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2025-12-28

anond:20251228135417

あ、これ

2025-12-26

甲状腺がんRTA記録 (2/3)

入院(31日目)

長期間自宅を開ける準備をして、何度も戸締りを確認し、家を出る。万が一のための連絡先、パスワードを机の上に残す。

指定された10時に病院に行き、使い方も慣れてきた自動受付機に診察券を入れると予約なしとカードが戻されてしまった。戸惑っていると、初めて来たときに案内してくれた初老男性入院こちらですと案内してくれ順番カードをとってくれた。荷物を見れば入院患者であることは一目瞭然なのだ

マイナンバーカード登録レンタル着のサイズ、各種書類確認後、病棟に向かう。

病棟身長体重測定後、部屋に案内される。他の患者もいる大部屋だが妙に広い。希望タイプ今日は満室なので今日はここで、明日空き次第移動するという。希望していないタイプの部屋であるため、差額ベッド代はかからないとのこと。良かったと安堵するが、明日手術だよね、どうやって移動するんだと不安になる。

入院患者識別用の氏名年齢血液タイプバーコード付き耐水コーティング紙が手首にまかれる。退院まで取らないようにと注意される。手術の開始時間11時。2件目の手術となるため、前の手術終了時間により前後するとのこと。足首、ふくらはぎの太さを測り、手術着と弾性ストッキングを渡される。10時までに着替えるようにと指示。LINEで母に手術開始予定時間を伝える。

主治医がベッドまで挨拶に来てくれる。手の甲に「左」とマジックペンで書かれる。エコーCT画像の左右について確認をする。気管と甲状腺腫瘍位置関係についてきくと、「そうです! 足元から写すので左右逆になります

画像を思い出すと、気管が円となっていた。体の正面から撮れば、気管は上下に伸びる直方体となるわけで、円になっている時点で喉を垂直にスライスした画像だと気づくべきだった。

午後には、薬剤師がやってきて手術後から毎食後に服用する痛み止めと胃薬を渡される。看護師から首の手術跡を保護するためのテープ売店で買ってくるように指示を受け、病棟から売店に向かう。外来患者ゆきかう売店のあるエリアから入院病棟に戻るエレベータが満員でなかなか乗れない。車いす入院患者が先に待っていたので、空いていたエレベータに乗るように促すが、後でいいと首を振られた。後日実感したが、入院中はあまりにも暇なので、急いでいる人がいればお先にどうぞどうぞ、という気持ちになる。早く病室にもどったところでやることはないのだ。外にいるほうが気がまぎれる。

何も他にすることがなく、持参した文庫本を三分の一まで読み進む。早々に読み切ってしまうのではと心配したが、その後しばらく本を読むような余裕はなかったので問題なかった。

昼食の量が多いな、と思っていたのだが夕食はさらに量が多かった。白米が茶碗ではなくどんぶりサイズで出てくる。食事トレイ可能であれば自分で返却してください、と言われていたので、半分を残し、自分トレイワゴンに下げにいくと、トレイセロハンテープで留められている小さなメニュー票(氏名付き)は取らないように、と看護師に注意される。

すぐにわかったのだが、どれだけ食べたかはすべてチェックされ、完食できていない場合栄養士がやってきてどのような味、形状、硬さなら食べられるかを確認するのだ。これにはうかつな回答ができない。白米の炊き具合が自分にとって硬すぎると回答した老人が、その後おかゆ麺類のみとなり、退院したらもうしばらく麺は食べたくない、と嘆いているのが耳に入った。

翌日からしばらくシャワー禁止となるので、シャワーを浴び、念入りに頭を洗う。シャワー室は2つ、予約制で時間20分。要介護患者にも対応しているためか、シャワールームがかなり広い。

21時から手術前の絶食が開始となった。ベッドの上に氏名、絶食開始時間、絶飲開始時間記載された紙がでかでかと掲示されている。

4人部屋は満室で、耳栓をして健やかに寝た。入院するまでの間、何か忘れていないか、準備に手落ちはないかと、落ち着かない緊張状態が長く続いていた。もはや自分にできることは何もない、まな板の上のコイとなり、墜落するように寝た。

手術(32日目)

早めに寝たため、朝5時に目覚める。起床時間は6時。同室者を起こさないようにトイレに行き、給茶機で水を飲む。6時半から絶飲となるので、最後の水だ。

7時の朝食時間経過後、看護師が各ベッドを巡回し、体温・血圧・血中酸素飽和度を記録する。手術前に移動する、というので荷物をまとめる。

9時半、落ち着かないので早めに手術着に着替え、弾性ストッキングをはく。すぐに看護師がやってきて点滴用の針を腕に刺し、チューブを固定する。更に他の看護師もやってきて、もうすぐ部屋が空きますから!という。前の患者退院を待っている状態

10時点滴が開始される。生理食塩水のようだ。

10時40分、空きました!と声がかかり、荷物キャスター付き机にのせ、点滴スタンドとともに、机ごと部屋を移動する。移動先の部屋で、荷物を開け、手術直後に必要となりそうなもの(コップ、水筒ティッシュマスクタオル等々)を取りやすそうな位置に置く。

10時50分、手術室へ案内するという若い人懐こそうな看護師がやってきて、自分で歩いて移動を開始する。通常のエレベータを使おうとすると、大混雑中だったので、関係者専用のベッドが3台ほど乗りそうな広いエレベータにぽつんと二人だけ乗って手術フロアに移動する。

11時前、手術室の前で待機。緊張状態患者に何くれとなく同伴の看護師が話しかけてくれる。誰かといる、ということが必要ケアであることが感じられる。手術フロアは、廊下があり得ないほど広い。ベッドに乗せられた患者廊下のあちらからこちからと行き交っても全く問題ない広さである。他の手術室から、朝一の手術が終わったと思われる患者が移動式ベッドでガラガラと運ばれていった。

ほとんど時間通りに手術室に招き入れられる。想像していたより3倍は広い。患者は一人なのに不釣り合いに感じる。医療漫画でみるように、ガラス窓の向こうには見学室のようなものもある。ここでベッドに乗る。小柄な私でも幅が狭いと思うベッドなので、体格の良い男性であれば大きくはみ出るだろう。麻酔をする前に、仰向けに寝て少し膝を曲げた態勢で手足が固定される。

手術を担当してくれる看護師主治医が横たわった私に挨拶をしてくれる。よろしくお願いします。としか言えない。名前右から左でとても覚えられない。全身が白く覆われ、目の部分しか露出していない看護師たちはやたら目力が強く、いつか見た中東マッチングアプリ女性がならんだ画像が頭に浮かんだ。

麻酔マスクが口に当てられると、その次の瞬間には手術が終わっていた。

名前を呼ばれ、終わりましたよ!と声を掛けられ目を開ける。周りを取り囲んだ3、4名の看護師たちに、手を動して、足を動かして、と立て続けに指示される。何か聞きたいかと言われ、今何時かと聞く。13時XX分ですよ(もはや記憶にない)。輸血はしたか、と聞くとしていませんと回答。その後も足を動かしてみたりと確認が続く。とりわけ目力の強い看護師笑顔大丈夫ですか、何かききたいことはありますかと聞いてくれる。気管は切りましたか、と尋ねると、笑顔が固まってそれは先生に聞かないとわからないという。え?そうなの?

冷静に考えると、術後の意識レベル確認をされている患者が聞くことではなかった。しかし、意識が飛ぶようなつまらない会議でも意見を求められたら瞬時に適切な意見を述べる反射神経が鍛えられているので、何かありますか、と聞かれたら、ついつい意味のある質問をしなくては!と反応してしまうのだ。

そこで記憶は途絶え、気が付くと病室にいた。

から酸素チューブが伸び、点滴スタンドから首に点滴が行われ、首からは透明の管(以下、ドレーン)が出ている。

おそらくは手術から30分経過。意識確認、体温、血圧、血中酸素飽和度が測られる。

その後、1時間置きにバイタル、痛み、しびれ、麻痺確認される。痛みは感じないが、口がカラカラだと訴えてもそれは仕方ないとスルーされる。起き上がってはいけない。絶対安静。断続的に睡眠覚醒を繰り返す。自分で体を動かすことができない。

15時ごろ主治医がベッドサイドにやってきて、気管は切らなかったと教えてくれた。

16時半、看護師がやってきてベッドから起き上がるようにと指示をする。鼻から酸素チューブを抜く。水を口に含んで飲むと、大きくむせる。「むせてますね」すかさずパソコンに記録される。生理食塩水に加え、抗生物質が点滴される。首のドレーンの先はシャンプーを入れるような透明なプラスチック容器で、赤い液体が少したまっていた。点滴スタンドを押して、歩行可能であることを確認する。トイレ自力で行くということだなと理解する。母親と友人にLINEで手術終了、意識回復を連絡する。倒れるように横になるが、自分で体をずらして体位を動かせるようになった。

17時頃、主治医がやってくる。傷口、ドレーンをチェックして「順調ですね」と満足げに帰る。

手術後少しそれこそ10歩ほど歩いただけなのに力尽きて横になっていると、18時すぎに流動食が運ばれてきた。まったくお腹が空いていない。しかし、食べるべきだろうと体を起こす。体に力がない。全くない。エネルギーが完全に切れているのだ。トレイメニュー票には、重湯、スープ栄養ジュースの他、手書きで「牛乳」が追加されていた。これは「君なら飲めるよね?」という挑戦なのだろうか。おお、飲んでやろうじゃないか。と気合を入れる。しかし、少し重湯を数口入れるだけで胃が重い。少し食べては横になって休憩をし、時間をかけて食べ続ける。水分ばかりでお腹がちゃぽちゃぽ限界を感じたので、カロリーのありそうなものを優先し、無色透明スープを半分残し、あとは完食した。食後の痛み止めの服薬を開始する。

19時ごろ、主治医が見慣れない若い女性を伴ってやってきた。研修医だという。退院まで回診などに来るという。いかにも生真面目で肩に力が入っている。よろしくお願いしますと挨拶をする。

しばらくのち、トイレに立ち、ふと病室の入り口にある洗面台の鏡を見て、愕然とする。首の左に手術の傷口があるのかと思えば、首のど真ん中に真っ赤な一文字がひかれていた。やや左が長い。切開痕から更に左へ三センチほどずれたところから透明な管、ドレーンが出ている。透明なボンドで留めてあるので傷口が丸見えなのだ。まるでフランケンシュタインだ。ただ、高さは想定よりかなり低く鎖骨の直上ぐらいであり、襟足の短いハイネックでも十分隠せるだろうというのが慰めだった。

初めて目にする赤い傷跡は、衝撃だった。

術後1日目(33日目)

夜間、点滴、ドレーンの確認見回りにくる看護師懐中電灯に何度か起こされるも、十分に眠れた感覚をもって起床時間前に目覚める。明らかに前日の夕方より体力が回復している。

起床時間後、看護師巡回入院患者バイタルチェック、お通じ確認などが行われる。前日濃い紅だったドレーンの液体が、透明なオレンジ色になっている。質問をすると「おー、順調ですね!」と言われる。出血が止まってきたサインだという。プラスティック容器に、本日の日付の印がマジックペン記載される。メモリがあり何mlたまっているかわかる仕組みになっている。

7時過ぎに朝食がくる。おかゆ牛乳バナナ。量が多くないですか? とにかく回復のために気合を入れて食べる。気持ちは完全にフードファイター

トイレ、給水で廊下を歩くたびにすれ違う人を傷あとでビビらせている気がする。傷口をこれだけさらしている患者が他に見当たらない。しかしドレーンの管が皮膚に張り付けられており、隠すことも難しい状況だ。そもそも見た目を取り繕い、整えようとする気力がない。

9時すぎから入院患者の診察が始まる。入院フロアにある診察用の部屋に順番に呼ばれる。呼びに来たのが昨日の手術室で会った目力つよつよ看護師だった。診察は初顔の中年男性医師だった。手術をした三人のうちの一人だろうか、年齢的に主治医上司だろうと推測する。傷口、ドレーンを念入りに確認し、鼻から内視鏡を入れる。声帯を動かしてチェックをする。「水でむせていたらしいですが、左の声帯が動いていないですね」という。手術で声帯のまわりをひっぱったので、一時的麻痺で戻る可能性は高いという。

そうか、手術の影響がでているか、と少し落ち込む。声帯機能の低下により、声がかすれる、割れる、嚥下しづらくなるという事前のリスク説明は確かにあった。

12時すぎに昼食。おかゆ、魚、カボチャサラダ、お吸い物とやはり完食するにはかなり気合必要な量がやってくる。とにかくおかゆの量が多い。

食後、抗生物質の点滴が始まる。これが終われば、生理食塩水の点滴が残っていても点滴は終わりになるという。これだけ食べていれば点滴でエネルギー補給する必要はないだろう。

大部屋の病室内でトラブルが発生する。80を軽く超えている老女の大切な持ち物が紛失したという。入院期間が長く、別のフロアからの移動もあった。不機嫌で怒りが爆発している老女を4、5人の看護師がなだめながらあらゆる引き出し、荷物を開けてゆく。更に老女の怒りの声が響き渡る。クレームの内容は持ち物から病院看護師訪問看護師、息子、嫁と際限なく広がっていく。

通常であれば、トラブル現場から遠ざかればよいのだが、ほとんど動く力がない。他の同室者はとっくに出ていった。あきらめの極致で聞くとはなしに聞いていたが、だんだんとこの老女は寂しいのだな、と理解した。一人暮らし人工肛門訪問看護を受けていて、普通の会話では相手にしてもらえない。クレームであれば、立場の弱いものが応対せざるを得ない。

15時すぎ、母が見舞いにくる。携帯指定したのに、手術後病院から携帯ではない家電話に連絡があり、父親対応したらしい。私が受けるつもりだったのにとぷりぷり怒っている。さらに、数日前家族けがをして救急車で運ばれていたのだと、新事実を知る。何か色々話したいことが溜まりすぎているようで話が止まらない。座った姿勢で話を聞き、うん、うん、と相槌を打ちながらドレーンを見ると、赤い液体が出てきている。やばいのでは。

更に追い打ちをかけるように診察の案内がやってくる。母を待たせて診察室に行く。またもや初顔の中年女性医師。手術対応の3人目だろうか。年齢的にこの人も主治医上司に見える。傷口を確認し、腫れていないですね、と頷く。ドレーンの先のボトルを見て、明日抜くのは無理かな、ちょっと多いなとコメント。ええ、さっきからいけてない気がしていました。

この日手術結果のチェックに来たような中年医師2名と手術室の看護師は、その後会うことはなかった。

とにかく退院するには、ドレーンを抜く必要がある。起き上がると体液が出やすくなる、と理解する。可能な限り横になって過ごすこととする。ベッドに横たわったままドレーンと、声帯についてスマートフォンで調べ続けた。ドレーンがあるためシャワー禁止で、おしぼりで体をふき、ドライシャンプーをする。

今まで頭を占拠していた手術の結果が良好だったため、仕事心配が始まる。

定例会議の日程、今月の予定、必要な連絡などが頭をぐるぐるする。早く退院しなくてはと焦りだす。

16時過ぎ、主治医が病室にやってくる。再度内視鏡を入れて声帯を見たいという。一時的麻痺していても三か月ぐらいで大抵は戻るのだが、手術で神経には触らなかったので、状況を確認したいという。おそらく、手術については自信があったのだろう。手術の結果一時的しろ麻痺が発生した、という判定は不服なのだと思われた。

頻繁に確認されるのだが、不思議なほどに首の手術のあとは痛まない。私は8時間以上寝ると頭の重みで頭痛になる。この24時間で21時間ぐらい横になっているのにまったく頭痛がしない。鎮痛剤ってすごいな、と感心する。

新たに同じ病室入ってきたアラサー女性は、救急車病院に担ぎ込まれたらしく、平静を装っているが自分の重大な病気をまだ受容できていない。時折上ずる声が痛々しくアラフィフおばさんの胸が痛む。

病室内の空気が重すぎる。看護師バイタルチェックや食事を運んできたときに、意識して明るく大きな声で「ありがとうございまーす」と返事をする。よどみすぎている空気を軽くしたい。

同室の老女二人がいびき合戦を始めたので、耳栓をして早々に寝る。老人のいびきは大きい。亡くなった祖父母を思い出した。

甲状腺がんRTA記録 (1/3)

首都圏ではない政令指定都市在住、独身アラフィフ独居女性甲状腺がん治療体験記。

長年のはてなユーザーであるため、がん治療RTAと知っていました。

どなたかの参考となればと思い、記録に残します。

恐ろしいほどの長文となってしまったので、お急ぎの方は概要最後のまとめのみどうぞ。

https://anond.hatelabo.jp/20251226195323 (3/2)

https://anond.hatelabo.jp/20251226195436 (3/3)

概要

治療開始までの日数
日数 概要説明
0日目 しこり発見内科診療所において、超音波検査しこりが見つかる。
2日目 紹介状受け取り 内科診療所にて、がん拠点病院の予約票、紹介状を受け取る。
3日目 生検 がん拠点病院にて、細胞検査を受ける。
17日目 がん告知 生検の結果としてがんの告知を受け、治療方針を決定する。
19日目 手術日決定 手術日程を決め、入院事務手続きを行う。
24日目 手術説明キーパーソンとともに、手術内容の説明を受ける。
32日目 手術 がんを取り除く手術を受ける。<治療開始日>
37日目 退院病院から自宅に戻る。
入院生活で役に立ったもの
グッズ名 概要説明
ドライシャンプー頭皮と髪に液体をかけふき取る シャワー禁止期間の頭のかゆみ、フケ対策に。
耳栓 遮音性が高いもの 大部屋で寝る際に。睡眠の深さで回復力が変わる。
パンツナプキン 夜用紙パンツ生理ナプキン使い捨てパンツの代わりに。ドラッグストアで買える。
貼るカイロ使い捨てカイロ冷え性対策。室温は変更不可のため。
洗濯ばさみ ベッド柵に挟む大サイズ 濡れたタオルを干す。ごみ袋をかけるなど。
魔法瓶水筒 400ml入るもの 給茶機からお湯、冷水を入れてベッドサイドへ持ち込む。
ウォークマンノイズキャンセリング機能付き 気力ゼロで横たわって時間を過ごす際に。


詳細体験


しこり発見(0日目)

内科診療所にて、一か月前に予約した頸動脈超音波検査(以下、エコー)を受ける。

健康診断の結果、高コレステロールであった。BMI生活習慣(食事運動睡眠)に問題がないため、内科からは投薬をすすめられたが、ネット記事高齢女性の高コレステロールは薬を飲む必要が少ない、心配なら頸動脈エコー確認をという記事を読んだことがあり、薬を飲みたくないがために動脈硬化が進んでいないことを確認するために頸動脈エコー希望した。

エコーを行う医師診療所に定期的に来る)が検査を行っている最中に「甲状腺検査を受けたことはありますか」と尋ねる。「ありません」と回答。検査を受けながら横目で見る頸動脈は、素人目には狭窄もプラークもなく、そら見たことか、と思っていた。

その後、内科医が診察で「甲状腺にしこり腫瘍)があるので、大きい病院検査をしてください。どこが良いですか」と近隣の病院を3、4候補に挙げる。近年、重大な病気疑いが発生し、精密検査問題なしとなることを繰り返していたので、正直またか、と思った。そのうちの一つに乳がん定期検査に通っていたためそこを希望すると、内科医がその場でネット検索し、耳鼻咽喉科が休診になっているという。そのため、他の候補で自宅から最も近い病院希望する。まったく知らなかったが、そこは厚生労働省指定地域がん診療連携拠点病院だった。コレステロールの話はどこかに行った。

内科診療所からがん拠点病院に予約を入れるので、どの日程がよいかいかを書いてその日は帰宅する。

紹介状受け取り(2日目)

内科診療所から予約票と、紹介状の受け取りにくるようにと連絡がある。

紹介状A3用紙を三つ折りにしたサイズなので怪しいと思いエコーの結果は入っているのかと受付に確認するが、入っていますと頸動脈の薄いプラーク位置記載された紙を示される。それではないと思うが、面倒なのでそのまま出る。この時点であまり深刻に考えていなかったのだ。

生検(3日目)

大きな病院入口で戸惑っていると、還暦を軽く通り越している案内係の男性が「初診ですか」と声をかけてくれて、必要カウンターに連れて行ってくれた。番号札をとるのもやってくれた。

病棟を長く歩いて耳鼻咽喉科の前で1時間ほど待つ。予約をしていても待つ。診察室に入ると、30代と見える女性医者から話を聞かれ、やはり紹介状問題があり、エコーをやり直す必要がある、血液検査必要と言われた。今日時間はありますか。あるなら生検までやりましょう、とちゃきちゃき話が進む。この医師主治医となり最後まで対応をしてくれた。病院中のあらゆる科の患者が集まる検査エリアに送られる。エコーの長い順番待ちと血液検査の結果待ちでさらに2時間経過。ようやく呼ばれた診察室で、画像血液検査結果を見た医師からから細胞検査生検)を行う旨を告げられる。医師のほか、細胞検査のためにやってきた担当者二名エコーをしてモニターを見ながら、二回ほど首に針を刺し、問題のしこりから細胞を取り出した。針の太さのせいか注射よりはやや痛い。

事前にネット甲状腺のしこりの大部分は良性である、という知識仕入れていた私は気軽に医師に尋ねた。「悪性である可能性はどれぐらいなんでしょうか」医師はあっさりと答えた。「うーん、形が悪性らしい感じなんですよね。良性だとつるっとしているんですが、そうじゃないので」確かに画像ではしこり境界線がぼやけていた。境界のはっきりしたつるっとした形ではない。足がでたキャンサーか。

ここで初めてがんかもしれない、という実感がわく。良性のしこりだと大丈夫だと自分では思っていたのだが、楽観的に過ぎた。いきなり世界が反転する。

細胞検査の結果は一週間後にわかるが、来週医師休みなので、二週間後の予約となる。ワークライフバランスは大切だ。がんだとしても、急ぎのものではないのだな、と理解する。病院のあちこち掲示されている「緩和ケア」「がん支援センター」「がん患者家族相談に乗ります」のお知らせがやたらと目についた。

がん告知(17日目)

二週間の間に、がんなのだろう、という受容が進んでいた。友人に会うたびに、「なんかさー、がんかもしれないんだよねー」と自分で話をすることで、自分自身が受け入れやすくなっていた。人と話す、ということの大切さを感じた。

会社孤立無援で追い込まれメンタルをやられていたときに比べると、守秘義務もなく何でも話してしまえるので、心の負荷はましだった。重い抑うつ状態に苦しみ世界から孤立した経験が、今の自分を助けてくれているということに不思議を感じた。あのときに比べれば地獄レベルがまだ浅い。だから平気を装える。「神と和解せよ」とは現実をそのままに受け入れろ、ということだ。

長い待ち時間後に、診察室で医師細胞検査の結果「甲状腺の乳頭がん」であることを告げられる。転移していないかを調べるためにCTを、甲状腺機能確認するための追加の血液検査、尿検査を行うこととなる。

CTの前に説明担当職員からCTについて説明され、同意書にサインを求められる。拒否をする選択肢はないと思う。検査前には、造影剤おしっこに行きたい気がするかもしれませんが大丈夫ですから、と何回か複数検査技師に念を押される。確かに造影剤を投与されるとすぐに膀胱が熱くなり、漏らしたか、と焦った。どういう仕組みなのかよくわからない。

2時間ほど経過後、診察室で医師と向き合う。CT画像からリンパへの転移は見当たらないため、甲状腺ががんの原発ステージ1と判定された。甲状腺ホルモン値は正常、他の血液、尿検査値も問題なし。1cm以下であれば経過観察もありうるが、腫瘍の最大径が1.3cmなので、手術で甲状腺を半分切除し、目に見えないがん細胞があるかも知れないのでそれにつながるリンパをとる、という治療方針になる。どこまで切るかはチームで確認する、という。また腫瘍場所が気管に近いため、浸潤していたら気管もスライスする必要があるかもしれない。これは開けてみないとわからないという。

事前に「国立がん研究センター」の甲状腺がん情報を読み込んでおり、その方針が乳頭がんの標準医療であることを理解していたため、他に方法はとかは特に質問もしなかった。甲状腺がん種別では乳頭がんが一番おとなしく予後がよいものなので最悪のパターンでなくてよかった、という気持ちだった。

手術で甲状腺を半分切除しがんを取り除く、という治療方針同意し、次回、手術・入院日程を決めることとする。次回は一週間後にするかと聞かれたが、できるだけ早くと依頼する。

割合人生の重大事のはずなのだが、あっさり淡々と進んでいく。

血液検査の結果の紙を見ると、コレステロール基準値内だった。

手術日決定(19日目)

耳鼻咽喉科主治医面談。チームで画像確認した。左甲状腺につながるリンパはすべてとるのではなく、半分ぐらいとれば良いとなったとのこと。

手術の日程の相談をする。入院期間は約1週間。医師から今月が良いか、来月が良いかと聞かれる。最短で依頼する。まず手術説明をして、その後に入院となる。分厚い手術台帳というもの医師が持ってきてパラパラとめくる。患者に渡す紙以外徹底して電子化している病院なのだが、これは紙の台帳なのか、と不思議に思う。「じゃあ、X/X(二週間後)はどうでしょうか」「ではそれでお願いします」。手術説明を次週に行い、手術はその次の週となった。

薬の説明部署で、服用している薬がないかアレルギーお薬手帳などの確認、問診、入院中に持参する薬など厳しいチェックが行われる。

入院説明部署で、入院生活の心得のビデオ視聴、レンタル品申込書や同意書、キーパーソン親族・連絡先の記入。日頃の生活状況のアンケート退院後の生活支援の要否、がん患者向けの就労支援の要否など確認書類への署名が続く。特養老人ホーム介護事業者のパンフレット地域別にずらりと用意されている。自覚症状のないステージ1、5年生存率95%である種別のがん患者には特に支援必要はなかった。

入院部屋タイプは第二希望まで記載するようにとされていたが、最も安い大部屋のみの希望とする。差額ベッド代の問題をうっすらと知っていたのだ。これが後で効いてくる。

この日は検査がなく、会計が230円で驚いた。

手術説明(24日目)

心電図レントゲン検査を行い、耳鼻咽喉科の診察室で順番を待つ。キーパーソンとなる家族、近隣に住んでいる後期高齢者母親に同伴してもらった。これまでの診察は午前だった。この日は午後。診察室の前で待っている人は格段に少ない。みんな手術説明対象者だろうか。

一人で来ている老人、老夫婦、そして私と母親と年齢層が高い中、一組だけ若い家族がいた。30ほどの女性小学生低学年の子供、幼稚園児らしき子供、そして会社から直行したようなスーツ姿の30代らしき男性。小さな子は退屈しきっている。子供病気はつらいな、とアラフィフの胸が痛む。

1時間ほど待機したあと、診察室に呼ばれる。母を紹介し、主治医説明が始まる。

これで手術に必要検査はすべて実施済みとなったとのこと。結果は特に問題ないという。前回の血液・尿検査結果もすべて基準値内だった。がんがあることのぞけばまったくの健康である

机の上のモニタエコー画像を表示しながら、これが気管で、これが甲状腺でここに腫瘍が、と主治医が私と母に説明をする。

「右の甲状腺を切除します。……?いや、違った違った、左!」

「……左ですよね」

お互いに左の首に手を置いて、うなづきあう。

手術でまれに起こる危険性の説明がある。首の反回神経が近いため、声帯麻痺可能性、副甲状腺が損傷してしびれ、麻痺可能性の説明がある。同意書を渡され、入院時に持参を依頼される。

手術は2時間から3時間かかり全身麻酔となる。終わったらキーパーソン電話をする、自宅の電話番号でよいかと聞かれ、携帯電話の番号でと依頼する。可能性は低いが出血が多かったら輸血をするので、同意書に署名をしておいてほしいと言われる。手術の開始時間はまだ未定だという。

先生が執刀してくれるのですかと主治医確認すると、他の先生もいて3人でやるとのこと。よろしくお願いしますと目を見て気持ちを込めてお願いし、頭を下げる。頼むよ、先生。うまくやってね!と祈る。医者にとっては毎週のように行う手術だろうが、患者には一生に一度かもしれない重大事なのだ患者としてはお願いするしかない。

麻酔科に回される。全身麻酔をした際に、まれに起こる危険性についての大変に事務的な説明があり、同意書を渡される。入院時に持参するようにと言われ、「先生麻酔をしてくれるのですか」と聞く。「んー、まだ担当は決まってはいませんねー」「……そうですか」ファンシータンブラーが机に置かれ、ペンも軸がカラフルで、なかなかにふてぶてしいねちゃん先生だった。

入院病棟で手術の流れの説明ビデオの視聴後、看護師面談をする。入院生活上の注意、服用している薬やアレルギー確認心配事がないか、と聞かれる。とにかく全身保湿をして肌のコンディションを整えてくるようにと注意を受ける。売店ヒルドイドも売ってる、なんなら買って帰れという。病棟乾燥しすぎだろう。風邪をひいたり、インフルエンザコロナウィルス感染したら入院・手術は延期、手続きはすべてやり直しになる、と警告を受ける。それは避けたいので、万全の体調管理に努めると誓う。

この日はこれで解放され、次に病院にいくのは入院日となった。

しばらくは行けなくなるであろう美容院で髪を切り、入院グッズなどを用意する日々の中、夜、ベッドで横になったとき、突然エコー画像を思い出し「がんがあるのは右甲状腺では?! 医療事故になるのでは?!」と飛び起きる。画像中の気管と甲状腺位置から甲状腺腫瘍があるように思えた。とにかく寝なくてはと横になりつつ、病院電話して確認するべきかなど考える。不安で胸がドキドキする。

しばらくしてふと、細胞検査で左の首に針を刺したことを思い出した。

あ、左だった。左だったよね?!

朝起きてから、Geminiに聞く。エコー画像は左右が逆に見えるので左甲状腺でしょう。と回答を得て安堵する。画像の端に「L」か「R」の文字はありませんでしたかと聞かれ、見ていなかったなと反省する。

2025-12-04

競艇場に置いてあるハズレ券抽選機について

 公営競技場にはハズレ券をその場にポイ捨てされないように券を投入すると粗品が当たる抽選機が置いてあったりする。景品は入場券であったり場内売店投票券購入に使える金券であったりタオルバッジ等々であることが多い。

 めったに当たらない上に景品がしょぼいので客も運営もさほど重視しておらず、よくエラーのまま放置されている。

 この抽選機はどうやら投票券の枚数はカウントするもの金額カウントしていないようで、例えば1から流し投票なら流し用マークシートを使って「1-234」みたいな買い方よりも「1-2」「1-3」……のような買い方の方が投票枚数を稼げることになる。流し投票をする場合絶対にハズレ券が出てくるので合理的ではある。

 もっとせこいテクニックにすべて豆券(100円券)で買うという方法もある。1-2を1000円賭けるなら、1-2の100円券を10枚買うのだ。

 以前競艇場のハズレ券抽選機で毎レース30枚以上投入していた爺さんがいたが、おそらくこのテクニックの使い手だったのだろう。

2025-11-30

多摩動物公園ハトを眺めていた。カラスバトさんとソデグロバトさんとアオバトさん。

カラスバトさんは名前だけだとカラスなのかハトなのかわからない紛らわしい名前だが、目が黒くてクールハトだった。お馴染みのドバトさんみたいに緑色と赤紫色の光沢があって綺麗だった。

檻の中には一心不乱に餌箱の餌をぱくぱく食べている個体止まり木の上でじっとふくらんだままの個体がいた。

同じ檻に手乗り文鳥をそのままデカくした感じのイワシャコさんがいたけど、喧嘩したりしないのだろうかと思った。

ソデグロバトさんは名前にクロってあるけど見た目は真っ白でふわふわ可愛いハトという感じだった。翼の袖の位置にあたる羽根は確かに黒かった。ソデグロバトさんは止まり木の上に見張りみたいにずっといた。ここもコサンケイさんが同じ檻にいたんだけど、石の後ろに隠れたままで姿は見えず。

アオバトさんは嘴が青く羽はくすんだ黄緑色といった見た目で、通る人たちがみな口を揃えて「綺麗ね〜」と称賛するくらいに綺麗だった。途中で20秒間くらいにらめっこしていて、アオバトさんが羽づくろいを始めたので僕の勝ちになった。

その隣の檻は別のカラスバトさんの檻で、ニジキジさんというキジシェアルームだったがニジキジさんは奥のほうでじっと固まったままだった。

ここのカラスバトさんは僕のほうを見つめてしきりにホウーホウーと鳴いていて、これは友好の挨拶をされているのか威嚇されているのか判断がつかなかったが、ずっと見つめ返しているといきなりおじぎするみたいにこくこく頭を下げてきたかカラスバトさんなりの小粋な挨拶だったのかもしれない。

お腹が空いたんで今は売店で体によさそうなカレーを食べているところ。またハトさん見て、そのあとぐるりと他の所を見に行こう。

そういえばキジハトエリアの隣のサル山でハクセキレイさんを見たんだよね。また尾羽ふりふりを見られてうれしかった。でも間も無くしてめっちゃ金玉かいニホンザルが声荒げながらガチいかけっこしてたのに驚いて飛び去ってしまった。残念〜。

2025-11-05

anond:20251105121142

障害者はいいってことはさ

スマホ使用ってマナー講師が作るような作られたマナーなんじゃないの

例えば日本電車の中で電話しちゃ駄目だけど、海外ではそうでもないみたいなさ

スマホ使用なんて言うほど迷惑じゃない

子供がグズってたり騒いだりするよりも全然じゃん

売店飯も普通にガサガサうるさいし匂いするものある

なんなら寝ていびきや寝息たててるやつもいるけどそこまで注意されてるわけでもない

最近だと応援上映とかも当たり前にあるしさ

スマホぐらいのことが本当に迷惑なのかってのは考えても良くない?

数十年後にはそんなルールあったのって言われててもおかしくない気がするけどね

2025-10-30

駅呑み捗りすぎワロタ

駅構内売店なりコンビニつまみと酒を買います

駅構内ゴミ箱の横で飲みます。ベンチもあればなおよし

③缶を捨てて何事もなかったかのように帰ります

周りの目線さえ気にしなければ安上がりで手っ取り早くほどほどに酔って帰れる。どっかわざわざ寄らなくていいし1人で呑むには本当にちょうどいい

ベロベロになりたい場合オススメできない

2025-10-25

がっかりドッグこそ至高のスタメシ

ああ、等々力競技場。その名は、Jリーグファンにとってある種の聖地であり、また、アウェイサポーターにとっては試練の場でもある。 中でも、ホーム側の熱狂的な応援に比べ、アウェイ側の静けさと、そして——あの「がっかりドッグ」の存在は、ある種の伝説となっていた。

物語は、等々力競技場のゴール裏アウェイスタンドの、日陰の片隅から始まる。

主人公は、増田首都圏から遠く離れた街をホームとするJ1クラブの熱心なサポーターだ。等々力での試合は、年に一度の大遠征。朝早くから新幹線に飛び乗り、高揚感と少しの緊張を抱えながら競技場にたどり着いた。

しかし、アウェイ側のグルメブースはいつも寂しい。 ホーム側が華やかなケータリングカーで賑わうのに対し、アウェイ側はひっそりとした売店が一つ。そこで売られている「ホットドッグ」は、サポーターの間でいつしかがっかりドッグ」と呼ばれていた。

その名の通り、フランクフルトは細く、パンは水分が抜けて少しパサつき、キャベツの千切りとケチャップマスタード申し訳程度にかかっている。シンプル、というよりは、簡素

「今年も来たかがっかりドッグ…」

増田はため息をつきながら、500円玉差し出した。 売り子の女性は、いつもと変わらぬ穏やかな笑顔ドッグを渡してくれた。

それが、アヤとの出会いだった。

アヤは、その売店で働く、短大生のアルバイト彼女ホームであるフロンターレサポーターではない。ただ、近所に住んでいるという理由で、週末の試合のたびにこの「アウェイ売店」に立っていた。

「あの…いつも、ありがとうございます」 アヤは、申し訳なさそうに言った。

増田:「いや、こちらこそ。でも、このドッグ…本当に名前の通り『がっかり』ですよね。ホーム側はすごく美味しそうなのに。」

アヤは少し肩を落とし、苦笑いをした。 アヤ:「知ってます。私も正直、そう思います。でも、ここはアウェイ側ですから。お店の人も、『遠くから来た人たちに、最低限のエネルギーを』って言ってて…華やかさよりシンプルさを追求してるんです、一応。」

増田は、彼女の真面目な受け答えに、少し意地悪な気持ちになった。 増田:「最低限のエネルギー、ですか。でも、このパサパサのパンと細いソーセージ…これを食べたら、逆に力が抜ける気がしますけどね。」

アヤは、増田の鋭い言葉にひるむことなく、逆にまっすぐ彼の目を見つめた。 アヤ:「それでも、遠くから来て、ホームの熱気に圧倒されながら応援する皆さんの姿を見ていると…このドッグが、少しでも心の支えになればって、いつも思ってるんです。」

その瞬間、増田の胸に、今まで感じたことのない何かがこみ上げてきた。 それは、試合勝敗とは無関係の、一種の切なさ、そして、共感だった。

がっかりドッグ。それは、華やかさとは無縁の、アウェイサポーター孤独と、ちょっとした惨めさを象徴しているかのようだった。しかし、その簡素さが、かえって彼らの純粋な「応援」の原点に立ち返らせる。

増田は、ベンチに戻り、ドッグ一口食べた。 パサつくパン、細いソーセージ…だが、ケチャップの味が、いつになく甘く感じられた。

それ以来、増田等々力での試合を心待ちにするようになった。 がっかりドッグを食べることが、彼のルーティンになった。

増田:「…やっぱり、がっかりドッグですね」 アヤ:「…はい

そんなやり取りが、年に一度、二度、繰り返された。 いつしか増田はアヤに、自分のチームのこと、遠征の苦労、そして何よりも「がっかりドッグ」への複雑な感情を話すようになっていった。

増田:「初めて食べたときは、本当にがっかりしました。でも、今は…このドッグこそ、俺たちの等々力での勲章みたいに思えてきたんです。ホーム側の豪華なグルメは、俺たちには関係ない。この寂しさが、俺たちの闘志を燃やす。」

アヤは、そんな増田言葉を、静かに受け止めていた。彼女眼差しは、ただのアルバイトのそれではなく、アウェイ側の厳しい環境理解を示す、一人の人間としての温かさがあった。

やがて、二人は連絡先を交換し、試合のない日もメッセージを交わすようになった。 アヤは増田に、「今度、等々力ホームグルメ、一緒に食べませんか?」と誘った。

増田:「いや、それは遠慮します。俺が食べるべきは、がっかりドッグですから。でも、もし良かったら…試合がない日に、君が『がっかりドッグ』を作ってくれないか?」

アヤは笑った。心からの、明るい笑顔だった。 アヤ:「いいですよ。とびきりがっかりな、最高のホットドッグを。」

そして、次の等々力での試合の日。 増田は、再びアウェイ側の売店に立った。

増田:「がっかりドッグ、一つ」 アヤ:「はい今日のは、特別に力を抜いて作りました

アヤは、彼にドッグ差し出す際、そっと付け加えた。 アヤ:「ねえ、増田さん。このがっかりドッグ、食べ終わったら、少しだけ、私に時間をくれませんか?その…競技場を出たところで待っています。」

増田心臓が、ゴールが決まったときよりも激しく高鳴った。 彼はドッグを掴み、その場で一口、大きくかぶりついた。

パサパサのパン。細いソーセージ申し訳程度のキャベツしかし、その簡素さの中に、二人の間で育まれた、誰にも理解できない、純粋で、ひたむきな「愛情」の味がした。

増田確信した。 この「がっかりドッグ」こそ、等々力競技場がアウェイサポーターに贈る、最高の、そして一番の「ご馳走」なのだと。

そして、増田は、スタンド喧騒を背に、最高のエネルギーを胸に、アヤの待つ競技場の外へと歩き出した。彼の手に残ったのは、最後ケチャップの甘い名残と、新しい未来への期待だった。

2025-10-10

anond:20251010151717

中高が男子校だった俺に対して全面的喧嘩を売っているなオマエ。

うちの学校では、中年のブスの女教師売店のおばさんがアイドル扱いされていたんだぞ。

おかげで俺は今でも熟女専だ。

2025-10-06

危うく人殺しになってしまうところだった

タイトルの通り、ほんの少しの油断で、我が子の命を奪ってしまうところでした。

うちの子は小さい頃からアレルギー体質で、特にナッツ類がダメです。

気をつけているつもりだったし、食べ物を買う時はできるだけ成分表示確認してきました。

外食も慎重にしていたし、「大丈夫」という自信みたいなものも、どこかにあったと思います

その日は天気もよくて、公園でお弁当を食べて、いっぱい遊んで。

アイス食べたい!」と子どもが言うので、売店で買ってあげました。

そのときも、まったく疑わなかったんです。

普通アイスだし、ナッツなんて入ってないだろう」と。

あの時、ちゃんと裏を見ていればよかった。

半分くらい食べたところで、「なんかのどがイガイガする」と言うんです。

まさか、と思ってパッケージ確認したら、そこには「アーモンド入り」の文字

頭が真っ白になりました。

やばい、でも前にも少しアレルギー反応が出たことあったし、家で薬を飲ませれば大丈夫かも」と、

その時はそう思ってしまったんです。

家まで電車30分くらいの距離

でもその途中で、子どもの顔がどんどん赤くなって、

「これはダメだ」と思って、震える手で救急車を呼びました。

救急隊の人がすぐに来てくれて、病院に着いて、すぐに処置してもらいました。

あとで先生に聞いたら、アナフィラキシーショックだったそうです。

正直、聞いたときピンとこなかった。

ハチに刺されたらなるやつ?」くらいにしか思わなかったけど、

それがどれだけ怖い状態だったのか、あとから実感して、ゾッとしました。

本当に、あと数分遅れていたらどうなっていたかわかりません。

「家で薬を飲ませよう」なんて、軽く考えた自分が本当に情けない。

あのとき自分をぶん殴りたいくらいです。

「危うく人殺しになってしまうところだった」

本気でそう思いました。

今回のことで、痛いほど学びました。

アレルギーは“体質”とか“軽い症状”じゃなくて、命に関わる病気なんだってこと。

ほんのひと口、ほんの少しの油断で、取り返しのつかないことになる。

もし、うちと同じようにアレルギーを持つお子さんがいる方がいたら、

どうか、どんなに慌てていても、どんなに小さなことでも、成分表示を必ずチェックしてください。

そして、もし少しでも様子がおかしかったら、「大丈夫だろう」じゃなくて、すぐに救急車を呼んでください。

家でなんとかしよう、は本当に危険です。

今こうして子どもが笑ってるのを見て、「生きててくれてありがとう」って、心の底から思います

今回のことは、絶対に忘れません。

同じ症状がでたら迷わずエピペン使用+119番への電話必須なのだということがわかりました。

今回、救急車を呼んでから病院治療を受けるまでの流れを体験して、

日本医療システムって本当にすごいと思いました。

救急隊の人はあっという間に来てくれて、

到着するやいなや冷静に状況を判断して、子どもの様子をチェックしてくれて、

搬送中もずっと声をかけてくれました。

病院でも、先生看護師さんもすぐに対応してくれて、

処置をしながらずっと子どもに声をかけてくれたんです。

正直、最初は「救急車を呼んだらすごくお金がかかるんじゃないか」とか、

入院になったらどうしよう」と思っていました。

でも、実際はほとんどの費用を国が負担してくれていることを改めて知りました。

子ども医療証がある地域では、自己負担はほんのわずか。

それに救急車の利用も無料

冷静に考えたら、これって本当にすごいことですよね。。

命に関わる場面で、「お金がないか病院に行けない」なんてことがない社会

当たり前のようでいて、これは本当にありがたいことなんだと痛感しました。

今回のことで、私はいろんな意味で「支えられて生きている」と実感しました。

医療の仕組み、救急の方々、病院スタッフの方々、そしてこうした制度を作ってくれた人たち。

どれかひとつでも欠けていたら、

うちの子は今こうして元気に笑っていなかったかもしれません。

からこそ、

感謝気持ちを忘れずに、これからもっと気をつけて生きていこうと思いました。

2025-09-25

anond:20250924190655

さて、盛岡以外の岩手

とりあえず花巻周辺から花巻宮沢賢治故郷であり、花巻高校があることからこれ絡みのスポットもそれなりにある。また周辺の町を合併しているのでそちらにあったものも今では花巻にあるものになっている。

とりわけ宮沢賢治絡みは非常に多い。

宮沢賢治記念館: 宮沢賢治について考える際にこの施設を抜きにしては語れない。新花巻駅そばの山の上(歩いていくにはちょっと遠い)にある。麓には「宮沢賢治童話村」という関連施設もあり近くなので必見っぽいが少し低年齢向けかもしれない。

羅須地人協会: 現在花巻空港に隣接する花巻農業高校敷地内に移設されている。宮沢賢治が書いたとされる黒板「下ノ畑ニ居リマス」は現在もかすれるたびに生徒が書き足して保存している。移設前の場所は記念館の南の方にある「雨ニモマケズ記念碑」がある場所にあった(この記念碑の字を書いたのは高村光太郎宮沢賢治の弟を頼って花巻疎開している)。

イギリス海岸: 記念館よりは花巻市に近い北上川沿いのとある場所現在ダム治水のせいで海岸を思わせる川岸が全く見えなくなっているが命日の9/21前後にはダムの放水量を調整して川岸が見えるようにする挑戦が毎年行われている。

そのほか、銀河鉄道絡みの壁画とかオブジェとかはあちこちにある。

花巻高校現存する高校で当然関係者以外は立入禁止だが、この学校公園に隣接していて、高校野球グラウンドがその最たるもの。このため菊池雄星大谷翔平、ついでに佐々木太郎の記念モニュメント公園から見える側に設置されている。なお在学中に大谷翔平が通ったとされるラーメン店スープカレー店はどちらも高校最寄りの店が閉店していて現存しない(支店現存するので食べてみたいときはそっちにいくといい、バガボンドもしくはスープカレーしっぽで検索のこと)。

高校の南隣にはるんびにい美術館がある。アール・ブリュット多めの展示(それだけではないけど)。観覧無料

花巻市内はあまり見るものが多くない。宮沢賢治生家は現在も使われているので中に入れないし。ただそこから少し北に歩いたところにあるマルカビルの大食堂は唯一と言っていいほどの活気がある。いわゆるデパート最上階大食堂の体で営業しているのでメニュー寿司からホットケーキエビフライまでなんでもあるが、来た人はたいていソフトクリーム、腹に余裕があればナポリカツを注文する。なぜかソフトクリームは箸で食べるのがここのやり方。この2つのメニュー花巻空港食堂でも出しているが空港価格になっているので他に替えがないときだけの候補にすべき。

宮沢賢治絡みだが別に見るべきでもないところと言えば花巻文化会館。実はこの敷地宮沢賢治が教鞭をとっていた花巻農学校の跡地である。近くに宮沢賢治の墓がある寺がある以外は特に賢治絡みで語るものはないのだが、この敷地に隣接して「ポパイ」という名前レストランがあり、ここが花巻特産であるプラチナポークこと白金豚を養豚している会社直営店で食べる価値がある。

花巻周辺地域といえば、石鳥谷東和、そして花巻の名がつく2つの温泉郷(峡)

石鳥谷周辺は南部杜氏の郷であり、酒蔵がいくつか存在資料館存在する。この資料館は有料試飲も可能おすすめなのだが、唯一の欠点はこの建物道の駅に隣接しているということ。ハンドルキーパーを用意するかタクシーを使わないと試飲出来ない。

東和は毎年クラフト市が秋に開かれる。今年は10月12,13日。興味のある向きには時期を合わせて行くべき賑わいを見せる。そうでない時期にもここ出身画家萬鉄五郎作品を集めた記念美術館一見価値あり。

花巻は市全体の温泉を「花巻温泉郷」としてPRしているが、地元の人は花巻温泉(と、台温泉)とそれ以外の温泉区別して考えることが多い。それ以外のほとんどがあるのが花巻温泉から尾根一つ南の川沿いにある花巻温泉峡。

花巻温泉は4つの宿があるが、全て同じ会社経営している。一番奥の旅館ランク上で、あとの3つは価格帯的には似たようなもの宿泊者向けイベントが(食べ物企画含め)多いし、宮沢賢治絡みの施設(花壇)もある。

花巻温泉峡で有名なのは大沢温泉鉛温泉大沢温泉自炊宿が併設されている。鉛温泉は立って入っても背が立たないこともある深い湯船で有名。いちおう、近辺には廃校を利用した昭和グッズ博物館がある。


項を分けて書こうかと思ったけど、北上もここに書いておこう。

実は北上工場な街で、見るところあんまりない。施設としては鬼の館くらい(民俗芸能として鬼剣舞がある関係北上は鬼を推している)。公園としては北上川展勝地が桜の名所だが桜以外のシーズンはまあ……な感じ。いちおうすぐ側にみちのく民族という古民家展示施設があるので、興味があれば。資料は多い。

それ以外には、北上駅の西口。何もない場所だが、呪術廻戦の最終回近くでの舞台となった。

温泉は、夏油温泉という温泉おすすめ。唯一の難点は露天風呂が全部混浴だったこなのだが、今調べたら5つある露天風呂の1つは女性専用になっているらしい。

それ以外に、北上金ケ崎インターそばにある「メフレ市場食堂」という食堂海鮮丼リーズナブルおすすめなのだけど、そう言えば海鮮には興味がなかったんだっけ?元増田は。

追記: 北上で1ヶ所、超重要場所を書くのを忘れていた。カケタ養鶏場。107号が東北本線と交差する陸橋の手前に直売店がある。ここの唐揚げうまい

2025-08-14

お盆健康診断を受けてきたんだが

むっちゃ空いててサクッと終わって快適だった。

ただ最後売店ババァイチャモンつけられて、一般職員は医療関係者として選別してんだろうけどここは再委託適当なのが配置されてんだろうなーって思った。

検診は競争がある領域からすごく職員も丁寧な人を配置して気を遣ってる感じなのに、最後にこれじゃだめだろうに、って思った。


来年の申込みする時にババァの顔を覚えていたら違う所選ぶかもな。

2025-08-13

夢(No.1287 2025/8/13)

←前 | 後→

列車が発着するプラットフォームのすぐ目の前、人通りも絶えない開けた場所に広大な円形劇場がある。このあと後輩が出演するというので見物に来たのだ。聞けば毎年この場所を借りて定期的にイベントを打っているというのだから大したものだ。待っている間にCDでも買おうかと会場をうろうろする。売店で尋ねると、CDには3種類あり、2種類は客席のはずれで、もうひとつステージ横で売っているという。なぜそんなややこしいことになっているのか分からないが、この人混みの中を歩いていくのも面倒だ。悩んでいると、隣に並んでいたAさんから財布にいくらあるのかと尋ねられた。理由を聞き返すと、食事に行きたいが現金がないのだという。そういうことなら一緒に行こうと話がまとまり、ぼくらは連れ立って駅の方へ向かうことにした。

その途上、狭い路地今日出演者であろうダンサーミュージシャンたちがなにやら揉めている場に出くわした。ミュージシャン側は苛立った様子で道に立ちふさがり行く手を阻んでいる。すると高らかなファンファーレとともにダンサーたちが突然跳ね上がり、華麗な跳躍でミュージカル一場面を踊りだした。そしてひとしきり踊りを披露すると、次々と手前のビルに飛び込んでゆく。その躍動感に、場違いながら思わず感心してしまう。

ともかくこれで障害は取り除かれた。気を取り直してぼくらは繁華街の方へ向かう。食事ができそうな店を探すが、どこも物売りの店舗ばかりで不思議なことにそれらしきレストランひとつも見当たらない。この街住民は霞を食って生きているのだろうか。ふと一本裏の路地はどうだろうかと気になり覗き込んでみると、そこは唐突里山を切り開いたばかりの荒れ野原で、砂利道の中途にブルドーザーが一台停まっているばかり。店どころか人っ子一人見当たらない。たった路地一本隔てただけでずいぶん様子が変わるものだ。見かけばかりが賑やかなハリボテで、その実なんと不毛地域なんだろう。これではとても食事どころではない。

結局ぼくらは食事を諦めて最初ステージに戻る。受付でCDを買おうと店員女性に声をかけると、今日はもう帰る時間だという。仕方がない、CDは諦め、彼女と二人でその場を出ることにする。そのまま列車に乗ると、車窓の風景は古い無声映画のようにゆっくりと流れ出し、刻々と日は傾き、やがて空が赤く染まる時刻が訪れる。ぼくらはずいぶん長い間とりとめもない雑談を交わしていたようだ。自分の家が郊外にあって日没が早いとか、以前この近くの海でガラスの破片を拾い集めていたことがあるとか、リンシードオイルは変色しやすいとか、そんな他愛もない話だ。

ふと気がつくと列車はいつの間にか見知らぬ駅に停車している。ここで降りると彼女が言うのでドアを出ようとすると、土間のような広い出口に大量の靴が並んでいて、自分サンダルを探し出すのに苦労する。彼女に年齢を尋ねると、そういうことは聞いたらだめよと軽く諌められて苦笑いをする。最後にこの近くに古書店はないか尋ねると、分からないという答え。それなら仕方がない。また明日イベントで会おうと約束してぼくらは別れた。

駅を出て見知らぬ街をあてどもなく彷徨いながら、改めて近くを歩いていた地元の住人らしき老人に古書店がないか尋ねてみた。すると老人はしばし記憶をたどるように首を傾げてから、「トロン」という名の店があるはずだという。そして目の前のごみ置き場に落ちていたしわくちゃな紙袋を指さす。そこには確かにTRON」の文字プリントされている。だが肝心の「TRON」の存在は噂ばかりで、具体的にどこにあるかは誰も知らないのだという。周囲を見回すと、いかにもそんな怪しげな店が入っていそうな雑居ビルが並び、妖艶なネオンが無数に瞬いている。試しにひとつ建物へ入ってみる。いつから一緒にいたのか分からないが、傍らには友人がいかにも重たそうなバリトンサックスのケースを抱えて歩いている。エレベーターの前にビルの入居店が書かれたパネルがあり、目当ての「TRON」を探す。しか店舗の数が多すぎてなかなか見つからない。到着したエレベーターの扉が歯車の軋む音とともにゆっくりと空虚な口を開ける。友人はエレベーターに乗り込み窮屈そうにしている。そして待ちくたびれたように呟いた。「トロンはもういい、きっとそんな店は最初から存在しないんだ、集団幻想だよ、それより現実に訪れるべきはどこだい?」ぼくは先ほど買いそびれたCDのことを思い出した。「7階にCDショップがある、そこはどうだい」「いいね、君は?」「ぼくはなんとしてもTRONを探すよ」「そうかい、じゃあまた」「ああ、また」

いつしか陰鬱な雨の降り始めた街でぼくは「TRON」を探し続ける。怪しげな雑居ビルパネルひとつひとつ丹念に見て回る。夥しいネオンの光が混ざり合い、溶け合って、次第に世界ひとつの光の塊に同化してゆく。だがそれでも「TRON」の文字はどこにも見つからない。

←前 | 後→

2025-07-31

おもちパワー

鬼滅の映画、長いか尿意対策していけ!っていう声があったから、家を出る前に切り餅を3つ焼いて食べてから見に行ったよ。

寝不足だったから、映画の途中で眠くなったら嫌だな〜と思って映画館の売店で大きめのコーヒー買って、途中ゴクゴク飲みながら見てたけど、全然トイレ遠くて最後まで余裕だったよ。

RRR見に行くときお餅食べてから見に行ってたけど、余裕だったよ。お餅ってスゴ〜〜〜〜イ!

ボンタンアメも気になってたけど、映画館に持ち込むのはちょっとな〜って思ってたかお餅にしたよ。

2025-07-16

鬼滅を目前に控えたとある映画館スタッフからみんなへのおねがい

鬼滅が帰ってくるぞー‼︎‼︎(ドコドコドコ)

普段よりもお早めに売り出された初日チケット

その争奪戦により遮断されるサーバー

上映時間を問わず、各回の席が続々と埋まっていく状況は、都会のみならず地方も同じ。

社会現象となった「列車から5年、もう鬼滅はオワコンだなんて声も少なくなかった中のこの過熱っぷり。

おれたち(コロナにあえぐ映画館)を救ったあの鬼滅が、本当に帰ってくるんだ……!


と手放しで喜ぶ映画館スタッフはおそらくいない。

思えば400億稼いだあの「列車」は、緊急事態宣言下に出された間引き販売(一席ずつ感覚を開ける)こそ一旦解除されたものの、一部劇場では依然続行され、お上からアドバイスにより飲食制限された中での公開だった。

勿論やる事は多かった。

まり勝手に席を詰めて座る客への注意だの各所の消毒除菌だの持ち込み注意だの鑑賞中の飲食への対応だのに追われてはいた。

いたけれど、座席販売100%ではなかったりドリンクのみでフード系の提供不要だったりというプラス面もあった。(ここはプラスと言わせて欲しい)

フード系の持ち込みがない、これがマジでありがたい。

撒き散らかされたポップコーン、踏まれて粉々になったポップコーン、シートにへばりついたポップコーンドリンクとない混ぜになってカーペットに染み込んだポップコーン、お子様のゲロとなって噴射されたポップコーン、それらが一体となってスタッフに襲いかかって来る、映画館とはそういう場所なのである

ドリンクだけなら手に負える。

拭けばいい。拭けばいいだけなんだ。

だがポップコーン、お前と言う存在がおれたちを苦しめる……。


鬼滅がすぐそこまで近づいている。

座席販売100%

飲食売店は5年前よりも遥かに多くのメニューを揃えている。

季節は夏、人々が開放的になるサマーだ。

そして映画館はどこも人手不足だ。

スタッフがいない。

スタッフが足りない。

上に訴えても補充されない。

もうここ数年間、ずっとそうなのである

あの頃鬼を滅していたベテランスタッフ達は、5年間の間に散り散りになってしまった。


最終局面、という言葉が何度も頭をよぎる。

人数も知識経験値も、何もかもが足りていない中おれたちは無限城を迎える。

お盆を含め長くなるであろうこの戦いは、初週の三連休で終わるかもしれない。(現場崩壊と言う意味で)

と言う訳でみんなへおねがい

もしもポップコーン買おうかなーと思ってくれるなら、1時間前に来て買って欲しい。

大丈夫、1時間ではポップコーンは湿気無い。

映画時間に間に合うか不安だったら、近くのスタッフに「本編開始時刻」を聞いて欲しい。

それを踏まえて売店の列が間に合いそうになかったら、遠慮なくポップコーンを諦めて欲しい。

せやかて工藤ポップコーン映画館の儲けなんやろ?

気遣いサンキュー、でもポップコーンより映画を優先してくれて構わない、むしろして欲しい。

ポップコーンはともかく、ドリンクやその他フード系を1時間も前に買っておけない?

それはもう、そうなんだけど、もうほんとそうなので、そうなんだよねー。

今回の「城」は長丁場になるので、ドリンクは天敵かも知れないとだけ言わせて欲しい。

最後に、映画館で働くみんなへ。

気持ちは同じだ。

忙しいだろうけど熱中症にならないよう水分をとって、座れそうなタイミングがあったら座って休憩しよう。

朝は必ず来る。

この長い夜(夏休み)をみんなで乗り越えよう。

2025-07-05

anond:20250704201320

自販機売店で買ったペットボトルを開けられないことはほぼないけど通販でまとめ買いした炭酸水とかは時々開けられない個体が混ざってる

2025-06-23

士郎正宗展とFGO

士郎正宗世界展を見にいってきた

どっかで書かれてたけど青心社講談社で固められててカドカワハブられてるため

紅殻のパンドラアニメけが年表に載ってるという、ちょびっとだけ抜けのある漫画家としての士郎正宗クローズアップした展示

 

漫画原稿普通にへーほーはーと面白かった

清書原稿の前の鉛筆原稿が残されてて、何段階も下書きを経てかなり綺麗な形の原稿として作られてたり

ペン書き原稿オノマトペを上から被せる形でクリア原稿別になってたり

自分用のトレース台をどう作ったか説明があったり

PC絵描き作業が出てくるずっと以前から手書きレイヤーな描き方を成立させてるのが

凄く士郎正宗ありすぎてギャグのようですらあった

作中プロパガンダ書き込みみたいのをオノマトペと同層のクリア部分に書き込んでるの、

技術的な意味なのか後から差し替え可能にしとくためなのか

ホワイト修正とかありえん、って感じなんだろうなという、潔癖症のような綺麗すぎ原稿ばっかだった

インク自分で配合したそう)

 

といった、手書き原稿展示なので、メインはお馴染みアップルシードドミニオン攻殻オリオン

CG作画展示はあるもの肌色は思ったより少なかったため、

売店で古今伽姫草子集という画集というかエロ画集大判を買って肌色成分を補充

 

この画集おとぎ話の登場キャラ女体化して肌多めで書いて、

その絵と同じぐらいのスペースがいつもの文章で埋め尽くされてるというモノなのだ

古典ベース + 女体化 + 関係あるんだかないんだか衒学なんだか駄法螺ってんだかよくわからないが凄い長文」という組み合わせに

うわFGO

と想起してしまった

うーん不敬(そこまでシロマサに敬服してるわけではない

 

と、いったんFGOを想起してしまうと色々と考えてしまもので、

まず思うのは型月の元々ってシロマサの影響あるんだろうか

一方がサイエンスSF)畑、一方がミステリ畑で、依拠する文脈が違うのは明白

絵的には社長絵は内藤泰弘とか方面で、辿ってくとシロマサいないわけはないだろうけど直接感はあんましない

CG以降もシロマサは割と素にCG初期のグラデーションやら光沢やらテッカテカ方面だし

ステイナイトの頃も手書き感を残してた社長絵はあんま影響って感じがない

 

と、FGOはそもそも型月コンビ作というより他メンバーの色のが濃いんだったと思い出す

FGO日本鯖は特に殆どノータッチだった

まり桃太郎エロ娘や風神雷神エロ娘やカチカチ山風エロ娘はあくまでFGOぽいのであって型月ぽいわけではない

 

ふむしかし、と別の方向に考える

節操ナシが最大の売りのFGOは、なんで士郎正宗に礼装イラストキャラデザを頼まないんだ?

今までだってユーザー無視してFGOの既存デザインと噛み合わなそうな絵を描く大御所ゴリ押しで捻じ込んできたのだ

士郎正宗エロ女体化英霊デザインを頼むなぞ、俺が思いつくまでもなくやってそうなものだが

 

……と、

ここまで無駄につらつらと考えて、ア、と気づく

奈須と、自分世界テキストゴリゴリに押し込む士郎正宗とでは、テキスト面で衝突して合流できるわけないわ

うーん時間無駄想像だった

おわり

2025-06-05

AI の書いた文から AI 臭さを脱臭するプロンプト

書いてもらった文章に対して、以下の変更を行ってください。

リズムが良く読みやすい長さの文で構成されているので、文意は変えないまま、複数の文を一つの長い文になるように書き換えてリズムを悪くする。

漢字の変換を間違ったような誤字を一ヶ所に追加する。

推敲の課程でひらがなをダブらせてしまったような誤字を一ヶ所に追加する。

推敲の課程で一文字取り除いてしまったような脱字を一ヶ所に追加する。

・全体は「だ・である」調のまま、一ヶ所だけ「です・ます」調にする。

変更を行った文章を出力した後、どこにどのような変更を行ったかの一覧を出力してください。

具体例 (ChatGPT 4o)

元の文

 朝の通勤電車のなか、私は突然腹の奥底からわき上がる違和感に襲われた。胃がねじれるような痛みのあと、腸がゴボゴボと音を立て、嫌な汗が額に浮かんだ。満員電車のなか、私は身動きひとつ取れずにいた。

 通勤はいつも、郊外の自宅から都心まで一時間かけて電車に揺られる。二人の子どもを送り出し、妻に「行ってきます」と声をかけて家を出たのが、ほんの一時間前だったとは思えない。冷や汗にまみれた今の私は、別人のようだった。

 なぜ各駅にしなかったのか——私はその一点を激しく後悔していた。いつも通り急行電車に乗ってしまったのだ。目の前を次々に通過していく駅名が、まるで私を嘲笑っているように見える。「ここでは降ろしてやらないぞ」と言わんばかりの無表情なホーム。私はそれを恨めしく見つめながら、脂汗を拭った。

 ようやく停車駅が見えてきたとき、私はすでに足を軽く内股にし、全身の力を下半身の一点に集中させていた。電車が止まると同時に、周囲の人を押しのけるように飛び降り、改札もろくに見ずにトイレの方向へ駆け出した。

 駅構内トイレは、階段下りた先にある。あと少し、あと数十歩で間に合う——その希望が、逆に私の緊張を緩めたのかもしれない。階段の中腹で、私は足を止めた。いや、止まらざるを得なかった。下腹部に走った激しい痙攣とともに、私は敗北した。

 小さな破裂音とともに、温かい感触がじわりと広がった。思考が一瞬、真っ白になった。体中の筋肉が一斉に脱力するのを感じながら、私はただ、立ち尽くすことしかできなかった。スーツズボンの内側で広がる絶望。ふと、隣を通り過ぎていく学生こちらを一瞥し、何も言わずに早足で去っていった。

 すぐに会社に連絡を入れた。「すみません、体調が急に悪くなってしまって……今日は休ませてください」。電話口の上司は、驚いた様子を見せたが、特に追及はしてこなかった。私はそれを幸運だと思うべきか、情けないと嘆くべきか判断できずにいた。

 とにかく、今の自分を何とかしなければならない。私は駅の売店で小さな袋を買い、その中に履いていた惨事ズボン下着を押し込んだ。幸い、まだ時間は朝の八時前。人目を避けて、近くのコンビニで新しいパンツスウェットを購入した。店員は、何も言わずレジを打ってくれたが、その沈黙が逆に痛かった。

 着替えを済ませ、私はその足で近くのネットカフェに駆け込んだ。受付で「フラット席で」と声を出すのも気恥ずかしかったが、もう何も考えたくなかった。ドリンクバーの紙コップにコーヒーを注ぎ、狭いブースに腰を下ろした私は、ようやく深く息を吐いた。

 なぜこんなことになったのか。前夜、ビール辛口カレーを食べ過ぎたせいか、それとも睡眠不足が引き金だったのか。いずれにせよ、子どもたちに見せる顔とは程遠い、惨めな自分がここにいた。

 スマートフォンに目をやると、妻から「無理しないでね」と一言メッセージが届いていた。何も知らないその優しさに、私はますます居たたまれない気持ちになった。返信はせず、私は目を閉じた。

 人生とは、かくも不意にプライドを剥ぎ取られるものなのか。たった一度の判断ミスが、ここまで人を打ちのめすとは思ってもみなかった。明日から通勤電車が、少し怖くなった。次からは各駅に乗ろう——それが、唯一得た教訓だった。

変更結果

 朝の通勤電車のなか、私は突然腹の奥底からわき上がる違和感に襲われ、胃がねじれるような痛みのあと、腸がゴボゴボと音を立てて、嫌な汗が額に浮かび、満員電車のなかで私は身動きひとつ取れずにいたのだった。

 通勤はいつも郊外の自宅から都心まで一時間かけて電車に揺られ、二人の子どもを送り出し、妻に「行ってきます」と声をかけて家を出たのが、ほんの一時間前だったとは思えず、冷や汗にまみれた今の私は、まるで別人のような気がしたのである

 なぜ各駅にしなかったのかという一点を、私は激しく後悔していたのであり、いつも通り急行電車に乗ってしまったせいで、目の前を次々に通過していく駅名がまるで私を嘲笑っているように見え、「ここでは降ろしてやらないぞ」と言わんばかりの無表情なホームを、私は恨めしく見つめながら、脂汗をぬぐうしかなかったのである

 ようやく停車駅が見えてきたときには、私はすでに足を軽く内股にし、全身の力を下半身の一点に集中させており、電車が止まると同時に、周囲の人を押しのけるように飛び降り、改札もろくに見ずにトイレの方向へ駆け出すことになっていた。

 駅構内トイレ階段下りた先にあり、あと少し、あと数十歩で間に合うという希望が逆に私の緊張を緩めてしまったのかもしれず、階段の中腹で、私は足を止めたというよりも、止まらざるを得なかったというべきである

 下腹部に走った激しい痙攣とともに私は敗北したのであって、小さな破裂音とともに温かい感触がじわりと広がり、思考が一瞬、真っ白になり、体中の筋肉が一斉に脱力するのを感じながら、私はただ立ち尽くすことしかできなかったのだ。

 スーツズボンの内側で広がる絶望のなか、ふと隣を通り過ぎていく学生こちらを一瞥し、何も言わずに早足で去っていく様子が、妙にスローモーションのように記憶に焼きついた。

 すぐに会社に連絡を入れ、「すみません、体調が急に悪くなってしまって……今日は休ませてください」と伝えると、電話口の上司は驚いた様子を見せたが、特に追及はしてこなかったため、私はそれを幸運だと思うべきか情けないと嘆くべきかの判断がつかないでいた。

 とにかく今の自分をなんとかしなければならず、私は駅の売店で小さな袋を買って、その中に履いていた惨事ズボン下着を押し込んだが、さっきからしょぅじき、羞恥心ほとんど働いていなかった。

 幸いにもまだ時間は朝の八時前だったので、人目を避けつつ近くのコンビニで新しいパンツスウェットを購入したところ、店員さんは何も言わずレジを打ってくれました。

 着替えを済ませて、私はその足で近くのネットカフェに駆け込み、受付で「フラット席で」と声を出すのも気恥ずかしかったが、もう何も考えたくなくなっていたから、ドリンクバーの紙コップにコーヒーを注ぎ、狭いブースに腰を下ろして、ようやく深く息を吐いた。

 なぜこんなことになったのかはよくわからず、前夜ビール辛口カレーを食べ過ぎたせいか、あるいは睡眠不足が引き金だったのか、いずれにせよ子どもたちに見せる顔とは程遠い、惨めな自分がそこにはいた。

 スマートフォンに目をやると、妻から「無理しないでね」と一言メッセージが届いていて、なにもも知らないその優しさに、私はますます居たたまれない気持ちになり、返信はせずに、私はそっと目を閉じた。

 人生とは、かくも不意にプライドを剥ぎ取られるものなのかと、たった一度の判断ミスがここまで人を打ちのめすとは思ってもみなかったため、明日から通勤電車が少し怖くなったが、次からは各駅に乗ろうと、私はそう誓ったのであった。

2025-05-26

anond:20250525073932

自分10年ほど前、スマホ産業にいたのでこの光景を見た。

10の子たちが友達同士でiPhone契約しに来るのよな。それも地元の併売店とかで。

(もちろん勝手契約はできないので委任状とか本人確認証を持参してくる。てか親大丈夫か)


Androidは「一緒に買いに行く」はほとんど見かけなかった。

iPhoneには「みんな」がついてくる、そんな印象を受けた。


いじられるのであればまだよくて、iPhoneではないと「あー(察」みたいな感じ。

女子高校生は「一緒に何かをする」が強力に作用するから気持ちはわかる。

いじめられるというか「はぶかれる」とか「疎外感」とかが近いんじゃないだろうか。

AirDrop写真を共有する日常的なイベントにも参加できないし。


友達同士で契約しに来るとき、たまに「一人だけ契約書類審査落ちする」場合は、なんとも言えない気持ちになった。

当時は、支払先の情報クレカ銀行)と支払う人の本人確認証などを登録すると10分しないうちに審査完了していた。

みんなが続々とiPhone契約をしていくなか、審査完了しない子がいたりする。

そして長時間待った挙げ句審査が通らなかった」時は、なんとも言えない空気が流れた。


審査落ちする理由はいろいろあるので、いちいち説明しない。

「なんでだろうね〜。ご両親に相談してみて」と、やけにカラフルでごちゃごちゃした店内から彼ら彼女らの背中を見送った。

2025-05-08

毎週ファミ通を駅売店で買ってるんだけど、

店員さんいつも同じ人とは限らないので、

「うわ!この人ソシャゲのこの萌え絵の表紙目指して今週のファミ通買ってる?キモ!」って思われてたら悲しい。

別に表紙が目当てじゃなくて、中のいろいろな記事普通に読みたい目当てで買ってるんだよ、風な顔ってどうしたらいいのだろうって思う。

毎週買ってますけど的なそんな装える顔ってどうしたらいいんだろう?

ファミ通も表紙萌え絵が過ぎるとちょっと恥ずかしい(買うは買うけど)。

これって

気にしすぎ?

2025-05-07

万博行ってきたが普通に良かった

普通にしかったので楽しくなかったところを挙げていく

意識が高い展示がおもんない

例えば日本館とか全然つまんなかった

藻類が凄い!」みたいな展示を頑張ってたけど、そういうのは科学館とかの期間限定展示で良くない?

なぜ万博日本館でそんなことやってんの

しかも見せ方もよくわからんアートっぽい何かの色が強すぎてしんどかった

砂時計見せられたのに全然時計じゃないし意味不明すぎる

日本館では藻類を使った電力を使ってますよ!」

みたいな実用アピールもうざくて、そういうアピールしたいならコストがペイしないとダメでしょ

というかそういうアピールそもそもいらないし、ていうかなぜ日本藻類?疑問がつきなかった

循環社会がどうのこうの言ってるのも「そんなこと知っとるわ」っていう気分にしかなれなくてつまらんかった

他にもよくわからんアートっぽい何かとか、噴水のショーも長い上に内容無いからおもんないしプロジェクションマッピングも見慣れてるからなんとも思わない

普通にミャクミャクパレードとかしてくれたら良かったのにな

レストラン高い

「意外と安いよ?」っていうからフランス館のレストラン行ってワイン2杯飲んで飯食ったら3万払わされた

まぁそれは分かってたんだが、他にも怪しい食べ物が2000〜3000円ぐらいしてて

お試しで食べるにはちょっと高いなぁという感じ

あとはそもそも各国特有食べ物とか少なかった

売店があっても日本の店が出店してるだけだったりして、なんだかな、と

たこ焼きがやたらあったけど、中に入れる物を工夫するとか頑張ってほしかった

あと、夕食は疲れ果ててフードコート行ったんだけど2000円とか取られるくせにクッソマズくてやってられんかった

まぁ店によるだろうけど

スタンプ帳が高い

子供にとってはスタンプ帳が必須アイテム

良く分からない国でもスタンプ目当てでコモンズ館を巡ってたし

スタンプ押すだけだと流石に気が引けるのか押したあとも展示品見たりして楽しんでた

「この仮面、装備したら攻撃力高くなりそうやな」

とか子供なりの楽しみ方はいろいろあるんだよね

そのくせにスタンプ帳が1000円もしやがる

子供には配って良いと思うし、大阪府内の小学生にはチケットと一緒に配ればいいのにアホだな、という感じ

もう一回行く

まぁいろいろ文句はあるけど面白かったのでもう一回は行く

2ヶ月前予約したいので2ヶ月は期間が空くかな

そうなると夏休みに行くことになりそうなので、熱中症対策ゲリラ豪雨対策必須になりそう

東京からわざわざ行く必要はないかもしれないが

近畿圏の人は行って良いと思う

2025-04-30

江川紹子さんが正論のような顔して流れ出す陰謀論

今なお、西山事件不倫スキャンダルに仕立てた検察の手口に載せられたままの人が多いのだにゃ…。

ttps://x.com/amneris84/status/392668060542197761

いや、性犯罪強姦恐喝でしょ普通に

きっかけは事件でしたが、多くの人に問題が伝わり、法規制が実現したのは、「2世」などの勇気ある証言が相次いだこと。メディア報道はそこをちゃんと押さえてほしい→「旧統一教会被害者の救済願う」 安倍元首相銃撃の山上被告 | 毎日新聞

ttps://x.com/amneris84/status/1643979473384263686

殺人擁護

車内のワゴン販売がなくなった東海道新幹線東京駅ホームでお弁当飲み物を買おうとしたら、あの売店もこの売店も、さらにはその先もずっと閉店。これはないんじゃないの…という感じ。端に近いあたりまで行って、やっと一軒開いて買えたけど、時間に余裕のない乗客はお昼抜きなんだろうなあ

ttps://x.com/amneris84/status/1730411873198330174

事実確認もせずにキギョウガー

優れた政策をやってきたのに、情熱暴走してしまうのが本当に惜しまれる。いいブレーキ役が必要だった⇒【速報】「政治家としてのプレイヤーは終わり」明石市泉房穂市長が会見 暴言を認め「政治家引退を表明」(MBSニュース)

ttps://x.com/amneris84/status/1580119494122672130

党派性さえ合えばパワハラ魔すら徹底擁護

1997年に「NHK青春群像 テーブルトークにひたる若者たち」という番組が放映されました。レポーター江川紹子氏が、終始「自分には理解できない」「現実逃避に過ぎない」というスタンスRPGサークル取材するもの

ttps://posfie.com/@kokuramusen2282/p/wDAPHSA

さらには捏造報道に加担

ふ〜ん。タレントさんとか、新聞社幹部とか、ミスナントカには会うのにねRT @tatsu0409: ICAN 事務局長首相との面会 政府から“調整困難” | NHKニュース www3.nhk.or.jp/news/html/2018…

ttps://x.com/amneris84/status/952765147130376198

外遊中で物理的に不可能な面会を行わないのはわざとだ、という陰謀論

安倍さんには、卵ぶつけられて「ベーコンの貸しがある」と応じたシュワちゃんや、銃撃されてもユーモアを忘れなかったレーガン大統領のような対応は無理でも、「批判を糧にして頑張りたい」くらいの大人対応をしてもらいたかった。日本国首相なんだから精神的に、あまりにも幼すぎる。

ttps://x.com/amneris84/status/881134827134529536

NHK安倍さんへの抗議の声を消して放送した、という声多し。その番組を見てないので、断定的なことは言えないけど、それはお寿司効果というより、まあ、あの放送局のことだから、そのような声を投票日前日に流して、投票行動に影響が出たと、後から批判されるのをビビったんだと思いますよ。

ttps://x.com/amneris84/status/881136753788149760

悪質な選挙妨害を徹底擁護結果的には後の暗殺扇動さらNHK忖度という陰謀論を堂々と流布

誰かが「南スーダンPOK派遣野田政権の時だから安倍政権下では自衛隊を送り出してない」ってデマ意図的に流してわらしを攻撃するように仕向けている模様。あべちゃんサポーターも相当焦ってきているみたい。説明には聞く耳持たず。こうゆう手合いはブロックすることに決めましたにゃん

ttps://x.com/amneris84/status/878967596195864581

安倍が犬笛をぉぉぉアベシネェェェェェ

会期末までの、まだ時間はあったのに、言論の府で発言時間あん制限して採決を急いだのは、安倍首相ゴルフの楽しみを守るためだったんですかね →安倍首相、1カ月ぶりゴルフ 改造前に気分転換? - 産経ニュース sankei.com/politics/news/…

ttps://x.com/amneris84/status/645590798252163072

妄想垂れ流し

富永記者ツイートには問題あったでしょうけど、ツイッターでの一度の失敗も許さないというのもどうなんですかね。朝日記者さんって、大変ね! 批判すべきもんは批判して、それで改善したり反省したりすればそれでいいじゃないのでは、ツイッターってメディアは。

ttps://x.com/amneris84/status/628941444837838848

一発だけならデマではないかもしれない!

官邸前、安保法案反対のデモ潰し?日の丸が林立して、安倍首相への激励演説ちぅ pic.twitter.com/kW8sooqU21

ttps://x.com/amneris84/status/624518361020411905

このデモ死ぬべきアベの官製デモ!(何の確認もない妄想

そろそろ、権力批判のためなら、嘘でも平気、間違っても全然気にしないっていうメンタリティはなんとかしないと…

ttps://x.com/amneris84/status/584010341132009473

どのツラ下げて言えるのかな?

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