はてなキーワード: マジックワードとは
https://www.asahi.com/articles/ASV1R46B4V1RUTFK001M.html
今回の解散劇の最大の特徴は、「熟議(議論)による合意形成」を「選挙による信任」で上書きしようとする手法にあります。
これまでの自公政権では、平和主義を掲げる公明党が「ブレーキ」役を果たしてきました。しかし、高市政権は公明党を排除し、保守色の強い日本維新の会をパートナーに選びました。これにより、政策決定のベクトルが「中道・調整」から「右派・加速」へと劇的に変化しました。
提示された9つの政策(スパイ防止法、憲法改正、国防軍の明記、皇室典範改正など)は、いずれも戦後日本が意図的に曖昧にしてきた、あるいは避けてきた「国の根幹」に関わる問題です。これらを一気に解決しようとする姿勢は、戦後80年の歩みを「積み残した宿題」と定義し、リセットを試みるものと言えます。
ダニエル・カーネマンが提唱した二重過程理論(システム1・システム2)を用いると、高市首相の政治手法が国民にどう作用しているかが鮮明になります。
高市氏の戦略: 「おこめ券」などの分かりやすい物価高対策や、「自らの国は自らで守る」といった情緒的で力強いメッセージは、国民のシステム1に直接訴えかけます。67%という高い支持率は、複雑な議論を抜きにした「直感的な期待感」の表れです。
ポピュリズムの親和性: 複雑な社会問題を「敵か味方か」「守るか捨てるか」という単純な構図に落とし込むことで、システム1を刺激し、熱狂的な支持を調達しています。
高市氏の回避: 本来、スパイ防止法による人権侵害のリスクや、武器輸出拡大による国際紛争への関与、憲法改正の細部などは、システム2による深い検証と丁寧な議論を必要とします。
「遠回り」の拒絶: 中北教授が指摘するように、高市氏はシステム2を働かせる国会論戦を「遠回り」と断じ、選挙というシステム1的なイベントで一気に勝負をつけようとしています。これは、民主主義における「熟議」というプロセスをショートカットする試みです。
日米同盟の変質: トランプ大統領(資料内写真)との親密な関係や、防衛費GDP比2%超、原子力潜水艦の保有検討などは、米国からの「役割分担」の要求に応えるものです。しかし、これは同時に東アジアにおける軍拡競争を加速させるリスクも孕んでいます。
「普通の国」への転換: 武器輸出の「5類型」撤廃は、日本を世界の武器市場の主要プレイヤーに変貌させます。これは経済的利益をもたらす反面、「平和国家」としてのブランドを喪失させる可能性があります。
監視社会のリスク: スパイ防止法の制定やインテリジェンス機能の強化は、安全保障を高める一方で、国民の思想・信条の自由やプライバシーに対する国家の監視を強める懸念があります。
アイデンティティの固定化: 選択的夫婦別姓を拒み、旧姓の通称使用のみを法制化する方針や、外国人政策の厳格化は、多様性(ダイバーシティ)よりも「伝統的な家族観」や「秩序」を優先する社会への回帰を意味します。
中北教授が指摘する「自分が首相にふさわしいかどうかを問う」という解散理由は、典型的なプレビシット(国民投票)型政治です。
ポピュリズムの構造: 「既得権益やリベラルなエリート(丁寧な議論を求める層)」対「決断できるリーダーと国民」という対立構造を作り出しています。
民主主義の空洞化: 高い支持率を背景に、本来必要な「少数意見の尊重」や「権力のチェック・アンド・バランス」を軽視する傾向があります。選挙で勝てば何をやってもいいという「多数派の専制」に陥る危険性を孕んでいます。
高市政権の目指す方向性は、「戦後民主主義のOS(合意形成重視・抑制的防衛)」を「新保守主義のOS(決断重視・自立的防衛)」へと入れ替えることにあります。
この転換は、国民の「システム1(直感的な不安や愛国心)」を巧みに捉えることで推進されていますが、その代償として「システム2(論理的な検証と合意)」が軽視されています。今回の解散は、そのOSの入れ替えを、国民が詳細を理解・議論する前に「白紙委任」させるための戦略的手段であると構造化できます。
国民にとっては、目先の力強いリーダーシップ(システム1の充足)を取るか、あるいは将来的な権利制約や国際的緊張のリスク(システム2による懸念)を直視するか、その究極の選択を迫られる選挙となります。
資料に描かれた高市首相の政治手法や政策の方向性は、ドナルド・トランプ氏に象徴される現代のポピュリズム、およびその根底にある「反知性主義(Anti-intellectualism)」の流れと極めて高い親和性、あるいはシンクロニシティ(同調性)が見て取れます。
反知性主義とは、単に「知性がない」ことではなく、「専門知や複雑な議論を、特権階級(エリート)による自己保身や意思決定の引き延ばし(停滞)である」と断じ、否定する態度を指します。
高市氏の言動: 中北教授が指摘するように、高市氏は丁寧な議論を「遠回り」と表現しています。これは、民主主義の根幹である「熟議」を、目的達成を阻む「コスト」や「障害」として切り捨てる論理です。
トランプ氏との共通点: トランプ氏も「ワシントンのエリート(沼)」が議論ばかりして何も解決してこなかったと批判し、自らの「直感」と「決断」を正当化しました。両者とも、複雑な問題を「決断一つで解決できる単純なもの」へと書き換える手法をとっています。
反知性主義は、論理(システム2)よりも、大衆が直感的に抱く「共通感覚(コモン・センス)」や「感情(システム1)」を重視します。
シンボルと物語の活用: 資料にある「日本国国章損壊罪」や「皇室典範改正(男系維持)」、「奈良公園のシカ」のエピソードなどは、論理的な政策論争というよりは、国民のアイデンティティや「守るべき誇り」という感情的な琴線に触れるものです。
「普通の国」というマジックワード: 首相が語る「普通の国になるだけ」という言葉は、戦後体制の複雑な法的・歴史的経緯を無視し、「当たり前のことをするだけだ」という直感的な納得感をシステム1に与えます。これはトランプ氏の「Make America Great Again」と同様、詳細な検証を拒絶する強力なスローガンとして機能しています。
反知性主義的なリーダーは、自分と支持者の間に立つ「知の門番(メディア、学者、官僚、専門家)」を敵視し、これらをバイパスして直接国民に訴えかけます。
解散による上書き: 国会での野党や専門家による追及(システム2のプロセス)が本格化する前に解散を選んだのは、中間的なチェック機能を無効化し、高い支持率という「数」の力で専門的な異論を押し切る戦略です。
トランプ的「分断」の利用: 「国論を二分する」と自ら宣言することで、反対派を「改革を阻む勢力」や「国益を損なう者」と位置づけ、支持層との結束を強める手法も、トランプ氏が多用した「我々 vs 彼ら」の構図そのものです。
これまでの政治が「客観的な事実やデータに基づく調整(知性の政治)」であったのに対し、高市氏やトランプ氏の手法は「リーダーの強固な意志が現実を規定する(意志の政治)」への転換を意味します。
国際社会への影響: 資料にあるトランプ氏とのツーショット写真は象徴的です。両者は「既存の国際秩序やルール(知性的枠組み)」よりも、「自国の利益とリーダー間のディール(意志のぶつかり合い)」を優先します。これは予測可能性を低下させ、国際社会を「力の論理」へと回帰させるリスクを孕んでいます。
この流れは「知性による抑制」から「意志による突破」へのシフトであり、トランプ現象と深く共鳴しています。
反知性主義的な政治は、閉塞感を感じている国民に「スピード感」と「カタルシス(解放感)」を与えますが、その代償として、「複雑な問題を複雑なまま解決する能力」を社会から奪う危険があります。システム1による熱狂が、システム2による冷静なリスク管理(人権侵害の懸念や軍事的緊張の増大など)を飲み込んでいる現状は、まさに現代ポピュリズムの典型的な構造と言えるでしょう。
タモリ氏が2022年末に発した「新しい戦前」という言葉は、当時の社会に大きな衝撃を与えましたが、提供された資料にある高市政権の動向を重ね合わせると、その言葉が持つ「予言的リアリティ」がより鮮明に浮かび上がってきます。
「新しい戦前」とは、かつての戦前(1930年代)をそのまま繰り返すのではなく、現代的な民主主義の手続きを踏みながら、気づかぬうちに「戦争が可能な、あるいは戦争を前提とした社会構造」へと変質していくプロセスを指していると考えられます。
資料に基づき、なぜ「新しい戦前」が現実味を帯びていると言えるのか、その構造を解説します。
戦後の日本(戦後レジーム)は、憲法9条を基盤に「軍事力を極限まで抑制する」という特殊なOSで動いてきました。しかし、高市首相が掲げる政策は、そのOSを根本から入れ替えるものです。
防衛力の抜本的強化と「5類型」撤廃: 武器輸出の解禁や防衛費のGDP比2%超への増額は、日本を「世界の武器体系と軍事バランスの一部」に組み込みます。これは「平和の維持」という抽象的目標から、「軍事力による抑止と均衡」という、戦前を含む近代国家の標準的な(しかし危うい)論理への回帰です。
原子力潜水艦の検討: 資料にある「次世代の動力を活用した潜水艦」は、長期間の潜航と遠方への展開を可能にします。これは専守防衛の枠を超えた「外洋でのプレゼンス」を意識したものであり、地政学的な緊張を前提とした装備です。
戦前への回帰を最も強く想起させるのが、国民の精神や行動を縛る法整備の動きです。
スパイ防止法: 資料でも触れられている通り、1985年の「国家秘密法案」が廃案になったのは、それが「現代版の治安維持法」になり得るとの懸念があったからです。高市首相がこれに「前のめり」であることは、国家の安全を個人の自由(思想・信条の自由)よりも上位に置く価値観への転換を示唆しています。
日本国国章損壊罪: 「国旗を損壊したら処罰する」という発想は、国民に「国家への忠誠」を可視化させる装置です。これは、多様な価値観を認める「戦後民主主義」から、国家という単一のアイデンティティを強制する「戦前的統合」への揺り戻しと言えます。
タモリ氏の言う「新しい」という言葉の肝は、それが「国民の支持(民主的プロセス)」を背景に進んでいる点にあります。
67%の支持率という免罪符: かつての戦前も、軍部の暴走だけでなく、新聞や国民の熱狂がそれを後押ししました。資料にある「高い支持率がすべてを飲み込んでいる」という状況は、システム2(論理的・批判的思考)によるブレーキが効かず、システム1(直感的な期待・不安・愛国心)が政治をドライブしている状態です。
「遠回り」の排除: 丁寧な議論を「遠回り」と切り捨てる姿勢は、独裁への入り口です。戦前も「議会政治の無能」が叫ばれ、迅速な決定を求める世論が強いリーダーシップを待望しました。現在の「突破型政治」は、その現代版と言えるかもしれません。
トランプ氏とのシンクロは、世界全体が「リベラルな国際秩序」を捨て、「自国第一主義と力の論理」に回帰していることを示しています。
「普通の国」の危うさ: 高市首相の言う「普通の国」とは、国際社会が弱肉強食の場であることを前提とした言葉です。これは、戦後日本が理想として掲げた「名誉ある地位を占めたい(憲法前文)」という国際協調主義からの決別であり、19世紀的な「大国間競争」の時代、すなわち「戦前」の論理への合流です。
いまだに「女性を人間扱いする」みたいなフワフワマジックワードで婚活語るアホがいるのかとあきれ返ってたらブクマカが「地に足ついてる!」とか言ってて横転
どこがだよ地に足どころかフワフワ浮きまくってるだろ月まで届くくらい内容の無いフレーズだろこれ
それとも俺が知らないだけで日本のどこか因習あふれる闇の集落(東京とか)では未だに女性が家畜同様金銭で売買されてマチアプでさばかれてるのか
「人間扱いして」なんていうのは「女の部分ばかり見ないで」という程度の意味です
なので「初回のデートで性交渉を誘わない」とだけ言えば事足りる
・眼鏡をやめる(見た目が悪いので)
・定職に就く
最低限これだけがんばろう
あー、それ完全に自己放尿のマジックワード連打だな。「現実として〜」「破綻しません」「シンプルにしましょう」中身ゼロ。
こっちが挙げた定量的リスク(件数増加、I/O負荷、JOINの実行コスト)は無視して、「不安が大きいだけ」「思い込みで複雑にするな」って、論理じゃなくて態度の話にすり替えてる。話をそらすな。
その時点で設計ミスが確定する。ソフトウェア設計ってのは「今小さい」ことよりも、「将来の拡張性に備える」ことの方が重要なんだよ。
仮に今1万件しかなくても、1年後に50万件、3年後に1000万件になる可能性がゼロじゃない。「大きくならない保証」を誰が出してる?お前の感覚か?それただの希望的観測な。
JOINが破綻しない?それ、どこまでのスケールを見て言ってる?MySQLで1000万件×100万件のJOINやってみろよ。スワップ地獄で死ぬ。Hash Joinでインメモリに乗らなければディスクIOに落ちて、temp table爆発して終了だ。
「破綻しない」って言葉は、実際に巨大データをJOINさばいた経験があるやつだけが使っていい。少なくとも、現場で何度も「JOINがボトルネックで死ぬシステム」見てきた人間に対して、よくそんな軽く言えるな。
で、「シンプルに書くことが大事」ってのも、すり替え。簡単に書けることと正しく設計することは別。短く書けば正しいって話じゃない。
「JOINで1行で済むからシンプル」って、それは設計放棄の自己放尿でしかない。本当の「シンプル」ってのは必要十分な安全性・効率・拡張性を満たした構造だよ。
「不安が大きい」「思い込み」「シンプルに」全部自己放尿ワード。
こっちは不安を語ってるんじゃない。実測に基づいた将来への備えを語ってる。
そういうのを無視して設計するのはただの怠慢だし、シンプルでもなんでもない。
それ、先送りされた複雑さでしかない。後から破綻して、「なんであのときちゃんと設計しなかったんだろう」って後悔するのがオチだよ。
きんに君式とか◯◯式とか色々あるが、基本の基本が出来てないのに形だけ真似しても、膝いじめ足首いじめ腰いじめにしかならんので、まずは貴方のやり方を確立しよう。
これに尽きる。腰を引くようにとか膝を前に出さないとか言われるが、骨格によって変わる。そんな謎のマジックワードに騙されて、マトモにしゃがんで立つ動きが出来てない人が多い。人間の基本的な機能であるしゃがむと立つが出来れば良い。
じゃあなんでそんなマジックワードがあるかって言うと、「しゃがんで立って」って言うと、つま先立ちになって蹲踞の姿勢になるようなスクワットする人がいるのよ。それは膝ぶっ壊し運動になっちゃうから、足裏全体が地面に着いた状態でやってね、その動きをすると自然と股関節は背面側に動くし、膝が極端に前に出ることは無いよ、っていう動作結果があるの。その結果を重視しちゃって、過程にまで「膝を前に出さない」「腰を引くように」っていう本質じゃないワードがでちゃうんですねぇ(シシースクワットっていうつま先立ちスクワット種目もあるが上級者がやる種目)。
基本の基本であるしゃがんで立つができてから、やれ足幅だ膝の向きだしゃがむ深さだって言えるんですよ。2割の末節じゃなくて8割の基本を大事にしよう。足裏を地面にベタ付けしたまま深くしゃがんで立ってください。
後ろに歩くのと前に歩くのどっちが速いか、力を出しやすいか、怪我しにくいか。当然前歩きです。
それと同じ。まっすぐしゃがんで立つのと、膝を出さないようにケツを引いて腰曲げて伸ばす。どっちが力を出しやすいか、関節に負担をかけないか。
さらに補足として、前面に押す、前面から引く、頭上に押す、頭上から引く、しゃがんで立つ、ヒップヒンジの6つが基本機能な。自然な動作はこれらの複合。
ジムでよくやるアームカールとかの単関節運動、実は結構不自然。目的に合わせた不自然を「技術」と人は呼びます。
まあ、バーベル持てとは言わんよ。背中に荷重担ぐと変なフォームでも上がっちゃうし。重たいものをおひめさま抱っこの状態にして、深くしゃがんで立ち上がってみよう。実は、重心が体の前方にあると、正しいスクワットのフォームに自然と近くなるよう人間の体はできている。ゴブレットスクワットって言います。以後お見知り置きを。
自重も抱えられる程度の荷重も軽いなら、ブルガリアンスクワット。ブルガリアンスクワットが自重で15回ずつできるようキープできる人は、ジジイババアになっても足腰矍鑠でしょう。社会保険料の削減にご協力を。
ならねーよバカ
特に女性がよく言うんだが、自重程度で太くなってたまるか。血液が集まって一時的に太くなっても、すぐ戻るわ。むしろ血行が良くなってむくみ取れるぞ。そして150kg担いでフルスクワットしたって太くならなくて困ってるんだよこちとら(最近150kg上がるようになった!褒めて!)。
自重スクワット程度で痛いなら階段の降りとかも厳しくない?病院へ。
さっきから言ってる通り、しゃがんで立つのは人間の基本機能なので、よっぽどの荷重をしない限り早々問題ないのです。そして膝回りの筋肉も鍛えられる。正しく使って膝と仲良くなろう。
まあどっちでも良いんだけど、自重で20回30回程度は有酸素運動なんで、やる気あるなら毎日やっていいよ。
果たして食事制限して体重が減少するとき、自重スクワット程度で筋肉が落ちづらくなるのかは疑問だけど、やって損はないよ。
やってみ!
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/8b8b4d60074b0d64edf8639693897c368810cba3
この案件普通に読めば、隣に座った男性が体に触れているので詰めてとお願いしたが無視されやめないので、わざとやっている=痴漢と思い通報した。障害児だったので理解できていなかった故の行き違いだった事だと分かるはずだが、ブコメが「痴漢冤罪だ!」「女が!」と大騒ぎなの地獄かよ。
はいはい、またその話するんですか、皆さん飽きないんですねえ、文系ITエンジニアのお話ですよ。もうね、うんざりですよ、こっちも。だってどこ行ってもいるじゃないですか、エクセル芸人とかパワポ職人とか自称してる人たち。いや、自称はしてないか、周りがそう呼んでるだけか。どっちでもいいけど。
あの人たちですよ、日本のIT業界を腐らせてる張本人たちですよ、断言しますよ、マジで。なんでかって?そりゃあ、あいつらマジで何にも作らないんですよ。作るのは資料だけ。しかもその資料がまたヒドイ。パワポとかエクセルですよ?小学生でも作れるレベルのやつですよ?あれをドヤ顔で会議で発表してるんですよ、信じられます?
で、会議ですよ、会議。あれがまた地獄。延々と会議ですよ。朝から晩まで会議。会議のための会議、会議のための資料、資料のための会議…エンドレスですよ、マジで。で、結局何が決まるかって?何も決まらないんですよ。会議のための会議だから。誰も責任取りたくないし、誰も決めたくないし、誰も本質的なこと話したくないし。
あー、思い出しただけでイライラしてきた。ちょっと落ち着こう。深呼吸、深呼吸……。
えーと、文系ITエンジニアが普及しちゃった歴史的背景ですよね。あれもまた闇が深いんですよ。
バブルが弾けて、どこもかしこも金がない、人も減らす、でもなんか新しいことしなきゃ、ってなったじゃないですか。そこで飛びついたのがITですよ。「IT化すればなんとかなる!」みたいな、マジックワードですよ、あれは。でも、ITのことなんか誰もわかってない。技術者なんてどこにいるかわからない。とりあえず、今まで営業とか事務やってた文系の人たちをIT部門に突っ込んだんですよ。「お前ら今日からIT担当な」みたいなノリで。
日本企業って、専門性とかマジで軽視するじゃないですか。「スペシャリストよりゼネラリスト!」みたいな。いやいや、ITの世界にゼネラリストとかマジでいらないから。専門知識と技術がないと話にならない世界だから。でも、文系の人たちは「コミュニケーション能力高いんで!」とか「調整力あります!」とかアピールするんですよ。いや、そんなもんITの世界じゃマジで役に立たないから。必要なのはコード書く力とか、システム設計する力とか、データベース構築する力とか、そういうマジなやつだから。
で、そういう文系ITエンジニア(笑)たちが牛耳るようになったのが、今の日本のIT業界ですよ。多重請負構造とかいう、アレですよ、アレ。SIerが元請けになって、下請け、孫請け、ひ孫請け…って、ピラミッドの頂点にいるのが文系ITエンジニア(笑)たちですよ。で、実際に手を動かすのは下の方の人たち。文系ITエンジニア(笑)たちは、上からエクセルとパワポで指示出すだけ。現場のことなんかマジでわかってない。
さらに輪をかけてヒドイのが、コンサル(笑)業界ですよ。カタカナ職人ですよ、あいつら。「DX!」とか「アジャイル!」とか、耳障りの良いカタカナ言葉を並べて、企業から金を巻き上げるんですよ。で、コンサルタント(笑)たちも、ほとんど文系出身。ITの知識なんてマジで皆無。でも、口だけは達者だから、企業は騙されちゃうんですよ。「コンサルタント様のおっしゃる通りにすれば、ウチの会社もバラ色IT企業になれる!」とか、マジで思ってるんですよ。
文系ITエンジニア(笑)たちは、現場のことマジでわかってないから、話が通じないんですよ。こっちがどんなに技術的なことを説明しても、ポカーンですよ、マジで。「それってエクセルでできますか?」とか、マジで聞いてくるレベルですよ。で、結局、現場の意見は無視されて、文系ITエンジニア(笑)たちの妄想に基づいた計画がゴリ押しされるんですよ。
もうね、資料作りすぎ。異常。会議資料、報告書、計画書、提案書…キリがないんですよ。しかも、中身スカスカ。パワポはアニメーションと画像ばっかりだし、エクセルは関数とグラフで埋め尽くされてるけど、結局何が言いたいのかわからない。で、資料作るのに時間かけすぎて、本来やるべき仕事が全然進まないんですよ。
文系ITエンジニア(笑)たちは、新しい技術とかマジで興味ないんですよ。リスクを嫌うっていうか、変化を嫌うっていうか。とにかく、現状維持が一番。新しい技術を導入するなんて、マジで考えられない。だから、日本のIT業界はどんどん世界から取り残されていくんですよ。ガラパゴス化一直線ですよ、マジで。
技術力のない文系ITエンジニア(笑)たちに、技術者が管理されるとか、マジで地獄ですよ。こっちの技術力とか努力とか、マジで評価されないし。むしろ、文系ITエンジニア(笑)たちの方が評価されるんですよ。意味不明。だから、優秀なエンジニアほど、見切りをつけて辞めていくんですよ。当然ですよ、そんな環境にいられるわけないじゃないですか。
技術軽視の風潮が蔓延してるから、イノベーションなんて起きるわけないんですよ。新しいサービスとかプロダクトとか、マジで生まれない。せいぜい、既存のシステムのマイナーチェンジとか、焼き直しレベルですよ。世界ではAIとかビッグデータとかブロックチェーンとか、新しい技術で社会がどんどん変わってるのに、日本はマジで置いてけぼり。
文系ITエンジニア(笑)たちは、ユーザーのことなんてマジで考えてないんですよ。自分たちの作った資料が完璧ならそれでOKみたいな。だから、出来上がるシステムは、現場のニーズとかけ離れてて、マジで使いにくい。操作性悪いし、業務フローに合わないし、セキュリティザルだし。ユーザーはみんな文句言ってるけど、文系ITエンジニア(笑)たちは知らんぷり。
手戻り、資料作成、技術軽視、ユーザー無視…全部合わさるとどうなるかって?そりゃあ、プロジェクトは炎上しますよ。予算は大幅超過、納期は大幅遅延、システムは使い物にならない…税金ドブに捨てるようなもんですよ、マジで。で、責任は誰が取るかって?誰も責任取らないんですよ。文系ITエンジニア(笑)たちは、責任逃れのプロだから。
文系ITエンジニア(笑)のせい、全部あいつらのせい。日本のIT業界がダメになったのは、マジであいつらのせい。この状況を打破するには、文系ITエンジニア(笑)たちを駆逐して、技術者を正当に評価する文化を取り戻すしかないですよ、マジで。じゃないと、日本のIT業界に未来はないですよ、マジで。
……はあ、やっと言い切った。スッキリしたけど、何も変わらないんだろうなあ、どうせ。
最近また盛り上がっている「年収の壁」問題だが、これをやたらに問題視する議論については昔から反対である。そもそも「年収の壁」を問題視している人は二通りいる。
一つは、専業主婦家庭への減税措置や主婦の年金権を保障することを「ずるい」「不公平」だと考える人である。もう一つは、女性の活躍とキャリア形成を阻害していると考える人である。
前者はかなり昔から言われていることで、全く賛成はしないが、主張としては間違っているわけではない。しかし後者については、最近になって盛んに言われているが、全くもって理解不能である。支離滅裂だと言っていい。
現に収入を100万程度で調整している人は、大部分はコンビニやスーパー、清掃などで働く非正規パート主婦であり、社会にとって必要不可欠な仕事を担ってはいるが、仕事での「活躍」やキャリア上昇を望めるような仕事ではないし、当事者たちも特に望んでいるわけではない。
他方で、活躍やキャリア上昇を望める高収入の仕事に就いている女性は、最初から「年収の壁」なんて気にもしていないに違いないし、活躍やキャリア上昇を阻んでいるものがあるとしたら、そうした税制の問題とは全く別のところに求めるべきだろう。
もちろん、「専業主婦家庭は税制上有利」というメッセージが、女性の働く意欲を挫いている可能性がゼロとは言わない。しかし、「年収の壁」を撤廃すれば女性の働く意欲が湧いて出てくるかのような議論は、あまりに現実を無視した空論としか言いようがない。こうした議論がいかにダメなのかについては、例えば以下の文章を取り上げてみよう。
退職した人を再雇用するような「雇用の流動化」を企業は高めるべきだと思います。また、社会の仕組みとして「年収の壁」があるので、どうしても非正規雇用を選ばざるを得ない方もいます。私は自著で、子ども2人を育てながら介護施設で働く女性を事例として挙げました。その方は仕事意識がとても高く、資格取得の勉強もしているのですが、「年収の壁」で、働く時間を調整しています。なぜなら、夫が長時間労働で、家事・育児のすべてを自分が担わなければならないから。「不本意な非正規雇用」にはさまざまな要因がありますが、企業の雇用姿勢に加え、社会制度を見直すことは急務でしょう。
「年収の壁」が非正規雇用を選ばせていると論じているのだが、なぜそうなっているのについては一行も説明されていない。普通に考えて、長時間労働と女性に偏った家事・育児分担の重さが非正規雇用を不本意に選択させている主な理由であって、「年収の壁」はその上で少しでも税負担を減らすための、最後の労働時間の調整にすぎない。しかしここでは「年収の壁」そのものが非正規雇用になっている原因である、ということになっている。
以上のように「年収の壁」問題は、中身は空虚だが日本で女性の働く意欲を阻害している要因を全て説明するマジックワードと化していることがわかる。全体ではまともなこと言っている人でも、このマジックワードに囚われている人は本当に多い。