はてなキーワード: しんどいとは
xのこのポストね
https://x.com/child_doc555/status/2053439651193438417?s=46
この旦那が専業主婦の奥さんを見下して、自分が上相手が下と考えているところにはしんどいものがあるが、正直この文はわからなくない
妻が細かい(ワイからすると)どうでもいいことをやたら気にするのは、元々の性格もあるだろうが、人生における責任範囲が狭過ぎるが故に、どうでもいいところを掘り下げるしかないのかな?と感じる。
そのどうでもいい非合理的なこだわりを押し付けることで、自らの存在感と権利と存在価値を必死でアピールしているように見えてしまう。
教育とかコンプラの部署とかで暇してるおじさんって何かトラブルがあると嬉々として出てきて、たくさんの時間話し合い、現場にやりすぎな対応を求めてくるというのを確かに体験したことがある
この旦那側の意見を鵜呑みにはできないが確かにそういう人はいる
まあとはいえ、この旦那は専業主婦に外の世界に行ってもらうために自分で家事育児を担うつもりはなさそうなので残酷な話なんだが
農業高校の飯屋とかならまだしも
断然期待されて稼ぐ700万のほうが嬉しい。
昔は期待されないでのほほんと稼げたらそれに越したことはないじゃんと思ってた。
でも実際に社会に出てみるとさ、期待されないで働き続けるのってかなりしんどいんだよ。
自分の声は通らない(というか声を出しにくい)、会議に呼ばれてもいなくても一緒みたいな雰囲気、結構辛いぞ。
奴隷の鎖自慢とかブラックに洗脳されてるとか色々アンチはあると思うけどさ、
ブラック・ホワイト論争、よく見かけるけど期待に応えるために多少無理するというのは必要じゃないかな。
無理しないと到底達成できない仕事量ならそりゃ仕事を振るほうが悪いけどさ、なにがなんでも楽しようするのは違うと思う。
今はもう中堅社員だけどよ、中堅になってようやく期待され続けることを意識して仕事するようになってきたし、期待してもらえることに感謝できるようになってきた。
友達に半ギレ言い訳を述べ散らかして、結果より仲いい友達に話したら躁鬱の躁だった
空の青さも風の気持ちよさも、妊婦さんが持つベビーカーを運んであげたのも、バスの隣の席のマダムとお話したのも、大事な友達にキレてるのも全部躁だからだった、気持ち良いと感じたのも全部ウソ
生きるけどきつい
を真剣に考えれば得られる答えはとんでもなくハードなワークをして自分の人生を好転させるという意味でしか無い。
では、それをするのか?
もちろんこたえは決まってる
する人もいるし
しない人もいる
そしてほぼすべての人はしない。
ほんの少しの努力で上層(そのようなものが本当にあると仮定しての話だが)に手が届く人でも
ハードなワークはしたがらない
付き合いの長いお客さんも次期更改から人を減らしたいって言ってるから、本当に終わるんだなぁって感じがするわ。
保守にプロパーの若手付けてAI使わせながら勉強させる?みたいなことも言っるし内製化したいのかも、まぁそれは無理だろうけど。
「とりあえず若手を一人添えて~」みたいにほぼ無料でねじ込んでたのもできなくなってきてる。
10年前の話。
結婚して、旦那と二人で共稼ぎ。貯金もふえていって、そろそろ子どもかな、、、というときに鬱になる。
当時の長時間労働と、親の離婚と教育虐待といった生い立ちから来る色々なものなどが噴出した感じになる。
夫は、「いったん会社やめて回復に専念してはどうか」というアドバイスを受け退社。
まあ、私はIT業界なので、回復した後も業界に戻れるでしょう、という思い込みもありました。
定期的にお医者さんいって、薬飲んで、できるだけ悪いこと考えないようにして毎日を乗り越えてを繰り返す。
しんどい、辛いが、することはない。(時間をつぶすために、夫の漫画コレクションを大量に消費)
少し回復してきたころに、「そろそろ何かしたい」と思ったが、いきなり再就職で週5日は辛いと思ったので、
自営業でも初めてみるか、となんとなく思い、夫に話したところ、「いいと思うよ~」という話で、とりあえず会社を作った。
名前は、私の名前から一文字、夫の名前から一文字、そして愛犬 (R.I.P) の名前から一文字で、3文字の会社。
会社作った理由は、法人とビジネスする際に、個人事業主は舐められる、となんとなく思ったのがその理由。
そのころ、ソーシャルで、「学生時代から事業やってて、今は会社やってて世界中を飛び回っています」というキラキラ経営者を見つける。
何か月かウォッチしていたところ、池田さんがたまたま、「いまから〇〇市いきます~。コーヒー一緒に飲める人ウェルカム」という投稿をしていて、
おお、会ってみたい!と思い、DMを送り、いきなりお茶を飲むことに。
池田さんと会ってみると、もうすごくいい人で、外見もよくて、私のことも全部肯定してくれる。
そして、池田さんの会社について詳しく聞いてみると、マーケティングは強いが、営業が弱いので、中小企業の案件はぽろぽろ取れるが、大手企業案件は取れていないことを知る。
そこで、「営業面、私がお手伝いしましょうか?どうお役にたてそうか提案しましょうか」ととっさの提案をする。
というのも、私はIT企業に新卒で入ってから、ずっと大手企業向けの営業やってて、ゴリゴリの営業畑。
「このキラキラした人が持っていないものを、私が持ってて、相互補完できるかも」と直感的に思った。
池田さんは「それはとってもありがたいです。では、来週オンラインでお話しできますか」と、とんとん拍子に話が進んで、いざ提案の時を迎える。
私からの提案は、「池田さんが販売している商品は、マーケティングで売っているだけでは、継続して点数がさばけないので、ターゲット業界のTop10に対しては、直接営業でアプローチすべき」という非常にシンプルなもの。
自分なりの洞察、リサーチ内容、アプローチ方法などをがっつり加えたものを伝える。当時はAIもなかったから、提案書作るのにがっつり1週間使った。
夫からは「あまり無理しないようにね。でも、応援してるよ」と言われる。応援してくれたのが嬉しかった。
「西原さんの提案は、素晴らしい内容でした。私の周りには、マーケティングとかデジタルとかの人は多いのですが、こうした直球の営業を企画できる人、そして実行できる人はいないんです」
そして池田さんは、
「販売額の20%を西原さんへのお支払いということでいかがでしょうか。過去に月額固定で営業代行を依頼したことがあったのですが、全く機能しなかったので、成果報酬でよければぜひお願いしたいです」
「営業面だけでなく、マーケティング面でもアイデアあればぜひお知らせください」
といって、月に1度はオンライン、年に3-4回は対面で会う仲になった。
池田さんは、ソーシャルでも1万人以上フォロワーがいて、それも経営者っぽい人が多いので、そういう人のチームになれたことが嬉しかった。
このころには私の鬱はもう抜けていたとおもう。
池田さんからは色々学んだ。友達、先輩みたいな感じで、彼女が考える会社経営について、色々教わった。
私は父も母もサラリーマンだが、二人とも仕事の話は家で一切しなかったので、会社を経営するとかいうことを全く考えたことがなかった。
稼ぐ仕組みを作ること、人を使うというのは、こういうことなんだなあ、と思った。
また、池田さんのもとには、それぞれ優秀なスキルをもつ人が男女問わずチームとしていて、それぞれ自分で会社を持っていたり、個人事業としてやっていたりした。
私は勝手に「チーム池田」と呼んでいた。自分もその中で、専門性をもち尊重される一員に加われたことを嬉しく思った。
ちなみに、営業をはじめて、1か月後に、ある業界の大手企業の本社購買とのアポを取ることができ、池田さんにも同行してもらったのだが、
「西原さんの営業スキル、プレゼンスキル、交渉力はすごい!」ととにかくほめてもらった。その後、池田さんはさらに私を立ててくれるようになった。
その会社との契約も決まり、安定的な数量を売れるようになり、月数十万円の金額が私の手元に入ってくるようになった。
と、ここまでがいい話。
それから1年後、法規制が変わった関係で、池田さんの会社にバブルが到来する。
(結果として一時的であったが)年の売り上げが10倍近くなったのだ。
池田さんはこれをチャンスとみて、マーケティングに大量にお金を突っ込み、中小企業客と個人客が激増することに。
私は細々と営業をするが、最初に取ってきた大手以外からはなかなか受注できず。また、その大手からの契約も急減するという事態に。
数十万円の報酬が、数万円にまで低迷する。夫の収入があるから、食べるには困る、ということにはならないが、でも困る。
池田さんは、「ビッグウェーブに乗って、マーケティングで売れる」という確信を持ったのか、私の話を聞いてくれなくなった。
大手企業は、商品の信頼性、部品の継続提供可能性、外部機関の試験や認証取得、問題発生時の原因究明体制、といった点を重視する。
「大手企業が期待しているような点に、ぜひお金を突っ込んでください」という私の依頼は無視される。
そしてダメ押しに、私に対して保証していた20%のマージンは10%に圧縮され、さらにさらに、私が開拓したお客さんに対して、池田さんが新しく採用した若手営業が、
私が提案した価格よりも安く提案して、勝手に契約を切り替えていた「らしい」ことが判明。お客さんは、口止めされているらしく明言はしないが、非常に歯切れ悪くなり、私の電話も取らなくなった。
そこで、池田さんに私はコールして、「マージンの圧縮はまあ仕方ない面もあるかとは思います。部材が上がっているし。でも契約を勝手に切り替えているのは本当ですか」と確認したところ、
池田さんは仮面のような表情になり、徹底的にはぐらかした。そして、「ビジネスがうまくいくように、全般的にコントロールしていくために決めたことなので」と、分かったような分からないようなことを言われた。
ああ、この人はもうだめだ。と思った。
そして思い出す。
ある夜、私は池田さんはすごい、池田さんと仕事できて、営業契約も決まりうれしい。
といった話をした後に、夫は「池田さんとは契約書は締結した?」と言われる。
私は、「池田さんは営業面は私に任せているから大丈夫」「いいタイミングになったら話してみるね」といったが、その後契約の話は結局しなかったし、池田さんからも出なかった。
ああ、やられたんだな。池田さんにうまいように使い倒されたのかもしれない。
でも、数字に関することはどれも口約束だから、20%のことも、契約をかっさらうようなことをしない、というのも、そういう口約束があったことを証明できない。
そして私の売り上げマージンがゼロになった月に、私から池田さんに、「転職が決まったので、そちらに注力することにしました。これまでありがとうございました」と言って、チーム池田を去った。
同時期にチーム池田はほぼ解体されていて、バイキングみたいな髭のエンジニアさんも、いつも違う眼鏡をかけてくるWebデザイナーの方も、代理店販売を担当していたおやじ殺しの方も、みんないなくなった。
家が近くだったので、よく一緒にご飯を食べた髭のエンジニアさんは、
「あの人(池田さん)は、そもそも信頼できないと思っていたので、来るべき時が来たか、という感じだったよ。いくつか予防線を引いておいてよかった」
と言っていた。ああ、私は人を見る目が本当にないんだなあと思った。
ウェブで相変わらず、涼しい顔でビジネスをしています。とてもお美しいままです。
おそらく、信頼を焼き畑農業しても、また、私のような人間が池田さんを手伝いたくなってしまうので、会社は回っているのだと思う。
特需のタイミングで大儲けしたお金を使って、今は別のビジネスも手掛けているみたいだ。
私がどうなったかって?
夫は「自分のお金をだまし取られるみたいな致命傷でなくてよかったね」と言われ、私のことは一切責めなかった。
夫は私と一緒に池田さんとは何度か会っているのだが、「調子のよい経営者の典型」だと思っていたとのこと。
ああ、そうだ、夫は銀行で融資しているんだった。彼の人物鑑定能力は、私の100倍高いのだから、もっと夫を頼ればよかったのかも。
でも、銀行で順調そうにみえる夫の力を借りずに、自分も独力でうまくいった証拠を残したかったんだよね。
池田さんには、転職しました、といいましたが、実はその後は自分の会社を育てるべく奮闘し、6-7年が経過したところ。
私の能力不足がゆえに、満足のいかなかった結果を迎えたことはある。ただ、池田さんのような意図的な不義理をせずに来れている。
子供も2人生まれて元気だ。この点は独身の池田さんが持てなかったものだ、と思ってしまう自分は性格が悪いと思う。
池田さんに対する恨みはもうなくて、「一時期楽しく過ごさせていただいてありがとう!」「良い点も悪い点も学ばせてもらいました」という感じです。
池田さん、もしこれを読んでいたとしても、私は夫と子供に囲まれ、仕事もあって幸せなので、今更あなたの邪魔をする気は一切ありません。
おしまい!
タイトルがもう自慢みたいで嫌なんだが、自慢じゃない。むしろ逆だ。
俺はずっと、自分の頭はどこか壊れてると思って生きてきた。だから検査を受けた。
結果が、132だった。
書く順番を間違えると全部嘘くさくなる気がするから、最初から書く。
俺は34歳、都内の中堅メーカーで営業企画みたいなことをしてる。
仕事ができないわけじゃない。ただ、できる時とできない時の差が異常にデカい。
企画書を書かせると上司が「お前これどこから出てきた発想だよ」と笑うようなアイデアが出る。
一方で、月末の経費精算でレシートの日付を3回連続で打ち間違える。会議の電話番号を聞き取れなくて聞き返す。「先週の議事録のあの件だけど」と言われて、議事録の存在ごと忘れてる。
20代の頃はそれを「ムラっ気」で済ませてきた。
30過ぎたら誤魔化しが効かなくなった。
去年、得意先への請求書を1ヶ月送り忘れて先方の経理を激怒させた。あれは凹んだ。普通こんなミスしないだろ、と自分で思った。
それで精神科に行った。
発達障害の検査をしたい、と言った。受付のお姉さんは、こういう客に慣れた感じで「では初診の予約から」と言った。
「いつから困ってます」「子供の頃の通知表は」「家族に同様の特性は」みたいなことを30分聞かれた。最後に「WAIS-IVを受けてみますか」と言われた。
WAIS-IV。ウェイス・フォー、と読む。世界で一番使われてる大人向けの知能検査だ。
発達障害そのものを判定する検査ではない。「あなたの頭の中の凸凹を見る」検査だ、と医者は説明した。
検査は2週間後に予約された。
費用は保険適用で自己負担1350円程度、と言われた。安い。Netflixの月額より安い。
検査当日のことを書く。
検査室は4畳半くらいの個室で、机を挟んで臨床心理士の女性と向かい合った。30代くらい。終始物腰が柔らかい。
机の上には、検査キットらしき木箱と、何種類もの冊子と、ストップウォッチ。あとティッシュ箱。なぜティッシュなのかは後でわかった。
「これから2時間ほど、いろんな課題をやってもらいます。途中で休憩できます。わからない問題は『わかりません』で大丈夫です。最後までできなくても大丈夫です」
心理士はそう言った。声がやけに優しい。たぶん、緊張してビビってる受検者を山ほど見てきた声だ。
俺は「果物です」と答えた。
「両方とも芸術作品で、人間が制作するもので、視覚を通して鑑賞される表現形式、という意味で似てます」
心理士の手が止まった。一瞬だけ。
これが後でわかったんだが、こういう問題には「採点基準」があって、抽象度の高い回答ほど点が高くつく。「果物」は1点、「植物」は2点、「自然界の生命体」は3点、みたいな構造らしい。
俺はたぶん全部の問題で、聞かれた瞬間に脳が勝手に最上位の抽象を引っ張り出した。これは後で結果を見て知ったことだ。本人としては「普通に答えた」だけだった。
次が「積木模様」。
赤と白に塗り分けられたサイコロみたいな積木が9個渡される。心理士が「この絵と同じ模様を作ってください」と図形を提示する。タイマーが鳴る。
俺は途中で「あ、これ全部の積木の側面パターンが2種類しかないから、必要な面さえ向ければいい」と気づいた。それからは、図形を見た瞬間に必要な「面」だけ脳内で先にレイアウトして、積木は後から面を合わせるだけになった。
心理士のストップウォッチが、何回か0.5秒くらいで止まった。
俺はその時、自分が褒められてるのか変な目で見られてるのかわからなかった。
そのあと「数唱」というのが来た。
3-7-2。簡単。
8-4-9-1-7-3-2。…7個までは行けた。
「次は、逆の順番で言ってください」
9-6-2-4-8-3-1。逆順。…これが、できなかった。
途中で「あれ、4の前なんだっけ」となって脳がフリーズした。同じ問題を3問続けて落とした。心理士が「次の課題に行きますね」と言った。声色は変わらなかったけど、俺はその瞬間「あ、ここは俺の苦手領域だ」と直感した。
「符号」というのが来た。
記号と数字の対応表が上にあって、下にランダムに並んだ数字の下に、対応する記号を書き写していく。120秒。
これも、できなかった。
正確には、できたけど、遅かった。
俺は5番目くらいで「対応表を覚えれば見なくて済む」と思って、対応表を一回見て覚えようとした。覚えきる前にタイマーがガンガン進む。焦って書き写しに戻る。書き写しはできるけど、心が折れてるから手が震える。震えるからケアレスミスが出る。
終わった時、心理士が「お疲れ様でした」と言った。俺は「すいません、これ全然できなかった」と言った。心理士は微笑んで「皆さんそうです」とだけ言った。
休憩を10分挟んで、後半。
4×4くらいのマス目に、ある法則で図形が並んでて、空白の1マスに入る図形を6択から選ぶ。IQテストでよくあるあれだ。
楽しかったというのは語弊がある。脳の中で、何か正しい場所に正しい部品がカチッとハマる感覚があった。プラモデルで一番小さい部品が、迷ってた手のひらの上から正しい場所に吸い込まれる、あの感覚。
全問、考える前に答えが見えていた。
「『遵守』という言葉の意味を説明してください」「日本の首都はどこですか」「人はなぜ法律を守るんでしょうか」
こういうやつ。これも口が勝手に動いた。
特に「理解」の問題は、俺の中で勝手に映画の脚本みたいなのが回り始めて、「法律を守るのは社会契約の維持に必要で、契約を破ることのコストが個人の利益を上回る設計になってるから」みたいなことを言った。心理士が「ありがとうございます」とだけ言ってメモを取った。
検査が終わった時、心理士は「お疲れ様でした、結果は2週間後にドクターから説明があります」と言って、ティッシュ箱から1枚抜いて俺に渡した。
俺は何も泣いてなかった。ただ、汗が顎から落ちる寸前だった。
2週間後、診察室で結果を聞いた。
医者は紙を1枚机に置いた。レーダーチャートがあって、4本の棒グラフがあって、数字が並んでた。
自覚、なかった。
「ない、です」と答えた。
医者は紙を俺の方に向けた。
「これね、VCIとPRIだけ見ると上位0.3%です。MENSAの基準は楽勝で超えてます。でもね、ワーキングメモリと処理速度が、ほぼ平均ど真ん中。この差が、43ポイントある。これはかなり大きい凸凹です」
「あなたが感じてた『仕事ができない』は、本当の意味では『できない』じゃないです。あなたの言語理解と知覚推理が高すぎて、ワーキングメモリと処理速度が、相対的に追いついてない。本人の中で常に『俺の他の能力が、俺の足を引っ張ってる』状態になってる。これはね、しんどいですよ」
俺は医者の言葉を聞きながら、顔の筋肉が固まってくのを感じた。
「自慢ですね、なんかすいません」と俺は言った。
医者は笑った。
「自慢じゃないですよ。自慢じゃない。あなた、たぶん『自分は変だ』って思って生きてきたでしょ。変じゃないんです。ただ、社会の平均的な仕組みが、あなたみたいなプロファイルの人に最適化されてないだけ」
検査結果を聞いた帰りの電車で、俺は新宿駅から自宅最寄りまでの30分間、ずっと自分の人生を再生してた。
小学校の時、全教科の平均点が異常に高いのに、夏休みの宿題のドリルを毎年8月31日にやってた俺。
中学の時、数学の応用問題は10秒で解けるのに、計算問題で連続して符号ミスをして100点を取れなかった俺。
高校の時、現代文が偏差値75あるのに英単語の暗記がどうしても回らなくて、英語は60を切ってた俺。
大学の時、卒論で教授に「お前の文章は構造がきれい」と褒められたのに、卒業要件の単位を1個落としかけて留年スレスレだった俺。
全部、つながってた。
違った。
俺の頭の中には、競走馬みたいに速い領域と、自転車を後ろ向きに漕ぐみたいな領域が、同居してた。
速い方が「自分の標準」だと思って生きてきたから、遅い方の自分が出てくると「なんで俺、こんなこともできないんだ」と毎回殴られた。
殴ってたのは他人じゃなくて、俺自身の中の、速い方の俺だった。
これが、しんどかった理由だ。
自分の中の優秀な方の自分が、自分の中の平均的な方の自分を、毎日殴り続けてた。
たとえ話を、もう一個書かせてくれ。
俺の頭は、エンジンが2000ccのスポーツカーに、軽自動車のタイヤが付いてる状態だった。
エンジンは喜んで吹け上がる。アクセルを踏めばすぐ100キロ出る。
でもタイヤが軽自動車だから、コーナーで踏ん張れない。雨が降ると滑る。長時間走ると焼ける。
ドライバー(俺)は、エンジンの音を聞いて「俺の車は走れる」と思って毎回踏み込む。
そしてコーナーで毎回横に飛んでいく。
何回も飛んだ。何回も「自分の運転が下手だから飛ぶんだ」と思って、運転テクの本を買って勉強した。
違った。タイヤが弱かっただけだった。
コーナーでは諦めて減速する。直線で全部取り返す。それでいい、と医者に言われた。
これは「障害があった」って話じゃない。
俺のWMI(99)とPSI(92)は、世間的には完全に「平均」だ。一般人と同じ。
ただ、俺の他のスペックが上振れすぎて、平均的な部分が「機能不全」に見えるレベルで足を引っ張ってた、というだけだ。
むしろ、平均的な機能を平均的なまま使ってる人のほうが、人生は楽だと思う。
レーダーチャートの紙の右下に、心理士の手書きで一文だけメモが入ってた。
「ご自身の得意な領域を活かしつつ、苦手な領域は外部ツールやサポートで補うことを推奨します」
外部ツール。
俺はこの3文字に、たぶん30秒くらい目が止まった。
「俺の足りない部分は、俺自身で頑張って補わなきゃいけない」と思って34年生きてきた。
違った。
外で補っていい、と国家資格を持った人が文書で公認してくれた。
IQが132だったことより、「Excelに任せていい」「カレンダーアプリに任せていい」「同僚の力を借りていい」と、医療として公式に許可されたこと。これが効いた。
検査の翌週から、俺は会社のメールに自動振り分けルールを20個追加した。
会議は全部録音するようにして、議事録は文字起こしAIに任せた。
請求書は経理に「月末3営業日前にリマインドしてください」と頭を下げて頼んだ。
ミスが、減った。
劇的に減った。当たり前だ。タイヤを4本とも履き替えたんだから。
そして、減ったぶんのリソースで、得意な企画の方をもっと深く考えるようになった。
今期、俺の課の売上が部内トップになった。たぶん、IQ132の本領が、初めて発揮された期だ。
俺と同じように「自分はムラがある」「できる時とできない時の差が大きい」「子供の頃から自分のどこかが壊れてると思ってきた」って人に、たぶんWAIS-IVは効く。
発達障害かどうかを白黒つけるためじゃない。
自分の中の「速い俺」と「遅い俺」を、他人事として眺める視点をくれるから、効く。
受けてから2週間で結果が出る。
精神科に行く勇気が要るのは知ってる。俺も予約電話を3回かけ直した。
それでも、行ったほうがいい。
「自分が自分を殴ってる」状態で生きてる人、世の中に俺が思ってた10倍はいる気がする。
俺はもう、自分を殴ってない。
速い俺と遅い俺、両方が同じ車に乗ってる。それでいい。
タイヤを履き替えれば、そのスポーツカーは、ちゃんと走るから。
追記。
「IQ132で会社員してるの、もったいなくね?」って言われそうなんで先回りして書く。
全検査IQ132って、たぶん同年代の同期100人いたら2〜3人いる程度の数値だ。
珍しくない。普通に会社にいる。あなたの隣の同僚かもしれない。
測らないまま生きていける人は測らなくていい。
あとうっすら医療に対する不信感が根付いてるんだと思うんだよな
体調不良になる機会は多いのに、病院に行っても解決しないどころかあしらわれて終わる事が多い
でもそのまま生きていくのはしんどいから楽になる手段を模索する→民間療法に流れる
何かを買うという方法だけでなく、これを食べるなあれをするな生理or更年期が重くなるとか不妊になるという迷信は山程ある
漢方も多分女性顧客の方が多いんだろうな。看板にずらっと女性が悩んでそうな不調が並んでる
そりゃ変な健康食品も買う奴も出て来る
ざっくり言うと資産1000万円貯めてから1年後くらいに退職して福祉制度をちゃんと使えば、自分の資産でFIREする頃には資産が2500万円程度になっていて、毎月22万円ほど収入が見込めるからたぶん余裕でFIRE出来るんじゃない?って話
基本の条件
精神科への通院歴がないこと
この3つさえ満たせば傷病FIREはそんなに難しくない
簡単な流れ
GLTD保険とは仕事が色んな理由で出来なくなっちゃった人向けの保険。会社の福利厚生や個人でも色々あるから条件見て良さそうなの入ればいい。だいたい最大で標準報酬月額(前年の456月の収入の平均みたいなもん)の8割くらいが精神起因でも最大3年くらい貰えることが多いけどこれは保険会社によりけりだからよく読んで選んでね
2 標準報酬月額を最大化する
ここの頑張りでその次の9月以降の標準報酬月額が変わる。退職予定の前の年の456月は死ぬほど頑張って給料稼ぐか交通費とかの金でもいいから貰いまくって、来年の8月くらいに退職すれば標準報酬月額の最大化が可能でさっき話したGLTDの受け取りが最大化される
素直に今の仕事がしんどいこととか不眠症とか発達障害とか自分の気になる症状を話す
この時期なんだけど、会社によって休職が有給だったり無休だったり期間がまちまちだから、とりあえずさっきの標準報酬月額の最大化を目標に次の8月に退職するのを逆算して休職すると吉
5 給料が入らなくなったタイミングで傷病手当とGLTDの受取申請をする
標準報酬月額の12ヶ月平均から傷病手当が3分の2、GLTDが傷病手当受取額を引いて8割(保険契約によるけど)もらえて18ヶ月間は毎月標準報酬月額の93.3%その後の18ヶ月間は80%もらえる見込みになる。
6 GLTD受取の期間が終わったら障害厚生年金と失業保険を申請する
障害厚生年金は嘘なしで素直に申請したらたぶん3級がいいとこ。月7万円程度かな。失業保険は特定理由離職者になるから300日間は出るし失業保険と障害厚生年金は併給可能
7 ここで初めて資産に手をつけ始めて障害厚生年金とセットでFIRE
以上。
てな感じの流れかな。じゃあこれで本当にFIRE出来るだけの資産がたまってるのか計算してみよう。
普段の生活費が月22万円、最大化した標準報酬月額が37万円だとして、毎月15万円くらい積立が出来るだろうから、退職1年前に1000万円あるとすればそこから失業保険の受け取りが終わるまでの5年間は15万円積立出来るはずだから年利7%で2500万円程度になっている計算になる。そこから初めて自分の資産を切り崩しに入るんだけど2500万円年利7%で月約15万円、障害厚生年金で月7万円入るから合計月22万円でFIRE出来てるじゃんって計算。
意外とこのやり方なら再現性高いしハードル高くないと思うんだけどな。
ただ、これは年利とかGLTDの制度内容とか皮算用的なものもあるから本気でやるならしっかり自分で調べて動いてね。
念のために資産や積立額が多かったり生活費がもっと安かったりすると安心感は増すね。
もっと言うと自立支援医療の活用とか確定拠出年金の脱退一時金の受け取りとか、国民健康保険の減免と年金免除とか、障害者手帳を取って特定口座を源泉徴収あり口座となし口座に分けて確定申告したりとか細かな話せてないテクニックはたくさんあるんだけどややこしいから割愛で
ざっくり言うと資産1000万円貯めてから1年後くらいに退職して福祉制度をちゃんと使えば、自分の資産でFIREする頃には資産が2500万円程度になっていて、毎月22万円ほど収入が見込めるからたぶん余裕でFIRE出来るんじゃない?って話
基本の条件
精神科への通院歴がないこと
この3つさえ満たせば傷病FIREはそんなに難しくない
簡単な流れ
GLTD保険とは仕事が色んな理由で出来なくなっちゃった人向けの保険。会社の福利厚生や個人でも色々あるから条件見て良さそうなの入ればいい。だいたい最大で標準報酬月額(前年の456月の収入の平均みたいなもん)の8割くらいが精神起因でも最大3年くらい貰えることが多いけどこれは保険会社によりけりだからよく読んで選んでね
2 標準報酬月額を最大化する
ここの頑張りでその次の9月以降の標準報酬月額が変わる。退職予定の前の年の456月は死ぬほど頑張って給料稼ぐか交通費とかの金でもいいから貰いまくって、来年の8月くらいに退職すれば標準報酬月額の最大化が可能でさっき話したGLTDの受け取りが最大化される
素直に今の仕事がしんどいこととか不眠症とか発達障害とか自分の気になる症状を話す
この時期なんだけど、会社によって休職が有給だったり無休だったり期間がまちまちだから、とりあえずさっきの標準報酬月額の最大化を目標に次の8月に退職するのを逆算して休職すると吉
5 給料が入らなくなったタイミングで傷病手当とGLTDの受取申請をする
標準報酬月額の12ヶ月平均から傷病手当が3分の2、GLTDが傷病手当受取額を引いて8割(保険契約によるけど)もらえて18ヶ月間は毎月標準報酬月額の93.3%その後の18ヶ月間は80%もらえる見込みになる。
6 GLTD受取の期間が終わったら障害厚生年金と失業保険を申請する
障害厚生年金は嘘なしで素直に申請したらたぶん3級がいいとこ。月7万円程度かな。失業保険は特定理由離職者になるから300日間は出るし失業保険と障害厚生年金は併給可能
7 ここで初めて資産に手をつけ始めて障害厚生年金とセットでFIRE
以上。
てな感じの流れかな。じゃあこれで本当にFIRE出来るだけの資産がたまってるのか計算してみよう。
普段の生活費が月22万円、最大化した標準報酬月額が37万円だとして、毎月15万円くらい積立が出来るだろうから、退職1年前に1000万円あるとすればそこから失業保険の受け取りが終わるまでの5年間は15万円積立出来るはずだから年利7%で2500万円程度になっている計算になる。そこから初めて自分の資産を切り崩しに入るんだけど2500万円年利7%で月約15万円、障害厚生年金で月7万円入るから合計月22万円でFIRE出来てるじゃんって計算。
意外とこのやり方なら再現性高いしハードル高くないと思うんだけどな。
ただ、これは年利とかGLTDの制度内容とか皮算用的なものもあるから本気でやるならしっかり自分で調べて動いてね。
念のために資産や積立額が多かったり生活費がもっと安かったりすると安心感は増すね。
もっと言うと自立支援医療の活用とか確定拠出年金の脱退一時金の受け取りとか、国民健康保険の減免と年金免除とか、障害者手帳を取って特定口座を源泉徴収あり口座となし口座に分けて確定申告したりとか細かな話せてないテクニックはたくさんあるんだけどややこしいから割愛で
ざっくり言うと資産1000万円貯めてから1年後くらいに退職して福祉制度をちゃんと使えば、自分の資産でFIREする頃には資産が2500万円程度になっていて、毎月22万円ほど収入が見込めるからたぶん余裕でFIRE出来るんじゃない?って話
基本の条件
精神科への通院歴がないこと
この3つさえ満たせば傷病FIREはそんなに難しくない
簡単な流れ
GLTD保険とは仕事が色んな理由で出来なくなっちゃった人向けの保険。会社の福利厚生や個人でも色々あるから条件見て良さそうなの入ればいい。だいたい最大で標準報酬月額(前年の456月の収入の平均みたいなもん)の8割くらいが精神起因でも最大3年くらい貰えることが多いけどこれは保険会社によりけりだからよく読んで選んでね
2 標準報酬月額を最大化する
ここの頑張りでその次の9月以降の標準報酬月額が変わる。退職予定の前の年の456月は死ぬほど頑張って給料稼ぐか交通費とかの金でもいいから貰いまくって、来年の8月くらいに退職すれば標準報酬月額の最大化が可能でさっき話したGLTDの受け取りが最大化される
素直に今の仕事がしんどいこととか不眠症とか発達障害とか自分の気になる症状を話す
この時期なんだけど、会社によって休職が有給だったり無休だったり期間がまちまちだから、とりあえずさっきの標準報酬月額の最大化を目標に次の8月に退職するのを逆算して休職すると吉
5 給料が入らなくなったタイミングで傷病手当とGLTDの受取申請をする
標準報酬月額の12ヶ月平均から傷病手当が3分の2、GLTDが傷病手当受取額を引いて8割(保険契約によるけど)もらえて18ヶ月間は毎月標準報酬月額の93.3%その後の18ヶ月間は80%もらえる見込みになる。
6 GLTD受取の期間が終わったら障害厚生年金と失業保険を申請する
障害厚生年金は嘘なしで素直に申請したらたぶん3級がいいとこ。月7万円程度かな。失業保険は特定理由離職者になるから300日間は出るし失業保険と障害厚生年金は併給可能
7 ここで初めて資産に手をつけ始めて障害厚生年金とセットでFIRE
以上。
てな感じの流れかな。じゃあこれで本当にFIRE出来るだけの資産がたまってるのか計算してみよう。
普段の生活費が月22万円、最大化した標準報酬月額が37万円だとして、毎月15万円くらい積立が出来るだろうから、退職1年前に1000万円あるとすればそこから失業保険の受け取りが終わるまでの5年間は15万円積立出来るはずだから年利7%で2500万円程度になっている計算になる。そこから初めて自分の資産を切り崩しに入るんだけど2500万円年利7%で月約15万円、障害厚生年金で月7万円入るから合計月22万円でFIRE出来てるじゃんって計算。
意外とこのやり方なら再現性高いしハードル高くないと思うんだけどな。
ただ、これは年利とかGLTDの制度内容とか皮算用的なものもあるから本気でやるならしっかり自分で調べて動いてね。
念のために資産や積立額が多かったり生活費がもっと安かったりすると安心感は増すね。
もっと言うと自立支援医療の活用とか確定拠出年金の脱退一時金の受け取りとか、国民健康保険の減免と年金免除とか、障害者手帳を取って特定口座を源泉徴収あり口座となし口座に分けて確定申告したりとか細かな話せてないテクニックはたくさんあるんだけどややこしいから割愛で
この10年位で隠れたインフレがすごいので、円高時代にやっていたような成金的贅沢は今は小金持ち程度ではしんどい。
20年前や30年前にタイやベトナムに行けば王侯暮らしができたと思うけれど今では無理だろうな。服なんかでも10年前のカシミヤ、モヘア、シルク、麻、綿でも最高級品が手に届く価格で流通してたけどもう届きにくい。金銀宝飾品の価格はいうまでもない。ウイスキーやワインも円安の影響と中国の経済成長の影響をもろに受ける。不動産も同じ。
一方でゲーム機とかドローンとかEVとかそもそも中国で作っているみたいなものはメモリやGPUの価格が上がったといえどもまだ買いやすいのかな。
34歳女で子ども3人で1人は1歳。
最近仕事復帰したんだけど、小売業だから土日祝日も仕事で、ゴールデンウィークも家族で何もできなかった。
泣き叫ぶ1歳児を置いて、仕事で疲れてる夫に子どもたちを任せて仕事行くの、もうしんどい。
仕事内容も全然代わりがいるし、面白くもないし、お局的なフリーターから嫌味も言われるし、辞めて良いかな。
ここまでして仕事しても給料も時短だから少ないし、人事評価も低いし(育児勤務はほぼそうなる)、頑張る気になれないな。
平日の仕事も、保育園の送り迎えして小学生の学校の準備やら宿題手伝って、夕飯の支度して食べさせて、風呂に入れて、夜中の対応もして、仕事もして…って、毎日こなすだけで嫌になってくる。
仕事辞めて良いのかな。
再就職できるのかな。
専業主婦でやっていけるのかな。
夫は仕事辞めて良いって言ってるし、家はあるけどローンもないし、大丈夫な気もするけど。
育休中は楽しかったんだけどな。
夜泣きがあっても子供が昼寝してる時に一緒に寝て、のんびりしてたし。
平日の昼間にお散歩して、あの頃に戻りたい。
ああしんどい。
就活も大変だったし、色々頑張ったんだけどな。
これからお盆も年末年始もこんな価値があるとも思えない仕事で子供と過ごせないのかな。
今日の夜もまた起こされて、明日の朝からまた仕事行かなきゃいけないんだな。
自分が情けない。
もうできない気がしてきた。