駆け足で過ぎてゆく毎日。どうしてそんなに急いで時間が過ぎていくのか、幾ら考えても分からない。ここ数年こんな感じだ。特に夏が終わったあとは、まるで追いかけられているように冬に向っていく。一昨日のこと。仕事を終えたその足でボローニャ旧市街へ行った。その前の日、女友達からのメールにマロングラッセのことが書いてあったからだった。彼女はちょっと疲れたのでカフェに行き、そこにマロングラッセが並んでいたのでひとつ食べたら、とても美味しくて、秋の味がして、ゆったりした気分になったのだそうだ。そうだ。そんな季節になったのだ。マロングラッセは季節のもの。秋が過ぎて冬が終わるとマロングラッセは姿を消す。栗が大好きな私には残念なことだけど、それだから尚更美味しいのかもしれなかった。私は彼女のメールに心を揺らして、仕事帰りに気に入りの菓子店ガンベリーニへ行くことにしたのである。ところが私は相当疲れていたらしい。折角旧市街に着いたのに、ガンベリーニへ行く元気がなかった。それで目の前に停まった13番のバスに乗ってピアノーロ方向へと向った。途中で下車した。ピアノーロへ行くバスに乗り換える為だ。時刻表を見ていたらいつもの96番だけでなく、906番もじきに来ることが分かった。それはいい。906番のバスが私にとっては一番都合が良いのである。それなのにこのバスは一日に数えるほどしかなくて、こんな風に偶然乗れるなんて事はかなりの幸運と言っても良いのである。906番はピアノーロを更に超えてボローニャから数えると30km以上も先にあるモンギドーロまで行く、所謂中距離バスなのだ。その辺りに暮らす人々の通勤通学、生活の足の役割をしているこのバスは都合が良いだけでない。本数こそ少ないけれどなかなか快適なのである。奇麗だし椅子の座り心地も良い。車内には低音で音楽が流れていて、仕事帰りの人々を優しく包むかのようなのだ。バスを待つ間、隣に立っていた同じく906番を待っている年配の女性と世間話などしていると、向うから青い車体のバスが来るのが見えた。それが906番だった。バスに乗り込むと、運転手が明るい声で挨拶をしてくれた。Buona sera、と。私は混んでいるバスに乗り込むとき以外は運転手に自分から挨拶をするのが習慣だ。運転手は大抵挨拶を返してくれるが、こんな風に運転手から挨拶してくれたのは初めてのことだった。思わず先ほどの女性と顔を見合わせたくらい、それはとても珍しいことだった。私は席について走り出したバスの窓から外を眺めていた。バスが停車して客が乗り込んできた。と、またBuona sera。どうやら運転手は乗り込んでくる人皆に挨拶をしているようだった。なんて素敵なことなんだろう。さっきまでの疲れはいつの間にか消えて、音楽に耳を傾けながらピアノーロまでの道のりを楽しんだ。たった一言の挨拶がこんなに良い気分にしてくれる。久し振りにそんなことを思い出したのは、多分私だけではなかったに違いない。明日は金曜日。急いで家に帰る必要もない。マロングラッセとカップチーノを楽しみに、ガンベリーニへ行くことにしよう。