時期があるということ。
でも「迫害史」として語る時にそれを「永遠の被害者アイデンティティ」に使うのはウザい。
当時のバッシングは宮崎のような極端な犯罪者がトリガーだったわけで、
「ただアニメ好きだっただけ」が全員理不尽に吊るし上げられたわけじゃない。
しかもいまは逆。
オタク文化は日本を代表するコンテンツになってる。むしろ「オタクを擁護しすぎ問題」すらある。
要するに、このポストは「過去にちょっと可哀想だった俺たち」を過剰に被害者化しつつ異論を全部「加害者」認定する。
非常にまずい空気になってきました。
私は「オタク迫害史」の言い出しっぺじゃないんだけど、「なんであの当時あんなひどい目に遭わないといけなかったのか」についてちょっと愚痴を吐きたいくらいだったんよ
別に当時殴られたサッカー部員を呼び出して吊るしあげたいわけじゃないわけ
一種の自虐的な思い出話そしたら「じゃあどういう状況だったというのか」みたいなことになり、「それじゃ前提をまとめるから宮崎事件のあたりの思い出を教えてよ」みたいなことをつぶやいたら「そんな断片的な情報あるか!全部やれ!」みたいなことになって仕方なく
までまとめて、「おたく」用語成立についてのところまでやっとたどり着いたんだけど
単に「オタク迫害史」に対するカウンターとしての「オタク加害史」くらいならともかく「オタクが迫害されたことなど全くなかった」史観が登場し始めたんですよね。流石にこれは幾らなんでも前提条件がムチャクチャ過ぎです。
あの宮崎事件直後の気が〇った様なオタクバッシングが全部幻だったとでも言うんでしょうか。ところが世の中には「おたくがバッシングされたことなんて、見たことも聞いたことも無い。そんな風潮など存在すら知らない。周囲にも先輩にもそんなことを言っている人など誰一人いない」という層が少なからず存在するんですな。
まあ、随分前から「家にテレビが無い」なんて人たちもいますし、にわかには信じられませんが全く違うところから複数の証言が挙がっている以上、「そういう人たちもいたのだろう」と認めます。ただ、こういう方々は往々にして
「おたくが迫害された例もあれば、そうでない例もある。それは個人によってさまざまだ」
と言う風にそれこそ「多様性」を認めてくれればいいんですが、「この世にオタクバッシングなどというものは過去も現在も全くございませんでした」と言うまで追及の手を緩めない方々がいらっしゃるんですよ。
そういう方々は「オタク迫害史」なんて言った日には「自分たちの非を認めず、訳の分からない被害者面をしている」として更なるバッシングをしてきます。正にこれこそがオタクバッシングじゃないのかと思うんですが、そんな事実なんて全く触れずに生きてくることが出来た方々は突如自分たちが「加害者認定」された不条理に耐えられないのか現在進行形でオタクバッシングを加速させつつあります。「黙って殴られていろとでも言うのか」と聞き返せば「意味不明のことを言うな!」とブチ切れる有様。要するに「おたくとしていじめられた」のは「自分に原因があった」のに「犯人」を直接恨むのではなく(恨んでますけどね)「社会」に恨みの矛先を向けるな!という「論理」である模様です。恐らくこういう方々は、何もなく平凡に暮らしているだけなのに突然理不尽にいじめられたことなどない幸福な人生を送っていらっしゃったのでしょう。
そりゃ我々だって「社会」に恨みを転嫁せざるを得ないほど追い詰められる様なクソみたいな人生を歩みたくはなかったですよ。とにかく非常にまずい状況です。
「オタク迫害史」には何の裏付けも事実も証拠も無く、ただの印象でありもしないことを言い立てる唾棄すべき集団妄想という流れが作られようとしています。
「オタク迫害史観」というどう考えても捏造されているオタクたちへの違和感
この note 記事に書かれていることは、筆者と同世代で生まれも育ちも東京23区の私が見てきた世界とほぼ完全に一致している。
ところが、ブコメを見る限り、この記事とは全く別の世界線を生きてきた人も多いようで、
その認識のズレはに共通のパターンがあるのように見えたので、ここにメモ的に記しておく。
まず、平仮名「おたく」という用語が侮蔑語として発明されたのは紛れもない事実である。
ただし、中森明夫が「おたく」を造語したのは1983年で、宮崎事件は1989~1990年だ。
つまり、ワイドナショーや週刊誌でロリコン・オタクの犯行として喧伝されるようになったのは1990年から。
「オタク迫害史観」を持ってる人が見逃しがちなのは、1983年から1990年までの7年間である。
大都市出身の私には、宮崎事件までの7年間の方が「おたく」にたいするバッシングはずっと苛烈だったという記憶がある。
むしろ、宮崎事件で「おたく」なるレッテルが田舎のお爺ちゃん・お祖母ちゃんにまで知られるようになって、
ネガティブなイメージが希釈され、「おたく」がカジュアル化した感触すらある。
例えば、ファッションオタクとか、健康オタクとか、「ポジティブなイメージのもの + オタク」というバリエーションが生まれたのは
宮崎事件以降だった筈だ。皆がオタクという用語を知らなければ、そういう言葉が成立しないのだから、間違いなくそうだ。
もしかすると、80年代はネットが普及してなかったので、大都市以外では宮崎事件まで「おたく」という用語と
そのコノテーションをちゃんと知っていたのは、一部の若者だけだったかもしれない。
それなら、宮崎事件をきっかけにオタクが迫害されるようになったという認識の人が多数いることの説明がつく。
この「1983年から7年間の空白」という時間的なズレが「大都市とそれ以外」という地理的なズレに起因している可能性。
それから、ポップカルチャー全体の社会的地位にたいする認識にも、この記事に肯定的な人と否定的な人でズレがあるようだ。
80年代~90年代は、ポップカルチャーが天下を取り、誰もがそれを認めざるを得なくなるまでの過渡期と言える。
(電車男の頃に「ついにオタク文化がメジャーの舞台に上がった!俺たちは認められた!」と一瞬だけ喜んだ人も多いのでは?)
20世紀末までは、「サブ(下部)カルチャー」と、アニメ・漫画・ゲームを含む「ポップカルチャー」には同じように扱われていた。
世間は、地位の低い「とるに足らないもの」をわざわざ細かく分類しない。
確かに、80年代の親・教師世代が「中学生になったらアニメは卒業だね」という価値観を持っていたのは事実だ。
(氷川竜介によると、1974年のヤマトまでは当の中学生がそういう認識だったらしい)
私を含む凡庸な中学生の多くがそういう世間の空気を漠然と内面化していのも事実だろう。決して納得はしてないけど。
一方で、2000年代以降にオタクから分離され、オタクの敵とされた「サブカル」というジャンルには、
ニューアカのような現代思想や、洋楽、ファッション、デザインなど、80年代当時から比較的に社会的地位が高いものも含まれていた。
おそらく、こういうイメージが2000年代初頭にオタクカルチャーが「美少女系を中心に再編されていく」過程で、
「サブカルはオタクとは違う」「サブカルはオタクを見下してきた」という歴史修正の種子となったのだろう。
2000年代にオタクを「自称」するようになり、オタクと言えば電車男やアキバ、美少女という世界観の人にとっては
もともとアニメの社会的地位が低いところに宮崎事件でイメージが更に悪化したのも、
サブカルに地位の高いジャンルが含まれていたのも「一部の事実」だから。
でも実際には、「ハイカルチャー」の権威がまだ辛うじて息をしていた時代(80~90年代)には、
アニメを含むポップカルチャーも「サブ(下層)カルチャー」の一部としてゴッチャにされていたし、
オタク内部では、ハードSF、ハイファンタジー、軍事などを愛好するオタクが美少女イラストを描いてるような連中をバカにしていた。
その見下されていた美少女系オタクが「自分たちこそオタクカルチャーの中心」みたいな顔をするようになっていくなかで、
昔から地位が高かったジャンルをまとめて「サブカル」という敵を設定するのは都合がよかっただろう。
「オタク故に迫害された」のなら、オタクコミュニティー内で見下されていたことは忘れてしまって(又はその時代を知らなくて)
サブカルという「外部」を設定した方が構図としてスッキリするから。
| ランキング | 名字 | 全国順位 | 全国人数 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 山口 | 14位 | 約622,000人 |
| 2位 | 石川 | 26位 | 約414,000人 |
| 3位 | 宮崎 | 66位 | 約229,000人 |
| 4位 | 千葉 | 92位 | 約185,000人 |
| 5位 | 福島 | 128位 | 約144,000人 |
| 6位 | 福井 | 196位 | 約103,000人 |
| 7位 | 宮城 | 349位 | 約57,700人 |
| 8位 | 長野 | 412位 | 約47,900人 |
| 9位 | 福岡 | 418位 | 約46,900人 |
| 10位 | 秋田 | 506位 | 約37,900人 |
| 11位 | 奈良 | 590位 | 約32,600人 |
| 12位 | 香川 | 739位 | 約25,700人 |
4.佛跳牆(中国・広東)
13.ローストビーフとヨークシャー・プディング(イギリス)
21.ガスチョ(スペイン)
43.ドーサ(南インド)
50.サテ(インドネシア)
51.ナシ・ルマ(マレーシア)
54.アドボ(フィリピン)
62.鰻の蒲焼(日本)
71.セビーチェ(ペルー)
87.オッソ・ブーコ(イタリア)
93.サムサ(中央アジア)
163. あんかけスパゲッティ(日本・愛知)
213. マフェ(西アフリカ)
216. ターメイヤ(エジプト)
225. ゴルメ・サブズィ(イラン)
237. ロティ(トリニダード・トバゴ)
250. フリターダ(エクアドル)
251. チュラスコ(ウルグア
1980年代以前にインターネットがあった世界線の人…?それともパソ通か?
でもパソ通の時代にはそんな大っぴらな女オタ叩きはなかったし、インターネットで匿名掲示板が繁栄したのは宮崎事件よりも遥かに後の1990年代後半以降だろう
そこで女オタクが叩かれていたのは否定しないけれど、その中でもBL愛好家いわゆる腐女子は数が多い事もあって力関係が強かった方だし
少女漫画や男女カップリング(特に非公式)愛好家へのバッシングへの方がよっぽど酷かったよ
単に叩きスレがあったかどうかで言ったら男オタ叩きのスレだってあったし
笙(しょう)
@ebosikariginu
そういうこと書きたくないんでしょ 調べたくないんでしょ
そういうとこなわけ
死人に口無し
よくあるパターンとして、会社に入社できたけどその後に飲みや普段の会話でバレて、出世できない、仕事の過剰な割当などのハラスメントが多すぎて、結果的に自死したことによるパターンである
別にこれは会社だけでなく学校でも巻き起こっていたことであることは言うまでもないだろう(コロンバインのような事件が発生しなかったのは、日本で銃を簡単に手に入らなかったなどの背景もある)
末路も悲惨すぎてテレビすら近寄れない、そもそも宮崎事件で近寄りたくもなかった
政府主導によるものではなく、民衆による差別・迫害ではあるため、それによる死亡の保障もないため、調査することもなかっただろう
そうしたこともあってオタクの冤罪による死刑や重罪になったという話は無かったかもしれない
最も差別・迫害が多かったとされる1990年代~2000年代にオタクとなった人物の年齢は果たしてどのぐらいだろうか
そして2026年現在、順調に年齢を重ねていったらどんな病に遭遇するだろうか
ましてや3.11を代表とする自然災害の存在、前者の理由とは違うけどリーマン・ショックなど、死人となるリスクだらけのこの世の中
この話は10年ぐらい前からされていたはずで、その時点で結論を出すことも容易だったとは言える
しかし現在まで結論を出せず仕舞いで、今度は当事者の制限時間切れ(寿命)もあって、結論を出すことも証明することも不可能となったといえる
ホルムズで白黒化する世の中で、単なるぬいぐるみから発展したこの事件に未来はない
それよりもラブマシーンを作らせない方法を考える、作っても寝取られることもないカーネルやアイリスみたいな存在で対処できるシステムを作る、太陽エネルギーなどの永久的な解決などに力を注ぐべきである
地球自体がもう不安定になっており枯渇も決まりつつあるなか、どうしてあらゆるメディアで宇宙の素晴らしさを伝えておきながらまだ月止まりかも検討すべきだ
LINEオープンチャット「はてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらにAIを使用し、試験的にまとめまています。
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この週のオープンチャットは、**健康・AI・スポーツ(WBC)・仕事の愚痴**という4つの柱を中心に回っていた。
特に目立ったのは、
これらに加えて、料理の理論、飲み屋街情報、株や政治など、**雑談コミュニティ特有の広い話題の拡散**が見られた。
全体としては、
「健康の不安を抱えつつAIと野球を語り、仕事に軽く疲れながら日常雑談で息抜きする大人のチャット」という空気感の1週間だった。
https://anond.hatelabo.jp/20240722084249
この生活して5年以上経って気付いたが、これ23区にこだわらず地方都市ですらない地方でもいいんじゃないかと思うようになってきた。
起きてる時間は常に暇。普通の人なら外に出て飯食ったり街ブラとかのレジャー楽しんだりするんだろうけど、自分は「自宅外で丸一日過ごす」ような外出を一ヶ月に一回もしていないことに気がついた。
一応、自宅から五反田や新橋や品川あたりなら電車で乗り換え無し20分弱で行ける場所に住んでるのに。
席で電子タバコ吸えるカフェがそこかしこにあるとかなら外で丸一日過ごすのもやぶさかではないんだけど、都心ほどそういうカフェが全然ない。
上野で国立科学博物館や美術館行ったりしてガッツリ外出してやろうかなとも思ったが、自分は夜暗くなっても自宅から離れた場所にいる状態にかなり不安を覚える謎の体質であり、そうなると日が短い秋冬なんかは午前9時には自宅を出発していないといけなくなるので、「今日もう遅すぎて都心行けねえわ」と諦めることになる。ほとんど毎日。
そうなると、タバコも自由に吸えて好きなときにオナニーできて夏涼しくて冬暖かい自室でいいじゃん、ということになり結局部屋に引きこもり、(大好きな)セブンイレブンで食事を調達してまた部屋に戻って夜に寝るという暮らしが自ずと通常運転になる。
だから「これ別に地方でもいいじゃん」と思った。別に地方の都市部から離れたエリアでも徒歩圏にセブンイレブンある場所はいくらでもあるだろうし。
自分と同じように働かず親の仕送りで一人暮らししてる人って結構いるらしく、ネット空間限定の友達すらいない俺でもSNS上で簡単に何人か見つけることができたほどなんだが、彼らはみんな世捨て人・弱者・社不を自称している割には「外で遊ばないと死んじゃう!」みたいに随分と社会性が高くて、高円寺や中野や阿佐ヶ谷や落合あたりに定住してやたら評価の高い個人経営のカレー屋や洒落た飲み屋に幾度となく繰り出し、こんな便利で楽しく刺激的な東京暮らしは絶対に捨て難いと固い決意をしていた。自分とはまるっきり別人種だった。
俺、仕送りが相変わらずという条件付きなら釧路でも松山でも宮崎でも今と同じ快適さで暮らしていける気がするんだよなあ。
本当に出不精な体質なんだと思う。車だって持っててわざわざ月極駐車場契約してるのに週1回も使ってないからな。しかも使うときは絶対に都心に行かず逆に山梨とか南房総を目指すという。