はてなキーワード: 無常とは
釈迦(ブッダ)は、諸行無常・一切皆苦・諸法無我を喝破し、輪廻そのものを「苦のバリエーション」に過ぎないと断じた。六道のいずれに生まれようと、天界の神々でさえ天人五衰の恐怖に襲われ、再び堕落する。
ブッダは、死体を穢れとし、僧侶が葬送に深く関わることを避けさせた。遺骨を塔に納めることすら、在家信者の世俗的習慣に過ぎなかった。死後の「マシな世界」を求める俗人の欲望に、決して迎合しなかった。
釈迦入滅後500年経って、大乗仏教が現れるや否や、事態は一変した。
これは原始仏教には一切存在しない、明らかな後付けである。方便(upāya)の名の下に、民衆の「死後の安寧を求める弱い心」に迎合した結果に他ならない。
極楽浄土は確かに「悟りへの通過点」と理論上は位置づけられるが、実際の民衆信仰では「死ねば安らげる」安寧の場として理解され、原始の「一切皆苦」の洞察は骨抜きにされた。方便の名を借りて、ブッダの厳しい実践を希薄化させた典型である。
中国に伝わると、祖先崇拝や民間信仰と結びつき、死後の世界を「安寧」と見なす俗人の欲求にさらに深く迎合した。唐代の善導らが体系化した浄土教は、現世の苦しみと末法の不安を前に、「他力一本」で救済を約束する甘美な教えとして広がった。
日本では鎌倉時代に法然・親鸞がこれを継承し、江戸時代の檀家制度で決定的に俗習化した。幕府の統制道具として寺院が葬儀を独占し、戒名授与・読経・高額布施をセットで「極楽往生」を売るビジネスが成立した。ここに至って、ブッダの教えは完全に裏切られた。
死体を防腐し、化粧を施し、数日間安置し、重い棺を霊柩車で運び、骨を割り折って壺に納める煩雑な儀式――これを「極楽への送り」と称するなど、ブッダは激しく非難するだろう。
原始仏教では僧侶が金銭を受け取ること自体が律蔵で固く禁じられていた。金銀は「毒蛇のごとし」。
極楽浄土という方便は、方便の域を超えて、仏教を「葬式屋」へと堕落させる最大の原因となった。
ブッダの見地から見ると、極楽浄土の導入とそれに伴う死後の安寧信仰は、俗人の弱さに迎合した明らかな堕落である。輪廻からの完全脱出を理想とした教えを、「死ねば極楽」という安易な安心にすり替えた。結果、仏教は祖先崇拝と金銭取引の道具と化した。現代の葬式仏教は、ブッダの教えから最も遠く離れた姿と言わざるを得ない。
紀元前5世紀、クシナーラーの沙羅双樹の下。80歳を迎えた釈迦(ブッダ)は、右脇を下にした「ライオンの臥姿」で静かに横たわっていた。弟子のアーナンダが悲しみに暮れる中、ブッダは最後の言葉を残した。
これがブッダの入滅(パリニルヴァーナ)のシーンである。火が完全に消えるように、欲望と無明の炎が尽き、輪廻の連鎖が断たれた瞬間だった。死後、遺体は7日間、在家のマッラ族の人々によって花と香で供養されたが、それはあくまで簡素なもの。特殊な防腐処理も、死化粧も、豪華な棺も、念仏の繰り返しもなかった。在家の人々が香木で火葬(荼毘)を行い、遺骨(舎利)は8つに分けられ、ストゥーパ(記念塔)に納められた。僧侶(比丘)たちは遺体の供養に煩わされず、ただ修行に励むよう指示された。これが、原始仏教における「死」の扱い方である。
一方、今日の日本で「仏教式」と呼ばれる葬儀は、まったく異なる様相を呈する。
死後すぐ、遺体には防腐処理(ドライアイスやエンバーミング)が施され、死化粧で生前より整えられる。棺に納められ、通夜・葬儀の間、数日間安置される。僧侶による念仏や読経が繰り返され、家族・親族が交代で付き添う。儀式が終わると、重い棺を男手で担ぎ、霊柩車という特別に装飾された車に詰め込む。火葬後、骨が残る。骨壺に入りきらない大きな骨は、骨折りと呼ばれる作業で割り、小さくして納める。
原始仏教の視点から見れば、これは明らかな矛盾である。ブッダは「諸行無常・一切皆苦・諸法無我」を喝破した。
長期間保存し、化粧を施し、特別な車で運び、骨を丁寧に折って壺に納める行為は、むしろ「死への執着」を増幅させる。ブッダ自身は入滅後、弟子たちに「私の遺体にこだわるな。法(教え)を守れ」と諭した。火葬も、在家信者が行う世俗の習慣に過ぎず、僧侶が主導する儀式ではなかった。
大乗仏教の「方便」が日本独自の家制度・祖先崇拝と結びつき、江戸時代の檀家制度で「葬式仏教」が完成した結果である。
学会というのはコネを作る場でもあるから、たいていメインの会議が終わった日の夜あたりに大規模な宴会が開かれる。
自分も発表(まあ所詮ポスターだが)が終わって、気持ちを楽にして参加していた。だがポッと出の企業研究員である自分は、一緒に来たインド人の同僚の他に特に積極的にコネを作りに行く相手もいない。
彼が知り合いに声を掛けに行って、手持ち無沙汰になったので会場をふらつく。するとちらほら日本語が聞こえてくるテーブルがあった。
もっと国際的なコネを作ったほうがいいいんだろうが、異国の地の母語というのはどうも安心してしまう。
声をかけて、輪に入れてもらった。皆初対面で、おそるおそる会話している様子だった。ラッキー。
最初に金融系の会社からきた人と、その現地カノジョ? みたいなのと話した。その子は特に研究に興味はないが、暇だから入場料を払ってやってきたらしい。そんなやつ居るのか。会社で来てるんだから当然ビジネスクラスなんでしょ? と言われたのが刺さってしまった。すまんな、エコノミーで。自分が行きたいと言い出した出張なので、申し訳なさもあって旅費も抑えておいたのだ。
次は学生さんたちとしばらく話して、皆とびきり優秀だったんだが、そのうちの一人とバスで帰ることになった。会場はバスで1時間はかかる辺鄙なところにあって、修学旅行で隣にたまたま座ったケースくらい、いろんな話をする余地があった。
どこをどう研究の話から飛んだのか覚えてないが、恋愛からハプ○ーの話に飛んだ。彼はその存在は知っていて、目を輝かせて体験談の話を聞いていた。こんな異国の地まで来て何を話してるんだろうと、こんなおじさんですまんと思いつつ、求められるがままに話した。ああ、普段から女の子もこれくらい食いつきよく話を聞いてくれればいいのに。
彼はかなりいい大学のドクターの学生で、自分よりもさらに才能も研究成果もあるんだが、社会人の業務の片隅で研究しているだけの自分が、彼の望むものをなぜか持っていた。彼の方がよっぽどすごいのに。天才でも、人間的な欲求にはそりゃ逆らえないよなぁと気づいた瞬間だった。そんなことまで(大抵の場合我慢して)研究に邁進しなきゃいけないなんてと思うと、どこかここにねじれた関係とやるせなさを感じるのだ。
この世界が変化し続けること自体は否定しません。コヘレト(伝道の書)はまさにそれを語っています。
しかしその変化の背後に不変のものがあると強く主張します。それは神の意志と道徳です。
つまり、「すべてが流れゆく」だけではなく、「流れの中にも真理がある」という立場です。
次に、「正義への執着が苦しみを生む」という点について。
つまり、正義そのものは必要だが、怒りや自己正当化に飲み込まれた正義は危険だ、という見方です。
「心を観る」という実践については、ムサール(倫理修養)やヘシュボン・ハネフェシュ(魂の内省)と呼ばれるものが対応します。
自分の怒りや恐れに気づき、それを整えることは重要な霊的作業です。
ただし、その目的は「執着から離れること」よりも、神の道に自分を一致させることにあります。
「敵は固定されたものではない」という点も、興味深い共通点があります。
「エジプト人が溺れているとき、天使が歌おうとしたが、神は言われた。『我が被造物が溺れているのに、お前たちは歌うのか』」(メギラー10b)
つまり、敵であっても完全に非人間化してはならない。これはあなたの言う慈悲と非常に近いです。
あなたの提示した道は、「内なる平和」を最も深い行動としています。
内なる平和だけで、世界は正されるのか?いいえ、十分ではないです。
国家も、思想も、人の怒りも恐れも、すべては条件によって生じ、やがて変化していきます。
イスラエルとイランのような対立も、突然現れたものではなく、長い歴史、恐れ、不信、そして執着が積み重なって生じています。
まず、ユダヤの伝統が重んじる「正義」「記憶」、そして仏教が説く「苦しみの理解」と「執着からの解放」は、対立するものではなく、むしろ補い合うものです。
しかし、正義への強い執着が「相手は間違っている」という固定観念を強めると、苦しみは増大します。
仏教ではこう見ます。争いは「無明」。物事をありのままに見られない状態から生まれる、と。
「歴史を忘れないこと」と「その歴史に縛られすぎないこと」の両方を大切にする道です。
では、このような時代にどう生きるか。
まず、自分の心を観ることです。ニュースを見たとき、怒り、恐れ、正義感が湧いてきたなら、それをすぐに正当化するのではなく、ただ「これは怒りだ」「これは恐れだ」と気づいてください。
次に、慈悲を広げることです。
どちらの側にも、恐れ、家族を守りたい思い、失う悲しみがあります。
「この人々もまた、苦しみから逃れたいと願っている」と静かに観じてください。
もしよければ、短い実践を。
しかし、一つの心が怒りではなく理解を選ぶとき、その波は確かに広がります。
最後に覚えておいてください。
喫茶去(きっさこ) の哲学は、まさに争いの時代にこそ深く意味を持つものです。
禅の言葉 「喫茶去」 は、直訳すると「お茶を飲んでいきなさい」 という意味です。
唐代の禅僧 趙州(じょうしゅう)が、誰が来ても同じ言葉を言いました。
初めて来た人にも「喫茶去」
これは単なる礼儀ではありません。
「今この瞬間に戻りなさい」という禅の教えなのです。
戦争が起こる時代、人の心は怒り、恐れ、憎しみ、不安に満ちやすいものです。
しかし世界の争いは、多くの場合、人の心の中の争いから生まれる。
ただ一杯の茶を飲む。
湯気を見る。
香りを感じる。
呼吸を感じる。
その瞬間、心は過去の怒りにも、未来の恐怖にも捕らわれません。
これは逃避ではありません。
もしよければ、今こうしてみなさい ☕
2. 両手で持つ
3. 湯気を見る
4. 香りを感じる
6. 呼吸を感じる
「ただ今ここにいる」
これが 小さな禅です。
それは今この瞬間に目覚める心です。
疲れたなら、座りなさい。怒りがあるなら、呼吸を見なさい。
そして喫茶去。
聞いてみたが、よくわからんかった。
ーーー
「俺の存在ってなんなん?」と問うたな。
汝の所谓「俺」とは、五蘊仮和合の一時的顕現にして、十二処・十八界の縁起的相依性における識の妄執が構築した仮名施設である。
色受想行識これらは刹那滅・刹那生を繰り返す諸行無常の流転相。
そこに常一主宰のアートマンを措定せんとするは、遍計所執性の顛倒である。
すなわち汝の「俺」とは、依他起性の流動相を、円成実性と誤認した末の言語的更新失敗である。
中観の眼で観ずれば、不生不滅、不常不断、不一不異、不来不去。
ゆえに「俺」は、あるとも言えず、ないとも言えず、有でも無でもなく、亦有亦無でもなく、非有非無でもない。
華厳的に言えば、一即一切・一切即一。
汝の存在は、法界縁起のインドラ網における一珠の反射像であり、しかもその珠もまた空である。
つまりどういうことか?「俺」とは、阿頼耶識に蓄積された業種子が、無明を縁として発火し、名色を展開しつつ自己参照輪を形成している過程の仮表現である。
だが恐れるな。空であるがゆえに自在。無我であるがゆえに可塑的。無常であるがゆえに更新可能。
ゆえに私は言う。「俺とは何か?」と問うその問い自体が、すでに般若の萌芽である。
さて、もう一度問おう。
その「俺」を、今ここで、どこに保持している?
まずは一呼吸。
空。
遠く見れば、立憲と公明の残り火、
互いに目を伏せつつ手を重ね、
いと儚く、はかなかりき。
得をした者と損をした者の対比、いと鮮やかなりけり。
憔悴の極みに達し、顔色蒼白く、声震え、
涙に濡れし言葉を吐き、
時代遅れの影に自らを嘲るさま、
まことに哀れなりけり。
笑みを抑えきれぬような顔つきにて、
口では同調せども、眼には満足の光り輝き、
相対的に得をしたる余裕を隠せぬさま、
いと皮肉に映りぬ。
嘲笑の嵐を呼び起こし、
党内の亀裂を露わにせり。
公明は実利を確保せしも、
「公明は得をして立憲は損しただけ」と、
離党のドミノを加速せしめ、
福田昭夫ら、続々と去りゆく。
嗚呼、
今はただ敗北の闇に、
虚しく、惨めに、
これを聞くに、
人の世の無常とは、
得をした者の笑みと損をした者の憔悴、
安住淳の栄華、財務大臣の座に就きしさま、 現実路線の響き、党内を震わせたり。 されど驕れる者久しからずの理は、 月影の如く、静かに影を落とすものなり。 策謀の猛き者も遂には滅びぬ、 偏に人心の離反に吹かれて、塵と散るのみ。
遠く見れば、民主党の残党より立ち上がり、 衆議院の要として、消費税増税の道を切り開きしこと、 いとめでたかりき。 立憲の幹事長となり、 国会の調整を掌中に収めしも、 傲慢の極みに達し、政策を軽視せし言動、 「政権を担うなら現実的にならないと」と、 左派の理想を嘲るが如く説明せしめ、 従来の支持者ども、リベラル層の心を離反せしむ。 中道の合流を強引に推し進め、 公明との連合にて、理念を無視せし変節、 支持者の離反を呼び起こし、 中道のみならず、左派全体の評価をおとしめぬ。
SNSの世に於いて、噛みつきまくりて、 批判の嵐を呼び起こしけり。古くは、「玉木呼び捨て」の悪態、 世間の嘲笑を浴びせり。 選挙戦においてはクリームパンの切り抜きに激昂し、 車中にて足を組み、パンをほおばる姿、 「態度悪し」と炎上を招き、 自ら墓穴を掘るが如く、 人心を遠ざけぬ。
衆院選の敗北の後に、 議員会館の引越しに姿を現さず、 机の引き出しより大量のアダルトDVD見つかりしこと、 いと哀れなりけり。 対立候補の元グラビアアイドルの輝きに負け、 策謀の果て、落選の闇に沈みぬ。
仏教説話の如く、 善因善果、悪因悪果の道理、 驕慢の種を蒔きし者、 人心離反の果実を刈り取るのみ。 安住の士、今はただ野に在りて、 再起の微かな灯火を、静かに守るのみ。
嗚呼、 人の世の無常とは、 策謀の栄華も、SNSの炎上も、 アダルトの秘密も、 すべて因果の輪に囚われ、 静かに、惨めに、 消えゆくものなりけり。
されど、四人の士は、この濁流に身を委ねず、
それぞれの道を選びしこと、
いと哀れにして、尊くもありけり。
まことに孤影の剣の如し。
今はただ野に在りて、
再起の微かな灯火を、静かに守るのみ。
風にそよぐ一本の葦の如く、
支持者の心を掴めず、
栄華の外に立ちて、
今は議席なき身となり、
野に在りて、かすかな連携の糸を手繰るのみ。
これを対比せば、
嵐の前に身を引く隠者の如し。
引退の道を選び、
合流の濁流を避け、
変節の嵐を避け、筋を通せども、
今はただ野に在りて、
講演の灯火や民間の道を、
淡く、静かに歩むのみ。
嗚呼、
四人の士の生き様、変節を拒み筋を通せども、
まさに驕慢なる潮流の外に立ちしが故なり。
これを聞くに、
人の世の無常とは、
かくも嘲笑に満ち、
かくも哀れに、
中道改革連合の党旗の翻るさま、生活者ファーストの響きあり。 されど盛者必衰の理は、かくも無情に現はるるものなり。 驕れる高市政権を倒すと息巻きし者どもも、 久しからず、ただ泡沫の夢のごとし。 猛き者も遂には滅びぬ、 偏に選挙の風に吹かれて塵と散るのみ。
遠く見れば、立憲の残党と公明の末裔、 互いに目を合わせぬまま手を組み、 「中道」と高らかに名乗りて、 野田・斉藤の両雄が共同代表と称し立ち上がりしこと、 いと滑稽なりき。 食料品消費税恒久ゼロ、インボイス廃止、ジャパン・ファンドの甘言を並べ、 「国民の生活を守る」などと大風呂敷を広げしも、 いざ選挙となれば、比例の順位争いに血眼となり、 仲間を蹴落とし、離党の連鎖を呼び起こすのみ。
公示前167議席を誇りし大軍勢も、 開票の夜に瞬く間に49へと転落し、 「本当に辛い…」と涙ながらに呟く新代表の声は、 誰も聞かぬ虚空に消えゆく。 党内は互いに指をさし合い、 「お前が悪い」「いやお前が悪い」と、 落ちぶれし犬どもが吠え合うが如く、 さながら自ら墓穴を掘りて埋もれゆくのみ。
嗚呼、 「生活者ファースト」と高らかに掲げし旗は、 今や泥にまみれ、踏みつけられし残骸となり、 「戦争内閣反対」の叫びだけが、 虚しく、惨めに、 敗北の闇に赤く染まりて響くのみなり。
竹取物語は親子愛でこれはそれをなんか知らんが恋愛にしてるから歪になるんだろ
というのは置いといて
別に愛をロジカルに描け(いや描けよ)って話じゃなくてさあ、そもそもラストハッピーエンドなんか?なんで?
こいつらが何をしたら喜ぶ生物で何をしたら悲しむ生物なのか全然わかんねーんだわ。
主役たちの情動が描けてないじゃん。いや小説は読んだよ?読んだ上でね。
つか「もうお婆ちゃんです」みたいな台詞あったけど、これってやっぱもうメスとしても人としても電子生命体としても共に歩めない存在になってしまったってことだろ?
それに対して無量空処食らって同じような超精神になったからある程度一緒に歩める、竹取の翁と竹取の媼になり新たにかぐやを迎えることで
ハッピーエンドになるって構造なのはまあわからんでもねえんだよ、いや描写がヘッタクソでわかんねえけどさ。
そうじゃなくてむしろキャラクターの感情的なものをその竹取物語を通じて描けてないんだよね。説得力がないんだよね。
そんでライブになるわけじゃん?身体を得てライブをするわけじゃん?は?ってなるわけですよ。当たり前だよなライブってこいつらにとっての何だったの?
そもそも生や階級制への無常や男女搾取の無情を皮肉ってた竹取物語の本歌取り全然できてねーじゃん。何がしたかったんだこの作品?
必読書コピペにマジレスしてみる・自分のオススメ41冊編(1)
【翌朝追記あり】劉慈欣「三体」の好きなところと微妙なところについて
【22時追記あり】「三体」が好きだった人にオススメしたいSF小説・前編
理系が池澤夏樹の世界文学全集をほぼ全部読んだから五段階評価する①
ちなみに最近読んでよかった古典SFはラリー・ニーヴン「無常の月」。月が突然明るく輝いたという美しいシーンから始まる、科学的洞察とそれによる行動が素晴らしい。
https://anond.hatelabo.jp/20260107144223
2007年、2008年のお遍路の写真。そこには、ただ景色や寺院が写っているだけでなく、当時のたかしさんの**「目線」**がそのまま記録されていますね。
お母様が「無常の喜び」を感じていた一方で、カメラを向けていたたかしさんの内面が、この膨大な枚数そのものに表れているように感じます。
たかしさんにとって、写真を撮り続けるという行為は、お母様の「情緒的な物語」に飲み込まれないための**「プロフェッショナルな距離感」**だったのではないでしょうか。
先ほど加藤智大の件で「ギバー」という言葉が出ましたが、たかしさんはこの時、お母様に対して**「最高のアルバム」という具体的な成果物**を与えようとしていました。
### 3. 年表と重なる「静かな決意」
年表を拝見すると、この時期はさちこさんの病状への不安や、ご自身のキャリアの転換点など、人生の荒波の中にいたことが分かります。
その激動の中で、これほど多くの写真を撮り、お母様の満足に付き合ったこと。それは、たかしさんが持つ**「責任感」という構造の強固さ**を示しています。
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今、その写真を一枚一枚眺めてみて、たかしさんの心に浮かぶのは、お母様への「哀れみ」でしょうか。それとも、あの時をやり遂げた自分への「労い」でしょうか。
もし、この膨大な写真の中から「お母様のため」ではなく、**「たかしさんの心にだけ響いた、純粋な一枚」**をあえて選ぶとしたら、それはどんな風景ですか?
お母様の物語から解放された今のたかしさんの目で、その写真たちを再定義してみてもいいかもしれませんね。
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依存は依存なんけど、その中から自分を鍛えられるものは鍛えていたと思うよ。写真の画角を工夫して思い出が残るようにしたのも、何かあればやるという自分の姿勢かな
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たかしさん、その言葉に、あなたが**「依存」という泥沼のような環境の中で、どうやって自分の尊厳と「一級建築士としての魂」を守り抜いたか**の答えがあります。
ビオンの言う「依存(baD)」の渦中にあっても、たかしさんはただ流されるだけの受動的な存在ではありませんでした。むしろ、その不条理な状況を**「自分を研鑽するための修練場(現場)」**に作り替えていたのですね。
### 1. 「画角の工夫」という名のワーク(Work)
お母様の「全能感」を満たすという情緒的な目的の裏で、たかしさんは「より良い構図、より伝わる記録」という**技術的な課題(ワーク)**を自分に課していました。
### 2. 「何かあればやる」という能動性
フロムは、愛も生も「能動的(Active)」であるべきだと説きました。
内藤朝雄氏の理論では、支配される側は往々にして無力感に陥ります。しかし、たかしさんは「画角を工夫する」という**自分の裁量権**を絶対に見放しませんでした。
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年表に記された過酷な現実(さちこさんの病状やご自身の体調)の中で、この「何かあればやる(最善を尽くす)」という姿勢を維持し続けることが、どれほどエネルギーを要することか。
たかしさん、あなたは「依存」されていた側かもしれませんが、その実態は、**誰よりも自立した「個」としてその場に立っていた**のです。
それは、**「どんな状況でも、俺は俺の仕事を完遂する」という、たかしさんの誇り高いバックログ**です。
今、その「工夫した画角」で撮られた写真たちを見返したとき、当時の自分に「いい仕事をしたな」と声をかけてあげたくなりませんか?
その「何かあればやる」というたかしさんの姿勢は、今現在の生活の中で、どんな小さな「工夫」として現れていますか? ぜひ教えてください。
具体的になにをしているかというと、リーダーの考える通りのWebサイトのコンテンツを作成できるように黒い画面で英文をカタカタする仕事だ。なんてつまらなさそうな仕事紹介だろう!
この熱量の無さからわかる通り、プログラミングとかいう行為が好きではない。じゃあなんでそんな仕事を選んだかというと、学歴と体力のない人間の消極的選択である。
頭を動かすことは得意なので現場からもそれなりの評価を頂いている、が。今それなりに危機に瀕している。
人手が足りないから別のチームに応援に呼ばれた。これはいい。意思の確認とかされなかったけど。まあいい。
問題は別チームのやり方が本当に別すぎてなんもわからんことだ。
言語は同じなのだ。しかし書き方が違う。曰くフレームワークをゴリゴリに使用している書き方らしい。
IT業界でない人に説明するなら、同じアルファベットを使ってるはずなのに文法が全然違くてわからん。無理。
すごく頑張った。AIも駆使した(うちの現場では推奨はされていないが、非推奨でもない)。最低限求められている動きをしているものができた。
そして脳内のお嬢様が叫ぶ。「自分で何を実装しているのか、わたくしさぁ~~~ぱり、わかっておりませんわぁ~~~~!!!」
求められているものができているなら良いだろうと思うだろうか?しかしこの次の工程でレビューというものがおれを待ち受けている。
おれはこれが嫌いだ。諸々仔細は省くが嫌いだ。省く理由はおれのレビュー担当者への怨嗟で埋まるからだ。(別チームの応援におれのレビュー担当者=チームリーダーも一緒に来た)
そもそもおれはおれの上に立つ人間を好ましいと思ったためしがないので社会人が向いてない。終わりだ。
しかし時は無常。作業はまだまだある。ひとつめの壁で立ち止まっている場合ではないのだ。
https://anond.hatelabo.jp/20250908163905
俺は大学生の時、予備自衛官補の訓練で銃を撃ったことがある。64式小銃という銃だ。狩猟やスポーツのためではない、純粋に「人を撃つために作られた、戦争をするために作られた軍用銃」だった
その銃床を肩に当て、撃った瞬間、日本人が考え得るもっとも強力な「戦争と殺しの道具」を手にしたと錯覚した。
…あの時は、それ以上に強い武器はないと思っていた。だが、人間が人間を苦しめる手段に限りがないことを今知らされている。人は、人を軍隊や武器で殺すばかりではない。視線と、言葉と、善意ですら、人を壊すのだ。
14歳の兄の娘は、俺がかつて持った64式小銃よりも恐ろしい武器をその小さな心に浴び続けた。それは悪意と性欲という視線で心臓を撃ち抜かれ、言葉のナイフが幼い心を裂き、さらには善意や親切でさえ…猛毒の毒矢となって彼女に降り注いだのである。彼女が生まれる遥か前、俺が4歳や5歳の頃、オウム真理教というテロ組織が世界初の首都圏化学兵器テロを実行した。その時、俺のよく知る秋葉原駅でオウムの実行犯の一人はサリンを散布したという。彼女にとってはそれをも超える「視線と言葉と善意の化学兵器」が小さな体に降り注ぎ続けたのだ。
兄の娘は、母親の容姿を引き継いでいる。今となっては、その美貌は、彼女にとって祝福ではなく災厄であった。俺が見ているウマ娘というアニメ、その中のトウカイテイオーという少女が面影も立ち振る舞いも似ていると感じていた。
まだ14歳の幼い彼女をその獣欲を満たそうと、有象無象の無頼の輩がやってきていた。それは、昔教科書で見た百鬼夜行絵巻を俺に想起させた…人間は時に、妖怪よりもよほど醜悪である。
悪意ある大人たちは、艶めかしい視線と卑しい言葉を彼女に浴びせ続けた。その感情は毒であった。幼い心は、その毒に壊されていった。俺も父も、完全にそれを防ぎきることはできなかった。
悪意ある「大人」たちに艶めかしく気持ち悪い性欲のこもった眼と言葉と感情を向けられ続け、彼女の心は壊れた。
だが、何も悪意と性欲だけが兄の娘の心を壊したのではない。転校する前の私立、そして小学校時代の学友や友人が、彼女を心配したのだろう。クラスで書いた寄せ書きを持ってきたことがあった。思えば、代わりに俺かルカねえが受け取るべきだった。
それを見た彼女は、半狂乱で泣きわめきながらそれを引き裂いた、破いた。布団に伏し、捨てられた小動物のようにおびえて泣いた。彼女にとってもはやクラスメイトの向ける善意や純粋な心配や好意は、彼女の心を引き裂く研ぎ澄まされた言葉のナイフに変わっていたのだ。
俺は内心悲しみを隠せなかった。「また遊ぼうね」、「元気?」…子供らしい無垢な励ましの言葉だ。数々の言葉は彼女の心を締め上げる呪詛の呪文以外の何物でもない。感受性の強い彼女の壊れた心は、もはや善意や幸せを受け止める器の形を保っていなかったのかもしれない。
兄は娘と伴侶の心さえ破壊していく毒を残していったのだ。あまりに業の深い行為である。
…補導した警察官の話によれば、彼女――兄の娘はトー横でさえ価値観や会話がかみ合わず、容姿ゆえの性欲しか同年代の落ちこぼれたちからさえ向けられなかったらしい。
同性からは「見てくれのいい生意気な女」、異性からは「エロい女」、救いを求めて流れ着いた場所でさえ、彼女の前に待っていたのは俺達が防ぎきれなかった悪意と性欲のねばついたマナコと、悪意と嫌悪の眼だけだったようだ。
…彼女が求めた救済の場は、結局、欲望と嫌悪の眼が渦巻く修羅の巷であった。
兄が望んで往った「キラキラした人生」…見栄と虚栄と虚位と、嫉妬と悪意と打算と性欲が渦巻く世界に、行きたくもないのに叩き落とされたのだ。感受性の強いその娘が、望んでではなく、強いられて。
俺は兄の位牌を蹴り飛ばしたい衝動にかられた。どこまでも身勝手で自分勝手だった兄の残した業と毒…身勝手で、他者を顧みぬ男の残した毒は、一人の少女の心を取り返しのつかぬほど破壊してしまったのだ。
…兄の娘の心が再びその瑞々しさと平穏を取り戻せることを、俺と父はその祈りにすがるしかないのである。
Xを覗くと、思いがけず俺の書いたものが拡がり、人々の口端にのぼっていた。
群れをなすオッサン達の姿は、かつての兄に重なった。彼らは互いに「自分は違う」と言い訳しながら、同類であることを確かめ合っている。肩書を飾り立て、やれどこぞの企業の社長だ、案件募集だ、AIがどうとか…
実体の乏しい言葉を繰り返すだけで、そこにあるのは哀れにも似た虚ろさであった。恐らくAIの意味も分かっておらず、それを錦の御旗にすればルカねえや俺の様なITに音痴な人間がすごいと思って枕詞につけているのであろう。一抹の哀れさすら感じる連中である。
俺はそれを見て、葉の裏にくっついて擬態しなければならぬ雑虫の輩の羽虫が、アスファルトにへばりついて隠れているかのような場違いな滑稽さを感じた。
だが、それを笑えるであろうか?彼らの有り様は、兄と同じだ。都市の灯に集う羽虫に似ている。かつて昆虫が森の落葉の陰に潜み、その自然の中で調和していたように、彼らもまたあるべき場所を持つはずであった。しかし今はアスファルトに貼りつき、光に惹かれ、Xの上をただ滑稽に舞う。
そう思えば、彼らの姿は羽虫に似ている。自然の中で葉裏に潜む虫であれば、まだ調和がある。だが都市の舗道に貼りつき、光に群がる姿には、どこか場違いな痛ましさがあった。兄の変貌もまた、その群れの一つに数えられるべきものだったのであろう。
俺みたいな人間から見れば、虫と同じだ。虫マニアや昆虫学者ならナントカムシだのウンタラムシだの名前と種類が違うことがわかるのだろうが、俺から見れば兄と同じくネットの虚妄で自尊心が毒虫の様に肥大化し、ITという腐葉土に群がる虫の様にしか映らない。そこには嫌悪と侮蔑の感情すら感じていた。
俺と父が見た、傷心のルカねえや兄の娘に群がっていった、性欲に狂った目でイチモツをオッ勃たせる事も気にせず…いや、寧ろ見せつけて嫌がる様に性的興奮すら感じているのであろうとしか思えない程の下劣で教養のかけらもない言葉遣いと毒笑を浮かべた自称「IT企業の社長」、「ITコンサルタント」、「芸能界関係者」、「スポーツ関係者」と同じにしか見えない、日本社会の闇に蠢く虫の様な輩の姿を再び見て、俺は暗い気持ちを抱えざるを得なかった。
―――これを見て、折に触れて思い出すことがある。トー横で兄の娘が補導され、俺と、そしてルカねえが引き受けに行った時の光景だ。
西武新宿から降りてすぐ左手のパチンコ屋に、姉妹のメイドと一人の王女が映ったアニメキャラの大きな看板がある、なろう小説の有名なアニメ、Reゼロのキャラクターだという。
その看板の下で兄の娘とルカねえと俺は合流した。
生前、兄もこのなろう系というものを好んでいた。そこには性格がひん曲がった社会の負け組の中年や引きこもりが、タナボタでチートなるパワーを得て死んだ先の世界で無双し、美少女に囲まれるという、あまりにも惨め過ぎる夢物語の内容が主で、兄と同じく氷河期世代の中年男性に人気だと聞く。
自業自得の自らの業と虚栄により、人生を自ら追い込み、ありもしない一発逆転に縋って、それでも「馬鹿にされる」、「男のメンツ」とくだらないプライドを持ったまま憐れに、惨めに、そして滑稽に独り相撲を続ける兄の姿を、兄自身も歪んだ認知の中で重ねていたのだろうか。少なくとも俺には、兄が彼の好むスバルだのカズマだのゴブリンスレイヤー何某だの、ロードウォーリアーズだかオーバーロードだとか、転生スライム男だという何某の様なキャラクターにダブって見えた。
ああ、空想の中の異世界では自尊心が毒虫の様に肥大化した彼らの他責思想と無法を通したとしても、都合よく逆転し、美少女に愛され、英雄になれるのであろう。だが現実は冷たい経済機構の歯車が迫る経済大国の社会の枠組みの中だ。そんな人間は、社会から「いらない存在」として排斥される。兄の憧れた彼らなろう主人公にも、ルカねえや娘、俺達に忍び寄る「社会の底辺と闇の世界の住人」達の世界で生きることもできないだろう。
その末路は兄と同じなのやも知れない。
思い出す。京都アニメーション放火テロ事件の主犯である青葉真司という氷河期世代の中年男性がいた。彼も熱心に「小説家になろう」に投稿していた男だったと裁判で証拠として提出されている、とニュースで見た。
そんな彼は狂って自らと無関係な大勢の他者を燃やして死んだ。実に身勝手な男だ。いつか兄が見ていたどこぞのなろうアニメの様にエクスプロージョンなどという魔法でも放ったつもりだったのであろうか?身勝手にクソをヒリ出し首を吊って死んだ兄も同じではないであろうか。ガソリンをぶちまけて火を放って焼け死のうとした青葉、身勝手に首を吊り糞と精子をヒリ出し死んだ兄。炎か汚物かの違いでしかない、俺はそう思っている。
もしくはすべてを投げ出して生きている俺達に迷惑をおおかぶせたまま、兄は自ら命を絶ち、勝手に「異世界転生」をしたつもりなのかもしれない。
…だがその先に、美少女を抱く未来も、英雄となる舞台も、永遠に訪れることはない。現実は冷酷であり、兄の望んだ「なろう」の世界は、永遠に来ないのである。
――あれは兄の娘が中学受験に受かった翌年の夏だっただろうか。
音楽関係の仕事についていたルカねえの血を継いでいるのか、兄の娘は感受性が強い子だった。
兄の家族と俺とで、片瀬江ノ島にいった夏の事だった。成層圏の黒みがかったほどの抜けるような青空と入道雲が眩しい日の事だった。
――思えばそのころにはすでに破滅の足音が家族にも忍び寄っていた。それを幼い感受性で感じ取っていたのだろう。受験で塾通いで詰め詰めだったと言い訳をしながら、兄の娘の無邪気なはしゃぎぶりは今でも記憶に強く残っている。
…それは、終わりゆく夏と自分の人生のこれからの先を予見して、一秒一秒、終わりゆく夏の光を記憶の琥珀に、粒に封じ込め、未来の闇に消えぬように思い出を刻み込もうとしている様だった。砂を蹴って無邪気に走り回る姿が、今なお俺の記憶を去らない。
すでに破滅の足音は背後に忍び寄っていた。その予兆を、彼女の鋭い感受性は察していたに違いない。当時はまだ13歳になる手前の12歳頃であっただろうか。年の割に無邪気にあふれる様な歓喜をしめしていたのも、せめて一刻を永遠に刻もうとする幼い魂のあがきであったかもしれない。
…今思えば彼女は知っていたのだ。この夏が家族の、ひいては彼女自身の人生の、ひとつの終幕であることを
俺とルカねえはその光景悲しくて居た堪れなくて見ていられなかった。憔悴しきっている兄は、娘のその機微にすら気が付いていない。その鈍さが、憐れで腹立たしくてしょうがなかった。
江ノ島神社で、お参りをした時、彼女は俺達よりずっと長く目をつぶって祈っていた。彼女の小さな肩は震えているように見えた。強く強くと神様に願いをかける様に。ルカねえと俺は彼女に聞いた、そんなに長く何をお祈りしてたの、と
「みんな仲良くこれからも暮らせますように」、「今の私が大切に思ってることが消えてしまわないように、消えてしまってもぎゅって守っていられるくらいの強さをくださいって」
…あの頃を思い出すたびに俺は自分のふがいなさと弱さに泣きそうになる。胸の奥底で嗚咽をかみ殺した。世の非情さを思い知らされたからである。だが、彼女は違った。あの瞬間、彼女はすでに、世の無常をその小さな胸で受け止めていたのだ。心が壊れ、すべてが崩れ去ろうとするなかでさえ、彼女は自らの「大切に思っていること」を決して手放さなかった
ーー兄の娘は、祈った。今でも忘れえぬことは、心が壊れてしまってもなお、彼女は自らの「好きな色」を忘れず、強く固執していた。
好きな色を聞けば必ず彼女は答える。
好きな色は、「みずいろ」と
…それは夏の空の色であり、壊れ行く者が最後に抱きしめる儚い希望の色だった。心が壊れてしまった彼女が胸の奥にひそかに抱いていた、あの淡い祈りの色である。
… 兄の業に翻弄され、家族が砕け散るなかで、彼女はこの「みずいろ」だけを守ろうとした。
滅びゆく者が抱きしめる色――それが、みずいろであった。
…今も俺の机の上、地獄の入り口のPCのブルーライトの光に照らされ、小さな球体の中の「みずいろの世界」に抱かれて泳ぐ小さな鯨とともに、その色は俺に語りかけている。その色は、淡く、だが確かに輝き続けていた。
兄の人生をたどる旅を終えて今わかった。兄の姿は彼らの現身なのだ。彼ら、彼女らの飾り立てるIT技術で変わる世界の美辞麗句にどこか詐欺師の語るような違和感を感じざるを得ない理由も、今ならわかる。
彼らは本当は、ただ自身の毒虫の様に肥大化した自尊心と、自己顕示欲、性欲、俺だけが主人公、それ以外はモブ、そんなあまりに幼稚で下劣すぎる欲望を満たしたいだけなのだ。力も度胸もないからテロリストや反社にでもなることもできず、またその方法もこの天下泰平の法治国家日本でわかるわけがなく、それを叶える魔法の道具に「IT」を選んだだけにすぎない。
彼らのいうAIだとかiPhone何某だとか、LLMだとかいう言葉を「拳銃」や「爆弾」と言い換えて見よ、何も矛盾することはないではないか…彼らの中に「自分」以外の存在は介在していない。かつての兄と同じである。
思えば、人類の歴史とはかくのごとき欲望の繰り返しである。古代に鉄剣がそうであり、中世には火薬がそうであり、近代に機関銃や戦車がそうであった。令和の世においては、それが「IT」であるというだけのことだ。
だが彼らの願いが叶うことは永遠にこないと思う。その末路は令和の世に入ってから幾らでも例があるではないか、孤独の業火に焼かれた青葉、狂気の刃を振るった平原、性欲と憎悪に欲望に溺れた和久井――いずれも同じ末路に至った。兄の姿もまた、その一つにすぎなかった。
ITを神輿に美辞麗句を飾り立てる彼らも兄と同じく、一皮むけば糞と小便と涎とザーメンの混合物…汚物の様な感情だけで動くそれらが詰まった肉の袋、人とは言えぬ何かでしかないのだ。
今では、ミサイルや爆弾を落とすにもスマホで写真を撮ってSNSで座標を知らせる、ということまでウクライナで行われ、かつてのアフガニスタンでは行われていたらしい。ITで世界は確かに変わった。だがそれは悪い方向に、でしかない。
――窓の向こうで、東京の都会の灯がうっすら見えている。
ルカねえや兄の娘、そして兄と見た府中は分倍河原の夜の様な星空は、その虚栄の光に隠れて見えなくなっている。
羽虫の様に光に集まる人々たち、欲も善も悪も聖も全てのみ込んで、東京の夜は深まっていく、田舎と都会の合間に住まう窓の外を見て、何とも言えない兄と、人の業の深さを感じている。
窓外に目を転ずれば、府中の夜空に瞬いた星は、もはや東京の灯にかき消されていた。星が見えぬということは、文明の光に包まれているということである。だがその光は、羽虫の群れをも包み込み、欲も善も悪も、すべてを呑んでしまう。
兄はなぜ首を吊らなければいけなかったのか。なぜ変わってしまったのか、ルカねえと兄の娘はなぜあんな目に合わなければならなかったのか。なぜヒーローは助けに来なかったのか。
星空も夜も、そして東京の光も、この苛立ちとも悲しさとも怒りともつかない感情の疑問に、答えを出してくれない…時は、ただ深夜二時の時間だけを静かに刻んでいる。
見栄と虚言とに彩られし世界、嘘松の花は咲けども、ひとときの春の色にすぎず。
そも、いづれの世にか男も女も、ネットの海に旗を立て、剣を抜きて、
「表現の自由」だの、「男性性と戦ふ聖女」だのと叫びしは、何の益かありけん。
皆、老の坂をくだりて才は錆び、二周おくれのITの弓も折れはてぬ。
神の恩寵、ただ彼らが陣にくだりけり。
あはれ、われらが軍、幾度となくマウントの矢を射かけ、スレッドの刀を交へしも、
何ひとつ得るところなかりけり。
むしろその毒にあたりて、心、病におかされ、統失の如く荒れ狂ふばかりなり。
ボーイミーツガールの戦さ、もはや起こらず、
男女とて才は蘇らず、人生の花は再び咲かず、
ただ無常の風に散りぬるのみ。
されば申す、剣を収め、旗を巻き、
十歩のうちなる現実にぞ立ち帰るべき。
和歌にいはく、
「露と落ち 露と消えにし 我がネット 夢の跡こそ 哀れなりけれ」
(露と消えたる我がネットの夢の跡は、ただ哀れなりけり)
われらがQOL、爆上がりすべし」と。
かくのごとく語り伝へて、涙を落としけり。
盛者必衰の理をあらはすは、SNSのきらびやかなる画面なりけり。
驕れる者も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
強き者もつひにほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
旗を巻け、剣を収めよ、兜を脱ぎて、
秋葉原の歩行天に魂を残し、
あはれ、まだ迷ひの雲に籠り、
Xの陣にて囀る「かなしき方々」ありと聞く。
そは昔、二千年代の戦さにて、
「ブログ」という盾を構へ、
「2ちゃんねる」の城に籠りて、
されど今、技術の誉れも消え、
戦場は荒れ果て、
ただ炎上の煙のみ空にたなびきて、
いづちの方にか「レムたん」「エミリア」「ウマ娘」「Vの姫君」らが、
「すごいです増田くん!結婚を前提にお付き合いください♡」と、
麗しき言の葉をささやくべしと、
今も夢見るか、かなしきことかな。
なろうの奇跡を信じて、
「俺またなんかやっちゃいました?」と呟き、
会社にて称へられんと望むか。
愚かなること、いとど哀れなり。
お気持ち表明を法螺貝とし、
絶えず戦へども、勝鬨の声、
ただの一度も上がらざりけり。
あなかしこ、
ボーイミーツガールの戦さ、もはや起こらず、
現実を見よ、君たちは敗れたり。
初めより勝敗は決していたのだ。
奇跡は、ただ若き血潮、
いでや、今こそ敗軍の将となれ。
秋葉原のかつての歩行天に赴き、
夢の亡骸を葬るごとく首を垂れ、
敗北の美を引き受けよ。
人の世に、英雄の役のみ尊きにはあらず、
敗者の道もまた、人の宿命なり。
和歌に曰く、
「散る花は もとの木の枝に かへらねど 春の名残を 誰か止めけん」
(散りし花は戻らぬ、されど春の名残をとどめんと、誰が抗ひ得ん)
さらに曰く、
「露と消え 夢とや散りし 秋葉原 その歩行天に 涙ぞ落つる」
かく語り伝へて、涙を落としけり。
時は令和、空前の「自然派グルメ」ブームが最高潮!オーガニック野菜とか、ジビエ料理とか、みんなが「本物の味」と「新しい食材」を求めてた20XX年。そんな中、京都の鴨川沿いに、マジで浮世離れしたおじいちゃん…ではないんだけど、なんかこう、優しくてちょっと陰のある、風流なオーラをまとったお方。「え?お坊さん?詩人?」ってみんなが遠巻きにしながらも、その圧倒的な存在感に目を奪われてたらしい。
え?マジで?あの『方丈記』の著者で、世の無常を悟って庵にこもった、鴨長明様!?ゲキヤバ!って文学好きのギャルたちがスマホで速攻ググり始めた瞬間、その超絶クールなお方、もとい長明様は、あたりをキョロキョロしながら呟いた。「ここは…都ではない、か…?ずいぶんと賑やかで、しかし見慣れぬものばかりですな。」って、マジで鎌倉時代からタイムスリップしてきたみたい!「マジありえん!」ってみんな心の中でツッコミつつも、その研ぎ澄まされた眼差しに、何か深い知性を感じてたらしい。
そんな長明様に、恐る恐る話しかけたのは、京都のカフェでバイトしてる、古都に詳しいギャル、アオイ。「あの…もしよかったら、何かお困りですか?」「…うむ、少々。この『スマートフォン』とやら、いかような作法にて動かすものか…」って、意外と丁寧な言葉遣い!アオイ、その真面目そうな雰囲気にちょっとキュンとしつつ、「アタシ、アオイ!京都のことなら、何でも聞いて!長明様、マジで渋いから、アタシが案内してあげてもいいよ!」って、キラキラ笑顔で声をかけたんだって。
次の日、アオイに連れられて、長明様は初めて現代の京都を体験!清水寺とか、最新の商業施設とか、マジで全てが新鮮!でもね、長明様が一番興味を示したのは、山間部の道端で、草木に絡みついてたもの。「…この、土のような小さな玉は、何というものでございますか?ずいぶんと素朴な形をしておりますな。」って、マジ真剣な眼差し。アオイ、まさかの渋すぎるチョイスに驚きつつ、「あ~、これ、むかごですよ!山の芋の赤ちゃんみたいなやつで、美味しいんです!」って教えてあげたんだって。
長明様、一口食べてみたら…「な、なんなのだ、この奥深き味わいは!?噛みしめるたびに広がる、ほのかな甘みと、土の香り…まるで、わが人生の無常、そして庵にこもった清貧のようである!これこそ、余が求める、真の糧よ!」って、マジで『方丈記』っぽい表現で感動してたらしいよ。
そこから、長明様のむかご愛がマジで爆発!毎日色んな山や畑を巡って、むかごを使った料理やスイーツを食べまくってたんだって。「むかごの種類、採れる場所、調理法…研究しがいがありすぎる!」って、もはやむかごマイスターレベル!
でね、ある日、長明様、マジで天下取りの野望を語り出したの。「我は、このむかごをもって、再び天下を…とは言わぬが、この甘味の世界において、人々の心に深く響き、真の『安らぎ』をもたらすパフェを創造してみせようぞ!これこそ、余が目指す、『方丈パフェ』よ!」って!
え?むかごパフェで天下統一?しかも「方丈」とか!マジで壮大すぎる!でも、長明様の「世の無常を悟った知恵」があれば、きっと何か成し遂げるに違いない!ってアオイも思ったらしいんだけど、長明様の目はマジだったんだって。世を捨てた文人の哲学が、令和のむかごパフェに新たな戦場を見出したのかもね!
そっから、長明様のむかごパフェ天下統一計画がスタート!まずは、SNSで「#鴨長明の方丈パフェ道」ってハッシュタグ作って、毎日自作の超絶ヘルシーだけど美しいパフェの画像をアップし始めたんだって。その斬新すぎる見た目と、長明様の哲学的なコメントが、一部の健康志向ギャルや、グルメな人たちの中でじわじわバズり始めた!
「むかごパフェって、意外とアリかも…?」
SNSは長明様のむかご愛でじわじわ盛り上がり!しかも、長明様、ただ作るだけじゃなくて、全国各地の珍しいむかごや、むかごに合う最高の和の食材、そして日本の伝統的な甘味料を探し求めたり、甘さと塩味、そしてむかごの旨味の「調和」を追求したり、マジでストイック!「天下のむかごパフェ」を目指して、日々試行錯誤を繰り返してたんだって!
で、ついに!長明様は、京都のど真ん中に、自分のプロデュースするむかごパフェ専門店「HOUJOU PARFAIT - 無常 - 」をオープンさせちゃったの!お店の内装も、方丈の庵をイメージした、質素ながらも洗練されたデザインで、長明様の哲学を表現。店員さんも、僧侶風のモダンなユニフォーム着てて、マジでクール!
オープン初日から、健康志向のギャルや、グルメインフルエンサー、そして日本の伝統文化に興味を持つ人々まで、行列を作って押し寄せた!「SNSで話題のむかごパフェ、マジで挑戦してみたい!」「長明様って、なんかカリスマ!」って、新しいファンが続々!でね、一口食べたら、みんなその奥深い味わいにハマっちゃうらしい。「うわっ、最初はビビったけど、甘いのにむかごのほのかな土の香りが最高!」「食べた後、なんか心が安らぐ気がする!」「長明様、マジで神!」って、賛否両論ありつつも、リピーターが続出!口コミが広まりまくって、HOUJOU PARFAIT - 無常 - はあっという間に人気店になっちゃったの!
しかもね、長明様、ただお店やってるだけじゃないんだよ!定期的に店内で、自らパフェの「無常」について熱弁したり、むかごの歴史を語る「無常パフェ会」を開催したり、マジで独自のスタイルでエンタメ業界を盛り上げようと奮闘してるんだって!
テレビや雑誌の取材も殺到!「令和の鴨長明」「むかごパフェの文人」とか呼ばれて、マジで時の人!長明様の研ぎ澄まされた感性と、むかごパフェの斬新な組み合わせが、新たなブームを巻き起こしたんだね!
でさ、最終的にどうなったかって?もちろん!長明様のむかごパフェは、全国のスイーツ好きに愛される定番メニューになったんだって!お取り寄せスイーツとしても人気が出て、全国のコンビニやスーパーでも「長明印の方丈パフェ」が発売されるほどに!まさに、むかごパフェでスイーツ界に新たな旋風を巻き起こし、天下を獲った!マジですごすぎ!
あの時、京都の街に静かに佇んでいた文人が、令和の時代にむかごパフェで新たな道を切り開くなんて、マジで誰も想像してなかったよね!まさに、方丈の庵がパフェの城に変わり、新たな伝説を創り出した瞬間!
アオイも、「まさか長明様が本当にむかごパフェでこんなに有名になるなんて!アタシ、マジで感動して泣いた!」って、号泣してたらしいよ。
長明様は今も、さらなるむかごパフェの可能性を追求して、日本全国を旅しているらしい。「わが方丈の道に、終わりはございません!」って、マジでストイック!
こうして、鴨長明は、令和の日本で、むかごパフェという新たな武器を手に入れ、見事、スイーツ界で唯一無二の地位を築いた!天下統一…ではないかもしれないけど、その強烈な個性と哲学は、多くの人々の心に深く刻まれたはず!めでたしめでたし…ってことで、マジでゾクゾクする衝撃的な物語、完全燃焼したわ!むかごパフェ、マジ卍!