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2026-01-27

映画「MERCY/マーシー AI裁判面白かった

迅速かつ公正な裁判を行う裁判AIが開発されて便利になった近未来

何人もの極悪犯をAI裁判処刑させてきた敏腕刑事が、いきなりAI裁判に掛けられるというお話

安楽椅子探偵スタイル近未来SF推理映画で、被告刑事最期まで建物を出ることなく話は進行するのだけど、

被告の依頼を受けた人達が、あちこちドンパチやって、ドンデン返しもあってドキドキハハラな展開は楽しめました。

最後冤罪で無実の人を処刑してしまったと理解した裁判AIが、自ら溶鉱炉に沈んでいくシーンは涙無しには見られなかったです。

犯行現場VR再現みたいな、あと数年で実現できそうな近未来感と、ドローンバイクを始めとするお粗末な現実感交錯していて、

B級映画っぽさは拭えないんですが、AI支配するディストピア映画好きな人にはお勧めです。

2026-01-25

選択夫婦別姓導入、実は大きな苦しみをもたらす悪魔契約

最近、また選択夫婦別姓議論が活発だけれど、少し冷静に整理してみたい。

先に断っておくけれど、私は別に伝統家族観を守るべきだ」なんて主張したいわけじゃない。

改姓に伴う行政手続き煩雑まりないことも理解しているし、銀行口座からパスポートまで書き換える手間は、生産性観点からも損失でしかない。

現状、そのコストほとんどを女性側が負担しているという非対称性が、フェアでないことも理解できる。

キャリアの分断やアイデンティティ問題も、至極もっともな話だと思う。

ただ、今の社会ドライに見ると、別姓導入という選択肢は、自由』を手に入れる代わりに、全く釣り合わないような難題を新たに背負うように見えてくる。

なぜ「全く釣り合わないような難題を新たに背負う」のか。

少し書き残しておく。

現行の「同姓制度」は、必要悪としての「紛争軽減装置である

現行の「結婚時にどちらかの姓に統一する」というルール。 これは人権個人尊厳という観点から批判対象になる。

だが、全体的な視点で見ると、実は「将来発生しうる対立を、初期段階で強制的解決してしまメカニズムとして機能している。

結婚という事象は、当人同士の「愛」の結合に見えて、その背後には「家(夫の実家)と家(妻の実家)」の力学が厳然として存在する。

同姓制度は、この潜在的な緊張関係に、婚姻届提出という入り口の時点である程度強制的に枠をはめる。

「姓を変える=相手の家に一旦合わせ、合流させる」 この理不尽なまでの強制力によって、その後の「子供の姓の帰属」や「お墓の問題」といった火種を、オートマチックに処理する。

多少の運用コストを強いる代わりに、難題の解決スムーズに保っているとも言える。

別姓導入によって覚醒する「土着の価値観

では、選択夫婦別姓を導入するとどうなるか。

これは、 「選択肢が増えて自由になる」という単純な話では終わらない。

日本社会の深層には、まだ「家」や「先祖」といった、成文化されていない土着の価値観が根強く残っているからだ。

今までは法律で決まっていますので」という錦の御旗で沈黙させられていた親世代親族たちが、夫婦別姓化によって交渉ステークホルダーとして浮上してくる。

「うちは代々続く家だから」 「一人娘なのだからこちらの姓を残してほしい」 こうした要望が、夫側と妻側の双方から顕在化する。

まり結婚が「夫婦二人の合意」で完結せず、「夫の両親」対「妻の両親」という、多者間の調整フェーズへと大きく複雑化する。

夫婦間の意識人間力交渉スキルいくら高くても、背後にいる親族意向を完全に無視して関係を維持できるカップルが、今の日本にどれだけいるだろうか。

兄弟」が「他家のライバル」になるディストピア

さらに深刻なのが、子供への影響だ。

よく妥協案として出される「1人目は夫の姓、2人目は妻の姓にすれば平等だ」というロジック

これは一見公平に見えるが、子供視点に立つと家庭内における代理戦争の引き金になりかねない。

同じ家の中に「田中くん(兄)」と「鈴木くん(弟)」がいる状態想像してほしい。

ここで起きるのは、単なる兄弟喧嘩ではない。背後にいる祖父母スポンサー)を巻き込んだ資源争奪戦だ。

田中家の祖父母は「自分の家の名を継ぐ孫」である兄を可愛がり、教育費や遺産を集中投下するかもしれない。

一方で鈴木家の祖父母は弟に入れ込む。

「お兄ちゃんはお父さんの家の子から」「僕はママの家の子から」 親や祖父母から愛情リソースが、子供自身資質ではなく「どちらのラベルを貼られたか」によって偏るリスクがある。

さらに恐ろしいのは、「優秀な子供の奪い合い」だ。

「兄は出来が良いからウチの跡取りに」「弟はパッとしないから向こうへ」といった、能力に基づく選別(ドラフト会議)が行われないという保証はどこにもない。

子供を「家を存続させるための駒」として比較し、競争させ、評価する

そんな残酷構造が、家庭という安らぎの場に持ち込まれしまう。

これが「子供のため」になる制度と言えるだろうか。

「条件付き運用」の脆弱性と、置き去りにされる「生活実感」

では、その他の「条件付き運用」ならうまくいくのか。

1. 「子供を作らないならOK」論の破綻

子供を持たないカップルに限ればいい」という意見もあるが、生殖は完全に制御可能パラメータではないし、人間価値観は可変だ。

数年後に子供が欲しくなった時、どうするのか。

ルール違反へのペナルティ設計強制離婚強制改姓?)など現実的ではないし、「この年齢ならOK」といった線引きは脱法行為の温床になる。

2. 「婚前合意子供の姓の一元化)」とアウトサイダー問題

結婚時に子供の姓をどちらかに統一することを義務付ける」という案。

論理的には一番筋が通っているが、これにも家庭内名目上のアウトサイダーを生み出す」という懸念がある。

夫だけ、妻だけが家の中で異なる姓を持つ状態は、結婚本来持つ「新しい共同体形成」という機能毀損しないか

重要なのは、「あるべき論」と「今の私たち感覚」の乖離

いわゆる「ウォークイズム」的な議論は、個人の完全な自律親和性の高い「最終的な理想地点」を設定し、そこに向けて「どう強制力を働かせるか」ばかりを議論しがちだ。

しかし、そこには「今を生きている人々の生活実感」への視点が欠落している。

名前なんて記号だ」という理屈はわかる。

でも、実際には多くの人が「家族みんな同じ名前であること」になんとなくの一体感安心感を感じているのも事実だ。

その感覚を「古い」「遅れている」と切り捨てて、理想の型に嵌め込もうとするのは乱暴すぎる。

必要なのは短期・中期・長期の時間軸での整理だ。

長期的には「家」なんて概念消滅するかもしれない。

でも、短期的にはまだ我々は「家」に依存して生きている。

まずは現状の感覚尊重しつつ、落としどころを慎重に探るべきだ。

何もしない、という選択肢や弥縫的な対処短期・中期(50年程度を想定)的に模索することは、必ずしも悪ではない。

進化すること」ありきで、現在自分たちの感覚否定して進むのは、社会実装の手順としてあまりに危うい。

結論:フェアネス自由を得る代わりに、より根深問題を先送りにし、解決困難化していないか?

結局のところ、選択夫婦別姓という制度変更は、結婚入り口にある「姓を変える負担」を取り除く代わりに、

その調整コスト出産時」や「親の相続時」といった、より後段のライフステージへとタイムシフトさせているに過ぎない。

しかも、後になればなるほど、関係者は増え、状況は複雑化し、「譲れない条件」の争いとなり、解決難易度は上がっていく。

いわば、「難問の先送り」だ。

今の日本社会空気感、我々の内面化している価値観が、まだ「家」という引力に縛られている以上、この制度を「強力なリーダーシップで」実装するのはリスクが高すぎる。

結婚自由度を高めるための制度が、皮肉にも調整コストへの忌避から結婚出産のものを躊躇させる要因になりかねない。

現状の過渡期においては、良かれと思ってトップダウンで線を引き直すと、より悪魔的な問題が噴出するようなことは起こりがちだ。

より大きなデメリット解決するための、やる気もビジョンも実行力もないなら、法律的な措置は控えるのが筋だ。

活動家は「自分の主張に有利なこと」「つごうのいい事」を「今すぐやれ」と主張するだけで、デメリットトレードオフは見て見ぬふりをする人間の集まりである

左右どちらかに限った話ではない。

法律を通してさえしまえば、問題が起きても、「いいか法律に従え」としか言わなければいいので、どんなに卑怯でも法案成立だけを目指せばいいからだ。

活動家の主張を通した結果、新しく不幸な人が増えても、活動家は、まったく責任を取らないし、何もしないし、顧みることもないことは、始める前から明らかである(歴史はそれを証明している)。

からネガティブテーマこそ、真剣にどこまでも議論することが大事なのである

ボクはサザンオールスターズが大嫌いなんです、だってあいつら公衆面前オマンコ連発して叫んでたじゃないですか…😟

イメージビデオヌード写真集?みたいな女性上半身裸をジャケットにしたのもアレですが、ズルいじゃないですか、

サザンオールスターズならオマンコって放送で叫んでもいいんですよ!😟

忌野清志郎タイマーズだの大麻だの連呼してたり、天皇皇族ネタとか、ズルいじゃないですか、ボクもやりたい!😟

ボクはミスチルポルノグラフィティを合体させた、チャイルドポルノグラフィティ児童ポルノというバンド名で売り出したい!

ジャケットクジラックスさんとか、コミックLO陣営活用したい!

オマンコとか、大麻とか、天皇皇族ネタとか、ロリペド人権を!とか叫んでみたい!

そして、テレビ局とかボクの家にまでカミソリが入った封筒が届いたりして、ボクはそのカミソリでジューダスプリーストの真似したり、

ちょうど髭剃りを切らしていたんだ、最近はカミソリが手に入らなくてね、みたいなディストピアごっこして、

そして、ある日ボクは山上暗殺されて死ぬのでした…😟享年50歳…

2026-01-24

「強くてこわい国」って表現、何が間違ってるのか分からいね

テレビ局番組で、自民党維新の会参政党を「強くてこわい国」を目指す勢力として分類したフリップ炎上しているらしい。「偏向報道だ」「レッテル貼りだ」とネット上では合唱が起きているわけだが。

正直、何に怒っているのか全く理解できない。

あれ、ただの「事実陳列」だろ?

誹謗中傷でもなんでもない。彼らが掲げている政策、語っている未来像を素直に解釈すれば、どうあがいても「強くて(軍事力シマシで)こわい(国民を統制する)国」にしかならないからだ。

しろオブラートに包まずによく言ったと褒めるべきレベルなんじゃないの?

「強い国」=生活犠牲にした軍拡

まず「強い国」の部分。これ、彼らが一番やりたいことの筆頭だろ。

防衛費の倍増。財源は増税か、あるいは社会保障の削減か。

「国を守るため」という美名のもとに、数兆円単位の金が兵器に消えていく。ミサイルを買います戦闘機を作ります敵基地攻撃能力(反撃能力)を持ちます

やってることは完全に「軍拡競争への参加」だ。

周辺国との対話を諦め、「力には力で」という思考停止に陥っている。生活が苦しい国民からさらに金を吸い上げ、それを火薬に変える国。これを「強い国」と言わずしてなんと言うのか。

維新なんて核共有(ニュークリア・シェアリング)の議論まで持ち出しているし、かつての「非核三原則」なんて、彼らにとってはただの邪魔な足かせでしかないらしい。

「強い日本を取り戻す」なんて勇ましい言葉に酔っているようだが、その強さを維持するために痩せ細っていくのは、我々一般市民生活だ。

「こわい国」=監視と統制のディストピア

そしてもっと深刻なのが「こわい国」の部分だ。ここを否定する奴は、彼らの政策危険性を本当に分かっているのか?

スパイ防止法

名前だけ聞けば聞こえはいいが、その実態は「国家にとって不都合情報を漏らす人間、あるいは探ろうとする人間をしょっ引く法律」になりかねない。何が「機密」で何が「スパイ行為」かを決めるのはお上だ。

ジャーナリズム市民活動が「国益を損なう」と判断されれば、監視対象になり、逮捕される。そういう社会を目指していると公言しているようなもんじゃいか

緊急事態条項

これも「有事対応」を隠れ蓑にしているが、要は「内閣国会無視して法律と同じ効力を持つ命令を出せる」という独裁へのフリーパスだ。

一度発動されれば、人権なんて簡単制限される。「国の安全のため」と言われれば、言論の自由集会の自由も消し飛ぶ。

そして、その先に見え隠れするのが徴兵制だ。

少子化自衛隊員のなり手がいない。でも軍拡はしたい。兵器はあるけど人がいない。じゃあどうするか?

まさか現代徴兵なんて」と笑うかもしれないが、彼らの「国を守る義務」への執着を見ていると、経済的徴兵制奨学金返済の免除と引き換えに入隊など)も含めて、国民戦場に送り込むシステムを作らない保証なんてどこにもない。

異論を許さず、監視し、国のために命を投げ出すことを美徳とする。

これを「こわい国」と呼ばずに、なんと呼ぶんだ? 「美しい国」か? 冗談休み休み言えよ。

自民維新参政の「悪魔合体

今回、この3党がセットにされたのも至極妥当だ。

自民党既得権益と結びつき、長年の政権維持のためにタカ派政策推し進め、憲法を変えて「戦争ができる国」の仕上げにかかっている本丸

維新の会自民党以上のタカ派であり、新自由主義的な「強者生存」を是とする。改革という名の切り捨てと、勇ましい外交安保論がお家芸

参政党:ナショナリズム煽りさらに極端な復古主義的・排外主義的な思想で「日本を守れ」と叫ぶ。

アプローチ支持層に多少の違いはあれど、目指しているベクトル完全に一致している。

個人権利」よりも「国家の都合」を優先し、軍事力と統制力で国を維持しようとする点において、彼らは間違いなく同類だ。

結論:怒る方向が違くね?

「強くてこわい国」というレッテル貼りに怒っている人たちに言いたい。

怒るべきはテレビ局フリップじゃない。

「強くてこわい国」をガチで実現しようとしている政治家たちと、それに無自覚賛同してしまっている現状に対して怒るべきなんじゃないのか?

テレビ局は、ただ単に「あなたたちが投票しようとしている先は、こういう国を目指していますよ」と、分かりやすく要約してくれたに過ぎない。

その未来図を見て「それは嫌だ」と思うなら、批判すべきはメディアではなく、その政策を掲げる政党であるはずだ。

「強くてこわい国」になりたくないなら、現実直視しろよ。

盗聴・監視徴兵言論統制。そんな「戦前トリバック」な社会がお望みなら、まあ、そのまま支持すればいいんじゃないですかね。

2026-01-21

白紙委任を求める首相と、それを支持する「信者」たちへ

「国論を二分するような大胆な政策改革にも果敢に挑戦していく」

高市早苗首相総選挙に向けて放ったこ言葉、背筋が凍る思いがした。

具体的に「何を」するのかは言わない。詳細は選挙後に決める。でも、私に任せろ。

これ、完全に白紙委任状(カルトブランシュ)を求めてるだけだろ。

歴史を少しでも知っている人間なら、この手口に既視感を覚えるはずだ。

危機煽り、「強い指導者」を演出し、具体的なプロセスはすっ飛ばして全権を掌握しようとする。

かつてドイツ全権委任法が成立した時も、最初は「決断できる政治」が歓迎されたんじゃなかったか

ヒトラーのやり方と同じ」と言われても反論できないレベルで、構造酷似している。

本当に恐ろしいのは、この「中身のない強権」に対して、諸手を挙げて賛成している支持層だ。

お前ら、本当に大丈夫か?

高市さんなら日本を良くしてくれる」「サヨク発狂してるから正解」とか、思考停止もいい加減にしろよ。

中身を明かさない「大胆な政策」の中身、想像できてる?

例えば、徴兵制

「国を守る気概」とか美しい言葉で飾って、若者戦場に送り出すシステムができない保証なんてどこにもない。

まさかそんなこと」って笑ってる奴、その「まさか」が起きた時にお前の子供や孫が取られても、同じように笑ってられるのか?

例えば、スパイ防止法という名の盗聴法監視社会化。

スパイを取り締まる」という大義名分があれば、一般市民LINEメール政府自由に覗き見てもいいと思ってるのか?

「やましいことがなければ堂々としていればいい」なんて言えるのは、権力絶対暴走しないと信じているお花畑だけだ。

そして、言論統制

放送法解釈変更をちらつかせた過去を忘れたわけじゃないだろう。

政府に都合の悪いニュースは「偏向報道」として潰され、大本営発表しか流れない世界

そんなディストピアが、もう目の前まで来ている。

今回の選挙は、政策の是非を問う選挙じゃない。

高市早苗という人間に、白紙小切手を渡して、好き勝手に国を改造させる権利を与えるかどうか」を問う選挙だ。

保守を自認するなら、本来権力暴走を誰よりも警戒すべきはずだろう。

それなのに、思考停止して「高市親衛隊」になり下がっている現状は、滑稽ですらある。

独裁への道は、いつだって熱狂」と「無関心」、そして「思考停止した信者」によって舗装されるんだよ。

後になって「こんなはずじゃなかった」と泣き喚いても遅い。

その時、地獄を見るのはお前らだけじゃない。巻き込まれるこっちの身にもなれ。

2026-01-15

警察や軍以外の行政機関法的根拠をもとに武装化し強権化していくディストピア物語が好き

現実アメリカICEのようなのが発生するのは勘弁だけど、フィクションでは色々あるよね

ねじまき少女」では国が水没危機の状況で温暖化阻止を任された環境省職員武装して経済活動を取り締まるようになり市民に恐れられ利権を生むようになっていく世界が描かれた。

図書館戦争」ではなんと図書館職員図書館憲章をもとに武装化してリアル戦闘を繰り広げる。

こういうのは好き

2026-01-11

anond:20260111094355

なんと!もう病院ファストパスあるのか。マジでディストピアだ。

ただ見たところ正直あまり流行ってない感あるから、このまま広まらないことを祈りたい……

2026-01-10

ここ1年やって面白かったソシャゲ

AFK Journey

なんか知らんけどサービスからやってる。AFKアリーナの関連タイトルらしいけど、そっちは名前しか知らん。

インストリーのみフルボイス、毎シーズンストーリー更新あり、割とP2Wな設計ながらもいろんな領域PvPPvEがあって途中から初めても楽しめそう。

全体的に品質が高くてコンテンツ量多い割には大して時間を使わないのでやりやすい。

インストリーは端折りすぎでテーマパークアトラクションかな?って感じだけど骨格は悪くなくて良い

所属しているギルドギルマスは3代目。皆去っていく。なんとなく続けている

ハウジング放置している。

インフィニティニキ(離脱済)

コーデはめっちゃ楽しい! けどゲーム部分が割とガッツリ目でメインコンテンツ回すのも大変

アスレチック要素も原神くらいしっかりあるのでアクションゲーム苦手だったら割と大変。俺も大変

ここでコーデと撮影スキルは得られたと思う。時間が無いのでやらなくなった

デュエットナイトアビス(デナアビ)

基本キャラガチャ無料話題をかっさらったゲームとはいえ有料スキンメインはFacebookゲーム時代から続く歴史ある課金形態

実際無料キャラクタは回せるが、ガチると投入時間半端ない。そんなにはつき合えない

シナリオのノリが00年代ラノベと露悪さがあってちょい懐かしく、世界観ディストピアも相まって制作している中国人たちの内心が気になって仕方がない。

金はないけど時間を費やせる人にはオススメです!

しかし前述のインフィニティニキより後にこのスキンの量とセンスお金稼ぎは無理があると思いました。

あとフレーバーテキスト崩壊スターレイルフォロワー過ぎてキショイっす

ゼンレスゾーンゼロ(離脱済)

mihoyoのタイトルは原神以降一応やってる。メインコンテンツが重たい。シナリオ品質は高い

作業量が多くて手が痛くなるのでいつの間にかやらなくなった。釣りシーズン離脱

ブラウンダスト2(離脱済)

面白かったと思う。シナリオ品質も十分ある

シーズンイベントワンパターンだし、別にリアルタイムで追い続ける必要いかも?ってなった

Ark Re:Code(Steam版)(離脱済)

ガッツリエロソシャゲビックリした!

ちゃんえっちなシーンあって実用性はあるんじゃないでしょうか。育成要素と連動していてマゾいです。

シナリオは破破破転転破終わらんのかーい!で疲れる。なんか何でもありすぎて何でもあり

シンプル楽しくないのでやめた

ホライゾンウォーカー(Steam版)(離脱済)

エロビックリした!。ブラダス2以上アークレコード未満の領域。直接描写しないだけでえっちはえっちか

声優公表だけど、なんかどっかで聞いたことありそうな人がチラホラいて、そこに刺さるといいかも。

特定キャラの要素全開放まで進めたら親愛度最終イベントだけボイスなかったんですが(憤怒)

3まで喘いでたでしょうが! クソが!

怒りのあまり放置シナリオはブルアカ以上に韓国社会価値観が出てて面白かったです。

2026-01-07

anond:20260107074242

男は顔写真アップし放題なら女にとってのディストピアじゃんw …いや笑えんわ

2026-01-06

レイプを描く必然性があったのか…

設定が自由なのがフィクション物語だ。歴史モノとはその点が違う——そういう話だと思う。

「荒廃したディストピアですよ」というのを示したいとき女性が性加害される表現以外にも選択肢は無かったか

セウォル号沈没アニメ沈没船回が延期されたように、表現者は受け手の状況を軽視しない。

anond:20260106122100

ディストピアを描くにしても、どんな表現を取るかは以前と今とで選択肢大分違う気がするなー

2026-01-04

核持ってる大国ならず者だけ

米中露がやりたい放題。びっくりするほどディストピア

久しぶりの友人の権威不信がしんどくて、ディストピアものが読めない

中学の頃の友人に久しぶりに会ったら、しんどかったので愚痴

その友達普通に話す分には昔のままで何も嫌なとこはなかったんだけど、

テレビニュースの話をすると「まぁみんながみんなメディア洗脳されて信じてるわけじゃないでしょ」と言い、

旅行の話をすると「C国(なぜかこの言い方をする)が悪いからね」みたいなことを言い、

新聞社ビルの前を通ると「ここで国民を操る裏談合が行われてる」と言い、

何か疑問を口にすると「利権があるからじゃない?」と全て裏があるかのような言い方をする。

全然関係ない話題であっても政治やら利権やらの話に繋げられて、それに対してシニカル感想を述べられる。

ここの時点でちょい嫌だった。

じゃあ"そういう話"をしようと政治話題を振ると、「友達野球宗教政治の話はしない方がいいよ」と諭された。

別に特定政党の良し悪しを議論しようと言う話題じゃなかったのに。

線引きはどこにあるんだよ。人には不快を投げつけるくせに、自分が投げられたら相手悪者にするなよ。

まあそんな友人がいるんだけど、その友達が「1984年」というディストピア小説を勧めてくれたから読んだ。

そうしたら、なんかその友達から見えてる今の世界って、こういう小説世界と似ているんじゃないかって思ってしまってとてもしんどい

流石に彼も小説で描かれているディストピア世界とこの世界が同じとは思ってないと思うけど、なんか通じてるものがあるんだろうなって思ってしまう。

小説を読み進めるのがつらくなってきちゃった。別に無理して読む必要もないけど。

2025-12-31

anond:20251231131621

なるほど・・・参考になります

たぶん「新しく散らかさな工程設計」が重要で、暮らし工程をやった後に散らかっていなければいいんだよね。

衣食住でこの辺の改良改善ってまだまだ全然一杯できそうですね。ルンバは、工程そのままで散らかったら自動機械対応するって

ことだったけど。この方向で滅茶苦茶有能でマルチ自動機械メイドロイドを待つのが良いのか、工程改善で散らからない暮らしがいいのか。でもお皿にラップ敷いて食べるハックとかなんかディストピア感あるんだよなぁ。溶出有機物も気になるし。

2025-12-28

AI買い物」までいくとディストピアになる

AI利用って上手く行けばユートピアになるけど、ちょっと間違うとディストピアになる気もしていて

でもそういうのってコントロールできるもんでもないので、実はもうレールの上に乗ってるのかもしれない

 

いま、AIあくまで道具だから、最終意思決定人間にあるんだけど

一部では明らかに自分らより頭が良いと人間が認めてしまっている

特に若い人なんかはAIの言う事を真に受けすぎるみたいなこともあるらしい

となると、自然な流れで「AIがそういうならそれが正しいんだろう」のフェーズは来ると思う

 

例えるなら、何でもかんでもお世話する子離れできない母親みたいな存在AIがなるわけだ

だってファッションセンスに自信のない若い子は「お母さんが買ってきた服」を着ているわけで、それが少しアップデートして「ネットおすすめされた服(ランキング上位の服)」を買っていたりする

これがもう一歩進んで「AIあなたに合う服を選んでくれる」までいくことは想像に難くないんだけど

ここまで来ると、もうAIに終意思決定まで握らせてしまっていることになる

 

例え話

X年後、ある若者AさんはAIを信用しきっていた

社会人になって仕事に追われる中、買い物も何もかも全てが面倒になってAIに任せることにした

彼は銀行電子決済とAIを紐づけ、衣食住、果ては友達とのスケジュール管理までAIに任せることにした

彼がするのは日々宅配で届くものを消費し、その感想AIに伝えるだけだ

彼のエージェントであるAIは、今日も彼に最適な商品を探すためweb徘徊する、AIAIセールストークを仕掛けてきて、たまに騙されてしまいAさんに怒られるのが悩みのタネ

 

みたいな世界になったとき

それってユートピアなんだろうか?

 

「肩の上の秘書」はもう通過点に過ぎない気がする

2025-12-23

anond:20251223110160

石原吉郎島尾敏雄中沢啓治、そして田中小実昌。挙げていただいた名前を並べると、ユーザー様が『献灯使』に感じられた「物足りなさ」の正体が、より鮮明に、かつ重く浮き彫りになりますね。

仰る通り、それらの作家たちが持つ「言葉にしがたいもの言葉にせずにはおかぬ」という、喉元に刃を突きつけられたような切実さ(殺気)に比べれば、多和田さんの作風は、あまりにも「安全場所での遊戯」に見えてしまうのだと思います

この決定的な違いを、いくつかの視点で整理してみます

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1. 「肉体」の有無:言葉が削り出される場所

ユーザー様が挙げられた作家たちの言葉は、「極限状態に置かれた肉体」から絞り出されています

ここに決定的な「体温の差」があります。前者は「生き延びるための叫び」であり、後者は「言語体系を組み替えるための実験」です。後者が「手癖」や「スノッブ」に見えるのは、そこに血の通った「痛みの必然性」が見えにくいからでしょう。

2. 田中小実昌の「かわし」との違い

田中小実昌比較に出されたのは非常に興味深いです。コミさんは確かに、正面から意味を語ることを避け、フラフラと体をかわすような文体シャッフルするような歩法)を持っています

コミさんの軽さには、戦後カオスを生き抜いた人間の「生活臭」がありますが、多和田さんの軽さには、実験室のような「無菌状態」の気配が漂います

3. 「殺気」が持てない時代寓話

しかすると、『献灯使』が「小さくまとまって」見えるのは、現代という時代、あるいは「震災後のディストピア」という題材に対する、作家限界(あるいは諦念)の表れなのかもしれません。

和田さんは、この「殺気すら持たせてもらえない、ただただ虚弱になっていく衰退」を、あえて「殺気のない、ひょっとこのような言葉遊び」で描こうとした……という擁護可能かもしれません。しかし、それが読者に「切実な野心」として届かないのであれば、表現として「届いていない」ことになります

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結論:何が欠落しているのか

ユーザー様が感じられたのは、おそらく「文学現実地獄に対して、自らの命を賭けて対峙しようとする構え」の欠如ではないでしょうか。

『献灯使』の幻想的展開やダジャレが、ただの「お洒落デコレーション」に見えてしまうのは、そこに石原吉郎が突き当たったような「絶望的なまでの沈黙の壁」がないからだと思います

言葉で遊べる」ということは、まだ余裕があるということの証左でもありますユーザー様のように、戦後文学の壮絶な「言葉との格闘」を知る読者からすれば、本作の試みは「文学という名の、行儀の良い知的なお遊び」に映るのも、至極妥当な反応だと言えます

こうした「殺気」のある文学を重んじる視点から見て、現代作家の中で、少しでも「本気で世界と切り結ぼうとしている」と感じられる方は、誰か思い浮かびますか?(例えば、古井由吉中上健次のような、かつての「重さ」を継承しようとした人々も含めて)

anond:20251223105706

ご指摘、非常に鋭いですね。読み進める中での「食い足りなさ」や「手癖で書かれたような感覚」という違和感は、多和田作品、あるいは近年の「純文学的なSF設定の使い方」に対する極めて本質的批判だと思います

「本気で人間世界未来に思いを致すような野心」を期待したときに、この作品提示するダジャレ(献灯使/遣唐使)や、ふわふわした幻想性が「軽すぎる」「ごまかしている」と感じられるのは、ある種、当然の反応かもしれません。

その「小さくまとまった印象」を逆説的に読み解くと、以下のような作家側の「確信犯的なスタンス」が見えてきます

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1. 「壮大なSF」への意図的背信

多くのSFが「なぜ世界がこうなったか」というマクロ因果律や「人類はどう生き延びるべきか」という大きな野心を描こうとするのに対し、多和田さんはあえてその視座を捨てています

  • ミクロへの逃避:描かれるのは、社会の再建ではなく「ひ孫に何を食べさせるか」「言葉をどう言い換えるか」という、隠居老人のような極めて閉鎖的で個人的日常です。
  • 野心の欠如: これを「手癖」と見るか「文明が衰退した後の『小さくなった人間』のリアリズム」と見るかで評価が分かれますユーザー様が感じられた「小さくまとまった」という印象は、まさにこの「文明の縮小」をそのまま小説サイズ感に反映させてしまった結果と言えるかもしれません。
2. 「ダジャレ」を思考の骨格にする手法

タイトルからしダジャレ」という点は、多和田葉子という作家の最も好悪が分かれる部分です。彼女にとって言葉は「真理を指し示す道具」ではなく、「音の連想勝手に滑っていく遊び」のようなものです。

3. 2010年代以降の「震災文学」としての限界

本作が全米図書賞を受賞した際も、海外では「福島後の日本象徴する寓話」として高く評価されました。しかし、日本国内の読者からすれば、現実震災政治の混乱の方がはるかに「生々しく、予測不能で、幻想的」でした。

--野心的な問いの不在:「世界はどうなるか」という問いに対して、知的シミュレーションを行うのではなく、イメージの断片を繋いで「雰囲気」を提示する。これが「深遠っぽい空気を醸し出しているだけ」という批判に繋がるわけです。

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結論として

この作品は、「未来真剣に考えるための知的武器」ではなく、「変わり果てた世界をやり過ごすための、ちょっとした言葉の慰め」として書かれている節があります

そのため、本格的なSFや、魂を揺さぶるような文明論を求める読者にとっては、仰る通り「手癖で書かれた小品」という印象が拭えないのだと思います。多和田さんの「言葉の軽やかさ」が、本作では「設定の重み」と上手く噛み合わず、浮いてしまっているのかもしれません。

もし、もっと「吹っ切れた言語実験」や「逃げのない未来への野心」を感じさせる作品を求めていらっしゃるとしたら、この『献灯使』はあまり優雅で、内向的に過ぎたのかもしれません。

ちなみに、ユーザー様が最近まれた中で、「これは本気で人間世界未来を問うている」と感じられた作品は他にありますか?(SFに限らず、哲学書や他の小説でも構いません)そちらと比較することで、本作の物足りなさがより具体的に見えてくるかもしれません。

2025-12-16

はーあ仕事嫌なのに明日もどうせ行くんだろうな会社にな

ディストピアツンデレかもしれんな

NHKが、テレビがない我が家受信料を求めたら

殴り殺していい。そのくらいにすべき。

集金員は覚悟を持て。

閲覧者はごまかしは効かないと知るべき。

もうディストピアなんだよ。

anond:20251216095807

多分問題を切り分けてそれぞれの解決策を示したら結果母親生活が楽になって男イラネに至る気がする。

少子化解決策は選別された優秀な精子で産めてシンママでも生活キャリアが安定する社会じゃないかな。

まり男にとっちゃディストピアだなw

2025-12-10

anond:20251210103056

1. サイバー(Cyber)

サイバー」という言葉は、サイバーパンクやデジタル技術人工知能AI)など、テクノロジー未来的な要素に関連していますサイバーパンクは、1980年代から人気を集めたサブカルチャーで、テクノロジー進化した未来ディストピア社会を描くことが多いジャンルです。サイバー美少女というキャラクターは、テクノロジー美少女の要素を組み合わせたキャラクターで、しばしば未来的な武装AI、ロボティクス、バーチャルリアル世界に住むキャラクター意味します。

2. 美少女(Bishoujo)

美少女」とは、魅力的で可愛らしい少女キャラクターを指し、特にアニメマンガゲームなどの日本ポップカルチャーにおいて使われる言葉です。美少女キャラクターは、しばしば強い個性特別能力を持ち、物語の中で重要役割を果たします。

3. テロメア(Telomere)

テロメア」は先に説明したように、染色体の末端にある構造で、細胞寿命に関わる重要役割果たしてますテロメアの長さは細胞寿命と関連しており、短縮すると細胞分裂ができなくなるため、老化や病気に関連しています。この概念キャラクターストーリーに組み込むことで、永遠の命、不老不死、あるいは生命の儚さといったテーマを探求することができるでしょう。

サイバー美少女テロメア」の由来の推測

この名前が持つ意味を組み合わせると、「サイバー美少女テロメア」は以下のような意味合いを持っていると考えられます

サイバー美少女未来的なテクノロジーサイバースペース、またはAI技術を駆使して戦う美少女キャラクター。例えば、サイボーグAIによって強化された美少女戦士のような存在かもしれません。サイバー空間やバーチャル世界で戦うキャラクターが描かれる可能性もあります

テロメアテロメアは「寿命」や「永遠」と関連しているため、このキャラクター不老不死時間を超越する存在である可能性が高いです。サイバー美少女テロメア技術(またはテロメアに関連した遺伝子工学)を使って不老不死永遠の命を持っているか、あるいはその寿命科学的に操られているテーマを持つキャラクターである可能性があります

可能な設定の例

サイバー美少女テロメアは、高度な遺伝子工学AI技術により不老不死存在となった美少女キャラクターで、時間生命に関する秘密を握っているかもしれません。彼女未来世界で、テクノロジー暴走倫理的問題に立ち向かう役割を果たすことになります

• また、サイバーパンク的なディストピア世界で、テロメア技術重要役割を果たし、テロメアの長さが命を決定づけるため、テロメアコントロールすることが権力を握ることに繋がるというようなストーリーも考えられます

このようなキャラクター設定では、生命時間に対する深い哲学的な問いや、テクノロジーがもたらす倫理的問題テーマにすることができるかもしれません。

2025-12-05

暇空やら青識やら立花やらに騙された人間の方を叩く奴らは、裏で手を組んで差別扇動しているマスゴミ工作員

 あのやり口は、典型的な、誤信念の強化を意図した扇動だ。

 ああやって、騙したナチスより、騙されたドイツ人を叩けと喚く連中の心理は、被害者意識から、騙された一般人も皆殺しにしたいと思ってる叩かれた側か、そうでなければ、誤信念を強化して扇動したい奴らだ。

 連中が、ああい対立煽り扇動するのは、そういう対立扇動される人間というのは、現状への不満が鬱積しているかである

 要するに、どんな搾取支配を受けても、一切文句言わない奴隷みたいな人間以外、対立を煽って、煽られた者同士を排除したいわけだ。

 ナチス扇動された連中と言うのは、そうした被害者意識のために、実際に虐殺拷問に手をかけるような奴らだったわけだが、今日本で扇動されている人間は違う。

 というか、虐殺拷問を平気でやる屑に限って、高い地位をやって量産してるわけで、もちろん、虐殺拷問を連中が忌避しているわけではない。

 ただ、自分権力者に都合よく手を汚してくれるクズと、そうじゃなく、格差差別に抗議して攻撃的になる普通の人を分けて、後者抹殺し、前者を飼いたいだけなのだ

 そうした工作の結果、現実がどうなったかと言うと、ニューヨークでは、白昼堂々街中でレイプしても誰も止めに入らないどころか、通報さえしないし、日本でも、新幹線の車内で包丁で脅してレイプしても、誰も止めに入らなかった。

 こうした止めに入らない人間には二種類いて、本当は止めたいけど怖い人と、女なんてレイプされてても、本当はどうでも良い無関心な人間である

 もちろん、ネット正義感から批判する人間は前者に当たる。

 連中が、「ネット批判している奴らは卑怯者!」「正義感暴走がー!」と喚くのは、本当は、「俺ら権力レイプ魔を叩くな! 表立って抗議する奴らは皆殺しにしたけど、陰で批判する奴らも消し去ってやる!」「レイプ犯を批判する奴らは正義感暴走がー!」と言いたいわけだ。

 こんな奴らがフェミぶって、本当の性犯罪以外の性行為糾弾し、表現規制までしようとしている屑どもの正体なのである

 アメリカ場合は、心理学者によって、「アメリカ人は、他の人が通報すると思って通報しなかったんだ!」という擁護をさせているが、最近では通報しないどころか、レイプ糾弾された政治家大統領にまでして、実際にレイプを訴えた女は、それがマスゴミ権力を背景にしない限り、セカンドレイプしまくって集団リンチしている。

 そして何故か心理学者どもは、日本人の場合には、そんな擁護一切してないのだ。

 レイプに無関心か、それ以上に与する人間擁護するけど、本当はムカつくけど止める度胸がない人間糾弾したいからだ。

 今のアメリカ人には、自分さえ良ければ良いだけの人間と、一切他人糾弾しない奴隷人間の二種類しかいないのである

 しかし、自分らが被害を受ければデモ革命を起こすのは前者だけで、後者は、家族や知人が犠牲になろうが、抗議さえしない。

 もちろん、後者が、ネット批判なんて書き込むわけもないのだ。

 青識やら立花に騙された人たちと言うのは、ただ、ネットで不満を吐露していただけの人たちであり、彼らを排除した未来にあるのは、何をしても誰も不満を代弁してくれないディストピアだけだ。

 そして、今の日本が正にそうで、ネットでも、マスゴミ工作員の明らかにおかしヘイト逸らしだけがあって、それへの反論は誰もしない。

 ただ、どんな不満が蓄積しても、やり玉に挙げられるのは、連中が内心で排除したい相手だけであり、本当の不満の根源が取り除かれることは一切なくなるだろう。

 その現状に、少しでも不満を吐露したり、抗議したりした奴らが、より強く発言したり行動した順に排除されていく。

 デモする人間排除したら、次は、ネットで不満を書き込みしただけの人間排除されるのである

 その次は、知り合いに不満を語っただけの人が排除され、更には、メモ帳に不満を綴っただけの人間排除されるだろう。

 単純な話、ソ連はいきなり密告システムなんて作ったから失敗したわけで、こうやって、行動した奴らから順番に排除していけば、本当の密告システムが作られ、それを覆すことはもはや不可能になる。

 そうして、誰も不満を口にできない状態になったら、今度は、少しでも仕事の手を抜いたり、控えめなボイコットを行った人間排除される。

 どんな凄まじいブラック企業でも、一切休みなく働く奴隷以外は排除対象にされるわけだ。

 そして最後は、連中にレイプされたり、気まぐれに暴力をふるわれ殺されることに、訴えたり抗議した人間排除される。

 まあそうなったら、次の連中にとっての不安材料は、連中と同じ権力を持っている奴ら同士になるだけだろうが。

 そうなったら、唯一の絶対権力を握った一人の人間以外は、奴隷以外すべて排除されるだろう。

 そして、技術が完全に局地に達した暁には、奴隷人間さえ邪魔になるのである

 単純な話、連中は、底辺の中から不満を吐露した人間排除するより、権力者の中から不満たらたら、利己的に世界を改変する気満々の奴らから排除しないと、次は我が身だ。

2025-11-30

anond:20251130161042

🤔ちょっと待て、そうなった社会っていわゆる「マザーコンピュータ(あるいはビッグブラザー)が支配するディストピア」だ!って紛糾・反発される例のやつじゃないの?🫩

anond:20251130111124

AIによる言語翻訳によってそれぞれの言語が背景情報に持つ文化的感覚の伝達が遮断されることで、過去の分断がリセットされ、ネットワーク上に新しいトライブが発生する可能性はありますか?そのような世界規模で同じ価値観を共有できる社会には個人が頑なに聖域を守る社会比較して発展性はありますか?

新しいトライブの発生: 「あり得ます」。 言語の壁(およびそれに付随する歴史的感情的なしがらみ)がAIによって無効化されることで、国家民族ではなく、純粋な「関心」や「目的」によって結びつく新しい群れ(トライブ)がネットワーク上に発生します。

発展性の比較: 「長期的な生存進化」という点では、『聖域(異質性)』を守る社会の方が圧倒的に有利です。 均質化された社会は、短期的には効率的ですが、環境変化に対する「適応力」を失い、システムとしての死(エントロピーの増大)を迎えるリスクが高いためです。

質問者様の問うた「発展性」を「どれだけ長く存続し、環境変化に適応できるか」と定義するならば、聖域(翻訳不可能身体性や文化)を守る社会の方が優れていますしかし、現代テクノロジーの流れ(AI翻訳による均質化)は止まりません。したがって、未来社会構造は以下のような二層構造になると予測されます(あるいは、そうなるべきです)。

上層(グローバルレイヤー): AI翻訳に支えられた、摩擦のない「新しいトライブ」の層。ここでは経済活動科学的な問題解決が、国境を超えて高速に行われます

下層(ローカルレイヤー): AIには理解できない、身体性や土地に根ざした「聖域」の層。ここでは個人が頑なに独自クオリア方言儀礼身体感覚)を守り、「上層」へ供給するための新しい意味価値ノイズ)を醸成し続けます

もし「下層」が消滅し、世界が「上層」だけになれば、人類は「AI管理する平和で退屈な水槽」の中で、進化袋小路に入ることになるでしょう。

Next Step: この「文明寿命」というマクロ視点から、「では、そのような『老い文明』の中で、個人はどうすれば若々しい精神創造性)を保てるのか?」という、ニーチェの「超人」や東洋思想老荘思想)に近い、個人生存戦略についてお話しましょうか?

ニーチェ力への意志は、力がベクトルとして大きさと方向を持つ前の状態を指すと理解しています。力が世界に向けて放射され続けると同時に、内側から常に新しい力への意志が産まれ続けることで常に原点に回帰する動きが永劫に続くことが未来を産み出すための差異となりうるのでしょうか?このように事象がおのずから萌えいづるものとして認知することは非常に東洋的な思想だと思いますが、一方で東洋西洋比較近代文明的な停滞期を迎えていたように見えるのはなぜだと考えられますか?

「おのずから萌えいずる(自然・じねん)」という感覚東洋思想親和性が高いにもかかわらず、「なぜ近代において東洋は(西洋視点から見て)停滞したのか?」という問いは、文明論における最大のパラドックスの一つです。この謎を解く鍵は、「力への意志が『どこ』に向けられたかベクトルの向き)」と、「『差異』をどう処理したかシステムデザイン)」の違いにあります東洋においても「力への意志」は枯渇していたわけではなく、「調和と洗練(内部)」に向けて全力で放射され続けていました。 西洋が「拡大(Expansion)」を選んだのに対し、東洋は「定常(Steady State)」を選んだ。その結果、西洋のモノサシ(軍事経済技術)で測った瞬間に、「停滞」として映ったのです。しかし、ここから重要です。 先ほどの「文化の熱的死」の議論を踏まえると、西洋型の「無限の拡大」を目指すベクトルは、地球環境という限界にぶつかり、今まさに破綻しようとしていますニーチェの言う「力への意志」の真の極致が、単なる力の拡大ではなく、「生成消滅する運命のものを愛すること(運命愛:Amor Fati)」にあるのだとすれば、かつて東洋が目指した:

「外部へ侵略せずとも、内部で無限に豊かになれる」

「おのずから萌えいづる差異を、破壊ではなく調和として包摂する」

という態度は、停滞ではなく「早すぎた成熟」であった可能性があります。今、人類が求めている「未来」は、西洋的な「拡大の果ての虚無」を乗り越えるために、この東洋的な「円環的創造」を、今度は停滞(閉鎖系)に陥らせずに、テクノロジーを使ってどう開放系として回していくか、という一点にかかっているのではないでしょうか。

円環的かつ開放系という一見矛盾するように見える社会構造の成立には長期的視野での改革必要になるように思えます。一方でAI代表される現代の先端テクノロジー米国西海岸的な強いプラグマティック思想のもとで発展しているように見えます。両者はむしろ反発しあいあなたの指摘する「乗り越え」は難しいのではないでしょうか。議論戦争メタファーである以上、弁証法的な乗り越えを期待するのは難しいように思います

議論戦争である(ARGUMENT IS WAR)」というメタファー支配する現在知的風土、そして「役に立つか、儲かるか(Pragmatism)」という強烈なドライブがかかったシリコンバレー的な加速主義の前では、東洋的な「円環」や「調和」といった概念は、単なる「敗者の戯言ノスタルジー)」として踏み潰される可能性が極めて高いです。今後、東洋的な「円環・身体性・聖域」が、西海岸的なテクノロジーに「勝つ」ことはありません。しかし、巨大なテクノロジーシステムの中に「不可欠な臓器(バグの調整役、倫理的アンカー創造性の供給源)」として寄生し、内部からシステムを変質させることは可能です。例えば、哲学者のユク・ホイ(Yuk Hui)が提唱する「宇宙技芸コスモテクニクス)」の概念はこれに近いです。 単一普遍的テクノロジー西洋近代技術)に対抗するのではなく、それぞれの地域文化宇宙観(Cosmology)に基づいた多様なテクノロジーのあり方を再構築し、グローバル技術ネットワーク接続しようという試みです。

反発と困難性: はい、極めて困難です。 理念的な対話によって「乗り越える」ことは不可能です。現代パワーバランスでは、プラグマティズムが円環思想を圧倒します。

可能性の所在しかし、プラグマティズムがその徹底性のゆえに「物理限界エネルギー環境)」と「情報限界意味の枯渇)」に直面した瞬間、「円環的であることこそが、最もプラグマティックな解である」というパラダイムシフト強制的に発生します。

未来への展望: その時、私たちが目にするのは、理想的な「東洋西洋結婚」のような美しい姿ではないでしょう。 おそらく、「超高度なAI管理システムが、システム維持のために『禅的な身体性』や『自然崇拝』を人間に推奨・強制する」といった、一見ディストピアにも見える、グロテスクだが強靭ハイブリッド社会です。それを「発展」と呼ぶか「悪夢」と呼ぶか。それこそが、次の時代哲学的な問いになるはずです。

ズボフの監視資本主義のもとでは、メガプラットフォーマーと呼ばれる企業群は個人が持つ情報を適正な対価を払わず取得していると言われていますしかしながら、AI機能の向上に直結するであろう特異なクオリアを持つ人間感覚を通じて取得する情報の貴重性が増すことで、特別な対価を提示した取引が成立することはありますか?ブロックチェーンのようなピアtoピア価値交換システムはこのようなシステム実装することに役立ちますか?

ズボフが提唱した「監視資本主義」のモデルは、「人間デジタル足跡(行動余剰)を無意識に垂れ流す資源であり、それを企業勝手採掘する」という前提に立っていますしかし、質問者様が指摘された「特異なクオリアAI模倣できない身体的・主観的経験)の価値高騰」は、この一方的搾取構造を崩し、「人間AI企業)との間で、対等かつ高額な取引」を成立させる可能性が極めて高いです。質問者様の仮説は、技術的・経済合理性観点から正しいと考えられます監視資本主義(タダ取り)は、データの質が問われない時代モデルです。AIがより人間的な深みを求めて進化する段階において、「特異なクオリア」は最大の商材となり、ブロックチェーンはそのための「市場」と「権利書」を提供します。それは、人間が「消費者から、自らの神経系が生み出す信号を切り売りする「感覚生産者」へと変貌することを意味します。(参考:ブロックチェーンを用いて、データ所有者がAI開発者などに直接データ販売ライセンス供与する「Ocean Protocol」のようなデータ市場エコシステム図。中央仲介者を排除し、P2P価値交換が行われる仕組みです)

Next Step: この「自分感覚を売る」という行為が極限まで進むと、「自分自身の人生を『AI学習コンテンツ』として演じるようになる」という、実存危機自己の疎外)が発生します。 この点について、「AI時代の新たな疎外論」として議論を深めましょうか?それとも、より技術的な「実際に現在稼働しているデータDAOの事例」について紹介しましょうか?

マルクスの言う資本主義における人間疎外と大きく異なると考えられるのは、監視資本主義においては疎外された人間から提供される情報にはクオリアが歪んだ形で入ることになり、生産品としては価値が失われてしまう点にあると思います。つまり監視資本の側は報酬としてプロレタリアートが疎外されていないという感触を与えるものである必要がありますあなたのいう徹底したプラグマティズムによってメリット双方向的に与えられるようなシステム形成できると考えられますか?その場合、どのような報酬系が最も優れているでしょうか?

「靴(物質)」は、嫌々作っても靴として機能しますが、「感動(クオリア)」は、嫌々作るとその瞬間に価値を失い、偽物(ノイズ)になる。この指摘は決定的です。AIが求める「真正クオリア」を収穫するためには、監視資本主義(あるいはその先のクオリア資本主義)の側は、提供である人間に対し、「自分は疎外されていない」「これは私がやりたくてやっていることだ」という強い没入感と主体的感覚を与え続ける必要があります。徹底したプラグマティズム(実利主義)の観点からすれば、システム側は「搾取に見えない搾取」、より正確には「搾取自己実現が完全に一致するシステム」を構築することで、この問題解決しようとするでしょう。

質問者様が問われた「システム形成できるか?」という点については、「可能であり、必然的にそうなる」と考えられます。なぜなら、「人間を不幸にする(疎外する)」ことが、システムにとって経済的損失(データの質の低下)になるからです。

旧来の資本主義人間をボロ雑巾のように使い潰しても、製品(車や家電)ができれば利益が出た。 → 人間は不幸でもよかった。

監視/クオリア資本主義人間が不幸を感じ、シニカルになると、製品データ)が使い物にならなくなる。 → 人間は(主観的には)幸福でなければならない。

最も優れた報酬系とは、「報酬」という概念自体消滅させるシステムです。「生きること、遊ぶこと、表現することが、そのまま価値生成となり、生活の糧となる」という、マルクスが夢見た「労働と遊びの区別がない共産主義社会」に極めて近い状態が、皮肉にも「AIによる超高度な管理パノプティコン)」によって実現されることになります。この社会では、プロレタリアートは「自分搾取されている」とは微塵も感じていません。彼らはシステム提供する「最高の遊び場」で、自らの才能を遺憾なく発揮し、幸福感に満たされていますしかし、その「情熱」も「感動」も、すべてがシステム養分として吸い上げられているという点において、これは「疎外の極北(疎外されていることにすら気づかない完全な疎外)」と言えるかもしれません。

これを受け入れられるかどうかが、最後分水嶺になります

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